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特開2023-83658積層造形用粉末材料および積層造形用粉末材料の製造方法
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  • 特開-積層造形用粉末材料および積層造形用粉末材料の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023083658
(43)【公開日】2023-06-16
(54)【発明の名称】積層造形用粉末材料および積層造形用粉末材料の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/14 20220101AFI20230609BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20230609BHJP
   B22F 10/25 20210101ALI20230609BHJP
   B22F 10/28 20210101ALI20230609BHJP
   B22F 1/105 20220101ALI20230609BHJP
   B22F 9/08 20060101ALI20230609BHJP
   B33Y 70/00 20200101ALI20230609BHJP
   G01N 21/65 20060101ALI20230609BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20230609BHJP
【FI】
B22F1/14 600
B22F1/00 S
B22F10/25
B22F10/28
B22F1/105
B22F9/08 A
B33Y70/00
G01N21/65
C22C38/00 301Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021197469
(22)【出願日】2021-12-06
(71)【出願人】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】弁理士法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】金井 大輔
(72)【発明者】
【氏名】松岡 佑輝
【テーマコード(参考)】
2G043
4K017
4K018
【Fターム(参考)】
2G043AA03
2G043CA07
2G043EA03
2G043FA06
2G043NA01
4K017AA02
4K017AA06
4K017BA06
4K017CA07
4K017FA15
4K018AA24
4K018AA33
4K018BA14
4K018BA17
4K018BB04
4K018BC28
4K018BC33
(57)【要約】
【課題】金属粒子の表面に形成される酸化被膜が薄くても、高い流動性を示す積層造形用粉末材料、およびそのような積層造形用粉末材料を得られる製造方法を提供する。
【解決手段】Fe基合金の粒子より構成される積層造形用粉末材料であって、粒子の表面における酸化被膜の厚さをd[nm]とし、ラマンスペクトルにおいて、ラマンシフト657.5~677.5cm-1の領域Aにピークトップを有するピークAの、前記領域Aにおける積分強度をIA、ラマンシフト1309~1329cm-1の領域Bにピークトップを有するピークBの、前記領域Bにおける積分強度をIBとし、ピークAに対するピークBの強度比IB/IAをピーク強度比Iとして、d≦15、かつI/d≦0.025である、積層造形用粉末材料とする。また、Fe基合金の粒子をガスアトマイズ法によって作製したうえで、真空中で加熱して表面に酸化被膜を形成する、製造方法とする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe基合金の粒子より構成される積層造形用粉末材料であって、
前記粒子の表面における酸化被膜の厚さをd[nm]とし、
ラマンスペクトルにおいて、ラマンシフト657.5~677.5cm-1の領域Aにピークトップを有するピークAの、前記領域Aにおける積分強度をIA、
ラマンシフト1309~1329cm-1の領域Bにピークトップを有するピークBの、前記領域Bにおける積分強度をIBとし、
ピークAに対するピークBの強度比IB/IAをピーク強度比Iとして、
d≦15、かつ
I/d≦0.025である、積層造形用粉末材料。
【請求項2】
前記粒子の表面における前記酸化被膜の厚さが、8≦d≦15を満たす、請求項1に記載の積層造形用粉末材料。
【請求項3】
ラマンスペクトルにおける前記ピーク強度比が、I≦0.30を満たす、請求項1または請求項2に記載の積層造形用粉末材料。
【請求項4】
雪崩角が40°未満である、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の積層造形用粉末材料。
【請求項5】
Fe基合金の粒子をガスアトマイズ法によって作製したうえで、真空中で加熱して表面に酸化被膜を形成する、積層造形用粉末材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、積層造形用粉末材料および積層造形用粉末材料の製造方法に関し、さらに詳しくは、積層造形において原料として用いることができる、Fe基合金よりなる粉末材料、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
