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特開2023-80986移動体、および移動体の位置を推定する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023080986
(43)【公開日】2023-06-09
(54)【発明の名称】移動体、および移動体の位置を推定する方法
(51)【国際特許分類】
   G01S 5/14 20060101AFI20230602BHJP
【FI】
G01S5/14
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021194599
(22)【出願日】2021-11-30
(71)【出願人】
【識別番号】504255685
【氏名又は名称】国立大学法人京都工芸繊維大学
(71)【出願人】
【識別番号】515207352
【氏名又は名称】株式会社シュルード設計
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】東 善之
(72)【発明者】
【氏名】安達 基朗
【テーマコード(参考)】
5J062
【Fターム(参考)】
5J062AA08
5J062AA09
5J062BB05
5J062DD24
5J062EE01
(57)【要約】
【課題】簡易な構成で、移動体の位置を高精度かつ高更新レートに推定する。
【解決手段】複数のアンカA1~Anが設置された領域を移動する移動体Tであって、電波によって複数のアンカA1~Anと断続的に通信する通信部2と、通信部2が通信を行った各アンカと移動体Tとの距離を推定する距離推定部3と、前記推定された距離に基づき、移動体Tの位置を推定する位置推定部4と、前記推定された位置に応じて、複数のアンカA1~Anから通信部2が通信を行う3以上のアンカを選択するアンカ選択部6と、を備え、アンカ選択部6は、前記領域内の位置と、当該位置の推定に適したアンカとを対応付けたアンカ選択用情報D1を参照して、前記3以上のアンカを選択する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のアンカが設置された領域を移動する移動体であって、
電波によって前記複数のアンカと断続的に通信する通信部と、
前記通信部が通信を行った各アンカと前記移動体との距離を推定する距離推定部と、
前記推定された距離に基づき、前記移動体の位置を推定する位置推定部と、
前記推定された位置に応じて、前記複数のアンカから前記通信部が通信を行う3以上のアンカを選択するアンカ選択部と、
を備え、
前記アンカ選択部は、前記領域内の位置と、当該位置の推定に適したアンカとを対応付けたアンカ選択用情報を参照して、前記3以上のアンカを選択する、移動体。
【請求項2】
前記アンカ選択用情報において、前記領域内の各位置が、
(a)当該位置と前記複数の各アンカとの通信の安定性に関する指標、
(b)当該位置と前記複数の各アンカとの間の前記電波の経路の数に関する指標
(c)当該位置と前記複数の各アンカとの間の、前記電波の経路長と直線距離との差に関する指標、および
(d)前記アンカの組み合わせに対する当該位置のDOPに関する指標
の少なくともいずれかに基づいて、前記推定に適したアンカに対応付けられている、請求項1に記載の移動体。
【請求項3】
前記アンカ選択用情報において、前記領域内の各位置は、前記指標(a)~(d)に基づいて、前記推定に適したアンカに対応付けられている、請求項2に記載の移動体。
【請求項4】
前記アンカ選択部は、3~5のアンカを選択する、請求項1~3のいずれかに記載の移動体。
【請求項5】
前記電波はUWB信号である、請求項1~4のいずれかに記載の移動体。
【請求項6】
複数のアンカが設置された領域を移動する移動体の位置を推定する方法であって、
電波によって前記複数のアンカと断続的に通信する通信ステップと、
前記通信を行った各アンカと前記移動体との距離を推定する距離推定ステップと、
前記推定された距離に基づき、前記移動体の位置を推定する位置推定ステップと、
前記推定された位置に応じて、前記複数のアンカから前記通信部が通信を行う3以上のアンカを選択するアンカ選択ステップと、
を備え、
前記アンカ選択ステップでは、前記領域内の位置と、当該位置の推定に適したアンカとを対応付けたアンカ選択用情報を参照して、前記3以上のアンカを選択する、方法。
【請求項7】
前記通信ステップに先立って、
前記領域内の各位置を、
(a)当該位置と前記複数の各アンカとの通信の安定性に関する指標、
(b)当該位置と前記複数の各アンカとの間の前記電波の経路の数に関する指標、および
(c)当該位置と前記複数の各アンカとの間の、前記電波の経路長と直線距離との差に関する指標、および
(d)前記アンカの組み合わせに対する当該位置のDOPに関する指標
の少なくともいずれかに基づいて、前記推定に適したアンカに対応付けることにより、前記アンカ選択用情報を作成する作成ステップと、
前記アンカ選択用情報を前記移動体に登録する登録ステップと、
をさらに備える、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記作成ステップに先立って、
前記領域内に前記複数のアンカを設置する設置ステップと、
前記複数のアンカの座標を決定する座標決定ステップと。
