(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023076322
(43)【公開日】2023-06-01
(54)【発明の名称】血液適合性材料
(51)【国際特許分類】
A61L 33/12 20060101AFI20230525BHJP
A61L 27/22 20060101ALI20230525BHJP
A61L 27/34 20060101ALI20230525BHJP
A61L 27/50 20060101ALI20230525BHJP
A61L 29/08 20060101ALI20230525BHJP
A61L 31/10 20060101ALI20230525BHJP
【FI】
A61L33/12
A61L27/22
A61L27/34
A61L27/50 300
A61L29/08 100
A61L31/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021189676
(22)【出願日】2021-11-22
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (その1) 開催日 2021年8月5日~2021年8月6日 集会名、開催場所 The 15▲th▼ International Symposium in Science and Technology 2021(オンライン開催)
(71)【出願人】
【識別番号】399030060
【氏名又は名称】学校法人 関西大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】柿木 佐知朗
【テーマコード(参考)】
4C081
【Fターム(参考)】
4C081AB03
4C081AB05
4C081AB13
4C081AB17
4C081AB35
4C081AC02
4C081AC03
4C081AC08
4C081AC09
4C081AC10
4C081AC15
4C081BA01
4C081CD112
4C081DC03
(57)【要約】
【課題】血液適合性を有する新たな材料を提供することを課題とする。
【解決手段】プロリン残基により主に構成されるペプチドを表面に有する血液適合性材料。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロリン残基により主に構成されるペプチドを表面に有する血液適合性材料。
【請求項2】
前記ペプチドが、前記ペプチドに含まれる総アミノ酸残基に対して70%以上のプロリン残基を含む、請求項1に記載の血液適合性材料。
【請求項3】
前記ペプチドがアミド化されたC末端を有する、請求項1又は2に記載の血液適合性材料。
【請求項4】
前記ペプチドが、3~30個のアミノ酸残基からなる、請求項1~3のいずれか一項に記載の血液適合性材料。
【請求項5】
血液と接触するように用いられる、請求項1~4のいずれか一項に記載の血液適合性材料。
【請求項6】
人工血管若しくは人工心臓弁の材料、又は血液浄化用材料である、請求項1~5のいずれか一項に記載の血液適合性材料。
【請求項7】
前記ペプチドが、共有結合を介して前記表面に固定されている、請求項1~6のいずれか一項に記載の血液適合性材料。
【請求項8】
プロリン残基により主に構成されるペプチドを含む、血液適合性付与剤。
【請求項9】
請求項1に記載の血液適合性材料の製造方法であって、
前記ペプチドを前記表面に固定する工程を含む、製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、血液適合性材料に関する。
【背景技術】
【0002】
血液適合性材料は、人工血管や人工心臓等の血液と接触する医療用具等に対して、表面における血液凝固を防止し、血栓形成、及び血液成分の吸着等を抑制する性質を付与する点で、高い需要がある。
【0003】
臨床的に使用されている血液適合性材料として、合成ポリマーやヘパリン類、多糖類等が挙げられる(特許文献1、2、及び3)。しかし、合成ポリマーを使用した場合には、加水分解による材料の劣化や血小板の活性化、生体内の免疫応答の誘導等の問題がある。また、ヘパリンを使用した場合には、血液自体の凝固能低下による出血のリスク増加等が問題となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平7-80057号公報
【特許文献2】特開2001-204809号公報
【特許文献3】特開2010-189649号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Noguchi et al., J. Mater. Chem. B, 2020, 8, 2233-2237
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、血液適合性を有する新たな材料を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、プロリン残基により主に構成されるペプチドを表面に有する材料が血液適合性を示すことを見出した。本発明はかかる知見に基づきさらなる検討を重ねて完成に至ったものであり、以下の実施態様を含む。
項1.
プロリン残基により主に構成されるペプチドを表面に有する血液適合性材料。
項2.
前記ペプチドが、前記ペプチドに含まれる総アミノ酸残基に対して70%以上のプロリン残基を含む、項1に記載の血液適合性材料。
項3.
