(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023082935
(43)【公開日】2023-06-15
(54)【発明の名称】魚類の生殖幹細胞の培養方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20230608BHJP
【FI】
C12N5/071
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021196963
(22)【出願日】2021-12-03
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、イノベーション創出強化研究推進事業「完全養殖マサバの生産拡大と海外輸出のための戦略的育種・生産基盤の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(71)【出願人】
【識別番号】504224153
【氏名又は名称】国立大学法人 宮崎大学
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(74)【代理人】
【識別番号】100201558
【弁理士】
【氏名又は名称】亀井 恵二郎
(72)【発明者】
【氏名】チャクラボーティ タパス
(72)【発明者】
【氏名】太田 耕平
(72)【発明者】
【氏名】松山 倫也
(72)【発明者】
【氏名】モハパトラ シプラ
(72)【発明者】
【氏名】八尋 逸清
(72)【発明者】
【氏名】水村 航大
(72)【発明者】
【氏名】長野 直樹
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065BB02
4B065BB08
4B065BB12
4B065BB19
4B065BB32
4B065BC41
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】魚類の生殖幹細胞を大量且つ安定的に培養するための新規方法を提供すること。
【解決手段】以下の8成分を含む培地において、ビトロネクチンがコーティングされた面上で魚類の生殖幹細胞を培養することを含む、魚類の生殖幹細胞の培養方法:(1) インスリン、(2) セレン、(3) トランスフェリン、(4) L-アスコルビン酸、(5) FGF2、(6) TGFβ、(7) NaHCO3又はKHCO3、(8) L-グルタミン。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の8成分を含む培地において、ビトロネクチンがコーティングされた面上で魚類の生殖幹細胞を培養することを含む、魚類の生殖幹細胞の培養方法:
(1) インスリン、
(2) セレン、
(3) トランスフェリン、
(4) L-アスコルビン酸、
(5) FGF2、
(6) TGFβ、
(7) NaHCO3又はKHCO3、
(8) L-グルタミン。
【請求項2】
培地が無血清培地である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
フィーダーフリー条件で実施される、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
継代時に0.5×105~6.5×105細胞/cm2で再播種される工程を含む、請求項1~3のいずれか一項記載の方法。
【請求項5】
以下を含む、魚類の生殖幹細胞の培養
用のキット:
ビトロネクチン、及び
以下の8成分:
(1) インスリン、
(2) セレン、
(3) トランスフェリン、
(4) L-アスコルビン酸、
(5) FGF2、
(6) TGFβ、
(7) NaHCO3又はKHCO3、
(8) L-グルタミン。
【請求項6】
基礎培地をさらに含む、請求項5記載のキット。
【請求項7】
(7)がKHCO3であるとき、塩化ナトリウムをさらに含む、請求項5又は6記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、魚類の生殖幹細胞の培養方法等に関する。より詳細には、本発明は、無血清及びフィーダーフリー条件下における、魚類の生殖幹細胞の培養方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
世界的な人口増加の加速に伴い、将来的に深刻な食料不足が予想されている。この問題を解決するための一つのアプローチとして、近年、魚介資源の効率的な生産及び管理手段の構築に注目が集まっている。
【0003】
魚介資源の効率的生産を可能とする手段の一つとしては、短期間で成長する品種や病気に対して強い抵抗性を有する品種の育種が挙げられる。
【0004】
そのような好ましい魚介品種の育種を効率よく行うためには、動物の分野で行われているような遺伝子改変技術を用いたアプローチが一法であるが(非特許文献1)、このアプローチを行うためには、魚介の生殖幹細胞を大量且つ安定的に維持・増殖させる技術が必須となる。
【0005】
