(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023081909
(43)【公開日】2023-06-13
(54)【発明の名称】匂いの定量方法、それに用いる細胞及びその細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20230606BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20230606BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20230606BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20230606BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20230606BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20230606BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20230606BHJP
G01N 33/543 20060101ALI20230606BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20230606BHJP
【FI】
C12N15/09 200
C12N1/15 ZNA
C12N1/19
C12N5/10
C12N15/63 Z
C12Q1/02
G01N33/53 M
G01N33/543 501A
G01N33/543 575
C12N15/12
【審査請求】有
【請求項の数】24
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023029882
(22)【出願日】2023-02-28
(62)【分割の表示】P 2019536790の分割
【原出願日】2018-08-16
(31)【優先権主張番号】P 2017157492
(32)【優先日】2017-08-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】517289479
【氏名又は名称】株式会社香味醗酵
(74)【代理人】
【識別番号】100205659
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 拓也
(74)【代理人】
【識別番号】100131705
【弁理士】
【氏名又は名称】新山 雄一
(72)【発明者】
【氏名】黒田 俊一
(57)【要約】
【課題】本発明は、複数の受容体を、それぞれ異なる貫通孔内の核酸上の真核細胞に発現させるデバイスを構築し、デバイスの各貫通孔内に真核細胞を複数収容、受容体を発現させ、複数の各受容体に対する被験物質による活性化度について、一括測定し、これを具体的な数値として評価する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】基板と、前記基板上の疎水性被膜と、を含み、前記疎水性被膜は、複数の貫通孔を有し、前記貫通孔の内部に、所定の受容体をコードする遺伝子を含む核酸が、前記基板に接して設けられているアレイ。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、前記基板上の疎水性被膜と、を含み、
前記疎水性被膜は、複数の貫通孔を有し、
前記貫通孔の内部に、所定の受容体をコードする遺伝子を含む核酸が、前記基板に接して設けられているアレイ。
【請求項2】
前記貫通孔ごとに、異なる前記所定の受容体をコードする遺伝子を含む核酸が設けられている請求項1に記載のアレイ。
【請求項3】
前記複数の貫通孔の断面積平均値が、0.125mm2以上0.283mm2以下である請求項1又は2のアレイ。
【請求項4】
前記貫通孔は、前記基板中に200以上設けられるとともに、前記貫通孔同士の平均ピッチが、0.6mm以上0.8mm以下である請求項3記載のアレイ。
【請求項5】
前記疎水性被膜は、23℃における水に対する接触角が、70°以上である請求項1~4に記載のアレイ。
【請求項6】
前記所定の受容体は、Gタンパク質結合受容体を含む請求項1~5に記載のアレイ。
【請求項7】
前記Gタンパク質結合受容体は、嗅覚受容体を含む請求項6に記載のアレイ。
【請求項8】
さらに、前記貫通孔1つあたり複数個の真核細胞が収容されている請求項1~7に記載のアレイ。
【請求項9】
外来遺伝子として、CNGA2及びGNAL又はそれらの変異体を発現する真核細胞。
【請求項10】
外来遺伝子として、更に、CNGA4及び/又はCNGB1b又はそれらの変異体を発現する請求項9記載の細胞。
【請求項11】
更に、前記細胞で発現する嗅覚受容体を小胞体膜から細胞膜に移行させ、該嗅覚受容体の該細胞表面への提示効率を上昇させることができるタンパク質をコードする遺伝子を発現する、請求項9又は10記載の細胞。
【請求項12】
(1)CNGA2及びGNAL又はそれらの変異体をコードする遺伝子を有するベクターA
(2)CNGA4及び/又はCNGB1b又はそれらの変異体をコードする遺伝子を有するベクターB、及び
(3)細胞で発現する嗅覚受容体を小胞体膜から細胞膜に移行させ、該嗅覚受容体の該細胞表面への提示効率を上昇させることができるタンパク質をコードする遺伝子を有するベクターCからなる群より選択される少なくとも1つのベクター。
【請求項13】
請求項12に記載する少なくとも1つのベクターが組まれている真核細胞。
【請求項14】
請求項9~11、又は13のいずれかに記載する細胞の染色体上に、一定個数の哺乳類由来の嗅覚受容体をコードする遺伝子を組み込むための領域を有する真核細胞。
【請求項15】
請求項14記載の前記領域に、ヒト由来嗅覚受容体遺伝子が組み込まれている真核細胞。
【請求項16】
前記真核細胞は、請求項9~11、又は13~15に記載の真核細胞である請求項8記載のアレイ。
【請求項17】
被験物質による所定の受容体に対する活性化度を算出する方法であって、;
(1)前記受容体を発現する複数の真核細胞に前記被験物質を接触させたときに、前記各々の細胞内に取り込まれるイオン量を測定する工程、
(2)前記工程1で測定に使用した細胞と同一の細胞を脱分極したときの前記各々の細胞内のイオン量を測定する工程、及び
(3)前記工程1にて測定した数値と前記工程2にて測定した数値との比を算出する工程、を含む、方法。
【請求項18】
前記工程1及び前記工程2において、
細胞内に取り込まれるイオン量を測定する手段が、色素を用いる手段、又は蛍光性結合タンパク質を用いる手段である、
請求項17に記載の方法。
【請求項19】
前記工程2に記載する脱分極させる工程が、カリウム化合物、又はイオノフォアを、前記真核細胞に適用する工程である、請求項17又は18に記載の方法。
【請求項20】
被験物質による受容体に対する活性化度を算出する方法であって、;
前記受容体を発現する複数の真核細胞に前記被験物質を接触させたときに、
前記各々の細胞内に取り込まれる物質の量を測定する工程を含み、
前記接触前の第1所定時間における蛍光の平均値をFbase、
前記接触後の第2所定時間における蛍光の最大値をFmax、とするときに、
Fmax/Fbaseを算出し、活性化度とする方法。
【請求項21】
前記第1所定時間の蛍光の標準偏差をSDとし、
前記Fmaxが、Fbase+5SD以上であるときに、活性化度として採用し、
前記Fmaxが、Fbase+5SD未満であるときには、活性化度として採用しない請求項20記載の方法。
【請求項22】
ある被験物質に関する前記測定する工程の後、陽性対照物質を前記真核細胞に接触させることなく、次の被験物質を真核細胞に接触させる請求項20又は21記載の方法。
【請求項23】
前記次の被験物質の接触は、前記ある被験物質による蛍光値が、Fbase+5SD以上であるタイミングで行う請求項22記載の方法。
【請求項24】
前記真核細胞の受容体発現は、一過性発現である請求項17~23に記載の方法。
【請求項25】
前記受容体は、嗅覚受容体である請求項24記載の方法。
【請求項26】
被験物質による受容体に対する活性化度の測定方法であって、
請求項16記載のアレイに対して、イオン測定用色素、又は蛍光性結合タンパク質を作用させる工程と、
前記被験物質を、前記アレイに接触させる工程と、
前記貫通孔の全てを含む領域を、同時に画像データとして取得する工程と、
前記真核細胞を個別に認識し、前記真核細胞各々の蛍光を数値化する工程と、
前記数値を演算処理し、活性化度を算出する工程と、
を含む方法。
【請求項27】
前記演算処理が、前記接触前の第1所定時間における蛍光の平均値をFbase、
前記接触後の第2所定時間における蛍光の最大値をFmax、とするときに、
Fmax/Fbaseを算出し、活性化度とする処理である請求項26記載の方法。
【請求項28】
前記演算処理が、前記接触前の第1所定時間における蛍光の標準偏差をSDとし、
前記Fmaxが、Fbase+5SD以上であるときに、活性化度として採用し、
前記Fmaxが、Fbase+5SD未満であるときには、活性化度として採用しない請求項27記載の方法。
【請求項29】
前記受容体が、ヒト由来嗅覚受容体である、請求項26~28記載の方法。
【請求項30】
2つ以上の標準物質について、請求項29の方法を用いて測定した各受容体の活性化度を基準に、
目標物質について前記測定方法を用いて測定した各受容体の活性化度が構成されるよう、
前記2つ以上の標準物質を組み合わせて、前記目標物質の匂いを構成する方法。
【請求項31】
2つ以上の標準物質について、請求項29の方法を用いて測定した各受容体の活性化度を基準に、
目標物質について、前記測定方法を用いて測定した各受容体の活性化度が構成されるよう、
前記2つ以上の標準物質を組み合わせて、前記目標物質の匂いが構成される組成物の製造方法。
【請求項32】
前記組み合わせの方法は、
前記各標準物質についての各受容体の活性化度を、第1データとして数値化し、
前記目標物質についての各受容体の活性化度を、第2データとして数値化し、
前記第1データと、前記第2データと、の演算である請求項30又は31の方法。
【請求項33】
試料の匂いを、目標の匂い状態に修正するための物質のスクリーニング方法であって、
前記試料に関する、請求項29記載の測定方法を用いて測定した各受容体の活性化度を、前記目標の匂い状態における、請求項29記載の測定方法を用いて測定される各受容体の活性化度に近づけることを指標として、候補物質を選抜する工程を含む方法。
【請求項34】
前記選抜は、候補物質を前記試料に加えて、前記各受容体の活性化度を測定し、この活性化度が前記目標の匂い状態における前記活性化度に近づいたか否かに基づいて行う請求項33記載の方法。
【請求項35】
前記選抜は、標準物質による前記各受容体の活性化度に関する既知の情報に基づき、前記標準物質の中から選抜することを含む請求項33記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、匂いの定量方法、及びそれに用いる細胞に関する。
【背景技術】
【0002】
受容体は、細胞外の物質(リガンド)と作用して、情報伝達が惹起される。受容体にはリガンドや機能に応じて様々なタイプがあるが、受容体とリガンドの応答性については、充分に解明されていない。また近年の遺伝子解析によって、受容体に構造が似ているがその機能が不明なタンパク質も見つかっており、オーファン受容体と呼ばれているものもある。
受容体とリガンドの関係を調べるうえで、異なる遺伝情報を有する所定の受容体を1つずつ配置した受容体アレイと、アレイに対し同時に所定のリガンドを作用させ、受容体の応答性を測定する測定技術の確立が期待されている。
【0003】
各種受容体のうち、特に嗅覚受容体に着目すると、動物は外界の匂い情報を、鼻という器官によって認識し、それの識別を行っている。その識別能力は非常に高く、訓練された動物(ヒトを含む)では、匂い物質をガスクロマトグラフィー等の検出機器では検出することができない匂いを識別することもできる。このような訓練された動物が保有する、高度に発達した匂いの認識メカニズムを模倣し、これを検出デバイス化とすることができれば、既存のガスクロマトグラフィー等の検出機器を採用する検出デバイスでは達成することができない、種々の匂いに対して高感度に識別することができる匂いの検出デバイスを創出することができる。
【0004】
嗅覚受容体は嗅神経細胞に発現する7回膜貫通型受容体の1種であり、嗅覚受容体の細胞内領域において、Gタンパク質と相互作用を行う。細胞外から匂い分子による刺激があると、嗅覚受容体が活性化状態になり、次いで細胞内においてGタンパク質の一種であるGαolfタンパク質が活性化される。このGαolfはアデニル酸シクラーゼを活性化させ、ATPを原料としてcAMPを嗅神経細胞内に蓄積させる。そして、cAMPは嗅神経細胞の細胞膜上にあるCyclic Nucleotide Gated ion-channel(CNG)と結合してこれを開口させ、CNGを介してカルシウムイオンが細胞内に流入し、結果として細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開公報WO03/100057パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
細胞外のリガンドとの作用を調べるべく受容体をデバイス化する場合、数百種類にも及ぶ受容体を、受容体の活性化の程度が測定可能な形態で1つのデバイスに構築する技術は、従来確立されていなかった。
【0007】
例えば、受容体が嗅覚受容体である場合、鼻腔内にある嗅神経細胞の表面に発現する嗅覚受容体と呼ばれるタンパク質に、匂い分子が結合することに起因して、嗅神経細胞内にて情報伝達が惹起され、匂い情報が脳内へ伝達される。嗅覚受容体はゲノム解析からヒトで約400種類、マウスでは約1100種類存在すると考えられており、特定の匂い分子に対しある嗅覚受容体群が異なる程度で活性化し、これらの刺激が脳に伝達されて組み合わせることによって、脳内にて種々の匂いを識別すると理解される。
【0008】
しかし、上述するような種々の匂いに対して高感度に識別することができる匂いの検出デバイスを創出するためには、上記する約400種(又は1100種)もの嗅覚受容体の全てを、実際にその機能を発揮できる状態で、嗅神経細胞以外の複数の培養細胞にて、それぞれの細胞上に発現させ、各嗅覚受容体の匂い刺激に対する活性化の程度を、具体的に比較できる系を構築する必要がある。
【0009】
しかしながら、受容体が嗅覚受容体の場合に、受容体の活性化の程度を測定するのに適したレベル(すなわち、細胞表層への提示、十分な発現量、細胞内情報伝達タンパク質との効率的な共役状態の維持)で嗅覚受容体を発現する細胞が確立されていなかった。
【0010】
また、このような嗅覚受容体を発現するための外来遺伝子を含むベクターが確立されていなかった。
【0011】
また、測定系に関しても、同一受容体を発現する細胞においても1細胞単位でみると上記レベルが均一でないため、受容体の活性化の程度を、高い精度で測定する方法が確立されていなかった。
さらには、数百種類にも及ぶ受容体の活性化の程度を、デバイス全体を一括して測定する測定技術も、確立されていなかった。
【0012】
特許文献1には嗅覚受容体を発現させて匂い分子による活性化を計測する方法が記載されているが、複数の嗅覚受容体が発現した細胞群について、各匂い刺激に対する活性化の程度を画一的に評価する方法は、何ら記載されていない。
【0013】
また、嗅覚受容体を発現する細胞を用いた活性化の程度の測定値に基づいて、目標の匂いを構成する方法が確立されていなかった。
【0014】
また、嗅覚受容体を発現する細胞を用いた活性化の程度の測定値に基づいて、目標の匂いに修正する方法が確立されていなかった。
【0015】
そこで、本発明は、所定の受容体を網羅的に配置した受容体アレイと、アレイに対し同時に所定のリガンドを作用させ、各受容体の活性化の程度を、一括して測定する測定系を提供することを目的とする。
また、複数の受容体を、それぞれ異なる細胞上に発現させる系を構築し、細胞外からのリガンドに対する各受容体の活性化の程度(以降、活性化度ということがある)について、これを具体的な数値として評価する方法を提供することを目的とする。
また、受容体が嗅覚受容体であるときに、測定した活性化度をもとに、目標の匂いを構成する方法、さらには目標の匂いに修正する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者が、上記する課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、完成されたものであり、例えば下記に示す態様の発明を広く包含するものである。
【0017】
(1) 基板と、前記基板上の疎水性被膜と、を含み、
前記疎水性被膜は、複数の貫通孔を有し、
前記貫通孔の内部に、所定の受容体をコードする遺伝子を含む核酸が、前記基板に接して設けられているアレイ。
【0018】
(2) 前記貫通孔ごとに、異なる前記所定の受容体をコードする遺伝子を含む核酸が設けられている(1)に記載のアレイ。
【0019】
(3) 前記複数の貫通孔の断面積平均値が、0.125mm2以上0.283mm2以下である(1)又は(2)のアレイ。
【0020】
(4) 前記貫通孔は、前記基板中に200以上設けられるとともに、前記貫通孔同士の平均ピッチが、0.6mm以上0.8mm以下である(3)に記載のアレイ。
【0021】
(5) 前記疎水性被膜は、23℃における水に対する接触角が、70°以上である(1)~(4)に記載のアレイ。
【0022】
(6) 前記所定の受容体は、Gタンパク質結合受容体を含む(1)~(5)に記載のアレイ。
【0023】
(7) 前記Gタンパク質結合受容体は、嗅覚受容体を含む(6)に記載のアレイ。
【0024】
(8) さらに、前記貫通孔1つあたり複数個の真核細胞が収容されている(1)~(7)に記載のアレイ。
【0025】
(9) 外来遺伝子として、CNGA2及びGNAL又はそれらの変異体を発現する真核細胞。
【0026】
(10) 外来遺伝子として、更に、CNGA4及び/又はCNGB1b又はそれらの変異体を発現する(9)記載の細胞。
【0027】
(11) 更に、前記細胞で発現する嗅覚受容体を小胞体膜から細胞膜に移行させ、該嗅覚受容体の該細胞表面への提示効率を上昇させることができるタンパク質をコードする遺伝子を発現する、(9)又は(10)記載の細胞。
【0028】
(12) (1)CNGA2及びGNAL又はそれらの変異体をコードする遺伝子を有するベクターA
(2)CNGA4及び/又はCNGB1b又はそれらの変異体をコードする遺伝子を有するベクターB、及び
(3)細胞で発現する嗅覚受容体を小胞体膜から細胞膜に移行させ、該嗅覚受容体の該細胞表面への提示効率を上昇させることができるタンパク質をコードする遺伝子を有するベクターCからなる群より選択される少なくとも1つのベクター。
【0029】
(13) (12)に記載する少なくとも1つのベクターが組まれている真核細胞。
