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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023075528
(43)【公開日】2023-05-31
(54)【発明の名称】カーボンペーパーの状態検知方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 29/14 20060101AFI20230524BHJP
   G01N 29/04 20060101ALI20230524BHJP
   G01N 29/44 20060101ALI20230524BHJP
【FI】
G01N29/14
G01N29/04
G01N29/44
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021188485
(22)【出願日】2021-11-19
(71)【出願人】
【識別番号】000004695
【氏名又は名称】株式会社SOKEN
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100071216
【弁理士】
【氏名又は名称】明石 昌毅
(74)【代理人】
【識別番号】100130395
【弁理士】
【氏名又は名称】明石 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】堺 昭治
(72)【発明者】
【氏名】田中 秀明
【テーマコード(参考)】
2G047
【Fターム(参考)】
2G047AA08
2G047AB05
2G047BA05
2G047BC02
2G047BC03
2G047BC04
2G047BC07
2G047GG10
2G047GG12
2G047GG28
2G047GG30
2G047GG32
(57)【要約】
【課題】 カーボンペーパーに於いて内部の樹脂や繊維の破壊若しくは損傷の発生時に発生するアコースティックエミッションの特徴を捉えて、その特徴に基づいてカーボンペーパーの状態を検知することのできる構成を提供する。
【解決手段】 カーボンペーパーの状態を検知する方法は、カーボンペーパーに発生するアコースティックエミッションを計測する過程と、アコースティックエミッションの特徴に基づいて、カーボンペーパーの状態を判定する過程とを含む。
【選択図】 図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
カーボンペーパーの状態を検知する方法であって、
前記カーボンペーパーに発生するアコースティックエミッションを計測する過程と、
前記アコースティックエミッションの特徴に基づいて、前記カーボンペーパーの状態を判定する過程と
を含む方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池セル等に用いられるカーボンペーパーの状態を検知する技術に係り、より詳細には、カーボンペーパーに於ける樹脂の破壊や繊維の破断の際に発生するアコースティックエミッション(AE)に基づいてカーボンペーパーの状態の判定或いはカーボンペーパーの強度の判定を可能にする技術に係る。
【背景技術】
【0002】
材料の変形又は破壊の際に放出されるAEを検出することにより、燃料電池や二次電池などの電池の内部の状態を検査し、或いは、内部構成の損傷を検知するし技術が種々提案されている。例えば、特許文献1に於いては、電池内部から発生するAE信号を検出する手段を備え、検出されたAE信号の内で、50から150kHzの周波数の信号は、ガス発生に因るものであり、150kHz以上の周波数の信号は、内部構成物の破壊に因るものであると判定することが記載されている。特許文献2では、電池内部から発生するAE信号に於いて、電池が充電されているか又は放電されているかによって違いが生じる現象を利用して、AE信号の違いから電池が充電状態および放電状態のいずれであるかを判断する構成が提案されている。また、特許文献3に於いては、二次電池に於いてその動作の安定性に影響を与えるガスが電池内部で発生するとAE信号が発生し、そのAE信号の累積エネルギーがガスの発生量に対応する知見を利用して、閾値を超えるレベルのAE信号の発生を検出し、その程度に基づいて内部ガスの発生量を検出する構成が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平7-6795