前記ペプチドがアミド化されたC末端を有する、項1又は2に記載の血液適合性材料。
項4.
前記ペプチドが、3~30個のアミノ酸残基からなる、項1~3のいずれか一項に記載の血液適合性材料。
項5.
血液と接触するように用いられる、項1~4のいずれか一項に記載の血液適合性材料。
項6.
人工血管若しくは人工心臓弁の材料、又は血液浄化用材料である、項1~5のいずれか一項に記載の血液適合性材料。
項7.
前記ペプチドが、共有結合を介して前記表面に固定されている、項1~6のいずれか一項に記載の血液適合性材料。
項8.
プロリン残基により主に構成されるペプチドを含む、血液適合性付与剤。
項9.
項1に記載の血液適合性材料の製造方法であって、
前記ペプチドを前記表面に固定する工程を含む、製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、生体適合性を有する新たな材料を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】円錐-平板血液適合性アッセイの概略図である。
【
図2】材料表面のA) 粗さ (Ra) 、及びB) ぬれ性を示す図面である。データは平均±標準偏差を表す (n=6)。図中の「*」はPUと比較したときのP値が0.05より小さいことを表す。
【
図3】A) 血液形態的要素(血球成分と血漿成分)による材料表面被覆率を示す図面である。データは平均±標準偏差を表す (n=6)。図中の「*」はPUと比較したときのP値が0.05より小さいことを表す (中央部)。図中の「**」はPUと比較したときのP値が0.05より小さいことを表す (端)。B) サンプルの中央部及び端から取得した血液細胞による表面被覆画像を示す図面である。スケールバーは100 μmを表す。各表面のC) 中央部、及びD) 端における血液形態的要素であるCD62P (P-セレクチン) 陽性血小板、CD45陽性白血球、及びvWF (フォン・ヴィレブランド因子) の寄与率を示す図面である。データは平均±標準偏差を表す (n=6)。図中の「*」はPUと比較したときのP値が0.05より小さいことを表す (CD62P)。図中の「**」はPUと比較したときのP値が0.05より小さいことを表す (CD45)。図中の「**」はPUと比較したときのP値が0.05より小さいことを表す (vWF)。
【
図4】円錐-平板血液適合性アッセイ後の血液中の A) CD61陽性血小板、B) P-セレクチン陽性血小板、C) PAC-1陽性血小板、及びD) 微小粒子 (MP) の数に基づいて、試験材料を順位付けしたプロット図である。全ての値はせん断応力 (shear stress) を与えた後に残った血小板の割合 (PLT) に対してプロットした。データは平均±標準偏差を表す (n=6)。
【
図5】円錐-平板血液適合性アッセイ後の血液中の A) 血小板凝集体(PLT-AGG)、B) 小型血小板凝集体、C) 大型血小板凝集体、及びD) 血小板-単球凝集体 (PLT-MON-AGG) の数に基づいて、試験材料を順位付けしたプロット図である。全ての値は血流により生じるせん断応力を与えた後に残った血小板の割合 (PLT) に対してプロットした。データは平均±標準偏差を表す (n=6)。
【発明を実施するための形態】
【0010】
1. 血液適合性材料
本発明において、血液適合性とは、血液成分の非吸着性、及び血球の非活性化性を意味する。
【0011】
本発明において、血液適合性材料とは、上記の血液適合性を有し、その特性を活用すべく、血液と接触するように用いられる材料のことを意味する。ここで、血液との接触は、生体内又は生体外のいずれであってもよい。
【0012】
血液適合性材料の具体例としては、体内埋入型医療用デバイス、血液浄化用材料、採血輸血用具、又は、血液保存容器等が挙げられる。体内埋入型医療用デバイスとしては、人工血管、人工弁、人工心臓弁、ステント、カテーテル、ペースメーカ、血管形成用バルーン、心臓補助装置用バルーン、ガイドワイヤー、血管塞栓用ワイヤー、脳動脈瘤クリップ、人工内耳、人工中耳、脊椎固定器具、骨折固定材(例えば、ボーンプレート、スクリュー、ワイヤー、髄内釘、ミニプレートなど)、人工骨、人工関節等が挙げられる。血液浄化用材料としては、人工腎臓、人工肝臓、人工肺等が挙げられる。
