(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023008300
(43)【公開日】2023-01-19
(54)【発明の名称】プラズマ分光分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/67 20060101AFI20230112BHJP
G01N 21/66 20060101ALI20230112BHJP
【FI】
G01N21/67 Z
G01N21/66
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021111736
(22)【出願日】2021-07-05
(71)【出願人】
【識別番号】000141897
【氏名又は名称】アークレイ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福田 一生
【テーマコード(参考)】
2G043
【Fターム(参考)】
2G043AA01
2G043BA01
2G043CA03
2G043DA02
2G043EA06
2G043JA01
2G043KA03
(57)【要約】
【課題】重金属イオンに対して高い測定感度を示すプラズマ分光分析方法を提供する。
【解決手段】アミノカルボン酸を有するキレート剤の投与によるキレーション療法の後に採取した尿に、化合物(I)を添加する前処理工程と、前記前処理された尿を含む液中に浸漬した一対の電極への電圧印加により、前記前処理された尿を含む液中の、鉛イオン、水銀イオン、砒素イオン、及びカドミウムイオンからなる群より選択される少なくとも一つの重金属イオンを一方の電極側に濃縮する濃縮工程と、前記一対の電極への電圧印加によりプラズマを発生させ、前記プラズマにより生じた前記重金属イオンの発光を検出する検出工程と、を含むプラズマ分光分析方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノカルボン酸を有するキレート剤の投与によるキレーション療法の後に採取した尿に、2-アミノエタンチオール、2-(ジメチルアミノ)エタン-1-チオール、2-(ジエチルアミノ)エタン-1-チオール、2-(ジイソプロピルアミノ)エタン-1-チオール、メルカプトエタノール、システイン、システインメチルエステル、及びシステインエチルエステルからなる群より選択される少なくとも一つの化合物(I)を添加する前処理工程と、
前記前処理された尿を含む液中に浸漬した一対の電極への電圧印加により、前記前処理された尿を含む液中の、鉛イオン、水銀イオン、砒素イオン、及びカドミウムイオンからなる群より選択される少なくとも一つの重金属イオンを一方の電極側に濃縮する濃縮工程と、
前記一対の電極への電圧印加によりプラズマを発生させ、前記プラズマにより生じた前記重金属イオンの発光を検出する検出工程と、を含むプラズマ分光分析方法。
【請求項2】
前記アミノカルボン酸を有するキレート剤は、エチレンジアミン四酢酸及びジエチレントリアミン五酢酸の少なくとも一つのキレート剤である、請求項1に記載のプラズマ分光分析方法。
【請求項3】
前記アミノカルボン酸を有するキレート剤は、エチレンジアミン四酢酸である、請求項1に記載のプラズマ分光分析方法。
【請求項4】
前記化合物(I)は、システイン、システインメチルエステル、及びシステインエチルエステルからなる群より選択される少なくとも一つの化合物である、請求項1~請求項3のいずれか一項に記載のプラズマ分光分析方法。
【請求項5】
前記化合物(I)は、システインである、請求項1~請求項3のいずれか一項に記載のプラズマ分光分析方法。
【請求項6】
前記重金属イオンは、水銀イオン及びカドミウムイオンの少なくとも一方である、請求項1~請求項5のいずれか一項に記載のプラズマ分光分析方法。
【請求項7】
前記重金属イオンは、カドミウムイオンである、請求項1~請求項5のいずれか一項に記載のプラズマ分光分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、プラズマ分光分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
キレーション療法とは、生体にキレート剤を投与することで、前記生体内に蓄積した有害な重金属等を体外へ排出させることができる治療方法である。一般的に、前記キレーション療法による治療効果を検証するためには、生体へキレート剤を投与した後に、前記生体から検体(例えば、尿)を採取し、前記検体に含まれる重金属等を分析する。
【0003】
一方、試料中の分析対象物を分析する方法としては、プラズマ発光を利用した分析方法が知られている。例えば、特許文献1では、濃縮工程(試料の存在下、一対の電極への電圧印加により、少なくとも一方の電極の近傍に前記試料中の分析対象物を濃縮する工程)と、検出工程(前記一対の電極への電圧印加によりプラズマを発生させ、前記プラズマにより生じた前記分析対象物の発光を検出する工程)とを含む、試料中の分析対象物の分析方法が開示されている。
【0004】
また、特許文献1は、試料中の分析対象物の濃度を算出する算出工程をも開示している。前記算出工程では、検出工程にて得られるプラズマ発光量の値と、分析対象物の濃度との相関関係を表す検量線を基に、濃度未知である試料中の分析対象物の濃度を求めることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1で開示された分析方法を利用してキレーション療法後の尿検体中の重金属を測定すると、尿検体によっては、生体から採取した検体中の重金属イオンの測定感度が低い場合があった。
【0007】