【特許文献2】特開2013-113831
【特許文献2】特開2014-44929
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、燃料電池の単セルの構成物(セパレータや電極)等に用いられるカーボンペーパーに於いて、その内部の樹脂や繊維の破壊若しくは損傷が起きると、AEが発生するところ、本発明の発明者等の研究によれば、カーボンペーパーに於いて生じた樹脂や繊維の損傷の状況に応じて、発生するAEの波形に於ける特徴、例えば、周波数特性、ピーク周波数、ゲインAdB(AEの振幅強度)、継続時間(AEが持続する時間)など、に違いがあることが見出された(AE振幅A(mV)とゲインAdBの変換式は、AdB=ln(A(mV)/1(μV))で表すことが出来る。)。従って、カーボンペーパーに於いて検出されるAEの前記の如き特徴に基づいて、カーボンペーパーの内部の状態を検知することが可能である。そして、カーボンペーパーから検出されるAEの特徴からカーボンペーパーの内部状態を検知する方法を用いれば、カーボンペーパーの定格強度(耐用可能な機械的な負荷力の限界)のより的確な検査や電池内部のカーボンペーパーの状態の検知が可能となる。本発明に於いては、この知見が利用される。
【0005】
かくして、本発明の一つの課題は、カーボンペーパーに於いて内部の樹脂や繊維の破壊若しくは損傷の発生時に発生するAEを計測し、その特徴に基づいてカーボンペーパーの状態を検知することのできる構成を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明によれば、上記の課題は、カーボンペーパーの状態を検知する方法であって、
前記カーボンペーパーに発生するアコースティックエミッションを計測する過程と、
前記アコースティックエミッションの特徴に基づいて、前記カーボンペーパーの状態を判定する過程と
を含む方法によって達成される。
【0007】
上記の構成に於いて、「カーボンペーパー」は、燃料電池セルのセパレータ、電極層、ガス拡散層などの構成材として用いられる炭素繊維と樹脂とから形成される膜状乃至板状の部材である。「アコースティックエミッション」とは、本発明に於いては、カーボンペーパーに於ける樹脂の破壊又は繊維の破断が起きた際に生ずる弾性波であり、アコースティックエミッションセンサ(AEセンサ)により検出される。上記の「アコースティックエミッションの特徴」には、弾性波であるAEの波形に於けるピーク周波数だけでなく、ピーク周波数に於けるパワー(ゲイン)などの周波数特性や弾性波の持続する時間である継続時間などが含まれる。(具体的に、波形のどのような特徴を選択するかは、適宜選択されてよく、上記に限定されない。)
【0008】
本発明の方法に於いては、上記の如く、カーボンペーパーに於いて発生した樹脂の破壊又は繊維の破断の態様によって、カーボンペーパーから検出されるAEの特徴が異なるとの知見により、カーボンペーパーに於いて発生するAEを計測し、その計測されたAEの特徴に基づいて、カーボンペーパーがどのような状態にあるか、即ち、樹脂の破壊が発生したのか、炭素繊維の破断が発生したのかなどが判定される。
【0009】
上記の本発明の方法の構成に於けるAEの特徴に基づくカーボンペーパーの状態の判定に於いては、カーボンペーパーの状態について複数のクラスを設定して、AEの特徴に基づいて、カーボンペーパーの状態の属するクラスが決定されてよい(カーボンペーパーの状態のクラス分け)。より具体的には、AEの特徴に基づいて、カーボンペーパーの状態が、例えば、
[クラス1]樹脂が破壊した状態
[クラス2]樹脂-繊維間に於いて小さい破壊が生じた状態
[クラス3]樹脂-繊維間に於いて大きい破壊が生じた状態
[クラス4]繊維が破断した状態
