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特開2023-80714疾病あるいは健康状態の検査方法、及び検査システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023080714
(43)【公開日】2023-06-09
(54)【発明の名称】疾病あるいは健康状態の検査方法、及び検査システム
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/497 20060101AFI20230602BHJP
   G01N 27/624 20210101ALI20230602BHJP
【FI】
G01N33/497 A
G01N27/624
【審査請求】有
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021194205
(22)【出願日】2021-11-30
(71)【出願人】
【識別番号】000002853
【氏名又は名称】ダイキン工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】508055157
【氏名又は名称】株式会社 マトリックス細胞研究所
(71)【出願人】
【識別番号】517320783
【氏名又は名称】FAIMStech Japan株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000202
【氏名又は名称】弁理士法人新樹グローバル・アイピー
(72)【発明者】
【氏名】松原 聡
(72)【発明者】
【氏名】新井 潤一郎
(72)【発明者】
【氏名】桑村 悠馬
(72)【発明者】
【氏名】後藤 尚志
(72)【発明者】
【氏名】日下部 守昭
(72)【発明者】
【氏名】クリストファー プスカ
(72)【発明者】
【氏名】御子柴 徹
【テーマコード(参考)】
2G041
2G045
【Fターム(参考)】
2G041CA02
2G041FA10
2G041LA06
2G045AA25
2G045CB03
2G045CB22
2G045DA77
2G045FA40
(57)【要約】
【課題】主成分分析を用いて疾病を識別すると、従来の臨床マーカーと比較して、所定の疾病を識別する精度が高くなるが、まだ不十分であり、さらに高い精度が求められている。
【解決手段】疾病あるいは健康状態の検査方法は、第1ステップと、第2ステップと、第3ステップと、第4ステップと、を備える。第1ステップは、生体試料40から、バイオマーカー50を取り出す。第2ステップは、取り出したバイオマーカー50をイオン化する。第3ステップは、イオン化したバイオマーカー50を2つの電極間に流し、2つの電極に複数の電気信号を与えることによって、3次元プロファイル22を取得する。第4ステップは、3次元プロファイル22と、疾病の種類と、を関連付けて学習することにより得られた識別器342を用いて、所定の疾病を識別する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体試料(40)の中のバイオマーカー(50)に基づく、疾病あるいは健康状態の検査方法であって、
前記生体試料から、前記バイオマーカーを取り出す、第1ステップ(S1)と、
取り出した前記バイオマーカーをイオン化する、第2ステップ(S2)と、
イオン化した前記バイオマーカーを2つの電極間に流し、2つの前記電極に複数の電気信号を与えることによって、3次元プロファイル(22)を取得する、第3ステップ(S3~5)と、
前記3次元プロファイルと、疾病の種類と、を関連付けて学習することにより得られた識別器(342)を用いて、所定の疾病を識別する、第4ステップ(S6)と、
を備える、
疾病あるいは健康状態の検査方法。
【請求項2】
前記識別器は、多種類の疾病を同時に識別する、
請求項1に記載の疾病あるいは健康状態の検査方法。
【請求項3】
前記生体試料は、呼気、血清、血液、唾液、血漿、乳頭吸引物質、滑液、脳脊髄液、汗、尿、便、涙、皮膚発散性ガス、気管洗浄物質、綿棒で集められた物質、針吸引物質、精液、膣液、及び射精前物質、の内の少なくとも1つである、
請求項1又は2に記載の疾病あるいは健康状態の検査方法。
【請求項4】
前記生体試料は、呼気、又は尿である、
請求項1から3のいずれか1つに記載の疾病あるいは健康状態の検査方法。
【請求項5】
前記バイオマーカーは、遺伝子バイオマーカー、細胞バイオマーカー、有機化合物バイオマーカー、代謝バイオマーカー、サッカライドバイオマーカー、脂質バイオマーカー、ヘテロ環バイオマーカー、元素化合物バイオマーカー、画像バイオマーカー、人類学的バイオマーカー、個人的習慣バイオマーカー、疾患状態バイオマーカー、及び発現バイオマーカー、の内の少なくとも1つである、
請求項1から4のいずれか1つに記載の疾病あるいは健康状態の検査方法。
【請求項6】
前記バイオマーカーは、生体内での代謝に対して発生する有機化合物バイオマーカーである、
