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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023083139
(43)【公開日】2023-06-15
(54)【発明の名称】抗腫瘍剤及びそのスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/353 20060101AFI20230608BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20230608BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20230608BHJP
【FI】
A61K31/353
A61P35/00
A61P43/00 111
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021197326
(22)【出願日】2021-12-03
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和2年12月5日、https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0968089620307343 令和3年1月15日、Bioorganic & Medicinal Chemistry, Volume 30, 15 January 2021,115904 Elsevier Ltd 令和3年3月5日、https://confit.atlas.jp/guide/event/pharm141/top https://confit.atlas.jp/guide/event/pharm141/advanced https://confit.atlas.jp/guide/event/pharm141/subject/28PC2_03-08/advanced https://confit.atlas.jp/guide/event/pharm141/proceedings/list 令和3年3月28日、 https://confit.atlas.jp/guide/event/pharm141/top https://confit.atlas.jp/guide/event/pharm141/table/20210328_poster https://confit.atlas.jp/guide/event/pharm141/subject/28PC2_03-08/tables?cryptoId=
(71)【出願人】
【識別番号】599002043
【氏名又は名称】学校法人 名城大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000110
【氏名又は名称】弁理士法人 快友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】柳澤 聖
(72)【発明者】
【氏名】金田 典雄
(72)【発明者】
【氏名】近藤 梨沙
(72)【発明者】
【氏名】野田 幸裕
(72)【発明者】
【氏名】築山 郁人
【テーマコード(参考)】
4C086
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086CA01
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZB26
4C086ZC20
(57)【要約】      (修正有)
【課題】(S)-エリポエギンKのガン細胞に対する優れた抗増殖活性に基づく、(S)-エリポエギンK又はその誘導体を有効成分とする治療上有効な抗腫瘍剤を提供する。
【解決手段】エリポエギンKを有効成分として含有する、肺癌、大腸癌、乳癌、前立腺癌、卵巣癌、腎臓癌、神経膠芽腫、神経膠腫、神経膠肉腫、悪性黒色腫、膵臓癌、及び悪性胸膜中皮腫からなる群から選択される1種又は2種以上の腫瘍を治療するための抗腫瘍剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の式(1)で表される化合物を有効成分として含有し、
肺癌、大腸癌、乳癌、前立腺癌、卵巣癌、腎臓癌、神経膠芽腫、神経膠腫、神経膠肉腫、悪性黒色腫、膵臓癌、及び悪性胸膜中皮腫からなる群から選択される1種又は2種以上の腫瘍を治療するための抗腫瘍剤。
【化1】
(上記式中、R、R、R、R、R、R、R、R11、R12、R13及びR14は、それぞれ独立して水素原子、水酸基又は置換されていてもよい炭素数1~4のアルキル基を表し、R、R及びR10は、それぞれ独立して水素原子又は置換されていてもよい炭素数1~4のアルキル基を表し、*は不斉炭素を表す。)
【請求項2】
前記式(1)において、R~R、R10、R12、R13及びR14は水素原子を表し、R及びR11はメチル基を表す、請求項1に記載の抗腫瘍剤。
【請求項3】
本明細書に開示される抗腫瘍活性を有する化合物候補のスクリーニング方法であって、
以下の式(1)で表される化合物又はその誘導体である1種又は2種以上の被験化合物につき、トポイソメラーゼIIα阻害活性を評価する工程と、
【化2】
(上記式中、R、R、R、R、R、R、R、R11、R12、R13及びR14は、それぞれ独立して水素原子、水酸基又は置換されていてもよい炭素数1~4のアルキル基を表し、R、R及びR10は、それぞれ独立して水素原子又は置換されていてもよい炭素数1~4のアルキル基を表し、*は不斉炭素を表す。)
前記トポイソメラーゼIIα阻害活性に基づいて選抜した1種又は2種以上の前記被験化合物につき、肺癌、大腸癌、乳癌、前立腺癌、卵巣癌、腎臓癌、神経膠芽腫、神経膠腫、神経膠肉腫、悪性黒色腫、膵臓癌、及び悪性胸膜中皮腫からなる群から選択される1種又は2種以上の腫瘍に対する抗腫瘍活性を評価する工程と、
を備える、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、抗腫瘍剤及びそのスクリーニング方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
マメ科植物のボリビアデイゴ (Erythrina poeppigiana) の樹皮から単離されたイソフラボンであるエリポエギンKは、キラル炭素を1つ有しており、天然においてラセミ体で存在している。そのS体である(S)-エリポエギンKがグリオキサラーゼI阻害活性を有していることが知られている(特許文献1)。グリオキサラーゼ(GLO)Iは、細胞内の嫌気的糖代謝過程で生じるメチルグリオキサール(MG:methylglyoxal)とグルタチオン(GSH:glutathione)からS-D-ラクトイルグルタチオン(S-D-lactoylglutathione)を生成させる酵素である。MGは解糖系の代謝副産物であるが、蓄積することでタンパク質、DNA、RNA等を非可逆的に修飾し、細胞死(アポトーシス)を誘発することが知られている。すなわち、MGは細胞死誘導活性を有していると考えられている。
