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特開2023-81643被覆アーク溶接棒、溶接金属、被覆アーク溶接方法及び溶接継手の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023081643
(43)【公開日】2023-06-13
(54)【発明の名称】被覆アーク溶接棒、溶接金属、被覆アーク溶接方法及び溶接継手の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/365 20060101AFI20230606BHJP
   C22C 38/04 20060101ALI20230606BHJP
   B23K 35/30 20060101ALN20230606BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20230606BHJP
【FI】
B23K35/365 E
C22C38/04
B23K35/30 330A
C22C38/00 301A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021195514
(22)【出願日】2021-12-01
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】山本 貴大
(72)【発明者】
【氏名】加納 覚
(72)【発明者】
【氏名】井元 雅弘
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 孝矩
【テーマコード(参考)】
4E084
【Fターム(参考)】
4E084AA09
4E084AA12
4E084AA13
4E084AA17
4E084AA20
4E084AA21
4E084AA23
4E084AA24
4E084AA25
4E084AA26
4E084AA27
4E084BA02
4E084BA03
4E084BA04
4E084BA06
4E084BA08
4E084BA09
4E084BA10
4E084BA11
4E084BA13
4E084BA14
4E084BA15
4E084BA16
4E084BA18
4E084CA03
4E084CA13
4E084CA23
4E084CA24
4E084CA25
4E084CA26
4E084DA01
4E084EA07
4E084GA03
4E084HA01
(57)【要約】
【課題】As-weldedのみならず、幅広いPWHT条件においても、目的の強度を維持しつつ、低温靱性が優れ、高温割れが抑制された溶接部を得ることができる高張力鋼用被覆アーク溶接棒を提供する。
【解決手段】被覆アーク溶接棒は、被覆剤全質量に対する質量%で、CO:16%以上27%以下、F:4%以上10%以下、Si:3%以上11%以下、Ni:7.5%以上13.3%以下、Fe:1%以上11%以下、Mo:0.3%以上1.0%以下、Cr:0.15%以上1.2%以下、Mg:1.5%以上4.5%以下、Mn:1.5%以上4.0%以下、を含有し、被覆剤中のNi、Mn、Siの含有量を被覆剤全質量に対する質量%で、それぞれ[Ni]、[Mn]、[Si]と表す場合に、[Ni]/([Si]+[Mn])により算出される値が、0.85以上1.45以下、である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
心線と、前記心線を被覆する被覆剤と、を有する被覆アーク溶接棒であって、
前記被覆剤は、被覆剤全質量に対して、
CO:16質量%以上27質量%以下、
F:4質量%以上10質量%以下、
Si:3質量%以上11質量%以下、
Ni:7.5質量%以上13.3質量%以下、
Fe:1質量%以上11質量%以下、
Mo:0.3質量%以上1.0質量%以下、
Cr:0.15質量%以上1.20質量%以下、
Mg:1.5質量%以上4.5質量%以下、
Mn:1.5質量%以上4.0質量%以下、を含有し、
被覆剤中の前記Niの含有量を被覆剤全質量に対する質量%で[Ni]と表し、
被覆剤中の前記Mnの含有量を被覆剤全質量に対する質量%で[Mn]と表し、
被覆剤中の前記Siの含有量を被覆剤全質量に対する質量%で[Si]と表す場合に、
[Ni]/([Si]+[Mn])により算出される値が、0.85以上1.45以下、であることを特徴とする被覆アーク溶接棒。
【請求項2】
前記被覆剤は、被覆剤全質量に対して、さらに、
CaO:20質量%以上40質量%以下、
BaO:2質量%以上6質量%以下、
を含有することを特徴とする、請求項1に記載の被覆アーク溶接棒。
【請求項3】
前記被覆剤は、被覆剤全質量に対して、さらに、
Na、K及びLiの合計量:0.3質量%以上4.0質量%以下、
Ti:0.5質量%以上4.0質量%以下、を含有し、
Al:1.5質量%以下、
Zr:0.8質量%以下、であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の被覆アーク溶接棒。
【請求項4】
前記被覆剤は、被覆剤全質量に対して、
Nb:0.03質量%以下、
V:0.03質量%以下、に規制することを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の被覆アーク溶接棒。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の被覆アーク溶接棒を用いて、被覆アーク溶接することにより得られることを特徴とする溶接金属。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか1項に記載の被覆アーク溶接棒を用いて、被覆アーク溶接することを特徴とする被覆アーク溶接方法。
【請求項7】
高張力鋼を母材とし、請求項1~4のいずれか1項に記載の被覆アーク溶接棒を用いて、被覆アーク溶接することを特徴とする溶接継手の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高張力鋼の溶接に使用される被覆アーク溶接棒(以下、単に「溶接棒」ともいう。)、溶接金属、被覆アーク溶接方法及び溶接継手の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