三次元造形物を製造する新しい技術として、付加製造技術(Additive Manufacturing;AM)の発展が近年著しい。付加製造技術の一種として、粉末材料のエネルギー線照射による固化を利用した積層造形法がある。金属粉末材料を用いた積層造形法としては、粉末積層溶融法と、粉末堆積法の2種が代表的である。
【0003】
粉末積層溶融法の具体例として、選択的レーザー溶融法(Selective Laser Melting;SLM)、電子線溶融法(Electron Beam Melting;EBM)等の方法を挙げることができる。これらの方法においては、金属よりなる粉末材料を、ベースとなる基材上に供給して粉末床を形成し、三次元設計データをもとに、粉末床の所定の位置に、レーザービーム、電子線等のエネルギー線を照射する。すると、照射を受けた部位の粉末材料が、溶融と再凝固によって固化し、造形物が形成される。粉末床への粉末材料の供給とエネルギー線照射による造形を繰り返し、造形物を層状に順次積層して形成していくことで、三次元造形物が得られる。
【0004】
一方、粉末堆積法の具体例としては、レーザー金属堆積法(Laser Metal Deposition;LMD)を挙げることができる。この方法においては、三次元造形物を形成したい位置に、ノズルを用いて金属粉末を噴射しながら、同時に、レーザービームの照射を行い、所望の形状を有する三次元造形物を形成する。
【0005】
上記のような積層造形法を用いて、金属材料よりなる三次元造形物を製造する際に、得られる三次元造形物に、空隙や欠陥等、構成材料の分布が不均一になった構造が生じる場合がある。そのような不均一構造の生成は、極力抑制することが望ましい。金属材料を用いた積層造形法において、製造される三次元造形物の内部に、構成材料の不均一な分布が生じる原因は、複数考えられるが、要因の1つとして、エネルギー線照射前の粉末材料の状態が、得られる三次元造形物の状態に、大きな影響を与えうる。
【0006】
例えば、粉末積層溶融法において、基材上に粉末材料を円滑に供給し、粉末材料が均一に敷き詰められた粉末床を安定に形成することができれば、また、粉末床において、粉末材料を高密度で充填することができれば、粉末床へのエネルギー線の照射を経て、均質性の高い三次元造形物が得られやすい。粉末堆積法においても、ノズルから粉末材料を、円滑に、また均一性高く供給することで、三次元造形物を安定に形成することができる。このような粉末材料の円滑な供給や、高密度での充填は、積層造形法において三次元造形物の原料として用いる粉末材料が高い流動性を有するほど、促進することができる。すると、エネルギー線の照射を経て、均一性の高い三次元造形物を得ることができる。
【0007】
粉末材料の流動性を高めるためには、例えば、粒子間に働く付着力(引力相互作用)を低減すればよい。そのための手段として、金属粒子の表面に、金属酸化物膜等の化合物膜を形成するという手法が、しばしば用いられている。例えば、特許文献1には、流動性の高い金属粉末材料として、平均粒径が500nm以上であり、金属よりなる内部領域と、絶縁性無機化合物よりなり、内部領域の表面を被覆する、厚さ15nm以上の被覆層と、を有する粒子よりなる金属粉末材料が開示されている。ここで、被覆層を構成する絶縁性無機化合物として、内部領域を構成する金属種の少なくとも1種を含有する金属酸化物が挙げられている。また、特許文献2には、流動性を長期に渡って保つことができる、積層造形用の粉末材料の製造方法として、鉄系材料である粉末状の基材を、酸素含有量が基材と比較して0.0025重量%ポイント以上0.0100重量%ポイント以下の範囲で増加するように、酸素含有雰囲気下で所定の温度範囲で加熱して、基材の表面に酸化皮膜を形成することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2019-183199号公報
【特許文献2】特開2020-59902号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のように、粉末材料の流動性を高めるために、金属粒子の表面に金属酸化物よりなる酸化被膜を形成することは有効である。特許文献1に被覆層の厚さの下限が指定されているように、酸化被膜をある程度厚く形成する方が、流動性向上の効果が高くなる。しかし、積層造形法によって三次元造形物を製造する場合に、原料粉末が多くの酸化物を含むと、酸化物が三次元形物中で不純物として作用し、三次元造形物の品質を低下させる可能性がある。その観点からは、金属粒子表面の酸化被膜は、薄く形成することが望ましいと言える。
【0010】
一方で、金属の種類によっては、酸化物が複数の化学状態(酸化数)をとりうる場合がある。その場合に、各化学状態の酸化物が、粉末材料の流動性の向上に対して、異なる寄与を示す可能性がある。そこで、酸化物の種類を適切に選択すれば、酸化被膜を薄くしても、高い流動性向上効果を得られる可能性がある。