請求項1から5のいずれか1つに記載の疾病あるいは健康状態の検査方法。
【請求項7】
前記有機化合物バイオマーカーは、揮発性有機化合物である、
請求項6に記載の疾病あるいは健康状態の検査方法。
【請求項8】
前記揮発性有機化合物は、ボラチロームである、
請求項7に記載の疾病あるいは健康状態の検査方法。
【請求項9】
前記識別器は、非疾患、軽度の癌、及び重度の癌、を識別する、
請求項1から8のいずれか1つに記載の疾病あるいは健康状態の検査方法。
【請求項10】
前記第3ステップは、イオンの移動度が低電界中と高電界中では変化することを利用して、前記3次元プロファイルを取得する、
請求項1から9のいずれか1つに記載の疾病あるいは健康状態の検査方法。
【請求項11】
生体試料(40)の中のバイオマーカー(50)に基づく、疾病あるいは健康状態の検査システム(1)であって、
前記生体試料から、前記バイオマーカーを取り出す、第1装置(10)と、
取り出した前記バイオマーカーをイオン化し、イオン化した前記バイオマーカーを2つの電極間に流し、2つの前記電極に複数の電気信号を与えることによって、3次元プロファイル(22)を取得する、第2装置(20)と、
前記3次元プロファイルと、疾病の種類と、を関連付けて学習することにより得られた識別器(342)を用いて、所定の疾病を識別する、第3装置(30)と、
を備える、
疾病あるいは健康状態の検査システム(1)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
疾病あるいは健康状態の検査方法、及び検査システムに関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1に示されているように、生体試料の中のバイオマーカーに基づいて、所定の疾病を識別する方法が知られている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
非特許文献1のように、主成分分析を用いて疾病を識別すると、従来の臨床マーカーと比較して、所定の疾病を識別する精度が高くなるが、まだ不十分であり、さらに高い精度が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0004】
第1観点の疾病あるいは健康状態の検査方法は、生体試料の中のバイオマーカーに基づく、疾病あるいは健康状態の検査方法である。疾病あるいは健康状態の検査方法は、第1ステップと、第2ステップと、第3ステップと、第4ステップと、を備える。第1ステップは、生体試料から、バイオマーカーを取り出す。第2ステップは、取り出したバイオマーカーをイオン化する。第3ステップは、イオン化したバイオマーカーを2つの電極間に流し、2つの電極に複数の電気信号を与えることによって、3次元プロファイルを取得する。第4ステップは、3次元プロファイルと、疾病の種類と、を関連付けて学習することにより得られた識別器を用いて、所定の疾病を識別する。
【0005】
第1観点の疾病あるいは健康状態の検査方法は、3次元プロファイルと、疾病の種類と、を関連付けて学習することにより得られた識別器を用いることにより、さらに高い精度で、所定の疾病を識別することができる。
【0006】
第2観点の疾病あるいは健康状態の検査方法は、第1観点の疾病あるいは健康状態の検査方法であって、識別器は、多種類の疾病を同時に識別する。
【0007】
第3観点の疾病あるいは健康状態の検査方法は、第1観点又は第2観点のいずれかの疾病あるいは健康状態の検査方法であって、生体試料は、呼気、血清、血液、唾液、血漿、乳頭吸引物質、滑液、脳脊髄液、汗、尿、便、涙、皮膚発散性ガス、気管洗浄物質、綿棒で集められた物質、針吸引物質、精液、膣液、及び射精前物質、の内の少なくとも1つである。
【0008】
第4観点の疾病あるいは健康状態の検査方法は、第1観点から第3観点のいずれかの疾病あるいは健康状態の検査方法であって、生体試料は、呼気、又は尿である。
【0009】
第5観点の疾病あるいは健康状態の検査方法は、第1観点から第4観点のいずれかの疾病あるいは健康状態の検査方法であって、バイオマーカーは、遺伝子バイオマーカー、細胞バイオマーカー、有機化合物バイオマーカー、代謝バイオマーカー、サッカライドバイオマーカー、脂質バイオマーカー、ヘテロ環バイオマーカー、元素化合物バイオマーカー、画像バイオマーカー、人類学的バイオマーカー、個人的習慣バイオマーカー、疾患状態バイオマーカー、及び発現バイオマーカー、の内の少なくとも1つである。
【0010】
第6観点の疾病あるいは健康状態の検査方法は、第1観点から第5観点のいずれかの疾病あるいは健康状態の検査方法であって、バイオマーカーは、生体内での代謝に対して発生する有機化合物バイオマーカーである。
【0011】
第7観点の疾病あるいは健康状態の検査方法は、第6観点の疾病あるいは健康状態の検査方法であって、有機化合物バイオマーカーは、揮発性有機化合物である。
【0012】
