(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023008212
(43)【公開日】2023-01-19
(54)【発明の名称】血栓検出システム及び血栓検出方法
(51)【国際特許分類】
A61M 1/16 20060101AFI20230112BHJP
A61M 60/38 20210101ALI20230112BHJP
A61B 5/06 20060101ALI20230112BHJP
【FI】
A61M1/16 107
A61M60/38
A61B5/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021111590
(22)【出願日】2021-07-05
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和3年2月6日 第49回人工心臓と補助循環懇話会学術集会にて公開 令和3年5月26日 https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/aor.13999 にて公開 令和3年6月10日 66th Annual Conference of the American Society for Artificial Organs(the 2021 ASAIO Meeting) にて公開 令和3年6月17日 第60回日本生体医工学会大会 にて公開
(71)【出願人】
【識別番号】504179255
【氏名又は名称】国立大学法人 東京医科歯科大学
(71)【出願人】
【識別番号】505210115
【氏名又は名称】国立大学法人旭川医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤原 立樹
(72)【発明者】
【氏名】大内 克洋
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 啓暢
(72)【発明者】
【氏名】荒井 裕国
(72)【発明者】
【氏名】水野 友裕
(72)【発明者】
【氏名】土方 亘
(72)【発明者】
【氏名】井上 雄介
(72)【発明者】
【氏名】武輪 能明
【テーマコード(参考)】
4C077
【Fターム(参考)】
4C077AA03
4C077BB06
4C077CC03
4C077EE01
4C077HH03
4C077HH20
4C077HH21
4C077KK01
4C077KK27
(57)【要約】
【課題】血栓の検出精度を高めることができる血栓検出システム及び血栓検出方法を提供する。
【解決手段】血栓検出システム10は、インドシアニングリーンを含む血液に対して近赤外光を照射する照射装置(光学検出器12)と、近赤外光の照射によってインドシアニングリーンから得られる蛍光を受光する受光装置(光学検出器12)と、受光装置(光学検出器12)に接続され、受光した蛍光の画像データのうち、血栓部分のインドシアニングリーンの蛍光性に応じて設定された閾値以下の輝度を有する画像データを血栓情報として抽出する演算装置14と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
インドシアニングリーンを含む血液に対して近赤外光を照射する照射装置と、
近赤外光の照射によってインドシアニングリーンから得られる蛍光を受光する受光装置と、
受光装置に接続され、受光した蛍光の画像データのうち、血栓部分のインドシアニングリーンの蛍光性に応じて設定された閾値以下の輝度を有する画像データを血栓情報として抽出する演算装置と、
を備える血栓検出システム。
【請求項2】
更に、演算装置に接続され血栓情報を外部に出力する出力装置を備える、
請求項1に記載の血栓検出システム。
【請求項3】
前記出力装置は、血栓情報として抽出された画像データ上の位置を血栓形成部位として表示する表示装置を備える、
請求項2に記載の血栓検出システム。
【請求項4】
前記演算装置は、受光した蛍光の画像データに対して前記閾値を用いた二値化処理を施して二値画像データを作成し、
前記表示装置は、作成された二値画像データに応じて、血栓を表す第1の色と非血栓を表す第2の色とに二分された色の二値画像を表示することによって血栓形成部位を表示する、
請求項3に記載の血栓検出システム。
【請求項5】
更に、前記血液を被検体の体外で循環させる体外循環経路を備える、
請求項1~4のいずれか一項に記載の血栓検出システム。
【請求項6】
前記体外循環経路は人工肺を備え、
前記人工肺の血液中のインドシアニングリーンから受光した蛍光の輝度を用いて血栓を検出する、
請求項5に記載の血栓検出システム。
【請求項7】
前記演算装置は、血栓情報としての画像データを抽出する処理を経時的に行う、
請求項1~6のいずれか一項に記載の血栓検出システム。
【請求項8】
前記演算装置は、
血栓情報を含む画像データとなる蛍光を受光した時刻が、血栓情報としての画像データ上の位置に対応する循環経路内の部位における血液の流れ易さに基づいて設定された解析期間に含まれる場合には、前記循環経路内の部位に実際に血栓が形成されていると識別し、
血栓情報を含む画像データとなる蛍光を受光した時刻が、前記解析期間に含まれない場合には、前記循環経路内の部位に実際に血栓が形成されていないと識別する、
請求項7に記載の血栓検出システム。
【請求項9】
前記演算装置は、血栓情報としての画像データ上における血栓形成部位の経時的な面積変化率を算出する、
請求項7又は8に記載の血栓検出システム。
【請求項10】
インドシアニングリーンを含む血液に対して近赤外光を照射し、
近赤外光の照射によってインドシアニングリーンから得られる蛍光を受光し、
受光した蛍光の画像データのうち、血栓部分のインドシアニングリーンの蛍光性に応じて設定された閾値以下の輝度を有する画像データ上の位置を血栓形成部位として検出する、
血栓検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血栓検出システム及び血栓検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、呼吸不全患者や循環不全患者の治療では、例えば体外式膜型酸素化装置(ECMO,Extracorporeal membrane oxygenation)を備えた体外循環経路を用いて、血液のガス交換を行うことが知られている。具体的には、体外循環経路を用いたガス交換では、まず、患者から脱血された血液が、ポンプによって人工肺に送り込まれる。送り込まれた血液は、人工肺で酸素化されると共に、酸素化された血液は、患者に送血される。
【0003】
しかし、体外循環経路は、人工肺、ポンプ、チューブ及びコネクタ等の人工物で構成される。人工物には、生体の場合と異なり、抗血栓性を有する血管内皮細胞が存在しない。このため、体外循環経路では、血栓が形成され易いという問題が生じる。特に血流の停滞が生じる部位では血栓形成傾向が顕著となる。血栓が患者の内部に流れ込むと、塞栓症が生じ易くなる。
【0004】
