(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023076609
(43)【公開日】2023-06-01
(54)【発明の名称】細胞凍結保存用溶液およびその利用
(51)【国際特許分類】
C12N 5/02 20060101AFI20230525BHJP
C12N 5/07 20100101ALI20230525BHJP
【FI】
C12N5/02
C12N5/07
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023061004
(22)【出願日】2023-04-04
(62)【分割の表示】P 2020504979の分割
【原出願日】2019-03-01
(31)【優先権主張番号】P 2018040166
(32)【優先日】2018-03-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】514219190
【氏名又は名称】ゼノジェンファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】小玉 博明
(72)【発明者】
【氏名】小川 淳
(72)【発明者】
【氏名】山城 尚登
(72)【発明者】
【氏名】佐瀬 孝一
(57)【要約】
【課題】良好な生存率と生体への安全性とを両立し得る細胞凍結保存用溶液を提供する。
【解決手段】本発明に係る細胞凍結保存用溶液は、グルコース、マンニトール、ソルビトール、トレハロース、スクロースおよびマルトースからなる群より選択される少なくとも1つの糖類ならびにプロピレングリコールを含み、ジメチルスルホキシド、増粘剤および天然の動物由来成分を含まない。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルコース、マンニトール、ソルビトール、トレハロース、スクロースおよびマルトースからなる群より選択される少なくとも1つの糖類ならびにプロピレングリコールを含み、ジメチルスルホキシド、増粘剤および天然の動物由来成分を含まない、細胞凍結保存用溶液。
【請求項2】
上記プロピレングリコールの濃度が5.0w/v%以上である、請求項1に記載の細胞凍結保存用溶液。
【請求項3】
上記プロピレングリコールの濃度が10.0w/v%以上15.0w/v%以下である、請求項2に記載の細胞凍結保存用溶液。
【請求項4】
上記糖類の濃度が単糖換算で1.0w/v%以上5.0w/v%以下である、請求項1~3の何れか1項に記載の細胞凍結保存用溶液。
【請求項5】
上記糖類の濃度が単糖換算で2.0w/v%以上4.0w/v%以下である、請求項4に記載の細胞凍結保存用溶液。
【請求項6】
さらにpH調整剤を含む、請求項1~5の何れか1項に記載の細胞凍結保存用溶液。
【請求項7】
細胞を凍結保存する方法であって、
請求項1~6の何れか1項に記載の細胞凍結保存用溶液と細胞とを混合する混合工程と、
上記細胞を、上記細胞凍結保存用溶液と混合された状態で凍結する凍結工程と、を含む、方法。
【請求項8】
細胞の凍結物を作製する方法であって、
請求項1~6の何れか1項に記載の細胞凍結保存用溶液と細胞とを混合する混合工程と、
上記細胞を、上記細胞凍結保存用溶液と混合された状態で凍結する凍結工程と、を含む、方法。
【請求項9】
上記凍結工程は、温度制御可能なフリーザーまたは緩慢凍結容器を用いて行われる、請求項7または8に記載の方法。
【請求項10】
請求項8に記載の方法を用いて作製された、細胞の凍結物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞凍結保存用溶液およびその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、培養細胞の継代による細胞の変質または雑菌による汚染等を防止し、細胞を長期的に利用するために凍結保存が行われている。細胞の凍結保存の一般的な方法として、ジメチルスルホキシド(DMSO)または血清等を含む溶液に細胞を懸濁し、クライオチューブまたはアンプル等に入れて凍結保存する(例えば液体窒素中)方法が知られている。例えば、特許文献1には、DMSO、増粘剤およびグルコースを含む細胞保存水溶液を用いて細胞を凍結保存し、良好な生存率が達成されたことが記載されている。
【0003】
