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特開2023-78787簡便なコンピテントセル製造方法及び形質転換細胞製造方法
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  • 特開-簡便なコンピテントセル製造方法及び形質転換細胞製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023078787
(43)【公開日】2023-06-07
(54)【発明の名称】簡便なコンピテントセル製造方法及び形質転換細胞製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/00 20060101AFI20230531BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20230531BHJP
   C12N 1/20 20060101ALN20230531BHJP
   C12N 15/63 20060101ALN20230531BHJP
【FI】
C12N1/00 G
C12N1/21
C12N1/20 A
C12N15/63 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021192062
(22)【出願日】2021-11-26
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】300071579
【氏名又は名称】学校法人立教学院
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100196508
【弁理士】
【氏名又は名称】松尾 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100187540
【弁理士】
【氏名又は名称】國枝 由紀子
(72)【発明者】
【氏名】野▲崎▼ 晋五
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA26X
4B065AA26Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065BB03
4B065BB05
4B065BC03
4B065BD50
4B065CA23
(57)【要約】
【課題】従来技術と同等の実用に耐える形質転換効率を有しつつ簡便に製造することができる単細胞微生物のコンピテントセルの製造方法を提供する。また、コンピテントセルの製造と形質転換をワンチューブで行うことができる形質転換単細胞微生物の製造方法を提供する。
【解決手段】基礎培地、ポリエチレングリコール、及び二価陽イオンを含む培養培地、並びにそれを用いた単細胞微生物のコンピテントセルの製造方法、及び形質転換単細胞微生物の製造方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基礎培地、ポリエチレングリコール、及び二価陽イオンを含む、単細胞微生物のコンピテントセルを製造するための培養培地。
【請求項2】
単細胞微生物が大腸菌である、請求項1に記載の培養培地。
【請求項3】
二価陽イオンが、MgSOに由来するもの又はMgSO及びCaClに由来するものである、請求項1又は請求項2に記載の培養培地。
【請求項4】
請求項1~請求項3のいずれか一項に記載の培養培地を含む、単細胞微生物の形質転換用キット。
【請求項5】
(1)基礎培地、ポリエチレングリコール、及び二価陽イオンを含む培養培地中で単細胞微生物を培養して培養物を調製する工程;及び
(2)前記培養物に含まれる単細胞微生物をコンピテントセルとして得る工程
を含む、単細胞微生物のコンピテントセルの製造方法。
【請求項6】
遠心分離工程を含まない、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
単細胞微生物が大腸菌である、請求項5又は請求項6に記載の方法。
【請求項8】
二価陽イオンがMgSOに由来するもの又はMgSO及びCaClに由来するものである、請求項5~請求項7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
培養が25℃~37℃で12~24時間行われる、請求項5~請求項8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
培養が37℃で1~3時間行われる、請求項5~請求項8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
