(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023081578
(43)【公開日】2023-06-13
(54)【発明の名称】シリコーンゴム部材およびマイクロ流体デバイス
(51)【国際特許分類】
B01J 19/00 20060101AFI20230606BHJP
B81B 1/00 20060101ALI20230606BHJP
G01N 37/00 20060101ALN20230606BHJP
【FI】
B01J19/00 321
B81B1/00
G01N37/00 101
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021195398
(22)【出願日】2021-12-01
(71)【出願人】
【識別番号】000219602
【氏名又は名称】住友理工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115657
【弁理士】
【氏名又は名称】進藤 素子
(74)【代理人】
【識別番号】100115646
【弁理士】
【氏名又は名称】東口 倫昭
(74)【代理人】
【識別番号】100196759
【弁理士】
【氏名又は名称】工藤 雪
(72)【発明者】
【氏名】村井 雪乃
(72)【発明者】
【氏名】高松 成亮
(72)【発明者】
【氏名】片山 和孝
(72)【発明者】
【氏名】犬塚 正隆
【テーマコード(参考)】
3C081
4G075
【Fターム(参考)】
3C081AA00
3C081BA03
3C081BA23
3C081CA32
3C081CA35
3C081CA40
3C081DA10
3C081DA21
3C081EA27
3C081EA28
3C081EA29
4G075AA39
4G075AA56
4G075AA65
4G075BA10
4G075BB03
4G075BB05
4G075BB10
4G075DA02
4G075DA18
4G075FA01
4G075FA12
4G075FB01
4G075FB13
(57)【要約】
【課題】 親水性を有し、透明性および接合性が良好なシリコーンゴム部材およびマイクロ流体デバイスを提供する。
【解決手段】 シリコーンゴム部材20は、シリコーンゴムとカルビノール変性シリコーンオイルとを有するシリコーンゴム組成物からなり、表面の少なくとも一部に、乾式処理が施され親水性を有する乾式処理面22を有する。カルビノール変性シリコーンオイルとしては、直鎖状ポリマーの側鎖にカルビノール基を有する側鎖型カルビノール変性シリコーンオイルが好適である。マイクロ流体デバイス10は、シリコーンゴム部材20を備える。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリコーンゴムとカルビノール変性シリコーンオイルとを有するシリコーンゴム組成物からなり、表面の少なくとも一部に、乾式処理が施され親水性を有する乾式処理面を有することを特徴とするシリコーンゴム部材。
【請求項2】
前記シリコーンゴム組成物における前記カルビノール変性シリコーンオイルの含有量は、前記シリコーンゴムの100質量部に対して0.05質量部以上20質量部以下である請求項1に記載のシリコーンゴム部材。
【請求項3】
前記カルビノール変性シリコーンオイルにおけるカルビノール基(-ROH:Rはアルキル基)の炭素数は、1個以上10個以下である請求項1または請求項2に記載のシリコーンゴム部材。
【請求項4】
前記カルビノール変性シリコーンオイルにおけるカルビノール基(-ROH:Rはアルキル基)の次式(I)で算出される割合は、5%以上15%以下である請求項1ないし請求項3のいずれかに記載のシリコーンゴム部材。
カルビノール基の割合(%)=(カルビノール基の分子量/カルビノール変性シリコーンオイルの分子量)×100 ・・・(I)
【請求項5】
前記シリコーンゴムのSP値と前記カルビノール変性シリコーンオイルのSP値との差は、0.8以下である請求項1ないし請求項4のいずれかに記載のシリコーンゴム部材。
【請求項6】
前記カルビノール変性シリコーンオイルは、直鎖状ポリマーの側鎖にカルビノール基を有する側鎖型カルビノール変性シリコーンオイルである請求項1ないし請求項5のいずれかに記載のシリコーンゴム部材。
【請求項7】
前記乾式処理は、プラズマ処理である請求項1ないし請求項6のいずれかに記載のシリコーンゴム部材。
【請求項8】
厚さが2mmの場合の全光線透過率は90%以上、かつヘーズは6%以下である請求項1ないし請求項7のいずれかに記載のシリコーンゴム部材。