第8観点の疾病あるいは健康状態の検査方法は、第7観点の疾病あるいは健康状態の検査方法であって、揮発性有機化合物は、ボラチロームである。
【0013】
第9観点の疾病あるいは健康状態の検査方法は、第1観点から第8観点のいずれかの疾病あるいは健康状態の検査方法であって、識別器は、非疾患、軽度の癌、及び重度の癌、を識別する。
【0014】
第10観点の疾病あるいは健康状態の検査方法は、第1観点から第9観点のいずれかの疾病あるいは健康状態の検査方法であって、第3ステップは、イオンの移動度が低電界中と高電界中では変化することを利用して、3次元プロファイルを取得する。
【0015】
第11観点の疾病あるいは健康状態の検査システムは、生体試料の中のバイオマーカーに基づく、疾病あるいは健康状態の検査システムである。疾病あるいは健康状態の検査システムは、第1装置と、第2装置と、第3装置と、を備える。第1装置は、生体試料から、バイオマーカーを取り出す。第2装置は、取り出したバイオマーカーをイオン化する。第2装置は、イオン化したバイオマーカーを2つの電極間に流し、2つの電極に複数の電気信号を与えることによって、3次元プロファイルを取得する。第3装置は、3次元プロファイルと、疾病の種類と、を関連付けて学習することにより得られた識別器を用いて、所定の疾病を識別する。
【0016】
第11観点の疾病あるいは健康状態の検査システムは、3次元プロファイルと、疾病の種類と、を関連付けて学習することにより得られた識別器を用いることにより、さらに高い精度で、所定の疾病を識別することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】検査システムの構成図である。
図2】FAIMSプロファイルの一例を示す図である。
図3】疾病の患者と健常者とのFAIMSプロファイルを比較するための図である。
図4】識別装置の制御ブロック図である。
図5】識別器の構成を示す図である。
図6】主成分分析による識別結果を示す図である。
図7】識別器による識別結果を示す図である。
図8】検査システムの処理の一例を説明するためのフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(1)全体構成
図1は、疾病あるいは健康状態の検査システム1の構成図である。検査システム1は、生体試料40の中のバイオマーカー50に基づいて、所定の疾病を識別する。
【0019】
図1に示すように、検査システム1は、サンプリング装置10(第1装置)と、分析装置20(第2装置)と、識別装置30(第3装置)と、を有する。
【0020】
(2)詳細構成
(2-1)サンプリング装置
サンプリング装置10は、生体試料40から、バイオマーカー50を取り出す。
【0021】
生体試料40は、呼気、血清、血液、唾液、血漿、乳頭吸引物質、滑液、脳脊髄液、汗、尿、便、涙、皮膚発散性ガス、気管洗浄物質、綿棒で集められた物質、針吸引物質、精液、膣液、及び射精前物質、の内の少なくとも1つである。本実施形態における生体試料40は、呼気、又は尿である。
【0022】
バイオマーカー50は、遺伝子バイオマーカー、細胞バイオマーカー、有機化合物バイオマーカー、代謝バイオマーカー、サッカライドバイオマーカー、脂質バイオマーカー、ヘテロ環バイオマーカー、元素化合物バイオマーカー、画像バイオマーカー、人類学的バイオマーカー、個人的習慣バイオマーカー、疾患状態バイオマーカー、及び発現バイオマーカー、の内の少なくとも1つである。本実施形態におけるバイオマーカー50は、生体内での代謝に対して発生する有機化合物バイオマーカーである。さらに、本実施形態では、有機化合物バイオマーカーとして、VOC(Volatile Organic Compound、揮発性有機化合物)を用いる。言い換えると、本実施形態におけるVOCは、ボラチローム(揮発性代謝物)である。
【0023】
図1に示すように、サンプリング装置10は、生体試料40の中のVOCを、吸着材に吸着させることにより、生体試料40からVOCを取り出す。そして、サンプリング装置10は、吸着材からVOCを脱着し、一定時間均一に(安定的に)、VOCを分析装置20に流し込む。
【0024】
(2-2)分析装置
分析装置20は、FAIMS(Field Asymmetric Ion Mobility Spectrometry、高電界非対称波形イオン移動度分光分析)を用いて、サンプリング装置10によって生体試料40から取り出したVOCを分析する。分析装置20は、例えば、Owlstone社のLonestarである。
【0025】
FAIMSは、イオンの移動度が低電界中と高電界中では変化することを利用する分析技術である。
【0026】
分析装置20は、CPUやGPU等のプロセッサや、RAM、ROM及びHDD等の記憶装置を有する。また、分析装置20は、各種命令や各種情報を入力するためのキーボード及びマウスを有する。また、分析装置20は、後述するFAIMSプロファイル21等を表示するためのモニターを有する。また、分析装置20は、図示しない通信線を介して識別装置30と通信を行うためのネットワークインターフェイス機器を有する。
