IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社リガクの特許一覧 ▶ トヨタ自動車株式会社の特許一覧

特開2023-76899構造情報取得方法及び構造情報取得装置
<>
  • 特開-構造情報取得方法及び構造情報取得装置 図1
  • 特開-構造情報取得方法及び構造情報取得装置 図2
  • 特開-構造情報取得方法及び構造情報取得装置 図3
  • 特開-構造情報取得方法及び構造情報取得装置 図4
  • 特開-構造情報取得方法及び構造情報取得装置 図5
  • 特開-構造情報取得方法及び構造情報取得装置 図6
  • 特開-構造情報取得方法及び構造情報取得装置 図7
  • 特開-構造情報取得方法及び構造情報取得装置 図8
  • 特開-構造情報取得方法及び構造情報取得装置 図9
  • 特開-構造情報取得方法及び構造情報取得装置 図10
  • 特開-構造情報取得方法及び構造情報取得装置 図11
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023076899
(43)【公開日】2023-06-05
(54)【発明の名称】構造情報取得方法及び構造情報取得装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/041 20180101AFI20230529BHJP
【FI】
G01N23/041
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021189927
(22)【出願日】2021-11-24
(71)【出願人】
【識別番号】000250339
【氏名又は名称】株式会社リガク
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091904
【弁理士】
【氏名又は名称】成瀬 重雄
(72)【発明者】
【氏名】影山 将史
(72)【発明者】
【氏名】岡島 健一
(72)【発明者】
【氏名】栗林 勝
(72)【発明者】
【氏名】三浦 雄三
(72)【発明者】
【氏名】永松 優一
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001BA11
2G001BA14
2G001CA01
2G001DA09
2G001HA13
2G001KA20
2G001LA05
(57)【要約】
【課題】大型の被写体であっても、異方性素材の配向情報を非破壊で比較的に簡便に取得できる技術を提供する。
【解決手段】位相コントラストX線光学系2の線源22から、湾曲された異方性素材12の接線方向に沿うように、X線を被写体1に向けて照射する。ついで、被写体1を透過したX線の検出信号を用いて散乱像を得る。この散乱像に基づいて、異方性素材12の構造情報を取得する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
湾曲された異方性素材を有する被写体の構造情報を、位相コントラストX線光学系を用いて取得する方法であって、
前記位相コントラストX線光学系の線源から、前記湾曲された異方性素材の接線方向に沿うように、X線を前記被写体に向けて照射するステップと、
前記被写体を透過した前記X線の検出信号を用いて散乱像を得るステップと、
前記散乱像に基づいて、前記異方性素材の構造情報を取得するステップと
を有することを特徴とする、構造情報取得方法。
【請求項2】
前記被写体は高圧タンクであり、前記異方性素材は、前記高圧タンクを構成する繊維であり、前記繊維の一部は、フープ巻とされ、前記繊維の他の一部は、前記フープ巻と異なる巻き方向とされている
請求項1に記載の構造情報取得方法。
【請求項3】
前記異方性素材は、円又は楕円を形成するように湾曲されている
請求項1又は2に記載の構造情報取得方法。
【請求項4】
前記X線を前記被写体に向けて照射する前に前記被写体を支持するステップをさらに備えており、
前記被写体を支持するステップにおいては、前記位相コントラストX線光学系の線源から照射されるX線の方向が、前記湾曲された異方性素材の接線方向に沿う方向となるように前記被写体を支持するものとなっている
請求項1~3のいずれか1項に記載の構造情報取得方法。
【請求項5】
被写体の散乱像を取得するための位相コントラストX線光学系と、処理部とを備えており、
前記位相コントラストX線光学系は、格子部と、この格子部及び前記被写体にX線を照射するための線源と、前記格子部及び前記被写体を通過した前記X線を検出する検出部とを有しており、
前記被写体は、湾曲された異方性素材を有しており、
前記線源からの前記X線の方向は、前記湾曲された異方性素材の接線方向に沿う方向とされており、
前記処理部は、
