IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

2023-83882口腔白板症の癌化を予測する方法および口腔扁平上皮癌の浸潤の有無を判定する方法
<>
  • -口腔白板症の癌化を予測する方法および口腔扁平上皮癌の浸潤の有無を判定する方法 図1
  • -口腔白板症の癌化を予測する方法および口腔扁平上皮癌の浸潤の有無を判定する方法 図2
  • -口腔白板症の癌化を予測する方法および口腔扁平上皮癌の浸潤の有無を判定する方法 図3
  • -口腔白板症の癌化を予測する方法および口腔扁平上皮癌の浸潤の有無を判定する方法 図4
  • -口腔白板症の癌化を予測する方法および口腔扁平上皮癌の浸潤の有無を判定する方法 図5
  • -口腔白板症の癌化を予測する方法および口腔扁平上皮癌の浸潤の有無を判定する方法 図6
  • -口腔白板症の癌化を予測する方法および口腔扁平上皮癌の浸潤の有無を判定する方法 図7
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023083882
(43)【公開日】2023-06-16
(54)【発明の名称】口腔白板症の癌化を予測する方法および口腔扁平上皮癌の浸潤の有無を判定する方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20230609BHJP
   G01N 33/574 20060101ALI20230609BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20230609BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/574 A
C12Q1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021197841
(22)【出願日】2021-12-06
(71)【出願人】
【識別番号】599045903
【氏名又は名称】学校法人 久留米大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【弁理士】
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100138911
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻井 陽子
(72)【発明者】
【氏名】溝口 恵美子
(72)【発明者】
【氏名】寺谷 由唯
(72)【発明者】
【氏名】岡田 季之
(72)【発明者】
【氏名】溝口 充志
(72)【発明者】
【氏名】楠川 仁悟
(72)【発明者】
【氏名】松尾 勝久
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
【Fターム(参考)】
2G045AA26
2G045CB02
2G045DA36
2G045FB03
2G045FB12
4B063QA19
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QQ79
4B063QR48
4B063QR72
4B063QR77
4B063QS33
4B063QX01
(57)【要約】
【課題】本開示の目的の1つは、口腔白板症の癌化を予測する方法を提供することである。本開示の目的の1つは、口腔扁平上皮癌の浸潤の有無を判定する方法を提供することである。
【解決手段】口腔白板症の対象から取得された病変組織の細胞において、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して高い場合に口腔白板症が癌化すると予測し、基準値と比較して低い場合に口腔白板症が癌化しないと予測することを含む、口腔白板症の癌化を予測する方法が提供される。また、口腔扁平上皮癌の対象から取得された病変組織の細胞において、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して高い場合に口腔扁平上皮癌が浸潤していないと判定し、基準値と比較して低い場合に口腔扁平上皮癌が浸潤していると判定することを含む、口腔扁平上皮癌の浸潤の有無を判定する方法が提供される。
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
口腔白板症の対象から取得された病変組織の細胞において、核内に局在するキチナーゼ3様タンパク質1(CHI3L1)のレベルが基準値と比較して高い場合に口腔白板症が癌化すると予測し、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して低い場合に口腔白板症が癌化しないと予測することを含む、口腔白板症の癌化を予測する方法。
【請求項2】
核内に局在するCHI3L1のレベルが、核内に局在するCHI3L1の量である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
核内に局在するCHI3L1のレベルが、細胞質に局在するCHI3L1の量に対する核内に局在するCHI3L1の量の比である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
核内に局在するCHI3L1の量を測定する工程を含む、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
細胞質に局在するCHI3L1の量を測定する工程を含む、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
CHI3L1のレベルが免疫染色により測定されたものである、請求項1~5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
基準値が、CHI3L1のレベルのカットオフ値である、請求項1~6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
