(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023081752
(43)【公開日】2023-06-13
(54)【発明の名称】ジアセチルの測定法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/78 20060101AFI20230606BHJP
G01N 31/00 20060101ALI20230606BHJP
G01N 33/14 20060101ALN20230606BHJP
【FI】
G01N21/78 Z
G01N31/00 V
G01N33/14
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021195721
(22)【出願日】2021-12-01
(71)【出願人】
【識別番号】000170473
【氏名又は名称】オエノンホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】北澤 賢
【テーマコード(参考)】
2G042
2G054
【Fターム(参考)】
2G042AA01
2G042BA03
2G042BA04
2G042BA07
2G042BD09
2G042CB03
2G042DA08
2G042FA02
2G042FA20
2G042FB02
2G054AA02
2G054AA03
2G054AA04
2G054AB07
2G054BA02
2G054BB08
2G054BB10
2G054BB20
2G054CA20
2G054CA30
2G054CB02
2G054CB03
2G054CB10
2G054CD01
2G054CE02
2G054EA04
2G054EB01
2G054EB03
2G054FA12
2G054FA32
2G054FA33
2G054FA46
2G054GA03
2G054GB01
2G054JA01
2G054JA06
2G054JA07
2G054JA10
2G054JA11
(57)【要約】
【課題】発酵飲食品等に含まれるジアセチルをアセトインと区別して簡便に測定できる方法を提供すること。
【解決手段】試料に水酸化アルカリ水溶液、α-ナフトール及びクレアチンを添加して吸光度を測定する試料中のジアセチル濃度の測定方法であって、ジアセチルの吸光度がプラトーに達している時間帯とアセトインの吸光度が直線的に変化している時間帯とが重なっている時間帯における反応時間2点における吸光度を測定し、それらの吸光度から次の式(1)~(4)により、ジアセチルの濃度を算出することを特徴とするジアセチル濃度の測定方法。
関係式(1);A1=DA+AC+H
関係式(2);AC/T1=(A2-A1)/(T2-T1)
計算式(3);DA=[(T2×A1-T1×A2)/(T2-T1)]-H
検量線の比例関係式(4);[ジアセチルの濃度]=k×DA
(式中、A1は時間T1における吸光度、A2は時間T2における吸光度、DAはジアセチルの吸光度、ACはアセトインの吸光度、Hは測定対象とする試料に含まれる夾雑物質に帰属する発色吸光度であって、当該試料の発色反応開始直後(0分)と1分経過の吸光度の平均値、kはジアセチルの濃度と吸光度の検量線における比例係数を示す。)
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に水酸化アルカリ水溶液、α-ナフトール及びクレアチンを添加して吸光度を測定する試料中のジアセチル濃度の測定方法であって、ジアセチルの吸光度がプラトーに達している時間帯とアセトインの吸光度が直線的変化している時間帯とが重なっている時間帯における反応時間2点における吸光度を測定し、それらの吸光度から次の式(1)~(4)により、ジアセチルの濃度を算出することを特徴とするジアセチル濃度の測定方法。
関係式(1);A1=DA+AC+H
関係式(2);AC/T1=(A2-A1)/(T2-T1)
計算式(3);DA=[(T2×A1-T1×A2)/(T2-T1)]-H
検量線の比例関係式(4);[ジアセチルの濃度]=k×DA
(式中、A1は時間T1における吸光度、A2は時間T2における吸光度、DAはジアセチルの吸光度、ACはアセトインの吸光度、Hは測定対象とする試料に含まれる夾雑物質に帰属する発色吸光度であって、当該試料の発色反応開始直後(0分)と1分経過の吸光度の平均値、kはジアセチルの濃度と吸光度の検量線における比例係数を示す。)
【請求項2】
α―ナフトール及びクレアチンが非晶質状態の乾燥粉末である請求項1記載のジアセチル濃度の測定方法。
【請求項3】
水酸化アルカリ水溶液の反応液内の規定度が0.25~0.50Nである請求項1又は2記載のジアセチル濃度の測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は発酵飲食品等に含まれるジアセチルの測定法に関する。
【背景技術】
【0002】
発酵飲食品中には、その発酵に関わる酵母や乳酸菌のような微生物によって生成されるジアセチルが含まれている。ジアセチルは特徴的な香りであり、発酵乳製品などでは良い香りとして評価されるが、アルコール発酵のような乳酸発酵以外の発酵により製造される酒類や食酢などの飲食品では悪い香りとされる場合が多い(非特許文献1)。そのジアセチルの含有量を把握することは、それぞれの発酵飲食品の品質を管理する上で重要であるが、発酵飲食品に含まれるジアセチルの含有量は、多くの場合、数十~数百ppbという低い濃度であることから、精度の高い測定値を得るためには、GCMSのような微量成分でも測定できる装置を使用するのが一般的である。しかし、GCMS装置は高価であることから、それに代わる安価で測定できる方法がこれまでに種々検討されてきている(非特許文献1)。
