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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023008048
(43)【公開日】2023-01-19
(54)【発明の名称】打抜き加工方法
(51)【国際特許分類】
   B21D 28/02 20060101AFI20230112BHJP
【FI】
B21D28/02 Z
B21D28/02 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021111293
(22)【出願日】2021-07-05
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和3年6月4日に「2021年度 塑性加工春季講演会」にて公開
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度国立研究開発法人科学技術振興機構 研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム 産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】305060567
【氏名又は名称】国立大学法人富山大学
(71)【出願人】
【識別番号】592189206
【氏名又は名称】株式会社小松精機工作所
(74)【代理人】
【識別番号】100096002
【弁理士】
【氏名又は名称】奥田 弘之
(74)【代理人】
【識別番号】100091650
【弁理士】
【氏名又は名称】奥田 規之
(72)【発明者】
【氏名】白鳥 智美
(72)【発明者】
【氏名】相澤 龍彦
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 洋平
【テーマコード(参考)】
4E048
【Fターム(参考)】
4E048BA02
4E048BA06
(57)【要約】
【課題】超硬工具を使用することを前提としながらも、当該工具の摩耗を抑制しつつアモルファス電磁鋼板を打抜きする加工方法を提供する。
【解決手段】積層した複数枚のアモルファス電磁鋼板を、ダイ及びパンチを用いて打抜くに際し、打抜き加工前のアモルファス電磁鋼板に樹脂皮膜を塗布することにより、打抜き荷重を低下させる。この結果、工具の摩耗を低減することが可能となる。
【選択図】図20
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アモルファス電磁鋼板を、ダイ及びパンチを用いて打抜くに際し、打抜き加工前のアモルファス電磁鋼板に弾性皮膜を塗布することにより、打抜き荷重を低下させることを特徴とする打抜き加工方法。
【請求項2】
積層された複数のアモルファス電磁鋼板を打抜くに際し、パンチとダイに接触しない中間層のアモルファス電磁鋼板の少なくとも一部のアモルファス電磁鋼板に弾性皮膜を塗布し、選択的に打抜き荷重を低下させることを特徴とする請求項1に記載の打抜き加工方法。
【請求項3】
上記弾性皮膜が、樹脂皮膜よりなることを特徴とする請求項1または2に記載の打抜き加工方法。
【請求項4】
上記弾性皮膜が、絶縁材よりなることを特徴とする請求項1~3の何れかに記載の打抜き加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、打抜き加工方法に係り、特に、モータの鉄心等に用いられる電磁鋼板の打抜きに好適な加工技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、二酸化炭素排出の抑制による地球温暖化抑止社会の実現が急がれている。自動車ではハイブリット自動車、電気自動車を中心に、モータや発電機の採用と軽量化および高性能化が求められている。
モータ用鉄心(以下モータコア)は電磁鋼板を金型で打抜いて成形し、複数枚を積層した上でカシメ、または接着や溶接により一体化して製造されている。
一体化時の板間での損失に加え、電磁鋼板の打抜き加工では、打抜き時の塑性ひずみや弾性ひずみが、鉄損の原因となることは周知の事実である。
【0003】
