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特開2023-79358複合口金、およびそれを用いた海島複合繊維の製造方法
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  • 特開-複合口金、およびそれを用いた海島複合繊維の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023079358
(43)【公開日】2023-06-08
(54)【発明の名称】複合口金、およびそれを用いた海島複合繊維の製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01D 5/30 20060101AFI20230601BHJP
   D01F 8/06 20060101ALI20230601BHJP
   D01F 8/14 20060101ALI20230601BHJP
【FI】
D01D5/30 Z
D01F8/06
D01F8/14 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021192797
(22)【出願日】2021-11-29
(71)【出願人】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】▲はま▼田 紘佑
(72)【発明者】
【氏名】増田 正人
【テーマコード(参考)】
4L041
4L045
【Fターム(参考)】
4L041BA16
4L041CA06
4L041CA38
4L041DD01
4L041DD06
4L045AA05
4L045BA03
4L045BA20
4L045CA01
4L045CA16
4L045CB09
4L045CB10
4L045CB16
4L045CB18
4L045DA41
(57)【要約】      (修正有)
【課題】SP値差が大きいポリマーを適用した場合であっても、島成分の均質性を損なうことなく安定的な断面形成を可能としつつ高い生産性で製造することができる海島複合繊維用複合口金および海島複合繊維の製造方法を提供する。
【解決手段】各分配孔からAポリマー流とBポリマー流を合流させた後に、圧縮することで海島断面を形成する複合口金において、Aポリマー分配孔9を複数のBポリマー分配孔10が取り囲んだ海島型分配孔群におけるAおよびBポリマー分配孔が下記式(1)、(2)および(3)を満たすように穿設されており、該海島型分配孔群に存在するBポリマー分配孔11数に対する該海島型分配孔群外に存在するBポリマー分配孔12数の比が0.05以下である複合口金。
BB’/LAA’≦1.0(1
)LAB/LAA’≧0.5(2)
0.25≦D/LAB≦0.70(3)
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
各ポリマー成分を分配するための分配孔からのAポリマー流とBポリマー流を合流させた後に、圧縮することで海島断面を形成する複合口金において、Aポリマー分配孔を複数のBポリマー分配孔が取り囲んだ海島型分配孔群におけるAおよびBポリマー分配孔が下記式(式1)、(式2)および(式3)を満たすように穿設されており、該海島型分配孔群に存在するBポリマー分配孔数に対する該海島型分配孔群外に存在するBポリマー分配孔数の比が0.05以下である複合口金。
BB’/LAA’≦1.0(式1)
AB/LAA’≧0.5(式2)
0.25≦D/LAB≦0.70(式3)
ここでいうLは2つのポリマー分配孔の中心間距離であり、LAA’は最も短い中心間距離で隣接するAポリマー分配孔の中心間距離、LBB’は最も短い中心間距離で隣接するBポリマー分配孔の中心間距離、LABは最も短い中心間距離で隣接するAポリマーとBポリマー分配孔の中心間距離である。また、ここでいうDはポリマー分配孔の孔径である。
【請求項2】
該海島分配孔群に存在するAポリマー分配孔数が100以上であり、A-Bポリマー分配孔間距離(LAB)と前記Aポリマー分配孔数との比が2×10-3mm/孔以上である請求項1に記載の複合口金。
【請求項3】
請求項1または2のいずれかの複合口金を用いる海島複合繊維の製造方法。
【請求項4】
Aポリマーがポリオレフィンである請求項3に記載の海島複合繊維の製造方法。
【請求項5】
Bポリマーが融点230℃以上のポリエステルであり、重量比で換算される島比率が50%から90%である請求項3または4に記載の海島複合繊維の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合口金、およびそれを用いた海島複合繊維の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在では、衣料用途のみならず産業資材用途まで、繊維の用途の多様化が進み、その要求特性も多様なものとなってきており、その要求に応じるべく、多種多様な繊維要素技術に関する提案がなされている。これ等の技術のなかで、繊維の極細化については、細くて長いといった繊維素材ならではの形態的特徴を活かし、繊維製品に加工した際の特性に対する効果が大きいため、高機能素材開発として様々な技術開示がある。
【0003】
極細繊維は、その重量当たりの表面積である比表面積や材料のしなやかさが増加するため、高付加価値な繊維製品として衣料用途から産業資材用途まで幅広い分野での活用が展開されている。なかでも、極細繊維を緻密に配した不織布シート状にすることで、例えば、緻密な孔が均質に分散して存在することによる薬液保持性能や、シート内部に流れる流体を細分化することで高い濾過性能を示したり、内包する機能剤などを長期間保持するなどの機能性を発揮するため、高機能不織布シートとして展開されている。
【0004】
このような合成繊維の極細化方法としては、易溶解成分を海成分、難溶解成分を島成分となるように配置した海島型断面の複合繊維とし、この複合繊維から海成分を除去することで島成分からなる極細繊維を発生させる複合紡糸法がある。この手法では、極細繊維の均質性や製糸安定性、生産性といった観点から工業的には多く採用されている。
【0005】
複合紡糸法で製造される極細繊維は、従来技術の繊維径が数μmのマイクロファイバーに留まらず、その技術の高度化が進むにつれて、極限的な細さを有したナノファイバーの製造が可能となり、その素材の種類についても、汎用的なポリエステルやポリアミドから、ポリオレフィン等の耐薬品性に優れる素材も製造され始めている。
【0006】
複合紡糸法で製造される海成分に島成分を点在して存在させた海島複合繊維は、専用の複合口金によって繊維断面を形成させることで製造される。
【0007】