などのいずれかであると判定されてよい。なお、具体的なクラスの設定は、これに限定されない。そして、かかるクラス分けに於いては、各クラスに属するAEの波形に於けるピーク周波数の範囲、ゲインの範囲、継続時間の範囲等が設定され、或るカーボンペーパーにてAEが計測されると、そのAEの波形のピーク周波数、ゲイン、継続時間等の属する範囲に対応するクラスが、そのカーボンペーパーの状態のクラスであると判定されてよい。
【0010】
なお、上記のカーボンペーパーの状態のクラス分け処理は、好適には、機械学習を用いて構成された識別器を用いて実行されてよい。その場合、識別器は、或るカーボンペーパーにて計測されたAEの波形が入力されると、そのカーボンペーパーの状態のクラスを出力するように構成されてよい。識別器の学習に於いては、各クラスに属すると判定されるAE波形、即ち、各クラスについて設定されたAEの特徴を有するAE波形が複数準備され、それらの準備されたAE波形を教師用データとして用い、各AE波形のクラスを正解ラベルとして用いて、任意のアルゴリズムにて、教師用データのAE波形が入力されると、対応する正解ラベルのラベルを出力するように、識別器が構成されてよい。かかる機械学習により構成された識別器を用いる構成によれば、カーボンペーパーに於いてAEが計測されると、迅速に、AEの波形の特徴に対応したクラスの判定が可能となり、カーボンペーパーの状態が把握できることとなる。
【0011】
上記の本発明によるカーボンペーパーの状態を検知する方法は、一つの態様に於いては、カーボンペーパーの強度評価試験或いは定格強度の検査に利用されてよい。カーボンペーパーの強度評価試験又は定格強度の検査は、例えば、JIS K7074に記載されている如き、CFRPの3点曲げ試験により実行されてよい(図3(A)参照)。かかる3点曲げ試験に於いては、端的に述べれば、典型的には、試験片が2ヶ所の支点にて支持され、それらの支点の間にて、試験片に圧子を押し当てて試験片を曲げ、その際の試験片に於ける変位量(ストローク)と力若しくは応力とが計測され、試験片に於ける力若しくは応力が限界に達して試験片が破壊又は降伏した時点での力若しくは応力が定格の強度として計測される。かかる曲げ試験によるカーボンペーパーの強度評価又は定格強度の検査に於いて、本発明の方法が適用されてよく、その場合、試験片であるカーボンペーパーに於いてAEセンサが取り付けられ、圧子によりカーボンペーパーに曲げ変位を与える間にカーボンペーパーに於いて生じた樹脂の破壊や繊維の破断などにより発生するAEが計測されてよい。そして、ここで計測されたAEの波形の特徴に基づいて、上記の如く、カーボンペーパーの状態が検知され、或いは、カーボンペーパーの状態のクラス分けが実行されてよい。その際、前記の如く機械学習により構成された識別器が用いられてよい。
【0012】
なお、カーボンペーパーの定格強度の検査に於いて、従前では、試験片に於ける力若しくは応力が限界に達して降伏したときの力若しくは応力をカーボンペーパーの定格強度として特定しているが、カーボンペーパーに於いては、降伏が生ずる前に、樹脂の破壊や樹脂-繊維間の破壊が生じている場合があるので、そのような樹脂の破壊や樹脂-繊維間の破壊が生じた時点を、カーボンペーパーの定格強度としては採用することが好ましい場合がある。この点に関し、本発明の発明者等の実験によれば、上記の如きカーボンペーパーを試験片とした3点曲げ試験に於いて、試験片の降伏前に、計測されたAEの特徴に基づいて、樹脂の破壊や樹脂-繊維間の破壊が検出された。かくして、本発明の方法によれば、計測されたAEの特徴に基づいて、試験片の降伏前に、試験片内で発生した樹脂の破壊や樹脂-繊維間の破壊などの状態の変化を検知することが可能となる点で有利である。
【0013】