近年の細胞移植による治療の発展により、患者に細胞製剤を投与する機会が増えつつある。細胞移植の現場(手術室)では、凍結保存されている細胞製剤を解凍後、患者に投与する前に、凍結保存溶液を除去する操作を行うことは困難である。そのため、患者に安全に投与可能でかつ十分な細胞の生存率が得られる細胞凍結保存用溶液の必要性が高まっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Shu Z, Heimfeld S, Gao D.: Hematopoietic SCT with cryopreserved grafts: adverse reactions after transplantation and cryoprotectant removal before infusion. Bone Marrow Transplant. 2014 Apr;49(4):469-76
【非特許文献2】Alessandrino P, Bernasconi P, Caldera D, Colombo A, Bonfichi M, Malcovati L, Klersy C, Martinelli G, Maiocchi M, Pagnucco G, Varettoni M, Perotti C, Bernasconi C.: Adverse events occurring during bone marrow or peripheral blood progenitor cell infusion: analysis of 126 cases. Bone Marrow Transplant. 1999 Mar;23(6):533-7
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
DMSOは、細胞の生存率という観点においては最も優れた凍害防御剤であると考えられている。しかしながら、種々の細胞の機能の発現、分化および増殖に影響を与え得る。また、DMSOを含む細胞凍結保存用溶液を用いた造血幹細胞移植において、吐き気、嘔吐、頭痛、血圧上昇、下痢、および腹部痙攣などの副作用が報告されている(非特許文献1、非特許文献2)。
【0007】
他の凍害防御剤を組み合わせることによってDMSOの使用量を軽減する試みはある(非特許文献1)が、他の凍害防御剤への置き換えによる性能と生体への安全性との両方の確保は未だ不十分である。
【0008】
本発明は、このような課題を解決するためになされたものであって、良好な生存率と生体への安全性とを両立し得る細胞凍結保存用溶液を提供することを目的の1つとする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様に係る細胞凍結保存用溶液は、グルコース、マンニトール、ソルビトール、トレハロース、スクロースおよびマルトースからなる群より選択される少なくとも1つの糖類ならびにプロピレングリコールを含み、ジメチルスルホキシド、増粘剤および天然の動物由来成分を含まない。
【0010】
本発明の一態様に係る細胞を凍結保存する方法は、上記細胞凍結保存用溶液と細胞とを混合する混合工程と、当該細胞を、上記細胞凍結保存用溶液と混合された状態で凍結する凍結工程と、を含む。
【0011】
本発明の一態様に係る細胞の凍結物を作製する方法は、上記細胞凍結保存用溶液と細胞とを混合する混合工程と、当該細胞を、上記細胞凍結保存用溶液と混合された状態で凍結する凍結工程と、を含む。
【0012】
本発明の一態様に係る細胞の凍結物は、上記細胞の凍結物を作製する方法を用いて作製される。
【発明の効果】
【0013】
本発明の一態様に係る細胞凍結保存用溶液を用いれば、解凍後の細胞の生存率が良好であり、且つ、解凍した細胞を生体に対して安全に適用することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
〔細胞凍結保存用溶液〕
本発明に係る細胞凍結保存用溶液は、グルコース、マンニトール、ソルビトール、トレハロース、スクロースおよびマルトースからなる群より選択される少なくとも1つの糖類ならびにプロピレングリコールを含み、ジメチルスルホキシド(DMSO)、増粘剤および天然の動物由来成分を含まない。
【0015】