石油、ガス等の掘削及び生産に使用される海洋構造物及びタンク等の溶接製品は、設備の大型化や寒冷地での稼働が求められており、これらの製造に用いる鋼板や溶接材料は、高強度かつ低温靱性に優れた特性が求められる。また、これらの特性以外にも、溶接製品の品質をより向上させるために、溶接後熱処理(PWHT:Post Weld Heat Treatment)を施す場合がある。PWHTを施すことで、例えば、溶接部の残留応力を除去することができるため、溶接部の割れを抑制できる効果を得ることができる。
【0003】
しかしながら、このPWHTを行うと、析出硬化や焼き戻し脆化等を原因とした溶接部の脆化により、靱性が低下するおそれがある。特に、高張力鋼の溶接部においては、強度を向上させるために添加した種々の元素の影響により、PWHTでの脆化が著しく、強度が上がるほど、PWHTを適用することができない場合が多くなる。
よって、PWHT後も優れた機械的性質を有する高張力鋼用の溶接材料の開発が求められている。
【0004】
例えば、特許文献1には、高張力鋼、例えば590N/mm級以上の高張力鋼の溶接に際し、低温靱性と応力除去焼鈍後の破壊靱性の優れた溶接金属を得られる被覆アーク溶接棒が提案されている。
また、特許文献2には、溶接作業性が良好で、かつ、溶接のまま(AW:as-welded)及びPWHT後の溶接金属の強度及び低温での靱性が優れる590MPa級高張力鋼用の低水素系被覆アーク溶接棒が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8-257791号公報
【特許文献2】特開2017-64740号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1及び2については、1種類のPWHT条件のみで考慮されおり、他のPWHT条件でも優れた靱性が得られるとは限らない。
また、PWHT条件の裕度が大きい方が、あらゆる溶接製品に適用でき、施工管理も容易であるとともに、溶接部の品質安定性をより一層向上させることができるといえる。
さらに、上記特許文献1及び2は、いずれも高温割れについて考慮されていないため、耐高温割れ性が良好である溶接金属を得ることができる溶接棒についての要求が、より一層高まっている。
【0007】
一方、従来より、PWHTは条件次第で靱性を低下させるおそれがあり、PWHT条件は材料の種類、厚さ、溶接継手、施工条件等によって厳格に決定されるものであることが知られている。
したがって、PWHT条件に裕度を持たせることは非常に困難であり、特に、高強度になるほど、添加元素を多く含むことになることから、焼き戻し脆化等の脆化現象が生じやすくなるため、PWHT条件はより厳格になる。
【0008】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであって、高張力鋼用の被覆アーク溶接棒であり、溶接のまま(以下、「As-welded」ともいう。)のみならず、幅広いPWHT条件においても、目的の強度を維持しつつ、低温靱性が優れ、高温割れが抑制された溶接部を得ることができる被覆アーク溶接棒、被覆アーク溶接方法及び溶接継手の製造方法を提供することを目的とする。また、幅広いPWHT条件においても、目的の強度を維持しつつ、低温靱性が優れ、高温割れを抑制することができる溶接金属を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の上記目的は、被覆アーク溶接棒に係る下記[1]の構成により達成される。
【0010】
[1] 心線と、前記心線を被覆する被覆剤と、を有する被覆アーク溶接棒であって、
前記被覆剤は、被覆剤全質量に対して、
CO:16質量%以上27質量%以下、
F:4質量%以上10質量%以下、
Si:3質量%以上11質量%以下、
Ni:7.5質量%以上13.3質量%以下、
Fe:1質量%以上11質量%以下、
Mo:0.3質量%以上1.0質量%以下、
Cr:0.15質量%以上1.20質量%以下、
Mg:1.5質量%以上4.5質量%以下、
Mn:1.5質量%以上4.0質量%以下、を含有し、
被覆剤中の前記Niの含有量を被覆剤全質量に対する質量%で[Ni]と表し、
被覆剤中の前記Mnの含有量を被覆剤全質量に対する質量%で[Mn]と表し、
被覆剤中の前記Siの含有量を被覆剤全質量に対する質量%で[Si]と表す場合に、
[Ni]/([Si]+[Mn])により算出される値が、0.85以上1.45以下、であることを特徴とする被覆アーク溶接棒。
【0011】
被覆アーク溶接棒に係る本発明の好ましい実施形態は、以下の[2]~[4]に関する。
【0012】
[2] 前記被覆剤は、被覆剤全質量に対して、さらに、
CaO:20質量%以上40質量%以下、
BaO:2質量%以上6質量%以下、
を含有することを特徴とする、[1]に記載の被覆アーク溶接棒。
【0013】
[3] 前記被覆剤は、被覆剤全質量に対して、さらに、
Na、K及びLiの合計量:0.3質量%以上4.0質量%以下、
Ti:0.5質量%以上4.0質量%以下、を含有し、
Al:1.5質量%以下、
Zr:0.8質量%以下、であることを特徴とする、[1]又は[2]に記載の被覆アーク溶接棒。
【0014】
[4] 前記被覆剤は、被覆剤全質量に対して、
Nb:0.03質量%以下、
V:0.03質量%以下、に規制することを特徴とする、[1]~[3]のいずれか1つに記載の被覆アーク溶接棒。
【0015】
本発明の上記目的は、溶接金属に係る下記[5]の構成により達成される。
【0016】
[5] [1]~[4]のいずれか1つに記載の被覆アーク溶接棒を用いて、被覆アーク溶接することにより得られることを特徴とする溶接金属。
【0017】
本発明の上記目的は、被覆アーク溶接方法に係る下記[6]の構成により達成される。
【0018】
[6] [1]~[4]のいずれか1つに記載の被覆アーク溶接棒を用いて、被覆アーク溶接することを特徴とする被覆アーク溶接方法。
【0019】
本発明の上記目的は、溶接継手の製造方法に係る下記[7]の構成により達成される。
【0020】
[7] 高張力鋼を母材とし、[1]~[4]のいずれか1つに記載の被覆アーク溶接棒を用いて、被覆アーク溶接することを特徴とする溶接継手の製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、As-weldedのみならず、幅広いPWHT条件においても、目的の強度を維持しつつ、低温靱性が優れ、高温割れを抑制することができる溶接部を得ることができる高張力鋼用被覆アーク溶接棒を提供することができる。
また、本発明によれば、幅広いPWHT条件においても、目的の強度を維持しつつ、低温靱性が優れ、高温割れを抑制することができる溶接金属を提供することができる。
