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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023083233
(43)【公開日】2023-06-15
(54)【発明の名称】大腸ガン細胞の浸潤阻害剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/37 20060101AFI20230608BHJP
   A61P 1/00 20060101ALI20230608BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20230608BHJP
   A61K 31/7032 20060101ALI20230608BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20230608BHJP
【FI】
A61K31/37
A61P1/00 ZNA
A61P35/00
A61K31/7032
A61P43/00 121
A61P43/00 105
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022188196
(22)【出願日】2022-11-25
(31)【優先権主張番号】P 2021197387
(32)【優先日】2021-12-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】501333397
【氏名又は名称】公益財団法人河野臨牀医学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】弁理士法人創成国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】常盤 孝義
(72)【発明者】
【氏名】山崎 泰助
(72)【発明者】
【氏名】横山 孝
(72)【発明者】
【氏名】松崎 安孝
(72)【発明者】
【氏名】勅使河原 大吾
【テーマコード(参考)】
4C086
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086BA19
4C086EA07
4C086MA02
4C086MA04
4C086NA05
4C086NA14
4C086ZA66
4C086ZB21
4C086ZB26
4C086ZC75
(57)【要約】
【課題】大腸ガン細胞の浸潤を阻害するのに有用な新規素材を提供する。
【解決手段】イソフラキシジン及びクロロゲン酸を有効成分とする大腸ガン細胞の浸潤阻害剤である。この阻害剤にあっては、大腸ガン細胞に対し毒性を示さずに浸潤阻害を示す有効濃度範囲を有することが好ましい。また、大腸ガン細胞のMMP7遺伝子の発現を抑制する作用を有するものであることが好ましい。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イソフラキシジン及びクロロゲン酸を有効成分とする大腸ガン細胞の浸潤阻害剤。
【請求項2】
大腸ガン細胞に対し毒性を示さずに浸潤阻害を示す有効濃度範囲を有する、請求項1記載の大腸ガン細胞の浸潤阻害剤。
【請求項3】
大腸ガン細胞のMMP7遺伝子の発現を抑制する作用を有するものである、請求項1又は2記載の大腸ガン細胞の浸潤阻害剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大腸ガン細胞の浸潤阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ガン浸潤転移は腫瘍関連死の90%以上に関与しているといわれ、ガン浸潤転移抑制剤の開発は喫緊の課題である。種々のガンにおける浸潤転移においては、ガン細胞自身が産生するマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)の関与がしばしば指摘されている。MMPは、基底膜や間質成分を分解するタンパク分解酵素群であり、現在20種以上が知られている。創傷治癒などの生理現象のみならず、炎症やガンの進行などの病的過程にも関与していることが知られている。例えば、MMP7には、ガン細胞の浸潤転移抑制の防壁となっている生体基底膜を破壊する働きがあり、ガン細胞はその破壊された基底膜を潜り抜けて浸潤転移することが考えられている。また、大腸ガンの場合、特にMMP7発現の増強とステージの進展との関連が指摘されている(非特許文献1、2参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Mehlen P et al.「Metastasis:a question of life or death」Nat Rev Cancer 6:p449-458(2006)
