IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社ティー・エヌ・ジェーホールディングスの特許一覧 ▶ 地方独立行政法人京都市産業技術研究所の特許一覧 ▶ 公益財団法人京都高度技術研究所の特許一覧

<>
  • 特開-打錠杵臼保守管理システム 図1
  • 特開-打錠杵臼保守管理システム 図2
  • 特開-打錠杵臼保守管理システム 図3
  • 特開-打錠杵臼保守管理システム 図4
  • 特開-打錠杵臼保守管理システム 図5
  • 特開-打錠杵臼保守管理システム 図6
  • 特開-打錠杵臼保守管理システム 図7
  • 特開-打錠杵臼保守管理システム 図8
  • 特開-打錠杵臼保守管理システム 図9
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023074504
(43)【公開日】2023-05-29
(54)【発明の名称】打錠杵臼保守管理システム
(51)【国際特許分類】
   B30B 11/08 20060101AFI20230522BHJP
   G06Q 10/20 20230101ALI20230522BHJP
【FI】
B30B11/08 Z
G06Q10/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022183565
(22)【出願日】2022-11-16
(31)【優先権主張番号】P 2021187430
(32)【優先日】2021-11-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】519170830
【氏名又は名称】株式会社T・N・Jホールディングス
(71)【出願人】
【識別番号】514168843
【氏名又は名称】地方独立行政法人京都市産業技術研究所
(71)【出願人】
【識別番号】591148093
【氏名又は名称】公益財団法人京都高度技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100212255
【弁理士】
【氏名又は名称】中川 将之
(72)【発明者】
【氏名】二九 規長
(72)【発明者】
【氏名】丸岡 智樹
(72)【発明者】
【氏名】澤田 砂織
【テーマコード(参考)】
5L049
【Fターム(参考)】
5L049CC15
(57)【要約】
【課題】打錠杵臼の1本ごとに使用履歴をデータとして取り込んで保管し、使用履歴データを解析し、各臼杵を交換するタイミングを事前予測し、被交換品の補修要請又は交換部品を適切に配送できる打錠杵臼の保守管理システムを提供することを課題とする。
【解決手段】実際に製薬工場で使用された打錠杵臼から使用履歴とコーティングの膜厚の変化などの臼杵の破損を経時的に追跡したデータを得て、破損の生じる可能性と使用履歴とを相関させ、臼杵の交換タイミングを予測可能なアルゴリズムを作製し、打錠杵臼の保守管理システムを実現した。
【選択図】図1


【特許請求の範囲】
【請求項1】
打錠杵臼の保守管理システムであって、
打錠杵臼の1本ごとに使用開始時期、打錠機、杵数、錠剤の種類、打錠回数および使用終了時期を含む使用履歴をデータとして入力可能な端末と、
前記打錠杵臼の1本ごとの個別コードと、当該個別コードと紐づけされた前記打錠杵臼の使用履歴に関する過去の使用履歴データ群とからなる個別使用履歴データ群と、前記打錠杵臼の打錠回数と相関させた表面コーティングの摩耗状況および障害状況を含む臼杵基本データとが格納されるデータライブラリを備え、入力された前記使用履歴データから前記データライブラリに基づく解析を実行し、前記打錠杵臼の破損を予測する状態診断サーバと
を備え、
前記端末及び前記状態診断サーバは、通信網を介して接続され、
前記端末は、入力された各々の使用履歴を前記状態診断サーバへ送信し、
前記状態診断サーバは、前記データライブラリを参照し、前記個別使用履歴データ群に基づき、前記打錠杵臼の破損を予測する仕組みを構築することを特徴とする、保守管理システム。
【請求項2】
前記状態診断サーバが、前記打錠杵臼の破損を予測した場合に、当該杵臼の交換を前記端末に指示する仕組みが構築されていることを特徴とする、請求項1の保守管理システム。
【請求項3】
