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特開2023-80699押出機のシミュレーション方法およびシミュレーションプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023080699
(43)【公開日】2023-06-09
(54)【発明の名称】押出機のシミュレーション方法およびシミュレーションプログラム
(51)【国際特許分類】
   B29C 48/92 20190101AFI20230602BHJP
【FI】
B29C48/92
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021194180
(22)【出願日】2021-11-30
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り Polymers 2021, 13, 3892. https://doi.org/10.3390/polym13223892
(71)【出願人】
【識別番号】000003458
【氏名又は名称】芝浦機械株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100135183
【弁理士】
【氏名又は名称】大窪 克之
(74)【代理人】
【識別番号】100116241
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 一郎
(72)【発明者】
【氏名】笹井 裕也
【テーマコード(参考)】
4F207
【Fターム(参考)】
4F207AM23
4F207AR03
4F207AR06
4F207AR09
4F207KA01
4F207KA17
4F207KK13
4F207KM04
4F207KM05
4F207KM14
4F207KM15
(57)【要約】      (修正有)
【課題】高速回転するスクリュにより樹脂の粘度を低下させる場合に、高速回転による処理後の樹脂、および装置内部の樹脂の粘度、温度を精度よく予測できる、押出機のシミュレーション方法を提供すること。
【解決手段】押出機のスクリュ回転数とバレル温度との組み合わせ毎にヌセルト数を算出するヌセルト数算出ステップS10と、前記押出機の出口を対象部位として、樹脂の圧力、温度および粘度の推定値を設定する推定値設定ステップS11と、前記ヌセルト数、前記流速および前記圧力勾配を用いて、前記対象部位における温度勾配および粘度勾配を算出する温度勾配・粘度勾配算出ステップS15と、隣接部位の圧力、温度および粘度を算出する圧力・温度・粘度算出ステップS16とを備えており、算出値と実測値とが一致する場合、推定値設定ステップS11において推定値として設定した樹脂の圧力、温度および粘度を予測値とする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
押出機のスクリュ回転数とバレル温度との組み合わせ毎にスクリュにおけるヌセルト数を算出するヌセルト数算出ステップと、
前記押出機の出口を対象部位として、樹脂の圧力、温度および粘度の推定値を設定する推定値設定ステップと、
前記樹脂の物性、前記押出機の構成および運転条件を用いて、前記対象部位における前記樹脂の流速および圧力勾配を算出する流速・圧力勾配算出ステップと、
前記ヌセルト数、前記流速および前記圧力勾配を用いて、前記対象部位における温度勾配および粘度勾配を算出する温度勾配・粘度勾配算出ステップと、
前記圧力勾配、前記温度勾配および前記粘度勾配を用いて、前記対象部位から前記押出機の入口側に、所定距離離れた隣接部位の圧力、温度および粘度を算出する圧力・温度・粘度算出ステップと、
前記隣接部位が、前記押出機の入口であるか否かを判断する、部位判定ステップと、を備え、
前記部位判定ステップにおいて、前記隣接部位が前記押出機の入口ではないとされた場合、前記隣接部位を新たな対象部位とし、前記圧力・温度・粘度算出ステップにより算出された算出値を用いて、前記流速・圧力勾配算出ステップ、前記温度勾配・粘度勾配算出ステップ、前記圧力・温度・粘度算出ステップおよび前記部位判定ステップを行い、
前記部位判定ステップにおいて、前記隣接部位が前記押出機の入口であるとされた場合、前記圧力・温度・粘度算出ステップにより算出された前記算出値と、前記入口における実測値を比較する比較ステップを行い、
前記比較ステップにおいて、前記算出値と前記実測値とが一致しない場合、前記推定値設定ステップに戻り、樹脂の圧力、温度および粘度について、その残差が小さくなるように求根アルゴリズムを用いて別の推定値を設定し、前記算出値と前記実測値とが一致するまで上記各ステップを繰り返し、
前記比較ステップにおいて、前記算出値と前記実測値とが一致する場合、前記推定値設定ステップにおいて推定値として設定した樹脂の圧力、温度および粘度を予測値とする、
押出機のシミュレーション方法。
【請求項2】
前記対象部位がスクリュかそれ以外の部位かを判断する対象部位判定ステップ、および
前記対象部位判定ステップにおいて、前記対象部位が前記スクリュであると判断された場合、前記圧力が正かゼロ以下かを判断する充満度判定ステップ、をさらに備えている、
請求項1に記載の押出機のシミュレーション方法。
【請求項3】
前記ヌセルト数算出ステップは、
前記スクリュにおけるヌセルト数Nuを以下の式(17)を用いて算出し、
【数1】
(式(17)における、Lpはスクリュの経路長、zはスクリュ経路の伸長方向の座標であり、NuZは、以下の式(16)により表される。)
【数2】
(式(16)におけるHはスクリュ溝の高さ、qは熱流束、zはスクリュ経路の伸長方向の座標、yはスクリュ溝の深さ方向の座標、κは樹脂の熱伝導率、Tbはバレル温度であり、T(z)は以下の式(14)により表される。)
