(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023074382
(43)【公開日】2023-05-29
(54)【発明の名称】ポリブチレンサクシネート系共重合体
(51)【国際特許分類】
C08G 63/52 20060101AFI20230522BHJP
A61L 31/06 20060101ALI20230522BHJP
A61L 31/14 20060101ALI20230522BHJP
C08G 63/16 20060101ALI20230522BHJP
【FI】
C08G63/52
A61L31/06
A61L31/14 500
C08G63/16
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021187319
(22)【出願日】2021-11-17
(71)【出願人】
【識別番号】504143441
【氏名又は名称】国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】網代 広治
(72)【発明者】
【氏名】チャタセ ナリンティップ
(72)【発明者】
【氏名】生川 詩奈
【テーマコード(参考)】
4C081
4J029
【Fターム(参考)】
4C081AB02
4C081BA13
4C081BA15
4C081BA16
4C081BB08
4C081CA281
4J029AA07
4J029AB01
4J029AE06
4J029BA05
4J029BA07
4J029BH01
4J029BH02
4J029CA04
4J029DA02
4J029DB02
4J029DC00
4J029GA02
4J029JF581
4J029KB02
4J029KB05
4J029KE03
(57)【要約】 (修正有)
【課題】ヒトの生体内に配置され、使用時に摺動による摩耗粉が発生する医用装置の材料として用いられた場合でも、炎症の発生を抑えることができる、樹脂材料を提供する。
【解決手段】式(1)の繰り返し単位及び式(2)の繰り返し単位の少なくとも一方と、式(3)の繰り返し単位とを含み、R
1が双性イオン基である、ポリブチレンサクシネート系共重合体である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表される繰り返し単位(U1)及び下記式(2)で表される繰り返し単位(U2)の少なくとも一方と、
【化1】
【化2】
下記式(3)で表される繰り返し単位(U3)とを含み、
【化3】
式(3)中、R
1が双性イオン基である、ポリブチレンサクシネート系共重合体。
【請求項2】
前記双性イオン基が、カルボキシルベタイン基、スルホベタイン基、及びホスホベタイン基から成る群から選ばれる少なくとも一種のベタイン基である、請求項1に記載のポリブチレンサクシネート系共重合体。
【請求項3】
前記ベタイン基が、下記式(4)
【化4】
で表されるものである、請求項2に記載のポリブチレンサクシネート系共重合体。
【請求項4】
下記式(5)~(7)
【化5】
のいずれかで表され、上記式(5)~(7)中、n、m、pがそれぞれ独立に2以上の整数である、ポリブチレンサクシネート系共重合体。
【請求項5】
請求項1~3のいずれかに記載のポリブチレンサクシネート系共重合体を含む、医用装置用成形材料。
【請求項6】
下記式(5)~(7)
【化5】
のそれぞれで表される3種のポリブチレンサクシネート系共重合体から選ばれる1種以上を含む、医用装置用成形材料。
【請求項7】
請求項1に記載のポリブチレンサクシネート系共重合体の製造方法であって、
前記繰り返し単位(U1)と前記繰り返し単位(U2)とを有する共重合体を生成する第1工程と、
前記共重合体と、該共重合体の繰り返し単位(U1)が有する二重結合部位と反応する官能基を有する双性イオン化合物とを反応させ、それにより前記双性イオン基R1を有する繰り返し単位(U3)と、前記繰り返し単位(U1)および前記繰り返し単位(U2)の少なくとも一方とを含む共重合体を生成する第2工程とを備える、ポリブチレンサクシネート系共重合体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体適合性を有するポリブチレンサクシネート系共重合体に関する。
【背景技術】
【0002】