口腔扁平上皮癌の対象から取得された病変組織の細胞において、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して高い場合に口腔扁平上皮癌が浸潤していないと判定し、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して低い場合に口腔扁平上皮癌が浸潤していると判定することを含む、口腔扁平上皮癌の浸潤の有無を判定する方法。
【請求項9】
核内に局在するCHI3L1のレベルが、核内に局在するCHI3L1の量である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
核内に局在するCHI3L1のレベルが、細胞質に局在するCHI3L1の量に対する核内に局在するCHI3L1の量の比である、請求項8に記載の方法。
【請求項11】
核内に局在するCHI3L1の量を測定する工程を含む、請求項8~10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
細胞質に局在するCHI3L1の量を測定する工程を含む、請求項8~10のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
CHI3L1のレベルが免疫染色により測定されたものである、請求項8~12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
基準値が、CHI3L1のレベルのカットオフ値である、請求項8~13のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、口腔白板症の癌化を予測する方法および口腔扁平上皮癌の浸潤の有無を判定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
口腔白板症は、口腔粘膜、歯肉、舌における角化性の白色病変であり、代表的な口腔癌の前癌病変である。その癌化率は2~18%と推定されており、一方、舌癌の約18%に白板症が先行している。口腔白板症は、臨床学的には、摩擦により除去できず、他の診断可能な疾患ではない白斑を特徴とし、病理組織学的には扁平上皮の過形成から異形成まで多様である。口腔白板症の上皮の異形成は癌化の頻度が高いとされている。
【0003】
口腔白板症の病理組織学的検査では、通常、ヘマトキシリンエオジン染色により上皮の組織型を判断する。また、扁平上皮の上皮内腫瘍や上皮異形成の鑑別には、ck13、ck17といった抗ケラチン抗体も使用される。しかしながら、これらの染色では正常上皮と異形成を完全に区別することは困難であり、異形成から癌化の兆しを早期に捉えることができる検査法の確立が急務である。
【0004】
キチナーゼ3様タンパク質1(CHI3L1)は、酵素活性を持たない哺乳類キチナーゼ(キチン加水分解酵素)であり、上皮細胞、軟骨細胞、マクロファージ、好中球など、様々な細胞により産生される。CHI3L1が慢性炎症、上皮異形成、癌化を誘導することが明らかになっており、大腸癌や乳癌での発現の報告もある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本開示の目的の1つは、口腔白板症の癌化を予測する方法を提供することである。本開示の目的の1つは、口腔扁平上皮癌の浸潤の有無を判定する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、口腔白板症のうち、病理組織学的に異形成を認める症例においては、核内のCHI3L1の発現が認められ、異形成がない症例では核での発現は認められないこと、および、上皮内に限局した浸潤のない口腔扁平上皮癌においては、核内に特異的に強いCHI3L1の発現が認められ、基底層の下へ浸潤している癌においては細胞質に限局し核内での発現は認められないことを見出した。
【0007】
従って、ある態様では、口腔白板症の対象から取得された病変組織の細胞において、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して高い場合に口腔白板症が癌化すると予測し、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して低い場合に口腔白板症が癌化しないと予測することを含む、口腔白板症の癌化を予測する方法が提供される。
【0008】
ある態様では、口腔扁平上皮癌の対象から取得された病変組織の細胞において、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して高い場合に口腔扁平上皮癌が浸潤していないと判定し、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して低い場合に口腔扁平上皮癌が浸潤していると判定することを含む、口腔扁平上皮癌の浸潤の有無を判定する方法が提供される。
【発明の効果】
【0009】
本願の開示に従い、口腔白板症の癌化を予測すること、または、口腔扁平上皮癌の浸潤の有無を判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】免疫組織化学染色像におけるCHI3L1発現の評価基準を示す。
図2図2Aは、早期口腔扁平上皮癌組織のCHI3L1染色像を示す。図2Bは、進行口腔扁平上皮癌組織のCHI3L1染色像を示す。
図3】口腔扁平上皮癌組織における、CHI3L1の細胞質と核の局在スコアの比を示す。
図4図4Aは、上皮に異形成を認める口腔白板症組織のCHI3L1染色像を示す。図4Bは、上皮に異形成を認めない口腔白板症組織のCHI3L1染色像を示す。
図5】口腔白板症組織における、CHI3L1の細胞質と核の局在スコアの比を示す。
図6】口腔扁平上皮癌組織および口腔白板症組織の細胞質および核における、CHI3L1の蛍光強度を示す。
図7】口腔扁平上皮癌組織および口腔白板症組織における、CHI3L1蛍光強度の核/細胞質比を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