それについて検証した結果、特許文献1で開示された分析方法によれば、キレーション療法で使用したキレート剤の種類によって、重金属イオンの測定感度が異なることが分かった。
【0008】
本開示は上記に鑑みてなされたものであり、本開示は、重金属イオンに対して高い測定感度を示すプラズマ分光分析方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するための具体的な手段には、以下の態様が含まれる。
<1> アミノカルボン酸を有するキレート剤の投与によるキレーション療法の後に採取した尿に、2-アミノエタンチオール、2-(ジメチルアミノ)エタン-1-チオール、2-(ジエチルアミノ)エタン-1-チオール、2-(ジイソプロピルアミノ)エタン-1-チオール、メルカプトエタノール、システイン、システインメチルエステル、及びシステインエチルエステルからなる群より選択される少なくとも一つの化合物(I)を添加する前処理工程と、
前記前処理された尿を含む液中に浸漬した一対の電極への電圧印加により、前記前処理された尿を含む液中の、鉛イオン、水銀イオン、砒素イオン、及びカドミウムイオンからなる群より選択される少なくとも一つの重金属イオンを一方の電極側に濃縮する濃縮工程と、
前記一対の電極への電圧印加によりプラズマを発生させ、前記プラズマにより生じた前記重金属イオンの発光を検出する検出工程と、を含むプラズマ分光分析方法。
<2> 前記アミノカルボン酸を有するキレート剤は、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)及びジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)の少なくとも一つのキレート剤である、前記<1>に記載のプラズマ分光分析方法。
<3> 前記アミノカルボン酸を有するキレート剤は、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)である、前記<1>に記載のプラズマ分光分析方法。
<4> 前記化合物(I)は、システイン、システインメチルエステル、及びシステインエチルエステルからなる群より選択される少なくとも一つの化合物である、前記<1>~<3>のいずれか一つに記載のプラズマ分光分析方法。
<5> 前記化合物(I)は、システインである、前記<1>~<3>のいずれか一つに記載のプラズマ分光分析方法。
<6> 前記重金属イオンは、水銀イオン及びカドミウムイオンの少なくとも一方である、前記<1>~<5>のいずれか一つに記載のプラズマ分光分析方法。
<7> 前記重金属イオンは、カドミウムイオンである、前記<1>~<5>のいずれか一つに記載のプラズマ分光分析方法。
【発明の効果】
【0010】
本開示によれば、重金属イオンに対して高い測定感度を示すプラズマ分光分析方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本開示のプラズマ分光分析方法によるプラズマ発生の結果と、従来の測定方法による尿中Cdイオンの定量結果との相関関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本開示の一実施形態について詳細に説明する。但し、本開示は以下の実施形態に限定されるものではない。以下の開示において、その構成要素(要素ステップ等も含む)は、特に明示した場合を除き、必須ではない。数値及びその範囲についても同様であり、本開示を制限するものではない。
本開示において「工程」との語には、他の工程から独立した工程に加え、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の目的が達成されれば、当該工程も含まれる。
本開示において「~」を用いて示された数値範囲には、「~」の前後に記載される数値がそれぞれ下限値及び上限値として含まれる。
本開示中に段階的に記載されている数値範囲において、一つの数値範囲で記載された上限値又は下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値又は下限値に置き換えてもよい。また、本文中に記載されている数値範囲において、その数値範囲の上限値又は下限値は、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
本開示において組成物中の各成分の含有率は、組成物中に各成分に該当する物質が複数種存在する場合、特に断らない限り、組成物中に存在する当該複数種の物質の合計の含有率を意味する。
また、本開示に記載された反応式及び以下説明等において、「Cd」はCdイオンを意味する場合がある。
【0013】
<プラズマ分光分析方法>
本開示のプラズマ分光分析方法は、
アミノカルボン酸を有するキレート剤の投与によるキレーション療法の後に採取した尿に、2-アミノエタンチオール、2-(ジメチルアミノ)エタン-1-チオール、2-(ジエチルアミノ)エタン-1-チオール、2-(ジイソプロピルアミノ)エタン-1-チオール、メルカプトエタノール、システイン、システインメチルエステル、及びシステインエチルエステルからなる群より選択される少なくとも一つの化合物(I)を添加する前処理工程と、
前記前処理された尿を含む液中に浸漬した一対の電極への電圧印加により、前記前処理された尿を含む液中の、鉛イオン、水銀イオン、砒素イオン、及びカドミウムイオンからなる群より選択される少なくとも一つの重金属イオンを一方の電極側に濃縮する濃縮工程と、
前記一対の電極への電圧印加によりプラズマを発生させ、前記プラズマにより生じた前記重金属イオンの発光を検出する検出工程と、を含む。
【0014】
