(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023081210
(43)【公開日】2023-06-09
(54)【発明の名称】製パン用油脂組成物および製パン用穀粉生地
(51)【国際特許分類】
A23D 9/00 20060101AFI20230602BHJP
A21D 2/16 20060101ALI20230602BHJP
A21D 2/26 20060101ALI20230602BHJP
A21D 2/14 20060101ALI20230602BHJP
A21D 6/00 20060101ALI20230602BHJP
A21D 13/00 20170101ALI20230602BHJP
A21D 15/08 20060101ALI20230602BHJP
【FI】
A23D9/00 502
A21D2/16
A21D2/26
A21D2/14
A21D6/00
A21D13/00
A21D15/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021194974
(22)【出願日】2021-11-30
(71)【出願人】
【識別番号】000004341
【氏名又は名称】日油株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002826
【氏名又は名称】弁理士法人雄渾
(72)【発明者】
【氏名】安川 瑠依
(72)【発明者】
【氏名】神並 美華
【テーマコード(参考)】
4B026
4B032
【Fターム(参考)】
4B026DC01
4B026DC06
4B026DG02
4B026DG04
4B026DH03
4B026DK01
4B026DK05
4B026DL09
4B026DP01
4B026DP03
4B032DB02
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4B032DK12
4B032DK18
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4B032DK31
4B032DK43
4B032DK47
4B032DK51
4B032DK54
4B032DK70
4B032DL11
4B032DP08
4B032DP33
4B032DP40
(57)【要約】 (修正有)
【課題】本発明は、パン生地のライン適性を向上するために必要なレシチン量を含有させた際に生じるパンでの風味の悪化を抑制し、さらに歯切れ、ソフトさが向上した風味良好なパンが得られる製パン用油脂組成物を提供することを目的とする。
【解決手段】上記課題を解決するために、(A)食用油脂中に、(B)マルトース生成αアミラーゼ、(C)レシチン、(D)モノグリセリン脂肪酸エステルを含有する製パン用油脂組成物であって、製パン用油脂組成物中、(C)レシチンが0.5~2.0質量%、(D)モノグリセリン脂肪酸エステルが0.5~10.0質量%を含有する製パン用油脂組成物を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)食用油脂中に、(B)マルトース生成αアミラーゼ、(C)レシチン、(D)モノグリセリン脂肪酸エステルを含有する製パン用油脂組成物であって、製パン用油脂組成物中、(C)レシチンが0.5~2.0質量%、(D)モノグリセリン脂肪酸エステルが0.5~10.0質量%を含有する製パン用油脂組成物。
【請求項2】
請求項1記載の製パン用油脂組成物、及び、穀粉を含有する製パン用穀粉生地であって、
前記穀粉100gに対して、前記(B)マルトース生成αアミラーゼを1.5~150.0u含有する請求項1に記載の製パン用穀粉生地。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、製パンに使用することで、パン生地のライン適性が向上し、歯切れがよく、ソフトさが維持された、風味良好なパンが得られる製パン用油脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
