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特開2023-77063過共晶Al-Si合金用微細化剤及びその製造方法並びに過共晶Al-Si合金鋳造材の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023077063
(43)【公開日】2023-06-05
(54)【発明の名称】過共晶Al-Si合金用微細化剤及びその製造方法並びに過共晶Al-Si合金鋳造材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/00 20060101AFI20230529BHJP
   C22C 21/12 20060101ALI20230529BHJP
   C22C 21/02 20060101ALI20230529BHJP
   C22C 1/02 20060101ALI20230529BHJP
【FI】
C22C21/00 N
C22C21/12
C22C21/02
C22C1/02 503J
C22C1/02 501E
C22C1/02 503K
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021190188
(22)【出願日】2021-11-24
(71)【出願人】
【識別番号】000004743
【氏名又は名称】日本軽金属株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】507073859
【氏名又は名称】日軽エムシーアルミ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】弁理士法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】織田 和宏
(72)【発明者】
【氏名】望月 鉄矢
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼買 瑞樹
(72)【発明者】
【氏名】下村 眞美
(72)【発明者】
【氏名】鍋田 汐南
(72)【発明者】
【氏名】王 多
(57)【要約】
【課題】初晶Siだけでなく共晶Siの粗大化も抑制することができる過共晶Al-Si合金用微細化剤及びその製造方法並びに初晶Siと共晶Siが共に微細化された過共晶Al-Si合金鋳造材の製造方法を提供する。
【解決手段】0.004~1.400wt%のPを含有するアルミニウム合金からなり、AlP化合物の平均円相当粒径が1μm以下であること、を特徴とする過共晶Al-Si合金用微細化剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.004~1.400wt%のPを含有するアルミニウム合金からなり、
AlP化合物の平均円相当粒径が1μm以下であること、
を特徴とする過共晶Al-Si合金用微細化剤。
【請求項2】
5~20wt%のCuを含有すること、
を特徴とする請求項1に記載の過共晶Al-Si合金用微細化剤。
【請求項3】
12~20wt%のSiを含有すること、
を特徴とする請求項1又は2に記載の過共晶Al-Si合金用微細化剤。
【請求項4】
請求項1~3のうちのいずれかに記載の過共晶Al-Si合金用微細化剤の組成を有する溶湯を、1080~1800℃で1~20分間保持する保持処理工程を有すること、
を特徴とする過共晶Al-Si合金用微細化剤の製造方法。
【請求項5】
鋳造時の冷却速度を100℃/s以上とすること、
を特徴とする請求項4に記載の過共晶Al-Si合金用微細化剤の製造方法。
【請求項6】
鋳造後に時効処理を行うこと、
を特徴とする請求項4又は5に記載の過共晶Al-Si合金用微細化剤の製造方法。
【請求項7】
12~20wt%のSiを含有するアルミニウム合金溶湯中に、請求項1~3のうちのいずれかに記載の過共晶Al-Si合金用微細化剤を添加し、鋳造すること、
を特徴とする過共晶Al-Si合金鋳造材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は過共晶Al-Si合金の初晶Siの微細化に使用される微細化剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
Al-Si合金は機械的性質に優れるだけでなく、良好な鋳造性を有しているため、鋳物用合金として用いられてきた。しかしながら、Siの含有量が13wt%を超えると硬い初晶Siが多く晶出するようになり、耐摩耗性が向上する一方で、初晶Siが粗大化すると靭性や切削性が低下してしまう。