糖類は、グルコース、マンニトール、ソルビトール、トレハロース、スクロースおよびマルトースからなる群より選択される少なくとも1つである。すなわち、糖類は、当該群より選択される1つ、2つ、3つ、4つ、5つまたは6つである。グルコースは単糖であり、マンニトールおよびソルビトールは糖アルコールであり、トレハロース、スクロースおよびマルトースは二糖である。糖類は、D体であってもよいし、L体であってもよいし、D体とL体との混合物であってもよいが、製造コストおよび安全性の観点から、D体であることが好ましい。一例において、糖類は単糖である。別の一例において、糖類は二糖である。別の一例において、糖類は糖アルコールである。別の一例において、糖類は単糖と二糖と糖アルコールとのうちの任意のものの混合物である。
【0016】
細胞凍結保存用溶液における糖類の濃度は、特に限定されないが、一例において、単糖換算で、0.5w/v%以上であることが好ましく、1.0w/v%以上であることがより好ましく、1.5w/v%以上であることがさらに好ましく、2.0w/v%以上であることが特に好ましく、また、10.0w/v%以下であることが好ましく、6.0w/v%以下であることがより好ましく、5.0w/v%以下であることがさらに好ましく、4.5w/v%以下であることがさらに好ましく、4.0w/v%以下であることが特に好ましい。本明細書において「単糖換算」による濃度とは、単糖および糖アルコールではその重量で算出した濃度、二糖では半分の重量であると仮定して算出した濃度を指す。すなわち、上記二糖では、実際の濃度(w/v%)が上記の2倍の濃度になる。
【0017】
細胞凍結保存用溶液におけるプロピレングリコールの濃度は、特に限定されないが、一例において、2.5w/v%以上であることが好ましく、5.0w/v%以上であることがより好ましく、7.5w/v以上であることがさらに好ましく、10.0w/v以上であることが特に好ましく、また、生体に対する安全性の観点から、18.0w/v%以下であることが好ましく、16.0w/v%以下であることがより好ましく、15.0w/v%以下であることがさらに好ましく、13.0w/v%以下であることが特に好ましい。
【0018】
ジメチルスルホキシド(DMSO)は、細胞の生存率という観点においては最も優れた凍害防御剤であると考えられている。しかしながら、上述の問題点が報告されている。本発明では、DMSOを含んでいないため、それらDMSOがもたらす問題点が生じることがない。そのため、本発明の細胞凍結保存用溶液は、特に臨床使用において生体へ安全に適用することができるという観点で、非常に有用である。しかも、後述の実施例で示されるとおり、プロピレングリコールを含むことで、DMSOと同等の細胞の生存率を達成し得る。
【0019】
増粘剤としては、例えば、カルボキシメチルセルロース(以下CMCとする)、カルボキシメチルセルロースナトリウム(以下CMC-Naとする)、有機酸ポリマー、アルギン酸プロピレングリコール、およびアルギン酸ナトリウム等が挙げられる。本発明の細胞凍結保存用溶液では、増粘剤を含んでいないことにより、増粘剤がもたらし得る副作用の発生を回避することができる。そのため、本発明の細胞凍結保存用溶液は、特に臨床使用において生体へ安全に適用することができるという観点で、非常に有用である。しかも、後述の実施例で示されるとおり、増粘剤が含まれていなくとも細胞を良好な生存率で凍結保存することができる。
【0020】
天然の動物由来成分としては、例えば、アルブミン、血清、血漿および基礎培地等が挙げられる。血清としては成牛血清、仔牛血清、新生仔牛血清、および牛胎児血清等が挙げられる。基礎培地としては、RPMI培地、MEM培地、HamF-12培地、およびDM-160培地等が挙げられる。本発明の細胞凍結保存用溶液は、天然の動物由来成分を含まないため、天然の動物由来成分のロット間での品質の違いの問題を生じることがない上、血清に含まれる各種サイトカイン、増殖因子およびホルモン等の本来細胞保存に不必要な成分による細胞の性質の変化の虞を回避でき、さらに、基礎培地に含まれる由来が不明な成分による影響も回避できる。そのため、本発明の細胞凍結保存用溶液は、特に臨床使用において生体に安全に適用することができるという観点で、非常に有用である。しかも、後述の実施例で示されるとおり、天然の動物由来成分が含まれていなくとも細胞を良好な生存率で凍結保存することができる。
【0021】
