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特開2023-82425炭素繊維前駆体用処理剤、炭素繊維前駆体用処理剤含有組成物、及び炭素繊維前駆体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023082425
(43)【公開日】2023-06-14
(54)【発明の名称】炭素繊維前駆体用処理剤、炭素繊維前駆体用処理剤含有組成物、及び炭素繊維前駆体
(51)【国際特許分類】
   D06M 11/74 20060101AFI20230607BHJP
   D06M 15/643 20060101ALI20230607BHJP
   D06M 15/53 20060101ALI20230607BHJP
【FI】
D06M11/74
D06M15/643
D06M15/53
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021196190
(22)【出願日】2021-12-02
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2022-02-10
(71)【出願人】
【識別番号】000210654
【氏名又は名称】竹本油脂株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 旬
【テーマコード(参考)】
4L031
4L033
【Fターム(参考)】
4L031AA17
4L031AB01
4L031BA02
4L031DA14
4L033AA05
4L033AB01
4L033AC06
4L033CA48
4L033CA59
(57)【要約】
【課題】帯電防止性を向上させながら脱落防止性を向上できる炭素繊維前駆体用処理剤を提供する。
【解決手段】炭素繊維前駆体用処理剤は、界面活性剤及びカーボンナノ構造体を含有しており、炭素繊維前駆体用処理剤の不揮発分中における前記カーボンナノ構造体の含有量が、10ppm以上50000ppm未満である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
カーボンナノ構造体及び界面活性剤を含有する炭素繊維前駆体用処理剤であって、
前記炭素繊維前駆体用処理剤の不揮発分中における前記カーボンナノ構造体の含有量が、10ppm以上50000ppm未満であることを特徴とする炭素繊維前駆体用処理剤。
【請求項2】
前記カーボンナノ構造体が、カーボンナノチューブを含むものである請求項1に記載の炭素繊維前駆体用処理剤。
【請求項3】
前記カーボンナノチューブが、単層カーボンナノチューブである請求項2に記載の炭素繊維前駆体用処理剤。
【請求項4】
更に、シリコーンを含有する請求項1~3のいずれか一項に記載の炭素繊維前駆体用処理剤。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の炭素繊維前駆体用処理剤と、溶媒とを含有することを特徴とする炭素繊維前駆体用処理剤含有組成物。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか一項に記載の炭素繊維前駆体用処理剤が付着してなることを特徴とする炭素繊維前駆体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、界面活性剤及びカーボンナノ構造体を含有する炭素繊維前駆体用処理剤、炭素繊維前駆体用処理剤を含有する炭素繊維前駆体用処理剤含有組成物、及び炭素繊維前駆体用処理剤により得られた炭素繊維前駆体に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、例えばエポキシ樹脂等のマトリクス樹脂と組み合わせた炭素繊維複合材料として、建材、輸送機器、医療用機器等の各分野において広く利用されている。通常炭素繊維は、炭素繊維前駆体として例えばアクリル繊維を紡糸する紡糸工程、炭素繊維前駆体を焼成する焼成工程を経て製造される。炭素繊維前駆体には、炭素繊維の製造工程において生ずる繊維間の膠着又は融着を抑制するために、炭素繊維前駆体用処理剤が用いられることがある。
【0003】
