IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社ユーグレナの特許一覧 ▶ 独立行政法人理化学研究所の特許一覧

特開2023-77876ゲノム編集された微細藻類、微細藻類のゲノム改変方法、微細藻類の育種方法及び化合物もしくは藻体粉末の製造方法
<>
  • 特開-ゲノム編集された微細藻類、微細藻類のゲノム改変方法、微細藻類の育種方法及び化合物もしくは藻体粉末の製造方法 図1
  • 特開-ゲノム編集された微細藻類、微細藻類のゲノム改変方法、微細藻類の育種方法及び化合物もしくは藻体粉末の製造方法 図2
  • 特開-ゲノム編集された微細藻類、微細藻類のゲノム改変方法、微細藻類の育種方法及び化合物もしくは藻体粉末の製造方法 図3
  • 特開-ゲノム編集された微細藻類、微細藻類のゲノム改変方法、微細藻類の育種方法及び化合物もしくは藻体粉末の製造方法 図4
  • 特開-ゲノム編集された微細藻類、微細藻類のゲノム改変方法、微細藻類の育種方法及び化合物もしくは藻体粉末の製造方法 図5
  • 特開-ゲノム編集された微細藻類、微細藻類のゲノム改変方法、微細藻類の育種方法及び化合物もしくは藻体粉末の製造方法 図6
  • 特開-ゲノム編集された微細藻類、微細藻類のゲノム改変方法、微細藻類の育種方法及び化合物もしくは藻体粉末の製造方法 図7
  • 特開-ゲノム編集された微細藻類、微細藻類のゲノム改変方法、微細藻類の育種方法及び化合物もしくは藻体粉末の製造方法 図8
  • 特開-ゲノム編集された微細藻類、微細藻類のゲノム改変方法、微細藻類の育種方法及び化合物もしくは藻体粉末の製造方法 図9
  • 特開-ゲノム編集された微細藻類、微細藻類のゲノム改変方法、微細藻類の育種方法及び化合物もしくは藻体粉末の製造方法 図10
  • 特開-ゲノム編集された微細藻類、微細藻類のゲノム改変方法、微細藻類の育種方法及び化合物もしくは藻体粉末の製造方法 図11
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023077876
(43)【公開日】2023-06-06
(54)【発明の名称】ゲノム編集された微細藻類、微細藻類のゲノム改変方法、微細藻類の育種方法及び化合物もしくは藻体粉末の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/13 20060101AFI20230530BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20230530BHJP
   C12P 19/04 20060101ALI20230530BHJP
   C12P 13/04 20060101ALI20230530BHJP
   C12P 7/64 20220101ALI20230530BHJP
【FI】
C12N1/13 ZNA
C12N15/09 110
C12P19/04
C12P13/04
C12P7/64
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021191364
(22)【出願日】2021-11-25
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 共創の場形成支援(産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム)「低CO2と低環境過負荷を実現する微細藻バイオリファイナリーの創出に関する国立研究開発法人理化学研究所による研究開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】506141225
【氏名又は名称】株式会社ユーグレナ
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100088580
【弁理士】
【氏名又は名称】秋山 敦
(74)【代理人】
【識別番号】100195453
【弁理士】
【氏名又は名称】福士 智恵子
(74)【代理人】
【識別番号】100205501
【弁理士】
【氏名又は名称】角渕 由英
(72)【発明者】
【氏名】石川 まるみ
(72)【発明者】
【氏名】野村 俊尚
(72)【発明者】
【氏名】広田 菊江
(72)【発明者】
【氏名】玉木 峻
(72)【発明者】
【氏名】持田 恵一
(72)【発明者】
【氏名】山田 康嗣
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 健吾
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064AD85
4B064AE03
4B064AF11
4B064AH01
4B064CA08
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA01
4B064DA10
4B065AA83X
4B065AA83Y
4B065AB01
4B065BA02
4B065CA01
4B065CA12
4B065CA13
4B065CA17
4B065CA22
4B065CA41
4B065CA43
4B065CA50
(57)【要約】
【課題】ゲノム編集された微細藻類を提供する。
【解決手段】鞭毛を有する微細藻類に属し、鞭毛内タンパク質輸送に関連するタンパク質をコードする遺伝子が欠失しており、鞭毛運動による重力走性が低下していることを特徴とするゲノム編集された微細藻類。ゲノム編集された微細藻類は、鞭毛を持たない、短い、又は、鞭毛に機能的な欠陥があり、コロニー形成性である。
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鞭毛を有する微細藻類に属し、
鞭毛内タンパク質輸送に関連するタンパク質をコードする遺伝子が欠失しており、
鞭毛運動による重力走性が低下していることを特徴とするゲノム編集された微細藻類。
【請求項2】
コロニー形成性であることを特徴とする請求項1に記載のゲノム編集された微細藻類。
【請求項3】
鞭毛を持たない、短い、又は、鞭毛に機能的な欠陥があることを特徴とする請求項1に記載のゲノム編集された微細藻類。
【請求項4】