従来技術であるパイプ型海島複合口金の場合には、パイプ群によって微細に分割された島成分を一旦芯鞘複合形成孔にて芯鞘複合流を形成させる。この後、島数に相当する数の芯鞘複合流が合流し、テーパー設置された吐出用プレートによって繊維断面方向に圧縮され、その後、吐出孔から吐出されることによって海島複合断面が形成された繊維となる。この際、繊維断面が1/500から1/3000と大きく圧縮されるため、芯鞘複合流同士で干渉し合って圧縮されることになるため、組み合わせるポリマーの粘度、親和性が複合断面形成およびその安定性に大きく影響することが知られている。
【0008】
具体的には、ポリエステルと共重合ポリエステルに例示されるような、親和性が高いポリマーの組み合わせにおいては、組み合わせるポリマーの粘度等においても、幅広い条件範囲で、比較的高い安定性で海島複合繊維を製造することが可能となる。一方で、ポリオレフィンとポリエステルに例示される、溶解度パラメータ(SP値)差が大きいポリマーの組み合わせにおいては、その親和性の低さに起因して、微細な複合流の乱れにより、口金内における複合流の制御が困難となり、粘度等を適宜調整しても、安定に海島複合繊維を製造することが困難になることが知られている。特に、極細繊維の繊維径を縮小するために、海島繊維1本あたりの島数を増大させる場合には、増大する島数に相当する芯鞘複合流の制御と、成分間に働く界面張力の増加がこの不安定性を助長することとなり、簡単に島成分同士が接合してしまうなど、良好な海島断面の形成が困難になるとされていた。
【0009】
このような課題に対して、特許文献1および特許文献2では、島成分および海成分に用いるポリマーの粘度特性や熱特性を規定し、適切な製糸条件とすることで、安定的に海島複合繊維を製造する技術が提案されている。
【0010】
また、特許文献3では、親和性の低いポリマー組み合わせの海島複合断面を製造するために、特徴的な複合口金を用いることで、島成分の均質性に優れる海島複合繊維となる技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2020-26594号公報
【特許文献2】特開2008-223190号公報
【特許文献3】特開2000-110028号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
特許文献1では、島成分をポリオレフィン、海成分を共重合ポリエステルとする親和性の低いポリマー組み合わせでありながら、これらポリマーの溶融温度差を小さくすることで、パイプ型海島複合口金においても安定的に海島複合繊維が製造されるとしている。これは、口金から吐出された海島形状のポリマー複合流が紡糸線上で固化する際に、成分間の固化温度差により引き起こされる断面不安定化を抑制できる可能性がある。しかしながら、上述したとおり、従来技術のパイプ型海島複合口金では、親和性の低さに起因した微細な複合流の乱れ等により不安定なポリマー複合流となる。このため、海島複合断面全体でみた場合には、部分的に不安定化を引き起こすものであり、島比率を高めるなど、生産性を高めた場合にはこの不安定性が助長され、複合断面全体に断面崩れが誘発する場合があった。すなわち、パイプ型複合口金の原理的な部分を克服したとは言い難く、製糸条件や生産性に制約を設けた限られた製造条件に限定される場合があった。
【0013】
特許文献2では、溶解度パラメータ(SP値)差が大きいポリマー組み合わせの海島複合繊維において、ポリマーの粘度特性に加え、島成分の体積比率を実質的に50%以下とすることで海島複合断面を制御することができるとしている。確かに、海島複合断面を構成する海成分の体積比率を大きくすることで、複合口金内で形成される芯鞘複合流の安定化を図ることができることになり、結果として海島複合断面の安定形成を達成できる場合がある。しかしながら、この場合、海成分によって島成分を厚く被覆することで、島成分同士の接合を抑制することができるが、島成分がマイナー成分となるため、極細繊維の生産性が大きく低下することに加え、製糸工程で繊維構造が効率的に配向せず、良好な繊維特性とならない場合があった。
【0014】
特許文献3では、島成分と海成分が交互に貼り合わさった接合流として吐出された複合流を、微細に分割し、合流させる過程において、SP値差が大きいポリマー組み合わせに由来する溶融場での界面不安定化を利用して、貼り合わせ構造のポリマー複合流を海島型構造へと変化させることで、島成分径のバラツキが小さく、安定性にも優れた海島複合繊維を製造することができる口金技術が開示されている。
【0015】
この技術は、ポリマーの親和性が低いことで引き起こされるポリマー複合流の不安定化を意図的に利用し、貼り合わせ構造から海島型構造へポリマー流を変化させる技術であるが、形成される島成分が不規則に存在することとなるため、繊維の伸長変形挙動が不安定となり、製糸安定性が確保されない場合がある。また、このポリマー複合流の形態変化はポリマーの親和性、溶融粘度、海島比率に加え、10sec以上の口金内滞留時間が必要であると記載されている。しかしながら、ポリマー複合流の口金内での滞留時間を長くすることは、実質的にポリマー吐出量を下げることとなるため、海島複合繊維の製造においては生産性が課題となる場合があった。
【0016】
このように、SP値差が大きいポリマー組み合わせから構成される海島複合繊維では、繊維断面の安定性と生産性の両立が困難な場合が多く、例えば、島成分にポリオレフィン、海成分にポリエステルを使用するような海島複合繊維を、製糸条件や生産性に制約を設けることなく製造できる複合口金および製造方法が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題は以下の手段によって達成される。すなわち、
(1)各ポリマー成分を分配するための分配孔からのAポリマー流とBポリマー流を合流させた後に、圧縮することで海島断面を形成する複合口金において、Aポリマー分配孔を複数のBポリマー分配孔が取り囲んだ海島型分配孔群におけるAおよびBポリマー分配孔が下記式(式1)、(式2)および(式3)を満たすように穿設されており、該海島型分配孔群に存在するBポリマー分配孔数に対する該海島型分配孔群外に存在するBポリマー分配孔数の比が0.05以下である複合口金。
BB’/LAA’≦1.0(式1)
AB/LAA’≧0.5(式2)
0.25≦D/LAB≦0.70(式3)
ここでいうLは2つのポリマー分配孔の中心間距離であり、LAA’は最も短い中心間距離で隣接するAポリマー分配孔の中心間距離、LBB’は最も短い中心間距離で隣接するBポリマー分配孔の中心間距離、LABは最も短い中心間距離で隣接するAポリマーとBポリマー分配孔の中心間距離である。また、ここでいうDはポリマー分配孔の孔径である。
【0018】
(2)該海島分配孔群に存在するAポリマー分配孔数が100以上であり、A-Bポリマー分配孔間距離と前記Aポリマー分配孔数との比が2×10-3mm/孔以上である複合口金。
【0019】
(3)(1)または(2)の複合口金を用いる海島複合繊維の製造方法。
【0020】