【請求項9】
請求項1ないし請求項8のいずれかに記載のシリコーンゴム部材を備えるマイクロ流体デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、マイクロ流体デバイスや細胞培養などに使用される器具などに用いられるシリコーンゴム部材に関する。
【背景技術】
【0002】
シリコーンゴムは、微細な溝などに試料を収容して検査、反応、抽出、分離、測定などの各種操作を行うマイクロ流体デバイス、細胞培養などに使用される容器、チューブなどを形成する材料として広く使用される。シリコーンゴムは、ガラスと比較して、水に対する親和性が低い。このため、親水性の液体を使用する場合には、流れ性などを向上させるため、表面に親水性を付与する処理が施される。
【0003】
例えば、特許文献1に記載されているように、シリコーンゴム製の部材の表面に親水性を付与する処理としては、CVD(化学気相蒸着)法が挙げられる。しかし、CVD法により形成された親水性薄膜にはガラスに近い硬さを有するものが多いため、シリコーンゴムとの応力差により、親水性薄膜にクラックや剥がれが生じやすい。また、プラズマなどを照射して、表面を改質する方法も知られている。しかし、シリコーンゴムの分子骨格はらせん構造を有するため、改質により表面に生成した親水基は、らせん構造の回転により、改質処理から短時間で内部に潜りこんでしまう。このため、改質効果は一時的であり、付与した親水性を長時間持続させるのは難しい。
【0004】
他方、特許文献2には、ポリエーテル変性界面活性剤を配合したポリジメチルシロキサン(PDMS)製のシートの表面を、酸素プラズマまたはエキシマ光の照射により改質処理した後、オルガノシラン溶液を塗布してオルガノシラン薄膜を形成する方法が記載されている。しかし、特許文献2に記載されている方法においては、同文献の段落[0031]に記載されているように、ポリエーテル変性界面活性剤を用いた一時親水化処理、表面改質処理の後、さらにオルガノシラン溶液の塗布による二次親水化処理が必要である。このため、製造工程が煩雑であり、コスト高になる。また、オルガノシラン溶液などのコーティング剤を塗布する方法によると、コーティングむらにより品質が低下するおそれがある。また、コーティング剤によりシリコーンゴムが膨潤し、微細な流路の形状や大きさが変わるおそれがある。さらに、形成された薄膜が剥がれるおそれもある。
【0005】
コーティング剤を用いない方法として、特許文献3には、ポリエーテル変性シリコーンオイルをシリコーンゴムに配合し、エキシマ光などを照射して表面を改質することにより、親水性を強化する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2017-154036号公報
【特許文献2】特開2006-181407号公報
【特許文献3】国際公開2020/137065号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献3に記載されている方法においては、シリコーンゴムにポリエーテル変性シリコーンオイルを配合する。ポリエーテル変性シリコーンオイルは、直鎖状のシリコーンポリマーに親水性を有するポリエーテル基が導入された構造を有する。前述したように、シリコーンゴムは水に対する親和性が低いため、親水部を有し、シリコーンゴムとの相溶性が低いシリコーンオイルを配合すると、オイル成分がブリードするおそれがある。本発明者が検討したところ、シリコーンゴムにポリエーテル変性シリコーンオイルを配合すると、親水性の付与効果は高いものの、所望の透明性および接合性を得られないことがわかった。特に、シリコーンゴムの厚さを大きくすると、透明性の低下は顕著であった。透明性が低下する理由としては、ポリエーテル変性シリコーンオイルとシリコーンゴムとの相溶性が低いことが挙げられる。また、接合性の低下には、ポリエーテル変性シリコーンオイルの構造が関係していると考えられる。すなわち、親水部として導入されているポリエーテル基の分子鎖は比較的長い。このため、改質処理によりシリコーンゴムの表面に生成する水酸基による結合が、ポリエーテル基により阻害されるのではないかと考えられる。
【0008】
例えば、マイクロ流体デバイスを用いて光学検査をする場合、マイクロ流体デバイスを顕微鏡の試料台に設置し、下側から光を照射して収容部における極めて弱い発光を観察する。この場合、マイクロ流体デバイス(シリコーンゴム部材)には、高い光透過性が要求されるため、透明性の確保は必須である。
【0009】