前記検出部で得られた前記X線の強度分布画像に基づいて散乱像を得る散乱像生成部と、
前記散乱像において、前記異方性素材の構造情報を抽出する抽出部と
を有している
構造情報取得装置。
【請求項6】
前記被写体を支持する支持機構をさらに備えており、
前記支持機構は、前記被写体を、前記位相コントラストX線光学系の線源から照射されるX線の方向が、前記湾曲された異方性素材の接線方向に沿う方向となるように支持する構成とされている
請求項5に記載の構造情報取得装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被写体の構造情報を非破壊で取得するための技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車のEV(Electric Vehicle)化が世界各国で進められており、その一種として燃料電池車が期待されている。燃料電池車は水素をエネルギー源とするため、燃料電池車には、水素を貯蔵できる水素タンクが搭載される。
【0003】
燃料電池車に搭載される水素タンクとしては、軽量と剛性を両立するため、CFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastics)製のものが採用されている。CFRP製のタンクは、異なる繊維配向の層構造を複数有しており、それらの位置関係が機械的な特性を決定する。このため、繊維配向の層構造が正しい位置関係にあることは重要である。
【0004】
ところで、樹脂成型後のCFRPにおける内部構造をタンクの外観から把握することは一般に困難である。タンクを切断すれば、実際の繊維配向の状態を計測できるが、切断されたタンクは使用不能となってしまう。
【0005】
そこで下記特許文献1では、CFRPを構成する繊維の配向を、パルスレーザを用いて非破壊で測定する技術を提案している。また、下記特許文献2では、電磁誘導加熱を用いてCFRPの物性を測定する技術を提案している。しかしながらこれらの技術では、CFRPにおける繊維の層構造の位置を十分精密に測定することは難しい。
【0006】
一方、繊維のような異方性素材の配向を非破壊で計測する技術として、下記非特許文献1では、過電流プローブによる方法を提案し、下記非特許文献2では、X線位相コントラスト法による方法を提案している。しかしながら、これらはいずれも、板状のサンプルにおける2次元的な配向を計測するものであって、水素タンクのような3次元的なサンプルにこれらの方法を適用することは難しい。
【0007】
異方性素材の3次元的な配向を計測する技術としては、下記特許文献3及び非特許文献3に記載のように、X線CTを用いた技術がある。しかしながら、CTを用いる技術の場合、被写体全体を視野に収める必要がある。このため、これらの技術においては、例えば水素タンクのような大型の被写体の構造を計測することは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2017-3409号公報
【特許文献2】特開2015-75428号公報
【特許文献3】特開2018-91765号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Russell A. Wincheski, and Selina Zhao, AIP Conference Proceedings 1949, 120004 (2018)
【非特許文献2】M. Kageyama, et al., NDT and E International 105 (2019) 19-24
【非特許文献3】Y. Sharma, et al., Appl. Phys. Lett. 109, 134102 (2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、前記した状況に鑑みてなされたものである。本発明は、大型の被写体であっても、異方性素材の配向情報を非破壊で比較的に簡便にかつ精度よく取得できる技術を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、以下の項目に記載の発明として表現することができる。
【0012】
(項目1)
湾曲された異方性素材を有する被写体の構造情報を、位相コントラストX線光学系を用いて取得する方法であって、
前記位相コントラストX線光学系の線源から、前記湾曲された異方性素材の接線方向に沿うように、X線を前記被写体に向けて照射するステップと、
前記被写体を透過した前記X線の検出信号を用いて散乱像を得るステップと、
前記散乱像に基づいて、前記異方性素材の構造情報を取得するステップと
を有することを特徴とする、構造情報取得方法。
【0013】
(項目2)
