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特開2023-81555スポット溶接部を有する鋼板の疲労強度評価方法、及びスポット溶接部を有する鋼板
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  • 特開-スポット溶接部を有する鋼板の疲労強度評価方法、及びスポット溶接部を有する鋼板 図1
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  • 特開-スポット溶接部を有する鋼板の疲労強度評価方法、及びスポット溶接部を有する鋼板 図3
  • 特開-スポット溶接部を有する鋼板の疲労強度評価方法、及びスポット溶接部を有する鋼板 図4
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023081555
(43)【公開日】2023-06-13
(54)【発明の名称】スポット溶接部を有する鋼板の疲労強度評価方法、及びスポット溶接部を有する鋼板
(51)【国際特許分類】
   G01N 3/00 20060101AFI20230606BHJP
   B23K 31/00 20060101ALI20230606BHJP
   B23K 11/16 20060101ALI20230606BHJP
【FI】
G01N3/00 Q
B23K31/00 K
B23K11/16 311
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021195354
(22)【出願日】2021-12-01
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001748
【氏名又は名称】弁理士法人まこと国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中山 英介
(72)【発明者】
【氏名】古迫 誠司
【テーマコード(参考)】
2G061
【Fターム(参考)】
2G061AA01
2G061AA11
2G061AB05
2G061BA03
2G061BA15
2G061CA02
2G061CB01
2G061CB19
2G061DA11
2G061EA01
2G061EA02
2G061EA03
2G061EB07
2G061EC02
(57)【要約】
【課題】スポット溶接部を有する鋼板の疲労強度を適正に評価可能な疲労強度評価方法等を提供する。
【解決手段】本発明は、スポット溶接部に存在するき裂の長さLを所定範囲内で変更した鋼板の複数の解析モデルを用いて、それぞれ有限要素解析を実行することで、き裂の長さLとき裂の応力拡大係数Kとの関係を算出し、応力拡大係数Kが極大値Kmaxを示すき裂の長さLrefを導出する第1ステップST1と、鋼板のスポット溶接部に存在する実際のき裂の長さLrealを測定する第2ステップST2と、き裂の長さLrealとき裂の長さLrefとを比較し、両者の差の絶対値が所定のしきい値Thよりも大きければ、鋼板の疲労強度が合格であると判定し、両者の差の絶対値がしきい値Th以下であれば、鋼板の疲労強度が不合格であると判定する第3ステップST3と、を有する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
き裂が存在するスポット溶接部を有する鋼板の疲労強度を評価する方法であって、
前記スポット溶接部に存在するき裂の長さLを所定範囲内で変更した前記鋼板の複数の解析モデルを用いて、それぞれ有限要素解析を実行することで、前記き裂の長さLと前記き裂の応力拡大係数Kとの関係を算出し、前記応力拡大係数Kが極大値Kmaxを示す前記き裂の長さLrefを導出する第1ステップと、
前記鋼板のスポット溶接部に存在する実際のき裂の長さLrealを測定する第2ステップと、
前記き裂の長さLrealと前記き裂の長さLrefとを比較し、両者の差の絶対値が所定のしきい値Thよりも大きければ、前記鋼板の疲労強度が合格であると判定し、両者の差の絶対値が前記しきい値Th以下であれば、前記鋼板の疲労強度が不合格であると判定する第3ステップと、を有する、