をさらに備える、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記座標決定ステップでは、
3Dレーザスキャナと、各アンカの近傍に設けられた3D計測用マーカとを用いて前記アンカの座標を決定する、請求項8に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、移動体の位置を推定する技術に関し、特に、GPS信号以外の電波を用いて移動体の位置を推定する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
GPS信号の届かない領域(例えば橋梁下部など)を移動する移動体の位置を推定するために、領域内に複数のアンカ(地上局)を設置し、移動体(タグ)とアンカとの間で無線通信を行い、各アンカと移動体との間の距離を計測することにより、移動体の位置(座標)を推定するシステムが提案されている。無線通信のための電波としては、3~8GHzのUWB(Ultra Wide-Band)信号が広く用いられている。
【0003】
移動体の位置推定精度を低下させる要因として、
(1)LOS(Line of Sight) or NLOS(Line of Sight)、すなわち、見通しの有無
(2)反射波によるマルチパス
(3)反射波の経路長と直線距離との差
(4)DOP(Dilution of Precision)、すなわち、移動体とアンカとの位置関係の幾何学的な要因
がある。
【0004】
(1)の要因について、図10を参照して説明する。図10に示すように、アンカA1が設置された室内を移動体Tが移動している場合において、アンカA1と移動体Tとの間に柱C等の電波遮蔽体が存在する瞬間は、アンカA1から移動体Tには直接波は届かない(NLOS)。このとき、金属板Mなどの高反射率素材を反射する電波R1はあまり減衰しないが、反射率の低い壁を反射する電波R2は、減衰して移動体Tに到達する。このように反射回数や反射する素材の吸収率によって、通信自体が不安定になり、位置推定精度の低下を招く。
【0005】
(2)および(3)の要因について、図11を参照して説明する。図11に示すように、2台のアンカA1,A2が設置された室内を移動体Tが移動している場合において、アンカA1,A2と移動体Tとの間に壁W等の電波遮蔽体が存在する瞬間は、アンカA1,A2から移動体Tには直接波は届かない。このとき、アンカA1,A2からの電波R1,R2は、金属板Mを反射して移動体Tに到達するが、移動体TとアンカA1との直線距離L1よりも移動体TとアンカA2との直線距離L2のほうが短いにもかかわらず、経路長は、電波R1よりも電波R2のほうが長くなる。このように、反射波によるマルチパスにより、複数のアンカの位置関係が移動体から見て逆転する可能性があり、位置推定精度を低下させる。また、反射波の経路長と直線距離との差、すなわち、電波R1の経路長と直線距離L1との差、および、電波R2の経路長と直線距離L2との差も、位置を算出するための距離の誤差となるため、位置推定精度を低下させる。
【0006】
(3)の要因について、図12および図13を参照して説明する。電波による距離測定の結果には誤差があるため、1つのアンカから推定可能な移動体の位置は、幅△D1の帯状の範囲になる。図12に示すように、移動体から一方のアンカA1への方向と、移動体から他方のアンカA2への方向との角度が小さい場合は、前記帯状の範囲が重なり合う領域、すなわち、移動体の推定位置は、細長の略菱形状になる(△D2>△D3)。これに対し、図13に示すように、移動体から一方のアンカA1への方向と、移動体から他方のアンカA2への方向との角度がほぼ直角の場合は、前記帯状の範囲が重なり合う領域、すなわち、移動体の推定位置は、略正方形状になる(△D2≒△D3)。図12に示す略菱形状の領域のほうが、図13に示す略正方形状の領域よりも大きいため、図12に示すアンカA1,A2は、移動体との位置関係からDOPが高くなり、位置推定精度が低くなる。
【0007】
これに対し、特許文献1には、複数の基地局(アンカ)が設置された領域を移動する移動局(移動体)の位置を、DOPを考慮して高精度に推定する発明が開示されている。具体的には、領域内の各位置におけるDOPによる精度劣化が最小となる基地局の組合わせを基地局組合わせ情報として測位サーバに登録しておき、測位サーバが、当該基地局組合わせ情報を参照して、測位に用いる基地局を選択し、移動局の位置を推定している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008-249675号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1に記載の発明では、アンカおよび移動体以外に、アンカを制御する測位サーバを必要とするため、システム構成が複雑である。また、特許文献1に記載の発明では、DOP以外の精度劣化を考慮していないため、壁や柱があるような領域においては、高精度かつ高更新レートの位置推定はできない。
【0010】
本発明は、上記問題を解決するためになされたものであって、簡易な構成で、移動体の位置を高精度かつ高更新レートに推定することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明は以下の態様を含む。
項1.