電磁鋼板は種類が大きく2つに分かれる。1つは一般的な電磁鋼板であり、磁区が無方向に配列し、無方向性電磁鋼板と呼ばれる。2つめは非晶質(アモルファス)な金属組織を持つ、アモルファス電磁鋼板である。2つの電磁鋼板における鉄損は大きく異なり、たとえば非特許文献1に示したように、一般的な無方向の電磁鋼板の鉄損が110Wであるのに対し、アモルファス電磁鋼板では25Wまで77%鉄損が軽減する。したがって、高性能なモータにはアモルファス電磁鋼板の採用が期待されてきている。
【0004】
アモルファス電磁鋼板の機械的特性としては非特許文献2に示されているビッカース硬さ900、引張強さ1.2 GPaのように、硬く強い材料であることが知られている。
【0005】
アモルファス電磁鋼板は通常、板厚が25~50μmと薄い。モータの鉄心材とするには、無方向性電磁鋼板の板厚を500μmとすると10~20倍のせん断加工を行う必要がある。この多数回打抜き加工の効率化に向けて、アモルファス電磁鋼板を多数枚積層してから打抜く、多層積層打抜きの技術が検討されてきている。
【0006】
非特許文献3はアモルファス電磁鋼板5枚を打抜き加工した際の切り口断面形状を調査した結果である。板押え力、逆押えの有無、積層枚数をパラメータとした調査から、基礎的な打抜き特性が報告されている。この結果、積層した材料間の打抜き時の引込みが課題となり、曲がりやき裂を防ぐために積層枚数を選択していくことが推奨されてきた。
【0007】
アモルファス電磁鋼板の高硬度および高強度打抜きでは、工具摩耗対策が重要となる。これまでに1989年の非特許文献3の合金工具鋼SKD11が、非特許文献2ではより硬度が高い、HRA88の超硬に材料が用いられた。しかしながら非特許文献2では、わずか600回の打抜き加工で超硬パンチの先端が10μm程度のRとなることが報告され、工具摩耗対策が充分に実施されてきているとは言えない。
【0008】
工具の高強度化としてはダイヤモンドを用いた工具の開発が進んできた。非特許文献4では、打抜きパンチにダイヤモンドを用いてアルミニウム合金やステンレス鋼の打抜き事例が報告された。しかしながら、これまでにアモルファス電磁鋼板の多層積層打抜きを、ダイヤモンド工具を用いて評価した事例は報告されていない。
【0009】
ダイヤモンド工具の製作方法としては近年、従来のダイヤモンド砥石を用いた研削加工に加えて、非特許文献5に示すようなフェムト秒レーザ加工によりダイヤモンドパンチの先端を2.75μmまで先鋭化する技術が開発されている。
【0010】
フェムト秒レーザ加工を工具表面に施した場合に、1μmの幅の中に3本程のナノメートル単位の微細溝を製作することが可能となる。この溝はナノ周期構造と呼ばれる。近年、このナノ周期構造を超硬工具の表面に施してステンレス材との摩擦係数が低下する効果が非特許文献6で報告がなされている。
【0011】
また、非特許文献6の工法で製作したナノ周期構造付きダイヤモンドパンチで5枚のアモルファス電磁鋼板を打抜き、穴の周囲に存在する加工影響が板厚の25 μm以下に抑えられる効果が非特許文献7に報告されている。また、この内容は特願2020-187999として出願が行われている。
【0012】
ここまでの状況から、アモルファス電磁鋼板のせん断加工では、生産性確保の観点から多層積層打抜きへの期待が高い。しかしながら、アモルファス電磁鋼板は高硬度高強度材であることから、工具が超硬材では充分な耐久性が得られてきていない。また、ナノ周期構造を有するダイヤモンド工具により、5枚の積層せん断時の加工影響範囲縮小効果が得られているが、工具耐久性については明らかになっていない。
【0013】
【非特許文献1】アモルファス金属を用いたモーターの高効率化技術を開発/日立金属株式会社/Materials Magic/2018年/1~2頁/https://www.hitachi-metals.co.jp/press/pdf/2018/20181024jp.pdf
【非特許文献2】アモルファス合金箔の打抜きにおける各種加工条件が切口面と工具寿命に及ぼす影響/古閑伸裕ほか/塑性と加工/2018年/第59巻692号/176~180頁
【非特許文献3】非晶質合金箔の積層打抜き/第40回塑性加工連合講演会/高橋正春ほか/1989年/531~534頁
【非特許文献4】焼結ダイヤモンド工具を備えたゼロクリアランス金型による精密せん断加工/古閑伸裕ほか/塑性と加工/2016年/第57巻660号/41~46頁
【非特許文献5】Femtosecond Laser Trimming of CVD-Diamond Coated Punch for Fine Embossing/Tatsuhiko Aizawa et el./Materials Transactions/2020年/第61巻2号/224~250号