また、血栓が体外循環経路内に蓄積すると、血液のガス交換に支障が生じる。特に、人工肺中に血栓が蓄積すると、人工肺のガス交換能力が低下してしまう。ガス交換能力の低下を解決する方法として、例えば非特許文献1には、体外循環経路内の血流の圧力損失の数値を測定することによって、人工肺中の血栓の状態を検出する方法が開示されている。非特許文献1では、人工肺にシリコンを注入して血栓を模擬的に形成し、血液が人工肺を通過する時の圧力損失の数値から逆算して、血液中の血栓量を推測する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】「Technical Indicators to Evaluate the Degree of Large Clot Formation inside the Membrane Fiber Bundle of an Oxygenator in an In Vitro Setup」Andreas Kaesler,「Artificial Organs」2019
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、非特許文献1の技術では、血栓が比較的小さい場合、血栓が形成されても、血流の圧力損失の数値として表れない場合がある。このため、実際に形成された血栓が見逃され、結果、血栓の検出精度が低くなるという問題がある。
【0007】
本発明者らは、上記の問題に鑑み鋭意検討の結果、血液中に投与される造影剤としてのインドシアニングリーン(ICG)が、血液中に形成される血栓の内部には取り込まれないという知見を得るに至った。本発明は、得られた知見に基づいてなされたものであって、血栓の検出精度を高めることができる血栓検出システム及び血栓検出方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第1の態様に係る血栓検出システムは、インドシアニングリーン(ICG)を含む血液に対して近赤外光を照射する照射装置と、近赤外光の照射によってインドシアニングリーン(ICG)から得られる蛍光を受光する受光装置と、受光装置に接続され、受光した蛍光の画像データのうち、血栓部分のインドシアニングリーン(ICG)の蛍光性に応じて設定された閾値以下の輝度を有する画像データを血栓情報として抽出する演算装置と、を備える。
【0009】
第1の態様では、蛍光の画像データの血栓部分のICGの蛍光性に応じて閾値が設定される。そして、近赤外光の照射によって受光したICGの蛍光の画像データのうち、設定された閾値以下の輝度を有する画像データが血栓情報として抽出される。すなわち、ICG蛍光造影技術を用いて、ICGが血栓の内部に取り込まれない血栓の部分と、ICGが存在する血液の部分とが区別されるので、血栓の寸法の大小にかかわらず、閾値以下の輝度が得られた場合には血栓として一律に検出することができる。このため、例えば血流の圧力損失の数値に表れないような小さな血栓であっても、検出漏れを抑えることが可能になるので、血栓の検出精度を高めることができる。
【0010】
また、第1の態様では、演算装置は、更に、演算装置に接続され血栓情報を外部に出力する出力装置を備えてもよい。
【0011】
上記の構成では、血栓情報を外部に出力する出力装置によって、検出作業の従事者が、血栓が形成されたことを速やかに把握できる。
【0012】
また、第1の態様では、出力装置は、血栓情報として抽出された画像データ上の位置を血栓形成部位として表示する表示装置であってもよい。
【0013】
上記の構成では、血栓情報として抽出された画像データ上の位置が血栓形成部位として表示装置によって表示されるため、検出作業の従事者が、血栓形成部位を視覚的に認識し易い。
【0014】
なお、画像を用いて血栓を検出する他の方法として、ヨード系造影剤を用いて血液の状態を観察する方法も考えられる。しかし、ヨード系造影剤の場合、繰り返し投与されると被検体に腎障害が生じ易い。このため、生体への投与において必ずしも適切ではない場合がある。また、ヨード系造影剤の場合、造影画像を作成するため、被検体に対して放射線を照射する必要がある。このため、被検体としての患者や周囲の医療従事者の被曝の問題が懸念される。また、放射線を照射する装置のサイズに応じて、比較的大きな設置スペースが必要になるという問題もある。
【0015】
この点、造影剤としてICGが用いられる第1の態様では、ヨード系造影剤が用いられる必要がないため、生体への投与における安全性を高めることができる。また、放射線を使用することなく造影画像を作成可能であるため、被曝の問題や装置の設置スペースの問題が生じない。
【0016】
また、第1の態様では、演算装置は、受光した蛍光の画像データに対して閾値を用いた二値化処理を施して二値画像データを作成し、表示装置は、作成された二値画像データに応じて、血栓を表す第1の色と非血栓を表す第2の色とに二分された色の二値画像を表示することによって血栓形成部位を表示してもよい。
【0017】
上記の構成では、二値画像中で、血栓を表す第1の色と非血栓を表す第2の色との間の濃淡の違い及び色調の違いを大きくすることが可能になる。すなわち、ICGが血栓の内部に取り込まれない血栓の部分と、ICGが存在する血液の部分との濃淡差を大きくできると共に、双方の部分の境界を強調して表示できる。このため、血栓検出の客観性が高まると共に、二値画像を目視して血栓を検出し易くなる。特に、同じ色調でなく対比し易い2色が選択されることによって、検出の際、検出作業の従事者が血栓を視覚的に見逃し難くなる。また、画像データが二値化されるため、コンピュータでの解析や遠隔モニタリングへの応用が容易となる。また、上記の構成では、血栓の発生タイミングとほぼリアルタイムで二値画像データによる血栓の視覚化が可能になるので、速やかに検出結果を得ることができる。
【0018】
また、第1の態様では更に、血液を被検体の体外で循環させる体外循環経路を備えてもよい。
【0019】
上記の構成では、血栓検出システムは、体外循環経路に接続されるため、例えば生体内の循環経路と比べ、血栓が形成され易い体外循環経路中の血栓を検出できる点で有利である。また、体外循環経路によって血液が循環中であっても、血液循環を止めることなく血栓を検出できると共にベッドサイドで人工肺の血栓を視覚化することができるので、治療を中断する必要がない。
【0020】
また、第1の態様では、体外循環経路は人工肺を備え、人工肺の血液中のインドシアニングリーンから受光した蛍光の輝度を用いて血栓を検出してもよい。
【0021】
上記の構成では、血栓が特に付着し易い人工肺の内側の血液から蛍光を取得するので、人工肺の内側の血栓を効果的に検出できる。このため、体外循環経路を用いた治療をより円滑に行うことができる。
【0022】
また、第1の態様では、演算装置は、血栓情報としての画像データを抽出する処理を経時的に行ってもよい。
【0023】
上記の構成では、血栓の形成状態の経時的な変動をより正確に把握できる。
【0024】
また、第1の態様では、演算装置は、血栓情報を含む画像データとなる蛍光を受光した時刻が、血栓情報としての画像データ上の位置に対応する循環経路内の部位における血液の流れ易さに基づいて設定された解析期間に含まれる場合には、循環経路内の部位に実際に血栓が形成されていると識別し、血栓情報を含む画像データとなる蛍光を受光した時刻が、解析期間に含まれない場合には、循環経路内の部位に実際に血栓が形成されていないと識別してもよい。