さらに、本発明によれば、幅広いPWHT条件においても、目的の強度を維持しつつ、低温靱性が優れ、高温割れを抑制することができる溶接部を得ることができる被覆アーク溶接方法及び溶接継手の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明者らは、高強度の溶接部において、PWHTを行うことによる靱性低下のメカニズムについて検討を行うとともに、幅広い条件でPWHTを行った場合でも、優れた低温靱性を有する溶接部を得るため、鋭意検討を行った。その結果、以下の知見を見出し、本発明を完成するに至った。なお、上記溶接部とは、溶接金属及び熱影響部(HAZ:Heat-Affected Zone)を表すが、本明細書においては、以下、溶接金属について説明する。
【0023】
まず、高強度鋼における従来の靱性低下メカニズムについて説明する。
PWHT後に溶接金属の靱性が低下する主原因としては、従来、以下の2つの原因が挙げられる。
【0024】
(原因1)溶接金属中のCr、Mo等の含有量が多い場合に、これらの成分がCと炭化物を形成して析出することにより溶接金属が硬化すること。
(原因2)PWHT温度からの徐冷による焼き戻し脆化等の脆化現象が生じること。
【0025】
従来は、上記(原因1)及び(原因2)の影響により、主に溶接金属の粒界強度が低下し、その結果、靱性が低下すると考えられていた。
したがって、従来では、PWHT後に目的の強度を維持しつつ、優れた靱性を確保するために、以下の対策がなされていた。
【0026】
(対策1)旧オーステナイト粒界で析出して成長する炭化物を抑制する。
(対策2)旧オーステナイト粒界における不純物元素の偏析を抑制する。
【0027】
しかしながら、PWHT条件によっては、上記(対策1)や(対策2)を実施するのみでは不十分である。なお、一般的に、PWHT条件は、保持温度及び保持時間の要素からなり、これらの要素をパラメータとしたラーソン・ミラー・パラメータ(Larson-Miller parameter:以下、「LMP」という。)で整理できる。
【0028】
そこで、本明細書においては、以下に示す3つの条件a~cにおいて、目的の強度を維持しつつ低温靱性が優れた溶接金属が得られる被覆アーク溶接棒を、PWHT条件が幅広いと判断するものとした。
【0029】
(条件a)溶接のまま(As-welded)。
(条件b)LMPが高いPWHT条件として、620℃の温度で8時間の条件(以下、「高LMP条件」という。)。
(条件c)LMPが低いPWHT条件として、580℃の温度で2時間の条件(以下、「低LMP条件」という。)。
【0030】
(条件a)の溶接のまま、及び(条件b)の高LMP条件では、上記(対策1)及び(対策2)に加え、溶接棒中にNiを適量含有させることで、良好な低温靱性を得ることができることが知られている。
その一方で、(条件c)の低LMP条件では、Niを適量含有させるだけでは、良好な低温靱性を得ることができない。本発明者らは、(条件c)の低LMP条件でPWHTを実施した場合における、低温靱性が低下するメカニズムを見出すとともに、幅広いPWHT条件においても、目的の強度を維持しつつ、低温靱性が優れた溶接金属を得ることができる対策を見出した。以下に、(条件c)の低LMP条件において、低温靱性が低下するメカニズムと対策について説明する。
【0031】
溶接金属中にNiが多く含まれると、溶接金属組織上にNiを含む偏析帯(以下、「Ni偏析帯」という。)、すなわち、Niが濃化した領域が生じる。このNi偏析帯は、(条件a)の溶接のまま、及び(条件b)の高LMP条件時には、低温靱性に影響を与えない。
しかし、(条件c)の低LMP条件時においては、Ni偏析帯においてC含有量が高くなり、Ni偏析帯において島状マルテンサイトの生成や炭化物の生成及び粗大化が促進される。特に、島状マルテンサイトの生成が顕著であり、これらの生成物の影響により、Ni偏析帯において脆性破壊が生じやすくなるため、結果として、低温靱性が低下する。
【0032】
これらのことから、本発明者らは、PWHT後に目的の強度を維持しつつ、低温靱性が優れた溶接金属を確保するための対策として、(対策1)及び(対策2)に加えて、以下に示す(対策3)を実施することが効果的であることを見出した。
【0033】
(対策1)旧オーステナイト粒界で析出して成長する炭化物を抑制する。
(対策2)旧オーステナイト粒界における不純物元素の偏析を抑制する。
(対策3)Ni偏析帯における島状マルテンサイトの生成を抑制する。
【0034】
そして、本発明者らは、被覆アーク溶接棒の化学成分組成、並びにNi、Si及びMnの含有量から算出されるパラメータを適切に制御することで、上記(対策1)~(対策3)を達成することができるとともに、高温割れを抑制することができることを見出した。すなわち、(対策1)~(対策3)が実現された溶接棒を使用することにより、As-weldedのみならず、幅広い条件のPWHT後においても、目的の強度を維持しつつ、低温靱性が優れた溶接金属を得ることができる。
【0035】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「本実施形態」という。)について、詳細に説明する。なお、本発明は、以下で説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。
【0036】
[1.被覆アーク溶接棒]
本実施形態に係る被覆アーク溶接棒は、鋼心線(以下、単に「心線」ともいう。)に被覆剤が被覆されたものである。
【0037】
<1-1.被覆率>
被覆率は、被覆剤中の各元素の含有量が本発明の範囲内であれば、任意の値に設定することができる。なお、被覆率とは、溶接棒全質量における被覆剤の質量(g)を[被覆剤]とし、溶接棒全質量における心線の質量(g)を[心線]とした場合に、式:{[被覆剤]/([被覆剤]+[心線])}×100により算出することができる。本実施形態においては、上記式により算出される被覆率が、25質量%以上、40質量%以下とすることが好ましい。
【0038】
<1-2.被覆剤>
以下、本実施形態に係る被覆アーク溶接棒の被覆剤に含有される化学成分組成、その含有量の数値限定理由について、更に詳細に説明する。本実施形態における含有量とは、特に説明がない限り、被覆剤全質量に対する質量%を意味する。
また、以下に示す各元素は、特筆しない限り、金属の形態で被覆剤中に含有されていても、化合物の形態で被覆剤中に含有されていてもよく、また、金属及び化合物の両方の形態で被覆剤中に含有されていてもよい。すなわち、上記各元素がどのような形態で被覆剤中に含有されていても、元素単体に換算した換算値で規定する。例えば、Siを例に挙げる場合に、Si含有量とは、金属SiとSi化合物のSi換算値の合計をいう。なお、金属Siとは、Si単体及びSi合金を含む。