けがや病気等により損傷したり変形したりした椎間板による神経障害の治療方法の一つに人工椎間板置換術がある。人工椎間板置換術では、損傷や変形した椎間板を椎骨の間から摘出し、そこに人工椎間板を設置する。人工椎間板は、例えば、摘出された椎間板の上位及び下位の椎骨にそれぞれ固定される一対の金属製のエンドプレートと、該一対のエンドプレートの間に配置されてエンドプレートを連結するポリマー製のスペーサとを備える。スペーサは上下に球面状の座面を有し、エンドプレートは該座面が摺動自在に収容される凹部を有している。スペーサの座面をエンドプレートの凹部に収容することで、一対のエンドプレートはスペーサを介して該スペーサの上下に回転自在に連結され、人工椎間板が設置された箇所の椎骨間の動きが再現される(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
人工椎間板は生体内に設置されるため、エンドプレート及びスペーサの材料には、生体適合性に優れ、且つ高い機械的強度のチタン合金及びポリエチレンがそれぞれ用いられる。ところが、上記構成の人工椎間板においては、椎骨間の動きに伴いスペーサがエンドプレートの凹部内で摺動することにより該スペーサの表面に摩耗粉が生じ、その摩耗粉によって炎症が引き起こされるという問題があった。
【0005】
本発明が解決しようとする課題は、ヒトの生体内に配置されて使用され、使用時に摺動による摩耗粉が発生するような医用装置の材料として用いられた場合でも、炎症の発生を抑えることができる、生体適合性に優れ、且つ高い機械的強度を有する樹脂材料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために成された本発明は、下記式(1)で表される繰り返し単位(U1)及び下記式(2)で表される繰り返し単位(U2)の少なくとも一方と、
【化1】
【化2】
下記式(3)で表される繰り返し単位(U3)とを含み、
【化3】
式(3)中、R
1が双性イオン基である、ポリブチレンサクシネート系共重合体である。
【0007】
本発明に係るポリブチレンサクシネート系重合体において、前記双性イオン基が、カルボキシルベタイン基、スルホベタイン基、及びホスホベタイン基から成る群から選ばれる少なくとも一種のベタイン基であることが好ましく、特に、前記ベタイン基が下記式(4)で表されるものであることが好ましい。
【化4】
【0008】
本発明に係るポリブチレンサクシネート系重合体は、下記式(5)~(7)のいずれかで表されるものとすることができる。
【化5】
【0009】
また、上記課題を解決するために成された本発明は、上記ポリブチレンサクシネート系共重合体の製造方法であって、
前記繰り返し単位(U1)と前記繰り返し単位(U2)とを有する共重合体を生成する第1工程と、
前記共重合体と、該共重合体の繰り返し単位(U1)が有する二重結合部位と反応する官能基を有する双性イオン化合物とを反応させ、それにより双性イオン基R1を有する前記繰り返し単位(U3)と、前記繰り返し単位(U1)および前記繰り返し単位(U2)の少なくとも一方とを含む共重合体を生成する第2工程とを備えるものとすることができる。
【0010】
上記製造方法によれば、ポリブチレンサクシネート骨格の主鎖に、双性イオン基R1を容易に導入することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るポリブチレンサクシネート系共重合体は、ポリブチレンサクシネート(PBS)の表面が双性イオンで化学修飾されているため、PBSが有する高い機械的強度、生分解性に加えて優れた生体適合性を有するものとなる。したがって、前記ポリブチレンサクシネート系共重合体を含む成形材料を用いて形成されたスペーサを有する人工椎間板をヒトの生体内に設置した場合に該スペーサの表面に摩耗粉が生じても、その摩耗粉は生体内で分解されて生体内に長期間留まることがないため、炎症の発生を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】細胞の接着数を調べるための実験結果を示す、蛍光顕微鏡観察画像。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明のいくつかの実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0014】