野生型と同程度の増殖速度を示すことを特徴とする請求項1に記載のゲノム編集された微細藻類。
【請求項5】
ユーグレナ(Euglena)属に属することを特徴とする請求項1に記載のゲノム編集された微細藻類。
【請求項6】
野生型のユーグレナと同程度のパラミロン又は脂質を細胞内に有することを特徴とする請求項1に記載のゲノム編集された微細藻類。
【請求項7】
鞭毛を有する微細藻類に部位特異的DNAヌクレアーゼを導入する導入工程を行い、鞭毛内タンパク質輸送に関連するタンパク質をコードする遺伝子を破壊させることを特徴とする微細藻類のゲノム改変方法。
【請求項8】
前記部位特異的DNAヌクレアーゼが核酸配列認識モジュールを含むタンパク質、又はリボ核タンパク質複合体であることを特徴とする請求項7に記載の微細藻類のゲノム改変方法。
【請求項9】
前記核酸配列認識モジュールを含むヌクレアーゼが、CRISPR-Casシステム、ジンクフィンガーモチーフ及びTALエフェクターからなる群より選択されることを特徴とする請求項8に記載の微細藻類のゲノム改変方法。
【請求項10】
請求項7乃至9のいずれか1項に記載の微細藻類のゲノム改変方法により前記微細藻類の細胞内の鞭毛内タンパク質輸送に関連するタンパク質をコードするゲノムDNAを改変して変異を誘導するゲノム改変工程と、
ゲノムが改変された前記微細藻類の細胞を選抜する選抜工程と、を行うことを特徴とする微細藻類の育種方法。
【請求項11】
請求項7乃至9のいずれか1項に記載の微細藻類のゲノム改変方法により細胞内のゲノムDNAが改変されたユーグレナの細胞を用いて、パラミロン、ワックスエステル、カロトノイド、アミノ酸、ビタミン類、ミネラル、脂肪酸を含む群より選択される少なくとも1種以上の化合物を製造する化合物の製造方法。
【請求項12】
請求項7乃至9のいずれか1項に記載の微細藻類のゲノム改変方法により細胞内のゲノムDNAが改変された微細藻類の細胞を用いた藻体粉末の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゲノム編集された微細藻類、微細藻類のゲノム改変方法、微細藻類の育種方法及び化合物もしくは藻体粉末の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ユーグレナ・グラシリス(E. gracilis)は、栄養豊富な微細藻類で、食品、化粧品、飼料など様々な産業で広く利用されている(非特許文献1、非特許文献2)。特定の培養条件では、E. gracilisは他のユーグレナ種よりも急速に成長するため、大量培養に適している。また、この藻類は、幅広い産業用途がある結晶性のβ-1,3-グルカンであるパラミロンを蓄積する(非特許文献2)。低酸素状態では、E. gracilisはパラミロンを分解してエネルギーを生成し、ミリスチン酸(C14:0)とミリスチルアルコール(C14:0)を主成分とするワックスエステルに変換する(非特許文献3)。これらのワックスエステルはジェットバイオ燃料の原料として適しているため、E. gracilisを培養することで、持続可能な開発目標の達成に貢献できる可能性がある(非特許文献2)。
【0003】
E. gracilisの収穫効率を向上させるために、本発明者らは、以前、Feイオンビーム照射を用いて非運動性変異体(M-3ZFeL)を作製した(特許文献1)。M-3ZFeL変異体は、鞭毛を使って泳がず、野生型(WT)株よりも早く沈降する。しかし、M-3ZFeLは従属栄養培養ではWTよりも成長が遅く、脂質含量も低かったことから、鉄イオンビームによる突然変異誘発は望ましくない副作用も引き起こすことが示唆された。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2019-083740号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Suzuki, K. (2017) ‘Large-scale cultivation of Euglena’, in Advances in Experimental Medicine and Biology. Springer New York LLC, pp. 285-293. doi: 10.1007/978-3-319-54910-1_14.
【非特許文献2】Harada, R. et al. (2020) ‘Genetic Engineering Strategies for Euglena gracilis and Its Industrial Contribution to Sustainable Development Goals: A Review’, Frontiers in Bioengineering and Biotechnology, 8(July), pp. 1-10. doi: 10.3389/fbioe.2020.00790.
【非特許文献3】Inui, H., Ishikawa, T. and Tamoi, M. (2017) ‘Wax ester fermentation and its application for biofuel production’, in Advances in Experimental Medicine and Biology. Springer New York LLC, pp. 269-283. doi: 10.1007/978-3-319-54910-1_13.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
大量培養下での微細藻類の収穫効率を向上させることは、特に産業上の可能性を秘めた光合成性鞭毛藻類にとって重要である。非運動性の株は、よく沈降するため、より簡単に収穫できるので理想的である。しかし、微細藻類の運動性を正確に遺伝子操作することは、特にユーグレナ・グラシリスのような光合成を行う鞭毛藻類にとっては長年の課題であった。
【0007】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、ゲノム編集された微細藻類、微細藻類のゲノム改変方法、微細藻類の育種方法及び化合物、もしくは藻体粉末の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