【0039】
(CO:16~27質量%)
本実施形態においては、被覆剤中の炭酸塩の含有量をCOの含有量として規定する。炭酸塩は溶接時にCOと酸化物に分解し、溶接金属の酸化や窒化を防ぐ効果を有する。被覆剤中のCO含有量が16質量%未満であると、溶接時に十分なガスが発生せず、溶接金属の窒化や酸化を招き、低温靱性が劣化する。したがって、被覆剤中のCO含有量は、被覆剤全質量に対して16質量%以上とし、17質量%以上であることが好ましく、18質量%以上であることがより好ましい。
一方、被覆剤中のCO含有量が27質量%を超えると、CO源の炭酸塩が多く含まれることになるため、溶融スラグの流動性が高くなり、均一で被包性の良いスラグ形成が困難になって、スラグ剥離性が劣化する。したがって、被覆剤中のCO含有量は、被覆剤全質量に対して27質量%以下とし、24質量%以下であることが好ましく、21質量%以下であることがより好ましい。
なお、被覆剤中のCO源としては、CaCO、BaCO、MgCO、MnCO、FeCO、NaCO、KCO等の炭酸塩が挙げられる。
【0040】
(F:4質量%以上10質量%以下)
CaF、MgF、AlF等の金属フッ化物は、溶融スラグの融点を低下させ、スラグ被包性を改善してビード外観を良好にする効果を有する。また、Fは、溶接時に水素と反応し、溶接金属中の水素分圧を低下させることができるため、溶接金属を低水素化する効果も有する。被覆剤中のF含有量が4質量%未満であると、上述の効果を十分に得ることができない。したがって、被覆剤中のF含有量は、被覆剤全質量に対して4質量%以上とし、5質量%以上であることが好ましく、6質量%以上であることがより好ましい。
一方、被覆剤中のF含有量が10質量%を超えると、アークが不安定となり、スパッタ発生量が増加する。したがって、被覆剤中のF含有量は、被覆剤全質量に対して10質量%以下とし、9質量%以下であることが好ましく、8質量%以下であることがより好ましい。
【0041】
(Si:3質量%以上11質量%以下)
金属Siや、フェロシリコン等の合金中に含有されるSiは、溶融金属の粘性を上昇させて流動性を調整し、ビード外観およびビード形状を良好にする効果を有する。
SiO等の酸化物は、スラグ形成剤として作用する。また、SiO等の酸化物は、溶融スラグの粘性を上げて流動性を改良し、ビード外観及びビード形状を良好にする効果を有する。このように、被覆剤中の金属Si、Si合金及びSi酸化物は、それぞれ種々の効果を有するため、本実施形態において、被覆剤中の金属Si、Si合金及びSi化合物に含まれる全てのSi含有量で規定する。
【0042】
被覆剤中のSi含有量が3質量%未満であると、溶融金属やスラグの粘性が低下し、立向姿勢での溶接時にビード形成が困難になり、良好なビードを得ることができない。したがって、被覆剤中のSi含有量は、被覆剤全質量に対して3質量%以上とし、4質量%以上であることが好ましく、5質量%以上であることがより好ましい。
一方、被覆剤中のSi含有量が11質量%を超えると、Niを含む偏析帯中に硬質な島状マルテンサイトが形成されることにより、焼き戻し脆化を助長し、低温靱性が低下する。したがって、被覆剤中のSi含有量は、被覆剤全質量に対して11質量%以下とし、9質量%以下であることが好ましく、8質量%以下であることがより好ましい。
なお、被覆剤中のSi源としては、SiO等のSiの酸化物、Siの珪酸塩、金属Si、フェロシリコン等の合金、水ガラス等の固着剤等が挙げられる。
【0043】
(Ni:7.5質量%以上13.3質量%以下)
Niは、母相強化により溶接金属の強度及び低温靱性を向上させる効果を有する成分である。被覆剤中のNi含有量が7.5質量%未満であると、所望の引張強さ及び低温靱性を得ることができない。したがって、被覆剤中のNi含有量は、被覆剤全質量に対して7.5質量%以上とし、8.0質量%以上であることが好ましく、8.5質量%以上であることがより好ましく、9.0質量%以上であることがさらに好ましい。
一方、被覆剤中のNi含有量が13.3質量%を超えると、偏析帯で低融点の不純物元素が濃化し、高温割れ発生の懸念が高まる。したがって、被覆剤全質量に対するNi含有量は、13.3質量%以下とし、12.0質量%以下であることが好ましく、11.0質量%以下であることがより好ましい。
【0044】
(Fe:1質量%以上11質量%以下)
Feは、溶着効率及び溶接作業性に影響する成分である。被覆剤中のFe含有量が1質量%未満であると、溶接効率が低下するとともに、アークがばたつき、溶接作業性が低下する。したがって、被覆剤中のFe含有量は、被覆剤全質量に対して1質量%以上とし、3質量%以上であることが好ましく、5質量%以上であることがより好ましい。
一方、被覆剤中のFe含有量が11質量%を超えると、シールド効果が低下して、溶接作業性が低下する。したがって、被覆剤中のFe含有量は、被覆剤全質量に対して11質量%以下とし、9質量%以下であることが好ましく、8質量%以下であることがより好ましい。
【0045】
(Mo:0.3質量%以上1.0質量%以下)
Moは、溶接金属の強度を向上させるとともに、焼き戻し脆化の抑制に効果を有する成分である。Mo炭化物が溶接金属の粒内へ析出することによって、粒界へのセメンタイトの析出を抑制し、PWHT後の低温靱性の低下を抑制することができる。
被覆剤中のMo含有量が0.3質量%未満であると、PWHTによる粒界へのセメンタイトの析出を抑制することができず、所望の低温靱性を得ることができない。したがって、被覆剤中のMo含有量は、被覆剤全質量に対して0.3質量%以上とし、0.5質量%以上であることが好ましく、0.6質量%以上であることがより好ましい。
一方、Mo含有量が1.0質量%を超えると、AWにおける低温靱性が低下するとともに、PWHTにおいても、溶接金属の粒内でMoCが過度に析出し、低温靱性が低下する。したがって、被覆剤中のMo含有量は、被覆剤全質量に対して1.0質量%以下とし、0.9質量%以下であることが好ましく、0.8質量%以下であることがより好ましい。
【0046】
(Cr:0.15質量%以上1.20質量%以下)
Crは、溶接金属の強度を向上させるとともに、粒界に析出する粗大な組織を抑制する効果を有する成分である。被覆剤中のCr含有量が0.15質量%未満であると、粒界に析出する粗大な組織を抑制することができず、所望の引張強さ及びPWHT後の低温靱性を得ることができない。したがって、被覆剤中のCr含有量は、被覆剤全質量に対して0.15質量%以上とし、0.30質量%以上であることが好ましく、0.40質量%以上であることがより好ましい。