パンのソフトさの向上には酵素が一般的に使用される。しかし、酵素を使用すると、パン生地にべたつきが生じるため、パン生地がラインに付着し、歩留まりを低下するという問題がある。また、焼成後のパンは澱粉分解生成物により餅様の食感となり、歯切れが悪くなるという問題がある。
【0003】
製パンメーカーにおいて、近年の人件費上昇や原料価格の高騰は大きな問題となっている。人件費を抑えるためには、製造ラインへのパン生地の付着を低減することで洗浄にかかる時間を削減するなど作業時間の短縮が望まれ、パン生地のべたつき軽減(ライン適性向上)が人件費削減に密接に関わっている。また原料価格高騰に対しては、パンの歩留まりを向上させ、廃棄率の低下が望まれる。パン生地の歩留まりはパン生地がべたつく、もしくはパン生地の伸展性が欠けることで、モルダーなどの製パン機器を使用してパン生地を成型した際に成型不良が発生することで低下するため、パン生地はべたつきがなく、伸展性が良好(ライン適性向上)であることが歩留まり向上に密接に関わっている。すなわち、パン生地のライン適性向上が製パンメーカーにおいて強く望まれている。
【0004】
パン生地のべたつきを低減する方法として、酸素を気相として含有する油脂組成物(特許文献1)、ブランチングエンザイム、α-グルコシダーゼ、およびグルコースオキシダーゼから選択される1以上の酵素を配合する湯種パンの製造方法(特許文献2)、リン脂質を含む脂質蛋白質複合体を含有するベーカリー用油中水型乳化油脂組成物(特許文献3)などが提案されている。
また、高い温度で作用する酵素を選択しても、作業温度域での酵素活性は完全には無くならないため、パン生地のべたつき発生は免れず、高い温度で作用する酵素は澱粉分解能が高く、澱粉分解生成物により歯切れが低下してしまう。
その他、有機酸モノグリセリドを配合した油脂を用いる方法では、パン生地のべたつきは低減されるが、焼成したパンの歯切れがさらに悪化するという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2018-78812号公報
【特許文献2】国際公開第2018/151185号
【特許文献3】特開2019-149982号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
発明者は、酵素を含有する製パン用油脂組成物にレシチンを高含有量で含有すると、歯切れを低下させることなくパン生地のべたつきを抑制することを見出した。しかしながら、パン生地のべたつきを抑制するために必要な量のレシチンを配合した油脂を使用した場合、焼成後のパンにレシチン特有の好ましくない味や香りが感じられ、パンとしての商品価値が低下してしまうという問題がある。
【0007】
本発明は、パン生地のライン適性を向上するために必要なレシチン量を含有させた際に生じるパンでの風味の悪化を抑制し、さらに歯切れ、ソフトさが向上した風味良好なパンが得られる製パン用油脂組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者は鋭意検討を重ねた結果、マルトース生成αアミラーゼと高含有量のレシチンを組み合わせることで、レシチンによる風味悪化を抑制し、ライン適性を向上させること、さらにマルトース生成αアミラーゼ単独もしくは少量のレシチンでは得られなかった歯切れ、ソフトさ維持効果が得られることを見出した。また、モノグリセリン脂肪酸エステルを組み合わせることで、ソフトさ維持効果と歯切れ向上効果をさらに強める効果を見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は下記の〔1〕~〔2〕である。
〔1〕(A)食用油脂中に、(B)マルトース生成αアミラーゼ、(C)レシチン、(D)モノグリセリン脂肪酸エステルを含有する製パン用油脂組成物であって、製パン用油脂組成物中、(C)レシチンが0.5~2.0質量%、(D)モノグリセリン脂肪酸エステルが0.5~10.0質量%を含有する製パン用油脂組成物。
