(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023007737
(43)【公開日】2023-01-19
(54)【発明の名称】ウイルスの細胞侵入阻害剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/7048 20060101AFI20230112BHJP
C07K 14/165 20060101ALI20230112BHJP
A61P 31/14 20060101ALI20230112BHJP
C12N 15/50 20060101ALN20230112BHJP
【FI】
A61K31/7048
C07K14/165 ZNA
A61P31/14
C12N15/50
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021110770
(22)【出願日】2021-07-02
(71)【出願人】
【識別番号】591061068
【氏名又は名称】東洋精糖株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001070
【氏名又は名称】弁理士法人エスエス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中西 章仁
(72)【発明者】
【氏名】タンジャ マハマドゥ
【テーマコード(参考)】
4C086
4H045
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA11
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZB33
4H045AA10
4H045AA30
4H045CA01
4H045EA20
(57)【要約】
【課題】ウイルスの細胞への侵入を阻害する、ウイルスの細胞侵入阻害剤を提供すること。
【解決手段】α-グルコシルルチン、α-グルコシルヘスペリジンおよびα-グルコシルナリンジンから選択される少なくとも一種の成分(A)を含む、ウイルスの細胞侵入阻害剤であって、前記ウイルスがアンギオテンシン変換酵素2(ACE2)と結合するスパイクタンパク質を有する、ウイルスの細胞侵入阻害剤。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
α-グルコシルルチン、α-グルコシルヘスペリジンおよびα-グルコシルナリンジンから選択される少なくとも一種の成分(A)を含む、ウイルスの細胞侵入阻害剤であって、前記ウイルスがアンギオテンシン変換酵素2(ACE2)と結合するスパイクタンパク質を有する、ウイルスの細胞侵入阻害剤。
【請求項2】
前記ウイルスが、SARS-CoV、SARS-CoV-2およびHCoV-NL63から選択されるいずれか一種である、請求項1に記載のウイルスの細胞侵入阻害剤。
【請求項3】
前記ウイルスが、SARS-CoV-2である、請求項1または2に記載のウイルスの細胞侵入阻害剤。
【請求項4】
前記成分(A)がα-モノグルコシルルチン、α-モノグルコシルヘスペリジンおよびα-モノグルコシルナリンジンから選択される少なくとも一種を含む、請求項1~3のいずれか一項に記載のウイルスの細胞侵入阻害剤。
【請求項5】
前記成分(A)の含有量が50質量%以上である、請求項1~4のいずれか一項に記載のウイルスの細胞侵入阻害剤。
【請求項6】
前記成分(A)の含有量が65質量%以上である、請求項1~5のいずれか一項に記載のウイルスの細胞侵入阻害剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルスの細胞侵入阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
コロナウイルスは、以前から風邪の原因ウイルスとして人間社会に蔓延しているウイルスである。しかし、近年になって、SARS(重症急性呼吸器症候群)を引き起こすSARS-CoVや、COVID-19を引き起こすSARS-CoV-2など、全世界でパンデミックを引き起こすようなコロナウイルスが注目されている。
【0003】
コロナウイルスは、国際ウイルス分類委員会(ICTV)によって、ニドウイルス目コルニドウイルス亜目のコロナウイルス科に分類されている。コロナウイルス科は、さらにレトロウイルス亜科とオルトコロナウイルス亜科に分けられ、オルトコロナウイルス亜科は、αコロナウイルス、βコロナウイルス、γコロナウイルスおよびδコロナウイルスの4つの属を含んでいる。
【0004】
コロナウイルスは、通常、スパイクタンパク質(Sタンパク質とも称される)、ヌクレオカプシドタンパク質(Nタンパク質とも称される)、膜タンパク質(Mタンパク質とも称される)、エンベロープ、エンベロープタンパク質(Eタンパク質とも称される)およびRNAを構成要素として有する。
【0005】
コロナウイルスが宿主細胞に感染するには、上記スパイクタンパク質が宿主細胞表面の受容体と結合して吸着し、ゲノムRNAが細胞内に侵入する必要がある。この際、コロナウイルスのスパイクタンパク質が結合する、宿主細胞の受容体はウイルスの種類によって異なる。例えば、αコロナウイルスに分類される風邪ウイルスの一つであるHCoV-NL63、ならびにβコロナウイルスに分類されるSARS-CoVおよびSARS-CoV-2は、宿主細胞の受容体であるアンギオテンシン変換酵素2(Angiotensin-Converting Enzyme 2:ACE2)と結合する。
【0006】
また、スパイクタンパク質がACE2に結合した後、ウイルスが宿主細胞に侵入するには、ウイルスが宿主細胞と膜融合をする必要があるが、その際、タンパク質分解酵素であるTMPRSS2(Transmembrane protease serin 2)でスパイクタンパク質が切断されることが重要であると考えられている。そのため、TMPRSS2の活性を阻害することで、膜融合を阻害し、ウイルスの宿主細胞への侵入を阻害することができると考えられている。TMPRSS2の活性を阻害し、ウイルスの侵入を効率よく阻害する薬剤として、例えば、ナファモスタット(Nafamostat)、カモスタット(Camostat)などが挙げられる。
【0007】
一方、天然物成分による抗ウイルス剤として、特許文献1は、ビール等の発泡性アルコール飲料の醸造に使用されるホップの冷水抽出物を有効成分とする、抗ウイルス剤を開示している。特許文献1では、該抗ウイルス剤には、所定のフラボノイド配糖体が含まれており、これがインフルエンザウイルスのヘマグルチニンタンパク質に吸着し、インフルエンザウイルスの細胞表面レセプターへの結合を阻害することで、細胞内へのインフルエンザウイルスの侵入を阻止することが推測されている。