【0003】
その安価な測定方法のひとつとして、フォゲス-プロスカウェル反応(以下VP反応という)を利用した発色反応による比色測定法が知られている(非特許文献2)。この測定方法は、アセトインを比色定量するために検討されたものであるが、アセトインを酸化してジアセチルに変換し、そのジアセチルと発色試薬が反応して発色するというものである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】ジアセチル、発酵飲食品製造のキーテクノロジー、5~24頁、幸書房、2001年4月20日初版発行
【非特許文献2】J.Biol.Chem.1945,161:495-502
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このVP反応を利用した比色測定法においては、ジアセチルとアセトインが共に含まれている発酵飲食品では、ジアセチルとアセトインの区別なく共に発色してしまい、発酵飲食品中に元々含まれていたジアセチルの測定を妨害してしまうという課題があった。
また、多くの発酵飲食品に含まれるジアセチルは、数十~数百ppbという低い濃度であり、従来から知られている前記VP反応を利用した比色測定法では、発色度合いが低く、十分な測定感度が得られないという課題もあった。
従って、本発明の課題は、発酵飲食品等に含まれるジアセチルをアセトインと区別して簡便に測定できる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで本発明者は、水酸化アルカリ水溶液、α―ナフトール及びクレアチンを用いるVP反応を利用した比色測定法において、様々な反応条件におけるジアセチルとアセトインの経時的な発色推移について調べた。その結果、ジアセチルは、反応開始後の早い時間で発色吸光度がプラトーに達し、その発色吸光度の数値はその後維持されることを見出した。この特性は、ジアセチルの濃度に影響されることなく再現され、その発色のプラトーに達するまでの時間は、反応温度30℃では9分、35℃では7分、40℃では5分というように、反応温度を上げるとそれに伴って発色のプラトーに達するまでの時間は短くなり、反応温度を30℃より低くするとプラトーに達するまでの時間は徐々に長くなって、反応温度25℃では15分後にプラトーに達し、20℃では20分後でもプラトーに達しないことが明らかとなった。
【0007】
一方、アセトインの発色吸光度は、反応時間の経過と共に直線的に上昇し、反応時間と発色吸光度とが正比例の関係となる、原点を通過する直線として近似することができることを見出した。この直線性が示される反応時間帯は、アセトインの濃度が高くなるに連れて短くなり、反応温度が40℃の場合、アセトイン2ppmでは約15分まで、4ppmでは約10分まで、8ppmでは約5分までの反応時間帯であり、反応温度が30℃の場合、アセトイン2ppmでは約25分まで、4ppmでは約20分まで、8ppmでは約15分までの反応時間帯であった。このように反応温度を低くすると、アセトインの発色吸光度と反応時間との直線性が示される反応時間帯は長くなることも見出した。
このように明らかにしたジアセチルとアセトインのVP反応における発色特性を利用し、ジアセチルの吸光度がプラトーに達している時間帯とアセトインの吸光度が直線的に変化している時間帯とが重なっている時間帯における反応時間2点における吸光度を測定し、それらの吸光度から後述の式(1)~(4)により、ジアセチルの濃度を算出できることを見出し、ジアセチルとアセトインが混在するサンプルにおいてもジアセチルの濃度を正確に測定できることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は次の発明[1]~[3]を提供するものである。
[1]試料に水酸化アルカリ水溶液、α-ナフトール及びクレアチンを添加して吸光度を測定する試料中のジアセチル濃度の測定方法であって、ジアセチルの吸光度がプラトーに達している時間帯とアセトインの吸光度が直線的に変化している時間帯とが重なっている時間帯における反応時間2点における吸光度を測定し、それらの吸光度から次の式(1)~(4)により、ジアセチルの濃度を算出することを特徴とするジアセチル濃度の測定方法。
関係式(1);A1=DA+AC+H
関係式(2);AC/T1=(A2-A1)/(T2-T1)
計算式(3);DA=[(T2×A1-T1×A2)/(T2-T1)]-H
検量線の比例関係式(4);[ジアセチルの濃度]=k×DA
(式中、A1は時間T1における吸光度、A2は時間T2における吸光度、DAはジアセチルの吸光度、ACはアセトインの吸光度、Hは測定対象とする試料に含まれる夾雑物質に帰属する発色吸光度であって、当該試料の発色反応開始直後(0分)と1分経過の吸光度の平均値、kはジアセチルの濃度と吸光度の検量線における比例係数を示す。)
[2]α―ナフトール及びクレアチンが非晶質状態の乾燥粉末である[1]記載のジアセチル濃度の測定方法。
[3]水酸化アルカリ水溶液の反応液内の規定度が0.25~0.50Nである[1]又は[2]記載のジアセチル濃度の測定方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明方法によれば、ジアセチルとアセトインが混在する試料においてもジアセチルの濃度を正確に測定できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】反応温20℃におけるジアセチルの吸光度の経時変化を示す。
【
図2】反応温25℃におけるジアセチルの吸光度の経時変化を示す。
【
図3】反応温30℃におけるジアセチルの吸光度の経時変化を示す。
【
図4】反応温35℃におけるジアセチルの吸光度の経時変化を示す。
