(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023075894
(43)【公開日】2023-05-31
(54)【発明の名称】硫黄化合物検知体、該硫黄化合物検知体の製造方法、及び、硫黄化合物の検知方法
(51)【国際特許分類】
G01N 31/00 20060101AFI20230524BHJP
G01N 31/22 20060101ALI20230524BHJP
【FI】
G01N31/00 P
G01N31/22 121C
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022092977
(22)【出願日】2022-06-08
(31)【優先権主張番号】P 2021188551
(32)【優先日】2021-11-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】597124316
【氏名又は名称】学校法人東北工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000626
【氏名又は名称】弁理士法人英知国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】丸尾 容子
(72)【発明者】
【氏名】加藤 諒
【テーマコード(参考)】
2G042
【Fターム(参考)】
2G042AA01
2G042BA08
2G042BD15
2G042CA10
2G042CB01
2G042DA08
2G042FA11
2G042FB07
2G042FC01
2G042GA05
(57)【要約】
【課題】 気体中に含まれる硫黄化合物を高感度でかつ簡便に測定可能な、硫黄化合物検知体及び検知方法を提供することを課題とする。
【解決手段】 本発明の硫黄化合物検知体は、検知剤と、前記検知剤を担持した、検知剤担持材と、を含み、前記検知剤は、ジスルフィドを分子内に有するジスルフィド化合物と、弱酸と強塩基の塩を含み、前記検知剤担持材は繊維を含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
検知剤と、
前記検知剤を担持した、検知剤担持材と、
を含み、
前記検知剤は、ジスルフィドを分子内に有するジスルフィド化合物と、弱酸と強塩基の塩を含み、
前記検知剤担持材は繊維を含む、
硫黄化合物検知体。
【請求項2】
前記ジスルフィド化合物は、ピリジン環をさらに有する、請求項1記載の硫黄化合物検知体。
【請求項3】
前記ジスルフィド化合物の前記ピリジン環に電子吸引基がさらに結合した、請求項2記載の硫黄化合物検知体。
【請求項4】
前記弱酸と強塩基の塩は、酢酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、炭酸水素ナトリウムのうち1以上の塩である、請求項1記載の硫黄化合物検知体。
【請求項5】
前記検知剤担持材は、セルロース繊維からなり、シート状又は平板状である、請求項1記載の硫黄化合物検知体。
【請求項6】
前記硫黄化合物検知体の硫黄化合物は揮発性硫黄化合物である、請求項1~5いずれか一項に記載の硫黄化合物検知体。
【請求項7】
請求項1に記載の硫黄化合物検知体の製造方法であって、
前記検知剤担持材を検知剤溶液に浸漬する工程と、
前記検知剤溶液に浸漬された検知剤担持材を乾燥する工程と、
を含み、
前記検知剤溶液は、前記検知剤と溶媒を含む、
硫黄化合物検知体の製造方法。
【請求項8】
前記溶媒は、エタノール、メタノール又はイソプロピルアルコールである、請求項7記載の硫黄化合物検知体の製造方法。
【請求項9】
請求項1に記載の硫黄化合物検知体に気体を曝露する、曝露工程と、
前記曝露工程で気体を曝露された硫黄化合物検知体の光の吸収量又は反射量を測定する、測定工程と、
前記測定工程で測定された光の吸収量又は反射量から、前記気体中の硫黄化合物の含有の有無、及び/又は、前記気体の硫黄化合物含有量を検知する、検知工程と、
を含む、硫黄化合物の検知方法。
【請求項10】
請求項1に記載の硫黄化合物検知体に気体を曝露する、曝露工程と、
前記曝露工程で気体を曝露された硫黄化合物検知体の画像を取得する、画像取得工程と、
前記画像取得工程で得られた画像から、前記気体中の硫黄化合物の含有の有無、及び/又は、前記気体の硫黄化合物含有量を検知する、検知工程と、
を含む、硫黄化合物の検知方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫黄化合物検知体、該硫黄化合物検知体の製造方法、及び、硫黄化合物の検知方法に関する。特に、気体中に存在する硫黄化合物を検知する硫黄化合物検知体及び検知方法に関する。
【背景技術】
【0002】
歯周病は、小児から高齢者までにみられる最も罹患率の高い疾患であり、食習慣、喫煙等と関連付けられ、生活習慣病の一つとしても知られている。さらに、歯周病及びその治療が、糖尿病、冠状動脈疾患、誤嚥性肺炎等の全身性疾患に影響を与えることが明らかになってきている。このため、適切な歯周病治療を行うことは、国民の口腔保健の向上のみならず、全身の健康の維持増進にも寄与するものである。
【0003】
現在、歯周病の検査は主に、ポケットの深さや出血、エックス線検査、写真、細菌検査等で行われる。しかしながら、かかる検査は歯科での実施が基本となっているため、定期的に歯科に通院して検査を行うことは時間や金銭的にハードルが高いという問題があった。
【0004】
そこで、歯周病に罹患している人の口臭の原因物質として知られている硫黄化合物が、呼気にどのくらい含まれているかの濃度を分析することが提唱された。呼気の分析は非侵襲性であり、被測定者に苦痛を与えず、また、特別な技術を必要としないという利点がある。
【0005】