複数のアンカが設置された領域を移動する移動体であって、
電波によって前記複数のアンカと断続的に通信する通信部と、
前記通信部が通信を行った各アンカと前記移動体との距離を推定する距離推定部と、
前記推定された距離に基づき、前記移動体の位置を推定する位置推定部と、
前記推定された位置に応じて、前記複数のアンカから前記通信部が通信を行う3以上のアンカを選択するアンカ選択部と、
を備え、
前記アンカ選択部は、前記領域内の位置と、当該位置の推定に適したアンカとを対応付けたアンカ選択用情報を参照して、前記3以上のアンカを選択する、移動体。
項2.
前記アンカ選択用情報において、前記領域内の各位置が、
(a)当該位置と前記複数の各アンカとの通信の安定性に関する指標、
(b)当該位置と前記複数の各アンカとの間の前記電波の経路の数に関する指標
(c)当該位置と前記複数の各アンカとの間の、前記電波の経路長と直線距離との差に関する指標、および
(d)前記アンカの組み合わせに対する当該位置のDOPに関する指標
の少なくともいずれかに基づいて、前記推定に適したアンカに対応付けられている、項1に記載の移動体。
項3.
前記アンカ選択用情報において、前記領域内の各位置は、前記指標(a)~(d)に基づいて、前記推定に適したアンカに対応付けられている、項2に記載の移動体。
項4.
前記アンカ選択部は、3~5のアンカを選択する、項1~3のいずれかに記載の移動体。
項5.
前記電波はUWB信号である、項1~4のいずれかに記載の移動体。
項6.
複数のアンカが設置された領域を移動する移動体の位置を推定する方法であって、
電波によって前記複数のアンカと断続的に通信する通信ステップと、
前記通信を行った各アンカと前記移動体との距離を推定する距離推定ステップと、
前記推定された距離に基づき、前記移動体の位置を推定する位置推定ステップと、
前記推定された位置に応じて、前記複数のアンカから前記通信部が通信を行う3以上のアンカを選択するアンカ選択ステップと、
を備え、
前記アンカ選択ステップでは、前記領域内の位置と、当該位置の推定に適したアンカとを対応付けたアンカ選択用情報を参照して、前記3以上のアンカを選択する、方法。
項7.
前記通信ステップに先立って、
前記領域内の各位置を、
(a)当該位置と前記複数の各アンカとの通信の安定性に関する指標、
(b)当該位置と前記複数の各アンカとの間の前記電波の経路の数に関する指標
(c)当該位置と前記複数の各アンカとの間の、前記電波の経路長と直線距離との差に関する指標、および
(d)前記アンカの組み合わせに対する当該位置のDOPに関する指標
の少なくともいずれかに基づいて、前記推定に適したアンカに対応付けることにより、前記アンカ選択用情報を作成する作成ステップと、
前記アンカ選択用情報を前記移動体に登録する登録ステップと、
をさらに備える、項6に記載の方法。
項8.