【非特許文献6】フェムト秒レーザによる微細周期構造のしゅう動特性に及ぼす影響/精密工学会誌/第70巻1号/133~137号
【非特許文献7】Femtosecond Laser Trimming with SimultaneousNanostructuring to Fine Piercing Punch to Electrical Amorphous Steel Sheets/Tatsuhiko Aizawa et el./2021年/第12巻568号/1~14頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
図1は、せん断加工の基本となる金型構造を示した図である。
打抜き加工は、被加工材を雄型であるパンチと雌型であるダイで挟み、プレス機の変位と荷重を工具に伝えることで被加工材をせん断および破断させる、破壊を伴う工法である。
打抜き加工時に被加工材を平坦に保つためには、板押え力をストリッパープレートから被加工材に加える必要がある。
また、ストリッパープレートには、打抜き加工後に被加工材からパンチを引き剥がす役割もある。
【0015】
一般に打抜き加工を行った後の被加工材断面には、図2に示すようにだれ、せん断面、破断面、かえりが表れ、これらを総称して切り口面と呼ばれる。
【0016】
図3は板厚25 μmの材料を5枚積層し(総厚125 μm)、ストリッパーに板押え力を加えて、パンチによって5枚の材料を打抜いた場合の模式図である。
【0017】
アモルファス電磁鋼板5枚を積層して打抜いた場合には、非特許文献2に示したように、被加工材であるアモルファス材が打抜き時に曲げ変形と引張変形が加わる中で、き裂を生じながら打抜かれることが知られている。打抜き後の穴や打抜き材は平面が保てずに反りやかえりが生じ、これがモータの鉄心として積層される場合に外径寸法や平面度を乱すことから、工業的には積層枚数を減らし、形状精度と生産性を両立する条件での打抜き加工が実用化されてきた。
【0018】
アモルファス電磁鋼板は非特許文献2に示すように、ビッカース硬さ900、引張強さ1.2 GPaと高硬度高強度材である。同じく非特許文献2に示すように超硬材料を用いてアモルファス電磁鋼板を打抜いた場合には、わずか600回の打抜き加工でパンチは10 μm程度のRを示すまで摩耗し、工具材の先端に課題がある。
【0019】
工具材種としてダイヤモンドは最も硬い材料で、これまでにも非特許文献4でダイヤモンドのパンチを用いた打抜き技術が開発されてきている。非特許文献5に示すように、フェムト秒レーザを用いたトリミング技術が開発され、非特許文献7によって、アモルファス電磁鋼板の多層積層打抜きにおいて、ダイヤモンド工具展開の有効性は実証されつつある。
【0020】
非特許文献5および6で開発されたナノ周期構造付きのダイヤモンド工具は、通常の超硬工具に対して、工具費は10倍を超える工具費を要する。このため、従来の超硬工具を使用しながら、工具の耐久性を確保し、生産性を確保した工法の開発が望まれている。
【0021】
上述のように、現状のアモルファス電磁鋼板打抜き加工では、生産性向上の観点から多層積層せん断への期待は高いが、高硬高強度材であるアモルファス電磁鋼板の打抜き加工では、一般的な超硬材料では実用的な工具耐用を確保することができていない。また、ダイヤモンド工具の開発は進んでいるが、高額な工具費を補うだけの効果が実証されてきていない状況にある。
【0022】
本発明は、上述の状況に鑑み、従来の超硬工具を使用する条件で、当該工具の摩耗を抑制しつつアモルファス電磁鋼板を打抜きする加工方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0023】
上記の目的を達成するために、請求項1に記載の打抜き加工方法は、アモルファス電磁鋼板を、ダイ及びパンチを用いて打抜くに際し、打抜き加工前のアモルファス電磁鋼板に弾性皮膜を塗布することにより、打抜き荷重を低下させることを特徴としている。
【0024】
また、請求項2に記載の打抜き加工方法は、積層された複数のアモルファス電磁鋼板を打抜くに際し、パンチとダイに接触しない中間層のアモルファス電磁鋼板の少なくとも一部のアモルファス電磁鋼板に弾性皮膜を塗布し、選択的に打抜き荷重を低下させることを特徴としている。