呼気中の硫黄化合物の従来の分析技術として、酸化亜鉛や酸化セリウム等を用いた半導体センサ(特許文献1、2、非特許文献1参照)や、バイオセンサ(非特許文献2参照)、水晶振動子センサ(非特許文献3参照)等が提唱されている。また、酢酸鉛を含む検知紙に唾液を接触させて検知する方法(特許文献3参照)等も提唱されている。
【0006】
たとえば、非特許文献1は、Pt薄膜のくし形電極に酸化セリウムを塗布・焼結させた半導体センサを用い30秒間で数十ppbの硫化水素やメチルメルカプタンを検出可能な口臭測定器ブレストロン(登録商標)IIが市販されていることを開示している。なお、該半導体センサはアルコール等有機化合物にも感度を有することから、酸処理したシリカゲルフィルタ付きマウスピースに分析気体を通すことで、アルコール等のガスの干渉を除いている。
【0007】
非特許文献2は、アルコールオキシダーゼとホースラディッシュペルオキシダーゼの2つの酵素を用いたセンサを用いて水溶液中のメチルメルカプタンの検出を行うことを開示している。該酵素はオスミウムワイヤーに固定されており、また、酵素反応により生成するH2O2を電気化学的に検出することで0.2μMの濃度の検出を可能としている。
【0008】
非特許文献3には、ガス透過膜と銀電極を有する水晶振動子を用い、マイクログラムの硫化水素の検出を可能としたことが開示されている。
【0009】
しかしながら、上記呼気中の硫黄化合物の分析技術は、選択性をもって硫黄化合物を簡便に測定できないという問題があった。
【0010】
たとえば、非特許文献1の半導体センサでは、選択性の実現のため、複数のセンサを組み合わせて出力を解析する必要があり、かつ、フィルタを通して干渉ガスを除去する必要があった。さらには、測定時に半導体表面を高温に保つためにヒータを備える必要があり、リアルタイムで信号を取り出すために常時通電する必要があった。
非特許文献2は、酵素反応を用いたバイオセンサを組み合わせたものであるため、専門性の高い取り扱いが必要であり、バイオセンサゆえに不安定であり、装置も大型となるという問題があった。
非特許文献3は、水晶振動子の温度を精密にコントロールする必要があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平01-035368号公報
【特許文献2】特開2004-108861号公報
【特許文献3】特開2004-309283号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】鈴木健吾、上田剛、“半導体式ガスセンサを用いた口臭成分測定”、電気化学、2018, 86, 134-137
【非特許文献2】Z. H. Li, et al., “Design and characterization of methyl mercaptan biosensor using alcohol oxidase”, Sensors & Actuators B, 2014, 192, 680-684
【非特許文献3】F. He, et al., “A Novel QCM-based Biosensor for Detection of Microorganisms Producing Hydrogen Sulfide”, Anal. Lett., 2008, 41, 2697-2709
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、気体中に含まれる硫黄化合物を高感度で選択性が高く、かつ、簡便に測定可能な、硫黄化合物検知体及び検知方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、上記事情に鑑みて鋭意検討した結果、気体中に含まれる硫黄化合物を高感度でかつ簡便に測定可能な、硫黄化合物検知体及び検知方法を見出した。
【0015】
すなわち、本発明の硫黄化合物検知体は、検知剤と、前記検知剤を担持した、検知剤担持材と、を含み、前記検知剤は、ジスルフィドを分子内に有するジスルフィド化合物と、弱酸と強塩基の塩を含み、前記検知剤担持材は繊維を含むことを特徴とする。
【0016】
前記ジスルフィド化合物は、ピリジン環をさらに有することが好ましい。
【0017】
前記ジスルフィド化合物の前記ピリジン環に電子吸引基がさらに結合することが好ましい。
【0018】
前記弱酸と強塩基の塩は、酢酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、炭酸水素ナトリウムのうち1以上の塩であることが好ましい。
【0019】
前記検知剤担持材は、セルロース繊維からなり、シート状又は平板状であることが望ましい。
【0020】
前記硫黄化合物検知体の硫黄化合物は揮発性硫黄化合物であることが好ましい。
【0021】
本発明の硫黄化合物検知体の製造方法は、前記検知剤担持材を検知剤溶液に浸漬する工程と、前記検知剤溶液に浸漬された検知剤担持材を乾燥する工程と、を含み、前記検知剤溶液は、前記検知剤と溶媒を含むことを特徴とする。
【0022】
前記溶媒は、エタノール、メタノール又はイソプロピルアルコールであってもよい。
【0023】
本発明の硫黄化合物の検知方法は、上記硫黄化合物検知体に気体を曝露する、曝露工程と、前記曝露工程で気体を曝露された硫黄化合物検知体の光の吸収量又は反射量を測定する、測定工程と、前記測定工程で測定された光の吸収量又は反射量から、前記気体の硫黄化合物の含有の有無、及び/又は、前記気体中の硫黄化合物含有量を検知する、検知工程と、を含むことを特徴とする。
【0024】
本発明の硫黄化合物の検知方法はまた、上記硫黄化合物検知体に気体を曝露する、曝露工程と、前記曝露工程で気体を曝露された硫黄化合物検知体の画像を取得する、画像取得工程と、前記画像取得工程で得られた画像から、前記気体中の硫黄化合物の含有の有無、及び/又は、前記気体の硫黄化合物含有量を検知する、検知工程と、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0025】