しかし、動物の分野と比較して魚介類の分野では生殖幹細胞を大量且つ安定的に増殖させる技術が十分に確立されていない状況にある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Yoshiko Iwasaki-Takahashi et al. Commun Biol. 2020 Jun 15;3(1):308.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の状況に鑑み、本発明は、魚類の生殖幹細胞を大量且つ安定的に培養するための新規方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題に対して鋭意検討した結果、特定の8成分を含有する培地において、ビトロネクチンでコーティングされた面上で魚類の生殖幹細胞を培養すると、無血清及びフィーダーフリー条件下にも関わらず当該幹細胞がその幹細胞性を良好に維持した状態で効率よく増殖することを見出し、かかる知見に基づいてさらに研究を進めることによって本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下の通りである。
【0009】
[1]
以下の8成分を含む培地において、ビトロネクチンがコーティングされた面上で魚類の生殖幹細胞を培養することを含む、魚類の生殖幹細胞の培養方法:
(1) インスリン、
(2) セレン、
(3) トランスフェリン、
(4) L-アスコルビン酸、
(5) FGF2、
(6) TGFβ、
(7) NaHCO3又はKHCO3、
(8) L-グルタミン。
[2]
培地が無血清培地である、[1]記載の方法。
[3]
フィーダーフリー条件で実施される、[1]又は[2]記載の方法。
[4]
継代時に0.5×105~6.5×105細胞/cm2で再播種される工程を含む、[1]~[3]のいずれか記載の方法。
[5]
以下を含む、魚類の生殖幹細胞の培養用のキット:
ビトロネクチン、及び
以下の8成分:
(1) インスリン、
(2) セレン、
(3) トランスフェリン、
(4) L-アスコルビン酸、
(5) FGF2、
(6) TGFβ、
(7) NaHCO3又はKHCO3、
(8) L-グルタミン。
[6]
基礎培地をさらに含む、[5]記載のキット。
[7]
(7)がKHCO3であるとき、塩化ナトリウムをさらに含む、[5]又は[6]記載のキット。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、無血清及びフィーダーフリー条件下において、魚類の生殖幹細胞をその幹細胞性を良好に維持した状態で極めて効率よく増殖させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、アルカリフォスファターゼ染色(AP stain)を行った際の生殖幹細胞の写真(左上)、及び、ビトロネクチンの存在又は非存在下で、各種成分添加したDMEM又はL15培地でマサバの生殖幹細胞を培養したときの、CD90.2陽性生殖幹細胞の割合を示す図である(培地1~5(DMEM又はL15)、棒グラフ上段:播種時細胞数6.5×10
5個、棒グラフ下段:播種時細胞数25×10
5個)。
【
図2】
図2は、播種時細胞数を変化させてマサバの生殖幹細胞を培地1~5(DMEM又はL15)で培養したときの、培養後の生殖幹細胞の幹細胞性の割合を示す図ある。
【
図3】
図3は、播種時細胞数を変化させてマサバの生殖幹細胞を培地1~5(DMEM又はL15)で培養したときの、生殖幹細胞の倍加時間(Doubling Time)を示す図ある。
【
図4】
図4は、播種時細胞数を変化させてマサバの生殖幹細胞を培地1~5(DMEMのみ)で培養したときの、生存性(Viability)、コンフルエンシー(Confluency)、及びCFUを示す図ある。
【
図5】
図5は、培地4(DMEM/ビトロネクチンコーティング)を用いてのマサバの生殖幹細胞の培養における継代時に細胞密度を変化させた場合の、細胞数、倍加時間、コンフルエント領域、幹細胞性、及び生存率を4日間にわたって経時的に確認した結果を示す図である。
【
図6】
図6は、培地4(DMEM/ビトロネクチンコーティング)を用いてのマサバの生殖幹細胞の培養における継代時に細胞密度を変化させた場合の、継代後4日後の細胞の写真である。
【
図7】
図7は、マサバのメス及びオスの個体から取り出した生殖幹細胞を特定の8成分を有する培地及びビトロネクチンコーティングの条件下で培養したときの増殖効率を示すグラフである。
【
図8】
図8は、マサバのメスの個体から取り出した生殖幹細胞を特定の8成分を有する培地及びビトロネクチンコーティングの条件下で培養したときの各種細胞マーカー(CD90.2、KLF4、SOX2、Oct4、GFR1a、及びVasa)の発現を示す写真である。
【
図9】
図9は、各種条件下で培養されたメダカの生殖幹細胞の幹細胞性及び生存率を示す図である。
【
図10】
図10は、魚類の生殖幹細胞の培養において、DMEM培地に添加されるNaHCO
3は、KHCO
3に置換可能であることを示す図である。
【
図11】
図11は、実施例7の各条件において、継代時の細胞密度を変化させたときの幹細胞性及び倍加時間を示すグラフである。
【
図12】
図12は、実施例9の各条件における、魚類の生殖幹細胞の生存率、コンフルエンシー、CFUを示すグラフである。
【
図13】
図13は、各種条件下でメダカ及びマサバの生殖幹細胞を培養したときの幹細胞性及び生存率を示すグラフである。
【
図14】
図14は、Media Cとビトロネクチンを用いて、4種の細胞密度でマサバの生殖幹細胞を培養した際の、細胞数(Cell Number)、集団倍加時間(Population doubling time)、コンフルエンシー(Confluent area)、幹細胞性(Stemness)、生存率(Viability)のグラフである。
【
図15】
図15は、Media Cとビトロネクチンを用いて、4種の細胞密度でマサバの生殖幹細胞を培養した際の細胞集団の写真である。
【
図16】