一方、Crは、PWHTによって主に粗大な粒界炭化物の析出及び成長を助長し、低温靱性を低下させる成分である。被覆剤中のCr含有量が1.20質量%を超えると、PWHT後の低温靱性が低下する。したがって、被覆剤中のCr含有量は、被覆剤全質量に対して1.20質量%以下とし、1.10質量%以下であることが好ましく、1.00質量%以下であることがより好ましく、0.80質量%以下であることがさらに好ましい。
【0047】
(Mg:1.5質量%以上4.5質量%以下)
Mgは、脱酸作用により溶接金属中の酸化物量を低減させ、低温靱性を向上させる成分である。被覆剤中のMg含有量が1.5質量%未満であると、所望の脱酸効果を得ることができない。したがって、被覆剤中のMg含有量は、被覆剤全質量に対して1.5質量%以上とし、2.0質量%以上であることが好ましく、2.2質量%以上であることがより好ましい。
一方、Mgは、溶接時のアーク力を低下させる作用を有する。被覆剤中のMg含有量が4.5質量%を超えると、アークが不安定になり、ビード形状が不良になる。したがって、被覆剤中のMg含有量は、被覆剤全質量に対して4.5質量%以下とし、3.8質量%以下であることが好ましく、3.0質量%以下であることがより好ましい。
【0048】
(Mn:1.5質量%以上4.0質量%以下)
Mnは、溶接金属の強度を向上させる効果を有する成分である。被覆剤中のMn含有量が1.5質量%未満であると、所望の強度を得ることができない。したがって、被覆剤中のMn含有量は、被覆剤全質量に対して1.5質量%以上とし、2.0質量%以上であることが好ましく、2.2質量%以上であることがより好ましい。
一方、Mnは、特に、Niを含む偏析帯中に硬質な島状マルテンサイトを生成することで、焼き戻し脆化を助長し、低温靱性を低下させるうえに、高温割れの要因となる成分でもある。被覆剤中のMn含有量が4.0質量%を超えると、PWHT後の低温靱性が低下するのみでなく、高温割れへの懸念が高まる。したがって、被覆剤中のMn含有量は、被覆剤全質量に対して4.0質量%以下とし、3.5質量%以下であることが好ましく、3.0質量%以下であることがより好ましい。
なお、被覆剤中のMn源としては、MnO、MnO、MnO4、Mnの酸化物、Mnの硫化物、Mnの炭酸塩、金属Mn、フェロマンガン等の合金等が挙げられる。
【0049】
([Ni]/([Si]+[Mn])により算出される値:0.85以上1.45以下)
上述のとおり、Ni、Si及びMnの含有量から算出される本パラメータ値を適切に制御することにより、目的の強度を維持しつつ、上記(対策3)であるNi偏析帯における島状マルテンサイトの生成を抑制し、低温靱性が優れ、高温割れが抑制された溶接金属を得ることができる。
[Ni]/([Mn]+[Si])により得られる値が0.85未満であると、Ni偏析帯において島状マルテンサイトが生成されやすくなり、PWHT後の低温靱性が低下する。したがって、[Ni]/([Mn]+[Si])により算出される値は0.85以上とし、0.90以上であることが好ましく、0.95以上であることがより好ましく、1.00以上であることがさらに好ましい。
一方、[Ni]/([Mn]+[Si])により得られる値が1.45を超えると、Ni含有量が高くなることから、高温割れの懸念が高まる。したがって、[Ni]/([Mn]+[Si])により算出される値は1.45以下とし、1.30以下であることが好ましく、1.20以下であることがより好ましく、1.10以下であることがさらに好ましく、1.07以下であることが特に好ましい。
【0050】
なお、上記式中において、[Ni]は、被覆剤中のNi含有量を被覆剤全質量に対する質量%で表す値とし、[Mn]は、被覆剤中のMn含有量を被覆剤全質量に対する質量%で表す値とし、[Si]は、被覆剤中のSi含有量を被覆剤全質量に対する質量%で表す値とする。
【0051】
本実施形態に係る被覆アーク溶接棒は、被覆剤中に上記必須成分を所定の含有量の範囲内で含有させることにより、AWのみならず、幅広いPWHT条件においても、目的の強度を維持しつつ、低温靱性が優れ、高温割れが抑制された溶接金属を得ることができる。
本実施形態に係る被覆アーク溶接棒の被覆剤中には、CO源としての炭酸塩として、CaCO、BaCOが含有されていることが好ましい。CaCOの分解物であるCaO、及びBaCOの分解物であるBaOは、良好なスラグを形成し、優れたビード形状が得られるという効果を有するためである。CaO、BaOの好ましい含有量について、以下に説明する。
【0052】
(CaO:20質量%以上40質量%以下)
CaOはスラグ生成化合物であり、均一で被包性の良いスラグ形成を可能とし、スラグ剥離性の改善効果を有する。また、CaOは、被覆剤の絶縁性を確保する効果も有する。被覆剤中のCaO含有量が20質量%以上であると、十分なスラグが形成され、良好な形状のビードを得ることができる。したがって、被覆剤中のCaO含有量は、被覆剤全質量に対して20質量%以上であることが好ましく、25質量%以上であることがより好ましく、28質量%であることがさらに好ましい。
また、被覆剤中のCaO含有量が40質量%以下であると、溶融スラグの流動性を良好に保つことができるため、均一で被包性の良いスラグを形成することができ、良好なビード形状を得ることができる。また、アークが強くなることを抑制でき、スパッタの発生量を適正に調整することができる。したがって、被覆剤中のCaO含有量は、被覆剤全質量に対して40質量%以下であることが好ましく、38質量%以下であることがより好ましく、36質量%以下であることがさらに好ましい。
【0053】
被覆剤中のCaO源としては、CaO、溶接時に熱分解して被覆剤中にCaOを生成するCaの炭酸塩、Caの珪酸塩等が挙げられる。
なお、本明細書において、CaO含有量とは、被覆剤中に含まれる全てのCaをCaOに換算した値である。
【0054】
(BaO:2質量%以上6質量%以下)
BaOは主なスラグ生成化合物であり、スラグの塩基度を調整する役割を有する。被覆剤中のBaO含有量が2質量%以上であると、溶接金属中の酸素量が高くなることを防止することができ、低温靱性の劣化を抑制することができる。したがって、被覆剤中のBaO含有量は、被覆剤全質量に対して2質量%以上であることが好ましく、3質量%以上であることがより好ましい。
また、被覆剤中のBaO含有量が6質量%以下であると、溶融スラグの流動性を良好に保つことができ、良好なビードを形成することができる。したがって、被覆剤中のBaO含有量は、被覆剤全質量に対して6質量%以下であることが好ましく、5質量%以下であることがより好ましい。