上記の本発明によるカーボンペーパーの状態を検知する方法は、別の態様に於いては、カーボンペーパーを構成要素として用いた燃料電池セル又は燃料電池スタックに於けるカーボンペーパーの状態の検知に用いられてよい。その場合には、より具体的には、カーボンペーパーがセパレータ又はガス拡散層や電極層に用いられている燃料電池セル又はスタックにAEセンサが配置され、カーボンペーパーから発せられるAEが検出される。そして、燃料電池セル又はスタックの使用中に、カーボンペーパーからのAEが計測されると、上記の如く、そのAEの波形の特徴に基づいて、カーボンペーパーの状態が検知され、或いは、カーボンペーパーの状態のクラス分けが実行されてよい。その際、前記の如く機械学習により構成された識別器が用いられてよい。なお、燃料電池セル又はスタックに於いて、AEセンサを複数設け、AEを検出したときのそれらのセンサに於ける検出時期の時間差からカーボンペーパーのどこで樹脂の破壊や繊維の破断などの損傷が発生したかを検知することも可能である。
【発明の効果】
【0014】
かくして、上記の本発明の方法によれば、カーボンペーパーから発せられるAEのピーク周波数だけでなく、AEの波形に於けるゲインや継続時間などの、(ピーク周波数以外の)その他の特徴をも参照して、カーボンペーパーに於いて発生した状態を識別して検知することが可能となる。かかる構成によれば、例えば、カーボンペーパーの強度評価又は定格強度の検査の場合には、単に、カーボンペーパーの降伏点に於ける力又は応力を検知するだけでなく、カーボンペーパーに於いて力の負荷により生ずる種々の現象を捉えることが可能となる。また、本発明の方法を燃料電池セル又はスタックに適用する態様によれば、燃料電池に組み込まれているカーボンペーパーの状態を監視するヘルスモニターとして用いることができ、AEを検出したときには、その波形の特徴からカーボンペーパーに於いてどのような損傷が発生したかを推定することが可能となる。
【0015】
本発明のその他の目的及び利点は、以下の本発明の好ましい実施形態の説明により明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1(A)は、本実施形態のカーボンペーパーの状態検知方法を実行するシステムの模式図である。図1(B)は、カーボンペーパーにて発生するAEの計測について説明する模式図である。
図2図2(A)~(D)は、本実施形態のカーボンペーパーの状態検知方法に於いて計測されるAEの波形とパワースペクトルの例を示している。(A)は、カーボンペーパーに於いて樹脂破壊が起きたときに観測されるAE波形とパワースペクトルの例であり、(B)は、カーボンペーパーに於いて樹脂-繊維間に小さい破壊が起きたときに観測されるAE波形とパワースペクトルの例であり、(C)は、カーボンペーパーに於いて樹脂-繊維間に大きい破壊が起きたときに観測されるAE波形とパワースペクトルの例であり、(D)は、カーボンペーパーに於いて繊維破断が起きたときに観測されるAE波形とパワースペクトルの例である。本実施形態に於いては、例えば、(A)、(B)、(C)、(D)のAE波形は、それぞれ、クラス1、2、3、4に分類される。
図3図3(A)は、本実施形態の方法をカーボンペーパーの強度評価又は定格強度検査に適用する場合に採用されるカーボンペーパーの曲げ試験の構成の模式図である。図3(B)は、カーボンペーパーの曲げ試験に於いて観測されるカーボンペーパーに発生する曲げ変位量(ストローク)に対する応力(試験力)の変化の例を示すグラフ図であり、図3(C)は、カーボンペーパーの曲げ試験に於いてカーボンペーパーに曲げ変位量(ストローク)を与えたときに発生するAEの発生頻度の累積数(AE累積ヒット数)を示すグラフ図である。
図4図4(A)、(B)は、本実施形態の方法を図3(A)のカーボンペーパーの曲げ試験に適用した際に発生したAEのピークゲインを、クラス別に、カーボンペーパーに発生する曲げ変位量(ストローク)に対してプロットした図である。図4(A)は、クラス1に分類されるAEのプロットであり、図4(B)は、クラス2に分類されるAEのプロットである。各AEのクラス分類は、機械学習により構成された識別器を用いて実行した。
図5図5(A)、(B)は、図4(A)、(B)と同様に、本実施形態の方法を図3(A)のカーボンペーパーの曲げ試験に適用した際に発生したAEのピークゲインを、クラス別に、カーボンペーパーに発生する曲げ変位量(ストローク)に対してプロットした図である。図5(A)は、クラス3に分類されるAEのプロットであり、図5(B)は、クラス4に分類されるAEのプロットである。各AEのクラス分類は、機械学習により構成された識別器を用いて実行した。