【0025】
上記の構成では、血栓情報としての画像データが抽出された場合であっても、血栓情報としての画像データの蛍光を受光した時刻が解析期間に含まれるかどうかに応じて、血栓が形成されているかどうかが識別される。このため、血栓の検出精度をより高めることができるので、偽血栓を検出する懸念を抑制できる。
【0026】
また、第1の態様では、演算装置は、血栓情報としての画像データ上における血栓形成部位の経時的な面積変化率を算出してもよい。
【0027】
上記の構成では、面積変化率として血栓形成部位の面積拡大率を算出すれば、血栓の将来の寸法を予測し易くなるので、例えば抗凝固薬の投与量の調整等、抗凝固薬療法を適切に施すことが可能になる。また、血栓検出システムが体外循環経路に適用される場合、ガス交換能力の将来の低下を予測し易くなるので、体外循環経路の構成部品の交換時期を適切に推測できる。また、例えば血液中に投与する抗凝固薬を増量させることによって血栓を縮小させる場合、面積変化率として血栓形成部位の面積縮小率を算出することによって、投与された抗凝固薬の効果を判定することが可能になる。
【0028】
本発明の第2の態様に係る血栓検出方法は、インドシアニングリーンを含む血液に対して近赤外光を照射し、近赤外光の照射によってインドシアニングリーンから得られる蛍光を受光し、受光した蛍光の画像データのうち、血栓部分のインドシアニングリーンの蛍光性に応じて設定された閾値以下の輝度を有する画像データ上の位置を血栓形成部位として検出する。第2の態様によれば、第1の態様の場合と同様に、高い精度で血栓を検出することができる。
【発明の効果】
【0029】
本発明に係る血栓検出システム及び血栓検出方法によれば、血栓の検出精度を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】本実施形態に係る血栓検出システムを説明する図である。
【
図2】体外循環経路に含まれる人工肺を説明する正面図である。
【
図4】
図4(A)は、試験容器に蓄積された状態の血液を説明する図であり、
図4(B)は、
図4(A)中の試験容器内の血液に対して近赤外光を照射して得られた蛍光の二値画像データを説明する図である。
【
図5】本実施形態に係る血栓検出システムを用いた血栓検出方法を説明するフローチャートである。
【
図6】人工肺の内側の血液の二値画像データを説明する図である。
【
図7】血液の蛍光の輝度の経時的な変化を説明するグラフである。
【
図8】第1比較例における人工肺の内側の血液の状態を説明する図である。
【
図9】第2比較例における人工肺の内側の血液を洗い流した後の状態を説明する図である。
【
図10】
図10(A)は、ICG投与4時間後の人工肺の内側の血液の二値画像データを説明する図であり、
図10(B)は、ICG投与6時間後の人工肺の内側の血液の二値画像データを説明する図であり、
図10(C)は、ICG投与8時間後の人工肺の内側の血液の二値画像データを説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下に本発明の実施形態を説明する。以下の図面の記載において、同一の部分及び類似の部分には、同一の符号又は類似の符号を付している。ただし、図面は模式的なものであり、厚みと平面寸法との関係、各装置や各部材の厚みの比率等は現実のものとは異なる。よって、具体的な厚みや寸法は以下の説明を参酌して判定すべきものである。また、図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれている。
【0032】
<血栓検出システム>
まず、本実施形態に係る血栓検出システム10を、
図1~
図3を参照して説明する。
図1に示すように、本実施形態に係る血栓検出システム10は、照射装置及び受光装置としての光学検出器12と、演算装置14と、表示装置16と、を備える。
【0033】
また、血栓検出システム10は、血液を被検体20の体外で循環させる体外循環経路30を備える。血栓検出システム10の光学検出器12は、体外循環経路30の人工肺32の内側を流れる被検体20のICGを含む血液に対して近赤外光を照射する。また、光学検出器12は、近赤外光の照射によって血液中のICGから得られる蛍光を受光し、受光した蛍光の輝度を用いて血栓を検出する。
【0034】
(体外循環経路)
体外循環経路30は、主に、人工肺32、ポンプ34、チューブ36及びコネクタ38によって構成される。体外循環経路30は、例えば遠心ポンプであるポンプ34によって被検体20の静脈から血液を取り出(脱血)し、取り出された血液を人工肺32に送り込む。人工肺32でガス交換された血液は、被検体20の動脈に送り出(送血)される。体外循環経路30を構成するチューブ36及びコネクタ38には、血流の流量を測定する流量計40や、ICGや抗凝固薬の投与、又は、血液サンプルを取得するためのポート42を設けることができる。
【0035】
なお、本発明の血栓検出システムが適用される循環経路としては、体外循環経路に限定されず、体内循環経路であってもよい。すなわち、例えば被験者が人間のような生体である場合、体外循環経路を構成する部材を用いることなく、生体内の血管にICGを投与すると共に、生体内の血管における適宜の部位においてICGの蛍光を受光することによって、血栓を検出することもできる。また、本発明では、循環経路内で血液が流動している場合に限定されない。例えば、静止した血液に対して実施されてもよい。
【0036】
(人工肺)
図2に示すように、本実施形態の人工肺32は、本体32Aと、本体32Aを下側から支持する支持部32Bとを有する。また、
図3に示すように、本体32Aは、中空の箱型のケーシング32A1と、ケーシング32A1の内側にそれぞれ配置された、流入する血液の熱交換が行われる熱交換部32A2と、熱交換後の血液のガス交換が行われるガス交換部32A3とを有する。本実施形態の人工肺32は、ガス交換部32A3が多孔質のガス交換膜を有する膜型であるが、本発明では、これに限定されない。
【0037】
ケーシング32A1には、血液流入部33A、血液流出部33B、エア抜き部33C、エア抜き部33D、透析回路接続部33Eのそれぞれに対応する筒状のポートが複数設けられる。それぞれのポートは、ケーシング32A1の内側と外側とを連通する。なお、図示を省略するが、ケーシング32A1には、ガス流入部のポートも設けられる。
【0038】
熱交換部32A2に対向するケーシング32A1の壁面(
図3中の右側の壁面)と、ガス交換部32A3に対向するケーシング32A1の壁面(
図3中の左側の壁面)と、ケーシング32A1に設けられた複数のポートとは、いずれも光透過性を有する。ケーシング32A1の壁面及び複数のポートは、例えば半透明な樹脂で作製できる。
【0039】
このため、検出作業の従事者が、ガス交換部32A3の表面を含み、ケーシング32A1の内側を流れる血液を外側から観察可能であると共に光学検出器12によって、ICG蛍光造影を行うことが可能である。なお、人工肺32だけでなく、ポンプ34、チューブ36及びコネクタ38も光透過性を有する素材で構成されれば、同様に、ICG蛍光造影を行うことが可能である。