本発明の硫黄化合物検知体により、臭気成分として代表されるメルカプタン等の硫黄化合物の検知が、複雑な工程を経ることなく可能となる。
具体的には、測定対象となる気体を、溶液に溶解することなく気体のままでも、気体中の硫黄化合物の含有量を測定することが可能となる。また、本発明の硫黄化合物検知体の検知剤担持材は繊維を含み、検知剤を多く担持することができるため、感度よく微量の硫黄化合物の含有量を測定することができる。さらに、弱酸と強塩基の塩が含まれた検知剤が硫黄化合物検知体に担持されているため、測定時に緩衝液を用いてpHを調整することなく硫黄化合物の含有量を測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本発明の硫黄化合物検知体の製造方法及び硫黄化合物の測定方法の一例を示す。
【
図2】本発明の硫黄化合物検知体を用いて、気体の吸光度を測定した、吸光度スペクトルの一例を示す。
【
図3】比較例の硫黄化合物検知体を用いて、気体の吸光度を測定した、吸光度スペクトルの一例を示す。
【
図4】比較例の硫黄化合物検知体を用いて、気体の吸光度を測定した、吸光度スペクトルの他の一例を示す。
【
図5】比較例の硫黄化合物検知体を用いて、気体の吸光度を測定して得られた、吸光度スペクトルのうち、387nmの波長のスペクトル強度の経時変化を示す。
【
図6】硫黄化合物検知体の検知剤担持材を繊維(実施例)及び多孔体(比較例)とした場合の、相対湿度による相対感度を示す。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明の実施形態について、以下に具体的に説明する。
【0028】
本発明の硫黄化合物検知体は、検知剤と、検知剤担持材を含む。
【0029】
(硫黄化合物検知体で検知する硫黄化合物)
本発明の硫黄化合物検知体で検知する硫黄化合物は、その分子構造内にS原子が含まれるものであるが、後述する検知剤と反応し、反応の前後で該検知剤の吸光度等の特性が異なるものが好ましい。特に硫黄化合物の分子構造内にSH基(メルカプト基、チオール基等と呼ばれる)が含まれることがより好ましい。SH基が含まれる硫黄化合物として、メルカプタン(CH3-SH)、硫化水素(H2S)が例示されるが、これに限定されない。
また、検知する硫黄化合物は、検知剤と反応する形態であれば気体、液体(溶液に溶解した状態を含む)の形態に制限はないが、揮発性硫黄化合物であることが望ましい。検知する硫黄化合物が揮発性である場合、呼気等の気体試料を硫黄化合物検知体に曝露するだけの前処理で、気体試料中の硫黄化合物含有量を簡便に把握することができる。
【0030】
(検知剤)
検知剤は、ジスルフィドを分子内に有するジスルフィド化合物と、弱酸と強塩基の塩を含む。
【0031】
検知剤に含まれるジスルフィド化合物は、硫黄化合物検知体で検知する硫黄化合物と反応し得るものであり、かつ、反応前のジスルフィド化合物と、反応後の反応生成物質において、光の吸収、光の反射、目視あるいは画像処理による色味が異なるものであればよい。
たとえば、検知する硫黄化合物がメルカプタンであり、検知剤に含まれる反応出発物質となるジスルフィド化合物が2,2’-ジチオビス(5-ニトロピリジン)の場合、メルカプタンとの反応により反応出発物質のジスルフィド基が開裂し、チオール基を有する反応生成物質となる。このとき、反応出発物質の光の吸収が極大となる波長は310nmであり、反応生成物質の光の吸収が極大となる波長は425nmである。あるいは、目視にて、反応出発物質は薄い黄色、反応生成物質は黄色である。
特に吸光度で測定する場合は、反応出発物質の光の吸収が極大となる波長と、反応生成物質の光の吸収が極大となる波長の差が25nm以上離れていることが好ましい。
【0032】
検知剤に含まれるジスルフィド化合物は、ピリジン環をさらに有することが好ましく、また、該ピリジン環に電子吸引基が結合したものであることがより好ましい。ここで電子吸引基は、ニトロ基、シアノ基、カルボニル基、カルボキシ基、スルホン基等の、芳香族に置換した場合に芳香環のπ電子を受け入れることができるものである。ジスルフィド化合物が、ピリジン環や、電子吸引基が結合したピリジン環を有すると、検知する硫黄化合物との反応が進みやすくなる。さらに、ジスルフィド基がピリジン環の2位もしくは4位に結合した構造を取る場合、ジスルフィド結合が開裂しやすくなり、検知する硫黄化合物との反応が進みやすくなる。
【0033】
検知剤に含まれるジスルフィド化合物としては、ピリジン環を含まないジスルフィド化合物、ピリジン環を含むジスルフィド化合物、電子吸引基が結合したピリジン環を有するジスルフィド化合物を含め、具体的には、2,2’-ジチオビス(5-ニトロピリジン)の他、2-ニトロ-p-トリルジスルフィド、ピリチノール、ビス(3-ニトロフェニル)ジスルフィド、4,4’-ジクロロ-2,2’-ジニトロビフェニルジスルフィド、2,2’-ジベンゾチアゾールジスルフィド、5,5’-ジチオビス(2-ニトロ安息香酸)、2,2’-ジピリジルジスルフィド、4,4’-ジピリジルジスルフィド、ビス(2-ニトロフェニル)ジスルフィド、6,6’-ジチオニコチン酸、4-メチル-2-キノリルジスルフィド、ビス(5-(2-メトキシエトキシ)-2-ピリミジニル)ジスルフィド等が例示される。
【0034】
検知剤に含まれるジスルフィド化合物の適正な濃度は、後述する検知剤溶液の濃度及び該検知剤溶液への浸漬時間、検知剤担持材の表面積あるいは容積等により変わるものの、一次的には、検知剤溶液に配合する濃度で調整することができる。検知剤溶液に対し、ジスルフィド化合物の濃度は0.1mM~10mMの範囲で調整することが好ましく、0.1mM~1mMの範囲で調整することがより好ましい。
