(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023079246
(43)【公開日】2023-06-08
(54)【発明の名称】酸化イリジウムナノシートを助触媒として含む電極触媒
(51)【国際特許分類】
H01M 4/90 20060101AFI20230601BHJP
H01M 4/92 20060101ALI20230601BHJP
H01M 8/10 20160101ALN20230601BHJP
【FI】
H01M4/90 B
H01M4/92
H01M8/10 101
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021192613
(22)【出願日】2021-11-28
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業」委託研究
(71)【出願人】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100117226
【弁理士】
【氏名又は名称】吉村 俊一
(72)【発明者】
【氏名】杉本 渉
(72)【発明者】
【氏名】ティンウェイ ホワン
【テーマコード(参考)】
5H018
5H126
【Fターム(参考)】
5H018AA06
5H018BB01
5H018BB06
5H018BB12
5H018EE03
5H018EE12
5H018EE18
5H018HH05
5H126BB06
(57)【要約】
【課題】燃料電池の転極耐性アノード触媒として高い性能を示す電極触媒を提供する。
【解決手段】酸化イリジウム(IrO
2)ナノシートをPt/C触媒の助触媒として混合した複合触媒を電極触媒とすることで上記課題を解決した。Pt/CとIrO
2ナノシートとの和に対するIrO
2ナノシートの割合が1重量%以上26質量%の範囲内であることが好ましく、複合触媒を構成するPt:Ir(原子比)が1.5:1~50:1の範囲内であることが好ましい。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化イリジウム(IrO2)ナノシートをPt/C触媒の助触媒として混合した複合触媒である、ことを特徴とする電極触媒。
【請求項2】
前記Pt/Cと前記IrO2ナノシートとの和に対する前記IrO2ナノシートの割合が1重量%以上26質量%の範囲内である、請求項1に記載の電極触媒。
【請求項3】
前記複合触媒を構成するPt:Ir(原子比)が1.5:1~50:1の範囲内である、請求項1又は2に記載の電極触媒。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池の転極耐性アノード触媒として高い性能を示す、酸化イリジウムナノシートを助触媒として含む電極触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子電解質燃料電池(「PEFC」と略す。)は、低炭素排出量と高エネルギー変換効率を備えた車両用電源として期待され、より高い性能を得るための開発が進められている。特に最近の開発課題として、PEFCセルが転極状態に陥ったときに触媒劣化が急激に進む問題がある。例えば、寒冷地ではセル内の水が凍結し、流路閉塞を起こし、水素燃料の欠乏につながるおそれがある。このようなとき、本来のアノードがカソード反応を起こし、カソードがアノード反応を起こし、セルの電圧が負の値に転じる(転極)。アノードで燃料が欠乏すると、アノード電位が1.5Vを超えるまでに上昇し(転極状態)、担体の炭素が激しく酸化し、性能低下を導く。
【0003】
なお、特許文献1,2は、本発明者による関連出願であり、非特許文献1,2は、後述の実施例で参照する文献である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2015-171966号公報
【特許文献2】特開2017-141158号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】G.Shi, H.Yano, D.A.Tryk, A.Iiyama, and H.Uchida, ACS Catal., 7, 267(2017). doi:10.1021/acscatal.6b02794.
