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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023077272
(43)【公開日】2023-06-05
(54)【発明の名称】細胞特性の評価方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20230529BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20230529BHJP
   C12N 11/06 20060101ALN20230529BHJP
   C12M 1/34 20060101ALN20230529BHJP
【FI】
C12Q1/02
C12M1/00 A
C12N11/06
C12M1/34 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021190522
(22)【出願日】2021-11-24
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1) 公開1 ▲1▼発行日 : 令和3年(2021年)8月18日 ▲2▼刊行物 : 第70回 高分子討論会 予稿集 ▲3▼公開者 : 小阪高広、山口哲志、山平真也、岡本晃充 ▲4▼公開された発明の内容: 上記公開者が、第70回 高分子討論会 予稿集(70巻2号 発表番号2Pb076)にて、山口哲志、山平真也、小阪高広、岡本晃充が発明した細胞特性の評価方法に関する研究の一部を公開した。 (2) 公開2 ▲1▼開催日 : 令和3年(2021年)9月7日 ▲2▼集会名、開催場所 : 第70回 高分子討論会、令和3年(2021年)9月6日~8日開催、東京理科大学葛飾キャンパス(オンライン開催) ▲3▼公開者 : 小阪高広、山口哲志、山平真也、岡本晃充 ▲4▼公開された発明の内容: 上記公開者が、第70回 高分子討論会(発表番号2Pb076)にて、山口哲志、山平真也、小阪高広、岡本晃充が発明した細胞特性の評価方法に関する研究の一部を公開した。
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業「細胞間相互作用の精密創成技術の確立とがん免疫細胞療法への応用」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受けるもの
(71)【出願人】
【識別番号】507236258
【氏名又は名称】学校法人聖路加国際大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【弁理士】
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【弁理士】
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【弁理士】
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100143823
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 英彦
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【弁理士】
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【弁理士】
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100202267
【弁理士】
【氏名又は名称】森山 正浩
(74)【代理人】
【識別番号】100182132
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100172683
【弁理士】
【氏名又は名称】綾 聡平
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【弁理士】
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【弁理士】
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】山口 哲志
(72)【発明者】
【氏名】山平 真也
(72)【発明者】
【氏名】小阪 高広
(72)【発明者】
【氏名】岡本 晃充
【テーマコード(参考)】
4B029
4B033
4B063
【Fターム(参考)】
4B029AA08
4B029BB11
4B029CC03
4B029CC08
4B029FA01
4B033NA16
4B033NB33
4B033NC07
4B033ND05
4B033NE02
4B033NG05
4B063QA05
4B063QQ08
4B063QR63
4B063QR82
4B063QS39
4B063QX01
(57)【要約】      (修正有)
【課題】免疫細胞等の細胞と他の任意の細胞との間の相互作用(典型的には、細胞傷害性等の特性)を1細胞レベルで定量的に解析することが可能な手法を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明は、光応答性の細胞固定化表面を有する細胞固定化用基板を用い、標的細胞とその活性を評価する任意の細胞を1細胞ずつ隣接した配置で固定化することで、細胞間の相互作用を1細胞レベルでの定量的な解析を可能とする技術を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞の特性を1細胞レベルで評価する方法であって、
1)透明な材料よりなる基材と、前記基材上に光応答性細胞固定化剤を修飾した表面とを備える細胞固定化用基板を用意する工程;
2)前記細胞固定化用基板の前記表面における特定の領域に特定波長の光を照射して、前記表面に細胞Aと結合し得るパターンを形成する工程;
3)前記細胞Aを含む溶液を前記表面に接触させ、前記細胞固定化用基板上に前記細胞Aを固定化する工程;
4)前記細胞固定化用基板の前記表面における前記細胞Aが固定化された領域と一定の距離を有する領域に、特定波長の光を照射して、前記表面に細胞Bと結合し得るパターンを形成する工程;
5)前記細胞Bを含む溶液を前記表面に接触させ、前記細胞固定化用基板上の前記細胞Aに隣接する位置に前記細胞Bを固定化する工程;及び
6)前記細胞固定化用基板上において、前記細胞Aと前記細胞Bとの間の相互作用を観測する工程
を含む、方法。
【請求項2】
固定化された前記細胞Aと前記細胞Bとの間の距離が、0~50μmの範囲である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
固定化された複数の前記細胞A同士の距離が、20~500μmの範囲である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記工程6)において、前記細胞Aと前記細胞Bとの間の相互作用を、蛍光分光法における蛍光強度の変化、紫外・可視分光法における吸光度変化、又は顕微鏡画像の測定により観測する、請求項1~3のいずれか1に記載の方法。
【請求項5】
前記細胞A又はBを前記固定化の前に蛍光染色することを含む、請求項1~4のいずれか1に記載の方法。
【請求項6】
前記細胞A又は前記細胞Bが、免疫細胞である、請求項1~5のいずれか1に記載の方法。
【請求項7】
前記細胞Aと前記細胞Bとの間の相互作用が、免疫細胞の細胞傷害性である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記細胞Aと前記細胞Bが、がん細胞と免疫細胞の組み合わせである、請求項1~7のいずれか1に記載の方法。
【請求項9】
前記工程3)の後に、前記細胞固定化用基板を洗浄して、固定化されていない余剰の前記細胞Aを除去することを含む、請求項1~8のいずれか1に記載の方法。
【請求項10】
前記工程5)の後に、前記細胞固定化用基板を洗浄して、固定化されていない余剰の前記細胞Bを除去することを含む、請求項1~9のいずれか1に記載の方法。
【請求項11】
前記工程6)の後に、前記工程2)及び/又は4)における前記特定の波長の光とは異なる波長の光を照射すること又は熱を付加することにより、固定化された前記細胞A及び/又はBを前記細胞固定化用基板から分離・回収する工程7)をさらに含む、請求項1~10のいずれか1に記載の方法。
【請求項12】
前記工程2)及び/又は4)において照射される光が、紫外光であり;前記工程7)において照射される光が、可視光である、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記基材の厚さが、170μm以下である、請求項1~12のいずれか1に記載の方法。
【請求項14】
前記光応答性細胞固定化剤が、前記細胞A及びBと相互作用し得る疎水性鎖、前記基材の表面に単分子膜状に配列し得る親水性鎖、及び前記疎水性鎖と親水性鎖を連結する分岐型リンカーを有し、前記分岐型リンカー鎖の側鎖に光反応基を有しており;