【0035】
検知剤に含まれる、弱酸と強塩基の塩は、検知剤のpHを中性から塩基性の間に調整するものである。一例として、pH5~8程度に調整される。また、弱酸と強塩基の塩は、保湿性を高め、紙等の繊維を含む硫黄化合物検知体に馴染ませることができるため、試料中の硫黄化合物を感度よく測定することが可能となる。
弱酸と強塩基の塩として具体的には、酢酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、炭酸水素ナトリウム等が例示され、これらの1つの塩を用いてもよいし、2つ以上を併用してもよい。
【0036】
検知剤に含まれる弱酸と強塩基の塩の濃度は、後述する検知剤溶液の濃度及び該検知剤溶液への浸漬時間、検知剤担持材の表面積あるいは容積により変わるものの、一次的には、検知剤溶液に配合する濃度及びジスルフィド化合物の濃度に対し、調整され得る。
検知剤溶液に対し、弱酸と強塩基の塩の濃度は、5mM~100mMの範囲で調整することが望ましく、10mM~70mM、35mM~55mMの範囲で調整することがより望ましい。
また、ジスルフィド化合物のモル濃度に対し、弱酸と強塩基の塩の濃度は、5倍~600倍の範囲で調整することが望ましく、10倍~60倍の範囲で調整することがより望ましい。
【0037】
(検知剤担持材)
検知剤担持材は、上記検知剤を担持する部材であり、繊維を含むものである。
検知剤担持材に繊維が含まれることにより、試料中、特に気体中に含まれる硫黄化合物を多く効果的に吸着させることができ、吸着した硫黄化合物と検知剤の反応を促進することができる。
検知剤担持材に含まれる繊維は、検知剤や検知する硫黄化合物の吸着性の観点から、極性基を有する繊維が好ましく、セルロース繊維であることがより好ましい。
【0038】
また、検知剤担持材は、紙やろ紙等のシート状又は平板状であることが好ましい。検知剤担持材のサイズは、後述する検知剤浸漬容器や気体曝露用容器に投入可能なサイズであれば、限定されない。たとえば、2cm×2cm程度のサイズが例示される。なお、シート状であれば、折り曲げて浸漬及び曝露を行うことも可能であるので、必要に応じて大きなサイズの検知剤担持材を用い、試料に含まれる硫黄化合物の吸着面積を増やしてもよい。
なお、検知剤担持材を多孔質ガラス等のケイ素を含む多孔体とすることも可能であるが、検知剤担持材を繊維とした場合に比べ、気体の曝露による反応生成物質が分解しやすい。
【0039】
(硫黄化合物検知体)
硫黄化合物検知体は、上記検知剤が担持され固定された検知剤担持材を含み、呼気等の気体試料を溶媒に溶解させることなく、気体のままでも試料中の硫黄化合物の含有の有無及び/又は含有量を測定することができる。この観点からも、測定対象が溶液系に限定されていた従来技術より簡便に測定を行うことが可能となる。
【0040】
ジスルフィド化合物と弱酸と強塩基の塩を、繊維に含む検知剤担持材に固定した硫黄化合物検知体は、試料中の硫黄化合物を気体状態で感度よく測定できる。具体的には、試料気体に含まれるサブppmレベルからppbレベルの硫黄化合物を検知することができる。呼気であれば100ml~500ml程度の試料気体でも、0.1ppm程度のメルカプタン等の硫黄化合物の含有の有無及び/又は含有量を測定することができる。
【0041】
(硫黄化合物検知体の製造方法)
本発明の硫黄化合物検知体の製造方法は、検知剤担持材を検知剤溶液に浸漬する工程と、検知剤溶液に浸漬された検知剤担持材を乾燥する工程を含むものである。
【0042】
検知剤担持材を検知剤溶液に浸漬する工程は、上述した検知剤担持材を、上述した検知剤と溶媒を含む検知剤溶液に浸漬する工程である。
溶媒は、ジスルフィド化合物と、弱酸と強塩基の塩を含む検知剤を溶解でき、かつ、窒素ガス気流で乾燥可能なものであればよく、エタノール、メタノール、イソプロピルアルコール等が例示される。
検知剤溶液に対し、ジスルフィド化合物の濃度は0.1mM~10mMの範囲で調整することが好ましく、0.1mM~1mMの範囲で調整することがより好ましい。また、検知剤溶液に対し、弱酸と強塩基の塩の濃度は、5mM~100mMの範囲で調整することが望ましく、10mM~70mM、35mM~55mMの範囲で調整することがより望ましい。さらに、ジスルフィド化合物のモル濃度に対し、弱酸と強塩基の塩の濃度は、5倍~600倍の範囲で調整することが望ましく、10倍~60倍の範囲で調整することがより望ましい。
浸漬時間は、5秒~24時間、1分~24時間の範囲に設定することが望ましく、10分~12時間の範囲に設定することも可能である。
一例として、2cm×2cmの紙のシートを、検知剤溶液25mlを満たした3cm(幅)×3cm(奥行き)×10cm(高さ)の容器に入れ、1時間浸漬することにより、検知剤溶液に浸漬された検知剤担持材を得ることができる。
【0043】
検知剤溶液に浸漬された検知剤担持材を乾燥する工程は、周知の乾燥方法を適宜用いることができるが、窒素ガス気流で乾燥させることが好ましい。
具体的には、乾燥容器に、検知剤溶液に浸漬された検知剤担持材を入れ、窒素ガス気流を循環させて乾燥させる等が例示される。乾燥時間は、窒素ガス1L/minの流速に対し6時間~48時間の範囲、12時間~24時間等が例示される。また、真空引きをしてもよい。
検知剤担持材を乾燥する工程を経て、硫黄化合物検知体を得ることができる。
【0044】
(硫黄化合物の検知方法1)
本発明の硫黄化合物の検知方法は、硫黄化合物検知体に気体を曝露する曝露工程と、曝露工程で気体を曝露された硫黄化合物検知体の光の吸収量又は反射量を測定する測定工程と、測定工程で測定された光の吸収量又は反射量から、気体中の硫黄化合物の含有の有無、及び/又は、気体の硫黄化合物含有量を検知する検知工程を含むものである。
【0045】