図6図6は、本実施形態の方法を用いて提案されるカーボンペーパーの定格強度を説明するカーボンペーパーに発生する曲げ変位量(ストローク)に対する応力(試験力)の変化を説明する図である。
図7図7(A)、(B)は、本実施形態のカーボンペーパーの状態検知方法が適用される燃料電池スタックの模式図である。(A)は、AEセンサを一つ設けた場合であり、(B)は、AEセンサを二つ設けた場合である。
【符号の説明】
【0017】
1…AEセンサ
2…AE分析器
3…モニター
4…処理端末
11…燃料電池スタック
12…電池単セル
13…セル積層体
14…ターミナルプレート
14a…出力端子
15…インシュレータ
16…エンドプレート
17…テンションプレート
18…プレッシャプレート
18a…ばね機構
20、20a、20b…AEセンサ
30…圧子
31…支点
CP…カーボンペーパー
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
カーボンペーパーの状態検知システムの基本構成
図1(A)を参照して、本実施形態の方法を実施するシステムに於いては、検知の対象となるカーボンペーパーCPに対して、AEを感知するAEセンサ1が配置され、その出力がAE分析器2へ与えられ、AEの発生の検知とAE波形の解析(高速フーリエ変換(FFT)などの周波数解析、AEの特徴に基づくカーボンペーパーCPの状態のクラス分類処理等)とが実行され、その計測結果がコンピュータ端末装置4のモニター3等に表示され、或いは、印刷されてよい。なお、上記の構成に於いて、本実施形態の方法が後に説明される如きカーボンペーパーの曲げ試験に適用される場合などでは、AEセンサ1は、図示の如く、カーボンペーパーに接触するように配置されてもよく、或いは、本実施形態の方法が燃料電池に組み込まれたカーボンペーパーの状態の監視に適用される場合などでは、カーボンペーパーからのAEが感知できる任意の部位に配置されてよい。AE分析器2は、任意のコンピュータ装置のプログラムに従った作動により実現されてよい。
【0019】
AEの特徴からカーボンペーパーの状態を検知する方法について
図1(B)に模式的に描かれている如く、カーボンペーパーに於いて、内部の樹脂や繊維の一部(Or)の破壊或いは破断などの損傷が生ずると、そこから弾性波、即ち、AEが発生するので、本実施形態の方法では、そのAEをセンサ1で捉え、カーボンペーパーに於ける損傷が検知される。かかるAEに関して、本発明の発明者等の研究によれば、カーボンペーパーに於いて発生した損傷の態様によって、観測されるAEに於ける波形の特徴が異なることが見出された。より詳細には、後に詳細に説明される曲げ試験で実施される如く、カーボンペーパーの曲げを行うと、カーボンペーパーの降伏点に達する前に、曲げ変位量の増大と共に、種々の態様の波形のAEの発生が観測される。そして、カーボンペーパーに於いて発生した状況と、計測されたAEの波形の特徴、即ち、ピーク周波数、ピーク周波数に於けるゲイン、周波数分布、AE波の継続時間など、とを対比して観察すると、カーボンペーパーに於ける樹脂の破壊から樹脂と繊維との乖離や繊維の破断を経て降伏するまでに於いて、図2(A)~(D)に例示されている如く、発生するAEの波形の特徴が変化していることが観察された。そこで、本実施形態の方法では、計測されたAEの特徴に基づいて、カーボンペーパーの状態、より具体的には、カーボンペーパーに於いて発生した樹脂や繊維の損傷の態様を検知(推定)することが試みられる。
【0020】
上記のAEの特徴に基づくカーボンペーパーの状態の検知に於いて、例えば、AEの波形の特徴に基づいて、カーボンペーパーの状態がいくつかのクラスに分類されて検知されてよい。より具体的には、一つの態様として、カーボンペーパーの状態を、例えば、
[クラス1]樹脂の破壊:樹脂が破壊した状態
[クラス2]樹脂-繊維間破壊小:樹脂-繊維間に於いて小さい破壊(乖離)が生じた状態
[クラス3]樹脂-繊維間破壊大:樹脂-繊維間に於いて大きい破壊(乖離)が生じた状態
[クラス4]繊維の破断:繊維が破断した状態