一実施形態に係るポリブチレンサクシネート系共重合体は、下記式(1)で表される繰り返し単位(U1)及び下記式(2)で表される繰り返し単位(U2)の少なくとも一方と、下記式(3)で表される繰り返し単位(U3)とを含み、式(3)中、R
1が双性イオン基であるものである。
【化1】
【化2】
【化3】
繰り返し単位(U1)は繰り返し単位(U2)の主鎖に反応性部位としての二重結合を導入したものであり、繰り返し単位(U3)は、繰り返し単位(U1)と双性イオン基R
1を有する化合物との反応により、該繰り返し単位(U1)の二重結合部位に双性イオン基R
1が結合したものである。
【0015】
繰り返し単位(U2)の重合体であるポリブチレンサクシネート(PBS)はポリエチレンと同等の機械的強度を有し、且つ生分解性を有するプラスチックとして知られている。一実施形態に係るポリブチレンサクシネート系共重合体(以下「PBS系重合体」という)は、このようなPBSの高分子主鎖に側鎖としての双性イオン基を導入したものである。「双性イオン」とは、1分子内の異なる位置に正の単位電荷と負の単位電荷を有し、電荷が中和された構造の分子を指す。双性イオンは一種の双極性化合物であり、「分子内塩」とも呼ばれる。
【0016】
PBSを双性イオン基で化学修飾することにより、PBS系共重合体は、PBSが本来的に有する高い機械的強度、生分解性に加え、生体適合性を有するものとなり、人工椎間板等の生体内に配置されて使用される医用装置の材料として有用となる。また、側鎖として双性イオン基を有するPBS系重合体を含む成形材料は、細胞の接着、タンパク質の吸着のいずれか、あるいは両方を抑制できる可能性がある。細胞の接着又は/及びタンパク質の吸着が抑制されたPBS系共重合体は、例えば血管の狭窄部位を広げるために該血管内に設置されるステントの材料、インプラント材料、および人工椎間板材料として有用となる。
【0017】
つまり、上記PBS系共重合体を含む成形材料は、人工椎間板、ステント等のヒトの生体内に配置されて使用される医用装置を製造するために用いることができる。成形材料は、PBS系共重合体の他に必要に応じて適宜の成分を含んでいてもよい。その他の成分としては、架橋剤、光重合開始剤、光安定剤、補強剤、抗菌剤、防腐剤等が挙げられる。
【0018】
一実施形態に係るPBS系共重合体において、各繰り返し単位(U3)に含まれる双性イオン基は同じ種類であってもよく、異なる種類であってもよい。双性イオン基の例としてカルボキシルベタイン基、スルホベタイン基、及びホスホベタイン基から成る群から選ばれる少なくとも一種のベタイン基が挙げられ、特に以下の式(4)で表されるスルホベタイン基とすることができる。
【化4】
【0019】
式(4)で表されるスルホベタイン基は、以下の式(4-1)で表されるチオール化合物を繰り返し単位(U1)と反応させることにより該繰り返し単位(U1)の二重結合部位に容易に導入することができる。
【化6】
【0020】
繰り返し単位(U3)の双性イオン基R
1が式(4)で表されるベタイン基であるPBS系共重合体の例として、以下の式(5)、(6)、又は(7)で表されるものが挙げられる。これらの式(5)~(7)中、n、m、pはそれぞれ独立に2以上の整数を表す。
【化5】
【0021】
式(5)~(7)で表されるPBS系共重合体における繰り返し単位(U3)の割合は、生分解性付与の観点から、PBS系共重合体を構成する全ての繰り返し単位に対して5モル%~20モル%であるとよく、さらには10~20モル%であるとよい。
【0022】
一実施形態に係るPBS系共重合体は、繰り返し単位(U1)と繰り返し単位(U2)とを有する共重合体を生成する第1工程と、前記共重合体と、該共重合体の繰り返し単位(U1)が有する二重結合部位と反応する官能基を有する双性イオン化合物とを反応させ、それにより双性イオン基R1を有する繰り返し単位(U3)と、繰り返し単位(U1)および繰り返し単位(U2)の少なくとも一方とを含む共重合体を生成する第2工程とを備える方法により製造することができる。
【0023】
上記の製造方法によれば、第1工程において共重合体を生成するときの繰り返し単位(U1)の仕込み量を変えることで、PBS系共重合体における繰り返し単位(U3)の割合(モル%)を変化させることができる。
【実施例0024】
以下、実施例を挙げて本発明についてさらに具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0025】