【0027】
分析装置20は、まず、サンプリング装置10によって生体試料40から取り出したVOCを、イオン化する。そして、分析装置20は、イオン化したVOCを2つの電極間に流し、2つの電極に複数の電気信号を与えることによって、FAIMSプロファイル21を生成する。
【0028】
FAIMSプロファイル21は、DF(Dispersion Field)と、CV(Compensation Voltage)との組み合わせごとに、2つの電極間を流れる、陽イオンの電流値、及び陰イオンの電流値を記録したものである。図2は、FAIMSプロファイル21の一例を示す図である。図2では、1つ目の次元(縦軸)が分散電界(Dispersion Field。以下、DFと記載することがある。)であり、2つ目の次元(横軸)が補償電圧(Compensation Voltage。以下、CVと記載することがある。)である2次元配列によって、FAIMSプロファイル21が表現されている。図2の左図は、陽イオンの電流値を記録したFAIMSプロファイル21(以下、陽イオンのFAIMSプロファイル21と記載することがある。)であり、図2の右図は、陰イオンの電流値を記録したFAIMSプロファイル21(以下、陰イオンのFAIMSプロファイル21と記載することがある。)である。図2では、「0%~100%」のDFを51段階に分け、「-6V~+6V」のCVを512段階に分けている。言い換えると、図2における陽イオンと陰イオンのFAIMSプロファイル21は、それぞれ、「51×512」のサイズを有する2次元配列である。図2では、FAIMSプロファイル21の各マスの電流値の大きさが、色の濃淡によって表現されている。
【0029】
疾病の患者と、健常者と、から生体試料40を採取した場合、当該生体試料40から取り出したVOCに含まれる特定の物質の濃度は、患者と健常者との間で異なることが知られている。
【0030】
例えば、非特許文献2には、大腸癌の患者と、健常者と、から呼気を採取した場合、当該呼気から取り出したVOCに含まれる以下の表1の物質の濃度は、患者と健常者との間で異なることが示されている。
【0031】
【表1】
【0032】
また、非特許文献3には、大腸癌の患者と、健常者と、から呼気を採取した場合、当該呼気から取り出したVOCに含まれる以下の表2の物質の濃度は、患者と健常者との間で異なることが示されている。
【0033】
【表2】
【0034】
また、非特許文献4には、大腸癌の患者と、健常者と、から尿を採取した場合、当該尿から取り出したVOCに含まれる以下の表3の物質の濃度は、患者と健常者との間で異なることが示されている。
【0035】
【表3】
【0036】
また、非特許文献5には、大腸癌の患者と、健常者と、から尿を採取した場合、当該尿から取り出したVOCに含まれる以下の表4の物質の濃度は、患者と健常者との間で異なることが示されている。
【0037】
【表4】
【0038】
また、非特許文献6には、肝臓癌の患者と、健常者と、から呼気を採取した場合、当該呼気から取り出したVOCに含まれる以下の表5の物質の濃度は、患者と健常者との間で異なることが示されている。
【0039】
【表5】
【0040】
また、非特許文献7には、膵臓癌の患者と、健常者と、から呼気を採取した場合、当該呼気から取り出したVOCに含まれる以下の表6の物質の濃度は、患者と健常者との間で異なることが示されている。
【0041】
【表6】
【0042】
このような、VOCに含まれる特定の物質の濃度の相違は、FAIMSプロファイル21に影響を及ぼす。具体的には、VOCに含まれる特定の物質の濃度の相違により、疾病の患者と、健常者との間で、FAIMSプロファイル21の電流値の分布が異なる。図3は、疾病の患者と、健常者とのFAIMSプロファイル21を比較するための図である。図3では、生体試料を尿として、腎臓疾患の患者と、健常者とのFAIMSプロファイル21を比較している。図3内の矢印の左側の領域において、左側が腎臓疾患の患者のFAIMSプロファイル21であり、右側が健常者のFAIMSプロファイル21である。また、上側は、陽イオンのFAIMSプロファイル21であり、下側は、陰イオンのFAIMSプロファイル21である。図3内の矢印の右側の領域には、陽イオンと陰イオンのFAIMSプロファイル21それぞれについて、腎臓疾患の患者と、健常者とのFAIMSプロファイル21の差分を示す図が、描かれている。差分を示す図では、FAIMSプロファイル21の各マスの電流値の差分の大きさが、色の濃淡によって表現されている。差分を示す図では、色の濃淡が見て取れるため、腎臓疾患の患者と、健常者との間で、FAIMSプロファイル21の電流値の分布は、異なることがわかる。
【0043】
分析装置20は、次に、生成した陽イオンと陰イオンのFAIMSプロファイル21を、3つ目の次元の方向に積み重ねて、3次元プロファイル22(3次元配列)を取得する。例えば、図2の場合、分析装置20は、陽イオンと陰イオンのFAIMSプロファイル21を積み重ねることにより、「51×512×2」のサイズを有する3次元プロファイル22を取得する。