本開示は、このような実状に鑑みてなされたものであり、親水性を有し、透明性および接合性が良好なシリコーンゴム部材を提供することを課題とする。また、当該シリコーンゴム部材を備えるマイクロ流体デバイスを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(1)上記課題を解決するため、本開示のシリコーンゴム部材は、シリコーンゴムとカルビノール変性シリコーンオイルとを有するシリコーンゴム組成物からなり、表面の少なくとも一部に、乾式処理が施され親水性を有する乾式処理面を有することを特徴とする。
【0011】
(2)本開示のマイクロ流体デバイスは、上記(1)の本開示のシリコーンゴム部材を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
(1)本開示のシリコーンゴム部材には、カルビノール変性シリコーンオイルが配合される。カルビノール変性シリコーンオイルは、直鎖状のシリコーンポリマーに親水性を有するカルビノール基(-ROH:Rはアルキル基)が導入された構造を有する。よって、カルビノール変性シリコーンオイルを含有することにより、シリコーンゴム部材に親水性が付与される。加えて、シリコーンゴム部材の表面の少なくとも一部には、乾式処理が施される。乾式処理は、プラズマなどの高いエネルギーを照射して表面を改質する処理である。乾式処理面においては、表面の改質により水酸基が生成し、親水性および接合性が向上する。ここで、カルビノール基の分子鎖は比較的短い。このため、改質処理により生成する水酸基による結合は阻害されにくい。結果、他の部材との良好な接合性を維持することができる。また、カルビノール変性シリコーンオイルとシリコーンゴムとの相溶性は比較的高い。このため、シリコーンゴムが本来有する透明性を低下させることなく、高い光透過性を維持することができる。
【0013】
本開示のシリコーンゴム部材によると、親水性を付与するためのコーティング剤を塗布する必要はない。このため、製造工程が簡略化でき、コスト削減につながる。また、コーティング剤を塗布する必要がないため、コーティングむらによる品質低下のおそれがなく、形成された薄膜の剥がれなどの問題も生じない。また、コーティング剤によりシリコーンゴムが膨潤し、表面に形成された微細な流路の形状や大きさが変わるおそれもない。
【0014】
(2)本開示のマイクロ流体デバイスは、上記(1)の本開示のシリコーンゴム部材を備える。本開示のシリコーンゴム部材は、自身に試料が収容される収容部を有していてもよく、相手部材との組み合わせにより収容部を区画形成するものでもよい。前述したように、本開示のシリコーンゴム部材は、親水性を有し、透明性に優れる。したがって、本開示のマイクロ流体デバイスによると、検査、反応などの各種操作を正確に行うことができる。加えて、本開示のシリコーンゴム部材は、接合性も良好である。したがって、本開示のマイクロ流体デバイスは、他の部材と接合して使用される形態に好適であり、特に乾式処理面を他の部材に接触させることにより、強固な接合状態を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本開示のマイクロ流体デバイスの一形態の平面図である。
【
図3】同マイクロ流体デバイスの第一シリコーンゴム部材の斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本開示のシリコーンゴム部材およびマイクロ流体デバイスの一実施形態を説明する。まず、本実施形態のマイクロ流体デバイスの構成を説明する。
図1に、本実施形態のマイクロ流体デバイスの平面図を示す。
図2に、
図1のII-II断面図を示す。
図3に、同マイクロ流体デバイスを構成する第一シリコーンゴム部材の斜視図を示す。説明の便宜上、
図1においては、透過した部位を細線で示す。
図2においては、乾式処理面に対応する部分にもハッチングを施して示す。
図1、
図2に示すように、マイクロ流体デバイス10は、全体として長方形板状を呈している。マイクロ流体デバイス10は、第一シリコーンゴム部材20と、第二シリコーンゴム部材30と、を有している。
【0017】
図2、
図3に示すように、第一シリコーンゴム部材20は、長方形板状を呈している。第一シリコーンゴム部材20の上面には、収容部21が凹設されている。収容部21は、溝部210と2つの孔部211a、211bとを有している。溝部210は、左右方向に伸びる直線状を呈しており、その左右両端部は、2つの孔部211a、211bに連結されている。2つの孔部211a、211bは、各々、円形状に開口している。第一シリコーンゴム部材20は、シリコーンゴムとカルビノール変性シリコーンオイルとを有するシリコーンゴム組成物から製造されている。収容部21の側面および底面を含む第一シリコーンゴム部材20の上面には、乾式処理としてプラズマ処理が施されている。すなわち、これらの面は乾式処理面22であり、親水性を有している。
