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特開2023-76308抗体固定複層フィルター及びそれを含むマスク
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023076308
(43)【公開日】2023-06-01
(54)【発明の名称】抗体固定複層フィルター及びそれを含むマスク
(51)【国際特許分類】
   B32B 5/02 20060101AFI20230525BHJP
   D04H 1/4374 20120101ALI20230525BHJP
   A62B 18/02 20060101ALI20230525BHJP
   A41D 13/11 20060101ALI20230525BHJP
【FI】
B32B5/02
B32B5/02 A
D04H1/4374
A62B18/02 C
A41D13/11 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021189656
(22)【出願日】2021-11-22
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.掲載アドレス:https://www.fmu.ac.jp/univ/daigaku/topics/20210720.html 公開日:令和3年7月20日 2.掲載アドレス:https://www.fmu.ac.jp/home/trc/covid-19-progress2/ 公開日:令和3年7月21日 3.試供品配布 配布日:令和3年7月20日 配布場所:公立大学法人福島県立医科大学内 4.試供品配布 配布日:令和3年10月18日 配布場所:豊後不動産 5.試供品配布 配布日:令和3年10月22日 配布場所:Jヴィレッジ 6.試供品配布 配布日:令和3年11月6日 配布場所:福島県立医科大学保健科学部多目的ホール 7.刊行物名:読売新聞 令和3年9月11日付朝刊、第26面 発行日:令和3年9月11日(取材日:令和3年9月1日) 8.刊行物名:日本経済新聞東北版 令和3年11月10日付朝刊、第33面 発行日:令和3年11月10日(取材日:令和3年11月9日) 9.記者会見 会見場所:南相馬市民情報交流センター 会見日:令和3年10月14日 10.研究集会名:令和3年度福島医薬品関連産業支援拠点化事業事業進捗報告会 開催日:令和3年11月6日 11.記者クラブでの公開 公開場所:福島県庁 公開日:令和3年7月20日 12.掲載アドレス:http://www.zefa.jp/ 公開日:令和3年7月21日
(71)【出願人】
【識別番号】513074079
【氏名又は名称】株式会社ゼファー
(71)【出願人】
【識別番号】509013703
【氏名又は名称】公立大学法人福島県立医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊堂 隆徳
(72)【発明者】
【氏名】高木 基樹
(72)【発明者】
【氏名】今井 順一
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 慎哉
(72)【発明者】
【氏名】石井 洋介
【テーマコード(参考)】
2E185
4F100
4L047
【Fターム(参考)】
2E185AA07
2E185CA03
2E185CC32
4F100AJ01A
4F100AJ04B
4F100AK01A
4F100AK01C
4F100AK03C
4F100BA03
4F100BA04
4F100CA12B
4F100DG06A
4F100DG06B
4F100DG06C
4F100DG06D
4F100DG15A
4F100DG15B
4F100DG15C
4F100DG15D
4F100GB56
4F100GB66
4F100JD20A
4F100JD20D
4L047AA08
4L047AA14
4L047CA02
4L047CA05
4L047CC03
4L047CC12
(57)【要約】
【課題】帯電フィルターや保水層を必要とせず、ウイルスや細菌等の微小粒子を特異的に捕捉可能で、集塵効果やウイルス等の捕捉効果の長いフィルターを開発し、それを用いたマスクを提供することである。
【解決手段】合成繊維及び/又は天然繊維で構成されるトップフィルター層、抗体を固定したセルロース繊維からなるセルロース繊維層、及び合成繊維からなる合成繊維層を含む抗体固定複層フィルター及びそれを含むマスクを提供する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗体固定複層フィルターであって、
合成繊維及び/又は天然繊維で構成されるトップフィルター層、
抗体を固定したセルロース繊維からなるセルロース繊維層、及び
合成繊維からなる合成繊維層
を含み、
各層は対象物の通過方向に向かってトップフィルター層、セルロース繊維層、及び合成繊維層の順で配置され、
前記トップフィルター層は1又は複数の層で構成されている
前記抗体固定複層フィルター。
【請求項2】
前記セルロース繊維層及び合成繊維層が一体化されている、請求項1に記載の抗体固定複層フィルター。
【請求項3】
前記一体化がセルロース繊維及び合成繊維からなる共存層を介してなる、請求項2に記載の抗体固定複層フィルター。
【請求項4】
前記トップフィルター層の少なくとも一層が帯電している、請求項1~3のいずれか一項に記載の抗体固定複層フィルター。
【請求項5】
前記合成繊維がポリオレフィン系樹脂繊維である、請求項1~4のいずれか一項に記載の抗体固定複層フィルター。
【請求項6】
前記合成繊維層に続いてエンドフィルター層をさらに配置した、請求項1~5のいずれか一項に記載の抗体固定複層フィルター。
【請求項7】
前記各層の全部又は一部が不織布で構成される、請求項1~6のいずれか一項に記載の抗体固定複層フィルター。
【請求項8】
前記不織布がスパンボンド不織布、メルトブローン不織布、又はその複合体不織布である、請求項7に記載の抗体固定複層フィルター。
【請求項9】
前記抗体がIgA抗体である、請求項1~8のいずれか一項に記載の抗体固定複層フィルター。
【請求項10】
