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  • 特開-バイオフィルム形成抑制剤 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023082807
(43)【公開日】2023-06-15
(54)【発明の名称】バイオフィルム形成抑制剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/515 20060101AFI20230608BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20230608BHJP
   A61P 31/04 20060101ALI20230608BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20230608BHJP
   A61L 31/16 20060101ALI20230608BHJP
   A61L 31/08 20060101ALI20230608BHJP
   A61L 29/08 20060101ALI20230608BHJP
   A61L 29/16 20060101ALI20230608BHJP
   A01N 43/54 20060101ALI20230608BHJP
   A01P 3/00 20060101ALI20230608BHJP
【FI】
A61K31/515
A61K45/00
A61P31/04
A61P43/00 121
A61L31/16
A61L31/08
A61L29/08
A61L29/16
A01N43/54 F
A01P3/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021196755
(22)【出願日】2021-12-03
(71)【出願人】
【識別番号】501083643
【氏名又は名称】学校法人慈恵大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】奥田 賢一
【テーマコード(参考)】
4C081
4C084
4C086
4H011
【Fターム(参考)】
4C081BA14
4C081CE01
4C084AA19
4C084MA02
4C084NA05
4C084ZB351
4C084ZB352
4C084ZC75
4C086AA01
4C086AA02
4C086BC44
4C086MA01
4C086MA02
4C086NA14
4C086ZB35
4C086ZC75
4H011AA02
4H011BB09
(57)【要約】      (修正有)
【課題】新規バイオフィルム形成抑制剤、該形成抑制剤を含む医薬、および該形成抑制剤で表面処理された器材を提供する。
【解決手段】下記構造式(JBD1)で例示される化合物又はその薬理学的に許容される塩を有効成分として含む、バイオフィルム形成抑制剤。

【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(I)で示される化合物またはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含む
、バイオフィルム形成抑制剤。
【化1】
一般式(I)において、
はハロゲン、ハロアルキル基、ヒドロキシ基、カルボキシ基、アミノ基、アルキルアミノ基、アリール基、アルコキシ基、アシル基、メルカプト基から選択される置換基を有していてもよい炭素数1~10の炭化水素基を表し、
はハロゲン、ハロアルキル基、ヒドロキシ基、カルボキシ基、アミノ基、アルキルアミノ基、アリール基、アルコキシ基、アシル基、メルカプト基から選択される置換基を有していてもよい炭素数2~10の炭化水素基を表し、
はハロゲン、ハロアルキル基、ヒドロキシ基、カルボキシ基、アミノ基、アルキルアミノ基、アリール基、アルコキシ基、アシル基、メルカプト基から選択される置換基を有していてもよい炭素数1~10の炭化水素基を表す。
【請求項2】
一般式(I)で示される化合物が以下の化合物である、請求項1に記載のバイオフィルム
形成抑制剤。
【化2】
【請求項3】
