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特開2023-7906遊星歯車用支持軸の製造方法及び遊星歯車用支持軸
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023007906
(43)【公開日】2023-01-19
(54)【発明の名称】遊星歯車用支持軸の製造方法及び遊星歯車用支持軸
(51)【国際特許分類】
   F16H 57/08 20060101AFI20230112BHJP
   F16H 1/28 20060101ALI20230112BHJP
   C21D 9/28 20060101ALI20230112BHJP
【FI】
F16H57/08
F16H1/28
C21D9/28 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021111041
(22)【出願日】2021-07-02
(71)【出願人】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000811
【氏名又は名称】弁理士法人貴和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】城田 和明
(72)【発明者】
【氏名】後藤 和重
(72)【発明者】
【氏名】大塚 智博
【テーマコード(参考)】
3J027
3J063
4K042
【Fターム(参考)】
3J027FA20
3J027FA37
3J027FB02
3J027GA01
3J027GB03
3J027GC13
3J027GC22
3J027GE07
3J063AA02
3J063AB12
3J063AC04
3J063BA10
3J063CA01
3J063CB48
3J063XC02
4K042AA14
4K042BA02
4K042BA03
4K042DA01
4K042DB01
4K042DD02
4K042DD05
4K042DF02
(57)【要約】      (修正有)
【課題】ニードルと転がり接触する軸方向中間部外周面の硬さを十分に確保することができ、かつ、耐衝撃性を良好に確保することができる遊星歯車用支持軸の製造方法を提供する。
【解決手段】遊星歯車用支持軸1の中心軸を中心に回転駆動し、かつ、エアーを軸方向開口17aから給油路15内に送り込む。この状態で、高周波誘導コイル23に通電し、かつ、ノズル24から冷却液24aを噴出させながら、遊星歯車用支持軸1を上方から下方に移動させることで、遊星歯車用支持軸1の軸方向中間部に高周波焼き入れ処理を施す。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸方向片側の端面に開口する中心孔と、
外周面と前記中心孔の内周面とを連通する分岐孔と、
少なくとも軸方向中間部の径方向外側部分に備えられた焼き入れ硬化層と、
を備える、遊星歯車用支持軸の製造方法であって、
円柱形状を有する素材に、前記中心孔及び前記分岐孔を形成した後、液体又は気体を、前記中心孔に送り込み、前記分岐孔を通じて排出しつつ、外周面に高周波焼き入れ処理を施す工程を備える、
遊星歯車用支持軸の製造方法。
【請求項2】
エアーを、前記中心孔に送り込み、前記分岐孔を通じて排出しつつ、外周面に高周波焼き入れ処理を施す、
請求項1に記載の遊星歯車用支持軸の製造方法。
【請求項3】
前記素材を回転させながら、外周面に高周波焼き入れ処理を施す、
請求項1または2に記載の遊星歯車用支持軸の製造方法。
【請求項4】
軸方向片側の端面にのみ開口する中心孔と、
外周面と前記中心孔の内周面とを連通する分岐孔と、
少なくとも軸方向中間部の径方向外側部分に備えられた焼き入れ硬化層と、
を備え、
前記焼き入れ硬化層は、前記中心孔の内周面までは達しておらず、
前記焼き入れ硬化層のうち、前記中心孔の周囲に存在する部分の径方向厚さの最大値をTとし、前記焼き入れ硬化層のうち、軸方向に関して前記中心孔から外れた部分の径方向厚さの最大値をTとした場合に、
