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特開2023-74108固体電解質及びその製造方法、プロトン伝導体、並びに、スクリーニング装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023074108
(43)【公開日】2023-05-29
(54)【発明の名称】固体電解質及びその製造方法、プロトン伝導体、並びに、スクリーニング装置
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/1246 20160101AFI20230522BHJP
   H01B 1/06 20060101ALI20230522BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20230522BHJP
   H01M 8/12 20160101ALI20230522BHJP
   H01M 8/124 20160101ALI20230522BHJP
   C01G 29/00 20060101ALI20230522BHJP
   C04B 35/453 20060101ALI20230522BHJP
【FI】
H01M8/1246
H01B1/06 A
H01B13/00 Z
H01M8/12 101
H01M8/124
H01M8/12 102A
C01G29/00
C04B35/453
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021186886
(22)【出願日】2021-11-17
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「実験と計算科学の融合による革新的プロトン伝導性無機化合物の創製」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(71)【出願人】
【識別番号】000173522
【氏名又は名称】一般財団法人ファインセラミックスセンター
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100145012
【弁理士】
【氏名又は名称】石坂 泰紀
(74)【代理人】
【識別番号】100182914
【弁理士】
【氏名又は名称】佐々木 善紀
(72)【発明者】
【氏名】山崎 仁丈
(72)【発明者】
【氏名】兵頭 潤次
(72)【発明者】
【氏名】清水 雄太
(72)【発明者】
【氏名】桑原 彰秀
(72)【発明者】
【氏名】藤井 進
【テーマコード(参考)】
4G048
5G301
5H126
【Fターム(参考)】
4G048AA05
4G048AB01
4G048AC08
4G048AD02
4G048AD08
5G301CD01
5H126AA06
5H126BB06
5H126GG01
5H126GG13
5H126HH01
5H126JJ00
5H126JJ05
(57)【要約】
【課題】中低温温度域において作動可能な、プロトン伝導性を有する新規固体電解質を提供すること。
【解決手段】本開示の一側面は、酸素元素及び第一の金属元素を構成元素として含有する母結晶と、上記母結晶に固溶した、上記第一の金属元素よりも価数の小さい第二の金属元素と、を含む非ペロブスカイト型の結晶構造を有する固体電解質であって、第一原理計算に基づいて算出される、上記母結晶が有するプロトン伝導経路上の複数のプロトンサイトにおける水和エネルギーの最小値が-3.0eV以上-0.5eV以下であり、上記水和エネルギーの差の最大値が0.5eV以下であり、且つ、第一原理計算によって算出される上記母結晶に対する上記第二の金属元素の固溶エネルギーが1.3eV以下である、固体電解質を提供する。
【選択図】なし

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素元素及び第一の金属元素を構成元素として含有する母結晶と、前記母結晶に固溶した、前記第一の金属元素よりも価数の小さい第二の金属元素と、を含み、非ペロブスカイト型の結晶構造を有する固体電解質であって、
第一原理計算に基づいて算出される、前記母結晶が有するプロトン伝導経路上の複数のプロトンサイトにおける水和エネルギーの最小値が-3.0eV以上-0.5eV以下であり、前記水和エネルギーの差の最大値が0.5eV以下であり、且つ、第一原理計算によって算出される前記母結晶に対する前記第二の金属元素の固溶エネルギーが1.3eV以下である、固体電解質。
【請求項2】
前記第一の金属元素が、Bi、Ge、Si、Sn、Pb及びNbからなる群より選択される少なくとも一種の金属元素を含む、請求項1に記載の固体電解質。
【請求項3】
前記第一の金属元素がBiであり、前記第二の金属元素がSrである、請求項2に記載の固体電解質。
【請求項4】
一般式:Bi4-x―ySrGe12又はBi12-wSrGeO20で表され、
前記一般式中、前記xは0より大きく2.0以下の数であり、前記yは0以上であり2.0より小さい数であり、前記zは0より大きく4.0以下の数であり、前記wは0より大きく6.0以下の数である、請求項3に記載の固体電解質。
【請求項5】
前記母結晶が第三の金属元素を更に含有し、
前記第三の金属元素が、アルカリ金属元素を含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の固体電解質。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の固体電解質を含む、プロトン伝導体。
【請求項7】
酸素元素及び第一の金属元素を構成元素として含有する結晶のデータを含む第一データ群に属する各結晶データに対する第一原理計算を利用して、前記結晶と前記第一の金属元素よりも価数の小さい第二の金属元素との組み合わせを決定する第一工程と、
前記第一の金属元素を構成元素として有する化合物及び前記第二の金属元素を構成元素として有する化合物を含有する原料を配合し焼成する第二工程と、を備え、
前記第一工程は、
前記第一データ群に属する各結晶データに対する第一原理計算に基づいて算出される、前記結晶が有するプロトン伝導経路上の複数のプロトンサイトにおける水和エネルギーの最小値が-3.0eV以上-0.5eV以下であり、前記水和エネルギーの差の最大値が0.5eV以下である結晶のデータを含む第二データ群を取得する工程と、
前記第二データ群に属する各結晶データに対する第一原理計算に基づいて算出される、前記結晶に対する前記第二の金属元素の固溶エネルギーが1.3eV以下である結晶のデータを含む第三データ群を取得する工程と、を含む、非ペロブスカイト型の結晶構造を有する固体電解質の製造方法。
【請求項8】
前記第一データ群に属する前記結晶の結晶系が立方晶系である、請求項7に記載の固体電解質の製造方法。
【請求項9】
酸素元素及び第一の金属元素を構成元素として含有し、非ペロブスカイト型の結晶構造を有する結晶のデータを含む第一データ群から母結晶の候補データ群を抽出する装置であって、
前記第一データ群に属する各結晶データに対する第一原理計算に基づいて算出される、前記結晶が有するプロトン伝導経路上の複数のプロトンサイトにおける水和エネルギーの最小値が-3.0eV以上-0.5eV以下であり、前記水和エネルギーの差の最大値が0.5eV以下である結晶のデータを含む第二データ群を抽出する第二データ群抽出部と、
前記第二データ群に属する各結晶データに対する第一原理計算に基づいて算出される、前記結晶に対する、前記第一の金属元素よりも価数の小さい第二の金属元素の固溶エネルギーが1.3eV以下である結晶のデータを含む第三データ群を抽出する第三データ群抽出部と、
を備える、スクリーニング装置。
【請求項10】
前記第三データ群抽出部は、前記母結晶と前記第二の金属元素との組み合わせを決定する手段を更に備える、請求項9に記載のスクリーニング装置。
【請求項11】
結晶構造の情報が格納されているデータベースから、結晶系に基づいて前記第一データ群を取得する手段を更に備える、請求項9又は10に記載のスクリーニング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、固体電解質及びその製造方法、プロトン伝導体、並びに、スクリーニング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は電解質の種類に応じて、アルカリ電解質型燃料電池、リン酸塩型燃料電池、固体高分子型燃料電池、及び固体酸化物型燃料電池等が知られている。なかでも固体酸化物型燃料電池は、白金等の高価な触媒を使用せず、発電効率も高いことから特に注目されている。
【0003】
しかし、固体酸化物型燃料電池の一般的な動作温度は700~1000℃と高温であり、動作させるために予備加熱が必要であること、燃料電池の構成材料に耐久性が求められることなどの事情によって普及していない。そこで、従来の動作温度より低い温度領域であっても十分なイオン伝導度を発揮できる電解質材料の探索が求められている。
【0004】
上述のような電解質材料については十分な知見が蓄積されているとはいえず、どのような化合物であれば望むイオン伝導度が発揮されるのかも定かではない。そこで、種々の化合物を合成して都度評価を行い、有用な電解質材料を探索しているのが実情である。プロトン伝導体として機能することが知られている材料から出発して、類似の化合物の設計指針を得ようとする研究が行われている。当該電解質材料の検討にあたっては、計算機シミュレーション技術が用いられることがある。例えば、非特許文献1では、固体酸化物型燃料電池に用いられるBa-Zr系ペロブスカイト型プロトン伝導体に関して、第一原理シミュレーションによって、プロトン安定性に寄与する要因を把握し、より高いプロトン伝導度を有するプロトン伝導体の設計指針を得ることが開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】高橋 広己著、「第一原理計算によるBa-Zr系ペロブスカイト型酸化物プロトン伝導体の欠陥構造と水和反応の理解」、東北大学大学院工学研究科博士学位論文、2018年3月27日発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、探索の出発点となる新規化合物を見出すためには、依然として化合物の合成と評価を繰り返し、好適なものを見出す方法に頼っている。