前記被写体は高圧タンクであり、前記異方性素材は、前記高圧タンクを構成する繊維であり、前記繊維の一部は、フープ巻とされ、前記繊維の他の一部は、前記フープ巻と異なる巻き方向とされている
項目1に記載の構造情報取得方法。
【0014】
(項目3)
前記異方性素材は、円又は楕円を形成するように湾曲されている
項目1又は2に記載の構造情報取得方法。
【0015】
(項目4)
前記X線を前記被写体に向けて照射する前に前記被写体を支持するステップをさらに備えており、
前記被写体を支持するステップにおいては、前記位相コントラストX線光学系の線源から照射されるX線の方向が、前記湾曲された異方性素材の接線方向に沿う方向となるように前記被写体を支持するものとなっている
項目1~3のいずれか1項に記載の構造情報取得方法。
【0016】
(項目5)
被写体の散乱像を取得するための位相コントラストX線光学系と、処理部とを備えており、
前記位相コントラストX線光学系は、格子部と、この格子部及び前記被写体にX線を照射するための線源と、前記格子部及び前記被写体を通過した前記X線を検出する検出部とを有しており、
前記被写体は、湾曲された異方性素材を有しており、
前記線源からの前記X線の方向は、前記湾曲された異方性素材の接線方向に沿う方向とされており、
前記処理部は、
前記検出部で得られた前記X線の強度分布画像に基づいて散乱像を得る散乱像生成部と、
前記散乱像において、前記異方性素材の構造情報を抽出する抽出部と
を有している
構造情報取得装置。
【0017】
(項目6)
前記被写体を支持する支持機構をさらに備えており、
前記支持機構は、前記被写体を、前記位相コントラストX線光学系の線源から照射されるX線の方向が、前記湾曲された異方性素材の接線方向に沿う方向となるように支持する構成とされている
項目5に記載の構造情報取得装置。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、例えば水素タンクのような大型の被写体であったとしても、それに含まれる異方性素材の配向情報を非破壊で、比較的に簡便にかつ精度よく取得することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の一実施形態に係る構造情報取得方法において測定の対象となる被写体の一例を模式的に示す説明図である。
図2図1の被写体の模式的な横断面である。
図3】本発明の一実施形態に係る構造情報取得装置の概略的な構造を説明するための斜視図である。
図4図3の装置に用いられる処理部を説明するためのブロック図である。
図5図3の装置を、被写体の軸心に直交する面に沿って切断した状態での模式的な説明図である。
図6】繊維とX線と格子との位置関係を説明するための概略的な説明図である。
図7】本発明の一実施形態に係る構造情報取得方法の手順を説明するための説明図である。
図8】繊維角度(度)と散乱強度(任意単位)との関係を示すグラフ及び、繊維角度の取り方を説明する説明図である。
図9】図(a)は層構造をなす繊維の横断面図、図(b)は、繊維の接線方向のX線照射により得られる強度分布画像、図(c)は図(a)と同様な方向から見たときの散乱像、図(d)は図(b)と同様な方向のX線照射により得られる散乱像である。
図10】図(a)は実施例1における散乱像、図(b)は図(a)から抽出した領域を示す説明図、図(c)及び(d)は対応する領域における散乱強度のヒストグラム及び統計値である。
図11】実施例1における散乱像から抽出した情報の一例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照しながら、本発明の一実施形態に係る構造情報取得装置と、それを用いた構造情報取得方法を説明する。まず、説明の前提として、情報取得の対象となる被写体の構成例について説明する。
【0021】
(被写体)
本実施形態の被写体1としては、燃料電池車用の水素タンクが用いられている。この被写体1は、樹脂製のライナー部11と、このライナー部11の外周に巻き付けられた炭素繊維(すなわち異方性素材)12とから構成されている(図1参照)。
【0022】
ライナー部11は、両端が閉じた円筒状とされており、内部に水素を貯蔵できるようになっている。また、ライナー部11の両端は、応力集中を避けるために球面状とされている。ただし、ライナー部11の両端が平坦面であってもよい。また、ライナー部11は円筒状に限らず、楕円体状や球体状など、他の適宜な形状であってもよい。
【0023】
