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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023080874
(43)【公開日】2023-06-09
(54)【発明の名称】珪素鋼薄帯の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 8/12 20060101AFI20230602BHJP
   B21B 3/02 20060101ALI20230602BHJP
   B22D 11/00 20060101ALI20230602BHJP
   B22D 11/06 20060101ALI20230602BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20230602BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20230602BHJP
   C22C 38/02 20060101ALN20230602BHJP
【FI】
C21D8/12 F
B21B3/02
B22D11/00 C
B22D11/06 360B
C21D8/12 A
H01F1/147 175
C22C38/00 303V
C22C38/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021194416
(22)【出願日】2021-11-30
(71)【出願人】
【識別番号】592032636
【氏名又は名称】学校法人トヨタ学園
(71)【出願人】
【識別番号】597110836
【氏名又は名称】丸嘉工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100104776
【弁理士】
【氏名又は名称】佐野 弘
(74)【代理人】
【識別番号】100119194
【弁理士】
【氏名又は名称】石井 明夫
(72)【発明者】
【氏名】藤▲崎▼ 敬介
(72)【発明者】
【氏名】棚瀬 純平
(72)【発明者】
【氏名】土田 英治
(72)【発明者】
【氏名】土田 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】上村 卓也
(72)【発明者】
【氏名】石山 和志
【テーマコード(参考)】
4E004
4K033
5E041
【Fターム(参考)】
4E004DB02
4E004NB07
4E004NC03
4E004SE01
4E004TA02
4E004TA03
4E004TB01
4E004TB07
4K033AA01
4K033DA00
4K033DA01
4K033EA03
4K033HA01
4K033HA02
4K033HA05
4K033HA06
5E041AA02
5E041BD09
5E041NN01
5E041NN17
(57)【要約】
【課題】珪素含有率6.5%を含む珪素含有率4.0%~8.0%の範囲の珪素鋼を冷間圧延して作製する珪素鋼薄帯の製造方法を提供する。
【解決手段】この珪素鋼薄帯の製造方法1は、帯状の6.5%珪素鋼急冷リボン32を形成する液体急冷工程P2と、その急冷リボン32を冷間圧延して6.5%珪素鋼薄帯に塑性変形させる冷間圧延工程P3とを含んでいる。液体急冷工程P2は、鉄に6.5重量パーセントの珪素が含有されている6.5%珪素鋼ビレット200を溶解した溶解合金26を回転するロール28の円筒面29に吹き付けて急冷却させる単ロール急冷法により凝固させて、帯状の急冷リボン32を形成する。冷間圧延工程P3は、液体急冷工程P2により形成された急冷リボン32を冷間圧延して6.5%珪素鋼薄帯である圧延鋼帯50になるように塑性変形させる。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄に所定重量パーセントの珪素が含有されている珪素鋼ビレットを溶解した溶解合金を凝固させて、結晶組織がブロック粒状組織となる帯状の珪素鋼リボンを形成するブロック粒状鋼帯形成工程と、
該ブロック粒状鋼帯形成工程により形成された前記珪素鋼リボンを冷間圧延して珪素鋼薄帯になるように塑性変形させる冷間圧延工程とを含み、
前記所定重量パーセントは、
4.0重量パーセント以上、かつ、8.0重量パーセント以下の範囲に含まれており、
前記ブロック粒状組織とは、
結晶配列の相違する結晶粒が、前記珪素鋼リボンの断面内で互い違いに石垣状に積み重なり、前記珪素鋼リボンの板厚方向に前記結晶粒が二段以上積み重なる組織であることを特徴とする珪素鋼薄帯の製造方法。
【請求項2】
前記ブロック粒状鋼帯形成工程では、
前記溶解合金を回転するロールの円筒面に吹き付けて急冷却させる単ロール急冷法により、前記珪素鋼リボンが形成されることを特徴とする請求項1に記載の珪素鋼薄帯の製造方法。
【請求項3】
鉄に所定重量パーセントの珪素が含有されている珪素鋼ビレットを溶解した溶解合金を回転するロールの円筒面に吹き付けて急冷却させる単ロール急冷法により凝固させて、帯状の珪素鋼リボンを形成する液体急冷工程と、
該液体急冷工程により形成された前記珪素鋼リボンを冷間圧延して珪素鋼薄帯になるように塑性変形させる冷間圧延工程とを含み、
前記所定重量パーセントは、
4.0重量パーセント以上、かつ、8.0重量パーセント以下の範囲に含まれることを特徴とする珪素鋼薄帯の製造方法。
【請求項4】
前記珪素鋼リボンは、
結晶組織がブロック粒状組織になっており、
該ブロック粒状組織とは、
結晶配列の相違する結晶粒が、前記珪素鋼リボンの断面内で互い違いに石垣状に積み重なり、前記珪素鋼リボンの板厚方向に前記結晶粒が二段以上積み重なる組織であることを特徴とする請求項3に記載の珪素鋼薄帯の製造方法。
【請求項5】
前記ロールの回転は、
回転周速度が、秒速35メートル以上、かつ、秒速42メートル以下の範囲であることを特徴とする請求項2乃至4の何れか一項に記載の珪素鋼薄帯の製造方法。
【請求項6】
前記所定重量パーセントは、6.5重量パーセントであり、