図16はMedia Nとビトロネクチンを用いて、4種の細胞密度でマサバの生殖幹細胞を培養した際の、細胞数(Cell Number)、集団倍加時間(Population doubling time)、幹細胞性(Stemness)、生存率(Viability)のグラフである。
【
図17】
図17は、Media Nにセレンを追加添加し、且つ、塩化ナトリウム(NaCl)を添加した培地(FSC10)が幹細胞性、生存率、死亡率、コンフルエンシー、及びコロニー数の観点においてMedia Nよりも優れていることを示す。
【
図18】
図18は、FSC10の有効成分の好適な濃度範囲を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0013】
1.魚類の生殖幹細胞の培養方法
本発明は、特定の8成分((1) インスリン、(2) セレン、(3) トランスフェリン、(4) L-アスコルビン酸、(5) FGF2、(6) TGFβ、(7) NaHCO3又はKHCO3、及び(8) L-グルタミン)を含む培地において、ビトロネクチンがコーティングされた面上で魚類の生殖幹細胞を培養することを含む、魚類の生殖幹細胞の培養方法(以下、「本発明の方法」と称することがある)を提供する。
【0014】
本発明の方法において、培地に含まれる8成分は、いずれも自体公知の方法により製造できるほか市販品を用いてもよい。尚、インスリン、トランスフェリン、FGF2、及びTGFβの由来となる生物種は本発明の所望の効果が得られる限り特に限定されないが、好ましくはヒトである。また、これらの成分は、生物由来のものであってよく、また、組換えタンパク質であってもよい。(7)がNaHCO3である場合、(1)~(8)の成分の混合物であり、市販されているEssential 8TMサプリメント(Thermo scientific. Catalogue no A1517001)を用いることも好ましい。
【0015】
これら8成分の培地への添加量は、本発明の所望の効果が得られる限り特に限定されないが、一態様において、以下の添加量を採用し得る。
(1) インスリン:0.1~200 mg/L(好ましくは、1~150 mg/L、5~100 mg/L、5~90 mg/L、10~80 mg/L、又は10~70 mg/L)
(2) セレン:0.1~100 μg/L(好ましくは、1~90 μg/L、5~80 μg/L、5~70 μg/L、10~60 μg/L、又は10~50 μg/L)
(3) トランスフェリン:0.1~200 mg/L(好ましくは、1~150 mg/L、1~100 mg/L、1~90 mg/L、5~80 mg/L、又は5~70 mg/L)
(4) L-アスコルビン酸:1~500 mg/L(好ましくは、1~400 mg/L、5~300 mg/L、10~250 mg/L、10~200 mg/L、又は10~150 mg/L)
(5) FGF2:1~500 μg/L(好ましくは、1~400 μg/L、5~350 μg/L、10~300 μg/L、20~250 μg/L、又は50~250 μg/L)
(6) TGFβ:0.01~20 μg/L(好ましくは、0.1~10 μg/L、0.5~10 μg/L、0.5~8 μg/L、0.7~8 μg/L、又は0.8~6 μg/L)
(7) NaHCO3:0.01~20 g/L(好ましくは、0.1~10 g/L、0.5~10 g/L、0.5~8 g/L、0.7~8 g/L、又は0.8~6 g/L)
(8) L-グルタミン:1~500 mg/L(好ましくは、1~400 mg/L、5~350 mg/L、10~300 mg/L、20~250 mg/L、又は50~250 mg/L)
尚、一態様において、NaHCO3は同量のKHCO3に置換することもできる。
【0016】
また、別の一態様において、本発明の方法においてKHCO3を用いる場合、塩化ナトリウム(NaCl)を追加することが好ましい。NaClを添加する場合の一例としては、以下の濃度が好適に用いられ得る:
(1) インスリン:10~60 mg/L(好ましくは、10~58 mg/L、10~50 mg/L、11~45 mg/L、15~30 mg/L、又は15~25 mg/L)
(2) セレン:11~63 μg/L(好ましくは、13~60 μg/L、15~50 μg/L、17~40 μg/L、18~30 μg/L、又は19~25 μg/L)
(3) トランスフェリン:5~32 mg/L(好ましくは、5.5~30 mg/L、5.5~28 mg/L、6~26 mg/L、8~25 mg/L、又は9~15 mg/L)
(4) L-アスコルビン酸:32~192 mg/L(好ましくは、40~150 mg/L、45~100 mg/L、50~90 mg/L、55~80 mg/L、又は57~75 mg/L)
(5) FGF2:50~300 μg/L(好ましくは、60~200 μg/L、70~180 μg/L、75~150 μg/L、80~120 μg/L、又は90~110 μg/L)
(6) TGFβ:1~6 μg/L(好ましくは、1.1~5 μg/L、1.5~4 μg/L、1.6~3.5 μg/L、1.7~2.8 μg/L、又は1.8~2.6 μg/L)
(7) KHCO3:1.36~2.15 g/L(好ましくは、1.4~2.00 g/L、1.5~1.90 g/L、1.5~1.85 g/L、1.6~ 1.83 g/L、又は1.65~1.80 g/L)
(8) L-グルタミン:50~300 mg/L(好ましくは、60~200 mg/L、80~180 mg/L、70~150 mg/L、80~120 mg/L、又は90~110 mg/L)
(9) NaCl:60.5~363 mg/L(好ましくは、65~350 mg/L、80~300 mg/L、90~200 mg/L、100~150 mg/L、又は110~130 mg/L)