【0007】
本開示は、中低温温度域において作動可能な、プロトン伝導性を有する新規固体電解質及びその製造方法を提供することを目的とする。本開示はまた、上述のような固体電解質を含むプロトン伝導体を提供することを目的とする。本開示はまた、上述のような新規固体電解質の製造に有用なスクリーニング装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の一側面は、酸素元素及び第一の金属元素を構成元素として含有する母結晶と、上記母結晶に固溶した、上記第一の金属元素よりも価数の小さい第二の金属元素と、を含み、非ペロブスカイト型の結晶構造を有する固体電解質であって、第一原理計算に基づいて算出される、上記母結晶が有するプロトン伝導経路上の複数のプロトンサイトにおける水和エネルギーの最小値が-3.0eV以上-0.5eV以下であり、上記水和エネルギーの差の最大値が0.5eV以下であり、且つ、第一原理計算によって算出される上記母結晶に対する上記第二の金属元素の固溶エネルギーが1.3eV以下である、固体電解質を提供する。
【0009】
上記固体電解質は、非ペロブスカイト構造を有し、上記母結晶が有するプロトン伝導経路上の複数のプロトンサイトにおける水和エネルギーの最小値及び上記水和エネルギーの差の最大値、並びに固溶エネルギーがいずれも特定の範囲であることによって、300~450℃といった中低温温度域においてプロトン伝導性を発揮し得る。母結晶に関して、水和エネルギーの最小値が-0.5eV以下であることで、固体電解質中のプロトンサイトにプロトンを導入することが可能であり、且つ、水和エネルギーの最小値が-3.0eV以上であることによって、第二の金属元素が導入されたときに、導入されたプロトンがひとつのプロトンサイトに強く束縛されることが抑制される。さらに、上記水和エネルギー差の最大値が0.5eV以下であることによって、固体電解質中を移動するプロトンが感じる静電引力をより低下させることが可能となり、全体としてプロトン伝導度を高めることができる。また、上記固溶エネルギーが1.3eV以下であることで、上記母結晶に対して第二の金属元素を固溶させ、実際にプロトンを導入することができる。このような作用によって、上記固体電解質は中低温温度域において優れたプロトン伝導性を発揮し得る。なお、上記固溶エネルギーが1.3eV以下であるということは、固体電解質自体の合成がより容易であることも意味する。ここで、プロトンサイトとは、母結晶中でプロトンが安定に存在し得る位置(プロトン位置)のことを意味し、プロトン伝導経路とは、複数のプロトンサイト間を結んだ経路のうち、単位格子を横断可能な経路で、かつプロトンサイト間の距離の最大値が最も小さくなる経路(例えば1.7Å以下)のことをいう。
【0010】
上記第一の金属元素は、Bi、Ge、Si、Sn、Pb及びNbからなる群より選択される少なくとも一種の金属元素を含んでいてよい。
【0011】
上記第一の金属元素がBiであり、上記第二の金属元素がSrであってよい。
【0012】
上記固体電解質は、一般式:Bi4-x―ySrGe12又はBi12-wSrGeO20で表されてよく、上記一般式中、上記xは0より大きく2.0以下の数であってよく、上記yは0以上であり2.0より小さい数であってよく、上記zは0より大きく4.0以下の数であってよく、上記wは0より大きく6.0以下の数であってよい。
【0013】
上記母結晶は、第三の金属元素を更に含有していてよく、上記第三の金属元素は、アルカリ金属元素を含んでいてよい。
【0014】
本開示の一側面は、上記固体電解質を含む、プロトン伝導体を提供する。
【0015】
本開示の一側面は、酸素元素及び第一の金属元素を構成元素として含有する結晶のデータを含む第一データ群に属する各結晶データに対する第一原理計算を利用して、上記結晶と上記第一の金属元素よりも価数の小さい第二の金属元素との組み合わせを決定する第一工程と、上記第一の金属元素を構成元素として有する化合物及び上記第二の金属元素を構成元素として有する化合物を含有する原料を配合し焼成する第二工程と、を備え、上記第一工程は、上記第一データ群に属する各結晶データに対する第一原理計算に基づいて算出される、上記結晶が有するプロトン伝導経路上の複数のプロトンサイトにおける水和エネルギーの最小値が-3.0eV以上-0.5eV以下であり、上記水和エネルギーの差の最大値が0.5eV以下である結晶のデータを含む第二データ群を取得する工程と、上記第二データ群に属する各結晶データに対する第一原理計算に基づいて算出される、上記結晶に対する上記第二の金属元素の固溶エネルギーが1.3eV以下である結晶のデータを含む第三データ群を取得する工程と、を含む、非ペロブスカイト型の結晶構造を有する固体電解質の製造方法を提供する。
【0016】
上記固体電解質の製造方法は、第一原理計算を利用して、第一データ群に属する結晶のデータから上記結晶と上記第一の金属元素よりも価数の小さい第二の金属元素との組み合わせを決定する工程を備える。当該工程において、まず、上記結晶が有するプロトン伝導経路上の複数のプロトンサイトにおける水和エネルギーを第一原理計算によって算出し、上記水和エネルギーの最小値、及び、上記水和エネルギーの差の最大値を求める。次に、得られた上記水和エネルギーの最小値及び上記水和エネルギーの差の最大値が所定の範囲内となる結晶のデータを抽出し、この結晶データを含む第二データ群を取得する。次に、抽出された結晶データに含まれる結晶毎に、第二の金属元素が固溶するときの固溶エネルギーを第一原理計算によって求める。そして、上記固溶エネルギーが所定の範囲内となる結晶のデータを抽出して、当該結晶データを含む第三データ群を取得する。このとき、当該結晶データに対する第二の金属元素の組合せが決定される。このようにして得られる、第三データ群に属する結晶データ及び当該結晶データに対する第二の金属元素の組合せに基づいて、第二の金属元素の添加量を適宜調整して原料を配合し、焼成することで、上述のような固体電解質を容易に製造することができる。
【0017】
上記第一データ群に属する結晶の結晶系が立方晶系であってよい。結晶系が立方晶系である結晶を用いることで、イオン伝導度が向上する傾向にある。
【0018】
本開示の一側面は、酸素元素及び第一の金属元素を構成元素として含有し、非ペロブスカイト型の結晶構造を有する結晶のデータを含む第一データ群から母結晶の候補データ群を抽出する装置であって、上記第一データ群に属する各結晶データに対する第一原理計算に基づいて算出される、上記結晶が有するプロトン伝導経路上の複数のプロトンサイトにおける水和エネルギーの最小値が-3.0eV以上-0.5eV以下であり、上記水和エネルギーの差の最大値が0.5eV以下である結晶のデータを含む第二データ群を抽出する第二データ群抽出部と、上記第二データ群に属する各結晶データに対する第一原理計算に基づいて算出される、上記結晶に対する、上記第一の金属元素よりも価数の小さい第二の金属元素の固溶エネルギーが1.3eV以下である結晶のデータを含む第三データ群を抽出する第三データ群抽出部と、を備える、スクリーニング装置を提供する。
【0019】
上記スクリーニング装置は、第一原理計算によって、第一データ群に属する結晶のデータから、上述の水和エネルギーを算出し、上記水和エネルギーの最小値、及び、上記水和エネルギーの差の最大値を求める。次に、上述の固溶エネルギーを算出し、得られた固溶エネルギーに基づいて、上述のような母結晶の候補データ群を抽出することができる。スクリーニングを経ていない結晶構造データを取得することができても、そのすべてを実験的に合成し、評価することは、費用及び時間等の観点から現実的ではないが、上記スクリーニング装置を使用することによって、効率的にプロトン伝導体に有用な新規固体電解質を製造することができる。
【0020】
上記第三データ群抽出部は、上記母結晶と上記第二の金属元素との組み合わせを決定する手段を更に備えてもよい。
【0021】
上記スクリーニング装置は、結晶構造の情報が格納されているデータベースから、結晶系に基づいて上記第一データ群を取得する手段を更に備えていてよい。
【発明の効果】
【0022】
本開示によれば、中低温温度域において作動可能な、プロトン伝導性を有する新規固体電解質及びその製造方法を提供することができる。本開示によればまた、上述のような固体電解質を含むプロトン伝導体を提供することができる。本開示によればまた、上述のような新規固体電解質の製造に有用なスクリーニング装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1図1は、固体電解質の製造方法の一例を説明するフロー図である。
図2図2は、スクリーニング装置の構成の一例を説明するブロック図である。
図3図3は、スクリーニング装置のハードウェア構成の一例を説明するブロック図である。
図4図4は、スクリーニング装置によって行われるスクリーニングに係る処理を説明するフロー図である。
図5図5は、積層体の一例を示す模式図である。
図6図6は、複素インピーダンス平面プロットである。
図7図7は、同位体交換におけるプロトン伝導度測定の結果を示すグラフである。
図8図8は、実施例1のBi3.6Sr0.4(GeOにおけるσH.bulkTのアレニウスプロットである。
図9図9は、実施例1~5及び比較例1の固体電解質が有する格子定数と、Srの添加量(X)との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、場合によって図面を参照しながら、本開示の実施形態について説明する。ただし、以下の実施形態は、本開示を説明するための例示であり、本開示を以下の内容に限定する趣旨ではない。上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。各要素の寸法比率は図面に図示された比率に限られるものではない。
【0025】
本明細書において例示する材料は特に断らない限り、1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。組成物中の各成分の含有量は、組成物中の各成分に該当する物質が複数存在する場合には、特に断らない限り、組成物中に存在する当該複数の物質の合計量を意味する。
【0026】
[固体電解質]