前記作成ステップに先立って、
前記領域内に前記複数のアンカを設置する設置ステップと、
前記複数のアンカの座標を決定する座標決定ステップと。
をさらに備える、項7に記載の方法。
項9.
前記座標決定ステップでは、
3Dレーザスキャナと、各アンカの近傍に設けられた3D計測用マーカとを用いて前記アンカの座標を決定する、項8に記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、簡易な構成で、移動体の位置を高精度かつ高更新レートに推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の一実施形態に係る位置推定システムの概略構成を示すブロック図である。
図2】移動体の位置推定を説明するための図である。
図3】アンカ選択用情報の一例である。
図4】移動体の位置を推定する方法の処理手順を示すフローチャートである。
図5】アンカの座標を決定する手法の説明図である。
図6】移動体が移動する領域の平面図である。
図7】移動体が移動する領域の平面図である。
図8】(a)~(d)はそれぞれ、各計測点でのMP、DL、DOPおよびSSである。
図9】全てのアンカを通信対象としたときの、評価関数計算結果を可視化した図である。
図10】見通しの有無による位置推定精度の低下を説明するための図である。
図11】マルチパスによる位置推定精度の低下を説明するための図である。
図12】DOPによる位置推定精度の低下を説明するための図である。
図13】DOPによる位置推定精度の低下を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について添付図面を参照して説明する。なお、本発明は、下記の実施形態に限定されるものではない。
【0015】
(システム構成)
図1は、本発明の一実施形態に係る位置推定システム1の概略構成を示すブロック図である。位置推定システム1は、所定の領域を移動する移動体Tの位置を推定するシステムであり、当該に設置された複数のアンカA1~Anを備えている。例えば、所定の領域は建築作業現場であり、移動体Tは作業員である。
【0016】
アンカA1~Anの台数は少なくとも3以上であれば特に限定されないが、本実施形態ではn(n≧3)である。各アンカA1~Anは、周期的にUWB信号を発しており、UWB信号には、発信時刻およびアンカ識別情報が含まれている。
【0017】
移動体Tには、UWB通信モジュール(タグ)が取り付けられている。UWB通信モジュールは、例えば、13mm×23mm程度のチップ形状であり、最大300mの範囲で各アンカA1~Anと通信可能である。
【0018】
移動体(タグ)Tは、機能ブロックとして、記憶部Sと、通信部2と、距離推定部3と、位置推定部4と、アラーム部5と、アンカ選択部6とを備えている。記憶部Sには、タグを動作させる各種プログラムの他、アンカ選択用情報D1および立入禁止区域情報D2が記憶されている。通信部2、距離推定部3、位置推定部4、アラーム部5およびアンカ選択部6は、記憶部Sに記憶された所定のプログラムを実行することにより、ソフトウェア的に実現することができる。
【0019】
通信部2は、電波によって複数のアンカA1~Anと断続的に通信する機能を有している。本実施形態では、前記電波はUWB信号であるが、これに限らず、例えばWi-Fi信号などであってもよい。
【0020】
距離推定部3は、通信部2が通信を行った各アンカと移動体Tとの距離を推定する機能を有している。例えば、通信部2がアンカAk(3≦k≦n)と通信を行った場合、距離推定部3は、アンカAkから受信したUWB信号に含まれる発信時刻と、通信部2がUWB信号を受信した時刻との差から、アンカAkと移動体Tとの距離を推定する。
【0021】
位置推定部4は、距離推定部3によって推定された距離に基づき、移動体Tの位置を推定する機能を有している。例えば、図2に示すように、アンカA1、A2、A3、A4の座標がそれぞれ(x、y、z)、(x、y、z)、(x、y、z)、(x、y、z)であり、アンカA1、A2、A3、A4と移動体Tとの距離がそれぞれd、d、d、dと推定された場合、移動体Tの座標(x、y、z)は、以下の式を解くことにより推定される。
【数1】
【0022】