[実施例1]
丸底フラスコに、シス-2-ブテン-1, 4-ジオールと、1,4-ブタンジオールを合計が100モルとなるように入れ、そこに、100モルのコハク酸を入れて混合した。さらに丸底フラスコ内に、触媒としてオクチル酸スズ(Sn(Oct)2)をエステル基1個に対して0.5モル%の割合で添加するとともに、ラジカルクエンチャーとして4-メトキシフェノールを、混合物に対して0.5wt%の割合で添加し、丸底フラスコ内の混合物を180℃に加熱しながら、大気圧(1atm)下、窒素雰囲気下で5時間反応させて、エステル化した。
【0026】
エステル化が完了した後、圧力を40ミリバール(mbar)まで下げ、温度を220℃まで上げて副生成物と未反応モノマーを完全に除去し、重縮合工程を4時間続けてコポリエステルを生成した。得られたコポリエステルをクロロホルムに溶解し、メタノールで沈殿させた後、30℃で24時間、真空乾燥させた。以上により、白色の固体状のサンプルが得られた。得られたサンプルは、以下の式(1)で表される繰り返し単位(U1)、以下の式(2)で表される繰り返し単位(U2)の少なくとも一方を含む。
【化1】
【化2】
【0027】
以下の説明では、繰り返し単位(U2)のみを含む重合体を「PBS」、繰り返し単位(U1)のみを含む重合体を「PcBS」、繰り返し単位(U1)、(U2)の両方を含む共重合体を「PBS‐PcBS」又は「PcBS-PBS」と表記することとする。本実施例において得られた各サンプルの合成に用いた化合物の量、収率等を表1に示す。表1中、A、B、Cは、それぞれコハク酸、シス-2-ブテン-1, 4-ジオール、1,4-ブタンジオールを表している。
【0028】
【0029】
また、各サンプルの反応式を以下に示す。以下の反応式において、n, mは0又は2以上の整数を表す。n=0, mが2以上の整数である重合体がPBSとなり、m=0, nが2以上の整数である重合体がPcBSとなる。また、n, mともに2以上の整数である共重合体がPBS‐PcBS、又はPcBS-PBSとなる。
【化7】
【0030】
[実施例2]
3-ジメチルアミノ-1-プロピルクロリド塩酸塩を出発物質とする以下の反応によりチオール官能基を有するスルホベタイン(SB‐SH)を合成した。以下では、説明の便宜上、SB-SHの合成に用いた物質に下記式で用いられている符号D~Hを付している。
【化8】
【0031】
(1)3-(ジメチルアミノ)プロピルチオアセテート(F)の合成。
撹拌棒と還流冷却器とを備えた3つ口の丸底フラスコに、43.87 g(278 mmol)の3-ジメチルアミノ-1-プロピルクロリド塩酸塩(D)を入れ、そこに150 mLのクロロホルム(CHCl3)を加えた。続いて丸底フラスコ内の混合物を氷浴中で窒素でバブリングして懸濁液を得た。この懸濁液を0℃に冷却して、84.42mL(334mmol)のトリエチルアミン(NEt3)を懸濁液に滴下した後、反応混合物の温度を約10℃に維持して、117mL(835mmol)のチオ酢酸(E)をさらに滴下した。以上により得られた反応混合物をしばらくの間氷浴下に維持した後、オイルバスで20時間還流させることによりゆっくり65℃まで加熱した。窒素によるバブリング操作は還流が安定した時点で停止した。
【0032】
丸底フラスコ内の反応混合物を室温まで冷却し、氷冷した1規定(1N)の水酸化ナトリウム(NaOH)溶液で3回抽出し、続いて純水で抽出した。純水による抽出層をさらにクロロホルムで2回抽出し、これら2回の抽出物を合わせた後、1規定(1N)の飽和食塩水で洗浄した。分離が完了した後、クロロホルムの抽出物を硫酸マグネシウム(無水)を使って20分ずつ2回、乾燥させた。続いて、セライト(登録商標)上でろ過し、減圧下で蒸発させることにより、41.96gの、やや黄色の油状の反応生成物を得た。収率は93.6%であった。反応生成物の構造を1H NMRで分析したところ、以下に示す通り、3-(ジメチルアミノ)プロピルチオアセテート(F)が得られていることが確認された。
1H NMR(500 MHz, CDCl3, δ): 2.90 (t, 2H, CH2S), 2.32 (s, 3H, COCH3), 2.31 (t, 2H, CH2N), 2.21 (s, 6H, N(CH3)2), 1.73 (m, 2H, CH2CH2CH2).