ことを特徴とするスポット溶接部を有する鋼板の疲労強度評価方法。
【請求項2】
請求項1に記載の疲労強度評価方法を用いて、疲労強度が合格であるか不合格であるかを判定した、
ことを特徴とするスポット溶接部を有する鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スポット溶接部を有する鋼板の疲労強度を適正に評価可能な疲労強度評価方法、及び、この方法を用いて疲労強度を評価したスポット溶接部を有する鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車分野では、低燃費化のための車体の軽量化と、衝突安全性向上のための車体の高強度化が求められている。これらの要求を両立させるには、車体の材料として、高強度鋼板を適用することが有効である。また、防錆性を高める観点から、高強度鋼板の中でも、耐食性に優れる亜鉛系めっき鋼板が使用されている。
【0003】
自動車の車体の組み立てには、主としてスポット溶接が用いられているが、亜鉛系めっき鋼板にスポット溶接を行うと、スポット溶接部に割れが発生することがある。この割れは、いわゆる液体金属脆性(Liquid Metal Embrittlement、以下では「LME」と略記する)に起因するといわれており、溶接過程における温度上昇や引張応力の発生によって、溶融した亜鉛系めっき金属が鋼板の結晶粒界に侵入して、粒界強度を低下させることが原因であると考えられている。
このLMEに起因した割れ(LME割れ)が著しい場合には、スポット溶接部の静的な強度が低下する場合がある。このため、LME割れを抑制することを目的として、例えば、鋼板やめっきの成分組成や組織を制御する技術や、特許文献1に記載のように、溶接条件を制御する技術などが提案されている。
しかしながら、従来、LME割れが疲労強度に及ぼす影響は明らかではない。このため、疲労強度の観点では、LME割れを抑制する技術開発に限らず、疲労強度に対するLME割れの影響を適正に評価できる方法が望まれている。
【0004】
一般に、割れが疲労強度に及ぼす影響を評価するには、割れをき裂とみなして算出した応力拡大係数が用いられることが多い。応力拡大係数は、き裂の先端近傍における変形場に基づいて、き裂の進展の駆動力を表現する破壊力学パラメータである。通常、き裂の長さが大きくなると、応力拡大係数も大きくなり、疲労強度を低下させる要因になると考えることが多い。
しかしながら、本発明者らが鋭意検討した結果、スポット溶接部においては、LME割れ等のき裂の長さが大きくなっても、応力拡大係数が単調増加しない場合があることが分かった。このため、上記の通常の考え方のように、単純に、スポット溶接部に存在するき裂の長さの大小で、応力拡大係数の大小を評価できず、ひいては疲労強度を適正に評価できないことが分かった。
【0005】
なお、非特許文献1には、き裂の応力拡大係数の理論解が示されている。
また、非特許文献2には、き裂の開口変位の解析結果に基づき応力拡大係数を算出する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2020-11253号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Y.Murakami et al.,“STRESS INTENSITY FACTORS HANDBOOK”,Volume 1,Pergamon Press,1987,p.11
【非特許文献2】中井善一・久保司郎,“機械工学基礎課程 破壊力学”,朝倉書店,2014,p.64-66