第二シリコーンゴム部材30は、第一シリコーンゴム部材20と同じ大きさの長方形板状を呈している。第二シリコーンゴム部材30は、第一シリコーンゴム部材20と同じシリコーンゴム組成物から製造されている。第二シリコーンゴム部材30は、第一シリコーンゴム部材20の上面に積層されている。第二シリコーンゴム部材30は、注入口31と排出口32とを有している。注入口31および排出口32は、各々、円筒形状を呈しており、第二シリコーンゴム部材30を上下方向に貫通している。注入口31および排出口32の表面と第二シリコーンゴム部材30下面とには、乾式処理としてプラズマ処理が施されている。すなわち、これらの面は乾式処理面33であり、親水性を有している。
【0018】
注入口31の下端開口は、第一シリコーンゴム部材20の左側の孔部211aに連結されており、排出口32の下端開口は、第一シリコーンゴム部材20の右側の孔部211bに連結されている。第一シリコーンゴム部材20の収容部21は、左右の孔部211a、211bを除いて、第二シリコーンゴム部材30により封鎖されている。試料の液体は、注入口31から注入され、溝部210を流動して、排出口32から取り出される。このように、マイクロ流体デバイス10においては、第一シリコーンゴム部材20と第二シリコーンゴム部材30との組み合わせにより、流路が区画形成されている。第一シリコーンゴム部材20および第二シリコーンゴム部材30は、本開示のシリコーンゴム部材の概念に含まれる。
【0019】
次に、本実施形態のシリコーンゴム部材およびマイクロ流体デバイスの作用効果を説明する。第一シリコーンゴム部材20および第二シリコーンゴム部材30は、いずれもカルビノール変性シリコーンオイルを含む。このため、マイクロ流体デバイス10を構成する両方の部材に親水性が付与される。第一シリコーンゴム部材20の乾式処理面22、および第二シリコーンゴム部材30の乾式処理面33は、プラズマ処理により表面が改質されているため親水性が高い。マイクロ流体デバイス10の流路は、乾式処理面22、33で構成される。したがって、マイクロ流体デバイス10において、試料の流れ性は良好である。また、第一シリコーンゴム部材20と第二シリコーンゴム部材30とは、各々の乾式処理面22、33同士で接合される。このため、両部材の接合性は良好である。また、カルビノール変性シリコーンオイルとシリコーンゴムとの相溶性は比較的高いため、第一シリコーンゴム部材20および第二シリコーンゴム部材30は、透明性に優れる。したがって、マイクロ流体デバイス10によると、試料を収容部21に収容して、検査、反応などの各種操作を正確に行うことができる。
【0020】
以上、本開示のシリコーンゴム部材およびマイクロ流体デバイスの一実施形態について説明したが、本開示のシリコーンゴム部材およびマイクロ流体デバイスは、上記形態に限定されるものではなく、本開示の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良などを施した種々の形態にて実施することができる。
【0021】
[シリコーンゴム部材]
本開示のシリコーンゴム部材は、シリコーンゴムとカルビノール変性シリコーンオイルとを有するシリコーンゴム組成物から製造される。「シリコーンゴム」は、ポリマー成分(ベースポリマー)に加えて、それを架橋するための架橋剤、触媒などを含む概念である。シリコーンゴムのベースポリマーとしては、オルガノポリシロキサンとして広く知られているものを使用すればよい。シリコーンゴムは、液状ゴムでも固形(ミラブル)ゴムでもよい。凹凸などの微細構造を寸法精度よく形成できるという点において、液状ゴムが望ましい。
【0022】
オルガノポリシロキサンは、その架橋機構(硬化機構)に応じて、所定の反応基を有する。反応基としては、アルケニル基(ビニル基、アリル基、ブテニル基、ペンテニル基、ヘキセニル基など)、シラノール基などが挙げられる。前者のアルケニル基を有するオルガノポリシロキサンは、有機過酸化物を架橋剤とする過酸化物架橋反応や、ヒドロシリル基を有するオルガノポリシロキサン(オルガノハイドロジェンポリシロキサン)を架橋剤とする付加反応により架橋される。付加反応には、白金触媒などのヒドロシリル化触媒を組み合わせて用いることができる。後者のシラノール基を有するオルガノポリシロキサンは、縮合反応により架橋される。縮合反応には、縮合用架橋剤を組み合わせて用いることができる。