大量培養下での微細藻類の収穫効率を向上させることは、特にユーグレナのような産業上の可能性を秘めた光合成鞭毛藻類にとって重要である。しかし、鞭毛に起因する微細藻類の運動性を正確に遺伝子操作することで、理想的な株を得ることはまだできていない。本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、鞭毛構成要素の輸送に関与するタンパク質をコードするBardet-Biedl症候群(BBS)遺伝子のホモログの機能喪失変異体が、非運動性の表現型を示すことを明らかにし、本発明を完成するに至った。
【0009】
したがって、前記課題は、本発明のゲノム編集された微細藻類によれば、鞭毛を有する微細藻類に属し、鞭毛内タンパク質輸送に関連するタンパク質をコードする遺伝子が欠失しており、鞭毛運動による重力走性が低下していることにより解決される。
このとき、前記微細藻類が、コロニー形成性であるとよい。
このとき、前記微細藻類が、鞭毛が短いか形成されない、又は、鞭毛に機能的な欠陥があるとよい。
このとき、前記微細藻類が、野生型と同程度の増殖速度を示すとよい。
このとき、前記微細藻類が、ユーグレナ(Euglena)属に属するとよい。
このとき、前記微細藻類が、野生型のユーグレナと同程度のパラミロン又は脂質を細胞内に有するとよい。
【0010】
また、前記課題は、本発明の微細藻類のゲノム改変方法によれば、鞭毛を有する微細藻類に部位特異的DNAヌクレアーゼを導入する導入工程を行い、鞭毛内タンパク質輸送に関連するタンパク質をコードする遺伝子を破壊させることにより解決される。
このとき、前記部位特異的DNAヌクレアーゼが核酸配列認識モジュールを含むタンパク質、もしくはリボ核タンパク質複合体であるとよい。
このとき、前記核酸配列認識モジュールを含むヌクレアーゼが、CRISPR-Casシステム、ジンクフィンガーモチーフ及びTALエフェクターからなる群より選択されるとよい。
このとき、前記導入工程を、前記部位特異的DNAヌクレアーゼを前記ユーグレナの細胞内に導入することによって行うとよい。
【0011】
また、前記課題は、本発明の微細藻類の育種方法によれば、上記の微細藻類のゲノム改変方法により前記微細藻類の細胞内の鞭毛内タンパク質輸送に関連するタンパク質をコードするゲノムDNAを改変して変異を誘導するゲノム改変工程と、ゲノムが改変された前記微細藻類の細胞を選抜する選抜工程と、を行うことにより解決される。
【0012】
また、前記課題は、本発明によれば、上記の微細藻類のゲノム改変方法により細胞内のゲノムDNAが改変されたユーグレナの細胞を用いて、パラミロン、ワックスエステル、カロトノイド、アミノ酸、ビタミン類、ミネラル、脂肪酸を含む群より選択される少なくとも1種以上の化合物を製造する化合物の製造方法により解決される。
また、前記課題は、本発明によれば、上記の微細藻類のゲノム改変方法により細胞内のゲノムDNAが改変された微細藻類の細胞を用いて、藻体粉末を製造する方法により解決される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、ゲノム編集された微細藻類、微細藻類のゲノム改変方法、微細藻類の育種方法及び化合物もしくは藻体粉末の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】egbbs7の遺伝子のサイトAまたはBにターゲティングされた切断されたPCRフラグメントの検出。
図2】egbbs8の各遺伝子のサイトAまたはBにターゲティングされた切断されたPCRフラグメントの検出。
図3】EGBBS7の切断したPCR断片の代表的な変異配列をWTと比較して並べたもの。
図4】EGBBS8の切断したPCR断片の代表的な変異配列をWTと比較して並べたもの。
図5】分離したEGBBS7とEGBBS8の細胞によるコロニー形成。
図6】egbbs7およびegbbs8変異体の顕微鏡写真。細胞をCM培地で4日間培養し、微分干渉モジュールを装着した正立光学顕微鏡で観察した。スケールバーは10μm。黒三角は、長い鞭毛を生成する領域を示す。矢印は、本来、鞭毛を生成する領域を示す。白三角はEGBBS8-A2細胞の短い鞭毛を示す。
図7】egbbs変異体とWT細胞の沈降分析。CM培地で7日間培養した細胞を、同じ密度で別々のバイアルに入れ(0h、左)、1時間静置した(1h、右)。それぞれの写真で、左のバイアルからWT細胞、EGBBS7-A1細胞、EGBBS7-B1細胞、EGBBS8-A2細胞、EGBBS8-B1細胞の沈降の様子を示す。
図8】1時間の沈降前または沈降後の乾燥重量。沈殿物は上澄みを丁寧に取り除いて回収し、凍結乾燥させてから重量を測定した。エラーバーは6反復の標準誤差を示す。WTと各変異体の間の有意差を調べるためにDunnettの検定を行った(*p<0.05)。
図9】KH培地で7日間培養したEGBBS変異体細胞の成長。エラーバーは3反復の標準誤差を示す。
図10】egbbs変異体細胞のパラミロン含有量。細胞は、好気的な条件で培養した場合と、好気的な条件の後に29℃で3日間低酸素状態にした場合とで分けて培養した。凍結乾燥した細胞サンプルからパラミロンと脂質を抽出し、定量して、パーセンテージ(重量比)を算出した。エラーバーは3つの生物学的複製の標準誤差を示す。WTと各変異体の間の有意差を調べるためにDunnett's testを行った(*p<0.05)。
図11】egbbs変異体細胞の脂質含有量。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について、図1乃至図11を参照しながら説明する。
本実施形態は、ゲノム編集された微細藻類、微細藻類のゲノム改変方法、微細藻類の育種方法及び化合物の製造方法に関するものである。
【0016】
<微細藻類>
本実施形態で対象となる微細藻類は、鞭毛を有するものであればよく、特に限定されるものではない。鞭毛を有する微細藻類としては、黄色鞭毛藻(黄色鞭毛藻綱:Chrysophyceae)、渦鞭毛藻(渦鞭毛藻綱:Dinophyceae)、褐色鞭毛藻(褐色鞭毛藻綱:Cryptophyceae)、ユーグレナ藻(ユーグレナ藻綱:Euglenophyceae)などが例示されるが、これらに限定されるものではない。