炭素繊維12は、それぞれ層状にライナー部11に巻き付けられたフープ巻(つまりフープ層)121と、高角度ヘリカル巻(つまり高角度ヘリカル層)122と、低角度ヘリカル巻(つまり低角度ヘリカル層)123とを有している。これにより、炭素繊維12の一部がフープ巻とされ、他の一部がそれとは異なる巻き方向とされている。ここでフープ巻とは、ライナー部11の中心軸に対して略直交する方向に巻き付けられた繊維であり、高角度ヘリカル巻きとは、ライナー部11の中心軸に対して、傾斜する方向に巻き付けられた繊維であり、低角度ヘリカル巻きとは、高角度ヘリカル巻きよりも低い角度で(つまりライナー部11の中心軸と平行に近い角度で)傾斜して巻き付けられた繊維である。なお、図1においては、理解を容易にするために、それぞれの層における繊維の端部がライナー部11から離間しているが、実際の水素タンクにおいては、繊維はライナー部11に密に巻き付けられている(例えば特開2015-214087号公報参照)。
【0024】
さらに図2を参照して、被写体1の断面構造を説明する。図2は、理解の容易のために構造を模式的に記載したものであって、寸法比は正確なものではない。図2に示されるように、フープ巻121と高角度ヘリカル巻122と低角度ヘリカル巻123とは層をなすように配置されている。なお、これらの層の積層順序は図2の例に限られない。前記の構造により、本実施形態の被写体1は、円弧状に湾曲された長尺状の異方性素材としての繊維を有するものとなっている。
【0025】
(本実施形態の構造情報取得装置)
次に、図3図5を参照して、本実施形態に係る構造情報取得装置について説明する。
【0026】
この装置は、被写体1の散乱像を取得するための位相コントラストX線光学系2と、処理部3とを主要な構成として有している(図3参照)。さらにこの装置は、制御部4と、出力部5と、支持機構6とを有している(図3参照)。なお、図3に示す被写体1の形状は、図1と異なり、両端が平坦となっており、両端面から外側方向に中心軸13が突出したものとなっている。しかしながら、基本的構成は図1の例と同様である。
【0027】
(位相コントラストX線光学系)
位相コントラストX線光学系2は、格子部21と、この格子部21及び被写体1にX線を照射するための線源22と、格子部21及び被写体1を通過したX線を検出する検出部23とを有している。
【0028】
格子部21は、タルボ・ロー干渉計を構成するためのG0格子211と、G1格子212と、G2格子213とを有している。さらに、この格子部21は、G1格子212を駆動していわゆる縞走査法を実施するための格子駆動部214を有している。G0格子211は、非コヒーレントなX線を発生する線源22からのX線を透過することで等価的に複数のコヒーレントな点光源を生成するための吸収格子である。つまり、G0格子211は、実質的には線源の一部ともいえるものである。G0~G2格子211~213における格子の周期方向は、この例では、被写体1の軸心に直交する方向とされている(後述の図5参照)が、被写体1の軸心と平行な方向とすることも可能である。格子駆動部214としては、必要なタイミングで格子を所定のステップずつ駆動できる適宜な駆動機構、例えばボールねじ、リニアモータ、ピエゾ素子、または静電アクチュエータを用いることができる。
【0029】
線源22は、必要な強度のX線を発生して格子部21及び被写体1に照射するためのものである。線源22としては、タルボ・ロー干渉計構成の場合は、非コヒーレントなX線を発生するものを利用可能である。G0格子を省略するときは、実用上必要な程度に空間的位相の揃った(つまりコヒーレントな)X線を発生する線源(例えば微小点光源など)を用いる。本実施形態においては、線源22から被写体1へのX線の方向は、湾曲された炭素繊維12の接線方向に沿う方向とされている。この点についてはさらに後述する。
【0030】
検出部23は、実用上十分な解像度を提供できる複数の画素(図示せず)を備えており、これらの画素によって、格子部21及び被写体1を通過したX線の強度分布画像を取得することができる。検出部23で取得された強度分布画像は処理部3に送られる。
【0031】
本実施形態において用いる位相コントラストX線光学系2は、基本的に従来から使用されているものと同様でよいので、これ以上詳しい説明は省略する(参考:国際公開2004/058070、Pfeiffer F, Weitkamp T, Bunk O, David C, Phase retrieval and differential phase-contrast imaging with low-brilliance X-ray sources. Nat. Phys. 2 (2006) 258-261.)。
【0032】
(処理部)
処理部3は、位相コントラストX線光学系2の検出部23で得られたX線の強度分布画像に基づいて散乱像を得る散乱像生成部31と、得られた散乱像から炭素繊維12の構造情報を抽出する抽出部32とを有している(図4参照)。
【0033】
散乱像生成部31及び抽出部32の動作については後述する。処理部3は、具体的には、コンピュータハードウエア及びソフトウエアの組み合わせにより実現される。