【0040】
人工肺32の本体32Aのケーシング32A1は、
図2に示したように、ガス交換部32A3を正面から見て、菱形状である。換言すると、本体32Aは、正四角柱状である。なお、本発明では、人工肺の形状は、これに限定されない。人工肺は、外側から近赤外光を照射できると共にICGの蛍光を受光可能な壁面を備えていればよい。人工肺の形状としては、例えば円筒状等、任意の形状を採用できる。
【0041】
人工肺32の内側では、血流が停滞(鬱滞)し易い場所ほど血栓が形成され易い。本実施形態のような菱形状の人工肺32の場合、
図2に示したように、ガス交換部32A3を正面から見て、菱形の上端、下端、左端及び右端の4つの角部分(コーナー部分)、菱形の4辺部分、並びに、透析回路接続部33Eのポートの下側等の部位で、血流は、停滞し易い。
【0042】
このため、
図2中の透析回路接続部33Eの下側の部位bや、
図3中のケーシング32A1の内壁面に沿って約90度の角度で流れの方向が変化する部位cでは、血栓が形成され易い。一方、例えば
図2中の透析回路接続部33Eの左側の部位aでは、流れに干渉する要素が比較的少ないため、血液は流れ易く、血栓は形成され難い。
【0043】
また、本実施形態に係る血栓検出システムは、ICGの励起光が到達し易い、ガス交換部32A3の表面側の領域、及び、熱交換部32A2の表面側の領域に形成される血栓の検出に有効である。熱交換部32A2の表面側の領域としては、熱交換部32A2に対向するケーシング32A1の内壁面上の領域、熱交換部32A2の膜表面上の領域、及び、互いに対向するケーシング32A1の内壁面と熱交換部32A2の膜表面との間の領域が含まれる。ガス交換部32A3の表面側の領域としては、ガス交換部32A3に対向するケーシング32A1の内壁面上の領域、ガス交換部32A3の膜表面上の領域、及び、互いに対向するケーシング32A1の内壁面とガス交換部32A3の膜表面との間の領域が含まれる。
【0044】
(被検体)
図1中に例示された本実施形態の被検体20は、人間の患者であるが、本発明では、被検体は、これに限定されず、人間以外の任意の実験動物であってよい。また、本発明では、ICGを含む血液から蛍光を受光できればよく、被検体そのものは、必須ではない。例えば試験用の血液等から蛍光を受光することもできる。また、循環状態の血液も必須ではなく、容器等に蓄積された静止状態の血液から蛍光を受光してもよい。
【0045】
また、
図1中では、被検体20の脚の付け根の大腿静脈から脱血すると共に大腿動脈に送血する体外式膜型酸素化装置(Veno-Arterial ECMO)の循環回路が構成された場合が例示されている。図示を省略するが、大腿静脈には脱血カニューレが、また、大腿動脈には送血カニューレが挿入される。しかし、本発明では、これに限定されず、例えば、脚の付け根の大腿静脈から脱血すると共に、頸の付け根の頚静脈に送血する体外式膜型酸素化装置(Veno-Venous ECMO)が構成されてもよい。また、ECMOは、循環不全の治療として心臓の機能を補助する場合と、呼吸不全の治療として肺の機能を補助する場合のどちらにも用いることができる。
【0046】
(インドシアニングリーン)
インドシアニングリーン(ICG)は、中心波長が760nmの近赤外光によって励起され、中心波長が840nmの赤外蛍光を発する。本実施形態では、ICGの投与経路として、被検体20の静脈点滴ラインから被検体20に直接投与されるが、本発明では、これに限定されず、体外循環経路に設けられたポートを介して被検体20に間接的に投与することもできる。
【0047】
血液中に投与されたICGは、通常、時間の経過と共に、被検体20の肝臓に取り込まれ、胆汁中に排出される。本実施形態では、ICGの投与量は、投与後の約15分間、体外循環経路30を循環する血液中で蛍光が観察(モニタリング)できる程度に希釈される。具体的な希釈手順としては、例えば、まず、ICGを蒸留水等の所定の希釈用液に溶解させた後、濃度が0.025mg/ml程度になるように、生理食塩水で希釈できる。次に、希釈されたICG溶液を被検体20に対して10ml程度、すなわち、1回の観察あたり0.25mg程度投与することができる。なお、本発明では、ICGの投与量は、0.25mgに限定されず、適宜変更できる。
【0048】
本実施形態では、ICGを希釈して投与することによって、被検体20への投与量を希釈しない場合より低減できるので、血栓の検出を行いつつ、生体への負担の低下や薬剤コストの低減を図ることができる。この点、例えば、他の検査においてICGを皮下注射で投与する場合、肝機能検査では0.5mg/kg程度、センチネルリンパ節の特定の検査では25mg程度のICGが投与される場合が多い。また、血栓の検出ではない一般的な血流評価で用いられる際は、0.04~0.3mg/kg程度のICGが投与される場合が多い。
【0049】
すなわち、例えば体重60kgの成人の場合、肝機能検査では30mg、センチネルリンパ節の特定検査では25mg、一般的な血流評価では2.4mg~18mgのICGが投与され得る。これらの他の検査と比べ、本実施形態では、1回の観察あたり0.25mg程度と、1/10以下の投与量に抑えることができる。
【0050】
(光学検出器)
本実施形態の光学検出器12は、照射装置の機能と受光装置の機能の両方を有する。なお、本発明では、これに限定されず、照射装置と受光装置とが別々に設けられてもよい。光学検出器12は、受光した蛍光の輝度を演算装置14に対して出力する。
【0051】
本実施形態では、2つの光学検出器12が、人工肺32の入力側(
図1中の右側)の壁面と出力側(
図1中の左側)の壁面とにそれぞれ対向して配置されている。しかし、本発明ではこれに限定されず入力側にのみ1つの光学検出器12が配置されてもよいし、或いは、出力側にのみ1つの光学検出器12が配置されてもよい。ただし、血栓は人工肺32の出力側に形成され易いため、光学検出器12を人工肺32の出力側に対向して配置することが、検出効率を高める点で好ましい。
【0052】
また、本実施形態の光学検出器12は、検出作業の従事者が手で把持して持ち運び可能な型である。このため、体外循環経路30を構成する各部分を、任意の角度で観察し、ICG蛍光造影を行うことが可能である。なお、本発明では、持ち運び可能な光学検出器に限定されず、例えば据置型の光学検出器が用いられてもよい。
【0053】
市販の光学検出器12としては、例えば、浜松ホトニクス株式会社製の光学検出器(商品名:PDE-neo)を採用できる。この市販の光学検出器は、ICG励起光源としての発光ダイオードと、励起光をカットして蛍光のみを透過する光学フィルターと、レンズと、2次元電荷結合デバイス(CCD)とを備える。発光ダイオードは、中心波長760nmの近赤外波長の光を発生させる。CCDは、赤外領域の波長に対して高い感度を有し、レンズは、受光した蛍光を透過してCCD上に像を結ぶ。また、それぞれのCCDの画素に生じた電荷に基づき、画素毎の輝度を画像データとして得ることができる。
【0054】
(演算装置)