【0008】
非特許文献1は、コンピューターを用いた医薬品ターゲット評価の一つである、バーチャルスクリーニングにより、ヘスペリジンがSARS-CoV-2のスパイクタンパク質の受容体結合部位(Receptor binding domain;RBD)と結合する可能性を有することを開示している。
【0009】
また、非特許文献2は、バーチャルスクリーニングにより、ナファモスタット、およびアンギオテンシン変換酵素阻害剤の一つであるカプトプリル(Captopril)をコントロール試薬に用いて、フラボノイド配糖体などの天然物とACE2との親和性評価を行い、レスベラトロール、ケルセチン、ルテオニン、ナリンゲニンなどがACE2と高い親和性を示すことを開示している。
【0010】
しかし、非特許文献1および2のいずれにおいても、これら天然物のSARS-CoV-2に対する効果は、in vitroですら確認されておらず、実際に効果は検証されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Canrong Wu et al. Acta Pharmaceutica Sinica B 2020;10(5):766-768
【非特許文献2】Vimal K Maurya et al. Virusdisease. 2020 Jun;31(2):179-193
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
ウイルスの細胞への侵入を阻害する、ウイルスの細胞侵入阻害剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は上記課題を解決すべく鋭意検討した。その結果、以下の構成を有するウイルスの細胞侵入阻害剤は上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、本発明は以下の[1]~[6]を含む。
【0015】
[1] α-グルコシルルチン、α-グルコシルヘスペリジンおよびα-グルコシルナリンジンから選択される少なくとも一種の成分(A)を含む、ウイルスの細胞侵入阻害剤であって、前記ウイルスがアンギオテンシン変換酵素2(ACE2)と結合するスパイクタンパク質を有する、ウイルスの細胞侵入阻害剤。
[2] 前記ウイルスが、SARS-CoV、SARS-CoV-2およびHCoV-NL63から選択されるいずれか一種である、[1]に記載のウイルスの細胞侵入阻害剤。
[3] 前記ウイルスが、SARS-CoV-2である、[1]または[2]に記載のウイルスの細胞侵入阻害剤。
[4] 前記成分(A)がα-モノグルコシルルチン、α-モノグルコシルヘスペリジンおよびα-モノグルコシルナリンジンから選択される少なくとも一種を含む、[1]~[3]のいずれかに記載のウイルスの細胞侵入阻害剤。
[5] 前記成分(A)の含有量が50質量%以上である、[1]~[4]のいずれかに記載のウイルスの細胞侵入阻害剤。
[6] 前記成分(A)の含有量が65質量%以上である、[1]~[5]のいずれかに記載のウイルスの細胞侵入阻害剤。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、ウイルスの細胞への侵入を阻害する、ウイルスの細胞侵入阻害剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は、疑似SARS-CoV-2がCaco-2細胞に侵入した際の、ルシフェラーゼ活性による発光量を示したグラフである。
【
図2】
図2は、疑似SARS-CoV-2がACE2発現A549細胞に侵入した際の、ルシフェラーゼ活性による発光量を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を実施するための好適な形態について説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0019】
本発明は、α-グルコシルルチン、α-グルコシルヘスペリジンおよびα-グルコシルナリンジンから選択される少なくとも一種の成分(A)を含む、ウイルスの細胞侵入阻害剤であって、前記ウイルスがアンギオテンシン変換酵素2(ACE2)と結合するスパイクタンパク質を有する、ウイルスの細胞侵入阻害剤である。
【0020】
<成分(A)>
本発明のウイルスの細胞侵入阻害剤は、α-グルコシルルチン、α-グルコシルヘスペリジンおよびα-グルコシルナリンジンから選択される少なくとも一種の成分(A)を含む。成分(A)は、α-グルコシルルチン、α-グルコシルヘスペリジンおよびα-グルコシルナリンジンのいずれか1種または任意で選択される2種を含むものであってもよいし、α-グルコシルルチン、α-グルコシルヘスペリジンおよびα-グルコシルナリンジンの3種全てを含むものであってもよい。その中でも比較的低濃度でもウイルスの細胞侵入阻害効果が高いことから、成分(A)として、α-グルコシルルチンまたはα-グルコシルナリンジンを含むものが好ましい。
【0021】
成分(A)は、ウイルスの細胞侵入阻害効果の観点から、α-モノグルコシルルチン、α-モノグルコシルヘスペリジンおよびα-モノグルコシルナリンジンから選択される少なくとも一種を含むことが好ましい。
【0022】
ウイルスの細胞侵入阻害剤が含む、成分(A)の含有量は特に限定されない。例えば、本発明のウイルスの細胞侵入阻害剤が含む、成分(A)の含有量の下限としては例えば、30質量%、40質量%、45質量%、50質量%、60質量%、70質量%、80質量%が挙げられる。また、本発明のウイルスの細胞侵入阻害剤が含む、成分(A)の含有量の上限としては例えば、100質量%、99質量%、98質量%、95質量%、90質量%、85質量%が挙げられる。本発明のウイルスの細胞侵入阻害剤が含む、成分(A)の含有量の範囲としては、前記下限と上限とを任意に組み合わせた範囲を任意に設定することができ、例えば30~100質量%、60~100質量%、60~90質量%等の範囲を設定することができる。ウイルスの細胞侵入阻害効果の観点から、本発明のウイルスの細胞侵入阻害剤が含む、前記成分(A)の含有量は50質量%以上であることが好ましく、65質量%以上であることがより好ましい。
【0023】
[α-グルコシルルチン]
α-グルコシルルチン(αグルコシルルチン、ともいう)は、ルチンが有するルチノース残基中のグルコース残基に、α1→4結合により1分子以上のグルコースが付加された化合物の総称である。本発明におけるα-グルコシルルチンは、そのような構造を有する化合物のうちの1種類単独からなるものであっても、2種類以上の混合物であってもよい。