【非特許文献2】G.Shi, D.A.Tryk, T.Iwataki, H.Yano, M.Uchida, A.Iiyama and H.Uchida, J. Mater. Chem. A, 8, 1091(2020). doi:10.1039/C9TA12023H.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように、燃料電池の作動停止時に燃料である水素が欠乏し、アノードに酸素がクロスオーバーすると、アノード電位が高電位になり(転極状態)、電極触媒の劣化が起こる。これは、本来の水素極が酸素極として反応してしまう転極(Cell Reversal)反応であり、この反応を抑制する転極耐性アノード触媒(「燃料欠乏耐性アノード」ともいう。)の開発が望まれている。
【0007】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、その目的は、燃料電池の転極耐性アノード触媒として高い性能を示す電極触媒を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る電極触媒は、酸化イリジウム(IrO2)ナノシートをPt/C(白金担持カーボン)触媒の助触媒として混合した複合触媒である、ことを特徴とする。
【0009】
この発明によれば、IrO2ナノシートをPt/C触媒の助触媒として混合した複合触媒としたことにより、燃料電池用の転極耐性アノード触媒として高い性能を示した。なお、今までは、イリジウムや酸化イリジウムナノ粒子等の助触媒は知られていたが、IrO2ナノシートを助触媒として混合した例はなく、新しい電極触媒として期待できる。
【0010】
本発明に係る電極触媒において、前記Pt/Cと前記IrO2ナノシートとの和に対する前記IrO2ナノシートの割合が1重量%以上26質量%の範囲内である。
【0011】
本発明に係る電極触媒において、前記複合触媒を構成するPt:Ir(原子比)が1.5:1~50:1の範囲内である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、燃料電池の転極耐性アノード触媒として高い性能を示す電極触媒を提供することができた。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】転極耐性試験のフローチャートであり、(a)は転極耐性試験の測定手順であり、(b)は水素酸化反応(HOR)活性評価を組み合わせた転極耐性試験の手順である。
【
図2】Pt/C触媒(a)とPt/C-IrO
2ナノシート-26(b)のリニアスイープボルタンメトリー(LSV)の結果である。
【
図4】(a)はPt/C触媒の転極を模擬した定電流分極試験(CP)の結果であり、(b)は種々の電流でCPを実施した後のサイクリックボルタンメトリー(CV)の結果である。
【
図5】(a)はPt/C-IrO
2ナノシート-5の転極を模擬したCPの結果であり、(b)は種々の電流でCPを実施した後のCV図である。
【
図6】(a)はPt/C-IrO
2ナノシート-3の各設定電流でのCP図であり、(b)は種々の電流でCPを実施した後のCV図である。(c)はPt/C-IrO
2ナノシート-1の各設定電流でのCP図であり、(b)は種々の電流でCPを実施した後のCV図である。
【
図7】(a)はPt/Cにおける20mV(RHE)での低電位分極曲線(CA)であり、(b)はPt/C-IrO
2ナノシート-5における20mV(RHE)でのCAプロットである。
【
図8】異なる回転速度で実施したLSVデータから得られた20mV(RHE)でのKoutecky-Levich(K-L)プロットであり、転極耐性試験前後での(a)Pt/Cの結果と、(b)Pt/C-IrO
2ナノシート-5の結果である。
【
図9】(a)は未使用Pt/C、(b)は試験後のPt/Cの透過型電子顕微鏡(TEM)像である。(c)は未使用Pt/C-IrO
2ナノシート-5、(d)は試験後のPt/C-IrO