【0013】
2. プロリン残基により主に構成されるペプチド
本発明において、「アミノ酸」はアミノ酸単体を、「アミノ酸残基」は、ペプチド又はタンパク質を構成しているアミノ酸を意味する。
【0014】
本発明において、ペプチドは、天然アミノ酸残基のみからなるものに限定されない。特に限定されないが、本発明において、ペプチドは、化学修飾されたアミノ酸残基(非天然アミノ酸残基)を含むものであってもよいし、以下に述べる結合部等が付加されていてもよい。
【0015】
本発明において、プロリン残基により主に構成されるペプチドは、血液適合性材料の表面に存在する。プロリン残基により主に構成されるペプチドの物理化学的特性に起因して、血液適合性が発揮される。
【0016】
理論に束縛されるものではないが、プロリン残基により主に構成されるペプチドの物理化学特性に起因して血液適合性が発揮されることの原因としては、例えば、ペプチドの二次構造、電荷、水分子との相互作用性、及び水素結合性等が考えられる。
【0017】
ポリプロリンは水溶液中ではポリプロリンIIヘリックス構造を形成することが示唆されている。また、プロリンは環状構造を有し、採り得る立体配置が制限されることから、ポリプロリンIIヘリックス構造は剛直性を有すると考えられている。このため、プロリン残基を豊富に含むペプチドが、ペプチド全体又は一部においてポリプロリンIIヘリックス構造を形成する結果、タンパク質間相互作用に何らかの影響を与え、本発明の血液適合性材料が血液適合性を発揮する可能性がある。
【0018】
プロリンは、20種類の天然アミノ酸の中で唯一アミノ基に炭素が2つ結合した第二級アミノ基を有する。当該基はプロリンにおいて他のアミノ酸にはない化学特性を示す要因となり得る。このため、プロリン残基を豊富に含むペプチドが、ペプチド全体として、プロリン残基を豊富に含まないペプチドとは異なる化学特性を示す結果、本発明の血液適合性材料が血液適合性を発揮する可能性がある。
【0019】
本発明者らは、これまでに、オリゴプロリンの自己組織化単分子膜(Pro-SAM)を処理した基板表面における水との接触角を測定した結果、ProSAM処理表面が親水性であることを明らかにしており、このことから、水分子がオリゴプロリン鎖の分子内に入り込んでいることが示唆されている(非特許文献1)。このことから、プロリン残基を豊富に含むペプチドを有する本発明の血液適合性材料の表面は親水性を示し、その結果、本発明の効果である血液適合性が発揮される可能性がある。 前記ペプチドは、負電荷を帯びるカルボニル基を電気的に中性に変換する点で、アミド化されたC末端を有していることが好ましい。
【0020】
前記ペプチドは、例えば、一方の末端に血液適合性材料の表面と結合するための結合部を有していてもよい。結合部は、例えば共有結合を介して表面と結合するものであってもよく、表面の構造に応じて適宜選択できる。例えば、有機硫黄分子 (例えば、アルキルチオール、ジアルキルジスルフィド、チオシアネート)、有機セレン・テルル分子 (例えば、アルキルセレノレート、アルキルテルロレート、ジアルキルジセレニド)、イソシアニド、イソシアネート、アルキルシラン、カルボン酸、ホスホン酸、リン酸エステル、有機シラン、有機アミン (例えば、アルキルアミン、ピロール誘導体)、過酸化物、不飽和炭化水素 (例えば、アルケン、アルキン)、アルコール、アルデヒド、エポキシ、アルキル化試薬 (例えば、グリニャール試薬、アルキルリチウム)、芳香族ジアゾニウム塩、臭化アルキル、ヨウ化アルキル、並びに、ジアゾ化合物が挙げられる。
【0021】
前記ペプチドは、結合部を有する場合、プロリン残基により主に構成されるペプチドと結合部とが直接連結されていてもよいし、リンカー部を介して連結していてもよい。リンカー部は機能に寄与しないため、特に限定されることなく、幅広く選択できるが、例えば、1~5個のアミノ酸残基の配列からなるものであってもよい。