【0017】
また、本発明において用いられるビトロネクチン(または、その機能が維持される限りビトロネクチンの断片でもよい)も、自体公知の方法により製造すればよく、或いは、市販品を用いてもよい。ビトロネクチン又はその断片の由来となる生物種は本発明の所望の効果が得られる限り特に限定されないが、好ましくはヒトである。
【0018】
ウェルやディッシュ等の培養容器の表面へのビトロネクチンのコーティングも自体公知の方法により行うことができる。一例としては、ビトロネクチンを分散させたPBSを培養容器に分注し、37℃で1時間インキュベートすることで、培養容器の内表面をビトロネクチンでコーティングすることができる。
【0019】
本発明の方法において用いることができる培地は、本発明の所望の効果が得られる限り特に限定されず、あらゆる基礎培地を使用し得る。一態様において、次の培地が好適に用いられ得る。ダルベッコ改変イーグル培地(Dulbecco's Modified Eagle's Medium;DMEM)、ハムF12培地(Ham's Nutrient Mixture F12)、DMEM/F12培地、マッコイ5A培地(McCoy's 5A medium)、イーグルMEM培地(Eagle's Minimum Essential Medium;EMEM)、αMEM培地(alpha Modified Eagle's Minimum Essential Medium;αMEM)、MEM培地(Minimum Essential Medium)、RPMI1640培地、イスコフ改変ダルベッコ培地(Iscove's Modified Dulbecco's Medium;IMDM)、MCDB131培地、ウィリアム培地E、IPL41培地、Fischer's培地、StemPro34(インビトロジェン社製)、X-VIVO 10(ケンブレックス社製)、X-VIVO 15(ケンブレックス社製)、HPGM(ケンブレックス社製)、StemSpan H3000(ステムセルテクノロジー社製)、StemSpanSFEM(ステムセルテクノロジー社製)、StemlineII(シグマアルドリッチ社製)、QBSF-60(クオリティバイオロジカル社製)、StemProhESCSFM(インビトロジェン社製)、Essential6(登録商標)培地(ギブコ社製)、Essential8(登録商標)培地(ギブコ社製)、Essential8(登録商標)Flex培地(サーモフィッシャー社製)、StemFlex培地(サーモフィッシャー社製)、StemScale(登録商標)PSC Suspension Medium(サーモフィッシャー社製)、mTeSR1或いは2或いはPlus培地(ステムセルテクノロジー社製)、リプロFF或いはリプロFF2(リプロセル社製)、PSGro hESC/iPSC培地(システムバイオサイエンス社製)、NutriStem(登録商標)培地(バイオロジカルインダストリーズ社製)、MSC NutriStem(登録商標)XF Medium(バイオロジカルインダストリーズ社製)、CSTI-7培地(細胞科学研究所社製)、MesenPRO RS培地(ギブコ社製)、MF-Medium(登録商標)間葉系幹細胞増殖培地(東洋紡株式会社製)、間葉系幹細胞無血清培地(フコク社製)、Mesenchymal Stem Cell Growth Medium 2(PromoCell社製)、Sf-900II(インビトロジェン社製)、Opti-Pro(インビトロジェン社製)、StemFit(登録商標)AK02N或いはBasic02或いはAK03N或いはBasic03或いはBasic04培地(味の素ヘルシーサプライ株式会社製)、STEMUP培地(日産化学株式会社製)、L15培地などが挙げられる。好ましくは、DMEM/F12 (Ham) 1:1培地であり得る。
【0020】
魚類の生殖幹細胞の培養に用いられる培地はpHを7~7.5付近で安定化させることが好ましい場合がある。かかる場合、培地のpHの調節は、自体公知の方法を用いて行うことができる。一例としては、培地にHEPES等のバッファーを適量加えることによりpHを調製することができるがこれに限定されない。
【0021】
また、一態様において、培地には、上述の成分のほか、アミノ酸(必須アミノ酸、非必須アミノ酸等)、抗生物質(ゲンタマイシン等)、ミネラル(カルシウム、マグネシウム等)、緩衝液(HEPES等)などの、公知の培地添加物を適宜添加することもできる。
【0022】
本発明の方法における各種の培養条件は本発明の所望の効果が得られる限り特に限定されない。一例としては、培養温度は通常25~39℃(好ましくは30~37℃)である。また、CO2濃度は、通常、培養の雰囲気中、1~10体積%であり、2~5体積%が好ましい。また、培養期間は、培養の目的に合わせて適宜設定すればよいが、本発明を用いれば、1~100日、又は100日以上の培養が可能であり得る。また、培地の交換頻度は、毎日、2日に1回、3日に1回、4日に1回、5日に1回、6日に1回、又は7日に1回であり得るが、これらに限定されない。
【0023】
本発明の方法を適用し得る魚類の種は特に限定されないが、一例としては、ダツ目(Beloniformes、例えば、メダカ、ダツ、サンマ等)、ニシン目(Clupeiformes、例えば、イワシ、ニシン、キビナゴ等)、スズキ目(Perciformes、例えば、ベラ、サバ、カサゴ等)等が挙げられる。好ましくは、メダカ、カタクチイワシ、ホシササノハベラ、及びマサバであり、特に好ましくはマサバである。
【0024】