前記端末に入力可能な情報としてさらに打錠杵臼の画像が含まれており、かつ、前記状態診断サーバ内の臼杵基本データの障害状況および/または初期状況の画像データと比較して解析を実行し、前記打錠杵臼の破損を予測する仕組みが構築されており、さらに、前記状態診断サーバから当該杵臼のクリーニングまたは交換を前記端末に指示する仕組みが構築されている、請求項1の保守管理システム。
【請求項4】
前記打錠杵臼の個別コードが、前記打錠杵臼の表面に二次元コードとして刻印されていることを特徴とする、請求項1の保守管理システム。
【請求項5】
前記端末が、前記状態診断サーバから前記過去の使用履歴データ群を読み込んで表示することができることを特徴とする、請求項1に記載の保守管理システム。
【請求項6】
前記状態診断サーバが、事前に設定した使用開始時期からの経過時間および/または合計打錠回数によって、前記打錠杵臼の交換を推奨する仕組みが構築されていることを特徴とする、請求項1に記載の保守管理システム。
【請求項7】
前記状態診断サーバが、ネットワーク上に構築されたクラウドサーバであり、前記端末との通信にユーザIDおよびパスワードを要求することを特徴とする、請求項1~6のいずれかに記載の保守管理システム。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、打錠機用の杵および臼の保守管理システムに関する。
【背景技術】
【0002】
IoTなどの情報技術によって様々な機器の保守管理システムが開発されている。例えば特許文献1は、歩行支援機器保守システム及びサーバシステムに関する。これらの保守管理システムは、おおむね、機器の使用状況を収集し、異常がないかを監視し、異常があれば警告を発するなどの対処を行うというステップを含む。しかし、具体的なシステムとするためには、機器の構造や性質、機器が使用される分野における安全管理の重要度、システムを運用する際のユーザビリティーなど、様々な考慮すべき点がある。
【0003】
打錠機は、製薬分野において錠剤を製造するためにごく一般的に用いられる機器であり、臼と杵で原料粉末を圧縮成型するための機器である。生産性の向上のため、一台の打錠機に複数の臼杵を立てた回転式の打錠機がしばしば用いられる。臼杵は、一般に、鋼鉄の母材に窒化クロムなどの表面処理がされている。臼杵、とりわけ杵は打錠を重ねることで摩耗していくのであるが、表層がすり減り、欠け、割れることで、錠剤中に金属片が混入したり、原料粉末が杵に付着して錠剤が所定の重量に満たなかったり、あるいは錠剤に傷がついたりするなど、様々な打錠障害が生じる。そのため、打錠機では、臼杵の保守管理が重要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2021-117554号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
回転式打錠機では、破損した臼杵を除去し、新たな臼杵を装填する必要があるのであるが、その際に他の臼杵とは使用状況の異なる臼杵が混入する結果、各臼杵の使用状況が日々複雑化していく。現在はロット単位で打錠した後熟練者が目視で臼杵を確認して破損がないかを確認しているのであるが、このような手法では見落としや入力間違い、破損した臼杵を誤って再使用するなどのヒューマンエラーが絶えない。
【0006】
また、臼杵の破損は、必ずしも目視だけで確認できるものではない。例えば臼杵の表面コーティングはミクロン単位の厚みしかないため、コーティングが薄くなったことを目視で確認することは熟練者であっても困難である。また、臼杵のコーティングの厚みを測定するためには、臼杵の断面を作製して電子顕微鏡などで観察する必要があったため、継続的な使用状況と破損状況などを含む臼杵のビッグデータが集まらなかった。
【0007】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、第一にコーティングの厚みを非破壊的に測定可能な方法を確立すること、第二に打錠杵臼の1本ごとに使用履歴とコーティングの厚みや破損状況との相関関係をデータとして取り込んで保管してビッグデータを収集することで、各打錠杵臼の使用履歴データから前記相関関係データを参照して臼杵を交換するタイミングを事前予測し、被交換品の補修要請又は交換部品を適切に配送できる打錠杵臼の保守管理システムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究の結果、臼杵のコーティングの膜厚を非破壊的に測定できる手法を確立し、臼杵の使用履歴と破損状況を経時的かつ大量に収集可能となった。すなわち、電子プローブマイクロアナライザー(EPMA)などで15~30kVに加速した電子線を照射することで母材に含まれる元素から生じる特性X線(Kα線)の強度が母材表面の薄膜の厚さと特定厚さ範囲において相関関係を有することから、電子線を利用した方法によって膜厚1μmを超える対象の膜厚測定が可能であることを見出した。