(1)基礎培地、ポリエチレングリコール、及び二価陽イオンを含む培養培地中で単細胞微生物を培養して培養物を調製する工程;
(2’)前記培養物に形質転換ベクターを添加して4℃以下でインキュベートする工程
を含む、形質転換単細胞微生物の製造方法。
【請求項12】
遠心分離工程を含まない、請求項11に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンピテントセルの簡便な製造方法及び形質転換細胞の製造方法に関する。より詳細には、本発明は、単細胞微生物のコンピテントセルの簡便な製造方法及び形質転換単細胞微生物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ある生物の遺伝子を他の生物の細胞に導入する遺伝子組換え技術の発展は、細胞生物学の大きな進歩をもたらしてきた。中でもプラスミドのようなベクターを用いて、目的遺伝子を大腸菌のような細菌細胞に導入する形質転換方法は、1970年代に発見されて以降、DNAクローニングや、遺伝子またはタンパク質の発現解析等の用途で幅広く用いられている。
【0003】
細胞は細胞膜に守られているため、通常は細胞外の分子、特に高分子を簡単に細胞内に導入することはできない。細胞膜を通過してベクターのような外来DNAを細菌細胞内に導入するためには、何らかの方法で細胞膜の透過性を高めたコンピテントセルを製造する必要がある。
【0004】
Cohenらは1972年、対数増殖期の大腸菌を回収してカルシウムイオン処理し、短時間熱処理することで、プラスミドDNAによる形質転換が可能となることを見出した(非特許文献1)。Hanahanは1983年、カルシウムイオンに加えて他の二価陽イオンやDMSO等を含むバッファーと、あらかじめ通常培地で対数増殖期まで増殖させた大腸菌とを用いたコンピテントセルの製造方法を発表した(非特許文献2)。Chungらは1989年、ポリエチレングリコール(PEG)、マグネシウムイオン、ジメチルスルホキシド(DMSO)等を含むバッファーと、あらかじめ通常培地で対数増殖期まで増殖させた大腸菌を用いたコンピテントセルの製造方法を発表した(非特許文献3)。
【0005】
また、Dowerらは1988年、あらかじめ通常培地で対数増殖期まで増殖させた大腸菌を回収し、低イオン強度の溶液で繰り返し洗浄した後、10%グリセロールに懸濁した菌体に高電圧をかけることで、プラスミドDNAを導入するエレクトロポレーション法を発表した(非特許文献4)。
【0006】
エレクトロポレーションを用いない形質転換を行った場合、非特許文献1~3の方法で製造したコンピテントセルの形質転換効率を比較解析した検証結果では、非特許文献1の方法で製造したコンピテントセルの形質転換効率は、105-107 CFU/μg DNA、非特許文献2の方法で製造したコンピテントセルの形質転換効率は、104 -108 CFU/μg DNA、非特許文献3の方法で製造したコンピテントセルの形質転換効率は、1×103-105CFU/μg DNAであったことが示されている(非特許文献5)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Cohen et al., PNAS, 69(8), 2110-2114, 1972
【非特許文献2】Hanahan, J. Mol. Biol., 166(4), 557-580, 1983
【非特許文献3】Chung et al., PNAS, 86(7), 2172-2175, 1989
【非特許文献4】Dower et al., Nucl. Acid. Res., 16(13), 1988
【非特許文献5】Chan et al. Biosci Rep, 33(6), e00086, 2013
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来のコンピテントセルの製造方法及びコンピテントセルを用いた形質転換方法は、対数増殖期まで増殖させた菌体を得るためにあらかじめ大腸菌を一晩培養して培養液を準備し、遠心分離によって分離した菌体をコンピテントセル製造のためのバッファーで処理し、さらに遠心分離によって分離した菌体を保存用又は形質転換用バッファーに移す等の工程を必要とするため、培養や頻回な遠心分離及び菌体洗浄のための手間と時間が必要だった。また、このような従来の方法は、1種類または少ない種類の菌株のコンピテントセルを大量に製造することには使用できるが、多数の菌株のコンピテントセルを少量ずつ製造するためには、多大な手間と時間がかかってしまうという問題点もあった。
【0009】