さらに抗菌薬を含む、請求項1または2に記載のバイオフィルム形成抑制剤。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載のバイオフィルム形成抑制剤を含む医薬。
【請求項5】
請求項1~3のいずれか一項に記載のバイオフィルム形成抑制剤で器材を処理する工程を含む、器材の抗バイオフィルム処理方法。
【請求項6】
器材が医療器具である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
請求項1~3のいずれか一項に記載のバイオフィルム形成抑制剤で表面処理された器材。
【請求項8】
器材が医療器具である、請求項7に記載のバイオフィルム形成抑制剤で表面処理された器材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療分野等で問題となる細菌によるバイオフィルム形成を抑制するための薬剤に関する。
【背景技術】
【0002】
黄色ブドウ球菌は院内感染の主要な原因菌であり、敗血症や創部感染などの重篤な感染症を引き起こす。特に近年では多剤耐性を獲得したメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の蔓延が世界的問題となっており、米国疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention; CDC)によると米国におけるMRSA 感染症の2017 年の推定症例
数は323,700 症例であり、推定死亡者数は10,600 人である。また、2017 年にMRSA 感染
症に要した医療費は17 億ドルと試算されている(Antibiotic Resistance Threats in the United States, 2019 - CDC)。本菌による感染症の難治化要因として、バイオフィルムと呼ばれる薬剤抵抗性の菌-マトリックス集合体の形成が挙げられる。バイオフィルム形成能を有する細菌は、多様な成分から構成される細胞外高分子複合体であるマトリックスを産生し、それを足場として物質表面への付着や細胞間の結合を行う。バイオフィルム形成に起因する感染症はバイオフィルム感染症と呼ばれ、外科、内科、整形外科、泌尿器科など広範囲の診療科で問題となっている。カテーテル、ペースメーカー、人工関節等の医療用デバイス表面においてバイオフィルムが形成されると、局所における細菌感染はもとより、持続的に排菌が起こることで全身性の感染症へと進行する危険性が高い。またバイオフィルムを形成した菌は代謝活性を低く保つことで通常より10~1000倍高い薬剤抵抗性を示すため、抗菌薬による治療が困難であり感染源のデバイスを除去する他に効果的な治療法が存在しない。バイオフィルム感染症は患者へ多大な負担を与えるだけでなく、治療期間の延長、QOLの低下、医療費の増大にもつながる問題であり、根本的な治療法・予
防法の開発が急務である。
【0003】
特許文献1にはホスホリパーゼを用いたバイオフィルム形成抑制剤が開示されている。しかしながら、酵素製剤は安定性の問題があるので、低分子化合物のバイオフィルム形成抑制剤が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2019-195281号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、黄色ブドウ球菌などの細菌によるバイオフィルムの形成を抑制するための薬剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討を行った。その結果、一般式(I)で示さ
れる化合物がバイオフィルムの形成抑制において優れた効果を発揮することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明の一態様は、一般式(I)で示される化合物またはその薬理学的に許
容される塩を有効成分として含む、バイオフィルム形成抑制剤に関する。
本発明の他の態様は、バイオフィルム形成抑制剤で器材を処理する工程を含む、器材の抗バイオフィルム処理方法に関する。
