(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023076681
(43)【公開日】2023-06-01
(54)【発明の名称】植物賦活剤
(51)【国際特許分類】
A01N 37/42 20060101AFI20230525BHJP
A01P 21/00 20060101ALI20230525BHJP
【FI】
A01N37/42
A01P21/00
【審査請求】有
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023062148
(22)【出願日】2023-04-06
(62)【分割の表示】P 2022037257の分割
【原出願日】2018-03-13
(31)【優先権主張番号】P 2017048722
(32)【優先日】2017-03-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000000158
【氏名又は名称】イビデン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001896
【氏名又は名称】弁理士法人朝日奈特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大野 勝也
(72)【発明者】
【氏名】野原 偏弘
(72)【発明者】
【氏名】横田 晃章
(57)【要約】
【課題】土壌汚染や毒性が低く、抵抗性誘導効果に優れた植物賦活剤を提供することを目的とする。
【解決手段】式:HOOC-(R1)-C=C-C(=O)-R2(I)(式中、R1:直鎖または分岐の、炭素数6~12のアルキル基であって、1つまたはそれ以上の二重結合を含んでいてもよく、R2:炭素数2~8のアルキル基であって、1つまたはそれ以上の分岐および/または二重結合を含んでいてもよい)の構造式を有するオキソ脂肪酸誘導体、またはその塩もしくはエステルを有効成分として含むことを特徴とする植物賦活剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の式:
HOOC-(R1)-C=C-C(=O)-R2 (I)
(式中、
R1:直鎖または分岐の、炭素数6~12のアルキル基であって、1つまたはそれ以上の二重結合を含んでいてもよく、
R2:炭素数2~8のアルキル基であって、1つまたはそれ以上の分岐および/または二重結合を含んでいてもよい)
の構造式を有するオキソ脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステル、および
金属塩
を含むことを特徴とする植物賦活剤。
【請求項2】
請求項1記載の植物賦活剤であって、前記オキソ脂肪酸誘導体の、
R1のアルキル基の炭素数が8~10であり、
R2のアルキル基の炭素数が4~6である。
【請求項3】
請求項1または2記載の植物賦活剤であって、前記オキソ脂肪酸誘導体の、
R1が、式(I)におけるカルボニル基のαおよびβ炭素の間の二重結合と共役二重結合を形成する二重結合を含む。
【請求項4】
請求項3記載の植物賦活剤であって、前記オキソ脂肪酸誘導体の、
R1が、炭素数9のアルキル基であり、
R2が、炭素数5のアルキル基である。
【請求項5】
請求項4記載の植物賦活剤であって、前記オキソ脂肪酸誘導体が、(9Z、11E)-13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸またはその塩である。
【請求項6】
請求項5記載の植物賦活剤であって、前記オキソ脂肪酸誘導体が、(9Z、11E)-13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸である。
【請求項7】
前記オキソ脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルは、前記金属塩の水溶液中に含まれる請求項1~6のいずれか1項に記載の植物賦活剤。
【請求項8】
前記金属塩は、1価の金属イオンを生成するものである請求項1~7のいずれか1項に記載の植物賦活剤。
【請求項9】
前記金属塩は、カリウム塩である請求項8記載の植物賦活剤。
【請求項10】
界面活性剤および/または希釈剤もしくは担体をさらに含む請求項1~9のいずれか1項に記載の植物賦活剤。
【請求項11】
植物の茎葉もしくは根に接触させる噴霧剤もしくは浸漬用薬剤、または、土壌灌注用薬剤として用いられる請求項1~10のいずれか1項に記載の植物賦活剤。
【請求項12】
前記植物賦活剤は、アブラナ科植物に対して使用される請求項1~11のいずれか1項に記載の植物賦活剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物賦活剤に関する。
【背景技術】
【0002】