演算装置14は、受光装置としての光学検出器12に接続されている。演算装置14は、受光した蛍光の画像データのうち、血栓部分のICGの蛍光性に応じて設定された閾値以下の輝度を有する画像データを血栓情報として抽出する。具体的には、演算装置14は、受光した蛍光の画像データに対して閾値を用いた二値化処理を施して、二値画像データのフレームを経時的に一定間隔で作成する。フレーム中では、横軸(X軸)と縦軸(Y軸)を有する座標空間が定義される(
図6参照)。
【0055】
作成された経時的な一連の二値画像データのそれぞれの中で、閾値以下の輝度を有する画像データの部分に、二値のうち一方の値が紐付けられることによって、血栓情報としての画像データが抽出される。閾値は、実験結果やシミュレーション結果を用いて設定できる。
【0056】
演算装置14は、例えば、CPU(Central Processing Unit)、RAM(Random Access Memory)、内部記憶装置、I/Oポート等を備えたコンピュータとして構成できる。CPU、RAM、内部記憶装置、外部記憶装置、I/Oポートの図示は、説明の便宜のため省略する。RAM、内部記憶装置、I/Oポートは、内部バスを介して、CPUとデータ交換可能に構成されている。
【0057】
また、演算装置14には、例えばフラッシュメモリ、HDD(Hard Disk Drive)等で構成された外部記憶装置が接続できる。内部記憶装置及び外部記憶装置には、本実施形態の血栓検出方法で用いるために予め設定された輝度の閾値や、抽出された画像データを格納できる。また、図示を省略するが、演算装置14には、キーボード等の入力装置が接続できる。入力装置によって、閾値の入力作業や編集作業、画像データの解析作業等の各種の作業における入力を実行できる。
【0058】
ここで、光学検出器12によって取得される輝度は、血液中へのICG投与後から排出までの間、血液中のICG濃度に依って経時的に変動する。本実施形態では、変動する時期を以下の第1期~第4期の4つの時期に便宜的に分けて説明する。血栓の検出は、正確性を高める観点から、4つの時期のうち、輝度の変動幅が比較的小さい第3期に行われることが好ましい。
【0059】
第1期:ICG投与直後、ピークに到達するまで輝度が上昇する時期
第2期:ピークに到達した後、輝度が一定範囲内の水準まで下降する時期
第3期:輝度の変動幅が比較的小さい時期
第4期:輝度が漸減する時期
【0060】
(表示装置)
表示装置16は、演算装置14に接続され、血栓情報として抽出された画像データ上の位置の座標を、血栓形成部位として表示する。表示装置16は、本発明の「出力装置」に対応し、血栓情報を外部に出力する。本実施形態の表示装置16は、例えば、画像データを表示可能な液晶ディスプレイ等であるが、本発明では、画像データを表示可能な表示装置であれば、任意の装置を採用できる。
【0061】
また、本発明では、演算装置によって血栓情報として出力される演算結果は、表示装置によって表示される画像データに限定されず、表示装置以外の出力装置であってよい。本発明の出力装置は、例えば、血栓が形成されたことを、アラーム音のような音響信号で外部に伝達可能な報知装置であってもよいし、或いは、プリンタ等の印刷装置によって表示される文字データであってもよい。本発明に係る血栓検出システムには、任意の出力装置を接続できる。また、本発明では、出力装置は必須ではない。
【0062】
本実施形態では、表示装置16は、演算装置14によって作成された二値画像データに応じて、血栓を表す第1の色と非血栓を表す第2の色とに二分された色の二値画像を表示する。血栓を表す第1の色によって、血栓形成部位が表示される。
【0063】
図4(A)中には、被検体20としての同一の実験動物から採取され、6本の試験容器にそれぞれ蓄積された静止状態の血液が例示されている。具体的には、体重が約80kgの実験動物の豚に対し、約0.025mg/mlに希釈されたICG溶液が10ml程度投与された。
【0064】
図4(A)中の6本の試験容器内の血液にはいずれも、近赤外光が照射されていない。
図4(A)中の6本の試験容器内の血液の写真は、一般的な室内における照明光の下で撮影されたものである。6本の試験容器内の血液は、ICG投与の有無、又は、投与後に被検体20から採取された時間が約5分ずつずれている点が、それぞれ異なる。
【0065】
図4(A)中で左端の血液44Aは、ICG投与前に採取された血液である。
図4(A)中で左端から2番目の血液44Bは、ICG投与直後に採取された血液である。
図4(A)中で左端から3番目の血液44Cは、ICG投与後5分経過した時点で採取された血液である。
図4(A)中で右端から3番目の血液44Dは、ICG投与後10分経過した時点で採取された血液である。
図4(A)中で右端から2番目の血液44Eは、ICG投与後15分経過した時点で採取された血液である。
図4(A)中の右端の血液44Fは、ICG投与後20分経過した時点で採取された血液である。
【0066】
一方、
図4(B)中には、
図4(A)中の6本の試験容器内の血液に対する近赤外光の照射によって得られた二値画像データが例示されている。
図4(B)中で左端の画像データ54Aは、ICG投与前の
図4(A)中の血液44Aに対応する二値画像データである。ICGを含まない血液44Aからは蛍光が得られないため、画像データ54Aの部分の色は、背景色と同じ黒色である。このため、
図4(B)中では、血液44Aが蓄積された試験容器の輪郭を特定し難い。
【0067】
図4(B)中で左端から2番目の画像データ54Bは、ICG投与直後に採取された
図4(A)中の血液44Bに対応する。血液44BのICG濃度は、ICGが投与された5本の試験容器内の血液44B~44F中で最も高いため、画像データ54Bは、最も明度が高い。このため、
図4(B)中では、血液44Bが蓄積された試験容器の輪郭を特定し易い。
【0068】
図4(B)中で左端から3番目の画像データ54Cは、ICG投与後5分経過した時点で採取された
図4(A)中の血液44Cに対応する。
図4(B)中で右端から3番目の画像データ54Dは、ICG投与後10分経過した時点で採取された
図4(A)中の血液44Dに対応する。
図4(B)中で右端から2番目の画像データ54Eは、ICG投与後15分経過した時点で採取された
図4(A)中の血液44Eに対応する。
【0069】
図4(B)中の右端の画像データ54Fは、ICG投与後20分経過した時点で採取された
図4(A)中の血液44Fに対応する。血液44FのICG濃度は、ICGが投与された5本の試験容器内の血液44B~44F中で最も低いため、画像データ54Fは、最も明度が低い。このため、
図4(B)中では、血液44Fが蓄積された試験容器の輪郭を特定し難い。
【0070】
図4(B)に示すように、静止状態の血液からであってもICGからの蛍光が受光できることが分かる。また、
図4(B)中では、蛍光を示す白色が左側の血液から右側の血液に向かうに従って薄くなる状態が例示されている。すなわち、投与後の時間の経過に伴ってICG濃度が低下することによって、ICGから得られる蛍光が弱くなることが分かる。特に、投与後15分以上経過すると、蛍光を得ることが非常に難しいことが分かる。