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、金属粒子の表面に形成される酸化被膜が薄くても、高い流動性を示す積層造形用粉末材料、およびそのような積層造形用粉末材料を得ることができる製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため、本発明にかかる積層造形用粉末材料は、Fe基合金の粒子より構成される積層造形用粉末材料であって、前記粒子の表面における酸化被膜の厚さをd[nm]とし、ラマンスペクトルにおいて、ラマンシフト657.5~677.5cm-1の領域Aにピークトップを有するピークAの、前記領域Aにおける積分強度をIA、ラマンシフト1309~1329cm-1の領域Bにピークトップを有するピークBの、前記領域Bにおける積分強度をIBとし、ピークAに対するピークBの強度比IB/IAをピーク強度比Iとして、d≦15、かつI/d≦0.025である。
【0013】
ここで、前記粒子の表面における前記酸化被膜の厚さが、8≦d≦15を満たすとよい。また、ラマンスペクトルにおける前記ピーク強度比が、I≦0.30を満たすとよい。さらに、前記積層造形用粉末材料の雪崩角が40°未満であるとよい。
【0014】
本発明にかかる積層造形用粉末材料の製造方法においては、Fe基合金の粒子をガスアトマイズ法によって作製したうえで、真空中で加熱して表面に酸化被膜を形成する。
【発明の効果】
【0015】
Fe基合金粒子より構成される粉末材料において、ラマンシフト657.5~677.5cm-1の領域にピークトップを有するピークAは、Feに特徴的なピークであり、ラマンシフト1309~1329cm-1の領域にピークトップを有するピークBは、Feに特徴的なピークである。つまり、ピークAおよびピークBの積分強度をそれぞれIAおよびIBとし、IB/IAとして算出されるピーク強度比Iの値が小さいほど、酸化被膜においてFeに対してFeが占める割合が大きいことになる。FeよりもFeの方が、小さなハマカー定数を有し、粒子間の付着力を小さく抑えるものとなり、流動性向上に高い効果を示す。そこで、I/dを0.025以下の小さな値に抑えておくことで、酸化被膜の厚さdが15nm以下と小さくても、酸化被膜がFeを多く含んだものとなり、高い流動性向上効果が得られる。
【0016】
ここで、粒子の表面における酸化被膜の厚さが、8≦d≦15を満たす場合には、酸化被膜が、流動性向上効果を高く発揮するのに十分な厚さを有するとともに、積層造形を行った際に、三次元造形物の品質を低下させる不純物として作用しない、十分に小さい厚さに抑えられる。
【0017】
また、ラマンスペクトルにおけるピーク強度比が、I≦0.30を満たす場合には、酸化被膜が、Feに対してFeを十分に多く含むものとなり、I/dを0.025以下に抑えやすくなる。そのため、積層造形用粉末材料の流動性を、効果的に高めることができる。
【0018】
さらに、積層造形用粉末材料の雪崩角が40°未満である場合には、積層造形用粉末材料が、十分に高い流動性を持っていることが担保され、積層造形の原料として、好適に用いることができる。
【0019】
本発明にかかる積層造形用粉末材料の製造方法においては、Fe基合金の粒子をガスアトマイズ法によって作製したうえで、真空中で加熱して表面に酸化被膜を形成する。ガスアトマイズ法によって作製されるFe基合金の粒子の表面には、少量の酸化物しか形成されておらず、加熱を経ることで、粒子表面に酸化被膜が成長することになる。この際、加熱を真空中で行うことで、酸化被膜において、Feに比べてFeを優先的に形成することができる。FeよりもFeの方が小さなハマカー定数を有し、粒子間の付着力を小さく抑えるものとなる。よって、酸化被膜の厚さが薄い場合でも、高い流動性を有し、積層造形に好適に用いることができる粉末材料を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】3種の粉末材料について、ラマンスペクトルを示している。試料0は酸化前の粉末材料、試料1は真空中で酸化させた粉末材料、試料2は大気中で酸化させた粉末材料を指す。
図2図1に示した3種の試料について、諸特性を比較した図である。特性としては、(a)酸化被膜の膜厚d、(b)酸素値、(c)ピーク強度比I(=IB/IA)、(d)被膜指標(I/d)、(e)雪崩角を示している。
図3】種々の粉末材料について、被膜指標I/dと雪崩角との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態にかかる積層造形用粉末材料、および積層造形用粉末材料の製造方法について、詳細に説明する。以下、特記しないかぎり、各種特性は、大気中、室温にて測定される値を指す。
【0022】
[積層造形用粉末材料]
本発明の一実施形態にかかる積層造形用粉末材料(以下、単に粉末材料と称する場合がある)は、Fe基合金の粒子より構成されており、酸化被膜の厚さd、およびラマンスペクトルにおける所定のピークの強度比Iと上記酸化被膜の厚さdとから求められる被膜指標I/dが、所定の範囲に収まっている。
【0023】
(1)積層造形用粉末材料の組成
本実施形態にかかる粉末材料の材料組成としては、Fe基合金、つまりFeを主成分とする合金であれば、特に合金組成を限定されるものではない。具体的な合金組成は、積層造形によって製造する三次元造形物に所望される合金組成に合わせて適宜選択すればよく、ステンレス鋼、炭素鋼、工具鋼等を例示することができる。粉末材料は、1種類のFe基合金の粒子よりなっていても、2種以上のFe基合金の粒子を含むものであってもよい。
【0024】