本発明の他の態様は、バイオフィルム形成抑制剤で抗バイオフィルム処理された器材に関する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、ブドウ球菌などのバイオフィルムを効率よく抑制することができ、医療等の分野に貢献するものである。また、併用により既存の抗菌薬の効果を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】化合物が黄色ブドウ球菌の呼吸活性に与える影響を示すグラフ。コントロール、20μM JBD1、20μM ANG1の存在下で4時間培養した細胞をフローサイトメーターで解析した。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明にかかるバイオフィルム形成抑制剤は、一般式(I)の化合物を有効成分として
含む。
【0011】
【化1】
【0012】
ここで、Rはハロゲン(例えば、Cl、FまたはBr)、ハロアルキル基、ヒドロキシ基、カルボキシ基、アミノ基、アルキルアミノ基、アリール基(例えば、置換基を有してもよいフェニル基)、アルコキシ基、アシル基、メルカプト基から選択される置換基を有していてもよい炭素数1~10の炭化水素基を表し、当該炭化水素基は脂肪族炭化水素基でも芳香族炭化水素基(例えば、上記1つ以上の置換基を有してもよいフェニル基)で
もよいが好ましくは脂肪族炭化水素基である。脂肪族炭化水素基の炭素数は好ましくは2~8であり、より好ましくは3~6である。脂肪族炭化水素基は直鎖状でもよいし、分岐を有していてもよいし、環状部分を有していてもよい。脂肪族炭化水素基は不飽和結合を有していてもよい。
として特に好ましくは、シクロヘキシル基、炭素数が4の脂肪族炭化水素基が挙げられる。
【0013】
はハロゲン(例えば、Cl、FまたはBr)、ハロアルキル基、ヒドロキシ基、カルボキシ基、アミノ基、アルキルアミノ基、アリール基(例えば、置換基を有してもよいフェニル基)、アルコキシ基、アシル基、メルカプト基から選択される置換基を有していてもよい炭素数2~10の炭化水素基を表し、当該炭化水素基は脂肪族炭化水素基でも芳香族炭化水素基(例えば、上記1つ以上の置換基を有してもよいフェニル基)でもよいが
好ましくは脂肪族炭化水素基である。脂肪族炭化水素基の炭素数は好ましくは2~6であり、特に好ましくは2である。脂肪族炭化水素基は直鎖状でもよいし、分岐を有していて
もよいし、環状部分を有していてもよい。脂肪族炭化水素基は不飽和結合を有していてもよい。
として特に好ましくは、エチル基が挙げられる。
【0014】
は水酸基、ハロゲン(例えば、Cl、FまたはBr)、ハロアルキル基、ヒドロキシ基、カルボキシ基、アミノ基、アルキルアミノ基、アリール基(例えば、置換基を有してもよいフェニル基)、アルコキシ基、アシル基、メルカプト基から選択される置換基を有していてもよい炭素数1~10の炭化水素基を表し、当該炭化水素基は脂肪族炭化水素基でも芳香族炭化水素基(例えば、上記1つ以上の置換基を有してもよいフェニル基)で
もよいが好ましくは脂肪族炭化水素基である。脂肪族炭化水素基の炭素数は好ましくは1~8であり、より好ましくは1~6である。脂肪族炭化水素基は直鎖状でもよいし、分岐を有していてもよいし、環状部分を有していてもよい。脂肪族炭化水素基は不飽和結合を有していてもよい。
として特に好ましくは、炭素数6の脂肪族炭化水素基、1-フェニルエチル基またはベンジル基が挙げられる。
【0015】
一般式(I)の化合物の例として、以下の化合物(JBD1)が挙げられる。
【化2】
【0016】
一般式(I)の化合物の他の例としては、以下に示す化合物が挙げられる。
【化3】
【0017】
【化4】
【0018】
一般式(I)の化合物の塩としては、バイオフィルムの抑制作用があれば特に制限され
ないが、例えば、酸付加塩及び塩基付加塩が挙げられる。酸付加塩としては、塩酸、硫酸、硝酸及びリン酸等の無機酸との塩、酢酸、リンゴ酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸フマ
ル酸、シュウ酸、トシル酸等の有機酸、塩素との塩が挙げられる。塩基付加塩としては、ナトリウム及びカリウム等のアルカリ金属との塩、カルシウム及びマグネシウム等のアルカリ土類金属との塩、アンモニウム及びトリエチルアミン等のアミン類との塩が挙げられる。
【0019】