古くから、植物の成長促進を目的とし、温度条件や日照条件の最適化や施肥などの対策が行われてきた。しかし、これらの対策には限界がある。例えば、施肥に用いる肥料の量を多くしても一定以上の成長促進効果は期待できないばかりか、肥料を多く与えすぎると、かえって植物成長の障害となり、ひいては土壌を汚染してしまう恐れがある。
【0003】
そこで、前記の対策に加え、成長促進、休眠抑制、ストレス抑制等の植物成長調節作用を有する植物賦活剤を用いて植物を賦活させる方法が報告されている。例えば、特許文献1には、α-ケトール不飽和脂肪酸を有効成分とする花芽形成誘導剤が記載されている。特許文献2には、炭素原子数が4~24のケトール脂肪酸を有効成分とする植物賦活剤が記載されている。特許文献3には、α-ケトール脂肪酸誘導体を有効成分とする植物成長調整剤が記載されている。
【0004】
一方、植物の病害虫防除は化学合成農薬に大きく依存しているが、農薬使用量の削減が土壌汚染や人への健康被害の観点から望まれている。また、過多の農薬散布による薬剤耐性菌の発生も問題となっている。そこで、直接的な抗菌活性は示さずに、植物の病害抵抗性を誘導する抵抗性誘導剤の使用が知られている。例えば、プロペナゾール、イソチアニル、アシベンゾラルSメチル(ASM)、3’-クロロ-4,4’-ジメチル-1,2,3-チアジアゾール-5-カルボキサニリド(チアジニル)などが病害抵抗性誘導剤として製品化されている。これらの抵抗性誘導剤は、サリチル酸類縁体であり、病原菌やウイルスがエリシターとなるサリチル酸類縁体による全身獲得抵抗性の誘導における植物体内のサリチル酸経路を活性化する。また、バリダマイシンは、トレハロース分解酵素の活性阻害により病原菌のエネルギー源を枯渇させて細菌の増殖を抑制する防除剤であるが、青枯れ病菌に対し、全身獲得抵抗性の誘導を示すことが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平9-295908公報
【特許文献2】特開2001-131006号公報
【特許文献3】国際公開第2011/034027号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1~3に記載のケトール脂肪酸を用いた植物賦活剤による効果は充分ではない。また、従来の抵抗性誘導剤は、化学合成されたものであり、毒性が極めて高いという問題がある。さらに、バリダマイシンはナス科植物の青枯れ病に対して有効とされているが、トマトに対しては薬害が生じるので使用できないという問題がある。その他の合成抵抗性誘導剤も薬害を引き起こしやすい傾向があり、さらには、抵抗性遺伝子の発現や抵抗性の付与も充分でない。環境負荷が低く、抵抗性誘導発現を含む賦活作用に優れる植物賦活剤が求められている。
【0007】
過酸化脂質をはじめ脂肪酸酸化物が抗菌作用を示すことは知られている。また、トマト由来のオキソ脂肪酸である13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸が、脂質代謝に関連する種々の遺伝子の発現を制御する転写因子PPARα(ペルオキシソーム増殖薬活性化受容体αサブタイブ)を活性化する強力なアゴニスト活性を有しており、高中性脂肪血症などの脂質代謝異常や脂肪肝を改善する可能性が報告されている。しかしながら、オキソ脂肪酸に植物賦活剤としての効果があることは知られていない。
【0008】
本発明は、土壌汚染や毒性が低く、抵抗性誘導効果に優れた植物賦活剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、以下の式:
HOOC-(R1)-C=C-C(=O)-R2 (I)
(式中、
R1:直鎖または分岐の、炭素数6~12のアルキル基であって、1つまたはそれ以上の二重結合を含んでいてもよく、
R2:炭素数2~8のアルキル基であって、1つまたはそれ以上の分岐および/または二重結合を含んでいてもよい)
の構造式を有するオキソ脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルを有効成分として含むことを特徴とする植物賦活剤に関する。
【0010】
前記オキソ脂肪酸誘導体が、前記オキソ脂肪酸誘導体のR1のアルキル基の炭素数が8~10であり、R2のアルキル基の炭素数が4~6であるオキソ脂肪酸誘導体である植物賦活剤が好ましい。
【0011】
前記オキソ脂肪酸誘導体が、前記オキソ脂肪酸誘導体のR1が式(I)におけるカルボニル基のαおよびβ炭素の間の二重結合と共役二重結合を形成する二重結合を含むオキソ脂肪酸誘導体である植物賦活剤が好ましい。
【0012】
前記オキソ脂肪酸誘導体が、前記オキソ脂肪酸誘導体のR1が、炭素数9のアルキル基であり、R2が、炭素数5のアルキル基であるオキソ脂肪酸誘導体である植物賦活剤が好ましい。
【0013】
前記オキソ脂肪酸誘導体が、(9Z,11E)-13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸またはその塩である植物賦活剤が好ましい。
【0014】