鉄に6.5重量パーセントの珪素が含有されている前記珪素鋼ビレットを用いることを特徴とする請求項1乃至5の何れか一項に記載の珪素鋼薄帯の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、珪素鋼薄帯の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電力用半導体素子を用いてスイッチング動作を行うことにより、電力変換や制御を行うパワーエレクトロニクスでは、小型軽量化や制御特性向上および大電力化などのため、スイッチング動作周波数を高周波化することが求められている。最近のGaN(窒化ガリウム)やSiC(炭化珪素)などの半導体デバイスの研究により、1MHz程度の高周波動作が実現されつつある。パワーエレクトロニクス回路の変圧器やモータに使用される磁心には、損失を低減するため、積層鉄心が使用される。積層鉄心は、珪素鋼などの強磁性体の薄板が、電気絶縁層を間に挟んで多数積層された構造をなしている。強磁性体の薄板の板厚を薄くすることにより、積層鉄心に交流磁界が印加されたときに発生する渦電流損が小さくなり、高いスイッチング周波数で回路を動作させることができる。また、薄板の材料として使用される珪素の含有率が6.5%の珪素鋼は、電気抵抗率が高く渦電流損が低減され、磁歪定数が0であり応力感受性が低く、ヒステリシス損が抑制されることが知られている。
【0003】
例えば、特許文献1には、珪素含有率が4.0%以上の高珪素溶鋼を、高速回転する単一の冷却ロールの表面にスリット状開口を有するノズルを介して噴射し急速凝固させる(単ロール法)、板厚30μmから80μmの高珪素鋼急冷薄帯の製造方法が記載されている。また、板厚20μm以上の実験結果も示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000-343185号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1には、今後想定される1MHz程度の高周波動作に対応できる、さらに薄い板厚の鋼板の必要性について、明確には言及されていない。また、特許文献1には、単ロール法により高珪素鋼急冷薄帯を製造する方法が記載されているものの、製造されたその高珪素鋼急冷薄帯にさらに圧延等の加工を加えて、板厚をさらに薄くすることについての記載もない。珪素含有率6.5%の珪素鋼は難加工材料であり、薄くできれば渦電流損失が低下し、特性の良い材料になることが予想されていたが加工が困難であるために実現できていなかった。過去の研究では、結晶粒を小さくすれば珪素含有率6.5%の珪素鋼の圧延ができることが示唆されている。しかし、これらの研究で検討されているのは板厚が、mm(ミリメートル)からせいぜい0.1mm程度までの圧延であり、1μmから数μmまで薄くすることは、加工の途中で結晶粒が粗大化するため不可能であった。特に、冷間圧延することは困難を極めていた。珪素鋼は、珪素含有率が4.0%以上になると加工が極めて困難となることが知られている。このような状況の下、本発明者らは、例えば単ロール法のような急冷法であれば、数10μmの厚さで結晶粒の小さな材料ができるため、その材料ならば冷間圧延加工ができ、それにより板厚を薄くして渦電流損失の小さい材料が実現できるとの新しい着想をし、それを具現化するに至った。
【0006】
そこで、本発明の課題は、珪素含有率6.5%を含む珪素含有率4.0%~8.0%の範囲の珪素鋼を冷間圧延して作製する珪素鋼薄帯の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
かかる課題を解決するために、請求項1に記載の発明は、鉄に所定重量パーセントの珪素が含有されている珪素鋼ビレットを溶解した溶解合金を凝固させて、結晶組織がブロック粒状組織となる帯状の珪素鋼リボンを形成するブロック粒状鋼帯形成工程と、該ブロック粒状鋼帯形成工程により形成された前記珪素鋼リボンを冷間圧延して珪素鋼薄帯になるように塑性変形させる冷間圧延工程とを含み、前記所定重量パーセントは、4.0重量パーセント以上、かつ、8.0重量パーセント以下の範囲に含まれており、前記ブロック粒状組織とは、結晶配列の相違する結晶粒が、前記珪素鋼リボンの断面内で互い違いに石垣状に積み重なり、前記珪素鋼リボンの板厚方向に前記結晶粒が二段以上積み重なる組織であることを特徴とする。
【0008】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載の構成に加えて、前記ブロック粒状鋼帯形成工程では、前記溶解合金を回転するロールの円筒面に吹き付けて急冷却させる単ロール急冷法により、前記珪素鋼リボンが形成されることを特徴とする。
【0009】
請求項3に係る発明は、鉄に所定重量パーセントの珪素が含有されている珪素鋼ビレットを溶解した溶解合金を回転するロールの円筒面に吹き付けて急冷却させる単ロール急冷法により凝固させて、帯状の珪素鋼リボンを形成する液体急冷工程と、該液体急冷工程により形成された前記珪素鋼リボンを冷間圧延して珪素鋼薄帯になるように塑性変形させる冷間圧延工程とを含み、前記所定重量パーセントは、4.0重量パーセント以上、かつ、8.0重量パーセント以下の範囲に含まれることを特徴とする。
【0010】
請求項4に係る発明は、請求項3に記載の構成に加えて、前記珪素鋼リボンは、結晶組織がブロック粒状組織になっており、該ブロック粒状組織とは、結晶配列の相違する結晶粒が、前記珪素鋼リボンの断面内で互い違いに石垣状に積み重なり、前記珪素鋼リボンの板厚方向に前記結晶粒が二段以上積み重なる組織であることを特徴とする。
【0011】
請求項5に係る発明は、請求項2乃至4の何れか一項に記載の構成に加えて、前記ロールの回転は、回転周速度が、秒速35メートル以上、かつ、秒速42メートル以下の範囲であることを特徴とする。
【0012】
請求項6に係る発明は、請求項1乃至5の何れか一項に記載の構成に加えて、前記所定重量パーセントは、6.5重量パーセントであり、鉄に6.5重量パーセントの珪素が含有されている前記珪素鋼ビレットを用いることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