【数3】
(式(14)におけるHはスクリュ溝の高さ、yはスクリュ溝の深さ方向の座標、vzはスクリュ経路の伸長方向の樹脂の流速、Tは樹脂の温度である。)
前記スクリュ以外の部位におけるヌセルト数Nuを以下の式(23)を用いて算出する、
【数4】
(式(23)におけるκは樹脂の熱伝導率、lはダイまたは貫通穴の長さ、nはべき乗則流体を仮定した場合の粘性指数、ρは樹脂の溶融密度[kg/m3]、Cpは樹脂の比熱[J/(kg・K)]、Qは樹脂の押出速度(m3/秒間)である。)
請求項2に記載の押出機のシミュレーション方法。
【請求項4】
押出機のスクリュ回転数とバレル温度との組み合わせ毎にスクリュのヌセルト数を算出するヌセルト数算出ステップと、
前記押出機の出口を対象部位として、樹脂の圧力、温度および粘度を設定する推定値設定ステップと、
前記樹脂の物性、前記押出機の構成および運転条件を用いて、前記対象部位における前記樹脂の流速および圧力勾配を算出する流速・圧力勾配算出ステップと、
前記ヌセルト数、前記流速および前記圧力勾配を用いて、前記対象部位における温度勾配および粘度勾配を算出する温度勾配・粘度勾配算出ステップと、
前記圧力勾配、前記温度勾配および前記粘度勾配を用いて、前記対象部位から前記押出機の入口側に、所定距離離れた隣接部位の圧力、温度および粘度を算出する圧力・温度・粘度算出ステップと、
前記隣接部位が、前記押出機の入口であるか否かを判断する、部位判定ステップと、を備え、
前記部位判定ステップにおいて、前記隣接部位が前記押出機の入口ではないとされた場合、前記隣接部位を新たな対象部位とし、前記圧力・温度・粘度算出ステップにより算出された算出値を用いて、前記流速・圧力勾配算出ステップ、前記温度勾配・粘度勾配算出ステップ、前記圧力・温度・粘度算出ステップおよび前記部位判定ステップを行い、
前記部位判定ステップにおいて、前記隣接部位が前記押出機の入口であるとされた場合、前記圧力・温度・粘度算出ステップにより算出された前記算出値と、前記入口における実測値とを比較する比較ステップを行い、
前記比較ステップにおいて、前記算出値と前記実測値とが一致しない場合、前記推定値設定ステップに戻り、樹脂の圧力、温度および粘度について、その残差が小さくなるように求根アルゴリズムを用いて別の推定値を設定し、前記算出値と前記実測値とが一致するまで上記各ステップを繰り返し、
前記比較ステップにおいて、前記算出値と前記実測値とが一致する場合、前記推定値設定ステップにおいて推定値として設定した樹脂の圧力、温度および粘度を予測値とする、
押出機のシミュレーション方法をコンピュータに実行させるシミュレーションプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、押出機のスクリュを高速回転させて樹脂を熱分解する場合における、押出機内および熱分解後の圧力、滞留時間、樹脂の充満率、樹脂の粘度および温度等を予測する押出機のシミュレーション方法およびシミュレーションプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
濾過媒体、医療用布、音吸収材、クッション材などに用いられるメルトブローン不織布は、溶融した樹脂を0.1mm程度の小さな孔を備えたノズルを通過させて製造する。ノズルに高い圧力がかかるとノズルが破損するため、メルトブローン不織布の製造にはメルトフローレート(以下、適宜、MFRという)が極めて高い低粘度グレードの樹脂が原料として用いられる。しかし、例えばMFR値が1000g/10分間程度である低粘度ポリプロピレン(以下、適宜、PPという)等の樹脂は、市場に多く出回っていない特別なグレードであるため、通常グレードのものと比べて、数倍程度価格が高い。そこで、入手が容易で安価な汎用樹脂を低分子量化することにより、低粘度の樹脂を製造することができれば、有用かつ経済的である。
【0003】
従来、知られている樹脂の低分子量化の方法の一つとして、有機過酸化物を用いる方法がある。この方法は、二軸押出機を用いて、樹脂(高分子)と有機過酸化物とを混合して樹脂を化学的に分解する。しかし、有機過酸化物は高い反応性を有するため、樹脂の分解を制御することが困難である。また、樹脂の分解によって過酸化物の分解残渣が生じるため、この方法で低分子量化した樹脂は、医療、衛生用の製品として適さない。加えて、有機過酸化物は、危険物として分類されているため、取り扱いおよび保存に注意を要するという問題がある。
【0004】
我々は有機過酸化物を用いないで樹脂を低分子量化するため、溶融した樹脂に高いせん断力を加えて低分子量化する製造方法を提案している(特許文献1)。この製造方法は、せん断応力によってせん断発熱を誘起して樹脂を低分子量化するものであり、低分子量化をスクリュの回転数により制御して、グレード(分子量)の異なる樹脂を迅速かつ簡単に製造できる点において優れている。
【0005】
また、押出機を用いた樹脂の処理に関する、押出機の構成および運転条件に基づいたシミュレーション方法も提案されている。例えば、非特許文献1には、二軸押出機のシミュレーション方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許6949342号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Fel, E.; Massardier, V.; Melis, F.; Vergnes, B.; Cassagnau, P. Residence Time Distribution in a High Shear Twin Screw Extruder. Int. Polym. Proc. 2014, 29, 71-80.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、非特許文献1のシミュレーション方法は、1000RPM(回転/分間)までの回転速度を検討対象としており、押出機の処理による樹脂の低分子量化を考慮していない。このため、特許文献1に記載の製造方法のように、2000~4000RPM程度の高速回転での処理により樹脂の粘度を急激に低下させる場合について精度よくシミュレーションすることが困難であった。