【0033】
(2)スルホベタインチオアセテート(H)の合成
丸底フラスコ内で、21.62g(246mmol)の1,3-プロパンスルトン(G)を窒素下で300mLのドライアセトンに溶解した後、そこに、3-(ジメチルアミノ)プロピルチオアセテート(F)(41.96g、260mmol)を滴下して加えた。この混合物を室温で48時間撹拌した。ろ過し、アセトンで洗浄した後、固体を真空ポンプで乾燥させた。最後に、乾燥した固体を10mlのメタノールに溶解し、続いて700mLの乾燥アセトンで結晶化させた。57.75gの純粋な反応生成物が白色固体として得られた。収率は78.3%であった。反応生成物の構造を1H NMRで分析したところ、以下に示す通り、スルホベタインチオアセテート(H)が得られていることが確認された。
1H NMR (500 MHz, D2O, δ): 3.34-3.27 (m, 4H, SO3CH2CH2CH2N、2H, NCH2CH2CH2SCO), 2.98 (s, 6H, N(CH3)2), 2.85 (m, 4H, SO3CH2CH2N、2H, NCH2CH2CH2SCO). 85(m,4H,SO3CH2CH2CH2N、NCH2CH2CH2SCO),2.28(s,3H,COCH3),2.09-1.97(m,4H,NCH2CH2CH2SCO、SO3CH2CH2CH2N)。
【0034】
(3)SB‐SHの合成
丸底フラスコ内で、20.07g(70.82mmol)のスルホベタインチオアセテートを窒素下で15mLのメタノールに溶解した後、そこに400mLの1M 水酸化ナトリウム(NaOH)溶液を滴下して加えた。この混合物を、窒素でバブリングしながら、室温下で90分間撹拌した。その後、1Mの水酸化ナトリウム溶液を加えてpHを5.0に調整した。溶媒を蒸発させて除去した後、粗生成物を多量のアセトニトリルとメタノールに溶解し、得られた混合物をろ過して蒸発させ、白色固体の反応生成物を得た。収率は86.3%であった。反応生成物の構造を1H NMRで分析したところ、以下に示す通り、SB-SHが得られていることが確認された。
1H NMR (500 MHz, D2O, δ): 3.36 (t, 2H, NCH2CH2CH2SH), 3.35 (t, 2H, SO3CH2CH2N), 3.00 (s, 6H, N(CH3)2), 2.87 (t, 2H, SO3CH2CH2CH2N), 2.87(t, 2H, SO3CH2CH2CH2N), 2.51(t, 2H, NCH2CH2CH2SH), 2.12-1.97(m, 4H, NCH2CH2CH2SH、SO3CH2CH2CH2N)。
【0035】
表2に、3-(ジメチルアミノ)プロピルチオアセテート(F)、スルホベタインチオアセテート(H)、SB‐SH、それぞれの合成に用いられた化合物の量(g, モル)及び比、収率等を示す。
【表2】
【0036】
[実施例3]
チオール-エンクリック反応により、双性イオン基であるスルホベタイン基をPcBS-PBS骨格に導入した。反応にはヘキサフルオロ-2-プロパノール(HFIP)とクロロホルムを5:1で混合した混合溶媒を使用し、トリス(ビピリジン)ルテニウム(II)クロライド(Ru(bpy)3Cl2)とN-ジメチル-p-トルイジン(DMPT)を触媒および光重合開始剤として使用した。各成分仕込みのモル比は、[アリル]0:[SB-SH]0:[Ru(bpy)3Cl2]0:[DMPT]0=1.0:6.0:0.005:0.05であった。