〔2〕〔1〕記載の製パン用油脂組成物、及び、穀粉を含有する製パン用穀粉生地であって、前記穀粉100gに対して、前記(B)マルトース生成αアミラーゼを1.5~150.0u含有する〔1〕に記載の製パン用穀粉生地。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、ライン適性が向上し、歯切れがよく、ソフトさが維持された、風味良好なパンが得られる製パン用油脂組成物を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の製パン用油脂組成物は、(A)食用油脂中に、(B)マルトース生成αアミラーゼ、(C)レシチン、(D)モノグリセリン脂肪酸エステルを含有することを特徴とする。なお、本発明の製パン用油脂組成物はショートニング、油中水型乳化物、水中油型乳化物いずれの形態においてもその効果を発揮することができる。
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
【0012】
((A)食用油脂)
(A)食用油脂としては、食用に適する油脂が使用できる。具体的には、牛脂、豚脂、魚油、パーム油、パーム核油、菜種油、大豆油、コーン油等の天然の動植物油脂、およびこれらの硬化油、極度硬化油、エステル交換油等が挙げられる。これらを目的に応じて適宜選択し、1種類または2種類以上組み合わせて用いられる。(A)食用油脂に(B)マルトース生成αアミラーゼ、(C)レシチン、(D)モノグリセリン脂肪酸エステルを含有させることで、パン生地中にこれらを均一に分散させることができ、ライン適性向上、歯切れ向上効果、ソフトさ維持効果を十分に発揮させることができ、風味良好なパンが得られる。
【0013】
(A)食用油脂は、パン製造時にパン生地中のグルテン形成を促し、パンの内相を細かなものにする。内相が細かくなることで、パンの歯切れを良好にすることができる。グルテン形成を促すためには、(A)食用油脂が可塑性を有し、さらに、(B)マルトース生成αアミラーゼが食用油脂中に沈殿せず分散状態を維持する必要があることから、20℃における(A)食用油脂のSFC(固体脂含量)は、4%以上であることが好ましい。
【0014】
((B)マルトース生成αアミラーゼ)
本発明において使用される(B)マルトース生成αアミラーゼは、α-1,4-グルコシド結合を加水分解することによって主にマルトースを生成する酵素であり、Bacillus等の細菌由来、Malt等の穀物由来、及びAspergillus等のカビ由来のいずれも用いることができる。(B)マルトース生成αアミラーゼは、パン生地中の澱粉を分解して、パンのソフトさ維持効果を得ることができ、さらには、(C)レシチンの独特の風味を緩和する作用がある。これにより、(C)レシチンを高含有量で配合しても、レシチンによるパンの風味低下を緩和し、風味の優れたパンを提供することができる。
【0015】
また、本発明に使用される(B)マルトース生成αアミラーゼの至適温度は、特に制限されないが、65℃以上であることが好ましい。至適温度が65℃以上のものを使用することにより、パン生地を製造する低温時においてマルトースの生成が抑制されるため、至適温度が低温であるものを使用する場合と比較して生地のべたつきを抑制することができる。
(B)マルトース生成αアミラーゼは、1種類もしくは2種類以上を併用して使用することができ、特に至適温度が65℃以上75℃未満のマルトース生成αアミラーゼおよび至適温度が75℃以上85℃未満のマルトース生成αアミラーゼを組み合わせて使用することが好ましい。これにより、中温域から高温域までの広い温度域において連続的にパン生地中の澱粉が分解され、パンのソフトさ維持効果を得ることができる。なお、パン生地焼成後、酵素の活性が失活していることが必須条件となる。
【0016】
本発明の製パン用油脂組成物における(B)マルトース生成αアミラーゼの含有量は、ソフトさ維持効果とライン適性の観点から、本発明の製パン用油脂組成物中、活性量1500u/g基準で好ましくは0.05~5.0質量%であり、より好ましくは0.1~2.0質量%であり、さらに好ましくは0.2~0.8質量%である。