【
図5】反応温40℃におけるジアセチルの吸光度の経時変化を示す。
【
図6】反応温20℃におけるアセトインの吸光度の経時変化を示す。
【
図7】反応温30℃におけるアセトインの吸光度の経時変化を示す。
【
図8】反応温40℃におけるアセトインの吸光度の経時変化を示す。
【
図9】添加した水酸化ナトリウム溶液の規定度と吸光度との関係を示す。
【
図10】清酒と清酒モデルサンプルの吸光度の経時変化を示す。
【
図11】ジアセチルとアセトインによる吸光度と反応時間との関係を示す。
【
図13】もろみの15℃及び30℃における貯蔵日数とジアセチル生成量との関係を示す。
【
図15】もろみの加熱処理温度とジアセチル生成量との関係を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、試料に水酸化アルカリ水溶液、α-ナフトール及びクレアチンを添加して吸光度を測定する試料中のジアセチル濃度の測定方法である。
【0012】
本発明の測定対象である試料は、ジアセチルを含む可能性のある試料であり、発酵飲食品及びその製造中間物が挙げられる。具体的には、発酵乳製品(ヨーグルト、発酵乳飲料等)、酒類、及びそれらの製造中間物が挙げられる。
本発明において、酒類とは、アルコール分0.01%以上の飲料をいう。本発明における酒類は、発泡性酒類、醸造酒類、蒸留酒類、混成酒類、しょう油の5種類を含む。発酵飲食品の製造中間物としては、酒類の製造中間物、特に醪に適用するのが好ましい。醪とは、酒類の原料となる物品に発酵させる手段を講じたもの(酒類の製造の用に供することができるものに限る。)で、こし又は蒸留する前のもの(こさない又は蒸留しない酒類に係るものについては、主発酵が終わる前のもの)をいう。
【0013】
本発明方法に用いられる水酸化アルカリ水溶液としては、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液が挙げられるが、水酸化ナトリウム水溶液が好ましい。水酸化アルカリ水溶液の濃度は、反応液内の規定度として0.2~2Nになるようにするのが好ましいが、本発明方法においてはジアセチルの発色強度を高くする観点から、反応液内の規定度として0.25~1Nがより好ましく、0.25~0.5Nがさらに好ましい。
【0014】
α-ナフトール及びクレアチンは、ジアセチルと反応して赤色色素を生成させる成分である。従って、試料中にジアセチルが存在すれば、赤色色素が生成するので、試料の吸光度を測定すれば、試料中のジアセチル濃度が定量できる。測定する吸光度は、530nm付近の吸光度である。
α-ナフトール及びクレアチンは、結晶であると溶解に時間がかかるので、非晶質状態の乾燥粉末を用いるのが好ましい。特に、α-ナフトール及びクレアチンを含有する溶液を凍結乾燥して非晶質状態の乾燥粉末としたものを用いるのが好ましい。
【0015】
試料、水酸化アルカリ水溶液、α―ナフトール及びクレアチンの反応は、これらの成分が同時に反応する条件とするのが好ましく、例えば、非晶質状態のα―ナフトール及びクレアチンの粉末に、水酸化アルカリ水溶液を添加して溶解させ、次いで試料を添加して反応させるのが好ましい。ここで、非晶質状態のα―ナフトール及びクレアチンの粉末は、予め作成して、キットとしておくのが好ましい。反応は、20~40℃で行うのが好ましい。
【0016】
本発明者は、前記の反応において、ジアセチルは、反応開始後の早い時間で発色吸光度がプラトーに達し、その発色吸光度の数値はその後維持されることを見出した。この特性は、ジアセチルの濃度に影響されることなく再現され、その発色のプラトーに達するまでの時間は、反応温度30℃では9分、35℃では7分、40℃では5分というように、反応温度を上げるとそれに伴って発色のプラトーに達するまでの時間は短くなり、反応温度を30℃より低くするとプラトーに達するまでの時間は徐々に長くなって、反応温度25℃では15分後にプラトーに達し、20℃では20分後でもプラトーに達しないことが明らかとなった。
一方、アセトインの発色吸光度は、反応時間の経過と共に直線的に上昇し、反応時間と発色吸光度とが正比例の関係となる、原点を通過する直線として近似することができることを見出した。この直線性が示される反応時間帯は、アセトインの濃度が高くなるに連れて短くなり、反応温度が40℃の場合、アセトイン2ppmでは約15分まで、4ppmでは約10分まで、8ppmでは約5分までの反応時間帯であり、反応温度が30℃の場合、アセトイン2ppmでは約25分まで、4ppmでは約20分まで、8ppmでは約15分までの反応時間帯であった。このように反応温度を低くすると、アセトインの発色吸光度と反応時間との直線性が示される反応時間帯は長くなることも見出した。
【0017】
従って、本発明の測定方法によるジアセチルの濃度測定は、ジアセチルの発色吸光度がプラトーに達し、それが維持されている反応の時間帯と、アセトインの発色吸光度が発色反応開始から直線的に上昇し、反応時間と発色の吸光度とが正比例の関係となる、原点を通過する直線として近似することができる反応の時間帯とが重なる時間帯の中で実施すればよい。これを満たす反応時間帯の中で、離れた時間2点(時間の早い順に、それぞれの時間がT1、T2)での吸光度(時間の早い順に、それぞれの吸光度がA1、A2)をそれぞれ測定して、その吸光度の値から反応時間T1でのジアセチルに帰属する発色吸光度をDA、アセトインに帰属する発色吸光度をACとしたときに成立する、下記の関係式(1)と(2)から導き出される計算式(3)にてジアセチルの発色吸光度(DA)を算出する。このDAの値を、ジアセチルの標準品を反応時間T1で発色させて作成したジアセチルの検量線の吸光度(Y)とジアセチルの濃度(X)との比例関係式(4)のYに入れて、ジアセチルの濃度が算出される。