固体電解質の一実施形態は、酸素元素、及び第一の金属元素を構成元素として含有する母結晶と、上記母結晶に固溶した、上記第一の金属元素よりも価数の小さい第二の金属元素と、を含み、非ペロブスカイト型の結晶構造を有する固体電解質である。非ペロブスカイト型の結晶構造としては、例えば、ユーリタイト型の結晶構造等が挙げられる。
【0027】
上記母結晶が有するプロトン伝導経路上の複数のプロトンサイトにおける水和エネルギー(以下、単に「水和エネルギー」ともいう。)の最小値は-3.0eV以上-0.5eV以下である。上記水和エネルギーの最小値は、例えば、-2.5eV以上、又は-2.0eV以上であってよい。水和エネルギーの最小値が上記範囲内であることで、固体電解質のプロトン伝導度をより向上させることができる。上記水和エネルギーの最小値は、例えば、-0.75eV以下、又は-1.0eV以下であってよい。水和エネルギーの最小値が上記範囲内であることで、固体電解質に対するプロトンの導入量をより増加させることができる。
【0028】
上記母結晶が有するプロトン伝導経路上の複数のプロトンサイトにおける水和エネルギーの差の最大値は0.5eV以下である。上記水和エネルギーの差の最大値の上限値は、例えば、0.3eV以下、又は0.25eV以下であってよい。上記水和エネルギーの差の最大値が上記範囲内であることで、固体電解質中に存在するプロトンの移動度をより向上させることができる。上記水和エネルギーの差の最大値の下限値は、特に限定されるものではなく、0eV(すなわち、母結晶中に複数存在するプロトンサイト間での水和エネルギーに差がない)であってもよい。上記水和エネルギーの差の最大値は上述の範囲内で調整してよく、例えば、0~0.5eV、0~0.3eV、又は0~0.25eVであってよい。
【0029】
本明細書における水和エネルギーの最小値及び水和エネルギーの差の最大値は、結晶構造データベースに記載されている化合物の構成元素種、各元素の原子数、格子定数及び原子位置の情報をもとに、第一原理計算によって計算される値を意味する。構造が未知の固体電解質を対象として、母結晶の水和エネルギーの最小値、及び水和エネルギーの差の最大値を決定する場合には、まず、SEM-EDX測定によって、構成元素種、及び構成原子数を決定し、母結晶と、固溶元素(第二の金属元素)とを判別し、母結晶における構成元素種、及び構成原子数を決定する。次に、エネルギー分散型X線回折法によって、母結晶の格子定数、及び原子位置の情報を決定する。こうして得られた、母結晶の構成元素種、構成原子数、格子定数、及び原子位置の情報に基づいて、第一原理計算による母結晶の水和エネルギーの最小値、及び水和エネルギーの差の最大値を決定することができる。
【0030】
上記水和エネルギーΔEhydは、水和反応式から算出する。具体的には、下記式(1)で表される反応式(以下、「式(1)」ともいう。)を考える。
【化1】
【0031】
まず、第一原理計算で計算した、プロトンを導入した結晶構造のエネルギーに2を掛けた、水和反応後のエネルギーを算出する。次に、母結晶中に酸素空孔を含んだ状態のエネルギー、完全状態の母結晶のエネルギー、気体の水分子のエネルギーを足し合わせた、水和反応前のエネルギーを算出する。水和反応後のエネルギーから水和反応前のエネルギーを引くことによって、水和エネルギーを算出することができる。
【0032】
「原子の欠損及び不純物を結晶格子中に含まない完全状態の、母結晶」のエネルギーはプロトンあるいは酸素空孔を含まないスーパーセルを用いて算出する。「気体の水分子」のエネルギーは、真空中の孤立した水分子を一つだけ含む計算セルを用いて算出する。次に、プロトン又は酸素空孔を含んだ結晶構造を作成する。式(1)における、「母結晶が酸素空孔を含む状態」、及び「母結晶中の酸化物イオンの近傍にプロトンが一つ導入された状態」のエネルギーの計算に際しては、母結晶の単位格子を格子定数の整数倍に拡張したスーパーセルを作成し、所定の欠陥状態をスーパーセルに導入する。スーパーセルの格子定数の大きさは8.0Å以上になるように作成する。より具体的に説明すると、プロトンを含んだ結晶構造におけるプロトンの初期配置は、5.0Å以内の距離で隣接する2つの酸素サイトについて、その直線上かつ一つの酸素から1.0Å離れた位置に設定する。これらのうち、構造の対称性の観点から非等価なもの、かつ酸素間に別の元素が配置されていないものを計算の対象とする。酸素空孔を含んだ結晶構造は、構造の対称性の観点から非等価な酸素サイトを選び出し、酸素サイト上の酸素を一つ削除することで作成する。このような非等価な構造を選ぶ作業は、spglibあるいはそれを利用したpymatgenというソフトウェアを用いる。これら全ての結晶構造モデルについて、原子にかかる力が2.0×10-2eV/Å以下になるまで原子位置の最適化を行い、「母結晶が酸素空孔を含む状態」、及び「母結晶中の酸化物イオンの近傍にプロトンが一つ導入された状態」のエネルギーを算出する。ただし、格子定数はプロトンあるいは酸素空孔を含まない結晶構造の格子定数(8.0Å以上)に固定し、平面波カットオフエネルギーは420eVとする。結晶のブリルアンゾーン内における波数ベクトルkのサンプリングでは、k点同士の間隔が最小で0.4Å-1となるように、Monkhorst-Pack法に基づいてサンプリングする。最終的に、上記計算で得られた「原子の欠損及び不純物を結晶格子中に含まない完全状態の、母結晶」、「母結晶が酸素空孔を含む状態」及び「母結晶中の酸化物イオンの近傍にプロトンが一つ導入された状態」のエネルギー、並びに「気体の水分子」のエネルギーから式(1)により母結晶の水和エネルギーを算出する。
【0033】
母結晶に対する上記第二の金属元素の固溶エネルギー、換言すれば、上記母結晶を構成する上記第一の金属元素の一つを上記第二の金属元素に置換する際の固溶エネルギーの上限値が、1.3eV以下であるが、例えば、1.25eV以下、又は1.2eV以下であってよい。上記固溶エネルギーの上限値が上記範囲内であることで、第二の金属元素の置換がより容易であり、母結晶中にプロトンサイトを形成しやすくなり、プロトン伝導性を向上させることができる。固溶エネルギーの下限値は、例えば、0.0eV以上、0.1eV以上、0.2eV以上、又は0.3eV以上であってよい。上記固溶エネルギーの下限値が上記範囲内であることで、主相以外の化合物が合成されることを防ぐことができる。上記固溶エネルギーは上述の範囲内で調整してよく、例えば、0.0~1.3eV、0.0~1.2eV、0.2~1.25eV、又は0.3~1.3eVであってよい。上記固溶エネルギーは、例えば、第一の金属元素と第二の金属元素との組み合わせを変更すること等によって調整することができる。
【0034】
本明細書における固溶エネルギーは、固体電解質から得られる、構成元素種、各元素の原子数、格子定数及び原子位置の情報をもとに、第一原理計算によって計算される値を意味する。固溶エネルギーは、一つ目の第一の金属元素Aが第二の金属元素Mに置換固溶され、AとMとの価数の差に対応した数の酸素空孔が形成される時の固溶反応式から算出する。例えば、Aよりも価数が1小さいMがAのサイトに置換固溶し、Mに対して0.5個分の酸素空孔が生成するときの反応式は以下のとおりである。
【化2】
【0035】
まず、第一原理計算で求めた母結晶の第一の金属元素Aを第二の金属元素Mに置換した状態のエネルギーと、酸素空孔を含んだ状態のエネルギーに0.5を掛けたものと、を足し合わせた、固溶反応後のエネルギーの一部を算出する。次に、第二の金属元素M及び酸素空孔を含まない完全状態の母結晶のエネルギーに1.5を掛けた、固溶反応前のエネルギーの一部を算出する。次に、結晶構造の構成元素種と第二の金属元素との組み合わせ毎に、母結晶に第二の金属元素Mを添加する反応において共存可能な副相を状態図から決定する。そして、競合する副相の内部エネルギーを第一原理計算で計算し、固溶反応前と固溶反応後との物質収支が整合するように競合する副相によって固溶反応式を補完し、相当するエネルギーを補正する。これは式(2)中のμM、μ及びμを算出することに相当する。例えば、Bi(GeOにSrを置換固溶させる場合、固溶反応後は固溶反応前と比べると、Sr1個が過剰に存在し、Bi1個とO0.5個とが不足している。これらの物質収支を補正するためには、例えば、固溶反応後のエネルギーにBi(GeOと副相GeOの結晶構造のエネルギーに0.25を掛けたものを足し、固溶反応前のエネルギーに副相SrGeOの結晶構造のエネルギーを足す。この補正された反応式は、競合する副相が状態図から定まれば一意に決定できる。最終的に、固溶反応後のエネルギーから固溶反応前のエネルギーを引くことで、固溶エネルギーを算出することができる。
【0036】
より具体的には、上記固溶エネルギーは次のように算出される。まず、母結晶の結晶構造を、格子定数の大きさが10.0Å以上になるように定数倍したものを作成し、その条件でのプロトンあるいは酸素空孔を含まない結晶構造のエネルギーを算出する。次に、酸素空孔あるいは第二の金属元素を含んだ結晶構造(格子定数の大きさが10.0Å以上)を作成する。酸素空孔を含んだ結晶構造の作成方法は、水和エネルギーの算出方法で述べた作成方法と同様である。第二の金属元素を含んだ結晶構造は、構造の対称性の観点から非等価な第一の金属元素サイトを選び出し、第一の金属元素サイト上の第一の金属元素を一つ第二の金属元素に置換することで作成する。これら全てについて、前述の条件と同条件で原子位置の最適化を行い、「原子の欠損及び不純物を結晶格子中に含まない完全状態の、母結晶」、「母結晶中のAが、Aよりも価数が1小さいMに置換された結晶構造」、「母結晶が酸素空孔を含む結晶構造」、及び「状態図における競合相」のエネルギーを算出する。ただし、平面波カットオフエネルギーは420eVとする。「状態図における競合相」以外に関しては、格子定数は完全状態の結晶構造の格子定数(10.0Å以上)に固定し、スーパーセルを用いた計算におけるブリルアンゾーン内での波数ベクトルkのサンプリングは(0.25,0.25,0.25)という1つのk点のみとする。「状態図における競合相」に関しては、結晶のブリルアンゾーン内における波数ベクトルkを、k点同士の間隔が最小で0.3Å-1となるように、Monkhorst-Pack法に基づいてサンプリングする。上記計算で得られた「原子の欠損及び不純物を結晶格子中に含まない完全状態の、母結晶」、「母結晶中のAが、Aよりも価数が1小さいMに置換された結晶構造」、及び「母結晶が酸素空孔を含む結晶構造」のエネルギー、並びに、「状態図における競合相」のエネルギーから算出した、「第二の金属元素Mの化学ポテンシャル」、「第一の金属元素Aの化学ポテンシャル」、及び「酸素元素の化学ポテンシャル」に基づいて、式(2)により固溶エネルギーを平衡状態ごとに算出する。