前記抗体が抗新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)抗体である、請求項1~9のいずれか一項に記載の抗体固定複層フィルター。
【請求項11】
前記抗体が抗インフルエンザウイルス抗体である、請求項1~9のいずれか一項に記載の抗体固定複層フィルター。
【請求項12】
請求項1~11のいずれか一項に記載の抗体固定複層フィルターを含むマスク。
【請求項13】
抗体固定複層フィルターの製造方法であって、
セルロース繊維からなるセルロースフィルターに抗体を固定する固定工程、
合成繊維からなる合成繊維フィルターをセルロースフィルターと一体化する結合工程、及び
合成繊維及び/又は天然繊維で構成されるトップフィルター、前記セルロースフィルター、及び前記合成繊維フィルターの順で各フィルターを積層する積層工程
を含む前記方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗体固定複層フィルター及びそれを含むマスクに関する。
【背景技術】
【0002】
大気中に浮遊する花粉、細菌、ウイルス等の吸入は、アレルギー反応や感染症等、人体に有害な影響をもたらす原因となる。特に、昨今では新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミックにより、感染者からの感染防止が防疫上、極めて重要となっている。その感染対策において、簡便かつ比較的有効な方法がマスク着用による飛沫感染防止策である。しかし、市販の家庭用マスクでは、ウイルスのような超微小粒子は、十分に捕集することはできないという問題があった。
【0003】
この問題を解決するため、近年では帯電フィルターを用いたマスクが開発され、市販されている。帯電フィルターは、静電気を帯びており、フィルターによる物理的な捕集効果に加えて、ウイルスのような超微小粒子であっても静電気的に捕集することができる。ところが、静電気による捕集作用は荷電物質全てに作用し、特異性がない。そのため、様々な粉塵等の吸着によって帯電フィルターの捕集効果が低下し、さらに目詰まりにより圧力損失が増加する結果、通気性も低下し、マスクとしての効果が早期に失われてしまうという問題がある。また、時間経過や呼気による湿度の増加(フィルター中の水分量の増加)で静電気自体が減少し、帯電フィルターとしての機能が劣化する結果、捕集効果が失われてしまうという問題もある。
【0004】
上記問題を解決するために解決された発明が、非特許文献1及び2に記載のダチョウ抗体マスク(登録商標)である。このマスクでは、フィルターにダチョウ由来の抗体を担持させることで、大気中の標的ウイルスを特異的に捕捉することができる。また、帯電フィルター(静電フィルター)を併用することで、標的ウイルス以外の飛沫小粒子は静電気により捕捉される。しかし、このフィルターは抗体の活性化に保水層を必要とすることや、保水層と抗体フィルターがマスク表面に配置されているため、保水層の乾燥による抗体の失活、保水層や抗体フィルターへの飛沫小粒子の非特異的な結合による目詰まり等の問題を包含していた。また、一般に、フィルター表面に多量の抗体を安定的に固定することが技術的に困難という問題もあった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】塚本康浩、他、1995、第55回日本ウイルス学会学術集会、ダチョウ卵黄を用いた高病原性鳥インフルエンザウイルス不活化抗体の工業的大量作製の試み
【非特許文献2】ダチョウの力.com、https://www.koutai-mask.com/
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、帯電フィルターや保水層を必要とせず、ウイルスや細菌等の微小粒子を特異的に捕捉可能で、集塵効果やウイルス等の捕捉効果の長いフィルターを開発し、それを用いたマスクを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するために本発明者らは鋭意研究を重ねた結果、セルロース繊維が抗体と親和性が高く、繊維表面に抗体を強固に固定できることを明らかにした。ところが、セルロース製の不織布は、吸水、吸湿性にすぐれた特性がある反面、湿潤時の物性低下、寸法安定性の悪さ、及び熱融着性がないという問題を有する。この問題の解決策として、セルロース不織布と熱可塑性のあるフィルムやネットや不織布との複合化が一般的に行われている。例えば、特許6804288号では、セルロース繊維不織布にポリプロピレン(PP)スパンメルト不織布を複層化してセルロース繊維不織布に熱融着性を付与するとともに、両構成成分の層的分布状態を最適化することによってPPスパンメルト不織布に特徴的な溶断現象の発生を防ぎ、広い温度範囲で安定な熱融着性を持ち、さらに強度特性に優れた複層体を開示している。このような既存の複層体の構成を応用することで、抗体を結合したセルロース不織布に強度と熱融着性を付与することに成功した。さらに複数のフィルターを積層した多層構造にして、抗体が固定されたセルロース不織布面を層間内に収め、抗体固定面が直接外部に曝露しない構成にすることで、抗体やそれを固定するフィルター表面での非特異的な物質の結合を防ぐことにも成功した。これによって、抗体の劣化を防ぎ、その効果期間が延長されることも明らかとなった。本発明は、当該開発結果による知見に基づくものであって、以下を提供する。
【0008】
(1)抗体固定複層フィルターであって、合成繊維及び/又は天然繊維で構成されるトップフィルター層、抗体を固定したセルロース繊維からなるセルロース繊維層、及び合成繊維からなる合成繊維層を含み、各層は対象物の通過方向に向かってトップフィルター層、セルロース繊維層、及び合成繊維層の順で配置され、前記トップフィルター層は1又は複数の層で構成されている前記抗体固定複層フィルター。
(2)前記セルロース繊維層及び合成繊維層が一体化されている、(1)に記載の抗体固定複層フィルター。
(3)前記一体化がセルロース繊維及び合成繊維からなる共存層を介してなる、(2)に記載の抗体固定複層フィルター。
(4)前記トップフィルター層の少なくとも一層が帯電している、(1)~(3)のいずれかに記載の抗体固定複層フィルター。
(5)前記合成繊維がポリオレフィン系樹脂繊維である、(1)~(4)のいずれかに記載の抗体固定複層フィルター。