もちろん、ジアセチルの発色度合いがプラトーに達して、かつ維持されている時間帯であれば、ジアセチルの吸光度はどの反応時間であっても同じ値となるので、ジアセチルの検量線の比例関係式も同じとなるため、吸光度(DA)とジアセチルの濃度との比例関係式を求めるための反応時間はT1に限ることはなく、ジアセチルの発色度合いがプラトーに達して、かつ維持されている時間帯であれば、どの反応時間で求めてもよい。つまり、ジアセチルとアセトインが含まれるサンプルにおいては、上記を満たす発色反応の時間帯では、そのサンプルの発色吸光度は直線的に推移するため、その時間帯を確認して、その間に含まれるどこか2点の時間での吸光度を測定すればよい。
なお、測定対象となるサンプルをVP反応で発色させて得られる吸光度は、ジアセチルとアセトインによる発色に帰属する吸光度以外に、サンプルに含まれる夾雑物質による発色に帰属する吸光度も合算されたものとなる。したがって、関係式(1)~(2)と計算式(3)には、この夾雑物質に帰属する発色吸光度(H)が含まれている。この夾雑物質に帰属する吸光度(H)は、サンプルに固有の値を有しているため、サンプル毎に値を求める必要がある。測定対象とするサンプルをVP反応で発色させて、発色反応開始直後(0分)と1分経過の吸光度を測定し、その平均値をHの値として用いることができる。
【0018】
関係式(1);A1=DA+AC+H
関係式(2);AC/T1=(A2-A1)/(T2-T1)
計算式(3);DA=[(T2×A1-T1×A2)/(T2-T1)]-H
検量線の比例関係式(4);[ジアセチルの濃度]=k×DA
(式中、A1は時間T1における吸光度、A2は時間T2における吸光度、DAはジアセチルの吸光度、ACはアセトインの吸光度、Hは測定対象とする試料に含まれる夾雑物質に帰属する発色吸光度であって、当該試料の発色反応開始直後(0分)と1分経過の吸光度の平均値、kはジアセチルの濃度と吸光度の検量線における比例係数を示す。)
【0019】
本発明方法によれば、ジアセチルとアセトインが混在する試料においてもジアセチルの濃度を正確に測定できる。従って、ジアセチルを含む可能性のある種々の発酵飲食品及びその製造中間物、特に酒類及びその製造中間物、さらに醪(もろみ)中のジアセチル濃度の測定に有用である。
発酵飲食品である清酒、ビール、ワインなどの酒類製造においては、醸造中の液を指す「もろみ」に含まれるジアセチルの濃度よりも、「もろみ」を上槽又はろ過して酵母を除いた後の貯蔵工程でジアセチル濃度が増加して、好ましくない香りになることがある。これは、「もろみ」の上槽液又はろ液に含まれているα-アセト乳酸が、貯蔵中に酸化分解されてジアセチルやアセトインに転換されることによって、新たにジアセチルやアセトインが生成し、元々「もろみ」に含まれていたジアセチルに加算され、官能的に不快な香りとして認識される濃度レベルに達した結果である。
このようにして新たに生成するジアセチルやアセトインの量は、上槽又はろ過の直前の「もろみ」に含まれるα-アセト乳酸の量で決まるため、貯蔵によるジアセチルの増加とそれに伴う不快な香りとして官能的に認識される濃度レベルに達するかの判定は、「もろみ」に含まれるα-アセト乳酸の量を測定すればよいが、α-アセト乳酸は不安定な化合物であるため、簡便かつ正確に測定することは容易ではない。
α-アセト乳酸はピルビン酸から生成される化合物で、ピルビン酸の量に依存することから、α-アセト乳酸が酸化して生成するジアセチルの量はピルビン酸の量に相関すると言われている。そこで、清酒の製造などにおいては、ピルビン酸測定スティック[月桂冠(株)製]を使ってピルビン酸の含有量レベルを簡易的に判定し、上槽後のジアセチル生成による好ましくない香りの発生を防御可能と判断できる上槽時期を決定することがある。しかし、ピルビン酸の測定値が低くてもジアセチル濃度が高い値を示す場合があることから、上槽後のジアセチルの生成リスクを管理するのに十分とは言えず、また、このピルビン酸測定スティックは高価であることから、安価でかつ精度の高い判定ができる代替方法として本発明を利用することができる。
α-アセト乳酸は、加熱するとジアセチルとアセトインへの転換が促進される(非特許文献1)ので、低温下での貯蔵により長時間かけて徐々にジアセチルとアセトインに転換されるのを短時間で再現することができる。この加熱処理した酒類サンプルに検出されるジアセチルの濃度を本発明の方法で測定することで、貯蔵後のジアセチルの濃度を推定することができる。
【実施例0020】
次に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0021】
<実施例1>ジアセチル測定用キットの作製
クレアチン・一水和物(特級、和光純薬)を精製水に溶解して作成した1%クレアチン水溶液と、α-ナフトール(特級、和光純薬)を特級エタノールに溶解して作成した25%α-ナフトールのエタノール溶液を用意し、1.5ml容マイクロチューブに1%クレアチン水溶液を125μl、25%α-ナフトールのエタノール溶液を50μlそれぞれ分注して混合し、-80℃のフリーザーに半日程度入れて凍結させた。その後、マイクロチューブをフリーザーから取り出して蓋を開け、真空乾燥専用のチューブホルダー(24穴)にセットした後に専用のガラス容器に入れ、真空乾燥機(EYELA FDU-2200)に装着して真空乾燥を開始した。
真空度10Pa以下で乾燥を行い、約3時間後に真空乾燥機からチューブホルダーの入ったガラス容器を外した。中からマイクロチューブを取り出して蓋を閉め、保管用のチューブラックに移し替え、アルミホイル等で包んで遮光した後、冷蔵保管した。1個のマイクロチューブ内に、1.25mgのクレアチンと12.5mgのα-ナフトールが非晶質状態の混合乾燥粉末としてパッキングされたものが出来上がり、これをジアセチル測定用キットとして使用した。