【0024】
α-グルコシルルチンは、下記式(1)で表すことができる。式(1)中、nは、0または1以上の整数、例えば1~19の整数である。
【0025】
【0026】
α-グルコシルルチンは、「酵素処理ルチン」(「糖転移ルチン」と呼ばれることもある。)として知られている製品に主成分として含まれている化合物である。α-グルコシルルチンのうち、グルコースが1つだけ結合したものを「α-モノグルコシルルチン」と称し、グルコースが2つ以上結合したものを「α-ポリグルコシルルチン」と称する。つまり、式(1)において、α-モノグルコシルルチンはnが0の化合物であり、α-ポリグルコシルルチンは一般的にnが1~19の化合物である。
【0027】
酵素処理ルチンは、ルチンの糖に関する酵素処理により生成する化合物の集合体であり、通常は、ルチンに結合したグルコースの個数が異なる化合物の混合物、例えば、α-モノグルコシルルチンとα-ポリグルコシルルチンとからなる混合物を含む。また、酵素処理ルチンは、一般的には酵素処理によって製造されるため、未反応のルチンやその他の誘導体、例えばイソケルシトリンを含むこともある。なお、イソケルシトリン(「イソクエルシトリン」と呼ばれることもある。)は、ケルセチン骨格の3位の水酸基にβ-D-グルコースが結合した化合物、言い換えれば、ルチンのルチノース残基中のラムノース残基が切断された化合物である。
【0028】
酵素処理ルチンは、例えば、α-グルコシル糖化合物(サイクロデキストリン、澱粉部分分解物など)の共存下で、ルチンに糖転移酵素(サイクロデキストリングルカノトランスフェラーゼ(CGTase、EC2.4.1.19)など、ルチンにグルコースを付加する機能を有する酵素)を作用させることにより得られる生成物(本明細書において「第1酵素処理ルチン」と呼ぶ。)である。
【0029】
第1酵素処理ルチンは、結合したグルコースの個数が異なる様々なα-グルコシルルチン、すなわちα-モノグルコシルルチンおよびα-ポリグルコシルルチンからなる集合体と、未反応物であるルチンとを含有する組成物である。必要に応じて、例えば多孔性合成吸着材と適切な溶出液を用いて、第1酵素処理ルチンを精製することにより、糖供与体およびその他の不純物を除去し、さらにルチンの含有量を減らし、α-グルコシルルチンの純度を高めた第1酵素処理ルチン(α-グルコシルルチン精製物)が得られる。
【0030】
また、第1酵素処理ルチンを、α-1,4-グルコシド結合をグルコース単位で切断するグルコアミラーゼ活性を有する酵素、たとえばグルコアミラーゼ(EC3.2.1.3)で処理し、複数のグルコースが付加されたα-グルコシルルチンにおいて、ルチン自体の(ルチノース残基中の)グルコース残基に直接付加されたグルコース残基を1つだけ残してそれ以外のグルコース残基を切断することにより、α-モノグルコシルルチンを多く含有する酵素処理ルチン(本明細書において「第2酵素処理ルチン」と呼ぶ。)を得ることができる。この酵素処理によって、ケルセチン骨格に直接結合しているルチノース残基中のグルコース残基が、ケルセチン骨格から切断されることはない。
【0031】
本発明のウイルスの細胞侵入阻害剤においては、本発明の効果などを考慮すると、α-グルコシルルチンを含有する組成物である酵素処理ルチンを用いることが好ましく、第1酵素処理ルチン、および第2酵素処理ルチンのいずれのα-グルコシルルチンを含有する組成物を用いてもよい。
【0032】
酵素処理ルチンは、本発明の効果などを考慮すると、少なくともα-グルコシルルチンを含み、さらにイソケルシトリンを含む混合物であることが好ましい。このような混合物は、(i)上述した第1酵素処理ルチンを調製する、(ii)第1酵素処理ルチンを、グルコアミラーゼ活性を有する酵素で処理し、α-グルコシルルチンをほとんど全てα-モノグルコシルルチンに変換する、(iii)同時にラムノシダーゼ活性を有する酵素で処理し、未反応のルチンをほとんど全てイソケルシトリンに変換する、という手順により製造することができる。
【0033】
酵素処理ルチンの市販品としては、例えば、東洋精糖株式会社の製品である「αGルチンPS」、「αGルチンP」、「αGルチンH」などが挙げられる。「αGルチンPS」は、α-モノグルコシルルチンを65質量%、イソケルシトリンを15質量%含有する組成物である。また、「αGルチンP」は、α-グルコシルルチンを60質量%、ルチンを10質量%、イソケルシトリンを1質量%含有する組成物である。
【0034】
α-グルコシルルチンとしては、α-モノグルコシルルチンが好ましい。α-モノグルコシルルチンの分子量はα-ポリグルコシルルチンの分子量よりも小さいため、単位質量あたりの分子数はα-モノグルコシルルチンの方が多くなり、作用効果の上で有利であると考えられるためである。
【0035】
酵素処理ルチンに含まれる各種のα-グルコシルルチン、およびその他の成分の存在は、HPLCのクロマトグラムによって確認することができ、各成分の含有量、または所望の特定の成分の純度は、クロマトグラムのピーク面積から算出することができる。
【0036】
α-グルコシルルチンの製造方法は特に制限されず、公知の方法を用いることができる。収率が良く、また製造が容易であることから、前記の通り、ルチンの酵素処理により製造することが好ましい。ルチンの入手・調製方法は特に限定されるものではなく、試薬もしくは精製物として一般的に製造販売されている化合物を使用しても、または柑橘類(ミカン、オレンジ等)の外皮やソバの実などの原料から抽出して調製した化合物を使用してもよい。
【0037】
[α-グルコシルへスペリジン]
α-グルコシルヘスペリジン(αグルコシルヘスペリジンともいう)は、ヘスペリジンのルチノース単位中の水酸基に、α-1,4結合により1分子以上のグルコースが付加された化合物の総称である。本発明におけるα-グルコシルヘスペリジンは、そのような構造を有する化合物のうちの1種類単独からなるものであっても、2種類以上の混合物であってもよい。なお、ヘスペリジンは、ヘスペレチンの7位の水酸基にβ-ルチノース(6-O-α-L-ラムノシル-β-D-グルコース)が結合した化合物、すなわちヘスペレチン配糖体である。
【0038】
α-グルコシルヘスペリジンは、下記式(2)で表すことができる。式(2)中、nは、0または1以上の整数、例えば1~19の整数である。
【0039】
【0040】
α-グルコシルヘスペリジンは、「酵素処理ヘスペリジン」(「糖転移ヘスペリジン」と呼ばれることもある。)として知られている素材に主成分として含まれている化合物である。α-グルコシルヘスペリジンのうち、グルコースが1つだけ結合したものを「α-モノグルコシルヘスペリジン」と称し、グルコースが2つ以上結合したものを「α-ポリグルコシルヘスペリジン」と称する。つまり、式(2)において、α-モノグルコシルヘスペリジンはnが0の化合物であり、α-ポリグルコシルヘスペリジンは一般的にnが1~19の化合物である。