本開示のプラズマ分光分析方法は、上記構成であることで、重金属イオンに対して高い測定感度を示す。本開示のプラズマ分光分析方法の作用は明確ではないが、以下のように推定される。なお以下の説明においては、例示として、アミノカルボン酸を有するキレート剤がエチレンジアミン四酢酸(EDTA)であり、化合物(I)がシステイン(Cys)であり、重金属イオンがカドミウムイオン(Cd)である場合について、下記反応式(1)を用いて説明する。ただし反応式(1)及びその説明中、CdはCdイオンを意味する。なお本開示のプラズマ分光分析方法の作用は以下の例に限定されない。
【0015】
キレーション療法において生体に投与されたEDTAは、Cdと複合体(EDTA-Cd)を形成し、EDTA-Cdは尿中成分として体外に排出される。そして下記反応式(1)の左方に示されるように、前記尿中、EDTA-Cdは、平衡反応により「EDTA-Cd」、「EDTA」、及び「Cd」の形態として存在する。しかしながら、中でも「EDTA-Cd」の形態は、プラズマ分光分析の濃縮工程において濃縮効率が悪く、低い測定感度を示す。そこで、前記尿に対してCysを添加すると、複合体(EDTA-Cd)又は平衡反応により生じたCdにCysが作用し、複合体(Cys-Cd)を形成する。EDTA-Cdよりも、Cys-Cdの方が、互いの結合力が高く、複合体として安定しているからである。Cys-Cdの形成により、EDTA-CdとEDTA及びCdとに関する反応式の化学平衡は右辺へ傾き、すなわちプラズマ分光分析の濃縮工程において濃縮効率が良好で、高い測定感度を示す形態である、「Cd」及び「Cys-Cd」の存在比率が高くなる(下記反応式(1)参照)。よって、本開示のプラズマ分光分析方法によれば、重金属イオンに対して高い測定感度を示すプラズマ分光分析方法が提供される。
なお、本開示のプラズマ分光分析方法は、上記推定機構には何ら制限されない。
【0016】
【0017】
また、本開示のプラズマ分光分析方法により濃縮(電析)レートが一定となるため、本開示のプラズマ分光分析方法は、ストリッピングボルタンメトリーのような電析工程を含む測定技術に対しても応用が可能である。
【0018】
〔前処理工程〕
本開示のプラズマ分光分析方法において、前処理工程では、アミノカルボン酸を有するキレート剤の投与によるキレーション療法の後に採取した尿に、2-アミノエタンチオール、2-(ジメチルアミノ)エタン-1-チオール、2-(ジエチルアミノ)エタン-1-チオール、2-(ジイソプロピルアミノ)エタン-1-チオール、メルカプトエタノール、システイン、システインメチルエステル、及びシステインエチルエステルからなる群より選択される少なくとも一つの化合物(I)を添加する。前記前処理工程を行うことで、アミノカルボン酸を有するキレート剤と重金属イオンとの複合体を解離させやすくすることができ、それにより後述する検出工程にて重金属イオンを検出しやすくなる。なお本開示のプラズマ分光分析方法において、「前処理された尿」は、本開示のプラズマ分光分析方法の「前処理工程」を実施することによって得られる尿を意味する。
【0019】
(アミノカルボン酸を有するキレート剤)
本開示のプラズマ分光分析方法において、アミノカルボン酸を有するキレート剤は、キレーション療法の有効性及び安全性の観点から、下記構造式(A1)で表されるEDTA(エチレンジアミン四酢酸)及び下記構造式(A2)で表されるDTPA(ジエチレントリアミン五酢酸)の少なくとも一つのキレート剤であることが好ましく、中でも、EDTAであることがより好ましい。
【0020】
【0021】
本開示のプラズマ分光分析方法において、前記キレート剤を投与する生体の種類は、特に限定されず、例えばヒト又は非ヒト動物であってもよく、具体的には患者又は患畜であってもよい。
【0022】
前記キレート剤を投与する方法は、特に限定されず、例えば経口投与又は点滴静注であってもよい。例えば、EDTAは点滴静注により投与することが好ましい。投与する前記キレート剤の種類数は、特に限定されず、例えば1種又は2種以上であってもよい。
【0023】
(尿)
本開示のプラズマ分光分析方法において、キレーション療法の後に採取した尿は、蓄尿であってもよく、随時尿であってもよく、蓄尿及び随時尿を混合した尿であってもよい。蓄尿とは、キレーション療法の後に排泄された尿を一定期間(例えば、6時間、18時間、又は24時間)溜めた尿である。本開示において蓄尿は、例えば、キレート剤投与後からの、6時間蓄尿、18時間蓄尿、又は24時間蓄尿であってもよい。随時尿とは、キレーション療法の後に排泄された尿を随時採取した尿である。本開示において随時尿は、例えば、キレート剤投与の後から1時間以上2時間以内で採取した尿であってもよい。なおキレーション療法の後に採取した尿は、キレート剤を経口投与した場合は蓄尿であることが好ましく、キレート剤を点滴静注した場合は蓄尿であってもよく随時尿であってもよく蓄尿及び随時尿を混合した尿であってもよい。
【0024】
例えばキレート剤としてEDTAを点滴静注した場合、その後24時間は、尿中への重金属イオンの排出が促されやすい。特に、点滴静注終了後6時間は、尿中への重金属イオンの排出が強く促される。そのため、点滴静注終了後24時間の尿、特に点滴静注終了後6時間の尿を含む蓄尿が、EDTA投与後の尿としては好ましい。なおキレート剤を点滴静注した場合は、その後すぐさまであっても、尿中への重金属イオンの排出が促されやすい。そのため、点滴静注終了後から1時間以上2時間以内で採取した尿を含む蓄尿又は随時尿を、EDTA投与後の尿としてもよい。
【0025】
採取された尿は、例えば-80℃~30℃の温度で1時間~3か月間保存し、必要に応じて例えば1℃~30℃の温度で1分~1週間経過させて解凍した後に、本開示の前処理工程に供されてもよい。