本発明は、従来技術と同等の実用に耐える形質転換効率を有しつつ簡便に製造することができる単細胞微生物のコンピテントセルの製造方法を提供することを目的とする。また、本発明は、コンピテントセルの製造と形質転換をワンチューブで行うことができる形質転換単細胞微生物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、大腸菌の基礎培地にポリエチレングリコール及び二価陽イオンを加えて調製した培養培地中で大腸菌の増殖が可能であることを見出し、さらに、増殖させた大腸菌に直接プラスミドDNAを添加することでプラスミドDNAの導入が可能であり、従来技術と同等の105 CFU/μg DNA以上の形質転換効率を安定的に達成できるコンピテントセルを製造できることを見出して、本発明を完成するに至った。
【0011】
本発明は、これに限定されるものではないが、以下の態様を包含する。
[1]
基礎培地、ポリエチレングリコール、及び二価陽イオンを含む、単細胞微生物のコンピテントセルを製造するための培養培地。
[2]
単細胞微生物が大腸菌である、[1]に記載の培養培地。
[3]
二価陽イオンが、MgSOに由来するもの又はMgSO及びCaClに由来するものである、[1]又は[2]に記載の培養培地。
[4]
ポリエチレングリコールが5~10重量%の濃度で含まれる、[1]~[3]のいずれか一項に記載の方法。
[5]
ポリエチレングリコールがPEG8000である、[1]~[4]のいずれか一項に記載の培養培地。
[6]
MgSOが25~100mMの濃度で含まれる、[3]~[5]のいずれか一項に記載の培養培地。
[7]
CaClが10~50mMの濃度で含まれる、[3]~[6]のいずれか一項に記載の培養培地。
[8]
[1]~[7]のいずれか一項に記載の培養培地を含む、単細胞微生物の形質転換用キット。
[9]
(1)基礎培地、ポリエチレングリコール、及び二価陽イオンを含む培養培地中で単細胞微生物を培養して培養物を調製する工程;及び
(2)前記培養物に含まれる単細胞微生物をコンピテントセルとして得る工程
を含む、単細胞微生物のコンピテントセルの製造方法。
[10]
遠心分離工程を含まない、[9]に記載の方法。
[11]
単細胞微生物が大腸菌である、[9]又は[10]に記載の方法。
[12]
二価陽イオンがMgSOに由来するもの又はMgSO及びCaClに由来するものである、[9]~[11]のいずれか一項に記載の方法。
[13]
培養培地中にポリエチレングリコールが5~10重量%の濃度で含まれる、[9]~[12]のいずれか一項に記載の方法。
[14]
ポリエチレングリコールがPEG8000である、[9]~[13]のいずれか一項に記載の方法。
[15]
培養が25℃~37℃で12~24時間行われる、[9]~[14]のいずれか一項に記載の方法。
[16]
培養が37℃で1~3時間行われる、[9]~[14]のいずれか一項に記載の方法。
[17]
培養培地中にMgSOが25~100mMの濃度で含まれる、[12]~[16]のいずれか一項に記載の方法。
[18]
培養培地中にCaClが10~50mMの濃度で含まれる、[12]~[17]のいずれか一項に記載の方法。
[19]
(1)基礎培地、ポリエチレングリコール、及び二価陽イオンを含む培養培地中で単細胞微生物を培養して培養物を調製する工程;
(2’)前記培養物に形質転換ベクターを添加して4℃以下でインキュベートする工程
を含む、形質転換単細胞微生物の製造方法。
[20]
遠心分離工程を含まない、[19]に記載の方法。
[21]
単細胞微生物が大腸菌である、[19]又は[20]に記載の方法。
[22]
前記工程(2’)において、インキュベートを氷上で行う、[19]~[21]のいずれか一項に記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、実用に耐える形質転換効率を有しつつ簡便に製造することができる単細胞微生物のコンピテントセルの製造方法が提供される。また、本発明は、コンピテントセルの製造と形質転換をワンチューブで行うことができる形質転換単細胞微生物の製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、本発明によるコンピテントセルの製造及び形質転換の概要を示す図である。
図2図2は、ポリエチレングリコール(PEG8000)濃度に関するTFMの組成の検討を示す図である。
図3図3は、MgSO4濃度に関するTFMの組成の検討を示す図である。
図4図4は、CaCl2濃度に関するTFMの組成の検討を示す図である。
図5図5は、25℃~37℃における培養時間の検討を示す図である。
図6図6は、37℃短時間における培養時間の検討を示す図である。
図7図7は、DNA添加後の氷上静置時間の検討を示す図である。