本発明は、高速回転するスクリュにより樹脂の粘度を低下させる場合における、押出機内および処理後の圧力、滞留時間、樹脂の充満率、樹脂の粘度および温度等を精度よく予測することができる、押出機のシミュレーション方法およびシミュレーションプログラムの提供を目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の押出機のシミュレーション方法は、押出機のスクリュ回転数とバレル温度との組み合わせ毎にスクリュのヌセルト数を算出するヌセルト数算出ステップと、前記押出機の出口を対象部位として、樹脂の圧力、温度および粘度の推定値を設定する推定値設定ステップと、前記樹脂の物性、前記押出機の構成および運転条件を用いて、前記対象部位における前記樹脂の流速および圧力勾配を算出する流速・圧力勾配算出ステップと、前記ヌセルト数、前記流速および前記圧力勾配を用いて、前記対象部位における温度勾配および粘度勾配を算出する温度勾配・粘度勾配算出ステップと、前記圧力勾配、前記温度勾配および前記粘度勾配を用いて、前記対象部位から前記押出機の入口側に、所定距離離れた隣接部位の圧力、温度および粘度を算出する圧力・温度・粘度算出ステップと、前記隣接部位が、前記押出機の入口であるか否かを判断する、部位判定ステップと、を備え、前記部位判定ステップにおいて、前記隣接部位が前記押出機の入口ではないとされた場合、前記隣接部位を新たな対象部位とし、前記圧力・温度・粘度算出ステップにより算出された算出値を用いて、前記流速・圧力勾配算出ステップ、前記温度勾配・粘度勾配算出ステップ、前記圧力・温度・粘度算出ステップおよび前記部位判定ステップを行い、前記部位判定ステップにおいて、前記隣接部位が前記押出機の入口であるとされた場合、前記圧力・温度・粘度算出ステップにより算出された前記算出値と、前記入口における実測値とを比較する比較ステップを行い、前記比較ステップにおいて、前記算出値と前記実測値とが一致しない場合、前記推定値設定ステップに戻り、樹脂の圧力、温度および粘度について、その残差が小さくなるように求根アルゴリズムを用いて別の推定値を設定し、前記算出値と前記実測値とが一致するまで上記各ステップを繰り返し、前記比較ステップにおいて、前記算出値と前記実測値とが一致する場合、前記推定値設定ステップにおいて推定値として設定した樹脂の圧力、温度および粘度を予測値とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明のシミュレーション方法は押出機のスクリュ回転数とバレル温度との組み合わせ毎にスクリュのヌセルト数を算出することで、バレルからの熱伝達のスクリュ回転数、およびバレル温度依存性を正しく反映することができる。したがって、対象部位における温度勾配および粘度勾配の算出にこのヌセルト数を用いることにより、スクリュの高速回転により樹脂の粘度を急激に低下させる場合であっても、処理後および装置内部の樹脂の粘度、温度を精度よく予測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施形態に係るシミュレーション方法のフローチャートである。
図2】高せん断押出機のスクリュ形状の模式図である。
図3】実施例で用いた装置の全体像を示す模式図である。
図4図3の装置における二軸押出機の構成を示す模式図である。
図5図3の装置における高せん断押出機のスクリュエレメントを示す模式図である。
図6】PP1の粘度データを示すグラフである。
図7】PP2の粘度データを示すグラフである。
図8】PP1の熱重量分析の結果を示すグラフである。
図9】PP1の熱重量分析の結果を示すグラフである。
図10】実施例1で用いた高せん断押出機のスクリュ構成の概要を示す模式図である。
図11】実施例2で用いた高せん断押出機のスクリュ構成の概要を示す模式図である。
図12】実施例3で用いた高せん断押出機のスクリュ構成の概要を示す模式図である。
図13】実施例2のシミュレーション結果と実測値とを示すグラフであり、13Aは温度を示し、13Bは参照温度におけるゼロせん断粘度を示す。
図14】実施例2のシミュレーション結果と実測値とを示すグラフであり、14Aは温度を示し、14Bは参照温度におけるゼロせん断粘度を示す。
図15】樹脂のMFR値を特定するために作成した校正曲線(検量線)である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施態様について、適宜、図面を参照して説明する。
<押出機内における樹脂の流れ>
非ニュートン流体の場合の押出機内部の樹脂流動の1次元モデルについて、以下に説明する。本発明のシミュレーションでは、押出機内における樹脂の流れは定常状態で完全発達流れを仮定した。スクリュの外径に対する内径の比率が1に近いから、スクリュの溝の曲率は無視できるとした。
【0013】
<スクリュ>
図2は単軸押出機のスクリュ形状を示す模式図である。スクリュは、その断面が高さH、幅Wの長方形の溝(チャネル)としてモデル化した。バレルは、スクリュの溝を覆う移動するプレートとしてモデル化した。この場合、プレートの移動速度Vは、V=πDNで表される(Dはバレルの内径であり、Nはスクリュの回転速度である)。
【0014】
長方形の溝では、溝の長さ方向をzとした。浅く広い溝では、z方向における樹脂の流速vzは、溝の深さ方向yの関数として取り扱うことができる。樹脂の運動方程式を以下に示す。なお、以下に説明する各式では、各記号は同じ内容を示す。