【0003】
ガン細胞内は、一般に嫌気的環境であるため、エネルギー産生は嫌気的な解糖系に依存しておりMGが生成するが、生成したMGを解毒するためのGLOIの発現が亢進している。正常細胞においてはGLOI活性が低いため、GLOI阻害剤は、ガン細胞に特異的に作用して、ガン細胞におけるMGの蓄積を促進し、ガン細胞のアポトーシスを誘導すると考えられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2016-204320号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1においては、(S)-エリポエギンKがヒト白血病由来のHL-60細胞について優れた抗増殖活性を示したことが記載されているが、それ以外のガン細胞株については検討されていない。
【0006】
本明細書は、(S)-エリポエギンKのガン細胞に対する優れた抗増殖活性に基づく、(S)-エリポエギンK又はその誘導体を有効成分とする治療上有効な抗腫瘍剤を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、(S)-エリポエギンKにつき、トポイソメラーゼIIαの阻害活性を評価したところ、(S)-エリポエギンKが、トポイソメラーゼIIαの阻害活性を有していること、及び、カスパーゼ3酵素の活性化を誘導するとともに、G2/M期において、細胞周期を停止させることを見出した。さらに、発明者らは、(S)-エリポエギンKがどのような癌に有効性を示すかを検討した結果、肺癌、大腸癌、胃癌、乳癌、前立腺癌、卵巣癌、腎臓癌、神経膠芽腫、神経膠腫、神経膠肉腫、悪性黒色腫、膵臓癌及び悪性胸膜中皮腫等に対して強力な抗腫瘍活性を有していることも見出した。これらの腫瘍に対する効果又はその程度は、公知のトポイソメラーゼIIα阻害剤であるエトポシドから予測できないものであった。本明細書はこれらの知見に基づき以下の手段を提供する。
【0008】
[1] 以下の式(1)で表される化合物を有効成分として含有し、
肺癌、大腸癌、乳癌、前立腺癌、卵巣癌、腎臓癌、神経膠芽腫、神経膠腫、神経膠肉腫、悪性黒色腫、膵臓癌、及び悪性胸膜中皮腫からなる群から選択される1種又は2種以上の腫瘍を治療するための抗腫瘍剤。
【化1】
(上記式中、R、R、R、R、R、R、R、R11、R12、R13及びR14は、それぞれ独立して水素原子、水酸基又は置換されていてもよい炭素数1~4のアルキル基を表し、R、R及びR10は、それぞれ独立して水素原子又は置換されていてもよい炭素数1~4のアルキル基を表し、*は不斉炭素を表す。)
[2] 前記式(1)において、R~R、R10、R12、R13及びR14は水素原子を表し、R及びR11はメチル基を表す、[1]に記載の抗腫瘍剤。
[3] 本明細書に開示される抗腫瘍活性を有する化合物候補のスクリーニング方法であって、
以下の式(1)で表される化合物又はその誘導体である1種又は2種以上の被験化合物につき、トポイソメラーゼIIα阻害活性を評価する工程と、
【化2】
(上記式中、R、R、R、R、R、R、R、R11、R12、R13及びR14は、それぞれ独立して水素原子、水酸基又は置換されていてもよい炭素数1~4のアルキル基を表し、R、R及びR10は、それぞれ独立して水素原子又は置換されていてもよい炭素数1~4のアルキル基を表し、*は不斉炭素を表す。)
前記トポイソメラーゼIIα阻害活性に基づいて選抜した1種又は2種以上の前記被験化合物につき、肺癌、大腸癌、乳癌、前立腺癌、卵巣癌、腎臓癌、神経膠芽腫、神経膠腫、神経膠肉腫、悪性黒色腫、膵臓癌、及び悪性胸膜中皮腫からなる群から選択される1種又は2種以上の腫瘍に対する抗腫瘍活性を評価する工程と、
を備える、方法。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】(S)-エリポエギンKによる、トポイソメラーゼIIα(以下、TopoIIαともいう。)酵素活性の阻害を示す図である。Liner DNAバンドは、エリポエギンKがTopoIIα活性を阻害することにより、切断DNAが修復されないことを表している。
図2A】(S)-エリポエギンKのJFCR39パネルアッセイの結果を示す図である。エトポシド、(R)-エリポエギンK及びゲニステインの結果とともに示す。X軸は、39個のすべてのセルライン(フィンガープリントでは0として表されるMG-MID)の対数GI50の平均と、JFCRパネルの各セルラインの対数GI50の対数スケールの差異を示す。0の右側の列は所与の化合物に対する細胞株の感受性を示し、左側の列は、それらの抵抗性を示す。MG-MID = 39 個のすべての細胞の対数GI50値の平均であり、デルタは、最も敏感な細胞の対数GI50値の差であり、Rangeは、最も耐性のある細胞と最も敏感な細胞の対数GI50値の差である。
図2B図2Aと同様の態様で、ゲニステインのJFCR39パネルアッセイの結果を示す図である。
図3】MTSアッセイによる、ヒト胃癌細胞株に対する(S)-エリポエギンKの効果(細胞生存能力の抑制)を示す図である。GCIY(5 x 103細胞/ウェル)、MKN-1(1.0 x 104細胞/ウェル)で試験した結果である。(S)-エリポエギンKの処理は48時間とした。
図4】MTSアッセイによる、肺腺癌、肺扁平上皮癌及び悪性胸膜中皮腫の各細胞株(NCI-H1975, Calu-1, NI-H2052)(1.0 x 104細胞/ウェル)に対する(S)-エリポエギンKの効果(細胞生存能力の抑制)を示す図である。
図5】MTSアッセイによる、悪性胸膜中皮腫及び膵臓癌の各細胞株(MSTO-211H, PANC-1)(1.0 x 104細胞/ウェル)に対する(S)-エリポエギンKの効果(細胞生存能力の抑制)を示す図である。
図6】ヒト癌細胞株(NCI-H1975, Calu-1, NI-H2052)における(S)-エリポエギンKの細胞毒性を示す図である。
図7】ヒト癌細胞株(MSTO-211H, PANC-1)における(S)-エリポエギンKの細胞毒性を示す図である。
図8】ヒト癌細胞株(NCI-H524、HL-60)における(S)-エリポエギンKの細胞毒性を示す図である。
図9】ヒト胃癌細胞において(S)-エリポエギンKによって惹起されたG2 / M期細胞周期停止効果を示す図である。GCIYおよびMKN-1細胞を、0.1または0.3μMの濃度の(S)-エリポエギンKで24時間処理し、その後、細胞をトリプシン-EDTAで処理し、PBSで洗浄した後、「方法」に記載されているようにヨウ化プロピジウム溶液で染色した後に解析した。
図10】(S)-エリポエギンKで処理したGCIYおよびMKN-1細胞におけるカスパーゼ3活性の誘導を示す図である。GCIYまたはMKN-1細胞を、1および10μMの濃度の(S)-エリポエギンKで処理し、インキュベーション後、細胞抽出物中のカスパーゼ3の酵素活性を、蛍光基質を使用して解析した。