【0017】
(黄色鞭毛藻)
黄色鞭毛藻としては、例えば、分類学上、ウログレナ属(Uroglena)、ディノブリオン属(Dinobryon)、シヌラ属(Synura)、マロモナス属(Mallomonas)に分類される微生物、その変種、その変異種及びの近縁種を含むが、これらに限定されるものではない。
【0018】
(渦鞭毛藻)
渦鞭毛藻としては、例えば、分類学上、ケラチウム属(Ceratium)、ペリディニウム属(Peridinium)、ギムノディニウム属(Gymnodinium)に分類される微生物、その変種、その変異種及びの近縁種を含むが、これらに限定されるものではない。
【0019】
(褐色鞭毛藻)
渦鞭毛藻としては、例えば、分類学上、クリプトモナス属(Cryptomonas)に分類される微生物、その変種、その変異種及びの近縁種を含むが、これらに限定されるものではない。
【0020】
(ユーグレナ藻)
ユーグレナ藻としては、例えば、分類学上、ユーグレナ属(Euglena)、ファクス属(Phacus)、トラケロモナス属(Trachelomonas)に分類される微生物、その変種、その変異種及びの近縁種を含むが、これらに限定されるものではない。
【0021】
実施形態において、「ユーグレナ」とは、分類学上、ユーグレナ属(Euglena)に分類される微生物、その変種、その変異種及びユーグレナ科(Euglenaceae)の近縁種を含む。ここで、ユーグレナ属(Euglena)とは、真核生物のうち、エクスカバータ、ユーグレノゾア門、ユーグレナ藻綱、ユーグレナ目、ユーグレナ科に属する生物の一群である。
【0022】
ユーグレナ属に含まれる種として、具体的には、Euglena chadefaudii、Euglena deses、Euglena gracilis、Euglena granulata、Euglena mutabilis、Euglena proxima、Euglena spirogyra、Euglena viridisなどが挙げられる。
ユーグレナとして、ユーグレナ・グラシリス(E. gracilis),特に、ユーグレナ・グラシリス(E. gracilis)Z株を用いることができるが、そのほか、ユーグレナ・グラシリス(E. gracilis)Z株の変異株SM-ZK株(葉緑体欠損株)や変種のE. gracilis var. bacillaris、これらの種の葉緑体の変異株等の遺伝子変異株、Astasia longa等のその他のユーグレナ類であってもよい。
ユーグレナ属は、池や沼などの淡水中に広く分布しており、これらから分離して使用しても良く、また、既に単離されている任意のユーグレナ属を使用してもよい。
ユーグレナ属は、その全ての変異株を包含する。また、これらの変異株の中には、遺伝的方法、たとえば組換え、形質導入、形質転換等により得られたものも含有される。
【0023】
<ゲノム編集技術>
ゲノム編集は、ゲノム上の標的遺伝子座のDNA二重鎖を、部位特異的DNAヌクレアーゼを用いて特異的に切断し、切断したDNAの修復の過程でヌクレオチドの欠失や挿入、置換を誘導したり、外来ポリヌクレオチドを挿入するなどして、ゲノムを標的部位特異的に改変する技術である。ゲノム編集技術としては、使用する部位特異的DNAヌクレアーゼに対応して、TALEN(transcription activator-like effector nuclease)、ZFN(zinc-finger nuclease)、CRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat)-Cas9(CRISPR associated protein 9)などが知られている。
【0024】
<部位特異的DNAヌクレアーゼ>
本実施形態で用いられる部位特異的DNAヌクレアーゼは、特定のゲノムDNA部位を特異的に認識して切断するDNAヌクレアーゼである。部位特異的DNAヌクレアーゼとしては、従来ゲノム編集技術で用いられている部位特異的人工DNAヌクレアーゼであり、TALEN、CRISPR/Cas9システム、CRISPR-Cpf1、又はZFN技術で用いられる部位特異的人工DNAヌクレアーゼが例として挙げられる。
【0025】
<核酸配列認識モジュール>
本実施形態で用いる核酸配列認識モジュールとしては、CRISPR-Casシステム、ジンクフィンガーモチーフ及びTALエフェクター等の他、制限酵素、転写因子、RNAポリメラーゼ等のDNAと特異的に結合し得るタンパク質のDNA結合ドメインを含み、DNA二重鎖切断能を有しないフラグメント等が例示されるが、これらに限定されるものではない。DNA二重鎖切断能を有しない核酸配列認識モジュールを用いた場合、核酸塩基変換酵素と組み合わせることによって、欠失挿入以外の変異、例えば、塩基置換を導入することが可能となる。
【0026】
(CRISPR/Cas9システム)
CRISPR/Cas9システムは、ゲノムDNAのいずれかの鎖のプロトスペーサー隣接モチーフ(PAM)の直前に位置する標的配列に対応した標的認識配列を含むガイドRNA(gRNA)とCas9ヌクレアーゼ又はその変異体とを含む複合体を、細胞内のゲノムDNA中の標的部位に結合させることにより、その標的部位への変異(挿入、欠失、又は塩基置換など)の導入を促進するゲノム編集技術をいう。
【0027】
ガイドRNA(gRNA)は、CRISPR/Cas9システムにおいて、ゲノムDNA上の標的部位に結合し、Cas9ヌクレアーゼ又はその変異体を標的部位に誘導するために用いるRNAである。gRNAは、ゲノムDNA中の標的部位と結合する標的認識配列を5'末端側に含むRNA配列(crRNA)と足場機能を有するRNA配列(tracrRNA;trans-activating crRNA)とを有し、crRNAの3'側配列とtracrRNAの5'側配列は互いに相補的な配列を有しており塩基対を形成する。gRNAは、crRNAとtracrRNAが連結された単鎖gRNA(single guide RNA; sgRNA)であってもよいし、別個の一本鎖RNAであるcrRNAとtracrRNAの複合体であってもよい。gRNAが特異的に結合する標的部位は、ゲノムDNAのいずれかの鎖のPAM配列の直前に位置し、そのおよそ20塩基長(通常は17~24塩基長)の配列を標的配列として設計することができる。gRNAは、そのような標的配列に対応した標的認識配列(RNA配列)を含む。gRNAはゲノムDNA中の標的配列の相補鎖配列とRNA-DNA塩基対形成により結合する。