本発明の方法においては、血清を含んでもよいが、好ましい一態様において、本発明において用いられる培地は、無血清培地であり得る。血清を用いないことで、血清を用いる種々のデメリット(例、高コスト、標準化に関する問題、汚染等)を回避でき、比較的低コストで品質の高い生殖幹細胞を安定的に製造することができる。
【0025】
また、一態様において、本発明の方法は、フィーダーフリー条件下で行うこともできる。フィーダーフリー条件下で生殖幹細胞を培養することによって、培養後の生殖幹細胞の回収時にフィーダー細胞の混入を回避することが可能となり好ましい。
【0026】
一態様において、本発明の方法は、生殖幹細胞を継代培養することにより、生殖幹細胞を長期間維持させつつ、大量に増殖させてもよい。継代は自体公知の方法を用いればよい。一態様において、継代時の細胞密度を最適化することが好ましい場合がある。好ましい細胞密度としては、通常、0.5×105~6.5×105細胞/cm2であり、より好ましくは1×105~5.0×105細胞/cm2、さらに好ましくは2×105~4.5×105細胞/cm2であり得るが、これらに限定されない。
【0027】
2.魚類の生殖幹細胞の培養用のキット
本発明はまた、以下を含む、魚類の生殖幹細胞の培養用のキット(以下、「本発明のキット」と称することがある)を提供する:
ビトロネクチン、及び、以下の8成分:(1) インスリン、(2) セレン、(3) トランスフェリン、(4) L-アスコルビン酸、(5) FGF2、(6) TGFβ、(7) NaHCO3又はKHCO3、(8) L-グルタミン。
【0028】
一態様において、本発明のキットは、基礎培地をさらに含んでいてもよい。
【0029】
なお、本発明のキットに含まれる、基礎培地、ビトロネクチン、特定の8成分、魚類の種等は、本発明の方法において説明したものと同様である。
【0030】
本発明のキットに含まれる、ビトロネクチン、特定の8成分、基礎培地は、それぞれ個別の容器に封入された形態でキットに内包されていてもよい。尚、特定の8成分は1成分毎に個別の容器に封入されていてもよく、2成分以上の成分が一つの容器に封入されていてもよい。8成分すべてを混合して一つの容器に封入していてもよい。
【0031】
好ましい一態様において、本発明のキットに含まれるビトロネクチン及び特定の8成分は、それぞれ適切な溶液に溶解又は分散された形態で提供され得る。また、基礎培地は液体培地の形態で提供され得る。
【0032】
本発明の方法において説明した通り、NaHCO3は同量のKHCO3に置換することができる。従って、一態様において、NaHCO3はKHCO3に置換されていてもよい。
【0033】
また、別の一態様において、本発明のキットがKHCO3を含む場合、追加の成分として、塩化ナトリウム(NaCl)を同梱することが好ましい。本発明のキットによれば、本発明の方法を簡便に実施することができる。従って、本発明のキットは、本発明の方法を実施するためのキットということもできる。
【0034】
以下の実施例において本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの例によってなんら限定されるものではない。
【実施例0035】
[試験例1]生殖幹細胞の単離
以下の実施例において用いたマサバ及びメダカの生殖幹細胞は自体公知の方法により単離した。簡潔には、次の手順により単離した。
【0036】
無菌下において生殖腺を回収し、回収された生殖腺を0.001%テトラサイクリン塩酸塩含有DPBS(DPBS-AB)中で少なくとも2時間インキュベートした。その後、生殖腺をカルシウム不含のDPBS-ABで少なくとも3回洗浄し、次いで2~5mm3の小片となるよう生殖腺を切り刻んだ。組織1gあたり3mLのAccumaxを用いて洗浄し、残存するDPBSを取り除いた。組織1gあたり12mLのAccumaxを加え、すべての内容物をディスポーサル10cmディッシュに移した。時折、ガラスパスツールピペットで撹拌しながら均一な混合物が得られるまで室温でインキュベートした(卵巣は少なくとも2時間、精巣は少なくとも3時間)。得られた混合物を孔径100μmのメッシュでろ過し、次いで孔径40μm及び20μmのメッシュでろ過した。ろ液を1400gで30分間、室温にて遠心分離した。細胞ペレットをDPBS-BSAで少なくとも3回洗浄し、次に使用する培地でさらに1回洗浄した。最後に、洗浄した細胞ペレットをペレット0.1gあたり1mLの量の、次に使用する培地に分散させた。次いで、分散させた細胞集団から、磁気ビーズがコンジュゲートされたラット抗CD90.2抗体を用いて生殖幹細胞の磁気分離を行うことで、生殖幹細胞を単離した。
【0037】
[試験例2]培地の調製
DMEM/F12 (Ham) 1:1培地(以後、単にDMEM培地と称することがある)又はL15培地をベースとして、以下の表1及び表2の成分を有する8種類の培地を調製した。
【0038】
【0039】
【0040】
[実施例1]魚類の生殖幹細胞の培養に適した培地成分の検討1
試験例1で調製したマサバの生殖幹細胞を、試験例2において調製した8種類の培地を用いて、ビトロネクチンをコーティングした容器中で培養し、培養後のCD90.2陽性細胞の割合を確認した。CD90.2陽性は、幹細胞性を有することを示す。尚、培養開始時の細胞数は6.5×10
5個又は25×10
5個とした(使用した培養皿の面積は1.9cm
2)。陰性対照としては、生殖幹細胞を、ビトロネクチンをコーティングしていない容器中でDMEM培地又はL15培地を用いて培養した。細胞は、CO
2インキュベーター(パナソニック)を用いて、培養温度27~33℃、CO