図11】ヒト胃癌細胞異種移植マウスモデルにおける(S)-エリポエギンKの抗腫瘍効果を示す図である。ヒト胃癌GCIY細胞をヌードマウスの皮下に移植した。 試験化合物はすべて、癌細胞の移植の4日後に開始して、週に2回、40mg / kg体重の用量で腹腔内投与した。腫瘍体積は29日目まで週2回測定した。最終の薬物投与3日後にマウスから腫瘍を摘出し、腫瘍重量を測定した。薬剤による副反応の確認として、実験中の各マウスの体重変動を計測した。 Dunnettの多重比較検定を用いたOne-way ANOVAにより有意性を検討した。* p <0.05、** p <0.01、n.s .:有意差なし。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書の開示は、(S)-エリポエギンK又はその誘導体の特定の腫瘍に対する利用に関する。(S)-エリポエギンKは、トポイソメラーゼIIα阻害活性を有している。(S)-エリポエギンKは、その抗腫瘍活性の態様がエトポシドと類似している場合があるが、エトポシドは、トポイソメラーゼIIα及び同βの阻害剤である。トポイソメラーゼIIαに対する阻害効果が抗腫瘍効果に、トポイソメラーゼIIβに対する阻害効果は副作用の強さに、それぞれ関連すると考えられているが、(S)-エリポエギンKのトポイソメラーゼIIβに対する阻害効果が不明である。さらに、(S)-エリポエギンKは、既述のとおりGLO阻害活性も有している。また、トポイソメラーゼIIは、トポイソメラーゼIIα及びトポイソメラーゼIIβとがあり、トポイソメラーゼIIαに対する阻害作用が判明したからといって、したがって、(S)-エリポエギンK及びその誘導体が、どういったタイプの抗腫瘍活性を呈示するか、あるいは、(S)-エリポエギンKを有効成分とする抗腫瘍剤がどういった腫瘍を対象とすべきかは当業者といえども容易に把握することはできない。
【0011】
本明細書は、多彩な生理活性を有する(S)-エリポエギンK又はその誘導体(以下、単に本化合物ともいう。)を有効成分として用いることで高い抗腫瘍効果を呈示することができる腫瘍を治療するための抗腫瘍剤を提供する。
【0012】
(本化合物:(S)-エリポエギンK又はその誘導体)
本化合物は、以下の式で表される構造を有している。
【0013】
【化3】

【0014】
式(1)において、R、R、R、R、R、R、R、R11、R12、R13及びR14は、それぞれ独立して水素原子、水酸基又は置換基を有していてもよい炭素数1~4のアルキル基を表すことができる。
【0015】
本明細書において、置換基を有していてもよい炭素数1~4のアルキル基は、直鎖状であっても分岐状であってもよいが、好ましくは直鎖状である。こうしたアルキル基は、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、2,2-ジメトキシエチル基等が挙げられる。好ましくは、エチル基及びプロピル基であり、より好ましくはメチル基及びエチル基であり、さらに好ましくはメチル基である。置換基としては、水酸基、ヒドロキシアルキル基、アルキルエーテル基、アルキルカルボニル基、アミノ基、アルキルアミノ基、ニトロ基、ニトリル基、ハロゲン原子が挙げられる。これら置換基におけるアルキル基は、炭素数1~4であることが好ましく、より好ましくはメチル基である。
【0016】
また、式(1)において、R、R、R、R、R、R、R、R11、R12、R13及びR14は、これら11個の置換基のうち、水素原子が5個以上であってもよく、6個以上であってもよく、7個以上であってもよく、8個以上であってもよく、9個以上であってもよく、全てが水素原子であってもよい。R、R、R、R、R、R、R12、R13及びR14は、これら9個の置換基のうち、水素原子が5個以上であってもよく、6個以上であってもよく、7個以上であってもよく、全てが水素原子であってもよい。
【0017】
また、式(1)において、R~R、R10、R12、R13及びR14は、これら12個の置換基のうち、メチル基が2個以上であってもよく、3個以上であってもよく、4個以上であってもよく、5個以上であってもよく、6個以上であってもよい。また、R、R、R、R、R、R、R12、R13及びR14は、これら9個の置換基のうち、水酸基が2個以上であってもよく、3個以上であってもよく、4個以上であってもよく、5個以上であってもよく、6個以上であってもよい。
【0018】
また、式(1)において、R、R及びR10は、それぞれ独立して水素原子又は置換基を有していてもよい炭素数1~4のアルキル基を表すことができる。置換基を有していてもよい炭素数1~4のアルキル基については既に説明したとおりである。R、R及びR10は、これら3つの置換基のうち、上記アルキル基が1個以上であってもよく、2個以上であってもよく、全てが上記アルキル基であってもよい。また、R、R及びR10は、これら3つの置換基のうち、水素原子を1個以上3個以下とすることができる。
【0019】
また、式(1)において、R~R、R10、R12、R13及びR14は水素原子を表し、R及びR11はメチル基である化合物は、以下の式(2)で表される。この化合物は、光学活性を有する(S)-エリポエギンKである。S体であるこの化合物とR体との混合物であるラセミ体は、マメ科植物であるErythrina poeppigianaに属する植物の樹皮に存在する天然のイソフラボン化合物として取得することができる。以下、Erypoegin(エリポエギン)Kと称する。本化合物はこの天然のイソフラボン化合物エリポエギンKのS体を含み、S体エリポエギンKの構造において、その水素原子部位の水酸基や炭素数1~4のアルキル基等による置換によって一定範囲内で調節された化合物を包含している。なお、式(1)における各種置換基の導入は、当業者であれば、公知の有機合成方法に基づいて容易に実施することができる。
【0020】
【化4】

【0021】
本化合物は、Erythrina poeppigianaに属する植物の樹皮から取得する式(2)で表される化合物として得られるほか、当該化合物以外の態様は、当該化合物を有機合成的によりあるいは酵素的に適宜修飾して得ることができる。本化合物は、また、全合成によりあるいは天然由来の他の化合物を出発原料として半合成により取得することができる。合成により取得する場合には、ラセミ体として合成しその後光学分割によってS体を取得することもできるし、S体のみを個別に合成することもできる。
【0022】
例えば、式(2)で表される化合物を、Erythrina poeppigianaに属する植物の樹皮から得るには、以下の方法を採用できる。前記樹皮を細切し、アセトンにて冷浸し、その後、溶媒を減圧留去し油状物を得る。この油状物を、例えば、n-ヘキサンの疎水性溶媒で洗浄後、ジクロロメタン等の疎水性溶媒と水とで分配し、疎水性溶媒相を減圧留去して残渣を得る。この残渣を、クロロホルム-アセトン(1→10:1)等を用いシリカゲルカラムクロマトグラフィー(例えば、シリカゲル500g、10×13cm)に付し、各フラクションを取得する。式(2)で表される化合物が含まれている可能性が高いことが推測されるフラクションをベンゼン-酢酸エチル(5:1)等にて、繰り返しシリカゲルカラムクロマトグラフィー(例えば、シリカゲル150g、4.5×24cmを使用後にシリカゲル10g、1.0×27cmに付す。)により精製することにより、式(2)で表される化合物とその光学異性体(R体)との混合物であるラセミ体を含むフラクションを