【0003】
これに対して、初晶Siの粗大化を抑制する方法として、Al-Cu-P合金、Cu-P合金及びPフラックス等を用いてPを添加する方法が知られている。Pを添加することにより、初晶Siの晶出の核となるAlP化合物が形成され、微細な初晶Siが一斉に晶出することにより、初晶Siの粗大化が抑制される。
【0004】
例えば、特許文献1(特開平8-170136号公報)では、初晶Siの大きさが任意に制御され、過共晶Al-Si合金鋳物の耐摩耗性、機械的性質、機械加工性を要求特性に合わせてコントロールすることが可能であると共に、アルミニウム合金溶湯の湯流れ性・湯まわり性を改善して薄肉・軽量部品への適用も容易なものとすることが可能である過共晶Al-Si合金および過共晶Al-Si合金鋳物を提供する、ということを目的として、重量%で、Si:12.0~25.0%、Cu:0.5~5.0%、Mg:0.1~2.0%、P:0.003~0.05%、Be:0.001~0.01%を含み、残部AlおよびMn,Cr,Ti,Fe,Ni,Zn,Sn等のその他の必要合金元素ならびに不純物からなる過共晶Al-Si合金、ならびにPおよび/またはBeを含まない前記過共晶Al-Si合金を鋳造素材としてなり、鋳造に際して晶出する初晶Si微細化のためにP:0.003~0.05%および/またはBe:0.001~0.01%の範囲で添加されている過共晶Al-Si合金鋳物、が提案されている。
【0005】
上記特許文献1に記載の過共晶Al-Si合金鋳物においては、Pを0.003~0.05%、Beを0.001~0.01%含有しているために、これら両元素の添加量によって初晶Siが任意の大きさに制御されることとなり、過共晶Al-Si合金鋳物の耐摩耗性、機械的性質、機械加工性は要求特性に合わせてコントロールされることとなる、とされている。
【0006】
また、特許文献2(特開平4-362326号公報)では、鉄道車両用ブレーキディスクとして使用可能な機械的特性及び摩擦摩耗特性を有するアルミニウム合金製の軽量ブレーキディスクを提供する、ということを目的として、ケイ素13~18重量%、銅3~5重量%及びマグネシウム0.1~1重量%を含み、更にリン0.001~0.1重量%及びアンチモン0.001~0.5重量%の一方又は両方を含み、残部がアルミニウムと不可避の不純物からなるアルミニウム合金製ブレーキディスク、が提案されている。
【0007】
上記特許文献2に記載のアルミニウム合金製ブレーキディスクにおいては、初晶Siによりアルミニウム合金に所望の耐摩耗性を付与するためにSi含有量を13~18重量%とし、初晶Siを微細化するためにP及びSbが添加されている、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平8-170136号公報
【特許文献2】特開平4-362326号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1に記載の過共晶Al-Si合金鋳物はP及びBeの添加によって初晶Siが微細化されているが、共晶Siには着目しておらず、初晶Siの粗大化抑制に伴って共晶Siが粗大化する場合があることには留意されていない。加えて、Beは毒性の強い元素であり、使用は極力控えることが望まれる。
【0010】
また、特許文献2に記載のアルミニウム合金製ブレーキディスクにおいても、PやSbの添加によって初晶Siが微細化されているが、共晶Siの状態については全く検討されていない。
【0011】
以上のような従来技術における問題点に鑑み、本発明の目的は、初晶Siだけでなく共晶Siの粗大化も抑制することができる過共晶Al-Si合金用微細化剤及びその製造方法並びに初晶Siと共晶Siが共に微細化された過共晶Al-Si合金鋳造材の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、過共晶Al-Si合金用微細化剤の組成及び微細組織等について鋭意研究を重ねた結果、過共晶Al-Si合金用微細化剤に適量のPを添加すると共に、微細なAlP化合物を分散させること等が極めて有効であることを見出し、本発明に到達した。
【0013】
即ち、本発明は、
0.004~1.400wt%のPを含有するアルミニウム合金からなり、
AlP化合物の平均円相当粒径が1μm以下であること、
を特徴とする過共晶Al-Si合金用微細化剤、を提供する。
【0014】