【0044】
(2-3)識別装置
識別装置30は、一般的なコンピュータである。識別装置30は、3次元プロファイル22と、疾病の種類と、を関連付けて学習することにより得られた識別器342を用いて、所定の疾病を識別する。
【0045】
図4は、識別装置30の制御ブロック図である。図4に示すように、識別装置30は、主として、入力部31と、表示部32と、記憶部33と、通信部34と、制御部39と、を有する。
【0046】
(2-3-1)入力部
入力部31は、キーボード、及びマウスである。識別装置30に対する各種命令や各種情報は、入力部31を用いて入力することができる。
【0047】
(2-3-2)表示部
表示部32は、モニターである。表示部32には、学習状況等を表示することができる。
【0048】
(2-3-3)通信部
通信部34は、図示しない通信線を介して、分析装置20と通信を行うための、ネットワークインターフェイス機器である。
【0049】
(2-3-4)記憶部
記憶部33は、RAM、ROM及びHDD等の記憶装置である。記憶部33は、制御部39が実行するプログラムや、プログラムの実行に必要なデータ等を記憶している。
【0050】
記憶部33は、特に、学習用データ341と、識別器342と、を記憶する。
【0051】
学習用データ341は、識別器342の学習を行うためのデータである。具体的には、学習用データ341は、生体試料40から取り出したVOCの3次元プロファイル22と、当該生体試料40を採取した人の疾病の種類と、を対応付けたデータである。3次元プロファイル22は、分析装置20から、例えば、通信部34を介して取得する。疾病の種類は、例えば、入力部31から、ユーザによって入力される。
【0052】
(2-3-5)制御部
制御部39は、CPUやGPU等のプロセッサである。制御部39は、記憶部33に記憶されているプログラムを読み込んで実行し、識別装置30の様々な機能を実現する。また、制御部39は、プログラムに従って、演算結果を記憶部33に書き込んだり、記憶部33に記憶されている情報を読み出したりすることができる。
【0053】
制御部39は、機能ブロックとして、学習部391と、識別部392と、を有する。
【0054】
(2-3-5-1)学習部
学習部391は、学習用データ341を用いて、識別器342の学習を行う。本実施形態では、学習用データ341の3次元プロファイル22のサイズは、「51×512×2」であるとする。また、学習用データ341は、3次元プロファイル22と、「所定の疾病の患者」及び「健常者」の内のいずれかと、を対応付けたデータであるとする。言い換えると、識別器342は、3次元プロファイル22から、「所定の疾病の患者」か「健常者」か、を識別する。また、識別器342は、CNN(Convolutional Neural Network)と、RNN(Recurrent Neural Network)と、を組み合わせたモデルを用いる。
【0055】
図5は、識別器342の構成を示す図である。図5に示すように、識別器342は、入力層と、第1中間層~第4中間層と、出力層と、から構成される。
【0056】
入力層と第1中間層との間では、DFとCVの次元について、2次元の畳み込み(Conv2D)を行われる。これにより、識別器342を流れるデータのサイズは、「51×512×2」から、「25×128×4」に変わる。
【0057】
第1中間層と第2中間層との間では、DFの小さいものから順に、配列が1列ずつ取り出され(計25回)、RNNに入力される(Conv1D+RNN)。RNNの各ステップでは、CVの次元について1次元の畳み込みを行われ、次元が縮約される。FAIMSプロファイル21は、DFの次元に電流値の連続性があるため、回帰的な層(RNN)に入力することにより、パラメータが減り、モデルの性能も向上する。これにより、識別器342を流れるデータのサイズは、「25×128×4」から、「128×12」に変わる。
【0058】
第2中間層と第3中間層との間では、CVの次元について、1次元の畳み込み(Conv1D)を行われる。これにより、識別器342を流れるデータのサイズは、「128×12」から、「32×6」に変わる。
【0059】
第3中間層と第4中間層との間では、平均プーリングによって、次元が縮約される。これにより、識別器342を流れるデータのサイズは、「32×6」から、「6」に変わる。
【0060】
第4中間層と出力層との間では、全結合層によって、「所定の疾病の患者」である確率と、「健常者」である確率と、が算出される。算出した確率から、所定の閾値を用いて、「所定の疾病の患者」か「健常者」か、が識別される。これにより、識別器342を流れるデータのサイズは、「6」から、「2」に変わる。
【0061】
(2-3-5-2)識別部
識別部392は、学習部391によって学習された識別器342を用いて、所定の疾病を識別する。本実施形態では、識別器342は、3次元プロファイル22から、「所定の疾病の患者」か「健常者」か、を識別する。