【非特許文献2】Mori M et al.「Overexpression of matrix metalloproteinase-7 mRNA in human colon carcinomas」Cancer 75:p1516-1519(1995)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来技術に鑑み、本発明の目的は、大腸ガン細胞の浸潤を阻害するのに有用な新規素材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するため、本発明者らは、種々研究した結果、漢方生薬である五加皮の原料となるエゾウコギの成分として知られているイソフラキシジンならびにクロロゲン酸には、大腸ガン細胞の浸潤を阻害する作用効果があることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明は、イソフラキシジン及びクロロゲン酸を有効成分とする大腸ガン細胞の浸潤阻害剤を提供するものである。
【0007】
本発明による大腸ガン細胞の浸潤阻害剤においては、大腸ガン細胞に対し毒性を示さずに浸潤阻害を示す有効濃度範囲を有するものであることが好ましい。
【0008】
また、大腸ガン細胞のMMP7遺伝子の発現を抑制する作用を有するものであることが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、植物由来成分であるイソフラキシジンならびにクロロゲン酸を利用して、大腸ガン細胞の浸潤を阻害するのに有用な新規素材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】試験例1において、MTT試験法によりHT-29細胞(大腸ガン細胞)に対するイソフラキシジンあるいはクロロゲン酸による毒性を調べた結果を示す図表である。
図2】試験例1において、イソフラキシジンあるいはクロロゲン酸で処理したHT-29細胞(大腸ガン細胞)の位相差顕微鏡像である。
図3】試験例2において、マトリゲルをコーティングしたインサートメンブレンに備わる細孔の周縁にHT-29細胞(大腸ガン細胞)の存在を認めた場合、有効な浸潤が認められたとみなし、インサートあたりの細孔数をカウントした結果を示す図表である。
図4】試験例2において、マトリゲルをコーティングしたインサートメンブレンの細孔の周縁に浸潤したHT-29細胞(大腸ガン細胞)の浸潤像である。
図5】試験例3において、HT-29細胞(大腸ガン細胞)におけるMMP7遺伝子のmRNA発現量におよぼすイソフラキシジンあるいはクロロゲン酸の影響をリアルタイムPCRにより調べた結果を示す図表である。
図6】試験例4において、活性型MMP7に対する特異抗体を用いてHT-29細胞(大腸ガン細胞)の表面におけるMMP7タンパク質の発現におよぼすイソフラキシジンあるいはクロロゲン酸の影響を調べた結果を示す図表である。
図7】試験例5において、ERK1/2タンパク質あるいはリン酸化ERK1/2タンパク質に対する特異抗体を用いてHT-29細胞(大腸ガン細胞)におけるERK1/2のリン酸化におよぼすイソフラキシジンあるいはクロロゲン酸の影響を調べた結果を示す図表である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明にかかる大腸ガン細胞の浸潤阻害剤は、イソフラキシジン及びクロロゲン酸を用いて、これをヒト又はヒト以外の動物に投与することで、大腸ガン細胞の浸潤を阻害しようとするものである。
【0012】