(6)前記合成繊維層に続いてエンドフィルター層をさらに配置した、(1)~(5)のいずれかに記載の抗体固定複層フィルター。
(7)前記各層の全部又は一部が不織布で構成される、(1)~(6)のいずれかに記載の抗体固定複層フィルター。
(8)前記不織布がスパンボンド不織布、メルトブローン不織布、又はその複合体不織布である、(7)に記載の抗体固定複層フィルター。
(9)前記抗体がIgA抗体である、(1)~(8)のいずれかに記載の抗体固定複層フィルター。
(10)前記抗体が抗新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)抗体である、(1)~(9)のいずれかに記載の抗体固定複層フィルター。
(11)前記抗体が抗インフルエンザウイルス抗体である、(1)~(9)のいずれかに記載の抗体固定複層フィルター。
(12)(1)~(11)のいずれかに記載の抗体固定複層フィルターを含むマスク。
(13)抗体固定複層フィルターの製造方法であって、セルロース繊維からなるセルロースフィルターに抗体を固定する固定工程、合成繊維からなる合成繊維フィルターをセルロースフィルターと一体化する結合工程、及び合成繊維及び/又は天然繊維で構成されるトップフィルター、前記セルロースフィルター、及び前記合成繊維フィルターの順で各フィルターを積層する積層工程を含む前記方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の抗体固定複層フィルターによれば、帯電フィルターや保水層を必須の構成要素とすることなく、フィルター上に多数の抗体を強固に固定することができ、それによってウイルスや細菌等を特異的に捕捉することができる。また、抗体を固定したフィルター面が多層構造内部に収納されているため、微小粒子による非特異的な結合による抗体劣化やマスク寿命の低下を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】A:本発明の抗体固定複層フィルターの基本模式図である。この図では、複層フィルターの必須構成要素であるトップフィルター層(0101)、セルロース繊維層(0102)、及び合成繊維層(0103)を図示している。B:本発明の複層フィルターにおける各層の機能を示した模式図である。この図では、Aで示した各層の機能を示すため、各層を便宜的に分離している。セルロース繊維層(0102)には抗体(ここではIgA抗体を示す)(0104)が固定されている。例えば、外部の大気中に浮遊する塵(0105)やウイルス(0106)は、本発明の複層フィルターを通過する際に、まず粒子サイズの大きい塵(0105)がトップフィルター層(0101)で捕集される。ウイルス(0106)のような超微小粒子は、トップフィルター層(0101)を通過してしまうが、続くセルロース繊維層(0102)に固定された抗体(0104)によって捕捉され、合成繊維層(0103)を通過した空気は、不純物が除去された正常な空気となる。また、Aに示すようにフィルター内では、セルロース繊維層(0102)上にはトップフィルター層(0101)が積層されているため、セルロース繊維層(0102)に固定された抗体(0104)は外部に曝露されない。また、トップフィルター層(0101)が粒子サイズの大きい塵(0105)を予め除去するため、セルロース繊維層(0102)表面での塵(0105)等の非特異的吸着がない。それによって、抗体(0104)の劣化やセルロース繊維層(0102)の目詰まりによる圧力損失の増加を防ぐことが可能となる。
図2】A:本発明の抗体固定複層フィルター(0200)における主要な実施形態を示した模式図である。この図では、本発明の複層フィルターにおける選択的構成要素である共存層(0207)及びエンドフィルター層(0208)を含み、トップフィルター層が2層(0201a/0201b)からなる構成を示している。B:本発明の複層フィルターにおける各層の機能を示した模式図である。この図では図1と同様に、Aで示した各層の機能を示すため、各層を便宜的に分離している。セルロース繊維層(0202)には抗体(ここではIgA抗体を示す)(0204)が固定されている。また、トップフィルター層のうち1層(0201b)は帯電した帯電フィルターとなっている。さらに、共存層(0207)により、セルロース繊維層(0202)と合成繊維層(0203)は構造的に一体化されている。外部の大気中に浮遊する塵(0205)、花粉(0209)、及びウイルス(0206)は、本発明の複層フィルターを通過する際に、まず粒子サイズの大きい塵(0205)が上表面に面したトップフィルター層(0201a)で捕集される。その層で捕集しきれなかった花粉(0209)等の微粒子は、帯電したトップフィルター層(0201b)で静電気的に捕捉される。それでも捕捉し得なかったウイルス(0206)のような超微小粒子は、続くセルロース繊維層(0202)に固定された抗体(0204)によって捕捉され、合成繊維層(0203)を通過した空気は、不純物が除去された正常な空気となる。一方、本発明の複層フィルター(0200)をマスク等に適用した場合、唾液(0210)のような内部(顔側)からの汚染があるが、エンドフィルター層(0208)によって、そのような汚れを捕集するか、あるいはエンドフィルター層(0208)を制電加工することで、汚れを付着しにくくすることができる。さらに、共存層(0207)によってセルロース繊維層(0202)と合成繊維層(0203)は構造的に一体化されており、主要層であるセルロース繊維層への強度付与を維持することができる。また、ウイルス感染症対策でその対象となるウイルスに対する抗体を固定されたフィルターをマスクに適用した場合には、そのウイルスに感染した対象者(自覚症状がない者を含む)がマスクを着用することにより、その対象者の呼気に含まれるウイルスをマスクで捕捉し体外(または空気中)へ放出することを防ぐことができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
1.抗体固定複層フィルター
1-1.概要
本発明の第1の態様は抗体固定複層フィルター(本明細書では、しばしば「複層フィルター」と略称する)である。本発明の複層フィルターは、異なる複数の層で構成された多層構造を有し、その層間に内包されるセルロース繊維層が抗体を固定していることを特徴とする。