1.0T<T<2.0Tの関係を満たす、
遊星歯車用支持軸。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば自動車用自動変速機を構成する遊星歯車装置に組み込まれる遊星歯車をキャリアに対して回転自在に支持するための遊星歯車用支持軸及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用自動変速機として、トルクコンバータと遊星歯車装置とを備える構造が広く使用されている。遊星歯車装置は、太陽歯車と、該太陽歯車の周囲に配置されたリング歯車と、太陽歯車及びリング歯車のそれぞれ噛合した複数の遊星歯車とを備える。それぞれの遊星歯車は、支持軸を介して、キャリアに回転(自転)自在に支持されている。具体的には、それぞれの遊星歯車は、キャリアに支持固定された支持軸の周囲に、複数本のニードルを介して回転自在に支持されている。すなわち、それぞれの支持軸の軸方向中間部外周面には、それぞれのニードルが転がり接触する。換言すれば、それぞれの支持軸の軸方向中間部外周面は、軌道面を構成する。このため、遊星歯車装置の耐久性を確保するためには、支持軸の軸方向中間部外周面の転がり疲れ寿命を確保することが重要である。
【0003】
特開2013-228032号公報(特許文献1)には、外周面のうち、ニードルと転がり接触する軸方向中間部を含む部分に焼き入れ処理を施して、焼き入れ硬化層を形成することにより、転がり疲れ寿命を向上させた遊星歯車用の支持軸が記載されている。又、前記支持軸は、軸方向片側の端面にのみ開口する中心孔と、前記支持軸の外周面と前記中心孔の内周面とを連通する分岐孔とからなる給油路を備える。すなわち、特開2013-228032号公報に記載の支持軸では、前記給油路を通じて、前記支持軸の外周面と前記ニードルとの転がり接触部に潤滑油が供給可能となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2013-228032号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特開2013-228032号公報に記載の支持軸は、耐衝撃性を良好に確保する面からは改良の余地がある。すなわち、前記支持軸は、軸方向片側の端面にのみ開口する中心孔を有するため、熱容量が軸方向に関して不均一になり、焼き入れ硬化層の径方向厚さが不均一になる。具体的には、前記中心孔から軸方向に外れた、熱容量が大きい部分では、焼き入れ処理時の温度上昇が遅くなる分、前記焼き入れ硬化層の径方向厚さが小さくなるのに対し、前記中心孔の周囲に存在する、熱容量が小さい部分では、焼き入れ処理時の温度上昇が速くなる分、前記焼き入れ硬化層の径方向厚さが大きくなる。
【0006】
したがって、特開2013-228032号公報に記載の支持軸において、前記中心孔から軸方向に外れた部分の焼き入れ硬化層の径方向厚さを十分に確保しようとした場合、前記中心孔の周囲に存在する部分の焼き入れ硬化層が、前記中心孔の内周面にまで達してしまう可能性がある。すなわち、前記中心孔の周囲に存在する部分に、焼き入れ硬化していない非硬化部が存在しなくなってしまい、当該部分の靭性が低下して、耐衝撃性の確保が難しくなる可能性がある。反対に、前記中心孔の周囲に存在する部分の非硬化部の径方向厚さを十分に確保しようとした場合、前記中心孔から軸方向に外れた部分の焼き入れ硬化層の径方向厚さを十分に確保できなくなって、転がり疲れ寿命の確保が難しくなる可能性がある。
【0007】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、ニードルと転がり接触する軸方向中間部外周面の硬さを十分に確保することができ、かつ、耐衝撃性を良好に確保することができる、遊星歯車用支持軸及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様の遊星歯車用支持軸の製造方法は、