【0026】
(尿への化合物(I)の添加)
本開示のプラズマ分光分析方法での前処理工程において、キレーション療法の後に採取した尿に、2-アミノエタンチオール、2-(ジメチルアミノ)エタン-1-チオール、2-(ジエチルアミノ)エタン-1-チオール、2-(ジイソプロピルアミノ)エタン-1-チオール、メルカプトエタノール、システイン、システインメチルエステル、及びシステインエチルエステルからなる群より選択される少なくとも一つの化合物(I)を添加する。
【0027】
なお、2-アミノエタンチオールは下記構造式(B1)で表され、2-(ジメチルアミノ)エタン-1-チオールは下記構造式(B2)で表され、2-(ジエチルアミノ)エタン-1-チオールは下記構造式(B3)で表され、2-(ジイソプロピルアミノ)エタン-1-チオールは下記構造式(B4)で表され、メルカプトエタノールは下記構造式(B5)で表され、システインは下記構造式(B6)で表され、システインメチルエステルは下記構造式(B7)で表され、及びシステインエチルエステルは下記構造式(B8)で表される。前記化合物(I)は、いずれも、重金属イオンと単座配位結合するチオール基を1つ有する化合物である。
【0028】
【0029】
前記化合物(I)は、システイン、システインメチルエステル、及びシステインエチルエステルからなる群より選択される少なくとも一つの化合物であることが好ましく、システインであることがより好ましい。化合物(I)は、例えば、いずれか一種類でもよいし、二種類以上を併用してもよい。
【0030】
前記前処理された尿において、前処理された尿中の前記化合物(I)の濃度は、特に制限されないが、1mmol/L~20mmol/Lが好ましく、1mmol/L~10mmol/Lがより好ましく、1mmol/L~2.5mmol/Lがさらに好ましい。
【0031】
ここで、1つのCdイオンに対しては、最大4分子のCysが配位することで複合体(Cys-Cd)を形成する。しかしこのとき、複合体(Cys-Cd)において、4分子のCysはそれぞれ単座配位子としてCdイオンに配位することとなり、すなわち4つの弱い配位結合しか形成することができず、Cdイオンは動きやすい状態にある。一方で、例えば複合体(EDTA-Cd)においては、EDTAは配位子が4以上と多いため、1つのCdイオンに対して強く固定することができる。つまり、後述する濃縮工程において、Cys-Cdは、EDTA-Cdよりも電極との電子の受け渡し頻度が高い構造をしており、すなわちプラズマ分光分析の濃縮工程において濃縮効率が良好で、高い測定感度を示す複合体である。以上の理由から、特に、キレーション療法で使用するアミノカルボン酸を有するキレート剤がEDTAであるとき、前記前処理工程においてCysを添加することがよい。
【0032】
(尿へのクエン酸の添加)
一般的にクエン酸はキレート効果があることが知られているので、本開示のプラズマ分光分析方法での前処理工程において、キレーション療法の後に採取した尿に、さらにクエン酸を添加してもよい。
【0033】
前記前処理された尿が、クエン酸を含むとき、前処理された尿中の前記クエン酸の濃度は、特に制限されないが、10mmol/L~100mmol/Lが好ましく、10mmol/L~50mmol/Lがより好ましく、10mmol/L~25mmol/Lがさらに好ましい。前記クエン酸は、クエン酸緩衝液として添加してもよい。前記クエン酸緩衝液のpHは、特に制限されないが、pH3~pH7のクエン酸緩衝液であることが好ましい。
【0034】
(前処理工程におけるその他の事項)
前記キレーション療法の後に採取した尿は、尿の原液、又は尿を液体媒体に懸濁、分散若しくは溶解した希釈液であってもよい。前記液体媒体としては、尿を懸濁、分散又は溶解可能なものであれば、特に制限されず、例えば、水又は緩衝液等が挙げられる。前記緩衝液は、特に制限されず、例えば、生理食塩水、リン酸緩衝液、又はトリス緩衝液等が挙げられる。前記緩衝液の濃度は、特に制限されず、例えば、前処理された尿中、1mmol/L~100mmol/Lである。
【0035】
前記キレーション療法の後に採取した尿は、pH調整されてもよい。前記pHは、後述する検出工程において重金属イオンの検出が可能なpHであれば特に制限されない。前記キレーション療法の後に採取した尿のpHは、例えば、アルカリ性試薬又は酸性試薬等のpH調整試薬で調整できる。
【0036】
前記アルカリ性試薬は、例えば、アルカリ又はその水溶液等が挙げられる。前記アルカリは、特に制限されず、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化リチウム、水酸化カリウム、又はアンモニア等が挙げられる。前記アルカリの水溶液は、例えば、アルカリを水又は緩衝液で希釈したものが挙げられる。前記アルカリの濃度は、特に制限されず、例えば、前処理された尿中、0.01mol/L~5mol/Lである。
【0037】
前記酸性試薬は、例えば、酸又はその水溶液等が挙げられる。前記酸は、特に制限されず、例えば、塩酸、硫酸、酢酸、ホウ酸、リン酸、リンゴ酸、コハク酸、又は硝酸等が挙げられる。前記酸の水溶液は、例えば、酸を水又は緩衝液で希釈したものが挙げられる。前記酸の濃度は、特に制限されず、例えば、前処理された尿中、0.01mol/L~5mol/Lである。
【0038】
前記前処理工程における温度は特に制限されず、例えば室温(25℃)である。
【0039】
前記前処理工程において、前記キレーション療法の後に採取した尿に対する、例えば、化合物(I)、クエン酸、液体媒体、及びpH調整試薬等の添加順序は、特に制限されない。具体例として、例えば、採取した尿に、化合物(I)を添加した後、さらにクエン酸を添加してもよいし、採取した尿に、化合物(I)及びクエン酸を同時に添加してもよい。