【数1】
pは圧力、ηは樹脂(流体)の粘度である。右辺は圧力勾配である。
【0015】
境界条件を以下に示す。
【数2】
Φはスクリュ角、Vはスクリュ静止系から見たバレル速度、vzはVのz方向の成分である(図2参照)。スクリュにおける対象部位が樹脂で完全に満たされた充満状態のとき、圧力勾配αは有限の値である。樹脂の流速vzは、圧力勾配の関数であるから、αは流速に関する以下の式を用いて決定できる。
【0016】
【数3】
Qは樹脂の押出速度(押出量)[m3/s(秒間)]、Wはスクリュにおける溝の幅である(図2参照)。
【0017】
スクリュにおける対象部位が部分的に樹脂で満たされた非充満状態のとき、圧力勾配αはゼロである。このため、非充満領域における樹脂の流れは、式(1)に基づいて以下の単純な式(4)で表される。
【数4】
【0018】
計算評価の対象である対象部位における充満率fは、以下の式で定義される。
【数5】
【0019】
溶融した樹脂の粘度は一般に、以下の式で示されるせん断速度の関数である。
【数6】
【0020】
以下のシミュレーション方法では、非ニュートン流体の粘度モデルとしてクロス(Cross)モデルを採用する。ただし、非ニュートン流体の粘度モデルは、クロスモデルに限られず、他のモデルを採用してもよい。
【数7】
η0、τ*、nは、モデルパラメータであり、樹脂の種類によって変わる。ゼロせん断粘度η0は温度Tに依存する。
【0021】
η0はアレニウスの法則に従うことを仮定する。
【数8】
*はモデルパラメータ、ηrは参照温度Trにおける樹脂のゼロせん断粘度(以下、適宜参照ゼロせん断粘度という)である。以下では、参照ゼロせん断粘度を適宜粘度と記す。
【0022】
樹脂の運動方程式を以下に示す。
【数9】
ρは溶融状態での樹脂の密度[kg/m3]、Cpは樹脂の比熱[J/(kg・K)]である。
【数10】
qは熱流束[W/m2]、κは樹脂の熱伝導率[W/(m・K)]である。
【0023】
初期条件を以下に示す。
【数11】
iは押出機の入口での樹脂の温度である。
【0024】
境界条件を以下に示す。
【数12】
bはバレル温度である。
【0025】
式(8)をyについて部分積分し、式(1)を用いて、以下の式が得られる。
【数13】
τ=η∂vZ/∂yはせん断応力である。式(13)における温度Tは、厳密には以下の式で定義される平均温度である。(Bird, R.B.; Armstrong, R.C.; Hassager, O. Fluid Mechanics. Dynamics of Polymeric Liquids, 2nd ed.; John Wiley and Sons Inc: New York, NY, USA, 1987; Volume 1. )
【数14】
【0026】
式(13)の右辺における、第2番目の項および最後の項は、せん断発熱によって生じる。式(13)の右辺における最初の項は、流体からバレルへの熱伝導を表し、一次元の問題の場合、以下のようにモデル化することができる。
【数15】
Nuはヌセルト数であり、熱伝達係数の無次元量である。
【0027】
スクリュ回転速度およびバレル温度について、広い数値範囲から押出機の運転条件が選択される場合、全ての実施条件において、ヌセルト数を定数として設定することは適切ではない。そこで、スクリュ回転速度およびバレル温度の条件ごとに、押出機入口で一様な温度分布を仮定し、また流速は単純せん断流れの場合(式(4))を仮定して、熱伝導方程式(8)と境界条件の式(11)(12)とを計算により解いて、y方向およびz方向における、温度分布と熱流束を計算する。そして、対象部位のヌセルト数を以下の式により得る(Bird, R.B.; Armstrong, R.C.; Hassager, O. Fluid Mechanics. Dynamics of Polymeric Liquids, 2nd ed.; John Wiley and Sons Inc: New York, NY, USA, 1987; Volume 1.)。
【数16】

NuZはzにおける局所的なヌセルト数、Hはスクリュ溝の高さ(m)、qは熱流束[W/m2]、zはスクリュ経路の伸長方向の座標、yはスクリュ溝の深さ方向の座標、κは樹脂の熱伝導率[W/(m・k)]、Tbはバレル温度[K]である。
【0028】
本発明のシミュレーションでは、以下の式で示される平均ヌセルト数を用いた。
【数17】
Pはスクリュの経路長[m]、zはスクリュ経路の伸長方向の座標である。
【0029】
<ダイ>
z方向に直交する断面形状が円形の孔を備えた、後述する実施例で用いたダイ、および貫通穴について説明する。ダイにおける運動方程式を以下に示す。
【数18】
rは孔の動径方向の座標、zは軸方向の座標である。
【0030】
境界条件を以下に示す。
【数19】
Rはダイの半径である。スクリュについて上述したように、圧力勾配∂p/∂z≡αは押出速度(押出量、m3/秒間)に関する式から導出される。
【数20】
【0031】
運動方程式を以下に示す。
【数21】
【数22】
式(22)は、ダイ内壁における熱流束に関する式であり、Tωはダイの温度である。ヌセルト数は、power-law流体の場合における、以下の式により示される平均ヌセルト数を用いた。
【数23】
κは樹脂の熱伝導率[W/(m・k)]、lはダイまたは貫通穴の長さ、nはべき乗則流体を仮定した場合の粘性指数でありCrossモデルに表れるパラメータ、ρは樹脂の溶融密度[kg/m3]、Cpは樹脂の比熱[J/(kg・K)]、Qは樹脂の押出速度である。
【0032】
<粘度低下モデル>