【0025】
請求項3に記載の打抜き加工方法は、上記弾性皮膜が樹脂皮膜よりなることを特徴としている。
【0026】
請求項4に記載の打抜き加工方法は、上記弾性皮膜が、絶縁材よりなることを特徴としている。絶縁性の弾性皮膜としては、例えば、ゴム、接着剤(エポキシ、シリコーン)、電気絶縁皮膜(クロム酸塩素系被膜、クロム塩酸+有機樹脂皮膜)等が該当する。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、アモルファス電磁鋼板の打抜き加工に際し、打抜き荷重を抑制することにより、工具の摩耗を低減することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】本発明の一実施形態に係る打抜き加工用金型の構成と役割を説明するための構造図である。
図2】打抜いた穴の切り口面を示す電子顕微鏡写真である。
図3】電磁鋼板の打抜き加工に際し、5枚の多層で打抜き加工を行う模式図である。
図4】実施例で使用した小型サーボプレスの外観写真である。
図5】超硬パンチと超硬ダイの電子顕微鏡観察結果である。
図6】樹脂皮膜を塗布するのに用いたホワイトボードマーカーを示す写真である。
図7】アモルファス電磁鋼板の一部にホワイトボードマーカーを用いて樹脂皮膜を塗布した状態を示す外観写真である。
図8】打抜き加工順と樹脂皮膜を塗布した試料番号との対応関係を示した図である。
図9】5枚のアモルファス電磁鋼板の多層積層打抜き時の荷重-ストローク線図である。
図10】5枚のアモルファス電磁鋼板の多層積層打抜き時で、No.1からNo.5の材料を1枚だけ樹脂皮膜を塗布した時の荷重-ストローク線図である。
図11】樹脂皮膜を塗布しない通常の条件で打抜いた穴のSEM観察結果である。
図12】樹脂皮膜を塗布しない通常の条件で打抜いた穴のSEM観察結果で、穴の右側を拡大した結果である。
図13】樹脂皮膜をNo.3からNo.5まで塗布した条件で打抜いた穴のSEM観察結果である。
図14】樹脂皮膜をNo.3からNo.5まで塗布した条件で打抜いた穴のSEM観察結果で、穴の右側を拡大した結果である。
図15】No.1からNo.5の打抜き穴右側部における加工影響部の幅をグラフ化した図である。
図16】樹脂皮膜を塗布しない通常の条件で打抜いた穴の右側部分の非接触3次元形状測定結果と2次元断面の測定結果である。
図17】樹脂皮膜をNo.3からNo.5まで塗布した条件で打抜いた穴の右側部分の非接触3次元形状測定結果と2次元断面の測定結果である。
図18】積層したアモルファス電磁鋼板間でせん断荷重の伝わり方を樹脂皮膜の塗布の有無で比較した図である。
図19】樹脂皮膜を塗布しない通常の条件で多層積層せん断を行う際の打抜き断面の模式図である。
図20】樹脂皮膜をNo.3からNo.5まで塗布した条件で多層積層せん断を行う際の打抜き断面の模式図である。
図21】樹脂皮膜をNo.3からNo.5まで塗布した条件で多層積層せん断を行う際の打抜き断面の模式図で、圧縮応力と引張応力を示した図である。
図22】曲げモーメントを加えて材料を破壊する際の模式図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本発明の実施形態である樹脂皮膜を塗布した、アモルファス電磁鋼板の打抜き加工方法を、図1図22に基づいて詳細に説明する。
なお、この実施の形態により本発明が限定されるものではない。
【0030】
[発明の原理]
本発明は、アモルファス電磁鋼板を打抜き加工するに際し、予めアモルファス電磁鋼板に弾性皮膜(例えば樹脂皮膜)を塗布した上で打抜くことにより、打抜きの加工荷重を低減する工法である。
【0031】
[打抜き加工用金型の構成]
図1は、本発明に係る打抜き加工用金型10を示すものであり、パンチ12と、ダイ14と、ストリッパープレート16と、パンチプレート18と、バックプレート20と、スプリング22と、ダイプレート24と、ガイドポスト26で構成される。
【0032】
ガイドポスト26の下端側はダイプレート24に固定されると共に、その上端側はストリッパープレート16及びパンチプレート18に形成された貫通孔内に挿通されている。
また、パンチ12の下端側はストリッパープレート16の貫通孔内に挿入されると共に、その上端側はパンチプレート18を貫通してバックプレート20に固定されている。