硫黄化合物検知体に気体を曝露する曝露工程は、試料気体中に硫黄化合物検知体を入れ、一定時間曝露する工程である。具体的には、気体曝露用容器又は袋等に試料気体を封入し、その中に硫黄化合物検知体を入れて一定時間曝露を行うことが例示される。気体曝露用容器又は袋は、硫黄化合物検知体が入れられるサイズであればよい。また、試料気体の量は検知条件や硫黄化合物含有量によるものの、概ね100ml~2000mlの範囲に設定される。なかでも試料気体が呼気の場合、100ml~500ml程度でも0.1ppm程度のメルカプタンの検知が可能である。曝露時間は、30分~36時間の範囲、1時間~36時間、1時間~6時間の範囲等が例示される。
曝露温度は、硫黄化合物と検知剤の反応が進む温度であればよく、室温(25℃)が好ましい。
【0046】
曝露工程で気体を曝露された硫黄化合物検知体の光の吸収量又は反射量を測定する測定工程は、曝露工程を経た硫黄化合物検知体の厚み方向の吸光度(光の吸収量)、又は、曝露工程を経た硫黄化合物検知体の表面を反射する光の量(光の反射量)を測定する工程である。
【0047】
測定工程で測定された光の吸収量又は反射量から、気体中の硫黄化合物の含有の有無、及び/又は、気体の硫黄化合物含有量を検知する検知工程は、反応生成物質の光の吸収が極大となる波長の強度を測定することにより、試料気体の硫黄化合物の含有の有無及び/又は含有量を検知するものである。
たとえば、検知剤に含まれるジスルフィド化合物が2,2’-ジチオビス(5-ニトロピリジン)の場合、反応生成物質の光の吸収が極大となる波長は425nmであるので、425nmの波長の吸光度を測定し解析すればよい。
【0048】
なお、硫黄化合物検知体を曝露工程で試料気体中に曝露する前に、硫黄化合物検知体の光の吸収量又は反射量を測定する工程を追加してもよい。曝露工程前のブランク値を測定することにより、曝露工程後の吸光度等をより精確に解析することが可能となる。
【0049】
(硫黄化合物の検知方法2)
本発明の硫黄化合物の検知方法はまた、硫黄化合物検知体に気体を曝露する曝露工程と、曝露工程で気体を曝露された硫黄化合物検知体の画像を取得する画像取得工程と、画像取得工程で得られた画像から、気体中の硫黄化合物の含有の有無、及び/又は、気体の硫黄化合物含有量を検知する検知工程を含むものである。
【0050】
硫黄化合物検知体に気体を曝露する曝露工程は、上述した硫黄化合物の検知方法1と同様である。試料気体中に硫黄化合物検知体を入れ、一定時間曝露する工程である。具体的には、気体曝露用容器又は袋等に試料気体を封入し、その中に硫黄化合物検知体を入れて一定時間曝露を行うことが例示される。気体曝露用容器又は袋は、硫黄化合物検知体が入れられるサイズであればよい。また、試料気体の量は検知条件や硫黄化合物含有量によるものの、概ね100ml~2000mlの範囲に設定される。なかでも試料気体が呼気の場合、100ml~500ml程度でも0.1ppm程度のメルカプタンの検知が可能である。曝露時間は、30分~36時間の範囲、1時間~36時間、1時間~6時間の範囲等が例示される。
曝露温度は、硫黄化合物と検知剤の反応が進む温度であればよく、室温(25℃)が好ましい。
【0051】
曝露工程で気体を曝露された硫黄化合物検知体の画像を取得する画像取得工程は、曝露工程を経た硫黄化合物検知体の表面について、情報工学的な処理を行うためにデジタル画像を取得するものである。デジタル画像には多くの情報が含まれるが、色味に関係するRGB値を取得すること等が可能である。
【0052】
画像取得工程で得られた画像から、気体中の硫黄化合物の含有の有無、及び/又は、気体の硫黄化合物含有量を検知する検知工程は、取得した画像に対して情報工学的に処理し、画像変換や、硫黄化合物含有に関連した特徴量(RGB値を含む)等の情報抽出を行い、試料気体中の硫黄化合物の含有量の解析を行うものである。
【0053】
なお、硫黄化合物検知体を曝露工程で試料気体中に曝露する前に、硫黄化合物検知体の表面の画像を取得する工程を追加してもよい。曝露工程前のブランクの画像処理も行うことにより、曝露工程後の画像をより精確に解析することが可能となる。
【0054】
(その他の硫黄化合物の検知方法)
本発明の硫黄化合物の検知方法はまた、硫黄化合物検知体の曝露前後に、目視にて、試料気体中の硫黄化合物の含有の有無等を検知することもできる。
反応生成物質の吸光度の極大は可視光の範囲にあるため、黄色味を目視で確認することが可能である。検知剤に含まれるジスルフィド化合物が2,2’-ジチオビス(5-ニトロピリジン)であり、検知する硫黄化合物がメルカプタンの場合、反応出発物質は薄い黄色であり、反応生成物質は黄色である。
目視による検知方法は、他の方法よりさらに簡便な検知方法である。
【0055】
また、発光光の中心波長が425nmの紫外光発光ダイオードとフォトディテクターとの間に硫黄化合物検知体を配置し、該硫黄化合物検知体を透過した光をフォトディテクターで検出し、フォトディテクターからの出力信号を処理して硫黄化合物検知体の吸光度の変化を出力する構成とすることにより、硫黄化合物の検知が可能である。
【0056】
さらには、発光光の中心波長が425nmの紫外光発光ダイオードを硫黄化合物検知体に照射し、反射光をフォトディテクターで検出し、フォトディテクターからの出力信号を処理して硫黄化合物検知体の反射光の変化を出力する構成とすることによっても、硫黄化合物の検知が可能である。
【実施例0057】
次に、実施の形態により本発明をさらに具体的に説明する。なお、符号を付して説明するが、本発明の範囲を限定するものではない。
【0058】
(実施の形態1)
図1を用いて、硫黄化合物検知体の製造方法と、使用方法を説明する。
まず、2,2’-ジチオビス(5-ニトロピリジン)0.008gと酢酸ナトリウム0.12gとをエタノールに溶解して全量を25mlとした、検知剤溶液101を用意した。