【0012】
本発明の複層フィルターによれば、抗体をフィルター上に安定的、かつ強固に固定でき、また抗体が外界に曝露していないため微細物質の非特異的結合による抗体の抗原捕捉効果の低下を抑制することができる。
【0013】
1-2.構成
1-2-1.構成層
本発明の複層フィルターは、複数の層で構成される多層構造を有する。
本明細書において「層」とは、シート状の構造、又はその構造を有する固体状物質をいう。通常は、複数のシート状の構造体が積み重なった状態において、個々の構造体に対して使用する用語であるため、層は多層構造体の一部であることを前提とする。
【0014】
本明細書において「多層構造」とは、各層が独立した状態で積層している構造をいう。ここでいう「独立した状態」とは、各層を巨視的に又は微視的に識別、又は分離可能な状態をいう。層どうしが一部融合した状態で、その境界部が不明瞭であっても、組成的に、性質的に、及び/又は構造的に識別、又は分離可能な状態であればよい。
【0015】
本発明の複層フィルターは、トップフィルター層、セルロース繊維層、及び合成繊維層を必須の構成層として含み、共存層及びエンドフィルター層を選択的な構成層として含む。以下各層について説明する。
【0016】
(1)トップフィルター層
「トップフィルター層」は、合成繊維及び/又は天然繊維で構成される層である。トップフィルター層は、本発明の複層フィルターにおいて、対象物が最初に通過する層であって、後述の「1-2-2.フィルター構造」に記載の上表面を構成する。
【0017】
本明細書において「対象物」とは、本発明の複層フィルターを用いた濾過対象物をいう。大気のような気体だけでなく、液体であってもよい。
【0018】
本発明の複層フィルターにおいてトップフィルター層は、大気中に浮遊する粉塵、煤塵、胞子、花粉、及び繊維くず等の比較的大きな微細粒子を捕集する機能を有する。また、後述のセルロース繊維層よりも上部に配置し、セルロース繊維層に固定された抗体を覆うことで、抗体と微細粒子による非特異的結合や、それに伴う抗体の劣化、及び圧力損失の増加を防ぐ機能を有する。
【0019】
トップフィルター層は、合成繊維及び/又は天然繊維で構成される。合成繊維については、後述の合成繊維層の項で詳述する。
【0020】
本明細書において「天然繊維」とは、生物が産生し、自然界に存在する繊維、又は生物由来の成分を加工して得られ、それ主成分が自然界に存在する繊維をいう。例えば、生物が産生し、自然界に存在する繊維として、絹糸、クモ糸、動物の毛、綿、麻等が挙げられる。また、生物由来の成分を加工して得られ、それ主成分が自然界に存在する繊維の例としては、レーヨンやキュプラのような再生繊維が挙げられる。
【0021】
トップフィルター層を構成する合成繊維及び天然繊維は、長繊維又は短繊維のいずれであってもよく、又はその組み合わせであってもよい。
【0022】
本明細書において「長繊維」とは、フィラメント繊維のように一本の繊維長が長い繊維をいう。本明細書において「一本の繊維長」とは、2カ所の端部を有する繊維における両端部間の距離をいう。したがって、撚糸(紡績糸)の場合は、撚糸一本の長さではなく、それを構成する個々の繊維の長さが該当する。本明細書における長繊維の繊維長は、1m~200m、3m~150m、好ましくは5m~100mであればよい。このような繊維長を有する繊維には、合成繊維や再生繊維が挙げられる。
【0023】
本明細書において「短繊維」とは、繊維長が1mm~100mm、好ましくは3mm~75mmの繊維をいう。紡糸製造後の切断操作により切断され人工的に生産される短繊維と、自然状態で短い繊維長で収穫、又は抽出される短繊維の二種類に分類されるが、本明細書ではいずれも包含する。
【0024】
使用される短繊維の太さ(繊度)は、限定はしないが、0.1d(デニール)~10.0d、又は0.5d~8.0d、好ましくは1.0d~7.0dであればよい。
【0025】
トップフィルター層は、織布又は不織布のいずれで構成されていてもよい。好ましくは不織布である。
【0026】
「不織布」とは、短繊維及び/又は長繊維が一方向又はランダムに配向してなるシート状のウェブにおいて、各繊維間が交絡、及び/又は融着、及び/又は接着によって結合され、布状に仕上げられたものをいう。
【0027】
本明細書において、不織布は、既存の方法で製造されたものであればよい。不織布の製造には、例えば、乾式法、湿式法、スパンボンド法、メルトブローン法、サーマルボンド法、含浸式ケミカルボンド法、スプレー式ケミカルボンド法、ニードルパンチ法、スパンレース法、及びそれらを組み合わせた複合法等が挙げられる。各層を構成する繊維の性質、及び/又は繊維長に応じて、いずれの方法で製造するか適宜定めればよい。例えば、合成繊維からなる不織布であれば、合成樹脂を接着剤として繊維間を化学的に接着する含浸式ケミカルボンド法やスプレー式ケミカルボンド法、加熱によって繊維間を溶着させるサーマルボンド法、溶融した樹脂を紡糸ノズルの周辺から噴出する高温エアによって1d~10dの細い繊維を紡糸すると同時に、それを積層して形成させるメルトブローン法、ウェブに高圧水流を噴射して繊維どうしを絡ませるスパンレース法等を使用できる。
【0028】
トップフィルター層は、静電気を帯電した帯電フィルター(静電フィルター)であってもよい。帯電フィルターは、帯電密度の高い合成繊維を用いたフィルターであってもよいし、帯電装置等を用いて繊維表面に電荷を付与し、帯電させることで得ることもできる。帯電によって、フィルターの物理的な捕集作用に加えて、静電気的な捕集作用が付加され、微小粒子の捕集効率の向上、初期の圧力損失の低減、圧力損失の上昇の抑制が可能となる。
【0029】
トップフィルター層は、それ自身が複数のトップフィルター層で構成されていてもよい。例えば、2~3層のトップフィルター層が連続して積層された構成が挙げられる。この場合、各トップフィルター層は、同一の構成及び性質を有していてもよいし、異なる構成及び性質を有していてもよい。後者の場合、例えば、2層からなるトップフィルター層において、一方のトップフィルター層が合成繊維で構成され、他方のトップフィルター層が天然繊維で構成されていてもよい。また、一方のトップフィルター層が0.5デニールのトップフィルター繊維で構成され、他方のトップフィルター層が1デニールのトップフィルター繊維で構成されていてもよい。さらに、前述の帯電加工は両方のトップフィルター層に行われてもよいし、一方のトップフィルター層にのみ行われてもよい。