【0037】
(1)10 mLフラスコに、0.701gのPcBS-PBS、0.634gのSB-SH、1.5mgのRu(bpy)
3Cl
2、2.2mgのDMPTを入れ、4.2mLの混合溶媒に溶解させた。その後、反応混合物にUV光(λmax=448nm)を5時間照射した。得られた粗生成物を水で希釈した後、2日間透析して、残った触媒、光重合開始剤、および未反応のSB-SHを除去し、生成物をろ過して粉末状の合成物を得た。収率は83%であった。合成物は、以下の式で表されるポリブチレンサクシネート系共重合体(以下、「PcBS-PBS-S-SB」と表記する。)を含む。
【化9】
【0038】
また、以下に、PcBS-PBS-S-SBの反応式を示す。
【化10】
(2)PcBS-PBSに代えて0.501gのPcBSを用い、SB-BHの量を4.26g、Ru(bpy)
3Cl
2の量を10.9g、DMPTの量を16mgに代え、HFIP)とクロロホルムを9:1で混合した混合溶媒30mLを使用した以外は実施例3と同様の反応により、PcBS-PBS-S-SBを含む合成物を得た。本実施例におけるPcBS-PBS-S-SBの反応式は以下の通りである。
【化11】
【0039】
(3)上述した(1)、(2)以外にも、各成分の量を変えて(1)、(2)と同等の方法で、PcBS-PBS-S-SBを含む合成物を得た。表3-1,3-2は、以上(1)~(3)の方法で得られた合成物の成分量などをまとめたものである。
【表3-1】
【表3-2】
【0040】
(4)表3に示した合成物を用いて、直径8mm(厚さ1mm)、重さ40mgの円盤状のフィルムを金型にて圧縮成形した。また、実施例1で得られたPcBS、PcBS-PBSを用いて、同様に、直径8mm(厚さ1mm)、重さ40mgの円盤状のフィルムを金型にて圧縮成形し、このフィルムの表面を、0.344gのSB-SH、0.9mgのRu(bpy)
3Cl
2、1.3mgのDMPTをそれぞれメタノールに溶解した溶解液で覆い、チオール-エンクリック反応を行った。表3に示した合成物を用いて得られたフィルムをバルクフィルムと呼び、PcBS、PcBS-PBSフィルムの表面でチオール-エンクリック反応を行い、スルホベタイン基を導入したフィルムを、表面修飾フィルムと呼ぶ。表面修飾フィルムに含まれる成分の量を以下の表4に示す。また、各成分仕込みのモル比は、[アリル]
0:[SB-SH]
0:[Ru(bpy)
3Cl
2]
0:[DMPT]
0=1.0:6.0:0.005:0.05であった。
【表4】
【0041】
反応後のフィルムにUV光(λmax=448nm)を2時間照射した後、該フィルムを水洗いしてから10分間水に浸して賦形剤を除去し、一晩、真空下で乾燥させた。
【0042】
(5)評価
(5-1)細胞の接着と増殖
理研セルバンク(日本、埼玉)から購入したマウス線維芽細胞(L-929)を、10%のウシ胎児血清(FBS)と1%の抗生物質を含むダルベッコ変法イーグル培地(DMEM、ナカイテスク、日本)で通常の方法で培養した。セルトラッカーグリーン(CellTrackerTM green、で蛍光標識した細胞を以下の実験に使用した。