図1の(a)に示すように、検知剤浸漬容器102(100mlビーカー)に検知剤溶液101を25ml入れた。
図1の(b)に示すように、繊維からなる検知剤担持材103(ADVANTEC社製、定性濾紙No.1、2cm×2cm)を、検知剤溶液101に、遮光した状態で1時間、浸漬した。
【0059】
検知剤溶液101が浸漬した検知剤担持材103aを取り出し、
図1の(c)に示すように、乾燥容器に検知剤溶液に浸漬された検知剤担持材103aを入れ、遮光状態で24時間、窒素ガス気流を循環させて乾燥させた。この乾燥工程により、検知剤担持材103aには、ジスルフィド化合物である2,2’-ジチオビス(5-ニトロピリジン)と、弱酸と強塩基の塩である酢酸ナトリウムからなる検知剤が固定された。
【0060】
次に、
図1の(d)に示すように、検知剤が固定された検知剤担持材103bの厚さ方向の吸光度を測定した。具体的には、光強度I
0の入射光を透過させた透過光の強度Iを測定し、吸光度(=log
10(I
0/I))を求めた。
【0061】
その後、
図1の(e)に示すように、気体曝露用容器104(容量1000ml)に入れた0.8ppmのメルカプタン(メチルメルカプタン)を含有する試料気体中に、検知剤担持材103bを入れ、室温(25℃)で6時間曝露した。
【0062】
曝露後、
図1の(f)に示すように、曝露後の検知剤担持材103cの厚さ方向の吸光度を測定した。
【0063】
図1の(d)及び(f)で得られた吸光光度分析結果を、
図2に示す。
図2では、試料気体の曝露前の吸光度スペクトルを点線で示し、曝露後(直後及び18時間後)の吸光度スペクトルを実線及び一点鎖線で示した。反応出発物質の2,2’-ジチオビス(5-ニトロピリジン)の吸収極大波長は310nmであり、反応生成物質の2-チオール5-ニトロピリジンの吸収極大波長は425nmであるところ、実線と点線は波長425nmを中心として380nm~500nmの範囲で大きな違いが現れた。波長425nmにおいて、曝露前の吸光度は2.98a.u.であるのに対し、曝露後の吸光度は3.18a.u.であり、曝露により吸光度差は0.2となった。
なお、波長380nm~500nmの範囲は可視領域であるため、目視でも曝露前後の差を確認することができた。曝露前は薄い黄色、曝露後は黄色であった。
【0064】
さらに、メルカプタンの濃度を変えた標準試料気体を用意し、同様に吸光光度分析を行い、425nmの吸光度で検量線を作成することで、検知する試料気体のメルカプタン濃度を定量することができた。
【0065】
(比較例)
比較例についても、
図1を用いて、硫黄化合物検知体の製造方法と、使用方法を説明する。
まず、2,2’-ジチオビス(5-ニトロピリジン)0.01gをエタノールに溶解して全量を25mlとした、検知剤溶液101を用意した。ここで酢酸ナトリウムは配合しない。
図1の(a)に示すように、検知剤浸漬容器102(100mlビーカー)に検知剤溶液101を25ml入れた。
図1の(b)に示すように、繊維からなる検知剤担持材103(ADVANTEC社製、定性濾紙No.1、2cm×2cm)を、検知剤溶液101に、遮光した状態で1時間、浸漬した。
【0066】
検知剤溶液101が浸漬した検知剤担持材103aを取り出し、
図1の(c)に示すように、乾燥容器に検知剤溶液に浸漬された検知剤担持材103aを入れ、遮光状態で24時間、窒素ガス気流を循環させて乾燥させた。この乾燥工程により、検知剤担持材103aには、ジスルフィド化合物である2,2’-ジチオビス(5-ニトロピリジン)が固定された。
【0067】
次に、
図1の(d)に示すように、検知剤が固定された検知剤担持材103bの厚さ方向の吸光度を測定した。具体的には、光強度I
0の入射光を透過させた透過光の強度Iを測定し、吸光度(=log
10(I
0/I))を求めた。
【0068】
その後、
図1の(e)に示すように、気体曝露用容器104(容量1000ml)に入れた1ppmのメルカプタンを含有する試料気体中に、検知剤担持材103bを入れ、室温(25℃)で6時間曝露した。
【0069】
曝露後、
図1の(f)に示すように、曝露後の検知剤担持材103cの厚さ方向の吸光度を測定した。
【0070】
図1の(d)及び(f)で得られた吸光光度分析結果を、
図3に示す。
図3では、試料気体の曝露前の吸光度スペクトルを点線で示し、曝露後(直後及び1時間後)の吸光度スペクトルを実線及び一点鎖線で示した。反応出発物質の2,2’-ジチオビス(5-ニトロピリジン)の吸収極大波長は310nmであり、反応生成物質の2-チオール5-ニトロピリジンの吸収極大波長は425nmであるところ、実線と点線は波長425nmを中心として380nm~500nmの範囲で違いは見られなかった。波長425nmにおいて、曝露前の吸光度は2.77a.u.であるのに対し、曝露後の吸光度は2.78a.u.であり、曝露により吸光度差は0.01とほぼ変わらなかった。
なお、波長380nm~500nmの範囲は可視領域であるため、目視でも曝露前後の差を確認することができた。曝露前後とも薄い黄色であった。
以上の結果から、検知剤に弱塩と強塩基の塩が含まれず、pHを中性~塩基性に調整されない場合は、ジスルフィド基の開裂反応は進みにくく、硫黄化合物をほとんど検知できないことが分かった。
【0071】
(実施の形態2)
硫黄化合物検知体の製造条件(作製条件)による、吸光度の変化を測定した。
2,2’-ジチオビス(5-ニトロピリジン)0.008gと酢酸ナトリウム(0.015M、0.035M、0.055M)とをエタノールに溶解して全量を25mlとした、検知剤溶液101を用意した。
図1の(a)に示すように、検知剤浸漬容器102(100mlビーカー)に検知剤溶液101を25ml入れた。