【0030】
(2)セルロース繊維層
「セルロース繊維層」は、抗体を固定したセルロース繊維からなる層である。本発明の複層フィルターでは、前述のトップフィルター層に続いて配置される。
【0031】
本発明の複層フィルターにおいてセルロース繊維層は、層表面に抗体を保持していることを特徴とし、その抗体によってウイルスや細菌等の超微細な粒子を特異的に捕捉する機能を有する。
【0032】
本明細書において「セルロース繊維」とは、セルロースを主要構成成分とする植物由来の繊維をいう。植物繊維は、限定はしないが、例えば、綿、麻、パルプ、レーヨン、リヨセル等が挙げられる。
【0033】
セルロース繊維層は、織布又は不織布のいずれで構成されていてもよい。好ましくは不織布である。セルロース繊維で構成された不織布には、いわゆるセルロースフィルター(セルロース濾紙)が該当するが、これに限定されない。また、セルロースパルプだけで抄造された狭義の紙は、本来的には不織布に包含されないが、本明細書においてはそのような制限はなく、包含し得る。
【0034】
セルロース繊維層を構成するセルロース繊維は、単一種からなる単一繊維であってもよいし、複数種からなる複合繊維であってもよい。
【0035】
セルロース繊維層を構成するセルロース繊維は、限定はしないが、一般的に一本の繊維長が比較的短い短繊維で構成されている。
【0036】
セルロース繊維は、その繊維表面の全部又は一部に抗体を固定している。
【0037】
本明細書において「抗体を固定」とは、抗体を基材であるセルロース繊維上に、容易に分離しない結合によって固着することをいう。この結合は、物理的結合、又は化学的結合を問わない。化学的結合であれば疎水的結合、共有結合、イオン結合又はファンデルワールス力結合が挙げられる。
【0038】
本明細書において「抗体」は、免疫グロブリンに由来するフレームワーク領域(FR:frame work region)及び相補性決定領域(CDR:complementarity determining region)を含み、抗原と特異的に結合する機能を有するポリペプチドをいう。本明細書において「抗体」と表記する場合、抗体全長のみならず、抗原結合性を保持しているその機能断片(ポリペプチド断片)を含むものとする。抗体は、天然抗体、及び人工抗体を問わない。
【0039】
本明細書で「天然抗体」とは、脊椎動物が生体内で産生する抗体、又はその抗体と同一のアミノ酸配列からなり、人工的に作製された抗体産生細胞(例えば、ハイブリドーマ細胞)より生産される抗体をいう。天然抗体には、例えば、ポリクローナル抗体、又はモノクローナル抗体が含まれる。
【0040】
「ポリクローナル抗体」とは、同一抗原の異なるエピトープを認識し結合する複数種の免疫グロブリン群をいう。ポリクローナル抗体は、標的分子を抗原として動物に免疫後、その動物の血清から得ることができる。
【0041】
「モノクローナル抗体」とは、単一免疫グロブリンのクローン群をいう。モノクローナル抗体を構成する各免疫グロブリンは、共通するフレームワーク領域及び共通する相補性決定領域を含み、同一抗原の同一エピトープを認識し、それに結合することができる。モノクローナル抗体は、単一細胞由来のハイブリドーマから得ることができる。
【0042】
抗体がポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体の場合、免疫グロブリン分子は、任意のクラス(例えば、IgG、IgA、IgE、IgM、IgD及びIgY)でよい。また、ラクダ科の動物が産生する一本鎖抗体のように、L鎖がなくH鎖のVH領域のみで構成されるVHH抗体のような単鎖抗体も含み得る。なお、本発明に係る抗体は、IgA抗体またはその抗体フラグメントがより好ましい。IgA抗体は安定性が高く、腸管や気道等の粘膜に多く存在し、局所(例えば、目や鼻)で細菌やウイルスの感染防御機能(生体の一次防御機能)を担うといわれているため、本発明に係る抗体をIgA抗体とすることで、各種細菌やウイルスの感染予防および感染拡大予防の効果が期待できる。
【0043】
本明細書で「人工抗体」とは、人工的に構築された抗体である。例えば、前記天然抗体のアミノ酸配列に適当な変異を導入した抗体の他、天然界には原則存在しない構造上の改変を行った単鎖抗体が挙げられる。後者の人工抗体の具体例としては、組換え抗体が挙げられる。
【0044】
「組換え抗体」とは、キメラ抗体、ヒト化抗体、合成抗体又は抗体フラグメントをいう。
【0045】
「キメラ抗体」とは、異なる動物由来の抗体のアミノ酸配列を組み合わせて作製される抗体で、ある抗体の可変領域(V領域)を他の抗体のV領域で置換した抗体である。例えば、マウスモノクローナル抗体のV領域をヒト抗体のV領域と置き換え、可変領域(V領域)がマウス由来、C領域がヒト由来となった抗体が該当する。
【0046】
「ヒト化抗体」とは、ヒト以外の哺乳動物、例えば、適当なマウス抗体の可変領域(V領域)における相補性決定領域(CDR;CDR1、CDR2及びCDR3)をヒトモノクローナル抗体のCDRとを置換したグラフト抗体である。キメラ抗体とヒト化抗体は、重鎖及び軽鎖のV領域、又は重鎖及び軽鎖のV領域における相補性決定領域がマウス等の非ヒト動物抗体由来ではあるが、C領域、又はV領域におけるフレームワーク領域(FR;FR1、FR2、FR3及びFR4)と重鎖及び軽鎖のC領域がヒト抗体由来であることから、ヒト体内における当該抗体に対する免疫反応を軽減し得る。
【0047】