本発明のバイオフィルム形成抑制剤が効果を発揮するバイオフィルムとしては、効果が発揮される限り特に限定されないが、ブドウ球菌(Staphylococcus)属に属する細菌により形成されるバイオフィルムであることが好ましく、黄色ブドウ球菌 (S. aureus)、表皮ブドウ球菌(S.epidermidis)、または腐性ブドウ球菌(S. saprophyticus)により形
成されるバイオフィルムであることがより好ましい。バイオフィルムは複数種類の細菌によるバイオフィルムでもよい。なお、ブドウ球菌(Staphylococcus)属に属する細菌は薬剤耐性菌でもよく、例えば、黄色ブドウ球菌の薬剤耐性菌としては、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌やバンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌が挙げられる。
【0020】
本発明のバイオフィルム形成抑制剤は、上記一般式(I)で示される化合物又はその塩
をバイオフィルム抑制に有効な量含む。バイオフィルム抑制に有効な量は、化合物の種類およびバイオフィルムを構成する細菌の種類等により適宜調整されるが、例えば、一般式(I)で示される化合物又はその塩の使用時の濃度として5~100μMであり、より好ましくは5~20μMである。あらかじめこの濃度範囲に調整されていてもよいし、使用時にこの濃度範囲に希釈して使用されてもよい。
【0021】
有効濃度範囲は、例えば、以下のようにして決定することができる。まず、付着対象物を浸漬した液体中でブドウ球菌などの対象細菌を一定時間培養して付着対象物表面に当該細菌のバイオフィルムを形成させる。これと同じ条件において一般式(I)で示される化
合物又はその塩を添加して培養を行い、付着対象物表面にバイオフィルムが形成しない場合、または形成したバイオフィルムの量が化合物非添加時の1/10以下、好ましくは1/50以下、より好ましくは1/100以下である場合に、有効濃度として決定することができる。
なお、有効濃度の範囲は平板希釈法によって決定された最小発育濃度に基づいて決定することもできる。
【0022】
本発明のバイオフィルム形成抑制剤は、他の抗菌成分や酵素成分を含んでもよい。
他の抗菌成分としては、ゲンタマイシン、カナマイシン、ネオマイシンなどのアミノグリコシド系抗菌薬やアンピシリン、セファゾリンなどのβラクタム系抗菌薬が挙げられる。
また、他の酵素成分として、特許文献1に開示されたホスホリパーゼA、CまたはDやDNA
分解酵素(DNase I)または多糖分解酵素(Dispersin B)を含んでもよい。
【0023】
本発明のバイオフィルム形成抑制剤には、バイオフィルムを形成しうる菌に有効な消毒薬、例えばグルコン酸クロルヘキシジン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、両性界面活性剤、アルコール、次亜塩素酸ナトリウム、ポビドンヨード、グルタラール等を併用して用いることも可能である。
【0024】
上記のようなその他の抗菌成分や消毒薬は本発明のバイオフィルム形成抑制剤に一般式(I)の化合物又はその塩とともに含まれてもよいし、使用時に一般式(I)の化合物又はその塩と組み合わせて使用されてもよい。
【0025】
本発明のバイオフィルム形成抑制剤の剤型は、用途に応じて適宜選択できるが、一般式(I)の化合物又はその塩を水、エタノール、イソプロパノール、ジメチルスルホキシド
などの溶剤に溶かした液剤、エアゾール製剤、あるいは使用時に溶媒に溶解して使用される粉末剤や固形製剤などが挙げられる。
【0026】
本発明のバイオフィルム形成抑制剤は、有効成分である一般式(I)の化合物又はその
塩に、溶剤、界面活性剤、pH調整剤、香料、着色剤、酸化防止剤、防腐剤、賦形剤、懸濁剤、分散剤、増粘剤、粉末化剤、造粒剤、コーティング剤、外用薬の基材などを配合した組成物とすることもできる。
【0027】
本発明において、バイオフィルムの形成抑制剤は、例えば、医療器具などの器材表面にバイオフィルムが付着すること及び/又は堆積することを防止するために使用される。
【0028】
本発明のバイオフィルム形成抑制剤の使用量は上記の通り、対象の細菌の種類や対象器材の種類や大きさ等に基づいて適宜決定することができ、有効濃度の一般式(I)の化合
物又はその塩を含む溶液やエアゾール製剤等として使用することができる。
【0029】
