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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023083180
(43)【公開日】2023-06-15
(54)【発明の名称】自己修復性エラストマー
(51)【国際特許分類】
   C08F 220/22 20060101AFI20230608BHJP
【FI】
C08F220/22
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021197411
(22)【出願日】2021-12-05
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業 力学機能のナノエンジニアリング「イオン架橋の動的特性制御によるポリマー材料の高機能化」産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100118706
【弁理士】
【氏名又は名称】青山 陽
(72)【発明者】
【氏名】三輪 洋平
【テーマコード(参考)】
4J100
【Fターム(参考)】
4J100AL03P
4J100AL03Q
4J100AL08R
4J100BB18R
4J100CA04
4J100CA05
4J100DA25
4J100JA01
4J100JA03
(57)【要約】
【課題】柔軟性および伸張性に優れ、且つ、室温程度の環境下において短時間で自己修復されるエラストマーを提供する。
【解決手段】本発明の自己修復性エラストマーは、フッ素原子を含まない1種又は2種以上のビニル系モノマーと、フッ化アルキル基を側鎖に有するビニル系モノマーとの共重合体からなり、ガラス転移温度が20℃以下である。フッ化アルキル基を側鎖に有するビニル系モノマーにおけるフッ化アルキル基の炭素数は8以上11以下であることが好ましい。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素原子を含まない1種又は2種以上のビニル系モノマーと、フッ化アルキル基を側鎖に有するビニル系モノマーとの共重合体からなり、ガラス転移温度が20℃以下である自己修復性エラストマー。
【請求項2】
前記フッ化アルキル基の炭素数は8以上11以下である請求項1に記載の自己修復性エラストマー。
【請求項3】
前記フッ化アルキル基を側鎖に有するビニル系モノマーの含有割合は4mol%以下である請求項1又は2に記載の自己修復性エラストマー。
【請求項4】
前記フッ素原子を含まない1種又は2種以上のビニル系モノマーは1種又は2種以上のアクリル酸アルキルエステルであり、前記フッ化アルキル基を側鎖に有するビニル系モノマーはアクリル酸フルオロアルキルエステルである請求項1~3のいずれか1項に記載の自己修復性エラストマー。
【請求項5】
前記アクリル酸アルキルエステルはアクリル酸エチル及び/又はアクリル酸メチルからなる請求項4に記載の自己修復性エラストマー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は自己修復性エラストマーに関する。
【背景技術】
【0002】
エラストマーとはゴム弾性によって弾力をしめす高分子材料の総称であり、その特性を利用してシール剤やコーティング剤などに用いられている。エラストマーに対して高温や高圧や大きな機械的負荷がかかったり、オゾンのような化学物質が作用したりすると、材料表面に損傷が生じる。損傷部分は応力が集中しやすいため、その後の負荷によって拡大する。このため、エラストマーを利用したシール剤やコーティング剤では、損傷がないかどうかを点検し、損傷や亀裂があった場合には修理や交換をしなければならない。
【0003】
こうした問題の解決策として、エラストマーに自己修復性を付与することが試みられている。自己修復性とは一度生じた損傷が時間経過とともに修復される性質をいう。天然ゴムにイオウを添加してジスルフィド結合を導入した加硫ゴムにおいても、自己修復性を有することが示されている(非特許文献1等)。さらに優れた自己修復性を付与すべく、様々な自己修復性エラストマーが開発されている(例えば特許文献1、2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009-242800号公報