なお、移動体Tの位置推定のためには、少なくとも3台のアンカが必要となる。通信対象となるアンカの数が増えるほど、位置推定精度は向上するが、位置推定の更新レートが低下するという問題が生じる。
【0023】
アラーム部5は、位置推定部4によって推定された位置が所定の領域内である場合に、移動体Tである作業員に警報を発する機能を有している。記憶部Sに記憶されている立入禁止区域情報D2には、作業現場における立入禁止区域の座標が含まれている。アラーム部5は、立入禁止区域情報D2を参照して、移動体Tの推定位置が立入禁止区域内であるか否かを判定し、推定位置が立入禁止区域内である場合に、音声等で警報を発する。
【0024】
アンカ選択部6は、位置推定部4によって推定された位置に応じて、複数のアンカA1~Anから通信部2が通信を行う3以上のアンカを選択する機能を有している。より具体的には、アンカ選択部6は、領域内の位置と、当該位置の推定に適したアンカとを対応付けたアンカ選択用情報D1を参照して、前記3以上のアンカを選択する。
【0025】
図3は、アンカ選択用情報D1の一例である。アンカ選択用情報D1において、座標の列は、前記領域内の各位置であり、(x、y)=(1、1)~(11、11)の121か所の位置が登録されている。なお、本実施形態では、領域内のz座標(高さ)は同じであるため、省略されている。
【0026】
そして、アンカ選択用情報D1では、各位置が、
(a)当該位置と各アンカA1~Anとの通信の安定性に関する指標、
(b)当該位置と各アンカA1~Anとの間の前記電波の経路の数に関する指標
(c)当該位置と各アンカA1~Anとの間の、前記電波の経路長と直線距離との差に関する指標、および
(d)アンカA1~Anの組み合わせに対する当該位置のDOPに関する指標
に基づいて、移動体Tの位置推定に適した3~5のアンカに対応付けられている。対応付けの具体例については、後述する。
【0027】
例えば、位置推定部によって推定された位置(x、y)が(1、2)であった場合、アンカ選択部6は、4つのアンカA1、A2,A5、A6を選択する。この場合、通信部2は、アンカ選択部6が選択した4つのアンカA1、A2,A5、A6のみと通信することにより、距離推定部3および位置推定部4による移動体Tの位置推定を正確かつ迅速に行うことができる。
【0028】
これに対し、従来の位置推定方法では、通信部2は、領域内の位置に関わらず、常に、全てのアンカA1~Anと通信を行っているため、迅速に位置推定を行うことができず、更新レートが低かった。これに対し、本実施形態では、アンカ選択用情報D1において、位置推定に適したアンカが各位置についてあらかじめ登録されているので、通信を行うアンカを限定することができる。よって、位置推定精度を維持しながら、更新レートを向上させることができる。
【0029】
また、本実施形態では、アンカ選択用情報D1を移動体Tに登録し、移動体Tにおいて、アンカ選択用情報D1を参照して位置推定に適したアンカを選択しているので、特許文献1に記載の測位サーバを必要としない。よって、簡易な構成で、移動体の位置を高精度かつ高更新レートに推定することができる。
【0030】
さらに、本実施形態では、アンカの選択にあたって、DOPに関する指標だけでなく、上記(a)~(c)のように、通信の安定性に関する指標(LOS or NLOS)および電波の経路の数に関する指標(マルチパス)を考慮している。よって、壁や柱があるような領域においても、高精度かつ高更新レートの位置推定が可能である。
【0031】
(処理手順)
図4は、本実施形態における移動体の位置を推定する方法の処理手順を示すフローチャートである。
【0032】
ステップS1(設置ステップ)では、移動体が移動する領域内に複数のアンカを設置する。
【0033】
ステップS2(座標決定ステップ)では、前記複数のアンカの座標を決定する。図5は、アンカの座標を決定する手法の説明図である。図5(a)に示す〇印の位置は、アンカの設置位置を示しており、図5(b)に示すように、アンカの近傍には3D計測用マーカが設けられている。そして、図5(c)に示す3Dレーザスキャナを用いて、建物等の物体を高精度(誤差1mm以下)に点群化するとともに、3D計測用マーカに基づき、アンカの座標を計測する。これにより、アンカの周囲環境とアンカの座標を効率的に取得でき、取得した3Dデータに基づいて、電波が伝搬可能な範囲をクリッピング操作で指定することができる。3D計測用マーカの態様は、3Dレーザスキャナによって認識可能なものであれば特に限定されない。