【0041】
酵素処理ヘスペリジンは、ヘスペリジンの糖に関する酵素処理により生成する化合物の集合体であり、通常は、ヘスペリジンに結合したグルコースの個数が異なる化合物の混合物、例えば、α-モノグルコシルヘスペリジンとα-ポリグルコシルヘスペリジンとからなる混合物を含む。また、α-グルコシルヘスペリジンに加えて、未反応のヘスペリジンや7-グルコシルヘスペレチン等のα-グルコシルヘスペリジン以外のヘスペリジン誘導体(その他のヘスペリジン誘導体ともいう)を含んでいてもよい。ただし、酵素処理ヘスペリジンに、ヘスペレチンは含まないことが好ましい。
【0042】
上記ヘスペリジンの糖に関する酵素処理の例としては、以下の通りである。
(1)糖供与体の共存下でヘスペリジンに糖転移酵素を作用させ、ヘスペリジンのグルコース単位にα-1,4結合によりグルコースを付加することにより、α-グルコシルヘスペリジンが生成し、未反応のヘスペリジンとα-グルコシルヘスペリジンを含有する組成物が得られる(第1酵素処理ヘスペリジン)。
(2)上記(1)により生成したα-グルコシルヘスペリジンにグルコアミラーゼ等を作用させ、ヘスペリジンのグルコース単位に結合しているグルコース鎖から1分子だけを残して他のグルコースを切断することにより、α-モノグルコシルヘスペリジンが生成し、未反応のままのヘスペリジンとα-モノグルコシルヘスペリジンを含有する組成物が得られる(第2酵素処理ヘスペリジン)。
(3)上記(2)の未反応のままのヘスペリジンにα-L-ラムノシダーゼを作用させ、ヘスペリジンのルチノース単位に含まれるラムノースを切断することにより7-グルコシルヘスペレチンが生成し、7-グルコシルヘスペレチンとα-モノグルコシルヘスペリジンを含有する組成物が得られる(第3酵素処理ヘスペリジン)。
【0043】
第1酵素処理の例としては、α-グルコシル糖化合物(例:サイクロデキストリン、澱粉部分分解物)の共存下で、ヘスペリジンに糖転移酵素(例:サイクロデキストリングルカノトランスフェラーゼ(CGTase、EC2.4.1.19)などの、ヘスペリジンにグルコースを付加する機能を有する酵素)を作用させることが挙げられる。
【0044】
本発明のウイルスの細胞侵入阻害剤においては、本発明の効果などを考慮すると、α-グルコシルヘスペリジンを含有する組成物である酵素処理ヘスペリジンを用いることが好ましく、第1酵素処理ヘスペリジン、および第2酵素処理ヘスペリジン、第3酵素処理ヘスペリジンのいずれの組成物を用いてもよい。
【0045】
酵素処理ヘスペリジンは、本発明の効果などを考慮すると、少なくともα-グルコシルヘスペリジンを含み、さらにヘスペリジンおよび7-グルコシルヘスペレチンのいずれか一方または双方を含む混合物であることが好ましい。
【0046】
酵素処理ヘスペリジンの市販品としては、例えば、東洋精糖株式会社の製品である「αGヘスペリジンPS-CC」および「αGヘスペリジンPA-T」が挙げられる。「αGヘスペリジンPS-CC」は、α-モノグルコシルヘスペリジンを80質量%以上含み、7-グルコシルヘスペレチンを含む。「αGヘスペリジンPA-T」はα-モノグルコシルヘスペリジンを75質量%以上含み、ヘスペリジンを含む。
【0047】
α-グルコシルヘスペリジンとしては、α-モノグルコシルヘスペリジンが好ましい。α-モノグルコシルヘスペリジンの分子量はα-ポリグルコシルヘスペリジンの分子量よりも小さいため、単位質量あたりの分子数はα-モノグルコシルヘスペリジンの方が多くなり、作用効果の上で有利であると考えられるためである。
【0048】
α-モノグルコシルヘスペリジンは、糖加水分解酵素をα-ポリグルコシルヘスペリジンに作用させ、ヘスペリジンに結合したグルコースを1つだけ残して切断することにより産生することができる(第2酵素処理ヘスペリジン)。糖加水分解酵素としては、α-1,4-グルコシド結合をグルコース単位で切断するグルコアミラーゼ活性を有する酵素、例えばグルコアミラーゼ(EC3.2.1.3)が挙げられる。なお、α-グルコシルヘスペリジン中のα-モノグルコシルヘスペリジンの割合は、グルコアミラーゼによる酵素処理の温度・時間条件などにより調節することが可能であり、さらに酵素処理ヘスペリジンの混合物からα-モノグルコシルヘスペリジンを精製・分取する方法も公知である。
【0049】
酵素処理ヘスペリジンに含まれる各種のα-グルコシルヘスペリジン、ヘスペリジン、およびその他の成分の存在はHPLCのクロマトグラムによって確認することができ、各成分の含有量、または所望の特定の成分の純度は、クロマトグラムのピーク面積から算出することができる。
【0050】
α-グルコシルヘスペリジンの製造方法は特に制限されず、公知の方法を用いることができる。収率が良く、また製造が容易であることから、前記のヘスペリジンの酵素処理により製造することが好ましい。ヘスペリジンの入手・調製方法は特に限定されるものではなく、試薬もしくは精製物として一般的に製造販売されている化合物を使用しても、または柑橘類(ミカン、オレンジ等)の外皮などの原料から抽出して調製した化合物を使用してもよい。
【0051】
[α-グルコシルナリンジン]
α-グルコシルナリンジン(αグルコシルナリンジンともいう)は、ナリンジンが有する水酸基に1分子以上のグルコースが付加された化合物の総称である。ナリンジンは、ナリンゲニン(5,7,4'-トリヒドロキシフラバノン)骨格の7位の水酸基にネオヘスペリドース(L-ラムノシル-(α1→2)-D-グルコース)がβ結合した構造を有する、フラボノイドの一種である。α-グルコシルナリンジンは、そのナリンジンが有する、ネオへスペリドース残基中のグルコース残基の3位(3''位)の水酸基およびナリンゲニン骨格中のフェニル基の4位(4'位)の水酸基の少なくとも一つに、α-グルコースが1分子以上結合した構造を有する。本発明におけるα-グルコシルナリンジンは、そのような構造を有する化合物のうちの1種類単独からなるものであっても、2種類以上の混合物であってもよい。
【0052】
α-グルコシルナリンジンは、下記式(3)で表すことができる。式(3)中、R1のmおよびR2のnは、それぞれ3''位および4'位に結合したα-グルコース残基の数を意味し、互いに独立した、0以上、通常は25以下の整数を表す。ただし、式(3)が「α-グルコシルナリンジン」を表すためには、m+n≧1を満たす、つまりナリンジンに少なくとも1分子のα-グルコースが連結している必要がある(m=n=0の場合、つまりR1、R2ともに-Hである場合、式(3)は「ナリンジン」を表す)。