【0062】
(3)検証
本検証では、「疾患の患者」と、「健常者」と、から採取した尿を用いて、従来の主成分分析と、識別器342と、の識別精度を比較した。
【0063】
分析装置20によって、3次元プロファイル22を取得するまでは、どちらの識別方法も同様である。主成分分析では、「51×512×2」のサイズを有する3次元プロファイル22を、52224(=51×512×2)個の要素をもつ1次元配列に加工した。識別器342では、学習用データ341として、3次元プロファイル22と、「疾患の患者」及び「健常者」の内のいずれかと、を対応付けたデータを用いた。
【0064】
図6は、主成分分析による識別結果を示す図である。図6では、第1主成分PC1、及び第2主成分PC2からなる、2次元の固有空間上に、「疾患の患者」と、「健常者」とが、プロットされている。第1主成分PC1の寄与率は20.4%、第2主成分PC2の寄与率は12.3%である。図6において、比較的色が薄いプロットは「健常者」を、比較的色が濃いプロットは「疾患の患者」を表している。主成分分析では、図6のように、「疾患の患者」と、「健常者」とが、混在する解析結果となった。一般的に、主成分分析では、特徴量(電流値)の間の非線形性と、少数の特異なサンプルデータの混入とが、相関係数の代表性を損なわせ、それ以降に抽出される主成分を歪める。また、図6のように、サンプルデータへの影響が大きい第1主成分PC1と第2主成分PC2のみをプロットして識別する場合、主成分分析では、残りの主成分を無視している等の影響により、識別のためにすべての特徴量(電流値)を考慮することができない。そのため、主成分分析では、「疾患の患者」と、「健常者」とを識別することが難しい。
【0065】
図7は、識別器342による識別結果を示す図である。図7には、層化10分割交差検証によって学習を行った際の、各回のROC曲線と、これらの曲線の平均ROC曲線と、が描かれている。図7に示すように、平均ROC曲線のAUC(Area Under the Curve)は、0.86±0.08であるため、識別器342は、高い精度で、「疾患の患者」と、「健常者」とを識別していることがわかる。識別器342では、FAIMSプロファイル21を構成するすべての特徴量(電流値)が、識別のために考慮されるため、識別精度を向上させることができる。
【0066】
(4)処理
検査システム1の処理の一例を、図8のフローチャートを用いて説明する。
【0067】
ステップS1に示すように、サンプリング装置10は、生体試料40から、VOCを取り出す。
【0068】
ステップS1を終えると、ステップS2に示すように、分析装置20は、生体試料40から取り出したVOCを、イオン化する。
【0069】
ステップS2を終えると、ステップS3に示すように、分析装置20は、イオン化したVOCを2つの電極間に流し、2つの電極に複数の電気信号を与える。
【0070】
ステップS3を終えると、ステップS4に示すように、分析装置20は、陽イオンと陰イオンのFAIMSプロファイル21を生成する。
【0071】
ステップS4を終えると、ステップS5に示すように、分析装置20は、陽イオンと陰イオンのFAIMSプロファイル21を積み重ねて、3次元プロファイル22を取得する。
【0072】
ステップS5を終えると、ステップS6に示すように、識別装置30は、3次元プロファイル22と、「所定の疾病の患者」又は「健常者」と、を関連付けて学習することにより得られた識別器342を用いて、「所定の疾病の患者」か「健常者」か、を識別する。
【0073】
(5)特徴
(5-1)
非特許文献1に示されているように、生体試料の中のVOCに基づいて、所定の疾病を識別する方法が知られている。
【0074】
しかし、非特許文献1のように、主成分分析を用いて疾病を識別すると、従来の臨床マーカーと比較して、所定の疾病を識別する精度が高くなるが、検証によって示されたように、まだ不十分であり、さらに高い精度が求められている。
【0075】
本実施形態の検査システム1は、生体試料40の中のVOCに基づく、疾病あるいは健康状態の検査システムである。検査システム1は、サンプリング装置10と、分析装置20と、識別装置30と、を備える。サンプリング装置10は、生体試料40から、VOCを取り出す。分析装置20は、取り出したVOCをイオン化する。分析装置20は、イオン化したVOCを2つの電極間に流し、2つの電極に複数の電気信号を与えることによって、3次元プロファイル22を取得する。特に、分析装置20は、FAIMSを用いて、3次元プロファイル22を取得する。識別装置30は、3次元プロファイル22と、疾病の種類と、を関連付けて学習することにより得られた識別器342を用いて、所定の疾病を識別する。
【0076】
検査システム1は、3次元プロファイル22と、疾病の種類と、を関連付けて学習することにより得られた識別器342を用いることにより、さらに高い精度で、所定の疾病を識別することができる。
【0077】
(6)変形例
(6-1)変形例1A