軸方向片側の端面に軸方向開口を有する中心孔と、
外周面に径方向外側開口を有し、かつ、前記中心孔の内周面に径方向内側開口を有する分岐孔と、
少なくとも軸方向中間部の径方向外側部分に備えられた焼き入れ硬化層と、
を備える、遊星歯車用支持軸を造るために、
円柱形状を有する素材に、前記中心孔及び前記分岐孔を形成した後、液体又は気体を、前記軸方向開口から前記中心孔に送り込み、前記分岐孔を通じて、前記径方向外側開口から排出しつつ、外周面に高周波焼き入れ処理を施す工程を備える。
【0009】
本発明の一態様の遊星歯車用支持軸の製造方法では、エアー(圧縮空気)を、前記軸方向開口から前記中心孔に送り込み、前記分岐孔を通じて、前記径方向外側開口から排出しつつ、外周面に高周波焼き入れ処理を施すことができる。
あるいは、前記エアーに代えて、窒素等の気体、又は、水若しくは潤滑油等の液体を使用することもできる。
【0010】
本発明の一態様の遊星歯車用支持軸の製造方法では、前記素材を回転させながら、外周面に高周波焼き入れ処理を施すことができる。
【0011】
本発明の一態様の遊星歯車用支持軸は、
軸方向片側の端面にのみ開口する中心孔と、
外周面と前記中心孔の内周面とに開口する分岐孔と、
少なくとも軸方向中間部の径方向外側部分に備えられた焼き入れ硬化層と、
を備え、
前記焼き入れ硬化層は、前記中心孔の内周面までは達しておらず、
前記焼き入れ硬化層のうち、前記中心孔の周囲に存在する部分の径方向厚さの最大値をTとし、前記焼き入れ硬化層のうち、軸方向に関して前記中心孔から外れた部分の径方向厚さの最大値をTとした場合に、
1.0T<T<2.0Tの関係、好ましくは1.2T<T<1.5Tの関係を満たす。
【発明の効果】
【0012】
本発明の一態様の遊星歯車用支持軸によれば、ニードルと転がり接触する軸方向中間部外周面の硬さを十分に確保することができ、かつ、耐衝撃性を良好に確保することができる。又、本発明の一態様の遊星歯車用支持軸の製造方法によれば、本発明の一態様の遊星歯車用支持軸を、工業的に能率よく製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、実施の形態の1例に係る遊星歯車用支持軸を組み込んだ遊星歯車装置の1例を、軸方向から見た図である。
図2図2は、図1のX-X断面図である。
図3図3は、実施の形態の1例に係る遊星歯車用支持軸を示す、断面模式図である。
図4図4は、焼き入れ処理を施す方法を工程順に示す断面図である。
図5図5(A)は、図3のY-Y断面図であり、図5(B)は、比較例を示す、図5(A)に相当する図である。
図6図6は、本発明を適用可能な、遊星歯車用支持軸の別例を示す断面図である。
図7図7は、焼き入れ処理を施す方法の別例を示す断面図である。
図8図8(A)は、実施例の断面を表す模式図であり、図8(B)は、比較例の断面を表す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の実施の形態の1例について、図1図5(B)を用いて説明する。本例の遊星歯車用支持軸1は、例えば自動車用自動変速機やトランスアクスルを構成する遊星歯車装置2に組み込んで使用される。遊星歯車装置2は、図1及び図2に示すように、太陽歯車3と、リング歯車4と、キャリア5と、複数個の遊星歯車6とを備える。
【0015】
太陽歯車3は、外周面に歯3aを有し、図示しない駆動軸に対し該駆動軸と一体的に回転するように、すなわち駆動軸と同じ方向に同じ速度で回転するように接続されている。
【0016】
リング歯車4は、内周面に歯4aを有し、太陽歯車3の周囲に該太陽歯車3と同軸に支持固定されて、使用時にも回転しない。
【0017】
キャリア5は、太陽歯車3及びリング歯車4と同軸に支持され、従動軸7に対し該従動軸7と一体的に回転するように接続されている。キャリア5は、略L字形の断面形状を有する基板8と、中空円形板状の連結板9とを備える。
【0018】