【0055】
被覆剤中のBaO源としては、BaO、溶接時に熱分解して被覆剤中にBaOを生成するBaの炭酸塩、Baの珪酸塩等が挙げられる。
なお、本明細書において、BaO含有量とは、被覆剤中に含まれる全てのBaをBaOに換算した値である。
【0056】
本実施形態に係る被覆アーク溶接棒においては、さらに、アーク安定性、溶接金属の機械的性質、ビード形状等を向上させるために、被覆剤中にNa、K及びLi、Ti、Al並びにZrを以下に示す範囲で含有させてもよい。また、被覆剤中にNb及びVが含有される場合に、これらの含有量は以下に示す範囲で規制することが好ましい。本実施形態に係る被覆アーク溶接棒の被覆剤に含有され得る各成分の含有量及びその限定理由について、さらに説明する。
【0057】
(Na、K及びLiの合計量:0.3質量%以上4.0質量%以下)
Na、K及びLiは、アークを安定化させる効果を有する成分である。
被覆剤中のNa、K及びLiの合計量が0.3質量%以上、4.0質量%以下であると、アークの安定化効果を十分に得ることができる。したがって、被覆剤中のNa、K及びLiの合計量は、被覆剤全質量に対して0.3質量%以上であることが好ましく、0.8質量%以上であることがより好ましく、1.5質量%以上であることがさらに好ましい。また、被覆剤中のNa、K及びLiの合計量は、被覆剤全質量に対して4.0質量%以下であることが好ましく、3.5質量%以下であることがより好ましく、3.0質量%以下であることがさらに好ましい。
なお、被覆剤中のNa、K及びLiは、NaO、KO、LiO等の酸化物、金属Na、金属K、金属Li、Na合金、K合金、Li合金、水ガラス等の固着剤等に含有されている。
【0058】
(Ti:0.5質量%以上4.0質量%以下)
金属Tiや、合金中に含まれるTiは、脱酸元素であり、溶接金属の強度を向上させる効果を有する元素である。また、脱酸剤として作用した後、酸化物として溶接金属中に介在し、この酸化物は結晶粒を微細化する効果を有する。TiO等の酸化物は、スラグ形成剤として作用し、スラグの流動性を向上させる効果を有する。
被覆剤中のTi含有量が、0.5質量%以上、4.0質量%以下であると、脱酸効果、結晶粒の微細化効果及びスラグの流動性を向上させる効果を十分に得ることができる。したがって、被覆剤中のTi含有量は、被覆剤全質量に対して0.5質量%以上であることが好ましく、1.0質量%以上であることがより好ましく、1.3質量%以上であることがさらに好ましい。また、被覆剤中のTi含有量は、被覆剤全質量に対して4.0質量%以下であることが好ましく、3.0質量%以下であることがより好ましく、2.5質量%以下であることがさらに好ましい。
なお、被覆剤中のTi源としては、金属Ti、フェロチタン等の合金、TiO等の化合物を挙げることができる。
【0059】
(Al:1.5質量%以下)
金属Alや、合金中に含まれるAlは、脱酸元素として作用する。Al等のAl酸化物は、スラグ形成剤として作用する。また、被覆剤中にAl等が含有されると、溶融スラグの粘性を高め、流動性を改良し、ビード外観及びビード形状を良好にすることができる。本実施形態においては、ビード外観及びビード形状を向上させるために、必要に応じて被覆剤中にAlを含有させてもよく、被覆剤中のAl含有量は、被覆剤全質量に対して0.02質量%以上であることが好ましい。
一方、被覆剤中のAl含有量が、被覆剤全質量に対して1.5質量%以下であると、溶融スラグの粘性を適正に調整し、流動性を制御して、ビード外観及びビード形状を良好に保つことができる。したがって、被覆剤中のAl含有量は、被覆剤全質量に対して1.5質量%以下であることが好ましく、1.0質量%以下であることがより好ましく、0.7質量%以下であることがさらに好ましい。
なお、被覆剤中のAl源としては、AlO3等のAlの酸化物、金属Al、アルミマグネシウム等の合金等が挙げられる。
【0060】
(Zr:0.8質量%以下)
金属Zrや、合金中に含まれるZrは、脱酸元素として作用する。ZrOなどのZr酸化物は、スラグ形成剤として作用する。また、被覆剤中にZrOが含有されると、ビードのなじみを向上させ、フラットなビードを形成する効果を得ることができる。本実施形態においては、ビードのなじみ性、ビード形状を向上させるために、必要に応じて被覆剤中にZrを含有させてもよく、被覆剤中のZr含有量は、被覆剤全質量に対して0.01質量%以上であることが好ましい。
一方、被覆剤中のZr含有量が0.8質量%以下であると、良好なスラグ剥離性を維持しつつ、ビードのなじみを向上させ、フラットなビード形状を得ることができる。したがって、被覆剤中のZr含有量は、被覆材全質量に対して0.8質量%以下であることが好ましく、0.6質量%以下であることがより好ましく、0.3質量%以下であることがさらに好ましい。
なお、被覆剤中のZr源としては、金属Zr、合金中に含まれるZr、ZrO等のZr酸化物が挙げられる。
【0061】
(Nb:0.03質量%以下)
Nbは、溶接金属の強度を向上させる効果を有する成分であるが、PWHTによって炭化物を析出させることにより、低温靱性を低下させる成分でもあるため、本実施形態においては、被覆剤中のNb含有量の所定の値以下に規制することが好ましく、0質量%であってもよい。被覆材中のNb含有量が0.03質量%以下であると、PWHT後の低温靱性の低下を抑制することができる。したがって、被覆剤中のNb含有量は、被覆材全質量に対して0.03質量%以下であることが好ましい。
【0062】
(V:0.03質量%以下)
Vは、溶接金属の強度を向上させる効果を有する成分であるが、炭化物の析出及び成長を助長し、低温靱性を低下させる成分でもあるため、本実施形態においては、被覆剤中のV含有量を所定の値以下に規制することが好ましく、0質量%であってもよい。被覆剤中のV含有量が0.03質量%以下であると、PWHT後の低温靱性の低下を抑制することができる。したがって、被覆剤中のV含有量は、被覆剤全質量に対して0.03質量%以下であることが好ましい。
【0063】
(B:0.10質量%以下)
Bは、旧オーステナイト粒界に偏析し、初析フェライトを抑制することにより、溶接金属の靱性を向上させる効果を有する成分であるが、高温割れやSR割れを発生させるおそれがある成分でもある。本実施形態において、被覆剤中のB含有量の下限は特に規定せず、0質量%であってもよい。
被覆剤中のB含有量が0.10質量%以下であると、溶接金属において、高温割れやSR割れの発生を抑制することができる。したがって、被覆剤中のB含有量は、被覆剤全質量に対して0.10質量%以下であることが好ましい。