【0009】
次に本発明者らは、実際に製薬工場で使用された打錠杵臼から使用履歴とコーティングの膜厚の変化などの臼杵の破損を経時的に追跡したデータを得て、破損の生じる可能性と使用履歴とを相関させ、臼杵の交換タイミングを予測可能なアルゴリズムを作製し、打錠杵臼の保守管理システムを実現した。
【0010】
したがって、本発明は、打錠杵臼の保守管理システムであって、
1) 打錠杵臼の1本ごとに使用開始時期、打錠機、杵数、錠剤の種類、打錠回数および使用終了時期を含む使用履歴をデータとして入力可能な端末と、
2) 前記打錠杵臼の1本ごとの個別コードと、当該個別コードと紐づけされた前記打錠杵臼の使用履歴に関する過去の使用履歴データ群とからなる個別使用履歴データ群と、前記打錠杵臼の打錠回数と相関させた表面コーティングの摩耗状況および障害状況を含む臼杵基本データとが格納されるデータライブラリを備え、入力された前記使用履歴データから前記データライブラリに基づく解析を実行し、前記打錠杵臼の破損を予測する状態診断サーバと
を備え、
3)前記端末及び前記状態診断サーバは、通信網を介して接続され、
4)前記端末は、入力された各々の使用履歴を前記状態診断サーバへ送信し、
5)前記状態診断サーバは、前記データライブラリを参照し、前記個別使用履歴データ群に基づき、前記打錠杵臼の破損を予測する仕組みを構築することを特徴とする、保守管理システムを提供する。
【0011】
好ましい態様において、前記状態診断サーバは、前記打錠杵臼の破損を予測した場合に、当該杵臼の交換を前記端末に指示する仕組みが構築されている。より好ましい態様において、前記端末に入力可能な情報としてさらに打錠杵臼の画像が含まれており、かつ、前記状態診断サーバ内の臼杵基本データの障害状況および/または初期状況の画像データと比較して解析を実行し、前記打錠杵臼の破損を予測する仕組みが構築されており、さらに、前記状態診断サーバから当該杵臼のクリーニングまたは交換を前記端末に指示する仕組みが構築されている。
【0012】
好ましい態様において、打錠杵臼の個別コードは、打錠杵臼の表面に二次元コードとして貼付または刻印されている。
【0013】
好ましい態様において、前記端末は、前記状態診断サーバから前記過去の使用履歴データ群を読み込んで表示することができる。
【0014】
好ましい態様において、前記状態診断サーバは、事前に設定した使用開始時期からの経過時間および/または合計打錠回数によって、前記打錠杵臼の交換を推奨する仕組みが構築されている。
【0015】
好ましい態様において、前記状態診断サーバは、ネットワーク上に構築されたクラウドサーバであり、前記端末との通信にユーザIDおよびパスワードを要求する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、ユーザは端末によって杵臼の利用状況を一括してリアルタイムに把握でき、交換が推奨される時期や破損の可能性が高まる時期を事前情報として予測できる。さらに、事前に使用する杵臼及び製造する錠剤、使用予定の打錠機の情報を入力し紐づけを行うので、打錠機に杵臼を装填する際に異なる杵臼や運用から除外した杵臼が混ざっていると警告を出すことができ、杵臼の誤用を防止できる。さらに、従来の目視確認による運用に加え、保守管理システムを導入することによりヒューマンエラーの防止に繋がり、確認作業が履歴としても残るので、管理体制の強化に繋がる。さらに、クラウド型のサーバとすることで、現に打錠機を使用する各工場と本社などの物品購入・管理部門との間の情報が一元化でき、業務の効率化に繋がる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明に係る打錠杵臼の保守管理システムの概略図
図2】Fe-Kα線の特性X線強度と窒化クロム(CrN)膜の厚みの相関関係を示すグラフである。丸点が検量線作成のための膜厚既知の試料での、ひし形の点が膜厚未知の試料での測定結果を示す。