【0053】
【0054】
α-グルコシルナリンジンは、「酵素処理ナリンジン」(「糖転移ナリンジン」と呼ばれることもある。)として知られている素材に主成分として含まれている化合物である。α-グルコシルナリンジンのうち、グルコースが1つだけ結合したものを「α-モノグルコシルナリンジン」と称し、グルコースが2つ以上結合したものを「α-ポリグルコシルナリンジン」と称する。
【0055】
酵素処理ナリンジンは、例えば、ナリンジンと糖供与体(例えばデキストリン)の混合物に糖転移酵素(例えばシクロデキストリングルコシルトランスフェラーゼ)を反応させることにより得られる生成物(本明細書において「第1酵素処理ナリンジン」と呼ぶ。)であって、ナリンジンが有する水酸基に1分子以上のグルコースが付加された様々な化合物の集合体である。したがって、酵素処理ナリンジンは、通常は、ナリンジンに結合したグルコースの個数が異なる化合物の混合物、例えば、α-モノグルコシルナリンジンとα-ポリグルコシルナリンジンとからなる混合物を含む。また、α-グルコシルナリンジンに加えて、未反応のナリンジンや7-グルコシルナリンゲニン等のα-グルコシルナリンジン以外のナリンジン誘導体(その他のナリンジン誘導体ともいう)を含んでいてもよい。
【0056】
第1酵素処理ナリンジンの基本的な製造方法は、例えば特開平4-13691号公報を参照することができる。必要に応じて、例えば多孔性合成吸着材と適切な溶出液を用いて、第1酵素処理ナリンジンを精製することにより、糖供与体およびその他の不純物を除去し、さらにナリンジンの含有量を減らし、α-グルコシルナリンジンの純度を高めた第1酵素処理ナリンジン(α-グルコシルナリンジン精製物)が得られる。
【0057】
α-グルコシルナリンジンとしては、ナリンジンの3''位にα-グルコースが1分子および/または4'位にα-グルコースが1分子連結したもの、すなわち3''-α-モノグルコシルナリンジン(式(3)中、m=1、n=0)、4'-α-モノグルコシルナリンジン(同じくm=0、n=1)、および3''-4'-α-ジグルコシルナリンジン(同じくm=1、n=1)から選択される少なくとも一種のα-グルコシルナリンジンが好ましく、中でも3''-α-モノグルコシルナリンジンがより好ましい。α-モノグルコシルナリンジンの分子量はα-ポリグルコシルナリンジンの分子量よりも小さいため、単位質量あたりの分子数はα-モノグルコシルナリンジンの方が多くなり、作用効果の上で有利であると考えられるためである。
【0058】
上記3種のα-モノ/ジグルコシルナリンジンを多く含有する酵素処理ナリンジン(本明細書において「第2酵素処理ナリンジン」と呼ぶ。)は、例えば、上述した第1酵素処理ナリンジンをグルコアミラーゼ活性を有する酵素で処理し、ナリンジンの3''位および/または4'位に前記糖転移酵素によって転移された、2分子以上のα-グルコースがα-1,4結合によって結合している糖鎖を、根元の1分子相当のα-グルコース残基だけを残して切断することによって得ることができる。さらに、第2酵素処理ナリンジンをα-グルコシダーゼ活性を有する酵素で処理し、4'位の水酸基に直接結合している1分子相当のα-グルコース残基を切断することにより、3''-α-モノグルコシルナリンジンを残存させ、4'-α-モノグルコシルナリンジンおよび3''-4'-α-ジグルコシルナリンジンをほとんどないし全く含有しない酵素処理ナリンジン(本明細書において「第3酵素処理ナリンジン」と呼ぶ。)を得ることができる。第2および第3酵素処理ナリンジンの基本的な製造方法は、例えば特開2002-199896号公報を参照することができる。
【0059】
さらに、第3酵素処理ナリンジンにα-L-ラムノシダーゼを作用させ、ナリンジンのルチノース単位に含まれるラムノースを切断することにより7-グルコシルナリンゲニンが生成し、7-グルコシルナリンゲニンとα-モノグルコシルナリンジンを含有する酵素処理ナリンジン(本明細書において「第4酵素処理ナリンジン」と呼ぶ。)が得られる。
【0060】
また、第1酵素処理ナリンジンに対してトランスグルコシダーゼを作用させれば、トランスグルコシダーゼはグルコアミラーゼ活性とα-グルコシダーゼ活性の両方を有する酵素なので、上述したような2段階の処理でなく1段階の処理で、3''-α-モノグルコシルナリンジンに富んだ第3酵素処理ナリンジンが得られる。さらに、必要であればβ-グルコシダーゼ活性を有する酵素を第3酵素処理ナリンジンに対して作用させて(第1酵素処理ナリンジンに対してトランスグルコシダーゼと同時に作用させてもよい)、水溶液中に少量溶解している未反応のナリンジンが有する(糖転移酵素による糖鎖の修飾を受けていない)ネオヘスペリドース残基をそのアグリコンであるナリンゲニンから切断する処理を行ってもよい。そのような処理によって生成するナリンゲニンはナリンジンよりも溶解度が低いので、沈殿となって水溶液中から容易に除去できるので、水溶液から3''-α-モノグルコシルナリンジンをより高純度で回収することが可能となる。
【0061】
本発明のウイルスの細胞侵入阻害剤においては、本発明の効果などを考慮すると、α-グルコシルナリンジンを含有する組成物である酵素処理ナリンジンを用いることが好ましく、第1酵素処理ナリンジン、第2酵素処理ナリンジン、第3酵素処理ナリンジン、および第4酵素処理ナリンジンのいずれの組成物を用いてもよい。
【0062】
酵素処理ナリンジンは、本発明の効果などを考慮すると、少なくともα-グルコシルナリンジンを含み、さらにナリンジンおよび7-グルコシルナリンゲニンのいずれか一方または双方を含む混合物であることが好ましい。
【0063】
酵素処理ナリンジンに含まれる各種のα-グルコシルナリンジン、ナリンジン、およびその他の成分の存在はHPLCのクロマトグラムによって確認することができ、各成分の含有量、または所望の特定の成分の純度は、クロマトグラムのピーク面積から算出することができる。
【0064】
α-グルコシルナリンジンの製造方法は特に制限されず、公知の方法を用いることができる。収率が良く、また製造が容易であることから、前記のナリンジンの酵素処理により製造することが好ましい。ナリンジンの入手・調製方法は特に限定されるものではなく、試薬もしくは精製物として一般的に製造販売されている化合物を使用しても、または柑橘類(ナツミカン、グレープフルーツ等)の外皮などの原料から抽出して調製した化合物を使用してもよい。
【0065】
<ウイルス>