(4)Aポリマーがポリオレフィンである(3)に記載の海島複合繊維の製造方法。
【0021】
(5)Bポリマーが融点230℃以上のポリエステルであり、重量比で換算される島比率が50%から90%である(3)または(4)に記載の海島複合繊維の製造方法。
【0022】
である。
【発明の効果】
【0023】
本発明では、海島複合繊維を製造するための口金において、SP値差が大きいポリマーを適用した場合であっても、海島複合繊維の本来の特徴である島成分の均質性を損なうことなく安定的な断面形成を可能としつつも、工業的な利用においても高い生産性で製造することができる複合口金、および複合口金を用いた海島複合繊維の製造方法を提供することにある。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の複合口金の形態の一例であって、(a)は複合口金を構成する主要部分の正断面図であり、(b)は分配板の一部の正断面図、(c)は吐出板の正断面図である。
図2】本発明の分配板に係る図であって、(a)は分配板の最下層に穿設されたポリマー分配孔群の簡略図、(b)はその拡大図である。
図3】本発明の分配板の最下層に穿設されたポリマー分配孔群の概略平面図であって、(a)は本発明の実施形態に用いられる分配板の一例、(b)は本発明とは異なる分配板の一例であり、海島分配孔群の最外層に存在するBポリマー分配孔の中心を直線で繋いでいる。なお、図中分配孔の記載を一部省略している(ドットパターン部分)。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明について、好ましい実施形態をもとに詳細に説明する。
【0026】
本発明に用いられる複合口金の概略断面図の一例を図1に示す。なお、図1は正断面図であり、Aポリマー吐出孔やBポリマー吐出孔が集合した吐出孔群は2つしか記載されていないが、本発明の実施における吐出孔群の数は限定されるものではない。
【0027】
本発明に用いられる複合口金は、AポリマーおよびBポリマーによって構成される複合ポリマー流を吐出するための複合口金であって、図1に示すように、各ポリマー成分を分配板2に流入させるための導入板1、各ポリマー成分を分配するための分配孔5および/または分配溝4が穿設された1枚以上の分配板2、および吐出板3とで構成されている。
【0028】
導入板1より供給された各成分のポリマーは、少なくとも1枚以上積層された分配板2の分配溝4、および/または分配孔5を通過した後、各成分のポリマーが合流し、複合ポリマー流が形成される。その後、複合ポリマー流は、吐出板3の吐出導入孔6、縮小孔7を通過して、口金吐出孔8より吐出されることで、繊維が製造される。
【0029】
ここで、本発明の目的を達成するための重要なポイントである、従来技術の製造方法では根本的な課題であった、親和性の低いポリマーを適用した場合においても、島成分の均質性に優れた海島複合断面を安定的に形成し、かつ生産性を高度なレベルで達成させることができる原理について以下に説明する。
【0030】
一般的に、2種類のポリマーを溶融状態で接触させると、ポリマー界面において分子鎖が相互的に侵入し、絡み合いを形成することで複合ポリマー形態が安定化することが知られている。しかしながら、親和性の低い溶融ポリマーを接触させると、ポリマー界面における分子鎖の侵入および絡み合いが阻害されることになり、ポリマー界面に不安定性が生じる。この不安定性に起因して、界面エネルギーを極小化するように大きな界面張力が働くことになり、歪で不安定な複合ポリマー形態となるのである。この現象に起因して、親和性の低いポリマー組み合わせにおいては、溶融紡糸法において繊維断面の安定性を大きく損なう場合があり、特に、微細なポリマー流が多数集合することで形成される海島複合繊維においては、致命的な問題となる場合があった。
【0031】
本発明者らは上記の課題に対して鋭意検討を重ねた結果、従来技術の課題であった断面安定性を大幅に向上する島成分孔と海成分孔の配置パターンを見出すに至った。
【0032】
すなわち、分配板2の最下層の分配孔5(このうち、Aポリマーを吐出する孔をAポリマー分配孔9、Bポリマーを吐出する孔をBポリマー分配孔10という。)において、Aポリマー分配孔9を複数のBポリマー分配孔10が取り囲んだ海島型分配孔群におけるAおよびBポリマー分配孔が式1および式2を満たすように穿設されており、該海島型分配孔群に存在するBポリマー分配孔数に対する該海島型分配孔群外に存在するBポリマー分配孔数の比が0.05以下となるように配置した複合口金とすることであり、この複合口金を採用することで、従来困難であった安定性と生産性を両立できることを見出したのである。なお、ここでいう分配板2の最下層の分配孔5とは、吐出板3の直上に位置する分配板2に穿設された分配孔のことを指す。
【0033】
以下、本発明においては、特に明確な記載が無い限り、Aポリマーが島成分、Bポリマーが海成分に対応するものとする。
【0034】
本発明における「海島型分配孔群」とは、各ポリマー流が分配板2から吐出導入孔6に向けて吐出される際に通過する、分配板2の最下層の分配孔5において、1つのAポリマー分配孔9に対して複数のBポリマー分配孔10が取り囲むように穿設された分配孔配列が繰り返し存在する集合体のことをいう。
【0035】
すなわち、分配板2の最下層の分配孔5が図2(a)に例示するようなAポリマー分配孔9およびBポリマー分配孔10が穿設されている場合において、破線11に囲まれた領域に存在するAおよびBポリマー分配孔の集合体を「海島型分配孔群」、破線12に該当する領域に存在するBポリマー分配孔を、「海島型分配孔群外に存在するBポリマー分配孔」という。
【0036】
本発明の複合口金においては、Aポリマー、Bポリマーの両ポリマー流は、分配板2の最下層の分配孔5から吐出導入孔6に向けて一斉に吐出され、各ポリマー流がポリマーの紡出経路方向に垂直な方向に拡幅しつつ、ポリマーの紡出経路方向に沿って流れ、両ポリマーが合流し、複合ポリマー流を形成する。吐出導入孔6とは、複合ポリマー流を一定距離の間、吐出面に対して垂直に流すためのものであり、複合ポリマー流の断面方向での流速分布を低減させ、安定性向上を図ることを目的としている。
【0037】
このように、吐出導入孔6においてAポリマーおよびBポリマー流が初めて合流し、海島型の複合ポリマー流を形成することから、1孔のAポリマー分配孔に対して複数のBポリマー分配孔が取り囲むように配置されることが必要であるが、それに加え、本発明の目的効果を達成するためには、吐出導入孔6における複合ポリマー形態の安定性が重要な要素となる。このような複合ポリマー形態の安定性を確保するためには、断面の形成を担う分配板2の最下層に穿設されたAポリマー分配孔9およびBポリマー分配孔10の配置が重要となる。すなわち、本発明においては、分配板2の最下層に下記(式1)、(式2)および(式3)を満たすようにAポリマー分配孔9およびBポリマー分配孔10が穿設されていることを要件としている。