得ることができる。
【0023】
さらに、このフラクションを逆相HPLCで分取することで、式(2)で表される化合物を含むラセミ体を精製することができる。逆相HPLCとしては、例えば、逆相HPLCカラムとして汎用されるODSカラムを用い、移動相としては、水:アセトニトリル=60~70:40~30(体積比)を用いることができる。より具体的には、以下の条件を採用できる。条件Aは、分離に好適であり、条件Bは分取に好適である。式(2)で表される化合物を含むラセミ体として分取した後、後述の方法を用いて光学分割し、S体である式(2)で表される化合物のみを分離することができる。
【0024】
<条件A>
Column:STR ODS-II 4.6×150 mm(Shinwa Chemical社)×2本連結
Controller:LC-9A(Shimadzu社)
Detector:SPD-10A(254nm; Shimadzu社)
Mobile phase:35% acetonitrile+65% H2O
Flow rate:1.0 mL/min
Sample volume:10~100 μL
【0025】
<条件B>
Column:Develosil ODS-10 20×250 mm(Nomura Chemical社)
Controller:LC-9A(Shimadzu社)
Detector:SPD-10A(254nm; Shimadzu社)
Mobile phase:30% acetonitrile+70% H2O
Flow rate:6.0 mL/min
Sample volume:250 μL
【0026】
また、例えば、式(2)で表される化合物を、他の化合物を出発原料として半合成により得るには、以下の方法を採用できる。この方法では、式(2)で表される化合物を含むラセミ体として合成することができる。また、この合成スキームを以下に示す。
【0027】
【化5】
【0028】
イソフラボンの1つとして知られているゲニステイン(化合物1)を出発原料とし、塩基の存在下においてアシル化剤を反応させ、化合物2を得ることができる。塩基としては、例えば、ピリジン、トリエチルアミン等を用いることができ、好ましくはピリジンを用いることができる。また、アシル化剤としては、ベンゾイルクロリド、2-フロイルクロリド、無水酢酸等を用いることができ、好ましくは無水酢酸を用いることができる。
【0029】
化合物2に、ハロゲン系溶媒中、プレニルアルコールをトリフェニルホスフィン(PPh)及びDIAD(Diisopropyl azodicarboxylate)と共に反応させ、プレニル基を付加した化合物3を得ることができる。ハロゲン系溶媒としては、ジクロロメタン、ジクロロエタン、クロロホルム等を用いることができ、好ましくはジクロロメタンを用いること
ができる。反応温度は、好ましくは-10℃~室温である。
【0030】
次いで、付加体3のプレニル基の転移生成物である4を得ることができる。例えば、クロロホルムのハロゲン系溶媒中、触媒(Tris(6,6,7,7,8,8,8-heptafluoro-2,2-dimethyl-3,5-octanedionato) europium)存在下、60℃にて加温することで化合物4を得ることができる。
【0031】
この化合物4のアシル基を脱保護した化合物5を得ることができる。アシル基の脱保護は、アシル化に用いた置換基に応じて公知の方法を選択することができる。例えば、メタノール-テトラヒドロフラン中、NaHCO水溶液を加えアセチル基を脱保護することができる。
【0032】
次いで、ハロゲン系溶媒中、酸化剤を用いた閉環反応を経て、式(2)で表される化合物とその光学異性体(R体)とが混合するラセミ体であるエリポエギンK(6)を合成することができる。ハロゲン系溶媒としては、ジクロロメタン、ジクロロエタン、クロロホルム等を用いることができ、好ましくはジクロロメタンを用いることができる。また、酸化剤としては、過安息香酸、メタクロロ過安息香酸、過酢酸、モノペルオキシフタル酸等の有機過酸類、過酸化水素、t-ブチルヒドロペルオキシド等を用いることができ、好ましくはメタクロロ過安息香酸を用いることができる。
【0033】
(光学分割)
天然物からの抽出により又は合成によって取得した、式(2)で表される化合物とその光学異性体との混合物であるラセミ体は、公知の方法を用いて光学分割することができる。例えば、クロマトグラフィーを利用した光学分割方法、再結晶を利用した優先晶出法又は酵素反応を利用した光学分割方法等を挙げることができる。クロマトグラフィーとしては、例えば、CHIRALシリーズ(ダイセル社製)等のキラルカラムを用いることができ、移動相としては、イソプロパノール等の両親媒性の有機溶媒とn-ヘキサン等の非極性溶媒とを組み合わせて用いることができる。
【0034】
また、式(2)で表される化合物を合成により取得する場合には、S体のみを個別に合成することもできる。S体を光学特異的に合成する方法としては、例えば、上記合成反応において、閉環反応を行う際に、AD-mix-αの酸化剤を用いることができる。
【0035】
本化合物の薬学的に許容される塩は、特に限定するものではないが、例えば薬学的に許容される酸付加塩、金属塩、アンモニウム塩、有機アミン付加塩、アミノ酸付加塩等を包含する。
【0036】
薬学的に許容される酸付加塩としては、特に限定するものではないが、例えば塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩等の無機酸塩、酢酸塩、マレイン酸塩、フマル酸塩、クエン酸塩等の有機酸塩が挙げられ、薬学的に許容される金属塩としては、例えばナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩、マグネシウム塩、カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩、アルミニウム塩、亜鉛塩等が挙げられ、薬学的に許容されるアンモニウム塩としては、例えばアンモニウム、テトラメチルアンモニウム等の塩が挙げられ、薬学的に許容される有機アミン付加塩としては、例えばモルホリン、ピペリジン等の付加塩が挙げられ、薬学的に許容されるアミノ酸付加塩としては、例えばグリシン、フェニルアラニン、リジン、アスパラギン酸、グルタミン酸等の付加塩が挙げられる。
【0037】
本化合物は、肺癌、大腸癌、胃癌、乳癌、前立腺癌、卵巣癌、腎臓癌、神経膠芽腫、神経膠腫、神経膠肉腫、悪性黒色腫、膵臓癌、及び悪性胸膜中皮腫に有効である。これらの腫瘍については、公知のトポイソメーゼII阻害剤であるエトポシド及びゲニステインを優に超える腫瘍細胞の増殖阻害活性を有している。なお、これらの癌おいて組織型がある場合には、それらの組織型を包含している。例えば、肺癌には、腺癌、扁平上皮癌、大細胞癌、小細胞癌などの組織型が含まれる。
【0038】