【0034】
図4に示すステップS3(作成ステップ)では、アンカ選択用情報D1を作成する。具体的には、領域内の各位置を、
(a)当該位置と前記複数の各アンカとの通信の安定性に関する指標、
(b)当該位置と前記複数の各アンカとの間の前記電波の経路の数に関する指標
(c)当該位置と前記複数の各アンカとの間の、前記電波の経路長と直線距離との差に関する指標、および
(d)前記アンカの組み合わせに対する当該位置のDOPに関する指標
に基づいて、前記推定に適したアンカに対応付けることにより、アンカ選択用情報D1を作成する。アンカ選択用情報D1を作成する具体例を、図6図9を参照して説明する。
【0035】
図6は、移動体が移動する領域の平面図である。領域は、全体が正方形状の部屋であり、その中心部には、四辺に隙間を有する正方形状の壁が存在する。×印は、アンカ選択用情報D1に登録する計測点であり、縦11×横11の計121か所である。●印は、アンカの位置である。各計測点における位置推定に適したアンカは下記(1)~(6)の手順で決定される。
【0036】
(1)レイトレース法により、各アンカから計測点までの伝搬の伝搬経路の最小反射回数を算出する。当該回数は、LOSならば0であり、NLOSならば1以上である。
【0037】
(2)全てのアンカからk個のアンカを選び(アンカ群と称する)、それらのアンカから計測点までの反射回数の合計値MPを求める。例えば、図7に示すように、計測点Pに対して下側の4つのアンカを選んだ場合、MP=0+0+0+1=1となる。これを全ての測定点について行い、各測定点におけるMPを求める。そして、各測定点において、MPが小さい上位のアンカ群を残す。これにより、マルチパスの影響が小さいアンカ群が複数残される。図8(a)は、各測定点における残されたアンカ群のMPを示している。
【0038】
(3)レイトレース法により、各アンカと計測点との間の、電波の経路長Riと直線距離Liとの差dLiの総和を評価値DLとして算出する。
【数2】
【0039】
たとえば、図11に示す各アンカA1,A2および移動体Tが位置する計測点に関しては、dL1=R1-L1、dL2=R2-L2となるので、DL=dL1+dL2=(R1-L1)+(R2-L2)となる。これを、全ての測定点について行い、各測定点におけるDLを求める。図8(b)は、各測定点でのDLを示している。
【0040】
(4)残されたアンカ群に対して、各計測点でのDOPおよび電波強度(SS)を計算する。図8(c)および(d)は、各計測点でのDOPおよびSSを示している。
【0041】
例えば、3つのアンカと通信する場合のDOPは以下のように算出される。計測点の座標pを(x、y、z)、各アンカの座標p(i=1~3の整数)を(x、y、z)、pとp間の距離をlとすると、
【数3】
となり、これらを用いて行列Dを、
【数4】
のように定義する。
【0042】
Dの逆行列から3×3の行列を得るが、この行列の対角成分がX、Y、Z方向のDOPの二乗である。これらの値を、それぞれXDOP、YDOP、ZDOPとする。以下にDDの逆行列Qを対角でない成分を省略して示す。
【数5】
【0043】
3次元空間における推定位置誤差に関するDOPをPDOP(Position DOP)とし、同様に水平方向および垂直方向における推定位置誤差に関するDOPをそれぞれ、HDOP(Horizontal DOP)、VDOP(Vertical DOP)とする。これらは、以下のように、行列Qの対角成分を足し合わせ、平方根をとることで求められる。
【数6】
【0044】
なお、本実施形態では、基本的に3次元空間における推定位置誤差に関して評価するため、DOPとしてPDOPを用いることを基本とするが、これに限定されない。
【0045】
(5)各計測点におけるDOP、SS、MP、DLを正規化する。例えば、DOPの正規化については、図8(c)に示す行列の全要素からDOP内の最小値をオフセット値として除去し、オフセット除去後の行列を当該行列内の最大値で割ることにより正規化される。SS、MPおよびDLの正規化も同様である。
【0046】