図8図8は、複数の大腸菌株の同時形質転換を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<単細胞微生物>
本発明で用いる単細胞微生物は、形質転換による遺伝子組換えに用いられるものであればどのようなものでもよく、酵母、細菌等を好適に用いることができる。酵母としては、サッカロマイセス属、シゾサッカロマイセス属、カンジダ属、アスペルギルス属等の酵母を好適に用いることができる。細菌としては、たとえば大腸菌(E. coli)、アシネトバクター属菌、シュードモナス属菌、サルモネラ属菌、ビブリオ属菌、カンピロバクター属菌、レジオネラ属菌、エルシニア属菌、赤痢菌属菌、インフルエンザ菌(H. influenzae)スタフィロコッカス属菌、ラクトコッカス属菌等の乳酸菌、ストレプトマイセス属菌等の放線菌、枯草菌(B. subtilis)等の細菌を好適に用いることができる。
【0015】
<コンピテントセルを製造するための培養培地>
本発明は、単細胞微生物のコンピテントセルを製造するための培養培地に関する。本発明の培養培地は、基礎培地、ポリエチレングリコール、及び二価陽イオンを含むことにより、培養培地に植菌した単細胞微生物を培養すると同時にコンピテントセルを製造することができる。
【0016】
本発明の培養培地は、基礎培地、ポリエチレングリコール、二価陽イオンに加えて、血清、増殖因子、pH指示薬、抗生物質等の選択物質、寒天やゼラチン等の凝固剤等の任意の追加成分を含むものであってよい。本発明の培養培地は、好ましくはジメチルスルホキシド(DMSO)を含まない。
【0017】
本発明の培養培地に含まれる基礎培地は、単細胞微生物が増殖するのに必要十分なアミノ酸源、ビタミン源、ミネラル源、及び炭水化物源を含む、単細胞微生物の増殖を支持する培地をいう。本発明における基礎培地は、単細胞微生物の増殖を阻害しない限り特に限定されず、公知の組成の基礎培地を調製したものを用いてもよく、市販の基礎培地を用いてもよい。大腸菌の基礎培地としては、LB培地、TB培地、YT培地、2×YT培地、及びこれらの混合培地が例示される。
【0018】
本発明の培養培地に含まれるポリエチレングリコールとしては、数平均分子量200~20,000である市販品のポリエチレングリコール又はその誘導体を用いることができ、たとえば数平均分子量8,000のPEG8000等を用いることができる。
【0019】
本発明の培養培地に含まれるポリエチレングリコールの濃度は、使用する単細胞微生物の種類等に応じて適宜決定することができるが、たとえば0.01~30重量%、1~20重量%、又は5~10重量%の濃度とすることができる。
【0020】
本発明の培養培地に含まれる二価陽イオンとしては、第2族元素(アルカリ土類金属)のイオンを用いることができ、たとえばMgSOに由来するもの又はMgSO及びCaClに由来するものを用いることができる。
【0021】
本発明の培養培地は、MgSOを10~200mM、15~150mM、又は25~100mMの濃度で含むものとすることができる。
本発明の培養培地は、上記MgSOに加えて、CaClを1~200mM、5~150mM、又は10~50mM含むものとすることができる。
【0022】
<形質転換用キット>
本発明の培養培地は、培養培地に植菌した単細胞微生物を培養すると同時にコンピテントセルを製造することができる上に、製造したコンピテントセルを含む培養物に任意の形質転換ベクターを直接添加することで、コンピテントセルの製造及び形質転換をワンチューブで行うことができる。
【0023】
したがって、本発明は、別の側面からは、上記本発明の培養培地を含む、単細胞微生物の形質転換用キットに関する。
本発明の形質転換用キットは、上記本発明の培養培地に加えて、任意の形質転換ベクター、形質転換手順についての説明書、及び/又は当該説明を含むパッケージ等の追加の構成要素を含むものとしてもよい。
【0024】
<単細胞微生物のコンピテントセルの製造方法>
本発明は、別の側面からは、単細胞微生物のコンピテントセルの製造方法に関する。具体的には、本発明は、
(1)基礎培地、ポリエチレングリコール、及び二価陽イオンを含む培養培地中で単細胞微生物を培養して培養物を調製する工程;及び
(2)前記培養物に含まれる単細胞微生物をコンピテントセルとして得る工程
を含む、単細胞微生物のコンピテントセルの製造方法
に関する。
【0025】
本発明の単細胞微生物のコンピテントセルの製造方法は、工程(1)基礎培地、ポリエチレングリコール、及び二価陽イオンを含む培養培地中で単細胞微生物を培養して培養物を調製する工程を含む。工程(1)で用いる培養培地は、上記のとおりである。培養する単細胞微生物は、別途液体培養したものの一部、コロニーからピックアップしたもの、グリセロールストック等の冷凍ストックを解凍したもの等を適宜用いることができる。コロニーからピックアップしたものや、グリセロールストック等の冷凍ストックを解凍したものは、別途拡張培養工程を経ず、直接培養培地に植菌してよい。