【0038】
なお、図2(b)には海島型分配孔群に該当するポリマー分配孔の一例(図2(a))の部分拡大図を示す。
BB’/LAA’≦1.0(式1)
AB/LAA’≧0.5(式2)
0.25≦D/LAB≦0.70(式3)
ここでいうLは2つのポリマー分配孔の中心間距離であり、LAA’は最も短い中心間距離で隣接するAポリマー分配孔の中心間距離、LBB’は最も短い中心間距離で隣接するBポリマー分配孔の中心間距離、LABは最も短い中心間距離で隣接するAポリマーとBポリマー分配孔の中心間距離である。また、ここでいうDはポリマー分配孔の孔径である。
【0039】
式1においては、隣接するBポリマー分配孔同士の中心間距離が、隣接するAポリマー分配孔同士の中心間距離と同等以下であることを意味している。このように最下層の分配孔5を配置することで、各分配孔から吐出されたポリマーは吐出導入孔6にて紡出経路方向に垂直な方向に拡幅しつつポリマー流が合流する過程において、中心間距離の近いBポリマー流同士の合流が優先されることとなり、Aポリマーの周囲をBポリマーが完全に取り囲むような複合ポリマー形態となるため、Aポリマー同士の合流を大きく抑制する効果を発揮するのである。すなわち、LBB’/LAA’が小さいほどこの効果をより発揮することになるが、隣接するBポリマー分配孔同士の中心間距離が短すぎると、分配孔から吐出されたBポリマー流が合流してから拡幅することになるため、歪なポリマー流として断面不安定化を引き起こす場合があることに加えて、分配孔を穿設する際の加工上の制約を鑑みると、LBB’/LAA’の実質的な下限値は0.25である。
【0040】
式2においては、隣接するAポリマー分配孔9とBポリマー分配孔10の中心間距離が、隣接するAポリマー分配孔同士の中心間距離の0.5倍以上であることを意味しており、Aポリマー分配孔9をBポリマー分配孔10が取り囲むという観点から鑑みると、実質的な上限は1.0未満である。
【0041】
吐出導入孔6でのAポリマーとBポリマーが合流して複合ポリマーを形成する過程において、ポリマーの界面が乱れることなく2種類のポリマーが合流するためには、各ポリマーの断面方向への流動が緩和した状態で合流させることが重要となる。この観点に基づくと、AポリマーとBポリマー分配孔が式2を満たすように穿設されることで、分配孔から吐出されたAポリマーおよびBポリマーが吐出導入孔6での断面方向への流動が緩和されて合流することとなり、ポリマー界面を乱すことなく複合ポリマーを形成できるのである。
【0042】
また、上記観点に基づくと、各ポリマー分配孔から吐出された直後のAポリマーとBポリマー流の断面方向の拡幅を制御することも、安定的な断面形成においては重要であり、式3のようにAポリマーおよびBポリマー分配孔の孔径(D)とLABとの比、すなわちD/LABを0.25以上とすることで、孔径が小さすぎることによるポリマー流の高拡幅化を抑制することになるため、AポリマーおよびBポリマーの複合ポリマー界面を不必要に乱すことなく安定的に複合ポリマー流を形成できることになる。このことから、該比が大きいほど、より安定的な断面形成を可能とすることができるが、本発明の目的効果でもある海島複合繊維の安定的な製造という観点で、ポリマー分配孔からの吐出安定性やAポリマー分配孔を多数配置するといったことを踏まえると、上限は0.70である。なお、海島分配孔群に該当するポリマー分配孔において、式1、式2および式3を満たすように各分配孔を穿設することにおいては、実質的にAポリマー分配孔9を中心とした円周上にBポリマー分配孔10が均等に穿設されることになる。
【0043】
以上の条件を満たした分配孔5より吐出され、吐出導入孔6で合流したポリマーは、精密に制御された海島型の複合ポリマー流として縮小孔7に流入し、断面方向に縮小される。この際、断面中層に位置するポリマー流の流線はほぼ直線状であるのに対し、外層になるにつれてポリマー流は断面中心方向に大きく屈曲されることになるため、外層近傍のポリマー流同士が干渉し合うことになる。このポリマー流の干渉は、親和性の低いポリマー組み合わせにおいては不安定化を引き起こす十分な要因となるため、本発明においては、海島型分配孔群に存在するBポリマー分配孔数に対する該海島型分配孔群外に存在するBポリマー分配孔数の比が0.05以下であることが要件となる。
【0044】
これは、分配板2に穿設されたBポリマー分配孔10において、海島型分配孔群に該当するBポリマー分配孔数に対する、海島型分配孔群に該当しないBポリマー分配孔数の割合が非常に小さいことを意味している。一般には、最外周に配置された海島型分配孔群に該当しないBポリマー分配孔10は、複合ポリマー流の外層をBポリマーで完全に被覆することを目的に配置され、孔壁との接触によるせん断応力を円周方向に均一とするため製糸安定性を担保する効果を期待できる。しかしながら、親和性の低いポリマー組み合わせにおいては、外層に存在する断面形成に寄与しないポリマー流は断面中心方向に大きく屈曲することが、不必要なポリマー流の干渉を引き起こす場合があることを発見した。すなわち、従来技術における吐出導入孔6後に誘起されていた複合ポリマー流の不安定化を抑制することが、断面形成性や製糸安定性の大幅改善に繋がることを見出したのである。
【0045】
この技術コンセプトを推し進めると、海島型分配孔群に該当しないBポリマー分配孔10は限りなく少なくすることが好適であり、本発明のとおり、海島型分配孔群に該当しないBポリマー分配孔数を設定することで、縮小孔7での圧縮過程においても複合ポリマー流の安定性を損なうことなく口金吐出孔8より吐出されることになる。このため、本願発明において、親和性が低いポリマーの組み合わせであっても、断面安定性に優れた海島複合繊維を製造することが可能になるのである。
【0046】
以上のように本発明の複合口金においては、分配板2の最下層の分配孔5を最適化することによって、親和性が低いポリマーから構成される場合であっても、吐出導入孔6でのポリマー合流過程および縮小孔7での圧縮過程での不安定化を抑制することができることとなり、実質的に製糸条件や生産性に制約を設けることなく、安定的な海島複合繊維の製造が可能となる。
【0047】
一般的に、海島複合口金において、単糸内島数を増大させることは海島複合繊維の生産性向上や繊維径の高度化という点において優位に働くことになる。この観点からいえば、本発明の複合口金においても、島数に相当する分配板2に穿設されたAポリマー分配孔数が多いほど好ましく、本発明の目的効果を無理なく満足する範囲としては、Aポリマー分配孔数が100以上であることが好ましい。
【0048】