大きな回転速度、高いバレル温度において、せん断発熱および熱伝導が大きくなることによって、樹脂(高分子)が熱的に分解される。樹脂の熱的な分解について、これまでに種々の研究がなされているが(Kim, B.; White, J.L. Simulation of Thermal Degradation, Peroxide Induced Degradation, and Maleation of Polypropylene in aModular Co-Rotating Twin Screw Extruder. Polym. Eng. Sci. 1997, 37, 576.等)、本シミュレーションでは最も単純なモデルを採用する。すなわち、樹脂が線形な高分子として構成され、高分子の熱的な分解がランダムな切断プロセスに従うと想定した。
【0033】
高分子は節点数Nの長鎖としてモデル化した。Nは骨格炭素原子を表す(Rubinstein, M.; Colby, R.H. Polymer Physics; Oxford University Press Inc: NY.,2003)。節点数Nの高分子の数をnNで表すと、高分子におけるすべての節点数は以下の式で与えられる。
【数24】
【0034】
主鎖の切断が反応速度kの一次反応に従い、再度の高分子化が生じないとすると、以下の式に示す関係が成り立つ。
【数25】
tは時間である。
反応速度はアレニウスの法則に従うと仮定した。
【数26】
Aは頻度因子、Eは活性化エネルギー、Rgは気体定数、Tは樹脂の温度[K]である。
【0035】
樹脂の揮発量を無視すると、以下の式で示される樹脂における全ての節点の数は時間変化しない。
【数27】
【0036】
数平均分子量は以下の式(26)により与えられるから、数平均分子量に関する時間発展の式(27)が得られる(Suehiro, T.; O'shima, E. A kinetic study on the random scission of a polymer. Kobunshi Ronbunshu. 1977, 34, 3, 241-248.)。
【数28】
【0037】
数平均分子量が十分大きい場合、式(27)は以下のようになる。
【数29】
【0038】
ゼロせん断粘度は経験的に数平均分子量の3.4乗に比例することが知られているため、以下の式(29)が成り立つ。式(29)では、ゼロせん断粘度とNとの比例係数は粘度減少速度モデルにおける頻度因子Aに吸収した。
【数30】
【0039】
樹脂が流れている場合は、時間微分を物質微分に置き換えればよく、定常状態においては、以下の式(30)が成立する。
【数31】
Sはスクリュの溝またはダイの断面積である。
【0040】
<計算方法>
図1は、本実施形態のシミュレーション方法のフローチャートである。本実施形態では、押出機入口での樹脂温度と粘度データが与えられた場合に、押出機の軸方向のすべての位置における、圧力p、温度Tおよび、参照温度における参照ゼロせん断粘度ηr(以下、適宜、粘度ともいう)を算出する場合について説明する。以下では、押出機における軸座標をzで示す。なお、以下に示す各ステップの順序は一例であり、先のステップにおいて求めて算出した値を用いる場合を除いて、図1とは異なる順序で各ステップを行ってもよい。
【0041】
まず、ヌセルト数算出ステップS10においてヌセルト数Nuを算出する。Nuの算出には、計算により、樹脂の圧力、温度および粘度を算出する対象部位がスクリュの場合は式(17)を用い、ダイまたは貫通穴の場合は式(23)を用いる。本発明のシミュレーション方法は、押出機のスクリュ回転数とバレル温度との組み合わせ毎に、スクリュにおけるヌセルト数Nuを算出する。S10では、スクリュにおけるヌセルト数として式(17)を用いて算出した平均ヌセルト数を用い、スクリュ以外の部位であるダイ・貫通穴におけるヌセルト数として、式(23)を用いて算出したヌセルト数を用いる。
【0042】
続いて、押出機の出口を対象部位として、樹脂の圧力、温度および粘度の推定値を設定する推定値設定ステップS11を行う。S11において、計算対象となる部位zOを押出機の出口zfとする(zO=zf)。zfにおける圧力pは大気圧(雰囲気圧)であるため、推定値pOを0に設定する(pO=0)。そして、温度Tおよび粘度ηrの推定値TO、ηr Oとして、zfにおける温度Tfおよび粘度ηrfを設定する(TO=Tf0、ηr O=ηrf0)。
【0043】
続いて、対象部位がスクリュかそれ以外の部位かを判断する、対象部位判定ステップS12を行う。スクリュ、ダイおよび貫通穴を備えている押出機の場合、S12において、対象部位zOがスクリュか、ダイまたは貫通穴かを判定する。
【0044】
S12において、出口zfがダイまたは貫通穴であると判定された場合、S13に移り、樹脂の流速vzと圧力勾配∂p/∂zとを計算する。これらの計算は、流速vz、圧力勾配∂p/∂zに適切な推定値を与えて、反復法により行う。本実施形態では、power-law流体の場合についての解析解を推定値として選択した。式(18)および式(20)を解いて、押出機からの実際の樹脂の押出速度(押出量)Qと、計算された樹脂の押出速度Qthとが一致するように、樹脂の流速vzと圧力勾配∂p/∂zとを算出する。
【0045】
流速・圧力勾配算出ステップS14において、樹脂の物性、押出機の構成および運転条件を用いて、対象部位における樹脂の流速vzおよび圧力勾配∂p/∂zを算出する。図2では、S13で算出した結果に基づいて、流速vzおよび圧力勾配∂p/∂zを算出する。なお、対象部位がダイまたは貫通穴である場合、樹脂の充満領域の充満率fは1である。
【0046】
温度勾配・粘度勾配算出ステップS15において、S10で算出したヌセルト数Nu、S14で算出した流速vzおよび圧力勾配∂p/∂zを用いて、対象部位z=zOにおける温度勾配∂T/∂zおよび粘度勾配∂ηr/∂zを算出する。zOがダイまたは貫通穴である場合、∂T/∂zおよび∂ηr/∂zの算出には式(21)および式(30)を用いる。
【0047】