このとき、大腸ガン細胞に対し毒性を示さないものであることが好ましい。ここで、毒性を示さないとは、通常のMTT試験において、イソフラキシジンないしはクロロゲン酸の濃度0~200μMの範囲で、生細胞数に応じて測定されるシグナルに影響がないことをいう。また、大腸ガン細胞のMMP7遺伝子の発現を抑制する作用を有するものであることが好ましい。ここで、MMP7遺伝子の発現を抑制する作用を有するとは、通常の培養培地にイソフラキシジンないしはクロロゲン酸の濃度0~200μMの範囲で添加したとき、添加しない場合に比べて有意にMMP7遺伝子のmRNAあるいは活性型MMP7タンパクの発現量が低下することをいう。
【0013】
本発明に用いるイソフラキシジンないしはクロロゲン酸は、漢方生薬である五加皮の原料となるエゾウコギの成分として知られており、人体に対する摂取の安全性についてはすでに一定の評価が確立している化合物である。
【0014】
本発明において、イソフラキシジンないしはクロロゲン酸は、合成物でもよく、植物等の天然資源に由来するものであってもよい。また、薬学的に許容される各種形態、例えば、塩、溶媒和物、エーテル化物、エステル化物等であってもよい。あるいは、所定量のイソフラキシジンないしはクロロゲン酸を含むように調製された植物エキスなどのイソフラキシジンないしはクロロゲン酸の含有素材であってもよい。よって、例えば、エゾウコギからの植物エキスなども好ましく使用され得る。すなわち、任意の素材の形態で生体に投与したとき、これに含まれるイソフラキシジンないしはクロロゲン酸が有効に作用するようにすればよい。
【0015】
植物からイソフラキシジンないしはクロロゲン酸を抽出するには、当業者に周知の一般的な手段を採用することができ、例えば、植物の乾燥物を適当な大きさに裁断して、抽出溶媒を加えて、所定時間、浸漬、加熱、加圧、減圧等の条件下に作用させたうえで、固液分離して、液部を回収することなどの方法が挙げられる。植物部位としては、特に制限はなく、例えば、枝、幹、葉、樹皮、根、茎、花、種子、果実、地上部、地下部、全木などが挙げられる。例えば、エゾウコギから抽出する場合には、これらの中でも根茎、根皮が好ましく、特には根皮が好ましい。得られた抽出液は、減圧濃縮したり、凍結乾燥したりして、使用した抽出溶媒を除去して、目的とする抽出物を調製することができる。乾燥手段は、減圧乾燥や噴霧乾燥であってもよい。抽出溶媒としては、例えば、水、エタノール、メタノール、酢酸エチル、アセトン、n-ヘキサン、クロロホルムなどが挙げられる。これら有機溶媒は二種以上を混合して用いることもできる。また、水と有機溶媒との混合含水溶媒を用いてもよい。得られた一次的な抽出物は、これをゲルろ過、HPLCクロマトグラフィーなど、当業者に周知の分離手段に供して、更にイソフラキシジンないしはクロロゲン酸の濃度を高めてもよい。
【0016】
以上に説明したように、本発明に用いるイソフラキシジンないしはクロロゲン酸としては、植物エキスやエキス末など、イソフラキシジンないしはクロロゲン酸を所定量で含有するイソフラキシジンないしはクロロゲン酸の含有素材を用いてもよい。この場合、該素材中のイソフラキシジンないしはクロロゲン酸の含有量としては、乾燥物換算での含有量として、例えば、0.001~99.9質量%の範囲であってよく、0.1~50質量%の範囲であってよく、10~30質量%の範囲であってよい。
【0017】
本発明にかかる大腸ガン細胞の浸潤阻害剤の投与量は、対象者の健康状態や年齢などに応じて適宜設定すればよく、特に制限はない。典型的に、例えば、イソフラキシジンないしはクロロゲン酸の摂取量として、0.001mg~100mg/日/kg体重の範囲であってよく、0.01mg~20mg/日/kg体重の範囲であってよく、0.1mg~10mg/日/kg体重の範囲であってよい。
【0018】
本発明にかかる大腸ガン細胞の浸潤阻害剤の投与方法は、特に限定されず、例えば、対象者が自身の生活状況に合わせて経口的に摂取するようにしてもよい。あるいは、医療行為者の処方に従い、経口、注射、経腸、病巣局所への投与等、医療的な方法であってもよい。この場合、上記したイソフラキシジンないしはクロロゲン酸、又はそれを含むイソフラキシジンないしはクロロゲン酸の含有素材の各種の形態とした場合の含有量は、それが使用される量と有効投与量との関係を勘案して適宜定めればよい。典型的に、例えば、任意の形態中の乾燥物換算での含有量にして、0.001~99.9質量%の範囲であってよく、0.1~50質量%の範囲であってよく、10~30質量%の範囲であってよい。また、イソフラキシジンないしはクロロゲン酸の含有量に換算して、0.001~99.9質量%の範囲であってよく、0.1~50質量%の範囲であってよく、10~30質量%の範囲であってよい。