【0037】
Mの価数がAよりも2小さい場合の固溶反応式は下記のとおりである。固溶エネルギーの算出方法は、AとMの価数の差が1の時と同様であるが、酸素空孔を含んだ状態のエネルギーに掛ける数値は1であり、完全状態の母結晶のエネルギーに掛ける数値は2である。
【化3】
【0038】
固体電解質を構成する上記第一の金属元素は、ビスマス(Bi)、ゲルマニウム(Ge)、シリコン(Si)、スズ(Sn)、鉛(Pb)及びニオブ(Nb)からなる群より選択される少なくとも一種の金属元素を含んでよく、Bi、Ge、Si、Sn、Pb及びNbからなる群より選択される少なくとも一種の金属元素であってよい。
【0039】
固体電解質を構成する第二の金属元素は、第一の金属元素よりも価数の小さな元素である。第二の金属元素は固体電解質における固溶元素であり、第一の金属元素の価数と第二の金属元素の価数とが上述のような関係にあることで、第二の金属元素が固溶した固体電解質に対するプロトンの導入が容易となり、十分なプロトン伝導性を発揮し得る。第一の金属元素の価数と第二の金属元素の価数との差は、例えば、1、又は2であってよい。第一の金属元素としてビスマス(Bi)を含む非ペロブスカイト型の結晶を例にした場合、ビスマスは3価又は5価となり得るため、第二の金属元素としては1~4価の価数を有する金属元素であってよい。例えば、上記第一の金属元素がBiであり、上記第二の金属元素がSrであってよい。
【0040】
上記母結晶は、酸素元素及び第一の金属元素に加えて、第三の金属元素を含有してもよい。第三の金属元素は、例えば、アルカリ金属元素であってよい。アルカリ金属元素としては、例えば、Li、Na、K、Rb及びCsからなる群より選択される少なくとも一種の金属元素を含んでよく、Li、Na、K、Rb及びCsからなる群より選択される少なくとも一種の金属元素であってよい。
【0041】
上記固体電解質は、より具体的には一般式:Bi4-x―ySrGe12で表されるものであってよく、一般式:Bi12-wSrGeO20で表されるものであってよい。上記一般式中、上記xは、例えば、0より大きく2.0以下の数、0より大きく1.5以下の数、又は0より大きく1.0以下の数であってよい。上記一般式中、上記yは、例えば、0以上であり2.0より小さい数、0以上1.0以下、又は0以上0.5以下であってよい。上記一般式中、上記zは0より大きく4.0以下の数、0より大きく3.5以下の数、又は0より大きく3.0以下の数であってよい。上記一般式中、上記wは、例えば、0より大きく6.0以下の数、0より大きく3.0以下の数、又は0より大きく1.5以下の数であってよい。
【0042】
固体電解質の組成及び一般式は、エネルギー分散型X線分析(オックスフォード・インストゥルメンツ製、製品名:AZtecEnergy)によって決定することができる。乾燥空気中で焼結したBi4-x―ySrGe12又はBi12-wSrGeO20の緻密体における破断面を測定対象とする。上記緻密体における上記破断面に対して、15kVで加速した電子線を照射し、これによって発生した特性X線強度を、走査型電子顕微鏡(株式会社日立ハイテクテクノロジーズ製、製品名:TM4100)を用いて観測することで、Bi4-x―ySrGe12及びBi12-wSrGeO20の組成を決定できる。定量法にはZAF法を用いる。
【0043】
[固体電解質の製造方法]
非ペロブスカイト型の結晶構造を有する上述の固体電解質は、例えば、以下のような方法で製造することができる。非ペロブスカイト型の結晶構造を有する固体電解質の製造方法の一実施形態は、酸素元素及び第一の金属元素を構成元素として含有する結晶のデータを含む第一データ群に属する各結晶データに対する第一原理計算を利用して、上記結晶と上記第一の金属元素よりも価数の小さい第二の金属元素との組み合わせを決定する第一工程と、上記第一の金属元素を構成元素として有する化合物及び上記第二の金属元素を構成元素として有する化合物を含有する原料を配合し焼成する第二工程と、を備える。
【0044】
第一工程は、第一データ群から、プロトン伝導性を発揮し得、且つ合成が容易と思われる固体電解質の候補を抽出する、スクリーニング工程ともいえる。上記第一工程は、上記第一データ群に属する各結晶データに対する第一原理計算によって上記結晶が有するプロトン伝導経路上の複数のプロトンサイトにおける水和エネルギーを算出し、上記水和エネルギーの最小値が-3.0eV以上-0.5eV以下であり、上記水和エネルギーの差の最大値が0.5eV以下である結晶のデータを抽出し、当該結晶データを含む第二データ群を取得する工程と、上記第二データ群に属する各結晶データに対する第一原理計算によって上記結晶に対する上記第二の金属元素の固溶エネルギーを算出し、上記固溶エネルギーが1.3eV以下である結晶のデータを抽出し、当該結晶データを含む第三データ群を取得する工程と、を含む。ここで、固溶エネルギーとは、上述する固溶反応式から算出される値である。
【0045】
図1を参照しながら、固体電解質の製造方法について説明する。図1は、固体電解質の製造方法の一例を説明するフロー図である。
【0046】
まず、第一データ群を用意する(ステップS01)。上記第一データ群に含まれる無機化合物の結晶構造の情報は、例えば、無機結晶構造データベース(ICSD)、無機材料データベース(AtomWorks)等から取得される情報の他、自ら実験によって取得した無機化合物の結晶構造の情報等を挙げることができ、これらの情報を組み合わせて用いてもよい。第一データ群は、外部から取得したデータ群をそのまま第一データ群としてもよく、また取得したデータ群から所定の条件によって部分データを抽出し、第一データ群としてもよい。第一原理計算の負担を軽減する観点からは、所定の条件に基づいて抽出されたより小さなデータ群を第一データ群として使用することが望ましい。上述の所定の条件としては、例えば、結晶系、構成元素数、構成元素種、結晶組成における酸素比率、結晶が安定に存在可能な温度及び圧力等が挙げられる。結晶系は、例えば、立方晶系、直方晶等が挙げられる。無機化合物を構成する構成元素数は、例えば、構成元素の種類を3に特定することが望ましい。構成元素種は遷移金属やアクチノイドを含まないことが望ましい。結晶組成における酸素比率は、大きい方が好ましく、例えば、原子百分率で30%以上であることが望ましい。また、常温常圧で安定に存在し得る無機化合物が望ましい。
【0047】
次に、第一データ群に属する結晶データに対する第一原理計算によって、第一データ群に属する結晶のそれぞれについて水和エネルギーを算出する(ステップS02)。各結晶に対して、条件を変更し複数回の第一原理計算を実施し、各結晶の水和エネルギーの最小値及び水和エネルギーの差の最大値を決定する。
【0048】
ステップS02における第一原理計算の結果から、水和エネルギーの最小値が-3eV以上-0.5eV以下であり、水和エネルギーの差の最大値が0.5eV以下である結晶のデータを抽出し、この結晶データを含む第二データ群を取得する(ステップS03)。
【0049】
次に、第二データ群に属する結晶データに対する第一原理計算によって、第二データ群に属する結晶のそれぞれについて、第一の金属元素の一つを、第二の金属元素に置換することによる固溶エネルギーを算出する(ステップS04)。
【0050】
ステップS04における第一原理計算の結果から、固溶エネルギーが1.3eV以下である結晶のデータを抽出し、この結晶データを含む第三データ群を取得する(ステップS05)。第三データ群に属する各種結晶が、母結晶の候補となる。そして、母結晶の候補に対して、固溶エネルギーが1.3eV以下となるような金属元素(第二の金属元素となる)との組み合わせが選択される。これによって、固体電解質の候補となる基本の元素構成を決定することができる。
【0051】
第二工程は、第一工程によって決定された、母結晶の候補となる結晶を構成する第一の金属元素と、固溶させる第二の金属元素との組み合わせの情報に基づいて、上記第一の金属元素を構成元素として有する化合物及び上記第二の金属元素を構成元素として有する化合物を含有する原料組成物を調製し、焼成することによって、固体電解質を合成する工程である。第三データ群に含まれる結晶データが複数ある場合には、いずれかの結晶を目的物として採用し、固溶エネルギーが所望の範囲となる金属元素との組み合わせに基づいて、固体電解質の製造を行う。なお、固体電解質の製造方法は、固相反応法やゾルゲル法などの化学溶液法など、固体電解質に用いられる原料種などに合わせて選択できる。
【0052】
第二工程では、上記第一の金属元素を構成元素として有する化合物及び上記第二の金属元素を構成元素として有する化合物を含有する原料を配合し、原料組成物を調製する(ステップS06)。上記第一の金属元素を構成元素として有する化合物及び上記第二の金属元素を構成元素として有する化合物は、互いに独立に、例えば、金属単体の他、酸化物、炭酸塩等であってよい。
【0053】
上記原料組成物における、上記第一の金属元素を構成元素として有する化合物及び上記第二の金属元素を構成元素として有する化合物の含有量比は、得られる固体電解質のターゲット組成に応じて、調整することができる。
【0054】
上記原料組成物は、上記第一の金属元素を構成元素として有する化合物及び上記第二の金属元素を構成元素として有する化合物に加えて、その他の成分を含有してもよい。その他の成分としては、例えば、焼結助剤等が挙げられる。焼結助剤は固体電解質のターゲット組成に応じて選択することができる。上記原料組成物が焼結助剤を含む場合、焼結助剤の含有量は、原料組成物の全量を基準として、例えば、10.0質量%未満であってよく、0.1~5.0質量%、0.1~3.0質量%、又は0.1~1.0質量%であってよい。
【0055】
上述のようにして得られた原料組成物を焼成して、固体電解質を得る(ステップS07)。焼成雰囲気は、反応の制御を容易にする観点から、例えば、酸素分圧は10-5atmから1atmであってよい。焼成の温度及び時間は、原料組成物の組成等に応じて調整することができるが、例えば、950℃以上で6時間以上加熱してよい。
【0056】
[スクリーニング装置]