本発明において、アンギオテンシン変換酵素2(Angiotensin-Converting Enzyme2:以下「ACE2」と称す)と結合するスパイクタンパク質を有するウイルスは、特に制限されないが、ウイルスのスパイクタンパク質と宿主細胞の受容体であるACE2との結合を介して、ウイルスのゲノムDNAまたはゲノムRNAを細胞内に侵入させることができるウイルスであればよく、例えば、SARS-CoV、SARS-CoV-2またはHCoV-NL63、BatCoV-WIV1、BatCoV-WIV16、BatCoV-RS4231、BatCoV-RsSHC014などが挙げられる。このうち、本発明の阻害効果の点から、SARS-CoV、SARS-CoV-2またはHCoV-NL63が好ましく、SARS-CoV-2がより好ましい。
【0066】
スパイクタンパク質(Sタンパク質、スパイク糖タンパク質などとも称される)は、通常、ウイルス表面のエンベロープを貫通している糖タンパク質である。スパイクタンパク質は、ACE2と結合できるものであれば特に制限されないが、ACE2と結合する受容体結合ドメイン(RBD)を有するサブユニットまたはドメイン、および宿主細胞膜と融合するための融合ペプチドを有するサブユニットまたはドメインを有するのが好ましい。
【0067】
スパイクタンパク質のアミノ酸配列およびその塩基配列の配列情報は、例えば、GenBankおよびGISAID(Global Initiative on Sharing All Influenza Data)などのデータベースから入手することができる。スパイクタンパク質のアミノ酸配列としては、例えば、配列番号1(SARS-CoV)、配列番号2(SARS-CoV-2)または配列番号3(HCoV-NL63)などが挙げられる。
【0068】
スパイクタンパク質は、ACE2に結合できるのであれば、そのアミノ酸配列において、1~3個、好ましくは1~2個、より好ましくは1個のアミノ酸が欠失、置換、または付加された変異スパイクタンパク質であってよい。
【0069】
スパイクタンパク質はACE2と結合できれば、構造は特に制限されないが、例えば、受容体結合ドメインが、ダウン型構造またはアップ型構造を有する場合、ACE2との親和性の観点から受容体結合ドメインがアップ型構造であることが好ましい。
【0070】
ACE2と結合するスパイクタンパク質を有するウイルスは、上記スパイクタンパク質が変異した変異株も含まれる。例えば、SARS-CoV-2の変異株として、N501Y型、E484K型、L452R型、E484Q型、K417N型、H417T型、N439K型、D614G型、A222V型、Y453F型、P681H型、A570D型、T716I型、S982A型、A1708D型、A701V型、D80A型、L18F型、R246I型、D215G型、delH69V70型、delY144型、Q27stop型、およびL242_244L型等の変異株が挙げられる。
【0071】
ウイルスが侵入する細胞は、細胞表面にACE2を有すれば特に制限されないが、例えば、脳、心臓、大動脈、肺、食道、胃、十二指腸、空腸、回腸、盲腸、結腸、直腸、腎臓、骨格筋、脾臓、胸腺、気管、胎盤、膀胱、子宮、前立腺、精巣、卵巣、膵臓、副腎、甲状腺、唾液腺、舌、歯肉、乳腺、骨髄、血管などの細胞が挙げられる。宿主細胞の由来生物は特に制限されないが、ヒト、コウモリ、センザンコウ、ブタ、ネコ、イヌ、ウシ、マウス、ラット、またはニワトリ由来が好ましく、ヒト由来がより好ましい。
【0072】
<ウイルスの細胞侵入阻害剤>
ウイルスの細胞侵入阻害剤は、α-グルコシルルチン、α-グルコシルヘスペリジンおよびα-グルコシルナリンジンから選択される少なくとも一種の成分(A)を含むものであればよく、前記成分(A)のみからなるものであってもよいし、前記成分(A)によるウイルスの細胞侵入阻害効果を妨げない限り、さらに賦形剤、安定化剤や湿潤剤や乳化剤等の公知の任意成分を含有してもよい。また、前記ウイルスの細胞侵入阻害剤は、前記成分(A)を含む組成物である、酵素処理ルチン、酵素処理ヘスペリジン、酵素処理ナリンジンから選ばれる少なくとも一つであってもよいし、酵素処理ルチン、酵素処理ヘスペリジン、酵素処理ナリンジンから選ばれる少なくとも一つを含むものであってもよい。
【0073】
ウイルスの細胞侵入阻害剤は、ACE2と結合するスパイクタンパク質を有するウイルスが、細胞のACE2に結合して吸着し、ウイルスのゲノムDNAまたはゲノムRNAの細胞内への侵入を阻害する作用を有すればよい。ウイルスの細胞侵入阻害剤による、ウイルスの細胞侵入を阻害する作用は、実施例で実施したように、in vitroでの疑似ウイルスを用いた細胞侵入阻害試験において、ACE2を有する宿主細胞内に侵入した、ウイルスの有するルシフェラーゼ活性による発光値の変化によって確認することができる。すなわち、ウイルスの細胞侵入阻害剤を使用しない群と比較して、ウイルスの細胞侵入阻害剤を使用した群のほうが、ルシフェラーゼ活性による発光値が小さい場合は、ウイルスの細胞侵入阻害剤によってウイルスが宿主細胞内への侵入が阻害されたことを示している。
【0074】
ウイルスの細胞侵入阻害率は特に制限されないが、疑似ウイルスを用いた細胞侵入阻害試験において、本発明のウイルスの細胞侵入阻害剤を添加しない場合の阻害率を0%とした場合に、本発明のウイルスの細胞侵入阻害剤を添加した場合の阻害率は10%以上が好ましく、50%以上がより好ましい。ウイルスの細胞侵入阻害率は、以下の式で表すことができる。
【0075】
ウイルスの細胞侵入阻害率(%)=100×{1-(ウイルスの細胞侵入阻害剤を添加した群の発光値)/(ウイルス細胞の侵入阻害剤を添加しない群の発光値)}
【0076】
疑似ウイルスは公知の方法で作製することができ、また、市販品を購入して使用することもできる。市販品としては、例えば、、Lenti-X(TM)SARS-CoV-2(タカラバイオ株式会社製)、SARS-CoV疑似ウイルスおよびHCov-NL63疑似ウイルス(Vector Builder製)などが挙げられる。
【0077】
[用途]
ウイルスの細胞侵入阻害剤の用途は特に制限されないが、ウイルスの細胞侵入阻害剤は、ウイルスの細胞内への侵入を阻害する作用を有するので、ウイルス感染の予防、例えば、SARS-CoV、SARS-CoV-2およびHCoV-NL63の感染を予防する目的で使用することができる。
【0078】
ウイルスの細胞侵入阻害剤の投与量は、ウイルス感染症の種類や投与対象者の年齢、性別、人種等によって適宜選択すればよい。例えば、ウイルスの細胞侵入阻害剤を経口投与する場合は、成分(A)として一日あたり10mg~1000mgが好ましく、100mg~300mgがさらに好ましい。ウイルスの細胞侵入阻害剤の投与回数は、投与回数は単回または複数回でよく、一日当たりの投与頻度は、例えば1日あたり1~3回にわけて投与することができ、2または3回にわけて投与してもよい。ウイルスの細胞侵入阻害剤の投与期間は、ウイルス感染症の種類や投与対象者の年齢、性別、人種等によって適宜選択すればよい。ウイルスの細胞侵入阻害効果の観点から、好ましくは1日~90日、より好ましくは14日~60日である。