【0019】
本発明にかかる大腸ガン細胞の浸潤阻害剤は、食品組成物の形態で提供されてもよい。すなわち、上記したイソフラキシジンないしはクロロゲン酸、又はそれを含むイソフラキシジンないしはクロロゲン酸の含有素材を、そのまま、あるいは他の食品用原料と組み合わせて、大腸ガン細胞の浸潤阻害のための食品組成物と成してもよい。例えば、健康食品、栄養補助食品、サプリメント、特定保健用食品、機能性表示食品などに利用してもよい。この場合、例えば、錠剤、顆粒、粉末、カプセル、ドリンク、ゼリーなどの形態で提供されてもよい。
【0020】
本発明にかかる大腸ガン細胞の浸潤阻害剤は、医薬組成物の形態で提供されてもよい。すなわち、上記したイソフラキシジンないしはクロロゲン酸、又はそれを含むイソフラキシジンないしはクロロゲン酸の含有素材を、そのまま、あるいは他の医薬用原料と組み合わせて、大腸ガン細胞の浸潤阻害のための医薬組成物と成してもよい。上記したイソフラキシジンないしはクロロゲン酸、又はそれを含むイソフラキシジンないしはクロロゲン酸の含有素材に組み合わせる他の医薬用原料に特に制限はなく、必要に応じて、薬学的に許容される基材や担体を添加して、公知の製剤方法によって、例えば錠剤、顆粒剤、カプセル剤、丸剤、散剤、液剤、粉末剤、ゼリー状剤、飴状剤等の形態にして、これを経口剤として利用することができる。
【0021】
本発明にかかる大腸ガン細胞の浸潤阻害剤は、動物食餌組成物の形態で提供されてもよい。すなわち、上記したイソフラキシジンないしはクロロゲン酸、又はそれを含むイソフラキシジンないしはクロロゲン酸の含有素材を、そのまま、あるいは他の動物飼料用原料と組み合わせて、大腸ガン細胞の浸潤阻害のための動物食餌組成物と成してもよい。例えば、家畜、競走馬、鑑賞用動物、ペット等、動物用の飼料に利用してもよい。
【0022】
本発明にかかる大腸ガン細胞の浸潤阻害剤は、限定されないが、例えば、大腸ガンと診断された患者であってステージ0、I、又はIIの進行度と診断された患者に適用されることが好ましい。これによれば、大腸の上皮側に生じた病巣が大腸壁の深部に進達するのを防いで、ガンの進行度が悪化するのを効果的に防ぐことができる。ただし、ステージIIを超える進行度と診断された患者への適用が妨げられるものではない。また、他の抗ガン剤と併用してもよい。
【実施例0023】
以下実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明の範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0024】
〔1.細胞〕
ヒト大腸ガン由来細胞株であるHT-29細胞(JCRB0224、別名WiDr)を、JCRB細胞バンク(国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所)から入手し、使用した。
【0025】
〔2.培地〕
DMEM:Dulbecco’s Modified Eagle Medium(Gibco社製)
【0026】
〔3.試薬〕
イソフラキシジン(isofraxidin)(分子量222.19)(富士フィルム和光試薬社製)
クロロゲン酸(chlorogenic acid)(分子量354.31)(関東化学社製)
TPA:12-O-tetradecanoylphorbol-13-acetate(Sigma-Aldrich社製)
MTT:3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl)-2,5-diphenyltetrazorium bromide(富士フィルム和光試薬社製)
【0027】
〔4.細胞の継代・培養〕
細胞は、入手時点で大量に培養して凍結保存したものを、使用時に融解して実験に供した。培地は、牛胎児血清(Gibco社製)を10%濃度で添加したDMEM培地、又は牛胎児血清非添加のDMEM培地を用いた。細胞培養は、37℃、5%COインキュベーター内で行った。細胞の継代には0.25%トリプシン-1mMEDTA・4Na溶液(富士フィルム和光純薬)を使用した。
【0028】