本発明のバイオフィルム形成抑制剤をバイオフィルムの形成を防止(抑制)するために用いるには、一般式(I)の化合物又はその塩を、有効濃度で、対象とする物体の表面に
、一定時間(例えば、1分~1時間)作用させればよい。作用方法として、例えば、対象
とする物体を、一般式(I)の化合物又はその塩またはそれを含有する組成物の溶液に浸
漬する、一般式(I)の化合物又はその塩またはそれを含有する組成物の溶液で洗浄する
、一般式(I)の化合物又はその塩またはその組成物の溶液を塗布するなどの手段を用い
ればよい。
【0030】
上記バイオフィルム形成抑制剤の使用対象となる器材は、バイオフィルムが形成される器材であれば特に限定されず、台所、厨房、浴室など水回り用具、トイレの便器・排水溝、排水管、食品製造または飲料製造プラント、産業用の冷却タワーなどの冷却水系、脱塩装置、プール、人工池などの循環水系路、医療用デバイス、医療用ドレッシングや医療用テープ等の医療器具などが挙げられる。
【0031】
この中では、医療器具に対するバイオフィルム形成抑制剤として使用されることが好ましい。医療用デバイスは、例えば、内視鏡、人工透析機、インプラント器具である。インプラント器具の例として、特に限定されないが、例えば、カテーテル、人工歯、骨折・リウマチ等の治療で骨を固定するためのボルト、ペースメーカー、人工心臓弁、人工関節、ボイスプロテーゼ、コンタクトレンズ等が挙げられる。前記カテーテルとしては、尿道カテーテル、腹腔カテーテル及び中心静脈カテーテル等が挙げられる。
【0032】
バイオフィルム形成抑制剤はまた、バイオフィルム感染症患者に対する医薬としても使用することができる。
医薬としては、液剤、錠剤、カプセル剤、乳化剤、注射剤、外用剤など特に限定されない。例えば、感染部位に塗布するような外用剤や経口剤や注射剤としての医薬が例示される。医薬として製剤化する場合には、一般式(I)の化合物またはその塩を製剤上許容さ
れる他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、界面活性剤、滑沢剤、稀釈剤、被覆剤、糖衣剤、矯味矯臭剤、乳化・可溶化・分散剤、pH調製剤、等張剤、可溶化剤、香料、着色剤、溶解補助剤、生理食塩水等)と組み合わせて医薬組成物とすることができる。医薬組成物中の有効成分である一般式(I)の化合物またはその塩の量はバイオフィルム感染症の治療や予防に有効な量
であれば特に制限はなく、一般に剤形によって異なるが、所望の投与量を達成できるように有効成分量を、例えば、約0.01質量%~約99.9質量%の範囲内で設定し得る。なお、本発明の医薬は、一般式(I)の化合物に加えて、抗菌剤などの他の薬剤を含んで
もよい。
【実施例0033】
以下、実施例を参照して本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例の態様には限定されない。
【0034】
バイオフィルム形成抑制試験
黄色ブドウ球菌または表皮ブドウ球菌をBrain Heart Infusion(BHI)培地(Becton Dickinson社製)に接種し37℃で一晩浸とう培養を行ったものを前培養液とした。前培養液
を試験化合物と5% DMSOあるいは5% DMSOのみ(コントロール)を含む1%グルコース含有BHI培地(BHIG培地)に1/500容量になるように接種後、96ウェルプレート(Corning社製)
に200μLずつ分注し、37℃で24時間静置培養を行った。その後、浮遊細胞を含む上清をアスピレーターで除去し、底面に形成されたバイオフィルムを200μL のリン酸緩衝液(pH 7.4)で2回洗浄した。風乾したバイオフィルムに100μLの0.05%クリスタルバイオレット
を添加し、室温にて1分間静置することで染色を行った後、遊離のクリスタルバイオレッ
トを除去するため200μL のリン酸緩衝液(pH 7.4)にて2回洗浄を行った。バイオフィルムの定量はInfinite 200 PROプレートリーダー(Tecan社製)を用いて595nmにおける吸光度(ABS595)を測定することにより行った。化合物の50%抑制濃度(IC50)を算出する場合、化合物終濃度を0、5、10、20、40、60、80、100μMとして試験を行い、コントロール(0μM)のABS595値を100%として各濃度における阻害率を求め、以下の計算式によってIC50を算出した。