特許文献1には、炭素繊維前駆体用処理剤としての油剤組成物に係る発明が記載されている。油剤組成物は、導電性を有する炭素系微粒子、シリコーン、ノニオン系乳化剤を含有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010-7216号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、特許文献1に記載されるような従来の炭素繊維前駆体用処理剤は、帯電防止性、集束性は良好である一方で、炭素繊維前駆体用処理剤に含有される炭素系微粒子が、炭素繊維前駆体から脱落し易いといった問題があった。炭素繊維前駆体から脱落した炭素系微粒子は、繊維を搬送するローラー表面に付着し、炭素繊維前駆体の断糸、毛羽等の品質低下を引き起こす。そのため、ローラー表面を頻繁に掃除しなければならず、炭素繊維前駆体の製造効率が低下してしまう原因となる。
【0006】
帯電防止性を向上しながら脱落防止性を向上できる炭素繊維前駆体用処理剤が要望されている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するため、本発明の炭素繊維前駆体用処理剤は、界面活性剤及びカーボンナノ構造体を含有する炭素繊維前駆体用処理剤であって、前記炭素繊維前駆体用処理剤の不揮発分中における前記カーボンナノ構造体の含有量が、10ppm以上50000ppm未満である。
【0008】
なお、本発明でのppmは質量ppmを意味する。
上記の構成において、前記カーボンナノ構造体が、カーボンナノチューブを含むものであってもよい。
【0009】
上記の構成において、前記カーボンナノチューブが、単層カーボンナノチューブであってもよい。
上記の構成において、更に、シリコーンを含有してもよい。
【0010】
上記の課題を解決するため、本発明の炭素繊維前駆体用処理剤含有組成物は、前記炭素繊維前駆体用処理剤と、溶媒とを含有する炭素繊維前駆体用処理剤含有組成物である。
上記の課題を解決するため、本発明の炭素繊維前駆体は、上記炭素繊維前駆体用処理剤が付着してなる炭素繊維前駆体である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、帯電防止性を向上しながら脱落防止性を向上できる炭素繊維前駆体が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(第1実施形態)
以下、本発明の炭素繊維前駆体用処理剤(以下、「処理剤」という。)を具体化した第1実施形態を説明する。処理剤は、カーボンナノ構造体、界面活性剤を含有する。さらに、必要に応じてシリコーンを含有する。
【0013】
<カーボンナノ構造体について>
カーボンナノ構造体としては、例えば、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバー、カーボンブラック等が挙げられる。
【0014】
一般的に、カーボンナノチューブは、繊維の中心に沿ってグラフェンシートを巻き付けた円筒状構造をしている。カーボンナノファイバーは、グラフェンシートが繊維長方向に対して斜めに積層した構造又は垂直に積層した構造を有しており、繊維表面にグラフェンシートのエッジ面が露出している。カーボンブラックは、平均一次粒子径が3~500nm程度の粒子状カーボンである。これらの中で、脱落防止性をより向上させる観点からカーボンナノチューブが好ましい。
【0015】
カーボンナノチューブは、単層のシングルウォールカーボンナノチューブであっても、二層のダブルウォールカーボンナノチューブ等の多層のマルチウォールカーボンナノチューブであってもよい。これらの中で、帯電防止性をより向上させる観点からシングルウォールカーボンナノチューブが好ましい。
【0016】
また、カーボンナノチューブは、カーボンナノシートの幾何学的構造の違いによってジグザグ型、アームチェア型、カイラル型が存在するが、これらのいずれであってもよい。また、例えばカルボキシル基修飾等の化学修飾されたカーボンナノチューブを適用してもよい。
【0017】