上述の製造方法を実施するにあたり、例えば、以下のようなスクリーニング装置を使用することができる。固体電解質のスクリーニング装置の一実施形態は、酸素元素及び第一の金属元素を構成元素として含有し、非ペロブスカイト型の結晶構造を有する結晶のデータを含む第一データ群から母結晶の候補データ群を抽出する装置である。上記スクリーニング装置は、第一データ群に属する各結晶データに対する第一原理計算によって、上述した水和エネルギーを算出し、水和エネルギーの最小値が-3.0eV以上-0.5eV以下であり、水和エネルギーの差の最大値が0.5eV以下である結晶のデータを抽出し、当該結晶データを含む第二データ群を取得する第二データ群抽出部と、上記第二データ群に属する各結晶データに対する第一原理計算によって上記第一の金属元素の一つを、上記第一の金属元素よりも価数の小さい第二の金属元素に置換することによる固溶エネルギーを算出し、固溶エネルギーが1.3eV以下である結晶データを抽出し、上記結晶データを含む第三データ群を取得する第三データ群抽出部と、を備える。第三データ群抽出部に対して、取得された第三データ群に基づいて上記母結晶と上記第二の金属元素との組み合わせを決定する手段を組み入れてもよい。本スクリーニング装置で行われる第一原理計算は、後述するスクリーニング方法で行われる第一原理計算と同じものであってもよい。
【0057】
図2は、スクリーニング装置の構成の一例を説明するブロック図である。スクリーニング装置1は、例えば、無機結晶構造データベース(ICSD)等から入手したデータ群から、第一原理計算を用いて母結晶の候補データ群をスクリーニングする装置である。図2に示すように、スクリーニング装置1は、第一データ群取得部11(準備部)、第二データ群抽出部12、第三データ群抽出部13、記憶部14、及び出力部15を有する。スクリーニング装置1は、結晶構造の情報が格納されているデータベースから、例えば、結晶系に基づいて第一データ群に属する結晶データを取得する手段を更に備えてもよい。
【0058】
第一データ群取得部11は、外部から取得した無機化合物の結晶構造の情報を取得する(準備する)機能を有する。無機化合物の結晶構造の情報は、例えば、無機結晶構造データベース(ICSD)、無機材料データベース(AtomWorks)等から取得される情報の他、自ら実験によって取得した無機化合物の結晶構造の情報等を上げることができ、これらの情報を組み合わせて用いることもできる。第一データ群取得部11は、続く第一原理計算の負担を軽減する観点から、外部から取得したデータを更に選別する手段を有してよく、データ群をより小さなものとしたうえで、当該データ群を第一データ群とすることもできる。
【0059】
第二データ群抽出部12は、第一データ群に属する結晶データに対する解析によって、プロトン伝導性を発揮し得る母結晶となる結晶の候補を選別し、第二データ群を抽出する機能を有する。プロトン伝導性を発揮し得るか否かは、第一原理計算によって算出されるプロトン伝導経路上の水和エネルギーの最小値及び水和エネルギーの差の最大値が所定の範囲となることを指標とすることで、精度よく候補となる結晶を選別できる。
【0060】
第二データ群抽出部12は、第二データ群に属する結晶データを抽出するために、第一原理計算による水和エネルギーの演算を行う機能を有する。特徴情報取得部21は、第一データ群として取得した結晶の結晶構造に関する情報の中から、第一原理計算による水和エネルギーの算出に必要な特徴情報を取得する。そして、特徴情報取得部21において取得された特徴情報を用いて、パラメータ算出部22において、第一原理計算によって水和エネルギーの最小値及び水和エネルギーの差の最大値を決定する。第一原理計算によって算出された水和エネルギーの最小値及び水和エネルギーの差の最大値の値に基づいて、第一データ群に属する結晶の中から、所望の母結晶となる結晶の候補に絞り、第二データ群を抽出する。
【0061】
第三データ群抽出部13は、第二データ群に属する結晶データに対する解析によって、実験的に固体電解質を容易に合成することができるような母結晶の候補を選別し、第三データ群に属する結晶データを抽出する機能を有する。実験的に固体電解質を合成することが容易か否かは、結晶を構成する第一の金属元素の一つを上記第二の金属元素に置換することによる固溶エネルギーが小さいことを指標とすることで判断できる。つまり、固溶エネルギーを指標とすることで、第二データ群に属する結晶から母結晶となり得る結晶を選別できる。
【0062】
第三データ群抽出部13は、第三データ群に属する結晶データを抽出するために、第一原理計算による固溶エネルギーの演算を行う機能を有する。特徴情報取得部23は、第二データ群として取得した結晶の結晶構造に関する情報の中から、第一原理計算による固溶エネルギーの算出に必要な特徴情報を取得する。そして、特徴情報取得部23において取得された特徴情報を用いて、パラメータ算出部24において、第一原理計算によって固溶エネルギーを決定する。第一原理計算によって算出された固溶エネルギーの値に基づいて、第二データ群に属する結晶の中から、所望の固体電解質の合成に適する母結晶となり得る結晶に絞り、第三データ群を取得する。この際、固溶エネルギーを算出した第一の金属元素と第二の金属元素との組み合わせに関する情報も決定される。
【0063】
記憶部14は、第一データ群取得部11で取得した情報、第二データ群抽出部12及び第三データ群抽出部13において第一原理計算による解析結果等を記憶する機能を有する。さらに、第一データ群取得部11で使用する所定の条件に関する情報、第二データ群抽出部12及び第三データ群抽出部13において使用する第一原理計算の計算手法に関する情報等も記憶する機能を有する。
【0064】
出力部15は、第三データ群抽出部13によって抽出された第三データ群の情報を出力する機能を有する。出力先としては、例えば、スクリーニング装置1に設けられたモニタ、及び外部装置等が挙げられる。また、出力内容等は特に限定されず、例えば、第二データ群抽出部12及び第三データ群抽出部13において第一原理計算による解析結果(例えば、水和エネルギーの最小値、水和エネルギーの差の最大値、及び固溶エネルギー等)をそのまま出力する態様を取ってもよいし、上述の解析結果に基づいて推定されるプロトン伝導性の有無等を組み合わせて出力する態様を取ってもよい。
【0065】
スクリーニング装置1は、一つ又は複数の制御用コンピュータによって構成されてよい。例えば、スクリーニング装置1は、図3に示す回路120を有する。回路120は、一つ又は複数のプロセッサ121と、メモリ122と、ストレージ123と、入力ボード124と、タイマー125とを有する。ストレージ123は、例えば、ハードディスク、その他のコンピュータによって読み取り可能な記憶媒体を有する。記憶媒体は、後述のスクリーニング方法をスクリーニング装置1に実行させるためのプログラムを記憶している。記憶媒体は、例えば、不揮発性の半導体メモリ、磁気ディスク、及び光ディスクなどの取出し可能な媒体であってもよい。メモリ122は、ストレージ123の記憶媒体からロードしたプログラム及びプロセッサ121による演算結果を一時的に記憶する。プロセッサ121は、メモリ122と協働して上記プログラムを実行することで、上述した各機能モジュールを構成する。入力ボード124は、プロセッサ121からの指令に従って、コントローラ制御する各部との間で電気信号の入出力を行う。タイマー125は、例えば、第一原理計算等の処理に要する時間を計測する。一定時間以上経過しても演算結果が出力されない場合には、演算を停止する。
【0066】
なお、スクリーニング装置1のハードウェア構成は、必ずしもプログラムによって各機能モジュールを構成するものに限られない。例えば、コントローラの各機能モジュールは、専用の論理回路又はこれを集積させたASIC(Application Specific Integrated Circuit)によって構成されていてもよい。
【0067】
[スクリーニング方法]
次に、図4を参照しながら、スクリーニング装置1によって行われる、スクリーニング方法について説明する。図4は、スクリーニング装置によって行われるスクリーニングに係る処理を説明するフロー図である。以下に説明するスクリーニング方法は、図1におけるステップS01~S05のステップを実施する一形態ということもできる。
【0068】
まず、スクリーニング装置1では、第一データ群取得部11によって、無機化合物の結晶構造の情報を取得する(ステップS11)。ステップS11では、続く第一原理計算の負担を軽減する観点から、取得した情報を選別してもよい。つまり、第一データ群取得部11では、入力されたデータ群をそのまま第一データ群とすることもでき、また入力されたデータ群から所定の条件によって部分データを抽出する手段を有し、抽出したデータ群を第一データ群とすることもできる。上述の所定の条件としては、例えば、結晶系、構成元素数、構成元素種、結晶組成における酸素比率、及び結晶が安定に存在可能な温度と圧力等が挙げられる。結晶系は、例えば、立方晶系等が挙げられる。無機化合物を構成する構成元素数は、例えば、構成元素の種類を3に特定することが望ましい。構成元素種は、遷移金属やアクチノイドを含まないことが望ましい。結晶組成における酸素比率は、大きい方が好ましく、例えば、原子百分率で30%以上であることが望ましい。また、常温常圧で安定に存在し得る無機化合物が望ましい。後述する第二データ群抽出部12、及び第三データ群抽出部13における第一原理計算の負担を軽減する観点からは、ステップS11では、所定の条件に基づいて抽出された第一データ群を使用することが望ましい。
【0069】
次に、スクリーニング装置1の第二データ群抽出部12における特徴情報取得部21では、第一データ群に属する結晶毎に、結晶構造に関する情報の中から、第一原理計算に使用する特徴情報を取得する(ステップS12)。これによって、外部から取得する結晶構造の情報のうち、水和エネルギーを求めるための演算に用いる情報が得られる。水和エネルギーを算出するために用いられる上記特徴情報としては、構成元素種、各元素の原子数、格子定数、及び原子位置を用いる。
【0070】