〔5.MTT試験〕
MTT試験は、化学物質の毒性を細胞死として検出する試験法である。同法はMTT(テトラゾリウム塩化合物)がミトコンドリア内膜の脱水素酵素によって分解され、生成されるホルマザンが生細胞数に比例することを原理としている。
【0029】
〔6.細胞浸潤試験〕
細胞浸潤試験は、ガン細胞の浸潤を阻害する候補物質のスクリーニングに向けた定量性のあるシステムである。Falcon cell culture insert(Corning社製)のメンブレンに、基底膜マトリゲルをコートし、ガン細胞の浸潤を評価する。
【0030】
〔7.リアルタイムPCR〕
リアルタイムPCRは、PCRの増幅量をリアルタイムでモニターして解析する方法であり、電気泳動が不要で、迅速性、定量性などで優れた方法である。専用PCR装置として、小型リアルタイムPCR装置(「MyGo Mini S Real Time PCR」、IT-IS Life Science社製)を使用した。
【0031】
〔8.免疫細胞染色〕
活性型MMP7に対する特異抗体(arigo Biolaboratories社製、1:500)を用いた免疫染色により、大腸ガン細胞の表面における活性型MMP7の動向を検出した。
【0032】
〔9.ウエスタンブロット〕
ウエスタンブロットは、タンパク質サンプル中に含まれる特定のタンパク質の発現量を特異抗体を用いて確かめるために使われる方法である。細胞増殖制御などに関わる細胞内シグナル経路として知られるERK1/2のリン酸化について検討する。
【0033】
<試験例1> 〔MTT試験〕
大腸ガン由来細胞株であるHT-29細胞において、イソフラキシジンならびにクロロゲン酸による細胞毒性についてMTT試験法により調べた。
【0034】
(試験群)
以下には、試験に供した化合物の化学構造式を示す。
【0035】
【化1】
【0036】
【化2】
【0037】
(試験方法)
(1-1)HT-29細胞を、96ウェルプレート(細胞培養マルチプレート、住友ベークライト)に1×10細胞/cmの細胞密度で0.2mLずつ播種し、培養する。
(1-2)培養には10%牛胎児血清添加のDMEM培地を使用し、37℃で培養。24時間後、各ウェルの培地を除去し、PBSで1回洗浄後、各種濃度のイソフラキシジン又はクロロゲン酸を溶解した血清非添加のDMEM培地を0.2mLずつウェルに添加し、更に培養する。
(1-3)24時間後、各ウェルの培地を除去し、0.25mg/mLとなるように培地(血清非添加のDMEM培地)に溶解したMTT溶液を200μLずつ添加し、4時間、37℃で培養する。
(1-4)培養終了後、培地を捨て、PBSで1回洗浄後、100μLのDMSOで色素を抽出する。
(1-5)室温でプレートミキサーを使って撹拌後、マイクロプレートリーダー(Thermo-Fischer)(540nm)を用いて測定する。
【0038】
その結果、図1に示されるように、0~200μMの濃度範囲でイソフラキシジンあるいはクロロゲン酸の処理(24hr)による毒性は認められなかった。
【0039】
また、図2に示されるように形態的にも毒性は認められなかった。
【0040】
以上から、イソフラキシジンならびにクロロゲン酸は、少なくとも200μMまでの濃度では毒性を示さないことが判明した。
【0041】
<試験例2> 〔細胞浸潤試験〕
悪性のガン細胞は、癌巣を離脱後、基底膜を破壊して正常な周辺組織に入り込み、血管を通って別の組織に運ばれる。このようなガン細胞の浸潤、転移の現象をアッセイするため、生体における基底膜を模倣した細胞浸潤モデルを作製し、イソフラキシジンならびにクロロゲン酸による抑制効果について調べた。具体的には、以下のようにして細胞浸潤試験を行った。
【0042】
(試験群)
・TPA非添加(イソフラキシジン、クロロゲン酸のいずれも非添加)
・TPA(80nM)のみ添加
・TPA(80nM)添加、イソフラキシジン(200μM)添加
・TPA(80nM)添加、クロロゲン酸(200μM)添加
【0043】
(試験方法)
(2-1)疑似基底膜としてマトリゲルのコーティングのために、凍結下にあるCorning(登録商標)マトリゲル基底膜マトリックス(Corning社製)を解凍し、コーティングバッファー(0.01M Tris(pH8.0)、0.7%NaCl)で希釈し、200μg/mLとする。その100μLを24ウェルプレート(細胞培養マルチプレート、住友ベークライト社製)に設置したメンブレンインサート(「Falcon(登録商標)半透明高密度PETメンブレンインサート」、Corning社製、メンブレン細孔サイズ8μm)内に注入し、2時間、37℃で培養する。
(2-2)HT-29細胞を、血清非添加のDMEM培地に懸濁し、24プレートの各ウェル内に置かれたインサート内に1×10細胞/cmの細胞密度で0.5mLずつ播種する。このとき、細胞浮遊液には、試験群に対応してTPAやイソフラキシジンあるいはクロロゲン酸を含むようにする。
(2-3)更に、24ウェルプレートには10%牛胎児血清添加のDMEM培地0.75mLを添加し、24時間、37℃で培養する。
(2-4)培養終了後、綿棒を用い、インサートメンブレンの内側に残る非浸潤細胞をこすり取る。
(2-5)同一の行為を2回行い、顕微鏡下でメンブレン上の細胞が完全に除去されていることを確認する。
(2-6)その後、インサートメンブレンを100%メタノール内に浸し、更に浸潤細胞を確認するため、ギムザ染色し、空気乾燥後、顕微鏡観察して周縁に浸潤細胞の存在を認めた細孔数をカウントする。
【0044】
図3には、周縁に浸潤細胞を認めた細孔数を、試験群(n=3)ごとインサートあたりカウントして平均した結果を示す。
【0045】
その結果、図3に示されるように、発がんプロモータであるTPAの添加によって、HT-29細胞の浸潤活性の有意な増加が認められた。そしてその浸潤活性はイソフラキシジンあるいはクロロゲン酸を培地中に200μMの濃度で添加することによって有意な低下を認めた。
【0046】
以上から、イソフラキシジンならびにクロロゲン酸は、大腸ガン細胞の浸潤阻止に有効性を示すことが明らかとなった。
【0047】
<試験例3> 〔リアルタイムPCR〕
臨床的に大腸ガンは、細胞外マトリックスを分解するマトリックスメタロプロテイナーゼ(MMP)であるMMP7を過剰発現し、発現の増強とガンステージの進展との関連があること、ならびにそのようなMMP7は発がんプロモータであるフォルボールエステル(TPA:12-O-tetradecanoylphorbol-13-acetate)で誘導可能であることなどが知られている。そこで、HT-29細胞においてその点を確認するとともに、TPAで誘導されたMMP7のmRNA発現について、イソフラキシジンならびにクロロゲン酸の影響を調べた。
【0048】
(試験群)
・TPA非添加(イソフラキシジン、クロロゲン酸のいずれも非添加)
・TPA(80nM)のみ添加
・TPA(80nM)添加、イソフラキシジンあるいはクロロゲン酸(50μM)添加
・TPA(80nM)添加、イソフラキシジンあるいはクロロゲン酸(200μM)添加
【0049】
(試験方法)
(3-1)HT-29細胞を、3.5cmプラスチックシャーレ(Corning社製)に1×10細胞/cmの細胞密度で2mLずつ播種する。
(3-2)培養には10%牛胎児血清添加のDMEM培地を使用し、37℃で培養する。
(3-3)24時間後、各シャーレの培地を除去し、PBSで1回洗浄後、TPAやイソフラキシジンあるいはクロロゲン酸を試験群に対応して各種濃度で含む血清非添加のDMEM培地を作製し、各2mLをシャーレに添加し、更に24時間培養する。
(3-4)培養後、培地を除去し、PBSで1回洗浄後、各シャーレからRNA分離キット(「RNeasy Mini Kit」、Qiagen社製)のプロトコルに従い、Total RNAを抽出する。
(3-5)リアルタイムPCRは、キット(「My Go Green 1-Step Low Rox」、IT-IS Life Science社製)のプロトコルに従い、反応組成としては、TotalRNA100ng、反応試薬(「2×MyGo Green 1-
Step Mix」、同キット製)10μL、センス及びアンチセンスプライマー溶液(10μM)をそれぞれ0.5μL、RNase阻害剤溶液(「20×RTase」、同キット製)1μLを加え、PCRグレード水(「PCR grade water」、同キット製)で総量20μLとする。
(3-6)反応条件は、45℃(10分間)×1サイクル→95℃(2分間)×1サイクル→{95℃(10秒間)→60℃(30秒間)}×40サイクルとする。
【0050】
表1には、使用したPCRプライマーの塩基配列を示す。