【0040】
〔その他の処理工程〕
本開示のプラズマ分光分析方法は、さらに、その他の処理工程を含んでもよい。その他の処理工程は、前記前処理と別個に実施されてもよく(例えば、前記前処理工程の完了後であって後述する濃縮工程の開始前に実施されてもよい)、前記前処理工程に組み込まれて前記前処理工程と同時に実施されてもよい。その他の処理工程では、前記前処理された尿に対して、さらに、例えば、水酸化リチウム等のアルカリ化剤、タリウム等の内標準物質及びエタノール等の安定化剤等を添加することができる。なお本開示のプラズマ分光分析方法において、「その他の処理をされた尿」は、本開示のプラズマ分光分析方法の「前処理工程」かつ「その他の処理工程」を実施することによって得られる尿を意味する。
【0041】
前記その他の処理をされた尿における、前処理された尿の終濃度は、例えば20体積%~80体積%であってもよい。その他の処理をされた尿が、アルカリ化剤を含むとき、前記その他の処理をされた尿中のアルカリ化剤の終濃度は、例えば0.1mol/L~10mol/Lであってもよい。その他の処理をされた尿が、内標準物質を含むとき、前記その他の処理をされた尿中の内標準物質の濃度は、例えば1ppb~1000ppbであってもよい。その他の処理をされた尿が、安定化剤を含むとき、前記その他の処理をされた尿中の安定化剤の濃度は、例えば0.1体積%~10体積%であってもよい。
【0042】
〔濃縮工程〕
本開示のプラズマ分光分析方法において、濃縮工程では、前記前処理された尿を含む液中に浸漬した一対の電極への電圧印加により、前記前処理された尿を含む液中の、鉛イオン、水銀イオン、砒素イオン、及びカドミウムイオンからなる群より選択される少なくとも一つの重金属イオンを一方の電極側に濃縮する。前記濃縮工程を行うことで、前記前処理された尿を含む液の全体積を低減させることなく、前記一方の電極側において局所的に前記重金属イオンを集積することができる。なお本開示のプラズマ分光分析方法において、「前処理された尿を含む液」は、例えば、本開示のプラズマ分光分析方法の「前処理工程」を実施することによって得られる尿(すなわち、「前処理された尿」)であってもよく、「前処理工程」かつ「その他の処理工程」を実施することによって得られる尿(すなわち、「その他の処理をされた尿」)であってもよい。
【0043】
本開示のプラズマ分光分析方法において、重金属イオンは、鉛イオン(Pb)、水銀イオン(Hg)、砒素イオン(As)、及びカドミウムイオン(Cd)からなる群より選択される少なくとも一つのイオンである。前記重金属イオンは、水銀イオン及びカドミウムイオンの少なくとも一方であることが好ましく、カドミウムイオンであることがさらに好ましい。前記重金属イオンは、例えば、1種類でもよく、2種類以上でもよい。
【0044】
前記一対の電極とは、電気分解における陽極と陰極との組み合わせをいう。前記電極は、固体電極であり、具体例として、棒電極等が挙げられる。前記電極の材料は、特に制限されず、固形導電材料であればよく、例えば、前記重金属イオンの種類に応じて、適宜決定できる。前記電極の材料は、例えば、非金属でもよいし、金属でもよいし、これらの混合物でもよい。前記電極の材料が非金属を含む場合、前記電極の材料は、例えば、1種類の非金属を含んでもよいし、2種類以上の非金属を含んでもよい。前記非金属は、例えば、炭素等が挙げられる。前記電極の材料が金属を含む場合、前記電極の材料は、例えば、1種類の金属を含んでもよいし、2種類以上の金属を含んでもよい。前記金属は、例えば、金、白金、銅、亜鉛、スズ、ニッケル、パラジウム、チタン、モリブデン、クロム、鉄等が挙げられる。前記電極の材料が2種類以上の金属を含む場合、前記電極の材料は、合金でもよい。前記合金は、例えば、真鍮、鋼、インコネル(登録商標)、ニクロム、ステンレス等が挙げられる。前記一対の電極は、例えば、同じ材料でもよいし、異なる材料でもよい。
【0045】
前記電極の大きさは、特に制限されず、例えば、前記前処理された尿を含む液に浸漬可能な大きさ(つまり接液可能な大きさ)であればよい。前記電極が棒電極である場合、前記電極の直径は、例えば、0.02mm~50mm、好ましくは0.05mm~5mmであり、前記電極の長さは、例えば、0.1mm~200mm、好ましくは0.3mm~50mmである。前記一対の電極の大きさは、同じでもよいし、異なってもよい。
【0046】
前記一方の電極とは、前記重金属イオンが濃縮される方の電極であり、この場合、陰極である。前記電極側とは、電極の近傍(電極上も含む)であり、例えば、後述する検出工程においてプラズマが発生する範囲である。前記濃縮工程において、例えば、前記重金属イオンの一部を前記電極側に濃縮してもよいし、前記重金属イオンの全部を前記電極側に濃縮してもよい。
【0047】
前記重金属イオンの濃縮は、例えば、電圧によって調節できる。このため、当業者であれば、前記濃縮が生ずる電圧(以下、「濃縮電圧」ともいう。)を適宜設定できる。前記濃縮電圧は、例えば、1mV以上、好ましくは400mV以上であり、その上限は、特に制限されない。前記濃縮電圧は、例えば、一定でもよいし、変動することとしてもよい。
【0048】
前記濃縮電圧を印加する時間は、特に制限されず、前記濃縮電圧に応じて、適宜設定できる。前記濃縮電圧を印加する時間は、例えば、0.2分~40分、好ましくは5分~20分である。前記一対の電極への電圧印加は、例えば、連続的に印加してもよいし、非連続的に印加してもよい。前記非連続的な印加は、例えば、パルス印加が挙げられる。前記濃縮電圧の印加が非連続的な場合、前記濃縮電圧を印加する時間は、例えば、前記濃縮電圧を印加している時間のみの合計の時間でもよいし、前記濃縮電圧を印加している時間と前記濃縮電圧を印加していない時間との合計の時間でもよい。