本明細書に開示される抗腫瘍剤は、有効成分である本化合物のほか、賦形剤、安定剤、湿潤剤、乳化剤、吸収促進剤、pH調整剤、界面活性剤、稀釈剤、担体、溶解助剤、矯味剤、保存剤、芳香剤、着色剤、コーティング剤などの添加成分や水などを含む医薬組成物などとして提供されてもよい。
【0039】
本明細書に開示される抗腫瘍剤は、経口投与、非経口投与いずれの投与方法をも採用することができ、それぞれに適した医薬製剤の形態とすることができる。医薬製剤としては、例えば、液剤、シロップ剤、注射剤、液状吸入剤、乳剤等の液状剤、錠剤、粉剤、顆粒剤、カプセル剤、軟膏剤、固形吸入剤、座剤等の固形剤などを挙げることができる。
【0040】
本明細書に開示される抗腫瘍剤における本化合物の含有量は、用途、剤型、配合目的等によって異なるが、一般的には、組成物全量中1~100質量%が好ましく、より好ましくは10~50質量%である。
【0041】
本発明の抗腫瘍剤の投与量は、投与対象者の年齢、体重、投与方法などに応じて適宜決めればよい。例えば、通常成人1日、体表面積1mあたり、本化合物0.001mg以上150mg以下、好ましくは、0.01mg以上60mg未満を1日1回又は数回に分けて投与することができる。投与は、3日から5日連続した後に、16日間から3週間の休薬を1クール、好ましくは、1日もしくは2日投与の後に、1-4週間程度の休薬を1クールとし、有効性と副反応を十分に観察したうえで繰り返し行う。
【0042】
(抗腫瘍活性を有する化合物候補のスクリーニング方法)
本明細書に開示される抗腫瘍活性を有する化合物候補のスクリーニング方法は、式(1)で表される化合物又はその誘導体である1種又は2種以上の被験化合物につき、トポイソメラーゼIIα阻害活性を評価する工程と、前記トポイソメラーゼIIα阻害活性に基づいて選抜した1種又は2種以上の前記被験化合物につき、1種又は2種以上の腫瘍に対する抗腫瘍活性を評価する工程と、を備えることができる。本スクリーニング方法によれば、本化合物又はその誘導体である被験化合物につきトポイソメラーゼIIα阻害活性を評価し、当該トポイソメラーゼIIα阻害活性に基づいて、1種又は2種以上の腫瘍に対する抗腫瘍活性を評価することで、効率的にこれらの腫瘍を治療するのに有効な候補化合物をスクリーニングすることができる。
【0043】
トポイソメラーゼIIα阻害活性は、後述する実施例等にも開示されるが、公知の方法を採用することができる。また、抗腫瘍活性についても、特に限定するものではないが、インビトロ、インビボを問わずに公知の種々の抗腫瘍活性の評価方法を採用できる。対象とする腫瘍も特に限定するものではなく、種々の腫瘍を対象とすることができるほか、本明細書において開示している肺癌、大腸癌、胃癌、乳癌、前立腺癌、卵巣癌、腎臓癌、神経膠芽腫、神経膠腫、神経膠肉腫、悪性黒色腫、膵臓癌、及び悪性胸膜中皮腫からなる群から選択される1種又は2種以上であってもよい。上記癌のうち、胃癌以外の癌を対象としてもよい。
【0044】
なお、被験化合物は、(S)-エリポエギンKに対して公知の合成化学的手法を適用することにより適宜得ることができる。また、本化合物の誘導体は、以下に示すように、例えば、トポイソメラーゼIIαの立体構造情報と本化合物の立体構造情報等から、本化合物の作用部位における本化合物とトポイソメラーゼIIαとの相互作用を評価するなどすることにより、相互作用を高める(親和性を向上させる)本化合物に対する修飾部位や修飾態様に関する誘導体化情報を取得することができ、当該誘導体化情報に基づき取得することができる。
【0045】
また、本明細書に開示される化合物候補のスクリーニング方法は、本化合物を被験化合物とし、被験化合物の立体構造に関する第1の立体構造情報と、トポイソメラーゼIIαの立体構造に関する第2の立体構造情報と、を利用して、被験化合物とトポイソメラーゼIIαとの相互作用を評価する工程、を備えることができる。被験化合物とトポイソメラーゼIIαとの相互作用を評価することで、前記相互作用に基づいて、前記被験化合物とトポイソメラーゼIIαとの親和性を向上させるのに有利な被験化合物を選択することができる。
【0046】
第1の立体構造情報である被験化合物の立体構造は、化合物の化学構造式に基づいて、後述するドッキング計算モデル等において取得できる。第2の立体構造情報であるトポイソメラーゼIIαの立体構造は、Protein Data Bank(https://www.rcsb.org/)において登録番号「5GWK」で取得することができる(https://www.rcsb.org/structure/5gwk)。なお、当該立体構造は、DNAとエトポシドとの複合体に関している。被験化合物とトポイソメラーゼIIαとの相互作用を評価するには、公知のドッキング計算のモデルを適宜利用することができる。例えば、The Cambridge Crystallographic Data Center, The University of Sheffield, GlaxoSmithKline plc.によるドッキング計算のソフトウェア「GOLD」などを用いることができる。例えば、「GOLD」によれば、両者の相互作用(結合力)をGOLD scoreとして取得することができる。Scoreが高いほど結合力が高いことを示す。したがって、種々の被験化合物のGOLD Scoreなど取得して、被験化合物をスクリーニングすることができる。
【0047】
本スクリーニング方法は、さらに、前記被験化合物とトポイソメラーゼIIαとの親和性を向上させることが可能な前記被験化合物の修飾部位及び修飾態様に関する誘導体化情報を取得する工程を備えることができる。こうすることで、トポイソメラーゼIIα阻害活性が高められた可能性の高い被験化合物(本化合物)の誘導体を得ることができる。例えば、「GOLD」を用いる場合、GOLD scoreの最大値を目指す仮想スクリーニングを行うことができる。当該仮想スクリーニングによって取得できる候補化合物は、それ自体、本化合物に対する修飾部位や修飾態様に関する誘導体化情報を包含している。
【0048】
また、本明細書に開示される化合物候補のスクリーニング方法は、さらに、前記誘導化情報に基づいて取得した前記被験化合物の誘導体につき、トポイソメラーゼIIα活性を評価する工程及び/又は肺癌、大腸癌、胃癌、乳癌、前立腺癌、卵巣癌、腎臓癌、神経膠芽腫、神経膠腫、神経膠肉腫、悪性黒色腫、膵臓癌、及び悪性胸膜中皮腫からなるから選択される1種又は2種以上の腫瘍に対する抗腫瘍活性を評価する工程を備えることができる。こうすることで効率的に、化合物候補の評価を実施し、有用な化合物候補を取得できる。なお、上記癌のうち、胃癌以外の癌を対象としてもよい。
【実施例0049】
以下、本発明を、実施例を挙げて具体的に説明するが、これらは本発明を限定するものではない。
【0050】
((S)-エリポエギンKの製造例)
(エリポエギンK(ラセミ体)の製造)
本実施例では、ゲニステインを出発材料として、特開2016-204320号公報に記載の方法に基づいてエリポエギンKのR体及びS体からなるラセミ体を合成した。
【0051】
(キラルカラムによる分割)