【0022】
<実施例2>VP反応におけるジアセチルとアセトインの発色特性
VP反応におけるジアセチルとアセトインの発色の経時的推移を調べるために、グルコース2%、エタノール16%となる水溶液を清酒モデルサンプルとして用い、そこにジアセチルあるいはアセトインを添加して、ジアセチルの濃度が0~1ppm、あるいはアセトインの濃度が0~8ppmとなるようにサンプルを調製(表1)した。なお、20ppmのジアセチル溶液は、シグマ製の試薬から13μlを採取して、15%エタノール溶液1237μlと混合して作成した10000ppmの溶液を精製水で順次希釈して調製した。20ppmのアセトイン溶液は、和光純薬製の試薬から0.5265gを測り取り、15%エタノール溶液で溶解しながら50mlにメスアップして作成した10000ppmの溶液を精製水で順次希釈して調製した。
【0023】
【0024】
発色反応と吸光度測定は、以下に示す手順で行った。
最初に1N水酸化ナトリウム溶液200μlをジアセチル測定用キットに入れて10秒ほどミキサーで撹拌して、キット内にパッキングされている試薬を予め溶解させ、そのあとに調製したサンプルそれぞれ1000μlを添加して混合した。その後、速やかにフロートにセットして、20℃~40℃の水槽に浮かべて発色反応を行った。反応終了後軽くミキサーで撹拌し、吸光度測定用の1ml容のセルに入れて、紫外可視分光光度計(UV-1700島津)にセットし、530nmでの吸光度を測定した。結果を
図1~
図8に示す。
【0025】
その結果、ジアセチルは、反応開始後の早い時間で発色吸光度がプラトーに達し、その発色吸光度の数値はその後維持された。この特性は、ジアセチルの濃度に影響されることなく再現され、その発色のプラトーに達するまでの時間は、反応温度30℃では9分、35℃では7分、40℃では5分というように、反応温度を上げるとそれに伴って発色のプラトーに達するまでの時間は短くなり、反応温度を30℃より低くするとプラトーに達するまでの時間は徐々に長くなって、反応温度25℃では15分後にプラトーに達し、20℃では20分後でもプラトーに達しないことが明らかとなった(
図1~5、図中凡例のDAはジアセチル、右の数値はそのppm濃度を示す)。
【0026】
一方、アセトインの発色吸光度は、反応時間の経過と共に直線的に上昇し、反応時間と発色吸光度とが正比例の関係となる、原点を通過する直線として近似することができることが明らかとなった。この直線性が示される反応時間帯は、アセトインの濃度が高くなるに連れて短くなり、反応温度が40℃の場合、アセトイン2ppmでは約15分まで、4ppmでは約10分まで、8ppmでは約5分までの反応時間帯であり、反応温度が30℃の場合、アセトイン2ppmでは約25分まで、4ppmでは約20分まで、8ppmでは約15分までの反応時間帯であった。このように反応温度を低くすると、アセトインの発色吸光度と反応時間との直線性が示される反応時間帯は長くなることも突き止めることができた(
図6~8、図中凡例のACはアセトイン、右の数値はそのppm濃度を示す)。
【0027】
<実施例3>測定感度の向上
VP反応の発色強度を上げることで測定感度を向上させることを目的に、実施例1で作成したジアセチル測定用キットを用いて試験検討を行った。キットでの測定では、サンプルの液量を変更しても、アルカリ溶液の液量を調整して反応溶液全量の液量を一定にすることで発色試薬濃度を一定にすることができる。
従って、キットでの測定ではサンプルの液量を増やすことで容易に発色強度を上げることができる。実施例2におけるキットでの測定は、サンプル1000μlと1N水酸化ナトリウム溶液200μlをキットに入れて、キット内の試薬を溶解させながら混合して反応させたが、本検討ではさらに発色強度を上げるためサンプルの液量を1100μlとし、反応系の全液量を実施例2と同じ一定にするため、アルカリ溶液の液量を100μlとして、30℃で20分間反応させた。添加するアルカリ溶液は、2N~12Nの水酸化ナトリウム溶液を用いた。測定するサンプルは、実施例2で用いた清酒モデルサンプルと同様に調製したグルコース2%、エタノール16%となる水溶液に0.5ppmとなるようにジアセチルを添加したものを用いた。サンプルとアルカリ溶液をキットに入れてから、反応液の吸光度測定までは実施例2と同様に実施した。
試験実施の結果、4Nの水酸化ナトリウム溶液を添加して反応させたとき(反応液内の規定度は0.33N)が最大の吸光度を示した(
図9)。
0.5ppmのジアセチルを含む清酒モデルサンプルを従来の測定方法で測定した値と比較すると表2のようになり、キット測定法での吸光度は従来の測定方法の約2倍の値となり大幅に測定感度が上がったことが確認できた。
サンプルの液量を1100μlよりさらに増やすことは可能であるが、その分アルカリ溶液の液量を減らすことになり、試薬を溶かすときの障害となるため、操作性を考慮するとアルカリ溶液の液量としては100μl程度が最下限と考えられた。
【0028】
【0029】
<実施例4>夾雑物質による発色に帰属する吸光度
ジアセチルを測定するサンプル中には、ジアセチルやアセトイン以外に夾雑する物質が含まれており、それらの中にはVP反応で発色する物質が存在する。これらの物質を特定して個々の発色度合いを調べることは至難の業であるため、測定対象サンプルに含まれるジアセチルとアセトインの濃度をGC/MS装置等を使用して予め測定し、その値と同等濃度のジアセチルとアセトインを含む単純なモデルサンプルを調製した。測定対象サンプルとこのモデルサンプルをそれぞれジアセチル測定用キットで反応させ、発色吸光度を経時的に測定して、測定対象サンプルの吸光度とこのモデルサンプルの吸光度の差を調べる試験を実施した。