【0049】
前記一対の電極への電圧の印加を行う手段としての電圧印加手段は、特に制限されず、例えば、前記一対の電極間に所定の電圧を印加できればよく、公知の手段として電圧器等が使用できる。前記濃縮工程において、前記一対の電極間に流す電流は、例えば、0.01mA~200mA、好ましくは10mA~60mA、より好ましくは10mA~40mAに設定できる。
【0050】
〔検出工程〕
本開示のプラズマ分光分析方法において、検出工程では、前記一対の電極への電圧印加によりプラズマを発生させ、前記プラズマにより生じた前記重金属イオンの発光を検出する。前記検出工程では、前記一対の電極へ、例えば前記濃縮工程の際よりも大きな電流となるような電圧を印加することでプラズマを発生させることで、前記プラズマにより生じた前記重金属イオンの発光を検出することができる。
【0051】
ここで、前記検出工程における電流の方向は、前記濃縮工程の際の電流の方向と同じであってもよい。しかしながら、電圧印加手段として、電圧を印加する際の電流の方向を切り替えることが可能なものを使用して、前記検出工程において前記プラズマを発生させる際の電流の方向を、前記濃縮工程の際の電流の方向とは反対にすることが好ましい。
【0052】
具体的には、前記濃縮工程において、正の電荷を有する前記重金属イオンが陰極としての前記一方の電極側に濃縮されるので、前記検出工程では当該一方の電極が陽極となるように前記電圧印加手段からの電流方向を設定すればよい。
【0053】
前記検出工程において、前記プラズマが発生する電極は、例えば、前記一対の電極の接液面積を異なる接液面積とすることで調節できる。具体的には、一方の電極の接液面積を他方の電極に対して小さくすることで、前者に、プラズマを発生させることができる。このため、本開示において、前記一対の電極は、前記前処理された尿を含む液との接液面積が異なる一対の電極であり、前記一対の電極のうち、前記前処理された尿を含む液との接液面積が小さい電極が、プラズマ発生により前記重金属イオンを分析する電極であることが好ましい。前記一対の電極の接液面積が異なる場合、前記一対の電極の接液面積の差は、例えば、0.001cm2~300cm2、好ましくは1cm2~10cm2である。本開示において、「接液面積」は、前記前処理された尿を含む液と接する面積を意味する。前記接液面積の調節方法は、特に制限されず、例えば、前記前処理された尿を含む液に浸漬する前記電極の長さを異なる長さにする方法、前記前処理された尿を含む液と接する電極の一部を絶縁性材料により被覆する方法等が挙げられる。前記絶縁性材料は、特に制限されず、例えば、樹脂、シリコーン、ガラス、紙、セラミックス、ゴム等が挙げられる。前記樹脂は、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル、ポリエチレンテレフタレート、ポリメタクリレート、ポリアミド、飽和ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリメチルペンテン(例えば、登録商標TPX)等の熱可塑性樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂、フェノール樹脂、フッ素樹脂ガラスエポキシ等のエポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂等の熱硬化性樹脂等が挙げられる。前記シリコーンは、例えば、ポリジメチルシロキサン等が挙げられる。
【0054】
前記一対の電極は、透光部を含む容器内に配置されていてもよい。この場合、前記検出工程において、前記透光部を通して前記重金属イオンの発光を受光することが可能なように配置された受光部により、前記発光を検出する。
【0055】
前記検出工程は、前記濃縮工程と連続的に行ってもよいし、非連続的に行ってもよい。前者の場合、前記検出工程は、前記濃縮工程の終了と同時に前記検出工程を開始する。後者の場合、前記検出工程は、前記濃縮工程の終了後から所定時間内に検出工程を開始する。前記所定時間は、例えば、前記濃縮工程後、0.001秒~1,000秒、好ましくは1秒~10秒である。
【0056】
前記検出工程において、「プラズマを発生させる」とは、プラズマを実質的に発生させることであり、具体的には、プラズマ発光の検出において、実質的に検出可能な発光を示すプラズマの発生を意味する。具体例として、プラズマ発光の検出器により、プラズマ発光が検出可能である程度のプラズマの発生を意味する。
【0057】
実質的なプラズマの発生は、例えば、電圧によって調節できる。このため、当業者であれば、実質的に検出可能な発光を示すプラズマを発生させるための電圧(以下、「プラズマ発生電圧」ともいう。)は、適宜設定できる。前記プラズマ発生電圧は、例えば、10V以上、好ましくは100V以上であり、その上限は、特に制限されない。前記プラズマが発生する電圧は、例えば、前記濃縮工程における重金属イオンの濃縮が起こる電圧に対して、相対的に高い電圧である。このため、前記プラズマ発生電圧は、前記濃縮電圧に対して、高い電圧であることが好ましい。前記プラズマ発生電圧は、例えば、一定でもよいし、変動してもよい。
【0058】