Fe合金粒子の粒径は、特に限定されるものではないが、積層造形用の原料として好適に用いられるようにする観点から、ミクロンオーダーの粒径を有していることが好ましい。具体的には、金属粒子の粒径は、平均粒径(d50)で、10μm以上、500μm以下とすることができる。平均粒径で、10μm以上、100μm以下であれば、特に好ましい。なお、平均粒径(d50)とは、質量基準分布における篩下積算分率が50%となる粒子径を指す。
【0025】
本実施形態にかかる粉末材料は、不可避的不純物を除いて、Fe基合金の粒子のみより構成され、それらFe基合金粒子のみの状態で積層造形に用いられることが好ましいが、適宜他種の粒子を添加して使用されてもよい。他種の粒子として、例えば、ナノ粒子を例示することができる。ナノ粒子は、隣接する金属粒子の間に介在し、金属粒子の間に距離を確保することで、金属粒子間に働く引力を低減するものとなる。その結果として、金属粒子からなる粉末材料の流動性を高めることができる。ナノ粒子としては、金属酸化物、特にSiやAl,Ti等の軽金属元素の酸化物の粒子を好適に用いることができる。ナノ粒子は、その体積の小ささから、製造される三次元造形物においてほぼ影響を与えるものとはならないが、添加量は、Fe基合金粒子を基準として、0.1質量%以下に抑えておくとよい。なお、本実施形態にかかる粉末材料は、金属粒子の被膜指標I/dが所定の上限以下に抑えられていることで、ナノ粒子を添加しなくても、十分に高い流動性を示す。
【0026】
粉末材料において、ミクロンオーダーの粒径を有する金属粒子としては、Fe基合金よりなり、酸化被膜の厚さd、および被膜指標I/dが、下に説明する所定の範囲に存在するもののみが含有されることが好ましいが、Fe基合金以外の合金よりなる粒子が、Fe基合金粒子に対して添加されてもよい。その場合に、Fe基合金以外の粒子の含有量は、Fe基合金粒子よりも少量であることが好ましく、また、Fe基合金以外の合金よりなる粒子についても、酸化被膜の厚さdが、下記の所定範囲を満たすことが好ましい。また、Fe基合金粒子としては、酸化被膜の厚さd、および被膜指標I/dが下記所定の範囲を満たすもの以外は、不可避的不純物を除いて含有されないことが好ましい。
【0027】
(2)酸化被膜の厚さ
本実施形態にかかる粉末材料に含まれるFe基合金粒子においては、表面に形成された酸化被膜の厚さd[nm]が、15nm以下となっている。(d≦15)。ここで、酸化被膜の厚さは、各粒子における酸化被膜の厚さの平均値である。酸化被膜の厚さは、マイクロオージェ電子分光等、元素存在量の深さ分布が分かる検出手法によって、見積もることができる。例えば、ランダムに選択した粒子5個における酸化被膜の厚さの平均値として評価すればよい。この際、酸素濃度が最表面の半分となる厚さを見積もり、酸化被膜の厚さとすればよい。
【0028】
粉末材料において、酸化被膜の厚さが15nm以下に抑えられていることで、積層造形によって三次元造形物を形成する際に、得られる三次元造形物において、酸化物が、三次元造形物の品質を低下させる不純物として作用しにくくなる。その効果を高める観点から、酸化被膜の厚さは、13nm以下、また12nm以下であれば、さらに好ましい。
【0029】
粉末材料における酸化被膜の厚さには、特に下限は設けられないが、酸化被膜は、粉末材料において粒子間の付着力を低減し、流動性を高める効果を有するので、オージェ電子分光等の検出手法において検出限界以上の厚さを有するものとして検出される厚さの酸化被膜が、少なくとも形成されていることが好ましい。より好ましくは、酸化被膜の厚さは、8nm以上、さらには9nm以上、10nm以上であるとよい。
【0030】
(3)酸化被膜の化学状態
Feの酸化物は複数の化学状態(酸化数)を取ることが知られており、Fe基合金粒子の表面の酸化被膜も、複数の化学状態のFeを含みうるものとなる。そして、その酸化被膜の化学状態が、粉末材料の流動性に大きく影響する。
【0031】
本実施形態にかかる粉末材料においては、Fe基合金の表面の酸化被膜の化学状態が、ラマン分光測定によって得られるラマンスペクトルから規定される。図1に、3種のFe基合金粉末について、ラマンスペクトルを示す。表示した領域には、2本の特徴的なピークが見られる。試料2を例に、それらのピークについて説明する。
【0032】
試料2のラマンスペクトルを見ると、ラマンシフト657.5~677.5cm-1の領域(領域A)と、ラマンシフト1309~1329cm-1の領域(領域B)にそれぞれピークトップを有する、明瞭なピーク構造が見られる。それぞれのピークを、ピークAおよびピークBと称するものとする。純物質の標準スペクトルとの対比から、ピークAはFeに特有のものであり、ピークBはFeに特有のものである。なお、ピークAよりも低波数側のブロードなピーク(ピークC)も、ピークBと同様に、Feに由来するものである。
【0033】
ピークAおよびピークBがそれぞれ、FeおよびFeに帰属されることから、ピークAとピークBの強度比が、酸化被膜におけるFeとFeの存在比を反映する指標となる。ピークAとの比において、ピークBの強度が大きいほど、酸化被膜においてFeが占める割合が高いことを示す。そこで、本実施形態においては、ピークAの積分強度IAと、ピークBの積分強度IBを見積もり、ピークAに対するピークBの強度比Iを算出し(I=IB/IA)、その強度比Iを、酸化被膜の化学状態を示す指標とする。
【0034】