特に具体的な定めのない限り、本明細書で使用される用語は、有機化学、医学、薬学、分子生物学、微生物学等の分野における当業者に一般に理解されるとおりの意味を有する。以下にいくつかの本明細書で使用される用語についての定義を記載するが、これらの定義は、本明細書において、一般的な理解に優先する。
【0012】
I.口腔白板症の癌化を予測する方法
本方法では、口腔白板症の対象から取得された病変組織の細胞を用いる。口腔白板症は口腔粘膜の角化亢進によって生じる白斑状の病変であり、「他のいかなる疾患としても特徴づけられない著名な白色の口腔粘膜の病変」と定義される。病理組織学的には上皮の過角化(過正角化症・棘細胞症あるいは過錯角化症)から、上皮性異形成を伴うものが含まれる。対象の病変組織から細胞を採取してもよく、対象から採取した病変組織から細胞を採取してもよい。対象から病変組織を採取し、これに含まれる細胞を観察してもよい。通常は複数の細胞を用いるが、1個の細胞を用いてもよい。
【0013】
キチナーゼ3様タンパク質1(CHI3L1)は、YKL-40とも呼ばれる、約40kDaの分泌型糖タンパク質である。ヒトCHI3L1のアミノ酸配列の一例はProtein Accession:P36222に開示されている。キチナーゼはキチンのグリコシド結合を分解する加水分解酵素であるが、CHI3L1は酵素活性を持たない。CHI3L1は、細胞をアポトーシスから保護し、細胞の増殖と分化、血管新生、炎症、細胞外マトリックスのリモデリングおよび先天性免疫応答などに重要な役割を担っている。
【0014】
本開示に関して、CHI3L1は、その機能が維持されている限り、本来のアミノ酸配列において、1個または数個のアミノ酸が欠失、置換あるいは付加した配列を含んでいてもよい。「数個」とは、好ましくは2~7個、より好ましくは2~5個、最も好ましくは2~3個のアミノ酸を意味する。アミノ酸置換は、類似するアミノ酸残基間の保存的置換が好ましい。
【0015】
また、CHI3L1は、その機能が維持されている限り、本来のアミノ酸配列と、BLAST等を用いて計算したときに(例えば、BLASTのデフォルト即ち初期条件のパラメーターを用いた場合に)、少なくとも約60%以上、好ましくは約70%以上、より好ましくは約80%以上、さらに好ましくは約90%以上、特に好ましくは約95%以上、最も好ましくは約97%、約98%もしくは約99%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含むものであってもよい。
【0016】
核内に局在するCHI3L1のレベルは、核内に局在するCHI3L1の量であってもよく、細胞質に局在するCHI3L1の量に対する核内に局在するCHI3L1の量の相対値であってもよい。例えば、核内に局在するCHI3L1のレベルは、細胞質に局在するCHI3L1の量に対する核内に局在するCHI3L1の量の比であり得る。CHI3L1の量は、例えば、後述する標識のシグナル強度により示され得る。
【0017】
CHI3L1のレベルは、核内に局在するCHI3L1の量をスコア化したものであってもよい。例えば、核内に局在するCHI3L1の量を示す標識のシグナル強度を、0:陰性、1:弱陽性、2:陽性、3:強陽性の基準でスコア化し得る。あるいは、例えば、核内に局在するCHI3L1の量の最大値を100%とし、0%以上かつ25%未満をスコア1、25%以上かつ50%未満をスコア2、50%以上かつ75%未満をスコア3、75%以上かつ100%以下をスコア4とする基準でスコア化し得る。スコア化には、場合により細胞質に局在するCHI3L1の量を用いてもよい。例えば、細胞質に局在するCHI3L1のスコアに対する核内に局在するCHI3L1のスコアの比を用い得る。
【0018】
例えば、CHI3L1の量は、試料をCHI3L1に特異的に結合する試薬と接触させ、核内および任意に細胞質内のCHI3L1に結合した試薬の量を測定することにより、測定することができる。試料は対象から取得された病変組織の細胞であり、例えば、病変組織を切片にして細胞を観察してもよく、病変組織の細胞をスライドガラス等の基板に固定して観察してもよい。試薬は、例えば、抗体、RNA、DNA、ポリペプチドまたはアプタマーであり得る。これらの試薬は、CHI3L1と特異的に結合できるものであれば、断片、誘導体または類似体であってもよい。試料の固定、透過処理等の、試料中の物質のインビトロ検出のための一般的な技術は、当分野で周知である。
【0019】
試薬は、検出可能な物質で標識することができる。検出可能な物質の例としては、放射性同位元素、蛍光標識、発光標識、生物発光標識、酵素標識、ビオチン、電子顕微鏡によって視覚化が容易な高電子密度物質、例えば、フェリチンまたは金コロイドが挙げられる。試薬に特異的に結合し、標識を有する物質、例えば二次抗体を使用してもよい。
【0020】
正立顕微鏡、蛍光顕微鏡などの顕微鏡下で標識を可視化し、CCDカメラなどにより撮影し、核内および任意に細胞質内の標識のシグナル強度を測定する。シグナル強度の測定には、画像処理用のソフトウェア、例えば、ImageJ ソフトウェア(NIH, Bethesda, MD, USA)などを使用できる。
【0021】
通常は、複数の細胞において核内に局在するCHI3L1のレベルを測定し、統計的に処理する。例えば、顕微鏡の一定の視野内で観察されるすべての細胞またはCHI3L1を発現する細胞において、核内に局在するCHI3L1のレベルを測定し、平均値を算出する。視野は1つであっても複数であってもよい。ハウスキーピング遺伝子の測定値、核染色の測定値などの内在性コントロールにより、測定されたCHI3L1のレベルを補正してもよい。統計解析には、例えば、Prism等の統計解析用ソフトウェアを使用し得る。あるいは、目視によりCHI3L1のレベルを評価してもよい。
【0022】
CHI3L1のレベルの測定には、自動イメージングおよび画像解析技術、例えばハイコンテント分析(HCA)技術を利用してもよい。HCA技術は当分野で知られており、多数の細胞の自動イメージングと、これに続く定量的画像解析を含む。HCAの同義語には、ハイコンテンツイメージングおよびハイコンテンツスクリーニングが含まれる。測定のスピードを速めるために、ロボットもしくは自動装置またはマイクロ流体デバイスを用いてもよい。