測定対象サンプルとして、表3に示したジアセチルとアセトインを含む清酒原酒サンプルを用いた。ジアセチルとアセトインの濃度測定は、可能な方法であればどの方法でもよいが、本試験での清酒のジアセチルとアセトインの濃度は、GC/MS装置を用いて下記の方法で実施した。
【0030】
【0031】
「GCMSでのジアセチルとアセトインの測定方法」
1.5mL容マイクロチューブに清酒0.4mLと内部標準物質として4-メチル-2-ペンタノール1ppmを含む0.6Mリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)0.4mLと酢酸エチル0.4mLを加え、2分間ボルテックスミキサーで撹拌抽出し12,000g、1分間遠心分離した。上層の酢酸エチル層200μLをGC/MS測定用試料管に移し、以下の条件でGC/MS測定を行った。
【0032】
(測定条件)
装置:島津GCMS QP-2010plus/島津AOC-5000
カラム:ジーエルサイエンスINERT CAP Pure WAX(60m×0.25mmI.D.×0.25μm)
カラム温度:40℃(10min)→(4℃/min)→55℃(0min)→(40℃/min)→200℃(2min)→(60℃/min)→230℃(30min)
キャリアガス:He,全流量50mL/min線速度30.0cm/sec一定バージ流量3.0mL/min
インジェクション:250℃スプリットレスサンプルタイム1min
インジェクション量:1μL
イオン源:EI,200℃インターフェイス:230℃
清酒に対応するモデルサンプルは、実施例2で作成した10000ppmのジアセチル溶液とアセトイン溶液を精製水で希釈して、300ppmのジアセチル溶液と500ppmのアセトイン溶液を調製し、それらを表4に示したように添加して、対応する清酒に含まれる濃度と同等となるように調製した。また、ジアセチルとアセトインを添加していないものも用意してブランク用サンプルとした。
【0033】
【0034】
キットでの測定は、反応開始直後の0分から10分まで1分刻みで、その後は5分刻みで25分まで実施することとし、その測定数分だけキットでの反応を行った。反応は、まず4N水酸化ナトリウム溶液100μlをキットに入れて試薬を溶解し、サンプル1100μlをその後に添加して混合し、速やかにマイクロチューブの蓋を閉めてからフロートにセットして31℃にコントロールした水槽に順次入れて反応を開始した。反応終了後は、実施例2と同様な手順で吸光度を測定した。
試験の結果、清酒とそのモデルサンプルの発色吸光度の経時変化は
図10に示すようになった。清酒の発色吸光度の経時的変化において、直線的に推移する10分から20分の前後での吸光度と清酒モデルサンプルの吸光度の差を求めると、図中の(A)-(B)で示すグラフが得られ、ほぼ一定であった。その直線グラフを反応開始時点の0分へと伸ばすと、清酒の0分での吸光度と1分での吸光度を結ぶ軌跡と交差していることが示された。
つまり、図中の(A)-(B)は、清酒の発色吸光度の経時的変化において直線的推移を示す時間帯での、ジアセチルとアセトイン以外の清酒に含まれる夾雑物質による発色吸光度に相当し、その値は清酒の0分での吸光度と1分での吸光度の平均値に近似できると考えられた。
【0035】
<実施例5>ジアセチル濃度の算出式
実施例2での発色反応を行った試験結果をもとに、一定濃度のジアセチルあるいはアセトインをそれぞれ含むサンプルの発色吸光度の経時変化と、これらとそれぞれ同じ濃度のジアセチルとアセトインが混合されたサンプルの発色吸光度の経時変化をグラフに重ね合わせると
図11のようになるので、このグラフからジアセチルの濃度を算出するシミュレーションを実施した。
ジアセチルとアセトインが混合されたサンプルの発色吸光度の経時変化において、直線的に推移する反応時間帯があり、それはアセトインの発色吸光度が原点を通過する直線として経時的変化し、かつジアセチルの発色吸光度がプラトーに達した以降で吸光度が一定に維持されていることが反映されたものである。
ジアセチルとアセトインが混合されたサンプルの発色吸光度の経時変化における直線的に推移する反応時間帯の中で、離れた時間2点(時間の早い順に、それぞれの時間がT1、T2)での吸光度を時間の早い順に、それぞれの吸光度がA1、A2とする。その吸光度の値から反応時間T1でのジアセチルに帰属する発色吸光度をDA、アセトインに帰属する発色吸光度をACとすると、下記の(a)と(b)の関係式が成立する。
【0036】
(a);A1=DA+AC
(b);AC/T1=(A2-A1)/(T2-T1)
【0037】
(a)式から得られるAC=A1-DAを(b)式に代入し、DAを求める式へと展開すると、次に示す(c)式が得られる。
(c);DA=(T2×A1-T1×A2)/(T2-T1)
【0038】
ジアセチルの発色吸光度がプラトーに達した以降の反応時間帯にある時間、例えばT1でジアセチル標準品を反応させて作成したジアセチルの濃度と吸光度との比例関係式(ジアセチルの検量線)に、(c)の式で算出されたジアセチルの発色吸光度値(DA)を代入して、(d)式のようにジアセチルの濃度が算出される。
【0039】
(d);[ジアセチルの濃度]=k×DA(ただし、kは比例係数)
【0040】
しかし、ジアセチルを測定するサンプル中には、ジアセチルやアセトイン以外に夾雑する物質が含まれており、実施例4で示したように夾雑物質に帰属する発色吸光度(H)が、ジアセチルに帰属する発色吸光度(DA)とアセトインに帰属す発色吸光度(AC)と共にA1に含まれることから、上記の(a)式は実際には次に示す(a´)式となる。
【0041】