【0022】
本発明において、アミノ酸にはアミノ酸誘導体が含まれる。 前記ペプチドは、好ましくは、3~30個のアミノ酸残基からなる。前記ペプチドは、より優れた血液適合性を発揮するという点で、アミノ酸残基を、好ましくは7個以上、より好ましくは8個以上、さらに好ましくは9個以上有する。前記ペプチドは、20個以下のアミノ酸残基からなるものであってもよく、15個以下のアミノ酸残基からなるものであってもよく、10個以下のアミノ酸残基からなるものであってもよい。
【0023】
前記ペプチドは、3~30個のプロリン残基からなるプロリン残基連続配列を有するか、又は前記プロリン残基連続配列と、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上のアミノ酸配列の同一性を有し、かつポリプロリンIIヘリックス構造を有するアミノ酸残基配列を有するものであってもよい。前記プロリン残基連続配列は、より優れた血液適合性を発揮するという点で、アミノ酸残基を、好ましくは7個以上、より好ましくは8個以上、さらに好ましくは9個以上有する。前記プロリン残基連続配列は、20個以下のアミノ酸残基からなるものであってもよく、15個以下のアミノ酸残基からなるものであってもよく、10個以下のアミノ酸残基からなるものであってもよい。
【0024】
本発明において、対象アミノ酸配列と基準アミノ酸配列とのアミノ酸配列の同一性は、エドマン法によるシークエンス解析により決定した対象アミノ酸配列を用いて、基準アミノ酸配列とアラインさせることにより測定する。具体的には、公知の配列比較アルゴリズムの1つを用いて、あるいは目視による検査により測定した場合に、最大一致となるように両配列をアラインした場合に、一致するアミノ酸残基の割合を測定する。
【0025】
前記ペプチドの二次構造は、特に限定されない。
【0026】
前記ペプチドの二次構造は、好ましくは、ポリプロリンIIヘリックス構造であり、ペプチドの全体がポリプロリンIIヘリックス構造となっていてもよいし、一部にポリプロリンIIヘリックス構造を含むものであってもよい。
【0027】
本発明において、ポリプロリンIIヘリックス構造の確認は、水溶液中においては円二色性スペクトルにより、基材上においては全反射赤外線分光法(ATR-IR法)により行う。
【0028】
ポリプロリンIIヘリックス構造は水素結合がない堅固な2次構造であり、左巻き螺旋構造を有する。ポリプロリンIIヘリックス構造は、典型的にはプロリン残基のみからなるが、それ以外のアミノ酸残基等をさらに含む構造であっても、ポリプロリンIIヘリックス構造が形成されうることが知られている。例えば、プロリン残基のみからなる螺旋構造を基礎として、螺旋構造の形成が阻害されないように適宜改変することができる。そのような改変は、導入されるプロリン残基以外のアミノ酸残基の種類、導入位置、及び導入割合を適宜選択することによって可能となる。例えば、プロリン残基以外のアミノ酸残基として、螺旋構造を阻害しないよう比較的嵩高くないもの、例えば、アラニン残基、グリシン残基、及びそれらの誘導体(非天然アミノ酸残基)からなる群より選択される少なくとも一種のアミノ酸残基、を選択することができる。また、螺旋構造を阻害しないよう、過度に連続してプロリン残基以外のアミノ酸残基が配置されること、例えば4個以上、3個以上、又は2個以上連続すること、を避けて導入位置を適宜設定することができる。さらに、螺旋構造を阻害しないよう、過剰数のプロリン残基以外のアミノ酸残基、例えば、ポリプロリンIIヘリックス構造を構成するアミノ酸残基配列に含まれる総アミノ酸残基に対して、30%以上、20%以上、10%以上、又は5%以上、が導入されないように導入割合を適宜設定することができる。
【0029】