【0017】
(B)マルトース生成αアミラーゼは、市販されており、例えば、「Novamyl」、「Novamyl-10000BG」、「Novamyl-3D」、「Opticake Fresh50B」(ノボザイムズジャパン(株)製)等が商業的に入手できる。
【0018】
なお、マルトース生成αアミラーゼの活性単位は、1分間に1μmolのマルトースに相当する還元糖を生成する酵素量を1uとして定義する。マルトース生成αアミラーゼの活性量は、マルトトリオースを基質として至適条件下(至適温度、至適pH)で10分間反応させ、生じた還元糖を定量することで求めることが出来る。マルトースの定量については、「還元糖の定量法(第2版)」(福井作蔵著、学会出版センター)を参照して定量することができる。
【0019】
((C)レシチン)
本発明における(C)レシチンは、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジン酸等からなるリン脂質混合物であり、大豆あるいは卵黄、ヒマワリ、紅花、菜種、魚卵、乳由来等から得られるレシチンが挙げられ、大豆レシチンおよび卵黄レシチンがより好ましい。上記レシチンは、天然由来の未精製レシチン(クルードレシチン)、クルードレシチンを高純度に精製したレシチン(精製レシチン)の何れでもよい。本発明ではこれらのレシチンの中から選ばれた1種又は2種以上を用いることができる。好ましくはクルードレシチンである。
【0020】
生地のべたつき及びパンの歯切れの改善という観点から、酵素分解レシチンの含有量が少ない方が好ましく、例えば、レシチン原料中の酵素分解レシチン(リゾリン脂質)の含有量は、20質量%以下であり、好ましくは10質量%以下であり、より好ましくは7質量%以下であり、特に好ましくは5質量%以下である。酵素分解レシチンの含有量が少ない場合、パンでの風味の悪化を抑制するという本発明の効果を一層発揮することができる。
【0021】
(C)レシチンは、澱粉のα化の開始を早めるため、マルトース生成αアミラーゼの澱粉への作用を高めることができ、パンのソフトさ維持効果を向上する。さらに(C)レシチンをパン生地に配合することで、レシチンとグルテンはトリメチルアンモニウム基、アミノ基、リン酸基などを結合基とする静電的あるいは共有的結合により複合体を形成し、グルテンの網目構造の形成を促進し、その結果、生地のべたつきを抑え、生地の弾力性を向上させる。さらに、グルテンと複合体を形成することでグルテン同士の凝集を防ぎ、薄いグルテン膜が形成される。その結果、ライン適性が向上する。これらの結果は、イースト発酵するベーカリー製品においてのみ見られる効果であり、クッキーやパウンドケーキなどの焼き菓子では、膨張剤や卵の気泡によって膨らませるため、グルテン膜を形成しないため、(C)レシチンを配合しても上記のような効果は期待できない。また、焼き菓子では、グルテン含量の少ない薄力粉を用いることから、(C)レシチンとグルテンの複合体形成効果が少なく、菓子生地の弾力性を向上させるなどの効果は得られない。
また、酵素の澱粉分解であるマルトースをレシチンが包み込むことで、澱粉分解物により生じるパンの歯切れ低下が生じない。一方、マルトースよりも分子量の大きな澱粉分解物が生成するとレシチンが包み込むことができず、パンの歯切れが低下するため、マルトース生成αアミラーゼとレシチンの組み合わせでなければ本発明の効果は得られない。なお、マルトースよりも分子量の小さなグルコースを生成する酵素を使用した場合、レシチンはグルコースを包み込むことで、パンの歯切れ低下は生じないが、グルコース単位での澱粉の分解では、澱粉が効率的に分解されず、ソフト維持効果は得られない。
【0022】