本発明の過共晶Al-Si合金用微細化剤においては、極めて微細なAlP化合物(晶出物及び析出物)が多数分散していることが最大の特徴となっている。当該AlP化合物の平均円相当粒径を1μm以下とすることで、過共晶Al-Si合金の溶湯中に過共晶Al-Si合金用微細化剤を添加した際に、AlP化合物が速やかに初晶Siの晶出核となり、初晶Siの粗大化の抑制に寄与する。
【0015】
また、0.004~1.400wt%のP含有量において、AlP化合物の平均円相当粒径が1μm以下であれば、AlP化合物の数は多くなり、共晶Siの晶出の際にも多数の微細なAlP化合物が存在する。その結果、当該AlP化合物が共晶Siの晶出核にもなることで、共晶Siの粗大化が極めて効果的に抑制される。
【0016】
また、本発明の過共晶Al-Si合金用微細化剤においては、5~20wt%のCuを含有すること、が好ましい。5~20wt%のCuを含有する過共晶Al-Si合金用微細化剤を用いることで、元の過共晶Al-Si合金に適量のCuを添加することができる。過共晶Al-Si合金用微細化剤のCuの含有量を5wt%以上とすることで、固溶体強化及び時効硬化により過共晶Al-Si合金鋳物の強度を向上させることができる。また、過共晶Al-Si合金用微細化剤のCuの含有量を20wt%以下とすることで、過共晶Al-Si合金鋳物の靭性の低下及び引け巣の発生を抑制することができる。
【0017】
ここで、過共晶Al-Si合金用微細化剤の添加により、過共晶Al-Si合金のCu含有量を0.1~6.0wt%とすることが好ましいが、5~20wt%のCuを含有する過共晶Al-Si合金用微細化剤を用いることにより、これを容易に実現することができる。
【0018】
また、本発明の過共晶Al-Si合金用微細化剤においては、12~20wt%のSiを含有すること、が好ましい。本発明の過共晶Al-Si合金用微細化剤を添加する過共晶Al-Si合金のSi含有量は12~20wt%であり、当該含有量範囲内のSiを添加することで、過共晶Al-Si合金用微細化剤を添加した後の過共晶Al-Si合金のSi含有量の変化を最小限に留めることができる。加えて、過共晶Al-Si合金用微細化剤のSi含有量を12~20wt%とすることで、鋳造及びその後の塑性加工や切削加工等により、任意の大きさ及び形状の過共晶Al-Si合金用微細化剤を容易に得ることができる。
【0019】
また、本発明は、本発明の過共晶Al-Si合金用微細化剤の組成を有する溶湯を、1080~1800℃で1~20分間保持する保持処理工程を有すること、を特徴とする過共晶Al-Si合金用微細化剤の製造方法、も提供する。
【0020】
本発明の過共晶Al-Si合金用微細化剤は0.004~1.400wt%のPを含有しているところ、当該組成を有する溶湯を1080~1800℃で1~20分間保持する保持処理工程を有することで、AlP化合物を溶解させることができる。その結果、粗大なAlP化合物が存在する場合であっても当該AlP化合物を除去することができ、最終的に得られる過共晶Al-Si合金用微細化剤のAlP化合物の平均円相当粒径を1μm以下とすることができる。
【0021】
また、本発明の過共晶Al-Si合金用微細化剤の製造方法においては、鋳造時の冷却速度を100℃/s以上とすること、が好ましい。鋳造時の冷却速度を100℃/s以上とすることで、Pを過共晶Al-Si合金に過飽和固溶させることができる。Pを過飽和固溶した過共晶Al-Si合金を前駆体とすることで、最終的に得られる過共晶Al-Si合金用微細化剤のAlP化合物の平均円相当粒径を容易に制御することができる。
【0022】
また、本発明の過共晶Al-Si合金用微細化剤の製造方法においては、鋳造後に時効処理を行うこと、が好ましい。時効処理によって、AlP化合物の平均円相当粒径を制御することができる。特に、Pを過飽和固溶した過共晶Al-Si合金に対して適当な条件で時効処理を施すことによって、より確実にAlP化合物の平均円相当粒径を1μm以下とすることができる。
【0023】
更に、本発明は、12~20wt%のSiを含有するアルミニウム合金溶湯中に、本発明の過共晶Al-Si合金用微細化剤を添加し、鋳造すること、を特徴とする過共晶Al-Si合金鋳造材の製造方法、も提供する。
【0024】
12~20wt%のSiを含有するアルミニウム合金溶湯中に、本発明の過共晶Al-Si合金用微細化剤を添加し、鋳造することで、過共晶Al-Si合金鋳造材の初晶Siと共晶Siを共に微細化することができる。
【0025】