図1の(b)に示すように、繊維からなる検知剤担持材103(ADVANTEC社製、定性濾紙No.1、2cm×2cm)を、検知剤溶液101に、遮光した状態で10秒又は3600秒(1時間)、浸漬した。
【0072】
検知剤溶液101が浸漬した検知剤担持材103aを取り出し、
図1の(c)に示すように、乾燥容器に検知剤溶液に浸漬された検知剤担持材103aを入れ、遮光状態で24時間、窒素ガス気流を循環させて乾燥させた。この乾燥工程により、検知剤担持材103aには、ジスルフィド化合物である2,2’-ジチオビス(5-ニトロピリジン)と、弱酸と強塩基の塩である酢酸ナトリウムからなる検知剤が固定された。
【0073】
その後、
図1の(e)に示すように、気体曝露用容器104(容量1000ml)に入れた0.8ppmのメルカプタンを含有する試料気体中に、検知剤が固定された検知剤担持材103bを入れ、室温(25℃)で3時間又は6時間曝露した。
【0074】
曝露後、
図1の(f)に示すように、曝露後の検知剤担持材103cの厚さ方向の吸光度を測定した。
【0075】
図1の(f)で得られた吸光光度分析結果を、表1に示す。表1では、試料気体の曝露後の波長425nmにおける吸光度を示した。
【0076】
【0077】
表1より、検知剤溶液への浸漬時間以外の条件が同じ場合、浸漬時間が短いと、吸光度は低下することが分かった。すなわち、検知する硫黄化合物の量が同じ場合、反応出発物質のジスルフィド化合物から反応生成物質への反応量が少なくなることが分かった。
また、浸漬時間が著しく短い10秒の場合、反応生成物質の生成が安定しにくく、酢酸ナトリウムの濃度が増加しても吸光度が低下する場合があることが分かった。
【0078】
また、検知剤溶液への浸漬時間が十分に長い1時間で、メルカプタンを含む試料気体中の曝露時間が3時間の場合、酢酸ナトリウムの量が0.035Mから0.055Mのあたりにおいて、反応出発物質のジスルフィド化合物から反応生成物質への反応量が飽和傾向を示すことが分かった。
さらに、検知剤溶液への浸漬時間が十分に長い1時間で、メルカプタンを含む試料気体中の曝露時間が6時間の場合、酢酸ナトリウムの量が0.035Mでは、反応出発物質のジスルフィド化合物から反応生成物質への反応量が飽和傾向を示すことが分かった。
【0079】
(評価試験1)
上述したように、検知剤担持材を多孔質ガラス等のケイ素を含む多孔体とすることも可能であるが、本発明のように検知剤担持材を繊維とした場合に比べ、反応生成物質の安定性について評価した。
比較例と同様に、
図1を用いて、硫黄化合物検知体の製造方法と、使用方法を説明する。
まず、2,2’-ジチオビス(5-ニトロピリジン)0.008gと酢酸ナトリウム0.12gとをエタノールに溶解して全量を25mlとした、検知剤溶液101を用意した。
図1の(a)に示すように、検知剤浸漬容器102(100mlビーカー)に検知剤溶液101を25ml入れた。
図1の(b)に示すように、多孔体のシリカキセロゲル基板からなる検知剤担持材103(パナソニック製、GEN0)を、検知剤溶液101に、遮光した状態で24時間、浸漬した。
【0080】
検知剤溶液101が浸漬した検知剤担持材103aを取り出し、
図1の(c)に示すように、乾燥容器に検知剤溶液に浸漬された検知剤担持材103aを入れ、遮光状態で24時間、窒素ガス気流を循環させて乾燥させた。この乾燥工程により、検知剤担持材103aには、ジスルフィド化合物である2,2’-ジチオビス(5-ニトロピリジン)が多孔体に担持された。
【0081】
次に、基板が不透明であるので検知剤が担持された検知剤担持材103bの反射光を測定した。具体的には、光強度I0の入射光を反射させ積分球を用いて強度Iを測定し、反射率を求めKubelka-Munk変換(K-M変換)を行った。
【0082】
その後、
図1の(e)に示すように、気体曝露用容器104(容量1000ml)に入れた3ppmのメチルメルカプタンを含有する試料気体中に、検知剤担持材103bを入れ、室温(25℃)で3時間曝露した。
【0083】
曝露後、曝露後の検知剤担持材103cの光の反射率を測定した。
【0084】
曝露前後で得られた反射率のK-M変換結果を、
図4に示す。
図4では、試料気体の曝露前のK-M変換スペクトルを実線で示し、曝露後(直後及び1時間後)のK-M変換スペクトルを点線及び一点鎖線で示した。反応出発物質の2,2’-ジチオビス(5-ニトロピリジン)の吸収極大波長は310nmであり、反応生成物質の2-チオール5-ニトロピリジンの吸収極大波長は425nmであるところ、実線と点線は波長425nmを中心として380nm~500nmの範囲で大きな違いが現れた。波長425nmにおいて、曝露前の変換値は0.488であるのに対し、曝露直後の変換値は3.184であり、曝露により数値の差は2.696となった。しかし、曝露から1時間後には、変換値は1.995と減少し、曝露前との数値の差は1.507と減少した。
以上の評価試験1の結果から、検知剤担持材を多孔体とした場合、検知剤は気体曝露により反応生成物質を一旦生成するも安定せず、1時間後には該反応生成物質の分解が進んでいることが分かった。
【0085】
これに対し、
図2に示したように、検知剤担持材を繊維とした場合、検知剤の気体曝露により生成した反応生成物質は、18時間経過しても該反応生成物質の分解が進んでおらず、安定であることが分かった。
【0086】
(評価試験2)
検知剤担持材を多孔質ガラス等のケイ素を含む多孔体とした場合の、反応生成物質の長時間安定性について評価した。
比較例と同様に、
図1を用いて、硫黄化合物検知体の製造方法と、使用方法を説明する。
まず、2,2’-ジチオビス(5-ニトロピリジン)0.008gと酢酸ナトリウム0.12gとをエタノールに溶解して全量を25mlとした、検知剤溶液101を用意した。
図1の(a)に示すように、検知剤浸漬容器102(100mlビーカー)に検知剤溶液101を25ml入れた。