ストリッパープレート16とダイプレート24との間には、被加工材28としてのアモルファス電磁鋼板が配置されている。
【0033】
ここで、図示しないプレス機からの押圧力がパンチプレート18に加えられると、パンチ12が下降してダイ14との間で被加工材28を打ち抜く。
この際、ストリッパープレート16に加わる板押さえ力により、被加工材28を平坦に保った状態で、パンチ12を被加工材28から引きはがすことが可能となる。
【0034】
パンチ12およびダイ14に用いる材料は、一般的な超硬材を選択する。
【0035】
[打抜き材料と打抜き条件]
被加工材であるアモルファス電磁鋼板の板厚や積層枚数は限定しない。
また、打抜き加工条件としてのクリアランスや板押さえ力、打抜き加工速度についても限定をせず、打抜き加工を行う。
【0036】
[弾性皮膜の条件]
打抜き加工前にアモルファス材に塗布する弾性皮膜の種類や組成については限定しない。
【0037】
[弾性皮膜の塗布タイミング]
弾性皮膜を打抜き前に塗布するタイミングは、パンチが打抜き加工時に被加工材であるアモルファス電磁鋼板に接触する直前までとする。
【実施例0038】
アモルファス電磁鋼板の打抜きに際し、アモルファス電磁鋼板に弾性皮膜を塗布することによって打抜き荷重を低減できることを実証するため、以下の実験を行い、その効果を確かめた。
プレス機は、図4に示すように、10kNの小型サーボプレスを用いた。金型には特許第6240864号を適用した、ナノメートル精度のデジタルクリアランス調整金型を用いた。
この金型は、ダイの直下にピエゾ式のデジタル制御ステージを組み込んでおり、クリアランスの偏りを0.04 μmの分解能でデジタルに調整が可能である。
したがって、クリアランスをナノメートル単位で偏りの無い状態に保持した上で、打抜き加工を実現できる。
このため、打抜いた穴の左右に存在する結晶粒がひずみによって影響を受けた加工影響部を、偏りなく再現できる。
【0039】
実験に使用するパンチは、市販の超硬工具を研削加工して仕上げた。パンチ径をφ1.990 mmで設定した。ダイは直径をφ2.002 mmとした。パンチとダイのクリアランスは片側で0.0085 mmである。
【0040】
被加工材のアモルファス電磁鋼板は板厚を25 μmとし、5枚を積層して打抜いた。打抜きは無潤滑でおこなった。打抜き速度は5 mm/sとした。
【0041】
図5はパンチ先端とダイ先端の電子顕微鏡(SEM)観察像である。この図からパンチとダイには、超硬材料の主成分である炭化タングステン粒が研削加工によって脱落し、工具先端には1~2 μm程度の範囲で不均質な刃先状態となっていることがわかる。
【0042】
図6は、実験において樹脂皮膜の形成に使用した、三菱鉛筆株式会社(登録商標)製 のホワイトボードマーカー(型番:PWD-120-4M Black)を示すものである。
【0043】
図7は、アモルファス電磁鋼板の表面に、上記ホワイトボードマーカーを用いてアモルファス電磁鋼板の一部に黒色の樹脂皮膜を塗布した外観写真である。
【0044】
打抜き加工は、図3に示した5枚のアモルファス電磁鋼板28を積層した状態で行った。この際、No.1~No.5の各層のアモルファス電磁鋼板について、打抜き加工前にアモルファス電磁鋼板の表面に、ホワイトボードマーカーで樹脂皮膜を塗布した(図7参照)。
図8は、各層のアモルファス電磁鋼板に対する樹脂皮膜塗布の組合せパターンを示しており、○と×によって各層への塗布の有無を表現している。例えば、(11)はNO.1~NO.5の全ての層に樹脂皮膜を塗布したパターンを表しており、(13)はNO.2~NO.4の中間層にのみ樹脂皮膜を塗布したパターンを示している。(1)は比較対象として、NO.1~NO.5の何れにも樹脂皮膜を塗布しないパターンを示している。
【0045】
図9は、図8の条件で打抜き加工を行った際の、アモルファス電磁鋼板5枚打抜き時の荷重-ストローク線図である。図9では、樹脂皮膜を塗布しない場合(パターン(1))を基準として、特に荷重の増加や荷重の減少が顕著であった条件を抜粋して図示した。
【0046】
図9から、樹脂皮膜を塗布しない条件に対して、パンチ側から2枚目以降となる、No.2~No.5まで樹脂皮膜を塗布した場合(パターン(10))と、No.2~No.4を塗布した場合(パターン(13))、さらにNo.1~No.5まで全ての材料に塗布した場合(パターン(11))の3つの条件で、打抜き荷重が約15%低減していることがわかる。また、No.1だけに樹脂皮膜を塗布した場合(パターン(12))には、荷重は約2%増加している。