一方で、Aポリマー分配孔9を極限的に多く配置してしまうと、必然的にA―Bポリマー分配孔間距離(LAB)が非常に狭くなることになる。この場合、吐出導入孔6にてAポリマーおよびBポリマーが合流する過程において、最下層の分配孔5からポリマーが吐出された直後に合流することとなり、各ポリマーの断面方向への流動が緩和しきれない状態での複合ポリマー流形成となるため、ポリマー界面の不安定化し断面形成不良を助長する場合があることから、A-Bポリマー分配孔間距離(LAB)とAポリマー分配孔数との比が2.0×10-3mm/孔以上であることが好ましい。係る範囲であれば、非常に安定的な海島複合繊維を高い生産性で製造できることになり、この観点を踏まえると、Aポリマー分配孔数の実質的な上限は100000である。
【0049】
本発明の複合口金における導入板1、分配板2および吐出板3に穿設された各孔は、孔断面積が一定となるように加工を施されることが好ましく、従来公知の金属切削加工等の中から、加工条件等を鑑みて適宜選択すれば良い。ここでいう一定とは、各孔の孔断面積が±10%の範囲内であることを言い、係る範囲内であれば、本発明の目的効果を損なうことなく海島複合繊維を製造することが可能となる。このようにして穴あけ加工を施した導入板1、分配板2および吐出板3を順に積層することで、本発明の複合口金となる。
なお、本発明における複合口金の形状は、円形状であってもよく、四角形状や多角形状であってもよく、使用する紡糸機の仕様に合わせて適宜選択すればよい。 次に本発明の複合口金を用いた海島複合繊維の製造方法を詳述する。
【0050】
以下、図1に例示した複合口金を導入板1、分配板2を経て、複合ポリマー流となし、この複合ポリマー流が吐出板3の口金吐出孔から吐出されるまでを複合口金の上流から下流へとポリマーの流れに沿って順次説明する。
【0051】
紡糸パック上流からAポリマーおよびBポリマーが別々に導入板1に流入し、分配板2の分配溝4に別々に流入される。分配板2では、流入したポリマーを溜める分配溝4とこの分配溝の下面にはポリマーを下流に流すための分配孔5が穿設されている。
【0052】
海島複合繊維の断面形態は、分配板2の最下層の分配孔5の孔配置により制御することができる。この際、断面形態の精度を高めるためにAポリマーおよびBポリマーを分配板2の最下層の分配孔5で超多数に分配させることになるため、分配孔毎の吐出量が極めて少量となり、分配孔にかかる圧力損失も10-2から10-5MPaレベルと極めて小さくなることから、各分配孔から吐出されたポリマー流は他のポリマー流による干渉を容易に受けることとなる。そのため、ポリマー間の干渉を抑制するためには、Aポリマー分配孔9およびBポリマー分配孔10の孔径を調整し、各分配孔から吐出されるポリマー流の吐出速度を制御することが好ましい。流速比の好ましい範囲としては、分配孔当たりのAポリマーの吐出速度F、Bポリマーの吐出速度をFとした場合、その比(F/FあるいはF/F)が0.05~20であることが好ましく、更に好ましくは、0.1~10の範囲である。この範囲であれば、分配板2の最下層の分配孔5から吐出されたポリマーはお互いに干渉することなく複合ポリマー流は層流として、吐出導入孔6を経て、縮小孔7に導かれるため、断面形態が安定し、精度よく形態を維持することができる。
【0053】
本発明の複合口金は、組み合わせるポリマーに制約を設けることなく安定に海島複合繊維を製造することができるという特徴を有しており、特に、従来の口金では複合断面の形成が不安定になる場合がある、溶解度パラメータ差(SP値差)の大きいポリマー組み合わせにおいて顕著な効果を発揮する。
【0054】
ここで言うSP値とは、(蒸発エネルギー/モル容積)1/2で定義される物質の凝集力を反映するパラメータであり、この値が近いほどそのポリマーの組み合わせは親和性高くなじみやすいことを意味している。このSP値は種々のポリマーで知られているが、例えば「プラスチック・データブック」(旭化成アミダス株式会社/プラスチック編集部共編、1999年)の189ページ等に記載されている。
【0055】
本発明でいうSP値差が大きいポリマー組み合わせとは、SP値の差が絶対値で2(MJ/m1/2以上である場合を言い、この値が大きいほど、より親和性の低いポリマー組み合わせと言うことができる。
【0056】
この場合、溶融状態で接触したポリマー界面において、分子鎖の侵入および絡み合いが阻害されることになり、ポリマー界面に不安定性が生じることに起因して、断面形成不良を引き起こしやすくなる。このため、本発明の目的効果から鑑みると、2種類のポリマーのSP値差は絶対値で2~7(MJ/m1/2であることが、本発明の複合口金の効果を発揮するという点で、好ましい範囲として挙げられる。
【0057】
特に、このSP値差が大きい組み合わせのポリマーを選択することは、ポリマーの融点差も大きくなることに繋がるため、例えば、海島複合繊維の耐熱性を向上させることも可能となり、工程通過性に優れることが期待できることから、SP値差を4~7(MJ/m1/2にすることがより好ましい範囲として挙げられる。
【0058】
以上の観点からすると、本発明の複合口金により製造される海島複合繊維の島成分ポリマーは、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリオレフィン、ポリアミド、熱可塑性ポリウレタン、ポリフェニレンサルファイド、ポリアリレート、またはこれら共重合体などが挙げられる。この中でも、極細繊維として適用する繊維シートの他の繊維との相性、また、最終的に必要となる力学特性、耐熱性および耐薬品性等から選択すればよいが、例えば、電池セパレータ等への適用可能な抄紙シートといった耐薬品性が求められる用途に関して言えば、ポリオレフィン、ポリフェニレンサルファイド等が結晶性等も高くより好ましい。
【0059】
また、本発明の複合口金により製造される海島複合繊維の海成分ポリマーは、ポリエステルおよびその共重合体、ポリ乳酸、ポリアミド、ポリスチレンおよびその共重合体、ポリエチレン、ポリビニールアルコールなどの溶融成形可能で、島成分ポリマーよりもアルカリ溶液などの溶剤に対して易溶解性を示すポリマー(易溶解性ポリマー)から選択することが好ましい。ここでいう易溶解性ポリマーとは、溶解処理に用いる溶剤に対して、難溶解性ポリマー(島成分)を基準とした際に、溶解速度比(=易溶解性ポリマーの溶解速度/難溶解性ポリマーの溶解速度)が100以上であることが好適であり、溶解処理の簡略化や溶剤による島成分の不要な劣化を抑制するために、この溶解速度比が3000以上となるポリマーを選択することが好ましい。
【0060】
以上の観点から、海島複合繊維の生産安定性、ポリマー融点差およびSP値差のバランスを踏まえると、本発明に適用するポリマーとしては、島成分にポリオレフィン、海成分にポリエステルの組み合わせとすることが好ましい。加えて、取扱い性や工程通過性等の観点から、島成分にポリプロピレン、海成分にポリエステルとすることがより好ましく、工程通過性を損なうことなく海成分ポリマーの溶解性を向上させることを目的として、海成分にポリエチレンテレフタレート、または融点が230℃以上となるように共重合成分を導入したポリエチレンテレフタレートを用いることがさらに好ましい。