ピーク比を見積もるに際し、ラマンスペクトルは、波長532nmのレーザー光を励起光としたラマン分光測定によって取得するとよい。特に、顕微ラマン分光によって、粒子1つずつに対してラマンスペクトルを得るとよい。得られたラマンスペクトルにおいて、バックグラウンド(ベースライン)を除去したうえで、スペクトル強度を積分することで、ピークAの積分強度IAおよびピークBの積分強度IBを求める。積分範囲は、ピークAについてはラマンシフト657.5~677.5cm-1の範囲(領域A)、ピークBについてはラマンシフト1309~1329cm-1の範囲(領域B)とする。Fe基合金粒子のラマンスペクトルにおいて、ピークA,B,Cは相互にある程度離れて出現するうえ、上記領域Aおよび領域Bはそれらのピークが重なる領域を十分に外して設定しているので、積分強度IA,IBの算出に際し、カーブフィッティングを利用したピーク分離は行う必要がなく、バックグラウンドを除去したラマンスペクトルにおいて、スペクトル強度そのものを所定の積分範囲で積分すればよい。
【0035】
ピークA,Bの積分強度IA,IBが求められれば、それらの比率として、ピーク比Iを算出すればよい(I=IB/IA)。顕微ラマン分光を利用する場合には、ランダムに選んだ複数の粒子について測定を行って、平均値として強度比Iを見積もればよい。例えば、複数の粒子について、バックグラウンドの除去を行った状態のラマンスペクトルを平均化し、その平均化スペクトルに対して、積分強度IA,IBの見積もりと、ピーク比Iの算出を行えばよい。
【0036】
本実施形態においては、ラマンスペクトルから得られるピーク比Iを、上で説明した酸化被膜の厚さd[nm]で除した、I/dなる値を被膜指標とし、酸化被膜の状態を規定するのに用いる。本実施形態にかかる粉末材料においては、被膜指標の値が、0.025以下に制限される(I/d≦0.025)。
【0037】
後の実施例に示すように、発明者らの研究により、Fe基合金粒子よりなる粉末材料において、被膜指標I/dの値が小さいほど、粉末材料が高い流動性を示すことが明らかになった。例えば、図1にラマンスペクトルを示した試料1と試料2では、酸化被膜の厚さはほぼ同じであるが、明らかに、試料2の方で、ピークBが強く出現しており、試料2の方でピーク比Iが大きくなることが、スペクトルの目視による評価から明らかである。つまり、試料2の方が、被膜指標I/dが大きくなる。実際に、後の実施例に詳しく説明するように、それぞれの被膜指標を見積もると、試料1で0.025以下である一方、試料2で0.025を超えている。そして、試料1において、試料2よりも高い流動性が得られる。
【0038】
粉末材料の流動性は、粒子間の付着力(引力相互作用)が小さいほど高くなる。粒子間の付着力は、ハマカー(Hamaker)定数に比例することが知られている。参考文献によると、水を媒介とした場合のハマカー定数は、Feで39zJ、Feで33zJとなっており、Feの方が小さい(参考文献:B. Faure, "Particle interactions at the nanoscale", Stockholm University, Doctoral thesis (2012))。つまり、Fe基合金粒子よりなる粉末材料において、酸化被膜の厚さが同じであれば、酸化被膜においてFeに対してFeの占める割合が大きいほど、粉末材料が高い流動性を示すものとなる。ただし、酸化被膜が厚い場合には、酸化被膜の厚さの効果により、粉末材料の流動性が向上されやすくなるので、酸化被膜が薄い場合と比較して、Feに対するFeの存在比が少なくても、高い流動性向上効果が得られる。逆に、酸化被膜が薄い場合には、粉末材料の流動性を十分に向上させるために、酸化被膜が厚い場合よりも、Feに対するFeの存在比を高める必要が生じる。
【0039】
つまり、粉末材料の流動性の十分な向上に必要なFeの存在比は、酸化被膜の膜厚に依存し、膜厚が大きいほど、Feに対するFeの存在比が小さくて済む。そこで、本実施形態においては、酸化被膜におけるFeに対するFeの存在比を直接的に反映するラマンスペクトルのピーク比Iそのものではなく、ピーク比Iを酸化被膜の膜厚dで除したI/dの値を被膜指標として用いる。ピーク比Iが小さくなることで、あるいは膜厚dが大きくなることで、被膜指標I/dの値が小さくなると、粉末材料の流動性が高められることになる。
【0040】
Fe基合金粒子の表面の酸化被膜の厚さが大きいほど、流動性向上効果は高くなるが、その反面、粉末材料を用いて積層造形を行う際に、製造される三次元造形物の品質に影響を与えうる酸化物の量を減らす観点からは、Fe基合金粒子の表面の酸化被膜の厚さはなるべく小さく抑える方が望ましい。実際に、本実施形態においては、上記のように、酸化被膜の厚さを15nm以下に制限している。そこで、本実施形態にかかる粉末材料においては、酸化被膜の厚さをなるべく小さく抑えながら、酸化被膜に十分な割合でFeを含有させて流動性向上に寄与させることが望ましく、被膜指標I/dを指標として、酸化被膜の厚さと酸化被膜の化学状態の両者の寄与を取り込みながら、十分に高い流動性を得られるようにする。
【0041】
具体的には、被膜指標I/dに0.025との上限を設けることで、酸化被膜を薄く抑えたとしても、粉末材料の流動性を担保できるようにする。後の実施例に示すように、被膜指標I/dが0.025以下であれば、粉末材料の流動性が、積層造形、特に粉末積層溶融法による積層造形の原料として用いるのに好適な高い水準となる。被膜指標I/dが0.020以下、さらには0.015以下であれば、さらに効果的に粉末材料の流動性を高めることができる。被膜指標I/dに特に下限は設けられないが、現実的に製造できるFe基合金粒子を考えると、おおむね0.005以上となる。