前記オキソ脂肪酸誘導体が、(9Z,11E)-13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸である植物賦活剤が好ましい。
【0015】
前記植物賦活剤が、12-オキソ-フィトジエン酸またはその塩をさらに含む植物賦活剤であることが好ましい。
【0016】
前記植物賦活剤が、界面活性剤および/または希釈剤もしくは担体をさらに含む植物賦活剤であることが好ましい。
【0017】
前記オキソ脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルの濃度が、0.012~0.12g/l(リットル)である植物賦活剤が好ましい。
【0018】
前記12-オキソ-フィトジエン酸またはその塩の濃度が、0.012~0.12g/lである植物賦活剤が好ましい。
【0019】
前記植物賦活剤が、植物の茎葉もしくは根に接触させる噴霧剤もしくは浸漬用薬剤、または、土壌灌注用薬剤として用いられる植物賦活剤であることが好ましい。
【0020】
前記植物賦活剤が、アブラナ科植物に対して使用される植物賦活剤であることが好ましい。
【発明の効果】
【0021】
本発明の植物賦活剤は、環境中での分解が容易であるため土壌汚染や毒性が低く、かつ優れた抵抗性誘導効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【発明を実施するための形態】
【0023】
植物賦活剤
本発明の植物賦活剤は、オキソ脂肪酸誘導体であって、以下の式:
HOOC-(R1)-C=C-C(=O)-R2 (I)
(式中、
R1:直鎖または分岐の、炭素数6~12のアルキル基であって、1つまたはそれ以上の二重結合を含んでいてもよく、
R2:炭素数2~8のアルキル基であって、1つまたはそれ以上の分岐および/または二重結合を含んでいてもよい)
の構造式を有するオキソ脂肪酸誘導体、またはその塩もしくはエステルを有効成分として含むことを特徴とする。本発明はまた、すべての幾何異性体および立体異性体を含む式(I)の化合物またはその塩もしくはエステルを有効成分として含む植物賦活剤に関する。
【0024】
本発明における「植物賦活」とは、何らかの形で植物の成長活動を活性化または維持するように調整することを意味するものであり、成長促進(茎葉の拡大、塊茎塊根の成長促進等を包含する概念である)、休眠抑制、植物のストレスに対する抵抗性を誘導、付与し、抗老化等の植物成長調節作用を包含する概念である。例えば、本発明の植物賦活剤を植物の茎葉または根の一部に接触させることで、植物に抵抗性を誘導することができる。本発明の植物賦活剤を接種することにより、植物体内において抵抗性遺伝子であるPR1およびPR2の発現量の増加が確認されることから、本発明の植物賦活剤はサリチル酸系経路によって全身抵抗性を誘導していると考えられる。本発明の植物賦活剤を用いることによって、植物において、病害虫への抵抗性に関わる器官の発達や物質生成が促進され得る。本発明の植物賦活剤の抵抗性誘導効果は非常に高く、この結果、優れた植物病害抑制効果をもたらすことができる。
【0025】
オキソ脂肪酸は、不飽和脂肪酸代謝の中間体として生成されることが知られている希少脂肪酸である。本発明においてオキソ脂肪酸誘導体の一例として用いられる13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸は、リノール酸の酸化的代謝によって得られる代謝物の一つである。リノール酸は、リノール酸代謝酵素の一つであるリポキシゲナーゼにより酵素的に、または酸化ストレスにより産生されるフリーラジカルによる酸化によって非酵素的に、過酸化脂質(ヒドロペルオキシオクタデカジエン酸(HPODE))へと変換され、この過酸化脂質HPODEは、ペルオキシダーゼなどによってヒドロキシオクタデカジエン酸(HODE)へと変換される。ヒドロキシオクタデカジエン酸(HODE)から、ヒドロキシ脂肪酸デヒドロゲナーゼなどによってオキソオクタデカジエン酸が生成する。オキソオクタデカジエン酸はまた、過酸化脂質HPODEへの、アレンオキシドシンターゼ、次いで脂肪酸ヒドロペルオキシドリアーゼの作用により、エポキシオクタデカジエン酸を経ることによっても生成される。
【0026】
リノール酸は、一方、脂肪酸デサチュラーゼによりリノレン酸へと変換される。リノレン酸は、リポキシゲナーゼにより過酸化脂質(ヒドロペルオキシオクタデカトリエン酸(HPOTE))へと変換され、この過酸化脂質HPOTEは、アレンオキシドシンターゼ、次いでアレンオキシドシクラーゼの作用により、アレンオキシドであるエポキシオクタデカトリエン酸を経て、ジャスモン酸前駆体である12/10-オキソ-フィトジエン酸(12/10-OPDA)へと変換される。エポキシオクタデカトリエン酸からは、リポキシゲナーゼによりケトール脂肪酸も生成される。過酸化脂質HPOTEはまた、還元酵素により、共役酸化脂質であるヒドロキシオクタデカトリエン酸(HOTE)にも変換される。