【0023】
カルビノール変性シリコーンオイルには、直鎖状ポリマーの側鎖にカルビノール基が導入された側鎖型カルビノール変性シリコーンオイル、直鎖状ポリマーの片末端または両末端にカルビノール基が導入された片末端型または両末端型カルビノール変性シリコーンオイルがある。これらのうち一種を単独で、または二種以上を混合して用いればよい。比較的少量でも親水性が発現するため、ブリードするおそれが少なく良好な接合性が得られ、透明性を維持しやすいという観点においては、両末端型を用いることが望ましい。他方、含有量の比較的広い範囲において所望の特性を得ることができるという観点においては、側鎖型を用いることが望ましい。
【0024】
シリコーンゴム組成物におけるカルビノール変性シリコーンオイルの含有量は、当該オイルの種類に応じて所望の特性が発現するように適宜決定すればよい。親水性を付与するという観点においては、シリコーンゴムの100質量部に対して0.05質量部以上であることが望ましい。より好適な含有量は、0.1質量部以上、さらには1質量部以上である。1質量部以上の場合には、シリコーンゴム部材の表面に親水性を比較的均一に発現させることができる。反対に、カルビノール変性シリコーンオイルの含有量が多すぎると、シリコーンゴム部材同士、またはシリコーンゴム部材と他の部材との接合性が低下するおそれがある。この理由は、次のように推測される。本発明者の検討によると、カルビノール変性シリコーンオイルの親水部であるカルビノール基(-ROH)は、乾式処理によりシリコーンゴム部材の表面に生成する水酸基(-OH)と比較して、反応性が低いことが確認されている。このため、シリコーンゴム部材の表面にカルビノール基が多量に存在すると、水酸基による結合を阻害して接合性が低下すると考えられる。接合性を向上させるという観点においては、カルビノール変性シリコーンオイルの含有量は、シリコーンゴムの100質量部に対して20質量部以下であることが望ましい。より好適な含有量は、10質量部以下、さらには5質量部以下である。
【0025】
シリコーンゴム部材の接合性には、配合するシリコーンオイルの親水部の長さも影響すると考えられる。親水部が長い場合、シリコーンゴム部材の表面の水酸基による結合を阻害して接合性が低下するおそれがある。したがって、親水部の長さを短くして接合性を向上させるという観点においては、カルビノール変性シリコーンオイルにおけるカルビノール基の炭素数は10個以下であることが望ましい。8個以下であるとより好適である。親水性を付与するという観点においては、カルビノール基の炭素数は1個以上であることが望ましい。5個以上であるとより好適である。同様に、接合性を向上させるという観点においては、カルビノール基の次式(I)で算出される割合は15%以下であることが望ましい。11%以下であるとより好適である。親水性を付与するという観点においては、カルビノール基の割合は5%以上であることが望ましい。6%以上であるとより好適である。カルビノール基の割合(%)=(カルビノール基の分子量/カルビノール変性シリコーンオイルの分子量)×100 ・・・(I)
【0026】
シリコーンゴム部材の透明性(光透過性)を確保するという観点においては、シリコーンゴムとカルビノール変性シリコーンオイルとの相溶性が高いことが望ましい。例えば、両者の溶解度パラメータ(solubility parameter:SP値)が近ければ、相溶性が高いと判断することができる。したがって、シリコーンゴムとの相溶性を高め、シリコーンゴム部材の透明性を確保するという観点においては、シリコーンゴムのSP値とカルビノール変性シリコーンオイルのSP値との差は0.8以下であることが望ましい。0.71以下であるとより好適である。
【0027】
例えば、本開示のシリコーンゴム部材の全光線透過率は、90%以上であることが望ましい。全光線透過率とは、シリコーンゴム部材における平行入射光束に対する全透過光束の割合である。また、本開示のシリコーンゴム部材のヘーズは、6%以下であることが望ましい。4%以下であるとより好適である。ヘーズは、次式(II)により算出される値であり、値が大きいほど濁度が大きく透明性が低い。
ヘーズ(%)=(拡散透過率/全光線透過率)×100 ・・・(II)