基板8は、従動軸7に、中空円形板状の側板部10と、該側板部10の径方向内側の端部から軸方向片側(図2の右側)に向けて折れ曲がった円筒部11とを有する。側板部10は、円周方向複数箇所に、軸方向に貫通する円孔12aを有する。円筒部11は、従動軸7に、スプライン係合等によりトルク伝達可能に外嵌固定されている。
【0019】
連結板9は、円周方向複数箇所に、軸方向に貫通する円孔12bを有し、基板8と同軸に、かつ、側板部10に対して軸方向他側(図2の左側)に離隔して配置されている。
【0020】
複数個の遊星歯車6は、太陽歯車3とリング歯車4との間の円周方向複数箇所に配置され、かつ、キャリア5に、遊星歯車用支持軸1及び複数個のニードル13を介して、自身の中心軸を中心とする回転(自転)を自在に支持されている。それぞれの遊星歯車6は、外周面に、太陽歯車3の歯3aとリング歯車4の歯4aとに噛合する歯6aを有し、かつ、内周面に、複数個のニードル13が転がり接触する外径側軌道面6bを有する。
【0021】
それぞれの遊星歯車6は、外径側軌道面6bと遊星歯車用支持軸1の軸方向中間部外周面との間に複数個のニードル13を転動自在に支持することで、遊星歯車用支持軸1の周囲に、自身の中心軸を中心とする回転を自在に支持されている。又、それぞれの遊星歯車用支持軸1は、軸方向片側の端部を、側板部10の円孔12aに回転不能に内嵌し、かつ、軸方向他側の端部を、連結板9の円孔12bに回転不能に内嵌している。
【0022】
それぞれの遊星歯車用支持軸1は、高炭素クロム軸受鋼(SUJ2~SUJ4(JIS G 4805))、100CrMnSi6-4(ISO 683-17)等)、クロムモリブデン鋼(SCM420(JIS G 4105))、炭素工具鋼(SK5(JIS G 4401)等の高周波焼き入れ処理が可能な金属材料により、円柱状に構成されている。それぞれの遊星歯車用支持軸1は、内径側軌道面14と、給油路15と、焼き入れ硬化層16とを備える。
【0023】
遊星歯車用支持軸1の外径D及び軸方向長さLは、遊星歯車用支持軸1が組み込まれる遊星歯車装置2の用途等に応じて適宜決定される。例えば自動車用自動変速機を構成する遊星歯車装置2に組み込んで使用される遊星歯車用支持軸1の場合、外径Dは、5mm以上40mm以下とすることができる。又、軸方向長さLは、10mm以上150mm以下とすることができる。
【0024】
内径側軌道面14は、遊星歯車用支持軸1の軸方向中間部外周面に備えられており、使用状態において、複数個のニードル13と転がり接触する。
【0025】
内径側軌道面14の軸方向幅(長さ)Wは、遊星歯車用支持軸1の軸方向長さLの50%以上95%以下とすることができる。
【0026】
給油路15は、内径側軌道面14及び外径側軌道面6bとそれぞれのニードル13との転がり接触部に潤滑油を供給する機能を有する。給油路15は、中心孔17と分岐孔18とを有する。
【0027】
中心孔17は、遊星歯車用支持軸1の中心部に軸方向に伸長するように形成されて、遊星歯車用支持軸1の軸方向片側の端面にのみ開口する有底孔(止まり穴)により構成されている。すなわち、中心孔17は、軸方向片側の端部に、遊星歯車用支持軸1の軸方向開口17aを有する。又、中心孔17は、軸方向他側の端部(奥端部、穴底)に、軸方向他側に向かうほど内径が小さくなる円すい部17bを有し、かつ、円すい部17bの軸方向片側に位置する部分に、軸方向に関して内径が変化しない円筒部17cを有する。
【0028】
中心孔17の内径(円筒部17cの内径)d17は、遊星歯車用支持軸1の外径Dの5%以上85%以下とすることができる。
【0029】
分岐孔18は、遊星歯車用支持軸1の外周面と中心孔17の内周面とを連通する貫通孔により構成されている。すなわち、分岐孔18は、径方向外側の端部に、径方向外側開口18aを有し、かつ、径方向内側の端部に、径方向内側開口18bを有する。
【0030】
本例の遊星歯車用支持軸1は、分岐孔18を1個備え、該1個の分岐孔18は、遊星歯車用支持軸1の軸方向中央位置に径方向に形成されている。すなわち、分岐孔18は、遊星歯車用支持軸1の外周面の軸方向中央位置と、中心孔17の円筒部17cのうち、軸方向他側の端部(円すい部17bとの境界)よりもわずかに軸方向片側に寄った部分の内周面とを連通している。