前記ペプチドに含まれるアミノ酸残基又はアミノ酸残基の誘導体は、L体、D体のいずれをも採り得る。すなわち、前記ペプチドは、L体又はD体のいずれかのみのアミノ酸残基又はアミノ酸残基の誘導体を含むペプチドであってもよいし、L体又はD体のアミノ酸残基又はアミノ酸残基の誘導体を混同して含むペプチドであってもよい。L体又はD体のいずれかのみのアミノ酸残基又はアミノ酸残基の誘導体を含むペプチドは、立体構造が反転する(旋光性が反転する)点を除き、同様の物理化学特性を有することが知られている。好ましくは、前記ペプチドは、L体又はD体のいずれかのみのアミノ酸残基又はアミノ酸残基の誘導体を含むペプチドである。
【0030】
本発明の血液適合性材料の表面は、前記ペプチドを、血液適合性が発揮される程度の量、有している。その存在量を外部から測定することは場合により困難であるが、本発明においては、表面における水との接触角を測定することにより、間接的に前記ペプチドの量を把握することができる。すなわち、水分子がオリゴプロリン鎖の分子内に入り込む性質を利用すれば、表面の水との接触角を測定することにより、表面における前記ペプチドの量を間接的に評価することができる。このようにして、血液適合性が発揮されるための前記ペプチドの必要量を適宜設定できる。
【0031】
3. 基材
本発明の本発明の血液適合性材料においては、基材の少なくとも一部の表面に前記構造体が存在している。基材としては、特に制限されないが、例えば、金、銀、銅、水銀、白金、パラジウム、鉄、ニッケル、亜鉛、酸化アルミニウム、酸化銀、酸化銅、ジルコニウム修飾酸化アルミニウム、アミノ基終端化酸化物、酸化スズ、酸化ジルコニウム、酸化チタン、酸化タンタル、ガラス、雲母、酸化ケイ素、酸化ゲルマニウム、酸化インジウムスズ (ITO)、ステンレス (SUS)、チタン酸ジルコン酸鉛 (PZT)、ヒ化ガリウム、リン化インジウム、窒化ガリウム、水素終端化シリコン、ハロゲン化シリコン、窒化シリコン、水素終端化窒化シリコン、水素終端化ダイヤモンド、高分子材料、並びに、有機分子膜等が挙げられる。
【0032】
4. 血液適合性付与剤
本発明の血液適合性付与剤は、プロリン残基により主に構成されるペプチドを含む。本発明の血液適合性付与剤は、血液適合性付与用組成物と呼ぶこともできる。
【0033】
本発明の血液適合性付与剤は、対象表面に対して、血液適合性を付与するために用いることができる。対象表面は、上記の基材の表面である。
【0034】
このペプチドは、上記のプロリン残基により主に構成されるペプチドと同一である。
【0035】
本発明の血液適合性付与剤は、前記ペプチドに加えて、さらに必要に応じて溶媒、賦形剤、及び添加剤からなる群より選択される少なくとも一種を適宜含んでいてもよい。
【0036】
なお、本明細書において「含む」とは、「本質的にのみからなる」と、「のみからなる」をも包含する (The term “comprising” includes “consisting essentially of” and “consisting of.”)。また、本開示は、本明細書に説明した構成要件を任意の組み合わせを全て包含する。
【0037】
また、上述した本開示の各実施形態について説明した各種特性 (性質、構造、機能等)は、本開示に包含される主題を特定するにあたり、どのように組み合わせられてもよい。すなわち、本開示には、本明細書に記載される組み合わせ可能な各特性のあらゆる組み合わせからなる主題が全て包含される。
【実施例0038】
以下、例を示して本開示の実施形態をより具体的に説明するが、本開示の実施形態は下記の例に限定されるものではない。なお、以下特に断らない限り、%は質量%を示す。
【0039】
1. 実施例:表面の特性評価
1.1 オリゴプロリン自己組織化単分子膜(Pro-SAM) の作製
オリゴプロリンの自己組織化単分子膜 (Pro-SAM) を、金処理カバーガラス(直径13 mm、厚さ0.17-0.25 μm) 上にAu-チオール結合により堆積させた (非特許文献1)。オリゴプロリンペプチド、Ac-Cys-(Pro)6-CONH2(Pro6) 及びAc-Cys-(Pro)9-CONH2(Pro9)を、Fmoc固相合成法により合成した。金被覆カバーガラスをPro6又はPro9の水溶液 (10 mM) に2時間浸漬させた。超純水で洗浄した後、Pro6又はPro9で固定化したSAM (Pro6-SAM又はPro9-SAM) を真空で乾燥させ、以下の実験に用いた。