ここで、本発明の過共晶Al-Si合金用微細化剤の製造方法を、過共晶Al-Si合金鋳物自体の製造に適用することも考えられるが、その場合はアルミニウム合金溶湯の全体を高温に保持(1080~1800℃に1~20分間保持)する必要がある。これに対し、本発明の過共晶Al-Si合金用微細化剤を用いる場合、これを従来公知の条件に保持されたアルミニウム合金溶湯に添加するのみで初晶Siと共晶Siを共に微細化することができるため、CO排出量の削減、省エネルギー及び製造コストの削減を達成することができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、初晶Siだけでなく共晶Siの粗大化も抑制することができる過共晶Al-Si合金用微細化剤及びその製造方法並びに初晶Siと共晶Siが共に微細化された過共晶Al-Si合金鋳造材の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】本発明の過共晶Al-Si合金鋳造材の製造方法の模式図である。
図2】実施過共晶Al-Si合金鋳物1及び比較過共晶Al-Si合金鋳物1~3のミクロ組織写真である。
図3】実施過共晶Al-Si合金鋳物1及び比較過共晶Al-Si合金鋳物4,5のミクロ組織写真である。
図4】実施過共晶Al-Si合金鋳物2及び比較過共晶Al-Si合金鋳物4,5のミクロ組織写真である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の過共晶Al-Si合金用微細化剤及びその製造方法並びに過共晶Al-Si合金鋳造材の製造方法について詳細に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【0029】
1.過共晶Al-Si合金用微細化剤
本発明の過共晶Al-Si合金用微細化剤は、適量のPを含有するアルミニウム合金からなり、微細なAlP化合物が分散していることを特徴としている。以下、成分及び微細組織について詳細に説明する。
【0030】
(1)添加元素
(1-1)必須の添加元素
P:0.004~1.400wt%
過共晶Al-Si合金用微細化剤に含まれるPは、過共晶Al-Si合金用微細化剤に多数の微細なAlP化合物を分散させるためのものである。Pの含有量を0.004wt%以上とすることで、AlP化合物が形成され、過共晶Al-Si合金用微細化剤をアルミニウム合金溶湯に添加して過共晶Al-Si合金鋳物を製造する際に、初晶Si及び共晶Siを微細化する効果を得ることができる。また、Pの含有量を1.400wt%以下とすることで、過共晶Al-Si合金用微細化剤のAlP化合物が粗大化することを抑制できる。
【0031】
(1-2)任意の添加元素
本発明の過共晶Al-Si合金用微細化剤は、Pに加えて、以下の元素を添加してもよい。
【0032】
Cu:5~20wt%
5~20wt%のCuを含有する過共晶Al-Si合金用微細化剤を用いることで、元の過共晶Al-Si合金に適量のCuを添加することができる。過共晶Al-Si合金用微細化剤のCuの含有量を5wt%以上とすることで、固溶体強化及び時効硬化により過共晶Al-Si合金鋳物の強度を向上させることができる。また、過共晶Al-Si合金用微細化剤のCuの含有量を20wt%以下とすることで、過共晶Al-Si合金鋳物の靭性の低下及び引け巣の発生を抑制することができる。
【0033】
過共晶Al-Si合金用微細化剤の添加により、過共晶Al-Si合金のCu含有量を0.1~6.0wt%とすることが好ましいが、5~20wt%のCuを含有する過共晶Al-Si合金用微細化剤を用いることにより、これを容易に実現することができる。
【0034】
Si:12~20wt%
過共晶Al-Si合金用微細化剤のSi含有量を12~20wt%とすることで、過共晶Al-Si合金鋳物のSi含有量を容易に12~20wt%の範囲に調整することができる。加えて、過共晶Al-Si合金用微細化剤のSi含有量を12~20wt%とすることで、鋳造及びその後の塑性加工や切削加工等により、任意の大きさ及び形状の過共晶Al-Si合金用微細化剤を容易に得ることができる。
【0035】
その他、本発明の効果を損なわない限りにおいて、アルミニウム合金の添加元素として従来公知の種々の元素を含有させることができる。また、アルミニウム合金の不可避不純物として従来公知の種々の元素が含有されることも許容される。
【0036】
(2)微細組織
本発明の過共晶Al-Si合金用微細化剤の微細組織は、微細なAlP化合物(晶出物及び析出物)が多数分散し、当該AlP化合物の平均円相当粒径が1μm以下となっていることを特徴としている。過共晶Al-Si合金の溶湯中に過共晶Al-Si合金用微細化剤を添加した際に、平均円相当粒径が1μm以下の微細なAlP化合物が速やかに初晶Siの晶出核となり、初晶Siの粗大化を極めて効果的に抑制することができる。AlP化合物の平均円相当粒径は500nm以下とすることが好ましく、250nm以下とすることがより好ましく、100nm以下とすることが最も好ましい。