S12において、対象部位zOがスクリュであると判定された場合、充満度判定ステップS20に移る。S20において、圧力pO>0であるか否か、すなわち圧力pOが正かゼロ以下かを判定する。
【0048】
0>0(正)である場合、スクリュの対象部位は全てが樹脂で満たされている。そこで、上述したダイ・貫通穴の場合と同様に、S13、S14により、樹脂の流速vzおよび圧力勾配∂p/∂zを算出する。そして、温度勾配・粘度勾配算出ステップS15において、S10で算出したヌセルト数Nu、S14のvzおよび∂p/∂zを用いて、z=zOにおける∂T/∂zおよび∂ηr/∂zを算出する。ただし、対象部位がスクリュの場合、S13では式(18)および式(20)の代わりに式(1)および式(3)が用いられ、S15では、式(21)および式(30)の代わりに式(13)および式(30)が用いられる。なお、この場合も、樹脂の充満領域の充満率fは1である。
【0049】
O>0ではなく0または負(pO≦0)である場合、スクリュの対象部位は、部分的に樹脂で満たされた非充満領域である。そこで、S21で対象部位の圧力pO=0に再設定し、圧力勾配∂p/∂zも0にする。非充満領域における、樹脂の流速vzは式(4)により与えられ、充満率fは式(5)により与えられる。これらに基づいて、流速・圧力勾配算出ステップS22において、樹脂の流速vz、圧力勾配∂p/∂zおよび充満率fを算出する。そして、温度勾配・粘度勾配算出ステップS15において、S10で算出したヌセルト数Nu、S22で算出したvzおよび∂p/∂zを用いて、z=zOにおける、∂T/∂zおよび∂ηr/∂zを算出する。S15では、充満領域同様、式(13)および式(30)が用いられる。
【0050】
続いて、圧力・温度・粘度算出ステップS16に移る。S16において、S14の圧力勾配∂p/∂z、S15の温度勾配∂T/∂zおよび粘度勾配∂ηr/∂zを用いて、対象部位zOから押出機の入口側に、所定距離δz離れた隣接部位zO-δzにおける圧力p=pO-(∂p/∂z)δp、温度T=TO-(∂T/∂z)δz、粘度ηr=ηr O-(∂ηr/∂z)δzを計算する。ここで、δzはz軸における離散化のサイズである。
【0051】
部位判定ステップS17において、隣接部位z=zO-δzが0、すなわち押出機の入口であるか否かを判定する。
S17において、隣接部位zO-δzが、押出機の入口ではないと判断された場合、S18に移る。S18では、隣接部位zO-δzを新たな対象部位zO(zO=z)、圧力pO、温度TOおよび粘度ηrとして、p=pO、T=TOおよびηr=ηr Oに、それぞれ設定して、S12に移る。そして、圧力・温度・粘度算出ステップS16で算出された算出値である圧力p、温度Tおよび粘度ηrを用いて、再度、流速・圧力勾配算出ステップS14、温度勾配・粘度勾配算出ステップS15、圧力・温度・粘度算出ステップ16および部位判定ステップS17を行う。
【0052】
以上のようにして、S17においてz=0すなわち対象部位が押出機の入口であると判定されるまで、S18を介してS12に戻って、押出機の各部位について圧力、温度および粘度を算出する各ステップを繰り返す。
【0053】
部位判定ステップS17においてz=0すなわち押出機の入口であると判定された場合、比較ステップS23に移り、圧力・温度・粘度算出ステップS16における算出値と、入口における実測値とを比較する。S23では入口における温度Tおよび粘度ηrの算出値と、温度Tiおよび粘度ηriの実測値とが一致するか否かを判断する。なお、ここで「一致する」とは、算出値と実測値とが十分に近いこと、例えば両者の差が所定の閾値以下となったことをいう。なお、閾値は、適宜設定すれば良いが、例えば、算出値と実測値との相対誤差を10-6程度に設定すればよい。
【0054】
比較ステップS23において、算出値と実測値とが一致しない場合、推定値設定ステップS11に戻り、樹脂の圧力、温度および粘度について別の推定値を設定し、算出値と実測値とが一致するまで上述した各ステップを繰り返す。別の推定値は、残差が小さくなるように求根アルゴリズムを用いて計算される。求根アルゴリズムの例としてニュートン法が挙げられる。
【0055】
比較ステップS23において、算出値と実測値とが一致する場合、推定値設定ステップS11において推定値として設定した樹脂の圧力、温度および粘度をシミュレーション結果とする。
【0056】
以上のようにして、押出機のz軸に沿って、zO-dzにおけるp、Tおよびηrの計算を繰り返して、z=0である押出機の入口におけるp、Tおよびηrを得る。S11において推定値として設定される、z=0における算出値として得られるTおよびηrと、実測値として得られるTiおよびηriとが近づくように、押出機の出口のTf0とηrf0とが繰り返し更新される。計算が繰り返された後、算出値T、ηrと実測値Ti、ηriとが一致したときに、シミュレーション結果の予測値として、押出機の出口およびz軸に沿った各位置におけるp、T、ηrが得られる。
【0057】
なお、実施形態では、シミュレーション結果として、押出機の出口およびz軸に沿った各位置におけるp、Tおよびηrを得る場合を例として説明したが、圧力、押出機内ならびに処理後の樹脂の粘度および温度に加えて、滞留時間(累積滞留時間)、樹脂の充満率を得ることができる。
本発明は、上述した単軸押出機のシミュレーション方法をコンピュータに実行させるプログラムとして実施することもできる。
【実施例0058】
<装置>
図3は、実施例において用いた装置の全体像を模式的に示している。同図に示すように、2つの異なる押出機が、直径10mm、長さ150mmの1本の単管を介して直列に接続された装置を用いた。樹脂供給部から供給された樹脂は、二軸押出機で溶融された後、単軸押出機である高せん断押出機の入口に供給される。最初の押出機は、同方向回転二軸押出機(L/D=48.5、D=26mm、芝浦機械製)であり、樹脂を溶融するために用いた。二軸押出機の出口における樹脂温度は全ての実施例において468K(195℃)であった。