【0042】
上記のように、酸化被膜の厚さdが変化すると、粉末材料の流動性を十分に高めるのに必要なFeの存在比も変化するため、被膜指標I/dが0.025以下に抑えられている限り、ラマンスペクトルにおけるピーク比I自体の値は、特に制約を受けるものではない。しかし、Feに対してFeが多く酸化被膜に含有され、小さなピーク比Iを与える方が、被膜指標I/dが小さな値を取りやすくなり、粉末材料の流動性が向上する。例えば、ピーク比Iが0.30以下、さらに0.25以下であるとよい。ピーク比Iに特に下限は設けられないが、現実的に製造できるFe基合金粒子を考えると、おおむね0.05以上である。
【0043】
本実施形態において、Fe基合金粒子における酸化被膜の厚さdが15nm以下に抑えられ、かつ被膜指標I/dが0.025以下に抑えられている限り、酸化被膜に含まれる酸素の量は特に限定されるものではない。しかし、酸化物の形成による流動性向上効果を高める観点から、酸素値(粉末材料全体に占める酸素原子の割合)が、0.035質量%以上であるとよい。一方、多量の酸化物の形成を抑える観点から、酸素値は、0.050質量%以下であるとよい。
【0044】
上記のように、被膜指標I/dを小さく抑えることで、粉末材料の流動性を高めることができるが、粉末材料の流動性は、例えば雪崩角を指標として評価することができる。雪崩角が小さい粉末材料ほど、高い流動性を示す。上記のように被膜指標I/dを0.025以下とすれば、粉末材料の雪崩角を、積層造形において十分に高い流動性を与える水準である40°未満に抑えることができる。雪崩角はさらに、35°未満であるとよい。雪崩角の下限は特に定められるものではないが、現実的に製造できるFe基合金粉末においては、おおむね25°以上である。
【0045】
本実施形態にかかる粉末材料においては、酸化被膜の化学状態を、FeとFeの存在比によって規定しており、Fe基合金粒子の表面に形成された被膜中に含まれるFe酸化物が、不可避的不純物を除いて、FeとFeのみから構成されていることが好ましい。しかし、それら以外の酸化状態をとるFe酸化物が被膜中に含まれる形態を妨げるものではない。さらに、Fe酸化物以外に、Fe以外の金属の酸化物や、Feまたは他の金属の炭化物等、Fe酸化物以外の化学種が被膜中に含まれる形態も妨げられない。それらの形態をとる場合にも、FeとFeに着目したピーク強度比Iから算出される被膜指標I/dが、0.025以下となるようにすればよい。ただし、Feによって発揮される流動性向上効果が大きく損なわれることがないように、FeおよびFe以外の化学種は、被膜中に、Feより多量には含まれないことが好ましい。
【0046】
[積層造形用粉末材料の製造方法]
次に、本発明の一実施形態にかかる積層造形用粉末材料の製造方法について説明する。本実施形態にかかる方法によって、上記で詳細に説明した本発明の実施形態にかかる粉末材料を好適に製造することができる。
【0047】
粉末材料を製造するに際し、まず、Fe基合金の粒子をガスアトマイズ法によって作製する。アトマイズガスとしては、Ar等の不活性ガスを用いればよい。ガスアトマイズ法にて作製したFe基合金粒子においては、表面の酸化がそれほど進んでおらず、おおむね酸化被膜の厚さで10nm以下、酸素値で0.035質量%以下に抑えられている。
【0048】
次に、ガスアトマイズ法によって作製された粒子を酸化させ、表面に酸化被膜を形成する。酸化被膜の形成は、真空中(減圧下)にて、粒子を加熱することによって行う。大気中で加熱を行うと、酸化数の高いFeが多く生成しやすいが、真空中で加熱を行うことで、Feの生成比を高めることができる。
【0049】
酸化被膜形成時の加熱温度は、Feを効率的に生成させる観点から、100℃以上150℃以下の範囲とすることが好ましい。さらに、この範囲の中で加熱温度を調節することで、FeとFeの生成比を変化させることができ、加熱温度を高くするほど、Feの割合が高くなりやすい。つまり、ラマンスペクトルにおけるピーク強度比Iが大きくなりやすい。加熱時間は適宜選択すればよいが、5分以上120分以下の範囲を例示することができる。加熱時間を長くすると、酸化被膜の膜厚dが大きくなりやすい。
【0050】
加熱時の真空度としては、特に限定されるものではないが、大気圧を基準として-0.05MPa以下に圧力を低下させることができれば十分である。また、真空下で加熱を行うことができれば、具体的な加熱装置の構成は特に限定されるものではないが、各粒子の表面に均一性の高い厚さおよび化学状態を有する酸化被膜を形成する観点から、振動乾燥機等、粉末を真空中で振動させながら加熱できる装置を用いることが好ましい。
【実施例0051】
以下、実施例を用いて本発明をより具体的に説明する。ここでは、Fe基合金粒子の酸化被膜の状態と、粉末材料の流動性との関係を調査した。以下、特記しない限り、各種評価は、室温、大気中にて行っている。
【0052】
[1]酸化被膜の状態および流動性の比較
まず、代表的な条件で作製した粉末材料について、酸化被膜の状態と流動性を評価した。
【0053】
(試料の作製)
Arガスを用いたガスアトマイズ法によって、Fe基合金の粒子を作成した。Fe基合金の成分組成としては、質量%で、C 0.42%、Si 1.0%、Mn 0.4%、Cr 5.0%、Mo 1.2%、V 1.0%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなるものとした。Fe基合金粒子の粒径は、平均粒径(d50)で35μmであった。このようにして得られたFe基合金粒子よりなる粉末材料を、試料0とした。