請求項1の発明によれば、結晶配列の相違する結晶粒が、断面内で互い違いに石垣状に積み重なり、板厚方向に結晶粒が二段以上積み重なる組織であるブロック粒状組織を有する珪素鋼リボンを冷間圧延する。このように結晶組織を調整することにより、珪素含有率6.5%を含む珪素含有率4.0%以上、かつ、8.0%以下の範囲の珪素鋼を冷間圧延して、珪素鋼薄帯を製造できる。珪素の含有率が4.0%以上の珪素鋼は、高強度、難加工性であり、割れてしまう現象を伴う材料であるが、この製造方法を採用することで、珪素鋼薄帯に加工できる。また、ブロック粒状鋼帯形成工程と冷間圧延工程により、珪素鋼薄帯を製造でき、工程が短縮できる。
【0014】
請求項2の発明によれば、ブロック粒状鋼帯形成工程において、単ロール急冷法を用いることで、ブロック粒状組織となる帯状の珪素鋼リボンを安定して製造でき、生産性が向上する。
【0015】
請求項3の発明によれば、単ロール急冷法を用いて帯状の珪素鋼リボンを形成し、この珪素鋼リボンを冷間圧延する。このように4.0%~8.0%の範囲に含まれる所定の珪素含有率の珪素鋼を冷間圧延して、珪素鋼薄帯を製造できる。珪素の含有率が4.0%以上の珪素鋼は、高強度、難加工性であり、割れてしまう現象を伴う材料であるが、この製造方法を採用することで、珪素鋼薄帯に加工できる。また、液体急冷工程と冷間圧延工程により、珪素鋼薄帯を製造でき、工程が短縮できる。
【0016】
請求項4の発明によれば、結晶配列の相違する結晶粒が、断面内で互い違いに石垣状に積み重なり、板厚方向に結晶粒が二段以上積み重なる組織であるブロック粒状組織を有する珪素鋼リボンを冷間圧延する。このように結晶組織を調整することにより、珪素含有率6.5%を含む珪素含有率4.0%以上、かつ、8.0%以下の範囲の珪素鋼を冷間圧延して、珪素鋼薄帯を安定して製造でき、生産性が向上する。
【0017】
請求項5の発明によれば、単ロール急冷法に用いられるロールの回転周速度が、秒速35メートル以上、かつ、秒速42メートル以下の範囲である。このロール条件により、冷間圧延可能な帯状の珪素鋼リボンを高い歩留まりで作製できる。
【0018】
請求項6の発明によれば、珪素含有率6.5%の珪素鋼を用いる。難加工材料であり磁歪定数がほぼ0である珪素含有率6.5%の珪素鋼を冷間圧延して、珪素鋼薄帯を製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】この発明の実施の形態に係る珪素鋼薄帯の製造方法の流れを示す図である。
図2】同実施の形態に係る単ロール急冷装置の構造を示す概略図であり、(a)は全体図、(b)は誘導加熱溶解部を示す図である。
図3】同実施の形態に係る6.5%珪素鋼リボン製作パラメータを示す図である。
図4】同実施の形態に係る冷間圧延可能な急冷リボンの断面の顕微鏡写真を示す図であり、(a)は幅方向に沿う断面、(b)は長手方向に沿う断面である。
図5】同実施の形態に係る単ロール急冷装置の内部を撮影した写真を示す図である。
図6】同実施の形態に係る冷間圧延機の構造を示す概略図であり、(a)は全体図、(b)は圧延部を示す図である。
図7】同実施の形態に係る冷間圧延機パラメータを示す図である。
図8】同実施の形態に係る冷間圧延機を撮影した写真を示す図である。
図9】同実施の形態に係る冷間圧延前後の鋼帯を撮影した写真を示す図であり、(a)は圧延前の急冷リボンの表面、(b)は圧延後の圧延鋼帯の表面、(c)は圧延後の圧延鋼帯の全長を示す図である。
図10】同実施の形態に係る液体急冷テスト条件を示す図である。
図11】同実施の形態に係る急冷リボン評価結果を示す図である。
図12】同実施の形態に係るロール回転周速度20m/sの条件で作製された急冷リボンの断面の顕微鏡写真を示す図であり、(a)は幅方向に沿う断面、(b)は長手方向に沿う断面である。
図13】同実施の形態に係るロール回転周速度35m/sの条件で作製された急冷リボンの断面の顕微鏡写真を示す図であり、(a)は幅方向に沿う断面、(b)は長手方向に沿う断面である。
図14】同実施の形態に係るロール回転周速度42m/sの条件で作製された急冷リボンの断面の顕微鏡写真を示す図であり、(a)は幅方向に沿う断面、(b)は長手方向に沿う断面である。
図15】同実施の形態に係る急冷リボン冷間圧延評価結果を示す図である。
図16】同実施の形態に係る急冷リボン冷間圧延評価結果を示す図であり、(a)は圧延成功数、(b)は圧延失敗数、(c)は圧延成功率である。
図17】同実施の形態に係る急冷リボン冷間圧延評価結果を示す図であり、(a)は圧延成功数、(b)は圧延失敗数、(c)は圧延成功率である。
図18】同実施の形態に係る圧延鋼帯板厚の全長推移の測定結果を示す図であり、(a)は試料番号47のグラフ、(b)は試料番号54のグラフである。
図19】同実施の形態に係る圧延鋼帯板厚の評価結果を示す図である。
図20】同実施の形態に係る急冷リボンの写真を示す図である。
図21】同実施の形態に係る急冷リボンの写真を示す図であり、(a)は直線状部、(b)は曲がり部を示す図である。
図22】同実施の形態に係る急冷リボンの曲がり部の断面の顕微鏡写真を示す図である。
図23】同実施の形態に係る急冷リボンの直線状部の断面の顕微鏡写真を示す図である。
図24】同実施の形態に係る急冷リボンの全長における直線状部と曲がり部の分布を示す図であり、(a)は観察方法を示す図、(b)は冷間圧延不可能であった試料番号43の観察結果を示す図、(c)は冷間圧延可能であった試料番号42の観察結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
変圧器やモータに使用される磁心には、損失を低減するため、積層鉄心が使用される。この積層鉄心は、強磁性体の薄板が、電気絶縁層を間に挟んで多数積層された構造をなしている。積層鉄心を構成する薄板の材料には、珪素鋼などが使用される。これは、鉄に珪素を含有させることにより電気抵抗率が高くなり、発生する渦電流が抑制されるためである。また、珪素の含有率が重量割合で6.5%の珪素鋼(鉄に6.5重量パーセントの珪素が含有されている6.5%珪素鋼、以下、6.5%珪素鋼と称することがある)は、磁歪定数がほぼ0であり、応力感受性が低く、ヒステリシス損を低減することができる。また、積層鉄心を構成する薄板の板厚を薄くすることにより、渦電流損を低減できるが、板厚を浸透深さδ以下にすることが好ましい。