【0051】
【表1】
【0052】
図5には、MMP7のmRNA発現量を、試験群(n=2)ごと平均し、TPA非添加の試験群のmRNA発現量に対する相対比として結果を示す。
【0053】
その結果、TPA存在下、イソフラキシジンはMMP7遺伝子のmRNA発現量を統計上、有意ではないが抑制的に、クロロゲン酸は有意に抑制した。
【0054】
以上から、イソフラキシジンならびにクロロゲン酸は、発がんプロモータであるTPAにより誘発されるMMP7のmRNA発現を抑制ないし抑制的に作用することが明らかとなった。よって、このMMP7のmRNA発現の抑制が、大腸ガン細胞の浸潤阻止に寄与していると考えられた。
【0055】
<試験例4> 〔免疫細胞染色〕
試験例3の結果によれば、イソフラキシジンあるいはクロロゲン酸による大腸ガン細胞の浸潤阻止は、MMP7の発現抑制を介していることが示唆された。そこで、活性型MMP7特異抗体を用いた免疫染色により、活性型MMP7発現の抑制がイソフラキシジンあるいはクロロゲン酸処理により認められるか否かを検討した。
【0056】
(試験群)
・TPA非添加(イソフラキシジン、クロロゲン酸のいずれも非添加)
・TPA(80nM)のみ添加
・TPA(80nM)添加、イソフラキシジンあるいはクロロゲン酸(200μM)添加
【0057】
(試験方法)
(4-1)HT-29細胞を、8ウェルチャンバースライド(SPL life sciences社製)に1×10細胞/cmの細胞密度で0.5mLずつ播種する。
(4-2)培養には10%牛胎児血清添加のDMEM培地を使用し、37℃で培養する。
(4-3)24時間後、各ウェルの培地を除去し、PBSで1回洗浄後、TPAやイソフラキシジンあるいはクロロゲン酸を試験群に対応して各種濃度で含む血清非添加のDMEM培地を作製し、各0.5mLをウェルに添加し、更に24時間培養する。
(4-4)培養終了後、免疫細胞染色用キットである「Vector stain Universal ABC kit PK-6200」(Vector Laboratories社製)を用いて、以下のようにして免疫細胞染色を行う。
・固定:ウェルから培地を除去し、PBSで1回洗浄後、4%パラホルムアルデヒド(富士フィルム和光純薬)で、10分間固定する。
・ブロッキング:2.5%正常血清を含むPBS(同時に抗体希釈バッファーとして使用する)で、20分間処理する。
・一次抗体処理:ブロッキング液除去後、抗体希釈バッファーで希釈した活性型MMP7抗体(anti-MMP7(active)antibody,ARG66424)(arigo Biolaboratories社製、1:500)を加え、60分間、室温でインキュベートする。その後、PBSで3回洗浄する。この場合、抗体希釈バッファーのみで抗体無添加のコントロール群を用意し、同様に行う。
・二次抗体処理:抗体希釈バッファーで希釈したビオチン標識二次抗体を加え、30分間、室温でインキュベートする。その後、PBSで3回洗浄する。
・シグナル増感:染色シグナル増感剤としてアビジン-ビオチン標識酵素複合体試薬(「VECTASTAIN ABC Kit」、VECTOR社製、西洋ワサビペルオキシダーゼ)を加え、30分間、室温でインキュベートする。その後、PBSで3回洗浄する。
・発色:パーオキシダーゼ基質試薬(「peroxidase substrate kit DAB SK-4100」、VECTOR社製)を用いて発色させる。その後、流水で洗浄する。
【0058】
図6には、染色細胞の光学顕微鏡写真の結果を示す。
【0059】
その結果、図6A(a)に比較して図6B(b)に示されるように、活性型MMP7タンパク質に対する特異抗体を用いた免疫細胞染色により、多数の細胞の細胞質にびまん性に発色(陽性細胞)が認められた。よって、タンパク質の発現レベルでも、発がんプロモータであるTPAにより活性型MMP7タンパク質が誘発されていることが明らかとなった。なお、MMP7タンパク質は、生体において細胞外でプラスミンなどにより活性化されると考えられているが、本法においても、HT-29細胞表面に存在するプラスミンによって活性化されたとものと考えられた。
【0060】