(a´);A1=DA+AC+H
【0042】
この式から得られるAC=A1-DA-Hを(b)式に代入し、DAを求める式へと展開すると、次に示す(c´)式が得られる。
【0043】
(c´);
DA=[(T2×A1-T1×A2)/(T2-T1)] -H
【0044】
この式に、T1、T2、A1、A2、及び反応開始直後(0分)と1分後の発色吸光度の平均値をHとして代入して算出されるDAを、ジアセチルの検量線の式(d)に代入するとジアセチルの濃度が算出される。
このジアセチル濃度測定算出法を2点測定法と呼ぶことにする。
【0045】
<実施例6>キットを用いた清酒のジアセチル測定
実施例4の試験で得た清酒原酒サンプルとそのモデルサンプルにおけるキットでの発色吸光度測定データ(表5)を使って、実施例5で行ったジアセチル濃度の算出シミュレーションに沿ってジアセチルの濃度の算出を試みた。また、ジアセチルの検量線を作成(
図12)し、それにより得られたジアセチルの発色吸光度と濃度の比例関係式[濃度(ppb)]=5156x[吸光度]を、式(c´)での計算で得られたジアセチルの吸光度からの濃度算出に用いた。
キットでの反応は、まず4N水酸化ナトリウム溶液100μlをキットに入れて試薬を溶解し、予め31℃に保温しておいたサンプルから1100μlを分取して、キットに添加して混合し、速やかにマイクロチューブの蓋を閉めてからフロートにセットして31℃にコントロールした水槽に順次入れて反応を開始した。反応開始後0分、1分、10分、20分経過したものを実施例2と同様の手順で吸光度を測定した。
各サンプルのキット測定における反応時間の10分と20分をそれぞれT1とT2とすると、それらの測定値はA1とA2となる。また、各サンプルのキット測定における反応時間0分と1分での吸光度の平均値を夾雑物質に帰属する発色吸光度(H)とした。これらの数値を実施例5の式(c´)に代入し、ジアセチル濃度を試算した結果、表6のようになり、GC/MS測定によるジアセチル濃度と比べると、約50ppbの差が認められたが、二桁目を四捨五入して得られる100ppbのオーダーでは一致することが確認できた。
【0046】
【0047】
【0048】
<実施例7>キット測定における最適な反応時間
VP反応を利用した本発明の測定方法によるジアセチルの濃度測定は、ジアセチルの発色吸光度がプラトーに達し、それが維持されている反応の時間帯と、アセトインの発色吸光度が発色反応開始から直線的に上昇し、反応時間と発色の吸光度とが正比例の関係となる、原点を通過する直線として近似することができる反応の時間帯とが重なる時間帯の中で実施すればよい。しかし、その時間帯の初期(10分)においては、ジアセチルの発色吸光度がプラトーに達するタイミングに該当し、また終期(20分)においては、アセトインの発色吸光度の直線的上昇の傾向が損なわれてくるタイミングに該当するため、10分より先の時間から20分より前の時間での反応測定がより好ましいことが推察された。
そこで、より好ましい反応測定時間を検討するため、表7に示したジアセチルとアセトインを含む清酒原酒を測定対象サンプルとして用いて、反応時間0分、1分の測定に加えて、10分、12分、15分、18分、20分での反応測定を実施した。
キットでの反応は、まず4N水酸化ナトリウム溶液100μlをキットに入れて試薬を溶解し、予め31℃に保温しておいたサンプルから1100μlを分取して、キットに添加して混合し、速やかにマイクロチューブの蓋を閉めてからフロートにセットして31℃にコントロールした水槽に順次入れて反応を開始した。反応開始後0分、1分、10分、12分、15分、18分、20分経過したものを実施例2と同様の手順で吸光度を測定した。これらの測定は、それぞれ3回繰り返して行った。
【0049】
【0050】
3回の繰り返し測定で得られた値(表8)を基に、実施例5でシミュレーションした2点測定法を実行してジアセチル濃度を算出した。ジアセチル濃度を算出する際には、各反応時間の測定値を平均した値を用いた。なお、算出する際に用いるジアセチルの検量線は、実施例6で実施したものと同じものを使用した。反応時間10分から20分の間で測定した吸光度のいずれかの測定値を2点で組み合わせてジアセチル濃度を算出した結果(表9)、この時間帯の両端に当たる10分あるいは20分の測定値と他の時間の測定値を組んで算出した場合は、GCMS測定値に近い数値になるものもあるが、精度が劣る傾向が示された。一方で、10分と12分での測定値以外で2点組み合わせてジアセチル濃度を計算すると、GCMS測定値との近似性は大幅に高くなり、精度が上がることが示された。つまり、吸光度の測定は10分より先の時間から20分より前の時間での反応測定がより好ましいことが分かった。
【0051】
【0052】
【0053】
<実施例8>貯蔵によるジアセチルの生成を短時間加熱処理で再現
酒類製造における「もろみ」に含まれるジアセチルの濃度よりも、「もろみ」を上槽又はろ過して酵母を除いた後の貯蔵工程でジアセチル濃度が増加して、好ましくない香りになることがある。これは、「もろみ」の上槽液又はろ液に含まれているα-アセト乳酸が、貯蔵中に酸化分解されてジアセチルやアセトインに転換されることによって、新たにジアセチルやアセトインが生成し、元々「もろみ」に含まれていたジアセチルに加算され、官能的に不快な香りとして認識される濃度レベルに達した結果である。
α-アセト乳酸が貯蔵中にジアセチルに転換される現象を経時的に観察するため、表10に示すように一定量のα-アセト乳酸を清酒原酒サンプル(表11)に添加して、通常の貯蔵温度の15℃と、加速的温度として30℃の条件下に置き、ジアセチルの生成量をGC/MS測定により確認することにした。なお、添加したα-アセト乳酸の転換で生成するジアセチルの量を確認するため、α-アセト乳酸を添加していないものをブランクサンプルとして設け、その値を差し引いたもので経時的なジアセチル生成のグラフを作成した(