【0021】
浸透深さδとは、渦電流が流れる際、表面に流れる電流の大きさに対して、自然対数eの逆数(1/e)である約0.368倍となる大きさの電流が流れる深さのことである。浸透深さδは、周波数f(Hz)、強磁性体の導電率σ(S/m)、強磁性体の周波数fでの等価な磁気透磁率μ(H/m)から算出され、円周率πとすると、(πfμσ)-1/2となる。
【0022】
ここで、強磁性体の周波数fでの等価な磁気透磁率μは、強磁性体の周波数fでの比透磁率μと、真空の透磁率μとの積として求められる。
【0023】
鉄の周波数fに対する浸透深さδを表1に示す。
【0024】
【表1】
鉄の浸透深さδは、周波数fが、100kHzのとき7μm程度、200kHzのとき5μm程度、1MHz(1000kHz)のとき4μm程度、10MHz(10000kHz)のとき1μm程度となる。
【0025】
1MHz程度の高周波動作を想定する場合、積層鉄心を構成する薄板の板厚を、浸透深さδ以下の3μm程度にすると、渦電流の発生が抑制され、低損失となる。板厚を薄くして1μm程度とすると、より高い周波数での動作に対応できるようになる。このように、薄板の板厚を薄くすることは、高周波化につながる。
【0026】
しかし、珪素含有率6.5%の珪素鋼は難加工材料であり、薄くできれば渦電流損失が低下し特性の良い材料になるが加工が困難であるため、これまで実現されていなかった。過去の研究において、結晶粒を小さくすれば珪素含有率6.5%の珪素鋼の圧延加工が可能であることが示唆されているものの、これらの研究で検討されているのは板厚が、mm(ミリメートル)からせいぜい0.1mm程度までの圧延であり、1μmから数μmまで薄くすることは、圧延加工の途中で結晶粒が粗大化するため不可能であった。特に、6.5%珪素鋼を冷間圧延することは、困難を極めていた。珪素鋼は、珪素含有率が4.0%以上になると加工が極めて困難となることが知られている。これは、珪素含有率が4.0%以上になると、珪素鋼の組織として規則格子ができるため難加工材料になると考えられている。本発明者らは、急冷法を用いれば、数10μmの板厚で結晶粒径30μm以下の材料ができるため、その材料であれば冷間圧延加工ができ、圧延により板厚を薄くするとの着想の下、本発明をするに至った。
【0027】
本発明は、珪素含有率6.5%を含む珪素含有率4.0%~8.0%の範囲の珪素鋼薄帯の製造方法である。この製造方法では、珪素含有率4.0%~8.0%の範囲の珪素鋼を冷間圧延して珪素鋼薄帯になるように塑性変形させる。
【0028】
この発明の実施の形態について、図1図9を用いて説明する。また、この実施形態によるテスト結果について図10図24を用いて説明する。
【0029】
図1は、この発明の実施の形態に係る珪素鋼薄帯の製造方法の流れを示す図である。本発明は、鉄に含有される珪素の重量割合が4.0重量パーセント以上、かつ、8.0重量パーセント以下の範囲で適用できる。以下は、この範囲に含まれる「所定重量パーセント」として、鉄に6.5重量パーセントの珪素が含有されている珪素鋼を例にとり説明する。なお、珪素含有率が4.0重量パーセント未満の珪素鋼では、溶解鋼でも冷間加工できる程度に加工性があり、また、珪素含有率が8.0重量パーセントを超えるとFe(鉄)-Si(珪素)平衡状態図より液相線の変動が大きすぎて、本発明で想定している組織と別の組織になる可能性がある。このため、本発明の適用範囲を、4.0重量パーセント以上、かつ、8.0重量パーセント以下としている。
【0030】
まず、純鉄と珪素(シリコン)の原材料を購入する。購入した原材料について、珪素の重量割合が6.5%になるように純鉄と珪素を混合し、真空雰囲気中で誘導加熱により溶解させた後に凝固させると合金の素材ができる(真空溶解工程P1)。この工程P1により、鉄に6.5重量パーセントの珪素が含有されている真空溶解材である「珪素鋼ビレット」としての6.5%珪素鋼ビレット200が作製される。このビレット200を材料として、本発明の珪素鋼薄帯の製造方法1により、「珪素鋼薄帯」としての6.5%珪素鋼薄帯が作製される。
【0031】
以下の工程が、本発明に該当する。
【0032】
この珪素鋼薄帯の製造方法1は、「ブロック粒状鋼帯形成工程」としての液体急冷工程P2と冷間圧延工程P3とを含んでいる。
【0033】
液体急冷工程P2では、後述する単ロール急冷装置10に取り付けられた6.5%珪素鋼ビレット200が再溶解され、溶解した溶解合金26を回転するロール28の円筒面29に吹き付けて急冷却し凝固させる単ロール急冷法により、帯状の「珪素鋼リボン」としての「6.5%珪素鋼リボン」である急冷リボン32が形成される。この工程P2で形成された急冷リボン32は、板厚が20μm程度であり、その結晶組織が後述するブロック粒状組織となる。
【0034】
冷間圧延工程P3では、液体急冷工程P2で形成された急冷リボン32を常温で冷間圧延して板厚5μm程度以下の6.5%珪素鋼薄帯になるように塑性変形させる。ここで、急冷リボン32には、圧延前に熱処理を加えることなく、液体急冷工程P2で形成される急冷リボン32をそのまま冷間圧延することに特徴がある。
【0035】
図2は、液体急冷装置である単ロール急冷装置の構造を示す概略図であり、(a)は全体図、(b)は誘導加熱溶解部を示す図である。
【0036】
図2(a)に示すように単ロール急冷装置10は、誘導加熱溶解部11、真空チャンバー12、単一のロール28、リボン捕集室34を含むように構成されている。
【0037】
誘導加熱溶解部11は、石英ノズル14と誘導加熱コイル24から構成されており(図2(b)参照)、石英ノズル14内に取り付けられた6.5%珪素鋼ビレット200が誘導加熱により溶解される。ノズル14内のこの溶解合金26は、ノズル14上部から注入される高圧のアルゴンガス22により押し出され、ノズル吹出口16から回転する銅製のロール28の円筒面29に向けて吹き付けるように噴射される。噴射された溶解合金26は急速に冷却されて凝固し、薄い板厚の帯状の6.5%珪素鋼リボンである急冷リボン32が形成される。この急冷法を単ロール急冷法という。形成されるこの急冷リボン32も溶解合金26と同様に鉄に6.5重量パーセントの珪素が含有されている6.5%珪素鋼である。ロール28の回転周速度は噴射された溶解合金26の冷却速度、すなわち、1秒間に何度温度が低下するかを決める主要な条件となる。形成された急冷リボン32は、リボン捕集室34に収容される。