【0071】
<血栓検出方法>
次に、本実施形態に係る血栓検出システム10を用いた血栓検出方法を、
図5~
図9を参照して説明する。まず、
図1に示した血栓検出システム10を用意する。また、被検体20として、体重が約80kgの実験動物の豚を用意し、用意された豚に全身麻酔を導入する。
【0072】
次に、被検体20の頸動脈に送血管を、また、頚静脈に脱血管を接続する。そして、体外循環経路30のポンプ34を駆動させて血液の循環を開始する。なお、循環開始時の血液の流れ易さを向上させる目的で、ヘパリンやナファモスタット等の抗凝固薬を、被検体20に予め投与することもできる。
【0073】
次に、被検体20の静脈に、約0.025mg/mlに希釈されたICG溶液を10ml程度投与する(
図5中のステップS1)。次に、光学検出器12によって、人工肺32の内側の血液に対して近赤外光を照射する(ステップS2)と共に、ICGから得られる蛍光を受光する(ステップS3)。次に、演算装置14によって、受光した蛍光の画像データを取得する(ステップS4)。そして、演算装置14によって、取得された画像データから、閾値を用いて二値画像データを作成する(ステップS5)。二値画像データの作成によって、人工肺32の内側の血液の画像データ上の閾値以下の輝度を有する部位が、血栓情報として抽出される。
【0074】
次に、
図6に示すように、表示装置16によって、血栓情報として抽出された位置を血栓形成部位として黒色で表示する(
図5中のステップS6)。また、閾値を超える輝度を有する部位を、白色で表示する。すなわち、本実施形態では、血栓を表す第1の色は「黒色」で表示されると共に、血栓を含まない血液を表す第2の色は「白色」で表示される。なお、本発明では、二色の色は、白と黒に限定されず、例えば、赤と緑等、適宜変更できる。
【0075】
本実施形態では、上記のステップS2~ステップS6の処理を投与後15分以内の間、経時的に実施することによって、一連の二値画像データのフレームを作成する。
図6中には、x軸及びy軸によって囲まれた矩形状の解析領域中に、ケーシング32A1の本体32Aに対応する画像データ52Aと、透析回路接続部33Eのポートに対応する画像データ53Eと、3個の位置A~Cとが例示されている。
【0076】
図6中の位置Aは、非血栓部分である白色の部分に含まれており、
図2中の人工肺32の部位aに対応する。位置Aの(x,y)座標は、(x
A,y
A)である。また、
図6中の位置Bは、血栓部分である黒色の部分に含まれており、
図2中の人工肺32の部位bに対応する。位置Bの(x,y)座標は、(x
B,y
B)である。また、
図6中の位置Cは、血栓部分である黒色の部分に含まれており、
図2中の人工肺32の部位cに対応する。位置Cの(x,y)座標は、(x
C,y
C)である。
【0077】
図2中の部位bに対応する
図6中の位置Bが黒色であることより、人工肺32のケーシング32A1の内側で透析回路接続部33Eの下側の領域では、血液が比較的流れ難く、結果、血栓が形成されていることが分かる。また、
図2中の部位cに対応する
図6中の位置Cが黒色であることより、人工肺32のケーシング32A1の本体32Aの
図2中の左上側の辺に対応する領域では、血液が比較的流れ難く、結果、血栓が形成されていることが分かる。また、
図2中の部位aに対応する
図6中の位置Aが白色であることより、透析回路接続部33Eの
図2中の左下側の領域では、血液が比較的流れ易く、結果、血栓が形成されていないことが分かる。
【0078】
なお、本発明では、本実施形態に係る表示装置16上に、一連の二値画像データを連続的に表示することによって、血栓周囲の血流の流れを動画として観察することも可能である。
【0079】
図7中には、ICG投与後の15分以内の間、
図6中の3個の位置A~Cのそれぞれにおける輝度の経時的な変動の一部が示されている。3個の位置A~Cのいずれにおいても、ICG投与直後の第1期では、輝度がピークに到達するまで上昇している。また、第2期では、ピークに到達した後、輝度が一定範囲内の水準まで下降している。また、第3期では、輝度の変動幅が比較的小さい。なお、
図7のグラフ中では、説明の便宜上、第1期から第3期の一部までの変動期間に対応する領域しか例示されていないが、実際には、第3期の残りと第4期とに対応する変動期間も存在する。
【0080】
本実施形態では、設定された閾値は、80である。このため、閾値以下である60~70程度の輝度が第3期に取得された位置Bと、50前後の輝度が第3期に取得された位置Cとは、血栓形成部位として検出される。また、第3期に取得された輝度が80を超え100以下の範囲で変動する位置Aは、非血栓形成部位として検出される。なお、本発明では、輝度の閾値は、80に限定されず、適宜変更できる。
【0081】
また、本実施形態では、閾値としては、輝度そのものの値が用いられたが、本発明では、これに限定されず、例えば、蛍光の輝度の変化率が用いられてもよい。また、ICG投与後であって輝度が所定の値を超えて変化し始めるまでの時間差等の値が用いられてもよい。すなわち、本発明では、血栓かどうかの基準は、輝度の大小に限定されない。
【0082】
<比較例>
一方、
図6中に示した二値画像データが取得された、ICGを投与してから15分後の人工肺32の内側を検出作業の従事者が目視することによって、肉眼で血栓を観察する方法を第1比較例として実施した。人工肺32のケーシング32A1の内側の血液には、血栓形成部位と非血栓形成部位との両方が実際には存在するにもかかわらず、
図8に示すように、それぞれが互いに類似の赤色調で表れるため、両者を明確に判別することは困難であった。
【0083】
更に、体外循環経路30を被検体20から取り外し、循環血液を生食で置換することによって、ICGを投与してから15分後の人工肺32中の血液を洗い流した。そして、血液が洗い流された後の人工肺32の内側を検出作業の従事者が目視することによって、肉眼で血栓を観察する方法を第2比較例として実施した。
図9に示すように、透析回路接続部33Eの下側に付着した3箇所の血栓形成部位60を観察することができた。また、
図9中のケーシング32A1の4辺及び4角にも、血栓形成部位60を観察することができた。
【0084】
(作用効果)
本実施形態では、蛍光の画像データの血栓部分のICGの蛍光性に応じて閾値が設定される。そして、近赤外光の照射によって受光したICGの蛍光の画像データのうち、設定された閾値以下の輝度を有する画像データが血栓情報として抽出され、血栓情報として抽出された画像データの位置が、血栓形成部位として表示される。すなわち、ICG蛍光造影技術を用いて、ICGが血栓の内部に取り込まれない血栓の部分と、ICGが存在する血液の部分とが区別されるので、血栓の寸法の大小にかかわらず、閾値以下の輝度が得られた場合には血栓として一律に検出することができる。このため、例えば血流の圧力損失の数値に表れないような小さな血栓であっても、検出漏れを抑えることが可能になるので、血栓の検出精度を高めることができる。同様に、本実施形態に係る血栓検出方法によれば、高い精度で血栓を検出することができる。
【0085】