【0027】
後述されるように、本発明の植物賦活剤が有するような抵抗性誘導発現の高い効果は、オキソ脂肪酸の代わりに、前述の過酸化脂質(HPODE、HPOTE)や共役酸化脂質(HOTE)を用いた場合には得られない。特に、13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸の前駆物質である過酸化脂質(13-HPODE)に本発明の植物賦活剤のような抵抗性誘導効果が見られないことから、本発明の植物賦活剤による優れた抵抗性誘導効果は、オキソ脂肪酸に特異的なものであると考えられる。
【0028】
さらに、ジャスモン酸経路の抵抗性遺伝子の発現を誘導する化合物として従来知られているジャスモン酸前駆体12/10-OPDA、全身抵抗性に関わるサリチル酸経路の抵抗性遺伝子の発現を誘導する化合物として報告されている共役酸化脂質HOTE、およびケトール脂肪酸は、前述のように、全て、リノール酸から生成されるリノレン酸から合成される脂肪酸類縁物質である。一方、本発明において使用される13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸は、リノール酸から直接、リノレン酸を経ることなく生成されるものである。すなわち、本発明における13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸による抵抗性誘導効果は、より優れた抵抗性の誘導のためにリノール酸の新規の代謝経路をターゲットとした結果、初めて得られたものである。
【0029】
本発明において使用される13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸は、リノール酸の代謝によって得られる、天然に存在する代謝物である。すなわち、天然に存在する代謝物を使用する本発明の植物賦活剤は、植物の代謝経路に沿ったものであり、機能発現が容易であると考えられる。また、植物への施用後の環境中での分解も容易であると考えられるため、土壌汚染の可能性や毒性は低い。
【0030】
本発明の植物賦活剤は、サリチル酸経路により植物に全身抵抗性を誘導し、植物病害を抑制する。また、本発明の植物賦活剤は、他の抵抗性誘導剤と併用されて用いられてもよい。例えば、本発明の植物賦活剤は、ジャスモン酸経路の抵抗性遺伝子の発現を誘導するジャスモン酸前駆体12/10-OPDAとの共存下で、植物に施用され得る。サリチル酸経路およびジャスモン酸経路の両方が相互補完的に活性化されて、さらに高い抵抗性が植物に誘導され得る。ジャスモン酸前駆体などの他の抵抗性誘導剤は、例えば、本発明のオキソ脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルの濃度と同程度の濃度で、本発明のオキソ脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルと併用して用いられ得る。
【0031】
本発明の植物賦活剤には、必要に応じて、植物賦活剤に使用するのに適した相溶性の界面活性剤および/または希釈剤もしくは担体が含有されていてもよい。例えば、希釈剤により、例えば13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸またはその塩もしくはエステルの分散性が向上する場合がある。また、本発明で使用されるオキソ脂肪酸誘導体の希釈剤への溶解性や分散性を向上させるために、例えば分散助剤や湿潤剤などの界面活性剤などが含有されていてもよい。これらの添加成分としては、農業上容認可能な薬剤であれば特に限定されない。また、界面活性剤や希釈剤、担体以外の、農薬製剤などに通常用いられる成分がさらに含有されていてもよい。
【0032】
本発明において、オキソ脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルは、0.12g/l以下の濃度で用いられ得る。オキソ脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルの好ましい濃度は、施用される植物種とその状態に依存するが、濃度が0.12g/lを超える場合は、植物にとっての薬害を生じる恐れがある。オキソ脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルの濃度の下限は特に限定されないが、0.012g/l以上が好ましい。本発明において、好ましくは、オキソ脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルの濃度は、0.012~0.12g/lである。
【0033】
本発明の植物賦活剤には、オキソ脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルが含まれていればよく、それらの由来などは特に限定されるものではない。本発明の13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸などのオキソ脂肪酸誘導体またはその塩もしくはエステルは例えば化学合成によって得られるものでもよく、また、例えば微生物を用いて製造されるものや微生物由来の酵素を脂肪酸などの基質に作用させて得られるものなどであってもよい。特に13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸は脂溶性が強いため、実用上は、塩を添加しアルカリ性にして水溶性を付与することが取り扱い上容易である。用いる塩としてはアンモニウム塩、金属塩が一般的であり、金属塩としては1価の金属イオンを生成するものが望ましく、中でもリチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩が特に望ましい。本発明の植物賦活剤には所望の濃度のオキソ脂肪酸誘導体が含まれていればよく、例えばオキソ脂肪酸誘導体として、微生物を用いて製造される13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸が使用される場合、13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸を含有する混合物が植物賦活剤に使用されてもよい。微生物によって分泌されたバイオサーファクタントなどが混合物中に含まれている場合、前述したような添加成分を含有させなくても、本発明の植物賦活剤の分散性を向上させる可能性がある。オキソ脂肪酸誘導体自体が不溶性である場合に、バイオサーファクタントにより乳化して水に分散させることができる場合がある。
【0034】
本発明の植物賦活剤は、任意の方法で植物に施用することができる。例えば、植物の茎葉もしくは根に接触させる噴霧剤もしくは浸漬用薬剤、または、土壌灌注用薬剤として使用され得る。施用された植物において、本発明の植物賦活剤は、サリチル酸経路により植物に全身抵抗性を誘導し、植物病害を抑制する。さらに、例えば13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸などは、天然に存在する脂肪酸酸化物であるため、本発明の植物賦活剤の環境負荷は低く、かつ、施用される植物への薬害もほとんどないという点においても、本発明の植物賦活剤は優れている。
【0035】
本発明の植物賦活剤を施用することのできる植物は、特に限定されるものではなく、植物一般に対して良好に用いることができるが、例えば、アブラナ科の植物が挙げられる。
【実施例0036】
本発明を実施例に基づいて説明するが、本発明は実施例のみに限定されるものではない。
【0037】
実施例1 抵抗性遺伝子発現の評価
実施例1として、0.012%の13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸を含む0.15%炭酸水素二カリウム水溶液を調製した。なお、13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸としては、(9Z,11E)-13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸(13-oxoODA、ケイマンケミカル社製)を用いた。比較例として、0.012%の脂肪酸類縁物質である13-HPODE((9Z,11E)-13-ヒドロペルオキシ-9,11-オクタデカジエン酸、ケイマンケミカル社製)、9-HPODE((10Z,12E)-9-ヒドロペルオキシ-10,12-オクタデカジエン酸、ケイマンケミカル社製)、9-HPOTE((10E,12Z,15Z)-9-ヒドロペルオキシ-10,12,15-オクタデカトリエン酸、ケイマンケミカル社製)、9-HOTE((10E,12Z,15Z)-9-ヒドロキシ-10,12,15-オクタデカトリエン酸、ケイマンケミカル社製)、13-HPOTE((9Z,11E,15Z)-13-ヒドロペルオキシ-9,11,15-オクタデカトリエン酸、ケイマンケミカル社製)、13-HOTE((9Z,11E,15Z)-13-ヒドロキシ-9,11,15-オクタデカトリエン酸、ケイマンケミカル社製)および12-OPDA(12-オキソ-フィトジエン酸、ケイマンケミカル社製)、ならびに、0.012%のα-ケトール脂肪酸をそれぞれ含む0.15%炭酸水素二カリウム水溶液をそれぞれ調製した。なお、α-ケトール脂肪酸水溶液は、次のような合成手段で合成した。
【0038】
大豆由来リポキシダーゼ(シグマアルドリッチ社製)10mgを、リノール酸1g、リン酸二水素カリウム0.15gおよび蒸留水100mlからなるリノール酸懸濁液へ加えて1昼夜攪拌し、過酸化脂質1を生成させた。なお、過酸化脂質の生成は、TLC(展開溶媒クロロホルム:エタノール=20:1、硫酸発色)による標準物質との比較、およびOD234nmの上昇により確認した。また、過酸化脂質1の主要成分が13-HPODE((9Z,11E)-13-(ヒドロペルオキシ)-9,11-オクタデカジエン酸)であることをNMRにより確認した。