IC50= 10[log (A/B) × (50 - C)/(D - C) + log (B)]
A: 50%より高い阻害活性を示す最小化合物濃度, B: 50%より低い阻害活性を示す最大化合物濃度, C: Aの化合物濃度における阻害率(%), D: Bの化合物濃度における阻害率(%)
【0035】
抗菌薬感受性試験
黄色ブドウ球菌をBrain Heart Infusion(BHI)培地(Becton Dickinson社製)に接種
し37℃で一晩浸とう培養を行ったものを前培養液とした。前培養液を試験化合物と5% DMSOあるいは5% DMSOのみ(コントロール)を含む1%グルコース含有BHI培地(BHIG培地)に1/500容量になるように接種後、5μLの抗菌薬希釈系列を含む96ウェルプレート(Corning
社製)のウェルに195μLずつ分注し37℃で24時間静置培養を行った。その後、プレートリーダー(Infinite 200 PRO; Tecan社製)を用いて595nmにおける吸光度(ABS595)を測定することにより、細菌の増殖を評価した。培養開始時点と比較してABS595値の増加を20%未満に抑える抗菌薬の最小濃度を最小発育阻止濃度(Minimum Inhibitory Concentration; MIC)と定義した。
【0036】
呼吸活性の測定
黄色ブドウ球菌をBrain Heart Infusion(BHI)培地(Becton Dickinson社製)に接種
し37℃で一晩浸とう培養を行ったものを前培養液とした。黄色ブドウ球菌株の一晩培養物を、前培養液を試験化合物と5% DMSOあるいは5% DMSOのみ(コントロール)を含む1%グルコース含有BHI培地(BHIG培地)に1/500容量になるように接種後、12ウェルプレート(Corning社製)に2mLずつ分注し、37℃で4時間静置培養した。細胞を懸濁後、1 mLの培養液
を5,000×gで10分間遠心分離することで細胞を回収し、1mLのリン酸緩衝液(pH 7.4)に
再懸濁した。次に、BacLight RedoxSensor Green Vitality Kit(Invitrogen社製)に含
まれる1μLのComponent A(DMSOであらかじめ10倍に希釈したもの)を上記の細胞懸濁液
に添加し、室温で10分間インキュベートした。5,000×gで10分間遠心分離を行い細胞を回収した後、4%パラホルムアルデヒドで5分間処理することで細胞の固定化を行った。固定化した細胞を1mLのリン酸緩衝液(pH 7.4)に再懸濁し、さらに水で10倍に希釈したもの
をフローサイトメーター(CytoFLEX; Beckman Coulter社製)で解析した。励起波長は488nm、発光波長は525nmに設定し、10μL/minの流速で10,000細胞の測定を行った。
【0037】
結果
黄色ブドウ球菌のバイオフィルム形成を抑制する化合物のスクリーニングを行い、JBD1
を取得した。構造活性相関研究により、JBD1 の構造中に存在するメチル基を一つ欠く ANG1 はバイオフィルム抑制活性を示さないこと、JBD1の構造類縁体であるANG2とANG20がバイオフィルム抑制活性を示すことが明らかとなった(表1)。
【0038】
【化5】
【化6】

【0039】
【表1】
【0040】
JBD1については、各種メチシリン感受性又はメチシリン耐性黄色ブドウ球菌および表皮ブドウ球菌に対するバイオフィルム形成阻害活性も調べた。その結果、表2に示すように
、JBD1はメチシリン感受性黄色ブドウ球菌、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌および表皮ブドウ球菌のいずれに対してもバイオフィルム形成阻害活性を示した。
【0041】
【表2】
【0042】
また、抗菌薬感受性に与える影響を調べたところ、 JBD1 はアミノグリコシド系抗菌薬やβラクタム系抗菌薬に対する黄色ブドウ球菌の感受性を向上させることが示された(表3)。
【0043】
【表3】
【0044】
アミノグリコシド系抗菌薬は細菌の呼吸活性依存的に抗菌作用を発揮していることが知られているため、フローサイトメーターによって JBD1 または ANG1 が呼吸活性に与える影響を評価したところ、 JBD1存在下で顕著に呼吸活性が亢進することが確認された(図
1)。
図1