次に、スクリーニング装置1の第二データ群抽出部12におけるパラメータ算出部22では、第一データ群の中から第二データ群を抽出するためのパラメータを算出する(ステップS13)。ステップS13では、プロトン伝導性を発揮し得る母結晶となる結晶の候補を抽出する観点から、パラメータとして水和エネルギーを採用する。水和エネルギーの値を算出するために、本明細書における第一原理計算を用いる。具体的には、パラメータ算出部22において、特徴情報取得部21で取得された情報に基づいて、各結晶が有するプロトン伝導経路上の複数のプロトンサイトにおける水和エネルギーを第一原理計算によって算出する。上記水和エネルギーは、結晶構造の対称性に基づいてプロトン初期位置を変更して、結晶構造の対称性に基づいた複数個の水和エネルギーを取得し、当該結晶についての水和エネルギーの最小値を得る。上述のとおり得られた複数個の水和エネルギーの値からプロトン伝導経路上のプロトンサイト間の水和エネルギーの差の最大値を決定する。ここで、プロトンサイトとは、結晶中でプロトンが安定に存在し得る位置(プロトン位置)のことを意味し、プロトン伝導経路とは、対称性を考慮して、複数のプロトンサイト間を結んだ経路のうち、その距離が最小となる経路のことをいう。なお、第一原理計算による演算結果が得られない場合、該当する結晶は、第二データ群には含めないものとする。また、プロトン位置間の距離は2.2Å以下であることが好ましい。
【0071】
本スクリーニング方法において、水和エネルギーは、上記式(1)に示された水和反応式から算出することができる。ただし、スクリーニング方法では、上記式(1)において、「母結晶」を「母結晶の候補となる結晶」と読み替えるものとする。
【0072】
上述のとおり、決定された水和エネルギーの最小値が-3.0eV以上-0.5eV以下であり、プロトン伝導経路上のプロトンサイト間の水和エネルギー差が0.5eV以下である結晶群を新たに第二データ群として抽出する(ステップS14)。ただし、結晶中に複数の酸素サイトがある場合、水和エネルギーの最小値は、酸素空孔を含んだ結晶構造のエネルギーが最も低くなる酸素サイト近傍にプロトンが存在する状態を下に、式(1)を用いて算出するものとする。プロトン伝導経路上のプロトンサイト間の水和エネルギー差も、上記酸素サイトに酸素空孔を含んだ結晶構造のエネルギーを用いて、式(1)より算出するものとする。
【0073】
次に、スクリーニング装置1の第三データ群抽出部13における特徴情報取得部23では、第一原理計算の前処理として、第二データ群に含まれる各結晶構造の情報の中から、計算に必要な特徴情報を取得する(ステップS15)。これによって、外部から取得する結晶構造の情報のうち、固溶エネルギーを求めるための演算に用いる情報が得られる。固溶エネルギーを算出するために用いられる上記特徴情報としては、構成元素種、各元素の原子数、格子定数、及び原子位置を用いる。
【0074】
次に、スクリーニング装置1の第三データ群抽出部13におけるパラメータ算出部24では、第二データ群の中から第三データ群を抽出するためのパラメータを算出する(ステップS16)。ステップS16では、実験的に固体電解質を容易に合成することができるような母結晶の候補を抽出する観点から、パラメータとして固溶エネルギーを採用する。固溶エネルギーの値を算出するために、本明細書における第一原理計算を用いる。第一データ群に属する結晶毎に第一原理計算を行い、結晶毎の固溶エネルギーの値を決定する。なお、第一原理計算による演算結果が得られない場合、該当する結晶は、第三データ群には含めないものとする。
【0075】
本スクリーニング方法において、固溶エネルギーは、上記式(2)又は上記式(3)に示された反応式から算出することができる。ただし、スクリーニング方法では、上記式(2)及び上記式(3)において、「母結晶」を「母結晶の候補となる結晶」と読み替えるものとする。
【0076】
上述のとおり、決定された固溶エネルギーの値が1.3eV以下である結晶群を新たに第三データ群として抽出する(ステップS17)。第三データ群として抽出されたデータ群に属する結晶は、第二の金属元素を固溶させることが比較的容易であり、第二の金属元素を固溶させることによってプロトン伝導性を発揮することが期待される結晶である。すなわち、上述のスクリーニング方法によって選別され、数が絞られた固体電解質の候補を実験的に合成することによって、費用及び時間等のコストを削減し、優れたプロトン伝導性を発揮する新規固体電解質を効率よく提供することができる。
【0077】
スクリーニング方法において、第一原理計算に用いるソフトウェアは例えばVienna Ab initio Simulation Package(VASP)であってよい。また、スクリーニング方法において、第一原理計算に用いるソフトウェアはVASP以外のものでもよく、ソフトウェアによって計算条件を変更し、水和エネルギーの算出精度を向上させてもよい。
【0078】
[プロトン伝導体]
上述の固体電解質はプロトン伝導性を発揮し得ることから、プロトン伝導体として有用である。プロトン伝導体の一実施形態は、上述の固体電解質を含む。上記プロトン伝導体は、上述の固体電解質からなってもよいが、本開示の効果を損なわない範囲で他の成分を含んでよい。上記プロトン伝導体は、例えば、上述の固体電解質からなる主相と、当該固体電解質を製造する際に生じる副相とを有してもよい。
【0079】
[電気化学デバイス]
上記固体電解質及び上記プロトン伝導体は電気化学デバイスの構成部材として有用である。電気化学デバイスとしては、例えば、燃料電池、水電解デバイス及び二酸化炭素電解デバイス等が挙げられる。上述のような構成部材としては、具体的には、電極間に上述の固体電解質を配置した積層体などが挙げられる。積層体の一実施形態は、第一の電極と、上記第一の電極上に設けられた電解質膜と、上記電解質膜の上記第一の電極側とは反対側に設けられた第二の電極と、を備える。上記電解質膜は上述の固体電解質又は上述のプロトン伝導体を含む。
【0080】
図5は、積層体の一例を示す模式図である。積層体60は、第一の電極32と、電解質膜50と、第二の電極34とをこの順に備える。図5では、電解質膜50の両主面上において全面に第一の電極32及び第二の電極34が設けられている例で示したが、部分的に設けられる態様であってもよい。また、図1において、電解質膜50と、第一の電極32及び第二の電極34とが直接接する例で示したが、必要に応じて、電解質膜50と、第一の電極32及び第二の電極34とがセパレーターを介して接着される態様であってもよい。また、第一の電極32及び第二の電極34の、電解質膜50側の主面に溝部等が設けられていてもよい。積層体60が、例えば、燃料電池に用いられる場合、上述のセパレーター又は電極面の形成された溝部等に原料ガスを供給することもできる。
【0081】
第一の電極32及び第二の電極34は、同一の素材で構成されていてもよく、互いに異なる素材で構成されていてもよい。上記積層体60が燃料電池の構成部材である場合、例えば、第一の電極32がアノード電極(燃料極)、第二の電極34がカソード電極(空気極)であってよい。
【0082】
アノード電極の素材は、例えば、銀、白金、パラジウム、ニッケル、ニッケル及びジルコニア系酸化物との混合物、ニッケル及びセリア系酸化物、並びに、ニッケル及びジルコン酸バリウム系酸化物との混合物等であってよい。
【0083】
カソード電極の素材は、例えば、銀、白金、並びに、希土類元素及び3d遷移金属を含むペロブスカイト型酸化物等を用いることができる。このようなペロブスカイト型酸化物は、例えば、一般式:A11-aA2B11-bB2(0≦a≦1、0≦b≦1)で表される酸化物を使用することができる。ここで、A1及びA2は、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジウム(Pr)、及びサマリウム(Sm)等のランタノイド(Ln)、若しくは、カルシウム(Ca)、ストロンチウム(Sr)、バリウム(Ba)等のアルカリ土類金属(AE)であってよい。B1及びB2は、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、及びコバルト(Co)等であってよい。カソード電極の素材としては、具体的には、Ln1-aAEMn1-bFe、Ln1-aAEMn1-bCo、及びLn1-aAECo1-bFe、AE1-aAECo1-bFe等であってよい。
【0084】
第一の電極32及び第二の電極34の厚さは、積層体60の用途等に応じて調整することができる。
【0085】
電解質膜50の厚さは、積層体60に求める性能及び積層体の用途等に応じて調整することができる。電解質膜50の厚さの上限値は、例えば、500μm以下、300μm以下、150μm以下、50μm以下、25μm以下、又は15μm以下であってよい。電解質膜50の厚さの上限値は上記範囲内とすることで、プロトン伝導度をより向上させることができる。電解質膜50の厚さの下限値は、例えば、0.1μm以上、0.5μm以上、1.0μm以上、3μm以上、5μm以上、又は10μm以上であってよい。電解質膜50の厚さの下限値を上記範囲内とすることで、電解質膜50自体の機械強度の低下を抑制すると共に、電極間の絶縁破壊をより十分に抑制することができる。電解質膜50の厚さは上述の範囲内で調整することができ、例えば、0.1~500μm、1.0~50μm、又は10~15μmであってよい。
【0086】
上記積層体60は、第一の電極32、電解質膜50及び第二の電極34に加えてその他の層を備えていてもよい。その他の層としては、例えば、第一の電極32と電解質膜50との間に挿入される層、及び第二の電極34と電解質膜50との間に挿入される層などが挙げられる。第一の電極32と電解質膜50との間に挿入される層としては、例えば、ニッケル及びジルコン酸バリウム系混合物層、ニッケル及びジルコニア系酸化物混合層、並びにニッケル及び酸化セリウム系酸化物混合層等が挙げられる。第二の電極34と電解質膜50との間に挿入される層としては、例えば、酸化セリウム系酸化物、ジルコン酸バリウム系酸化物、セリウム添加ジルコン酸バリウム系酸化物、及びセリウム酸バリウム系酸化物等が挙げられる。
【0087】
上記積層体60を有する固体酸化物型燃料電池は、上述の固体電解質又は上述のプロトン伝導体を含むことから動作温度を低く設定することができる。換言すれば、上述の固体電解質を用いることによって、得られる固体酸化物型燃料電池は、370~650℃の中温度域において動作させることができる。上記固体酸化物型燃料電池の動作温度の上限値は、例えば、650℃以下、600℃以下、550℃以下、540℃以下、530℃以下、500℃以下、又は450℃以下とすることができる。上記固体酸化物型燃料電池の動作温度の下限値は、例えば、380℃以上、又は390℃以上とすることができる。上記固体酸化物型燃料電池の動作温度は上述の範囲内で調整することができ、例えば、370~650℃、370~600℃、370~550℃、390~540℃であってよい。上記積層体60を有する固体酸化物型燃料電池はまた、上述の固体電解質又は上述のプロトン伝導体を含むことから長時間(例えば、200時間以上)に亘り安定して動作させることができる。