カーボンナノ構造体の具体例としては、例えば、Nanocyl社製単層カーボンナノチューブ、OCSiAl社製単層カーボンナノチューブ(商品名TUBALL)、Nanocyl社製二層カーボンナノチューブ、Nanocyl社製多層カーボンナノチューブ、Nanocyl社製カルボキシル基修飾多層カーボンナノチューブ、ALMEDIO社製補強用カーボンナノファイバー、平均一次粒子径23nmのカーボンブラック等が挙げられる。これらのカーボンナノ構造体は、1種のカーボンナノ構造体を単独で使用してもよく、2種以上のカーボンナノ構造体を組み合わせて使用してもよい。
【0018】
<界面活性剤について>
界面活性剤は、脱落防止性及び紡糸平滑性を向上させる。また、処理剤中でのカーボンナノ構造体の分散安定性を向上させる。
【0019】
界面活性剤としては、例えばアニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、非イオン界面活性剤、両性界面活性剤が挙げられる。これらの界面活性剤は、1種の界面活性剤を単独で使用してもよく、2種以上の界面活性剤を組み合わせて使用してもよい。
【0020】
非イオン界面活性剤としては、公知のものを適宜採用できる。非イオン界面活性剤の具体例としては、例えば(1)オクチルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、イソオクチルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、ノニルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、イソノニルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、デシルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、イソデシルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、ウンデシルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、イソウンデシルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、ドデシルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、イソドデシルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、二級ドデシルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、二級イソドデシルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、トリデシルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、イソトリデシルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、二級トリデシルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、二級イソトリデシルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、テトラデシルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、イソテトラデシルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、ペンタデシルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、イソペンタデシルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、ヘキサデシルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、イソヘキサデシルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、オクタデシルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、イソオクタデシルアルコールのアルキレンオキサイド付加物、イコサノールのアルキレンオキサイド付加物、イソイコサノールのアルキレンオキサイド付加物等のアルコールにアルキレンオキサイドを付加した化合物、(2)オクチルアミンのアルキレンオキサイド付加物、イソオクチルアミンのアルキレンオキサイド付加物、ノニルアミンのアルキレンオキサイド付加物、イソノニルアミンのアルキレンオキサイド付加物、デシルアミンのアルキレンオキサイド付加物、イソデシルアミンのアルキレンオキサイド付加物、ウンデシルアミンのアルキレンオキサイド付加物、イソウンデシルアミンのアルキレンオキサイド付加物、ドデシルアミンのアルキレンオキサイド付加物、イソドデシルアミンのアルキレンオキサイド付加物、トリデシルアミンのアルキレンオキサイド付加物、イソトリデシルアミンのアルキレンオキサイド付加物、テトラデシルアミンのアルキレンオキサイド付加物、イソテトラデシルアミンのアルキレンオキサイド付加物、ペンタデシルアミンのアルキレンオキサイド付加物、イソペンタデシルアミンのアルキレンオキサイド付加物、ヘキサデシルアミンのアルキレンオキサイド付加物、ペンタデシルアミンのアルキレンオキサイド付加物、オクタデシルアミンのアルキレンオキサイド付加物、イソオクタデシルアミンのアルキレンオキサイド付加物、イコシルアミンのアルキレンオキサイド付加物、イソイコシルアミンのアルキレンオキサイド付加物等のアルキルアミンのアルキレンオキサイド付加物、(3)硬化ひまし油のアルキレンオキサイド付加物、硬化ひまし油のアルキレンオキサイド付加物のオレイン酸エステル、硬化ひまし油のアルキレンオキサイド付加物のステアリン酸エステル等の硬化ひまし油のアルキレンオキサイド付加物およびそのエステル化物、(4)ビスフェノールAのアルキレンオキサイド付加物、ビスフェノールAのアルキレンオキサイド付加物のエステル化物、ビスフェノールFのアルキレンオキサイド付加物、ビスフェノールFのアルキレンオキサイド付加物のエステル化物、エチレングリコールのアルキレンオキサイド付加物、エチレングリコールのアルキレンオキサイド付加物のエステル化物、プロピレングリコールのアルキレンオキサイド付加物、プロピレングリコールのアルキレンオキサイド付加物のエステル化物、1,4-ブタンジオールのアルキレンオキサイド付加物、1,4-ブタンジオールのアルキレンオキサイド付加物のエステル化物、1,6-ヘキサンジオールのアルキレンオキサイド付加物、1,6-ヘキサンジオールのアルキレンオキサイド付加物のエステル化物等のジオールのアルキレンオキサイド付加物及びそのエステル化物、(5)ポリオキシエチレンオクチルデカナート、ポリオキシエチレンラウリルエルカート、ポリオキシプロピレン1,6-ヘキサンジオールジオレアート、ビスポリオキシエチレンデシルアジパート、ビスポリオキシエチレンラウリルアジパート、ポリオキシプロピレンベンジルステアラート、ポリオキシエチレンとジメチルフタラートとラウリルアルコールの共重合物等のエーテルエステル化合物等が挙げられる。
【0021】
アニオン界面活性剤としては、公知のものを適宜採用できる。アニオン界面活性剤の具体例としては、例えば(1)ラウリルリン酸エステル塩、セチルリン酸エステル塩、オクチルリン酸エステル塩、オレイルリン酸エステル塩、ステアリルリン酸エステル塩等の脂肪族アルコールのリン酸エステル塩、(2)ポリオキシエチレンラウリルエーテルリン酸エステル塩、ポリオキシエチレンオレイルエーテルリン酸エステル塩、ポリオキシエチレンステアリルエーテルリン酸エステル塩等の脂肪族アルコールにエチレンオキサイド及びプロピレンオキサイドから選ばれる少なくとも一種のアルキレンオキサイドを付加したもののリン酸エステル塩、(3)ラウリルスルホン酸塩、ミリスチルスルホン酸塩、セチルスルホン酸塩、オレイルスルホン酸塩、ステアリルスルホン酸塩、テトラデカンスルホン酸塩、ドデシルベンゼンスルホン酸塩、二級アルキルスルホン酸(C13~15)塩等の脂肪族スルホン酸塩又は芳香族スルホン酸塩、(4)ラウリル硫酸エステル塩、オレイル硫酸エステル塩、ステアリル硫酸エステル塩等の脂肪族アルコールの硫酸エステル塩、(5)ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸エステル塩、ポリオキシアルキレン(ポリオキシエチレン、ポリオキシプロピレン)ラウリルエーテル硫酸エステル塩、ポリオキシエチレンオレイルエーテル硫酸エステル塩等の脂肪族アルコールにエチレンオキサイド及びプロピレンオキサイドから選ばれる少なくとも一種のアルキレンオキサイドを付加したものの硫酸エステル塩、(6)ひまし油脂肪酸硫酸エステル塩、ごま油脂肪酸硫酸エステル塩、トール油脂肪酸硫酸エステル塩、大豆油脂肪酸硫酸エステル塩、なたね油脂肪酸硫酸エステル塩、パーム油脂肪酸硫酸エステル塩、豚脂脂肪酸硫酸エステル塩、牛脂脂肪酸硫酸エステル塩、鯨油脂肪酸硫酸エステル塩等の脂肪酸の硫酸エステル塩、(7)ひまし油の硫酸エステル塩、ごま油の硫酸エステル塩、トール油の硫酸エステル塩、大豆油の硫酸エステル塩、菜種油の硫酸エステル塩、パーム油の硫酸エステル塩、豚脂の硫酸エステル塩、牛脂の硫酸エステル塩、鯨油の硫酸エステル塩等の油脂の硫酸エステル塩、(8)ラウリン酸塩、オレイン酸塩、ステアリン酸塩等の脂肪酸塩、(9)ジオクチルスルホコハク酸塩等の脂肪族アルコールのスルホコハク酸エステル塩等が挙げられる。アニオン界面活性剤の対イオンとしては、例えばカリウム塩、ナトリウム塩等のアルカリ金属塩、アンモニウム塩、トリエタノールアミン等のアルカノールアミン塩等が挙げられる。
【0022】
カチオン界面活性剤としては、公知のものを適宜採用できる。カチオン界面活性剤の具体例としては、例えばラウリルトリメチルアンモニウムクロライド、セチルトリメチルアンモニウムクロライド、ステアリルトリメチルアンモニウムクロライド、ベヘニルトリメチルアンモニウムクロライド、ジデシルジメチルアンモニウムクロライド、1,2-ジメチルイミダゾール、トリエタノールアミン等が挙げられる。
【0023】
両性界面活性剤としては、公知のものを適宜採用できる。両性界面活性剤の具体例としては、例えばベタイン型両性界面活性剤等が挙げられる。
<シリコーンについて>
本実施形態の処理剤は、さらにシリコーンを含有することができる。シリコーンを含有することにより、紡糸平滑性をより向上させる。
【0024】
シリコーンとしては、特に制限はなく、例えばジメチルシリコーン、フェニル変性シリコーン、アミノ変性シリコーン、アミド変性シリコーン、ポリエーテル変性シリコーン、アミノポリエーテル変性シリコーン、アルキル変性シリコーン、アルキルアラルキル変性シリコーン、アルキルポリエーテル変性シリコーン、エステル変性シリコーン、エポキシ変性シリコーン、カルビノール変性シリコーン、メルカプト変性シリコーン等が挙げられる。シリコーンの粘度は、25℃において10mm/s~100000mm/sのものが好ましい。
【0025】
<カーボンナノ構造体の含有量について>
本実施形態の処理剤の不揮発分中に占める前記カーボンナノ構造体の含有量は、10ppm以上50000ppm未満であることが好ましい。かかる含有量が10ppm以上の場合、帯電防止性をより向上できる。また、かかる含有量が50000ppm未満の場合、脱落防止性をより向上できる。
【0026】
<溶媒>
本実施形態の処理剤は、必要により溶媒と混合し、炭素繊維前駆体用処理剤含有組成物(以下、「組成物」という)として構成してもよい。溶媒は、大気圧における沸点が105℃以下である溶媒である。溶媒としては、水、有機溶媒が挙げられる。有機溶媒の具体例としては、エタノール、プロパノール等の低級アルコール等、ヘキサン等の低極性溶媒が挙げられる。これらの溶媒は、一種類の溶媒を単独で使用してもよいし、又は二種以上の溶媒を適宜組み合わせて使用してもよい。これらの中で、各成分の分散性又は溶解性に優れる観点から水、低級アルコール等の極性溶媒が好ましく、ハンドリング性に優れる観点から水がより好ましい。組成物中において、処理剤及び溶媒の含有割合の合計を100質量部とすると、処理剤を10質量部以上50質量部以下で含有することが好ましい。
【0027】
(第2実施形態)
次に、本発明に係る炭素繊維前駆体を具体化した第2実施形態について説明する。本実施形態の炭素繊維前駆体は、第1実施形態の処理剤が付着している。
【0028】