前記光応答性細胞固定化剤は、前記特定波長の光の照射によって細胞固定化能を発現する、請求項1に記載の方法。
【請求項15】
前記光応答性細胞固定化剤が、前記基材の表面に単分子膜状に配列し得る親水性鎖及び光反応基を有しており;
前記光応答性細胞固定化剤は、特定波長の光を照射することにより、前記光反応性基において、前記細胞A及びBと相互作用し得る疎水性鎖を有する修飾化合物と共有結合により連結することができ、それにより細胞固定化能を発現する、請求項1に記載の方法。
【請求項16】
前記工程2)及び4)が、前記細胞固定化用基板の前記表面における特定の領域に特定波長の光を照射した後に、前記修飾化合物を含む溶液を前記表面に接触させることを含む、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
細胞の特性を1細胞レベルで評価する方法に用いるための細胞固定化用基板であって、透明な材料よりなる基材と、前記基材上に光応答性細胞固定化剤を修飾した表面とを備える、細胞固定化用基板。
【請求項18】
前記基材が、少なくとも一つのウェルが設けられたウェルプレートであって、当該ウェルは丸底であり、当該ウェルの底中央部の厚さが200μm以下である、請求項17に記載の細胞固定化用基板。
【請求項19】
前記光応答性細胞固定化剤が、前記細胞A及びBと相互作用し得る疎水性鎖、前記基材の表面に単分子膜状に配列し得る親水性鎖、及び前記疎水性鎖と親水性鎖を連結する分岐型リンカーを有し、前記分岐型リンカー鎖の側鎖に光反応基を有しており;
前記光応答性細胞固定化剤は、前記特定波長の光の照射によって細胞固定化能を発現する、請求項17に記載の細胞固定化用基板。
【請求項20】
前記光応答性細胞固定化剤が、前記基材の表面に単分子膜状に配列し得る親水性鎖及び光反応基を有しており;
前記光応答性細胞固定化剤は、特定波長の光を照射することにより、前記光反応性基において、前記細胞A及びBと相互作用し得る疎水性鎖を有する修飾化合物と共有結合により連結することができ、それにより細胞固定化能を発現する、請求項17に記載の細胞固定化用基板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の特性を1細胞レベルで評価する方法、及び当該方法に好適な細胞固定化用基板に関する。
【背景技術】
【0002】
がん免疫療法の近年の発展により、免疫細胞によるがん細胞殺傷効果の定量化が喫緊の課題になっている。特に、免疫細胞療法の治療用細胞の活性測定は、治療用細胞の生産・保管・運搬産業において必要不可欠である。しかしながら、免疫細胞は個々に異なる特性を有することが多いため1細胞レベルでの解析が望ましいが、標的細胞に対する障害活性等を1細胞単位で詳細に解析できる技術は、未だ実用化レベルには至っていないのが現状である。
【0003】
例えば、免疫細胞の活性化を調べる古典的な技術としては、モデルがん細胞(ヒト白血病細胞K562株など)と共培養し、51Cr放出測定法や乳酸脱水素酵素(LDH)放出法などによって死細胞の数を数える方法がある。放射性クロムを使う手法は、設備や手順が極めて煩雑である。また、これらの死細胞の数を数える手法では、活性が極めて高い免疫細胞が少数働いたのか、平均的な活性の免疫細胞が多数働いたのかの区別ができない。同様に、免疫細胞からのインターフェロンγ(INF-γ)などのサイトカインの放出量をELISAで定量する技術(特許文献1など)が報告されており、細胞傷害性と相関があることが示されている。しかし、この手法も1細胞レベルの活性を調べることはできない。
【0004】
また、蛍光標識抗体を用いたフローサイトメトリー(FACS)で脱顆粒のマーカーであるCD107aの発現量を定量する手法(非特許文献1)が開発されているが、この手法では、免疫細胞を1細胞ずつ調べることができるものの、あくまでもマーカーの発現量を観測するのみであり、直接細胞傷害性を調べている訳ではない。さらに、免疫細胞の細胞傷害性を定量し得る細胞アレイも報告されている(非特許文献2)。この技術では、細胞を捕捉するための細孔のある微細な柱をマイクロチップの流路内に並べ、モデルがん細胞と免疫細胞とを順次流し込んで、微細構造中で両者を隣接させる。その上で、NK細胞の活性をINF-γの分泌量とがん細胞へのカルシウムシグナル誘導量を定量化することによって評価する。しかしながら、この方法では、同じ入口から狭い空間に二つの細胞を押し込めるという原理のため、細胞傷害性を受けるがん細胞は、免疫細胞とほぼ同じサイズのモデル白血病細胞に限られる。したがって、免疫細胞とサイズの異なるがん細胞やウイルス感染細胞への細胞傷害性を直接調べることはできない。
【0005】
そのため、1細胞レベルで治療用免疫細胞の正確な活性管理を可能とする技術が望まれている。特定の細胞を一細胞ごとに操作する技術としては、例えばマイクロマニピュレーター等を使用する機械的手法が存在するが、一度に多数の細胞を扱えないという欠点を持つ。
【0006】
一方で、治療用細胞の加工産業においても、患者のがん細胞に合致するTCRを有するT細胞やCAR-T細胞、TCR-T細胞を選別する技術が、効果の高いテーラーメード治療に必要不可欠である。例えば、患者のがん細胞に対して殺傷効果の高い免疫細胞を1細胞レベルで特定できれば、1細胞回収技術によって効果の高い免疫細胞を単離し、受容体の遺伝子配列を決定することもできる。
【0007】
さらに、COVID-19の重症患者においては、NK細胞の活性が著しく低下していることが報告されており、重症化のマーカーとしてNK細胞の活性が利用可能であると考えられている。したがって、1細胞単位で免疫細胞による標的細胞への殺傷効果を解析可能とする技術はウィズコロナ、ポストパンデミック社会において、隠れた重症患者を早期発見できる技術としても有用であり、そのような技術を使った診断装置の産業化が期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特願2008-191289
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Alter, et al., J. Immunol. Methods 2004, 294, 15-22
【非特許文献2】Dura et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 2016, 113, E3599
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
かかる従来技術における課題に鑑み、本発明は、免疫細胞等の細胞と他の任意の細胞との間の相互作用(典型的には、細胞傷害性等の特性)を1細胞レベルで定量的に解析することが可能な手法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った結果、光応答性の細胞固定化表面を有する細胞固定化用基板を用い、特定の細胞とその活性を評価する任意の細胞を1細胞ずつ隣接した配置で固定化することで、細胞間の相互作用を1細胞レベルでの定量的な解析を可能とする技術を構築し、本発明を完成するに至ったものである。
【0012】
すなわち、本発明は、一態様において、
<1>細胞の特性を1細胞レベルで評価する方法であって、

1)透明な材料よりなる基材と、前記基材上に光応答性細胞固定化剤を修飾した表面とを備える細胞固定化用基板を用意する工程;
2)前記細胞固定化用基板の前記表面における特定の領域に特定波長の光を照射して、前記表面に細胞Aと結合し得るパターンを形成する工程;
3)前記細胞Aを含む溶液を前記表面に接触させ、前記細胞固定化用基板上に前記細胞Aを固定化する工程;
4)前記細胞固定化用基板の前記表面における前記細胞Aが固定化された領域と一定の距離を有する領域に、特定波長の光を照射して、前記表面に細胞Bと結合し得るパターンを形成する工程;
5)前記細胞Bを含む溶液を前記表面に接触させ、前記細胞固定化用基板上の前記細胞Aに隣接する位置に前記細胞Bを固定化する工程;及び
6)前記細胞固定化用基板上において、前記細胞Aと前記細胞Bとの間の相互作用を観測する工程を含む、方法;
<2>固定化された前記細胞Aと前記細胞Bとの間の距離が、0~50μmの範囲である、上記<1>に記載の方法;
<3>固定化された複数の前記細胞A同士の距離が、20~500μmの範囲である、上記<1>又は<2>に記載の方法;
<4>前記工程6)において、前記細胞Aと前記細胞Bとの間の相互作用を、蛍光分光法における蛍光強度の変化、紫外・可視分光法における吸光度変化、又は顕微鏡画像の測定により観測する、上記<1>~<3>のいずれか1に記載の方法;
<5>前記細胞A又はBを前記固定化の前に蛍光染色することを含む、上記<1>~<4>のいずれか1に記載の方法;
<6>前記細胞A又は前記細胞Bが、免疫細胞である、上記<1>~<5>のいずれか1に記載の方法;
<7>前記細胞Aと前記細胞Bとの間の相互作用が、免疫細胞の細胞傷害性である、上記<6>に記載の方法;