【0039】
得られた過酸化物質1にアレンオキシドシンターゼ(シグマアルドリッチ社製)0.1mgを加えて1昼夜攪拌することで、炭素原子数が18のα-ケトール脂肪酸を得た。その後、氷冷下希塩酸を添加して反応液のpHを3.0とすることで酵素反応を停止させた。そしてpHを6.5に調整してα-ケトール脂肪酸水溶液とした。
【0040】
実施例2 抵抗性遺伝子発現の評価
実施例2として、0.012%の13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸を含む0.15%リン酸水素二カリウム水溶液を調製した。なお、13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸としては、(9Z,11E)-13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸(13-oxoODA、ケイマンケミカル社製)を用いた。比較例として、0.012%の脂肪酸類縁物質である13-HPODE((9Z,11E)-13-ヒドロペルオキシ-9,11-オクタデカジエン酸、ケイマンケミカル社製)、9-HPODE((10Z,12E)-9-ヒドロペルオキシ-10,12-オクタデカジエン酸、ケイマンケミカル社製)、9-HPOTE((10E,12Z,15Z)-9-ヒドロペルオキシ-10,12,15-オクタデカトリエン酸、ケイマンケミカル社製)、9-HOTE((10E,12Z,15Z)-9-ヒドロキシ-10,12,15-オクタデカトリエン酸、ケイマンケミカル社製)、13-HPOTE((9Z,11E,15Z)-13-ヒドロペルオキシ-9,11,15-オクタデカトリエン酸、ケイマンケミカル社製)、13-HOTE((9Z,11E,15Z)-13-ヒドロキシ-9,11,15-オクタデカトリエン酸、ケイマンケミカル社製)および12-OPDA(12-オキソ-フィトジエン酸、ケイマンケミカル社製)、ならびに、0.012%のα-ケトール脂肪酸をそれぞれ含む0.15%リン酸水素二カリウム水溶液をそれぞれ調製した。なお、α-ケトール脂肪酸水溶液は、実施例1と同様の合成手段で合成した。
【0041】
実施例1および実施例2で得られた各水溶液を、土耕栽培のシロイヌナズナの根(地下部)のみに灌注処理した。処理から24時間後に各水溶液で処理した各シロイヌナズナおよび対照として無処理のシロイヌナズナからRNAを抽出してRNAからcDNAを調製し、抵抗性遺伝子PR1、PR2、およびPDF1.2の発現量をリアルタイムPCRにて調べた。なお、遺伝子発現量はハウスキーピング遺伝子の発現量で標準化した。結果を
図1(実施例1)および
図2(実施例2)に示す。
【0042】
図1および
図2によれば、13-oxoODAは、他の物質に比べて、顕著に、病原菌に対する抵抗性を司る遺伝子PR1およびPR2(サリチル酸代謝系)を発現させることができることがわかる。一方、12-OPDAは、他の物質に比べて害虫に対する抵抗性を司る遺伝子PDF1.2(ジャスモン酸代謝系)を発現させていた。
【0043】
実施例3 抵抗性遺伝子発現における併用効果
(9Z,11E)-13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸(13-oxoODA、ケイマンケミカル社製)と脂肪酸類縁物質である12-OPDA(12-オキソ-フィトジエン酸、ケイマンケミカル社製)とをそれぞれ0.012%含む、0.15%炭酸水素二カリウム水溶液を調製した。
【0044】
実施例4 抵抗性遺伝子発現における併用効果
(9Z,11E)-13-オキソ-9,11-オクタデカジエン酸(13-oxoODA、ケイマンケミカル社製)と脂肪酸類縁物質である12-OPDA(12-オキソ-フィトジエン酸、ケイマンケミカル社製)とをそれぞれ0.012%含む、0.15%リン酸水素二カリウム水溶液を調製した。
【0045】
調製した水溶液を用いて、実施例1および2と同様にシロイヌナズナを処理し、RNAを抽出してRNAからcDNAを調製した。抵抗性遺伝子PR1、PR2、およびPDF1.2の発現量を実施例1および2と同様に調べた。結果が
図1(実施例3)および
図2(実施例4)に示されている。
【0046】
13-oxoODAと12-OPDAの両者を混合した組成物は、PR1およびPDF1.2を同時に発現させることができた。両者を混合した組成物は、サリチル酸代謝系およびジャスモン酸代謝系を相互補完的に活性化させることができると推測される。なお実施例1~4にて評価した一連の水溶液には13-oxoODAと12-OPDAとの水溶性を増すためカリウム塩を添加して試験をしていることから、一部の組成はこれらのカリウム塩として存在していることがわかる。
【0047】
上記の結果より、本発明の植物賦活剤が、土壌汚染や毒性が低く、抵抗性誘導効果に優れた植物賦活剤であることがわかる。