【0037】
また、0.004~1.400wt%のP含有量において、AlP化合物の平均円相当粒径が1μm以下であれば、AlP化合物の数は多くなり、過共晶Al-Si合金用微細化剤をアルミニウム合金溶湯に添加して過共晶Al-Si合金鋳物を製造する際に、共晶Siの晶出の際にも多数の微細なAlP化合物が存在する。その結果、当該AlP化合物が共晶Siの晶出核にもなることで、共晶Siの粗大化が極めて効果的に抑制される。
【0038】
ここで、円相当径とは、金属組織を観察した際に求まるAlP化合物の占める面積を円相当の面積に換算したときの直径である。具体的には、走査電子顕微鏡(SEM)観察像や透過電子顕微鏡(TEM)観察像等を画像処理して容易に求めることができる。AlP化合物の領域とその他の領域とは観察像において明瞭にコントラストが異なるため、二値化処理したのち、各種画像計測処理を行う。また、平均粒径としては、例えば、一定視野内における10~100個程度のAlP化合物の円相当径の平均値を用いることができる。
【0039】
なお、AlP化合物以外の微細組織については、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、アルミニウム合金として従来公知の状態とすることができる。また、過共晶Al-Si合金用微細化剤の形状及び大きさも本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、アルミニウム合金溶湯への添加剤として従来公知の種々の形状及び大きさとすることができる。
【0040】
2.過共晶Al-Si合金用微細化剤の製造方法
本発明の過共晶Al-Si合金用微細化剤の製造方法は、本発明の過共晶Al-Si合金用微細化剤の組成を有する溶湯を、1080~1800℃で1~20分間保持する保持処理工程を有すること、を特徴としている。
【0041】
0.004~1.400wt%のPを含有する溶湯を1080~1800℃で1~20分間保持する保持処理工程を有することで、AlP化合物を溶解させることができる。その結果、粗大なAlP化合物が存在する場合であっても当該AlP化合物を除去することができ、最終的に得られる過共晶Al-Si合金用微細化剤のAlP化合物の平均円相当粒径を1μm以下とすることができる。
【0042】
AlP化合物の晶出温度は1000℃前後であり、溶湯の温度を1080℃以上とすることで確実にAlP化合物を溶解させることができる。一方で、溶湯の温度を1800℃以下とすることで、エネルギー消費量の増加や溶解炉等の設備の劣化を抑制することができる。
【0043】
また、1080~1800℃における保持温度を1分以上とすることで粗大なAlP化合物は十分に除去することができ、20分以下とすることでエネルギー消費量の増加や溶解炉等の設備の劣化を抑制することができる。
【0044】
また、鋳造時の冷却速度は100℃/s以上とすることが好ましい。鋳造時の冷却速度を100℃/s以上とすることで、Pを過共晶Al-Si合金に過飽和固溶させることができる。Pを過飽和固溶した過共晶Al-Si合金を前駆体とすることで、最終的に得られる過共晶Al-Si合金用微細化剤のAlP化合物の平均円相当粒径を容易に制御することができる。ここで、当該効果を得るためには冷却速度は1000℃/s以上とすることがより好ましく、10000℃/s以上とすることが最も好ましい。
【0045】
また、鋳造後には時効処理を行うことが好ましい。時効処理によって、AlP化合物の平均円相当粒径を制御することができる。特に、Pを過飽和固溶した過共晶Al-Si合金に対して時効処理を施すことによって、より確実にAlP化合物の平均円相当粒径を1μm以下とすることができる。
【0046】
時効処理の条件はAlP化合物の平均円相当粒径が1μm以下となるように調整すればよいが、例えば、160℃で6時間とすることができる。
【0047】
3.過共晶Al-Si合金鋳造材の製造方法(過共晶Al-Si合金用微細化剤の使用方法)
本発明の過共晶Al-Si合金鋳造材の製造方法は、発明の過共晶Al-Si合金用微細化剤を用いて、過共晶Al-Si合金鋳造材の初晶Siと共晶Siを共に微細化するものである。
【0048】