<8>前記細胞Aと前記細胞Bが、がん細胞と免疫細胞の組み合わせである、上記<1>~<7>のいずれか1に記載の方法;
<9>前記工程3)の後に、前記細胞固定化用基板を洗浄して、固定化されていない余剰の前記細胞Aを除去することを含む、上記<1>~<8>のいずれか1に記載の方法;
<10>前記工程5)の後に、前記細胞固定化用基板を洗浄して、固定化されていない余剰の前記細胞Bを除去することを含む、上記<1>~<9>のいずれか1に記載の方法;
<11>前記工程6)の後に、前記工程2)及び/又は4)における前記特定の波長の光とは異なる波長の光を照射すること又は熱を付加することにより、固定化された前記細胞A及び/又はBを前記細胞固定化用基板から分離・回収する工程7)をさらに含む、上記<1>~<10>のいずれか1に記載の方法;
<12>前記工程2)及び/又は4)において照射される光が、紫外光であり;前記工程7)において照射される光が、可視光である、上記<11>に記載の方法;
<13>前記基材の厚さが、170μm以下である、上記<1>~<12>のいずれか1に記載の方法;
<14>前記光応答性細胞固定化剤が、前記細胞A及びBと相互作用し得る疎水性鎖、前記基材の表面に単分子膜状に配列し得る親水性鎖、及び前記疎水性鎖と親水性鎖を連結する分岐型リンカーを有し、前記分岐型リンカー鎖の側鎖に光反応基を有しており;前記光応答性細胞固定化剤は、前記特定波長の光の照射によって細胞固定化能を発現する、上記<1>に記載の方法;
<15>前記光応答性細胞固定化剤が、前記基材の表面に単分子膜状に配列し得る親水性鎖及び光反応基を有しており;前記光応答性細胞固定化剤は、特定波長の光を照射することにより、前記光反応性基において、前記細胞A及びBと相互作用し得る疎水性鎖を有する修飾化合物と共有結合により連結することができ、それにより細胞固定化能を発現する、上記<1>に記載の方法;及び
<16>前記工程2)及び4)が、前記細胞固定化用基板の前記表面における特定の領域に特定波長の光を照射した後に、前記修飾化合物を含む溶液を前記表面に接触させることを含む、上記<15>に記載の方法
を提供するものである。
【0013】
また、別の態様において、本発明は、
<17>細胞の特性を1細胞レベルで評価する方法に用いるための細胞固定化用基板であって、透明な材料よりなる基材と、前記基材上に光応答性細胞固定化剤を修飾した表面とを備える、細胞固定化用基板;
<18>前記基材が、少なくとも一つのウェルが設けられたウェルプレートであって、当該ウェルは丸底であり、当該ウェルの底中央部の厚さが200μm以下である、上記<17>に記載の細胞固定化用基板;
<19>前記光応答性細胞固定化剤が、前記細胞A及びBと相互作用し得る疎水性鎖、前記基材の表面に単分子膜状に配列し得る親水性鎖、及び前記疎水性鎖と親水性鎖を連結する分岐型リンカーを有し、前記分岐型リンカー鎖の側鎖に光反応基を有しており;前記光応答性細胞固定化剤は、前記特定波長の光の照射によって細胞固定化能を発現する、上記<17>に記載の細胞固定化用基板;及び
<20>前記光応答性細胞固定化剤が、前記基材の表面に単分子膜状に配列し得る親水性鎖及び光反応基を有しており;前記光応答性細胞固定化剤は、特定波長の光を照射することにより、前記光反応性基において、前記細胞A及びBと相互作用し得る疎水性鎖を有する修飾化合物と共有結合により連結することができ、それにより細胞固定化能を発現する、上記<17>に記載の細胞固定化用基板
を提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、免疫細胞等の標的細胞と他の任意の細胞との間の相互作用(典型的には、細胞傷害性等の特性)を1細胞レベルで定量的に解析することが可能となる。また、本発明では、標的細胞とその活性を評価する任意の細胞との対をそれぞれパターン化して固定化することができるため、所望の特性を指標とする大規模スクリーニングを行うこができる。典型的には、患者のがん細胞に対して殺傷効果の高い免疫細胞を1細胞レベルで特定できれば、効果の高いテーラーメード治療に応用することが期待できる。
【0015】
特に、本発明の方法では、細胞間の相互作用を経時的に観測することもでき、例えば、観測する細胞間の相互作用が細胞傷害性である場合、細胞殺傷前後および細胞殺傷中の経時画像が取得でき、単純な生死だけでなく、細胞の形状変化など多角的な評価も可能であるという利点も有する。さらに、本発明では、固定化する細胞には特に制限がなく、伸展した接着細胞に対する効果の評価にも適用することができ、その細胞の種類についても1細胞対1細胞以外にも、複数の細胞種についての相互作用を評価することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、本発明の概要を示す模式図である。
図2図2は、緑色蛍光染色Jurkat細胞とB16F10細胞とを隣接して並べた1細胞アレイの蛍光顕微鏡像(左)とその拡大像(右上下)を示したものである。
図3図3は、Yac1細胞(Calcein-AM染色:緑色)とNK細胞(無色)とを隣接して並べ、蛍光顕微鏡によってタイムラプス観察(2分毎)をした際の画像を示したものである(左から右、上から下に経時)。
図4図4は、K562細胞(Calcein-AM染色:緑色)とヒト血液由来のNK細胞(無色)とを隣接して並べた1細胞アレイの培養前後の蛍光顕微鏡画像:(A)培養前の緑色蛍光像と明視野像の重ね合わせ画像、(B)培養後の緑色蛍光像と明視野像の重ね合わせ画像である。
図5図5は、K562細胞(Calcein-AM染色:緑色)とヒト血液由来のNK細胞(Calcein-AM染色:緑色)とPBMC(ヘルパーT細胞:青色とキラーT細胞:赤色を含む)を隣接して並べた1細胞アレイの培養前後の蛍光顕微鏡画像:(A)培養前の蛍光像と明視野像の重ね合わせ画像、(B)培養後の蛍光像と明視野像の重ね合わせ画像である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態について説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
【0018】
1.本発明の評価方法
本発明の方法は、細胞の特性を1細胞レベルで評価する方法であって、以下の工程を含むことを特徴とする:
1)透明な材料よりなる基材と、前記基材上に光応答性細胞固定化剤を修飾した表面とを備える細胞固定化用基板を用意する工程;
2)前記細胞固定化用基板の前記表面における特定の領域に特定波長の光を照射して、前記表面に細胞Aと結合し得るパターンを形成する工程;
3)前記細胞Aを含む溶液を前記表面に接触させ、前記細胞固定化用基板上に前記細胞Aを固定化する工程;
4)前記細胞固定化用基板の前記表面における前記細胞Aが固定化された領域と一定の距離を有する領域に、特定波長の光を照射して、前記表面に細胞Bと結合し得るパターンを形成する工程;
5)前記細胞Bを含む溶液を前記表面に接触させ、前記細胞固定化用基板上の前記細胞Aに隣接する位置に前記細胞Bを固定化する工程;及び
6)前記細胞固定化用基板上において前記細胞Aと前記細胞Bを培養し、前記細胞Aと前記細胞Bとの間の相互作用を観測する工程。
【0019】
本発明の方法の概要を図1に示す。工程1)で用意した細胞固定化用基板の表面における特定の領域に特定波長の光を照射して、当該領域のみに細胞が固定化可能な状態とする工程2)を行う。ここで、一定の間隔をおいた規則性を有する複数の領域に光の照射を行うことで、細胞が固定化される領域(これを「第1固定化領域」という。)を「アレイ全体図」に示すようなパターン化配列とすることができる。次いで、工程3)として、細胞Aを含む溶液を細胞固定化用基板の表面に接触させ、これにより、工程2)で光照射して形成した第1固定化領域に細胞Aを固定化する。第1固定化領域に固定化される細胞Aは、1細胞に限らず、場合により2~10個の細胞であることができる。
【0020】
次いで、工程2)で光照射した領域と一定の距離を有する領域に特定波長の光を照射して、第1固定化領域とは異なる場所を細胞が固定化可能な状態した領域を形成する(これを「第2固定化領域」という。)。当該第2固定化領域も、第1固定化領域と同様に、一定の間隔をおいた規則性を有するパターン化した配列とすることができる。次いで、工程5)として、細胞Bを含む溶液を細胞固定化用基板の表面に接触させ、工程4)で光照射して形成した第2固定化領域に細胞Bを固定化する。典型的には、これにより、図1中の「アレイ全体図」で示したような固定化パターンが、細胞固定化用基板の表面上に形成される。なお、第2固定化領域に固定化される細胞Bは、1細胞に限らず、場合により2~10個の細胞であることができる。
【0021】
最後に、工程6)として、細胞固定化用基板上に固定化された細胞AとBとの間で生じる相互作用を1細胞レベル、好ましくは、1細胞対1細胞の組合せの単位で観測することができる。ここで、本発明において、「1細胞レベル」とは、文字通り1細胞を意味する場合だけに限らず、2~10細胞のような場合も含み得る用語である。なお、必要に応じて、細胞固定化用基板上に固定化された細胞AとBを適切な条件下で培養した後に、相互作用を観測することもできる。