【0079】
[製剤]
ウイルスの細胞侵入阻害剤は、そのまま生体に投与してもよいし、ウイルスの細胞侵入阻害剤の有効量を薬学的に許容する担体とともに配合した製剤として投与してもよい。製剤としては、例えば、飲食品、医薬品、医薬部外品が挙げられる。投与方法は特に制限されず、経口、または非経口とすることができる。前記製剤は、投与が容易であることから、経口投与することが好ましい。
【0080】
経口の場合、前記製剤は、飲食品(特定保健用食品、栄養機能食品、機能性表示食品等の保健機能食品や、その他のいわゆる健康食品やサプリメントを含む。)、医薬品、医薬部外品などであってもよい。
【0081】
経口用の製剤は、固形または液状(ペースト状を含む)にすることができる。剤形は制限されず、具体的には、固形製剤として、粉末剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、トローチ等が挙げられる。また、液状製剤として内用液剤、懸濁剤、乳剤、シロップ剤、ドリンク剤等が例示され、これら剤形やその他の剤形が目的に応じて適宜選択される。
【0082】
非経口の場合、前記製剤は、注射剤、坐剤等とすることができる。
【0083】
前記製剤は、これらの製剤について一般的に用いられている手法に従って、ウイルスの細胞侵入阻害剤を添加することにより製造することができる。ウイルスの細胞侵入阻害剤は、製剤の製造工程の初期に添加されるか、製造工程の中期または終期に添加されればよく、また添加の手法は、混和、混練、溶解、浸漬、散布、噴霧、塗布等から適切なものを製剤の態様に応じて選択すればよい。
【0084】
ウイルスの細胞侵入阻害剤の有効成分である前記成分(A)は、水溶性が良好であるため、水または水分の多い製剤に添加する際も、均一に溶解または分散させることが可能である。
【0085】
ウイルスの細胞侵入阻害剤の製剤への配合量は、ウイルスの細胞侵入阻害活性が関与する疾患の種類や症状の程度によって適宜選択すればよいが、投与の容易性や製剤中での安定性の観点から前記成分(A)として、5~98質量%が好ましく、20~70質量%がより好ましく、30~50質量%がさらに好ましい。
【実施例0086】
以下、本発明を実施例に基づいて更に具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる
【0087】
[調製例1]
以下のようにして、エンベロープ表面にSARS-CoV-2のスパイクタンパク質を有し、宿主細胞内に侵入した後にルシフェラーゼ活性を示す、疑似SARS-CoV-2を調製した。
(1)fLuc発現用レンチウイルスベクタープラスミド(pCDH-fLuc)の調製
PureLink Expi Endotoxin-Free Maxi Plasmid Purification Kit(Thermo Fisher Scientific製)を用いて精製したpCDH-EF1-MCS-(PGK-copGFP-T2A-Puro)プラスミド(System Biosciences製)をEcoRI(EcoRI-HF:New England Biolabs製)およびBamHI(BamHI-HF:New England Biolabs製)で切断し、線状プラスミドベクターを調製した。
【0088】
上記線状プラスミドベクターをカラム精製したものと、fLucの合成遺伝子(配列番号4)とを、In-Fusion(登録商標) HD cloning kit(タカラバイオ株式会社製)を用いてキット付属の説明書に従ってライゲーションし、得られた産物を使用して大腸菌を形質転換した。
【0089】
薬剤耐性になった大腸菌について各種プライマー(CD813_F1(配列番号5)、CD813_R1(配列番号6))を用いたColony PCRを行い、目的遺伝子を含む約1.8kbpの産物の増幅を確認した。増幅産物は各種プライマー(CD813_F1、CD813_R1)を用いて配列解析を行い、pCDH-fLucが設計通りの配列であることを確認した。
【0090】
このレンチウイルス調製用ベクタープラスミドを保持する大腸菌を液体培養し、Maxi-prepによりプラスミド(pCDH-fLuc)を調製した。
【0091】
(2)SAR-CoV-2を発現させるプラスミド(pCD5spCoV2)の調製
pcDNA3.1/Hygroプラスミド(Thermo Fisher Scientific製)をNheI(NheI-HF:New England Biolabs製)、AflII(New England Biolabs製)で切断し、線状プラスミドベクターを調製した。該線状プラスミドベクターのカラム精製を行ったあと、精製後の該線状プラスミドベクターと、CD5のシグナル配列(配列番号7)およびSARS-CoV-2のS遺伝子(配列番号8)をライゲーションした合成遺伝子(配列番号9)とを、In-Fusion HD cloning kit(タカラバイオ株式会社製)によってライゲーションし、その産物を使用して大腸菌を形質転換した。
【0092】
薬剤耐性になった大腸菌についてプラスミド特異的なプライマー(pcDNA3_F1(配列番号10)、pcDNA3_R2(配列番号11))を用いたColony PCRを行い、目的遺伝子を含む約4kbpの産物の増幅を確認した。増幅産物はCMV_F4(配列番号12)、SARS-CoV-2_Seq1(配列番号13)、SARS-CoV-2_Seq2(配列番号14)、SARS-CoV-2_Seq3(配列番号15)、pcDNA3_R2の各プライマーを用いて配列解析を行い、pCD5spCoV2が設計通りの配列であることを確認した。
【0093】
このプラスミドベクターを保持する大腸菌を液体培養し、Maxi-prepによりプラスミド(pCD5spCoV2)を調製した。
【0094】
(3)疑似新型コロナウイルスの調製
Lenti-X 293T細胞(タカラバイオ株式会社製)を5%のFBS、1mM Sodium pyrubate含有Opti-MEM(Thermo Fisher Scientific製)を基本培地として培養した。その後、Lenti-X 293T細胞(1.8×107cells)を34mLの上記基本培地に懸濁し、15cmのdishに播種した。
【0095】
翌日、Lipofectamine 3000 Transfection Reagent(Thermo Fisher Scientific製)を用いて、以下のようにして形質転換を行った(以下の混合物の組成は15cmのdish1枚分の組成を示し、形質転換は15cmのdish3枚で行った)。