【0023】
後述する実施例において、核内に局在するCHI3L1のレベルが、口腔白板症のうち、病理組織学的に異形成を認める症例において高く、異形成が認められない症例において低いことが見出された。異形成のある口腔白板症は、癌化の頻度が高いことが知られている。従って、本方法では、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して高い場合に口腔白板症が癌化すると予測し、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して低い場合に口腔白板症が癌化しないと予測する。
【0024】
核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と同等である場合、口腔白板症が癌化すると予測するか、癌化しないと予想するか、予測の目的などに応じて任意に設定できる。従って、ある実施態様では、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値以上である場合に口腔白板症が癌化すると予測し、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値未満である場合に口腔白板症が癌化しないと予測する。別の実施態様では、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値より高い場合に口腔白板症が癌化すると予測し、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値以下である場合に口腔白板症が癌化しないと予測する。
【0025】
ある実施態様では、基準値は、CHI3L1のレベルのカットオフ値である。カットオフ値は、口腔白板症の患者群を、異形成が認められる患者群と認められない患者群とに統計的に有意差をもって分けることができる値である。カットオフ値の設定は、種々の統計解析手法を用いて、公知の方法により実施できる。例えば、異形成が認められる口腔白板症の患者群から取得された試料における核内に局在するCHI3L1のレベルと、異形成が認められない口腔白板症の患者群から取得された試料における核内に局在するCHI3L1のレベルを統計解析的に処理することにより、カットオフ値を設定できる。統計的有意差は、カイ二乗検定、一般化Wilcoxon検定、Wilcoxonの符号順位検定、Mann-Whitney検定、ログランク検定、Cox比例ハザードなどの公知の検定方法により解析され得る。カットオフ値の設定には、例えば、Prism等の統計解析用ソフトウェアを使用し得る。
【0026】
カットオフ値は、感度および/または特異度に基づいて設定し得る。好ましくは、カットオフ値は、高い感度および高い特異度の両方を示す。ここで、感度とは、真の陽性率を意味する。また、特異度とは真の陰性率を意味する。例えば、異形成が認められる口腔白板症の患者群で高い陽性率を示し、かつ、異形成が認められない口腔白板症の患者群で高い陰性率を示すCHI3L1のレベルを、カットオフ値として設定し得る。
【0027】
例えば、診断検査の有用性を検討する手法として一般的に用いられているROC解析(receiver operating characteristic analysis)により、カットオフ値を設定することができる。ROC解析では、各カットオフ値における感度を縦軸に、偽陽性率(1-特異度)を横軸にプロットしたROC曲線が作成される。ROC曲線は、診断能のない検査では対角線上の直線となるが、診断能が向上するほど、左上方に弧を描く曲線となる。左上隅との距離が最小となるROC曲線上の点を与えるカットオフ値は、感度と特異度に優れると言える。また、ヨーデン指標(Youden index)に基づいてカットオフ値を設定することもできる。具体的には、異形成が認められる口腔白板症の患者群および異形成が認められない口腔白板症の患者群のCHI3L1のレベルから感度および特異度を求め、これらの値に基づき、市販の解析ソフトを使用してROC曲線を作成する。そして、感度と特異度が可能な限り100%に近いときの値を求めて、その値をカットオフ値とし得る。
【0028】
また、例えば、診断効率(即ち、異形成が認められる口腔白板症の患者を「異形成あり」と正しく診断した症例と、異形成が認められない口腔白板症の患者を「異形成なし」と正しく診断した症例との合計数の全症例数に対する割合)を求め、最も高い診断効率が算出されるCHI3L1のレベルをカットオフ値とし得る。
【0029】
特徴に応じてサブグループ化された患者群についてカットオフ値を設定することもできる。例えば、性別、年齢層または人種に応じてそれぞれカットオフ値が設定されてよい。
【0030】
核内に局在するCHI3L1の量をスコア化する場合、特定のスコアを基準値としてもよい。例えば、核内に局在するCHI3L1のスコアが1(弱陽性)以上である場合に、口腔白板症が癌化すると予測し、1未満である場合に、口腔白板症が癌化しないと予測する。
【0031】
ある実施態様では、本方法による予測結果を、診断のための情報として提供することができる。
ある実施態様では、口腔白板症の癌化を予測する方法であって、
(1)口腔白板症の対象から病変組織の細胞を取得すること、
(2)病変組織の細胞において、核内に局在するCHI3L1のレベルを測定すること、および、
(3)核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して高い場合に口腔白板症が癌化すると予測し、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して低い場合に口腔白板症が癌化しないと予測すること、
を含む方法が提供される。
【0032】
ある実施態様では、本方法により口腔白板症が癌化すると予測された対象において、口腔白板症の治療および/または癌化の予防が実施される。例えば、病変組織の外科的切除が行われる。