【0028】
プロトスペーサー隣接モチーフ(PAM)配列は、用いるCas9ヌクレアーゼ又はその変異体の由来する生物種やタイプによって異なり、例えば、化膿性連鎖球菌(Streptococcus pyogenes;S. pyogenes)のCas9では5'-NGG-3'(N= A、T、G又はC)である。他に、例えば、Streptococcus thermophilus Cas9は5'-NGGNG-3'又は5'-NNAGAA-3'をPAM配列として認識する。gRNAの設計方法及び作製方法は周知である。例えば市販のgRNAベクターに標的配列を組み込み、発現させることによってgRNAを作製することができる。標的配列は、例えば、公知のgRNA設計用ソフトウェアを用いて簡便に設計することもできる。
【0029】
(ジンクフィンガーモチーフ)
ジンクフィンガーモチーフは、Cys2His2型の異なるジンクフィンガーユニット(1フィンガーが約3塩基を認識する)を3~6個連結させたものであり、9~18塩基の標的ヌクレオチド配列を認識することができる。ジンクフィンガーモチーフは、Modular assembly法、OPEN法、CoDA法、大腸菌one-hybrid法など、従来公知の手法により作製することができる。
【0030】
(TALエフェクター)
TALエフェクター(tal Effector、TALE)は、約34アミノ酸を単位としたモジュールの繰り返し構造を有しており、1つのモジュールの12および13番目のアミノ酸残基(RVDと呼ばれる)によって、結合安定性と塩基特異性が決定される。各モジュールは独立性が高いので、モジュールを繋ぎ合わせるだけで、標的ヌクレオチド配列に特異的なTALエフェクターを作製することが可能である。TALエフェクターは、オープンリソースを利用した作製方法(REAL法、FLASH法、Golden Gate法など)が確立されており、比較的簡便に標的ヌクレオチド配列に対するTALエフェクターを設計することができる。
【0031】
<リボ核タンパク質複合体>
本実施形態では、部位特異的DNAヌクレアーゼがガイドRNA(gRNA)及び核酸配列認識モジュールを含むリボ核タンパク質複合体であることが好ましい。リボ核タンパク質複合体は、RNAを含む核タンパク質、即ちリボ核酸とタンパク質の複合体である。
【0032】
リボ核タンパク質複合体として、Cas9 RNP複合体、具体的には、Cas9(CRISPR associated protein 9)/gRNA(guild RNA)Ribonucleoproteinsを用いることが好ましい。ゲノム上の標的箇所に基づいて設計したgRNAとCas9タンパク質から構成される安定的なリボ核タンパク質複合体で、gRNAに対応するゲノム上の標的DNAサイトを特異的に切断する。
【0033】
<ゲノム編集された微細藻類>
本実施形態に係るゲノム編集された微細藻類は、鞭毛を有する微細藻類に属し、鞭毛内タンパク質輸送に関連するタンパク質をコードする遺伝子が欠失しており、鞭毛運動による重力走性が低下している。
【0034】
ここで、鞭毛内タンパク質輸送に関連するタンパク質としては、IFT装置(intraflagellar transport machinery)を構成するタンパク質が例示されるが、これに限定されるものではない。IFT装置は、全部で40以上のサブユニットから形成されているタンパク質複合体である。IFT装置は、3つのタンパク質複合体(IFT-A、IFT-BおよびBBSome)と2つのモータータンパク質(キネシン2とダイニン2複合体)を含んでいる。IFT装置は、鞭毛の軸糸微小管上を根元から先端、先端から根元へとシャトル運動する。
【0035】
ここで、BBSomeコンポーネントとは、鞭毛内輸送粒子に関連し、繊毛/鞭毛膜タンパク質の輸送を媒介するタンパク質複合体の構成要素である。本実施形態の微細藻類は、ゲノム編集によって、BBSomeコンポーネントをコードする遺伝子が破壊されているとよい。具体的には、本実施形態の微細藻類は、ゲノム編集によって、BBSomeコンポーネントをコードする遺伝子のエクソン領域に20-150 bpの欠失が誘導されているとよい。
【0036】
BBSomeコンポーネントをコードする遺伝子が欠失していることで、本実施形態の微細藻類は、ゲノム編集しないものと比較して、鞭毛が短いか(鞭毛を欠いているか)、又は、鞭毛に機能的な欠陥がある。本実施形態の微細藻類は、通常の微細藻類と比較して鞭毛を持たない、短い、又は、鞭毛に機能的な欠陥があることで、鞭毛運動による重力走性が低下しているため、コロニー形成性である。
【0037】
(運動性)
本実施形態の微細藻類は、運動性が野生株の運動性の1000分の1以下であり、沈降速度が野生型と比較して10倍以上である。運動性の評価は、例えば、閉鎖された環状のマイクロチャンバーに、細胞懸濁液を添加して細胞を閉鎖空間に封じ込め、ビデオ画像を順次、分化し、閾値化し、重ね合わせることによって細胞の動きを視覚化して(トレース画像)、トレース画像におけるトレースピクセルの空間的合計をカウントすることによって評価することが可能であるがこれに限定されるものではない。
【0038】
運動性評価の指標として、トレースピクセルの数である、トレースモーメント(TM)を用いることが可能である(Ozasa K, Lee J, Song S, Hara M, Maeda M. Gas/liquid sensing via chemotaxis of Euglena cells confined in an isolated micro-aquarium. Lab Chip 2013; 13:4033、Ozasa K, Lee J, Song S, Maeda M. Transient freezing behavior in photophobic responses of Euglena gracilis investigated in a microfluidic device. Plant Cell Physiol 2014; 55:1704-1712)。