(C)レシチンの含有量が本発明の製パン用油脂組成物中0.5~2.0質量%の範囲において、(C)レシチンが澱粉のα化温度を低下させ、(B)マルトース生成αアミラーゼがパン生地の澱粉を効率よく分解することができ、ソフトさ維持効果が飛躍的に向上するとともに歯切れ向上効果を得ることができる。また、(B)マルトース生成αアミラーゼが澱粉を分解することで生成したマルトースが小麦の甘さを引き立たせ、レシチン特有の風味を感じにくくする。すなわち、(B)マルトース生成αアミラーゼと(C)レシチンを同時に使用することで、(B)マルトース生成αアミラーゼの効果を増大させるとともに、レシチンを使用することによる課題であった風味の低下を解決することができる。(C)レシチンの含有量は、0.5~2.0質量%であり、特に0.8~1.3質量%が好ましく、0.5質量%未満であると上記効果は得られない。また、2.0質量%を超えた場合、生地が締まりすぎてライン適性が低下し、パンのボリュームが低下することで、歯切れ、ソフトさ維持効果も低下する。さらに、(C)レシチン特有の風味が強くなりすぎて、風味良好なパンが得られなくなる。
【0023】
((D)モノグリセリン脂肪酸エステル)
本発明における(D)モノグリセリン脂肪酸エステルは、炭素数12~24の脂肪酸を有するものが好ましく、炭素数14~22の脂肪酸を有するものがより好ましい。さらに、炭素数16~18の脂肪酸を有するものが特に好ましい。また、構成脂肪酸としては、飽和または不飽和のいずれでもよく、好ましくは飽和脂肪酸である。
モノグリセリン脂肪酸エステルは、具体的にモノグリセリンパルミチン酸エステル、モノグリセリンステアリン酸エステル等が挙げられるが、モノグリセリンステアリン酸エステルがより好ましい。
【0024】
(D)モノグリセリン脂肪酸エステルは、パン生地の澱粉と結合して複合体を形成するため、焼成後のパンのソフトさ効果を向上させることができる。また、モノグリセリン脂肪酸エステルを使用することで、50℃から60℃におけるパン生地の粘度を低下させることができる。それにより、レシチンと複合体形成したグルテンの伸展性が向上し、パン生地のキメが整い、焼成後のパンの歯切れが向上する。すなわち(C)レシチン、(D)モノグリセリン脂肪酸エステルを所定量配合した場合のみ、上記効果が得られる。
【0025】
(D)モノグリセリン脂肪酸エステルの含有量は、本発明の製パン用油脂組成物中0.5~10.0質量%が好ましく、1.0~7.0質量%がより好ましい。(D)モノグリセリン脂肪酸エステルが0.5質量%未満の場合、上記効果は得られず、10.0質量%を超えた場合、レシチンの澱粉への作用を阻害し、(B)マルトース生成αアミラーゼと(C)レシチンの相乗効果が得られなくなる。
【0026】
本発明における製パン用油脂組成物には、パン生地の伸展性や風味、パンの外観等を損なわない限りにおいて、その他の乳化剤、加工澱粉、保存料、pH調整剤、色素、香料、その他の酵素等を適宜使用してもよい。
【0027】
〔製パン用油脂組成物の製造方法〕
本発明における製パン用油脂組成物の製造方法は、通常のマーガリン、ショートニングの製造方法を用いることができ、特にレシチンおよびモノグリセリン脂肪酸エステルは油脂に溶解分散させ、マルトース生成αアミラーゼは失活しない温度で添加すればよい。例えば、以下の製法が挙げられる。
【0028】
まず、油脂および油溶成分を融点温度以上の温度(70~80℃)まで加熱し、均一溶解後、プロペラ攪拌等を用いて均一に攪拌しながらレシチンおよびモノグリセリン脂肪酸エステルを添加し、溶解分散させる。その後、加温した水および水に十分に溶解した水溶成分を添加し、50~55℃まで降温する。次に、酵素を添加し、さらに急冷可塑化、30℃以下まで冷却することにより、目的の製パン用油脂組成物を得る。上記製造において、高温状態にある均一混合物を冷却する際には、均一混合物を入れている容器自身を外部から冷却してもよいが、一般的にマーガリン、ショートニング製造に用いられるチラー、ボテーター、コンビネーター等を用いて急冷するほうが性能上好ましい。
【0029】
〔製パン用穀粉生地〕