【0030】
(14) (9)~(11)、又は(13)のいずれかに記載する細胞の染色体上に、一定個数の哺乳類由来の嗅覚受容体をコードする遺伝子を組み込むための領域を有する真核細胞。
【0031】
(15) (14)記載の前記領域に、ヒト由来嗅覚受容体遺伝子が組み込まれている真核細胞。
【0032】
(16) 前記真核細胞は、(9)~(11)、又は(13)~(15)に記載の真核細胞である(8)記載のアレイ。
【0033】
(17) 被験物質による所定の受容体に対する活性化度を算出する方法であって、;
(1)前記受容体を発現する複数の真核細胞に前記被験物質を接触させたときに、前記各々の細胞内に取り込まれるイオン量を測定する工程、
(2)前記工程1で測定に使用した細胞と同一の細胞を脱分極したときの前記各々の細胞内のイオン量を測定する工程、及び
(3)前記工程1にて測定した数値と前記工程2にて測定した数値との比を算出する工程、を含む、方法。
【0034】
(18) 前記工程1及び前記工程2において、
細胞内に取り込まれるイオン量を測定する手段が、色素を用いる手段、又は蛍光性結合タンパク質を用いる手段である、
(17)に記載の方法。
【0035】
(19) 前記工程2に記載する脱分極させる工程が、カリウム化合物、又はイオノフォアを、前記真核細胞に適用する工程である、(17)又は(18)に記載の方法。
【0036】
(20) 被験物質による受容体に対する活性化度を算出する方法であって、;
前記受容体を発現する複数の真核細胞に前記被験物質を接触させたときに、
前記各々の細胞内に取り込まれる物質の量を測定する工程を含み、
前記接触前の第1所定時間における蛍光の平均値をFbase、
前記接触後の第2所定時間における蛍光の最大値をFmax、とするときに、
Fmax/Fbaseを算出し、活性化度とする方法。
【0037】
(21) 前記第1所定時間の蛍光の標準偏差をSDとし、
前記Fmaxが、Fbase+5SD以上であるときに、活性化度として採用し、
前記Fmaxが、Fbase+5SD未満であるときには、活性化度として採用しない(20)記載の方法。
【0038】
(22) ある被験物質に関する前記測定する工程の後、陽性対照物質を前記真核細胞に接触させることなく、次の被験物質を真核細胞に接触させる(20)又は(21)記載の方法。
【0039】
(23) 前記次の被験物質の接触は、前記ある被験物質による蛍光値が、Fbase+5SD以上であるタイミングで行う(22)記載の方法。
【0040】
(24) 前記真核細胞の受容体発現は、一過性発現である(17)~(23)に記載の方法。
【0041】
(25) 前記受容体は、嗅覚受容体である(24)記載の方法。
【0042】
(26) 被験物質による受容体に対する活性化度の測定方法であって、
(16)記載のアレイに対して、イオン測定用色素、又は蛍光性結合タンパク質を作用させる工程と、
前記被験物質を、前記アレイに接触させる工程と、
前記貫通孔の全てを含む領域を、同時に画像データとして取得する工程と、
前記真核細胞を個別に認識し、前記真核細胞各々の蛍光を数値化する工程と、
前記数値を演算処理し、活性化度を算出する工程と、
を含む方法。
【0043】
(27) 前記演算処理が、前記接触前の第1所定時間における蛍光の平均値をFbase、
前記接触後の第2所定時間における蛍光の最大値をFmax、とするときに、
Fmax/Fbaseを算出し、活性化度とする処理である(26)記載の方法。
【0044】
(28) 前記演算処理が、前記接触前の第1所定時間における蛍光の標準偏差をSDとし、
前記Fmaxが、Fbase+5SD以上であるときに、活性化度として採用し、
前記Fmaxが、Fbase+5SD未満であるときには、活性化度として採用しない(27)記載の方法。
【0045】
(29) 前記受容体が、ヒト由来嗅覚受容体である、(26)~(28)記載の方法。
【0046】
(30) 2つ以上の標準物質について、(29)の方法を用いて測定した各受容体の活性化度を基準に、
目標物質について前記測定方法を用いて測定した各受容体の活性化度が構成されるよう、
前記2つ以上の標準物質を組み合わせて、前記目標物質の匂いを構成する方法。
【0047】
(31) 2つ以上の標準物質について、(29)の方法を用いて測定した各受容体の活性化度を基準に、
目標物質について、前記測定方法を用いて測定した各受容体の活性化度が構成されるよう、
前記2つ以上の標準物質を組み合わせて、前記目標物質の匂いが構成される組成物の製造方法。
【0048】
(32) 前記組み合わせの方法は、
前記各標準物質についての各受容体の活性化度を、第1データとして数値化し、
前記目標物質についての各受容体の活性化度を、第2データとして数値化し、
前記第1データと、前記第2データと、の演算である(30)又は(31)の方法。
【0049】
(33) 試料の匂いを、目標の匂い状態に修正するための物質のスクリーニング方法であって、
前記試料に関する、(29)記載の測定方法を用いて測定した各受容体の活性化度を、前記目標の匂い状態における、(29)記載の測定方法を用いて測定される各受容体の活性化度に近づけることを指標として、候補物質を選抜する工程を含む方法。
【0050】
(34) 前記選抜は、候補物質を前記試料に加えて、前記各受容体の活性化度を測定し、この活性化度が前記目標の匂い状態における前記活性化度に近づいたか否かに基づいて行う(33)記載の方法。
【0051】
(35) 前記選抜は、標準物質による前記各受容体の活性化度に関する既知の情報に基づき、前記標準物質の中から選抜することを含む(33)記載の方法。
【発明の効果】
【0052】
本発明によれば、受容体アレイと、リガンドに対する受容体の活性化度を測定する技術、及びその応用を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【
図2】本発明のアレイ及び真核細胞アレイにおける貫通孔のレイアウトを示す平面図である。
【
図3】本発明の真核細胞アレイを示す平面図である。
【
図4】本発明の貫通孔と真核細胞を示す平面図である。
【
図5】蛍光強度におけるFbase、Fmaxを説明する図である。
【
図6】嗅覚受容体の被験物質に対する応答特性を示す図である。
【
図7】活性化度を用いて匂いの構成を説明する図である。
【
図8】被験物質に対する蛍光値の応答特性を示す図である。
【
図9】被験物質に対する蛍光値の応答特性を示す図である。
【
図10】嗅覚受容体の被験物質に対する応答特性を示す図である。
【
図11】画像データの処理方法を説明する平面図である。
【
図12】目標物質の匂いマトリックスを示す図である。
【
図13】標準物質を用いた匂いの構成を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0054】
本明細書において使用する「絶対的」との用語とは、「相対的」の反対語として用いられる用語であり、測定条件によって値が左右され難いということを意味する。また、測定条件が変化しても値が全く変化しないということを意味するのではなく、測定条件が変化したとしても本発明の目的を達成するためには十分な精度の値が得られることを意味する。
【0055】
アレイ
本発明のアレイについて、
図1、2を用いて説明する。
図1に示すように、本発明のアレイ1は、基板5と、基板5上の疎水性被膜6を含む。疎水性被膜6には、貫通孔2が複数設けられており、貫通孔2は、基板5に達してしている。
【0056】
ここで、基板5は、後述する核酸の搭載、真核細胞の搭載、リガンドの適用、リガンドに対する活性化度の測定において、ハンドリングできる程度の強度を有した材料、例えば25℃におけるヤング率が0.01GPa以上1000GPa以下の材料を用いることができ、メカニカルハンド(ロボットハンド)が扱いやすい1以上500GPa以下の材料を好ましく用いることができる。
【0057】
また基板5は、後述する核酸の搭載、真核細胞の搭載、リガンドの適用において、化学的、生物学的に阻害作用を奏さないものが好ましく、石英ガラス、ホウ珪酸ガラス、ソーダアルミノ珪酸ガラス(化学強化ガラスを含む)、バリウムホウ珪酸ガラス、ソーダライムガラスに例示されるガラスやセラミック、ポリカーボネート、ポリメチルメタクリレート、ポリスチレン、脂環式ポリオレフィン、ポリメチルペンテンなどの各種合成樹脂を例示することができる。このうち、合成樹脂に関しては、先述の化学的、生物学的阻害作用を奏しないように留意すれば、例えば添加剤の作用に留意すれば、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、放射線硬化樹脂(紫外線、電子線の例を含む)も用いることが可能性である。一例としては、ホウ珪酸ガラスを用いたスライドガラスがある。
【0058】
基板5は、プラズマ処理、オゾン処理、イオン処理、放射線処理等の表面活性化処理によって、基板5表面を親水化してもよい。
【0059】
基板5の大きさには制限がないが、典型的には100mm角以下であると、人による操作、機械操作ともに扱いやすく、好ましい。また、基板5の厚さには制限がないが、典型的には0mm超10mm以下であると、人による操作、機械操作ともに扱いやすく、好ましい。
【0060】
疎水性被膜6は、後述する真核細胞の搭載時において、真核細胞を適度に弾き、真核細胞を疎水性被膜6内の貫通孔2に収納しやすくする作用を有する。すなわち、疎水性被膜6は、適度な疎水性を有しており、その疎水性は、疎水性被膜6の貫通孔2以外の平面部分における接触角(°)で定義することができる。
【0061】
疎水性被膜6の接触角は、23℃の水を用いた場合に、70°以上175°以下が望ましい。すなわち撥水性、超撥水性と呼ばれる接触角を示す被膜も含まれる。本発明の疎水性被膜6の接触角は、典型的には、75°以上、80°以上、90°以上、100°以上、110°以上、120°以上、130°以上、135°以上、140°以上、145°以上、150°以上、155°以上、160°以上、165°以上、170°以上である。また、典型的には、170°以下、165°以下、160°以下、155°以下、150°以下、145°以下、140°以下、135°以下、130°以下、120°以下、110°以下、100°以下、90°以下、80°以下、である。
本発明の一実施態様において、疎水性被膜6の接触角は、23℃の水を用いた場合に、130°以上165°以下である。
【0062】
このような接触角を有する疎水性被膜6の具体的な例としては、シリコン系樹脂、フッ素系樹脂、シリコン-フッ素系樹脂を用いることができる。また、ポリエチレングリコール(PEG)等の脂肪族炭化水素、または芳香族炭化水素に対し、疎水性基を導入した誘導体も用いることができる。
また、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、放射線硬化樹脂(紫外線、電子線の例を含む)に対して、シリコン系シランカップリング剤やフッ素系シランカップリング剤を作用させた樹脂も用いることができる(作用とは、共重合や、表面析出、表面コーティングを含む)。疎水性被膜6は、後述する核酸の搭載、真核細胞の搭載、リガンドの適用において、化学的、生物学的に阻害作用を奏さないものが好ましく用いられる。
【0063】
疎水性被膜6の厚さに制限はないが、後述する核酸、及び真核細胞の搭載が良好に行える点で、1μm以上200μm以下であることが望ましい。特に搭載した真核細胞が、外部環境の振動により脱離しないように、10μm以上200μm以下が望ましい。また搭載した真核細胞が、外部環境の振動や温度変化等の外乱により、貫通孔2の外に移動しないよう、25μm以上200μm以下が望ましい。典型的には、30μm以上、35μm以上、40μm以上、45μm以上、50μm以上、55μm以上、60μm以上である。また、典型的には、180μm以下、160μm以下、140μm以下、120μm以下、100μm以下、80μm以下である。
【0064】
疎水性被膜6は、オフセット印刷、タンポ印刷、スクリーン印刷、インクジェットプリントといった疎水性被膜6の塗膜と、貫通孔2を同時に作成する方法で作成してもよいし、疎水性被膜6を全面に塗布してから、貫通孔2を、リソグラフィの手法で作成してもよい。オフセット印刷、タンポ印刷の場合には、1μm以上10μm以下の厚さ、スクリーン印刷の場合には、20μm以上70μm以下の厚さを作成するのに適している。
【0065】
疎水性被膜6が基板5を被覆する範囲は、すべての貫通孔2が配置された領域を覆い得る範囲以上であれば、特に制限されず、アレイ1において、基板2の全面を被覆するものであってもよい。例えば、
図1に示すように、貫通孔2すべてを覆いつつ、アレイ1の周縁部は基板5が露出するように形成してよい。
【0066】
アレイ1の貫通孔2には、所定の受容体を形成し得る核酸3が、基板5に接して搭載されている。ここで、核酸3は、所定の受容体をコードする遺伝子を含む核酸を含んでいる。アレイ1に搭載され、基板5に接する核酸3は複数であり、アレイ1の貫通孔2のそれぞれに核酸3が搭載されている。例えば所定の受容体をコードする遺伝子を含む核酸3が、貫通孔2ごとに、それぞれ異なる種類の核酸3が搭載されていてもよい。
【0067】
ここで、受容体とは、いわゆる膜貫通型受容体を指し、代謝型受容体、イオンチャネル型受容体を含む。
代謝型受容体の例としては、Gタンパク質共役型受容体、チロシンキナーゼ受容体、グアニル酸シクラーゼ受容体がある。
Gタンパク質共役型受容体の例としては、嗅覚受容体、ムスカリン性アセチルコリン受容体、アデノシン受容体、アドレナリン受容体、GABA受容体(B型)、アンギオテンシン受容体、カンナビノイド受容体、コレシストキニン受容体、ドーパミン受容体、グルカゴン受容体、ヒスタミン受容体、オピオイド受容体、セクレチン受容体、セロトニン受容体、ガストリン受容体、P2Y受容体、ロドプシンがある。
チロシンキナーゼ受容体の例としては、インスリン受容体、細胞増殖因子の受容体、サイトカインの受容体がある。
グアニル酸シクラーゼ受容体の例としては、GC-A、GC-B、GC-Cがある。
【0068】
イオンチャネル型受容体の例としては、ニコチン性アセチルコリン受容体、グリシン受容体、GABA受容体(A型、C型)、グルタミン酸受容体、セロトニン受容体3型、イノシトールトリスリン酸(IP3)受容体、リアノジン受容体、P2X受容体がある。
【0069】
なお、上記する核酸に含まれる遺伝子によってコードされる受容体の由来は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、動物由来、哺乳類由来、マウス由来、霊長類由来、又はヒト由来を挙げることができる。
【0070】
本発明のアレイ1の貫通孔2に搭載される核酸3は、本発明の効果を発揮する範囲に限って特に限定されない。具体的には、DNA、RNA、PNA等を例示することができる。
核酸3は、真核細胞に核酸3を導入するために用いられる脂質、ポリマー、ウイルス又は磁気粒子をさらに含んでもよい。例えば、後述するプラスミド、遺伝子導入試薬を含んでもよい。また、真核細胞と基板5との接着性を高めるための、細胞接着を促す化合物を含んでもよい。
【0071】
本発明のアレイ1の貫通孔2内部に搭載される核酸3は、例えば、ヒト由来の嗅覚受容体であれば、下記に示すNCBIのアクセッション番号にて特定される404個の遺伝子を挙げることができる。
KP290534.1、NG_002151.2、NG_004125、NG_004272.4、NG_004652.2、NM_001001656、NM_001001657、NM_001001658、NM_001001659、NM_001001667、NM_001001674、NM_001001821、NM_001001824、NM_001001827.1、NM_001001912.2、NM_001001913、NM_001001914、NM_001001915、NM_001001916.2、NM_001001917.2、NM_001001918、NM_001001919、NM_001001920、NM_001001921、NM_001001922.2、NM_001001923、NM_001001952、NM_001001953.1、NM_001001954、NM_001001955.2、NM_001001956、NM_001001957、NM_001001957.2、NM_001001958.1、NM_001001959、NM_001001960.1、NM_001001961、NM_001001963.1、NM_001001964.1、NM_001001965、NM_001001966、NM_001001967、NM_001001968、NM_001002905.1、NM_001002907.1、NM_001002917.1、NM_001002918.1、NM_001002925、NM_001003443.2、NM_001003745.1、NM_001003750.1、NM_001004052.1、NM_001004058.2、NM_001004059.2、NM_001004063.2、NM_001004064.1、NM_001004124.2、NM_001004134.1、NM_001004135、NM_001004136.1、NM_001004137、NM_001004195.2、NM_001004297.2、NM_001004450、NM_001004451.1、NM_001004452.1、NM_001004453.2、NM_001004454.1、NM_001004456.1、NM_001004457、NM_001004458.1、NM_001004459.1、NM_001004460.1、NM_001004461、NM_001004461.1、NM_001004462、NM_001004462.1、NM_001004463.1、NM_001004464.1、NM_001004465、NM_001004466、NM_001004467.1、NM_001004469、NM_001004471.2、NM_001004472、NM_001004473、NM_001004474、NM_001004475、NM_001004476、NM_001004477、NM_001004478、NM_001004479、NM_001004480、NM_001004481、NM_001004482、NM_001004483、NM_001004484、NM_001004484、NM_001004485、NM_001004486、NM_001004487、NM_001004488、NM_001004489.2、NM_001004490、NM_001004491、NM_001004491.1、NM_001004492、NM_001004684、NM_001004685、NM_001004686、NM_001004686.2、NM_001004687、NM_001004688、NM_001004689、NM_001004690、NM_001004691、NM_001004692、NM_001004693、NM_001004694.2、NM_001004695、NM_001004696、NM_001