本実施形態では、学習用データ341は、3次元プロファイル22と、「所定の疾病の患者」及び「健常者」の内のいずれかと、を対応付けたデータであった。
【0078】
しかし、学習用データ341は、3次元プロファイル22と、多種類の疾病と、を対応付けたデータであってもよい。学習用データ341は、例えば、3次元プロファイル22と、「大腸癌の患者」、「腎臓癌の患者」、及び「健常者」の内のいずれかと、を対応付けたデータである。このとき、識別器342は、出力層に識別する数のノードを設けることによって、多種類の疾病を同時に識別することができる。
【0079】
(6-2)
本実施形態では、学習用データ341は、3次元プロファイル22と、「所定の疾病の患者」及び「健常者」の内のいずれかと、を対応付けたデータであった。
【0080】
しかし、学習用データ341は、3次元プロファイル22と、「非疾患」、「ステージ1の癌」、「ステージ2の癌」、「ステージ3の癌」、及び「ステージ4の癌」の内のいずれかと、を対応付けたデータであってもよい。このとき、識別器342は、出力層に識別する数のノードを設けることによって、「非疾患」、「軽度の癌(例えば、ステージ1,2の癌)」、及び「重度の癌(例えば、ステージ3,4の癌)」、を識別することができる。
【0081】
(6-3)
以上、本開示の実施形態を説明したが、特許請求の範囲に記載された本開示の趣旨及び範囲から逸脱することなく、形態や詳細の多様な変更が可能なことが理解されるであろう。
【符号の説明】
【0082】
1 検査システム
10 第1装置
20 第2装置
22 3次元プロファイル
30 第3装置
342 識別器
40 生体試料
50 バイオマーカー
S1 第1ステップ
S2 第2ステップ
S3~5 第3ステップ
S6 第4ステップ
【先行技術文献】
【特許文献】
【0083】
【非特許文献1】Christopher Psutka,Marina Yamada,Akihisa Matsuda,Kazuya Yamahatsu,Satoshi Matsumoto,Toshihiko Kitayama,Nobuo Nakano,Jyunichi Koyano,Tohru Mikoshiba,Masao Miyashita 「FAIMS technology in urinary volatile organic compound analysis to detect colorectal cancer」 AACR2017,Abstract No.5303
【非特許文献2】D.F.Altomare,A.Picciariello,M.T.Rotelli,M.DeFazio,A.Aresta,C.G.Zambonin,L.Vincenti,P.Trerotoli,N.De Vietro 「Chemical signature of colorectal cancer: case-control study for profiling the breath print」 BJS Open 2020;4:1189-1199
【非特許文献3】D F Altomare,M Di Lena,F Porcelli,L Trizio,E Travaglio,M Tutino,S Dragonieri,V Memeo,G de Gennaro 「Exhaled volatile organic compounds identify patients with colorectal cancer」 British Journal of Surgery 2013;100:144-150
【非特許文献4】Ramesh P Arasaradnam,Michael J McFarlane,Courtenay Ryan-Fisher,Erik Westenbrink,Phoebe Hodges,Matthew G Thomas,Samantha Chambers,Nicola O’Connell,Catherine Bailey,Christopher Harmston,Chuka U Nwokolo,Karna D Bardhan,James A Covington 「Detection of colorectal cancer (CRC) by urinary volatile organic compound analysis」 PLOS ONE 2014;9:Issue 9 e108750
【非特許文献5】Heena Tyagi,Emma Daulton,Ayman S.Bannaga,Ramesh P.Arasaradnam and James A.Covington 「Non-Invasive Detection and Staging of Colorectal Cancer Using a Portable Electronic Nose」 Sensors 2021;21:5440-