【0022】
本明細書において、「細胞」は特に制限されるものではなく、動物細胞、植物細胞、昆虫細胞、原核細胞、真菌細胞などの脂質二分子膜を有する細胞を含むことができる。一般に培養器具等の担体表面に接着・伸展せず、懸濁または沈殿状態で増殖する「浮遊細胞」と呼ばれるもの(例えば血球細胞)や、担体表面に接着・伸展する「接着細胞」をEDTA-トリプシン、ディスパーゼ等の適当な分散剤で担体から分散させ、一時的に浮遊させたもの(例えばEDTA液で担体から剥離した線維芽細胞)、および担体に接着した状態の細胞を含む。また、リポソーム、エキソソーム、細菌、ウイルス、オルガネラ、細胞壁を除去した植物細胞(プロトプラスト)等の表面にリン脂質二分子膜を有する生命体も含まれる。したがって、本発明における細胞AとBの組合せとしては、このような任意の細胞のなかから、観測の目的となる細胞間の相互作用や細胞特性等に応じて適宜選択することができる。
【0023】
細胞A及び細胞Bは、それぞれ1種類の細胞でも良いし、PBMC(末梢血単核細胞)のように複数種類の細胞の混合物であっても良い。典型的には、細胞A又はBのいずれかが免疫細胞であり、他方が当該免疫細胞との相互作用を評価するためのがん細胞や正常細胞などであることができる。したがって、好ましくは、細胞Aと細胞Bが、がん細胞と免疫細胞の組み合わせである。これにより、がん細胞等に対する、免疫細胞の細胞傷害性を1細胞レベルで観測・評価することができる。細胞A又はBのいずれを免疫細胞とするかは適宜選択することができるが、好ましくは、2番目に固定化される細胞Bが免疫細胞であり、最初に固定化される細胞Aががん細胞又は正常細胞であることができる。
【0024】
免疫細胞としては、例えば、T細胞、NK細胞、B細胞、好中球、好酸球、好塩基球、単球、樹状細胞、マクロファージ、マスト細胞、ランゲルハンス細胞、角化細胞、ミクログリア、M細胞などや、人工の免疫細胞としてCAR-T細胞やTCR-T細胞などが含まれる
【0025】
細胞AとBの組合せに関して、その他の例としては、ヘルパーT細胞とB細胞;ヘルパーT細胞とマクロファージ;樹状細胞とT細胞;神経細胞とグリア細胞;肝実質細胞とクッパ―細胞;肝芽細胞と肝星細胞;腫瘍細胞と正常細胞;Ras活性化良性腫瘍細胞とSrc活性化良性腫瘍細胞などを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0026】
工程1)における細胞固定化用基板は、透明な材料よりなる基材と、前記基材上に光応答性細胞固定化剤を修飾した表面とを備えるものである。当該光応答性細胞固定化剤は、特定の波長の光によって細胞固定化能を発現する分子であって、分子内に疎水性鎖を有するか、或いは、光照射により疎水性鎖を有する分子と選択的に結合し得る特性を有する。かかる疎水性鎖は、脂質二分子膜である細胞膜等における脂質部分と疎水性相互作用等の非共有結合的な相互作用によって細胞と結合し、これにより基板表面上に特定の細胞を固定化することができる。また、当該光応答性細胞固定化剤は、典型的には、親水性鎖を有し、その末端で基材表面に直接結合することで基材表面に修飾することができる。或いは、基材が被覆層を有する場合には、当該を被覆層介して結合することで基材表面に修飾することができる。光応答性細胞固定化剤は、好ましくは、基材の表面に単分子膜状に配列される。
【0027】
工程2)及び4)において、照射する光の波長は、光応答性細胞固定化剤の種類に応じて決めればよく、通常、157~600nmの範囲の波長、好ましくは250~450nm付近の波長の光を照射する。当該光は、紫外光であることができる。多光子吸収により光反応を行う場合は、上記よりも長波長の光を用いることも可能である。光源としては、太陽光、水銀灯などの電灯光、レーザー光(半導体レーザー、固体レーザー、ガスレーザー)、発光ダイオードの発光、エレクトロルミネッセント素子の発光などが利用できる。光照射の方法は、光源からの光を必要に応じて適当なフィルターを介して基材表面に均一に照射することもできるし、いわゆるフォトマスクを用いて所望の形状のパターン露光をしてもよい。あるいは、光をレンズや鏡を用いて集光し、微細な形状に照射してもよい。あるいは、集光した光線を走査露光してもよい。パターン露光の場合、フォトマスクと基材を接触させて露光する露光形式であるコンタクト露光で行われてもよい。また、フォトマスクと基材の隙間を数μmから数十μm程度に設定して露光する非接触の露光方式であるプロキシミティ露光で行われてもよい。さらには、液晶やデジタルミラーデバイスで作製した像をワーク表面に投影する投影露光法(マスクレス露光法)を用いてもよい。光照射におけるエネルギーは、光応答性細胞固定化剤で修飾された基材表面が細胞を固定化する機能を発揮できる程度であればよく、通常は0.001~1000J/cmであり、0.01~100J/cmが好ましい。
【0028】
上述のように、細胞固定化用基板の基材として透明基材を用いているため、好ましい態様では、工程2)及び4)における光の照射は、当該透明基材における光応答性細胞固定化剤が修飾された表面と反対側の面、すなわち、図1における下面方向から行われることができる。この場合、光の照射は、フォトマスクを透明基材における前記光応答性細胞固定化剤が修飾された表面と反対側の面に設置して行うことができる。かかるフォトマスクを用いることで、細胞を固定化したい所望の領域のみに光を照射して細胞固定化能を付与することができる。また、フォトマスクを用いることなく、上述の投影露光法を用いて行うことも好ましい。
【0029】
上述のフォトマスクは、細胞A及び/又はBを固定化するパターンに対応したパターンを有することが好ましい。より具体的には、当該フォトマスクは、細胞A及び/又はBを固定化するパターンに対応したパターンに配列された開口部を有し、当該開口部に光を透過することで、その部分のみ光応答性細胞固定化剤をパターン露光することができる。これにより、工程2)の光照射によって細胞固定化能を付与する領域をパターン化した後、工程4)では、フォトマスクのみを所望の距離で移動させたうえで光照射することによって、細胞Aが固定化されたパターンと隣接する位置に細胞Bの固定化用パターンを形成することができる。フォトマスクにおける上記開口部は、フォトマスクを構成する金属層に円形又は多角形の光透過領域を設けることで形成されたものであることができる。開口部が円形の孔形状(スポット)である場合、当該孔形状のサイズは、好ましくは直径1~100μm、より好ましくは2~20μmの孔である。
【0030】
本明細書において、「パターン化」とは、細胞固定化用基板を局所的に改質し、細胞を当該基材上の所望の位置に配置し、固定化することをいう。パターンの形状は、特に限定されないが、例えば、細胞を一定の間隔を空けて横方向(X方向)及び/又は縦方向(Y方向)に固定化してもよい。この場合、細胞を固定化する場所の個数に制限はなく、たとえ一点であっても「パターニング」に含まれる。
【0031】
好ましい態様において、基材へのフォトマスクの設置及びフォトマスクの移動は、必要に応じて設けられる固定化器具(アライナー)を用いて行うことができる。また、工程4)において、フォトマスクを所望の距離移動させる際には、上記固定化器具を基材との間に一定の厚みを有するスペーサー部材や、マイクロメータなどの基材位置の微調整が可能な治具を設置することで、移動距離を調節することもできる。
【0032】
工程5)の後の、細胞固定化用基板に固定化された細胞A及びBのパターンにおいて、近接する(すなわち、対になる)細胞Aと細胞Bとの距離(細胞の外周間の距離)は、好ましくは0~50μmの範囲、より好ましくは、0~20μmの範囲であるが、固定化する細胞の大きさに応じて適宜設定することができる。当該細胞間の距離は、工程4)の際にフォトマスクを移動させる距離を変えることで調節することができる。その際に、上述のように固定化器具とスペーサーを用いてフォトマスクの移動距離を調節することができる。
【0033】
また、工程5)の後の、細胞固定化用基板に固定化された細胞Aのパターンにおいて、細胞A同士の距離(間隔)は、好ましくは20~500μmの範囲、より好ましくは、20~200μmの範囲である。
【0034】
工程6)における培養は、とくに制限はなく、固定化する細胞A及びBの種類に応じて、当該技術分野において公知の手法及び条件を適宜用いることができる。
【0035】
工程6)において、細胞Aと細胞Bとの間の相互作用は、好ましくは、蛍光分光法における蛍光強度の変化、紫外・可視分光法における吸光度変化、又は顕微鏡画像の測定により観測することができる。その他に、ラマン顕微鏡、走査プローブ顕微鏡、ゴーストイメージング、ホログラフィック顕微鏡、電子顕微鏡、非線形光学顕微鏡を用いて観測することができる。例えば、細胞Bが免疫細胞の場合、細胞同士が隣接して固定化された状態で培養し、免疫細胞が隣接する細胞Aを殺傷する様子を顕微鏡観察し、1細胞ずつ免疫細胞の細胞傷害性を評価することができる。また、蛍光分光法における蛍光強度の変化により観測する場合、細胞A又は細胞Bのいずれかを、固定化前に蛍光染色することができる。例えば、細胞Bが免疫細胞の場合、細胞Aを予め蛍光染色剤で染めておき、免疫細胞による細胞Aの殺傷を蛍光強度の減少として観測することができる。なお、細胞解析のための処理は、蛍光染色に限定されず、上記で例示した個別の観察手段に対応した染色や標識などの前処理、後処理が適用できる。