【特許文献2】特開2018-39876号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Canadell, J. et al., "Self-healing materials based on disulfidelinks", Macromolecules, 44, 2536-2541 (2011)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記従来の自己修復性エラストマーでは、柔軟性および伸張性は有するものの、室温程度の環境下では自己修復されるまでにかなりの時間がかかるという問題があった。本発明は、上記従来の実情に鑑みてなされたものであり、柔軟性および伸張性に優れ、且つ、室温程度の環境下において短時間で自己修復されるエラストマーを提供することを解決すべき課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、ビニル系モノマーの共重合体にフルオロアルキル鎖を導入し、どのような挙動を示すかについて研究を行った。その結果、フルオロアルキル鎖は相溶性に極めて乏しいためにお互い凝集してミクロな相分離を起こし、ネットワーク構造を示しエラストマーとしての性質を示すことが分かった。そしてさらには、フルオロアルキル鎖の凝集部が室温で動的な相互拡散を起すため、このエラストマーを引き裂いて破断面どうしを接触させた場合、室温において極めて短時間で新たなネットワーク構造を形成し、自己修復されるという驚くべき効果を見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明の自己修復性エラストマーは、フッ素原子を含まない1種又は2種以上のビニル系モノマーと、フッ化アルキル基を側鎖に有するビニル系モノマーとの共重合体からなり、ガラス転移温度が20℃以下であることを特徴とする。
【0009】
本発明者らの試験結果によれば、フッ化アルキル基の炭素数は8以上11以下であることが好ましい。この範囲であれば、室温において特に迅速な自己修復性を有するエラストマーとなる。
また、フッ化アルキル基を側鎖に有するビニル系モノマーの含有割合は4mol%以下であることが好ましい。フッ化アルキル基を有するビニル系モノマーの割合が4mol%を超えるとフッ化アルキル基の凝集部が結晶化し、柔軟性や伸張性が損なわれるためである。
【0010】
フッ素原子を含まない1種又は2種以上のビニル系モノマーは1種又は2種以上のアクリル酸アルキルエステルであり、フッ化アルキル基を側鎖に有するビニル系モノマーはアクリル酸フルオロアルキルエステルとすることができる。また、アクリル酸アルキルエステルはアクリル酸エチル及び/又はアクリル酸メチルとすることもできる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のエラストマーは、フッ素原子を含まない1種又は2種以上のビニル系モノマーと、フッ化アルキル基を側鎖に有するビニル系モノマーとの共重合体からなる。ビニル系モノマーとは炭素-炭素二重結合を有する重合可能な化合物をいう。図1に示すように、この共重合体は炭素-炭素二重結合が重合した基本骨格1と、基本骨格1から枝分かれしたフッ化アルキル基2とからなる。
【0012】
一方、フッ化アルキル基を側鎖に有するビニル系モノマーとは、炭素-炭素二重結合を有する重合可能な化合物であって、重合したときに側鎖としてフッ化アルキル基を有する化合物をいう。例えば、アクリル酸フルオロアルキルエステルが挙げられる。フッ化アルキル基としては、アルキル基における水素原子が全て又はその一部がフッ素原子に置き換わったアルキル基をいい、枝別れをしていてもよい。
【0013】
本発明のエラストマーは自己修復性を有することを特徴とする。エラストマーとはゴム弾性を有する高分子のことをいう。また、自己修復性とは、一度生じた損傷が時間経過とともに修復される性質をいう。自己修復性の評価方法としては、例えば、ナイフなどで切断した試験片の切断面どうしを接触させ、室温下で一定時間経過後に引張試験を行い、切断前の試験片及び切断後に自己修復させた試験片の引張試験の結果を比較して評価することができる。
【0014】
通常、ランダム共重合体では相分離は起こらない。しかしながら、フッ化アルキル基はよく知られているように極めて相溶性に乏しいため、ランダム共重合体中においてもフッ化アルキル基2が凝集体となって相分離する(図2参照)。フッ化アルキル基2からなる凝集体の存在は、X線小角散乱の測定によって証明することができる。相分離したフッ化アルキル基2が凝集体を形成することで高分子が物理的に架橋され、ネットワーク構造が形成される。このネットワーク構造は、加硫ゴムにおけるS-S結合のネットワーク構造と同様、エラストマーとしての性質を発揮する。しかも、この状態においてエラストマーを切断し、再び切断した断片どうしを接触した場合、図3に示すように、室温においてガラス転移温度を超えて、いわば液体状態となっているフッ化アルキル基2どうしが相互拡散をして組み換えられて凝集体を形成し、再びネットワーク構造が形成されて自己修復する(図4参照)。低い温度において自己修復性を付与するために、ガラス転移温度は20℃以下であることが必要となる。
【0015】