【0031】
分岐孔18の内径d18は、分岐孔18の個数によっても異なるが、例えば分岐孔18が1個の場合、内径d18は、中心孔17の内径d17の4%以上85%以下とすることができる。
【0032】
焼き入れ硬化層16は、後述するように、遊星歯車用支持軸1のうち、少なくとも内径側軌道面14を含む軸方向中間部に高周波焼き入れ処理を施すことで、遊星歯車用支持軸1の表層部に形成されており、中心孔17(円筒部17c)の内周面までは達していない。換言すれば、遊星歯車用支持軸1は、中心孔17の周囲の全周と、中心孔17から軸方向他側に外れた部分の中心部とに、非硬化部19を有する。
【0033】
なお、焼き入れ硬化層16は、高周波焼き入れ処理により硬化した部分であって、ビッカース硬さ(Hv)が550以上の部分をいい、非硬化部19は、ビッカース硬さ(Hv)が550未満の部分をいう。焼き入れ硬化層16の径方向に関する平均厚さ(深さ)は、分岐孔18を挟んだ軸方向両側部分で互いに異なっている。すなわち、遊星歯車用支持軸1のうち、中心孔17の周囲に存在する中空部1aにおける焼き入れ硬化層16の平均厚さは、中心孔17から軸方向他側に外れた中実部1bの平均厚さよりも大きい。例えば自動車用自動変速機を構成する遊星歯車装置2に組み込んで使用される遊星歯車用支持軸1の場合、焼き入れ硬化層16の平均厚さは、0.5mm以上5.0mm以下、好ましくは0.5mm以上3.0mm以下である。
【0034】
上述のような本例の遊星歯車用支持軸1は、例えば次のような手順で造ることができる。
【0035】
まず、アンコイラから引き出した長尺な線材を、完成後の遊星歯車用支持軸1の軸方向長さLに、軸方向両側の端面の形状を整えるために必要とする削り代を加えた所定の長さに切断して、円柱状の素材を得る。なお、前記線材は、前述したような、高炭素クロム軸受鋼、100CrMnSi6-4、クロムモリブデン鋼、炭素鋼等の高周波焼き入れ処理が可能な金属材料により構成される。前記線材をいずれの金属材料により構成する場合でも、高周波焼き入れ処理を施す以前の金属材料自体のビッカース硬さ(Hv)が、200~500程度の金属材料を使用する。
【0036】
次いで、前記素材に、中心孔17、分岐孔18を、ボール盤等を使用した切削加工により形成するとともに、必要に応じて、外周面及び/又は軸方向両側の端面に、研削加工を施す等して、高周波焼き入れ処理を施す以前、すなわち焼き入れ硬化層16を形成する以前の遊星歯車用支持軸1を得る。
【0037】
次に、遊星歯車用支持軸1のうち、少なくとも内径側軌道面14を含む軸方向中間部に高周波焼き入れ処理を施すことで、遊星歯車用支持軸1の表層部に焼き入れ硬化層16を形成する。遊星歯車用支持軸1に高周波焼き入れ処理を施す工程について、図4(A)~図4(C)を参照しつつ説明する。
【0038】
まず、図4(A)に示すように、遊星歯車用支持軸1を、軸方向片側の端部を下側に向け、かつ、軸方向他側の端部を上側に向けて配置し、1対の支持具21a、21bにより軸方向両側から挟持する。すなわち、下側の支持具21aの先端面(上側の端面)を、遊星歯車用支持軸1の軸方向片側の端面に突き当て、かつ、上側の支持具21bの先端面(下側の端面)を、遊星歯車用支持軸1の軸方向他側の端面に突き当てる。
【0039】
下側の支持具21aは、内部に通気路22を有し、かつ、通気路22は、下側の支持具21aの先端面に開口する噴出口22aを有する。下側の支持具21aの先端面を、遊星歯車用支持軸1の軸方向片側の端面に突き当てた状態では、通気路22の噴出口22aは、遊星歯車用支持軸1の軸方向開口17aに対向する。これにより、通気路22の噴出口22aから噴出したエアー(圧縮空気)を、軸方向開口17aから給油路15内に送り込み可能としている。軸方向開口17aから送り込まれたエアーは、中心孔17と分岐孔18とを通過し、径方向外側開口18aから外部空間へと排出される。