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記のような従来技術の課題を解決するべくなされたものであり、スポット溶接部を有する鋼板の疲労強度を適正に評価可能な疲労強度評価方法、及び、この方法を用いて疲労強度を評価したスポット溶接部を有する鋼板を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するため、本発明者らは、鋭意検討した結果、前述のように、スポット溶接部においては、き裂の長さが大きくなっても、応力拡大係数が単調増加しない場合があることを見出した。具体的には、スポット溶接部に存在するき裂に対して、一定の方向及び一定の大きさの外力を作用させる条件下で、図1に示すように、き裂の長さLを変化させた場合、応力拡大係数Kは、所定のき裂の長さLrefまでは増加するものの、このき裂の長さLrefよりも大きくなると減少する(すなわち、応力拡大係数Kがき裂の長さLrefで極大値Kmaxを示す)場合があることを見出した。そして、この場合には、き裂の長さLがき裂の長さLrefより大きくても、応力拡大係数Kが小さくなるために、き裂の長さLrefのときの疲労強度に比べて、疲労強度が大きくなることを見出した。
上記のように、応力拡大係数Kがき裂の長さLの変化に対して、極大値Kmaxを示すように変化するのは、スポット溶接部の変形が拘束されることに起因すると考えられる。具体的には、スポット溶接部を有する鋼板が用いられる実際の車体では、複数の鋼板片がスポット溶接部で結合されるため、スポット溶接部は自由に変形することができない。このため、き裂の長さが大きくなっても、その開口変位は単調には増加せず、き裂の長さが所定値を超えると(鋼板の残存板厚が所定値未満になると)、き裂が存在する部分が分担する荷重やモーメントの減少が顕著となって、開口変位が減少するからである、と考えられる。
【0010】
本発明は、本発明者らの上記の知見に基づき完成したものである。
すなわち、前記課題を解決するため、本発明は、き裂が存在するスポット溶接部を有する鋼板の疲労強度を評価する方法であって、以下の各ステップを有することを特徴とするスポット溶接部を有する鋼板の疲労強度評価方法を提供する。
(1)第1ステップ:前記スポット溶接部に存在するき裂の長さLを所定範囲内で変更した前記鋼板の複数の解析モデルを用いて、それぞれ有限要素解析を実行することで、前記き裂の長さLと前記き裂の応力拡大係数Kとの関係を算出し、前記応力拡大係数Kが極大値Kmaxを示す前記き裂の長さLrefを導出する。
(2)第2ステップ:前記鋼板のスポット溶接部に存在する実際のき裂の長さLrealを測定する。
(3)第3ステップ:前記き裂の長さLrealと前記き裂の長さLrefとを比較し、両者の差の絶対値が所定のしきい値Thよりも大きければ、前記鋼板の疲労強度が合格であると判定し、両者の差の絶対値が前記しきい値Th以下であれば、前記鋼板の疲労強度が不合格であると判定する。
【0011】
本発明によれば、第1ステップにおいて、有限要素解析を実行することで、鋼板のスポット溶接部に存在するき裂の長さLとき裂の応力拡大係数Kとの関係を算出する。具体的には、き裂の長さLを所定範囲内で変更した鋼板の複数の解析モデルを用いて、それぞれ有限要素解析を実行することで、き裂の長さL毎に応力拡大係数Kを算出し、上記の関係を算出可能である。そして、第1ステップでは、応力拡大係数Kが極大値Kmaxを示すき裂の長さLrefを導出する。
次に、第2ステップにおいて、鋼板のスポット溶接部に存在する実際のき裂の長さLrealを測定する。き裂の長さLrealの測定方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、X線CT(Computed Tomography)を用いて測定可能である。
最後に、第3ステップにおいて、き裂の長さLrealとき裂の長さLrefとを比較し、両者の差の絶対値が所定のしきい値Thよりも大きければ、鋼板の疲労強度が合格であると判定する。すなわち、き裂の長さLがLrefのときに応力拡大係数Kが極大値Kmaxを示し、疲労強度が最も低下していると考えられるため、実際のき裂の長さLrealがこのき裂の長さLrefからしきい値Thを超えるだけ離れていれば、応力拡大係数Kが十分に低下し、これに応じて疲労強度も十分に大きくなると考えられるため、鋼板の疲労強度が合格であると判定可能である。逆に、両者の差の絶対値が所定のしきい値Th以下であれば、疲労強度がき裂の長さLがLrefのときに比べて十分に大きくなっていないと考えられるため、鋼板の疲労強度が不合格であると判定可能である。