図3】未使用の打錠機杵と使用済み打錠機杵それぞれの打錠面の中心線上の18か所について、Fe-Kαの特性X線強度から検量線により換算されたCrNの膜厚を示す。白丸が未使用杵の膜厚を示し、黒ひし形が使用前の杵の膜厚を示す。
図4】未使用杵の端面(a)、未使用杵の端面から1mmの曲率部(b)、未使用杵の中心部(c)、使用済み杵の端面(d)、使用済み杵の端面から1mmの曲率部(e)および使用済み杵の中心部(f)のSEM観察結果を示す。
図5】未使用の打錠機杵と使用済み打錠機杵それぞれの打錠面の中心線上の14か所について、Fe-Kαの特性X線強度から検量線により換算されたCrNの膜厚を示す。白丸が未使用杵の膜厚を示し、黒ひし形が使用前の杵の膜厚を示す。
図6】未使用杵の端面(g)、未使用杵の端面から1mmの曲率部(h)、未使用杵の中心部(i)、使用済み杵の端面(j)、使用済み杵の端面から1mmの曲率部(k)および使用済み杵の中心部(l)のSEM観察結果を示す。
図7】Fe-Kαの特性X線強度(横軸:I/cps)とCrの膜厚(縦軸:t/μm)の相関関係を示す検量線である。
図8】スパッタ時間15秒で製膜した膜厚未知のCrめっき試料について、表面粗さ計で実測したCrの膜厚とFe-Kαの特性X線強度から検量線により換算されたCrの膜厚を比較したグラフである。左の黒棒が表面粗さ計により求めた膜厚を示し、右のグレー棒が検量線により換算した膜厚を示す。
図9】膜厚3.6μmのTiSiN試料(左)および膜厚3.2μmのTiAlN試料(右)について、Fe-Kαの特性X線強度を測定したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
製薬業界において品質管理は極めて重要な問題である。錠剤においても、打錠機、とりわけ打錠杵臼の破損に由来する打錠障害を主たる原因とする不良品の発生がしばしば問題となる。そのため打錠杵臼の状態を把握し適切な保守作業を、より早い段階で実施することが求められる。打錠杵臼は、一般に、鋼鉄を母材とし、当該母材表面に薄膜のコーティングを有する。母材はどのようなものであってもよいが、例えばアルミニウム、亜鉛、銅、鉄、ケイ素、マグネシウムおよびそれらの合金、例えば2000番系アルミニウム合金、3000番系アルミニウム合金、4000番系アルミニウム合金、5000番系アルミニウム合金、6000番系アルミニウム合金および7000番系アルミニウム合金のようなアルミニウム合金、ZDC1およびZDC1のような亜鉛合金、ステンレス鋼(SUS)、合金工具鋼(SKD、SKS、SKTなど)、ハイス鋼、ハイテン鋼などのいわゆる合金鋼や炭素鋼のような鉄合金、ギルディングメタル、丹銅、黄銅、リン青銅、アルミニウム青銅、ベリリウム銅、洋白、白銅、砲金などの銅合金が含まれるが、これらに限定されない。母材表面のコーティングは、例えばDLCコーティングや、クロムメッキ、亜鉛メッキまたはニッケルメッキなどのメッキ、窒化チタン(TiN)、炭窒化チタン(TiCN)、窒化チタンアルミ(TiAlN)および窒化クロム(CrN)などの被膜蒸着、アルミニウム、亜鉛または母材金属などの金属酸化物被膜などを含むが、これらに限定されない。また、コーティングは、塗装、蒸着やメッキなどどのような手段で母材表面に形成されたものであってもよい。たとえば、膜厚は、1~10μm、より好ましくは1~8μmである。
【0019】
以前から打錠杵臼の定期的な保守は実施されているが、本発明は、杵臼の状態をその使用履歴と相関させてビッグデータを作成し、これとユーザの杵臼1本1本の使用履歴とを比較して診断をすることで、杵臼の破損の未然防止を図り、それらを打錠機の保守管理履歴と組み合わせて、安全な錠剤の製造に繋げるものである。
【0020】
それぞれの各時点での杵臼の状態、とりわけコーティングの厚みの摩耗状況は、母材と母材表面に厚さ1~10μmの薄膜を備えた対象における当該薄膜の厚さを測定する方法であって、加速した電子線を対象表面に照射し、それによって発生した母材中の元素のKα線の強度を検出器によって測定し、前記で測定した母材中の元素のKα線の強度から薄膜の膜厚を算出することを特徴とする、膜厚測定方法によって測定することができる。従来のEPMAでは薄膜中の元素Kα線の強度を測定していたため、1μm未満の膜厚しか測定できなかった。しかし、母材中の元素、打錠杵臼の場合はFe元素のKα線の強度が上記膜厚範囲で膜厚と相関することから、打錠杵臼のように5μm前後のコーティング膜厚を有する対象の膜厚分析が非破壊的に、経時的に追跡することが可能となった。