004697、NM_001004698.2、NM_001004699.2、NM_001004700.2、NM_001004701.2、NM_001004702.1、NM_001004703.1、NM_001004704.1、NM_001004705、NM_001004706.1、NM_001004707.3、NM_001004708、NM_001004711、NM_001004712、NM_001004713.1、NM_001004714、NM_001004715、NM_001004717、NM_001004719、NM_001004723.2、NM_001004724、NM_001004725、NM_001004726、NM_001004727.1、NM_001004728、NM_001004729、NM_001004730.1、NM_001004731、NM_001004733.2、NM_001004734、NM_001004735、NM_001004736.3、NM_001004737、NM_001004738.1、NM_001004739、NM_001004740、NM_001004741.1、NM_001004742.2、NM_001004743、NM_001004744.1、NM_001004745.1、NM_001004746.1、NM_001004747.1、NM_001004748.1、NM_001004749.1、NM_001004750.1、NM_001004751、NM_001004752.1、NM_001004753、NM_001004754.0、NM_001004755.1、NM_001004756.2、NM_001004757.2、NM_001004758.1、NM_001004759.1、NM_001004760、NM_001005160、NM_001005161.3、NM_001005162.2、NM_001005163、NM_001005164.2、NM_001005165、NM_001005167、NM_001005168、NM_001005169、NM_001005170.2、NM_001005171.2、NM_001005172.2、NM_001005173.3、NM_001005174、NM_001005175.3、NM_001005177.3、NM_001005178、NM_001005179.2、NM_001005180.2、NM_001005181、NM_001005181.2、NM_001005182、NM_001005182、NM_001005183、NM_001005184、NM_001005185、NM_001005186.2、NM_001005187、NM_001005188、NM_001005189、NM_001005190.1、NM_001005191.2、NM_001005192.2、NM_001005193、NM_001005194.1、NM_001005195.1、NM_001005196.1、NM_001005197.1、NM_001005198.1、NM_001005199.1、NM_001005200.1、NM_001005201.1、NM_001005202.1、NM_001005203.2、NM_001005204、NM_001005205.2、NM_001005211、NM_001005212.3、NM_001005213、NM_001005216.3、NM_001005218.1、NM_001005222、NM_001005222.2、NM_001005224、NM_001005226.2、NM_001005234.1、NM_001005235、NM_001005236.3、NM_001005237.1、NM_001005238、NM_001005239、NM_001005240、NM_001005241.3、NM_001005243、NM_001005245、NM_001005270.4、NM_001005272.3、NM_001005274.1、NM_001005275.1、NM_001005276、NM_001005278、NM_001005279、NM_001005280.1、NM_001005281、NM_001005282、NM_001005283.2、NM_001005284、NM_001005285、NM_001005286、NM_001005287、NM_001005288、NM_001005288.2、NM_001005289、NM_001005323、NM_001005324、NM_001005325、NM_001005326、NM_001005327.2、NM_001005328、NM_001005329、NM_001005329.1、NM_001005334、NM_001005338、NM_001005465.1、NM_001005466.2、NM_001005467.1、NM_001005468.1、NM_001005469、NM_001005470.1、NM_001005471、NM_001005479.1、NM_001005480.2、NM_001005482、NM_001005483、NM_001005484、NM_001005484、NM_001005486、NM_001005487.1、NM_001005489、NM_001005489、NM_001005490、NM_001005490.1、NM_001005491.1、NM_001005492、NM_001005493、NM_001005494、NM_001005495、NM_001005496、NM_001005497、NM_001005499、NM_001005500、NM_001005501、NM_001005503、NM_001005504、NM_001005504、NM_001005512.2、NM_001005513.1、NM_001005514、NM_001005515、NM_001005516、NM_001005517、NM_001005518、NM_001005519.2、NM_001005522、NM_001005566.2、NM_001005567、NM_001005853、NM_001013355.1、NM_001013356.2、NM_001013357.1、NM_001013358.2、NM_001079935、NM_001146033.1、NM_001160325、NM_001197287、NM_001258283、NM_001258284、NM_001258285、NM_001291438.1、NM_001317107.1、NM_001348224.1、NM_001348266.1、NM_001348271.1、NM_001348273.1、NM_001348286.1、NM_002548.2、NM_002550.2、NM_002551.3、NM_003552.3、NM_003553.2、NM_003554.2、NM_003555、NM_003696.2、NM_003697、NM_003700、NM_006637、NM_007160.3、NM_012351.2、NM_012352.2、NM_012353.、NM_012360、NM_012363.1、NM_012363.1.、NM_012364.1、NM_012365、NM_012367、NM_012368.2、NM_012369.2、NM_012373.2、NM_012374、NM_012375、NM_012377、NM_012378.1、NM_013936.3、NM_013937.3、NM_013938、NM_013939.2、NM_013940.2、NM_013941.、NM_014565.2、NM_014566、NM_01750、NM_017506.1、NM_019897.2、NM_030774.3、NM_030876.5、NM_030883.4、NM_030901.1、NM_030903.3、NM_030904、NM_
030905.2、NM_030908.2、NM_030946、NM_030959.2、NM_033057.2、NM_033179.2、NM_033180.4、NM_054104、NM_054105、NM_054106、NM_054107.1、NM_080859.1、NM_152430.3、NM_153444、NM_153445、NM_172194、NM_173351、NM_175883.2、NM_175911.3、NM_178168.1、NM_198074.4、NM_198944.1、NM_205859、NM_206880、NM_206899、NM_207186.2又はNM_207374.3。
【0072】
本発明のアレイ1に搭載される核酸3の態様は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。
【0073】
具体的に上記の核酸3を、貫通孔2の中の基板5上に配置させる方法は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、ドット状に核酸3をプリントする方法を挙げることができる。このようにプリントする際には、下記の実施例にて挙げる様な、プリント時に溶液の変性を受けにくいピエゾ素子(MEMSを含む)を備える公知の機器又はその同等品、例えばインクジェットタイプのプリンターを使用することができる。
貫通孔2の中の核酸3は、典型的には直径10μm以上300μm以下の大きさで設けられる。
【0074】
本発明のアレイ1は、細胞と接触させることによって、該細胞内に受容体をコードする遺伝子を導入することができる。これによって、前記細胞内に受容体を発現させることができる。一例として、動物由来、哺乳類由来、又はヒト由来の嗅覚受容体を発現させることができる。
【0075】
なお本発明のアレイ1について、アレイ1が備える基本的な構成について説明してきたが、様々な応用が可能である。例えば、アレイ1は、基板5の疎水性被膜6に覆われていない領域、又は疎水性被膜6の貫通孔2以外の領域を利用して、識別番号を記載する領域を設けてもよい。具体的には、1次元バーコード、2次元バーコード(QRコード(登録商標)を含む)のようにあらかじめ定めた英数字を、光学的、磁気的、電子的に読み取ることのできる形態で記載してもよい。
コードは、アレイ1毎に異なるユニークなコードであっても、アレイ1毎に同じ固定のコードであってもよい。また、識別番号は、アレイ1における核酸3の配置情報を含んでもよい。例えば、核酸3に関して、核酸3のアレイ1におけるX座標、Y座標、及びその位置に置かれた核酸の構成(配列)に関する情報を、行列の形でコード化して記録したものであってもよい。
また、識別番号を記載する領域は、手書きやレーザー加工によって描画が可能なブランクな領域(例えば、粗面化した領域、レーザー光を受けて着色する材料を塗布した領域)であってもよい。
【0076】
また、アレイ1は、真核細胞4を搭載するまでの待機時間中、安定的に保存するため、ポリエチレン、ポリプロピレン等の合成樹脂のフィルム袋、またはポリスチレン、ガラス等の容器の中に、収納してもよい。収納にあたっては、袋または容器内は、真空、減圧大気、窒素、アルゴン等の不活性ガス封入としてもよい。
【0077】
次に、貫通孔2の形状、及びその配置について、
図2を用いて説明する。
図2は、アレイ1における貫通孔2の配置を示す、マクロ的な平面図である。この説明において、先述の基板5、疎水性被膜6、及び核酸3は、図示していない。具体的には、
図2は、アレイ1が直方体である場合の平面図であり、アレイ1の長手方向をX軸、直交方向(X軸に対し垂直方向)をY軸としている。
貫通孔2はアレイ1において、複数設けられており、その形状は任意であるが、三角、四角等の多角形や円を用いることができる。円は楕円であってもよい。貫通孔2の形状は、円、特に真円であることが最も望ましい。なお
図2は、貫通孔2が真円であり、アレイ1に25個配置された例を図示している。
【0078】
貫通孔2の大きさは、その断面積平均値が、1個あたり0.125mm
2以上であることが望ましい。ここで断面積平均値とは、貫通孔2の中心軸方向に対して垂直な方向についての面積を、貫通孔2の高さ方向(深さ方向)について全て算出して平均化したものである。
すなわち、貫通孔2の形状が、俯瞰図において真円である場合には、その直径(
図2中、貫通孔2Bの直径Dに相当)は0.4mm以上であるが、これに限るものではない。貫通孔2の大きさが、その断面積平均値が、0.125mm
2以上であるである場合には、貫通孔2が1個に対し、400個以上の真核細胞を接触させることができ、後述する真核細胞の形質転換に個体差があっても、計測に適した細胞数を確保しやすい。例えば、断面積平均値が0.125mm
2未満の貫通孔2である場合には、貫通孔2内の細胞数が少なくなるため、充分な形質転換した細胞数が確保できない、あるいは、受容体の活性化度を統計処理するのに充分な細胞数が確保できない、といった不都合がある。なお、所定の受容体が嗅覚受容体である場合には、貫通孔2が1個に対し、400個以上の2.5%程度に相当する10個以上の真核細胞が発現することとなり、受容体の活性化度を統計処理するのに必要な細胞数が得られる。
【0079】
1つのアレイ1には、所定の受容体をコードする核酸3がすべて配置されていることが望ましい。すなわち、複数の核酸3によって、各々の核酸3ごとに対応する受容体が発現する場合、各々の核酸3が1つずつ、アレイ1の貫通孔2内に配置されるのが望ましい。言い換えると、各貫通孔2ごとに、異なる所定の受容体をコードする遺伝子を含む核酸3が設けられている。
一例として、受容体がヒトの嗅覚受容体である場合、受容体の種類は約400種類にのぼる。このとき、匂いの感知能は、温度、風量、大気分布(気流により生ずる大気中の分子の濃度分布)といった環境要素によって左右されるために、1アレイに対し、受容体の1セットに相当する約400の互いに異なる核酸3を配置し、1回の測定で1セットすべての受容体について一括して測定を行うことが最も望ましい。このとき、アレイ1は、約400個の貫通孔2を有する。
【0080】
後述する測定方法において、活性化度の測定をリアルタイムに行う、特に秒単位で連続して測定するためには、数百個(例えば200個以上)の貫通孔2を同時に測定することが必要である。
特に、蛍光を用いて測定を行うためには、蛍光測定に用いる光学系(例えば光学顕微鏡)の対物レンズの観察視野が有限であることから、貫通孔2の大きさ、貫通孔2同士の中心間隔(ピッチ)が制限を受けるものとなる。
例えば300個以上、特に400個前後の貫通孔2を同時に測定するためには、典型的には、貫通孔2の断面積平均値は0.283mm
2以下であることが望ましい。貫通孔2の形状が、真円である場合には、その直径(
図2中、貫通孔2Bの直径Dに相当)は0.6mm以下である。また、各スポットの中心間隔(
図2中、貫通孔2Bと2AとがなすX軸上のピッチP1、または貫通孔2Bと2CとがなすY軸上のピッチP2)は、0.6mm以上0.8mm以下が望ましい。また、P1=P2であることが望ましい。P1=P2=0.6mm以上0.8mm以下であることが最も望ましい。
【0081】
すなわち、蛍光値を測定に用いる場合、例えば貫通孔2が真円の場合、直径Dは、0.4mm以上0.6mm以下が望ましく、平均ピッチP1及び平均ピッチP2は、0.6mm以上0.8mm以下が望ましい。
ここで、直径Dは、0.42mm以上、0.44mm以上、0.46mm以上、0.48mm以上、0.50mm以上であってよく、0.58mm以下、0.56mm以下、0.54mm以下、0.52mm以下であってよい。
また、平均ピッチP1、及びP2は、各々独立に、0.64mm以上、0.68mm以上、0.72mm以上、0.76mm以上であってよく、0.76mm以下、0.72mm以下、0.68mm以下であってよい。
一実施態様において、貫通孔2は真円であり、その直径Dは、0.5mmであり、平均ピッチP1=P2=0.7mmである。これらの数値を用いて、X軸に22個、Y軸に18個、合計396の貫通孔2を有するアレイ1は、各貫通孔の中心は、15.58mm×12.82mmの範囲内に密集して配置されることになる。
【0082】
真核細胞を収納しているアレイ
本発明の真核細胞を収納しているアレイ(以降、真核細胞アレイ10ということがある)について、
図3、
図2、及び
図4を用いて説明する。
図3に示すように、本発明の真核細胞を収納しているアレイ10は、アレイ1をベースにしており、基板5と、基板5上の疎水性被膜6と、核酸3と、を含む。疎水性被膜6には、貫通孔2が複数設けられており、貫通孔2の形状及び配置は、アレイ1と同じである(
図2に図示)。そして貫通孔2には、真核細胞領域4が設けられている。
図4は、貫通孔2の1つを拡大した模式的な平面図であり、疎水性被膜6に対し、貫通孔2A、真核細胞領域4Aが設けられている。そして真核細胞領域4Aの中には、基板5上に搭載された核酸3に重なるように、複数個の真核細胞が設けられている(
図4において、模式的に5つの真核細胞4A1~4A5を図示し、核酸3は図示せず)。
図4において、1つの貫通孔2に対し、真核細胞数を5個として例示したが、2個以上、5個以上、10個以上、50個以上、100個以上、200個以上、300個以上、400個以上、500個以上、600個以上、700個以上、800個以上、1000個以上、2000個以上、であってよい。
また、10000個以下、9000個以下、8000個以下、7000以下、6000個以下、5000個以下、4000個以下、3000個以下、2000個以下、1000個以下、であってよい。真核細胞は、例えば、動物由来、哺乳類由来、霊長類由来、ヒト由来の真核細胞であってよい。
一実施態様において、真核細胞はヒト由来の真核細胞であり、400個以上1000個以下である。
【0083】
このように貫通孔2内の核酸3が1個に対し、真核細胞を複数個搭載することによって、核酸3を元にした真核細胞内の受容体発現において、発現する、発現しない、といったばらつきがあったとしても、特定の核酸3について、測定できないというリスクを減らすことができる。例えば、一実施態様において、核酸3が嗅覚受容体であり、真核細胞がヒト由来の真核細胞であり、1つの貫通孔2(1つの核酸3)に対して、真核細胞を400個配置した場合、約1割に相当する40個程度の真核細胞が、測定可能な状態で発現する。そして、40個の真核細胞の1つ1つを個別に認識し、情報として扱うことで、ヒトの嗅覚受容体約400種類のすべてについて、被験物質に対する活性化度を測定する測定系を樹立することができる。
【0084】
ところで、受容体をデバイス化する場合、細胞における受容体の発現には、細胞の遺伝子を書き換える安定発現(安定トランスフェクション)と、細胞内にプラスミドを導入して行う一過性発現(一過性トランスフェクション)と、の2つの方法がある。
安定発現の場合には、細胞内遺伝子の情報が書き換わるため、永続的に使用できる一方、遺伝子発現の収率が悪いため、所定の受容体について、細胞培養したものから選別して、デバイスに搭載することとなる。従って、安定発現した受容体、例えば数百個の受容体を、1つのデバイスに搭載することには、膨大な労力とコストがかかる。
一方、一過性発現は、短期間、典型的には1週間前後しか、発現した細胞は持続して使用できないが、作成は比較的容易であり、1つのデバイスに搭載することは可能である。作成は比較的容易であるものの、発現の程度には、ばらつきがある。