以上のように、本発明によれば、スポット溶接部を有する鋼板の疲労強度を適正に評価可能である。
【0012】
また、前記課題を解決するため、本発明は、前記疲労強度評価方法を用いて、疲労強度が合格であるか不合格であるかを判定した、ことを特徴とするスポット溶接部を有する鋼板としても提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、スポット溶接部を有する鋼板の疲労強度を適正に評価可能である。このため、従来であれば、き裂の長さが大きいために、一律に疲労強度が不合格であると判定していた鋼板を合格と判定できるケースが生じ、歩留まり向上に貢献できる。また、き裂の長さを過度に低減するための種々の対策を講じるのに必要なコストを削減できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明者らの得た知見を模式的に説明する説明図である。
図2】本発明の一実施形態に係るスポット溶接部を有する鋼板の疲労強度評価方法の概略手順を示すフロー図である。
図3】本発明の実施例で用いた有限要素解析を実行する解析モデルを示す図である。
図4】本発明の実施例で算出したき裂の長さLとき裂の応力拡大係数Kとの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、添付図面を適宜参照しつつ、本発明の一実施形態について説明する。
図2は、本発明の一実施形態に係るスポット溶接部を有する鋼板の疲労強度評価方法(以下、適宜、単に「疲労強度評価方法」という)の概略手順を示すフロー図である。
図2に示すように、本実施形態に係る疲労強度評価方法は、き裂が存在するスポット溶接部を有する鋼板の疲労強度を評価する方法であって、第1ステップST1と、第2ステップST2と、第3ステップST3と、を有する。
以下、各ステップST1~ST3について順に説明する。
【0016】
<第1ステップST1>
第1ステップST1では、スポット溶接部に存在するき裂の長さLを所定範囲内で変更した鋼板の複数の解析モデル(例えば、後述の図3に示すような解析モデル)を用いて、それぞれ有限要素解析を実行する。そして、第1ステップST1では、前述の図1に示すような、き裂の長さLとき裂の応力拡大係数Kとの関係を算出する。
本実施形態では、き裂の応力拡大係数Kとして、面内開口形(モードI)の応力拡大係数(以下、これを適宜「K」と称する)を算出するが、必ずしもこれに限るものではなく、有限要素解析における荷重負荷(作用させる外力)の条件に応じて、面内せん断形(モードII)や面外せん断形(モードIII)の応力拡大係数を算出することも可能である。
【0017】
き裂の応力拡大係数Kを算出する方法としては、例えば、き裂の開口変位を用いる方法が挙げられる。き裂の開口変位を用いて応力拡大係数を算出する際には、まず、有限要素解析を実行することで、解析モデルにおいてき裂を構成する節点の変位uを算出し、この変位uを2倍した値であるき裂の開口変位2uを算出する。具体的には、き裂の先端からの距離r毎に、き裂の開口変位2uを算出する。そして、き裂の先端からの距離rの平方根と、き裂の開口変位2uとの関係を直線で近似し、近似した直線の勾配2u/r1/2に基づき、き裂の応力拡大係数を算出する。具体的には、例えば、以下の式(1)に基づき、き裂の応力拡大係数を算出する。
応力拡大係数={E/4(1-ν)}・(2π/r)1/2・u ・・・(1)
上記の式(1)において、Eはき裂が存在する鋼板のヤング率であり、νは前記鋼板のポアソン比であり、πは円周率である。
なお、上記の式(1)は、非特許文献2に記載の式(4.8)及び式(4.16)から導き出すことのできる公知の式である。
【0018】
き裂の長さLとき裂の応力拡大係数Kとの関係としては、例えば、変更した各き裂の長さLの各解析モデルを用いて算出したき裂の応力拡大係数Kに対して、最小二乗法等の近似計算を行うことで算出される、多項式関数等の関数を用いることができる。また、変更した各き裂の長さLの各解析モデルを用いて算出したき裂の応力拡大係数Kを結ぶ折れ線を上記の関係とすることも可能である。さらに、解析モデルの数(長さLを変更するき裂の数)が多い場合には、き裂の長さLとき裂の応力拡大係数Kとを対応付けたテーブルを上記の関係とすることも可能である。