【0088】
以上、幾つかの実施形態について説明したが、本開示は上記実施形態に何ら限定されるものではない。また、上述した実施形態についての説明内容は、互いに適用することができる。
【実施例0089】
以下、実施例及び比較例を参照して本開示の内容をより詳細に説明する。ただし、本開示は、下記の実施例に限定されるものではない。
【0090】
(実施例1)
[Bi4-x―ySrGe12の合成]
まず、スクリーニング装置における第一データ群を用意した。第一データ群に属する結晶の構造に関する情報は、無機結晶構造データベース(ICSD)から取得した。これらの中から、計算の負担を軽減するために、立方晶系の結晶系を有し、構成元素数が3つ以上であり、結晶構造が取得された温度が700K以下であり、結晶構造が取得された圧力が1MPa以下であり、遷移金属(V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Tc,Ru,Rh,Pd,Pr,Pm,Sm,Eu,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Re,Os,Ir及びPt)を含まず、放射性元素(Po,Rn,Fr,Ra,Ac,Th,Pa,U,Np,Pu,Am,Cm,Bk,Cf,Es,Fm,Md,No及びLr)を含まず、毒性元素(Be,Cd,Hg及びAt)を含まず、水素を含まず、結晶組成における酸素の原子百分率が30%以上であり、且つ、結晶構造におけるサイトの占有率が1未満のものを含まない、という条件を満たす結晶を抽出した。
【0091】
次に、ICSDより得た情報に含まれる構成元素種、各元素の原子数、格子定数、及び原子位置という特徴情報を用い、上記条件を満たす結晶データに含まれる各結晶の水和エネルギーを計算した。計算するソフトウェアには平面波基底の第一原理計算ソフトウェアであるVienna Ab initio Simulation Package(VASP)を用いた。電子の交換相関相互作用には、PBEsolと呼ばれる一般化勾配近似の一種を使用した。結晶が希土類元素を含む場合、f電子の強電子相関を補正するため、希土類元素のf電子に対してハバード補正項U=5.4eVを適用した。結晶のブリルアンゾーン内における波数ベクトルkのサンプリングでは、k点同士の間隔が最小で0.4Å-1となるように、Monkhorst-Pack法に基づいてサンプリングした。まず、プロトンあるいは酸素空孔を含まない結晶構造について、原子にかかる力が2.0×10-2eV/Å以下になるまで原子位置及び格子定数の最適化を行った。この際、平面波のカットオフエネルギーは550eVとし、電子構造緩和は、結晶構造全体のエネルギー変化が1.0×10-5eV以下になるまで行った。結晶にバンドギャップが存在しない場合、電子伝導性が生じる可能性が高いため、第一データ群から除外して、結晶データを得た。
【0092】
式(1)における、「母結晶の候補となる結晶が酸素空孔を含む状態」、及び「母結晶の候補となる結晶中の酸化物イオンの近傍にプロトンが一つ導入された状態」のエネルギーの計算には、母結晶の候補となる結晶の単位格子を格子定数の整数倍に拡張したスーパーセルを作成し、所定の欠陥状態をスーパーセルに導入した。スーパーセルの格子定数の大きさは8.0Å以上になるように作成した。式(1)における、「原子の欠損及び不純物を結晶格子中に含まない完全状態の、母結晶の候補となる結晶」のエネルギーはプロトンあるいは酸素空孔を含まないスーパーセルを用いて算出した。式(1)における、「気体の水分子」のエネルギーは、真空中の孤立した水分子を一つだけ含む計算セルを用いて算出した。ただし、平面波のカットオフエネルギーは計算時間削減のため420eVとした。結晶構造を整数倍する(格子定数を固定する)のは、後述のプロトン間あるいは酸素空孔間の相互作用を小さくするための事前処理である。
【0093】
次に、プロトンあるいは酸素空孔を含んだ結晶構造を作成した。プロトンを含んだ結晶構造におけるプロトンの初期配置は、5.0Å以内の距離で隣接する2つの酸素サイトについて、その直線上かつ一つの酸素から1.0Å離れた位置に設定した。これらのうち、構造の対称性の観点から非等価なもの、かつ酸素間に別の元素が配置されていないものを計算の対象とした。酸素空孔を含んだ結晶構造は、構造の対称性の観点から非等価な酸素サイトを選び出し、酸素サイト上の酸素を一つ削除することで作成した。このような非等価な構造を選ぶ作業は、spglibあるいはそれを利用したpymatgenというソフトウェアを用いた。これら全ての結晶構造モデルについて、前述の条件と同条件で原子位置の最適化を行い、「母結晶の候補となる結晶が酸素空孔を含む状態」、及び「母結晶の候補となる結晶中の酸化物イオンの近傍にプロトンが一つ導入された状態」のエネルギーを算出した。ただし、格子定数はプロトンあるいは酸素空孔を含まない結晶構造の格子定数(8.0Å以上)に固定し、平面波カットオフエネルギーは420eVとした。結晶のブリルアンゾーン内における波数ベクトルkのサンプリングでは、k点同士の間隔が最小で0.4Å-1となるように、Monkhorst-Pack法に基づいてサンプリングした。最終的に、上記計算で得られた「原子の欠損及び不純物を結晶格子中に含まない完全状態の、母結晶の候補となる結晶」、「母結晶の候補となる結晶が酸素空孔を含む状態」及び「母結晶の候補となる結晶中の酸化物イオンの近傍にプロトンが一つ導入された状態」のエネルギー、並びに「気体の水分子」のエネルギーから式(1)により母結晶の候補となる結晶の水和エネルギーを算出した。第一原理計算がエラーとなりエネルギーを算出できないもの、あるいは電子状態計算や構造最適化計算が収束しないものは、第一データ群から除外した。
【0094】
次に、結晶における水和エネルギーの最小値が-3.0eV以上-0.5eV以下ではないものを第一データ群から除外した。結晶ごとに得られたプロトンサイトについて、プロトンサイト間の距離が最小となるようなプロトン伝導経路を調べ、プロトンサイト間の距離が2.2Åより大きいものは除外した。また、プロトン伝導経路上の水和エネルギー差の最大値が0.5eVよりも大きいものも第一データ群から除外した。残った結晶を、第二データ群とした。
【0095】
次に、固溶反応式における競合相を特定するため、結晶と第二の金属元素の組合せそれぞれについて、第一原理計算により状態図を作成した。第二の金属元素には、第一の金属元素よりも価数が1小さく、かつイオン半径が第一の金属元素の±30%以内であるものを全て選択した。状態図上の結晶と競合する相の候補として、結晶及び第二の金属元素に含まれる金属元素を1つあるいは複数含んだ酸化物をMaterials Projectのデータベースから抽出した。これら全ての酸化物及び結晶の内部エネルギーを、前述と同じ条件で算出した。ただし、平面波カットオフエネルギーは550eVとして原子位置および格子定数を最適化し、その後格子定数を固定して平面波カットオフエネルギー420eVで再度最適化を行い、内部エネルギーを算出した。ブリルアンゾーンはk点同士の間隔が最小で0.3Å-1となるようにサンプリングした。これらのデータを元にpymatgenというソフトウェアを用いて、状態図を作成した。計算した状態図に結晶が現れなかった場合(結晶が不安定である場合)、結晶を第二データ群から除外した。得られた状態図を元に、結晶と第二の金属元素の組合せごとに、競合相を特定した。平衡状態が複数存在する場合、平衡状態ごとに競合相を特定した。このような競合相の特定は、実験で得られた状態図に基づいて行ってよい。
【0096】
次に、第二データ群の結晶と第二の金属元素の組合せに対して、固溶エネルギーの算出を式(2)に基づいて行った。式(2)における、「原子の欠損及び不純物を結晶格子中に含まない完全状態の、母結晶の候補となる結晶」のエネルギーはプロトンあるいは酸素空孔を含まないスーパーセルを用いて算出した。まず、結晶の結晶構造を、格子定数の大きさが10.0Å以上になるように整数倍したものを作成し、その条件でのプロトンあるいは酸素空孔を含まない結晶構造のエネルギーを算出した。前述より格子定数を大きくしたのは、固溶エネルギーの算出精度を向上させるためである。次に、酸素空孔あるいは第二の金属元素を含んだ結晶構造(格子定数の大きさが10.0Å以上)を作成した。酸素空孔を含んだ結晶構造の作成方法は前述と同様である。第二の金属元素を含んだ結晶構造は、構造の対称性の観点から非等価な第一の金属元素サイトを選び出し、第一の金属元素サイト上の第一の金属元素を一つ第二の金属元素に置換することで作成した。これら全てについて、前述の条件と同条件で原子位置の最適化を行い、前述の「原子の欠損及び不純物を結晶格子中に含まない完全状態の、母結晶の候補となる結晶」、「母結晶の候補となる結晶中のAが、Aよりも価数が1小さいMに置換された結晶構造」、「母結晶の候補となる結晶が酸素空孔を含む結晶構造」、及び「状態図における競合相」のエネルギーを算出した。ただし、「状態図における競合相」以外に関しては、平面波カットオフエネルギーは420eVとし、格子定数は完全状態の結晶構造の格子定数(10.0Å以上)に固定し、スーパーセルを用いた計算におけるブリルアンゾーン内での波数ベクトルkのサンプリングは(0.25,0.25,0.25)という1つのk点のみとした。「状態図における競合相」に関しては、前述のように、平面波カットオフエネルギーは550eVとして原子位置および格子定数を最適化し、その後格子定数を固定して平面波カットオフエネルギー420eVで再度最適化を行い、内部エネルギーを算出した。この際、結晶のブリルアンゾーン内における波数ベクトルkを、k点同士の間隔が最小で0.3Å-1となるように、Monkhorst-Pack法に基づいてサンプリングした。上記計算で得られた「原子の欠損及び不純物を結晶格子中に含まない完全状態の、母結晶」、「母結晶中のAが、Aよりも価数が1小さいMに置換された結晶構造」、及び「母結晶が酸素空孔を含む結晶構造」のエネルギー、並びに、「状態図における競合相」のエネルギーから算出した、「第二の金属元素Mの化学ポテンシャル」、「第一の金属元素Aの化学ポテンシャル」、及び「酸素元素の化学ポテンシャル」を元に、式(2)により固溶エネルギーを平衡状態ごとに算出した。これらのうち、固溶エネルギーが1.3eVより大きいものを除外し、残った結晶を第三データ群に属する結晶データとした。第三データ群のうち、固溶エネルギーの条件を充足するBiGe12を母結晶として選び、上記固溶エネルギーを与える第二の金属元素としてSrを選択した。そのプロトン伝導経路上の水和エネルギーの最小値は-1.54eV、上記水和エネルギー差の最大値は0.20eV、固溶エネルギーは1.19eVであった。