2ナノシート-5のTEM像である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係る電極触媒について詳しく説明するが、本発明は、その技術的範囲に含まれる範囲において下記の説明に限定されない。
【0015】
本発明に係る電極触媒は、酸化イリジウム(IrO2)ナノシートをPt/C(白金担持カーボン)触媒の助触媒として混合した複合触媒である。こうすることにより、燃料電池用の転極耐性アノード触媒として高い性能を示すことが明らかになった。なお、今までは、イリジウムや酸化イリジウムナノ粒子等の助触媒は知られていたが、酸化イリジウムナノシートを助触媒として混合した例はなく、新しい電極触媒として期待できる。
【0016】
酸化イリジウムナノシート(IrO2ナノシート)は、厚さが0.4nm以上、3nm以下程度のナノオーダーの酸化イリジウム単結晶シートである。この酸化イリジウムナノシートは、後述の実施例で説明するように、先ず、層状イリジウム酸にアルキルアンモニウム又はアルキルアミンを反応させて、アルキルアンモニウム-層状イリジウム酸層間化合物とし、その後、そのアルキルアンモニウム-層状イリジウム酸層間化合物を水等の溶媒と混合して、酸化イリジウムナノシート分散液(濃紺色の分散溶液)を得る。なお、アルキルアンモニウム又はアルキルアミンとしては、各種のものを用いることができるが、例えばテトラブチルアンモニウム等を好ましく用いることができる。
【0017】
本発明では、層状イリジウム酸塩を合成し、その層状イリジウム酸塩から層状イリジウム酸を合成し、その層状イリジウム酸から酸化イリジウムナノシートを得ている。酸化イリジウム粒子や酸化イリジウムナノシートは、寸法安定性電極の電極触媒として電解用、塩素発生用、金属イオン分離等に用いられているが、Pt/C触媒の助触媒として混合した複合触媒を、燃料電池用の転極耐性アノード触媒として用いた例はない。
【0018】
複合触媒を構成するPt:Ir(原子比)は、1.5:1~50:1の範囲内であることが好ましく、燃料電池用の転極耐性アノード触媒として好ましく用いることができる。なお、Pt/Cは、例えば特開2011-134477号公報に記載の従来公知のものを適用できる。
【実施例0019】
以下の実験により、本発明をさらに具体的に説明する。
【0020】
[材料]
塩酸(HCl)、2-プロパノール(IPA)、10%テトラブチルアンモニウムヒドロキシド溶液(TBAOH)、硝酸(HNO3)、炭酸カリウム(K2CO3)、エタノール、メタノール、酸化イリジウム(IV)(IrO2)については、それぞれ市販試薬を準備した。0.1MHClO4は、70%過塩素酸(HClO4)を希釈して準備した。Nafion(登録商標)5重量%分散液も市販試薬で準備した。46.3重量%Ptを含むPt/C触媒も市販品で準備した。
【0021】
[Pt/C-IrO2ナノシート複合触媒の合成]
IrO2ナノシートは、特許文献1,2に記載の方法にしたがって、層状酸化イリジウムの化学的剥離によって作製した。遠心分離した0.53mg/LのIrO2ナノシート/TBAOHコロイド(IrO2ナノシート分散液という。)をこの実験で使用した。複合触媒は、Pt/C触媒とIrO2ナノシートとを直接混合して得た。18.5mgのPt/Cを75%IPA水溶液に分散させてPt/C分散液とし、IrO2ナノシート分散液5mLを投入し、よく混合した。その後、80℃、3時間加熱して乾燥粉末とした。次に、前記乾燥粉末を75%IPA水溶液に分散させ、十分に撹拌した後、結着材として希釈したナフィオン溶液を添加した。この複合触媒は、74重量%Pt/Cと26重量%のIrO2ナノシートとからなり、ここでは、「Pt/C-IrO2ナノシート-26」と呼ぶ。
【0022】
この実験では、最適な複合触媒を検討するために、異なる割合のIrO2ナノシートで作製した複合触媒を調製した。Pt/C分散液とIrO2ナノシート分散液の比を任意に変化させた。表1は、本実験で合成した全ての複合触媒のパラメータである。複合触媒の合成は、Pt/C-IrO2ナノシート-26と同様に行った。