【0085】
本発明の真核細胞アレイ10は、こうした一過性発現により受容体を作成する手法との適合性に優れている。すなわち、貫通孔2内の核酸3に対し、一例として真核細胞を400個配置(例えば、貫通孔2A内に真核細胞を400個収納)することができるため、一過性発現による発現のばらつきがあっても、10個程度の真核細胞は、測定可能な受容体を発現する。その約10個の受容体は、活性化度の測定において互いに性能差を有するが、測定系において、10個の真核細胞の1つ1つを個別に認識し、それぞれの細胞について、後述する活性化度の算出方法(A)、または算出方法(B)によって、正規化した活性化度を測定、算出するならば、それぞれの受容体に対して、適切に活性化度の情報を提供することができる。
【0086】
哺乳類由来の受容体を発現する真核細胞を入手する方法は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、マウス由来の嗅細胞を含む初代培養細胞を用いることができる。また、後記する本発明の細胞を用いることもできる。
【0087】
なお、上記する発現量を確認する手段は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、ウエスタンブロット等の公知の技術に基づく手段を挙げることができる。
【0088】
上記する真核細胞にて発現する受容体の種類は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、1つの細胞に対して1種類の嗅覚受容体を発現するものとすることもできるし、複数の種類の嗅覚受容体が発現するものとすることもできる。1つの細胞に1種類の嗅覚受容体を発現することが好ましい。
【0089】
例えば、同定されている哺乳類由来の嗅覚受容体がα、β、γ及びδの4種類であった時、αとβとが真核細胞Aに発現し、βとγとが真核細胞Bに発現し、そしてδが真核細胞Cに発現し、且つ真核細胞A、B及びCにて発現するα、β、γ及びδの総量が同一であり、真核細胞A、B及びCが同一系内で発現していることを好ましい態様として挙げることができる。
【0090】
真核細胞にて発現する受容体は、後述する本発明の算出方法(A)又は算出方法(B)を実施する前に同定することもでき、実施した後に同定することもできる。実施する前に同定するのであれば、既に同定された哺乳類由来の嗅覚受容体を発現させる遺伝子を、上記する真核細胞に導入すればよく、実施した後に同定するのであれば、後述する活性化度の算出方法(A)又は算出方法(B)によって活性化度を測定した後の細胞に対して、公知の遺伝子解析に関する技術を組み合わせることで、容易に細胞に含まれる嗅覚受容体を同定することができる。
【0091】
本発明の真核細胞アレイ10について、真核細胞アレイ10が備える基本的な構成について説明してきたが、様々な応用が可能である。例えば真核細胞アレイ10は、基板5の疎水性被膜6に覆われていない領域、又は疎水性被膜6の貫通孔2以外の領域を利用して、識別番号を記載する領域を設けてもよい。具体的には、1次元バーコード、2次元バーコード(QRコード(登録商標)を含む)のようにあらかじめ定めた英数字を、光学的、磁気的、電子的に読み取ることのできる形態で記載してもよい。
コードは、真核細胞アレイ10毎に異なるユニークなコードであっても、真核細胞アレイ10毎に同じ固定のコードであってもよい。また、識別番号は、アレイ1における核酸3の配置情報を含んでもよい。例えば、核酸3に関して、核酸3のアレイ1におけるX座標、Y座標、及びその位置に置かれた核酸の構成(配列)に関する情報を、行列の形でコード化して記録したものであってもよい。
また、識別番号を記載する領域は、手書きやレーザー加工によって描画が可能なブランクな領域(例えば、粗面化した領域、レーザー光を受けて着色する材料を塗布した領域)であってもよい。
また、真核細胞アレイ10は、安定的に保存するため、ポリエチレン、ポリプロピレン等の合成樹脂のフィルム袋、またはポリスチレン、ガラス等の容器の中に、収納してもよい。収納にあたっては、袋または容器内は、真空、減圧大気、窒素、アルゴン等の不活性ガス封入としてもよい。
【0092】
真核細胞
本発明の真核細胞(例えば
図4における4A1~4A5)は、所定の受容体が嗅覚受容体であるときに、外来遺伝子として、CNGA2及びGNALを発現する真核細胞である。真核細胞とは、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、酵母細胞、動物細胞、昆虫細胞、哺乳類細胞、霊長類細胞等を挙げることができる。上記する真核細胞の中でも哺乳類細胞が好ましく、特に取り扱いが容易である不死化されたHEK293細胞、CHO細胞、又はHeLa細胞等に代表されるライン細胞が好ましい。また、ラット嗅覚神経細胞由来のRolf Ba. T細胞(Glia 16:247(1996))も用いることができる。
【0093】
CNGA2とは、Cyclic Nucleotide Gated Channel Alpha 2と呼ばれる細胞膜に存在するタンパク質をコードする遺伝子であり、これはcAMPに依存してカルシウムイオンチャネルとして働く。
【0094】
上記するCNGA2の由来は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、哺乳類由来とすることを例示できる。中でも、マウス由来、ヒト由来を挙げることができる。
【0095】
CNGA2がコードするタンパク質のアミノ酸配列は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、配列番号1に示す塩基配列がコードするアミノ酸配列を挙げることができる。
【0096】
また、配列番号1に示す塩基配列がコードするアミノ酸配列は、これがカルシウムイオンチャネルとして働き得る限りにおいて、その変異体も上記するCNGA2に包含することができる。例えば、変異前後のアミノ酸の相同性が、80%以上、好ましくは85%以上、好ましくは90%以上、好ましくは91%以上、さらに好ましくは95%以上である。このような変異には、置換、欠失、挿入等の態様が含まれる。よって、上記する変異体にはスプライス変異体も含まれ得る。
【0097】
上記するCNGA2がコードするタンパク質の変異体の中でも、カルシウムイオンチャネルとしてより効率的に働くといった観点から、配列番号1に示す塩基配列がコードするヒト由来CNGA2のアミノ酸配列の342番目のグルタミン酸をグリシンに、460番目のシステインをトリプトファンに、そして583番目のグルタミン酸をメチオニンにした変異体が好ましい。
【0098】
本発明の細胞にて発現するGNALとは、Guanine nucleotide-binding protein G subunit alpha Lと呼ばれるタンパク質をコードする遺伝子であり、これは嗅神経細胞の中の嗅覚受容体を発現する細胞において、嗅覚受容体への刺激に応じて惹起されるシグナル伝達を担う低分子量Gタンパク質である。
【0099】
上記するGNALの由来は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、哺乳類由来とすることを例示できる。中でも、マウス由来、ヒト由来を挙げることができる。
【0100】
GNALのアミノ酸配列は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、配列番号2に示す塩基配列がコードするアミノ酸配列を挙げることができる。また、配列番号2に示す塩基配列がコードするアミノ酸配列は、嗅神経細胞の中の嗅覚受容体を発現する細胞において、嗅覚受容体への刺激に応じて惹起されるシグナル伝達を担い得る限りにおいて、その変異体も上記するGNALに包含することができる。例えば、変異前後のアミノ酸の相同性が、80%以上、好ましくは85%以上、好ましくは90%以上、好ましくは91%以上、さらに好ましくは95%以上である。このような変異には、置換、欠失、挿入等の態様が含まれる。よって、上記する変異体にはスプライス変異体も含まれ得る。
【0101】
本発明の細胞は、上記する遺伝子がコードするタンパク質以外に、アデニレートシクラーゼと低分子量Gタンパク質のβドメイン及びγドメインを有している。
【0102】
上記する本発明の細胞は、更に、外来遺伝子として、CNGA4及び/又はCNGB1bを発現する細胞とすることが好ましい。
【0103】
CNGA4とは、Cyclic Nucleotide Gated Channel Alpha 4と呼ばれる細胞膜に存在するタンパク質をコードする遺伝子であり、これも上記するCNGA2がコードするタンパク質と同様に、カルシウムイオンチャネルとして働く。
【0104】
上記するCNGA4の由来は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、哺乳類由来とすることを例示できる。中でも、マウス由来、ヒト由来を挙げることができる。
【0105】
CNGA4がコードするタンパク質のアミノ酸配列は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、配列番号3に示す塩基配列がコードするアミノ酸配列を挙げることができる。
【0106】
また、配列番号3に示す塩基配列がコードするアミノ酸配列は、カルシウムイオンチャネルとして働き得る限りにおいて、その変異体も上記するCNGA4に包含することができる。例えば、変異前後のアミノ酸の相同性が、80%以上、好ましくは85%以上、好ましくは90%以上、好ましくは91%以上、さらに好ましくは95%以上である。このような変異には、置換、欠失、挿入等の態様が含まれる。よって、上記する変異体にはスプライス変異体も含まれ得る。
【0107】
CNGB1bとは、Cyclic Nucleotide Gated Channel Beta 1bと呼ばれる細胞膜に存在するタンパク質をコードする遺伝子であり、これも上記するCNGA2及びCNGA4がコードするタンパク質と同様に、カルシウムイオンチャネルとして働く。
【0108】
上記するCNGB1bの由来は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、哺乳類由来とすることを例示できる。中でも、マウス由来、ヒト由来を挙げることができる。
【0109】
CNGB1bがコードするタンパク質のアミノ酸配列は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、配列番号4に示す塩基配列がコードするアミノ酸配列を挙げることができる。
【0110】
また、配列番号4に示す塩基配列がコードするアミノ酸配列は、カルシウムイオンチャネルとして働き得る限りにおいて、その変異体も上記するCNGB1bに包含することができる。例えば、変異前後のアミノ酸の相同性が、80%以上、好ましくは85%以上、好ましくは90%以上、好ましくは91%以上、さらに好ましくは95%以上である。このような変異には、置換、欠失、挿入等の態様が含まれる。よって、上記する変異体にはスプライス変異体も含まれ得る。
【0111】
本発明の細胞にてCNGA2、CNGA4及びCNGB1bが発現する時、これらの3者がそれぞれ2:1:1で発現することが、嗅覚受容体に対する刺激によって惹起される細胞内のシグナル伝達にて上昇するcAMPに対する感度が上昇するので好ましい。
【0112】
上記する本発明の細胞は、細胞内で発現する嗅覚受容体を小胞体膜から細胞膜に移行させ、該嗅覚受容体の該細胞表面への提示効率を上昇させることができるタンパク質をコードする遺伝子を発現する細胞とすることが好ましい。
【0113】
上記する細胞内で発現する嗅覚受容体を小胞体膜から細胞膜に移行させ、該嗅覚受容体の該細胞表面への提示効率を上昇させることができるタンパク質とは、発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、RTP1、RTP2、REEP1等のタンパク質を挙げることができる。
【0114】
RTP1のアミノ酸配列は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、配列番号5に示す塩基配列がコードするアミノ酸配列を挙げることができる。
【0115】
また、配列番号5に示す塩基配列がコードするアミノ酸配列は、細胞内で発現する嗅覚受容体を小胞体膜から細胞膜に移行させ、該嗅覚受容体の該細胞表面への提示効率を上昇させることができる限りにおいて、その変異体も上記するRTP1に包含することができる。例えば、変異前後のアミノ酸の相同性が、80%以上、好ましくは85%以上、好ましくは90%以上、好ましくは91%以上、さらに好ましくは95%以上である。このような変異には、置換、欠失、挿入等の態様が含まれる。よって、上記する変異体にはスプライス変異体も含まれ得る。
【0116】
上記するRTP1のスプライス変異体は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えばRTP1L、RTP1S等を挙げることができる。中でも、RTP1Sであれば、配列番号6に示す塩基配列がコードするアミノ酸配列を挙げることができる。
RTP2のアミノ酸配列は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、配列番号7に示す塩基配列がコードするアミノ酸配列を挙げることができる。
【0117】
また、配列番号7に示す塩基配列がコードするアミノ酸配列は、細胞内で発現する嗅覚受容体を小胞体膜から細胞膜に移行させ、該嗅覚受容体の該細胞表面への提示効率を上昇させることができる限りにおいて、その変異体も上記するRTP2に包含することができる。例えば、変異前後のアミノ酸の相同性が、80%以上、好ましくは85%以上、好ましくは90%以上、好ましくは91%以上、さらに好ましくは95%以上である。このような変異には、置換、欠失、挿入等の態様が含まれる。よって、上記する変異体にはスプライス変異体も含まれ得る。
【0118】
REEP1のアミノ酸配列は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、配列番号8に示す塩基配列がコードするアミノ酸配列を挙げることができる。
【0119】
また、配列番号8に示す塩基配列がコードするアミノ酸配列は、細胞内で発現する嗅覚受容体を小胞体膜から細胞膜に移行させ、該嗅覚受容体の該細胞表面への提示効率を上昇させることができる限りにおいて、その変異体も上記するREEP1に包含することができる。例えば、変異前後のアミノ酸の相同性が、80%以上、好ましくは85%以上、好ましくは90%以上、好ましくは91%以上、さらに好ましくは95%以上である。このような変異には、置換、欠失、挿入等の態様が含まれる。よって、上記する変異体にはスプライス変異体も含まれ得る。
【0120】
上記する細胞内で発現する嗅覚受容体を小胞体膜から細胞膜に移行させ、該嗅覚受容体の該細胞表面への提示効率を上昇させることができるタンパク質をコードする遺伝子の上流には、これらの遺伝子に対してエピジェネティックな影響を及ぼさないようなプロモーターが配置されていることが好ましい。
【0121】
このようなプロモーターは、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、Elongation Factor-1α(EF-1α)を挙げることができる。
【0122】
前記するエピジェネティックな影響を及ぼさないようなプロモーターの由来は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、マウス由来又はヒト由来を挙げることができる。
【0123】
本発明の真核細胞は、CNGA2及びGNALを有するベクター(本明細書において、これを「ベクターA」と呼ぶことがある)を真核細胞に導入することによって製造することができる。また、このようにして製造した細胞に、CNGA4及び/又はCNGB1bを有するベクター(本明細書において、これを「ベクターB」と呼ぶことがある)を導入することができる。そして、細胞内で発現する嗅覚受容体を小胞体膜から細胞膜に移行させ、該嗅覚受容体の該細胞表面への提示効率を上昇させることができるタンパク質をコードする遺伝子を有するベクター(本明細書において、これを「ベクターC」と呼ぶことがある)を導入することができる。
【0124】
本発明のベクターは、上記するベクターA、B及びCの何れかである。これらのベクターを導入して、それぞれが有する遺伝子を発現させることができる真核細胞は特に限定されない。例えば、酵母細胞、哺乳類細胞、昆虫細胞を挙げることができる。中でも、哺乳類細胞が好ましい。上記により構築したベクターは、公知のウイルスを用いて、組み換えウイルスを作製することができ、このような組み換えウイルスは、真核細胞に対して、一過性発現を誘導することができる。公知のウイルスとは、例えば、アデノウイルス、レトロウイルス、アデノ随伴ウイルス、バキュロウイルスを挙げることができる。
【0125】
なお、上記するベクターA,B,及びCは、条件を整えれば、安定発現を誘導することも可能である。例えば、本発明の細胞の染色体上に、嗅覚受容体をコードする遺伝子が配置される領域を一定個数以上設けることによって、安定発現が達成される。上記する領域は、前記染色体上の所定の位置に設けられたリコンビナーゼに反応する領域である。
【0126】
このようなリコンビナーゼは本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、Flp、Cre等を挙げることができる。なお、これらのリコンビナーゼに反応する領域としては、それぞれFrt及びLoxPを挙げることができる。
【0127】
上記するように、本発明の細胞の染色体に、嗅覚受容体をコードする遺伝子が組み込まれる領域を一定個数以上有していることから、この領域のみに嗅覚受容体をコードする遺伝子を組み込むことができる。例えば、前記の領域の個数に従って嗅覚受容体をコードする遺伝子が組み込まれる個数も調節することができるので、前記細胞にて発現する嗅覚受容体の量を調節することもできる。
【0128】
上記する本発明の細胞によると、嗅神経細胞にて実施される嗅覚受容体の刺激によって惹起されるシグナル伝達を実現することができる。よって、本発明の細胞を用いることによって、後述する本発明の活性化度の算出方法(A)、(B)を好適に実施することができる。
【0129】
なお、上記する嗅覚受容体には、これらが細胞膜上に正しいトポロジーにて発現するようにするために、Rhodopsin分子N末端20アミノ酸残基である配列番号9に示すアミノ酸(MNGTEGPNFYVPFSNKTGVV)を、これに融合した状態で本発明の細胞に組み込まれて共に発現されることが好ましい。
【0130】
活性化の程度の算出方法
本発明の被験物質(本明細書において、これをリガンドと呼ぶことがある)による受容体に対する活性化の程度を算出する方法(以下、明細書において、これを「算出方法」と呼ぶことがある。)は、算出方法(A)と、算出方法(B)とがある。