【0021】
かかる測定方法によって収集した打錠杵臼の使用履歴とコーティング膜厚および障害状況との間の相関関係は、ある打錠杵臼の使用履歴から当該杵臼がいつ破損するかを予見するためのアルゴリズムとすることができる。すなわち、コーティングの摩耗は使用履歴のうち錠剤の種類、とりわけ錠剤の硬さと打錠回数から精度よく予測が可能であり、当該摩耗によって杵臼の各種破損の発生確率が上昇する。したがって、非破壊検査によって裏打ちされた科学的データの蓄積による本発明のシステムは、経験則ではなく科学的知見による予測を提供しているのである。加えて、破損予測による杵臼の交換推奨時期を任意に設定できるので、障害発生確率をどの程度まで許容するかという運用上の柔軟さも備えている。
【0022】
本発明では、まず、打錠杵臼の1本ごとに個別コードを付与する。個別コードは数字、文字または記号、もしくはそれらの組合せであってよい。かかる個別コードは、打錠杵臼の1本ごとに数字、文字または記号、もしくはそれらの組合せとして貼付または刻印がされていてよいが、例えば二次元コードやバーコード、ICチップのような通常使用される機器で読み取りやすい記号として刻印されていることが特に便利である。二次元コードは、典型的には、例えばQRコード(登録商標)を含む。
【0023】
本発明の端末(101)は、打錠杵臼の使用履歴を入力できてデータの通信可能な送受信部(111)を備えたものであればどのようなものであってもよいが、例えば汎用性と入手のしやすさからパーソナルコンピューターやタブレット端末、スマートフォンなどであってよい。端末は、上記の二次元コード等を読み取ることができるスキャナが備わっていることが好ましい。また、端末は、過去の使用履歴がいつでもユーザ側で確認できるように、サーバから使用履歴や各種通知を受信し、これを表示可能であることも好ましい。
【0024】
端末(101)に入力する情報は、使用開始時期、打錠機、杵数、錠剤の種類、打錠回数および使用終了時期が典型であるが、これらに限定されない。また、打錠回数は、用いる原料粉末の重量を1錠あたりの当該成分の分量で割って、ロット数を掛けることでも求めることができるので、錠剤の種類として組成情報を入力してあれば、いずれかの原料粉末の重量とロット数を入力することとしてもよい。また、錠剤の種類として、錠剤を構成する賦形剤の種類および硬度、打錠圧ならびに錠剤硬度の情報を入力することもまた有用である。錠剤硬度は錠剤硬度計で測定してもよいし、例えば3~5種類程度にグレード分けしてそのグレードを用いることでも足りる。使用終了時期のデータは、終了の理由、例えば障害により使用終了した場合は杵臼に発生した障害の具体的内容を含んでいてもよい。使用終了時期が入力された杵臼については、それ以上の打錠機への装填が行われないように、装填前に杵臼の個別コードを端末で読み取って使用開始を入力および送信すると、サーバから使用できない杵臼である旨の通知が送信されるように仕組みが構築されていてもよい。
【0025】
端末(101)に入力する情報として、さらには打錠杵臼の画像が含まれていてもよい。例えば、端末(101)のカメラ等のスキャナを用いて打錠杵臼の画像データを取得し、状態診断サーバ(102)に当該画像データを送信し、当該画像データを個別コードと紐づけをして個別使用履歴データとして状態診断サーバ(102)内に格納し、状態診断サーバ(102)内の臼杵基本データのうち障害状況または初期状況の画像データと比較して、例えばAIなどのアルゴリズム用いて、解析を実行し、前記打錠杵臼の破損を予測することができる。打錠杵臼の画像診断の具体例としては、錠剤の一部が剥離して杵臼表面に付着している場合には錠剤のスティッキングやピッキングが疑われ、杵臼のクリーニングが必要になり、臼壁面に原料粉末が付着している場合には錠剤のバインディングが疑われ、臼壁面のクリーニングが必要になり、杵臼の欠け、割れ、錆が存在する場合には杵臼の交換が必要になる。かかる画像診断の結果に応じて、前記状態診断サーバ(102)から当該杵臼のクリーニングまたは交換を前記端末(101)に指示する仕組みが構築されていることが好ましい。
【0026】