また、本実施形態では、血栓情報を外部に出力する出力装置としての表示装置16によって、検出作業の従事者が、血栓が形成されたことを速やかに把握できる。また、血栓情報として抽出された画像データ上の位置が、血栓形成部位として表示装置16によって表示されるため、検出作業の従事者が、血栓形成部位を視覚的に認識し易い。
【0086】
また、血栓に関しては、例えばCOVID-19に罹患したほぼ全ての患者の血液において、体外循環経路30のポンプ34や人工肺32で血栓が形成され易いこと、すなわち、強い血液凝固傾向が示されることが報告されている。この強い血液凝固傾向は、体内に侵入したCOVID-19に対する免疫反応における、血液中のサイトカインストームや血管内皮障害が、影響を及ぼすものと考えられる。このため、本実施形態に係る血栓検出システム10及び血栓検出方法は、特に、COVID-19に罹患した患者を、ECMO等の体外循環経路30を用いてガス交換の処置を行う場合において有利である。
【0087】
また、血栓を検出する方法として、第1比較例のように、人工肺32の内側を流れる血液を目視によって検出する方法が用いられる場合、血液中の血栓部分の色と非血栓部分の色とは、濃淡が違うものの、いずれも同じ赤色調であるため、目視では明確に区別し難い。このため、血栓を見逃す懸念がある。
【0088】
しかし、本実施形態では、白黒の二値画像中で、血栓を表す第1の色と非血栓を表す第2の色との間の濃淡の違い及び色調の違いを大きくすることが可能になる。すなわち、人工肺32を単に近赤外光で撮影することで白黒(グレースケール)の二値画像を得る場合に比べ、ICGが血栓の内部に取り込まれない血栓の部分と、ICGが存在する血液の部分との濃淡差を大きくできる。また、双方の部分の境界を強調して表示できる。このため、血栓検出の客観性が高まると共に、二値画像を目視して血栓を検出し易くなる。
【0089】
特に、同じ色調でなく対比し易い2色が選択されることによって、検出の際、検出作業の従事者が血栓を視覚的に見逃し難くなる。結果、人工肺32の内側の血栓を早期に検出すること、及び、詳細に評価することが可能になる。また、本実施形態では、画像データが二値化されるため、コンピュータでの解析や遠隔モニタリングへの応用が容易となる。また、本実施形態では、血栓の発生タイミングとほぼリアルタイムで二値画像データによる血栓の視覚化が可能になるので、速やかに検出結果を得ることができる。
【0090】
また、第2比較例のように、人工肺32の内側の血液を洗い流すことによって、目視し易さを向上させる方法も考えられるが、ガス交換処置を停止する必要が生じる。このため、ガス交換処置の施行中に、検出を行うことは困難である。
【0091】
しかし、本実施形態では、ガス交換処置の施行中であっても、閾値以下の輝度を有する画像データの位置を二値画像によって表示できるので、人工肺32の内側の血液を洗い流す必要が生じない。このため、ガス交換処置の施行中に、検出を行うことが可能である。
【0092】
また、造影剤としてICGが用いられる本実施形態では、ヨード系造影剤が用いられる必要がないため、生体への投与における安全性を高めることができる。また、放射線を使用することなく造影画像を作成可能であるため、被曝の問題や装置の設置スペースの問題が生じない。
【0093】
また、本実施形態では、血栓検出システム10は、体外循環経路30に接続されるため、例えば生体内の循環経路と比べ、血栓が形成され易い体外循環経路30中の血栓を検出できる点で有利である。
【0094】
また、血栓を検出する従来の方法として、例えば、血液中のD-dimer、血小板数、LDH等のマーカーを測定する方法が知られている。しかし、これらのマーカーは、必ずしも血栓の存在だけを反映するものではない。例えばD-dimerの場合、腫瘍等、血栓以外の病態や疾患の場合であっても上昇する可能性がある。すなわち、マーカーを用いる方法は、血栓を検出する検査としての特異度が低い。このため、仮にマーカーによって血栓の存在が疑われる反応が生じたとしても、血栓以外の他の病態や疾患の可能性を除外するための確認作業が別途必要になる。
【0095】
また、血栓を検出する従来の他の方法として、例えば、体外循環経路30の人工肺32をCT撮影し、人工肺32の内部の断層画像を視覚的に確認することで、血栓部分を検出する方法も知られている。しかし、人工肺32をCT撮影する場合、人工肺32を撮影室に移動する際に、人工肺32と接続されている被検体20としての患者自身を撮影室に搬送する必要が生じる。このため、患者本人の移動負担だけでなく、患者を安全に搬送させるために必要な周囲の人間の補助作業の負担も大きくなる。
【0096】
また、CT撮影が例えば一日に複数回繰り返される場合、撮影室への移動作業時に生じる負担が更に拡大すると共に、撮影による被ばく量が増加する懸念も生じる。すなわち、人工肺32をCT撮影する技術によって、血栓を視覚化することは可能であるが、患者を動かすことなくベッドサイドでCT撮影を実施することが難しい。
【0097】
この点、本実施形態では、体外循環経路30によって血液が循環中であっても、血液循環を止めることなく血栓を検出できると共にベッドサイドで人工肺32の血栓を視覚化することができるため、治療を中断する必要がない。
【0098】
また、体外循環経路30内では、特に、人工肺32の内側に血栓が特に付着し易い。本実施形態では、人工肺32の内側の血液から蛍光を取得するので、人工肺32の内側の血栓を効果的に検出できる。このため、体外循環経路30を用いた治療をより円滑に行うことができる。
【0099】
また、本実施形態では、人工肺32の血栓を早期に検出することが可能になるので、血栓による塞栓症の発症を予防できる。また、抗凝固薬を投与するタイミングや投与量を適切に調節することが可能になるので、患者の治療効果を高めることができると共に、人工肺32のガス交換能力劣化の予防を図ることができる。
【0100】
また、本実施形態は、特に、人工肺32の内壁面からガス交換部32A3の表面までの間に形成され易い血栓の検出に適している。すなわち、人工肺32のガス交換膜の表面の塞栓源となりやすい血栓の検出に優れている。このため、例えば、体外循環経路30内の圧力損失の数値を用いてガス交換部32A3の深部の血栓を検出する方法と本実施形態とを組み合わせて用いれば、血栓の検出精度を一層高めることができる。
【0101】
また、本実施形態では、血栓情報としての画像データを抽出する処理が経時的に行われるので、血栓の形成状態の経時的な変動をより正確に把握できる。
【0102】
<第1変形例>
上記の本実施形態では、血液中のICG濃度の変動を考慮して、変動時期を区分けした際、輝度の変動幅が比較的小さい第3期に、血栓の検出を行う場合が説明された。しかし、本発明者らの研究の結果、循環経路内の部位毎に血液の流動性が異なるため、第3期に到達する前段階における輝度の下降の態様は、厳密には一様ではなく、部位毎に異なることが分かった。
【0103】