細胞凍結保存用溶液は、さらに、他の成分を含んでいてもよい。他の成分としては、例えば、pH調製剤等が挙げられる。pH調整剤としては、例えば、リン酸緩衝液および炭酸緩衝液等が挙げられる。また、Basic Stock Solution(BSS)にリン酸緩衝液を添加しない場合には、生理食塩水を添加したものも用いることができる。このうちリン酸緩衝液を用いることが特に好ましい。pH調整剤は細胞凍結保存用溶液中のpHをおよそ6.5~9.0、好ましくは7.0~8.5に調整するために適宜用いることが好ましい。なお、本発明におけるリン酸緩衝液とは、塩化ナトリウム、リン酸一ナトリウム(無水)、リン酸一カリウム(無水)、リン酸二ナトリウム(無水)、リン酸三ナトリウム(無水)、塩化カリウム、およびリン酸二水素カリウム(無水)などのことをいい、特に塩化ナトリウム、リン酸一ナトリウム(無水)、塩化カリウム、またはリン酸二水素カリウム(無水)を用いることが好ましい。また、リン酸二水素カリウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、およびリン酸水素二ナトリウムの組み合わせも好ましい。pH調整剤は細胞凍結保存用溶液中に0.01~1.0w/v%含まれることが好ましく、0.05~0.5w/v%含まれることがより好ましい。また、実施例で用いた無機塩類溶液の組成も好適である。
【0022】
細胞凍結保存用溶液は、水溶液であることが好ましい。細胞凍結保存用溶液の浸透圧は、保存液としての性能を保持するために、1000mOsm以上であることが好ましく、1000~2700mOsmであることがより好ましい。
【0023】
なお、細胞凍結保存用溶液の組成は、細胞を十分に保存できる組成であれば上記で列挙した各成分の具体例のうちいずれの成分の組み合わせも用いることができる。また、濃度についてもそれぞれ選択して組み合わせることができる。さらに、後述の実施例における成分および/または濃度についてもそれぞれ選択して組み合わせることができる。すなわち、本明細書に開示されている個々の成分および/または濃度をそれぞれ選択して組み合わせることができる。
【0024】
細胞凍結保存用溶液は、好ましい一例において、糖類およびプロピレングリコールを含み、かつDMSO、増粘剤および天然の動物由来成分を含まない水溶液である。細胞凍結保存用溶液は、より好ましい一例において、糖類、プロピレングリコールおよびpH調整剤を含み、かつDMSO、増粘剤および天然の動物由来成分を含まない水溶液である。細胞凍結保存用溶液は、さらに好ましい一例において、糖類、プロピレングリコールおよびpH調整剤のみを含み、かつDMSO、増粘剤および天然の動物由来成分を含まない水溶液である(すなわち、糖類、プロピレングリコール、pH調整剤および水のみからなる)。
【0025】
細胞凍結保存用溶液は、滅菌されていることが好ましい。細菌等の感染のリスクが低減されるため、より安全に生体へ適用することができるからである。また、研究用途においては、細菌等による汚染のリスクが低減されるからである。
【0026】
グルコース、マンニトール、ソルビトール、トレハロース、スクロースおよびマルトースは、静脈内注射液の成分として使用された実績がある。特にグルコースは、5%ブドウ糖注射液が、水補給、薬物・毒物中毒、肝疾患のために、通常成人1回あたり500~1000mLが静脈内注射されている。このように上記6つの糖類は、生体に対する安全性が非常に高い。
【0027】
また、プロピレングリコールは、注射剤において、有効成分が溶媒に難溶な場合に溶解補助剤として用いられることもある。日本医薬品添加剤協会の安全性データによれば、人体への最大使用量は静脈内注射で3.2gである。このようにプロピレングリコールは、生体に対する安全性が非常に高い。
【0028】
凍結保存の対象となる細胞は、特に限定されず、例えば、様々な生物の株化細胞、リンパ球系細胞、脾臓細胞、胸腺細胞、受精卵、造血幹細胞、成体幹細胞、間葉系幹細胞、胚性幹細胞(ES細胞)、および人工多能性幹細胞(iPS細胞)等を挙げることができる。由来となる生物としては、ヒトおよび非ヒト動物などが挙げられ、より具体的には、昆虫、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳動物などが挙げられる。哺乳動物としては、マウス、ラット、ウサギ、モルモットおよびヒトを除く霊長類等の実験動物;イヌおよびネコ等の愛玩動物(ペット);ブタ、ウシ、ヤギ、ヒツジおよびウマ等の家畜;ならびにヒトが挙げられる。
【0029】
本発明の細胞凍結保存用溶液は、保存の対象となる細胞によって異なるが、例えば、保存1週間経過後またはそれ以上経過後(例えば10年以上経過後)において、良好な生存率を達成し得る。一例において、解凍後の生存率は、50%以上、好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上、特に好ましくは90%以上であり得る。