以上の自己修復性のメカニズムについては、本発明のエラストマーの動的粘弾性測定の結果からも支持される。例えば、ビニル系モノマーの共重合体であるアクリル酸メチルとアクリル酸エチルのランダム共重合体の動的粘弾性測定を行った場合、ガラス転移点が観測されるだけである。ところが、アクリル酸メチルとアクリル酸エチルとアクリル酸フッ化アルキルエステルという3元のランダム共重合体の動的粘弾性測定を行った場合、ガラス転移点とは別に、ネットワーク構造の組み換えという緩和現象に起因する小さなピークが観測された。そして、ガラス転移温度が20℃以下である場合には、室温においてフッ化アルキル基が液体状態であるために、ネットワーク構造の組み換えが容易に起こり、顕著な自己修復性を示すことが分かった。
【0016】
フッ化アルキル基の炭素数は、室温において優れた自己修復性を示すという観点から8以上であることが好ましい。フッ化アルキル基の炭素数7以下ではフッ化アルキル基の組み換えによる緩和現象が起こり難いからである。さらに好ましいフッ化アルキル基の炭素数は8以上11以下であり、最も好ましいのは10又は11である。
【0017】
また、2種以上の複数種類のビニル系モノマーを用いれば、それらの含有割合を調整することにより共重合体のガラス転移温度を変化させることができるため、エラストマーとしての柔軟性や伸張性をコントロールすることが容易となる。
【実施例0018】
以下、本発明を具体化した実施例について比較例と比較しつつ述べる。なお、アクリル酸フッ化アルキルエステルの化合物名を表1に示す略称で記すことがある。
【表1】
【0019】
<エラストマーの合成>
エラストマーとして(a)~(h)の重合体を以下に示す手順で合成した。
・アクリル酸メチル:アクリル酸エチル:C10F21A共重合体(a)
(モル比が48:48:4の場合について以下に例示する)。
アクリル酸メチル (9.61 g, 112 mmol)、アクリル酸エチル (11.2 g, 112 mmol)及びアクリル酸1H,1H,2H,2H-パーフルオロドデシル(5.75g, 9.30 mol)をトルエン (20 mL)に溶解した溶液中に、重合禁止剤の除去を目的として活性アルミナを数粒加えて一晩静置した。こうして得られた混合溶液に、再結晶によって精製した過酸化ベンゾイル(56.3mg, 0.232mmol)を溶解させ、濾過した後、三口フラスコに移した。フラスコ中の混合溶液に30分間以上窒素を吹き込み、酸素を除去した。その後、フラスコをコックで閉じた後、60℃に保ったウォーターバス中で24時間以上のラジカル重合反応を行った。得られた反応混合物をアセトンに溶解させた後、大量のヘキサン中に攪拌しながら投入し、再沈殿させることにより精製した。精製したポリマーは、100°Cで24時間以上真空乾燥させた。こうして、アクリル酸メチル-アクリル酸エチル-アクリル酸1H,1H,2H,2H-パーフルオロドデシル共重合体(a)を得た。
【0020】
同様の手法により以下の重合体を得た。
・アクリル酸メチル-C10F21A共重合体(b)
・アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(c)
・アクリル酸メチル-アクリル酸エチル-C8F17A共重合体(d)
・アクリル酸メチル-アクリル酸エチル-C11F23A共重合体(e)
・ポリアクリル酸メチル(f)
・ポリアクリル酸エチル(g)
・アクリル酸メチル-アクリル酸エチル共重合体(h)
【0021】
<評 価>
以上のようにして合成した重合体について、動的粘弾性測定、引張試験、及び示差走査熱量測定(DSC)を行った。
・動的粘弾性測定
試験片は重合体をテトラヒドロフランの溶液からキャスト製膜することで得た(厚さ約0.5mm)。動的粘弾性測定にはTA Instruments社製のDMAQ800を用いた。線形粘弾性領域内で0.1%の引張ひずみが、1Hzで長方形の試験片に適用された。温度掃引試験では、試験片を2℃min-1の加熱速度で-50℃から100℃まで測定した。試験片の温度は、液体窒素から発生した窒素ガスを流すことにより制御した。
・引張試験
引張応力-ひずみ曲線は、AND Force TesterMCT-2150およびAcroEdge 社製のtensile testerによって、27±1℃において測定した。試験片は25×2.0×0.5mmのダンベル型とし、初期クランプ距離は11mmとした。同じ条件で少なくとも3回測定を行った。測定には公称応力と公称ひずみを使用した。ひずみはデジタルカメラによるマーカー距離の測定によって測定した。
・示差走査熱量測定(DSC)
示差走査熱量計はSII社製のDSC7020を用いた。インジウム、亜鉛、鉛、およびスズの標準で校正された。加熱速度は10℃min-1として-80から170°Cに加熱した。吸熱シフトの半分に対応する温度をガラス転移温度として定義した。測定中、乾燥N2ガスを40 mLmin-1の流速で流した。
【0022】