【0040】
1.2
結果
原子間力顕微鏡 (atomic force microscope, AFM) を用いて得た画像をもとに表面トポグラフィーを評価した (
図2A)。試験した全ての表面は、非常に低い粗さを示した。Au被膜カバーガラスの平均粗さ (Ra) は、約3.2±1.0 nmであった。Pro6又はPro9固定化後のRa値は僅かに上昇し、6.0 nm付近であった。Pro-SAM表面とコントロールであるポリウレタン (PU) 処理表面のRa値は同程度であった。
【0041】
水接触角 (water contact angle, WCA) を測定した結果、試験材料の中で、Au被覆表面が最も高い疎水性を示した (
図2B)。無処理のAu被覆表面のWCAは約72.5±5.0°であった。Pro6又はPro9固定化表面のWCAは40°付近まで減少した。Pro-SAM表面はPU処理表面と同程度のぬれ性を示した。オリゴプロリンの鎖の長さは、表面のぬれ性に顕著な影響を与えなかった。
【0042】
2.
実施例:Pro-SAM固定化表面と血液の相互作用解析
2.1
円錐-平板血液適合性アッセイ
血液-材料表面間の相互作用を、円錐-平板アナライザー(Impact-R, DiaMed AG) を用いて、せん断応力条件下で調べた。円錐-平板血液適合性アッセイでは、せん断応力 (shear stress) を生じさせることで生体内の血流が再現され、生体内の血流条件下での試験材料の血液適合性を評価することができる (
図1)。
【0043】
実験に使用する血液は寄付センターから取得したものであり、クエン酸ナトリウム抗凝固剤が含まれている。実験に先立って、血液をアデノシン二リン酸 (ADP, 最終濃度20 μM) で5分間処理して活性化させることで、血小板の活性化能を制御した。各実験において、130 μLの血液をせん断速度1800 s-1で300秒間使用した。実験後、コニカルローターを注意深く取り除き、血液細胞を適切な抗体で染色し、フローサイトメトリーで分析した。実験は調査対象の材料を使用せずに実施した (ポリスチレン試験容器のみ使用した)。実験後に回収した血液は、動的条件においてベースラインコントロール (bas) として使用した。試験材料、すなわち、PU、Pro6-SAM、Pro9-SAM、及びAu被覆カバーガラスを、以下の共焦点レーザー走査顕微鏡を用いた血液形態要素による表面被覆率の評価試験に供した。
【0044】
2.2 試験材料に付着した血液細胞の免疫染色による観察
試験後のサンプルをリン酸緩衝生理食塩水(PBS) で洗浄して残留血液を全て除去し、1%ホルマリンで固定し、抗CD62P-PE (血小板マーカー)、抗vWF-AlexaFluor555 (フォン・ヴィレブランド因子のマーカー)、及び抗CD45-FITC (白血球マーカー) モノクローナル抗体 (Thermo Fisher Scientific)で染色した。コーティングの表面は、共焦点レーザー走査顕微鏡 (CLSM Exciter5 AxioImager、Zeiss) により可視化した。表面被覆率における蛍光単一/凝集体血液細胞成分の寄与は、CLSM Zen2008とFijiソフトウェアの共局在モードにより評価した。
【0045】
2.3
結果
円錐-平板血液適合性アッセイ後、全ての試験材料における血液形態的要素による表面被覆率を調べた (