【0023】
【0024】
[電気化学的特性評価]
電気化学的特性評価は、ポテンシオスタット(北斗電工株式会社製、型名:HZ-7000)に接続した回転ディスク電極(日厚計測社製、型名:SC-5)を使用した。3電極式セルには、炭素繊維を対極として使用し、可逆水素電極(RHE)を参照電極として使用した。水素酸化反応(HOR)活性測定を除き、すべての電気化学的測定は、N2で脱気した0.1MHClO4中で行った。
【0025】
作用電極は鏡面研磨したグラッシーカーボン(GC)電極(直径6mm)を集電体とし、所定量の電極触媒を電極上に滴下して作製した。希釈したナフィオン溶液を結着材として添加した。GC上への触媒添加量は17.3μg/cm2とした。
【0026】
OER評価は、1600rpmの回転速度で、10mV/秒の掃引速度で、1.0~1.7V(RHE)のCVにより行い、OER活性は、1.5V(RHE)の電流値(IR補正)で比較した。
【0027】
転極耐性試験の手順を
図1(a)に示した。試験温度は60℃、電極の回転速度は1600rpm、電位掃引速度は20mV/秒、電位走査範囲は0.05V~1.2Vとした。電気化学活性表面積(ECSA)の算出には3サイクル目のデータを用いた。次いで、電流密度35.3μA/cm
2で保持時間20分間での最初のCP試験(CP-1)を転極耐性試験の最初のステップとして行った。その後、電流密度を106μA/cm
2、176μA/cm
2、247μA/cm
2、353μA/cm
2と順次上げ、それぞれ順にCP-2、CP-3、CP-4、CP-5とし、各CP後の対応するESCAも記録した。
【0028】
みかけのHOR活性(MAapp)はCAにて評価した。20mV(RHE)の低電位分極時の40分後の電流値とした。回転ディスク電極の電極回転数を変化させ、活性支配電流からHOR質量活性(MAk)を、Koutecky-Levich式を使用して算出した。電位範囲は-0.08V~0.5V(RHE)とし、LSVを、400rpm、800rpm、1200rpm、1600rpm、2200rpm、及び2500rpmの回転速度で行った。
【0029】
図1(b)に示すフローチャートは、HOR活性評価を組み合わせた転極反転試験の手順である。HOR活性は、CPの前後に測定し、電流密度を16μA/cm
2(CP-1)、36μA/cm
2(CP-2)、60μA/cm
2(CP-3)、84μA/cm
2(CP-4)と変化させた。
【0030】
[形態観察]
試験前後の試料のPt粒子サイズは、透過型電子顕微鏡(TEM)で評価した。
【0031】
[実験結果]
(異なる複合触媒のOER活性)
図2(a)(b)に示すように、Pt/C触媒とPt/C-IrO
2ナノシート-26のOERの開始電位は、Pt/C触媒とPt/C-IrO
2ナノシート-26とでそれぞれ1.51V(RHE)及び1.43V(RHE)であった。Pt/C-IrO
2ナノシート触媒はIrO
2含有量に依らず、すべて1.43V(RHE)付近で同様のOER開始電位を示した。
【0032】
図3は各サンプルのLSVデータである。1.5V(RHE)での電流密度をOER活性の指標として選んだ。
図3に示すように、IrO
2ナノシート及びPt/C-IrO
2ナノシート-26で、それぞれ0.25mA/cm
2及び5.83mA/cm
2であった。26重量%のIrO
2ナノシートを有する複合触媒は、IrO
2ナノシートよりも約20倍高い活性を示した。無担持IrO
2ナノシートよりもIrO
2ナノシート担持カーボンが高い活性を示すのは、IrO
2の分散性の違いを反映したものと考えられる。高価かつ希少なIrO
2の含有量はできる限り低いことが望ましい。Pt/C-IrO
2ナノシート-5のOER活性は4.38mA/cm
2であった。Pt/C-IrO
2ナノシート-26よりも電流密度が小さい理由は、IrO
2ナノシートの量が低いことに起因する。1/5の量で80%の電流密度が得られていることから、IrO