結果を以下に示す。なお、アクリル酸メチルをMA、アクリル酸エチルをEA、ポリアクリル酸メチルをPMA、ポリアクリル酸エチルをPEAと略すことがある。
【0023】
(実施例1および比較例1)
・動的粘弾性測定
図5に実施例1としてのアクリル酸メチル-アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(a)、及び比較例1としてのアクリル酸メチル-アクリル酸エチル共重合体(h)の動的粘弾性測定の結果を示す。
フッ化アルキル基を側鎖に有しないアクリル酸メチル-アクリル酸エチル共重合体(h)では、ガラス転移点を示すピークが-3℃付近に一つのみ観測された。これに対して、フッ化アルキル基を側鎖に有するしないアクリル酸メチル-アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(a)では、-3℃付近にガラス転移温度を示す大きなピークと、それよりも30℃ほど高い温度において小さなショルダーピークが観測された。アクリル酸メチル-アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(a)における小さなショルダーピークは、フッ化アルキル基の凝集体によって形成されたネットワーク構造の組み換えが行われることによる緩和現象を示すものである。また、アクリル酸メチル-アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(a)で観測された-3℃付近のガラス転移温度は、共重合体の基本骨格に起因するガラス転移温度及びフッ化アルキル基凝集体に起因するガラス転移温度が近いため、見かけ上一つのガラス転移温度が観測されたものである(以下に示す示差走査熱量測定(DSC)参照)。
【0024】
・示差走査熱量測定(DSC)
一方、示差走査熱量測定(DSC)では、図6に示すように、アクリル酸メチル-アクリル酸エチル共重合体(h)のガラス転移温度は-3℃であるのに対して、アクリル酸メチル-アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(a)では-5℃となった。なお、C10F21A単味の重合体を同様の手順で合成し、DSCを測定したところ、120℃において融点を示す鋭いピークとともに、-5℃においてガラス転移温度が観測された。これに対して、アクリル酸メチル-アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(a)及びアクリル酸メチル-アクリル酸エチル共重合体(h)では、融点を示す鋭いピークは観測されなかった。
【0025】
・引張試験及び自己修復性試験
アクリル酸メチル-アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(a)、及びアクリル酸メチル-アクリル酸エチル共重合体(h)の引張試験を行った。
また、試験片の自己修復性の評価を行うために、アクリル酸メチル-アクリル酸エチル共重合体(h)の試験片について、かみそりとスペーサーを使用して12.5μmの厚さを残すように切り込みを入れ、切り込み面を接触させた。さらに、試料片をデシケータ内で1分間脱気し、接触面間の空隙を除去した後、空気中に戻して28℃で所定の時間放置した。その後、自己修復させた試料片についても同様の引張試験を行った。引張試験は、27±1℃で100mm/minの速度で引き伸ばして測定した。
その結果、図7に示すように、アクリル酸メチル-アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(a)では、自己修復1時間後でもほぼ切り込みを入れる前と同様の特性を示し、驚異的に優れた自己修復性を有することが分かった。これに対してアクリル酸メチル-アクリル酸エチル共重合体(h)では、応力がほとんど増加せず、エラストマーとしての性質は極めて低いことが分かった。
【0026】
以上の結果は、アクリル酸メチル-アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(a)において、フッ化アルキル基が凝集体を形成すること、及びネットワーク構造の組み換えによる緩和現象によって説明できる。すなわち、フルオロアルキル鎖は相溶性に極めて乏しいために、お互い凝集してミクロな相分離を起こし、ネットワーク構造を示しエラストマーとしての性質を示す。そしてさらには、フルオロアルキル鎖の凝集部は室温で動的な相互拡散を起すため、このエラストマーを引き裂いて破断面どうしを接触させた場合、室温において極めて短時間で新たなネットワーク構造を形成するという緩和現象を示し、自己修復されるのである。
【0027】
(実施例2および比較例2)