特に、全光線透過率が90%以上かつヘーズが6%以下である形態は、透明性が高いため好適である。本明細書においては、全光線透過率およびヘーズとして、厚さ2mmのシート状試験片を用いて、JIS K7375:2008に準拠した、日本電色工業(株)製のヘーズメーター「NDH 7000」を用いて測定された値を採用する。
【0028】
シリコーンゴム組成物は、シリコーンゴムおよびカルビノール変性シリコーンオイルに加えて、添加剤を有してもよい。添加剤としては、界面活性剤、シランカップリング剤、水溶性ポリマー(例えばポリエチレングリコール(PEG)、ポリビニルアルコール(PVA))、生体適合性ポリマー(例えばポリ(2-ヒドロキシエチルメタクリレート:HEMA)、ポリ(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン:MPC))、ビニルモノマー(例えばビニルホスホン酸)などが挙げられる。なかでも界面活性剤、シランカップリング剤は、親水性の向上に寄与するため好適である。
【0029】
本開示のシリコーンゴム部材の表面の少なくとも一部には、乾式処理が施され親水性を有する乾式処理面が配置される。乾式処理面は、シリコーンゴム部材の表面の一部のみに配置されてもよく、全体に配置されてもよい。本開示のシリコーンゴム部材は、カルビノール変性シリコーンオイルを有するため、部材自体が親水性を有するが、乾式処理面においては、乾式処理により表面が改質され、表面に水酸基が生成することにより、親水性がより高くなり、他の部材との接合性も向上する。乾式処理面の親水性は、乾式処理面の水接触角を測定することにより評価すればよい。本開示のシリコーンゴム部材の乾式処理面については、乾式処理を行ってから168時間後までの水接触角が80°以下であれば「親水性を有する」とみなす。本開示のシリコーンゴム部材と他の部材とを接合する場合、乾式処理面を他の部材に接触させることにより、強固な接合状態を実現することができる。例えば、他の部材の接合面に水酸基が存在する場合、水酸基同士の脱水縮合反応による化学結合により接合することが可能である。なお、本開示のシリコーンゴム部材は、乾式処理面以外の面で他の部材と接合しても構わない。
【0030】
乾式処理は、プラズマの照射、エキシマ光などの紫外線(UV)照射、コロナ放電、電子線照射、γ線照射などの処理から適宜選択すればよい。なかでも、短時間の処理で効果が得られ、シリコーンゴム部材に熱ダメージを与えにくいという理由から、プラズマ処理が好適である。プラズマ処理は、大気圧下または真空下で行えばよく、アルゴンなどの希ガスや酸素などを含む雰囲気中にて、高周波(RF)電源を用いたRFプラズマや、マイクロ波電源を用いたマイクロ波プラズマなどを照射すればよい。
【0031】
本開示のシリコーンゴム部材の形状、厚さなどは、用途により適宜決定すればよい。例えば、厚さが1μm以上、15μm以上、300μm以上などの薄膜状、1mm以上の薄板状などに形成すればよい、顕微鏡を用いた光学検査に用いる場合には、2mm以下、1mm以下、750μm以下、500μm以下などの厚さが好適である。また、シリコーンゴム部材は、容器、チューブなどの形状を有していてもよく、シリコーンゴム部材の表面に凹凸状などの微細加工が施されていてもよい。
【0032】
本開示のシリコーンゴム部材を用いてマイクロ流体デバイスを構成する場合、自身に試料が収容される収容部を有していてもよく、相手部材との組み合わせにより収容部が区画形成されてもよい。収容部は、試料が配置される空間は勿論、流路などの試料が通過するだけの空間でもよい。試料は、粒子などの固体、液体、気体の他、これらが適宜混合された混合物でもよい。収容部の形状、大きさ、配置形態は、特に限定されない。収容部の形状としては、孔状、溝状、くぼみ状などが挙げられる。収容部の深さ方向の断面は、正方形、長方形、台形などの矩形状、半円、楕円などの曲面状、V字状など、特に限定されない。収容部の深さは、シリコーンゴム部材およびマイクロ流体デバイスの厚さに応じて適宜決定すればよい。
【0033】
[マイクロ流体デバイス]
本開示のマイクロ流体デバイスは、本開示のシリコーンゴム部材そのものでもよく、本開示のシリコーンゴム部材同士、または本開示のシリコーンゴム部材と他の部材とを組み合わせて構成してもよい。すなわち、本開示のマイクロ流体デバイスを構成する部材の数は、特に限定されず、一つでも二つ以上でもよい。本開示のシリコーンゴム部材以外の構成部材としては、本開示のシリコーンゴム部材と組み合わせて収容部を区画形成する相手部材、本開示のシリコーンゴム部材を支持する支持基材などが挙げられる。
【0034】