得られたエリポエギンK(ラセミ体)を、上記公報に記載の方法により(R)-エリポエギンK及び(S)-エリポエギンKに光学分割した。すなわち、エリポエギンK(ラセミ体)30mgにイソプロパノール:エタノール(1:1)30mLを加え、65℃にて溶解した。溶解物を耐有機溶媒性フィルター(0.45μm)で濾過後、以下の条件でHPLCを実施した。
【0052】
<HPLC条件>
カラム:CHIRALPAK AD-H(ダイセル)
カラムサイズ:1cmI.D.×25cmL
移動相:イソプロパノール/n-ヘキサン=3:7
流速:4mL/min
検出:254nm
温度:室温
【0053】
得られた2つのピークの各画分の分取クロマトグラフィーを実施し、ロータリーエバポレーターにて30℃で有機溶媒を減圧留去し、それぞれ分取した。これらの分取物につき、上記HPLC条件でクロマトグラフィーを実施して、純度を確認した。
【0054】
エリポエギンK(ラセミ体)から得た2つの分取物について、以下の条件で、比旋光度を測定し、エリポエギンKと類似の構造をもつイソフラボンの文献値(Tahara S., et al., Z. Naturforsch 42c, 1055-1062 (1987)、Morel S., et al., Phytochem. Lett., 6, 498-503 (2013))から、比旋光度[α]D25が+86°であるピーク2の分取物を(S)-エリポエギンKとして取得した。
【0055】
<測定条件>
装置:旋光計 P-2200(日本分光)
溶媒:アセトン
濃度:1.9mg/mL(0.19%)
【0056】
さらに、分取した(S)-エリポエギンKにつき、H-NMR及び13C-NMRを行って、(S)-エリポエギンKであることを同定した。
【0057】
(評価方法)
以下に、取得した(S)-エリポエギンKについての評価方法を示す。
【0058】
(トポイソメラーゼIIα阻害活性)
Topo IIアッセイキット(TG1001-1A、TopoGen、コロラド州、米国)を使用して、製造元プロトコールに軽微な変更を加えてアッセイしました。反応混合物(20uL)は、精製されたヒトTopoIIα(8ユニット)、試験化合物(50~400uM)、スーパーコイルプラスミドpSL1180 DNA(480 ng)を含む。反応混合物を30分間インキュベーションした後、停止溶液を反応混合物に加えた。プラスミドDNAをEtOHで沈殿させ、70%EtOHで洗浄し、TEバッファー(10 mM Tris-Cl、1 mM EDTA、pH 7.5)に溶解した。次に、プロテイナーゼK(200μg/ mL)により37℃で30分間消化した後、クロロホルム/ isoAmOH(24:1)で抽出し、EtOHで沈殿させてDNAを単離した。このDNAサンプルをアガロースゲル電気泳動(0.5μg/ mL臭化エチジウムを含む1%TAE [40 mM Tris-acetateバッファー、1 mM EDTA、pH7.4]ゲル)を用いて解析した。ゲルは水中で15分間脱色した後、UVトランスイルミネーターを使用してDNAバンドを観察した。
【0059】
(癌細胞パネル分析)
JFCR39パネルアッセイは、39のヒト癌細胞株(JFCR39と呼ばれる)のパネルを横切るエリポエギンKの抗腫瘍プロフィールを評価するために実施した(Dan S、Tsunoda T、Kitahara O、Yanagawa R、Zembutsu H、Katagiri T、Yamazaki K、Nakamura Y、Yamori T、55の抗癌剤に対する化学感受性および39のヒト癌細胞株の遺伝子発現プロフィールの統合データベース、癌研究所、2002; 62: 1139-1147、Kong DとYamori TJFCR39、39種のヒト癌細胞株パネル、抗癌剤の発見・開発への応用、BioOrg Med Chem.2012; 20、1947-1951、http://dx.doi.org/10.1016/j.bmc.2012.01.017)。
【0060】
セルラインの各々において50%増殖抑制(log GI50)を与えるのに必要な試験化合物の濃度を計算した。フィンガープリントはJFCR39にわたる対数GI50濃度の相対値のグラフプロフィール、すなわち、平均グラフとして提示した。COMPARE分析を行って、試験化合物のフィンガープリントと参照化合物のフィンガープリントとの間のピアソン相関係数(r値)を計算することによって、作用のメカニズムを評価した(Monks A、Scudiero D、Skehan P、Shoemaker R、Paull K、Vistica D、Hose C、Langley J、Cronise P、Wolff AV、Goodrich MG、Campbell H、Mayo J、Boyd MFeasibility of a High-Flux Anticancer Drug Screen Using a Diverse Panel of Cultured Human Tumor Cell Lines. J国立癌研究所、1991; 83: 757-766. http://dx.doi.org/10.1093/jnci/83.11.757、Paull KD、Shoemaker RH、Hodes L、Monks A、Scudiero DA、Rubinstein L、Plowman J、Boyd MR. ヒト腫瘍細胞株に対する薬物の示差的活性のパターンの表示および分析:平均グラフおよびCOMPAREアルゴリズムの開発, 国立癌研究所,1989; 81:1088-1092. 81:1088-1092. http://dx.doi.org/10.1093/jnci/81.14.1088.)
【0061】
(細胞培養)
MKN-1(理研セルバンク、東京、日本)、NCI-H1975 (肺腺癌)、Calu-1 (肺扁平上皮癌)、NCI-H524 (肺小細胞癌)、NCI-H2052 (悪性胸膜中皮腫)、MSTO-211H (悪性胸膜中皮腫)、PANC-1 (膵臓癌) 及びHL-60 (白血病) 細胞株(以上は、ATCC(バージニア州、米国))をそれぞれ入手した。
【0062】
PANC-1細胞はDMEM培地(低グルコース、富士フィルム和光、大阪、日本)で、MKN-1、NCI-H1975、Calu-1、NCI-H524、NCI-H2052、MSTO-211H、HL-60細胞はRPMI1640培地(ギブコ、グランドアイランド、ニューヨーク、米国)を用いて、37℃、5%CO2の加湿条件にて培養した。MKN-1、HL-60細胞は、ウシ胎児血清(FBS)を最終濃度10%で、その他の細胞は5%で培地に添加した。
【0063】
(細胞生存能力の解析)
細胞生存能力は、3-(4,5-ジメチルチアゾール-2イル)-2,5-ジフェニルテトラゾリウムブロミド(MTS)アッセイ(CellTiter96水性一溶液細胞増殖アッセイキット; Promega、ウィスコンシン州、米国)によって評価した。 対数増殖期のヒト癌細胞を、96ウェルプレート(Corning、ニューヨーク州、米国)に、各種細胞株に関し、1.0 x104細胞/ウェル密度で播種した。24時間のプレインキュベーション後、細胞を(S)-エリポエギンKまたは陰性対照試薬で処理し、胃癌細胞は48時間、その他の細胞は72時間まで培養した。水溶性の着色ホルマザン生成物であるテトラゾリウムは、吸光度計を使用して測定した。