2濃度2~5%の条件下で培養した。インキュベーターは0.0001%のラウリル硫酸ナトリウム(ナカライ)を添加した殺菌蒸留水で加湿した。インキュベーターは4日毎に15分間UV殺菌し、毎月H
2O
2で洗浄した。CD90.2陽性細胞はCD90.2に対する蛍光標識抗体を用いた免疫細胞染色を行いセルアナライザー(Sony EC800)により解析した。結果を
図1に示す。
【0041】
図1に示される通り、E8サプリメント等を含まず、ビトロネクチンをコーティングしていない条件(
図1の「1」)では、CD90.2陽性細胞はほとんど又は全く確認されなかった。一方で、E8を含み、且つ、ビトロネクチンをコーティングした容器で生殖幹細胞を培養する条件では、CD90.2陽性細胞が多数確認された。また、DMEMを基礎培地として使用したほうが、CD90.2陽性細胞が多数得られる傾向が確認された。
【0042】
[実施例2]魚類の生殖幹細胞の培養に適した培地成分の検討2
試験例1で調製したマサバの生殖幹細胞を、試験例2において調製した8種類の培地(及び陰性対象の2種類の培地)を用いて、ビトロネクチンをコーティングした容器中で培養し、培養後の幹細胞性及び倍加時間を確認した。尚、培養開始時の細胞数は3.25×105個、6.5×105個、又は25×105個とした(使用した培養皿の面積は1.9cm2)。陰性対照としては、生殖幹細胞を、ビトロネクチンをコーティングしていない容器中でDMEM培地又はL15培地を用いて培養した。培養24時間での未分化性及び倍加時間を確認した。実験は、n=6で行った。幹細胞性は、CD90.2染色を用いて計算し、細胞解析はSony EC800を用いて行った。その他の各実験条件は、実施例1の条件と同様である。なお、倍加時間は、初期時間(t0)の時点における初期細胞数(N0)とt時間後の時点における細胞数(N)を決定したのち、以下の式を用いて算出した:
細胞集団倍加時間(CPDT)=(t-t0)/(3.32*(LOG10(N)-LOG10(N0))
【0043】
結果を
図2(幹細胞性)及び
図3(倍加時間)に示す。幹細胞性は、
図2に示される通り、基礎培地としてDMEM培地及びL15培地のいずれを使用した場合でも維持することができた。また、実施例1と同様、DMEM培地を基礎培地として使用した場合により効率よく幹細胞性を維持することができた。
【0044】
倍加時間は、
図3に示される通り、DMEMを基礎培地として使用した場合にL15よりも倍加時間が短くなる傾向がみられた。また、初期に播種する細胞数によって、倍加時間が変動する傾向がみられた。(なお、マイナスの値は、細胞数が減少したことを意味する。)
【0045】
以上の結果から、基礎培地としてDMEM培地及びL15培地のいずれを使用した場合でも、特定の条件下において幹細胞性を維持することができ、また、特定条件下においては生殖幹細胞の効率的な増殖が達成できた。
【0046】
[実施例3]魚類の生殖幹細胞の培養に適した培地成分の検討3
基礎培地をDMEMのみとした以外は実施例1と同様の条件で、試験例1で調製したマサバの生殖幹細胞を培養し、培養開始から24時間後、細胞の生存性、コンフルエンシー、CFU(Colony Forming Unit)を確認した。尚、培養開始時の細胞数は3.1×10
5個、6.25×10
5個、又は25×10
5個とし(使用した培養皿の面積は1.9cm
2)、n=6で行った。生存率は、ヨウ化プロピジウムとヘキスト染色を用いて計算し、細胞解析はSony EC800を用いて行った。コンフルエンシーは、培地の全利用可能領域に対する細胞によりカバーされた領域の比率により計算した。コロニー(>50ミクロン)は個別にカウントした。結果を
図4に示す。
【0047】
図4に示される通り、ビトロネクチンをコーティングした容器を用いれば、培地2~4(DMEM)のいずれの培地組成でも生殖幹細胞を培養できることが示された。また、特に培地4(DMEM)の条件が好ましいことが示された。
【0048】
[実施例4]継代時の最適な細胞密度の検討1
実施例1の培地4(DMEM)を用いて継代時における最適な細胞密度を検討した。継代時の細胞数を、3.1×10
5個、6.25×10
5個、12.5×10
5個、又は25×10
5個(使用した培養皿の面積は1.9cm
2)として次の手順で継代を行った:継代は4日間隔で行った。各継代間に、使用済み培地のうち、細胞を含まない上層部分(培地全体の70~80%)を廃棄した。次いで、ピペットを用いて細胞を穏やかに懸濁させた。細胞懸濁液を50mlのコニカルチューブに回収し、1400×gで10分間遠心することにより回収した。細胞ペレットを慎重に新鮮な最終培地に懸濁させた。細胞数をカウントし、表面がビトロネクチンでコートされた容器に播種した。継代46~52時間後、細胞数、倍加時間、幹細胞性、及び、生存率を算出した。細胞数は、セルアナライザーにより算出した。また、倍加時間、幹細胞性、及び生存率については、上述と同様の方法により算出した。結果を
図5(細胞数、倍加時間、幹細胞性、生存率)及び
図6(継代96時間後の各条件で培養後の細胞集団の写真)に示す。
【0049】
図5及び
図6に示される通り、継代時に、比較的細胞密度を小さくすることで、効率よく継代することが可能であることが示された。
【0050】
[実施例5]細胞増殖速度及び増殖後の細胞マーカーの検出