【0047】
図9で荷重が15%荷重程度低下した理由を検証すると、まず、No.1のみに樹脂皮膜を塗布した場合には荷重が2%増加するが、No.1~No.5まで全ての材料を塗布した場合には、荷重が15%低下している。このことはつまり、No.2~No.5までの樹脂皮膜塗布の効果が、No.1を塗布して荷重が増加する効果よりも大きいことを示す。また、樹脂皮膜塗布によって、荷重低減のメカニズムが特にNo.2~No.5の材料に働くことがわかる。
【0048】
また、図9からは、No.2~No.5に樹脂皮膜を塗布した場合と、No.2~No.4に樹脂皮膜を塗布した場合とでは、打抜き荷重に有意差は認められない。したがって、荷重低下に大きな影響を与える樹脂皮膜塗布条件は、No.2~No.4の中間層への塗布であることがわかる。
【0049】
図9から、樹脂皮膜の塗布条件によって荷重低下効果が異なることがわかった。この原因を調査するため、No.1からNo.5の材料を図8の条件で打抜いた際、5枚の材料の内、1枚だけを塗布した際の荷重-ストローク線図を図10に示した。
【0050】
図10から、5枚のアモルファス電磁鋼板の内、1枚だけに樹脂皮膜を塗布した際にはNo.3の打抜き荷重が最も低く(パターン(3))、樹脂皮膜を5枚全てに塗布しない場合(パターン(1))と比較し、約7%荷重が低下することがわかった。図9図10の結果から、樹脂皮膜塗布により、選択的に打抜き荷重を低下させることができることがわかった。
【0051】
図11に、樹脂皮膜を塗布しない通常の条件で打抜いた穴のSEM観察結果を示す。この図11から、打抜いた穴はNo.1からNo.5でいずれも精緻に打抜きが行われていることがわかる。
【0052】
図12は、図11の打抜き穴の右側部分をSEMでさらに拡大した図である。穴の右側部分には、だれ、浪打ち、き裂の加工影響部が生じている。No.1はだれのみで、No.2ではだれと浪打ちが生じている。ここで浪打ちとは、板厚方向にくぼんだ形状のことである。詳細は非特許文献7と同様である。No.3では図の上下方向に連続するき裂が生じており、この部分をき裂範囲としている。No.4は、No.3と同様な傾向となっている。No.5では、No.4よりも3つの加工影響範囲が左右方向に狭い。
【0053】
図13は樹脂皮膜をNo.3からNo.5まで塗布した条件で打抜いた穴のSEM観察結果を示す。この図13から、打抜いた穴はNo.1からNo.5でいずれも精緻に打抜きが行われていることがわかる。
【0054】
図14は、図13の打抜き穴の右側部分をSEMでさらに拡大した図である。穴の右側部分には、だれ、浪打ち、き裂の加工影響部が生じている。No.1はだれが生じ、No.2ではだれ、波打ちとき裂が生じている。No.3では浪打ちが判別できない。No.4とNo.5ではわずかなだれとき裂が生じている。
【0055】
図14図12を比較すると、No.3からNo.5で、図12で生じていた波打ちが図14では解消している。図14でNo.3からNo.5には樹脂皮膜を塗布しており、樹脂皮膜の塗布が加工影響部の変形形態を変えたこととなる。樹脂皮膜の塗布によって、浪打ちが解消したと考えられる。このことは、図14のNo.2で樹脂皮膜を塗布しない層では浪打ちが生じることとも対応している。
【0056】
図15は、図12図14で加工影響部に生じただれ、浪打ち、き裂の合計長さをグラフ化した図である。この図15から、樹脂皮膜を塗布したNo.3からNo.5では加工影響幅は樹脂皮膜を塗布しない場合と大きく変化していないことがわかる。
一方、No.2については図12及び図14の何れの場合においても樹脂皮膜を塗布していないが、No.3からNo.5に樹脂皮膜を塗布したか否かによって加工影響幅に差異が生じている。すなわち、No.3からNo.5に樹脂皮膜を塗布しない場合はNo.2の加工影響幅が50 μmであるのに対し、樹脂皮膜がNo.3からNo.5まで塗布されている場合には80 μmまで拡大している。
【0057】
図16は、図12でSEM観察した穴の右側端部を非接触3次元形状測定した結果と、この3次元測定結果から得られた2次元断面測定結果である。3次元測定結果から、No.2からNo.5に浪打ちとして板厚方向へのくぼみが測定され、図12の加工影響部測定結果と対応している。2次元測定の結果から、穴の端部では板厚方向にだれた形状となっていることがわかった。図12の穴の内径方向の加工影響だけでなく、板厚方向にもNo.2からNo.5が変形しながら打抜きが行われていると言える。