炭素繊維前駆体は、後述する炭素化処理工程を経ることにより炭素繊維となる合成繊維であることが好ましい。炭素繊維前駆体を構成する繊維原料としては、特に限定されないが、例えば(1)ポリエチレンテレフタラート、ポリプロピレンテレフタラート、ポリ乳酸エステル等のポリエステル系繊維、(2)ナイロン6、ナイロン66等のポリアミド系繊維、(3)ポリアクリル、モダアクリル等のポリアクリル系繊維、(4)ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィン系繊維、(5)セルロース系繊維、(6)リグニン系繊維、(7)フェノール樹脂、(8)ピッチ等が挙げられる。さらに、ポリアクリル系繊維としては、少なくとも90モル%以上のアクリロニトリルと、10モル%以下の耐炎化促進成分とを共重合させて得られるポリアクリロニトリルを主成分とする繊維から構成されることが好ましい。耐炎化促進成分としては、例えばアクリロニトリルに対して共重合性を有するビニル基含有化合物が好適に使用できる。
【0029】
第1実施形態の処理剤を炭素繊維前駆体に付着させる割合に特に制限はないが、処理剤(溶媒を含まない)を炭素繊維前駆体に対し0.1質量%以上2質量%以下となるように付着させることが好ましく、0.3質量%以上1.2質量%以下となるように付着させることがより好ましい。
【0030】
処理剤を炭素繊維前駆体に付着させる方法としては、例えば、第1実施形態の処理剤、又は組成物をさらに水等の溶媒で希釈した希釈液を用いて、公知の方法、例えば浸漬給油法、スプレー給油法、ローラー給油法、計量ポンプを用いたガイド給油法等によって付着させる方法を適用できる。
【0031】
次に、本実施形態の炭素繊維前駆体を用いた炭素繊維の製造方法について説明する。
炭素繊維の製造方法は、下記の工程1~3を経ることが好ましい。
工程1:炭素繊維前駆体となる原料を紡糸するとともに、第1実施形態の処理剤を付着させる紡糸工程。
【0032】
工程2:前記工程1で得られた炭素繊維前駆体を好ましくは200℃以上300℃以下、より好ましくは230℃以上270℃以下の酸化性雰囲気中で耐炎化繊維に転換する耐炎化処理工程。
【0033】
工程3:前記工程2で得られた耐炎化繊維をさらに好ましくは300℃以上2000℃以下、より好ましくは300℃以上1300℃以下の不活性雰囲気中で炭化させる炭素化処理工程。
【0034】
なお、上記工程2と工程3とによって焼成工程が構成されるものとする。
処理剤は、紡糸工程のどの段階で炭素繊維前駆体の原料繊維に付着させてもよいが、延伸工程前に一度付着させておくことが好ましい。さらに延伸工程後のどの段階で再度付着させてもよい。例えば、延伸工程直後に再度付着させてもよいし、巻取り段階で再度付着させてもよいし、耐炎化処理工程の直前に再度付着させてもよい。
【0035】
耐炎化処理工程における酸化性雰囲気は、特に限定されず、例えば、空気雰囲気を採用することができる。
炭素化処理工程における不活性雰囲気は、特に限定されず、例えば、窒素雰囲気、アルゴン雰囲気、真空雰囲気等を採用することができる。
【0036】
本実施形態の処理剤及び炭素繊維前駆体の作用及び効果について説明する。
(1)本実施形態では、処理剤が付着された炭素繊維前駆体からのカーボンナノ構造体の脱落防止性と、炭素繊維前駆体の帯電防止性とを向上できる。また、処理剤にシリコーンを含有させることにより、炭素繊維前駆体の紡糸平滑性をより向上できる。
【0037】
なお、上記実施形態は以下のように変更してもよい。
・本実施形態の処理剤には、本発明の効果を阻害しない範囲内において、処理剤の品質保持のための安定化剤や制電剤として、つなぎ剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤等の通常処理剤に用いられる成分をさらに配合してもよい。
【実施例0038】
以下、本発明の構成及び効果をより具体的にするため、実施例を挙げる。本発明は、これらの実施例に限定されるというものではない。
試験区分1<処理剤の調製>
(実施例1)
カーボンナノ構造体(A)を水に懸濁した水分散物を調製した。カーボンナノ構造体(A)として、表1に示すジグザグ型単層カーボンナノチューブ(A-1)を使用した。また、界面活性剤(B)とシリコーン(C)と水とをよく撹拌して乳化物を調製した。界面活性剤(B)として、表2に示すドデシルアルコールにエチレンオキサイドを10モル付加した化合物(B-1)を使用した。シリコーン(C)として、表3に示すアミノ変性シリコーン(25℃における動粘度が80mm/s、アミノ当量が4000g/mol)(C-1)を使用した。乳化物中の界面活性剤(B)とシリコーン(C)との含有割合は、表4に示されるように界面活性剤(B)の配合量が30質量部、シリコーン(C)の配合量が70質量部とした。前記水分散物と前記乳化物を混合してよく撹拌して、実施例1の成分(A)~(C)からなる処理剤と溶媒とを含む組成物を調製した。水分散物と乳化物との混合割合は、界面活性剤(B)の含有量とシリコーン(C)の含有量の合計を100質量部とした際、カーボンナノ構造体(A)1000ppmとなる割合とした。なお、処理剤の不揮発分に占めるカーボンナノ構造体(A)の含有量(=A/(A+B+C))(質量比)は、約999ppmとなる。