試験例1で調製したマサバの生殖幹細胞を、ビトロネクチンをコーティングした容器において、インスリン(19.4mg/L)、セレン(14μg/L)、トランスフェリン(10.7mg/L)、L-アスコルビン酸(64mg/L)、FGF2(200μg/L)、TGFβ(2μg/L)、NaHCO3(1.743g/L)、L-グルタミン(100mg/L)、HEPES(15mM)を含有するDMEM/F12 (Ham) 1:1培地で培養し、細胞の増殖速度及び細胞マーカー(CD90.2、KLF、OCT4、GFR1a及びVASA)の発現状況を確認した。細胞マーカーは、Live cell immunohistochemistryを用いて確認した。細胞は、4日毎に継代した。結果を
図7(細胞数)、
図8(細胞マーカーの発現)、及び表3(細胞マーカーの発現量)に示す。
【0051】
【0052】
図7に示される通り、メス由来の生殖幹細胞及びオス由来の生殖幹細胞のいずれも経時的に細胞数が増加した。また、
図8に示される通り、培養された生殖幹細胞は、CD90.2、KLF4、OCT4、GFR1a、及びVASA等の細胞マーカーを発現していた。さらに、表3で示される通り、これらの発現マーカーは、25継代(100日)後も発現していた。
【0053】
[実施例6]魚類の生殖幹細胞の培養に適した培地成分の検討4
魚類の生殖幹細胞の維持・拡大培養を可能とする条件を検討した。試験例1で調製したメダカの生殖幹細胞を用いた。培地は、DMEM/F12 (Ham) 1:1培地を基礎培地として用いた。血清(10%、KSR (KnockOut
TM Serum Replacement) Thermo fisher Scientific (GIBCO))、マサバ血漿(1%、血漿の調製方法は次のとおりである:0.25%のEDTA二ナトリウムで処理した23ゲージ針とシリンジを用いて心臓穿刺によりマサバの血液を回収した後、速やかに血液を6000rpmで10分間遠心し、上清を回収した。血漿は使用前に5分間UV照射し、0.22ミクロンフィルターを用いて濾過した。尚、本実施例において使用した血漿は、様々な魚齢及び性別のマサバから回収した血漿を混合して調製したものである。)、ビトロネクチン(ヒト由来、Thermo fisher Scientific (GIBCO))、及び、特定の8成分(E8サプリメントで代用、インシュリン等は組換えペプチドでありヒト由来のもの)の有無を検討した。培養条件は、実施例1と同様である。結果を
図9に示す。
【0054】
図9に示される通り、生殖幹細胞は、ビトロネクチンでコーティングされた容器において、E8サプリメントを含有する培地にて培養することができ、血清及び血漿は必ずしも必要ではないことが示された。換言すれば、魚類の生殖幹細胞は、ビトロネクチンでコーティングされた容器において、(1) インスリン、(2) セレン、(3) トランスフェリン、(4) L-アスコルビン酸、(5) FGF2、(6) TGFβ、(7) NaHCO
3、(8) L-グルタミンを含有する基礎培地を用いて培養できることが示された。
【0055】
[実施例7]魚類の生殖幹細胞の培養に適した培地成分の検討5
試験例1で調製したマサバの生殖幹細胞を、
図10に示される1から5の各種培養条件下で培養し、培養後のCD90.2陽性細胞の割合を確認した。尚、培養開始時の細胞数は6.5×10
5個又は25×10
5個とした(使用した培養皿の面積は1.9cm
2)。培養温度やCO
2濃度等の各条件は実施例1と同様のものを用いた。なお、本実施例に用いた培地は次のとおりである:
DMEM-NAHCO3(NaHCO
3を1.743g/L含有するDMEM(DMEM以外の成分については表1を参照))
DMEM-KHCO3(KHCO
3を1.743g/L含有するDMEM(DMEM以外の成分については表1を参照))
L15-NAHCO3(NaHCO
3を1.743g/L含有するL15(L15以外の成分については表2を参照))
【0056】
結果を
図10に示す。
図10に示される通り、魚類の生殖幹細胞の培養において、NaHCO
3はKHCO
3に置換可能であることが示された。
【0057】
[実施例8]継代時の最適な細胞密度の検討2
実施例7の培養条件において、継代時の細胞密度が幹細胞性及び倍加時間に影響を与えるかどうかを検討した。試験例1で調製したマサバの生殖幹細胞を用いた。継代時の細胞数を、3.1×10
5個、6.25×10
5個、12.5×10
5個、又は25×10
5個(使用した培養皿の面積は1.9cm
2)とした。幹細胞性及び倍加時間の決定は実施例4と同様に行った。結果を
図11に示す。
【0058】
図11に示される通り、DMEM-NAHCO3及びDMEM-KHCO3は継代時の細胞密度にかかわらず、幹細胞性及び倍加時間の点において同様の傾向を示した。
【0059】
[実施例9]魚類の生殖幹細胞の培養に適した培地成分の検討6
実施例7で調製した2種類の培地(DMEM-NAHCO3及びDMEM-KHCO3)において、試験例1で調製したマサバの生殖幹細胞を、3種類の細胞密度で播種し、24時間後の時点における生存率(Viability)、コンフルエンシー(confluency)、CFU(Colony forming Unit)を実施例3と同様の方法により決定した。各実験はN=6で行った。結果を
図12に示す。
【0060】
図12に示される通り、播種時の細胞密度の違いにより、若干、傾向に差が生じる場合があるが、DMEM-NAHCO3及びDMEM-KHCO3はいずれも生存率、コンフルエンシー及びCFUの点において、魚類の生殖幹細胞の培養に適していることが示された。なお、実施例7~9の結果から最も好ましい結果が得られた「4」の培地(詳細な成分は表1も併せて参照のこと)をこれ以降「Media C」及び「Media N」と呼称する。「Media C」及び「Media N」は、具体的には以下のとおりである:
Media C: DMEM/F12(ham) 1:1+E8サプリメント(ただし、NaHCO