【0061】
なお、これらのポリマーは本発明の目的を損なわない範囲で、酸化チタン、シリカ、酸化バリウムなどの無機質、カーボンブラック、染料や顔料などの着色剤、難燃剤、蛍光増白剤、酸化防止剤、あるいは紫外線吸収剤などの各種添加剤をポリマー中に含んでいてもよい。
【0062】
また、本発明の複合口金により製造される海島複合繊維を構成するポリマーにおいて、Aポリマーの溶融粘度とBポリマーの溶融粘度との溶融粘度比が0.1から5.0であることが好ましい。本発明において複合繊維の断面形態は、基本的に最下層の分配孔5の孔配置により制御されるものの、各ポリマーが合流し、複合ポリマー流を形成した後に縮小孔7によって断面方向に大幅に縮小されることとなる。このため、その時の溶融粘度比、すなわち、溶融ポリマーの剛性比が断面の形成に影響を与える場合がある。このため、溶融粘度比が0.3から3.0とすることがより好ましい範囲である。
【0063】
ここでいう溶融粘度とは、チップ状のポリマーを真空乾燥機によって、水分率200ppm以下とし、歪速度を段階的に変更可能な溶融粘度測定装置にて窒素雰囲気下で測定した値である。溶融粘度の測定温度は紡糸温度と同様にし、歪速度121.6s-1の溶融粘度をそのポリマーの溶融粘度とした。また、溶融粘度比とは、各ポリマーの溶融粘度を個別に測定して、ポリマーA/ポリマーBとして粘度比を算出し、その値の小数点第2位以下を四捨五入した値を意味する。
【0064】
分配板2から吐出された複合ポリマー流は、吐出板3に流入する。ここで、吐出板3には、吐出導入孔6を設けることが好ましい。吐出導入孔6とは、分配板2から吐出された複合ポリマー流を一定距離の間、吐出面に対して垂直に流すためのものである。これは、AポリマーとBポリマーの流速差を緩和させるととともに、複合ポリマー流の断面方向での流速分布を低減させることを目的としている。本発明において、この吐出導入孔6を設けることは複合ポリマー形態を安定化させるという観点では、好適なことである。
【0065】
この流速分布の抑制という点においては、各ポリマーの最下層の分配孔5における吐出量、孔径および孔数によって、ポリマーの流速自体を制御することが好ましく、流速比の緩和がほぼ完了するという観点から、複合ポリマー流が縮小孔7に導入されるまでに10-1~10秒(=吐出導入孔長/ポリマー流速)を目安として吐出導入孔6を設計することが好ましい。係る範囲であれば、流速の分布は十分に緩和され、断面の安定性向上に効果を発揮する。
【0066】
次に、複合ポリマー流は、所望の径を有した吐出孔に導入する間に縮小孔7によって、ポリマー流に沿って断面方向に縮小される。ここで、複合ポリマー流の中層の流線はほぼ直線状であるが、外層に近づくにつれ、大きく屈曲されることとなる。本発明の海島複合繊維を製造するためには、Aポリマー、Bポリマーを合わせた無数のポリマー流によって構成された複合ポリマー流の断面形態を崩さないまま、縮小させることが好ましい。このため、この縮小孔7の孔壁の角度は、吐出面に対して、30°~90°の範囲に設定することが好適である。
【0067】
以上のように、吐出導入孔6および縮小孔7を経て複合ポリマー流は、最下層の分配孔5の孔配置に基づいた断面形態を維持して、口金吐出孔8から紡糸線に吐出される。この口金吐出孔8は、複合ポリマー流の流量、すなわち吐出量を再度計量する点と、後述する紡糸線上のドラフト(=引取速度/吐出線速度)を制御する目的がある。口金吐出孔8の孔径および孔長は、ポリマーの粘度および吐出量を考慮して決定するのが好適である。本発明の複合繊維を製造する際には、吐出孔径Dは0.1~2.0mm、L/D(吐出孔長/吐出孔径)は0.1から5.0の範囲で選択することが好適である。
【0068】
本発明の製造方法における紡糸温度は、前述した観点から決定した使用ポリマーのうち、主に高融点や高粘度のポリマーが流動性を示す温度とすることが好適である。この流動性を示す温度とは、ポリマー特性やその分子量によっても異なるが、そのポリマーの融点が目安となり、高融点側のポリマーを基準として融点+60℃以下で設定すればよい。これ以下の温度であれば、紡糸ヘッドあるいは紡糸パック内でポリマーが熱分解等することなく、分子量低下が抑制され、良好に複合繊維を製造することができる。
【0069】
本発明の製造方法におけるポリマーの吐出量は、安定性を維持しつつ溶融吐出できる範囲として、吐出孔当たり0.1g/min/holeから20.0g/min/holeを挙げることができる。この際、吐出の安定性を確保できる吐出孔における圧力損失を考慮することが好ましい。ここで言う圧力損失は、0.1MPa~40MPaを目安にポリマーの溶融粘度、吐出孔径、吐出孔長との関係から吐出量を係る範囲より決定することが好ましい。
【0070】
本発明の製造方法に用いる複合繊維を紡糸する際の島成分の比率は、吐出量を基準に重量比で50~90%の範囲で選択することが好ましい。この範囲であれば複合断面の安定性を維持しつつも、海島複合繊維を効率的に、かつ安定的に製造できる。さらなる生産性向上の観点から鑑みると、重量比で換算される島比率が60~90%がより好ましく、70~90%であることがさらに好ましい。
【0071】
口金吐出孔8から溶融吐出されたポリマー流は、冷却固化され、油剤等を付与することにより集束し、周速が規定されたローラーによって引き取られる。この引取速度は、吐出量および目的とする繊維径から決定するものである、本発明では、海島複合繊維を安定に製造するという観点から、ローラーの引取速度については、500~6000m/分程度にするとよく、ポリマーの物性や繊維の使用目的によって変更可能である。
【0072】
このとき、紡糸ドラフトは300倍以下とすると糸条間での物性バラツキが抑制された均質な繊維が製造され好ましい。本発明の海島複合繊維の下記式で表される紡糸ドラフトは50~300が好ましい。
紡糸ドラフト=Vs/V
ここでいうVsは紡糸速度(m/分)、Vは吐出線速度(m/分)である。
【0073】
紡糸ドラフトを50以上とすることで、口金吐出孔8から吐出されたポリマー流が長時間口金直下に留まることを防止し、口金面汚れを抑制することができることから、製糸性が安定する。また、紡糸ドラフトを300以下とすることで過度な紡糸張力による糸切れを抑制することが可能となり、海島複合繊維を安定した製糸性で製造されるため好ましい。このことから、紡糸ドラフトは80~250であることがより好ましい。
【0074】
ここで、紡糸された海島複合繊維は、繊維の一軸配向の促進により力学特性が向上できるだけでなく、高次加工等での熱寸法安定性が付与されるという観点から、延伸を行うことが好ましい。延伸については、紡糸した海島複合繊維を一旦巻き取った後で延伸を施すことも良いし、一旦、巻き取ることなく、紡糸に引き続いて延伸を行うことも良い。
【0075】