【0040】
又、遊星歯車用支持軸1の周囲であって、焼き入れ硬化層16を形成すべき軸方向範囲の軸方向片側の端部の周囲に、円環状の高周波誘導コイル23を配置する。さらに、高周波誘導コイル23よりも下側で、かつ、遊星歯車用支持軸1の周囲に、遊星歯車用支持軸1の外周面に向けて冷却液24aを噴出するためのノズル24を配置する。なお、冷却液24aは、例えば工業用水やポリマー水溶液、熱処理油等を使用することができる。
【0041】
次いで、1対の支持具21a、21bにより遊星歯車用支持軸1を、該遊星歯車用支持軸1の中心軸を中心に回転駆動し、かつ、通気路22の噴出口22aからエアーを噴出し、該エアーを軸方向開口17aから給油路15内に送り込む。
【0042】
この状態で、高周波誘導コイル23に通電し、かつ、ノズル24から冷却液24aを噴出させながら、1対の支持具21a、21bを上方から下方に移動させることで、図4(A)→図4(B)→図4(C)に示すように、遊星歯車用支持軸1を上方から下方に移動させる。これにより、遊星歯車用支持軸1の軸方向中間部に、下方から上方に向けて高周波焼き入れ処理を施す。
【0043】
すなわち、高周波誘導コイル23に通電することで、遊星歯車用支持軸1のうち、高周波誘導コイル23の径方向内側に位置する部分の表層部を、遊星歯車用支持軸1を構成する金属材料の焼き入れ温度以上に加熱する。ここで、本例では、遊星歯車用支持軸1の給油路15にエアーを送り込んでいる。このため、遊星歯車用支持軸1の表層部が、前記焼き入れ温度以上に加熱された場合でも、遊星歯車用支持軸1のうちで中心孔17の周囲に存在する部分が、前記焼き入れ温度以上に加熱されることはない。
【0044】
なお、遊星歯車用支持軸1のうち、中心孔17から軸方向他側に外れた部分は、中心孔17の周囲に存在する部分と比較して熱容量が大きい。このため、遊星歯車用支持軸1のうち、中心孔17から軸方向他側に外れた部分では、その中心部が、前記焼き入れ温度以上に加熱されることはない。
【0045】
遊星歯車用支持軸1のうち、高周波誘導コイル23により加熱された部分は、加熱後、下方に移動すると、冷却液24aが噴きつけられて急激に冷却される。これにより、遊星歯車用支持軸1の表層部に焼き入れ硬化層16を形成し、かつ、該焼き入れ硬化層16の径方向内側部分を、非硬化部19とする。
【0046】
なお、高周波焼き入れ処理についての各種条件は、特に限定されるものではなく、遊星歯車用支持軸1を構成する金属材料の種類、遊星歯車用支持軸1の外径D等に応じて適宜決定される。
【0047】
遊星歯車用支持軸1を下方に向けて移動させ、焼き入れ硬化層16を形成すべき軸方向範囲の軸方向他側の端部の周囲に高周波誘導コイル23が位置するまで移動した段階で、高周波誘導コイル23への通電を停止する。その後、遊星歯車用支持軸1の外周面のうち、焼き入れ硬化層16を形成すべき軸方向範囲の軸方向他側の端部を冷却液24aにより冷却できるまで、遊星歯車用支持軸1を下方に向けて移動させる。そして、噴出口22aからのエアーの噴出、1対の支持具21a、21bの下方への移動および回転、並びに、ノズル24から冷却液24aの噴出を停止し、遊星歯車用支持軸1を取り出す。これにより、図3に示すような、内径側軌道面14を含む軸方向中間部の表層部に焼き入れ硬化層16を有する遊星歯車用支持軸1を得る。
【0048】
本例の遊星歯車用支持軸1の製造方法では、高周波焼き入れ処理時に、下側の支持具21aに備えられた通気路22の噴出口22aから噴出したエアーを、軸方向開口17aから中心孔17内に送り込んでいる。このため、遊星歯車用支持軸1のうち、中心孔17の周囲に存在する、熱容量が小さい中空部1aの温度上昇を緩やかにすることができる。すなわち、高周波焼き入れ処理時の、中空部1aの温度上昇速度を、遊星歯車用支持軸1のうち、中心孔17から軸方向他側に外れた、熱容量が大きい中実部1bの温度上昇速度に近づけることができる。したがって、焼き入れ硬化層16が中心孔17の内周面にまで達したり、中実部1bにおける焼き入れ硬化層16の径方向厚さが過度に小さくなったりすることを防止できる。