【0097】
上述のように決定したBiGe12で表される非ペロブスカイト型の結晶構造を有する化合物にSrを固溶させた化合物として、Bi4-x-ySrGe12をターゲットとした。容器に、酸化ゲルマニウム(GeO)、酸化ビスマス(Bi)、及び炭酸ストロンチウム(SrCO)を、目的とするターゲット組成(Bi4-x-ySrGe12において、xが0.40、yが0.0、及びzが3.0となる組成式)に沿った化学量論比となるように測り取り、原料組成物を調製した。
【0098】
上記原料組成物を乾燥空気雰囲気下で、800℃、30時間加熱し、その後連続して950℃まで昇温、6時間保持することによって、焼成物を得た。得られた焼成物を実施例1の固体電解質とした。
【0099】
[エネルギー分散型X線分析装置搭載走査型電子顕微鏡による組成評価]
上述のようにして得られた固体電解質に対して、エネルギー分散型X線分析装置搭載走査型電子顕微鏡(SEM-EDS、日立ハイテクテクノロジーズ、製品名:TM4100及びオックスフォード・インストゥルメンツ製、製品名:AZtecEnergy)を用いて、焼成物の元素組成を測定した。上記測定によって焼成物がBi3.4Sr0.46Ge3。112の組成(Bi4-x-ySrGe12において、xが0.46、yが0.14、及びzが3.1となる組成式)を有することが確認され、ターゲット組成に対応する組成となっていることが分かった。
【0100】
[X線回折法(XRD)で結晶構造を評価]
上述のようにして得られた固体電解質に対するX線構造解析によって格子定数を測定した。比較のために、ストロンチウムを固溶させないBiGe12(ターゲット組成)で表される非ペロブスカイト型の結晶構造を有する化合物を合成し、これを比較例1の化合物とした。比較例1の化合物の実際の組成をSEM-EDSによって測定したところ、Bi3.6Ge3.312であった。比較例1の化合物における格子定数が10.5193Åであるのに対して、実施例1の格子定数が10.5165Åと小さな値となっており、ストロンチウムが結晶格子内に固溶していることが確認された。
【0101】
[プロトン伝導性の評価:プロトン伝導度の評価]
上述のようにして得られた固体電解質に対する交流インピーダンス法によるプロトン(H)とジュウテリウム(D)との同位体交換測定を行うことでプロトン伝導性を評価した。上記固体電解質は、一般に多結晶体として得られることから交流インピーダンス法を用いた。測定は4端子法によって行った。
【0102】
具体的には、まず、固体電解質を板状に加工し、その両面を研磨することで、厚さ:458μmに調整した。次に、研磨後の固体電解質の両面に、それぞれ、厚さ:650nmの銀層をDCスパッタ装置(サンユー電子株式会社製、製品名:SC-701HMCII)を用いて成膜した。さらに銀メッシュ(株式会社ニラコ製)及び直径が0.1mmの金線からなる集電体を用意し、当該集電体に銀ペースト(田中貴金属工業株式会社製、製品名:TR-3025)を塗布し、銀層が形成された固体電解質の両研磨面上に上記集電体を接着させた状態で温度55℃の乾燥機にてペーストを乾燥させた。得られた積層体を乾燥した空気雰囲気にて約600℃、0.5時間加熱処理することで測定サンプルを得た。
【0103】
上位測定サンプルと、雰囲気の制御可能な電気化学計測治具とを、金線を介して接続した。測定試料を乾燥アルゴン雰囲気中で、約800℃まで昇温し、800℃に到達すると同時に雰囲気を軽水(HO)の分圧PH2Oが0.02atmであるアルゴン雰囲気へ切り替えた。その後、温度を低下させながら485℃で約35時間維持することで、固体電解質内にプロトンを導入した。35時間が経過した時点で、この過程で、交流インピーダンス法によって10-1Hz~10Hzの周波数を掃引することで伝導度σbulkを測定、記録した。20時間インピーダンス測定を継続後に、温度は維持したまま重水(DO)の分圧PD2Oが0.02atmであるアルゴン雰囲気へ切り替え、その状態でおよそ40時間維持した。図6及び図7に結果を示す。
【0104】
図6は、複素インピーダンス平面プロットである。図6に示す複素インピーダンス平面プロットでは、固体電解質本来のバルク伝導に加え、多結晶体として得られることに由来する粒界伝導、並びに、銀層及び集電体等の電極界面における抵抗に対応するプロットが含まれている。そのため、バルク、粒界伝導、電極界面抵抗の存在を仮定した等価回路モデルを構築し、数値フィッティングすることによりそれぞれの抵抗成分を得た。等価回路でフィッティングした結果が、図6中の実践部であり、実験値を良好に再現していることが分かる。得られるバルク伝導におけるインピーダンスの値、測定サンプルの断面積、及び厚みからバルクにおける伝導度σbulkを算出し、図示したものが図7の同位体交換に伴う伝導度を示すグラフである。なお、図6,7中の「Bi3.6Sr0.4Ge12」はターゲット組成である。
【0105】
図7に示す同位体交換におけるプロトン伝導度測定の結果から、軽水を供給した際の伝導度σH.bulkが3.8×10-6Scm-1であり、重水を供給した際の伝導度σD.bulkが3.2×10-6Scm-1であることが確認された。このことから、プロトンの伝導度がジュウテリウムの伝導度のおよそ1.2倍となっていることが実験的に確認された。固体電解質中におけるプロトンの移動度μ及びジュウテリウムの移動度μの比(μ/μ)は、ホッピング伝導機構を示す場合の理論値となるプロトン及びジュウテリウムの質量比の平方根(m/m1/2=21/2であることに照らすと、実施例1で得られた伝導度の比1.2という値は、実施例1の固体電解質(Bi3.4Sr0.46Ge3.112)においてプロトン伝導が主キャリアであることを示しているといえる。
【0106】
[プロトン伝導性の評価:プロトン伝導に伴う活性化エネルギーの評価]
交流インピーダンス法によって測定した実施例1の固体電解質のプロトン伝導度σH.bulkの値を用いて、プロトン伝導度の温度依存性を評価した。
【0107】
具体的には、σH.bulkT=Aexp(-Ea/RT)で表されるアレニウスの関係式に基づいて、σH.bulkTのアレニウスプロットを作成し、その傾きから活性化エネルギーを決定した。ここで、Ea[kJ/mol]はプロトン伝導の活性化エネルギーであり、R[J/(mol・K)]は気体定数であり、Tは温度である。結果を図8に示す。図8は、実施例1のBi3.6Sr0.4Ge12(ターゲット組成)におけるσH.bulkTのアレニウスプロットである。
【0108】
図8から得られる、Bi3.6Sr0.4Ge12(ターゲット組成)におけるプロトン伝導に要する活性化エネルギーは498.5℃より高温側の温度域で88kJ/mol、498.5℃より低温側の温度域で97kJ/molあることが確認された。これは、プロトン伝導体として知られているBaZr0.80.2におけるプロトン伝導に要する活性化エネルギーが45kJ/mol(文献値)であることに照らすと大きな値となっているが、実用上、使用に十分耐えるものと考えられる。
【0109】
(実施例2~5)
ターゲット組成(Bi4-x-ySrGe12)におけるxの値を表1に示すように変更したこと以外は、実施例1と同様にして固体電解質を得た。得られた固体電解質に対するSEM-EDSによる測定によって元素組成を確認した。いずれの化合物も、上記ターゲット組成に対応する組成を有していることが確認された。
【表1】
【0110】
[X線回折法(XRD)で結晶構造を評価]
実施例2~5で得られた固体電解質に対して、実施例1と同様にして、X線回折測定を行い、格子定数の測定を行なった。図9は、得られた格子定数(Lattice constant[Å])とSr添加量(X)との関係を示すグラフである。図9において横軸はターゲット組成におけるSr添加量としているが、実組成におけるSr含有量でプロットしても同様の傾向がみられる。実施例2~5のいずれの焼成物も比較例1(X=0.0)の格子定数よりも小さな格子定数を呈しており、ストロンチウムが固溶していることが確認された。このことから、上述の第一原理計算によって固溶エネルギーが1.3eV以下と算出される母結晶の候補と、選択された第二の金属元素とを用いることで、所望の固体電解質を容易に調製できることが実証された。よって、本開示に係る第一原理計算を用いた方法によって、候補結晶をスクリーニングすることで、効率的に新規固体電解質の製造を行えることが示された。なお、格子定数の低下は、ターゲット組成(Bi4-x-ySrGe12におけるxの値が0.4以下の領域で顕著であり、x=0.4以上ではほぼ同値を取った。このことから、Srの固溶限界はx=0.2から0.4の間に存在すると考えられる。
【0111】
実施例2~5の固体電解質についても、実施例1と同様に良好なプロトン伝導性を発揮すると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0112】
本開示によれば、中低温温度域において作動可能な、プロトン伝導性を有する新規固体電解質及びその製造方法を提供することができる。本開示によればまた、上述のような固体電解質を含むプロトン伝導体を提供することができる。本開示によればまた、上述のような新規固体電解質のスクリーニング装置を提供することができる。
【符号の説明】
【0113】
1…スクリーニング装置、11…第一データ群取得部、12…第二データ群抽出部、13…第三データ群抽出部、14…記憶部、15…出力部、21…特徴情報取得部、22…パラメータ算出部、23…特徴情報取得部、24…パラメータ算出部、32…第一の電極、34…第二の電極、50…電解質膜、60…積層体、120…回路、121…プロセッサ、122…メモリ、123…ストレージ、124…入力ボード、125…タイマー。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9