【0059】
図4は、二軸押出機の構成および温度条件を示す模式図であり、同図中の矢印は樹脂の流れの方向を示す。二軸押出機として、長さが1260mm、バレルの内径が26mmのものを用いた。実施例における押出速度(樹脂供給速度、押出量)および回転数Nを表1に示す。
【表1】
【0060】
2番目の押出機は、バレルの直径が48mm、最大回転速度が3600回転/分間である単軸の高せん断押出機である。高せん断押出機中では、ポリマーはせん断発熱により熱的に分子鎖が切断される。スクリュは、通常の二軸押出機同様、複数のスクリュエレメントにより構成される。なお、実施例で用いたスクリュでは、スクリュを構成するスクリュエレメントにおける形状の相違がヌセルト数に対して及ぼす影響が大きくないため、異なるスクリュエレメントを備えるスクリュについては、スクリュの一番入口側すなわち樹脂の最上流側のスクリュエレメントの形状を用いた。そして、複数のスクリュエレメント全体の長さを用いて、スクリュのヌセルト数を算出した。また、スクリュに貫通穴がある場合は、貫通穴がないものに置き換えてスクリュのヌセルト数を評価した。
【0061】
図5は、高せん断押出機の一部を模式的に示しており、同図に示すように、スクリュエレメントは断面円形の貫通穴を備えている。図中の矢印は樹脂の流れの方向を示している。
樹脂は、逆スクリュによってせき止められて、貫通穴に流れ込む。これらの要素の役割は、逆スクリュの手前に、完全に樹脂で充満された領域を形成しつつ、樹脂に過度なせん断力がかからないようにして過度な低分子量化を防止することである。高せん断押出機のダイから排出された樹脂は、すぐに水で冷却された後、乾燥した。
【0062】
<原料>
2つの異なるグレードのホモポリプロピレン(F-704NPおよびJ107G、プライムポリマー製)を用いた。メルトフローレートは、それぞれ、7.0および30g/10分間であった。測定はISO1133-97に沿って行った。以下では、F-704NPをPP1とし、J107GをPP2と記す。粘度モデルの式(6)および式(7)のパラメータを評価するために、せん断粘度をモジュラー コンパクト レオメータ(MCR 102 Anton Paar、Graz、Auatria)で測定した。せん断速度の測定範囲は、0.01~100/秒間であり、測定温度は463、473および483K(190、200、および210℃)であった。参照温度を473K(200℃)に設定した。曲線フィッティングの結果として得られたPP1およびPP2のモデルパラメータを表2に示す。
図6および図7に、PP1およびPP2の粘度データおよび曲線を示す。
【0063】
【表2】
【0064】
PPの活性化エネルギーを評価するため、Kissingerの方法を用いた(Chan, J.H.; Balke, S.T. The thermal degradation kinetics of polypropylene: Part III. Thermogravimetric analyses. Polym. Degrad.Stab. 1997, 57, 135-149.)。PPの熱分解による重量損失データを得るため、同時に熱重量測定装置(STA7200、日立ハイテクサイエンス製)を用いて、PP1を空気雰囲気下で測定した。昇温速度を2、4および8K/分間とした。それぞれの測定において、試料重量はおおよそ10mgであった。
図8はPP1の熱重量分析(TGA)の結果を示すグラフである。TGA分析における各昇温速度β(K/分間)について、重量分率Xにおける温度を測定した。Kissinger's法では以下の式を用いた。
【0065】
【数32】
ここで、E[J/mol]は活性化エネルギーである。
図9は、Xを0.4、0.5、0.6または0.7に固定したときのデータセット(1/T、ln(β/T2))および回帰曲線を示している。X=0.4、0.5、0.6および0.7におけるEの値を計算し、その平均値は80.2kJ/molであった。
【0066】
<実施例1:ヌセルト数の検討>
図10に本実施例で用いた高せん断押出機のスクリュの構成の概要を示す。なお、図中の矢印は樹脂の流れの方向を示し、以下の図においても同様に、樹脂の流れを矢印で示す。深さ3mm、リード15mm、長さ45mmの溝を備えたスクリュエレメントを用いた。高せん断押出機には、孔の直径4mm、長さ25mmのダイを用い、押出速度は4.8kg/時間とした。バレル温度は468Kおよび573K(195℃および300℃)とした。スクリュ回転速度は、100、1000、2000回転/分間とした。樹脂としてPP1を用い、ダイの出口におけるPP1の温度を測定した。
【0067】
<高せん断押出機によるPPの分子鎖切断>
<実施例2>
図11は、高せん断押出機のスクリュの構成を示す模式図である。深さ3mm、リード22.5mm、長さ45mmの溝を備えたスクリュエレメントを用いた。樹脂の流れ方向における最後部のスクリュエレメントは、溝深さは同じだが、リード15mm、長さ30mmである点においてその前のスクリュエレメントと異なっている。本実施例におけるスクリュのヌセルト数については、最後部のスクリュエレメントの形状を、樹脂の最上流側のスクリュエレメントの形状に置き換えて評価した。ただし、流速計算等に関する他の計算は、最後部のスクリュエレメントの幾何形状を考慮して行った。
【0068】
図11において影を付した部分は、貫通穴を備えた逆ねじ要素(図5参照)を示している。この要素は、直径2mm、長さ45mmの4つの貫通穴を備えている。高せん断押出機は、直径2mm、長さ25mmのダイを備えている。バレル温度は468K(195℃)に設定し、押出速度を4.8kg/時間とした。スクリュ回転速度を、2000、2500、3000および3600回転/分間とした。樹脂としてPP1を用いた。PP1の温度は、図11における点Pおよびダイの出口で測定した。高せん断処理後のPP1のゼロせん断粘度は、参照温度473K(200℃)で測定した。