【0033】
上述の方法の少なくとも一部を、コンピュータに実行させてもよい。例えば、医療従事者などの試験実施者が、口腔白板症の対象から取得された病変組織の細胞を、必要に応じて適切に処理し、画像解析装置にセットする。コンピュータは、画像解析装置に、核内に局在するCHI3L1のレベルを測定させ、測定結果を取得する。コンピュータは、取得した核内に局在するCHI3L1のレベルに基づいて、対象の口腔白板症が癌化するか、しないかを予測する。コンピュータは、そのようにして得られた予測結果を出力し、試験実施者は、対象についての情報を得ることが可能になる。従って、例えば、コンピュータに、取得した核内に局在するCHI3L1のレベルを利用する方法を実行させるプログラムが提供される。また、プログラムは、核内に局在するCHI3L1のレベルを測定する方法をコンピュータに実行させてもよい。
【0034】
従って、例えば、
(1)口腔白板症の対象から取得された病変組織の細胞におけるCHI3L1の局在を示す画像のデータを取得するステップ、
(2)核内に局在するCHI3L1のレベルを測定するステップ、
(3)核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して高い場合に口腔白板症が癌化すると予測し、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して低い場合に口腔白板症が癌化しないと予測するステップ、および、
(4)得られた予測結果を出力するステップ
をコンピュータに実行させるためのプログラムが提供される。
【0035】
当該プログラムを記録した、コンピュータ読み取り可能な記録媒体も提供される。記録媒体は、磁気ディスク、光学的ディスク、フラッシュメモリーデバイスなど、特に限定されない。
【0036】
別の態様では、CHI3L1に特異的に結合する試薬を含む、口腔白板症の癌化を予測するためのキットが提供される。試薬は、水または適当な緩衝液、例えば、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)中に溶解されるか、または凍結乾燥された状態で、適切な容器中に収容されて提供され得る。好適な容器には、ボトル、バイアル、シリンジ、試験管、プレート、メンブレン等が含まれる。容器は、ガラス、プラスチックなどの多様な材料から形成されていてよい。キットは、CHI3L1の検出に必要な他の成分や試薬をさらに含んでもよい。例えば、キットは、標識二次抗体、発色基質、ブロッキング液、洗浄緩衝液などをさらに含み得る。キットは、さらに、使用のための説明を含む添付文書等の、商業的見地および使用者の見地から望ましいその他の材料をさらに含み得る。
【0037】
ある態様では、口腔白板症の癌化を予測するための、CHI3L1に特異的に結合する試薬が提供される。
ある態様では、口腔白板症の癌化を予測するためのキットを製造するための、CHI3L1に特異的に結合する試薬の使用が提供される。
【0038】
II.口腔扁平上皮癌の浸潤の有無を判定する方法
本方法では、口腔扁平上皮癌の対象から取得された病変組織の細胞を用いる。口腔扁平上皮癌には、例えば、舌癌、口腔底癌、歯肉癌、頬粘膜癌、硬口蓋癌が含まれる。対象の病変組織から細胞を採取してもよく、対象から採取した病変組織から細胞を採取してもよい。対象から病変組織を採取し、これに含まれる細胞を観察してもよい。通常は複数の細胞を用いるが、1個の細胞を用いてもよい。
核内に局在するCHI3L1のレベルについては、上記Iと同様である。
【0039】
後述する実施例において、核内に局在するCHI3L1のレベルが、口腔扁平上皮癌のうち、癌が上皮内に限局した症例において高く、癌が基底層の下へ浸潤した症例において低いことが見出された。従って、本方法では、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して高い場合に口腔扁平上皮癌が浸潤していないと判定し、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して低い場合に口腔扁平上皮癌が浸潤していると判定する。
【0040】
核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と同等である場合、口腔扁平上皮癌が浸潤していないと判定するか、浸潤していると判定するか、判定の目的などに応じて任意に設定できる。従って、ある実施態様では、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値以上である場合に口腔扁平上皮癌が浸潤していないと判定し、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値未満である場合に口腔扁平上皮癌が浸潤していると判定する。別の実施態様では、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値より高い場合に口腔扁平上皮癌が浸潤していないと判定し、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値以下である場合に口腔扁平上皮癌が浸潤していると判定する。
【0041】
ある実施態様では、基準値は、CHI3L1のレベルのカットオフ値である。カットオフ値は、口腔扁平上皮癌の患者群を、癌が浸潤していない患者群と浸潤している患者群とに統計的に有意差をもって分けることができる値である。カットオフ値の設定は、上記Iと同様に、種々の統計解析手法を用いて、公知の方法により実施できる。例えば、浸潤していない口腔扁平上皮癌の患者群から取得された試料における核内に局在するCHI3L1のレベルと、浸潤している口腔扁平上皮癌の患者群から取得された試料における核内に局在するCHI3L1のレベルを統計解析的に処理することにより、カットオフ値を設定できる。
【0042】