【0039】
(沈降速度)
本実施形態の微細藻類は、培養液にて撹拌培養後、20cmの水深において、撹拌を停止して3.5から9時間後に沈降する細胞の量が、野生型の微細藻類の10倍以上である性質を有する。
【0040】
沈降速度を比較するに際し、沈降速度を公知の手法に従い算出して比較を行うことも可能である(中村貴彦ら、「微粒子の沈降速度測定法の開発およびそれを適用したアオコの単一細胞の沈降速度の決定」、農業土木学会論文集、No.187, pp.31~36 (1997))。なお、沈降速度の算出方法は、特に限定されるものではない。
【0041】
(増殖速度)
本実施形態の微細藻類は、従属栄養条件又は独立栄養条件の条件において、ゲノム編集前の微細藻類と同程度の増殖速度を示す。このとき、微細藻類として、野生型(WT)のユーグレナ(例えば、ユーグレナ・グラシリス Z株)を用いた場合、本実施形態のユーグレナは、従属栄養条件及び独立栄養条件の両方の条件において、野生型のユーグレナと同程度の増殖速度を示す。
【0042】
(パラミロン及び脂質含有量)
本実施形態の微細藻類がユーグレナ属に属するものである場合、好気的条件又は嫌気条件で培養したときの細胞内(藻体内)のパラミロン及び脂質の含有量が、野生型のユーグレナと同程度である。
【0043】
<微細藻類のゲノム改変方法>
本実施形態に係る微細藻類のゲノム改変方法は、鞭毛を有する微細藻類に部位特異的DNAヌクレアーゼを導入する導入工程を行い、鞭毛内タンパク質輸送に関連するタンパク質をコードする遺伝子(好ましくは、BBSomeコンポーネントをコードする遺伝子)を破壊することを特徴とする。このとき、核酸配列認識モジュールが、CRISPR-Casシステム、ジンクフィンガーモチーフ及びTALエフェクターからなる群より選択されると好ましい。また、部位特異的DNAヌクレアーゼがガイドRNA及び核酸配列認識モジュールを含むリボ核タンパク質複合体であると好適である。
【0044】
微細藻類に部位特異的DNAヌクレアーゼを導入する場合、微細藻類の細胞に直接導入してもよいし、該ヌクレアーゼをコードするポリヌクレオチドを微細藻類の細胞に導入し、細胞内で該ヌクレアーゼを発現させてもよい。つまり、導入工程は、部位特異的DNAヌクレアーゼを微細藻類の細胞内に直接的又は間接的に導入することによって行うことが可能である。
【0045】
微細藻類がユーグレナである場合においては、導入工程をエレクトロポレーション法によって行うことが好適である。エレクトロポレーション法は、電気穿孔法とも呼ばれ、電気パルスにより細胞膜に微小な穴を一時的に開け、物質(以下の実施例では、Cas9 RNP複合体)を直接的に導入する手法である。
【0046】
以下の実施例に示すように、エレクトロポレーション法によってリボ核タンパク質複合体(Cas9 RNP複合体)をユーグレナの細胞内に直接送達することで非常に高い効率でのゲノムDNAに欠損変異導入を実現できる。
【0047】
<微細藻類の育種方法>
本実施形態に係る微細藻類の育種方法は、上記の微細藻類のゲノム改変方法により微細藻類の細胞内の鞭毛内タンパク質輸送に関連するタンパク質(好ましくは、BBSomeコンポーネント)をコードするゲノムDNAを改変して変異を誘導するゲノム改変工程と、ゲノムが改変された微細藻類の細胞を選抜する選抜工程と、を行うことを特徴とする。
【0048】
改変するゲノムDNAは、鞭毛内タンパク質輸送に関連するタンパク質をコードするゲノムDNAであれば、特に限定されるものではなく、微細藻類における遺伝子機能の解析などの基礎研究の観点や、有用物質生産能を向上させるなどの目的に応じて適宜選択をすればよい。
【0049】
<化合物の製造方法>
本実施形態に係る微細藻類のゲノム改変方法や微細藻類の育種方法によれば、鞭毛運動による重力走性が低下している微細藻類を提供することが可能となるため、例えば、有用物質の回収効率及び/又は生産能を向上させた微細藻類を提供することが可能である。
【0050】
つまり、本実施形態に係る化合物(有用物質)の製造方法は、微細藻類のゲノム改変方法により細胞内のゲノムDNAが改変された微細藻類の細胞を用いて、炭水化物(例えば、パラミロン)、脂質(例えば、ワックスエステル)、カロテノイド、アミノ酸、ビタミン類、ミネラル、脂肪酸を含む群より選択される少なくとも1種以上の化合物を製造することで、有用物質を効率的に回収して生産することが可能である。
【0051】
パラミロンは、グルコースがβ-1,3結合したユーグレナにおける貯蔵多糖類であり、多くの機能性を有していることから、本実施形態に係る微細藻類のゲノム改変方法でパラミロンを細胞内に貯蔵するユーグレナを育種してパラミロンの製造に用いることが好ましい。また、ユーグレナの細胞内でパラミロンが蓄積すると、粒状の構造体として観察されるが、酸素が無い条件下では、ユーグレナは、エネルギー獲得のためにパラミロンを元にしてワックスエステル(油脂)を生産するため、本実施形態に係る微細藻類のゲノム改変方法でパラミロンを細胞内に貯蔵するユーグレナを育種してワックスエステルの製造に用いることが好ましい。
【0052】
<藻体粉末の製造方法>
本実施形態に係る藻体粉末の製造方法は、上記の微細藻類のゲノム改変方法により細胞内のゲノムDNAが改変された微細藻類の細胞を用いて、藻体粉末を製造する方法である。ゲノムDNAが改変されて鞭毛運動による重力走性が低下している微細藻類の細胞を用いることで、効率的に細胞を回収できるため、藻体粉末を容易に分離して回収することが可能となる。
【実施例0053】
以下、具体的実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0054】
E. gracilisのトランスクリプトームアセンブリ(GDJR01044616.1)との配列類似性検索により、Caenorhabditis elegansのBBS-7タンパク質(NP_499585.1; tblastn score 251, E value 7e-72)およびBBS-8タンパク質(NP_504711.2; tblastn score 373, E value 7e-123)と相同性のある転写産物を同定した。
【0055】