【0030】
本発明の細胞凍結保存用溶液は、良好な生存率を達成し得るという利点があるため、生体に適用する場合以外(例えば、研究用途)でも、優れた細胞凍結保存用溶液として利用することができる。
【0031】
本発明の細胞凍結保存用溶液は、例えば、後述する耐寒性容器、温度制御可能なフリーザーもしくは緩慢凍結容器、または使用説明書等と組み合わせて、キットとしてもよい。キットの使用説明書には、例えば、後述する〔細胞を凍結保存する方法〕の欄で説明する本発明に係る凍結保存方法の内容、および/または後述する〔細胞の凍結物を作製する方法〕の欄で説明する本発明に係る作製方法の内容の少なくとも一部が記録されている。
【0032】
〔細胞を凍結保存する方法〕
本発明に係る細胞を凍結保存する方法は、上述の細胞凍結保存用溶液と細胞とを混合する混合工程と、当該細胞を、当該細胞凍結保存用溶液と混合された状態で凍結する凍結工程と、を含む。
【0033】
混合工程において、細胞凍結保存用溶液1mLあたりの細胞数は、特に限定されないが、好ましくは103~109個/mL、より好ましくは104~108個/mLになるように調製することが好ましい。
【0034】
混合工程の前に、細胞をPBS(phosphate buffered saline)等の洗浄液を用いて洗浄してもよい。これによって、例えば、培養培地等の成分の混入をより低減することができる。
【0035】
混合物は、例えば、アンプルまたはクライオチューブ等の耐寒性容器に移してもよい。耐寒性容器は、内部が滅菌されていることが好ましい。
【0036】
凍結工程において、冷却速度は特に限定されないが、生存率をより高める観点から、緩速で冷却することが好ましく、-1℃/分程度の冷却速度で冷却することがより好ましい。そのため、凍結工程は、温度制御可能なフリーザーまたは緩慢凍結容器を用いて行われることが好ましい。緩慢凍結容器としては、Corning社のCoolCell(登録商標)、Nalgene社のMr. Frosty、および日本フリーザー株式会社のバイセル等が挙げられる。最終的な凍結温度は特に限定されないが、好ましくは-80℃以下、より好ましくは-150℃以下、さらに好ましくは-196.5℃以下である。また、-80℃付近で保存した後、-180℃~-200℃(例えば、液体窒素中)に移して保存してもよい。
【0037】
本発明に係る凍結保存方法を用いて凍結保存された細胞は、上述のとおり、解凍後に良好な生存率を示し得る(後述の実施例も参照)。解凍は、素早く行うことが好ましく、例えば、37℃±1℃のウォーターバスに浸漬して行うことが好ましい。解凍後の細胞の使用において、細胞凍結保存用溶液は除去されてもよいし、除去されなくてもよい。
【0038】
一例において、解凍した混合物は、細胞凍結保存用溶液が除去されることなく生体に適用され得る。本発明の細胞凍結保存用溶液は、生体に対する安全性が非常に高い成分で構成され得るため、生体に直接適用することができる。したがって、細胞移植の現場(手術室)において簡便且つ迅速に細胞移植を行うことを可能にし得る。別の一例では、解凍した混合物は培養培地等に添加され、遠心分離または洗浄等によって細胞凍結保存用溶液が除去されてから使用され得る。洗浄で用いる液体はその後の処理内容および細胞の使用用途に応じて適宜選択すればよく、例えば、培養培地、生理食塩水、またはPBS等を用いればよい。例えば、細胞培養時の成分等を厳密に管理したい研究場面では、細胞凍結保存用溶液を除去することが好ましい場合がある。また別の一例では、解凍した混合物は、細胞凍結保存用溶液が除去されることなく、細胞培養等の実験に用いられ得る。本発明の細胞凍結保存用溶液は、細胞に対する安全性が非常に高い成分で構成され得るため、洗浄せずとも、培地等で希釈することで、好適に細胞培養を行うことができる。
【0039】
〔細胞の凍結物を作製する方法および細胞の凍結物〕
本発明に係る細胞の凍結物を作製する方法は、上述の細胞凍結保存用溶液と細胞とを混合する混合工程と、当該細胞を、当該細胞凍結保存用溶液と混合された状態で凍結する凍結工程と、を含む。
【0040】
細胞の凍結物を作製する方法の具体的な説明は、上記〔細胞を凍結保存する方法〕と同様である。
【0041】