「合成抗体」とは、化学的方法又は組換えDNA法を用いることによって合成した抗体をいう。例えば、適当な長さと配列を有するリンカーペプチド等を介して、特定の抗体の一以上のVL及び一以上のVHを人工的に連結させた一量体ポリペプチド分子、又はその多量体ポリペプチドが該当する。このようなポリペプチドの具体例としては、一本鎖Fv(scFv:single chain Fragment of variable region)、ダイアボディ(diabody)、トリアボディ(triabody)又はテトラボディ(tetrabody)等が挙げられる。免疫グロブリン分子において、VL及びVHは、通常別々のポリペプチド鎖(軽鎖と重鎖)上に位置する。一本鎖Fvは、これら2つのポリペプチド鎖上のV領域を十分な長さの柔軟性リンカーによって連結し、1本のポリペプチド鎖に包含した構造を有する合成抗体断片である。一本鎖Fv内において両V領域は、互いに自己集合して1つの機能的な抗原結合部位を形成することができる。一本鎖Fvは、それをコードする組換えDNAを、公知技術を用いてファージゲノムに組み込み、発現させることで得ることができる。ダイアボディは、一本鎖Fvの二量体構造を基礎とした構造を有する分子である。トリアボディ、及びテトラボディは、ダイアボディと同様に一本鎖Fv構造を基本としたその三量体、及び四量体構造を有する。それぞれ、三価、及び四価の抗体断片であり、多重特異性抗体であってもよい。ダイアボディ以上は、多重特異性抗体であってもよい。「多重特異性抗体」とは、多価抗体、すなわち抗原結合部位を一分子内に複数有する抗体において、それぞれの抗原結合部位が異なるエピトープと結合する抗体をいう。
【0048】
「抗体フラグメント」とは、例えば、Fab、F(ab’)2、Fv等が該当する。
【0049】
抗体は、修飾されていてもよい。抗体の修飾には、機能上の修飾又は標識上の修飾を含む。機能上の修飾には、例えば、グリコシル化、アセチル化、ホルミル化、アミド化、リン酸化、又はPEG化が挙げられる。標識上の修飾には、蛍光色素(フルオレセイン、FITC、ローダミン、テキサスレッド、Cy3、Cy5)、蛍光タンパク質(例えば、PE、APC、GFP)、酵素(例えば、西洋ワサビペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、グルコースオキシダーゼ)、放射性同位元素(例えば、3H、14C、35S)又はビオチン若しくは(ストレプト)アビジンによる標識が挙げられる。
【0050】
セルロース繊維層に固定される抗体は、同一抗原を認識して同一のエピトープに結合する同一種の抗体(例えば、モノクローナル抗体)であってもよいし、同一抗原を認識して異なるエピトープに結合する異なる種類の抗体(ポリクローナル抗体、又は多重特異性抗体)であってもよい。あるいは、異なる抗原をそれぞれ認識して結合する異なる複数種の抗体の組合せからなる抗体群であってもよい。
【0051】
セルロース繊維層に固定する抗体の標的抗原は、特に限定しない。ペプチド(タンパク質等のポリペプチドを含む)、核酸、低分子化合物、微生物、又はウイルス等が挙げられる。好ましくは細菌等の微生物、又はウイルスである。
【0052】
ペプチドは、生体由来物、例えば、毛、羽毛、表皮の一部、体液成分、花粉、ダニ等の微小生物の遺骸等、ペプチド成分を主体とする物質を包含する。抗体と抗原は、解離定数が、10-8M以下、好ましくは10-9M以下、より好ましくは10-10M以下の高い親和性を有することが好ましい。
【0053】
セルロース繊維層への抗体の固定法は、特に限定しない。当該分野で公知の方法により固定することができる。一例として、熱固定法が挙げられる。熱固定法は、固定する対象物を固定すべき基材と接触させた状態で、低温~高温にて加熱することにより対象物及び/又はそれを含む溶媒の水分を蒸発させ、対象物を乾燥状態にして基材に定着させる方法である。したがって、セルロース繊維層への抗体の固定は、固定すべき抗体を含む溶液をセルロース繊維層に接触させた後、抗体が失活しない温度、例えば、15~45℃、18~42℃、又は20~40℃で溶液が蒸発するまで乾燥させることで達成できる。
【0054】
(3)合成繊維層
「合成繊維層」は、合成繊維からなる層である。本発明の複層フィルターでは、前述のセルロース繊維層に続いて、時にセルロース繊維層と一体化して、配置される。一体化については、次の「1-2-2.フィルター構造」で詳述する。
【0055】
本発明の複層フィルターにおいて合成繊維層は、前述のセルロース繊維層の支持部材として機能し、セルロース繊維層に剛性、寸法安定性、及びヒートシール性等を付与する。
【0056】
本明細書において「合成繊維」とは、縮合反応又は重合反応によって低分子原料から合成された高分子の合成樹脂からなる化学繊維をいう。例えば、アルケン(オレフィン)の重合体であるポリオレフィン系樹脂繊維、アクリロニトリルの重合体であるアクリル系樹脂繊維、ポリエステル系樹脂繊維、及びアミド結合によって単量体が縮合した高分子であるポリアミド系樹脂繊維等が該当する。
【0057】
合成繊維の具体的な例として、限定はしないが、ポリオレフィン系樹脂繊維としてポリエチレン(PE)及びポリプロピレン(PP)が、アクリル系樹脂繊維としてポリアクリロニトリル(PAN)が、ポリエステル系樹脂繊維としてポリエチレンテレフタレート(PET)が、そしてポリアミド系樹脂繊維としてナイロン6、及びナイロン6,6等が挙げられる。
【0058】
合成繊維層を構成する合成繊維は単一種の合成繊維で構成された単一繊維層であってもよいし、異なる複数種の合成繊維で構成された複合繊維層であってもよい。複合繊維層の場合、各繊維種の含有比率は限定しない。目的や必要な性質に応じて、適宜定めればよい。
【0059】
本発明の複層フィルターにおける合成繊維層は、限定はしないが、例えば、ポリプロピレン(PP)で構成された単一繊維層、又はポリプロピレン(PP)とポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)とポリエチレンテレフタレート(PET)、又はポリエチレン(PE)とポリエチレンテレフタレート(PET)の複合繊維層が好適である。
【0060】
(4)共存層
「共存層」は、セルロース繊維及び合成繊維からなる層である。共存層は、本発明の複層フィルターにおける選択的な構成層であって、前記セルロース繊維層と合成繊繊維層が一体化される構成において、両繊維層間に介在し、セルロース繊維及び合成繊維が共存することで、前記2層の一体化に寄与する移行層である。
【0061】
(5)エンドフィルター層
「エンドフィルター層」は、合成繊維及び/又は天然繊維で構成される層である。エンドフィルター層は、本発明の複層フィルターにおける選択的な構成層であって、前記合成繊維層に続いて配置される。エンドフィルター層を含む場合、本発明の複層フィルターでは本層が複層フィルターにおいて、対象物が最後に通過する層となり、後述の「1-2-2.フィルター構造」に記載の下表面を構成する。