【0038】
真空チャンバー12は、槽内が真空になっており、不活性ガスであるアルゴンガスの雰囲気となっている。アルゴンガスは、溶解合金26や急冷リボン32の酸化防止のために用いられており、アルゴンガス以外の不活性ガスを使用してもよい。
【0039】
なお、単ロール急冷装置10は、図1に示す液体急冷工程P2で使用されるが、この液体急冷工程P2という名称の中の「液体」の語は、石英ノズル14内の溶解合金26を指している。
【0040】
図3は、単ロール急冷装置10において急冷リボン32を作製する際の6.5%珪素鋼リボン製作パラメータを示す図である。この6.5%珪素鋼リボン製作パラメータ38に規定されている数値を用いることで、冷間圧延可能な急冷リボン32が作製され、その結晶組織が後述するブロック粒状組織となる。また、作製される急冷リボン32の板厚は、20~30μm程度となる。
【0041】
このパラメータ38を図2に示す単ロール急冷装置10に対応させると、(1)真空チャンバー12の槽内は、アルゴンガス雰囲気であり、槽内圧18cmHgである。(2)誘導加熱溶解部11の誘導加熱コイル24に流される交流電流は、周波数200kHz、電流10A、加熱時間3分間である。(3)石英ノズル14内で誘導加熱により溶解される溶解合金26を押し出すアルゴンガス22の圧力(溶解合金26の押し出し圧力)は、1.4kgf/cmである。(4)石英ノズル14は、単孔形であり、ノズル吹出口孔径18が直径0.6~0.7mmである。(5)石英ノズル14の位置について、ノズル14のノズル吹出口16とロール28との距離(ノズル-ロール間距離30)は0.5mmであり、ノズル14がロール28の回転中心に対して5mm偏芯している。(6)ロール28の材質は、銅である。(7)溶解合金26の冷却速度を決めるロール28の回転周速度は、秒速35メートル(35m/s)以上、かつ、秒速42メートル(42m/s)以下の範囲である。(8)ロール28の外径は、直径186mmである。(9)ロール28が回転すると軸ぶれが発生し歳差運動するようにロール28が回転軸に取り付けられている。このロール28の外径の振れは、回転軸の駆動部側の振れが0.02mm(20μm)であり、回転軸の開放側の振れが0.05mm(50μm)である。(10)使用合金である6.5%珪素鋼ビレット200は、鉄に6.5重量パーセントの珪素が含有されている6.5%珪素鋼である。
【0042】
なお、溶解合金26を押し出すアルゴンガス22の圧力について、石英ノズル14内で6.5%珪素鋼ビレット200が溶解されるまでは圧力をかけず、ビレット200が溶解して溶解合金26が適切な温度に達したと判断すると圧力をかけ、溶解合金26が噴射される。
【0043】
また、溶解合金26の温度を適切に制御するため、誘導加熱溶解部11の誘導加熱コイル24による加熱時間を3分間としている。
【0044】
また、ロール28の回転周速度について、周速度が一定であれば、ロール径を小さくして回転数を高めても、ロール径を大きくして回転数を低くしても、作製される急冷リボン32の冷間圧延可否の性質に影響しない。
【0045】
この6.5%珪素鋼リボン製作パラメータ38は、ロール28の回転周速度以外のパラメータを一定とし、回転周速度を変化させて急冷リボン32を作製し、その急冷リボン32の冷間圧延の可否を試験して決定された。この結果、急冷リボン32が冷間圧延可能となるロール28の回転周速度として、35~42m/sに設定されている。
【0046】
図4は、冷間圧延可能な急冷リボンの断面の顕微鏡写真を示す図であり、(a)は急冷リボンの幅方向に沿う断面、(b)は急冷リボンの長手方向に沿う断面である。急冷リボン32の幅方向とは、ロール28の回転軸に沿う方向ということもでき、急冷リボン32の長手方向とは、ロール28の回転方向に沿う方向ということもできる。この写真の試料である急冷リボン32は、ロール28の回転周速度を35m/sとして作成された。写真に写っている急冷リボン32の下面が単ロール急冷装置10で急冷される際のロール28側であり、上面が開放側、すなわち、真空チャンバー12槽内の真空雰囲気側である。ロール28側である急冷リボン32の下面は平坦になっており、開放側である上面は下面に比べ多少の凹凸のうねりがある。また、写真では、急冷リボン32が上下から挟まれているが、この上下の部材は、観察のために急冷リボン32を保持する銅板である。
【0047】
この顕微鏡写真を観察すると、急冷リボン32の断面が、灰色の影のような領域60Bと白色の領域60Aの大まかに2種類の領域から構成されている。このどちらの領域も、合金の組成は、6.5%珪素鋼である。しかし、結晶粒60の結晶配列の相違により、見え方に違いが生じていると考えられている。灰色と白色のそれぞれの領域の中では、結晶配列が揃っていると考えられており、灰色の領域60Bと白色の領域60Aのそれぞれを結晶粒60と呼ぶ。そして、その結晶粒60の境界を結晶粒界と呼ぶ。
【0048】
急冷リボン32の冷間圧延の可否は、リボン32の結晶組織により判定できることが、本発明者らの研究により確認されている。この写真の急冷リボン32は、冷間圧延可能であるが、ブロック状の形状をした結晶粒60が断面全体を占めている。冷間圧延可能であるこのような結晶組織をブロック粒状組織と呼ぶこととする。このブロック粒状組織は、図4(a)に示す幅方向に沿う断面でも、図4(b)に示す長手方向に沿う断面でも観察できる。
【0049】
ブロック粒状組織は、様々に定義できるが、例えば、結晶配列の相違する結晶粒60が、6.5%珪素鋼リボンである急冷リボン32の断面内で互い違いに石垣状に積み重なり、急冷リボン32の板厚方向に結晶粒60が二段以上積み重なる組織とすることができる。また、急冷リボン32を切断する断面を明確にして、例えば、結晶配列の相違する結晶粒60が、急冷リボン32を幅方向に沿って切断した断面内において、互い違いに石垣状に積み重なり、急冷リボン32の板厚方向に結晶粒60が二段以上積み重なる組織とすることもできる。また、例えば、結晶配列の相違する結晶粒60が、急冷リボン32を長手方向に沿って切断した断面内において、互い違いに石垣状に積み重なり、急冷リボン32の板厚方向に結晶粒60が二段以上積み重なる組織とすることもできる。