【0036】
特定の好ましい態様では、細胞A及び/又はBの固定化後に、細胞固定化用基板上に固定化に使用されずに余剰に存在する細胞を除去する操作を行ってもよい。すなわち、本発明の方法は、工程3)の後に、前記細胞固定化用基板を洗浄して、固定化されていない余剰の前記細胞Aを除去することを含むことができる。同様に、工程5)の後に、前記細胞固定化用基板を洗浄して、固定化されていない余剰の前記細胞Bを除去することを含むことができる。当該洗浄は、当該技術分野において公知の手法で行うことができ、例えば、細胞固定化用基板の表面を、細胞用の培地や生理食塩水、等張の緩衝液といった細胞を傷害しない溶液で洗浄する操作を行うことができる。細胞への傷害が問題にならない場合や細胞の傷害・殺傷が必要な場合は、純水やその他の水溶液、有機溶媒などで洗浄する操作も行うことができる。
【0037】
別の好ましい態様では、工程6)の後の、細胞固定化用基板に固定化されている細胞群を分離・回収する操作(工程7))を行ってもよい。当該分離・回収は、光応答性細胞固定化剤に細胞固定化能を解消するような外部刺激の付与、例えば、細胞固定化に用いた波長とは異なる波長の光照射や熱の付加をすることで行うことができる。すなわち、本発明の方法は、工程6)の後に、工程2)及び/又は4)における特定の波長の光とは異なる波長の光を照射すること又は熱を付加することにより、固定化された細胞A及び/又はBを細胞固定化用基板から分離・回収する工程7)をさらに含むことができる。一態様としては、工程2)及び/又は4)において照射される光が、紫外光であり;工程7)において照射される光が、可視光である。
【0038】
さらに好ましい態様では、上記工程2)~5)の工程を繰り返すことで、細胞A及びBに加えてさらなる細胞(すなわち、細胞C)を同様に固定化して、それらの間の相互作用を観察する工程を行うことができる。同様に、工程2)~5)をさらに繰り返すことで、固定化される細胞種を4種類以上とすることもできる。
【0039】
2.細胞固定化用基板
本発明の方法に用いる細胞固定化用基板の詳細を以下に説明する。上述のように、当該細胞固定化用基板は、透明な材料よりなる基材と、前記基材上に光応答性細胞固定化剤を修飾した表面とを備えることを特徴する。なお、本発明は、細胞の特性を1細胞レベルで評価する方法に用いるための、かかる細胞固定化用基板にも関するものである。
【0040】
2-1.基材
細胞固定化用基板を構成する基材の材質や形状等は特に限定されず、その用途等に応じて適当な基材を種々選択することができるが、典型的には、当該基材の形状は、プレート状又はフィルム状のもの、例えばスライドガラス、ディッシュ、マイクロプレート、マイクロアレイ用基板等である。あるいは、平板状に限らず、容器のような立体的な形態とすることもできる。基材の材質としては、透明な材料であることが好ましく、例えば、ガラスや樹脂を用いることができる。かかる樹脂としては、ポリエチレンテレフタレート、酢酸セルロース、ポリカーボネート、ポリジメチルシロキサン、ポリスチレン及びポリメチルメタクリレートなどのポリマー樹脂であることができるが、好ましくは、熱可塑性樹脂からなるものを用いることができる。
【0041】
基材を構成する熱可塑性樹脂としては、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリシクロオレフィン、エチレン-αオレフィン共重合体(例えば、エチレン-プロピレン共重合体)等のポリオレフィン系樹脂、ポリスチレン、スチレン・ブタジエン・スチレンブロック共重合体(SBS)、スチレン・エチレン・ブチレン・スチレンブロック共重合体(SEBS)、スチレン・イソプレン・スチレンブロック共重合体(SIS)、スチレン・エチレン・プロピレン・スチレンブロック共重合体(SEPS)、水素添加型スチレン・ブタジエンランダム共重合体(HSBR)等のポリスチレン系樹脂、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート等のポリエステル系樹脂、ナイロン6、ナイロン66、ナイロン46等のポリアミド系樹脂、ポリメチルメタクリレート(PMMA)等のアクリル系樹脂、ポリカーボネート系樹脂、ポリ塩化ビニル系樹脂、ポリ塩化ビニリデン系樹脂などが例示でき、これらを1種単独又は2種類以上を混合して用いることができる。これらの樹脂の層をガラス板上に設けることもできる。
【0042】
基材の表面は、アミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシ基などを導入するため、該当する官能基を有するタンパク質、ポリペプチド、糖鎖、核酸、ポリ陽イオンなどのポリマーによる被覆処理、あるいは基材表面への導入置換基を有するシランカップリング剤による処理が施されていてもよいし、あるいはプラズマ処理により反応性官能基が導入されていてもよい。
【0043】
好ましい態様において、細胞固定化用基板における基材は、樹脂で構成され、少なくとも一つのウェルが設けられたウェルプレートであることができる。好ましくは、当該ウェルは、角の無いウェル中央部が比較的平坦な丸底、もしくは丸底であり、当該ウェルの底中央部の厚さが200μm以下である。このようなウェルの中において細胞A及びBを固定化することで、細胞間の相互作用を効率的に観測することができる。また、ウェルプレート中の各ウェルにおいて、同じ条件で実験することによって、実験のn数を増やすことができる。また、各ウェルにおいて細胞の組み合わせや、添加する薬剤、解析手法などの条件を変えることによって、ハイスループットかつ多角的な解析が可能となる。
【0044】
当該ウェルプレートの好ましい態様として、ウェル底面の曲率半径を当該ウェルの半径で割った比率は、0.7~1.5であることができる。この構成によれば、ウェルが丸底であることによって、ウェル内の細胞がウェルの底の中心に集まるため、細胞の観察を容易化することができる。
【0045】
また、好ましい態様において、上記ウェルプレートにおけるウェル底面の曲率半径を当該ウェルの半径で割った比率をy、前記ウェルの底面中央部をx[μm]とすると、当該比率yは、前記ウェルの底面中央部が7~19μmの範囲でy=-0.0093x+0.9924の値の±10%以内であり、前記ウェルの底面中央部が19~200μmの範囲でy=0.0028x+0.7572の値の±10%以内である。
【0046】
上記ウェルプレートにおけるウェルの底面中央部の平均厚さは、好ましくは、1~200μm、より好ましくは、5μm~150μmの範囲である。これにより、対物レンズの焦点をウェル底面に存在する細胞に容易に合わせることができ、1細胞レベルで詳細な顕微鏡解析を確実に行うことができる。
【0047】
このようなウェルプレートの製造方法は、国際公開WO2021/107008において詳細に説明されている。したがって、本発明において用いられるウェルプレートは、当該文献を参照して製造することができる。
【0048】
2-2.光応答性細胞固定化剤
次いで、上記基材の表面を修飾する光応答性細胞固定化剤について説明する。上述のように、当該光応答性細胞固定化剤は、特定の波長の光によって細胞固定化能を発現する分子であって、分子内に疎水性鎖を有するか、或いは、光照射により疎水性鎖を有する分子や、その集合体と選択的に結合し得る特性を有する。かかる疎水性鎖は、脂質二分子膜である細胞膜等における脂質部分と疎水性相互作用等の非共有結合的な相互作用によって細胞と結合し、これにより固定化用基板表面上に特定の細胞を固定化することができる。また、当該光応答性細胞固定化剤は、典型的には、親水性鎖を有し、その末端で基材表面に直接結合することで基材表面に修飾することができる。或いは、基材が被覆層を有する場合には、当該の被覆層を介して結合することで基材表面に修飾することができる。光応答性細胞固定化剤は、好ましくは、基材の表面に単分子膜状に配列される。
【0049】
本発明において好適な光応答性細胞固定化剤の1例は、前記細胞A及びBと相互作用し得る疎水性鎖、前記基材の表面に単分子膜状に配列し得る親水性鎖、及び前記疎水性鎖と親水性鎖を連結する分岐型リンカーを有し、前記分岐型リンカー鎖の側鎖に光反応基を有する分子である。当該光応答性細胞固定化剤は、特定波長の光の照射によって細胞固定化能を発現することができる。
【0050】
<a.光活性化脂質分子>
かかる光応答性細胞固定化剤の例として、以下の式(1)の構造を有する化合物(以下、まとめて「光活性化脂質分子」と呼ぶ場合がある)を挙げることができる。当該化合物は、光反応基に連結した結合阻害基を有しており、光の照射により、結合阻害基による結合阻害が解消されて、前記脂質膜結合基(疎水性鎖)が細胞の脂質膜に結合可能となる。