(6)正規化されたDOP、MP、DL、SSに対して、下記の評価関数により測位信頼性の低下率を計算し、評価値Jが最小となるアンカ群をその計測点におけるk個の通信対象アンカとする。
【数7】
ここで、WDOP、WMP、WdmplおよびWSSはそれぞれ、DOP、MP、DLおよびSSに関する重み係数である。
【0047】
図9は、全てのアンカを通信対象としたときの、評価関数計算結果を可視化した図である。青色の領域は、評価値Jが低い(測位精度が高い)領域であり、黄色の領域は、評価値Jが高い(測位精度が低い)領域である。
【0048】
以上により、領域内の各位置について、位置推定に適した通信対象アンカが対応付けられ、アンカ選択用情報D1が作成される。
【0049】
再び図4を参照する。ステップS4(登録ステップ)では、作成されたアンカ選択用情報D1を移動体Tに登録する。これにより、図1に示す位置推定システム1の構築が完了する。
【0050】
続いて、ステップS5(通信ステップ)において、移動体Tの通信部2が、UWB信号によって複数のアンカA1~Anとの通信を開始する。開始後、最初の通信では、通信部2は、通信可能な全てのアンカと通信を行う。
【0051】
ステップS6(距離推定ステップ)において、移動体Tの距離推定部3は、通信部2が通信を行った各アンカと移動体Tとの距離を推定する。
【0052】
ステップS7(位置推定ステップ)において、移動体Tの位置推定部4は、距離推定部3によって推定された距離に基づき、移動体Tの位置を推定する。
【0053】
ステップS8において、移動体Tのアンカ選択部6は、アンカ選択用情報D1を参照し、位置推定部4によって推定された位置がアンカ選択用情報D1に登録されているかを判定する。なお、推定された位置座標の数値の精度が、アンカ選択用情報D1に登録されている座標の数値の精度よりも大きい場合(例えば、前記推定された位置座標の数値が小数点以下2桁であり、前記登録されている座標の数値が小数点以下1桁である場合)、アンカ選択部6は、前記推定された位置座標の数値を四捨五入した数値を、前記登録されている座標の数値と比較してもよい。
【0054】
当該推定された位置がアンカ選択用情報D1に登録されている場合(ステップS9においてYES)、ステップS10(アンカ選択ステップ)に移行し、アンカ選択部6は、当該位置に対応付けられているアンカ(アンカ群)を選択する。そして、ステップS11において、通信部2が、アンカ選択部6によって選択されたアンカと通信を行い、以後、ステップS6~S8を繰り返す。
【0055】
なお、位置推定部4によって推定された位置がアンカ選択用情報D1に登録されていない場合(ステップS9においてNO)、ステップS12に移行し、通信部2は通信を終了する。
【0056】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない限りにおいて、種々の変更が可能である。
【0057】
例えば、上記実施形態において、図1に示すアンカ選択用情報D1では、移動体Tが移動する領域の各位置が、
(a)当該位置と各アンカA1~Anとの通信の安定性に関する指標、
(b)当該位置と各アンカA1~Anとの間の前記電波の経路の数に関する指標
(c)当該位置と各アンカA1~Anとの間の、前記電波の経路長と直線距離との差に関する指標、および
(d)アンカA1~Anの組み合わせに対する当該位置のDOPに関する指標に基づいて、移動体Tの位置推定に適した3~5のアンカに対応付けられているが、(a)~(d)の少なくともいずれかに基づいて、対応付けられていてもよい。また、対応づけるアンカの数は、特に限定されないが、通信を行うアンカの数が増えるほど更新レートが低下するため、当該数は3~5が好ましい。
【0058】
また、上記実施形態において、移動体Tは作業員であったが、例えば地上移動ロボットやドローンであってもよい。
【符号の説明】
【0059】
1 位置推定システム
2 通信部
3 距離推定部
4 位置推定部
5 アラーム部
6 アンカ選択部
A1~An アンカ
D1 アンカ選択用情報
D2 立入禁止区域情報
S 記憶部
T 移動体
図1
図2
図3
図4
図5
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