また、実施例2としてアクリル酸エチル-C10F21A共重合体(c)、及び比較例2としてポリアクリル酸エチル(g)について動的粘弾性測定、引張試験を行った結果を図8に示す。動的粘弾性測定では、どちらの試験片についてもTanδにおいて-10℃付近にガラス転移温度Tgが観測された。また、アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(c)ではTanδにおいて18℃付近にネットワーク構造の組み換えに基づく緩和現象と考えられるショルダーピークが観測された。これに対して、ポリアクリル酸エチル(g)ではこのようなショルダーピークは観測されなかった。
また、引張試験については、ポリアクリル酸エチル(g)では、きわめて小さな引張応力しか得られず、エラストマーとしての利用は困難であることが分かった。これに対して、アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(c)ではポリアクリル酸エチル(g)よりも著しく大きな引張応力が得られ、フッ化アルキル基の凝集体がネットワークを形成し、エラストマーとしての特性を発揮することが分かった。ただし、引張応力の値はそれほど大きくはなかった。これは、ネットワーク構造の組み換えが18℃付近と低いために、室温において頻繁に起こるからであると考えられる。
【0028】
(比較例3および比較例4)
比較例3としてアクリル酸メチル-C10F21A共重合体(b)、及び比較例4としてポリアクリル酸メチル(f)について、動的粘弾性測定、引張試験を行った。結果を図9に示す。動的粘弾性測定では、どちらの試験片についてもTanδにおいて20℃よりも少し高い温度でガラス転移温度に基づくピークが観測された。また、アクリル酸メチル-C10F21A共重合体(b)ではTanδにおいて50℃付近にフッ化アルキル基の凝集体の組み換えに基づく緩和現象と考えられるショルダーピークが観測された。これに対して、ポリアクリル酸メチル(f)ではショルダーピークは観測されなかった。
また、引張試験については、双方とも伸びに対する大きな応力が観測された。なお、フッ化アルキル基の凝集体に基づく架橋効果は観察されたものの、アクリル酸メチル-アクリル酸エチル-C10F21A共重合体の場合と比べると不明瞭であった。これは、ガラス転移温度が高過ぎるからである。以上のことから、室温において自己修復性を発揮するためには、ガラス転移温度が20℃以下であることが必要であることが分かった。
【0029】
<ポリマーの基本骨格と動的粘弾性特性との関係>
ポリマーの基本骨格と動的粘弾性特性との関係を調べるため、構造の異なる以下の6種類の重合体についての動的粘弾性測定を行った。
実施例1 アクリル酸メチル-アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(a)
比較例3 アクリル酸メチル-C10F21A共重合体(b)
実施例3 アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(c)
ポリアクリル酸メチル(f)
ポリアクリル酸エチル(g)
アクリル酸メチル-アクリル酸エチル共重合体(h)
【0030】
結果を図10に示す。ポリマーの基本骨格が同じである、(a)と(h)、(b)と(f)、(c)と(g)はそれぞれよく似た動的粘弾性特性を示した。ただし、フッ化アルキル基を側鎖に有する(a)、(b)及び(c)では、いずれもフッ化アルキル基の凝集体の組み換えに基づく緩和現象と考えられるショルダーピークが観測された(図中の矢印の位置)。
【0031】
<フッ化アルキル側鎖の炭素数と動的粘弾性特性との関係>
フッ化アルキル側鎖においてフッ素が結合している炭素数と動的粘弾性特性との関係を調べるため、以下の3種類の共重合体についての動的粘弾性測定を行った。なお、フッ化アルキル基を側鎖に有するビニル系モノマーの含有割合はすべて4mol%である。
実施例1 アクリル酸メチル-アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(a)
実施例4 アクリル酸メチル-アクリル酸エチル-C8F17A共重合体(d)
実施例5 アクリル酸メチル-アクリル酸エチル-C11F23A共重合体(e)
【0032】
結果を図11に示す。フッ化アルキル側鎖においてフッ素が結合している炭素数が10の共重合体(a)及び炭素数が11の共重合体(e)では、フッ化アルキル基の凝集体によって形成されたネットワーク構造の組み換えに基づく緩和現象と考えられるピークが明確に観測された。また、炭素数が8の共重合体(d)では不明瞭ではあるがショルダーピークが観測された。
【0033】
<フッ化アルキル側鎖のモル比率と機械的特性の関係>
フッ化アルキル側鎖のモル比率と機械的特性の関係を調べるため、以下の4種類の重合体についての引張試験を行った。
・アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(c)
(C10F21Aのモル比率が4mol%,8mol%,10mol%の3種類)