状態診断サーバ(102)は端末とデータ通信可能な送受信部(112)を備える。当該状態診断サーバ(102)には、管理対象となった打錠杵臼の1本ごとの個別コードと、当該個別コードと紐づけされた前記打錠杵臼の使用履歴に関する過去の使用履歴データ群とからなる個別使用履歴データ群と、前記打錠杵臼の打錠回数と相関させた表面コーティングの摩耗状況および障害状況を含む臼杵基本データとが格納される(122)。個別使用履歴データ群では、各臼杵の使用開始時期、装填された打錠機、当該打錠機に立てられた杵数、打錠した錠剤の種類および打錠回数が、臼杵の個別コード、日付、錠剤のロット番号などと紐づけられている。当該個別使用履歴データ群は、メンテナンス履歴などをさらに含んでいてもよい。臼杵基本データは、前記個別使用履歴データ群を含む臼杵のビッグデータから抽出した、打錠杵臼の使用履歴から当該杵臼がいつ破損するかを予見するためのアルゴリズム、例えばAIを含む。このアルゴリズムによって臼杵の破損可能性の自動診断が可能であり、その診断結果を出力し、送受信部(112)を介して端末(101)にデータ送信することができる。
【0027】
さらには、状態診断サーバ(102)は、診断結果を端末に送信して破損可能性を通知するだけでなく、事前に設定した使用開始時期からの経過時間および/または合計打錠回数によって、前記打錠杵臼の交換を推奨する仕組みが構築されていてもよい。これはユーザ側で独自に設定した期限に基づき打錠杵臼を管理するための機構であるが、本発明の保守管理システムはこのような運用もかならずしも排除するものではない。
【0028】
前記状態診断サーバ(102)は、サービス提供者の設置型サーバであってもネットワーク上に構築されたクラウドサーバであってもよいが、クラウドサーバが好ましい。ユーザは前記端末を介してサーバにアクセスするが、その際の通信にユーザIDおよびパスワードを要求することで情報の秘匿性を確保することがよい。
【実施例0029】
CrN膜試料の測定
マトリックスハイスであるDRM2(大同特殊鋼)を母材として、約5μmのCrN膜を製膜した試料を用いた。グロー放電発光分光分析装置を用いたArスパッタリングによりスパッタ時間を5秒、10秒、15秒、20秒、25秒、30秒、35秒とすることで、それぞれ膜厚約1.0~5μmまで0.5μmピッチになるように膜厚を制御した。次いで、各試料を、EPMA(日本電子、JXA-8230)によって加速電圧20kV、照射電流が5×10-7Aで電子線照射し、同装置備え付けの波長分散型X線検出器によってFe-Kαの特性X線強度を測定した。次いで、表面粗さ計を用いて、スパッタリングした箇所の段差を測定し、スパッタリングされた深さを求め、元の膜厚からスパッタリング深さを引き算することで、CrN膜の厚さを算出した。各試料のFe-Kαの特性X線強度と表面粗さ計を用いて実測したCrN膜層の厚さをプロットし、検量線を作製した。結果を下記表1に示す。検量線の回帰式はy = 2E-06x2 - 0.0061x + 6.2934で、決定係数R = 0.99と良好な当て嵌まりを見せた。
【表1】
【0030】
膜厚未知試料の測定
SKH51を母材とし、CrN膜を表面に形成された膜厚未知の試料3つについて、各々上記検量線の作成と同じ条件で測定されたFe-Kαの特性X線強度から検量線によって換算される膜厚と、同試料の断面をSEMで実測したCrN膜層の膜厚を比較した。結果を下記表2に示す。

【表2】
【0031】
CrN膜杵の実測1
マトリックスハイスであるDRM2(大同特殊鋼)を母材とし、CrN膜を表面に形成された打錠機杵の打錠面(直径8.4mmの円形)の膜厚について、未使用杵と使用済み杵との間で比較を行った。使用済み杵としては、錠剤硬度6~7kNのMgO主体の錠剤について、打錠圧2200~2500kgfで約35万回の打錠を行った打錠機杵を用いた。各杵の中心線の端から0.5mmずつ移動して、EPMA(日本電子、JXA-8230)によって分析径20μm、加速電圧20kV、照射電流が5×10-7Aで電子線照射し、同装置備え付けの波長分散型X線検出器によって18点のFe-Kαの特性X線強度を測定した。図2の検量線を用いてCrN層の膜厚を換算した。結果を図3に示す。両端面の膜厚が使用の前後で著しく変化しているのに対して、中心部の膜厚は使用前後でほとんど変化が見られなかった。
【0032】