2ナノシートの分散性を改善し、その表面利用率がさらに向上していることを意味する。
【0033】
Pt/C-IrO2ナノシート-5のOER活性は、Pt/Cよりも18倍大きい。上記の全ての結果は、IrO2ナノシートがOER助触媒として働いていることを示している。本発明では、OER活性の助触媒として機能するIrO2ナノシートを含む複合触媒について、燃料欠乏状態での燃料電池の動作中にカーボン酸化を抑制するのに役立つと考え、PEFCアノードの転極耐性アノード触媒として機能を評価した。
【0034】
[転極耐性試験]
(Pt/Cの転極耐性試験)
転極耐性試験は、CP(35.3μA/cm
2、106μA/cm
2、176μA/cm
2、247μA/cm
2、353μA/cm
2)と設定し、各CP試験前後でCVを測定し、ECSAの変化として評価した。Pt/C触媒の各電流密度でのCPを
図4(a)に示し、各定電流CP後のCVを
図4(b)に示す。
【0035】
図4(a)に示すCPより、Pt/Cは、CP-1(35.3μA/cm
2)及びCP-2(106μA/cm
2)の電流を流した場合の電位上昇は、ともに1.5V(RHE)未満であった。CP後に測定したCV(
図4(b))の0.05~0.30V(RHE)の水素吸着から算出したECSAは、初期の87.2m
2/gから、CP-1後には、85.9m
2/g、CP-2後は、78.8m
2/g(初期値の約90%)となった。このことより、CP-1とCP-2の条件では、Pt表面上でのOERが主反応であり、触媒劣化は限定的と言える。
【0036】
一方、CP-3(176μA/cm2)の条件の下では、1.5V(RHE)まで電位が上昇して一定電位となった後(これを「第一プラトー」と呼ぶ。)、600秒で1.65V(RHE)まで再び電位が上昇した(これを「第二プラトー」と呼ぶ。)。CP-4、CP-5の場合、第一プラトーを経ることなく、すぐに第二プラトーまで電位が上昇した。CP-3、CP-4の後にはPt/CのECSAはそれぞれ66.6m2/g、57.3m2/gに変化し、最終的にはCP-5後は、48.9m2/g(未使用Ptの55%)にまで減少した。
【0037】
さらに、CVの0.3V~0.6V(RHE)の電気化学二重層(EDL)領域の変化に着目すると、CP後に担体カーボンの表面積増大による電流密度の増大が観測された。また、0.6V付近に観測されるヒドロキノン/キノンに起因する酸化還元ピークも増大していた。これらの変化は担体カーボンの酸化劣化を示すものであり、特にCP-3、CP-4、CP-5後での変化が大きい。
【0038】
第一プラトー(1.5V(RHE))及び第二プラトー(1.65V(RHE))へ変化する挙動は、燃料電池単セルで燃料欠乏条件下で観測されたセル電圧の上昇挙動と類似しており、第一プラトーは水電解反応(OER)に起因し、第二プラトーは炭素酸化反応に起因する。
【0039】
(Pt/C-IrO
2ナノシート-5の転極耐性試験)
Pt/C-IrO
2ナノシート-5複合触媒の転極耐性試験を
図5(a)に示す。Pt/C-IrO
2ナノシート-5複合触媒の場合、最も大きな電流密度であるCP-5(353μA/cm2)でも第二プラトーに達することがなく、第一プラトー(OER)までしか電位が上昇しない。各CPステップ後に測定したCVを
図5(b)に示した。EDL領域およびキノン/ハイドロキノンの酸化還元ピークの変化が小さく、IrO
2ナノシートを複合化することで担体カーボンの酸化劣化が抑制されていることが明らかである。
【0040】
CP後のECSA変化に着目すると、未使用複合触媒は71m2/g、CP-5の後は39m2/g(45%減)となった。このことは、炭素酸化劣化は抑制されたものの、OER反応中にPtが劣化したことを示唆する。ECSAの減衰理由は後述する。
【0041】
[Pt/C-IrO
2ナノシート-3及びPt/C-IrO
2ナノシート-1の転極耐性試験]
IrO
2ナノシート助触媒の添加量が電極触媒反応に与える影響を検討した。Pt/C-IrO
2ナノシート-3及びPt/C-IrO
2ナノシート-1複合触媒の転極耐性試験結果を