本発明に係る作製方法を用いて作製された細胞の凍結物は、上述のとおり、解凍後に良好な生存率を示し得る(後述の実施例も参照)。一例において、解凍後の生存率は、50%以上、好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上、特に好ましくは90%以上であり得る。
【0042】
凍結物は、例えば、細胞製剤、または数cm以内のサイズの正常組織もしくは癌組織等であり得る。細胞製剤に含まれる細胞としては、例えば、間葉系幹細胞、造血幹細胞、リンパ球系細胞、樹状細胞、神経系細胞、ケラチノサイト、および線維芽細胞が好ましい。
【0043】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された文献の全てが参考として援用される。
【0044】
〔まとめ〕
本発明の一態様に係る細胞凍結保存用溶液は、グルコース、マンニトール、ソルビトール、トレハロース、スクロースおよびマルトースからなる群より選択される少なくとも1つの糖類ならびにプロピレングリコールを含み、ジメチルスルホキシド、増粘剤および天然の動物由来成分を含まない。
【0045】
上記細胞凍結保存用溶液において、上記プロピレングリコールの濃度が5.0w/v%以上であることが好ましい。
【0046】
上記細胞凍結保存用溶液において、上記プロピレングリコールの濃度が10.0w/v%以上15.0w/v%以下であることがより好ましい。
【0047】
上記細胞凍結保存用溶液において、上記糖類の濃度が単糖換算で1.0w/v%以上5.0w/v%以下であることが好ましい。
【0048】
上記細胞凍結保存用溶液において、上記糖類の濃度が単糖換算で2.0w/v%以上4.0w/v%以下であることが好ましい。
【0049】
上記細胞凍結保存用溶液において、さらにpH調整剤を含むことが好ましい。
【0050】
本発明の一態様に係る細胞を凍結保存する方法は、上記細胞凍結保存用溶液と細胞とを混合する混合工程と、当該細胞を、上記細胞凍結保存用溶液と混合された状態で凍結する凍結工程と、を含む。
【0051】
本発明の一態様に係る細胞の凍結物を作製する方法は、上記細胞凍結保存用溶液と細胞とを混合する混合工程と、当該細胞を、上記細胞凍結保存用溶液と混合された状態で凍結する凍結工程と、を含む。
【0052】
上記方法において、上記凍結工程は、温度制御可能なフリーザーまたは緩慢凍結容器を用いて行われることが好ましい。
【0053】
本発明の一態様に係る細胞の凍結物は、上記細胞の凍結物を作製する方法を用いて作製される。
【実施例0054】
<使用した細胞>
Jurkat:ヒトT細胞系白血病細胞株
P3U1:マウスミエローマ細胞株
間葉系幹細胞:mesenchymal stem cells(MSC)(入手元:国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 JCRB細胞バンク)
iPS細胞(induced pluripotent stem cells):201B7株(入手元:iPSアカデミアジャパン株式会社)
【0055】
<試験方法>
〔凍結保存〕
1. 各種細胞を培養フラスコから回収し、トリパンブルー染色により生存細胞を計数した。
2. 15mLファルコンチューブに必要量の細胞懸濁液を分注し、1,200rpm×5分(4℃)で遠心分離後、上清を除去した。
3.各細胞凍結保存用溶液を3mL(iPS細胞:0.6mL)加え、ペレットを懸濁した。
4. 1.5mLクライオチューブに細胞懸濁液を1mL(iPS細胞:0.2mL)ずつ分注した。細胞数は、3×106cells/tube(Jurkat)、1×106cells/tube(MSCおよびP3U1)、または2×105cells/tube(iPS)とした。
5. 予め氷冷しておいたMr. Frosty(Nalgene社)にクライオチューブを入れ、-80℃冷凍庫で一晩凍結保存した。
6. 翌日、-152℃冷凍庫にクライオチューブを移し、1週間以上凍結保存した。
【0056】
〔解凍〕
1. -152℃冷凍庫からクライオチューブを取り出し、37℃のウォーターバスで素早く解凍した。
2. 15mLファルコンチューブに、室温に戻しておいた培地を9mL入れ、そこに解凍した細胞懸濁液を移した。
3. 1,200rpm×5分(4℃)で遠心分離した後、上清を除去した。
4. 3mL(Jurkat)、1mL(MSCおよびP3U1)、または0.2mL(iPS細胞)の培地を加えた。
5. トリパンブルー染色により生存細胞を計数して、細胞の生存率を計算した。
【0057】