【0050】
図5は、単ロール急冷装置の内部を撮影した写真を示す図である。この写真の単ロール急冷装置10には、石英ノズル14が取り付けられていないが、真空チャンバー12、誘導加熱コイル24、ロール28が確認できる。真空チャンバー12の右側壁面には、リボン捕集室開口部35が確認でき、この開口部35にリボン捕集室34が接続されている。
【0051】
図6は、冷間圧延機の構造を示す概略図であり、(a)は全体図、(b)は圧延部を示す図である。この冷間圧延機40は、上述の単ロール急冷装置10で形成された板厚20μm程度の急冷リボン32を常温での冷間圧延により、板厚5μm以下の「6.5%珪素鋼薄帯」である圧延鋼帯50になるように塑性変形させる。
【0052】
この冷間圧延機40は、圧延部41と圧延材料を移動させるワーク送りロール46を含む構成になっている。また、圧延部41は、材料を圧延する圧延ロール42と、この圧延ロール42を支える役割を担うバックアップロール44により構成されている(図6(b)参照)。
【0053】
図6(a)に示すように急冷リボン32の両端には、圧延張力負荷用の錘48が取り付けられ、この錘48により、急冷リボン32に圧延テンション荷重がかかった状態で圧延加工が行われる。このように圧延テンション荷重をかけると、急冷リボン32が幅方向に塑性変形せず、長手方向にのみ塑性変形する。
【0054】
図7は、冷間圧延機パラメータを示す図である。この冷間圧延機パラメータ54を図6に示す冷間圧延機40に対応させると、(1)圧延ロール42の径は、直径7mmである。(2)圧延テンション荷重となる錘48は、81.5~99.6gである。(3)圧延する板厚は、板厚0.02mm(20μm)程度の急冷リボン32を、板厚0.005mm(5μm)程度の圧延鋼帯50になるように圧延する。
【0055】
図8は、冷間圧延機を撮影した写真を示す図である。冷間圧延機40を構成するバックアップロール44とワーク送りロール46が確認できる。また、圧延加工中の圧延鋼帯50とその先端に取り付けられている錘48を確認できる。
【0056】
図9は、冷間圧延前後の鋼帯を撮影した写真を示す図であり、(a)は圧延前の急冷リボンの表面、(b)は圧延後の圧延鋼帯の表面、(c)は圧延後の圧延鋼帯の全長を示す図である。錘48による圧延テンション荷重をかけて圧延したため、図9(a)に示す急冷リボン32の幅と図9(b)に示す圧延鋼帯50の幅に大きな変化が生じていない。また、圧延鋼帯50の表面の光沢の方が、急冷リボン32のそれに比べて増している。図9(c)に示すように圧延鋼帯50の全長は、500mmを超えるものがある。ただし、両端部は、チャッキング部分であり圧延されていない。
【0057】
次に、本発明の実施の形態の効果を説明する。
【0058】
本発明の実施の形態によれば、ブロック粒状組織を有する6.5%珪素鋼リボンである急冷リボン32を冷間圧延する。このように結晶組織を調整することにより、珪素含有率4.0%以上、かつ、8.0%以下の範囲に含まれる6.5%珪素鋼を冷間圧延して、6.5%珪素鋼薄帯である圧延鋼帯50を製造できる。珪素の含有率が6.5%の珪素鋼は、高強度、難加工性であり、割れてしまう現象を伴う材料であるが、この製造方法を採用することで、圧延鋼帯50に加工できる。また、ブロック粒状鋼帯形成工程としての液体急冷工程P2と、冷間圧延工程P3により、圧延鋼帯50を製造でき、工程が短縮できる。
【0059】
また、本発明の実施の形態によれば、液体急冷工程P2において、単ロール急冷法を用いることで、ブロック粒状組織となる帯状の急冷リボン32を安定して製造でき、生産性が向上する
また、本発明の実施の形態によれば、単ロール急冷法を用いて帯状の急冷リボン32を形成し、この急冷リボン32を冷間圧延する。このように珪素含有率4.0%以上、かつ、8.0%以下の範囲に含まれる6.5%珪素鋼を冷間圧延して、6.5%珪素鋼薄帯である圧延鋼帯50を製造できる。
【0060】
また、本発明の実施の形態によれば、単ロール急冷法に用いられるロール28の回転周速度が、秒速35メートルから秒速42メートルの範囲である。このロール条件により、冷間圧延可能な帯状の6.5%珪素鋼の急冷リボン32を高い歩留まりで作製できる。
【0061】
次に、この実施形態によるテスト結果について説明する。
【0062】
テスト方法としては、図3に示す6.5%珪素鋼リボン製作パラメータ38のうち、ロール28の回転周速度を秒速20m、35m、42m、50mと変化させて、単ロール急冷装置10で急冷リボン32を形成し、形成した急冷リボン32を冷間圧延機40で圧延した。なお、ロール28の回転周速度以外は、図3に示すパラメータ38の数値と同一とした。また、冷間圧延機40の設定は、図7に示す冷間圧延機パラメータ54の数値と同一とした。
【0063】
図10は、液体急冷テスト条件を示す図である。この液体急冷テスト条件70は、単ロール急冷装置10で急冷リボン32を作製する条件である。図10に示すように、試料は、試料番号35、43、38、42、46、47、49、50、51、52、53、54、44、45、48、1、41であり、試料数は全部で17個ある。ロール28の回転周速度を20m/sとした試料は番号35と43の2個であり、42m/sは番号44、45、48の3個、50m/sは番号1と41の2個、残りの10個の試料は35m/sである。
【0064】
図10の右端の欄には、冷間圧延可否のテスト結果が示されている。ここで、圧延可否の判定基準は、圧延時の板厚の変化の度合いである圧延率が50%以上であれば、圧延可能と判定し、圧延率が50%未満で、かつ、圧延加工中に急冷リボン32が破断した場合、圧延不可能と判定した。圧延率とは、圧延する際の鋼板の厚みの減少量と、圧延前の母材の厚みとの比率である。例えば、板厚20μmの急冷リボン32を、板厚5μmの圧延鋼帯50に圧延した場合、板厚の減少量は15μmであり、圧延前の板厚が20μmであるため、圧延率は75%となる。なお、圧延率は、急冷リボン32と圧延鋼帯50の板厚をマイクロメータで測定して算出した。
【0065】