本発明の製パン用穀粉生地において、パン類に添加する本発明の製パン用油脂組成物の量は、穀粉100質量部に対して0.5~20質量部が好ましく、2~15質量部がより好ましい。製パン用油脂組成物の量をこの範囲で使用することにより、ライン適性が向上し、歯切れ、ソフトさ維持効果に優れ、良好な風味のパンが得られる。本発明の製パン用油脂組成物の添加量が穀粉100質量部に対して0.5質量部未満、あるいは20質量部を超えた場合、上記の効果は最大限には発揮されない。
【0030】
本発明の製パン用穀粉生地におけるマルトース生成αアミラーゼの含有量をユニットで表すと、穀粉100gに対し、好ましくは1.5~150.0uであり、より好ましくは3.0~60.0uであり、さらに好ましくは6.0~24.0uである。この範囲で使用することにより、ライン適性、歯切れ、ソフトさ維持効果を最大限に発揮することができる。
【0031】
本発明の製パン用穀粉生地は、生地を加熱することができる限り、ストレート法、中種法、ノータイム法等いずれの製パン法にも使用することができる。また、生地を作製し、冷凍および冷蔵工程を経る場合、焼成後冷凍を経る場合等、いずれの工程にも使用できる。
【0032】
本発明の製パン用穀粉生地を焼成して得られるパンには、フィリングなどの詰め物をしたパンも含まれ、食パン、食事パン、特殊パン、調理パン、菓子パン等が挙げられる。具体的には、食事パンとして、フランスパン、バラエティブレッド、ロール(テーブルロール、バンズ、バターロール)が挙げられる。特殊パンとしては、マフィン等、調理パンとしては、サンドイッチ、ホットドック、ハンバーガー等、菓子パンとしては、ジャムパン、あんパン、クリームパン、レーズンパン、メロンパン等が挙げられる。
【0033】
本発明の製パン用穀粉生地に用いる原料としては、主原料の穀粉として小麦粉、米粉、大麦粉、ライ麦粉等が挙げられる。また、その他の原料としては、イースト、イーストフード、乳化剤、油脂類(ショートニング、ラード、マーガリン、バター、液状油等)、水、加工澱粉、乳製品、食塩、糖類、調味料(グルタミン酸ソーダ類や核酸類)、保存料、ビタミン、カルシウム等の強化剤、蛋白質、アミノ酸、化学膨張剤、フレーバー等が挙げられる。さらに、レーズン等の乾燥果実、小麦粉ふすま、全粒粉等を使用できる。
【実施例0034】
次に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は本発明を制限するものではない。
[製パン用油脂組成物の製造]
(実施例1)
表1に示す配合組成の製パン用油脂組成物をベースに以下の方法により製造した。
パーム硬化油(融点42℃)5kg、パーム油30kg、菜種硬化油(融点36℃)35kgおよび菜種油30kgをプロペラ攪拌にて攪拌しながら70~80℃にて加熱溶解し、レシチン1kg、モノグリセリン脂肪酸エステル4kgを溶解攪拌した。その後、50~55℃に降温し、マルトース生成αアミラーゼ0.5kgを添加後、ショートニング製造機を用いて急冷練り上げすることで製パン用油脂組成物を得た。
【0035】
同様に、実施例2~13および比較例1~5についても表1、2に示す配合組成の製パン用油脂組成物をベースに上記方法で製パン用油脂組成物を得た。
【0036】
表1、2には、(A)食用油脂のSFC(固体脂含量)を示した。固体脂含量の測定は、基準油脂分析試験法「2.2.9 固体脂含量(NMR法)」に準じて測定した。測定装置は、「SFC-2000R」(アステック株式会社製)を使用し、本発明における固体脂含量は、この測定装置を用いて測定した。また、得られた製パン用油脂組成物に配合された(B)マルトース生成αアミラーゼの含有量を示した。表中の上段の数値は、油脂組成物中の(B)マルトース生成αアミラーゼの原料の配合量(質量%)であり、下段の数値は、油脂組成物100g中の(B)マルトース生成αアミラーゼの活性(u)である。
【0037】
[製パン評価]
上記製パン用油脂組成物を用いてパンを製造し、製パン性を評価した。パンの製造においては、実施例1~13の油脂組成物を用いて実施例1-1~1-13の食パン製造し、実施例1の油脂組成物を用いて実施例2-1のメロンパン、実施例1の油脂組成物を用いて実施例3-1のレーズンコッペパンを製造した。評価においては、それぞれのパンを焼成後、室温まで自然放冷し、ビニール袋に密閉し室温で保管し、1日目(D+1)、あるいは3日目(D+3)のものを用いた。