図3A及びB)。血液形態的要素による表面被覆率は、PUコントロールで最も高かった。また、PUコントロールの端に比べて中央部において、より顕著に活性化された血小板及び白血球が観察された。Au被覆表面の中央部に付着した血球成分の数は、PU処理表面で観察された血球成分の数の26%程度であった。Au被覆表面の端における血液形態的要素の数は、PU処理表面の端に付着した血液形態的要素の数に比べて少なかった。Pro6-SAM及びPro9-SAMの表面被覆率はPU処理表面における表面被覆率よりも有意に低かった。Pro-SAM表面の中央部における表面被覆率は、Au被覆表面の中央部における表面被覆率に比べて低かった。また、Pro6-SAM及びPro9-SAMの表面被覆率は同程度であった。
【0046】
血小板のα顆粒の膜糖タンパク質であるCD62P (P-セレクチン) の発現は、Au被覆表面に比べてPro-SAM表面で僅かに高かった。CD45を発現する白血球を含む造血細胞についても同様の傾向を示した (
図3C及びD)。内皮細胞及び血小板により分泌されるフォン・ヴィレブランド因子 (vWF) レベルは、Pro9-SAM表面で最も低かった (
図3C及びD)。
【0047】
3. 実施例:血液の質の評価
3.1 血液細胞の活性化の定量的分析
各材料表面で実施した試験後に回収した血液における、血小板の活性化レベル、並びに、循環血小板及び単球-血小板凝集体の数を調べた。血小板活性化マーカーのレベルを、PerCP-CD61 (GPIIb / IIIa複合体:血小板マーカー)、FITC-PAC-1 (GPIIb / IIIaへの形態変化)、及びPE-CD62P (P-セレクチン) のような蛍光色素結合モノクローナル抗体 (BD Bioscience) による全血染色に基づき評価した。凝集体の寄与は、PerCP-CD14及びFITC-CD61モノクローナル抗体 (BD Biosciences) で免疫染色後に評価した。サンプルは、EPICS XLフローサイトメーター (Beckman Coulter Inc.) を使用して分析した。残留血液を2000 gで5分間遠心分離することにより残留血液から血漿を単離して-80℃で冷凍保存し、以下の血栓活性分析に用いた。血漿の血栓生成能は、ZymuphenMP-activity ELISA kit (Hyphen Biomed) を用いて評価した。
【0048】
3.2
結果
試験材料に接触した後の血液の質の変化は、P-セレクチン及びPAC-1血小板活性化マーカーの発現レベル、血小板の凝集体、並びに、血小板と血漿におけるエキソサイトーシスにおいて放出される細胞膜小胞体の断片である微小粒子 (microparticles, MP) の濃度を指標として評価した (
図4及び
図5)。
【0049】
血液がPro-SAM表面と接触した後の活性化された血小板の数は、ベースラインコントロール (bas) と比較してあまり増加しなかった (
図4A)。ADPによる活性化後の血液におけるP-セレクチンを発現する血小板の割合は59.0±1.2%であった (
図4B)。ベースラインコントロール (bas) 及びPU処理表面の同マーカーの発現は、それぞれ0.8±0.3%及び27.9±1.6%であった。試験材料のうちPro9-SAMが最もP-セレクチンレベルが低かった。
【0050】
ADP添加によりPAC-1陽性血小板の数が増加した。PAC-1陽性血小板の割合は、ベースラインコントロール (bas) で最も低かった (
図4C)。PAC-1陽性血小板の割合はPU処理表面で最も高かった (48.0±2.7%)。Pro9-SAMでは、PU処理表面及びPro6-SAMと比較してPAC-1陽性血小板の割合が低かった。
【0051】
MP濃度はADP添加により変化しなかった。これはおそらく過剰なADP中で血小板が迅速に凝集したことに起因するものと思われる。せん断応力存在下ではMP濃度が僅かに増加した (
図4D)。MP濃度は試験材料と接触した血液において増加した。MP濃度はPro6-SAM及びPro9-SAMで最も低かった。
【0052】
凝集体形成の割合に関しても、同様の傾向が見られた(
図5)。血小板-血小板凝集体、及び血小板-単球凝集体の割合は、Pro-SAM表面において最も低かった。
【0053】
以上の結果から、Pro-SAM表面は優れた血液適合性を有することが示された。