図1に本発明の過共晶Al-Si合金鋳造材の製造方法の模式図を示す。一般的な溶解、脱滓及び脱ガス条件における12~20wt%のSiを含有するアルミニウム合金溶湯中には、粗大なAlP化合物が存在する場合が多い。これに対し、当該アルミニウム合金溶湯中に過共晶Al-Si合金用微細化剤を添加し、微細なAlP化合物を大量に導入することで、当該微細AlP化合物が過共晶Al-Si合金鋳造材の微細組織に及ぼす影響が支配的となり、初晶Siと共晶Siを共に微細化することができる。
【0049】
これに対し、粗大なAlP化合物を含むアルミニウム合金溶湯の全体をAlP化合物が溶解する高温条件に保持し、過共晶Al-Si合金鋳造材の組織を微細化することも考えられるが、当該処理ではエネルギー消費やCO排出量が大きくなる。一方で、本発明の過共晶Al-Si合金用微細化剤を用いる場合、これを従来公知の条件に保持されたアルミニウム合金溶湯に添加するのみで初晶Siと共晶Siを共に微細化することができるため、CO排出量の削減、省エネルギー及び製造コストの削減を実現することができる。
【0050】
なお、アルミニウム合金溶湯への過共晶Al-Si合金用微細化剤の添加量は、当該アルミニウム合金溶湯の組成及び量や過共晶Al-Si合金鋳造材の所望の微細組織等に応じて適宜調整すればよい。
【0051】
過共晶Al-Si合金用微細化剤を用いて得られる過共晶Al-Si合金鋳造材において、初晶Siの最大の円相当径は50μm以下であることが好ましく、40μm以下であることがより好ましく、30μm以下であることが最も好ましい。また、共晶Siの最大の相間隔は30μm以下であることが好ましく、25μm以下であることがより好ましく、20μm以下であることが最も好ましい。
【0052】
初晶Si及び共晶Siの観察方法は、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の方法を用いることができ、例えば、光学顕微鏡観察やSEM観察を用いればよい。共晶Siの領域とその他の領域とは顕微鏡写真やSEM観察像で明瞭にコントラストが異なるため、明瞭に識別することができる。
【0053】
また、初晶Siの円相当径の測定方法は基本的にAlP化合物の場合と同様である。共晶Siの層間隔の測定方法は特に限定されず、従来公知の種々の方法によって測定することができるが、例えば、「軽金属学会鋳造・凝固部会:軽金属,38(1988)54-60」に記載されているデンドライトアームスペーシング測定手順の交点法を用いて測定することができる。
【0054】
なお、その他の鋳造条件については本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の鋳造方法及び鋳造条件を用いることができる。
【0055】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれらのみに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、それら設計変更は全て本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例0056】
≪実施例≫
表1の実施微細化剤1として示す組成となるように配合した原料を黒鉛坩堝に挿入し、750℃で大気溶解した後、750℃で回転式脱ガス装置による脱ガス処理を施した。次に、大気中で残湯を1080℃まで昇温して60分間保持(溶湯過熱処理)した後に、重力鋳造法により銅型に鋳造し、本発明の実施過共晶Al-Si合金用微細化剤1を得た。なお、銅型温度は120℃であり、鋳造時の冷却速度は100℃/以上であった。
【0057】
重力銅鋳型鋳造によって実施過共晶Al-Si合金用微細化剤1のAlP化合物の平均円相当粒径を測定したところ、1μmとなっており、微細なAlP化合物が大量に分散していることが確認された。
【0058】
また、表1の実施微細化剤2として示す組成となるように配合した原料を用い、液体急冷装置にて過共晶Al-Si合金用微細化剤を製造した。原料を1300℃にて溶融させた後、冷却速度100000℃/sで急速冷却し、本発明の実施過共晶Al-Si合金用微細化剤2を得た。
【0059】
単ロール鋳造によって実施過共晶Al-Si合金用微細化剤2のAlP化合物の円相当粒径を測定したところ、40~500nmとなっており、微細なAlP化合物が大量に分散していることが確認された。
【0060】
【表1】
【0061】
次に、Si:14.4wt%、Fe:0.10wt%、Cu:0.14wt%、P:0.0005wt%で残部がAlからなるアルミニウム合金溶湯中に実施過共晶Al-Si合金用微細化剤1を添加した後、舟型形状(JIS H 5202)に鋳造し、本発明の実施過共晶Al-Si合金鋳物1を得た。なお、アルミニウム合金溶湯の温度は750℃とし、鋳型温度は150℃とした。ここで、実施過共晶Al-Si合金鋳物1の組成は、表1で実施過共晶Al-Si合金鋳物1として示すとおりである。