【0034】
(制御部)
制御部4は、格子駆動部214、支持機構6の軸方向駆動部63(後述)及び周方向駆動部64(後述)のそれぞれにおける駆動量(つまり移動量又は移動角度)及び駆動時期を制御するものである。制御部4も、コンピュータハードウエア及びソフトウエアの組み合わせにより実現される。制御部4の機能が処理部3に実装されて両者が一体となっていてもよい。
【0035】
(出力部)
出力部5は、処理部3による処理結果をユーザ又は他の機器に向けて出力するためのものである。出力部5としては、例えばディスプレイやプリンタであるが、処理結果を受け取る他の機器を接続するためのインターフェースであってもよい。また出力部5は、ネットワーク経由で他の機器に処理結果を送信するものであってもよい。
【0036】
(支持機構)
支持機構6は、被写体1を、位相コントラストX線光学系2の線源22から照射されるX線の方向が、湾曲された炭素繊維12の接線方向に沿う方向となるように支持するものである。具体的には、本実施形態の支持機構6は、床面側に固定された基台61と、基台61上に取り付けられた支持体62と、支持体62を駆動する軸方向駆動部63と、被写体1を回転させる周方向駆動部64とを有している。
【0037】
支持体62は、基台61に対して、被写体1の軸線方向(あるいは基台61の長さ方向)に沿って移動可能とされたスライド部621と、このスライド部621の上方に向けて突出する2本の支持アーム622とから構成されている。スライド部621は、軸方向駆動部63により、被写体1の軸線方向に沿って所定の距離だけ移動できるようになっている。支持アーム622は、被写体1の軸方向端部から外部方向に突出された中心軸13(図3参照)を支持して、被写体1を適切な高さに保持できるようになっている。これにより、本実施形態の支持体62は、被写体1の軸線が水平方向に向くように被写体1を支持している。
【0038】
また、支持体62は、G1格子212とG2格子213との間に被写体1を配置するようになっている。また、本実施形態の支持体62は、位相コントラストX線光学系2の線源22から照射されるX線の方向が、湾曲された炭素繊維12の接線方向に沿う方向となるように被写体1を支持する(図5及び図6参照)。ここで図6は、炭素繊維12の内のフープ巻121の一部と、G2格子213と、X線との位置関係のみを模式的に表している。さらに、支持体62は、X線の照射範囲(視野)が被写体1の軸心から外れるように(図5参照)、被写体1を支持する。
【0039】
軸方向駆動部63は、制御部4からの指令により、所定の時期に所定の距離だけスライド部621を移動させることができるようになっている。
【0040】
周方向駆動部64は、被写体1の中心軸13に接続されており、制御部4からの指令により、所定の時期に所定の角度だけ被写体1を自転させることができるようになっている。
【0041】
(本実施形態における構造情報取得方法)
以下、前記した装置を用いて被写体1の構造情報を取得する方法の一例を、図7をさらに参照しながら説明する。
【0042】
図7のステップSA-1)
まず、図3に示すように、被写体1を支持機構6により支持する。この状態では、被写体1はほぼ水平状態とされる。このとき、位相コントラストX線光学系2の線源22から照射されるX線の方向が、湾曲された炭素繊維12の接線方向に沿う方向となるように被写体を支持する(図5及び図6参照)。これにより、位相コントラストX線光学系2の線源22から、湾曲された炭素繊維12の接線方向に沿うように、X線を被写体1に向けて照射することができる。ここで、X線の照射角度としては、±5°程度のずれは通常は許容される。つまり、X線の照射角度は、実用上十分な程度の精度であればよく、数学的に厳密である必要はない。また、本実施形態では、図5に示すように、被写体1の軸心を視野から外して、被写体1の外周面を視野内に配置しているので、X線の照射方向を炭素繊維12の接線方向とする作業が容易となる。
【0043】
図7のステップSA-2)
線源22から被写体1に向けて照射されたX線は、格子部21及び被写体1を通過して検出部23に到達する。より詳しくは、本実施形態では、X線はG0格子211、G1格子212、被写体1、G2格子213の順で透過して検出部23に到達する。検出部23では、到達したX線の強度分布画像(つまり検出信号あるいは画像信号)を取得する。取得された強度分布画像は処理部3に送られる。ここで、本実施形態では、通常の縞走査法を行う。すなわち、制御部4は、格子部21の格子駆動部214を駆動して、適切なステップずつ格子(この例ではG1格子)を移動させる。強度分布画像の取得は、各ステップにおいて行われる。
【0044】
図7のステップSA-3)