【0131】
活性化の程度の算出方法(A)
活性化の程度の算出方法(A)は、以下の工程1~3を含む方法である。
【0132】
(工程1)
受容体を発現する真核細胞に対し被験物質を接触させた時に、該細胞内に取り込まれるイオン量を測定する工程。
【0133】
(工程2)
前記工程1で測定に使用した細胞と同一の細胞を脱分極した時の該細胞内のイオン量を測定する工程。
【0134】
(工程3)
前記工程1にて測定した数値と前記工程2にて測定した数値との比を算出する工程。
【0135】
前記工程1及び工程2は、工程3の前に実施すればよく、前記工程1と工程2を実施する順序は、本発明の算出方法によって得られる効果に影響を及ぼさない範囲において、特に限定されない。本発明の算出方法によって得られる数値の信頼度に鑑みると、工程1の後に工程2を実施することが好ましい。
【0136】
上記する被験物質とは、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、一般的にヒト等の動物によって認識されない匂い成分を含有する物質も、本発明の算出方法における被験物質に包含することもできる。
【0137】
上記する被験物質のカテゴリーは、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、純物質とすることもでき、混合物とすることもできる。また純物質が、単体であるか、化合物であるかも、特に限定されない。
【0138】
上記する被験物質の形状も、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、気体、固体、又は液体の何れの形状であってもよい。
【0139】
上記する受容体は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、上述したアレイ1が有する核酸3の属する所定の受容体であってよく、いわゆる膜貫通型受容体を指し、例えば、代謝型受容体、イオンチャネル型受容体を含み得る。
【0140】
代謝型受容体の例としては、Gタンパク質共役型受容体、チロシンキナーゼ受容体、グアニル酸シクラーゼ受容体がある。
Gタンパク質共役型受容体の例としては、嗅覚受容体、ムスカリン性アセチルコリン受容体、アデノシン受容体、アドレナリン受容体、GABA受容体(B型)、アンギオテンシン受容体、カンナビノイド受容体、コレシストキニン受容体、ドーパミン受容体、グルカゴン受容体、ヒスタミン受容体、オピオイド受容体、セクレチン受容体、セロトニン受容体、ガストリン受容体、P2Y受容体、ロドプシンがある。
チロシンキナーゼ受容体の例としては、インスリン受容体、細胞増殖因子の受容体、サイトカインの受容体がある。
グアニル酸シクラーゼ受容体の例としては、GC-A、GC-B、GC-Cがある。
【0141】
イオンチャネル型受容体の例としては、ニコチン性アセチルコリン受容体、グリシン受容体、GABA受容体(A型、C型)、グルタミン酸受容体、セロトニン受容体3型、イノシトールトリスリン酸(IP3)受容体、リアノジン受容体、P2X受容体がある。
【0142】
上記工程1及び工程2における細胞内のイオン量を測定する工程が対象とするイオン種は、上記受容体の種類によって異なる。例えば受容体が嗅覚受容体である場合には、カルシウムイオンを例示することができ、ニコチン性アセチルコリン受容体の場合には、ナトリウムイオンを例示することができ、グリシン受容体の場合には、塩化物イオンを例示することができる。
【0143】
受容体が嗅覚受容体であり、被験物質を接触させる方法について、次に説明する。被験物質が固体である場合には、それに含有される匂い成分を溶出することができる公知の溶媒を用いて得られる溶液を、真核細胞に適用することによって、当該被験物質を真核細胞に接触させることができる。また、被験物質が気体である場合も、それに含有される匂い成分を吸収することができる公知の溶媒を用いて得られる溶液を、真核細胞に適用することで、当該被験物質を真核細胞に接触させることができる。
【0144】
上記する公知の溶媒とは、本発明の方法によって哺乳類由来の嗅覚受容体に応答しない溶媒である限り、特に限定されない。例えば、水、緩衝液、DMSO、メタノール、エタノール、培地、リンゲル溶液等を挙げることができる。
以下に、本発明の算出方法における各工程について詳述する。
【0145】
工程1について
本発明の算出方法の工程1は、受容体を発現する真核細胞に対し、前記被験物質を接触させた時に、該細胞内に取り込まれるイオン量を測定する工程である。
以降、受容体を、哺乳類由来の嗅覚受容体とし、細胞内に取り込まれるイオンが、カルシウムイオンである例に代表させて、以下、説明する。
【0146】
工程1において、哺乳類由来の嗅覚受容体を発現する真核細胞を維持するための培地、培養条件等は、工程1及び2における真核細胞内に取り込まれるカルシウムイオン量の測定に影響を与えない範囲において、特に限定されない。例えば、通常、哺乳類に由来する細胞を培養することができる培地、温度、二酸化炭素濃度を挙げることができる。
【0147】
なお、工程1において哺乳類由来の嗅覚受容体を発現する真核細胞に取り込まれるカルシウムイオン量を測定する場所は、上記する培地、及び培養環境を維持できる範囲に限り、特に限定されない。例えば、ディッシュ上、プレート上、マルチウェルプレート上、チャンバー上、アレイ上等の細胞培養に適した場所を例示することができる。本発明の算出方法をハイスループットに実施する観点から、マルチウェル上、マルチウェルが設けられたチャンバー上、及びアレイ上での測定することが好ましい。この時、各ウェルに格納される細胞が発現する哺乳類由来の嗅覚受容体は、それぞれ異なる嗅覚受容体であることが好ましい。
【0148】
工程1における哺乳類由来の嗅覚受容体を発現する真核細胞内に取り込まれるカルシウムイオン量を測定する手段は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、色素を用いる手段、カルシウム結合タンパク質を用いる手段等を挙げることができる。
【0149】
上記する手段において用いられる色素は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、Fluo-4、Rhod-3、Fluo-3、Fura-2、Indo-1、Quin-2、Rhod-2、又はFluo-8等に代表される蛍光色素を挙げることができる。これらの蛍光色素は細胞膜透過性を高めるAM誘導体(アセトキシメチル基による保護)である事が好ましい。
【0150】
なお、AM体は水中にて顆粒となることがあるため、これを細胞に取り込ませることを目的として、Pluronic F-127、又はCremophor EL等の界面活性剤を用いてもよい。上記の色素の中でも、細胞内に取り込まれるカルシウムイオン量の経時的な測定が可能であること、効率的に測定できること、顕微鏡B励起付近の汎用性が高い、単一波長励起、単一波長蛍光の特性を有すること、Ca錯体解離定数(Kd)が1nmol/ml以下であること等観点から、Fluo-3、Fluo-4、Quin-2等を用いることが好ましい。これらの色素を用いて細胞内に取り込まれるカルシウムイオン量を測定する具体的な方法は、特に限定されない。具体的には、これらの色素とカルシウムイオンとを接触させて、互いが結合した状態に伴って該色素によって発せられる蛍光値を測定する方法を挙げることができる。
【0151】
上記する手段において用いられるカルシウム結合タンパク質は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、G-Geco、B-Geco、R-Geco、GEX-Geco、GEM-Geco等のGeco;Case12、CEPIA、Aequorin、Cameleon、Pericam又はGcaMP等に代表されるカルシウムに結合する蛍光タンパク質を挙げることができる。これらのカルシウム結合タンパク質を用いて細胞内に取り込まれるカルシウムイオン量を測定する具体的な方法は、特に限定されない。具体的には、これらのカルシウム結合タンパク質とカルシウムイオンとを接触させて、互いが結合した状態に伴って該カルシウム結合タンパク質によって発せられる蛍光値を測定する方法を挙げることができる。
【0152】
工程1においてカルシウムイオン量を測定する方法は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、カルシウムイオン量を測定する手段が色素を用いる手段の場合、細胞を刺激しない状態の数値(蛍光値)を基準にして、細胞に被験物質を接触させた後に得られる数値をそのままカルシウムイオン量として測定すればよい。
【0153】
具体的に上記する数値を求める手段は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、上記する色素を用いてカルシウムイオン量を測定するのであれば、細胞を刺激しない状態で測定される蛍光値(本明細書において、これを「バックグラウンド値」と呼ぶことがある)と、刺激後に測定される蛍光値との一次元数値の差を、工程1において求める数値とすればよい。
【0154】
また、細胞を刺激しない状態で測定される蛍光値(バックグラウンド値)と、刺激後に測定される蛍光値との二次元数値の差を基に、工程1の数値を求めることもできる。
【0155】
工程2について
本発明の算出方法の工程1は、前記工程1で測定に使用した細胞と同一の細胞を脱分極した時のカルシウムイオン量を測定する工程である。
【0156】
工程2において、工程1で測定に使用した細胞と同一の細胞を脱分極する手段は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、カリウム化合物、またはイオノフォアを上記する細胞に接触させる手段を挙げることができる。
【0157】
上記するカリウム化合物は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、塩化カリウム、臭化カリウム、水酸化カリウム、カリウムアミド、フッ化カリウム、硝酸カリウム、亜硝酸カリウム、硫酸カリウム、亜硫酸カリウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム、リン酸一カリウム、リン酸二カリウム、リン酸三カリウム、クロム酸カリウム、二クロム酸カリウム、ピロリン酸カリウム、メタリン酸カリウム、塩素酸カリウム、過塩素酸カリウム、マンガン酸カリウム、過マンガン酸カリウム、酸化カリウム、過酸化カリウム、ケイ酸カリウム、臭素酸カリウム、ヨウ素酸カリウム等に代表される無機カリウム化合物;ギ酸カリウム、酢酸カリウム、クエン酸カリウム、シュウ酸カリウム、フマル酸カリウム、酪酸カリウム、乳酸カリウム、酒石酸カリウム、コハク酸カリウム、オレイン酸カリウム、パルミチン酸カリウム、アスパラギン酸カリウム、グルタミン酸カリウム等に代表される有機カリウム化合物を挙げることができる。
【0158】
これらのカリウム化合物の中でも、培地中における溶解性と細胞毒性の観点から無機カリウム化合物が好ましく、塩化カリウムが最も好ましい。
【0159】
上記するカリウム化合物の使用量は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、使用量するカリウム化合物が塩化カリウムの場合、通常は10~500mM程度であり、好ましくは50~200mM程度の使用量とすることができる。
【0160】
上記するイオノフォアは、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、Ionomycin、A23187(Calcimycin)及び4-Bromo-A23187等を挙げることができる。
【0161】
上記するイオノフォアの使用量も、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、上記するIonomycinであれば通常は1μM程度とすることができる。
【0162】
工程2における哺乳類由来の嗅覚受容体を発現する真核細胞を維持するための培地、培養条件等;哺乳類由来の嗅覚受容体を発現する真核細胞に取り込まれるカルシウムイオン量を測定する場所;及び哺乳類由来の嗅覚受容体を発現する真核細胞内に取り込まれるカルシウムイオン量を測定する手段は、上記する工程1にて説明したものと同様にすることができる。
【0163】
工程3について
本発明の算出方法の工程3は、前記工程1にて測定した数値と前記工程2にて測定した数値との比を算出する工程である。工程3にて算出される比(割合)とは、工程1にて測定した数値を工程2にて算出される数値で除して得られる数値とすることができる。
【0164】
なお、工程1及び2にて算出する方法が上記する蛍光値を用いる場合において、上程3の前に工程1及び工程2にて算出した系内に所定の濃度のキレート剤(例えば、EDTA又はEGTA等)を用いて得られる蛍光値をバックグラウンド値と補正することによって、工程3にて算出される数値をより精密なものとすることもできる。
【0165】
工程2にて得られる数値が嗅覚受容体を発現する細胞にて嗅覚刺激に反応して惹起されるシグナルカスケードの最終イベントに相当する。また、工程2にて細胞を脱分極するという工程は、本発明の算出方法にて測定対象とする嗅覚受容体を発現する細胞の最終イベントのポジティブコントロールとなる工程に相当するので、これによって得られる具体的な数値は実験の条件等に影響され難く、ある程度の絶対的な値を示すと理解される。
【0166】
しかし、工程1にて得られる数値は、測定条件等によって得られる数値が一定せず、何らかの基準値に対する相対的な値として得られることが好ましい。
【0167】
そこで、工程2にて得られる絶対的な数値を基準として工程1にて得られる数値を算出することによって、特定の被験物質に対する特定の嗅覚受容体を発現する細胞に対する活性化の程度を、ある程度絶対的な数値として算出することが可能となる。
【0168】
活性化の程度の算出方法(B)
本発明の被験物質による受容体に対する活性化の程度を算出する第2の方法について、説明する。具体的には、以下の工程1~3を含む方法である。
【0169】
(工程1)
受容体を発現する真核細胞に対し、被験物質を接触させる前から蛍光測定を開始し、接触前の第1所定時間における蛍光の平均値をFbaseとする工程。
【0170】
(工程2)
受容体を発現する真核細胞に対し、被験物質を接触させ、被験物質の接触後の第2所定時間における蛍光の最大値をFmaxとする工程。
【0171】
(工程3)
Fmax/Fbaseを算出し、活性化度とする工程。
【0172】
本活性化の程度の算出方法(B)においては、工程1、工程2、工程3の順に実施すればよい。
繰り返し測定する場合にも、例えば2回目の測定も、工程1、工程2、工程3の順に実施すればよい。
【0173】
上記する被験物質とは、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、一般的にヒト等の動物の感覚器官によって認識されない成分を含有する物質も、本発明の算出方法における被験物質に包含することもできる。
【0174】
上記する被験物質のカテゴリーは、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、純物質とすることもでき、混合物とすることもできる。また純物質が、単体であるか、化合物であるかも、特に限定されない。
【0175】
上記する被験物質の形状も、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、気体、固体、又は液体の何れの形状であってもよい。
【0176】
上記する受容体は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、上述したアレイ1が有する核酸3の属する所定の受容体であってよく、いわゆる膜貫通型受容体を指し、例えば、代謝型受容体、イオンチャネル型受容体を含み得る。
【0177】
代謝型受容体の例としては、Gタンパク質共役型受容体、チロシンキナーゼ受容体、グアニル酸シクラーゼ受容体がある。
Gタンパク質共役型受容体の例としては、嗅覚受容体、ムスカリン性アセチルコリン受容体、アデノシン受容体、アドレナリン受容体、GABA受容体(B型)、アンギオテンシン受容体、カンナビノイド受容体、コレシストキニン受容体、ドーパミン受容体、グルカゴン受容体、ヒスタミン受容体、オピオイド受容体、セクレチン受容体、セロトニン受容体、ガストリン受容体、P2Y受容体、ロドプシンがある。
チロシンキナーゼ受容体の例としては、インスリン受容体、細胞増殖因子の受容体、サイトカインの受容体がある。
グアニル酸シクラーゼ受容体の例としては、GC-A、GC-B、GC-Cがある。
【0178】
イオンチャネル型受容体の例としては、ニコチン性アセチルコリン受容体、グリシン受容体、GABA受容体(A型、C型)、グルタミン酸受容体、セロトニン受容体3型、イノシトールトリスリン酸(IP3)受容体、リアノジン受容体、P2X受容体がある。
【0179】
これら受容体の活性化度に応じて、細胞内に取り込まれることが既知の物質について、測定対象とすることができる。例えば受容体が嗅覚受容体である場合には、細胞内の物質として、カルシウムを例示することができる。
【0180】
受容体が嗅覚受容体であり、被験物質を接触させる方法について、次に説明する。被験物質が固体である場合には、それに含有される匂い成分を溶出することができる公知の溶媒を用いて得られる溶液を、真核細胞に適用することによって、当該被験物質を真核細胞に接触させることができる。また、被験物質が気体である場合も、それに含有される匂い成分を吸収することができる公知の溶媒を用いて得られる溶液を、真核細胞に適用することで、当該被験物質を真核細胞に接触させることができる。
【0181】
上記する公知の溶媒とは、本発明の方法によって哺乳類由来の嗅覚受容体に応答しない溶媒である限り、特に限定されない。例えば、水、緩衝液、DMSO、メタノール、エタノール、培地、リンゲル溶液等を挙げることができる。
【0182】
工程1について
本発明の算出方法の工程1は、受容体を発現する真核細胞に対し、前記被験物質を接触させた時に、該細胞内に取り込まれる物質を測定する工程である。以降、受容体を、哺乳類由来の嗅覚受容体とし、細胞内に取り込まれる物質が、カルシウムである系に代表させて、以下、説明する。
【0183】
工程1において、哺乳類由来の嗅覚受容体を発現する真核細胞を維持するための培地、培養条件等は、工程1及び2における真核細胞内に取り込まれるカルシウム量の測定に影響を与えない範囲において、特に限定されない。例えば、通常、哺乳類に由来する細胞を培養することができる培地、温度、二酸化炭素濃度を挙げることができる。
【0184】
なお、工程1において哺乳類由来の嗅覚受容体を発現する真核細胞に取り込まれるカルシウムを測定する場所は、上記する培地、及び培養環境を維持できる範囲に限り、特に限定されない。例えば、ディッシュ上、プレート上、マルチウェルプレート上、チャンバー上、アレイ上等の細胞培養に適した場所を例示することができる。本発明の算出方法をハイスループットに実施する観点から、マルチウェル上、マルチウェルが設けられたチャンバー上、及びアレイ上での測定することが好ましい。この時、各ウェルに格納される細胞が発現する哺乳類由来の嗅覚受容体は、それぞれ異なる嗅覚受容体であることが好ましい。