【0049】
又、軸方向開口17aから中心孔17内に送り込まれたエアーは、中心孔17を軸方向片側から他側へ通過した後、径方向内側開口18bから分岐孔18へと送り込まれ、分岐孔18を径方向内側から外側へ通過し、径方向外側開口18aから外部空間へと排出される。このため、中空部1aのうちで特に熱容量が小さい分岐孔18の周囲においても、焼き入れ硬化層16が、中心孔17の内周面にまで達するのを防止することができる。すなわち、本例の遊星歯車用支持軸1では、図5(A)に示すように、中空部1aのうち、軸方向位置が分岐孔18と一致する部分においても、非硬化部19が全周にわたり備えられている。
【0050】
一方、高周波焼き入れ処理時に、給油路15内にエアーを送り込まない場合、中空部1aのうちでも、特に熱容量が小さい分岐孔18の周囲に存在する部分で温度上昇が早くなる。この結果、図5(B)に示すように、分岐孔18の周囲において、焼き入れ硬化層16が中心孔17の内周面にまで達する可能性がある。
【0051】
本例の製造方法により得られる遊星歯車用支持軸1では、中空部1aにおける焼き入れ硬化層16の最大厚さ(径方向厚さの最大値)をTとし、中実部1bにおける焼き入れ硬化層16の最大厚さをTとした場合に、1.0T<T<2.0T、好ましくは1.0T<T<1.5Tの関係、より好ましくは1.0T<T<1.1Tの関係を満たす。
【0052】
焼き入れ硬化層16のうち、軸方向に関する位置が分岐孔18と一致し、かつ、径方向に関して分岐孔18と反対側に位置する部分(円周方向に関する位相が分岐孔18から180度ずれた部分)の径方向厚さをTとし、焼き入れ硬化層16のうちで分岐孔18の軸方向片側に隣接する部分(分岐孔18の内周面の軸方向片側部分に露出する部分)の径方向厚さをTとし、かつ、焼き入れ硬化層16のうちで分岐孔18の軸方向他側に隣接する部分(分岐孔18の内周面の軸方向他側部分に露出する部分)の径方向厚さをTとした場合に、0.9T≦T≦1.5Tの関係を満たし、かつ、0.5T≦T≦1.1Tの関係を満たす。
【0053】
なお、具体的な焼き入れ硬化層16の径方向厚さは、遊星歯車装置2の用途、遊星歯車用支持軸1を構成する金属材料の種類や外径D等に応じて、高周波焼き入れ処理の条件を設定することにより適宜調整される。
【0054】
上述のように、本例の製造方法によれば、完成後の遊星歯車用支持軸1において、焼き入れ硬化層16が中心孔17の内周面にまで達したり、中実部1bにおける焼き入れ硬化層16の径方向厚さが過度に小さくなったりすることを防止できる。要するに、焼き入れ硬化層16の径方向厚さを、中空部1aと中実部1bとでほぼ同じにすることができる。換言すれば、非硬化部19の外径を、中空部1aと中実部1bとでほぼ同じにすることができる。このため、ニードル13と転がり接触する内径側軌道面14の硬さを、軸方向全幅にわたり十分に確保することができて、内径側軌道面14の転がり疲れ寿命を確保することができるとともに、靭性を十分に確保することができて、耐衝撃性を良好に確保することができる。
【0055】
本例では、高周波焼き入れ処理時に、遊星歯車用支持軸1の給油路15内にエアー(圧縮空気)を送り込むことにより、中空部1aの温度上昇を緩やかにしている。ただし、本発明の遊星歯車用支持軸の製造方法を実施する場合、エアーに代えて、窒素等の気体、又は、工業用水や熱処理油等の液体を、給油路内に送り込むこともできる。
【0056】
又、本例では、高周波焼き入れ処理を、ワークである遊星歯車用支持軸1と、高周波誘導コイル23とを軸方向に相対移動させながら行う、いわゆる移動焼きにより行っている。ただし、本発明の遊星歯車用支持軸の製造方法を実施する場合、高周波焼き入れ処理を、図7に示すように、焼き入れ硬化層16の軸方向長さとほぼ同じ軸方向長さを有する高周波誘導コイル23aを使用し、かつ、遊星歯車用支持軸1と高周波誘導コイル23aとを軸方向に相対移動させずに行う、いわゆる固定焼きにより行うこともできる。
【0057】