などにクラス分けしたとき、各クラスの状態が発生したときに観測されるAEに於いて、それぞれ、ピーク周波数、ピーク周波数に於けるゲイン、AE波の継続時間についての範囲を画定することが可能となる。そこで、カーボンペーパーの状態の各クラスに対して、AEの各特徴の範囲を対応づけし、或るAEが観測されたときには、その特徴が入る範囲に対応して、AEを惹起したカーボンペーパーの状態のクラスが特定されるようになっていてよい。
【0021】
例えば、後に詳細に説明するカーボンペーパーの曲げ試験実験に於いて、上記の例の如く、カーボンペーパーの状態をクラス分けした場合、図2(A)~(D)に例示されている如く、観測されるAEの各特徴の範囲は、以下の如く、画定することが可能であった。
【表1】
従って、或るAEが計測されたときには、そのAEの特徴が入る範囲によって、カーボンペーパーの状態のクラスを特定することが可能となる。なお、カーボンペーパーの状態のクラス分けは、上記の例以外であってもよく、各クラスに対応するAEの各特徴の範囲は、上記の例に限定されず、実験等を通じて、適宜設定されてよい。
【0022】
ところで、上記のAEの特徴に基づくカーボンペーパーの状態のクラス分けの処理は、機械学習により構成された識別器を用いて実行されてよい。そのような識別器としては、ニューラルネットワーク、畳み込みニューラルネットワーク、サポートベクターマシンなどの任意の機械学習のアルゴリズムに従って、AE波形を入力すると、そのAEを惹起したカーボンペーパーの状態のクラスを出力する識別器が採用されてよい。その場合、識別器の学習段階に於いては、学習用データとして、図2(A)~(D)に例示されている如き各クラスに分類される特徴(ピーク周波数、ピーク周波数に於けるゲイン、AE波の継続時間等)を有するAEが、それぞれ、いくつか(数個~数十個)準備され、教師用データとしてAEの波形を用い、正解ラベルとして各教師用データの波形の属するクラスを用いて、教師用データのAE波形を入力すると、正解ラベルのクラスを出力するように識別器に於ける演算パラメータの設定が任意の態様にて実行されてよい。なお、学習用データのAEの波形は、後に説明される曲げ試験により得られるデータであってよい。かくして、上記の如き識別器を用いることにより、カーボンペーパーからAEが得られると、そのAEの特徴に基づき、そのAEを惹起したカーボンペーパーで起きた状態を自動的に検知することが可能となる。
【0023】
カーボンペーパーの曲げ試験による定格強度の検査
上記の本実施形態によるカーボンペーパーの状態を検知する方法は、カーボンペーパーの強度評価又は定格強度の検査を行う曲げ試験に於いて適用されてよい。カーボンペーパーの曲げ試験は、典型的には、JIS K7074に記載されている如きCFRPの3点曲げ試験と同様に実行されてよい。かかる3点曲げ試験に於いては、図3(A)に模式的に描かれている如く、カーボンペーパーCPが、2ヶ所の支点31にて下方より支持され、かかる支点31の間の上方から圧子30により押されて曲げ変位させられ、その間に於ける曲げ変位量(ストローク)とカーボンペーパーに於いて発生する応力(圧子が与える試験力として観測)とが、カーボンペーパーが降伏するまで計測される(図3(B)参照)。そして、典型的には、カーボンペーパーが降伏した時点(降伏点)の試験力がカーボンペーパーの定格強度として記録される。本実施形態の方法は、上記の如きカーボンペーパーの3点曲げ試験を実行する場合に、カーボンペーパーCPにAEセンサ1を配置し、カーボンペーパーCPを曲げる過程に於いて発生するAEが計測され、その計測されたAEの特徴に基づき、AEの発生時のカーボンペーパーの状態が検知される。なお、カーボンペーパーの状態は、上記の如く、クラス分けされて検知されてよい。
【0024】