このため、本実施形態では、血栓情報としての画像データの抽出に際し、循環経路内の部位毎に、血液の流れ易さに基づいた「解析期間」が予め設定される。すなわち、血栓情報の真偽を識別する期間の開始時刻及び終了時刻が、限定される。「解析期間」は、血栓情報としての画像データ上の位置に対応する循環経路内の部位における血液の流れ易さに基づいて設定される。そして、仮に第3期内に血栓情報として抽出された画像データであっても、この画像データの蛍光を受光した時刻が、設定された解析期間に含まれるかどうかを判定する。判定結果に応じて、血栓が実際に形成されているかどうかの識別、すなわち、血栓情報の真偽が確認される。
【0104】
具体的には、循環経路中で「血液が流れ易い部位」では、第3期が比較的短く、上記の第4期が比較的早く到来する。すなわち、ICG濃度の低下が、比較的早く始まる。このため、画像データの蛍光を受光した時刻が、第4期であって輝度が閾値以下に低下している場合がある。
【0105】
結果、実際には血栓が形成されていなくても、二値化によって血栓の色が表示されることによって、血栓が形成されていることが出力される。このため、血栓情報として表示された血栓の色を看取した従事者が、そのまま血栓であると判断する(偽血栓と判断する)場合、例えば、不必要な抗凝固薬の投与等が実施される懸念が生じる。
【0106】
このため、第1変形例では、循環経路中で「血液が流れ易い部位」と設定された部位では、第3期に含まれる「解析期間」の開始時刻及び終了時刻が予め設定される。そして、演算装置14は、血栓情報を含む画像データとなる蛍光を受光した時刻が、設定された解析期間に含まれる場合には、循環経路内の部位に実際に血栓が形成されていると識別する。また、血栓情報を含む画像データとなる蛍光を受光した時刻が、解析期間に含まれない場合には、循環経路内の部位に実際に血栓が形成されていないと識別する。
【0107】
識別結果は、例えば、二値画像中のある領域が偽血栓と判断された場合、偽血栓と判断された領域が、特定の色を有する線によって他の領域から切り分けられる、或いは、所定の色によって他の領域と色分けされる等によって出力できる。また、偽血栓と判断された領域に含まれる座標群や、代表的な座標が出力されてもよい。
【0108】
なお、循環経路内の「血液が流れ易い部位」、及び、血液が流れ易い部位毎の「解析期間」は、実験やシミュレーションによって設定できる。
【0109】
第1変形例では、血栓情報としての画像データの抽出に際し、循環経路内の部位毎に、血液の流れ易さに基づいた「解析期間」が予め設定される。そして、血栓情報としての画像データが抽出された場合であっても、血栓情報としての画像データの蛍光を受光した時刻が解析期間に含まれるかどうかに応じて、血栓が形成されているかどうかが識別される。このため、血栓の検出精度をより高めることができるので、偽血栓を検出する懸念を抑制できる。
【0110】
<第2変形例>
次に、本実施形態に係る血栓検出システム10を用いてガス交換処置を実施する間に、経時的な一連の画像データを用いて、血栓の面積変化率を算出する第2変形例を、
図10を参照して説明する。本実施形態では「面積変化率」は、二値画像データ上における血栓形成部位60の面積拡大率及び面積縮小率の両方を含む。
【0111】
まず、面積拡大率としての面積変化率について説明する。例えば、循環開始時刻から1時間後に、2回目のICG投与を行い、1回目と同様に、投与後の15分間、上記のステップS2~ステップS6の処理と同様の処理を経時的に繰り返すことによって、一連の二値画像データを作成する。また、同様に、循環開始時刻から2時間後に、3回目のICG投与を行い、また、循環開始時刻から3時間後に、4回目のICG投与を行い…、と、1時間おきの投与と投与に続く一連の二値画像データの作成とを繰り返す。
【0112】
そして、循環開始時刻から8時間後に、最後の9回目のICG投与を行い、投与後の15分間の一連の二値画像データを作成して、ガス交換処置を終了する。最初の1回目のICG投与~最後の9回目のICG投与までの間、人工肺32は、交換又は洗浄されることなく、連続的に使用される。なお、本実施形態では、ICGが9回投与される場合が例示的に説明されたが、本発明では、これに限定されず、投与回数は、血栓検出方法の実施方針に合わせて、1回以上、任意の回数で設定できる。
【0113】
図10(A)中には、循環開始時刻から4時間後の5回目のICG投与の15分後に作成された二値画像が例示されている。また、
図10(B)中には、循環開始時刻から6時間後の7回目のICG投与の15分後に作成された二値画像が例示されている。また、
図10(C)中には、循環開始時刻から8時間後の9回目のICG投与の15分後に作成された二値画像が例示されている。
【0114】
図10(A)~
図10(C)中の破線囲みの領域D中に示されるように、ケーシング32A1の透析回路接続部33Eのポートの下側の部位で、血栓形成部位60が発生し、かつ、血栓形成部位60の黒色の画像データの面積が経時的に拡大している。第2変形例では、演算装置14が、拡大する血栓形成部位60の画像データの面積を経時的に算出し、算出された面積から得られた経時的な面積拡大率を血栓の面積変化率として算出できる。
【0115】
また、逆に、本実施形態に係る血栓検出システム10を用いてガス交換処置を実施する間に、例えば血液中に投与する抗凝固薬を増量させることによって、血栓情報としての血栓形成部位60の黒色の画像データの面積を経時的に縮小させてもよい。そして、演算装置14が、縮小する血栓形成部位60の画像データの面積を経時的に算出し、算出された面積から得られた経時的な面積縮小率を血栓の面積変化率として算出することもできる。
【0116】
第2変形例では、面積変化率として血栓形成部位60の面積拡大率の算出によって、血栓の将来の寸法を予測し易くなるので、例えば抗凝固薬の投与量の調整等、抗凝固薬療法を適切に施すことが可能になる。また、体外循環経路30のガス交換能力の将来の低下を予測し易くなるので、構成部品の交換時期を適切に推測できる。また、例えば血液中に投与する抗凝固薬を増量させることによって血栓を縮小させる場合、面積変化率として血栓形成部位60の面積縮小率を算出することで、投与された抗凝固薬の効果を判定することが可能になる。
【0117】
<その他の実施形態>
本発明は上記の開示した実施の形態によって説明したが、この開示の一部をなす論述及び図面は、本発明を限定するものであると理解すべきではない。本発明は、上記に記載していない様々な実施の形態等を含むと共に、本発明の技術的範囲は、上記の説明から妥当な特許請求の範囲の発明特定事項によってのみ定められるものである。
【符号の説明】
【0118】
10 血栓検出システム
12 光学検出器
14 演算装置
16 表示装置
20 被検体
30 体外循環経路
32 人工肺
32A 本体
32A1 ケーシング
32A2 熱交換部
32A3 ガス交換部
32B 支持部
33A 血液流入部
33B 血液流出部
33C エア抜き部
33D エア抜き部
33E 透析回路接続部
34 ポンプ
36 チューブ
38 コネクタ
40 流量計
42 ポート
44A~44F 血液
54A~54F 血液に対応する画像データ
52A 人工肺の本体のケーシングに対応する画像データ
53E 透析回路接続部のポートに対応する画像データ
60 血栓形成部位
A~C 二値画像データ上の人工肺の内側の位置
D 二値画像データ上の領域
a~c 人工肺の内側の部位