上記(4)で得られたフィルムを一晩UV光で殺菌処理した後、エタノールで洗浄し、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)に浸して一晩おいた。セルトラッカーグリーン(Cell TrackerTM green)で蛍光標識した4.0×103個の細胞をフィルムの表面に播種し、5% CO2雰囲気下、37℃で所定の時間、培養した。培養後の細胞をPBSで洗浄した後、DMEM(10%FBS)に移して保管し、蛍光顕微鏡で観察した。蛍光顕微鏡の観察画像から、フィルムに接着した細胞の数と増殖した細胞の数を数えて比較した。なお、比較例として、双性イオン基が導入されていないポリブチレンサクシネート(PBS)製のフィルム、ポリエチレンテレフタレート(PET)製のフィルム、ポリエチレン(PE)製のフィルムを用いた。
【0043】
図1は評価実験に用いた一部のフィルムの蛍光顕微鏡観察画像を示している。また、
図2は、評価実験に用いた一部について、接着細胞数と増殖した細胞数を計測した結果を示している。
図1、
図2からわかるように、バルクフィルム(UTN1_0086, 096)、及び表面修飾フィルム(UTN1_098)の接着細胞数は、PBSフィルム、PETフィルム、PEフィルムと比較して非常に少なかった。
【0044】
(5-2)タンパク質の吸着
直径が2.8mm、厚さが0.8mmのフィルムを作製し、これに吸着するタンパク質の量を調べた。タンパク質としてウシ血清アルブミン(BSA)を用い、タンパク質の検出には、BCA(ビシンコニン酸)タンパク質アッセイ試薬を用いた。
【0045】
まず、実施例及び比較例のフィルムをエタノールで洗浄し、室温でリン酸緩衝生理食塩水(PBS, pH7.3-7.4)に一晩浸した。次に、各フィルムを900μLのウシ血清アルブミン(BSA)/PBS溶液(4.5mg/mL)に37℃で4時間浸漬した。その後、フィルムをPBSで3回洗浄し、フィルム表面のタンパク質を剥離させるために、1mLのSDS/PBS溶液(10mg/mL)に37℃で4時間浸漬した。フィルムから剥離したタンパク質を含むSDS/PBS溶液400μLと、BCAタンパク質アッセイ試薬400μLを混合し、この混合液を37℃で2時間インキュベートした。インキュベート後の混合溶液のUV(570 nm)吸光度を、吸光マイクロプレートリーダー(MTP-310lab, Corona Electric)を用いて測定し、フィルム表面に吸着したタンパク質の量を求めた。
【0046】
図3に実験の結果を示す。
図3からわかるように、実施例のフィルム(UTN1_121,120,119,114,118,107)のタンパク質吸着量は、PETフィルムと同等かそれよりも多かったが、PEフィルム、PBSフィルムよりも少なかった。
【0047】
(5-3)圧縮実験
PBS、PcBS、PBS-PcBS、およびPcBS-PBS-S-SBの圧縮強度を、EZ-SXテクスチャーアナライザー(島津製作所製)を用いて測定した。測定には、1mm×1mm×0.8mmの圧縮試験片を用い、感度50%、速度0.1mm/minの条件で3回繰り返し測定した。
【0048】
図4は実験結果を示している。
図4において、「PBS75cBS25」は、PBSとPCBSの比が75:25であることを、「PBS25cBS75」は、PBSとPCBSの比が25:75であることを表している。この
図4から分かるように、PBSに比べると、PcBS、PBS-PcBS、およびPcBS-PBS-S-SBの圧縮強度は低いが、PBS-PcBSにおいてはPBSとPCBSの比の違いにより圧縮強度が変化することが分かった。このことから、PBSとPCBSの比を適宜の値に設定することで、PBS-PcBSの圧縮強度を調整できると考えられた。