【0051】
【化1】
【0052】
式(I)において、
1は、細胞の脂質膜と結合する脂質膜結合基(疎水性鎖)であり、
2は、前記脂質膜結合基の脂質膜への結合を阻害する結合阻害基であり、
3は、光反応基であり、
4は、親水性鎖であり、
5は、修飾対象基材への反応基であり、
6は、少なくとも3本の結合手を有する分岐型リンカーであり、
1及びL2は、リンカーであり、
1及びk2は、それぞれ独立して0又は1である。
【0053】
上記A1の「脂質膜結合基(疎水性鎖)」は、疎水性相互作用により標的細胞に結合できるものである限り特に限定されないが、置換基を有していてもよい飽和又は不飽和の炭化水素鎖であることができる。かかる炭化水素鎖の例示としては、例えば、C7-30アルキル基(好ましくはC7-22アルキル基)、C6-14アリール基、C6-14アリールC7-30アルキル基(好ましくはC6-14アリールC7-22アルキル基)、及びC7-30アルキルC6-14アリール基(好ましくはC6-14アリールC7-22アルキル基)などが挙げられる。好ましくは、隣接する炭素原子が1~3個の不飽和結合によって連結されていてもよいC7-30アルキル基、隣接する炭素原子が1~3個の不飽和結合によって連結されていてもよいC7-22アルキル基、又は隣接する炭素原子が1~3個の不飽和結合によって連結されていてもよいC11-22アルキル基、又は隣接する炭素原子が1~3個の不飽和結合によって連結されていてもよいC16-18アルキル基であることができる。より好ましくは、疎水性鎖(a)は、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル(ステアリル)基、シス-9-ヘキサデセニル(パルミトレイル)基、シス-8-ヘプタデセニル基、トランス-8-ヘプタデセニル基、トランス-9-オクタデセニル(エライジル)基、シス-9-オクタデセニル(オレイル)基、シス,シス-9,12-オクタデカジエニル(リノレニル)基、(9E,12E,15E)-オクタデカ-9,12,15-トリエニル(エライドリノレニル)基であることができる。特に、細胞膜を構成するリン脂質の一部であるオレイル基が好ましい。さらに、これらの疎水性鎖は、任意の置換基で置換されていてもよく、またN、S、O等のヘテロ原子を含んでもよい。
【0054】
上記Aの「結合阻害基」は、脂質膜結合基の脂質膜への結合を物理的に又は化学的に阻害する基のことである。脂質膜結合阻害基の構造は、脂質膜結合基の構造と同一であっても異なってもよい。脂質膜結合阻害基としては、特に限定されないが、例えば、C7-30アルキル基(好ましくはC7-22アルキル基)、C6-14アリール基、C6-14アリールC7-30アルキル基(好ましくはC6-14アリールC7-22アルキル基)、及びC7-30アルキルC6-14アリール基(好ましくはC6-14アリールC7-22アルキル基)などが挙げられる。好ましくは、隣接する炭素原子が1~3個の不飽和結合によって連結されていてもよいC7-30アルキル基、隣接する炭素原子が1~3個の不飽和結合によって連結されていてもよいC7-22アルキル基、又は隣接する炭素原子が1~3個の不飽和結合によって連結されていてもよいC11-22アルキル基、又は隣接する炭素原子が1~3個の不飽和結合によって連結されていてもよいC16-18アルキル基であることができる。より好ましくは、疎水性鎖(a)は、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル(ステアリル)基、シス-9-ヘキサデセニル(パルミトレイル)基、シス-8-ヘプタデセニル基、トランス-8-ヘプタデセニル基、トランス-9-オクタデセニル(エライジル)基、シス-9-オクタデセニル(オレイル)基、シス,シス-9,12-オクタデカジエニル(リノレニル)基、(9E,12E,15E)-オクタデカ-9,12,15-トリエニル(エライドリノレニル)基であることができる。特に、細胞膜を構成するリン脂質の一部であるオレイル基が好ましい。さらに、これらの疎水性鎖は、任意の置換基で置換されていてもよく、またN、S、O等のヘテロ原子を含んでもよい。
【0055】
上記Aの「光反応基」は、光照射によって当該光反応基中の結合が切断されるか、又はその構造が変化する基のことを意味する。光照射によって切断される基としては、例えば、2-ニトロベンジル骨格、クマリン-4-イルメチル骨格、フェニルカルボニルメチル骨格又は7-ニトロインドリノカルボニル骨格を有する二価の基などを挙げることができる。光照射によって構造が変化する基としては、例えば、アゾベンゼン骨格、フルギド骨格、スピロピラン骨格、スピロオキサジン骨格又はジアリールエテン骨格を有する二価の基などを挙げることができる。
【0056】
上記Aの「親水性鎖」は、水溶性の化合物残基を含む二価の基であり、好ましくは親水性ポリマーを含む二価の基である。かかる親水性ポリマーとしては、ポリアルキレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリペプチド、ポリアクリルアミド、およびデキストラン等の多糖類、あるいはグリコール酸誘導体や乳酸誘導体、p-ジオキサン誘導体の重合体や共重合体等を用いることができる。ポリアルキレングリコールとしては、好ましくは炭素数2~4のオキシアルキレン単位の重合体であり、その平均重合数が2~500(好ましくは、45~500)の範囲であるものを用いることができる。当該親水性ポリマーは、生体適合性のポリマーであることが好ましく、ポリエチレングリコール(PEG)であることがより好ましい。親水性鎖(b)は、さらに任意の置換基を有していてもよい。
【0057】
上記Aの「反応基」は、修飾対象の基材と共有結合的に又は非共有結合的に反応して、式(I)の化合物を当該基材上に固定化するための基である。そのような反応基としては、例えば、以下に示すものを用いることができる。
【化2】
【0058】
これらの式中、矢印は、k2が0の場合にはA4への連結を示し、k2が1の場合にはL2への連結を示し、Xはハロゲンであり、R1、R2及びR3はそれぞれ独立して、C1-10アルキル、ハロゲン、C1-10アルコキシからなる群から選択される。
【0059】
好ましくは、上記Aの反応基は、N-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)等の活性エステル基、カルボキシル基、シラノール基、ジスルフィド基、又はチオール基を用いることができる。後述のように、基材表面にコラーゲン等の被覆層を用いる場合には、これら被覆層と結合し得る官能基を用いることができ、例えば、コラーゲン被覆層の場合には、コラーゲン中のアミノ基と共有結合し得る活性エステル基が好ましく、特にNHS基を有することが好ましい。
【0060】
なお、反応基としてポリペプチドや核酸を採用し、それらと結合可能な物質を含む修基材と反応させて固定化することもできる。例えば、相補的なDNA鎖の組み合わせ;ビオチンとアビジンとの組み合わせなどを用いることもできる。
【0061】
上記L1及びL2の「リンカー」は、例えば、C6-14アリーレン基又はC1-10アルキレン基である。ここで前記アルキレン基中の炭素原子は1~5個のオキソ基で置換されていてもよく、隣接する炭素原子同士が1~5個の不飽和結合で結ばれていてもよく、そして前記アルキレン基中の炭素原子のうち、1~4個の炭素原子がNH、N(C1-10アルキル)、O又はSで置き換えられていてもよい。場合により、L1とA2との間及びL1とA3の間、ならびにL2とA4の間及びL2とA5の間は、それぞれ独立して、アルキレン構造、アミド構造、エステル構造、アミノ構造、及びエーテル構造からなる群から選択される構造を有することが好ましい。
【0062】
上記A6の「分岐型リンカー」は、少なくとも3本の結合手を有する化学構造であれば特に限定されないが、例えば、以下に示す構造を有する。
【0063】
【化3】
【0064】
式中、L3、L4及びL5は、それぞれ独立して、C6-14アリーレン基又はC1-10アルキレン基であり、ここで前記アルキレン基中の炭素原子は1~5個のオキソ基で置換されていてもよく、隣接する炭素原子同士が1~5個の不飽和結合で結ばれていてもよく、そして前記アルキレン基中の炭素原子のうち、1~4個の炭素原子がNH、N(C1-10アルキル)、O又はSで置き換えられていてもよく、k3、k4及びk5は、それぞれ独立して0又は1であり、(A1)、(A3)及び(A4)への矢印はそれぞれ、A1、A3及びA4への連結を示す。L3とA1との間、及びL4とA4の間は、それぞれ独立して、アルキレン構造、アミド構造、エステル構造、アミノ構造、及びエーテル構造からなる群から選択される構造を有することが好ましい。
【0065】
光応答性細胞固定化剤である光活性化脂質分子のより好ましい例としては、以下の式(1-b)を有する化合物を挙げることができる。
【化4】
【0066】