【0062】
本発明の複層フィルターの合成繊維層を通過した対象物は、不純物等が濾過によって除去され、清浄な状態で放出される。しかし、合成繊維層の一面が外部に曝露された状態では、外部からの影響によって合成繊維層表面が汚染され、結果的に合成繊維層を通過した対象物も通過時に再度汚染されてしまい得る。エンドフィルター層は、着脱交換が可能な状態で合成繊維層の下部に配置することで、合成繊維層の外界からの汚染を防ぎ、合成繊維層表面を保護する機能を有する。例えば、本発明の複層フィルターを後述する第2態様のマスクに使用する場合、装着したマスクの口や鼻からの唾液や鼻水等の飛沫を捕集し、合成繊維層表面を保護することができる。
【0063】
エンドフィルター層の基本構成は、前述のトップフィルター層の構成に準ずる。ただし、エンドフィルター層は、粉塵や汚れの吸着を防止するため、制電加工をされていてもよい。制電加工は、当該分野で公知の方法によって行えばよい。例えば、繊維の表面に帯電防止樹脂を塗布したり、炭素繊維などのスチール繊維を混紡したりする方法が挙げられる。
【0064】
また、エンドフィルター層も、それ自身が複数のエンドフィルター層で構成されていてもよい。例えば、2~3層のエンドフィルター層が連続して積層された構成が挙げられる。この場合、各エンドフィルター層は、同一の構成及び性質を有していてもよいし、異なる構成及び性質を有していてもよい。
【0065】
1-2-2.フィルター構造
本発明の抗体固定複層フィルターの構造について、以下で具体的に説明をする。
本発明の複層フィルターは、対象物の通過方向性を有する。本明細書では、この所定の通過方向を「順方向」と表記し、その反対方向を「逆方向」と表記する。本発明の複層フィルターの効果を奏するためには、対象物を順方向で通過させなければならない。
【0066】
本発明の複層フィルターにおいて各層は、対象物の通過方向、すなわち順方向に向かってトップフィルター層、セルロース繊維層、共存層、合成繊維層、及びエンドフィルター層の順で配置される。共存層及びエンドフィルター層は選択的な構成層であるため、必要に応じて配置すればよい。
【0067】
本明細書では、トップフィルター層側を本発明の複層フィルターの上方向とし、トップフィルター層において外部との接触面を「上表面」と称する。同様に、エンドフィルター層側を下方向とし、エンドフィルター層において外部との接触面を「下表面」と称する。なお、エンドフィルターを包含しない本発明の複層フィルターであれば、合成繊維層と外部との接触面が「下表面」となる。
【0068】
本発明の抗体固定複層フィルターにおいて、セルロース繊維層及び合成繊維層は一体化されていてもよい。本明細書において「一体化」とは、異なる2つの層が物理的に容易に分離できない程度に互いに結合した状態をいう。前述のようにセルロース繊維層単体では、湿膨時に物性の低下等を生じるため、剛性やヒートシール性を有する合成繊維層との一体化は好ましい構成である。
【0069】
一体化の様式は限定しない。例えば、セルロース繊維層と合成繊維層を積層し、両層の接触面の全面に又は部分的に溶結加工によって溶融流動した合成樹脂をセルロース繊維層面に溶出させ、セルロース繊維を巻き込む形で一体化させる方法や、前記2つの層を積層した後、熱エンボス加工等により易熱融着性の合成繊維とセルロース繊維間を接合することにより、一体化させる方法が挙げられる。また、シート化されているセルロース繊維層に短繊維状の易熱融着性合成繊維層を積層し、熱処理によって圧着接合し、一体化させる方法もある。その他、前述の共存層を介して繊維間で物理的に交絡させることで一体化させる方法でもよい。共存層は、セルロース繊維及び合成繊維からなる複合繊維層で構成されており、セルロース繊維層と合成繊維層間でそれぞれの層との接着面で繊維どうしが交絡することで、3層が全体として一体化された状態となる。共存層は、セルロース繊維層と合成繊維層との移行層と解することもできる。セルロース繊維層と共存層、及び共存層と合成繊維層との結合は、限定はしないが、例えば、接触面全面又はその一部においてニードルパンチ法やステッチボンド法等によって行えばよい。
【0070】
1-3.製造方法
前記抗体固定複層フィルターの各層を構成するフィルターは、基本的には既存のフィルターの製造方法に準じて製造することができる。前記各層を構成するフィルターが不織布の場合、それぞれ素材や繊維長に応じて、前述の不織布の製造方法に準じて製造すればよい。そこで、ここでは本発明の抗体固定複層フィルターに特徴的な製造方法についてのみ、以下で説明をする。
【0071】
固定工程はセルロースフィルターに抗体を固定する工程である。抗体の固定は、セルロースフィルターを抗体に接触させた後、固着させることで達成し得る。接触は、抗体を含む溶液にセルロースフィルターを浸漬する、抗体を含む溶液をセルロースフィルターに塗布する又は噴霧する等が挙げられるが、限定はしない。接触後の抗体は乾燥によってセルロースフィルターに固着することができる。本工程の「乾燥」とは、抗体を含む溶液中に含まれる水分を減ずることをいう。乾燥の方法は、前記溶液中に含まれる水分を減じ、かつ抗体を失活させなければ特に限定はしない。例えば、送風装置等を用いて温風若しくは冷風を当てる通風乾燥法、低温加熱により水分蒸発させる加熱乾燥法、密閉容器内で真空ポンプ等を用いて脱気する真空乾燥法、外気に晒して放置する自然乾燥法、又はその組み合わせが挙げられる。加熱乾燥法の場合、加熱温度は抗体が失活しない程度の温度であればよい。例えば、35~48℃、36~47℃、37~46℃、38~45℃、39~44℃、40~43℃、又は41~42℃であればよい。
【0072】
結合工程は、合成繊維フィルターをセルロースフィルターと一体化する工程である。セルロースフィルターは前述のように湿膨時に剛性が低下してしまうため、支持部材としての合成繊維フィルターと一体化することで、セルロースフィルターに強度をもたらす。固定工程と結合工程の順序は問わず、いずれかを先に行っても、又は同時に行ってもよい。一体化は、合成繊維フィルターとセルロースフィルターの面を接触させた後、両層が容易に分離しないように全面又はその一部を接合すればよい。接合方法は、前述の一体化の方法に準じて行えばよい。