この圧延可否の判定基準を用いると、ロール28の回転周速度を20m/sとした番号35と43の2個すべて、50m/sとした番号1と41の2個すべて、42m/sとした番号45の1個、35m/sとした番号46と53の2個が、圧延不可能となった。それ以外の35m/sと42m/sの10個の試料は、圧延可能となった。
【0066】
なお、ロール28の回転周速度として、当初、20m/s、27m/s、35m/s、42m/s、50m/sとするテストを予定していたが、予備実験の段階で35m/sよりも回転周速度が低い領域では、冷間圧延できないことが確認されたため、図10に示す液体急冷テスト条件70の回転周速度でテストを行った。
【0067】
図11は、急冷リボン評価結果を示す図である。この急冷リボン評価結果72の「リボン幅」の欄には、急冷リボン32の幅が示されており、0.7~1.9mmである。「リボン厚」の欄には、急冷リボン32の板厚が示されており、6~38μmである。板厚は、急冷リボン32の断面の顕微鏡写真を用いて測定した。急冷リボン32の断面を観察すると板厚の薄い部分と厚い部分の局所的な凹凸が確認できるが、薄い部分の板厚を「リボン厚」の最小値、厚い部分の板厚を「リボン厚」の最大値として測定した。なお、マイクロメータを用いて板厚を測定する場合、被測定物を挟むアンビル(固定側)とスピンドルの接触面の大きさが、急冷リボン32の板厚の局所的な凹凸の周期に比べて大きくなる。このため、急冷リボン32の板厚の薄い部分の測定が困難となる。ここでは、板厚の局所的な凹凸の薄い部分の測定ができるように、急冷リボン32の断面の顕微鏡写真を用いて測定した。「リボン硬さHV0.025」の欄には、急冷リボン32の硬度の測定結果が示されている。硬度は、マイクロビッカース硬度計を用いて25gの測定圧で測定した。急冷リボン32の硬度と冷間圧延可否の間に明確な相関関係は認められなかった。
【0068】
「結晶粒径」の欄には、急冷リボン32を構成する結晶粒60の大きさの測定結果とともに、急冷リボン32の結晶組織の観察結果が示されている。結晶組織としては、上述のブロック粒状組織の他、後述する3層粒状組織と貫通粒状組織が観察されている。3層粒状組織が観察された試料は、番号35、43、46の3個であり、貫通粒状組織が観察された試料は、番号53、45、1、41の4個であった。そして、3層粒状組織と貫通粒状組織を有する急冷リボン32は、すべて冷間圧延不可能という結果となった。それ以外の10個の試料は、ブロック粒状組織が観察され、ブロック粒状組織を有する急冷リボン32は、すべて冷間圧延可能という結果となった。このように急冷リボン32の結晶組織と冷間圧延可否の間には明確な相関関係が認められた。すなわち、ブロック粒状組織を有する急冷リボン32は冷間圧延可能であり、3層粒状組織と貫通粒状組織を有する急冷リボン32は冷間圧延不可能であった。
【0069】
なお、ロール回転周速度を35m/s、42m/sとした条件でも、圧延できない試料があったが、これらの結晶組織を観察すると、3層粒状組織又は貫通粒状組織のいずれかになっていた。これらの試料については、急冷リボン32作製時の条件が、図3に示す6.5%珪素鋼リボン製作パラメータ38の数値から若干ずれていたと考えられている。
【0070】
図12は、ロール回転周速度20m/sの条件で作製された急冷リボンの断面の顕微鏡写真を示す図であり、(a)は幅方向に沿う断面、(b)は長手方向に沿う断面である。これは、試料番号43の写真である。この試料は、冷間圧延不可能という結果であり、結晶組織が、3層粒状組織となっている。写真に写っている急冷リボン32の下面が単ロール急冷装置10で急冷される際のロール28側であり、上面が開放側である。
【0071】
この顕微鏡写真を観察すると、灰色の領域60Cの結晶粒60によって白色の領域60Dの結晶粒60を上下に挟むサンドイッチ構造をなす3層粒状の結晶組織となっている。このような結晶組織を3層粒状組織と呼ぶこととする。
【0072】
20m/sの条件は、ロール回転周速度が遅い条件であり、急冷リボン32を作製するときの溶解合金26の冷却速度が遅い条件となる。すなわち、溶解合金26の冷却速度が遅いと3層粒状組織になる。そして、急冷リボン32の冷間圧延ができなくなる。
【0073】
図13は、ロール回転周速度35m/sの条件で作製された急冷リボンの断面の顕微鏡写真を示す図であり、(a)は幅方向に沿う断面、(b)は長手方向に沿う断面である。
【0074】
これは、試料番号54の写真である。なお、図4に示した写真は、試料番号47の写真である。番号47と54の試料は、冷間圧延可能という結果であり、結晶組織がブロック粒状組織となっている。ブロック粒状組織については、図4を参照してすでに説明した。写真に写っている急冷リボン32の下面がロール28側であり、上面が開放側である。
【0075】
この顕微鏡写真を観察すると、灰色の領域60Eの結晶粒60と白色の領域60Fの結晶粒60の大まかに2種類の領域から構成され、それぞれの結晶粒60がブロック状の形状をなしている。
【0076】
図14は、ロール回転周速度42m/sの条件で作製された急冷リボンの断面の顕微鏡写真を示す図であり、(a)は幅方向に沿う断面、(b)は長手方向に沿う断面である。
【0077】
これは、試料番号45の写真である。この試料は、冷間圧延不可能という結果であり、結晶組織が貫通粒状組織となっている。写真に写っている急冷リボン32の下面がロール28側であり、上面が開放側である。
【0078】
この顕微鏡写真を観察すると、急冷リボン32の下面から上面まで貫通する結晶粒60が代表的な組織である結晶組織をなしている。このような結晶組織を貫通粒状組織と呼ぶこととする。また、50m/sの条件で行った試料は、すべてこの貫通粒状組織となり、冷間圧延不可能であった。
【0079】
50m/sの条件は、ロール回転周速度が速い条件であり、急冷リボン32を作製するときの溶解合金26の冷却速度が速い条件となる。すなわち、溶解合金26の冷却速度が速いと貫通粒状組織になる。そして、急冷リボン32の冷間圧延ができなくなる。
【0080】
図15は、急冷リボン冷間圧延評価結果を示す図である。この急冷リボン冷間圧延評価結果74の「圧延板厚」の欄には、冷間圧延後の圧延鋼帯50の板厚が示されている。また、「圧延長」の欄には、両端部のチャッキング部分を除いた圧延鋼帯50の長さが示されている。