【0064】
(細胞障害性の解析)
対数増殖期のヒト癌細胞株NCI-H1975、Calu-1、NCI-H524、NCI-H2052、MSTO-211H、PANC-1、HL-60を、96ウェルプレート(Corning)に、1.0 x104細胞/ウェルの密度で播種した。24時間のプレインキュベーション後、細胞を(S)-エリポエギンKまたは陰性対照試薬で処理し、前述の培養条件下で72時間まで培養した。細胞障害性は位相差顕微鏡にて観察した。
【0065】
(カスパーゼ3酵素活性の解析)
MKN-1細胞におけるカスパーゼ3の酵素活性は、カスパーゼ-3蛍光分析キット(BioVision、カリフォルニア州、米国)を使用して、製造元プロトコールに従って解析した。 GCIYおよびMKN-1細胞を24ウェルプレート(Corning)に2.0 x105細胞/ウェルの密度で播種しました。 24時間のプレインキュベーション後、細胞を(S)-エリポエギンK、または陰性対照試薬で処理した。
【0066】
(細胞周期分析)
GCIYまたはMKN-1細胞を35mm培養皿(Corning)に、それぞれ1.25 x105または2.5x105細胞/皿の密度で播種した。 24時間のプレインキュベーション後、細胞を0、0.1、0.3μMの濃度の(S)-エリポエギンKで24時間処理した。リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で2回洗浄した後、細胞を0.25%トリプシン/ 1 mM EDTA溶液で5分間処理し、PBSで洗浄後、冷70%EtOHで-30°Cで3時間以上固定した。 PBSで再洗浄した後、PBSに再懸濁し、ヨウ化プロピジウムを含むMuseTM cell cycle reaent(Merk、ダルムシュタット、ドイツ)を用いて暗所にて室温で30分間染色しました。約2000個の細胞をMuseTM Cell Analyzerで、それぞれ480nmと575nmの励起波長と発光波長で分析しました。各細胞周期段階における細胞集団のパーセンテージは、平均±SEとして表記した。
【0067】
(マウス異種移植モデルを使用したin vivo抗腫瘍効果の解析)
すべての実験は、名城大学動物実験倫理委員会承認の下でガイドラインを遵守して実施した。7週齢(SLC、静岡、日本)の雄ヌードマウス(KSN/Slc系統)の体幹下側に、FBSを含まないDMEM中の5 x 106GCIY細胞を皮下移植した。移植の4日後、マウスを同等の異種移植片サイズを有する4つのグループ(グループあたりn = 8-11)に分け、(S)-エリポエギンK(40mg / kg、100μL)、またはオリーブオイルに懸濁したDMSO(5%、ネガティブコントロール)、あるいはPBSで溶解した5-フルオロウラシル(5-FU、40 mg / kg、ポジティブコントロール)を、週に2回の間隔で4週間にわたり腹腔内投与を行った。腫瘍サイズはノギスで週に2回測定し、体積は次の式を使用して計算しました。mm3=長さx幅2 x0.5。最終の薬剤投与から3日後に腫瘍を外科的に摘出し、組織の湿重量を測定した。
【実施例0068】
((S)-エリポエギンKによるTopoIIα酵素活性の阻害)
(S)-エリポエギンKがTopo IIの酵素活性を特異的に阻害するかどうかを調べるために、精製ヒトTopoIIαを使用して(S)-エリポエギンKの阻害活性を評価した。スーパーコイルプラスミドDNAを基質として使用すると、酵素の活性部位のTyr残基と切断された二本鎖DNAの5'-リン酸との間に共有結合が一時的に形成される。エトポシドは、このDNA-Topo II複合体(DNA切断複合体とも呼ばれる。)を安定化することによって阻害活性を発揮する既知のTopo II阻害薬である。これを陽性対照とした。
【0069】
複合体タンパク質が切断されることにより、切断複合体からはプラスミドDNAの線形形態 (linear) が生成された。図1に示すように、50~200μMの濃度の(S)-エリポエギンKの存在下で線形プラスミド (linear) が検出された。エトポシドについても同様の結果が得られた。対照的に、(R)-エリポエギンKの存在下では線形プラスミド (linear)は検出されなかった。これらの観察結果は、(S)-エリポエギンKがDNAとTopoIIαを含む切断複合体を安定化し、TopoIIαの機能を阻害していることを示した。
【実施例0070】
(JFCR39がんパネルを用いたCOMPARE分析)
(S)-エリポエジンKの抗腫瘍プロフィールを探るためにJFCR39パネルアッセイを採用した。(S)-および(R)-エリポエジンKの結果を図2に示す。興味深いことに、(S)‐エリポエギンKの平均log GI50濃度(対照に対する50%増殖抑制のGI50=濃度)は-5.98(1.0μM)であったが、そのエナンチオマー(R)‐エリポエギンKとゲニステインの平均log GI50濃度はそれぞれ-4.07(85μM)と-4.48(33μM)であった。
【0071】
これらの観察は試験した3つの化合物のうち、(S)-エリポエギンKが最も強い抗増殖活性を発揮したことを示した。また、(S)‐エリポエギンKの範囲は3.15、デルタは1.18であった。これらの観察は、この化合物がJFCR39パネルにわたって異なる活性を発揮したことを示した。
【0072】
(S)-エリポエギンの抗がん剤の作用様式を探るために、COMPARE分析を行ったところ、表1に示すように、(S)‐エリポエギンKの抗腫瘍フィンガープリントは、エトポシド(Pearson r =0.889),NK‐611(0.865)及びイダルビシン(0.820)などのDNA Topo II阻害剤のそれらと強い類似性を示した。対照的に、ゲニステインと(R)‐エリポエギンKはDNA Topo II阻害剤と弱い類似性しか示さなかった(それぞれPearson r = 0.49と0.11)。これらの結果は(R)‐エリポエギンKではなく、(S)‐エリポエギンKが比DNA Topo II阻害剤として機能し、細胞周期の進行を妨害することによりその抗増殖及びアポトーシス誘導活性を発揮することを強く示唆した。
【0073】
【表1】
【0074】
イソフラボンゲニステインは上皮増殖因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤として知られており、Topo II阻害活性も有する。しかし、ゲニステインについての比較的低いピアソンr値(0.49)は、(S)-エリポエギンKがはるかに特異的なTopo II阻害剤であることを示した。また、図2によれば、(S)-エリポエギンKは、従来のトポイソメラーゼIIα阻害剤とは異なる抗腫瘍活性プロフィールを備えていることがわかった。
【実施例0075】
(ヒト胃癌細胞における(S)-エリポエギンKによる細胞生存能力の抑制)