【0058】
図17は、図14でSEM観察した、No.3からNo.5までに樹脂皮膜を塗布して打抜いた穴の右側端部を非接触3次元形状測定した結果と、この3次元測定結果から得られた2次元断面測定結果である。この図17から、図16と同様にNo.2からNo.5の打抜き穴端部が板厚方向にだれた形状となっている。No.3からNo.5は樹脂皮膜を塗布してあり、図14で浪打ちが抑制されてき裂が支配的となる様子は3次元測定結果とも対応している。2次元断面形状からは、樹脂皮膜を塗布してあるNo.3からNo.5の板厚方向のだれ込み量は図16と概ね同じであり、有意差は認められない。No.2では55 μmとなり、図16のNo.2の25 μmから倍増している。このことは図12とも対応しており、No.3からNo.5への樹脂皮膜塗布の影響を受けていると考えられる。
【0059】
ここまで図9から図17でアモルファス電磁鋼板の多層積層せん断において、選択的な樹脂皮膜塗布による荷重変化と打抜き穴の変形形態の違いを明らかにした。この結果、樹脂皮膜を塗布することで、打抜き荷重が15%程度低減し、特に多層積層の中間層への塗布が荷重低下の要因であることがわかった。また、樹脂皮膜塗布により浪打ち変形が抑制される効果があることがわかった。さらに、穴の半径方向と板厚方向の加工影響幅と板厚方向のだれ量は樹脂皮膜塗布の影響をほとんど受けないことが明らかとなった。
【0060】
では、なぜ、樹脂皮膜塗布によって加工影響範囲が変化しないのに打抜き荷重が下がるのかを考察する。図18は樹脂皮膜有無による打抜き荷重伝播の違いを模式図として表した図である。図18(a)では、2つの層間の接触部は真実接触している部分に限られる。この結果として、打抜き荷重の一部は下の層に伝わらず一部が分散する。一方、樹脂皮膜はアモルファス電磁鋼板に対して充分に柔らかく、図18(b)のように真実接触長さは図18(a)よりも増える。これによって、図18(a)よりも打抜き荷重が下の層に伝わりやすくなると考えられる。しかしながら、樹脂皮膜内部を伝播する応力の量を定量化することはできず、この内容は推察の域を出ない。
【0061】
図19図20は、5枚積層せん断時の樹脂皮膜有無によるせん断状態を模式図化した図である。図19は樹脂皮膜塗布が無い、通常の打抜き加工の模式図であり、図20図13及び図14に対応した、No.3からNo.5までに樹脂皮膜を塗布した場合である。図20は、No.1が破断し、No.2を打抜くタイミングである。
【0062】
図19では、パンチからの打抜き応力がダイで反力となり、せん断荷重が生じたと考えている。一方、樹脂皮膜が塗布してある場合には、樹脂皮膜の柔らかさから打抜き荷重の伝わり方が変化すると考えられる。
【0063】
図21は、図20に応力を書き込んだ図である。樹脂皮膜には厚さがあり、No.3からNo.5は打抜き時に厚さが増す。パンチとダイの間にはクリアランスがあり、打抜き時には被加工材料はパンチストローク方向にせん断されると共に穴の中心方向に引っ張られる。樹脂皮膜はアモルファス電磁鋼板に対して充分に柔らかく、且つ変形に対して抵抗力を持つ。この結果、アモルファス電磁鋼板には曲げ応力が生じることとなる。
つまり、樹脂皮膜塗布による板厚増加と打抜き加工次の樹脂皮膜の変形のしやすさによる板厚減少によって、打抜き加工時に局所的な曲げ変形がアモルファス電磁鋼板に加わったと考えられる。樹脂皮膜が無い場合のせん断変形による材料の破断形態が、樹脂皮膜により曲げ変形主体に変形形態が移行したと推察できる。
【0064】
図22に示したように、曲げ変形による破断は板厚によらず、曲げの外周側の板厚半分の部分に引張応力が加わることで破断が生じる。今回の結果から、樹脂皮膜の塗布により局所的な曲げ変形がアモルファス電磁鋼板の破壊を低荷重で実現できたとの仮定は、上記の実験結果とも対応している。
【符号の説明】
【0065】
10 打抜き加工用金型
12 パンチ
14 ダイ
16 ストリッパープレート
18 パンチプレート
20 バックプレート
22 スプリング
24 ダイプレート
26 ガイドポスト
28 被加工材(アモルファス電磁鋼板)
図1
図2
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