これらの遺伝子は、E. gracilisを含む真核細胞において、鞭毛内輸送粒子に関連し、繊毛/鞭毛膜タンパク質の輸送を媒介するBBSomeコンポーネントをコードしている(Nakayama and Katoh, 2018; Hammond et al, 2021)。C. elegansのbbs-7およびbbs-8変異体は、野生株(WT)に比べて繊毛が短く、機能的な欠陥がある(Blacque et al)。これらの遺伝子のヒトホモログは、多指症、生殖器奇形、網膜変性、病的肥満、および腎臓異常を特徴とする遺伝的不均質な疾患であるバルデ・ビードル症候群(BBS)の原因となっている(Wingfield, Lechtreck and Lorentzen, 2018)。
【0056】
ここでは、本発明者らが開発したE. gracilisのCas9リボヌクレオプロテイン(RNP)ベースのゲノム編集技術(Nomura et al.2019)を応用して、E. gracilisのBBS遺伝子のホモログであるEgBBS7とEgBBS8を標的とし、E. gracilisの非運動性株を作製した。それぞれの転写産物の異なる領域を標的とした2組のガイドRNA(EgBBS7-Aと-B、EgBBS8-Aと-B)を設計し、EgBBS7(EgBBS7A-Target 1と2、EgBBS7B-Target 1と2)とEgBBS8(EgBBS8A-Target 1と2、EgBBS8B-Target 1と2)の各標的部位を持つゲノム領域のDNA配列を決定した。
【0057】
・DDBJアクセッション番号LC644194:EgBBS7-A Target site 1(配列番号1)
・DDBJアクセッション番号LC644196:EgBBS7-A Target site 2(配列番号2)
・DDBJアクセッション番号LC644197:EgBBS7-B Target site 1(配列番号3)
・DDBJアクセッション番号LC644198:EgBBS7-B Target site 2(配列番号4)
・DDBJアクセッション番号LC644199:EgBBS8-A Target site 1 and 2(配列番号5)
・DDBJアクセッション番号LC644202:EgBBS8-B Target site 1 and 2(配列番号6)
【0058】
CUGA 7 gRNA Synthesis Kit(NIPPON GENE)で合成した一対のガイドRNA(各5μg)を含むCas9 RNPを導入し、2つの異なる部位を同時に標的とすることで、EgBBS7およびEgBBS8のエクソン領域に35-115 bpの欠失を誘導した。
【0059】
RNPをエレクトロポレーションした後、蛍光活性化セルソーター(MoFlo XDP; Beckman Coulter)を用いて細胞を分離し、クエン酸ナトリウムを含まないCramer-Myers(CM)培地とKoren-Hunter(KH)培地を4:1(v/v)の割合で混合した培地を200μL満たした96ウェルプレートにクローン株を樹立した(pH 3.5)。これらの菌株におけるEgBBS7とEgBBS8の標的領域の多型をPCR法によるジェノタイピングで評価したところ、500-1000bpの欠失が観察され、イントロン領域を含む大きなゲノム欠失が示唆された(図1および図2)。また、標的領域の塩基配列多型を解析した結果、EGBBS7-A、EGBBS7-B、EGBBS8-A、EGBBS8-Bの各2系統を選抜した(図3図4)。
【0060】
単離した細胞を96ウェルプレートのウェルで培養したところ、8個のegbbs変異体はすべてコロニーを形成したが、野生株(WT)はウェル全体に広がった(図5)。egbbs変異体のうち7株は鞭毛を持たず(図6、矢印)、egbbs8-A2株の一部の細胞だけが短い鞭毛を持っていた(図6、白矢印)。これらの結果から、EgBBS7とEgBBS8は、E. gracilisの完全な長さの鞭毛形成に貢献し、そのために運動に必要であることが示された。
【0061】
egbbs7とegbbs8の細胞の沈降速度を定量化し、産業利用、特に収穫量の向上に有利なことを示した。CM培地(pH3.5)で培養した変異体細胞とWT細胞を同じ密度(0.7~0.8g(乾燥重量)/L)に調整し、別々のバイアルに入れた。変異体細胞は、WT細胞に比べて1時間後の沈降速度が速く(図7)、沈降物の乾燥重量も有意に高かった(図8)。
【0062】
また,従属栄養成長への有用性を確認するため,KH培地(pH3.5)で培養した変異細胞の成長速度とパラミロンおよび脂質の含有量を測定した。細胞は、50mLのKH培地を入れた100mLコニカルフラスコに,λ860nmでの初期光学濃度(OD)を0.1に調整して播種し、50μmol m-2s-1の光(12時間:12時間の明暗サイクル)の下、29℃でロータリーシェーカー(150 rpm)を用いて培養した。これらの培養液のODを毎日測定した。KH培地での変異体細胞の増殖速度は、WTと有意な差はなかった(図9)。
【0063】
培養した細胞のパラミロンと脂質の含有量を、記載されているように測定した(Muramatsu et al. 2020)。嫌気条件下でのbbs8-A2株のパラミロン含量はWTよりも有意に高かったが、他の変異体のパラミロンおよび脂質含量は、好気条件および嫌気条件のいずれにおいてもWTと有意な差はなかった(図10図11)。これらの結果から、沈降を促進するEgBBS遺伝子の変異は、バイオマスや高付加価値製品の生産に悪影響を及ぼさないことが示唆された。
【0064】
藻類の大量培養では、収穫が生産コスト全体の20~30%を占めるため、収穫プロセスを改善することで、微細藻類バイオマスの生産における経済性を向上させることができる(Brennan and Owende, 2010)。本研究では、EgBBS7とEgBBS8がE. gracilisの鞭毛の発達に関与していること、また、これらのノックアウト変異により、細胞の生産性に悪影響を与えることなく、運動性のないユーグレナ株が生成されることを明らかにし、工業的なバイオ生産のための収穫効率を向上させるために、微細藻類の運動性を工学的に操作するための新たなアプローチを提供した。
【0065】