図1の(b)に示すように、多孔質ガラスである多孔体からなる検知剤担持材103(平均孔径4mm、(技研科学製AGGK-PG4-S)を、検知剤溶液101に、遮光した状態で24時間、浸漬した。
【0087】
検知剤溶液101が浸漬した検知剤担持材103aを取り出し、
図1の(c)に示すように、乾燥容器に検知剤溶液に浸漬された検知剤担持材103aを入れ、遮光状態で24時間、窒素ガス気流を循環させて乾燥させた。この乾燥工程により、検知剤担持材103aには、ジスルフィド化合物である2,2’-ジチオビス(5-ニトロピリジン)が多孔質ガラスに担持された。
【0088】
次に、
図1の(d)に示すように、検知剤が担持された検知剤担持材103bの厚さ方向の吸光度を測定した。具体的には、光強度I
0の入射光を透過させた透過光の強度Iを測定し、吸光度(=log
10(I
0/I))を求めた。
【0089】
その後、
図1の(e)に示すように、気体曝露用容器104(容量1000ml)に入れた3ppmのメチルメルカプタンを含有する試料気体中に、検知剤担持材103bを入れ、室温(25℃)で2時間曝露した。
【0090】
曝露後、
図1の(f)に示すように、曝露後の検知剤担持材103cの厚さ方向の吸光度を測定した。なお、かかる吸光度測定は、メチルメルカプタンがない雰囲気で静置し、一定時間間隔で行った。
【0091】
評価試験3の吸光光度分析結果を
図5に示す。
図5は、気体の吸光度を測定して得られた、吸光度スペクトルのうち、吸収極大を示した387nmの波長のスペクトル強度の経時変化を示したものである。
図5より、曝露直後から反応生成物質の分解が始まり、約60時間で半分となり、約150時間で反応生成物質はほとんど多孔体に担持されないことが分かった。よって、硫黄化合物検知体の検知剤担持材に多孔体を用いる場合、測定までの時間が長くなると反応生成物質の分解が進み、吸光度が適切に測定しづらいことが分かった。
【0092】
(評価試験3)
硫黄化合物検知体の検知剤担持材を繊維(実施例)及び多孔体(比較例)とした場合の、湿度による相対感度を評価した。
検知剤担持材として多孔質ガラスと繊維を用いて上記評価試験及び実施例等と同様に硫黄化合物検知体を作成した。その際、
図1の(e)に示す気体曝露用容器104(容量1000ml)内の相対湿度(RH)を20%~80%と変化させ、多孔質ガラスにおいては吸光度を、繊維基板においては反射率を測定し、感度評価を行った。
【0093】
評価試験3の結果を
図6に示す。多孔質ガラスも繊維も相対湿度により相対感度が変わることが分かったが、呼気等の相対湿度が50%を超える気体を測定対象とするときは、多孔質ガラスは相対湿度を上げると相対感度が低くなるが、繊維の場合相対湿度50%の条件に比較して相対感度は高くなり、呼気などの湿度の高い気体の測定に有効であることが分かった。さらに多孔質ガラスは湿度が高くなるとレイリー散乱が起こり散乱補正が必要であるが、繊維の場合は散乱は起こらず補正が必要ないことが明らかになった。
【0094】
以上、本発明の実施の形態について図面を参照して詳述してきたが、具体的な構成はこれらの実施の形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の設計の変更等があっても本発明に含まれる。また、上述の各実施の形態は、その目的及び構成等に特に矛盾や問題がない限り、互いの技術を流用して組み合わせることが可能である。
【0095】
本発明は以下に示した項目の構成を有し得る。
[項1]
検知剤と、
前記検知剤を担持した、検知剤担持材と、
を含み、
前記検知剤は、ジスルフィドを分子内に有するジスルフィド化合物と、弱酸と強塩基の塩を含み、
前記検知剤担持材は繊維を含む、
硫黄化合物検知体。
[項2]
前記ジスルフィド化合物は、ピリジン環をさらに有する、上記項1記載の硫黄化合物検知体。
[項3]
前記ジスルフィド化合物の前記ピリジン環に電子吸引基がさらに結合した、上記項2記載の硫黄化合物検知体。
[項4]
前記弱酸と強塩基の塩は、酢酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、炭酸水素ナトリウムのうち1以上の塩である、上記項1~3いずれか一項に記載の硫黄化合物検知体。
[項5]
前記検知剤担持材は、セルロース繊維からなり、シート状又は平板状である、上記項1~4いずれか一項に記載の硫黄化合物検知体。
[項6]
前記硫黄化合物検知体の硫黄化合物は揮発性硫黄化合物である、上記項1~5いずれか一項に記載の硫黄化合物検知体。
[項7]
上記項1~6いずれか一項に記載の硫黄化合物検知体の製造方法であって、
前記検知剤担持材を検知剤溶液に浸漬する工程と、
前記検知剤溶液に浸漬された検知剤担持材を乾燥する工程と、
を含み、
前記検知剤溶液は、前記検知剤と溶媒を含む、
硫黄化合物検知体の製造方法。
[項8]
前記溶媒は、エタノール、メタノール又はイソプロピルアルコールである、上記項7記載の硫黄化合物検知体の製造方法。
[項9]
上記項1~6いずれか一項に記載の硫黄化合物検知体に気体を曝露する、曝露工程と、
前記曝露工程で気体を曝露された硫黄化合物検知体の光の吸収量又は反射量を測定する、測定工程と、
前記測定工程で測定された光の吸収量又は反射量から、前記気体中の硫黄化合物の含有の有無、及び/又は、前記気体の硫黄化合物含有量を検知する、検知工程と、
を含む、硫黄化合物の検知方法。
[項10]
上記項1~6いずれか一項に記載の硫黄化合物検知体に気体を曝露する、曝露工程と、
前記曝露工程で気体を曝露された硫黄化合物検知体の画像を取得する、画像取得工程と、
前記画像取得工程で得られた画像から、前記気体中の硫黄化合物の含有の有無、及び/又は、前記気体の硫黄化合物含有量を検知する、検知工程と、
を含む、硫黄化合物の検知方法。