製パン性評価として、ライン適性、ソフトさ維持効果、歯切れ、口溶け、腰持ち、表面のしわ、風味の7つを評価項目として設けた。それぞれの評価項目について、評価方法を下記に記す。なお、製パン試験は、食パン、メロンパン、レーズンコッペパンにて行った。
【0038】
(ライン適性の評価方法)
酵素や乳化剤の使用によって、パン生地がゆるんだりべたついたり、逆に締まってしまう等の問題が生じることがある。その場合、モルダーでの成型時にパン生地の形がいびつになる、規定の長さに成型されない等の成型不良が発生しライン適性低下に繋がる。したがって、50gのパン生地20個を(株)オシキリ製モルダーにて成型した際の成型良、不良の個数によりライン適性を評価した。成型不良の数が1個以下の場合を「5」、2個の場合を「4」、3個の場合を「3」、4個の場合を「2」、5個以上の場合を「1」として評価した。評価の「4」以上を合格とした。
【0039】
(ソフトさ維持効果の評価方法)
食パン、メロンパン、レーズンコッペパンを用いて評価を行った。評価においては、上記の焼成後1日目(D+1)、3日目(D+3)のものを、ソフトさを測定する直前にそれぞれ所定の大きさにカットした。すなわち、食パンは、幅3cmでスライスし、中心部を4cm×4cmの正方形にカットしたものをサンプルとした。メロンパンは、パンのクラムを底面より3cmのところでスライスし、中心部を4cm×4cmの正方形にカットしてサンプルとした。レーズンコッペパンについては、パンを中心から3cm幅にカットしてサンプルとした。そして、それぞれのサンプルを上面から1.5cm圧縮するのに必要な応力[N]を(株)山電製レオメーターで測定し、ソフトさの指標とした。
焼成後1日目(D+1)と3日目(D+3)において、パンクラムのソフトさの経時変化を測定し、ソフトさの変化量が比較例1の変化量と比較して小さいものをソフトさ維持効果が高いと評価した。
ここで、ソフトさの変化量とは、(D+3でのソフトさ(応力))―(D+1でのソフトさ(応力))を示す。比較例1の製パン用油脂組成物を使用した場合の変化量に対して0.7倍未満の場合を「5」、0.7倍以上0.9倍未満の場合を「4」、0.9倍以上1.1倍未満の場合を「3」、1.1倍以上1.3倍未満の場合を「2」、1.3倍以上の場合を「1」、として評価を行った。評価の「4」以上を合格とした。
【0040】
(歯切れの評価方法)
食パン、メロンパン、レーズンコッペパンを用いて評価を行った。
焼成後1日目(D+1)のパンを食した際の歯切れ感を、10人のパネラーの官能評価にて評価した。比較例1の製パン用油脂組成物を使用した場合のパンの歯切れを基準とし、歯切れが良好(5)、やや良好(4)、同等(3)、やや悪い(2)、悪い(1)として評価した。パネラー10人の官能評価の平均値を歯切れの評点とし、4以上を合格とした。
【0041】
(風味の評価方法)
食パン、メロンパン、レーズンコッペパンを用いて評価を行った。
焼成後1日目(D+1)のパンを食した際の風味を、10人のパネラーの官能評価にて評価した。比較例1の製パン用油脂組成物を使用した場合のパンの風味を基準とし、小麦本来の甘味をはっきりと感じられる(5)、感じられる(4)、同等(3)、やや悪く感じられる(2)、悪く感じられる、(1)として評価した。パネラー10人の官能評価の平均値を風味の評点とし、4以上を合格とした。
【0042】
(口溶けの評価方法)
食パン、メロンパン、レーズンコッペパンを用いて評価を行った。
焼成後1日目(D+1)のパンを食した際の口溶け感を、10人のパネラーの官能評価にて評価した。比較例1の製パン用油脂組成物を使用した場合のパンの口溶けを基準とし、口溶けが良好(5)、やや良好(4)、同等(3)、やや悪い(2)、悪い(1)として評価した。パネラー10人の官能評価の平均値を口溶けの評点とし、4以上を合格とした。
【0043】
(腰持ちの評価方法)
メロンパン、レーズンコッペパンを用いて評価を行った。