我々は、これまでに開発したCRISPR/Cas9ベースのゲノム編集システムを用いて、BBSの相同遺伝子であるEgBBS7およびEgBBS8を欠失したE. gracilis変異体を得た。これらのEGBBS変異体は、運動に必要な長い鞭毛を持たず、単離された細胞からコロニーを形成したが、野生型(WT)の培養液では、自由遊泳により拡散して増殖した。これらのEGBBS変異体は、WTに比べて沈降速度が速いことから、収穫効率を向上させるための理想的な藻株として有用であることがわかった。さらに、その工業的なポテンシャルは、WTと同様の生育速度とパラミロンや脂質などの細胞内容物を有していることから、WTと同様のものである。したがって、私たちは、E. gracilisのBBSホモログを正確かつ安定的に遺伝子操作することで、E. gracilisの理想的な株を得ることに成功した。これらの藻株は、この藻類の収穫効率を向上させる可能性がある。さらに、この結果は、CRISPR/Cas9ゲノム編集システムを用いて、産業用途に適した理想的な菌株を得るための新たな知見を与えるものである。
【0066】
<参考文献>
・Blacque, O. E. et al. (2004) ‘Loss of C. elegans BBS-7 and BBS-8 protein function results in cilia defects and compromised intraflagellar transport’, Genes and Development, 18(13), pp. 1630-1642. doi: 10.1101/gad.1194004.
・Brennan, L. and Owende, P. (2010) ‘Biofuels from microalgae-A review of technologies for production, processing, and extractions of biofuels and co-products’, Renewable and Sustainable Energy Reviews. Pergamon, pp. 557-577. doi: 10.1016/j.rser.2009.10.009.
・Hammond, M. et al. (2021) ‘The distinctive flagellar proteome of Euglena gracilis illuminates the complexities of protistan flagella adaptation’, New Phytologist. John Wiley & Sons, Ltd. doi: 10.1111/NPH.17638.
・Harada, R. et al. (2020) ‘Genetic Engineering Strategies for Euglena gracilis and Its Industrial Contribution to Sustainable Development Goals: A Review’, Frontiers in Bioengineering and Biotechnology, 8(July), pp. 1-10. doi: 10.3389/fbioe.2020.00790.
・Inui, H., Ishikawa, T. and Tamoi, M. (2017) ‘Wax ester fermentation and its application for biofuel production’, in Advances in Experimental Medicine and Biology. Springer New York LLC, pp. 269-283. doi: 10.1007/978-3-319-54910-1_13.
・Muramatsu, S. et al. (2020) ‘Isolation and characterization of a motility-defective mutant of Euglena gracilis’, PeerJ, 8. doi: 10.7717/peerj.10002.
・Nakayama, K. and Katoh, Y. (2018) ‘Ciliary protein trafficking mediated by IFT and BBSome complexes with the aid of kinesin-2 and dynein-2 motors’, Journal of Biochemistry, 163(3), pp. 155-164. doi: 10.1093/jb/mvx087.
・Nomura, T. et al. (2019) ‘Highly efficient transgene-free targeted mutagenesis and single-stranded oligodeoxynucleotide-mediated precise knock-in in the industrial microalga Euglena gracilis using Cas9 ribonucleoproteins’, Plant Biotechnology Journal, pp. 2032-2034. doi: 10.1111/pbi.13174.
・Suzuki, K. (2017) ‘Large-scale cultivation of Euglena’, in Advances in Experimental Medicine and Biology. Springer New York LLC, pp. 285-293. doi: 10.1007/978-3-319-54910-1_14.
・Wingfield, J. L., Lechtreck, K. F. and Lorentzen, E. (2018) ‘Trafficking of ciliary membrane proteins by the intraflagellar transport/BBSome machinery’, Essays in Biochemistry. Portland Press Ltd, pp. 753-763. doi: 10.1042/EBC20180030.
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
【配列表】
2023077876000001.app