【非特許文献6】Galen Miller-Atkins,Lou-Anne Acevedo-Moreno,David Grove,Raed A.Dweik,Adriano R.Tonelli,J.Mark Brown,Daniela S.Allende,Federico Aucejo,Daniel M.Rotroff 「Breath Metabolomics Provides an Accurate and Noninvasive Approach for Screening Cirrhosis, Primary, and Secondary Liver Tumors」 Hepatology Communications,Vol.4,No.7,2020
【非特許文献7】Andrea Princivalle,Lorenzo Monasta,Giovanni Butturini,Claudio Bassi & Luigi Perbellini 「Pancreatic ductal adenocarcinoma can be detected by analysis of volatile organic compounds (VOCs) in alveolar air」 BMC Cancer volume 18,Article number:529(2018)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
【手続補正書】
【提出日】2023-04-07
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体試料(40)の中のバイオマーカー(50)に基づく、疾病あるいは健康状態の検査方法であって、
前記生体試料から、前記バイオマーカーを取り出す、第1ステップ(S1)と、
取り出した前記バイオマーカーをイオン化する、第2ステップ(S2)と、
イオン化した前記バイオマーカーを2つの電極間に流し、2つの前記電極に複数の電気信号を与えることによって、3次元プロファイル(22)を取得する、第3ステップ(S3~5)と、
前記3次元プロファイルと、疾病の種類と、を関連付けて学習することにより得られた識別器(342)を用い、第4ステップ(S6)と、
を備え
前記識別器は、所定の疾病を識別し、
前記識別器は、CNN(Convolutional Neural Network)と、RNN(Recurrent Neural Network)と、を組み合わせたモデルである、
疾病あるいは健康状態の検査方法。
【請求項2】
前記識別器は、多種類の疾病を同時に識別する、
請求項1に記載の疾病あるいは健康状態の検査方法。
【請求項3】
前記生体試料は、呼気、血清、血液、唾液、血漿、乳頭吸引物質、滑液、脳脊髄液、汗、尿、便、涙、皮膚発散性ガス、気管洗浄物質、綿棒で集められた物質、針吸引物質、精液、膣液、及び射精前物質、の内の少なくとも1つである、
請求項1又は2に記載の疾病あるいは健康状態の検査方法。
【請求項4】
前記生体試料は、呼気、又は尿である、
請求項1から3のいずれか1つに記載の疾病あるいは健康状態の検査方法。
【請求項5】
前記バイオマーカーは、遺伝子バイオマーカー、細胞バイオマーカー、有機化合物バイオマーカー、代謝バイオマーカー、サッカライドバイオマーカー、脂質バイオマーカー、ヘテロ環バイオマーカー、元素化合物バイオマーカー、画像バイオマーカー、人類学的バイオマーカー、個人的習慣バイオマーカー、疾患状態バイオマーカー、及び発現バイオマーカー、の内の少なくとも1つである、
請求項1から4のいずれか1つに記載の疾病あるいは健康状態の検査方法。
【請求項6】
前記バイオマーカーは、生体内での代謝に対して発生する有機化合物バイオマーカーである、
請求項1から5のいずれか1つに記載の疾病あるいは健康状態の検査方法。
【請求項7】
前記有機化合物バイオマーカーは、揮発性有機化合物である、
請求項6に記載の疾病あるいは健康状態の検査方法。
【請求項8】
前記揮発性有機化合物は、ボラチロームである、
請求項7に記載の疾病あるいは健康状態の検査方法。
【請求項9】
前記識別器は、非疾患、軽度の癌、及び重度の癌、を識別する、
請求項1から8のいずれか1つに記載の疾病あるいは健康状態の検査方法。
【請求項10】
前記第3ステップは、イオンの移動度が低電界中と高電界中では変化することを利用して、前記3次元プロファイルを取得する、
請求項1から9のいずれか1つに記載の疾病あるいは健康状態の検査方法。
【請求項11】
生体試料(40)の中のバイオマーカー(50)に基づく、疾病あるいは健康状態の検査システム(1)であって、
前記生体試料から、前記バイオマーカーを取り出す、第1装置(10)と、
取り出した前記バイオマーカーをイオン化し、イオン化した前記バイオマーカーを2つの電極間に流し、2つの前記電極に複数の電気信号を与えることによって、3次元プロファイル(22)を取得する、第2装置(20)と、
前記3次元プロファイルと、疾病の種類と、を関連付けて学習することにより得られた識別器(342)を用いて、所定の疾病を識別する、第3装置(30)と、
を備え
前記識別器は、CNNと、RNNと、を組み合わせたモデルである、
疾病あるいは健康状態の検査システム(1)。