<細胞凍結保存用溶液の調製>
〔無機塩類溶液〕
下記物質を下記濃度で蒸留水に溶解している水溶液を、無機塩類溶液として調製した。なお、この無機塩類溶液は、pH調整機能を奏する。
・リン酸二水素カリウム 0.0328 g/L
・塩化ナトリウム 1.315 g/L
・塩化カリウム 0.0328 g/L
・リン酸水素二ナトリウム12水和物 0.189 g/L
【0058】
〔細胞凍結保存用溶液〕
各実験において、後述の組成となるよう各成分を無機塩類溶液に添加し、混合した。これをフィルターで濾過して無菌的な細胞凍結保存用溶液を調製した。
【0059】
<実験1>
グルコースとの組み合わせにおけるDMSO、グリセロールおよびプロピレングリコールについて、凍結保存効果を調べた。
【0060】
溶液1-A:3.0w/v%グルコース
溶液1-B:3.0w/v%グルコース+10.0w/v%DMSO(MW 78.13)
溶液1-C:3.0w/v%グルコース+10.0w/v%グリセロール(MW 92.09)
溶液1-D:3.0w/v%グルコース+10.0w/v%プロピレングリコール(MW 76.09)
【0061】
【0062】
グリセロールと比較して、プロピレングリコールでは、DMSOと同等の生存率を達成できることが示された。
【0063】
<実験2>
プロピレングリコールについて、凍結保存効果における濃度依存性を調べた。
【0064】
溶液2-A:2.5w/v%プロピレングリコール+3w/v%グルコース
溶液2-B:5.0w/v%プロピレングリコール+3w/v%グルコース
溶液2-C:7.5w/v%プロピレングリコール+3w/v%グルコース
溶液2-D:10.0w/v%プロピレングリコール+3w/v%グルコース
溶液2-E:12.5w/v%プロピレングリコール+3w/v%グルコース
溶液2-F:15.0w/v%プロピレングリコール+3w/v%グルコース
【0065】
【0066】
<実験3>
プロピレングリコールとの組み合わせにおける種々の糖類について、凍結保存効果を調べた。
【0067】
溶液3-A:10.0w/v%プロピレングリコール
溶液3-B:3.0w/v%グルコース(MW 180.2)+10.0w/v%プロピレングリコール
溶液3-C:3.0w/v%マンニトール(MW 182.2)+10.0w/v%プロピレングリコール
溶液3-D:3.0w/v%ソルビトール(MW 182.2)+10.0w/v%プロピレングリコール
溶液3-E:6.0w/v%トレハロース(MW 342.3)+10.0w/v%プロピレングリコール
溶液3-F:6.0w/v%スクロース(MW 342.3)+10.0w/v%プロピレングリコール
溶液3-G:6.0w/v%マルトース(MW342.3)+10.0w/v%プロピレングリコール
【0068】
【0069】
グルコース、マンニトール、ソルビトール、トレハロース、スクロースおよびマルトースの何れにおいても高い生存率を達成できることが示された。
【0070】
<実験4>
糖類(グルコース)について、凍結保存効果における濃度依存性を調べた。
【0071】
溶液4-A:10.0w/v%プロピレングリコール
溶液4-B:1.0w/v%グルコース+10.0w/v%プロピレングリコール
溶液4-C:2.0w/v%グルコース+10.0w/v%プロピレングリコール
溶液4-D:3.0w/v%グルコース+10.0w/v%プロピレングリコール
溶液4-E:4.0w/v%グルコース+10.0w/v%プロピレングリコール
溶液4-F:5.0w/v%グルコース+10.0w/v%プロピレングリコール
溶液4-G:6.0w/v%グルコース+10.0w/v%プロピレングリコール
【0072】
【0073】
<実験5>
プロピレングリコール非存在下における種々の糖類について、凍結保存効果を調べた。
【0074】
溶液5-A:10.0w/v%プロピレングリコール+3.0w/v%グルコース(MW 180.2)
溶液5-B:3.0w/v%グルコース(MW 180.2)
溶液5-C:3.0w/v%マンニトール(MW 182.2)
溶液5-D:3.0w/v%ソルビトール(MW 182.2)
溶液5-E:6.0w/v%トレハロース(MW 342.3)
溶液5-F:6.0w/v%スクロース(MW 342.3)
溶液5-G:6.0w/v%マルトース(MW 342.3)
【0075】
【0076】
プロピレングリコール非存在下では、何れの糖類についても、生存率が非常に低いことが示された。