これに対して、図6C(c)、D(d)に示されるように、TPA存在下、イソフラキシジン添加では、陽性細胞数は減少したが、なお少なからず認められた。一方、クロロゲン酸添加では、陽性細胞数はほとんど認められず、活性型MMP7発現はイソフラキシジンでは抑制傾向、クロロゲン酸では大きく抑制された。以上より、イソフラキシジンあるいはクロロゲン酸による大腸ガン細胞の浸潤阻止は、活性型MMP7発現の抑制を介していることが強く示唆された。
【0061】
<試験例5> 〔ウエスタンブロット〕
ERK1/2のリン酸化に対するイソフラキシジンあるいはクロロゲン酸の影響を調べるためにウエスタンブロットを実施した。
【0062】
(試験群)
・TPA非添加(イソフラキシジン、クロロゲン酸のいずれも非添加)
・TPA(80nM)のみ添加
・TPA(80nM)添加、イソフラキシジンあるいはクロロゲン酸(50μM)添加
・TPA(80nM)添加、イソフラキシジンあるいはクロロゲン酸(200μM)添加
【0063】
(試験方法)
(5-1)HT-29細胞を、3.5cmプラスチックシャーレ(Corning社製)に1×10細胞/cmの細胞密度で2mLずつ播種する。
(5-2)培養には10%牛胎児血清添加のDMEM培地を使用し、37℃で培養する。
(5-3)24時間後、各シャーレの培地を除去し、PBSで1回洗浄後、TPAやイソフラキシジンあるいはクロロゲン酸を試験群に対応して各種濃度で含む血清非添加のDMEM培地を作製し、各2mlをシャーレに添加し、更に24時間培養する。
(5-4)培養終了後、以下のようにしてウエスタンブロッティングを行う。
<ウエスタンブロッティング>
・サンプル作製:シャーレから培地を除去し、PBSで2回洗浄後、Mammalian Cell PE LB (Biosciences社製)を添加し、氷上で、30分間インキュベートし、細胞抽出液を得る。さらに、同抽出液を12000rpm、10分間遠心し、その上清をサンプルとする。
・タンパク濃度測定:「Pierce BCA Protein Assay Kit」(ThermoScientific社製)を用いる。
・電気泳動:サンプルをSDS(5x)サンプルバッファーで処理し、10%SDS-
polyacrylamide gel電気泳動を行う。
トランスファー:泳動終了後のゲルをPVDFメンブレンにトランスファーする。
・ブロッキング:抗体の非特異的結合の回避のため、メンブレンをTBS(20mM Tris-base,137mM NaCl,0.05%Tween20)に溶解した5%スキムミルクでブロッキングする。
・一次抗体処理:メンブレンを、TBSバッファーで希釈(1:1000)したanti-phospho(P)-p44/42mitogen-activate protein (MAP)kinase(K) ERK1/2抗体あるいはanti-p44/42MAPK ERK1/2抗体(Cell Signaling Technology社製)液中に浸し、24時間、4oCインキュベートする。その後、PBSで3回洗浄する。
・二次抗体処理:メンブレンをTBSで希釈(1:2000)したウサギIgG、HRP-結合抗体(Cell Signaling社製)液中に浸し、1時間、室温でインキュベートする。その後、PBSで3回洗浄する。
・検出:ECLPlus Western Blotting Detection System(Applied Biosystems社製)においてターゲットタンパクを検出する。
【0064】
図7には、ウエスタンブロットの結果を示す。
【0065】
発現量ImageJ(NIH,USgovernment)によって数値化した結果は、ERK1/2のリン酸化がTPAによって誘導されること、更に、リン酸化は、イソフラキシジン添加では抑制されなかったが、クロロゲン酸では抑制されることを示した。この抑制の有無が先に示したイソフラキシジンとクロロゲン酸によるMMP7mRNA抑制度の差異ならびに免疫染色による活性型MMP7タンパクによる染色度の差異を反映していると考えられた。
【0066】
以上の結果から、クロロゲン酸によるMMP7発現の抑制にはERK1/2のリン酸化が介在している可能性が高いが、イソフラキシジンの場合は異なるシグナル経路の関与の可能性が示唆される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【配列表】
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