感度および/または特異度に基づいてカットオフ値を設定する場合、例えば、浸潤していない口腔扁平上皮癌の患者群で高い陽性率を示し、かつ、浸潤している口腔扁平上皮癌の患者群で高い陰性率を示すCHI3L1のレベルを、カットオフ値として設定し得る。
【0043】
ROC解析によりカットオフ値を設定する場合、例えば、浸潤していない口腔扁平上皮癌の患者群および浸潤している口腔扁平上皮癌の患者群のCHI3L1のレベルから感度および特異度を求め、これらの値に基づき、市販の解析ソフトを使用してROC曲線を作成し、感度と特異度が可能な限り100%に近いときの値を求めて、その値をカットオフ値とし得る。
【0044】
診断効率によりカットオフ値を設定する場合、例えば、浸潤していない口腔扁平上皮癌の患者を「浸潤していない」と正しく判定した症例と、浸潤している口腔扁平上皮癌の患者を「浸潤している」と正しく判定した症例との合計数の全症例数に対する割合を求め、最も高い診断効率が算出されるCHI3L1のレベルをカットオフ値とし得る。
【0045】
特徴に応じてサブグループ化された患者群についてカットオフ値を設定することもできる。例えば、性別、年齢層または人種に応じてそれぞれカットオフ値が設定されてよい。
【0046】
核内に局在するCHI3L1の量をスコア化する場合、特定のスコアを基準値としてもよい。例えば、核内に局在するCHI3L1のスコアが1(弱陽性)以上である場合に、口腔扁平上皮癌が浸潤していないと判定し、1未満である場合に、口腔扁平上皮癌が浸潤していると判定する。別の例では、核内に局在するCHI3L1のスコアが2(陽性)以上である場合に、口腔扁平上皮癌が浸潤していないと判定し、2未満である場合に、口腔扁平上皮癌が浸潤していると判定する。
【0047】
ある実施態様では、本方法による判定結果を、診断のための情報として提供することができる。
ある実施態様では、口腔扁平上皮癌の浸潤の有無を判定する方法であって、
(1)口腔扁平上皮癌の対象から病変組織の細胞を取得すること、
(2)病変組織の細胞において、核内に局在するCHI3L1のレベルを測定すること、および、
(3)核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して高い場合に口腔扁平上皮癌が浸潤していないと判定し、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して低い場合に口腔扁平上皮癌が浸潤していると判定すること、
を含む方法が提供される。
【0048】
ある実施態様では、本方法により口腔扁平上皮癌の浸潤の有無が判定された対象において、浸潤の有無に応じた口腔扁平上皮癌の治療が実施される。通常、浸潤の有無に関わらず病変組織とその周囲を切除するが、浸潤していると判定された場合は病変周囲を広く切除し、浸潤していないと判定された場合は病変周囲の切除範囲を縮小し得る。
【0049】
上述の方法の少なくとも一部を、コンピュータに実行させてもよい。例えば、医療従事者などの試験実施者が、口腔扁平上皮癌の対象から取得された病変組織の細胞を、必要に応じて適切に処理し、画像解析装置にセットする。コンピュータは、画像解析装置に、核内に局在するCHI3L1のレベルを測定させ、測定結果を取得する。コンピュータは、取得した核内に局在するCHI3L1のレベルに基づいて、対象の口腔扁平上皮癌が浸潤していないか、浸潤しているかを判定する。コンピュータは、そのようにして得られた判定結果を出力し、試験実施者は、対象についての情報を得ることが可能になる。従って、例えば、コンピュータに、取得した核内に局在するCHI3L1のレベルを利用する方法を実行させるプログラムが提供される。また、プログラムは、核内に局在するCHI3L1のレベルを測定する方法をコンピュータに実行させてもよい。
【0050】
従って、例えば、
(1)口腔扁平上皮癌の対象から取得された病変組織の細胞におけるCHI3L1の局在を示す画像のデータを取得するステップ、
(2)核内に局在するCHI3L1のレベルを測定するステップ、
(3)核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して高い場合に口腔扁平上皮癌が浸潤していないと判定し、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して低い場合に口腔扁平上皮癌が浸潤していると判定するステップ、および、
(4)得られた予測結果を出力するステップ
をコンピュータに実行させるためのプログラムが提供される。
【0051】
当該プログラムを記録した、コンピュータ読み取り可能な記録媒体も提供される。記録媒体の詳細は、上記Iに記載した通りである。
【0052】
別の態様では、CHI3L1に特異的に結合する試薬を含む、口腔扁平上皮癌の浸潤の有無を判定するためのキットが提供される。キットの詳細は、上記Iに記載した通りである。
【0053】
ある態様では、口腔扁平上皮癌の浸潤の有無を判定するための、CHI3L1に特異的に結合する試薬が提供される。
ある態様では、口腔扁平上皮癌の浸潤の有無を判定するためのキットを製造するための、CHI3L1に特異的に結合する試薬の使用が提供される。
【0054】
例えば、下記の実施態様が提供される。
[1]口腔白板症の対象から取得された病変組織の細胞において、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して高い場合に口腔白板症が癌化すると予測し、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して低い場合に口腔白板症が癌化しないと予測することを含む、口腔白板症の癌化を予測する方法。
[2]核内に局在するCHI3L1のレベルが、核内に局在するCHI3L1の量である、第1項に記載の方法。
[3]核内に局在するCHI3L1のレベルが、細胞質に局在するCHI3L1の量に対する核内に局在するCHI3L1の量の比である、第1項に記載の方法。
[4]核内に局在するCHI3L1の量を測定する工程を含む、第1項~第3項のいずれかに記載の方法。
[5]細胞質に局在するCHI3L1の量を測定する工程を含む、第1項~第3項のいずれかに記載の方法。