【0026】
本発明の単細胞微生物のコンピテントセルの製造方法によれば、工程(1)において培養とコンピテントセルの製造を同時に行うことができる。工程(1)で使用する培養培地の量に特に制限はないが、マイクロリットル~ミリリットル単位の体積を有する液体形状の培養培地を用いることが好ましい。本発明の単細胞微生物のコンピテントセルの製造方法によれば、小容量でも簡便にコンピテントセルを製造することができるため、同時に多数の細菌試料を用いてコンピテントセルを製造することもできる。たとえば、同時に5種以上、10種以上、100種以上、又は1000種以上の細菌試料について、コンピテントセルを製造することができる。
【0027】
工程(1)の培養条件は、単細胞微生物が増殖することができれば特に限定はされないが、25℃~37℃で12~24時間、又は37℃で1~3時間行うことが好ましい。
本発明の単細胞微生物のコンピテントセルの製造方法は、工程(1)に続いて、工程(1)で調製した培養物に含まれる単細胞微生物をコンピテントセルとして得る工程(2)を含む。工程(1)で調製した培養物に含まれる単細胞微生物はそのままコンピテントセルとして得られる。したがって、工程(1)で調製した培養物をそのまま、遠心分離やろ過等の追加処理をすることなく、形質転換工程に供することができる。工程(1)で調製した培養物を遠心分離やろ過したものを、濃縮したコンピテントセルとして得てもよい。
【0028】
本発明の単細胞微生物のコンピテントセルの製造方法は、遠心分離工程を含まないものであってよい。
本発明の単細胞微生物のコンピテントセルの製造方法は、工程(1)及び工程(2)からなるものであってもよい。
【0029】
<形質転換単細胞微生物の製造方法>
本発明の培養培地は、培養培地に植菌した単細胞微生物を培養すると同時にコンピテントセルを製造することができる上に、製造したコンピテントセルを含む培養物に任意の形質転換ベクターを直接添加することで、コンピテントセルの製造及び形質転換をワンチューブで行うことができる。
【0030】
本発明は、別の側面からは、形質転換単細胞微生物の製造方法に関する。
具体的には、本発明は、
(1)基礎培地、ポリエチレングリコール、及び二価陽イオンを含む培養培地中で単細胞微生物を培養して培養物を調製する工程;
(2’)前記培養物に形質転換ベクターを添加して4℃以下でインキュベートする工程
を含む、形質転換単細胞微生物の製造方法
に関する。
【0031】
本発明の形質転換単細胞微生物の製造方法は、工程(1)基礎培地、ポリエチレングリコール、及び二価陽イオンを含む培養培地中で単細胞微生物を培養して培養物を調製する工程を含む。工程(1)は、上記単細胞微生物のコンピテントセルの製造方法における工程(1)と同様である。
【0032】
本発明の形質転換単細胞微生物の製造方法は、工程(1)に続いて、前記培養物に形質転換ベクターを添加して4℃以下でインキュベートする工程(2’)を含む。工程(1)で調製した培養物に含まれる単細胞微生物はそのままコンピテントセルとして得られる。したがって、工程(1)で調製した培養物をそのまま、遠心分離やろ過等の追加処理をすることなく、工程(2’)の形質転換工程に供することができる。
【0033】
工程(2’)で用いる形質転換ベクターに制限はないが、DNAベクターであることが好ましい。DNAベクターとしては、プラスミドベクター、コスミドベクター、フォスミドベクター、λファージベクター等のDNAウイルスベクター、BAC及びPAC等の人工染色体ベクターを例示することができる。
【0034】
工程(2’)では、前記培養物に形質転換ベクターを添加して4℃以下でインキュベートする。インキュベートは氷上で行ってもよい。インキュベート時間は、適宜調整することができるが、たとえば1分~1時間、5分~30分、又は10分~20分とすることができる。インキュベートを氷上で行う場合、5分~15分、又は5分~10分とすることができる。
【0035】
本発明の形質転換単細胞微生物の製造方法は、遠心分離工程を含まないものであってよい。
本発明の形質転換単細胞微生物の製造方法は、工程(1)及び工程(2’)からなるものであってもよい。
【0036】
本発明の形質転換単細胞微生物の製造方法によって製造した形質転換単細胞微生物は、さらなる追加工程なしにそのまま培養や解析に用いることができる。
【実施例0037】