焼成後1日目(D+1)のパンの高さをパンの横幅(レーズンコッペパンは短辺を横幅とする)で割った数値を腰持ちとし、比較例1の製パン用油脂組成物を使用した場合のパンの腰持ちと比較して数値が高い場合を腰持ちが良いと評価した。比較例1を使用したパンの腰持ちを基準とし、腰持ちが比較例1の1.3倍以上の場合を「5」、1.1倍以上1.3倍未満の場合を「4」、0.9倍以上1.1倍未満を「3」、0.7倍以上0.9倍未満を「2」、0.7倍未満を「1」として評価した。評価の「4」以上を合格とした。
【0044】
(パン表面のしわの評価方法)
レーズンコッペパンを用いて評価を行った。
焼成後1日目(D+1)のパンの表面のしわを観察し、しわの本数が少ないものをパン表面のしわ抑制効果が高いと評価した。しわがない場合を(5)、大きなしわはなく、小さなしわが1本から3本までの場合を(4)、大きなしわはなく、小さなしわが4本以上の場合を(3)、大きなしわが1本から3本までの場合を(2)、大きなしわが4本以上の場合を(1)として評価した。評価の4以上を合格とした。
【0045】
<食パンの製パン評価>
実施例1~13、比較例1~5の油脂組成物を用いて、表3にて食パンを焼成し、上記の評価方法に従って評価を行った。食パンにおける評価結果は、表1、表2の下部に示した。
【0046】
(食パンの評価結果)
表1、表2より、(A)食用油脂に(B)マルトース生成αアミラーゼ、(C)レシチン、(D)モノグリセリン脂肪酸エステルを含有させることで、ライン適性が向上し、ソフトさ維持効果、歯切れ、口溶けに優れ、風味良好なパンとなっていることが分かる(実施例1-1~1-13)。一方、(B)マルトース生成αアミラーゼ、(C)レシチン、(D)モノグリセリン脂肪酸エステルのいずれかが欠けると、十分な効果は発揮されないことが確認された(比較例1-1~1-5)。
【0047】
【0048】
【0049】
【0050】
<メロンパンの製パン評価>
実施例1の油脂組成物を用いて、表4にてメロンパンを焼成し、上記の評価方法に従って評価を行った。表5には、製パン用穀粉生地中の酵素量および評価結果をまとめた。
【0051】
(メロンパンの評価結果)
表5より、(A)食用油脂に(B)マルトース生成αアミラーゼ、(C)レシチン、(D)モノグリセリン脂肪酸エステルを含有させることで、ライン適性が向上し、ソフトさ維持効果、歯切れ、口溶け、腰持ちに優れ、風味良好なパンとなっていることが分かる(実施例2-1)。
【0052】
【0053】
【0054】
<レーズンコッペパンの製パン評価>
実施例1の油脂組成物を用いて、表6にてレーズンコッペパンを焼成し、上記の評価方法に従って評価を行った。表7には、製パン用穀粉生地中の酵素量および評価結果をまとめた。
【0055】
(レーズンコッペパンの評価結果)
表7より、(A)食用油脂に(B)マルトース生成αアミラーゼ、(C)レシチン、(D)モノグリセリン脂肪酸エステルを含有させることで、ライン適性が向上し、ソフトさ維持効果、歯切れ、口溶け、腰持ちに優れ、表面のしわが抑制され、風味良好なパンとなっていることが分かる(実施例3-1)。
【0056】
【0057】
【0058】
(使用原料)
(1)(商品名)「Novamyl-3D」、ノボザイムジャパン(株)製、1500u/g
(2)(商品名)「Novamyl」、ノボザイムジャパン(株)製、3600u/g
(3)(商品名)「Opticake Fresh50B」、ノボザイムズジャパン(株)製、840u/g
(4)(商品名)「日清レシチンDX」、日清オイリオグループ(株)製
(5)(商品名)「エマルジーMS」、理研ビタミン(株)製
(6)(商品名)「リケマールPB-100」、プロピレングリコールモノベヘン酸エステル、理研ビタミン(株)製
(7)(商品名)「ポエムPR-400」、ポリグリセリン縮合リシノール酸エステル、理研ビタミン(株)製
(8)(商品名)「スミチームX」、キシラナーゼ、新日本化学工業(株)製
(9)(商品名)「スミチームAS」、αアミラーゼ、新日本化学工業(株)製、1500u/g