【0064】
(Cu:0.6質量%以下)
Cuは、強度を維持しつつ、溶接金属の組織を微細化し、低温靱性を向上させる効果を有する成分であるが、被覆剤中のCu含有量によっては、析出物の生成を助長し、低温靱性を低下させることがある。本実施形態においては、必要に応じて被覆剤中にCuを含有させてもよいが、被覆剤中のCu含有量の下限は特に規定せず、0質量%であってもよい。
Cu含有量が0.6質量%以下であると、析出物の生成を助長することはなく、低温靱性の低下を抑制することができる。したがって、被覆剤中のCu含有量は、被覆剤全質量に対して0.6質量%以下であることが好ましい。
【0065】
(残部)
本実施形態において、被覆剤に含有され得る他の成分として、Cが挙げられる。被覆剤中のC含有量が0.30質量%以下であると、炭化物の生成を抑制することができる。したがって、被覆剤中のC含有量は、被覆剤全質量に対して0.30質量%以下とすることが好ましい。
【0066】
なお、本実施形態に係る被覆アーク溶接において、被覆剤中に含有される必須成分であるCO、F、Si、Ni、Fe、Mo、Cr、Mg及びMn含有量の合計は、被覆剤全質量に対して40質量%以上であることが好ましく、45質量%以上であることがより好ましく、50質量%以上であることがさらに好ましい。
また、CaO及びBaOを更に含む場合に、これらの含有量の合計は、被覆剤全質量に対して85質量%以上であることが好ましく、87質量%以上であることがより好ましく、90質量%以上であることがさらに好ましい。
被覆剤がさらに、Na、K及びLiの少なくとも1種、並びにTiを含み、Al及びZrを含む場合、含まない場合にかかわらず、これらの含有量の合計は、被覆剤全質量に対して90質量%以上であることが好ましく、93質量%以上であることがより好ましく、95質量%以上であることがさらに好ましい。
【0067】
(不純物)
被覆剤に含まれ得る上記以外の元素として、P、S、Sn、Sb、As、Pb、N等の不可避的不純物が挙げられる。耐高温割れ性等の溶接品質を確保する観点から、被覆剤全質量に対するP、S、Sn、Sb、As、Pb及びNの不可避的の含有量は、それぞれ0.5質量%以下に規制することが好ましい。また、被覆剤全質量に対する不純物の合計値は、3質量%以下に規制することが好ましい。
【0068】
<1-3.心線>
次に、本実施形態に係る被覆アーク溶接棒の心線に含まれる成分及び好ましい含有量について、以下に説明する。
本実施形態において、心線としては、例えばFeを主成分とする鉄系心線もしくは鋼心線を好適に使用することができる。鋼心線としては、軟鋼、高張力鋼および低合金鋼からなる鋼心線を好適に使用することができる。
【0069】
なお、本実施形態において、心線におけるその他の成分については特に限定されないが、Feの他に、C、Si、Mn、P、S、N、Cu等が含有されることがある。心線の全質量に対して、心線中のC含有量は0.13質量%以下、Si含有量は0.3質量%以下(0質量%を含む)、Mn含有量は0.2質量%以上1.0質量%以下、P含有量は0.040質量%以下(0質量%を含む)、S含有量は0.035質量%以下(0質量%を含む)、Cu含有量は0.2質量%以下(0質量%を含む)とすることが好ましい。
また、心線中にはさらに、Nb、V、Cr、Ni、Mo、Ti、Al、Bが含有されることがある。これらの成分のうち、Nb及びVの含有量は、それぞれ0.02質量%以下とすることが好ましい。また、Cr、Ni、Mo、Ti及びAlの含有量は、合計で4.0質量%以下とすることが好ましい。さらに、B含有量は、0.02質量%以下とすることが好ましい。
【0070】
本実施形態において、心線の外径は特に限定されないが、例えば、2.6mm以上5.0mm以下であることが好ましい。
【0071】
[2.被覆アーク溶接棒の製造方法]
本実施形態に係る被覆アーク溶接棒は、被覆剤が上記成分組成となるように被覆剤の原材料を配合し、所定の固着剤と共に混錬したものを、被覆剤の質量が被覆アーク溶接棒全質量に対して25質量%以上40質量%以下の範囲となるようにして、所定の心線の表面に塗装し、450℃から550℃で1時間程度焼成させることにより製造することができる。
なお、本実施形態に係る被覆アーク溶接棒を製造する場合に、心線の種類、固着剤の種類、被覆剤の形成方法等は特に限定されず、被覆アーク溶接棒を製造する場合の通常の仕様や条件を用いることができる。
【0072】
[3.溶接金属]
本実施形態に係る溶接金属は、上記[1.被覆アーク溶接棒]で説明した本実施形態に係る被覆アーク溶接棒を用いて、被覆アーク溶接することにより得られるものである。
なお、本実施形態に係る溶接金属において、本実施形態に係る被覆アーク溶接棒を用いること以外の条件については特に限定されず、母材の種類については、要求される特性に応じて適宜選択することができる。
【0073】
[4.被覆アーク溶接方法]
本実施形態に係る被覆アーク溶接方法は、上記[1.被覆アーク溶接棒]で説明した本実施形態に係る被覆アーク溶接棒を用いて溶接する方法である。
なお、本実施形態に係る被覆アーク溶接方法において、本実施形態に係る被覆アーク溶接棒を用いること以外の各種溶接条件については特に限定されず、母材の種類、溶接電圧、溶接電流、溶接姿勢等について、被覆アーク溶接棒を用いた溶接方法における一般的な条件を用いることができる。
【0074】
[5.溶接継手の製造方法]
本実施形態に係る溶接継手の製造方法は、高張力鋼を溶接母材とし、上記[1.被覆アーク溶接棒]で説明した本実施形態に係る被覆アーク溶接棒を用いて被覆アーク溶接により溶接継手を製造する方法である。
なお、溶接継手の製造方法において、高張力鋼を溶接母材とすることと、本実施形態に係る被覆アーク溶接棒を用いて被覆アーク溶接すること以外の溶接条件については特に限定されず、溶接電圧、溶接電流、溶接姿勢等について、被覆アーク溶接棒を用いた溶接方法における一般的な条件を用いることができる。
また、母材として使用することができる高張力鋼は問わないが、720MPa級以上であることが好ましく、例えばEN 10028-6:2017のP690Q、P690QH、P690QL1及びP690QL2、日本海事協会(NK)で規定されているKD620、KD690、KE620、及びKE690、並びにDNVで規定されているVL690等が挙げられる。
【実施例0075】
以下、本実施形態に係る被覆アーク溶接棒の発明例及び比較例について説明する。
【0076】
[被覆アーク溶接]
(被覆アーク溶接棒の作製)