以下、実験例を示して本発明の詳細を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。また、本明細書において、特に記載しない限り、数値範囲はその端点を含むものとして記載される。
【0038】
<1.コンピテントセルの製造及び形質転換>
コンピテントセルの製造及び形質転換は特に記述の無い限り、下記の方法で行った。1.5 mLまたは0.2 mLの微量チューブ中で、大腸菌のコロニーまたはグリセロールストックを50 μLのTransformation Medium(TFM、本発明の培養培地)に懸濁した。TFMは以下の方法で製造した。基礎培地としては2xYT培地 (16 g Bacto Tryptone (BD Biosciences), 10 g Bact Yeast Extract (BD Biosciences), 5 g NaCl in 1 L H2O)を用い、これにPEG 8000 (Sigma-Aldrich), MgSO4, CaCl2をそれぞれ7.5%, 50 mM, 10 mMになるように混合した。TFM中で大腸菌を30℃で一晩静置培養することでコンピテントセルを製造した。形質転換はコンピテントセルを氷上に置き、プラスミドDNAを加えて氷上で10分間静置することで行った。形質転換後の大腸菌は、適当な抗生物質を含むLB寒天培地に塗布した(図1)。
【0039】
<2.TFMの組成の検討>
PEG8000の濃度のみを、0, 2.5, 5, 7.5,10重量%に変化させたTFMを用いて形質転換を行った。大腸菌株にはBW25113株(F- DE(araD-araB)567 lacZ4787(del)::rrnB-3 LAM- rph-1 DE(rhaD-rhaB)568 hsdR514を用いた。また、導入するプラスミドにはクロラムフェニコール耐性であるpUC19-cat(Nozaki and Niki, J. Bacteriol., 201(5):e00660-18, 2019, doi: 10.1128/JB.00660-18.)を用いた。BW25113株のコロニーを0.2 mLの微量チューブ内でPEG8000の濃度を変化させたTFM 50 μLに懸濁し、蓋を閉めて30℃で20時間静置培養した。チューブを氷上に移し、2 ngのpUC19-catを加えて20分間氷上に置いた。その後、全量を15 μg/mLのクロラムフェニコールを含むLB寒天培地へと塗布して37℃で一晩培養を行い、出現したコロニーの数から形質転換効率を計測した(図2)。それぞれの条件で3回行った実験の平均を示した。エラーバーは標準偏差を示す。
【0040】
ポリエチレングリコールを5~10重量%となるように添加すると、安定して105 CFU/μg DNA程度の形質転換効率を達成することができることがわかった。
同様にして、MgSO4の濃度のみを0, 25, 50, 75, 100 mMに変化させたTFM(PEG8000を7.5重量%、CaCl2を10mM含む)、CaCl2の濃度のみを0, 5, 10, 25, 50 mMに変化させたTFM(PEG8000を7.5重量%、MgSO4を50mM含む)を用いて形質転換を行い形質転換効率の測定を行った(図3, 図4)。
【0041】
図3の結果からは、MgSO4を25~100mMの濃度で添加すると、安定して105~106 CFU/μg DNA程度の形質転換効率を達成することができることがわかった。
図4の結果からは、CaCl2を含まないTFMでも安定して105 CFU/μg DNA程度の形質転換効率を達成できるコンピテントセルを製造することができ、CaCl2を5~50mMの濃度で添加しても、安定して105CFU/μg DNA程度の形質転換効率を達成できるコンピテントセルを製造することができることがわかった。
【0042】
<3.培養温度、培養時間の検討>
BW25113のコロニーを0.2 mLチューブ中で50 μLのTFMに懸濁した。チューブを25℃または30℃、37℃に置き、それぞれ4または8, 12, 16, 24時間静置培養を行った。チューブを氷上に移し、1 ngのpUC19-catを加えて10分間氷上に置いた。その後、全量を15 μg/mLのクロラムフェニコールを含むLB寒天培地へと塗布して37℃で一晩培養を行い、出現したコロニーの数から形質転換効率を計測した(図5)。それぞれの条件で3回行った実験の平均を示した。エラーバーは標準偏差を示す。
【0043】
いずれの培養時間でも105 CFU/μg DNA以上の形質転換効率を達成できるコンピテントセルを製造することができ、30℃で12時間以上培養した場合は、106 CFU/μg DNA以上の形質転換効率を達成できるコンピテントセルを製造することができた。
【0044】
<4.37℃での短時間培養の検討>