・ポリアクリル酸エチル(g)
結果を図12に示す。フッ化アルキル基のモル比率増加に従って、力学的強度が高くなることが分かった。これは、フッ化アルキル側鎖の結晶化に基づくと考えられる。
【0034】
また、以下に示す5種類の重合体について、同様の試験を行った。
・アクリル酸メチル-アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(a)
(C10F21Aのモル比率が4mol%,6mol%,8mol%,12mol%の4種類)
・アクリル酸メチル-アクリル酸エチル共重合体(h)
結果を図13に示す。フッ化アルキル基のモル比率増加にともなって、力学的強度が高くなった。特にフッ化アルキル基のモル比率が12mol%%の場合、力学的強度が急激に高くなり、剛性が強くなることが分かった。
【0035】
<フッ化アルキル基のモル比率とX線回折結果との関係>
フッ化アルキル基のモル比率と結晶化との関係を調べるため、様々な重合体についてフッ化アルキル基のモル比率を変えて、X線回折測定を行った。結果を図14に示す。この図から、フッ化アルキル基のモル比率が4mol%以下ではフッ化アルキル基の結晶に基づくシャープなピークは認められないが、4mol%を超えると徐々にフッ化アルキル基の結晶に基づくシャープなピークが増大することが分かった。エラストマーとしての利用の観点からは、結晶化が生じて柔軟性が失われないように、にフッ化アルキル基のモル比率は4mol%以下が好ましいことが分かった。
【0036】
<アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(c)のX線小角散乱>
アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(c)についてX線小角散乱を測定し、モデル計算から導いた計算値と比較を行った。その結果、図15に示すように、計算値と実測値がほぼ一致し、フッ化アルキル基の凝集による約3.1nmの直径をもった球状のミクロ相分離によって物理的な架橋点が形成されることが実証された。
【0037】
この発明は上記発明の実施の態様及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
図1】本発明の自己修復性エラストマーの分子構造を示す模式図である。
図2】本発明の自己修復性エラストマーにおけるフッ化アルキル基どうしの凝集による架橋構造の形成及び拡散による再構築を示す模式図である。
図3】本発明の自己修復性エラストマーの自己修復性のメカニズムを示す模式図である。
図4】本発明の自己修復性エラストマーの試験片についての自己修復性試験を行った時の写真である。
図5】アクリル酸メチル-アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(a)及びアクリル酸メチル-アクリル酸エチル共重合体(h)の動的粘弾性測定のグラフである。
図6】示差走査熱量測定(DSC)のグラフである。
図7】アクリル酸メチル-アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(a)及びアクリル酸メチル-アクリル酸エチル共重合体(h)の引張試験のグラフである。
図8】アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(c)及びポリアクリル酸エチル(g)についての動的粘弾性測定(左)及び引張試験(右)のグラフである。
図9】アクリル酸メチル-C10F21A共重合体(b)及びポリアクリル酸メチル(f)についての動的粘弾性測定(左)及び引張試験(右)のグラフである。
図10】フッ化アルキル側鎖の炭素数と動的粘弾性の関係を示すグラフである。
図11】フッ化アルキル基のモル比率と動的粘弾性測定の関係を示すグラフである。
図12】アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(c)におけるフッ化アルキル側鎖のモル比率と機械的特性の関係を示すグラフである。
図13】様々な重合体におけるフッ化アルキル側鎖のモル比率と機械的特性の関係を示すグラフである。
図14】フッ化アルキル基のモル比率とX線回折との関係を調べたグラフである。
図15】アクリル酸エチル-C10F21A共重合体(c)についてX線小角散乱を示すグラフ及びフッ化アルキル基の凝集構造を示す模式図である。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明の自己修復性エラストマーは、柔軟性および伸張性に優れ、且つ、室温程度の環境下において短時間で自己修復されるエラストマーである。この特性を利用してシール剤やコーティング剤などに用いることができる。
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