この延伸条件としては、例えば、一対以上のローラーからなる延伸機において、一般に溶融紡糸可能な熱可塑性を示すポリマーからなる繊維であれば、ガラス転移温度以上融点以下の温度に設定された第1ローラーと結晶化温度相当とした第2ローラーの周速比によって、繊維軸方向に無理なく引き伸ばされ、且つ熱セットされて巻き取られる。ここでは、加熱式ローラーによる加熱を一例に示したが、蒸気下または熱水中下で延伸してもよい。また、ガラス転移を示さないポリマーの場合には、海島複合繊維の動的粘弾性測定(tanδ)を行い、このtanδの高温側のピーク温度以上の温度を予備加熱温度として、選択すればよい。ここで、延伸倍率を高め、力学物性や工程通過性を向上させるという観点から、この延伸工程を多段で施すことも好適な手段である。
【0076】
このようにして製造された海島複合繊維から極細繊維とするには、易溶解成分が溶解可能な溶剤などに複合繊維を浸漬して易溶解成分を除去することで、難溶解成分からなる極細繊維となる。易溶出成分が、ポリエチレンテレフタレートまたは5-ナトリウムスルホイソフタル酸などが共重合された共重合体、さらにはポリ乳酸(PLA)等の場合には、水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ水溶液を用いることができる。この海島複合繊維をアルカリ水溶液にて処理する方法としては、例えば、海島複合繊維あるいはそれからなる繊維構造体とした後で、アルカリ水溶液に浸漬させればよい。この時、アルカリ水溶液は50℃以上に加熱すると、加水分解の進行を早めることができるため、好ましい。また、流体染色機などを利用し、処理すれば、一度に大量に処理をすることができるため、生産性もよく、工業的な観点から好ましいことである。
【0077】
以上のように、本発明の複合口金を用いた海島複合繊維の製造方法を一般の溶融紡糸法に基づいて説明したが、メルトブロー法およびスパンボンド法でも製造可能であることは言うまでもなく、さらには、湿式および乾湿式などの溶液紡糸法などによって製造することも可能である。
【実施例0078】
以下実施例を挙げて、本発明の複合口金、および複合口金により製造される海島複合繊維について具体的に説明する。実施例および比較例については、下記の評価を行った。
【0079】
A.ポリマー分配孔の中心間距離(LAA’、BB’、AB)、ポリマー分配孔径(D)
各実施例、比較例における複合口金が分配式口金である場合、分配板の最下層に穿設されたポリマー分配孔群について、KEYENCE社製デジタルマイクロスコープにて分配孔が10孔以上含まれる倍率で画像を撮影し、画像処理ソフト(WINROOF)を用いて各ポリマー分配孔の中心間距離および分配孔径を測定し、小数第3位を四捨五入した値をそれぞれ中心間距離(L)、分配孔径(D)とした。
【0080】
B.AおよびBポリマー分配孔数
各実施例・比較例における複合口金が分配式口金である場合、分配板の最下層に穿設されたポリマー分配孔群について、KEYENCE社製デジタルマイクロスコープにて全ての分配孔が含まれる倍率で画像を撮影し、WINROOFを用いてAポリマー分配孔数(N)をカウントする。次いで、海島分配孔群の最外層に存在するBポリマー分配孔の中心を直線で繋ぎ、該直線内に含まれるBポリマー分配孔数を「海島型分配孔群に存在するBポリマー分配孔」(NB1)としてカウントし、該直線に含まれないBポリマー分配孔数を「海島型分配孔群外に存在するBポリマー分配孔」(NB2)としてカウントする。
【0081】
C.ポリマーの溶融粘度、粘度比
チップ状のポリマーを真空乾燥機によって、水分率200ppm以下とし、東洋精機製キャピログラフによって、歪速度を段階的に変更して、溶融粘度を測定した。なお、測定温度は紡糸温度と同様にし、窒素雰囲気下で加熱炉にサンプルを投入してから測定開始までを5分とし、せん断速度121.6s-1の値をポリマーの溶融粘度として評価した。さらに、Aポリマーの溶融粘度をBポリマーの溶融粘度で割った値について、小数点2桁以下を四捨五入した値を粘度比(Aポリマー/Bポリマー)とした。
【0082】
D.繊度
100mの繊維の重量を測定し、その値を100倍した値を算出した。この動作を10回繰り返し、その平均値の小数点第2位を四捨五入した値を総繊度(dtex)とした。また上記の総繊度をフィラメント数で割った値が単繊維繊度(dtex)となる。
【0083】
E.断面形成性(島成分径バラツキ)
製造した海島複合繊維をエポキシ樹脂で包埋し、Reichert社製FC・4E型クライオセクショニングシステムで凍結し、ダイヤモンドナイフを具備したReichert-Nissei ultracut N(ウルトラミクロトーム)で切削した後、その切削面を透過型電子顕微鏡(TEM)にて1本の海島複合繊維内の全ての島成分が観察できる倍率にて、異なる10本の海島複合繊維について撮影した。これらの画像からWINROOFを用いて海島複合繊維10本の全ての島成分径を測定し、その平均値および標準偏差を求めた。これらの結果から下記式を基づき繊維径CV%を算出し、下記に基づき断面形成性を判定した。
島成分径バラツキ(CV%)=(標準偏差/平均値)×100
良好 A:島成分径バラツキ<20.0
不良 C:島成分径バラツキ≧20.0。
【0084】
F.製糸安定性
各実施例についての紡糸・延伸を行い、1百万m当たりの糸切れ回数から製糸安定性を以下の3段階で評価した。
良好 A:糸切れ回数<1.0回/百万m
可 B:1.0回/百万m≦糸切れ回数<2.0回/百万m
不良 C:糸切れ回数≧2.0回/百万m。
【0085】
[実施例1]
複合口金として、図3(a)に示すような配列で、LBB’/LAA’=0.58、LAB/LAA’=0.58、D/LAB、D/LAB=0.46、NB2/NB1=0、N=100、LAB/N=3.5×10-3(mm/孔)を満たすようにAおよびBポリマー分配孔が最下層に穿設された分配板を用いたものを使用した。
【0086】
Aポリマーにポリプロピレン(PP1、融点:162℃、溶融粘度:72Pa・s)、Bポリマーにポリエチレンテレフタレート(PET1、融点:260℃、溶融粘度:63Pa・s)を準備した。これらポリマーの溶融粘度比(ポリマーA/ポリマーB)は1.1、SP値差は5.3(MJ/m1/2であった。AポリマーとBポリマーをいずれもエクストルーダーを用いてそれぞれ260℃、280℃で溶融後、ポリマーAとポリマーBの吐出量が重量比で70/30となるように、紡糸温度を280℃としてポリマーを複合口金に流入し、吐出孔から複合ポリマー流を吐出した。
【0087】
吐出孔から吐出された複合ポリマー流は冷却固化後油剤を付与し、紡糸速度1000m/minで巻取ることで未延伸繊維を製造した。次いで、未延伸繊維を85℃と130℃に加熱したローラー間で2.6倍延伸を行うことで、紡糸・延伸工程を通じて72dtex-36フィラメント(単繊維繊度2.0dtex)の海島複合繊維を製造した。