処理部3の散乱像生成部31では、得られた強度分布画像を用いて散乱像を取得する。散乱像の取得方法自体は従来から知られているものと同様でよいので、これについての詳しい説明は省略する。
【0045】
図7のステップSA-4及びSA-5)
ついで、処理部3の抽出部32は、散乱像に基づいて、異方性素材の構造情報を取得する。より詳しくは、強い散乱が生じている領域を抽出し、その領域を、特定の角度範囲にある繊維の断層像として特定する。以下、この抽出の原理を、図8をさらに参照して説明する。
【0046】
図8には、繊維角度θ°と散乱強度F(θ)との関係を示した。この図からわかるように、散乱強度は、繊維角度θ=0°のとき最大となり、θが大きく(あるいは小さく)なるほど小さくなる。
【0047】
この点について、図9をさらに参照して模式的に説明する。仮に、湾曲する繊維が図9(a)に示されるように層構造をなしている場合、図中矢印方向(つまり繊維の接線方向)に照射したX線により解像される強度分布画像は、図9(b)のように、領域があいまいでコントラストが少ないグラデーションとなる。これでは層構造を計測することは難しい。
【0048】
これに対して、散乱像では、図9(d)のように、繊維角度θに応じて明瞭なコントラストの縞模様となる。このように、本実施形態では、散乱像を用いて、特定の角度範囲の繊維領域を決定できる。なお、図9(c)では図9(a)よりも濃度が薄くなっているが、これは散乱像を用いたためであって、被写体の物理的構造は図9(a)と同じである。また、図9はあくまで模式的な説明のためのものである。湾曲した繊維を含む被写体にX線を照射すると、局所的に、繊維の方向とX線の方向が一致(おおよそ±5°以内)して強い散乱が発生する。この強い散乱のみを、例えば適宜な閾値を用いて抽出部32が抽出することで、ある角度範囲成分をスライス厚みとする断層像を生成できる。この断層像から、X線照射方向におおむね一致する繊維領域を決定できる。
【0049】
図7のステップSA-6)
抽出部32は、X線照射方向におおむね一致する繊維領域の位置情報(端部、面積、長さ)や、領域内の角度分布に関する情報を生成して出力することができる。すなわち処理部3は、特定の角度範囲にある繊維領域についての各種の情報、例えば位置情報や分布情報を算出し、出力部5に送ることができる。出力部5は、これらの情報を、ユーザや他の機器に向けて出力することができる。抽出される情報の具体例は後述する実施例1として説明する。
【0050】
所定部分での情報を取得した後、制御部4により周方向駆動部64を駆動して被写体1を回転させることにより、被写体1の別の部分(周方向にずれた部分)の構造情報を取得することができる。また、制御部4により軸方向駆動部63を駆動して被写体1を軸方向に移動させることにより、被写体1のさらに別の部分(軸方向にずれた部分)の構造情報を取得することができる。周方向駆動部64と軸方向駆動部63の駆動時期は、どちらが先であってもよく、同時に駆動してもよい。また、処理部3での処理(すなわち散乱像の生成あるいは情報の抽出)の前、あるいは処理の途中で、被写体1を適宜駆動して、必要な位置における強度分布画像を順次取得してもよい。
【0051】
本実施形態の方法によれば、CTを使わなくとも、炭素繊維等の異方性素材の位置等を、散乱像のコントラストに基づいて非破壊で、精度よく取得することができる。本実施形態では、CTを使う必要がないので、水素タンクのような大きな被写体を対象とすることも可能である。
【0052】
(実施例1)
前記した本実施形態の方法で取得した散乱像の例を図10(a)に示す。散乱像を用いると、領域が明確でコントラストが明瞭な画像となり、これに基づいて層構造を特定できる。画像に基づいてフープ層及び高ヘリカル層に相当する繊維配向構造を特定した例を図10(b)に示す。ここでは白線が領域の境界を示す。また、特定された各領域に対応する情報の例を図10(c)及び(d)に示す。これらの図では領域内における散乱強度のヒストグラムと統計値が示されている。ここで例えば図10(c)のヒストグラムは、ピークに対して左右非対称であり、輝度値の低い画素が多い。これはX線入射方向から外れた配向の繊維が多いことを示唆している。逆に図10(d)のヒストグラムは、輝度値の高い画素が多く、X線入射方向に近い配向の繊維が多いことを示している。また、領域内散乱強度の分散、尖度といった統計量から、繊維の配向ムラを定量的に評価することも可能である。
【0053】
また、図11に、抽出した2種類の領域とその面積(画素数)とを例示している。これも領域に対応する情報の一例である。
【0054】
このように、本実施形態では、繊維の位置や配向に関する定量的な情報を取得することができる。
【0055】
(実施例2)