【0073】
積層工程は、前記トップフィルター、セルロースフィルター、及び合成繊維フィルターの順で各フィルターを積層する工程である。トップフィルターは複数で構成されていてもよい。また、合成繊維フィルターの次に、エンドフィルターを配置することもできる。積層後の各フィルターは、分離しないように一部を接合してもよい。例えば、同サイズのフィルターを積層した後、フィルターの縁に沿って、熱溶着等で接合する方法が挙げられる。
【0074】
1-4.効果
本発明の複層フィルターは、図1図2に示すように、抗体を固定したセルロース繊維層が、トップフィルター層と合成繊維層に挟み込まれた構成を有する。そのため、抗体は外部に曝露されない。抗体固定フィルター上での非特異的結合の原因となっていた、繊維くずや花粉等の比較的サイズの大きな粒子は、トップフィルター層で予め除去することができる。これによって、セルロース繊維層での非特異的結合による目詰まりを防ぎ、同時に抗体の捕捉効果を長期間維持できるようになる。
【0075】
2.マスク
2-1.概要
本発明の第2の態様はマスクである。本発明のマスクは、第1の態様に記載の抗体固定複層フィルターを主要な構成要素として含む。本発明のマスクによれば、呼気に含まれる水分により従来の抗体マスクのような保水層を必要とせず、帯電フィルターも必ずしも必要とはしない。また抗体固定フィルターがマスク外部に曝露しない構成のため、抗体寿命が長く、さらにマスク着脱時にマスク表面に付着したウイルス粒子等の抗原に接触するリスクを大幅に軽減することができる。
【0076】
2-2.構造
本発明のマスクの構造は、第1の態様に記載の抗体固定複層フィルターを主要な構成要素として含む他は、基本的な構造は既存のマスクの構造に準ずる。すなわち、主としてヒトの顔の全体又はその一部(例えば、口及び/又は鼻)を覆う構造を有する。
【0077】
マスクには使用用途に応じて、産業用、医療用、又は家庭用のマスクが知られており、それぞれに特徴的な構造を有するが、本発明のマスクは、フィルター部に第1の態様に記載の抗体固定複層フィルターを包含する限り、いずれの用途用マスクであってもよい。例えば、家庭用マスクであれば、口及び/又は鼻を覆う大きさで、方形状等に裁断された第1の態様に記載の抗体固定複層フィルターにゴム等の伸縮性の耳掛け紐を2カ所取り付けた基本構造を例示できる。第1の態様に記載の抗体固定複層フィルターには、対象物の通過方向性を有するため、いずれのマスクの場合であっても対象物の流入口である上表面が外部に露出する側で、対象物の流出口である下表面が人体側になるように配置される。
【0078】
本発明のマスクは、上記使用用途に応じて、第1の態様に記載の抗体固定複層フィルターのセルロース繊維層に固定された抗体を変えることができる。例えば、防塵マスクの場合には、空気中に浮遊する主要な、及び/又は有害な微粒子を抗原として、それを捕捉する抗体が固定される。また、医療用マスクの場合には、医療現場において空気中に存在し得る飛沫を介した感染予防を目的とし、飛沫に含まれ得る細菌及び/又はウイルスを抗原として、それらを捕捉する抗体が固定される。家庭用マスクの場合には、花粉対策、感染予防、又は防塵等の様々な目的として使用されるため、それぞれ主な目的に応じて、その対象となる物質を抗原として、それを捕捉する抗体が固定される。例えば、スギ花粉対策用マスクであれば、抗スギ花粉抗体が固定され、ウイルス感染予防であれば対象とするウイルスを抗原として捕捉する抗ウイルス抗体が固定される。
【0079】
本発明のマスクがウイルス感染対策用の場合、捕捉対象となるウイルスの種類は、動物感染性ウイルスであれば限定はしない。ウイルスは、RNAウイルス又はDNAウイルスのいずれであってもよい。例えば、RNAウイルスであれば、コロナウイルス科、オルトミクソウイルス科、パラミクソウイルス科、マトナウイルス科、レトロウイルス科、ピコルナウイス科、カリシウイルス科、アストロウイスル科、フラビウイスル科、トガウイルス科、ラブドウイルス科、フィロウイルス科、ブニヤウイルス科、アレナウイルス科、レオウイルス科又はビルナウイルス科に属するいずれのウイルスが挙げられる。また、DNAウイルスであれば、アデノウイルス科、ヘルペスウイルス科、ポックスウイルス科、イリドウイルス科、ヘパドナウイルス科、サーコウイルス科、パルボウイルス科、又はパポバウイルス科に属するいずれのウイルスが挙げられる。飛沫感染性ウイルス又は空気感染性ウイルスが対象ウイルスとして好適である。飛沫感染性ウイルスには、例えば、コロナウイルス科に属し、近年、パンデミックとなったCOVID-19の原因であるコロナウイルス、オルトミクソウイルス科に属し、インフルエンザの原因となるインフルエンザウイルス、マトナウイルス科に属し、風疹の原因となる風疹ウイルス、及びパラミクソウイルス科に属し、おたふく風邪の原因となるムンプスウイルスが挙げられる。また、空気感染性ウイルスには、例えば、パラミクソウイルス科に属し麻疹の原因となるモルビリウイルス、ヘルペスウイルス科に属し、水痘の原因となる水痘・帯状疱疹ウイルスが挙げられる。特にCOVID-19の原因ウイルスである新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を捕捉することのできる抗新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)抗体をセルロース繊維層に固定したマスクは好適である。
【0080】
2-3.効果
本発明のマスクによれば、抗体がマスク表面に曝露しない構成のため、抗体を固定するセルロース繊維層が他の浮遊粒子の非特異的結合により目詰まりを起こしにくい。それによって抗体の捕捉効果を維持することができる。また、セルロース繊維層に固定された抗体は、その活性に水分を必要とする。そのため、従来の抗体をフィルターに固定したマスクでは、保水層と併用する必要があった。しかし、本発明のマスクによれば、セルロース繊維層が呼気中に含まれる水分を吸水し、保水する。つまり、本発明のマスクは、抗体が固定されたセルロース繊維層が保水層の機能を有するため、保水層を必要とすることなく、マスクの着用によって抗体を活性化させ、その機能を維持できる。
図1
図2