【0185】
工程1における哺乳類由来の嗅覚受容体を発現する真核細胞内に取り込まれるカルシウムを測定する手段は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、カルシウム用蛍光指示薬を用いる手段等を挙げることができる。カルシウム用蛍光指示薬は、カルシウムの量に応じて、蛍光強度が変化する作用を有している。
【0186】
上記する手段において用いられる蛍光指示薬は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、細胞内カルシウムを測定するためのいわゆるカルシウム指示薬を用いることができる。例えば、Calbryte520、Calbryte590、Calbryte630を用い、細胞内のカルシウム濃度の変化を、蛍光として呈色する指示薬を用いることができる。これらの蛍光指示薬は、細胞膜透過性を高めるAM誘導体(アセトキシメチル基による保護)である事が好ましい。
【0187】
なお、AM体は水中にて顆粒となることがあるため、これを細胞に取り込ませることを目的として、Pluronic F-127、又はCremophor EL等の界面活性剤を用いてもよい。
上記の指示薬の中でも、細胞内に取り込まれるカルシウム量の経時的な測定が可能であること、効率的に測定できること、顕微鏡G励起付近の汎用性が高い、単一波長励起、単一波長蛍光の特性を有すること等の観点から、Calbryte520AMを用いることが好ましい。これらの色素を用いて細胞内に取り込まれるカルシウム量を測定する具体的な方法は、特に限定されない。具体的には、指示薬と細胞内カルシウムとを接触させて、互いが結合した状態に伴って該指示薬によって発せられる蛍光値を測定する方法を挙げることができる。
【0188】
(工程1)は、受容体を発現した真核細胞に対し、被験物質を接触させる前から蛍光測定を開始し、接触前の第1所定時間における蛍光の平均値をFbaseとする工程である。ここで、接触前の第1所定時間とは、被験物質を接触させる前の、真核細胞アレイ10及び測定系が、熱的安定、化学的安定な状態を計測するための時間である。
従って、第1所定時間の開始時刻は、真核細胞アレイ10を測定系に設置して、熱的に平衡に達する時間によって設定する。また、第1所定時間の終了時刻は、環境との化学的な平衡状態が崩れるタイミング、すなわち真核細胞アレイ10に被験物質を接触させるタイミングを含まない。真核細胞アレイ10は有限の大きさを持つため、真核細胞アレイ10の両端では被験物質の接触に時間差が生ずることも考慮して、第1所定時間の終了時刻は、被験物質を接触させるタイミングより前に設定するのが望ましい。
例えば、第1所定時間は、測定開始から被験物質接触前1分前までの時間であり、典型的には、被験物質接触6分前~1分前の5分間の時間である。
本発明の効果を発揮する範囲に限り、第1所定時間の開始時刻は、被験物質接触の30分前、20分前、10分前、9分前、8分前、7分前、5分前であってもよく、第1所定時間の終了時刻は、3分前、2分30秒前、2分前、1分30秒前、50秒前、40秒前、30秒前、20秒前、10秒前であってもよい。
【0189】
(工程2)は、受容体を発現した真核細胞に対し、被験物質を接触させた時付近から蛍光測定を開始し、接触後の第2所定時間における蛍光の最大値をFmaxとする工程である。従って、第2所定時間は、Fmaxを越えて、蛍光が低下する傾向が持続することが確認できる追加時間(経過観察時間)を含んで設定することが必要である。
ここで、受容体に対する被験物質の応答速度は、極めて速いことから、第2所定時間の開始時刻は、被験物質を接触させた時刻と同一とすることが望ましい。
一方、蛍光の最大値Fmaxに関しては、受容体の種類、被験物質によって、ピークから低下に転ずる時刻や、下降曲線の形にバラツキがあるため、追加時間(経過観察時間)は比較的長めに必要である。多くの受容体の種類、被験物質を検討した結果、1つの判断基準としては、蛍光強度がピーク値から下降に転じた後、200秒間以上、下降傾向が持続した場合に、ピーク値をFmaxと判断することができる。また、別の判断基準としては、蛍光強度がピーク値から下降に転じた後、第2所定時間の開始時刻からピーク値までの経過時間の0.3倍以上の追加時間に渡り、下降傾向が持続した場合に、ピーク値をFmaxと判断することができる。
例えば、第2所定時間は、被験物質接触後0~20分後までの時間であり、典型的には、被験物質接触後0~10分後の10分間の時間である。
本発明の効果を発揮する範囲に限り、第2所定時間の開始時刻は、被験物質接触の3秒後、5秒後、10秒後、20秒後、30秒後であってもよく、第2所定時間の終了時刻は、12分後、15分後、25分後、30分後であってもよい。
【0190】
このようにして求めたFbase、Fmaxに基づいて、Fmax/Fbaseを算出することによって、受容体の活性化度を求めることができる。
図5は、算出方法(B)による蛍光測定の例を示す図である。横軸は時間(秒)であり、縦軸が蛍光強度(任意単位)となっている。横軸の時間は測定開始を0秒としたものであり、測定開始360秒(
図5中、T360と表示)において、受容体を発現する真核細胞に被験物質を接触させている。
図5の例において、第1所定時間は、T0~T300であり、すなわち被験物質接触6分前~1分前の5分間の時間である。また、第2所定時間は、T360~T900であり、すなわち被験物質接触0分後~10分後の10分間の時間である。
【0191】
図5が示すように、第1所定時間における蛍光は安定しており、その平均値はベースラインとしてふさわしい。また第2所定時間における蛍光は、鋭利なピークを有し、最大値の検出は容易に行える。従って、FmaxをFbaseで除することは、活性化度を効果的に表す指標となり得る。
図5の例においては、Fbase=656であり、Fmax=949であるから、これら数値に基づいて、活性化度は、Fmax/Fbase=1.4と算出される。
【0192】
算出方法(B)の利点としては、算出方法(A)と比べて、脱分極の工程、陽性対照物質を接触させる工程を必ずしも必要としない高い測定再現性にある。
【0193】
図6は、一過性発現させた各種嗅覚受容体について、被験物質を接触させた際の、蛍光強度の時間応答性を測定したものである(測定開始から360秒において、被験物質を接触させている)。
図6[A]は、嗅覚受容体のうち、典型的な5例についての時間応答性を調べた結果である。
図6[A]が示すように、測定開始から400~450秒において蛍光強度は最大値を示し、以降減衰している。
しかしながら、受容体OR8U1(
図6[D])については、測定開始から500秒付近において蛍光の最大値を示し、以降減衰している。
また、受容体OR2G2(
図6[B])、受容体OR4C11(
図6[C])については、測定開始から600秒付近において蛍光は最大値を示し、600~900秒の、およそフラットと呼べる期間を経過した後、減衰に転じている。
このように受容体により、時間応答性が異なり、一部の受容体においては、被験物質接触の影響を長く受けるものがある。
また、測定開始前の時間における蛍光強度についても、受容体ごとに傾向が異なる。
【0194】
このことから、第1所定時間より第2所定時間を長く設定することが望ましく、このような時間設定する限りにおいて、測定値Fmax/Fbaseは、活性化度の指標として、高い信頼性を有する。このような測定方法を採用する限り、陽性対照物質を接触させることなく、被験物質を繰り返し接触させて、活性化度を繰り返し測定することができる。
典型的には、第1所定時間は、被験物質接触6分前~1分前の5分間の時間であり、第2所定時間は、被験物質接触0分後~10分後の10分間の時間である。
【0195】
なお、算出方法(B)は、品質管理の手法を併用して、さらに信頼性の向上を図ることもできる。例えば、原因は不明であるが、測定系全体に外乱が混入し、測定信号(蛍光強度)にノイズが重畳されることがある。また測定系全体として、蛍光強度が低くなることがある。このような場合の測定においても、信頼性を確保する方法として、第1所定時間中の蛍光強度の標準偏差(SD)を測定し、活性化度として採用するか否か判定するパラメータとして用いる。具体的には、Fbase+5SDを算出し、上述した測定値Fmaxと比較する。測定値FmaxがFbase+5SD以上であるときには活性化度として採用し、測定値FmaxがFbase+5SD未満であるときには活性化度として採用しない。このように測定値について、統計的な判定を行うことにより、測定値Fmax/Fbaseを活性化度として扱う際の信頼性はさらに向上する。
例えば、
図5の例においては、第1所定時間中の蛍光強度の標準偏差(SD)は、SD=9であり、上述のように、Fbase=656、Fmax=949であるから、Fbase+5SD=701と算出される。このとき、FmaxはFbase+5SD以上であり、活性化度として、充分採用し得る活性化度である。
【0196】
上述したように、測定値Fmax/Fbaseは、活性化度の指標として、本来、高い信頼性を有することから、陽性対照物質を接触させることなく、被験物質を繰り返し接触させて、活性化度を繰り返し測定することができる。
この繰り返し測定において、測定値に高い信頼性を求める場合には、1回目の測定に続く2回めの測定は、2回目の測定におけるFbase(以降、Fbase2と記すことがある)が、上記したFbase+5SDを下回る時間まで放置する(例えばリンゲル液を灌流する)ことによって、2回目の測定は、1回目の測定の影響を受けることなく実施することができる。Fbase2<Fbase+5SDとなる時間(緩和時間)は、受容体や被験物質にもよるが、典型的には20分以上である。同様に、3回目以降の測定も、この方法を用いて行うことができる。
【0197】
一方、受容体を複数配置したアレイにおいて、繰り返し測定を行う場合においては、受容体ごとに緩和時間が異なるため、すべての受容体がFbase2<Fbase+5SDの条件を満たす時間まで放置すると多大な時間を要することがある。従って、測定の時間効率を優先させる場合においては、Fbase2≧Fbase+5SDであるタイミングにあっても、2回目の測定を行うことができる。すなわち、2回目の測定の開始前に、Fbase2を求める工程1を行っていることにより、継続的に2回目の測定を行うことができる。同様に、3回目以降の測定も行うことができる。
【0198】
以上、本発明の活性化度の算出方法(B)について、被験物質との接触により、真核細胞内に取り込まれる物質を蛍光指示薬によって検出する系に代表させて説明してきたが、算出方法(B)は、これに限らず、幅広い応用が可能である、例えば、被験物質との接触により、真核細胞内に取り込まれるイオンを、イオン測定用の蛍光色素、または蛍光性結合タンパク質によって検出する系についても、同様に適用することができる。
【0199】
また、本発明の活性化度の算出方法(A)、及び本発明の活性化度の算出方法(B)は、本発明の真核細胞アレイ10、特に受容体を発現した真核細胞アレイ(本明細書において、受容体アレイ10rということがある)にも適用することができる。
【0200】
なお、活性化度は、Fmax/Fbaseを基にした数値計算により、別の数値表現も可能である。例えば、受容体が有する最大活性化度を100%とし、それに対する比率(%)で表現してもよい。具体的には、被験物質の代わりに、例えばカルシウムイオノフェア(細胞内のカルシウム濃度を100%に高める試薬)やdbcAMP(カルシウムチャネルのCNGを100%活性化する試薬)などの陽性対照試薬で処理を行うことによって、受容体が有する最大活性化度を求めることができる。上記の
図5の例では、最大活性化度におけるFmax/Fbaseは2.2であることが予め分かっているので、
図5のFmax/Fbase=1.4の測定値における被験物質による活性化は、1.4/2.2=0.64、すなわちその受容体が有する最大活性化度に対し、64%が発揮された、と表現することもできる。
【0201】
受容体アレイの測定方法
本発明の受容体アレイ10rに対して、各受容体に対する活性化度を測定する方法は、典型的には、以下のとおりである。ここでは、活性化度の算出方法(B)を用いた例を用いて説明する。
受容体アレイ10rに、測定用蛍光物質、測定用蛍光色素、又は蛍光性結合タンパク質を作用させ、被験物質の接触に基づく活性化度を蛍光に置き換える反応系を樹立する。
続いて、受容体アレイ10rの貫通孔2の全てを含む領域を、同時に一括して画像データとして取得する測定系を樹立する。ここで、測定系は、受容体アレイ10rの貫通孔2(貫通孔2A等)を個別に認識するのみならず、貫通孔2内部の各真核細胞(真核細胞4A1、4A2、4A3、4A4、4A5等)を個別に認識できるように、受光光学系を設定する。
続いて、被験物質を、反応系を樹立した受容体アレイ10rに対して接触させる。
ここで、測定系は、被験物質を接触させる前から動作させ、第1所定時間の間、画像データを取得する。
また、測定系は、被験物質を接触させる時付近から動作させ、第2所定時間の間、画像データを取得する。
第2所定時間の経過後、真核細胞各々の蛍光を数値化し、各細胞単位で数値を演算することによって活性化度を算出する。
この際、各細胞単位の蛍光の数値は、スライスレベル(蛍光強度の固定値)を設定する手法によって、品質管理を行い、所定値以上のデータのみを採用し、各細胞単位で数値を演算することによって活性化度を算出することも許容される。
また、各細胞単位の活性化度は、Fbase+5SDによる判定によって、品質管理を行い、信頼性の高いデータを採用し、出力することも許容される。
また、各細胞単位の活性化度は、公知の統計手法によって、品質管理を行い、各受容体毎に、1つのデータを算出し、出力することも許容される。その結果、例えば、400個の受容体に対して、400個の活性化度の数値を出力することが許容される。
【0202】
本発明の方法によって算出される数値は、例えば、この数値の算出対象とした受容体、及び該受容体に作用させた被験物質の濃度等と共に、一群の情報として用いることができる。
よって、受容体が嗅覚受容体である場合には、本発明によって算出される数値を含む一群の情報は、これをデータベースとして用いることによって、後記する本発明の匂いを構成する方法、又は匂いが構成された組成物の製造方法等に有用である。
【0203】
本発明の算出方法によって得られる数値は、下記に示す様々な用途に使用することができる。
【0204】
例えば、ある物質の匂いを、その他の2つ以上の物質の匂いを組み合わせることによって、再現する方法を提供することができる。これについて、本発明の匂いを構成する方法にて詳細に後述する。そして、ある物質の匂いが構成された組成物を、その他の2つ以上の物質を組み合わせて再現する方法も提供することができる。これについて、匂いが構成された組成物の製造方法にて詳細に後述する。
【0205】
匂いを構成する方法
本発明の目標物質の匂いを構成する方法(以下、本明細書において、これを「構成方法」と呼ぶことがある。)は、2つ以上の標準物質による哺乳類由来の各嗅覚受容体に対する活性化の程度を基準に、目標物質による哺乳類由来の各嗅覚受容体に対する活性化の程度が構成されるよう、該2つ以上の標準物質を組み合わせて、該目標物質の匂いを構成する方法である。
【0206】
上記する2つ以上の標準物質による哺乳類由来の各嗅覚受容体に対する活性化の程度の入手手段は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、本発明の算出方法(A)及び/又は算出方法(B)によって得られる数値を利用することができる。
【0207】
上記する目標物質による哺乳類由来の各嗅覚受容体に対する活性化の程度の入手手段は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、本発明の算出方法(A)及び/又は算出方法(B)によって得られる数値を利用することができる。
【0208】
具体的に組み合わせる方法について、
図7に示す模式図を基に説明する。
図7の模式図にて、目標物質による匂いを構成する、すなわち目的物質による哺乳類由来の嗅覚受容体(例えばα、β、γ、δ及びε)への活性化の程度を示す。
【0209】
ここで、標準物質として、例えばa、b、c、d及びeのうちの、a、c及びeを組み合わせることによって、目標物質による哺乳類由来の嗅覚受容体の活性化の程度を構成することができる事を
図7の模式図にて示している。すなわち、組み合わせる方法は、パターンマッチング法であり、目標物質に対する嗅覚受容体α、β、γ、δ及びεにおける各々活性化度と、各標準物質の嗅覚受容体α、β、γ、δ及びεにおける各々活性化度を比較し、最も近いものを選抜する方法である。多くの場合、目標物質の構成が、1つの標準物質によって達成されることはないため、このパターンマッチング法は、複数回行われる。例えば
図7の場合、最初のパターンマッチング法によって、標準物質aが選抜されたとすると、受容体α、β、及びγについては目標が達成されたことになるので、2回目のパターンマッチング法においては、受容体δ及びεにのみ着目して行われる。その結果、標準物質cが選抜され、同様に3回目のパターンマッチングが受容体εにのみ着目して行われた結果、標準物質eが選抜される。
【0210】
なお、上記する標準物質による哺乳類由来の嗅覚受容体の活性化の程度について、標準物質による哺乳類由来の嗅覚受容体に対する刺激濃度(被験物質濃度)と、それによって反応する際に示す哺乳類由来の嗅覚受容体に対する活性化の程度との間に、線形性が認められない場合には、特定の濃度の標準物質による哺乳類由来の嗅覚受容体に対する活性化の程度を基にして、目標物質による哺乳類由来の嗅覚受容体に対する活性化の程度が構成されるように組み合わせることができる。
【0211】
なお、嗅覚受容体に対する刺激濃度(被験物質濃度)と、嗅覚受容体の活性化度との間は、非線形であることが多く、また両者の関係を、関数で表せないこともある。このような場合には、複数の濃度の標準物質について、各種嗅覚受容体の活性化度のデータを収集し、この作業を更に複数の標準物質について行って、数値化(データ化)することが考えられる。このようにして得たデータ(以降、第1データということがある)は、標準物質(複数)、濃度(複数)、受容体(複数)の三次元行列で表すことができる。
また、目標物質について同様な数値化を行って、第2データを得ることができ、一次元行列で表すことができる。
従って、第1データに対して、第2データを用いて所定の演算することによって、複数の標準物質候補と、複数の濃度候補との組み合わせにおいて、目標物質に最も近い最適解を得ることができる。また、演算の過程において、複数の標準物質を用いて構成した仮想の物質(計算機上のバーチャルな構成物質)について、目標物質との差分を求めて検定する検定工程を設けてもよい。
【0212】
匂いが構成された組成物の製造方法