ここで、格子部21と被写体1との位置関係を、実施例2として詳しく説明する。前記した実施形態においては、いわゆるInverse Geometry(すなわちG0格子211の格子周期(G0周期)≦G2格子213の格子周期(G2周期)、参考:T. Donath, et al, "Inverse geometry for grating-based x-ray phase-contrast imaging", J. Appl. Phys., 106 (2009) 054703)としたうえで、被写体1の位置(特に撮影対象となる繊維の配向とX線入射方向が一致する領域)を、G1格子212とG2格子213の中点からG2格子213までの範囲内に設置することが好ましい。その理由は以下の通りである。
【0056】
本実施形態の光学系は二つの効果を期待して設計される。一つは焦点のぼけの影響を抑えること、もう一つは散乱に対する感度を抑えることである。前者の効果を最大化するためには、被写体1はできる限り検出部23に近い位置に設置することが望ましい。後者の効果は、被写体1の構造に依存するため必ずしも最大化しなくても良いが、少なくとも被写体1をG1格子212から遠ざけ、G2格子213に近づけることが重要である。これは、X線入射方向と一致した繊維からの散乱が極めて強く、G1格子212に近い位置に設置して計測するとX線の干渉性が低下しすぎてしまい、極めて長時間の測定が要求されてしまうためである。
【0057】
ここで、一般的なTalbot-Lau干渉計(G0周期>G2周期)では、検出部23とG1格子212間距離が接近しており、被写体1をG2格子213に近づけることが難しい。代わってG0周期<G2周期となるようなInverse Geometryを採用することが本実施形態において好ましい。それにより、被写体1を、G1格子212とG2格子213の間の中点から、G2格子213までの間に挿入する構成を採用しやすくなり、前記した二つの効果を発揮しやすくなる。
【0058】
なお、前記実施形態及び各実施例の記載は単なる一例に過ぎず、本発明に必須の構成を示したものではない。各部の構成は、本発明の趣旨を達成できるものであれば、上記に限らない。
【0059】
例えば、異方性素材は、楕円を形成するように湾曲されていてもよい。
【0060】
また、炭素繊維12における層の数は、2層や3層に限らず、1層や4層以上であってもよい。
【0061】
さらに、前記実施形態では縞走査法を前提として説明したが、X線位相像を取得するためには、フーリエ変換法を用いることもできる。また、いずれかの格子をステップ状に移動させることに代えて、被写体1を移動させることにより、実質的な縞走査法を実施することも可能である。
【0062】
また、被写体1としては、水素タンクに限らない。湾曲された異方性素材を有する他の構造物を被写体とすることは可能である。ここで、被写体1としては、タンクのような大型試料に限られず、小型の試料であってもよい。
【0063】
さらに、散乱像から構造情報を抽出する作業を、処理部3ではなく、作業者により行うこともできる。
【0064】
また、線源22として、G0格子と実質的に等価な構造化ターゲットを用いることにより、G0格子を省略することもできる。
【0065】
さらに、格子部21として、タルボ・ロー干渉計の構成を用いずに、いわゆるエッジイルミネーションと呼ばれる格子部を用いて散乱像を生成することもできる(参考:A. Olivo, "Edge-illumination x-ray phase-contrast imaging", J. Phys.: Condens. Matter 33 (2021) 363002)。
【0066】
また、仮に、被写体1の構造上の理由から散乱に対する感度を上げたい場合は、Inverse Geometryではなく、一般的なTalbot-Lau干渉計を採用し、被写体1はG1格子212とG2格子213の間の中点から、G1格子212までの間に挿入するのが望ましい。
【0067】
さらに、格子部における周期方向を種々異ならせることにより、複数の散乱像を取得し、これらを比較することによって、特定方向の異方性に基づく散乱成分を抽出することも可能である。
【符号の説明】
【0068】
1 被写体
11 ライナー部
12 炭素繊維(異方性素材)
121 フープ巻(フープ層)
122 高角度ヘリカル巻(高角度ヘリカル層)
123 低角度ヘリカル巻(低角度ヘリカル層)
13 中心軸
2 X線光学系
3 処理部
31 散乱像生成部
32 抽出部
21 格子部
211 G0格子
212 G1格子
213 G2格子
214 格子駆動部
22 線源
23 検出部
4 制御部
5 出力部
6 支持機構
61 基台
62 支持体
621 スライド部
622 支持アーム
63 軸方向駆動部
64 周方向駆動部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11