本開示のマイクロ流体デバイスを複数の部材から構成する場合、本開示のシリコーンゴム部材以外の部材の材質、形状、大きさなどは、特に限定されない。例えば、本開示のシリコーンゴム部材と組み合わせて収容部を区画形成する相手部材の材質としては、PDMSなどのシリコーンゴムまたはシリコーン樹脂の他、フッ素樹脂、ガラスなどが挙げられる。相手部材がシリコーンゴムからなる場合、カルビノール変性シリコーンオイルを含まなくてもよく、含む場合でもその含有量が本開示のシリコーンゴム部材とは異なってもよい。この場合、相手部材の接合面にも改質処理が施されていると、部材同士の接合性が向上する。他方、本開示のシリコーンゴム部材を支持する支持基材の材質としては、比較的硬質で、光透過性に優れ、自家蛍光性が少ないという観点から、オレフィン樹脂またはアクリル樹脂が好適である。
【実施例0035】
次に、実施例を挙げて本開示をより具体的に説明する。種々のシリコーンオイルを使用してシリコーンゴム部材の試験片を製造し、親水性、接合性および透明性を評価した。
【0036】
<試験片の製造>
[実施例1]
まず、液状シリコーンゴム(信越化学工業(株)製「KE-2061-50A/B」)100質量部に、側鎖型カルビノール変性シリコーンオイル(信越化学工業(株)製「X-22-4015」)を所定量加え、プラネタリーミキサーにて30分間混合した後、減圧脱泡してシリコーンゴム組成物を調製した。使用した液状シリコーンゴムには、ビニル基を有するオルガノポリシロキサン、架橋剤、および触媒が含まれている。側鎖型カルビノール変性シリコーンオイルは、次の化学式(a)で示される構造を有し、カルビノール基(-ROH)における炭素数は5個、先の式(I)で算出されるカルビノール基の割合(親水部の割合)は6%である。また、使用したシリコーンゴムのSP値と側鎖型カルビノール変性シリコーンオイルのSP値との差は0.44である。
【化1】
【0037】
次に、調製したシリコーンゴム組成物を、120℃下で10分間プレス成形して、厚さ2mmのシート状の試験片を製造した。続いて、試験片の一方の表面に対して、真空下でマイクロ波プラズマを照射する真空マイクロ波プラズマ処理を行った。真空マイクロ波プラズマ処理は、アルゴンガスおよび酸素ガス雰囲気で、圧力9.0Paにて行った。アルゴンガスの供給速度は30cc/分、酸素ガスの供給速度は150cc/分とした。マイクロ波の周波数は2.45GHz、出力電力は0.3kW、処理時間は2秒間とした。このようにして、片面が乾式処理面であるシート状の試験片を製造した。製造した試験片を、実施例1の試験片と称す。後出の表1に示すように、実施例1としては、側鎖型カルビノール変性シリコーンオイルの配合量を1質量部、5質量部、10質量部と変更して、三種類の試験片を製造した。
【0038】
[実施例2]
側鎖型カルビノール変性シリコーンオイルを、両末端型カルビノール変性シリコーンオイル(信越化学工業(株)製「KF-6001」)に変更し、配合量を0.1質量部、1質量部の二種類にした点以外は、実施例1と同様にして試験片を製造した。両末端型カルビノール変性シリコーンオイルは、次の化学式(b)で示される構造を有し、二つのカルビノール基(-ROH)における炭素数は、各々5個、カルビノール基の割合は11%である。また、使用したシリコーンゴムのSP値と両末端型カルビノール変性シリコーンオイルのSP値との差は0.71である。製造した試験片を実施例2の試験片と称す。
【化2】
【0039】
[実施例3]
実施例1において、側鎖型カルビノール変性シリコーンオイルの配合量を1質量部とした場合に、さらに界面活性剤のポリエチレングリコールモノラウレート(花王(株)製「エマノーン(登録商標)1112」)を0.01質量部または0.05質量部添加して二種類の試験片を製造した。製造した試験片を、実施例3の試験片と称す。
【0040】
[比較例1]
側鎖型カルビノール変性シリコーンオイルを、変性されていないストレートシリコーンオイル(信越化学工業(株)製「KF-96-100cs」)に変更し、配合量を0.1質量部、1質量部、5質量部、10質量部の四種類にした点以外は、実施例1と同様にして試験片を製造した。ストレートシリコーンオイルは、次の化学式(c)で示される構造を有し、親水部の割合は0%である。使用したシリコーンゴムのSP値とストレートシリコーンオイルのSP値との差は0.05である。製造した試験片を比較例1の試験片と称す。
【化3】
【0041】
[比較例2]