[6]CHI3L1のレベルが免疫染色により測定されたものである、第1項~第5項のいずれかに記載の方法。
[7]基準値が、CHI3L1のレベルのカットオフ値である、第1項~第6項のいずれかに記載の方法。
【0055】
[8]口腔扁平上皮癌の対象から取得された病変組織の細胞において、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して高い場合に口腔扁平上皮癌が浸潤していないと判定し、核内に局在するCHI3L1のレベルが基準値と比較して低い場合に口腔扁平上皮癌が浸潤していると判定することを含む、口腔扁平上皮癌の浸潤の有無を判定する方法。
[9]核内に局在するCHI3L1のレベルが、核内に局在するCHI3L1の量である、第8項に記載の方法。
[10]核内に局在するCHI3L1のレベルが、細胞質に局在するCHI3L1の量に対する核内に局在するCHI3L1の量の比である、第8項に記載の方法。
[11]核内に局在するCHI3L1の量を測定する工程を含む、第8項~第10項のいずれかに記載の方法。
[12]細胞質に局在するCHI3L1の量を測定する工程を含む、第8項~第11項のいずれかに記載の方法。
[13]CHI3L1のレベルが免疫染色により測定されたものである、第8項~第12項のいずれかに記載の方法。
[14]基準値が、CHI3L1のレベルのカットオフ値である、第8項~第13項のいずれかに記載の方法。
【0056】
本明細書で引用するすべての文献は、出典明示により本明細書の一部とする。
上記の説明は、すべて非限定的なものであり、本発明は添付の特許請求の範囲において定義され、その技術的思想を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。以下、実施例にて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【実施例0057】
試験1:免疫組織化学染色
実験方法
1.標本スライドの準備
久留米大学病院歯科口腔医療センターが保有する口腔扁平上皮癌組織および口腔白板症組織のホルマリン固定パラフィン包理切片を使用した。組織切片を4μmに切り出し、スライドガラスに付着させた。
【0058】
2.脱パラフィン
(1)加熱処理
スライドを60℃のインキュベーター内で30分間加熱した。
(2)キシレン処理
スライドをキシレンに5分間浸した。その後、余分な液を振り払い、別のキシレンに5分間浸した。
(3)エタノール、メタノール処理
スライドを100%エタノールに4分間浸した。余分な液を振り払い、水で調整した90%エタノールに2分間浸した。その後、余分な液を振り払い、メタノール+過酸化水素水(4.5%)に5分間浸し、余分な液を振り払い、水で調整した70%エタノールに2分間浸した。
(4)洗浄
余分な液エタノールを振り払い、スライドを水で洗浄した(2分間ずつ2回行った)。
【0059】
3.抗原賦活化処理(マイクロウエーブ法)
Tris バッファーは、水で0.5Mに調整したトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(nacalai tesque, Kyoto, Japan)を硫酸にてpH10に調整した。さらに10倍希釈したTris バッファーにスライドを浸し、電子レンジで下記の通りに加熱した。
(1)500Wで3分間
(2)100Wで6分間
(3)500Wで10秒間
(4)100Wで6分間
その後、30分間、容器ごと流水下で冷却し、PBSで3分間×3回洗浄した。
【0060】
4.透過処理
余分な液を振り払ったスライドガラスに、PBSで0.05%に調整したサポニン(Sigma-Aldrich, St. Louis, MO)を滴下し、湿潤箱中にて室温で5分間反応させ、PBSで3分間×3回洗浄した。
【0061】
5.ブロッキング
余分な液を振り払ったスライドガラスに、PBSで120倍希釈した正常ヤギ血清(Vector laboratories, Burlingame, CA, USA)を滴下し、湿潤箱中にて室温で30分間反応させた。
【0062】
6.一次抗体
余分な液を振り払ったスライドガラスに、PBSで50倍希釈した抗ヒトCHI3L1ウサギポリクローナル抗体(Bioss Antibody, Boston, MA, USA:Cat# bs-10215R)を滴下し、湿潤箱中にて4℃オーバーナイトで反応させた。その後、PBSで3分間×3回洗浄した。
【0063】
7.二次抗体
余分な液を振り払ったスライドガラスに、PBSで200倍希釈したビオチン標識抗ウサギIgG抗体(Vector)を滴下し、湿潤箱中にて、室温で30分間反応させた。その後、PBSで3分間×3回洗浄した。
【0064】
8.アビジン-ビオチン標識酵素複合体
アビジン-ビオチン標識酵素複合体(Vector)は、使用30分前にPBSで100倍希釈した。余分な液を振り払ったスライドガラスに、アビジン-ビオチン標識酵素複合体(Vector)を滴下し、湿潤箱中にて、室温で45分間反応させた。その後、PBSで3分間×3回洗浄した。
【0065】
9.発色検出
余分な液を振り払ったスライドガラスに、AEC3-アミノ-9-エチルカルバゾール(Abcam, Cambridge, MA, USA)を滴下し、37℃のインキュベーター内で8分間、反応させた。その後、水で3分間×3回洗浄した。
【0066】
10.ヘマトキシリン染色
余分な液を振り払ったスライドガラスをヘマトキシリン溶液(Dako, Glostrup, Denmark)に1分間浸し反応させた。その後、水で3分間×3回洗浄した。
【0067】
11.色だし
余分な液を振り払ったスライドガラスを炭酸リチウム溶液に5秒浸し、水で1回洗浄した。
【0068】
12.封入
余分な液を振り払ったスライドガラスに、60℃のインキュベーターで温めていた Glycergel Mounting Medium(Dako)を滴下し、カバーガラスにて封入した。
【0069】
13.染色強度の評価