本発明の目標物質の匂いが構成された組成物の製造方法は、2つ以上の標準物質による哺乳類由来の各嗅覚受容体に対する活性化の程度を基準に、目標物質による哺乳類由来の各嗅覚受容体に対する活性化の程度が構成されるよう、該2つ以上の標準物質を組み合わせて、該目標物質の匂いが構成された組成物の製造方法である。
【0213】
上記する2つ以上の標準物質による哺乳類由来の各嗅覚受容体に対する活性化の程度の入手手段は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、本発明の算出方法によって得られる数値を利用することができる。
【0214】
上記する目標物質による哺乳類由来の各嗅覚受容体に対する活性化の程度の入手手段は、本発明の効果を発揮する範囲に限って、特に限定されない。例えば、本発明の算出方法によって得られる数値を利用することができる。
【0215】
具体的に組み合わせる方法については、上記の匂いを構成する方法にて説明する通り、
図7に示す模式図を基に説明することができる。すなわち、
図7の例においては、標準物質a、c及びeを等量ずつ混合することにより、目標物質を構成することができる。
【0216】
本発明の製造方法によって製造される組成物は、目標物質が高価であったとしても、これと同等の匂いを構成する組成物を安価に作成することも可能であるとの効果を奏する。
【0217】
試料の匂いを、目的の匂いに修正するための物質のスクリーニング方法
上述した匂いの構成方法を応用して、匂いの修正を行うことができる。
すなわち、修正しようとする試料の匂いと、目標の匂いの両方について、嗅覚受容体(例えばα、β、γ、δ及びε)への活性化度を測定する。ここで、活性化度の評価は、例えば上述した算出方法(A)及び/又は算出方法(B)を用いることができる。
【0218】
ここで、目標とする匂いと修正しようとする試料の匂いの比較を、各受容体ごとに行う。続いて、特定の受容体について(例えば受容体αについて)、標準物質として何を、どのくらい加えれば目標とする受容体αが検知する匂いに近づくかを検討し、加算する候補物質を、複数の標準物質から選抜する。このとき、修正しようとする匂いと選抜した標準物質を加算した匂いについて、受容体の活性化度が、目標とする匂いの受容体αの活性化度に近づいているかどうかを判断基準として、選抜を行う。
匂いの加算は、実際に標準物質の混合・構成でもよいし、計算機上のバーチャルな構成であってもよい。目標とする匂いに近づいているかどうかの判断は、混合・構成した物質の受容体αにおいて求める活性化度を基準として行う。このような操作を受容体αについて繰り返し行い、最も近づいたときに、候補物質の選選抜を行うことができる。
以上は、説明の簡単化のために、受容体αについて着目したが、複数の受容体について、このような操作を同時に行うことも可能である。例えば受容体の種類がn種類の場合には、n次元空間におけるユークリッド距離が最小となるように、候補物質を選抜することができる。
【0219】
また、標準物質による各受容体の活性化度に関する既知の情報をデータベースに収納しておき、データベースの情報との比較によって、受容体の活性化度が、目標とする匂いの活性化度に近づいているかどうかを判断基準として、選抜を行ってもよい。またデータベースは、代表的な匂いを発する物質のデータベースとして、上記説明を行ったが、これ以外に、代表的な匂いを消去する物質のデータベースとしてもよい。
【0220】
試料の匂いを、目的の匂いに修正する方法は、環境(空間)の匂いを快適なものに修正することに応用できるほか、環境(空間)の臭いを消去し(消臭し)、快適なものに修正することにも応用できる。また、本スクリーニング方法の更なる応用として、デオドラント物質を提供することもできる。
【実施例0221】
以下に、本発明をより詳細に説明するための実施例を示す。なお、本発明が以下に示す実施例に限定されないのは言うまでもない。
【0222】
1)マウス嗅覚受容体の単離
日本エスエルシーより3-5週齢のC57/BL6J(雌)を購入した。3mLのUrethane solution(300mg/mL;U2500、Sigma-Aldrich)で静注麻酔した後、マウスを断頭し、氷上で嗅上皮を摘出した。摘出した嗅上皮は1mMのCysteinを含有するCa2+ringer solution (pH7.2; NaCl140mM、KCl5mM、CaCl21mM、MgCl21mM、HEPES10mM、glucose10mM、及びピルビン酸ナトリウム1mM)に分散させ、1units/mLのpapain、又は0.25mg/mLのtrypsinで処理した。これに、0.1mg/mLのDNase I、0.1mg/mLのBSA、及び500μMのleupeptin(trypsinの場合は0.025mg/mLのtrypsin inhibitor)を含有するCa2+ringer solutionを等量加え、酵素反応を停止させた後、セルストレーナーに2回通し、大きな組織片を除去した。
【0223】
除去後のサンプルに対して遠心分離処理を行い、これを1度洗浄して、嗅上皮由来細胞溶液とした。
【0224】
2)ワンセルシステムの利用およびこれを用いた解析手段
上記で得られた嗅上皮由来細胞溶液を1000rpm、5分間で遠心分離(2420、KUBOTA Co.)を行って上清を除去した後、これに250μLの5μM Fluo4-AM(F312、 Dojindo)、0.02wt%Pluronic F-127(P6867、Molecular Probes)を含有するCa2+ ringer solutionを加えた。As OneCell Pickingシステム(アズワン;全自動1細胞解析単離装置[温度調節装置、タイムラプス装置、灌流装置付];良元ら、Scientific Reports Vol.3(2013)1191;以下、本明細書にて、これを「ワンセルシステム」と呼ぶ事がある。)用の直径10μmナノチャンバーを約40万個有するポリスチレン製スライドを2%のPVP(ポリビニルピロリドン(ナカライ))に浸した後、ワンセルシステム用の灌流ジグに設置し、上記処理を施した嗅上皮由来細胞溶液を加えて、軽く遠心(7xg、1分間、3回)を行い、ナノチャンバー内に嗅上皮由来細胞を格納した。
【0225】
その後、ワンセルシステムの所定位置に設置し、Ca2+ ringer solutionを循環させた状態で維持し、4倍対物レンズを介して、ナノチャンバーに含まれる各嗅上皮由来細胞のFluo-4由来の蛍光像の確認を行い、蛍光強度の時間変化を記録した。
【0226】
嗅上皮由来細胞への刺激は次の通りに行った。上記する嗅上皮由来細胞が格納されたスライドに対して、Ca2+ringer solutionを2分間還流(250μL/min)させた後、100μLのhigh K+ringer solution(pH7.2;NaCl40mM、KCl100mM、CaCl21mM、MgCl21mM、HEPES10mM、glucose10mM、ピルビン酸ナトリウム1mM)を20秒間還流させて、一過性のFluo-4由来に由来する蛍光の増強により、嗅上皮由来細胞に含まれる嗅神経細胞の位置を確認した。その結果、スライドに格納された嗅上皮由来細胞のうち、嗅神経細胞個数は約1万個であった。
【0227】
3)嗅覚遺伝子の同定
上記する条件にて、嗅上皮由来細胞に対して匂い分子である2-ペンタノン(30μM)で10秒間、2-ペンタノン(3mM)で10秒間の刺激を行い、その後high K+ringer solutionにより嗅上皮由来細胞に含まれる嗅神経細胞を同定した。その結果、約1万個の嗅神経細胞のうちの約100個が2-ペンタノンに反応したので、これらの嗅神経細胞のうち任意の2細胞(細胞番号としてHI28-03、及びHI25-18とする)を、ワンセルシステムに付属するグラスキャピラリーにより1細胞単位で回収し(容量50nL)、4.5μL Cell lysis solution(Cell Amp Whole Transcriptome Amplification Kit Ver.2; Takara)を含むPCRチューブに移動させた。その後、直ちに同キットの指示に従って、逆転写反応を行った。
【0228】
次に、逆転写反応の産物をマウス嗅覚受容体の3番目の膜貫通ドメインに対するフォワードプライマー(配列番号10)と、7番目の膜貫通ドメインに対するリバースプライマーである(配列番号11)又は(配列番号12)によりPCRを行った。
【0229】
PCR用の酵素はLA-Taq(Takara)そしてPCRバッファーはGC buffer I(Takara)を使用し、94℃1minの1cycleの反応の後に、94℃0.5min、40℃0.5min、72℃2minの35cyclesの反応を行い、最後に72℃5minの1cycleの反応を行った。このようにして得られたDNA断片をpMD20プラスミド(Takara)にサブクローニングし、2-ペンタノンに反応した細胞(HI28-03及びHI25-18)にて発現する嗅覚受容体の塩基配列を決定した。
【0230】
その結果、HI28-03はOlfr168(mOR271-1; GenBank accession number:AY317252)と、そしてHI25-18はOlfr205(mOR182-11P;GenBank accession number:BC150839)と、それぞれ同定された。
【0231】
上記の手法にて、嗅上皮由来細胞に含まれる嗅神経細胞の中から、匂い分子としてピリジンに応答する2つの嗅神経細胞(それぞれ、細胞番号IG04-13とHG28-24とする。)を得た。これらの細胞にて発現する嗅覚受容体を、上記する方法にて同定した結果、IG04-13はOlfr45(mOR253-2; GenBank accession number:AY317653)、またHG28-24はOlfr166(mOR270-1; GenBank accession number:AY317250)と同定された。
【0232】
そして、上記の手法にて嗅上皮由来細胞に含まれる嗅神経細胞の中から、匂い分子として2-ブタノンに応答する嗅神経細胞(細胞番号HE22-23)を得た。この細胞にて発現する嗅覚受容体を、上記する方法にて同定した結果、嗅覚受容体Olfr1258(mOR232-3;GenBank accession number:AY318460)であることを同定した。
【0233】
4)同定した嗅覚遺伝子に対する活性化の程度の算出方法(算出方法(A))
上記する嗅神経細胞のうち、2-ペンタノンによる刺激に応答したHI28-03細胞及びHI25-18細胞に対して、再度2-ペンタノンによる刺激を行い、これらの細胞内に対する刺激後にCa2+イオンが取り込まれた量を、Fluo-4に由来する蛍光強度の上昇量として測定した。
【0234】
具体的には、ワンセル装置にセットした嗅上皮由来細胞を格納したスライドガラスに上記するCa
2+ ringer solutionを還流させ、2分おきに後記する3mMの2-ペンタノンを含有するCa
2+ ringer solution溶液を20秒間加え、それぞれの嗅神経細胞に対する一過性のFluo-4に由来する蛍光強度の増強の程度を5回繰り返して測定した(
図8)。
【0235】
その結果、HI28-03細胞では蛍光強度が46±12に増強したとの数値を示し、HI25-18細胞では38±10に増強したとの数値を示した。しかし、これらの数値に対するCV値は、共に26%と不安定な測定となってしまった。
【0236】
そこで、上記するhigh K+ ringer solutionによって2-ペンタノンに応答したHI28-03細胞及びHI25-18細胞のCNGチャネルを脱分極させた場合に得られるFluo-4に由来する蛍光強度の上昇値を100%とし、この数値に対する各種濃度の2-ペンタノンによる刺激後の両嗅神経細胞のFluo-4に由来する蛍光強度の上昇値を相対値で表現した場合(5回それぞれ独立で実験を行った)、HI28-03細胞では74±3、そしてHI25-18細胞で67±4となり、そのCV値はそれぞれ4%及び6%と著しく安定した。
【0237】
また、上記する嗅神経細胞のうち、ピリジンによる刺激に応答したIG04-13細胞及びHG28-24細胞に対して、再度ピリジンによる刺激を行い、これらの細胞内に対する刺激後にCa
2+イオンが取り込まれた量を、Fluo-4に由来する蛍光強度の上昇量として測定した(
図9)。
【0238】
その結果、IG04-13細胞では蛍光強度が195±70に増強し、そしてHG28-24細胞では153±47に増強したとの数値を示した。しかし、これらの数値に対するCV値は、それぞれ36%及び31%と、非常に不安定な測定となってしまった。
【0239】
そこで、上記するhigh K+ ringer solutionによってピリジンに応答したIG04-13細胞及びHG28-24細胞のCNGチャネルを脱分極させた場合に得られるFluo-4に由来する蛍光強度の上昇値を100%とし、この数値に対する各種濃度のピリジンによる刺激後の両嗅神経細胞のFluo-4に由来する蛍光強度の上昇値を相対値で表現した場合(5回それぞれ独立て実験を行った)、IG04-13細胞では120±6、そしてHG28-24細胞で132±5となり、そのCV値はそれぞれ5%及び4%と著しく安定した。
【0240】
なお、上記する測定系の高度な定量性は、Fluo-4に由来する蛍光強度の変化量はそのピークの高さに基づいて測定するだけでなく、ピークの面積に基づいた測定であっても、保たれていることも確認している。そして、嗅覚受容体を発現する嗅神経細胞に存在するCNGチャネルの脱分極を引き起こす薬剤は、high K+ ringer solutionのみならず、既知のイオノフォアでも同様に使用可能であることを確認している。
【0241】
5)再構成実験
上記の3)及び4)にて得られたマウス由来嗅覚受容体が、確かにスクリーニングに使用した匂い分子に応答するか確認するために、HEK293細胞内に、嗅覚受容体から、Gαolfを含むヘテロ三量体Gタンパク質を経て、アデニル酸シクラーゼを活性化させてATPからcAMPを蓄積させ、細胞内cAMP濃度依存的にルシフェラーゼ発現を誘導する系を再構成した。
【0242】
具体的には、マウス由来嗅覚受容体遺伝子であるOlfr168、Olfr205、Olfr45及びOlfr166と配列番号9に示すアミノ酸配列をコードするDNAをそれぞれ融合させた遺伝子を、SRαプロモーターの下流に組み込んだpME18Sプラスミド、Gαolfを発現させる配列番号2に示すアミノ酸配列をコードする塩基配列を有するプラスミド、嗅覚受容体をゴルジ体から細胞表層への提示効率を上昇させる因子である配列番号6に記載する塩基配列を有するReceptor-transporting protein 1S(RTP1S)を発現させるプラスミド及びcAMP応答性ルシフェラーゼ発現プラスミドpGlosensor-22(プロメガ)をLipofectamine 2000(Life Technologies)によりHEK293T細胞に導入し、一過性発現させた。
【0243】
これによって、マウス由来嗅覚受容体遺伝子であるOlfr168を発現させた場合、段階的に希釈した匂い分子2-ペンタノンで刺激し誘導されたルシフェラーゼ活性を測定したところ、2-ペンタノンに対し濃度依存的にルシフェラーゼ活性が上昇し、EC50値が2.1±0.6mMと算出された。これは、Olfr168を発現する嗅神経細胞(
図8)と類似した2-ペンタノンに対する応答性であり、Olfr168を活性化可能な匂い分子の一つは2-ペンタノンであることを示している。また、Olfr205を発現するHEK293細胞のEC50値(約4mM)はOlfr205を発現する嗅神経細胞と類似した2-ペンタノンに対する応答性を示したことから、Olfr205を活性化可能な匂い分子の一つは2-ペンタノンであることを示している。次に、Olfr45またはOlfr166を発現するHEK293細胞のEC50値(約5mM)はOlfr45またはOlfr166を発現する嗅神経細胞と類似したピリジンに対する応答性を示したことから、Olfr45またはOlfr166を活性化可能な匂い分子の一つはピリジンであることを示している。さらに、Olfr1258を発現するHEK293細胞のEC50値(約1.5mM)はOlfr1258を発現する嗅神経細胞と類似した2-ブタノンに対する応答性を示したことから、Olfr1258を活性化可能な匂い分子の一つは2-ブタノンであることを示している。
【0244】
以上から、上記の3)に記載する方法によると、任意の匂い分子に対応する嗅覚受容体群を発現する各嗅神経細胞を単離することが可能であることが判明した。
【0245】
6)ヒト嗅覚受容体発現用プラスミドの作製
ヒト由来嗅覚受容体遺伝子群から選抜したヒト由来嗅覚受容体遺伝子404種類を、それぞれ発現するプラスミドを合成DNAにより構築する。配列番号X9に示すアミノ酸をコードする遺伝子を、上記する各ヒト由来嗅覚受容体DNAと融合させ、これらをSRαプロモーターにより発現させるようにする。
【0246】
さらに、1細胞当たりのヒト由来嗅覚受容体の発現量の一定とするために、HEK293細胞及びCHO細胞の染色体上の決まった位置にのみ遺伝子が挿入されるFlp-In system(Invitrogen社)対応のプラスミド(pcDNA5/FRT)を採用する。
【0247】
7)ヒト嗅覚受容体発現をサポートする因子群の発現プラスミドの作製
ヒト由来嗅覚受容体遺伝子を哺乳類細胞で効率よくかつ機能を保ったまま発現させるために、ヒト由来嗅覚受容体をゴルジ体から細胞表層への提示効率を上昇させる因子と考えられているReceptor-transporting protein 1(RTP1)をコードするDNA(配列番号5)又はそのトランスクリプトバリアントであるRTP1S(配列番号6)、Receptor-transporting protein 2(RTP2)をコードするDNA(配列番号7)及びREEP1をコードするDNA(配列番号8)を含む哺乳類細胞発現用プラスミドを作製する。
【0248】
具体的には、pUC18プラスミドのマルチクローニングサイトに、エピジェネティックな影響を受けにくいとされるHuman Elongation Factor-1α(EF-1α)promoterとHuman T-Cell Leukemia Virus 1(HTLV1)由来LTRに由来するthe R segment and part of the U5 sequence(R-U5’)とのハイブリッドプロモーター及びSV40由来polyAサイトの間にKozak規則に従って上記する各DNA(RTP1、RTP2、REEP1及び薬剤選択マーカーであるブラストサイジン耐性(Bsr)遺伝子)をタンデムに挿入し、Construct 1と命名する哺乳類細胞発現用プラスミドを作製する。
【0249】
8)ヒト由来嗅覚受容体発現細胞へのGαolfおよびCNG発現プラスミドの作製
上記する5)再構成実験で記載した方法では、異所的に細胞で哺乳類由来嗅覚受容体を発現させても、その匂い分子による活性化を測定する際には細胞内cAMP濃度の上昇が指標として使われてきたが、この方法はエンドポイントアッセイであり、ヒト由来嗅覚受容体を発現する細胞群の網羅的かつハイスループットな解析を可能にするリアルタイムアッセイではない。