図3(B)は、或るカーボンペーパーCPについて上記の3点曲げ試験を実行した際に観測されたストロークに対する試験力(応力に対応)の変化の例を示しており、図3(C)は、かかるカーボンペーパーの曲げ過程に於いて観測されたAEの発生頻度の累積数を示している。なお、図示の結果の計測に於いては、燃料電池のセパレータとしてセル先端部のガスケットに於けるシールとして用いられるカーボンペーパー(長さ40mm以上、幅20mm、厚さ0.3mm)を試験片として用い、JIS K7074に規定されているのと同様に、支点31(半径2mm)にて試験片を支持し、圧子(半径5mm)により試験片を湾曲した。その際、支点間距離Lは、20mmに設定し、圧子は、降下速度1mm/分にて、3mm降下させた。[JIS K7074の規定では、試験片の標準寸法は、長さ=100±1mm、幅=15±0.2mm、厚さ=2±0.4mmに定められ、支点間距離Lは80±0.2mmに定められている。]
【0025】
図3(B)を参照して理解される如く、カーボンペーパーの曲げ試験を行った場合、上記の如く、ストロークの増大と共に、カーボンペーパーに発生する応力は、初めは、単調に増大し、しかる後、概ね飽和し、降伏点に達する。その間にAEを計測すると、図3(C)を参照して理解される如く、カーボンペーパーが降伏点に達する前から、AEが発生することが観測された。例えば、図示の例では、ストロークが1mmを超えた時点でAEの発生が始まり、応力が降伏点に達するストロークが2.25mm付近を超えると、AEの発生数が急上昇することが理解される。また、任意のAEを上記の表1に例示のクラスに分類するよう学習された識別器(Vallen社のAE解析用アプリケーションを使用した。)を用いて、上記の一つの試験片の曲げ過程の間に計測されたAEによりカーボンペーパーの状態のクラス分けを実行したところ、ストロークに対する発生したAEの各クラスの分布は、図4(A)、(B)、図5(A)、(B)に示されているようになった。なお、図4~5に於いて、各プロットは、一つのAEの発生を示しており、横軸は、各プロットのAEの発生したストロークであり、縦軸は、各プロットのAEのピークゲイン(dB)である。これらの図からも理解される如く、樹脂破壊(クラス1)乃至繊維破断(クラス4)によるAEの発生は、カーボンペーパーが降伏する前に観測され、従って、カーボンペーパーの内部に於いて、応力が降伏点に達する前に、樹脂や繊維の損傷が発生していることが理解される。
【0026】
更に、複数の試験片について、上記の曲げ試験を行ったところ、図6に模式的に描かれている如く、降伏が生ずる応力が相対的に高い試験片であっても、樹脂-繊維間の破壊小(クラス2)が生ずる応力が相対的に低い場合が観察された(例えば、試験片A、Bに於いて、それぞれの降伏応力FmaxA、FmaxBについて、FmaxA>FmaxBであっても、クラス2の生ずる応力FAE2A、FAE2Bについて、FAE2A<FAE2Bとなる場合があった。)。その場合、クラス2がより低い応力で発生する試験片の方が試験片の定格強度はより低く決定されるべきであるので、試験片の定格強度は、降伏応力ではなく、樹脂-繊維間の破壊小又は樹脂破壊の生ずる応力を基準に決定されることが好ましい。
【0027】
かくして、本実施形態の方法をカーボンペーパーの強度評価又は定格強度の検査を行う曲げ試験に適用することにより、カーボンペーパーの降伏が起きる前に、内部に樹脂や繊維の損傷が発生していること、そして、降伏応力が相対的に高い試験片でも、樹脂や繊維の損傷の生ずる応力が相対的に低くなる場合があることが見出された。また、これらの観察結果から、カーボンペーパーに於いては、降伏前に、樹脂や繊維の損傷が発生しているので、カーボンペーパーの定格強度は、降伏応力で特定するのではなく、クラス2或いはクラス1の発生した下限の応力により特定する方が好ましいことが言える(例えば、図3(B)の例では、定格強度は、クラス2のAEの発生した下限の試験力5.17Nと特定されるか、クラス1のAEの発生した下限の試験力3.53Nと特定されることが好ましい。)。従って、本実施形態の方法に於いては、樹脂や繊維の損傷により生じたAEが観測された試験力又は応力がカーボンペーパーの定格強度として特定されてよい。
【0028】
燃料電池に於けるカーボンペーパーの監視
上記の本実施形態によるカーボンペーパーの状態を検知する方法は、カーボンペーパーを構成要素として用いた燃料電池セル又は燃料電池スタックに於けるカーボンペーパーの状態の検知(カーボンペーパーの監視、ヘルスモニター)に用いられてよい。
【0029】