側鎖型カルビノール変性シリコーンオイルを、側鎖型ポリエーテル変性シリコーンオイルA(信越化学工業(株)製「KF-6011」)に変更し、配合量を0.1質量部、1質量部、5質量部、10質量部の四種類にした点以外は、実施例1と同様にして試験片を製造した。側鎖型ポリエーテル変性シリコーンオイルAは、次の化学式(d)で示される構造を有し、ポリエーテル基(化学式(d)中のX)における炭素数は30個、先の式(I)に準じて算出されるポリエーテル基の割合(親水部の割合)は74%である。また、使用したシリコーンゴムのSP値と側鎖型ポリエーテル変性シリコーンオイルAのSP値との差は1.43である。製造した試験片を比較例2の試験片と称す。
【化4】
【0042】
[比較例3]
比較例2と同様に、化学式(d)で示される構造を有する側鎖型ポリエーテル変性シリコーンオイルB(信越化学工業(株)製「KF-6015」)を使用して、試験片を製造した。配合量は、比較例2と同じ四種類である。側鎖型ポリエーテル変性シリコーンオイルBのポリエーテル基における炭素数は12個、ポリエーテル基の割合は26%である。また、使用したシリコーンゴムのSP値と側鎖型ポリエーテル変性シリコーンオイルBのSP値との差は0.98である。製造した試験片を比較例3の試験片と称す。
【0043】
<評価方法>
[親水性]
親水性は、乾式処理の直後は安定しにくく、時間の経過と共に低下する傾向がある。このため、本実施例においては、乾式処理から168時間(7日間)経過して親水性が安定した時点の水接触角の値で、親水性を評価した。具体的には、真空マイクロ波プラズマ処理を行ってから168時間後の乾式処理面の水接触角を、JIS R3257:1999に準じて測定した。まず、温度25℃、湿度50%雰囲気にて、試験片の乾式処理面に水を2μL滴下した。次に、水が接触してから1分以内の水接触角を測定した。そして、水接触角が80°以下の場合を親水性を有する(後出の表1中、○印で示す)、80°より大きい場合を親水性を有しない(同表中、×印で示す)、と評価した。
【0044】
[接合性]
JIS K6854-3に準じてT字剥離試験を行い、試験片の剥離状態を観察した。まず、同じ試験片を二枚準備し、各々の乾式処理面同士を重ね合わせて積層体とした状態で24時間静置した。それから、当該積層体を引張試験装置(ミネベアミツミ(株)製の引張圧縮試験機「テクノグラフTGI-1kN」)に取り付けて、T字剥離試験を行った。T字剥離試験は室温下で行い、つかみ具の移動速度は300mm/分とした。そして、試験片が破壊された場合(材料破壊の場合)を接合性良好(後出の表1中、○印で示す)、層間剥離の場合、または試験片同士が接着しなかった場合を接合性不良(同表中、×印で示す)、と評価した。
【0045】
[光透過性]
日本電色工業(株)製のヘーズメーター「NDH 7000」を用いて、試験片の全光線透過率およびヘーズを測定した。
【0046】
<評価結果>
表1に、実施例1、2および比較例1~3の試験片におけるシリコーンオイルの特徴および配合量と評価結果とをまとめて示す。表2に、実施例3の試験片における界面活性剤の配合量と評価結果とをまとめて示す。
【表1】
【表2】
【0047】
表1に示すように、カルビノール変性シリコーンオイルを配合した実施例1、2の試験片においては、ポリエーテル変性シリコーンオイルを配合した比較例2、3の試験片と比較して、ヘーズが小さく透明性に優れることが確認された。実施例1の試験片においては、親水性、接合性のいずれも良好であり、実施例2の試験片においては、配合量が比較的少ない範囲で、親水性、接合性のいずれも良好であった。
【0048】
これに対して、ストレートシリコーンオイルを配合した比較例1の試験片においては、接合性、透明性の結果は良好であったが、オイルが親水部を有しないため、所望の親水性は得られなかった。ポリエーテル変性シリコーンオイルを配合した比較例2、3の試験片においては、接合性および透明性が劣っていた。なお、比較例2のオイル配合量0.1質量部の試験片については、ヘーズが9.2%であったが、目視で濁りが確認された。ポリエーテル変性シリコーンオイルは、親水部の割合が大きく長さも長いため、乾式処理面の水酸基同士の脱水縮合反応が阻害され、接合性が低下したと考えられる。比較例2、3の試験片は、透明性に劣るため、高い光透過性が要求される光学検査などの用途には適用が難しい。
【0049】
表2に示すように、カルビノール変性シリコーンオイルと共に、界面活性剤を加えた場合でも、親水性および接合性は良好であった。また、界面活性剤を加えると、ヘーズが小さくなり、透明性が向上した。
10:マイクロ流体デバイス、20:第一シリコーンゴム部材、21:収容部、22:乾式処理面、210:溝部、211a、211b:孔部、30:第二シリコーンゴム部材、31、32:孔部、33:乾式処理面。