【0250】
現在、cAMP濃度依存的に蛍光強度が変化するFlamindo2等の蛍光タンパク質は幾つか存在するが、その多くが応答可能なcAMP濃度のダイナミックレンジが狭いか、cAMP濃度上昇に伴って蛍光が減衰するため数多くの細胞群からcAMP濃度が上昇した細胞を瞬時に選ぶのには不都合か、迅速な測定に適した1波長励起で1波長の蛍光で観察するものがないため、細胞内cAMPをリアルタイムかつ高感度で測定できる蛍光検出系は存在しない。よって、ヒト由来嗅覚受容体を発現する細胞群のリアルタイム解析を実現するために、cyclic nucleotide gated ion-channel(CNG)を同時に発現する必要がある。
【0251】
そこで、CNGを構成する3種類の遺伝子(CNGA2サブユニット、CNGA4サブユニット、CNGB1bサブユニット)の発現を試みる。使用するDNAは、CNGA2サブユニットは配列番号1、CNGA4サブユニットは配列番号3、CNGB1bサブユニットは配列番号4に示す塩基配列を含むDNAである。
【0252】
具体的には、ネオマイシン耐性遺伝子を有するpcDNA3.1+/C-(K)DYKプラスミドのCMVプロモーターとSV40 polyAサイトの間のマルチクローニングサイトに、Kozak則に従ったCNGA2サブユニット遺伝子、SV40 polyAサイト、hEF1-HTLVプロモーター、Kozak則に従ったGαolf遺伝子から構成される合成DNAをタンデムに挿入してこれをConstruct 2と命名する。
【0253】
次に、脱感作しにくいCNGA2サブユニット3アミノ酸残基(配列番号1に示す塩基配列がコードするアミノ酸配列の342番目のグルタミン酸、460番目のシステイン、そして583番目のグルタミン酸)の変異体(E342G/C460W/E583M)を使用すると、細胞内Ca2+濃度の減衰が抑制されているので、エンドポイントアッセイであったとしても、ヒト由来嗅覚受容体の活性化効率が弱い場合に好適である。
【0254】
具体的には発現プラスミドはCNGA2サブユニットに上記する変異を施して、Construct 2と同様に作製する(これをConstruct M2と命名する)。
【0255】
実際の測定に細胞内Ca2+濃度の上昇を測定するのに、CNGサブユニットに関して言えばCNGA2サブユニットのみでも可能であり、Construct 2及びConstruct M2で十分な感度が得られるが、さらにCNGが有する活性を十分に発揮させるのに、CNGA4サブユニット及びCNGB1bサブユニットも発現させることができる。
【0256】
そこで、pUC18プラスミドのマルチクローニングサイトにhEF1-HTLVプロモーターとSV40由来polyAサイトの間にKozak規則に従って各遺伝子(CNGA4サブユニット遺伝子とCNGB1bサブユニット遺伝子及び薬剤選択マーカーであるピューロマイシン耐性(Puro)遺伝子)をタンデムに挿入して、これをConstruct 3と命名する。
【0257】
9)HEK293細胞及びCHO細胞への組込み
HEK293細胞またはCHO細胞に、常法に従ってConstruct 1を形質転換し、ブラストサイジン選抜を行い、ブラストサイジン耐性のConstruct 1を安定に保持してRTP1、RTP2、REEP1を発現する細胞を得る。次に、上記に形質転換された細胞に対し、Construct 2を形質転換し、ネオマイシン選抜を行い、ネオマイシン・ブラストサイジン耐性のConstruct 1と2を安定に保持し、RTP1、RTP2、REEP1に加えて、CNGA2サブユニットとGαolfを発現する細胞を得て、それぞれHEK293-C1/2株およびCHO-C1/2株と命名する。
【0258】
更に、両株に対し、Construct 3を形質転換し、ピューロマイシン選抜を行い、ネオマイシン、ブラストサイジン、ピューロマイシン耐性のConstruct 1、2及び3を安定に保持するRTP1、RTP2、REEP1、CNGA2サブユニット、Gαolf、CNGA4サブユニット、及びCNGB1bサブユニットを発現する細胞を得て、それぞれHEK293-C1/2/3株及びCHO-C1/2/3株と命名する。
【0259】
ここで、ヒト由来嗅覚受容体を発現するベクターが、導入する細胞の染色体上の決まった位置へ組み込まれることを目的として、上記するHEK293細胞またはCHO細胞に代えて、Flp-In-293細胞及びFlp-In-CHO細胞(両細胞ともInvitrogen社)を用いて、上記するConstruct 1と2、及びConstruct 1、2及び3を安定的に保持する発現株の作製も同様に行う。これらを、それぞれF293-C1/2; FCHO-C1/2; F293-C1/2/3; FCHO-C1/2/3と命名する。
【0260】
10)任意の匂いに応答するヒト嗅覚受容体の単離
上記のHEK293-C1/2株に対し、上記6)にて作製するヒト由来嗅覚受容体発現プラスミド404種類を形質転換し、2)の方法でワンセルマシンに搭載し、3)の方法で任意の匂い分子(バニリン)10mMで刺激を行うと、幾つかの細胞において蛍光強度の増加が観察されることが期待されるので、これらの細胞回収を行い、pME18Sに挿入されたヒト由来嗅覚受容体遺伝子部分を増幅するPCRを行う。増幅された塩基配列を解析するとOR10G4である可能性があり、既報のものと一致する(Mainland JDら、Nature Neuroscience 17、 114-120(2014))。
【0261】
なお、5)の方法で細胞内Ca2+濃度変化に基づく蛍光強度を異なる細胞で繰り返し定量したところ、CV値5%前後と極めて安定することが期待される。
【0262】
同様の結果は、他の匂い分子である1mMクマリンと1mMキャラメルフラノンにおいて、それぞれ既報のOR5P3(クマリン応答性ヒト由来嗅覚受容体:Saito Hら、Science Signaling 2,ra9(2009))とOR8D1(キャラメルフラノン応答性ヒト由来嗅覚受容体:Mainland JDら、Nature Neuroscience 17、114-120(2014))として同定されるので、本方法を用いれば、任意の匂い分子に対応するヒト由来嗅覚受容体の単離が可能になることが期待される。
【0263】
また、同様に上記6)にて作製するヒト由来嗅覚受容体発現プラスミド404種類とpOF44プラスミド(Invitrogen)をF293-C1/2株に形質転換し、ハイグロマイシン耐性・ゼオシン感受性の細胞を選抜して、上記と同様のアッセイを行うと、バニリンに応答するヒト由来嗅覚受容体としてOR10G4が同じく単離されることが期待される。
【0264】
11)ヒト嗅覚受容体発現細胞アレイの作成法
上記6)にて作製する404種類のヒト由来嗅覚受容体発現プラスミドのpcDNA5/FRT-Rhod-KP290534.1 1μL(DNA量:500ng)を、遺伝子導入試薬であるLipofectamine2000(Invitrogen)1μLとを混合し、これを基板上でアレイ状となるように100pLずつドットプリントを行う。用いた基板はスライドグラス(松浪硝子)表層をプラズマ処理装置(ヤマト科学PM100)によりプラズマ処理して親水性を高めたものである。なお、ドットプリントに使用した機械は、MicroJet社のLaboJet-500を用いる。ここで、基板に固着させるプラスミド及び遺伝子導入試薬を含む複合体は、直径50μm程度になるように配置する。
【0265】
12)ヒト嗅覚受容体発現細胞アレイを用いて任意の匂いに応答するヒト嗅覚受容体の単離
上記11)の方法で、アレイ用スライドグラスの404箇所にそれぞれ上記するヒト由来嗅覚受容体の発現プラスミドを固定化し、それぞれの固定化された部位の上部からHEK293-C1/2株をそれぞれ等量となるように滴下し、特定の培養条件で静置して2日後に観察したところ、プラスミドを固定化している箇所に、滴下したHEK293-C1/2株が増殖してコロニーを形成することが期待される。
【0266】
同時に、EGFP(緑色蛍光タンパク質)発現プラスミドを、同様に固定化したアレイ用スライドグラスも対照として検討したところ、全ての固定化部位にコロニーが形成され、EGFPの発現が確認できることが期待される。
【0267】
その後、2)に示す方法で上記するワンセルシステムにコロニーが形成された基板を搭載し、3)に示す方法で任意の匂い分子であるバニリンを用い、これを10mMの濃度で刺激を行ったところ、幾つかの細胞において蛍光強度の増加が観察された。
【0268】
その中には、上述のOR10G4発現プラスミドを固定化した場所にコロニー化して生育するHEK293-C1/2株が存在することが期待される。なお、5)に示す方法で細胞内Ca2+濃度変化に基づく蛍光強度を異なる細胞で繰り返し定量したところ、CV値5%前後と極めて安定することが期待される。
【0269】
同様に、1mMクマリンと1mMキャラメルフラノンでも実施したところ、それぞれ上述のOR5P3とOR8D1発現プラスミドを固定化した場所にコロニー化して生育するHEK293-C1/2株が存在することが期待される。
【0270】
以上から、本方法を用いれば、任意の匂い分子に対応するヒト由来嗅覚受容体の単離が、細胞回収を行わずとも実施できることが期待される。
【0271】
13)ヒト嗅覚受容体発現細胞アレイの作成、及び算出方法(B)による活性化度の測定
上記11)、12)のヒト嗅覚受容体発現細胞アレイの作成法を、本発明のアレイ1、受容体アレイ10rに適用した実施例を次に示す。
用いた基板5は、スライドグラス(松浪硝子)を、プラズマ処理して親水性を高めたものである。また、疎水性被膜6は、フッ素系樹脂であり、スクリーン印刷によって、貫通孔2を複数有した疎水性被膜6を、基板5上に形成している。ここで、疎水性被膜6の23℃における水を用いた接触角は、150°であった。
【0272】
上記6)にて作製する404種類のヒト由来嗅覚受容体発現プラスミドのpcDNA5/FRT-Rhod-KP290534.1 1μL(DNA量:500ng)を、遺伝子導入試薬であるLipofectamine2000(Invitrogen)1μLとを混合し、これを各貫通孔2に対し、100pLずつドットプリントを行った。ここで、基板5に固着させるプラスミド及び遺伝子導入試薬を含む複合体は、直径50μm程度になるようにプリントされている。このようにしてアレイ1を完成させた。
【0273】
続けて、アレイ1の各貫通孔2に対し、HEK293-C1/2株をそれぞれ等量となるように滴下し、1つの貫通孔2に対して複数の真核細胞が収容され、真核細胞アレイ10を完成させた。
【0274】
続けて、特定の培養条件で、2日間インキュベーションした。HEK293-C1/2株は増殖し、各貫通孔2の内部で、複数の細胞に一過性発現が誘導され、複数の受容体が形成された。このようにして受容体アレイ10rを完成させた。
【0275】
受容体アレイ10rに対し、被験物質としてラテックス・リンゲル液を接触させ、算出方法(B)による活性化度の測定を行った。ここで、ラテックス・リンゲル液とは、ラテックスを250℃に加熱し、発生したガスをリンゲル液に捕集した溶液である。活性化度の測定に際しては、カルシウム用蛍光指示薬であるCalbryte520AM溶液を用い、細胞内のカルシウム濃度の変化を、蛍光強度として観察した。
ここで、Calbryte520AM溶液は、Calbryte520AMと、界面活性剤PluronicF-127を含み、リンゲル液を溶媒とする溶液である。
また、蛍光強度測定の第1所定時間は、被験物質接触6分前~1分前の5分間の時間(T0~T300秒)であり、第2所定時間は、被験物質接触0分後~10分後の10分間の時間(T360~T900秒)である。
【0276】
受容体OR5A1について、受容体OR5A1を発現した5つの真核細胞について測定した蛍光強度を、
図10に示す。
図10は、横軸に時間(秒)、縦軸に蛍光強度を示すものである。5つの曲線が、各々5つの細胞(Cell 1~Cell 5)を示している。各々の細胞は、被験物質に対する応答特性がそれぞれ異なっているものの、傾向はよく似ていることが分かる(なお
図10において、Fbaseを0とする原点補正を行っている)。
これら5つの細胞について、各々活性化度(Fmax/Fbase)を算出し、5個の平均値、標準偏差、変動係数を求めた。平均値は1.5、標準偏差は0.08、CV値(変動係数)は5%と非常に高い再現性で測定できていることが確認できた。
【0277】
また、同様な手法で、7つの異なる受容体について、各受容体あたり4以上の細胞数の活性化度の測定を行い、データの検証を行った。結果を表1に示す(表1は、受容体OR5A1の測定値も含む)。いずれの受容体も、CV値(変動係数)は7%以下であり、高い再現性で測定できることが確認できた。
【0278】
【0279】
14)画像データ処理
本発明の活性化度の測定方法は、貫通孔2の全てを含む領域を、同時に画像データとして一括取得し、貫通孔2内の真核細胞を個別に認識し、各真核細胞の各々の蛍光を数値化する工程を含んでいる。このような細胞1つ1つに対する個別認識や、個別データ処理、演算処理は、公知の画像処理ソフトウエアを用いて可能である。
【0280】
図11は、受容体アレイ10rに対して、画像データを一括取得し、細胞単位の個別認識を行った例を示す。
【0281】
図11[1]は、画像処理の一例として、被験物質を接触させる1分前の画像と、被験物質を接触させた1分後の画像の差分画像である(Step1)。疎水性被膜6の中に設けられた貫通孔2が99個を一括して視認できる。また各貫通孔2の中に、複数の細胞が収容されていることが分かる。
【0282】
図11[2]は、個別データ処理の一例として、Step1の画像データに対し、蛍光強度200(スライスレベル)以上の強度を有する細胞を、1細胞単位で認識し、細胞単位でラベル化した画像である。この画像サンプルでは、1つの貫通孔2に対し、最大2つの細胞が蛍光強度200以上を示していることが一括して視認できる。
【0283】
図11[3]は、演算処理の一例として、被験物質を接触させる前後の画像から細胞単位で演算を行い、Fmax≧Fbase+5SDStepとなる細胞を、1細胞単位で判定し、細胞単位でラベル化した画像である。この画像サンプルでは、全領域に対し、3つの細胞が判定の結果、採用されている。
【0284】
このように、貫通孔2に複数の真核細胞が収容されている場合であっても、細胞1つ1つを個別に認識することは可能であり、細胞単位で所定の演算処理を行うことは充分可能である。
【0285】
15)匂いの構成(1)
メロン臭を目標物質とし、標準物質(キュウリ臭、バナナ臭、マヨネーズ臭)から目標物質を構成する。
サンプル調製
試料(メロン、キュウリ、バナナ、マヨネーズ)各3立方センチメートルを、30mLバイアルの底部に設置し、その上部に試料に接触させることなく、シリカモノリス捕集剤(Mono Trap RGPS TD(GLサイエンス社製))を設置した。室温で24時間経過後、シリカモノリス捕集剤を取り出し、速やかにポータブル・サーマル・ディソーバーHandy TD TD265(GLサイエンス社製)に移し、1秒30℃の勾配で350℃まで昇温し、リンゲル溶液に排出される匂い成分をバブリングにより、トラップした。リンゲル液の組成は、以下のとおりであり、pH7.2の混合液を、4℃で保存したものである:
NaCl 140mM
KCl 5mM
CaCl2 1mM
MgCl2 1mM
HEPES 10mM
D-グルコース 10mM
ピルビン酸ナトリウム 1mM
得られた試料由来の匂い成分を含むリンゲル溶液は、直ちにヒト嗅覚受容体発現細胞アレイ(受容体アレイ10r)を用いる網羅的匂い分析、すなわち匂い成分を含むリンゲル溶液を被験物質として供し、各受容体についての活性化度を測定した。測定方法は、13)に記載の活性化度測定と同じである。
【0286】
分析:
各試料由来の匂いによるヒト嗅覚受容体の活性化程度を、匂いマトリックスによって、視覚化した。匂いマトリックスとは、マトリックスの各格子点が、ヒト嗅覚受容体各々に対応する概念である。具体的には、ヒト嗅覚受容体(396種類)、陰性対照受容体(嗅覚受容体ではないGPCRを発現)2種類、受容体を発現していない細胞2種類の合計400種類を、20×20の格子点で表現している。
目標物質であるメロン臭を
図12に示す。また、標準物質Aであるキュウリ臭を
図13[A]、標準物質Bであるバナナ臭を
図13[B]、標準物質Cであるマヨネーズ臭を
図13[C]に示す。これら匂いマトリックスのデータから、目標物質であるメロンを構成するには、キュウリ臭をベースに、バナナ臭とマヨネーズ臭を混合すればよく、具体的には、標準物質A(濃度a%)はa=70%、標準物質B(濃度b%)はb=20%、標準物質C(濃度c%)はc=10%、を混合するのが最適と判断された。これら比率によって計算機的に構成した匂いマトリックスを、
図13[D]に示す。目標物質(
図12)と、計算上の構成物質(
図13[D])は、互いに相似形を示す。
次に各匂い成分を含むリンゲル溶液を、上記混合比で混合して、構成メロン臭とした。
【0287】
官能試験:
上記構成メロン臭の官能試験を、今村美穂「化学と生物」(Vol.50,No.11,2012)に記載されているQDA法(定量的記述分析法)に従って実施した。
使用したサンプルは、上記の方法で作成した構成メロン臭、キュウリ臭、バナナ臭、マヨネーズ臭、メロン臭をそれぞれ含むリンゲル溶液1mL、さらに類似臭としてスイカ臭、かぼちゃ臭、桃臭、メロンソーダ臭をそれぞれ含むリンゲル溶液1mLを用意した。
ボランティアの官能試験員20名が、上記サンプル(全9種類)を評価したところ、20名中18名が、構成メロン臭と目標物質であるメロン臭(オリジナルメロン臭)とが、最も共通した特徴的香調を有していると判断した。一方、構成メロン臭と、目標物質であるメロン臭以外のサンプルとが、最も共通した特徴的香調を有している、と判断した者はいなかった。
【0288】
16)匂いの構成(2)
15)と同じ方法で、牛乳由来匂い成分を含むリンゲル溶液、たくわん由来匂い成分を含むリンゲル溶液、コーンスープ由来匂い成分を含むリンゲル溶液を用意した。
コーンスープ臭の匂いマトリックスを構成するには、牛乳臭の匂いマトリックスと、たくわん臭の匂いマトリックスから、牛乳由来匂い成分を含むリンゲル溶液と、たくわん由来匂い成分を含むリンゲル溶液と、を等量混合することが適していると判断された。
そこで得られた構成コーンスープ臭と、目標物質であるコーンスープ臭(オリジナルコーンスープ臭)、さらに、同様に作製した生クリーム臭、クラムチャウダー臭、コンソメ臭とを、15)と同じ官能試験により評価したところ、構成コーンスープ臭と、目標物質であるコーンスープ臭(オリジナルコーンスープ臭)と、が最も共通した特徴的香調を有していると、ボランティアの官能試験員20名中17名が判断した。一方、構成コーンスープ臭と、目標物質であるコーンスープ臭以外のサンプルと、が最も共通した特徴的香調を有していると判断した者はいなかった。
前記選抜は、候補物質を前記試料に加えて、前記各受容体の活性化度を測定し、この活性化度が前記目標の匂い状態における前記活性化度に近づいたか否かに基づいて行う請求項17記載の方法。