溶接棒塗装機を用いて、直径が4.0mmである鋼心線の表面を、種々の成分組成の被覆剤で被覆した後、450~550℃で約1時間焼成し、発明例及び比較例の各被覆アーク溶接棒を作製した。被覆率は、被覆アーク溶接棒全質量に対して、25質量%以上40質量%以下の範囲となるようにした。
【0077】
(被覆アーク溶接)
次に、得られた被覆アーク溶接棒を使用して、下記表1に示す溶接条件により、下記表2に示す板厚及び化学成分を有する鋼板に対して被覆アーク溶接を実施し、溶接継手を製造した。
【0078】
[機械的性質の評価]
(試験片の作製)
溶着金属の機械的性質は、JIS Z 3111:2005に規定される「溶着金属の引張及び衝撃試験方法」に準拠し、溶着金属の板厚方向中央部から引張試験片(A2号)及び衝撃試験片(Vノッチ試験片)を採取して、引張性能及び衝撃性能を評価した。幅広いPWHT条件を検討するにあたり、種々の保持温度,保持時間でPWHT(溶接後熱処理)を行ったときの機械的性質の変化は、ラーソン・ミラー・パラメータ(Larson-Miller parameter,以下、LMPと略す。)で整理する方法が多く用いられている。本実施例では、LMPが低いPWHT条件を580℃の温度で2時間、LMPが高い条件を、620℃の温度で8時間とし、評価を行った。
【0079】
(引張試験)
引張試験は、As-weldedの試験片、580℃の温度で2時間及び620℃の温度で8時間のPWHTを施した試験片に対して、試験温度を室温(約20±2℃)として実施し、降伏応力及び引張強さを測定することにより、引張性能を評価した。
なお、本発明例では、As-weldedでの引張強さ(TS)が780MPa以上である場合に、強度が良好であると判断し、580℃の温度で2時間及び620℃の温度で8時間のPWHT後の各々において、引張強さ(TS)が750MPa以上である場合に、強度が良好であると判断した。
【0080】
(衝撃試験)
衝撃試験は、As-weldedの試験片、580℃の温度で2時間及び620℃の温度で8時間のPWHTを施した試験片に対して実施した。試験温度は-40℃、-60℃とし、それぞれの試験温度で3回ずつシャルピー吸収エネルギー(vE-40℃、vE-60℃)を測定し、3つのシャルピー吸収エネルギーのうち最小値を用いて靱性を評価した。なお、本発明例では、As-welded及びPWHT後の-40℃及び-60℃における吸収エネルギーの最小値がそれぞれ100J以上、80J以上である場合に、靱性が良好であると判断した。
そして、As-welded及びPWHT後の強度及び靱性がいずれも良好であったものを合格とし、それ以外のものを不合格とした。
【0081】
心線の化学成分を下記表3に示し、被覆剤の化学成分を下記表4及び5に示す。また、機械的性質の評価結果を下記表6に示す。なお、下記表3に示す心線の成分の残部は、Fe及び不純物である。また、下記表4及び5に示す被覆剤の成分の残部は、不純物である。
また、下記表4において、[Ni]は、被覆剤中のNi含有量を被覆剤全質量に対する質量%で表した値であり、[Mn]は、被覆剤中のMn含有量を被覆剤全質量に対する質量%で表した値であり、[Si]は、被覆剤中のSi含有量を被覆剤全質量に対する質量%で表した値である。
【0082】
さらに、下記表5中の含有量の記載において、「-」と記載されているものは定量限界値以下であったことを示す。さらにまた、580℃の温度で2時間のPWHTを施した場合の機械的性質の評価をしなかったものには、表6において、評価結果欄に「-」と表した。
【0083】
【表1】
【0084】
【表2】
【0085】
【表3】
【0086】
【表4】
【0087】
【表5】
【0088】
【表6】
【0089】
上記表4~表6に示すように、被覆剤中の各成分の含有量が本発明で規定する範囲内であった発明例No.1~7は、As-weldedの引張強さ(TS)が目的とする780MPa以上となり、かつ、異なる2種類のPWHT後の引張強さ(TS)が、目的とする750MPa以上となり、優れた強度を有する溶接金属を得ることができた。また、-40℃における吸収エネルギーが100J以上であるとともに、-60℃における吸収エネルギーが80J以上であり、優れた低温靱性を得ることができた。このことから、As-weldedのみならず、幅広いPWHT条件においても、目的の強度を維持しつつ、低温靱性が優れ、高温割れの発生が抑制された溶接金属を得ることができた。
また、発明例No.1~7は、As-weldedのみならず、幅広いPWHT条件において、目的の強度を維持しつつ、低温靱性が優れ、高温割れの発生が抑制された溶接部を有する溶接継手を製造することができた。
【0090】
一方、比較例No.1は、被覆剤中のCr含有量が本発明で規定する範囲の下限値未満であったため、As-welded及び長時間PWHT後の引張強さが低下し、短時間PWHT後の-60℃における靱性も低下した。比較例No.2及び5は、式[Ni]/([Mn]+[Si])により得られる値が本発明で規定する範囲の下限値未満であったため、短時間PWHT後及び長時間PWHT後の低温靱性が低下した。比較例No.3は、被覆剤中のMo含有量が本発明で規定する範囲における上限値を超えており、また、式[Ni]/([Mn]+[Si])により得られる値が本発明で規定する範囲の下限値未満であったため、As-welded、短時間PWHT後及び長時間PWHT後の低温靱性が低下した。
【0091】
比較例No.4は、被覆剤中のMo含有量が本発明で規定する範囲の上限値を超え、被覆剤中のCr含有量が本発明で規定する範囲の下限値未満であったため、強度は低下しなかったが、式[Ni]/([Mn]+[Si])により得られる値が本発明で規定する範囲の下限値未満であったため、短時間PWHT後及び長時間PWHT後の低温靱性が低下した。
比較例No.6~9は、被覆剤中のNi含有量が本発明で規定する範囲の下限値未満であり、式[Ni]/([Mn]+[Si])により得られる値が本発明で規定する範囲の下限値未満であったため、As-weldedの強度、-60℃における靱性及び-40℃における靱性、並びに、長時間PWHT後の強度、-60℃における靱性及び-40℃における靱性の少なくとも1つが低下した。
【0092】
比較例No.10は、式[Ni]/([Mn]+[Si])により得られる値が本発明で規定する範囲の上限値を超えていたため、高温割れが発生する懸念が高まった。また、比較例No.11は、被覆剤中のNi含有量、及び式[Ni]/([Mn]+[Si])により得られる値が、いずれも本発明で規定する範囲の上限値を超えていたため、比較例No.10と同様に、高温割れが発生する懸念が高まった。