【0062】
また、Si:14.4wt%、Fe:0.10wt%、Cu:0.14wt%、P:0.0005wt%で残部がAlからなるアルミニウム合金溶湯中に実施過共晶Al-Si合金用微細化剤2を添加した後、舟型形状(JIS H 5202)に鋳造し、本発明の実施過共晶Al-Si合金鋳物2を得た。なお、アルミニウム合金溶湯の温度は780℃とし、鋳型温度は150℃とした。ここで、実施過共晶Al-Si合金鋳物2の組成は、表1で実施過共晶Al-Si合金鋳物2として示すとおりである。
【0063】
≪比較例≫
表1で比較過共晶Al-Si合金鋳物1~5として示す組成とし、過共晶Al-Si合金用微細化剤を添加することなく、比較過共晶Al-Si合金鋳物1~5を得た。ここで、比較過共晶Al-Si合金鋳物1~3及び5については、アルミニウム合金溶湯を780℃とし、溶湯過熱処理(1080~1800℃で1~20分間保持)を施すことなく、舟型形状(JIS H 5202)に鋳造し、比較過共晶Al-Si合金鋳物1~3及び5を得た。なお、鋳型温度は150℃とした。
【0064】
比較過共晶Al-Si合金鋳物4については、大気中でアルミニウム合金溶湯を1050℃まで昇温して10分間保持(溶湯過熱処理)した後に、重力鋳造法により舟型形状(JIS H 5202)に鋳造し、比較過共晶Al-Si合金鋳物4を得た。なお、鋳型温度は150℃とした。
【0065】
[評価試験]
(1)微細組織
得られた実施アルミニウム合金鋳物及び比較アルミニウム合金鋳物の底面から13mmの位置を中心として、1cm角の立方体を切り出し、断面にバフ研磨を施して組織観察用試料とした。実施過共晶Al-Si合金鋳物1及び比較過共晶Al-Si合金鋳物1~3に関して、光学顕微鏡で観察されたミクロ組織を図2に示す。
【0066】
実施過共晶Al-Si合金用微細化剤1を添加して得られた実施過共晶Al-Si合金鋳物1は、初晶Si及び共晶Siが共に微細化されていることが分かる。これに対し、Pの含有量が極めて少ない比較過共晶Al-Si合金鋳物1は、共晶Siは微細であるが、初晶Siの粗大化が顕著である。また、不純物レベルのP(0.0017wt%)を含有する比較過共晶Al-Si合金鋳物2は、共晶Siが粗大化している。また、初晶Siの微細化を目的として添加される程度のP(0.0057wt%)を含有する比較過共晶Al-Si合金鋳物3においては、初晶Siは微細化しているものの、共晶Siの粗大化が認められる。
【0067】
実施過共晶Al-Si合金鋳物1及び比較過共晶Al-Si合金鋳物4,5に関して、光学顕微鏡で観察されたミクロ組織を図3に示す。これらの過共晶Al-Si合金鋳物のPの含有量は同程度であるが、実施過共晶Al-Si合金鋳物1では初晶Si及び共晶Siが共に微細化されているのに対し、従来一般的な製造条件で得られた比較過共晶Al-Si合金鋳物5の共晶Siは粗大化し、アルミニウム合金全体に溶湯過熱処理を施した比較過共晶Al-Si合金鋳物4の初晶Siは粗大化傾向が認められる。これらの比較から、本発明の過共晶Al-Si合金用微細化剤の添加は、初晶Siと共晶Siの微細化に極めて効果的であることが分かる。
【0068】
実施過共晶Al-Si合金鋳物2及び比較過共晶Al-Si合金鋳物4,5に関して、光学顕微鏡で観察されたミクロ組織を図4に示す。実施過共晶Al-Si合金鋳物2においても、実施過共晶Al-Si合金鋳物1と同様に、初晶Si及び共晶Siが共に微細化されていることが確認される。また、実施過共晶Al-Si合金鋳物2においては、共晶Siの長さ方向への成長も抑制されていることが分かる。
【0069】
各実施過共晶Al-Si合金鋳物及び比較過共晶Al-Si合金鋳物の光学顕微鏡観察結果から測定された初晶Siの平均粒径、共晶Siの平均長さ、共晶Siの平均相間隔を表2に示す。
【0070】
【表2】
【0071】
実施過共晶Al-Si合金鋳物においては初晶Si及び共晶Siが共に微細化されており、特に、実施過共晶Al-Si合金鋳物1では共晶Siの相間隔が狭くなり、実施過共晶Al-Si合金鋳物2では初晶Siの粗大化及び共晶Siの長さの増加が抑制されている。これらの結果より、本発明の過共晶Al-Si合金用微細化剤をアルミニウム合金溶湯に添加するのみで、極めて簡便かつ効果的に過共晶Al-Si合金鋳物の組織微細化を達成できることが分かる。
図1
図2
図3
図4