式中、A1及びA2は、それぞれ独立してC7-22アルキル基、C6-14アリール基、C6-14アリールC7-22アルキル基及びC7-22アルキルC6-14アリール基からなる群から選択され、ここで前記C7-22アルキル基中の隣接する炭素原子は、1~3個の不飽和結合によって連結されていてもよく、
nはオキシエチレン基の平均付加モル数を示し、かつ45≦n≦500であり、
pは0~8であり、
q及びsは、それぞれ独立して0~7であり、
rは0~10である。
【0067】
5は、以下の置換基
【化5】
(式中、矢印は、化合物の残りの部分への連結を示し、
Xはハロゲンであり、R1、R2及びR3はそれぞれ独立して、C1-10アルキル、ハロゲン、C1-10アルコキシからなる群から選択される)
からなる群から選択される。
【0068】
光応答性細胞固定化剤である光活性化脂質分子の好ましい具体例として、以下の式(I-c)の化合物を挙げることができる。
【化6】
(式中、nはオキシエチレン基の平均付加モル数を示し、かつ45≦n≦500である。)
【0069】
上記式(I)で表される光活性化脂質分子の合成方法は、国際公開WO2016/158327に詳細に記載されており、当該記載を参照することで適宜合成することができる。
【0070】
<b.光異性化脂質分子>
かかる光応答性細胞固定化剤の例として、疎水性鎖、親水性鎖、分岐型リンカーに加えて、光反応基として「光異性化部位」を有する化合物(以下、「光異性化脂質分子」と呼ぶ場合がある)を挙げることができる。当該化合物は、光の照射により光異性化部位が異性化し、疎水性から親水性に変化することで疎水性鎖が細胞の脂質膜に結合可能となる。
【0071】
より具体的には、当該光異性化脂質分子は、

(a)標的細胞と相互作用して当該細胞と結合する機能を有する疎水性鎖、
(b)基材の表面に単分子膜状に配列し得る親水性鎖、及び
(c)これら疎水性鎖と親水性鎖を連結するためのリンカーとして、側鎖を備えた分岐構造を有する分岐型リンカー
を有し、さらに、当該分岐型リンカーの側鎖に、光照射によって異性化し、疎水性から親水性に変化し得る光異性化部位(d)を有することを特徴とする。
【0072】
各部位の連結は、例えば、アミド結合やエステル結合、エーテル結合、チオエーテル結合、カルバメート結合、チオカルバメート結合、トリアゾール結合、尿素結合等の共有結合を用いることができる。なお、分岐型リンカー鎖(c)における光異性化部位(側鎖)は、アミド結合によって前記分岐型リンカー鎖(の主鎖)に連結していることが好ましい
【0073】
当該光異性化脂質分子は、典型的には、親水性鎖(b)の末端で基材表面に直接或いは後述の被覆層を介して結合することで、基材表面を修飾して用いられる。この場合、光異性化脂質分子は、好ましくは、基材の表面に単分子膜状に配列される。一方、疏水性鎖(a)は、疎水性相互作用等の相互作用によって標的細胞と結合・捕捉することができる。これにより、基材表面の特定領域に標的細胞を固定化することができる。また、基材表面における所望の領域に特定波長の光照射を行うことで、分岐型リンカー(c)の側鎖における光異性化部位(d)を光異性化によって構造変化させ、その疎水性を変化させることにより、標的細胞を基材表面から選択的に分離し、回収することができる。さらに、再度、基材表面に特定波長の光照射を行うことで、再度の光異性化により光異性化部位(d)を当初の構造に戻すことができ、細胞の固定化と分離・回収を繰り返し実施することが可能となる。
【0074】
当該光異性化脂質分子における疏水性鎖(a)、親水性鎖(b)、分岐型リンカー(c)は、上記式(I)の光活性化脂質分子について述べた説明がそのまま当てはまる。
【0075】
ただし、光異性化脂質分子における分岐型リンカー(c)は、好ましくは、アミノ酸残基又はその繰り返し構造を有することができる。例えば、リシン、アスパラギン酸、グルタミン酸、システイン、セリン、スレオニン、チロシンなどの分岐を導入可能なアミノ酸残基又はその繰り返し構造であることが好ましい。リシン残基又はその繰り返し構造が特に好ましい。或いは、これらアミノ酸残基以外にも、分岐型リンカー鎖(c)を構成する材料として、グリセロールなどの3価アルコール;ヒドロキシキノールなどのベンゼントリオールやベンゼントリカルボン酸;ベンゼントリアミン;4-アミノサリチル酸などの3つ以上の反応性官能基を有するベンゼン環を用いることもできる。場合によっては、親水性鎖(b)と同様に、親水性ポリマーを用いることもできる。
【0076】
光異性化部位(d)は、上記分岐型リンカー鎖(c)の側鎖に存在し、光照射による異性化によって構造変化をすることで、疎水性から親水性に変化し得る化学構造を有するものである。典型的には、かかる光異性化としては、特定波長の光の照射によって、環状構造が開環・閉環することによる可逆的な構造変化を生じさせ、これにより、当該化学構造の疎水性に変化を生じさせる場合を挙げることができる。ここで、「可逆的な」とは、特定波長の光の照射により開環等の構造変化(1回目の異性化反応)を生じさせるが、その後、さらに、当該特定波長とは異なる波長の光を再度照射すること又は熱を加えることによって構造変化(2回目の異性化反応)が発生し、当初の閉環構造に復帰することが可能であることを意味する。典型的な例としては、光異性化部位(d)は、紫外線の照射により1回目の異性化反応が起こり、その後、可視光を照射すること又は熱を加えることにより2回目の異性化反応が起こるような化学構造を有する。
【0077】
このような特性を提供し得る光異性化部位(d)として用いることが可能な好ましい例としては、これらに限定されるものではないが、スピロピラン又はその誘導体の構造を含むものを挙げることができる。スピロピランは、以下の式に示すように、式左の閉環構造の場合には比較的高い疎水性を有するが、紫外線の照射によりスピロ環部分が光開環反応により開環し、式右の開環構造となる。当該開環構造では、電化分離により分子内チャージを有し、親水性を有するものとなる。一方で、開環構造に可視光を照射(又は熱を付加)することで、再度閉環構造に戻すことができる。すなわち、特定波長の光照射により、その疎水性・親水性を制御することができるものである。
【化7】
【0078】
より具体的には、光異性化部位(d)は、以下の式(II)で表されるスピロピラン様構造を有することが好ましい。
【化8】
【0079】
式中、Rは、水素原子又はアルキル基であり;Rは、C~C20アルキレン基であり;R、R、及びRは、同一でも異なっていてもよく、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、アルコキシ基、又はニトロ基であり;*は、前記分岐型リンカー鎖への結合部分である。
【0080】
は、好ましくは、水素原子又はC~Cアルキル基であり、好ましくは水素原子である。適切な疎水性に調整する観点から、Rは、好ましくは、C5~C20、より好ましくは、C又はC直鎖アルキレン基である。同様に、R、R、及びRのうち、少なくとも1つがニトロ基であることが好ましく、Rがニトロ基であることがより好ましい。当該ニトロ基を有することにより、光異性化による開環構造が安定化し、また、光異性化の量子収率も良好なものとすることができる。
【0081】
光応答性細胞固定化剤である光異性化脂質分子の具体例としては、以下の構造を有する化合物を挙げることができる。
【化9】
【0082】
式中、Spは、前記光異性化部位(d)を表し;mは、1~5の自然数であり;nは、50~500の自然数である。当該化合物は、疎水性鎖(a)としてオレイル基;親水性鎖(b)としてポリエチレングリコール鎖;分岐型リンカー鎖(c)として、リシン残基;及び基材との結合のために親水性鎖(b)の末端にN-ヒドロキシスクシンイミドを有している。好ましくは、mは、1又は2である。また、Spは、好ましくは、スピロピラン又はその誘導体であり、より好ましくは上記式(I)で表される構造である。
【0083】
光応答性細胞固定化剤である光異性化脂質分子の好ましい具体例として、以下の構造を有する化合物を挙げることができる。
【化10】
【0084】
以上で説明した光異性化脂質分子の合成方法は、国際公開WO2019/230441に詳細に記載されており、当該記載を参照することで適宜合成することができる。
【0085】
<c.光反応性表面修飾剤とPEG脂質の組合せ>
さらなる別の態様として、基材表面上の光応答性細胞固定化剤に光を照射することにより、疎水性基を有する別の分子(修飾化合物)を選択的に連結させることで、細胞固定化能を発現させることもできる。これにより、光を照射した領域のみ細胞固定化能を有する表面とすることができる。
【0086】
より具体的には、前記光応答性細胞固定化剤が、前記基材の表面に単分子膜状に配列し得る親水性鎖及び光反応基を有しており;前記光応答性細胞固定化剤は、特定波長の光を照射することにより、前記光反応性基において、前記細胞A及びBと相互作用し得る疎水性鎖を有する修飾化合物と共有結合により連結することができ、それにより細胞固定化能を発現することができる。
【0087】