各組織染色を、正立顕微鏡(Axio imager2 : ZEISS, Berlin, Germany)にて、接眼レンズは10倍を用い、対物レンズは40倍を用いて撮影した(倍率:400倍)。各組織染色について、細胞質と核の染色強度を、図1に示す基準に従い、全12視野(病変が限局している場合のみ4視野)でスコア化した。
【0070】
実験結果
(1)口腔扁平上皮癌
口腔扁平上皮癌の組織染色像を図2に示す。図2Aは上皮内に限局した浸潤のない口腔扁平上皮癌組織、図2Bは基底層の下へ浸潤している口腔扁平上皮癌組織のCHI3L1染色像である。染色強度が最も高い視野のスコアを表1に、集計結果を表2に示す。細胞質と核でスコアが同じ場合は、細胞質と判定した。細胞質のスコアに対する核のスコアの比を図3に示す。
【表1】

【表2】
【0071】
口腔扁平上皮癌のうち、浸潤していない上皮内癌(図2A)においては、核内に特異的に強いCHI3L1の発現が認められ、基底層を超えて浸潤した癌(図2B)においては、CHI3L1は細胞質に限局し、核内での発現は認められなかった(表1、2)。
【0072】
口腔扁平上皮癌においては、上皮内癌6例中5例で核内でのCHI3L1の発現を認めた。進行癌では4例中、全ての症例において細胞質にびまん性に発現を認め、核内での発現は全く認めなかった。従って、口腔扁平上皮癌組織におけるCHI3L1の細胞内局在は、口腔扁平上皮癌の進行度のマーカーとして使用し得る。
【0073】
(2)口腔白板症
口腔白板症の組織染色像を図4に示す。図4Aは上皮に異形成を認める口腔白板症組織、図4Bは上皮に異形成を認めない口腔白板症組織のCHI3L1染色像である。染色強度のスコアの最高値を表3に、集計結果を表4に示す。細胞質と核のスコアの比を図5に示す。
【表3】
【0074】
【表4】
【0075】
口腔白板症のうち、病理組織学的に異形成を認める症例(図4A)においては、核内のCHI3L1の発現を認め、異形成がない症例(図4B)では核での発現は認められなかった(表3、4、図5)。また、癌の初期の段階から浸潤癌へ進行する過程において、CHI3L1の核内移行が完全に消失し、細胞質にびまん性に局在する像を確認した(図4A図2A図2B)。
【0076】
白板症においては、上皮異形成のある症例13例中11例で核内の発現を認め、核内CHI3L1発現の有無を指標とする異形成の診断の感度は73.3%、特異度は85.7%であり、ともに非常に高かった(表4)。従って、口腔白板症組織におけるCHI3L1の細胞内局在は、異形成のマーカーとして使用し得る。
【0077】
試験2:免疫蛍光染色
実験方法
1.一次抗体
免疫組織化学染色の手順と同様に、組織切片が付着したスライドガラスに脱パラフィン、抗原賦活処理、透過処理、ブロッキングの工程を行い、一次抗体を反応させた。一次抗体は免疫組織化学染色と同様にPBSで50倍希釈(最終濃度:20μg/ml)した抗ヒトCHI3L1ウサギポリクローナル抗体(Bioss Antibody)を使用し、室温で1時間反応させた。その後、PBSで3分間×3回洗浄した。
【0078】
2.二次抗体
余分な液を振り払ったスライドガラスに、PBSで200倍希釈(最終濃度:1μg/ml)したCF488A抗ウサギIgG抗体(Biotium Inc, Fremont, CA, USA)を滴下し、湿潤箱中にて、室温で1時間反応させた。その後、PBSで3分間×3回洗浄した。
【0079】
3.核染色
余分な液を振り払ったスライドガラスに、PBSで1000倍希釈(最終濃度:1μg/ml)した Hoechst33342 水溶液(nacalai)を滴下し、37℃のインキュベーター内で10分間反応させた。その後、PBSで3分間×3回洗浄した。
【0080】
4.封入
余分な液を振り払ったスライドガラスに、組織が付着している面を上にして、封入剤Vectashild(Vector laboratories)を滴下し、カバーガラスを乗せた。カバーガラスの上にキムワイプを乗せ軽く押し、はみ出した封入剤を吸い取り、カバーガラスの四辺にネイルポリッシュ(マニキュア)を塗り、完全にシールドした。
【0081】
5.組織観察
染色した各スライドを共焦点顕微鏡(confocal microscope (Digital Eclipse C1; Nikon, Tokyo, Japan)にて、接眼レンズは10倍を用い、対物レンズは40倍を使用し、画像処理には EZ C1 3.5 software(Nikon)を用いて2倍に強拡大し撮影した(最終倍率:800倍)。
【0082】
6.蛍光強度測定
取得したRGB画像を、画像処理ソフト ImageJ(NIH, Bethesda, MD,USA)を用いて核染色(Blue)とCHI3L1(Green)に分割し計測を行った。
(1)Blue画像において、各組織の核をそれぞれ5視野ずつ計測し、平均値を得た。
(2)蛍光強度を一定にするため、異形成のない白板症の核の蛍光強度の値を基準とし、比率を求めた(異形成のない白板症:1、浸潤癌:0.8847、上皮内癌:0.9278)。
(3)Green画像において、細胞質部分および核部分を5視野ずつ計測した。得た値に、(2)で得られた比率をかけて、蛍光強度の値とした。
【0083】
実験結果
蛍光強度の測定結果を図6に示す。細胞質と核の蛍光強度の比を図7に示す。蛍光染色像において、免疫組織染色と同様に、口腔扁平上皮癌のうち、上皮内癌では核内のCHI3L1の発現が強く、進行癌ではCHI3L1は細胞質に限局し、核内での発現は弱かった。口腔白板症のうち、病理組織学的に異形成を認める症例では核内のCHI3L1の発現が強く、異形成がない症例では核での発現は弱かった。従って、CHI3L1の細胞内局在は、口腔扁平上皮癌組織における口腔扁平上皮癌の進行度のマーカーとして使用し得、口腔白板症組織における異形成のマーカーとして使用し得ることが、蛍光染色によっても確認された。
【産業上の利用可能性】
【0084】
本開示に従って、口腔白板症の癌化を予測すること、または、口腔扁平上皮癌の浸潤の有無を判定することができ、医療分野で有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7