3は除かれる)+NaHCO
3(1.743g/L)+L-アスコルビン酸(64mg/L)を追加で添加(合計128 mg/L)
Media N: DMEM/F12(ham) 1:1+E8サプリメント(ただし、NaHCO
3は除かれる)+KHCO
3(1.743g/L)+L-アスコルビン酸(64mg/L)を追加で添加(合計128 mg/L)
【0061】
[実施例10]魚類の生殖幹細胞の培養に適した培地成分の検討7
試験例1で調製したメダカ及びマサバの生殖幹細胞を、
図13に示す各種培養条件下で培養し、96時間後の幹細胞性及び生存率を決定した。なお、
図13における「Medium」はDMEMであり、Serum(血清)、Plasma(血漿)、Vitronectin(ビトロネクチン)はいずれも実施例6で使用したものと同様である。結果を
図13に示す。
【0062】
図13に示される通り、メダカ及びマサバの生殖幹細胞の幹細胞性及び生存率は、ビトロネクチンをコーティングした容器とMedia C又はMedia Nを用いて培養したときに良好であることが示された。
【0063】
[実施例11]継代時の最適な細胞密度の検討3
試験例1で調製したマサバの生殖幹細胞を、ビトロネクチンをコーティングした容器とMedia Cを用いて培養する場合の最適な細胞密度を検討した。細胞は、3.1×10
5個、6.25×10
5個、12.5×10
5個、又は25×10
5個(使用した培養皿の面積は1.9cm
2)で播種した。培養後24時間、48時間、72時間、96時間の時点における細胞数、倍加時間、コンフルエンシー、幹細胞性、生存率を決定した。結果を
図14及び
図15に示す。
【0064】
図14に示される通り、12.5×10-E5個/1.9cm
2以上の細胞密度で播種した場合、幹細胞性及び生存率が低下した。また、
図15に示される通り、12.5×10-E5個/1.9cm
2以上の細胞密度で播種した場合、細胞集団の一部に凝集体がみられた。以上より、継代時の細胞密度は比較的低密度であることが好ましいことが示された。
【0065】
[実施例12]継代時の最適な細胞密度の検討4
用いた培地をMedia Nに変更した以外は実施例11と同様の条件を用いて、マサバの生殖幹細胞の最適な細胞密度を検討した。培養後24時間、48時間、72時間、96時間の時点における細胞数、倍加時間、幹細胞性、生存率を決定した。結果を
図16に示す。
【0066】
図16に示される通り、12.5×10-E5個/1.9cm
2以上の細胞密度で播種した場合、幹細胞性及び生存率が低下した。興味深いことに、細胞密度が幹細胞性及び生存率へ与える影響は、Medium CよりもMedium Nのほうが大きいことが示された。
【0067】
[実施例13]DMEM-KHCO3培地の改良
実施例12で示される通り、Medium N(DMEM-KHCO3にアスコルビン酸を追加添加した培地)はMedium C(DMEM-NAHCO3にアスコルビン酸を追加添加した培地)よりも細胞密度に関して許容性が低い。また、上述の実験を行う際に、DMEM-KHCO3を用いて魚類の生殖幹細胞を培養すると、約2週間後に細胞が培養容器の表面から剥がれやすくなる傾向が見られた。そこでDMEM-KHCO3の改良を検討した。
【0068】
Medium Nは、DMEM/F12を基礎培地とし、さらにインスリン、セレン、トランスフェリン、L-アスコルビン酸、FGF2、TGFβ、L-グルタミン、KHCO3、HEPESを含む(そのほかに抗生物質としてゲンタマイシンを含む)。本発明者らは、Medium Nに様々な被検物質を添加し、Medium Nの改良に適した物質を選抜した。選抜の基準としては幹細胞性、生存率、死亡率、コンフルエンシー(2日後)、コロニー数(4日後)を用いた。生殖幹細胞は、マサバのものを用いた。試験期間は15日とした。試験はN=6とした。幹細胞性、生存率、死亡率、コンフルエンシー、コロニー数は、Media Cでの結果をベースラインとして算出した。
【0069】
選抜の結果、NaClの追加がMedium Nを良好に改善できることが分かった。NaClを添加した時の結果を
図17に示す。尚、
図17において、「FSC10」は、Media Nに60.9 ug/Lの亜セレン酸ナトリウム(Na
2SeO
3)(セレン濃度に換算して21 ug/L)と121mg/LのNaClを添加した培地を意味する。また、E8は、E8培地(インスリン 19.4mg/L、セレン 14ug/L、トランスフェリン 10.7 mg/L、L-アスコルビン酸 64mg/L、FGF2 100ug/L、TGFβ- 2ug/L、L-グルタミン 100mg/L、NAHCO
3 1.743g/L、及びHEPES 15mMを含むDMEM/F12 (Ham) (1:1)(ph 7.4))を意味する。
【0070】
図17に示される通り、FSC10はMedia Nと比較して幹細胞性、生存率、死亡率、コンフルエンシー、コロニー数のいずれの基準においても良好な結果が得られた。
【0071】
[実施例14]FSC10培地の含有成分の濃度範囲の検討
FSC10の含有成分の好ましい濃度範囲を検討した。生殖幹細胞は、メダカとマサバのものを用いた。試験期間は7日とした。試験はN=10とした。幹細胞性、生存率、コンフルエンシー、CFUを基準として用いた。実施例13で調製したFSC10と比較して、各基準が少なくとも70%以上となる範囲の濃度を決定した。結果を
図18に示す。
本発明によれば、比較的安価に、品質の安定した魚類生殖細胞を効率よく増殖させることができる。従って、本発明は、魚類を対象とした試験研究の分野や魚類の生産・育種等の分野において極めて有用である。