【0039】
なお、ここでの不揮発分は、処理剤を105℃で2時間処理して、揮発成性物質を十分除去した絶乾物の質量から求めている。
(実施例2~14、比較例1~5)
実施例2~14及び比較例1~5の各処理剤は、表1~表3に示す各成分を使用し、表4に示される割合で実施例1と同様の方法にて調製した。
【0040】
各実施例及び各比較例の処理剤中におけるカーボンナノ構造体(A)の種類と処理剤の不揮発分に占める含有量、界面活性剤(B)の種類とシリコーン(C)に対する含有割合(質量部)、シリコーン(C)の種類と界面活性剤(B)に対する含有割合(質量部)は、表4の「カーボンナノ構造体(A)」欄、「界面活性剤(B)」欄、「シリコーン(C)」欄に示すとおりである。
【0041】
【表1】
【0042】
【表2】
【0043】
【表3】
【0044】
【表4】
試験区分2<炭素繊維前駆体の製造>
試験区分1で調製した処理剤を用いて、炭素繊維前駆体を製造した。
【0045】
アクリロニトリル95質量%、アクリル酸メチル3.5質量%、メタクリル酸1.5質量%からなる極限粘度1.80の共重合体を、ジメチルアセトアミド(DMAC)に溶解してポリマー濃度が21.0質量%、60℃における粘度が500ポイズの紡糸原液を作成した。紡糸原液は、紡浴温度35℃に保たれたDMACの70質量%水溶液の凝固浴中に孔径(内径)0.075mm、ホール数12,000の紡糸口金よりドラフト比0.8で吐出した。
【0046】
凝固糸を水洗槽の中で脱溶媒と同時に5倍に延伸して水膨潤状態のアクリル繊維ストランド(炭素繊維前駆体)を作成した。このアクリル繊維ストランドに対して、固形分付着量が1質量%(溶媒を含まない)となるように、試験区分1で調製した組成物を給油した。組成物の給油は、組成物をさらにイオン交換水で希釈した処理剤の4%希釈液を用いた浸漬給油法により実施した。その後、アクリル繊維ストランドに対して、130℃の加熱ローラーで乾燥緻密化処理を行い、更に170℃の加熱ローラー間で1.7倍の延伸を施した後に巻き取り装置を用いて巻き取りワインダーに巻き取った。
【0047】
試験区分3<評価>
(脱落防止性)
紡糸工程の乾燥緻密化処理に入る直前のローラー表面でのカーボンナノ構造体(A)の脱落物を目視で観察し、以下基準で評価した。結果を表4の脱落防止性欄に示す。
【0048】
◎(良好):脱落物がほとんど見られなかった場合
○(可):脱落物が少量見られたが操業に影響ないレベルである場合
×(不良):脱落物が多く、頻繁に清掃が必要である場合
(帯電防止性)
紡糸工程の巻き取りワインダー直前の発生電気を、デジタル静電電位測定器KSD-1000(春日電機株式会社製)で測定し、以下の基準で評価した。結果を表4の帯電防止性欄に示す。
【0049】
◎(良好):3kV未満
○(可):3kV以上5kV未満
×(不良):5kV以上
(紡糸平滑性)
紡糸工程の巻き取りワインダーでの単糸の断糸有無を以下の基準で評価した。結果を表4の紡糸平滑性欄に示す。
【0050】
◎(良好):24時間糸を紡糸した後の巻き取りワインダーを観察して、糸の断糸が見られなかった場合
○(可):24時間糸を紡糸した後の巻き取りワインダーを観察して、わずかに糸の断糸が見られたが操業に問題ないレベルであった場合
×(不良):紡糸開始直後から巻き取りワインダーでの断糸が見られ、操業に問題が生じた場合
表4の各比較例に対する各実施例の評価結果からも明らかなように、本発明の処理剤によると、炭素繊維前駆体の帯電防止性を向上させつつ、カーボンナノ構造体の炭素繊維前駆体からの脱落を防止できる。また、処理剤が付与された炭素繊維前駆体の紡糸平滑性を向上させることができる。なお、比較例5では、カーボンナノ構造体を炭素繊維前駆体に付与できないため、各評価を行っていない。