図6(a)(c)に示す。どちらの場合も1.7V(RHE)付近に第二プラトーが観測された。Pt/C-IrO
2ナノシート-3は、CP-4を開始してから500秒後に第二プラトーに上昇し始め、Pt/C-IrO
2ナノシート-1の場合、CP-3を開始してから1000秒後に第二プラトーに上昇し始めた。
【0042】
CP後のCVを
図6(b)(d)に示した。Pt/C-IrO
2ナノシート-3のECSAは、初期の78.7m
2/gからCP後は33.6m
2/g(58%減)となった。Pt/C-IrO
2ナノシート-1の場合、94.7m
2/gから46.5m
2/gまで減少(51%減)した。また、EDL領域やキノン/ハイドロキノン酸化還元ピークが現れた。Pt/C-IrO
2ナノシート-3のEDLでは、CP-5の後に、より厚いキノン/ハイドロキノンレドックスピークが現れ始めた。
【0043】
上記のように、燃料(H2)欠乏状況下でのPEFC動作におけるセル電圧の上昇現象を、回転電極を用いたハーフセル試験にて転極耐性試験で模擬した。CVから得られたデータと組み合わせて、水電解反応に起因する第一プラトーと炭素酸化反応に伴う第二プラトーの電位上昇を確認した。また、助触媒としてIrO2ナノシートを添加することで、炭素酸化反応を抑制(第二プラトーまで電位が上昇しない)できた。加えて、IrO2ナノシート助触媒の添加量と電位上昇現象との関係を明らかにした。転極耐性アノード触媒としてはできるだけ少ないIrO2量で高い転極耐性を有することが望ましい。以後、前記検討結果より、IrO2ナノシート5重量%及びPt/C95重量%とで作製された複合触媒を最適な比率として以下の実験で使用した。
【0044】
[HOR活性の特性評価と転極耐性試験]
Pt/C及びPt/C-IrO
2ナノシート-5に対して、転極耐性試験後に、CA(水素飽和条件下、20mV(RHE)でHORを実施し、MAappとMAkを算出した。各触媒のCAを
図7(a)(b)に示した。
【0045】
Pt/Cの場合、初期のMAappは270A/gであり、非特許文献1に記載の値と同様であった。転極耐性試験後、MAappは50A/gに減少(80%減)した。一方、Pt/C-IrO2ナノシート-5の場合、初期MAappは260A/g、転極耐性試験後のMAappは125A/gであった(50%減)。
【0046】
Pt/C及びPt/C-IrO
2ナノシート-5に対して、回転電極を用い、種々の回転速度でLSVを測定し、20mV(RHE)でのKoutecky-レビッチ(K-L)プロットから活性化支配電流からHOR活性(MAk)を求めた。それぞれ計算し、
図8(a)(b)にK-Lプロットを示した。未使用のPt/CのMAkは940A/gであり、転極耐性試験後は、345A/gであった(73%減)。
【0047】
一方、Pt/C-IrO2ナノシート-5の初期MAkは910A/g、転極耐性試験後は497A/g(55%減)であった。なお、この変化率は、転極耐性試験後のECSAの変化と一致する。
【0048】
続いて、転極耐性試験前後のPt/C及びPt/C-IrO2ナノシート-5複合触媒のTEM観察を行い、ECSA及びHOR活性の低下と触媒構造との関係を検討した。
【0049】
転極耐性試験前の未使用Pt/C及びPt/C-IrO
2ナノシート-5のTEM像を、
図9(a)(c)に示した。未使用Pt/C及びPt/C-IrO
2ナノシート-5複合触媒の平均粒子径はそれぞれ3.5nmと4.4nmであった。
【0050】
転極耐性試験後のPt/C及びPt/C-IrO
2ナノシート-5のTEM像を
図9(b)(d)に示した。
図9(b)に示すように、転極耐性試験後にPtの凝集が見られた。この形態変化は、Pt種の溶解再析出及びカーボン担体の腐食劣化に起因する。一方、
図9(d)に示すように、Pt/C-IrO
2ナノシート-5は、転極耐性試験後でも、直径5nm未満の小粒径Ptナノ粒子が多数存在した。これは、複合触媒中の炭素酸化反応による担体劣化が抑制され、Pt粒子の肥大化を防げたことを示唆する。