本例の遊星歯車用支持軸1は、遊星歯車用支持軸1の外周面の軸方向中央位置と、中心孔17の円筒部17cのうち、軸方向他側の端部(円すい部17bとの境界)よりもわずかに軸方向片側に寄った部分の内周面とを連通する分岐孔18を、1個備える。
【0058】
ただし、本発明の遊星歯車用支持軸は、分岐孔を複数個備えることもできる。具体的には、例えば、図6に示すように、それぞれの分岐孔18の軸方向に関する位置及び円周方向に関する位相をずらすことができる。この場合、それぞれの分岐孔18の内径は、異ならせることもできるし、同じとすることもできる。あるいは、それぞれの分岐孔を、円周方向複数箇所に備えることもできる。すなわち、それぞれの分岐孔を、中心孔の軸方向1箇所位置から放射状に形成することができる。又、分岐孔の形成方向を、径方向に対して傾斜させることもできる。又、中心孔を、段付孔により構成することもできる。
【0059】
又、本発明の遊星歯車用支持軸の製造方法は、本例のように、軸方向片側の端面にのみ開口する中心孔(有底孔)17を有する遊星歯車用支持軸1に限らず、軸方向両側の端面に開口する中心孔(貫通孔)を有する遊星歯車用支持軸に適用することもできる。ただし、この場合、焼き入れ硬化層のうち、中心孔(貫通孔)の周囲に存在する部分の径方向厚さの最大値をTとし、前記焼き入れ硬化層のうち、軸方向に関して前記中心孔から外れた部分の径方向厚さの最大値をTとした場合に、1.0T<T<2.0Tの関係は満たさない。
【0060】
本発明の遊星歯車用支持軸は、自動車用自動変速機やトランスアクスルを構成する遊星歯車装置に限らず、各種機械装置を構成する遊星歯車装置に組み込んで使用することができる。又、本発明の遊星歯車用支持軸は、シングルピニオン式の遊星歯車装置に限らず、ダブルピニオン式の遊星歯車装置に組み込んで使用することもできる。
【実施例0061】
本発明の効果を確認するために行った実験について説明する。実験では、遊星歯車用支持軸1に、図7に示すように、固定焼きによって高周波焼き入れ処理を施す際に、給油路15内にエアーを送り込んだ場合(実施例)と、エアーを送り込まなかった場合(比較例)とで、焼き入れ硬化層16の形成態様を観察した。遊星歯車用支持軸1の材質及び各部寸法の条件は、以下のとおりである。
【0062】
「遊星歯車用支持軸1の材質及び各部寸法」
材質 :SUJ2
外径D :7mm
軸方向長さL :25mm
中心孔17の内径d17 :2.5mm
分岐孔18の内径d18 :2mm
【0063】
実施例では、図8(A)に示すように、焼き入れ硬化層16が中心孔17の内周面まで達していないのに対し、比較例では、図8(B)に示すように、焼き入れ硬化層16が中心孔17にまで達している。
【0064】
なお、図3に示す実施例において、焼き入れ硬化層16の各部の径方向厚さは、次のとおりであった。
中空部1aにおける焼き入れ硬化層16の最大厚さT:1.8mm
中実部1bにおける焼き入れ硬化層16の最大厚さT:1.0mm
径方向に関して分岐孔18と反対側に位置する部分の径方向厚さT:1.1mm
分岐孔18の軸方向片側に隣接する部分の径方向厚さT :1.8mm
分岐孔18の軸方向他側に隣接する部分の径方向厚さT :1.2mm
【符号の説明】
【0065】
1 遊星歯車用支持軸
1a 中空部
1b 中実部
2 遊星歯車装置
3 太陽歯車
3a 歯
4 リング歯車
4a 歯
5 キャリア
6 遊星歯車
6a 歯
6b 外径側軌道面
7 従動軸
8 基板
9 連結板
10 側板部
11 円筒部
12a、12b 円孔
13 ニードル
14 内径側軌道面
15 給油路
16 焼き入れ硬化層
17 中心孔
17a 軸方向開口
17b 円すい部
17c 円筒部
18 分岐孔
18a 径方向外側開口
18b 径方向内側開口
19 非硬化部
21a、21b 支持具
22 通気路
23、23a 高周波誘導コイル
24 ノズル
24a 冷却液
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8