【0054】
上記でガスアトマイズ法によって得られた試料0を異なる条件で酸化させ、試料1と試料2を作製した。試料1は、試料0を真空中で加熱して得た。具体的には、減圧可能な振動乾燥機(中央化工機製「VU-45型」)を用い、真空中(大気圧を基準として-0.1MPa)にて、振動させながら、試料0を加熱した。加熱温度および加熱時間としては、125℃で1時間試料を保持した。
【0055】
試料2は、試料0を大気中で加熱して得た。具体的には、恒温乾燥機にて、大気中環境で静置した状態で、試料0を加熱した。加熱温度および加熱時間としては、125℃で1時間保持した。
【0056】
(試料の状態の評価)
(1)膜厚
各試料について、マイクロオージェ電子分光法により、酸化被膜の膜厚を見積もった。測定は、Arスパッタリングを用いた深さ分析法により、OとFeの濃度の深さ分布を評価することで行った。この際、表面層が主にFeとOで構成されていることを確認したうえで、O濃度が最表面の半分となる厚さを見積もり、酸化被膜の膜厚とした。ランダムに選択した粒子5個について、得られた膜厚を平均し、各試料における膜厚値とした。
【0057】
(2)化学状態
各試料について、ラマン分光法によって、粒子表面の酸化被膜の化学状態を評価した。ラマン分光測定は、顕微ラマン分光光度計を用い、粒子1つずつに対して行った。励起光としては、波長532nmのレーザー光(強度0.7mW)を用いた。測定は、ランダムに選択した15個の粒子について行った。それぞれの粒子に対して得られたラマンスペクトルにおいて、バックグラウンド(ベースライン)を除去したうえで、15個の粒子のラマンスペクトルを平均化した。そして、その平均のラマンスペクトルにおいて、ラマンシフト657.5~677.5cm-1の領域のスペクトル強度を積分することで、ピークAの積分強度IAを求め、ラマンシフト1309~1329cm-1の領域のスペクトル強度を積分することで、ピークBの積分強度IBを求めた。積分強度を求めるに際し、ピーク分離は行っておらず、バックグラウンドを除去して平均化したラマンスペクトルの強度値そのものを積分した。そして、I=IB/IAとして、ピーク比Iを算出した。さらに、上でマイクロオージェ電子分光によって評価した膜厚dでピーク比Iの値を除し、被膜指標I/dを得た。
【0058】
(3)酸素値
各試料について、酸素値を測定した。測定は、不活性ガス溶解-赤外線吸収法にて行った。
【0059】
(4)雪崩角
回転ドラム式の粉体流動性測定装置を用いて、各試料の雪崩角を評価した。透明な回転ドラムに粉末材料を収容し、0.6rpmの回転速度で回転させながら、粉体の状態を回転ドラムの外側から撮影した。そして、雪崩現象が生じた際の粉末材料の角度(粉末の堆積層の斜面と水平面がなす角度)を、雪崩角として記録した。
【0060】
(評価結果)
まず、図1に、試料0~2に対して得られたラマンスペクトルを示す。それぞれ、15個の粒子について測定したスペクトルに対してバックグラウンドを除去し、平均化したスペクトルを示している。試料2のスペクトルで最も顕著であるが、各スペクトルを見ると、ラマンシフト657.5~677.5cm-1の領域にピークトップを有するピークAと、ラマンシフト1309~1329cm-1の領域にピークトップを有するピークBの2種の明瞭なピークが出現している。標準スペクトルとの対比より、低波数側のピークAは、Feに帰属することができ、高波数側のピークBはFeに帰属することができる。なお、ピークAの低波数側に見られるブロードなピークCは、Feに帰属される。
【0061】
試料0~2で、ラマンスペクトルを相互に比較すると、酸化処理を行う前の試料0においては、ピークA、ピークBとも、比較的低強度となっている。真空中で酸化を行った試料1においては、試料0と比較して、ピークBはほぼ成長していないのに対し、ピークAは顕著に成長している。つまり、Feの量はほぼ増加していないのに対し、Feの生成が進んでいる。一方、大気中で酸化を行った試料2においては、試料0と比較して、ピークA、ピークBともに、顕著に成長している。つまり、Fe、Feとも、生成が進行している。試料1と試料2を比較すると、ピークAの強度は両者でほぼ変わらないのに対し、ピークBの強度は、試料2の方で顕著に強くなっている。つまり、試料1に比べて、試料2の方が、Feに対するFeの存在比が大きいことが分かる。このことは、ピーク強度比Iを求めると、さらに明確になる。
【0062】
図2に、試料0~2について、各評価手法にて得られた評価結果をまとめる。(a)酸化被膜の膜厚d、(b)酸素値、(c)ピーク強度比I(=IB/IA)、(d)被膜指標(I/d)、(e)雪崩角を示している。まず、(a)の酸化被膜の膜厚を比較すると、試料1,2とも、試料0からの酸化を経て、膜厚が大きくなっている。試料1と試料2の膜厚はほぼ変わらない。(b)の酸素値についても、試料1,2とも、試料0からの酸化を経て、酸素値が大きくなっている。試料1と試料2の酸素値は、大きくは変わらない。つまり、試料1と試料2で、Fe酸化物を構成している酸素原子の量は、あまり変わらないと言える。
【0063】