前記プラズマ発生電圧を印加する時間は、特に制限されず、前記プラズマ発生電圧に応じて、適宜設定できる。前記プラズマ発生電圧を印加する時間は、例えば、0.001秒~0.02秒、好ましくは0.001秒~0.01秒である。前記一対の電極への前記プラズマ発生電圧は、例えば、連続的に印加してもよいし、非連続的に印加してもよい。前記非連続的な印加としては、例えば、パルス印加が挙げられる。前記プラズマ発生電圧の印加が非連続的な場合、前記プラズマ発生電圧を印加する時間は、例えば、1回の前記プラズマ発生電圧を印加している時間でもよいし、前記プラズマ発生電圧を印加している時間の合計の時間でもよいし、前記プラズマ発生電圧を印加している時間と前記プラズマ発生電圧を印加していない時間との合計の時間でもよい。
【0059】
前記検出工程における前記一対の電極への前記プラズマ発生電圧の印加は、前記濃縮工程で用いられた電圧印加手段により、より高電圧で、好ましくはその電流方向を反対にして行うことができる。前記検出工程において、前記電極間の電流は、前記プラズマ発生電圧が前記濃縮電圧より相対的に高いため、前記濃縮工程より相対的に大きなものとなり、例えば、0.01mA~100,000mA、好ましくは50mA~2,000mAに設定することができる。
【0060】
前記検出工程において、前記発生したプラズマ発光は、例えば、連続的に検出してもよいし、非連続的に検出してもよい。前記発光の検出は、例えば、発光の有無の検出、発光の強度の検出、特定の波長の検出、スペクトルの検出等が挙げられる。前記特定の波長の検出は、例えば、前記重金属イオンが、プラズマ発光時に発する特有の波長の検出が挙げられる。前記発光の検出方法は、特に制限されず、例えば、CCD(Charge Coupled Device)又は分光器等の公知の光学測定機器が利用できる。
【0061】
〔算出工程〕
本開示のプラズマ分光分析方法は、さらに、算出工程を含んでもよい。算出工程では、前記検出工程における検出結果から、前記採取した尿中の前記重金属イオンの濃度を算出することができ、すなわち、前記採取した尿中の前記重金属イオンの濃度を定量することができる。
【0062】
前記検出結果は、例えば、前述の発光の強度等が挙げられる。前記算出工程において、前記重金属イオンの濃度は、例えば、検出結果と重金属イオンの濃度との相関関係に基づき、算出できる。前記相関関係は、例えば、重金属イオンの濃度が既知である標準試料を前記検出工程に供して得られた検出結果に対する、前記標準試料中の重金属イオンの濃度をプロットし、前記プロットを基に最小二乗法により近似直線を求めることで、検量線として得ることができる。前記標準試料は、信頼性の高い定量を行う観点から、重金属イオンの希釈系列が好ましい。
【0063】
なお前記検出工程でプラズマ発光により得られた発光スペクトルは、所定の波長範囲にわたる個々の波長に対応する発光量をプロットしたグラフとして表すことができる。この発光スペクトルから、前記重金属イオンの定量に適した波長である分析波長に対応する正味の発光量を求めることが好ましい。
【0064】
ここで、前記正味の発光量とは、当該分析波長において前記重金属イオンの存在にのみ起因する発光量であって、当該分析波長における見かけの発光量を、当該重金属イオンのプラズマ発光とは無関係な発光量としてのベース発光量で補正した発光量をいう。この正味の発光量の値を、光量補正値と称する。
【0065】
前記ベース発光量は、発光スペクトルとしてどのようなグラフが得られているかによってその決定又は算定の方法を適宜に定めることができる。例えば、発光スペクトルとして、特定の波長に対応するピーク発光量が、例えば、グラフの平坦な部分からの立ち上がり部分として得られている場合には、その平坦な部分の発光量を前記ベース発光量と定めることができる。
【実施例0066】
以下、本開示を実施例により更に具体的に説明するが、本開示はその主旨を越えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。なお、特に断りのない限り、「部」は質量基準である。「%」も同様に質量基準である。
【0067】
<本開示のプラズマ分光分析方法による尿中Cdイオンの分析>
〔前処理工程〕
EDTA投与によるキレーション療法の後に採取した、蓄尿又は随時尿250μLに対して、表1に示す各物質をそれぞれ添加し、「前処理された尿」を調製した。表1中、「-」は、該当する物質を添加しなかったことを示し、「+」は、該当する物質を添加したことを示す。添加した各物質の濃度、添加量、及び前処理された尿における各添加物質の終濃度の詳細は以下のとおりである。クエン酸はクエン酸緩衝液として添加した。なお、表1中、比較例2はpH3のクエン酸緩衝液を添加したことを示す。各物質を添加後、総量が1000μLとなるよう、適宜蒸留水を添加してメスアップした。
【0068】
・71.5mmol/Lのクエン酸緩衝液(pH3.0)、添加量350μL、終濃度25mmol/L
・25mmol/Lのシステイン(Cys、すなわち化合物(I))、添加量100μL、終濃度2.5mmol/L
【0069】
〔その他の処理工程〕
さらに、前記前処理された各尿200μLに対して、それぞれ、アルカリ化剤、内標準物質、及び安定化剤を添加し、「その他の処理をされた尿」を調製した。添加した各物質の濃度、及びその他の処理をされた尿における各添加物質の終濃度の詳細は以下のとおりである。ただし、その他の処理をされた尿に含まれる、前処理された尿の割合は、50体積%とした。
【0070】
・アルカリ化剤(4.4mol/LのLiOH水溶液、終濃度1.715mol/L)
・内標準物質(0.854ppmのタリウム、終濃度77.6ppb)
・安定化剤(99.5体積%のエタノール、終濃度5体積%)
【0071】
以下の実施例及び比較例において、プラズマ分光分析における濃縮工程及び検出工程は、アークレイ株式会社製の尿中有害金属自動分析装置SillBe LB-5410を使用して実施した。なおSillBe LB-5410はプラズマ原子発光法を測定原理とした分析装置である。
【0072】
〔濃縮工程〕