【0019】
そして、第1ステップST1では、き裂の長さLとき裂の応力拡大係数Kとの関係に基づいて、応力拡大係数Kが極大値Kmaxを示すき裂の長さLrefを導出する。なお、本発明者らの知見によれば、スポット溶接部に存在するき裂に対して、一定の方向及び一定の大きさの外力を作用させる条件下において、き裂の長さLとき裂の応力拡大係数Kとの関係には、単一の極大値Kmaxが存在する(複数の極大値は存在しない)ことになる。
【0020】
<第2ステップST2>
第2ステップST2では、鋼板のスポット溶接部に存在する実際のき裂の長さLrealを、X線CT等の公知の手法を用いて測定する。
【0021】
<第3ステップST3>
第3ステップST3では、き裂の長さLrealとき裂の長さLrefとを比較し、両者の差の絶対値が所定のしきい値Thよりも大きいか否かを判断する(図2のST31)。この結果、両者の差の絶対値がしきい値Thよりも大きければ(図2のST31で「Yes」の場合)、鋼板の疲労強度が合格であると判定する(図2のST32)。一方、両者の差の絶対値がしきい値Th以下であれば(図2のST31で「No」の場合)、鋼板の疲労強度が不合格であると判定する(図2のST33)。
なお、しきい値Thとしては、許容される疲労強度に応じた応力拡大係数に基づいて、適切な値を設定すればよい。具体的には、疲労強度と応力拡大係数Kとは、鋼板のき裂進展特性(応力拡大係数Kとき裂進展速度との関係)に基づいて、定量的に関係付けられる。したがって、許容される疲労強度が与えられれば、これに対応する許容される応力拡大係数K(以下、これをKalと称する)が得られ、ひいては、図1に示すような、き裂の長さLと応力拡大係数Kとの関係から、応力拡大係数Kalに対応する、許容されるき裂の長さL(以下、これをLalと称する)を得ることができる。き裂の長さLalとしては、図1に示すような、き裂の長さLref(応力拡大係数Kが極大値Kmaxを示すき裂の長さ)よりも小さな値と大きな値との2つの値が得られる。しきい値Thとしては、例えば、き裂の長さLrefと一方のき裂の長さLalとの差の絶対値と、き裂の長さLrefと他方のき裂の長さLalとの差の絶対値とのうち、大きな方を設定すればよい。
【0022】
以下、本発明に係る疲労強度評価方法の実施例について説明することで、本発明の特徴をより一層明らかにする。
【0023】
<有限要素解析によるき裂の長さLとき裂の応力拡大係数Kとの関係算出>
図3は、本実施例で用いた有限要素解析を実行する解析モデル(鋼板のスポット溶接継手の解析モデル)を示す図である。図3(a)に示す解析モデルは、鋼板片Jaと鋼板片Jbとがスポット溶接された引張せん断継手J(JIS Z 3138「スポット溶接継手の疲れ試験方法」に形状寸法が規定された、溶接部の疲労強度を測定するための標準的な試験片)の解析モデルである。鋼板片の板厚はいずれも1.6mmであり、鋼板片のヤング率が206GPaであり、ポアソン比が0.3である。図3(a)に示す解析モデルは、対称性を考慮して、引張せん断継手Jの1/2のみをモデル化している。
図3(b)は、図3(a)に示す解析モデルのスポット溶接部の拡大図である。図3(b)に示すように、スポット溶接部の直径(ナゲット径)は6mmとし、図3(b)に破線で示す各鋼板片の界面から板厚方向に延び、スポット溶接部の全周に亘るき裂を導入した。き裂の長さ(板厚方向の寸法)Lは、0.2mm、0.5mm、0.8mm、1.0mm及び1.2mmの5種類とした。対向するき裂面とき裂面との間、及び、対向する鋼板片と鋼板片との間には、接触を定義した。