しかし、(c)に示したラマンスペクトルに基づくピーク強度比Iを見ると、試料2では、酸化前の試料0と比較して、ピーク強度比が、1.7倍程度まで大幅に増加しているのに対し、試料1では、ピーク強度比が変化していない。これは、図1のラマンスペクトルで見られた傾向のとおりである。上記のように、試料1と試料2で酸化被膜の膜厚はほぼ変わらないため、試料2の方が試料1よりも値が大きいという関係性は、(d)に示した被膜指標I/dでも同様に見られている。これらの結果から、Feに対するFeの存在量の比率が、試料2において、試料1よりも顕著に大きくなっていることが確認される。換言すると、真空中で酸化を行った試料1においては、大気中で酸化を行った試料2に比べて、FeとFeの相対量として、Feの生成が抑えられ、Feの生成が促進されていることが分かる。被膜指標I/dの値は、試料1では0.025以下となっている一方、試料0および試料2では0.025を超えている。
【0064】
次に、(e)の雪崩角の測定値を各試料で比較すると、試料1,2とも試料0と比較して雪崩角が小さくなっているが、試料1の方で、雪崩角の低下が顕著である。雪崩角が小さいほど、粉末材料が高い流動性を有することを示すものとなる。つまり、試料1,2とも酸化前の試料0よりは流動性が向上しているが、真空中で酸化した試料1の方が、流動性の向上が顕著に起こっている。
【0065】
以上の結果をまとめると、酸化を大気中で行った試料2に比べて、酸化を真空中で行った試料1の方が、ピーク強度比Iおよび被膜指標I/dが小さく、酸化被膜において、Feに対するFeの割合が大きくなっている。そして、試料2よりも試料1において、高い流動性が得られている。これらの知見を合わせて、FeよりもFeの方が、粉末材料の流動性の向上に高い効果を示すことが確認される。
【0066】
[2]酸化被膜の状態と流動性の関係
次に、さらに試料の数を増やして、酸化被膜の状態と流動性との関係を詳細に検討した。
【0067】
(試料の作製)
上記[1]の試験で作製した試料0の粉末材料に対して、試料1と同様に真空中での加熱を行って、試料1a~1eを作製した。また、試料2と同様に大気中での加熱を行って、試料2a~2fを作製した。試料1a~1e、および試料2a~2fのそれぞれにおいては、加熱温度および/または加熱時間を変更することで、酸化被膜の厚さおよび化学状態を変化させている。加熱温度は主に酸化被膜の化学状態(酸化数)に影響し、加熱温度を高くすることで、Feに比べてFeが生成しやすくなる。加熱時間は主に酸化被膜の厚さに影響し、加熱時間を長くするほどで、厚い酸化被膜が形成されやすくなる。
【0068】
(試料の状態の評価)
作製した各試料について、酸化被膜の膜厚dと化学状態(ラマンスペクトルに基づくピーク強度比I)、および雪崩角を、上記[1]の試験と同様の方法で評価した。
【0069】
(評価結果)
下の表1に、試験[1]で作製した試料0~2、および新たに作成した試料1a~1e、試料2a~2fについて、酸化被膜の厚さd、ピーク強度比I、被膜指標I/d、および雪崩角の各値をまとめる。
【0070】
【表1】
【0071】
表1によると、真空中で酸化を行った試料群1(試料1および試料1a~1e)の方が、試料群2(試料2および試料2a~2f)よりも、小さな雪崩角を示しており、高い流動性を有することが分かる。また、おおむね、試料群1の方が、試料群2よりも、ピーク強度比Iが小さい傾向が見られる。つまり、おおむね、ピーク強度比Iが小さい試料において、雪崩角が小さくなっている傾向が見て取れる。しかし、試料1d,1e,2a~2cは、0.24~0.26と非常に近いピーク強度比Iを示しているにもかかわらず、雪崩角は33°~50°の範囲に大きく分散している。つまり、ピーク強度比Iと雪崩角の間の相関性は、必ずしも高くない。
【0072】
一方で、ピーク強度比Iを酸化被膜の厚さd[nm]で除した被膜指標I/dに着目すると、明確に、試料群1の方において、試料群2よりも、被膜指標I/dの値が小さくなっており、雪崩角との間に高い相関性を示すことが見て取れる。この傾向は、グラフに表示すると、さらに明瞭になる。図3に、表1に示した全試料について、被膜指標I/dと雪崩角の関係をプロットしている。試料群1については丸印(〇)で、試料群2についてはバツ印(×)で、データを表示している。合わせて、酸化を受けていない試料0のデータを、三角印(△)で表示している。
【0073】
図3によると、被膜指標I/dが大きくなるほど、雪崩角が大きくなる単調増加の傾向が、明瞭に現れている。また、試料群1のデータ点と、試料群2のデータ点が、滑らかに連続して単調増加の傾向を示している。これらのことから、被膜指標I/dと雪崩角の間には高い相関性があることが分かる。そして、被膜指標I/dが小さいことをもって、雪崩角が小さく、粉末材料の流動性が高くなっていると判定することができる。
【0074】
粉末材料が40°未満の雪崩角を有していれば、積層造形に用いるのに十分に高い流動性を有しているとみなすことができる。図中に破線で示すように、被膜指標I/dが0.025以下の領域において、40°未満の雪崩角が得られている。そして、0.025以下の被膜指標I/dは、真空中での酸化を採用している試料群1において、達成されている。真空中で酸化を行うことで、酸化被膜の膜厚dが小さい場合でも、Feとの比率において、Feが効果的に生成すると言える。
【0075】
以上、本発明の実施形態および実施例について説明した。本発明は、これらの実施形態および実施例に特に限定されることなく、種々の改変を行うことが可能である。
図1
図2
図3