未使用杵と使用済み杵のそれぞれの端面、端面から1mmの曲率部および中心部の表面について、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察した。結果を図4に示す。未使用杵の端面(図4左上(a))と使用済み杵の端面(図4左下(d))とを比較すると、使用前後で著しい摩耗および欠損が確認できた。未使用杵の端面から1mmの曲率部(図4中上(b))と使用済み杵の端面(図4中下(e))とを比較すると、図3の測定結果では使用済み杵の膜厚は未使用杵よりも低かったにも拘わらず、写真上では差異が確認できなかった。さらに未使用杵の中心部(図4右上(c))と使用済み杵の中心部(図4右下(f))とを比較すると、使用前後で大きな差異が確認できなかった。これらの結果は、図3の膜厚測定結果と符合していた。
【0033】
CrN膜杵の実測2
マトリックスハイスであるDRM2(大同特殊鋼)を母材とし、CrN膜を表面に形成された打錠機杵の打錠面(直径6.5mmの円形)の膜厚について、未使用杵と使用済み杵との間で比較を行った。使用済み杵としては、錠剤硬度6~7kNのMgO主体の錠剤について、打錠圧550kgfで約16万回の打錠を行った打錠機杵を用いた。各杵の中心線の端から0.5mmずつ移動して、EPMA(日本電子、JXA-8230)によって分析径20μm、加速電圧20kV、照射電流が5×10-7Aで電子線照射し、同装置備え付けの波長分散型X線検出器によって14点のFe-Kαの特性X線強度を測定した。図2の検量線を用いてCrN層の膜厚を換算した。結果を図5に示す。両端面に加えて、中心部の膜厚が使用の前後で著しく変化していた。
【0034】
未使用杵と使用済み杵のそれぞれの端面、端面から1mmの曲率部および中心部の表面について、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察した。結果を図6に示す。未使用杵の端面(図6左上(g))と使用済み杵の端面(図6左下(j))とを比較する)とを比較すると、使用前後で大きな差異が確認できなかった。未使用杵の端面から1mmの曲率部(図6中上(h))と使用済み杵の端面から1mmの曲率部(図6中上(k))とを比較すると、使用前後で著しい摩耗および欠損が確認できた。さらに未使用杵の中心部(図6右上(i))と使用済み杵の中心部(図6右下(l))とを比較すると、使用前後で大きな差異が確認できなかった。これらの結果は、外観観察だけで杵の摩耗状況を判定することが困難であることを示している。
【0035】
Crめっき試料の測定
マトリックスハイスであるDRM2(大同特殊鋼)を母材として、約5μmのCrめっきを施した試料を用いた。グロー放電発光分光分析装置を用いたArスパッタリングによりスパッタ時間を5秒、10秒、15秒、30秒とすることで、それぞれ膜厚約1.0~5μmまでμmピッチになるように膜厚を制御した。次いで、各試料を、EPMA(日本電子、JXA-8230)によって加速電圧20kV、照射電流が5×10-7A、分析径20μmで電子線照射し、同装置備え付けの波長分散型X線検出器によってFe-Kαの特性X線強度を測定した。次いで、表面粗さ計を用いて、スパッタリングした箇所の段差を測定し、スパッタリングされた深さを求め、元の膜厚からスパッタリング深さを引き算することで、Crめっき膜の厚さを算出した。スパッタ時間が5秒、10秒および30秒の試料を用いて、各試料のFe-Kαの特性X線強度と、表面粗さ計を用いて実測したCrめっき層の厚さをプロットし、多項式近似によって検量線を作製した。結果を図7に示す。
【0036】
前段のスパッタ時間が15秒のCrめっき試料について、検量線の作成と同じ条件で測定しFe-Kαの特性X強度から検量線によって換算した膜厚と、表面粗さ計にて実測した膜厚とを比較した。結果を図8に示す。両者の比較の結果、良好な一致が見られた。
【0037】
チタン膜試料の測定
CrめっきをTiSiN膜およびTiAlN膜に変更する以外は前段のCrめっき試料の測定と同様にして、各試料のFe-Kαの特性X線強度を測定した。結果を図9に示す。クロムだけでなくチタン系の膜でも膜厚測定に必要な特性X線強度が測定可能であることが実証できた。
【符号の説明】
【0038】
1:保守管理システム
100:通信網
101:端末
111:送受信部
102:状態診断サーバ
112:送受信部
122:データベース


図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9