BW25113のコロニーを0.2 mLチューブ中で50 μLのTFMに懸濁した。37℃で、0, 1, 2, 3時間静置培養後に氷上へと移し、1 ngのpUC19-catを加えて10分間氷上で静置した。その後、全量を15 μg/mLのクロラムフェニコールを含むLB寒天培地へと塗布して37℃で一晩培養を行い、出現したコロニーの数から形質転換効率を計測した(図6)。それぞれの条件で3回行った実験の平均を示した。エラーバーは標準偏差を示す。
【0045】
コロニーをTFMと混ぜるだけでも105 CFU/μg DNA程度の形質転換効率を達成できるコンピテントセルを製造することができたが、37℃で1~3時間培養することで、さらに形質転換効率を高めたコンピテントセルを製造することができることが分かった。
【0046】
<5.DNA添加後の氷上静置の時間の検討>
BW25113のコロニーを0.2 mLチューブ中で50 μLのTFMに懸濁した。30℃で、20時間静置培養後に氷上へと移し、1 ngのpUC19-catを加えて0または 5, 10, 20分間氷上で静置した。その後、全量を15 μg/mLのクロラムフェニコールを含むLB寒天培地へと塗布して37℃で一晩培養を行い、出現したコロニーの数から形質転換効率を計測した(図7)。それぞれの条件で3回行った実験の平均を示した。エラーバーは標準偏差を示す。
【0047】
コンピテントセルにDNAを添加するだけでも105 CFU/μg DNA程度の形質転換効率を達成することができたが、氷上で5分~20分、好ましくは5分~10分静置することで、さらに形質転換効率を高めることができることがわかった。
【0048】
<6.複数の大腸菌株の同時形質転換>
8種類の大腸菌株、MG1655株, SN1187株(MG1655 ΔhsdR ΔendA ΔrecA), MC1061株 (hsdR, mcrB, araD139, Δ(araABC-leu)7679, ΔlacX74, galU, galK, rpsL, thi), BW25113株, JM109株 (recA1, endA1, gyrA96, thi, hsdR17(rK- mK+), e14- (mcrA-), supE44, relA1, Δ (lac-proAB)/F'[traD36, proAB+, lac Iq, lacZΔM15]), DH5α株 (F-, Φ80d lacZΔM15, Δ(lacZYA-argF)U169, deoR, recA1, endA1, hsdR17(rK- mK+), phoA, supE44, λ-, thi-1, gyrA96, relA1), BL21(DE3)株 (F-, ompT, hsdSB(rB- mB-), gal(λcI 857, ind1, Sam7, nin5, lacUV5-T7gene1), dcm(DE3)), ClearColi BL21(DE3)株 (Lucigen) の同時形質転換を試みた。グリセロールストックからそれぞれの菌株を0.2 mLチューブ中の50 μLのTFMに植菌した。30℃で、20時間静置培養後に氷上へと移し、1 ngのpUC19-catを加えて10分間氷上で静置した。その後、全量を15 μg/mLのクロラムフェニコールを含むLB寒天培地へと塗布して37℃で一晩培養を行い、出現したコロニーの数から形質転換効率を計測した(図8)。グラフは3回行った実験の平均を示す。エラーバーは標準偏差を示す。各菌株で得られたコロニーのうちそれぞれ2個ずつから、キアゲン社のQiaprep mini spin miniprepキットを用いてプラスミドDNAの調整を行った。プラスミドDNAは0.7%アガロースゲル電気泳動により確認した。いずれの菌株にもpUC19-catが導入されていたことを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明によれば、対数増殖期の大腸菌の準備や頻回な遠心分離操作、菌体洗浄等の煩雑な作業や高価な振とう培養装置を必要とすることなく、従来技術とほぼ同等(105 CFU/μg DNA以上)の形質転換効率を有するコンピテントセルを簡便に製造することができる。製造したコンピテントセルに導入したいDNAを加えて氷上で短時間置くだけで、簡便に形質転換を行うことができるため、コンピテントセルの製造と形質転換をワンチューブで行うことも可能となる。さらに、少量の反応系で反応を行うことができるため、多数のサンプルを省スペースで同時に処理することができる。このため、同時に多数の菌株のコンピテントセルを簡便に製造し、形質転換を行うことも可能となることから、ハイスループット解析の分野への応用が期待できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8