そのような光応答性細胞固定化剤と修飾化合物の組合せとしては、以下に示す化合物1と2の組合せを挙げることができる。
【化11】
【0088】
化合物1は、分子内に親水性鎖を有し、当該親水性鎖の末端にジベンゾシクロオクチン(DBCO)の前駆体を有し、化合物2疎水性鎖の末端にアジド基を有する。以下に示すように、化合物1に360nmの光が照射されるとジベンゾシクロオクチンが生成し、生理条件下でHuisgen付加環化反応によって化合物2のアジド基と結合する。これにより、光を照射した領域のみ、疎水性基を有する化合物2を修飾することで、細胞固定化能を発現させることができる。
【化12】
(式中、Rは任意の親水性鎖を含む構造であり、Rは任意の疎水性鎖を含む構造である)
【実施例0089】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0090】
本実施例では、光応答性細胞固定化剤として、以下に示す「光活性化PEG脂質」及び「化合物1及び2の組合せ」を用いた。
【化13】
【化14】
【0091】
<実施例1. 光活性化PEG脂質表面でのモデル免疫細胞とモデルがん細胞の配置>
ビトロネクチンを物理吸着させることで表面にアミノ基を提示したポリカーボネート基板(厚さ:12μm)に対し、光活性化PEG脂質を修飾した(室温、4時間)。直径8μmの円形の光透過領域が100μm間隔で並んだフォトマスク(φ: 8μm, d: 100μm)をポリカーボネート基板のPEG脂質を修飾した表面の裏面に密着させ、紫外光(365nm)をこの修飾基板表面に照射した。この表面にモデルがん細胞であるマウス黒色腫B16F10細胞を播種し、5分間の静置によって光照射領域に細胞を固定化後、表面をPBSで洗浄して固定化していない細胞を洗い流した。次に、同様に、フォトマスク(φ: 6μm, d: 100μm)を用いて、並べたB16F10細胞の横に円形の光スポットを照射した。この表面にモデル免疫細胞であるヒトT細胞株Jurkat細胞(緑色蛍光試薬Calcein-AMで染色)を播種し、同様に固定化後に洗浄した。その結果、接着伸展したB16F10細胞とJurkat細胞とが隣接した1細胞アレイを構築することができた。図2に、緑色蛍光染色Jurkat細胞とB16F10細胞とを隣接して並べた1細胞アレイの蛍光顕微鏡像(左)とその拡大像(右上下)を示す。このような自由に伸展した細胞の横に免疫細胞を1細胞レベルで配置・固定化できる技術は本発明により初めて達成されたものである。
【0092】
極薄い基板にPEG脂質を修飾し、その裏面からフォトマスクを用いて露光することで、先に配置した細胞にフォトマスクを接触させることなく、また細胞培養環境を汚染せずに、修飾表面への精密な露光と複数種類の細胞の隣接配置が可能となる。
【0093】
<実施例2. 光反応性PEG修飾表面での免疫細胞とモデルがん細胞の配置と殺傷性の観察>
コラーゲンを物理吸着させることで表面にアミノ基を提示したガラス基材(厚さ:170μm)に対し、光反応性表面修飾剤(化合物1)を修飾した。マスクレス露光装置(ネオアーク社、PALET)を用いて、紫外光(360nm)の円形パターンのアレイ(φ: 10μm, d: 100μm)をこの修飾基板表面に照射した(0.1J/cm)。アジド化PEG脂質(化合物2)のPBS溶液をこの表面に105分間作用させ、光照射領域のみに反応させた。表面をPBSで洗浄して未反応の化合物2を除去後、Calcein-AMで生細胞染色したマウスリンパ腫YAC1細胞を播種し、5分間の静置後、表面をPBSで洗浄して固定化していない細胞を洗い流した。同様に、マスクレス露光装置を用いて、並べたYAC1細胞の横に円形の光スポット(φ: 10μm, d: 100μm)を照射した。マウスから採取して5日間IL2含有培地で培養して活性化させたNK細胞をこの表面に播種し、同様に固定化後に洗浄した。
【0094】
その結果、YAC1細胞とNK細胞とが隣接した1細胞アレイを構築することができた。細胞が大きく動かないようにマトリゲルを流して緩く細胞を包埋した後、37℃、5%CO環境下で培養しながら蛍光顕微鏡観察を行った(2分毎に最大6時間撮像)。その結果、NK細胞がYAC1細胞を殺傷し、YAC1のCalcein蛍光が消失する様子が観察された(図3)。図3は、Yac1細胞(Calcein-AM染色:緑色)とNK細胞(無色)とを隣接して並べ、蛍光顕微鏡によってタイムラプス観察(2分毎)をした際の画像を示している(左から右、上から下に経時)。これより、本発明を用いて、免疫細胞の細胞殺傷効果を1細胞レベルで経時観察できることが実証された。
【0095】
<実施例3. 光活性化PEG脂質表面でのヒトから採取したNK細胞の細胞殺傷性の評価>
実施例1同様に、ビトロネクチンをコートしたポリカーボネート基板(厚さ:12μm)に対し、光活性化PEG脂質を修飾し、フォトマスク(φ: 10μm, d: 100μm)を用いて紫外光(365nm)を照射した。ヒトの血液サンプルから採取したNK細胞を12日間IL2およびIL15含有培地で培養して活性化した後、この基板表面に播種し、光照射領域のみに選択的に固定化して細胞を並べた。次に、同様に、フォトマスク(φ: 14μm, d: 100μm)を用いて、並べたNK細胞の横に円形の光スポットを照射した。NK細胞の細胞傷害性を解析する際に広く用いられるヒト白血病細胞K562細胞をCalcein-AMで生細胞染色した後に播種し、NK細胞の横に配置した。その後、上記と同様に、37℃、5%CO環境下で培養しながら蛍光顕微鏡観察を行った。その結果、NK細胞によってK562細胞が殺傷され、一部のK562細胞のCalcein蛍光が消失する様子が観察された(図4)。図4は、K562細胞(Calcein-AM染色:緑色)とヒト血液由来のNK細胞(無色)とを隣接して並べた1細胞アレイの培養前後の蛍光顕微鏡画像:(A)培養前の緑色蛍光像と明視野像の重ね合わせ画像、(B)培養後の緑色蛍光像と明視野像の重ね合わせ画像を示している。これより、ヒト血液サンプル中のNK細胞の細胞傷害性を解析でき、細胞傷害性のあるNK細胞の割合を定量できることが実証された。
【0096】
<実施例4. 光活性化PEG脂質表面でのヒトから採取したNK細胞、PBMCの細胞殺傷性の評価>
実施例1同様に、ビトロネクチンをコートしたポリカーボネート基板(厚さ:12μm)に対し、光活性化PEG脂質を修飾し、フォトマスク(φ:10μm,d:65μm)を用いて紫外光(365nm)を照射した。ヒトの血液サンプルから密度遠心分離により分離したPeripheral Blood Mononuclear Cells(PBMC)を、PE anti-human CD4 AntibodyとPerCP/Cyanine5.5 anti-human CD8 Antibodyで抗体染色することにより、それぞれPBMCに含まれるヘルパーT細胞とキラーT細胞を蛍光標識した。ヒトの血液サンプルから採取したNK細胞を12日間IL2およびIL15含有培地で培養して活性化した後、Calcein-AMで生細胞染色し、上記のPBMCと細胞数において1:1になるように混合した。このNK細胞/PBMC混合細胞溶液を、光照射を行った光活性化PEG脂質表面に播種し、光照射領域のみに選択的に固定化して細胞を並べた。次に、同様に、フォトマスク(φ:10μm, d:65μm)を用いて、並べたNK細胞/PBMCの横に円形の光スポットを照射した。NK細胞の細胞傷害性を解析する際に広く用いられるヒト白血病細胞K562細胞をCalcein-AMで生細胞染色した後に播種し、NK細胞の横に配置した。その後、上記と同様に、37℃、5%CO環境下で培養しながら蛍光顕微鏡観察を行った。その結果、NK細胞、もしくはPBMCによってK562細胞が殺傷され、一部のK562細胞のCalcein蛍光が消失する様子が観察された(図5)。図5は、K562細胞(Calcein-AM染色:緑色)とヒト血液由来のNK細胞(Calcein-AM染色:緑色)とPBMC(ヘルパーT細胞:青色とキラーT細胞:赤色を含む)を隣接して並べた1細胞アレイの培養前後の蛍光顕微鏡画像:(A)培養前の蛍光像と明視野像の重ね合わせ画像、(B)培養後の蛍光像と明視野像の重ね合わせ画像を示している。なお、K562細胞とNK細胞は同じ蛍光色素で染色を行っているが、K562細胞はNK細胞よりも明確に大型であるため、両細胞を識別することは容易であった。
【0097】
この結果により、ヒト血液サンプル中のNK細胞やPBMCの細胞傷害性や、それらの組み合わせや数の細胞障害性への影響を解析でき、細胞傷害性のあるNK細胞やPBMCの割合や、細胞の組み合わせや数の細胞傷害性への影響を定量できることが実証された。このように、本技術は種類や調製方法等の異なる様々な細胞を混合して一度に播種することで、一つの円形の光照射領域中にそれらの細胞を1細胞から数細胞固定化することができた。したがって、基板全体では、種類や調製方法等の異なる細胞やそれらの細胞の組み合わせ、それぞれの数といったパラメーターの異なる条件を多数用意することができ、それぞれの条件における細胞障害性をハイスループットに解析することが可能である。
図1
図2
図3
図4
図5