【0096】
3.9mLのOpti-MEM(Thermo Fisher Scientific製)、14.4μgのpPACKH1-GAG(pPACKH1 HIV Lentivector Packaging Kit(System Biosciences製)の構成品)、7.2μgのpPACKH1-REV(pPACKH1 HIV Lentivector Packaging Kit(System Biosciences製)の構成品)、11.2μgの上記pCDH-fLuc、12.2μgの上記pCD5spCoV2、および91μLのP3000 reagent(Lipofectamine 3000 Transfection Reagent(Thermo Fisher Scientific製)の構成品)を混合して混合物を得た。得られた混合物に3.9mLのOpti-MEMと107μLのLipofectamine 3000 reagentとを混合したものを添加し、10分間室温で保温し、DNA/Lipofectamine 3000複合体を形成させた。
【0097】
その後、複合体を含む溶液(7.8mL)をLenti-X 293T細胞に添加した。複合体を添加した6時間後に、21mLの5%FBS、1mM Sodium pyrubate含有Opti-MEMに交換し、24時間培養後、培養上清(1)を回収して4℃保管した。
【0098】
培養上清(1)を回収した後の培地を、21mLの5%FBS、1mM Sodium pyrubate含有Opti-MEMに交換して24時間培養し、培養上清(2)を回収した。
【0099】
培養上清(1)と培養上清(2)を混合したものを疑似SARS-CoV-2を得、以下の実験に用いた。疑似SARS-CoV-2は、使用するまで-80℃で保存した。
【0100】
[実施例1]
<Caco-2細胞を用いた疑似SARS-CoV-2の細胞侵入阻害試験>
αGヘスペリジンPA-T、αGルチンPS、またはαGナリンジンPS(第4酵素処理ナリンジン)を含む培地でCaco-2細胞(ヒト結腸癌由来細胞)と上記疑似SARS-CoV-2を培養したときの疑似SARS-CoV-2の細胞侵入阻害効果を検証した。
【0101】
[方法]
サンプルは、α-グルコシルルチンとしてαGルチンPS(東洋精糖株式会社製)、α-グルコシルへスペリジンとしてαGヘスペリジンPA-T(東洋精糖株式会社製)、およびα-グルコシルナリンジンとしてαGナリンジンPS(第4酵素処理ナリンジン;α-モノグルコシルナリンジン75質量%、7-グルコシルナリンゲニン10質量%)を使用した。
【0102】
Caco-2細胞(ATCC製)を6×10
3cell/wellになるようにイーグル最小必須培地(組成:MEM非必須アミノ酸溶液)で調製、96wellプレートに播種し、5%CO
2環境下の37℃で培養した。播種24時間後に、
図1に示した各濃度(培地中の最終濃度)のサンプル10μLを各wellに添加した。
【0103】
サンプル添加2時間後に、疑似SARS-CoV-2を140μLを各wellに添加して、46時間Caco-2細胞を培養した。培養後、培地を交換し、疑似SARS-CoV-2とサンプルを除去し、さらに24時間培養した。
【0104】
培養後、細胞内に侵入した疑似SARS-CoV-2のルシフェラーゼ活性による発光値を測定した。
【0105】
[結果]
発光値の結果を
図1に示す。発光値の値から算出した細胞侵入阻害率を表1に示す。細胞侵入阻害率は、以下のようにして算出した。細胞侵入阻害率(%)=100×{1-(サンプルありの発光値)/(サンプル無しの発光値)}。1実験条件あたりのN数は3で、p値はウイルス添加ありサンプル添加なし(0ppm)を対照にt検定にて算出、p<0.05を有意差ありとした。以上の結果から、各サンプルのいずれの濃度においても、疑似SARS-CoV-2の細胞侵入を阻害する効果があることが示された。
【0106】
[比較例1]
上記サンプルの代わりに、ナファモスタット(東京化成工業株式会社製)を使用したこと以外は実施例1と同様にして、ルシフェラーゼ活性による発光値を測定し、細胞侵入阻害率(%)を算出した。結果を
図1および表1に示す。
【0107】
【0108】
[実施例2]
<ACE2発現A549細胞を用いた疑似SARS-CoV-2の細胞侵入阻害試験>
Caco-2細胞の代わりに、後述する方法によりACE2を強制発現するように改変したACE2発現A549細胞を使用したこと以外は、実施例1と同様にしてルシフェラーゼ活性による発光値を測定し、細胞侵入阻害率(%)を算出した。結果を
図2および表2に示す。
【0109】
【0110】
[調製例2]
以下のようにして、ACE2発現A549細胞を調製した。
(1)ACE2プラスミドベクターの調製
pcDNA3.1/Hygroプラスミド(Thermo Fisher Scientific製)をNheI(NheI-HF:New England Biolabs製)、AflII(New England Biolabs製)で切断し、カラム精製を行ったものと、それぞれの精製物とACE2合成遺伝子(配列番号16)をIn-Fusion HD cloning kit(タカラバイオ株式会社製)を用いてキット付属の説明書に従ってライゲーションし、得られた産物を使用して大腸菌を形質転換した。
【0111】
薬剤耐性になった大腸菌についてColony PCRを行い、目的遺伝子を含む約2.8kbpの増幅産物を確認した。増幅産物はCMV_F4(配列番号12)、Hs_ACE2_Seq1(配列番号17)、pcDNA3_R2(配列番号11)の各プライマーを用いて配列解析を行い、設計通りの配列であることを確認した(pcDNA3.1-Hyg-ACE2)。プラスミドベクターを保持する大腸菌を液体培養し、Maxi-prepによりpcDNA3.1-Hyg-ACE2プラスミドの調製を行い、トランスフェクション用のDNAとした。
【0112】
(2)ACE2発現A549細胞の調製
pcDNA3.1-Hyg-ACE2プラスミドをA549細胞(JCRB細胞バンク製)へトランスフェクションした後、50mg/mL ハイグロマイシンB(富士フィルム和光純薬株式会社製)を含む増殖培地中で選択を行い、プラスミドが安定導入された細胞(A549-ACE2)を得た。その後、限界希釈法により、32個のクローンを得た後、クローン細胞および陰性対照(未導入A549)からRNAを抽出、精製後、cDNA合成を行った。A549-ACE2クローンはHs_ACE2_RTF1(配列番号18)、Hs_ACE2_RTR1(配列番号19)の各プライマーを使用し、ACE2のmRNAの発現量をリアルタイムPCRにより定量的に解析し確認した。