(S)-エリポエギンKが固形癌に対して抗腫瘍活性を示すかどうかを検討するために、2種類のヒト胃癌細胞株GCIYおよびMKN-1細胞を用いて、細胞生存能力の抑制効果に関する検討を行った。結果を図3に示す。図3に示すように、(S)-エリポエギンKは、両細胞株で顕著な抗腫瘍効果を示すことが確認され、GCIYおよびMKN-1細胞のIC50値はそれぞれ0.270および0.327μMであった。
【実施例0076】
(ヒト悪性胸膜中皮腫と膵臓癌細胞における(S)-エリポエギンKによる細胞生存能力の抑制)
(S)-エリポエギンKが固形癌に対して抗腫瘍活性を示すかどうかを検討するために、ヒト悪性胸膜中皮腫細胞株MSTO-211H細胞と、膵臓癌細胞株PANC-1細胞を用いて、細胞生存能力の抑制効果に関する検討を行った。結果を図4及び図5に示す。図4及び図5に示すように、(S)-エリポエギンKは、検討した細胞株で顕著な抗腫瘍効果を示すことが確認され、IC50値は全ての細胞株において1.0μM未満であった。
【実施例0077】
(ヒト肺癌と悪性胸膜中皮腫細胞に対する(S)-エリポエギンKの細胞毒性)
(S)-エリポエギンKが固形癌に対して細胞毒性を示すかどうかを検討するために、2種類のヒト肺癌細胞株NCI-H1975およびCalu-1細胞と、悪性胸膜中皮腫細胞株NCI-H2052細胞とを用いて、(S)-エリポエギンK処理下における細胞形態を観察した。結果を図6に示す。図6に示すように、(S)-エリポエギンKは、検討した細胞株に対して細胞毒性を示し、細胞密度の顕著な低下が観察された。
【実施例0078】
(ヒト悪性胸膜中皮腫と膵臓癌細胞に対する(S)-エリポエギンKの細胞毒性)
(S)-エリポエギンKが固形癌に対して細胞毒性を示すかどうかを検討するために、ヒト悪性胸膜中皮腫細胞株MSTO-211H細胞と、膵臓癌細胞株PANC-1細胞と、を用いて、(S)-エリポエギンK処理下における細胞形態を観察した。結果を図7に示す。図7に示すように、(S)-エリポエギンKは、検討した細胞株に対して細胞毒性を示し、細胞密度の顕著な低下が観察された。
【実施例0079】
(ヒト肺癌細胞株と白血病細胞株に対する(S)-エリポエギンKの細胞毒性)
(S)-エリポエギンKが固形癌に対して細胞毒性を示すかどうかを検討するために、ヒト肺癌細胞株NCI-H524細胞と、白血病細胞株HL-60細胞を用いて、(S)-エリポエギンK処理下における細胞形態を観察した。結果を図8に示す。図8に示すように、(S)-エリポエギンKは、検討した細胞株に対して細胞毒性を示し、細胞密度の顕著な低下が観察された。
【実施例0080】
(GCIYおよびMKN-1細胞における、(S)-エリポエギンKによるG2/M期細胞周期停止)
GCIYおよびMKN-1細胞における、細胞周期に対する(S)-エリポエギンKの影響を調べるために、各相の細胞集団を、細胞周期アナライザーを使用して解析した。結果を図9に示す。図9に示すように、対照(DMSO)と比較して、(S)-エリポエギンK処理後には、G2/M期に停止した細胞集団の顕著な増加が観察された。(S)-エリポエギンKで処理されたGCIY細胞は、コントロール(DMSO)と比較してG2/M期の細胞の割合が0.1μMで28.9%から40.4%、0.3μMで87.3%へと劇的に増加した。対照的に、G0/G1の細胞の割合は、コントロール(DMSO)と比較して、0.1μMで43.0%から34.6%に、0.3μM(S)-エリポエギンKで2.8%へと減少した。S期の細胞の割合は、コントロール(DMSO)と比較して、0.1μMで25.7%から22.4%に、0.3μM(S)-エリポエギンKで7.0%に減少した。(S)-エリポエギンKで処理したMKN-1細胞を用いた解析からも、同様の結果が得られた。以上より、(S)-エリポエギンKの細胞周期に対する作用は、G2/M期での停止であると考えられた。
【0081】
新たに合成された姉妹染色分体のdecatenation (脱カテナン化) は、TopoIIαの発現量が最も高くなるG2期に起こり、G2からM期への移行に深く関与している。したがって、TopoIIαが阻害される条件下では、G2期での細胞周期停止が引き起こされ、それによってM期への移行が遅延する。このような細胞周期の停止は、姉妹染色分体が正常に、完全に分離されるまで継続する。すなわち、図9に示す結果は、(S)-エリポエギンKがTopoIIα阻害剤として作用することを裏付ける知見と考えられた。
【実施例0082】
((S)-エリポエギンKで処理された胃癌細胞におけるカスパーゼ3の活性化)
ミトコンドリアは、細胞のアポトーシスシグナル伝達において重要な役割を果たしています。Bcl-2を介したミトコンドリア経路は、アポトソームにおけるカスパーゼ9のタンパク質分解活性化と、それに続く実行型カスパーゼであるカスパーゼ3の連続的な活性化を特徴としている。 そこで、エリポエギンKによるカスパーゼ3の活性化について検討した。結果を図10に示す。図10に示すように、カスパーゼ3の酵素活性は、(S)-エリポエギンKで処理したGCIYとMKN-1の両細胞で時間および濃度依存的に増加した。
【実施例0083】
(GCIY異種移植マウスモデルに対する(S)-エリポエギンKの抗腫瘍効果)
癌細胞を皮下移植したマウスに化合物を投与することにより、in vivoにおける(S)-エリポエギンKの抗腫瘍活性を検討した。ヒト胃癌細胞株GCIY細胞をヌードマウスの皮下に移植し、4日後に(S)-エリポギンK、(R)-エリポエギンK、陽性対照としての5-FU、および陰性対照としてのDMSO投与グループに分けた。エトポシドの代わりに5-FUが使用されたのは、5-FUが胃癌細胞に対して最も効果的であり、臨床現場でも治療薬として用いられているためである。すべての化合物は、40mg/kg体重の用量で週に2回腹膜投与した。結果を図11に示す。
【0084】
図11左側に示すように、ノギスのセットを使用して推定された腫瘍体積の時間経過を示した。(S)-エリポエギンKおよび5-FUの投与は、腫瘍サイズを有意に減少させたが、(R)-エリポエギンKは抗腫瘍活性を示しませんでした。図11中央は、最後の薬剤投与から3日後にマウスから摘出された腫瘍片の湿重量を示した。(S)-エリポエギンKは、陽性対照として使用された5-FUと同等もしくはそれ以上に腫瘍重量を有意に減少させた。また、図11右側に示すように、陰性対照と比較して個体の体重差は観察されず、本解析で投与された用量では、化合物の個体に対する毒性が極めて軽微であることが示唆された。また、同じ容量(40 mg/kg)のエトポシドを、ヒト胃癌細胞株GCIY細胞皮下移植ヌードマウスに投与すると4週間の投与期間の間に6個体中6個体(100%)が死亡した。(S)-エリポエギンKあるいは陰性対照であるDMSOを投与したヒト胃癌細胞株GCIY細胞皮下移植ヌードマウスでは、このような事象は観察されていない。以上のことから、(S)-エリポエギンKは、エトポシドに比して薬剤の効果及び副反応について有利な治療剤であることがわかった。
図1
図2A
図2B
図3
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図11