【0081】
図16は、急冷リボン冷間圧延評価結果を示す図であり、(a)は圧延成功数、(b)は圧延失敗数、(c)は圧延成功率である。グラフの横軸は、ロール回転周速度を示す。圧延成功数とは、冷間圧延可能と判定された試料の数を示し、圧延失敗数とは、冷間圧延不可能と判定された試料の数を示している。図16(a)に示すようにロール回転周速度が35m/sと42m/sの条件で、圧延成功数が存在する。また、図16(c)に示すように圧延成功率は、ロール回転周速度が35m/sの条件で高くなっている。
【0082】
図17は、急冷リボン冷間圧延評価結果を示す図であり、(a)は圧延成功数、(b)は圧延失敗数、(c)は圧延成功率である。グラフの横軸は、急冷リボン32の結晶組織を示している。図17(a)と図17(c)に示すようにブロック粒状組織では、冷間圧延が可能であり、一方、図17(b)と図17(c)に示すように3層粒状組織と貫通粒状組織では、冷間圧延不可能である。
【0083】
図18は、圧延鋼帯板厚の全長推移の測定結果を示す図であり、(a)は試料番号47のグラフ、(b)は試料番号54のグラフである。グラフの横軸は長さ、縦軸は板厚を示す。板厚は、マイクロメータを用いて測定した。グラフの中央領域が、圧延された圧延鋼帯50の板厚を示し、両端領域はチャッキング部分であって圧延されていない急冷リボン32の板厚に相当する部分である。
【0084】
図19は、圧延鋼帯板厚の評価結果を示す図である。この図には、冷間圧延可能と判定された中の9個の試料について圧延鋼帯50の板厚がまとめられている。図18に示すように中央領域の圧延鋼帯50の板厚を長手方向に複数点、マイクロメータを用いて測定し、板厚の平均値、最大値、最小値を求めた結果が示されている。板厚の平均値は、3.7~7.7μmであり、最大値は、4.5~9μmであった。そして、板厚の最小値は3.2~7μmであって、3.2μmの板厚が試料番号47、49、51の3個で確認された。
【0085】
次に、この実施の形態によるテストにおいて観察された現象について説明する。
【0086】
図20は、急冷リボンの写真を示す図である。この図を観察すると、急冷リボン32は、全長にわたり一定の形態をなしているわけでなく、直線的な形態を示す直線状部33Aと、曲がりくねっている形態を示す曲がり部33Bとを含んでいる。図21は、急冷リボンの写真を示す図であり、(a)は直線状部、(b)は曲がり部を示す図である。図21(a)では、急冷リボン32が全体的に平坦で直線的な形態になっており、全体が直線状部33Aになっている様子を確認できる。一方、図21(b)では、両端領域が直線状部33Aとなっており、中央領域が曲がり部33Bを構成している。曲がり部33Bでは、急冷リボン32が曲がりくねっており、ねじれたり、反ったりしている様子を確認できる。テストの結果、直線状部33Aは冷間圧延されにくく、一方、曲がり部33Bは冷間圧延されやすく薄い板厚に圧延できることが確認されている。
【0087】
図22は、急冷リボンの曲がり部の断面の顕微鏡写真を示す図である。図22に示す(a)~(c)の写真は、全て曲がり部33Bの断面を示しているが、いずれも結晶組織がブロック粒状組織となっている。曲がり部33Bが冷間圧延されやすいことと、ブロック粒状組織となっていることに対応関係が認められる。
【0088】
図23は、急冷リボンの直線状部の断面の顕微鏡写真を示す図である。図23に示す(a)~(c)の写真は、全て直線状部33Aの断面を示しているが、いずれも結晶組織が貫通粒状組織となっている。直線状部33Aが冷間圧延されにくいことと、貫通粒状組織となっていることに対応関係が認められる。
【0089】
図24は、急冷リボンの全長における直線状部と曲がり部の分布を示す図であり、(a)は観察方法を示す図、(b)は冷間圧延不可能であった試料番号43の観察結果を示す図、(c)は冷間圧延可能であった試料番号42の観察結果を示す図である。急冷リボン32の全長方向における直線状部33Aと曲がり部33Bの分布の観察方法は、図24(a)に示すように急冷リボン32を1000mm(1m)の長さのスケール300に貼り付けて、10mm間隔で目視により、直線状部33Aであるか、曲がり部33Bであるかを判定した。図24(b)には、冷間圧延不可能であった試料番号43の結果が示されている。図の横軸は、急冷リボン32の全長方向の長さであり、縦軸は、レベルの低い部分が直線状部33Aの領域を示し、レベルの高い部分が曲がり部33Bの領域を示している。冷間圧延不可能であった試料番号43では、全長に対する曲がり部33Bの占める分布の割合が低く34.8%であった。一方、図24(c)には、冷間圧延可能であった試料番号42の結果が示されている。冷間圧延可能であった試料番号42では、全長に対する曲がり部33Bの占める分布の割合が高く71.7%であった。
【0090】
[発明のその他の実施の形態]
上記の実施形態では、液体急冷工程P2において、単ロール急冷法を用いて急冷リボン32を形成している。急冷リボン32を形成する方法は、単ロール急冷法に限らず、双ロール急冷法や、紡糸法などのその他の急冷法を用いてもよい。
【符号の説明】
【0091】
1…珪素鋼帯の製造方法、P1…真空溶解工程(6.5%珪素鋼ビレット作製工程)、P2…液体急冷工程(ブロック粒状鋼帯形成工程)、P3…冷間圧延工程、200…6.5%珪素鋼ビレット(珪素鋼ビレット)、10…単ロール急冷装置、11…誘導加熱溶解部、12…真空チャンバー、14…石英ノズル、16…ノズル吹出口、18…ノズル吹出口孔径、22…アルゴンガス、24…誘導加熱コイル、26…溶解合金、28…ロール、29…ロール円筒面、30…ノズル-ロール間距離、32…急冷リボン(6.5%珪素鋼リボン、珪素鋼リボン)、34…リボン捕集室、38…6.5%珪素鋼リボン製作パラメータ、40…冷間圧延機、41…圧延部、42…圧延ロール、44…バックアップロール、46…ワーク送りロール、48…錘、50…圧延鋼帯(珪素鋼薄帯)、54…冷間圧延機パラメータ、60…結晶粒
図1
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