前記前処理された尿を含む液(ここでは、詳細には、「前処理工程」かつ「その他の処理工程」を実施することによって得られた尿。すなわち、前記その他の処理をされた尿。)中に、一対の電極(電極1と電極2)を浸漬し、前記電極1が陰極となり前記電極2が陽極となるよう電圧を印加することで、一方の電極側(電極1側)に前記前処理された尿を含む液中の重金属イオンを濃縮した。濃縮の条件は以下のとおりである。なお、下記の濃縮条件において、「印加時間」とは、濃縮工程において通電している時間と通電していない時間との合計の時間を表す。また、下記の濃縮条件では下記の電流値になるような電圧が両電極間に印加される。
【0073】
(濃縮条件)
電流:20mA
印加時間:600sec
スイッチング周期:4sec
スイッチングDuty比:50%
【0074】
〔検出工程〕
前記濃縮工程の直後に、下記のプラズマ発生条件で、前記電極1が陽極となり前記電極2が陰極となるよう電圧を印加し、Cdイオンのプラズマ発光の波長である波長228.80nm付近のピーク発光量(カウント値)を測定した。なお、下記のプラズマ発生条件において、「印加時間」とは、検出工程において通電している時間と通電していない時間との合計の時間を表す。また、下記のプラズマ発生条件では下記の電圧値となるような電流が両電極間に流れる。
【0075】
(プラズマ発生条件)
印加電圧:500V
印加時間:2.5ms
スイッチング周期:50μsec
スイッチングDuty比:50%
【0076】
〔算出工程〕
前記検出工程で得られたプラズマ発光の測定値をベース発光量の値で割ることで、光量補正値を得た。
【0077】
<従来の測定方法による尿中Cdイオンの定量>
従来の測定方法による尿中Cdイオンの定量として、アジレント・テクノロジー社製のICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析装置)を用いて、上記したキレーション療法後の尿に含まれるCdイオンを定量した。なお、尿は、上記<本開示のプラズマ分光分析方法による尿中Cdイオンの分析>で使用した尿と同一の尿を使用した。ただし従来の測定方法による尿中Cdイオンの定量では、上記<本開示のプラズマ分光分析方法による尿中Cdイオンの分析>に記載したような前処理工程は行わなかった。
【0078】
<本開示のプラズマ分光分析方法と従来の測定方法の比較>
本開示のプラズマ分光分析方法による尿中Cdイオンの分析結果と、従来の測定方法による尿中Cdイオンの定量結果とを比較した。具体的には、前処理工程の条件ごと(試験群ごと)に、本開示のプラズマ分光分析方法によるプラズマ発生の結果(光量補正値)を縦軸(単位:無し)、従来の測定方法による尿中Cdイオンの定量結果を横軸(単位:ppb)としてプロットし、最小二乗法により該プロットの近似直線を求めた。
【0079】
〔結果〕
本開示のプラズマ分光分析方法による尿中Cdイオンの分析結果と、従来の測定方法による尿中Cdイオンの定量結果とを比較した結果を表1に示す。なお、表1中、「傾き」は前記近似直線の傾きの値を示し、「切片」は前記近似直線の切片の値を示し、「相関係数r」は、本開示のプラズマ分光分析方法による尿中Cdイオンの分析結果と、従来の測定方法による尿中Cdイオンの定量結果との相関係数を示し、「r2」は前記相関係数rの二乗により求められる決定係数(つまり、値のばらつき)を示す。すなわち、傾きの値が大きいことは、本開示のプラズマ分光分析方法が、重金属イオンに対して高い測定感度を示す分光分析方法であることを意味する。r2の値が大きいことは、測定正確性が高いことを意味する。
【0080】
【0081】
実施例1及び比較例1の結果を、
図1に示す。
図1中、縦軸は本開示のプラズマ分光分析方法によるプラズマ発生の結果(光量補正値)(単位:無し)、横軸は従来の測定方法(ICP-MS)による尿中Cdイオンの定量結果(単位:ppb)を示す。なお
図1中、実施例1において随時尿から得られた結果のプロットを×、実施例1において蓄尿から得られた結果のプロットを□で示し、点線で示した実施例1の近似直線は、随時尿から得られた結果及び蓄尿から得られた結果から求めた直線である。
【0082】
(システインによる効果)
Cysを添加した実施例1では、Cysを添加しなかった比較例1よりも、傾きが大きく、つまり測定感度が向上した。実施例1では、上記した反応式(1)に示すように、Cysの添加によって、複合体(EDTA-Cd)又は平衡反応により解離したCdにCysが作用し、新たな複合体(Cys-Cd)を形成した。Cys-Cdは、EDTA-Cdよりも互いの結合力が高いためと考えられる。すなわちプラズマ分光分析の濃縮工程において濃縮効率が良好で、高い測定感度を示す形態である「Cd」及び「Cys-Cd」の存在比率が高くなった。
さらに、Cysを添加した実施例1では、Cysを添加しなかった比較例1よりも、r2値が大きく、つまり測定正確性が向上した。Cysの添加により測定正確性が向上した理由としては、複合体(Cys-Cd)は互いの結合力が高いため安定的であり、つまりCdの存在形態が揃いやすく、プラズマ分光分析の濃縮工程において、濃縮効率がより正確に一定となったと考えられる。
なおクエン酸のみを添加した比較例2では、傾きが小さく、つまり測定感度は悪かった。これは、複合体(EDTA-Cd)は、複合体(クエン酸-Cd)よりも互いの結合力が高いため、クエン酸は複合体(EDTA-Cd)をEDTAとCdとに解離させることが難しかった、又は、平衡反応により解離したCdにクエン酸が作用しづらかったからである。
【0083】
以上示したように、本開示のプラズマ分光分析方法によれば、重金属イオンに対して高い測定感度を示すプラズマ分光分析方法が提供された。