以上の解析モデルにおいて、一方の鋼板片Jaを固定し、他方の鋼板片Jbに面内方向(図3(a)に示す太線矢符方向)の2000Nの荷重を負荷する(外力を作用させる)と共に、荷重の作用位置では板厚方向の変形を拘束する(面内方向の変形だけを許容する)条件で、有限要素解析を実行した。したがって、引張せん断継手の形状は比較的単純であるものの、スポット溶接部の変形拘束状態は、実際の車体における状態に類似したものになる。以上のようにして、有限要素解析を実行することで、応力拡大係数(モードI)を算出した。
【0024】
図4は、本実施例で算出したき裂の長さLとき裂の応力拡大係数Kとの関係を示す図である。図4に示すように、き裂の長さLが0.8mm(Lref=0.8mm)であるときに応力拡大係数Kが極大値Kmaxを示すことが分かる。したがって、き裂の長さLが0.8mmよりも小さくても大きくても、応力拡大係数Kは小さくなり、疲労強度は向上すると考えられる。
【0025】
<疲労試験による検証>
図3に示す解析モデルと継手の形状・寸法やスポット溶接部の直径等が同じである、実際の引張せん断継手の疲労試験を実施し、前述の有限要素解析による疲労強度の評価結果の妥当性を検証した。疲労試験に用いた鋼板片は亜鉛系めっき鋼板であり、引張強さが980MPa級である。溶接条件を調整することで、溶接部に板厚方向のき裂(LME割れ)を導入した。き裂の長さ(狙い値)は、0.5mm、1.0mmとした。
疲労試験は、室温・大気中で、応力比(最小荷重/最大荷重)=0.1の条件で実施し、200万回時間強度を疲労強度と定義した。200万回時間強度は、200万回の繰り返しでスポット溶接部が破断する確率が50%となる荷重範囲(最大荷重-最小荷重)を意味する。図4において、き裂長さL=0.5mm、1.0mmに対する応力拡大係数Kは同程度(約12.5MPa・mm1/2)であるため、疲労強度は同等になると予想される。なお、本疲労試験に用いた引張せん断継手では、き裂はスポット溶接部の半周程度にしか亘っていないが、この場合にも、き裂の長さLと応力拡大係数Kとの関係は、図4に示すものと同様の関係になることを、別途、有限要素解析で確認している。
【0026】
本疲労試験で評価した引張せん断継手の疲労強度を表1に示す。
【表1】
表1に示すように、き裂の長さL=0.5mmと1.0mmの疲労強度は比較的近い値になっており、前述のように両者の応力拡大係数Kが同程度であることは、この疲労試験の結果に対応するといえる。
【0027】
なお、非特許文献1に記載の理論解に従えば、片側き裂を有する有限厚さの板(ここでは1.6mm)が曲げ負荷を受ける場合(2次元問題)を例に考えると、以下の式(2)~(4)から、き裂の長さ1.0mmの応力拡大係数Kは、き裂の長さ0.5mmの応力拡大係数Kの約2.6倍になる。
=σ・(πa)1/2・F(α) ・・・(2)
α=a/W ・・・(3)
F(α)=1.122-1.40α+7.33α-13.08α+14.0α・・・(4)
ここで、aはき裂の長さ[mm](本実施例では、a=0.5mm、1.0mm)、Wは板厚[mm](本実施例では1.6mm)である。
【0028】
以上のように、理論解に従えば、き裂の長さ0.5mmに対して、き裂の長さ1.0mmの疲労強度は、応力拡大係数Kが約2.6倍に増加することに起因して、大幅に低下すると予測され、疲労試験の結果と大きく異なることになる。したがって、図4に示すようなき裂の長さLとき裂の応力拡大係数Kとの関係を、有限要素解析を実行することで予め算出して把握しておくことで、許容される(疲労強度が合格と判定される)き裂の長さ(Lreal±Th)を適正に評価可能である。
換言すれば、図4に示すような関係を予め把握していない場合には、理論解のように、き裂の長さが大きいほど疲労強度が低下するという誤った判断をしてしまうおそれがある。この結果、き裂の長さが大きければ一律に疲労強度が不合格であると判定して歩留まりが低下したり、き裂の長さを過度に低減するための種々の対策を講じるのに無駄なコストが嵩むといった弊害が生じる可能性がある。
【符号の説明】
【0029】
K・・・応力拡大係数
max・・・応力拡大係数の極大値
L・・・き裂の長さ
ref・・・応力拡大係数が極大値を示すき裂の長さ
real・・・実際のき裂の長さ
ST1・・・第1ステップ
ST2・・・第2ステップ
ST3・・・第3ステップ
図1
図2
図3
図4