【0088】
この海島複合繊維は、島成分重量比が70%と高いにも関わらず、島成分が均質に存在し、島成分径バラツキが5.6%と断面形成性が非常に優れるものであり、紡糸・延伸工程における糸切れ回数は0回/百万mと極めて良好な製糸安定性を有していた。結果を表1に示す。
【0089】
[比較例1]
複合口金として、図3(b)に示すように、Bポリマー分配孔が最外周を被覆するように穿設された分配板(NB2/NB1=0.12)を用いたこと以外は、全て実施例1に従い実施し、海島複合繊維を製造した。
【0090】
製造された海島複合繊維は、外層に存在する断面形成に寄与しないポリマー流が、縮小孔で大きく屈曲することにより引き起こされるポリマー流の干渉に起因した不安定化により、島成分同士の接合がランダムに複数箇所見られた。その結果として島成分の均質性も損なわれることとなり、断面形成性は実施例1と比較して劣るものであった。また、製糸安定性においては、紡糸工程での糸切れは観察されなかったものの、延伸工程で、断面の不均質性に起因する糸切れが発生しており、実施例1と比較して製糸安定性も劣る結果であった。結果を表1に示す。
【0091】
[比較例2]
複合口金として、LBB’/LAA’=1.73、LAB/LAA’=1.00となるようにポリマー分配孔を穿設した分配板を用いたこと以外は、実施例1に従い実施し、海島複合繊維を製造した。
【0092】
製造された海島複合繊維は、分配板最下層のAポリマー分配孔の中心間距離がBポリマー分配孔と比較して近いことに起因して、Aポリマー同士の合流が助長され、2つの島成分が接合する様子が目立って見られるものであり、断面形成性が実施例1と比較して劣るものであった。また、断面の不均質性に起因する延伸工程での糸切れが発生しており、実施例1と比較して製糸安定性も劣る結果であった。結果を表1に示す。
【0093】
[比較例3]
複合口金として、従来公知のパイプ型海島複合口金(島数100)を使用したこと以外は、全て実施例1に従い実施し、海島複合繊維を製造した。
【0094】
製造された海島複合繊維は、島比率が高いことにより、親和性の低さに起因した微細な複合流の乱れ等により不安定なポリマー複合流の形成が助長されることになり、大きな島合流が発生し、まともな海島断面を形成していなかった。このため、実施例1と比較して、島成分径バラツキが非常に大きいものであり、紡糸・延伸工程において糸切れが多発する結果であった。結果を表1に示す。
【0095】
[実施例2、3]
実施例2においては、LBB’/LAA’=1.00、LAB/LAA’=0.71となるように、実施例3においては、LBB’/LAA’=0.27、LAB/LAA’=0.52となるように、分配板最下層にBポリマー分配孔が穿設された分配板を使用したこと以外は実施例1に従い実施し、海島複合繊維を製造した。
【0096】
いずれの海島複合繊維においても、良好な断面形成性ならびに島成分均質性を示すものであったが、特に、LBB’/LAA’およびLAB/LAA’を限りなく小さくした実施例3においては、実施例1と比較してもより優れた島成分均質性を示すものであった。結果を表1に示す。
【0097】
[実施例4、5]
分配板最下層に穿設されるAポリマー分配孔数を200(実施例4)、500(実施例5)と変更したこと以外は実施例1に従い実施し、海島複合繊維を製造した。
【0098】
製造された海島複合繊維は、島数を多くした場合でも島成分均質性を維持して良好な断面形成性を有しており、実施例1と比較してもより細い極細繊維を可能とする海島複合繊維であった。結果を表1に示す。
【0099】
[実施例6~9]
実施例6~9においては、ポリマーAの吐出量を一定としてポリマーBの吐出量を変更し、ポリマーAが重量比率で50、60、80、90%となるようにしたこと以外は全て実施例1に従い、海島複合繊維を製造した。
【0100】
実施例6および7にて製造された海島複合繊維は、実施例1と比較して海成分の比率が多いことに起因して、口金内での複合ポリマー流の安定化が促進されることで、実施例1と比較して、より優れた島成分均質性を示すものであった。
実施例8および9にて製造された海島複合繊維は、島成分比率が大きいにも関わらず、優れた断面形成性ならびに製糸安定性を有するものであり、実施例1と比較して生産性に優れるものであった。結果を表2に示す。
【0101】
[実施例10、11]
実施例10においては、Bポリマーにポリエチレンテレフタレート(PET2、溶融粘度:200Pa・s)、実施例11においては、5-ナトリウムスルホイソフタル酸8.0mol%および分子量1000のポリエチレングリコール10wt%が共重合したポリエチレンテレフタレート(共重合PET、溶融粘度:184Pa・s)を適用したこと以外は実施例1に従い、海島複合繊維を製造した。
【0102】
実施例10にて製造された海島複合繊維は、ポリマー粘度比が小さい場合でも、比較的良好な断面形成性を示すものであった。
【0103】
実施例11にて製造された海島複合繊維は、ポリマー粘度比が小さいものの、融点差が小さいため、口金から吐出されたポリマー複合流が紡糸線上で固化する際に、成分間の固化温度差により引き起こされる断面不安定化を抑制したため、著しく良好な断面形成性を有するものであった。さらに、共重合成分の導入によりアルカリ溶出性に優れることから、脱海工程ならびに廃液処理の簡易化という観点でも実施例1と比較すると優れており、極細繊維としての生産性は極めて良好なものであった。結果を表2に示す。
【0104】
[実施例12]
Aポリマーにポリプロピレン2(PP2、融点:162℃、溶融粘度:130Pa・s)を使用したこと以外は実施例1に従い実施し、海島複合繊維を製造した。
【0105】
この場合、Aポリマーの溶融粘度がBポリマーと比較して大きくなることから、相対的にBポリマーの流動性が高くなることによりAポリマー同士の接合が抑制されることとなるため、製造された海島複合繊維の断面形成性は極めて良好なものであった。結果を表2に示す。
【0106】
【表1】
【0107】
【表2】
【符号の説明】
【0108】
L : 2つのポリマー分配孔の中心間距離(LAA’は最も短い中心間距離で隣接するAポリマー分配孔の中心間距離、LBB’は最も短い中心間距離で隣接するBポリマー分配孔の中心間距離、LABは最も短い中心間距離で隣接するAポリマーとBポリマー分配孔の中心間距離)
D : ポリマー分配孔の孔径(DはAポリマー分配孔の径、DはBポリマー分配孔の径)
1 : 導入板
2 : 分配板
3 : 吐出版
4 : 分配溝
5 : 分配孔
6 : 吐出導入孔
7 : 縮小孔
8 : 口金吐出孔
9 : Aポリマー分配孔
9’ : 隣接するAポリマー分配孔
10 : Bポリマー分配孔
10’ : 隣接するBポリマー分配孔
11 : 海島型分配孔群に存在するBポリマー分配孔
12 : 海島型分配孔群外に存在するBポリマー分配孔
図1
図2
図3