図7(A)を参照して、燃料電池スタック11は、複数の単セル12が積層されてなるセル積層体13を含み、セル積層体13の両側にて外方に順次出力端子14a付のターミナルプレート14、インシュレータ(絶縁板)15及びエンドプレート16が配置され、セル積層体13の両縁には、両側のエンドプレート16を連結するように架け渡されたテンションプレート17によって積層方向への所定の圧縮力が加えられる。単セル12の各々は、カーボンペーパーからなるセパレータにより膜電極接合体を挟んだ形で構成される。また、セル積層体13の一端側のエンドプレート16とインシュレータ15との間にはプレッシャプレート18とばね機構18aとが設けられ、単セル12に作用する荷重の変動が吸収される。ターミナルプレート14は集電板として機能する部材であり、例えば、鉄、ステンレス、銅、アルミニウム等の金属で板状に形成されてよく、ターミナルプレート14の剛性が、単セル12の剛性よりも高くなるように形成される。インシュレータ15は、ターミナルプレート14とエンドプレート16等とを電気的に絶縁する機能を果たす部材であり、この機能を果たすため、インシュレータ15は、例えば、ポリカーボネートなどの樹脂材料により板状に形成されてよい。エンドプレート16は、ターミナルプレート14と同様、各種金属(鉄、ステンレス、銅、アルミニウム等)で板状に形成されてよい。テンションプレート17は、単セル12の積層方向に所定の締結力(圧縮力)を作用させた状態を維持するように、各エンドプレート16にボルト等で固定され、テンションプレート17の内側面(セル積層体13を向く面)には漏電やスパークが生じるのを防止すべく絶縁膜が形成されている。絶縁膜は、具体的には、例えば、テンションプレート17の内側面に貼り付けられた絶縁テープや当該面を覆うように塗布された樹脂コーティングなどによって形成されてよい。
【0030】
上記の如き燃料電池スタック11に於いて、本実施形態の方法を実施するためのAEセンサ20が、図示の如く、エンドプレート16に丸穴を設けて単セル12のカーボンセパレータに接着剤を用いて設置されてよく、AEセンサ20から図示していないケーブルを介して、図1(A)に記載されている如く、AE解析装置へAE信号が送信されるようになっていてよい。かかる構成により、燃料電池の使用中などに、カーボンペーパーから成るセパレータ等に樹脂破壊乃至繊維破断が発生すると、それに伴って発生したAE波が検出され、カーボンペーパーの内部で生じた損傷の状態が検知できることとなり、かくして、単セル12の健全性が判断/表示されることとなる。
【0031】
なお、図7(B)に例示されている如く、燃料電池スタック11に於いて、複数のAEセンサ20a、20bが設けられ、それぞれにてAEの検出がなされてよい。この場合、或るカーボンペーパーから成るセパレータの或る部位で樹脂破壊乃至繊維破断が発生し、AEが発せられると、その発生部位と複数のAEセンサ20a、20bとの位置関係によって、AEセンサ20a、20bのそれぞれへのAE波の到達に時間差が生ずるので、その時間差から樹脂破壊乃至繊維破断の部位又は範囲が特定できることとなる。燃料電池スタック11に設けられるAEセンサは、3つ以上であってもよい。
【0032】
かくして、本実施形態の方法によれば、カーボンペーパーから発せられるAEの特徴に基づき、カーボンペーパーに於いて発生した状態を識別して検知することが可能となる。かかる構成によれば、カーボンペーパーの強度評価に於いては、単に降伏点を検出するだけでなく、より詳細なカーボンペーパーの損傷状態を評価することが可能となり、より適切な定格強度の検査を実行できることが期待される。また、本実施形態の方法を燃料電池セル又はスタックに適用する態様によれば、カーボンペーパーに於ける損傷の検知とその態様を推定できることとなる。
【0033】
以上の説明は、本発明の実施の形態に関連してなされているが、当業者にとつて多くの修正及び変更が容易に可能であり、本発明は、上記に例示された実施形態のみに限定されるものではなく、本発明の概念から逸脱することなく種々の装置に適用されることは明らかであろう。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7