図13)。
α-アセト乳酸は、不安定であることから試薬として市販されていないため、その前駆体試薬(2-アセトキシ-2-メチルアセト酢酸エチル、シグマ社製)を購入し、
図14の手順で調製した。調製した117.6ppmの溶液は-30℃で保存し、使用時に自然解凍して必要な量を分取した。
【0054】
【0055】
【0056】
図13のグラフから、15℃貯蔵でのジアセチル生成は4日目でプラトーに達することが明らかとなり、30℃では1日目でプラトーに達し、そのレベルは15℃貯蔵とほぼ同じ程度であることも明らかとなった。このことから、15℃での貯蔵後に生成するジアセチルと元々含まれていたジアセチルとの合算量が確認できるのは、貯蔵開始から4日目以降となることが分かった。そして、30℃では1日目で15℃貯蔵の再現ができることも分かった。
貯蔵後に達するジアセチル濃度を出来るだけ早く知ることは、製造現場での管理業務として重要であるため、15℃貯蔵の再現を短時間で行える条件を見つけるため、貯蔵試験と同様にα-アセト乳酸を添加して調製したサンプルを40~70℃の条件下で1時間加熱処理して、ジアセチルの生成量をGCMSで測定した。
その結果、加熱温度が60℃以上であれば、15℃貯蔵でジアセチル生成がプラトーに達する濃度にほぼ到達し、70℃では60℃よりさらに15℃貯蔵でのジアセチル生成濃度に近い値となることが確認できた(
図15)。
【0057】
<実施例9>酒類製造におけるキットを用いたジアセチル濃度測定
ジアセチル測定キットを用いて、2種類の清酒原酒サンプル(表12)に対して、リアルタイムでのジアセチル濃度測定、及び貯蔵後に到達するジアセチル濃度の予測判定を実施した。
キットでの反応は、まず4N水酸化ナトリウム溶液100μlをキットに入れて試薬を溶解し、予め31℃に保温しておいたサンプルから1100μlを分取して、キットに添加して混合し、速やかにマイクロチューブの蓋を閉めてからフロートにセットして31℃にコントロールした水槽に順次入れて反応を開始した。
反応開始後、0分、1分、12分、15分経過したものを実施例2と同様の手順で吸光度を測定し、それらの測定値を用いて実施例6と同様にジアセチル濃
度を算出した。
リアルタイムでのジアセチル濃度測定では、清酒原酒サンプルそのまま(非加熱サンプル)を用い、貯蔵後に到達するジアセチル濃度の予測判定では、清酒原酒サンプルを70℃で1時間加熱処理して一旦氷冷したもの(加熱サンプル)を用いた。
【0058】
【0059】
それぞれの測定を3回繰り返して得られた吸光度測定値は、表13~16に示す通りとなった。
これら測定値の平均値を用いて、実施例5でシミュレーションした2点測定法での計算を実行してジアセチル濃度を算出した。なお、算出する際に用いるジアセチルの検量線は、実施例6で実施したものと同じものを使用した。算出して得られたジアセチル濃度のキット測定値と、GCMS測定で得られた値とを照合すると(表17)、いずれのキット測定値もGCMS測定値と極めて近似し、GCMSのような高価な分析装置を使わなくとも、本発明の実施により高い精度でジアセチル濃度を測定できることが確認された。また、加熱処理した酒類サンプルに対して、本発明のキットでジアセチル測定を実施すると、その酒類サンプルの貯蔵後に達するジアセチル濃度を簡便かつ容易に予測することもできることが確認された。
【0060】
【0061】
【0062】
【0063】
【0064】
【0065】
<実施例10>測定精度の向上
発色吸光度において、キットの個体差による値のズレが生じることは、実施例7や実施例9での測定結果を見ても明らかであり、このキットの個体差が吸光度測定値の精度に影響を与えている。反応開始後0分と1分での測定では、3回繰り返しの測定において、測定値に大きな差はみられなかったが、12分、15分と反応時間が進むにつれて、測定値の差が大きくなる傾向にみられた。その影響を出来るだけ解消するため、12分と15分での測定においては、キット2本それぞれに4N水酸化ナトリウム溶液100μlを添加して試薬を溶解し、その溶液を栓付の15ml容ディスポチューブに入れて一つにまとめ、そこに予め31℃に保温しておいたサンプル2.2mlを添加して混合したあと、1.5ml容マイクロチューブにその混合液を1.1mlずつ分注して、31℃の条件下で反応を開始する方法(以降、キット統一測定法と称する)を考案した。この分注した溶液に対して、反応開始後12分と15分で吸光度を測定し、その実施による効果を確認することにした。なお、反応開始後0分と1分での測定は、実施例9(以降、キット個別測定法と称する)と同様に行うこととした。
表18に示した清酒原酒サンプルを実施例9と同様のキット個別測定法で測定を行った結果、そのジアセチル濃度算出値は、GCMS測定値と比べて大きく乖離した値(表19)となったことから、このサンプルに対して、キット統一測定法を2回繰り返してジアセチル濃度を算出した。
その結果、12分、15分での測定値のばらつきはかなり抑えられ、ジアセチル濃度算出値もGCMS測定値との一致性が高まった。
【0066】
【0067】
【0068】
【0069】
<実施例11>キット統一測定法によるビール、ワインのジアセチル測定
表21に示したジアセチルとアセトインの濃度を含むビールと白ワインのジアセチル濃度を実施例10で行った統一測定法を用いて測定した。ジアセチルとアセトインの濃度は、実施例4と同様にGCMSで測定した。
その結果、それぞれ表22と表23に示すジアセチル濃度算出値が得られ、ビール、ワインともにGCMS測定値と近似する値が得られることを確認した。
【0070】
【0071】
【0072】