【0069】
<実施例3>
図12は、本実施例において用いた高せん断押出機のスクリュの構成を示す模式図である。溝深さが3mm、リード15mm、長さ45mmのスクリュエレメントを用いた。図12において影を付した部分は、実施例2同様である。直径3mm、長さ25mmのダイを備えた高せん断押出機を用いた。樹脂として、PP2を用いた。押出速度を10kg/時間、スクリュ回転速度を3600回転/分間にそれぞれ固定し、バレル温度を578Kまたは628K(300℃または350℃)とした。樹脂温度は、ダイの出口で測定した。高せん断処理後のPP2のゼロせん断粘度は、参照温度473K(200℃)で測定した。
【0070】
<結果>
表3に実施例1のシミュレーションにより得られた予測値と実測値とを示す。ここでは、熱伝導のみに焦点を当てるため、粘度低下の影響を考慮していない。スクリュ回転速度を100回転/分間に固定して、バレル温度を473Kから578Kに上げると、ヌセルト数の算出値が少し大きくなった。その結果、高せん断押出機の出口における温度の算出値Tfも同様に、N=100回転/分間、バレル温度Tb=473KのときのNu=8.92を用いて得られる算出値から変化した。ヌセルト数の最適化により、シミュレーションによる予測値が実測値に近づくことが明らかになった。
【表3】
【0071】
バレル温度を468K(195℃)に固定し、スクリュ回転数を100回転/分間から1000回転/分間以上に増やすと、計算により得られるヌセルト数の値が大きくなった。これは強制対流の場合の熱伝達係数が流速に依存し、高速で流れる樹脂がバレルに冷却される程度が大きいことによる。その結果として、本発明のシミュレーション方法により予測されたTfの予測値は、Nu=8.92を用いて得られた予測値Tfよりも小さくなった。このことから、本発明のシミュレーション方法は、従来考慮されていなかったスクリュ回転数とバレル温度による影響を、ヌセルト数として予測値に組み込んでいるといえる。N=1000、2000回転/分間のシミュレーション結果と実測値との間にTfに大きな差があることは、熱分解によって樹脂粘度が減少したことによると考えられる。
【0072】
<高せん断押出機によるPPの分解>
図13A図13Bは、実施例2において3600回転/分間のときのシミュレーション結果により得られた予測値と実測値とを示すグラフである。図13A図13Bに示すように、頻度因子Aを0とする(粘度低下を考慮しない)と、高せん断押出機の出口における予測温度および参照ゼロせん断粘度が、実測値と一致しない。これは、参照ゼロせん断粘度ηrが下がらず、せん断発熱が過度に評価されるためである。対して、A=5.7×105に設定したシミュレーションによる予測値は、実測値とよく一致したことから、以下では、Aを5.7×105に固定した。
【0073】
表4は、実施例2のシミュレーションにより得られた予測値と実測値とを示す。全ての回転速度において、Tpおよびηrfの予測値は、実測値と非常によく一致した。
【表4】
【0074】
図14A図14Bは、実施例2における、温度及び参照ゼロせん断粘度のシミュレーション結果を示す。スクリュの回転速度が増加するに従い、せん断発熱により温度が増加し、樹脂の熱分解(分子鎖切断)により粘度が低下した。粘度は貫通穴およびダイの前の位置において大きく低下した。これは、この位置において、スクリュが樹脂により完全に充満されているため、樹脂に大きなせん断力が加えられ、また滞留時間も非充満状態に比べて長いためである。貫通穴およびダイの内側では、樹脂に加えられるせん断力が小さく、および滞留時間が短いことから、樹脂の熱分解が抑制された。貫通穴では、断熱状態であるため温度は大きく変化しなかったが、ダイは568K(195℃)に維持されたため、ダイにおいて樹脂の温度が低くなった。
【0075】
樹脂が貫通穴から排出された後では、高いスクリュ回転速度にも関わらず、樹脂の温度が徐々に低下した。これは、貫通穴の前(樹脂の流れの上流側)における粘度低下により、樹脂に生じるせん断発熱が減少し、バレルへの熱伝導が支配的になったことによる。
【0076】
実施例3では、バレル長を長く、バレル温度を573K(300℃)以上に変更した。スクリュ回転数は最大値3600回転/分間に固定した。4つの貫通穴を持つせき止め部を4箇所備えたスクリュを用いた。
【0077】
表5は、実施例3における、出口温度および出口における参照ゼロせん断粘度のシミュレーションおよび実測値を示す。出口温度のシミュレーションによる予測値は、実施例2から予測されたように、実測値よりやや低かったが、参照ゼロせん断粘度のシミュレーション結果は実測値との一致が良好であった。
【0078】
図15は、樹脂のMFR値を特定するために作成した校正曲線(検量線)である。この検量線を用いて求めた、Tb=573K、623K(300℃、350℃)のMFR値は、938g/10分間および2411g/10分間であった。以上のようにして、高せん断加工装置を用いて、1000g/10分間以上のMFR値を有する低分子量化した種々のPPを製造することができた。
【0079】
【表5】
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明は、例えば、汎用されているポリプロピレン樹脂にせん断力を加えて、不織布の原料として使用可能な低粘度のポリプロピレン樹脂を製造する際における押出機内および処理後の圧力、滞留時間、樹脂の充満率、樹脂の粘度および温度を予測するために利用できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15