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特開2023-85151体外ホウ素中性子反応を用いた幹細胞の分取方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023085151
(43)【公開日】2023-06-20
(54)【発明の名称】体外ホウ素中性子反応を用いた幹細胞の分取方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/074 20100101AFI20230613BHJP
   C12N 5/0789 20100101ALI20230613BHJP
   A61K 35/28 20150101ALI20230613BHJP
   A61P 7/00 20060101ALI20230613BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20230613BHJP
   A61P 35/02 20060101ALI20230613BHJP
【FI】
C12N5/074
C12N5/0789
A61K35/28
A61P7/00
A61P35/00
A61P35/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】25
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021199685
(22)【出願日】2021-12-08
(71)【出願人】
【識別番号】501185682
【氏名又は名称】株式会社八神製作所
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(71)【出願人】
【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003007
【氏名又は名称】弁理士法人謝国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】笠井 智成
(72)【発明者】
【氏名】古矢 修一
(72)【発明者】
【氏名】前田 嘉信
(72)【発明者】
【氏名】植田 愛
(72)【発明者】
【氏名】瓜谷 章
(72)【発明者】
【氏名】吉橋 幸子
(72)【発明者】
【氏名】西谷 健夫
(72)【発明者】
【氏名】土田 一輝
【テーマコード(参考)】
4B065
4C087
【Fターム(参考)】
4B065AA93X
4B065AC20
4B065BA30
4B065BB02
4B065BB40
4B065BD50
4B065CA44
4B065CA46
4C087AA01
4C087AA03
4C087BB44
4C087BB63
4C087NA06
4C087NA20
4C087ZA51
4C087ZB26
4C087ZB27
(57)【要約】      (修正有)
【課題】本発明の目的は、移植医療、再生医療分野で用いられる「幹細胞らしさ(stemness)」をもつ放射線高感受性幹細胞に混在した好ましくない細胞、例えば、奇形腫、異形細胞、がん細胞(白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などの血液がん細胞)を除去して、かかる移植医療、再生医療を安全に行うための細胞の分取方法、および該方法により得られる細胞を提供することにある。
【解決手段】本発明は、(1)標的細胞を含む細胞培養物をホウ素(10B)薬物の存在下で培養する工程、および(2)(1)で得られる細胞培養物に中性子線を照射する工程を含む、非標的細胞の分取方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)標的細胞を含む非標的細胞培養物に、標的細胞に特異的にホウ素(10B)が取り込まれる条件下で培養する工程、および
(2)(1)で得られるホウ素(10B)が取り込まれた標的細胞に、非標的細胞に影響が少ない中性子線を照射して標的細胞を選択的に殺傷する工程で、非標的細胞を分取する方法。
【請求項2】
工程(1)で、標的細胞にホウ素(10B)薬物が取り込まれ易く、非標的細胞にホウ素(10B)薬物が取り込みにくい培養条件下で細胞を培養する、請求項1に記載の分取方法。
【請求項3】
工程(2)で、非標的細胞を選択的に分取するために、照射する中性子線の最大エネルギーが50eV以下となるように構成された中性子照射場を用いたことを特徴とする、請求項1または2に記載の分取方法。
【請求項4】
工程(2)で得られる細胞培養物が、標的細胞を実質的に含まない、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記非標的細胞が、幹細胞である、請求項1~4のいずれか1項に記載の分取方法。
【請求項6】
前記幹細胞が、多能性幹細胞または造血幹細胞である、請求項5に記載の分取方法。
【請求項7】
前記多能性幹細胞が、ヒト多能性幹細胞である、請求項6に記載の分取方法。
【請求項8】
前記多能性幹細胞が、ヒトiPS細胞である、請求項6に記載の分取方法。
【請求項9】
前記造血幹細胞が、CD34陽性細胞である、請求項6に記載の分取方法。
【請求項10】
前記標的細胞が、異種細胞、異形細胞およびがん細胞からなる群から選択される1種以上である、請求項1~9のいずれか1項に記載の分取方法。
【請求項11】
前記標的細胞が、がん細胞である、請求項1~9のいずれか1項に記載の分取方法。
【請求項12】
前記ホウ素(10B)薬物が、p-ボロノフェニルアラニン(BPA)、メルカプトウンデカハイドロデカボレート(BSH)またはこれらの混合物である、請求項1~11のいずれか1項に記載の分取方法。
【請求項13】
前記ホウ素(10B)薬物が、BSHと疎水性アミノ酸残基および塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとの複合体であって、前記ペプチドがA6KまたはA6Rである、請求項1~11のいずれか1項に記載の分取方法。
【請求項14】
さらに、標的細胞および非標的細胞によるホウ素(10B)薬物の取り込みを評価する工程を含む、請求項1~13のいずれか1項に記載の分取方法。
【請求項15】
さらに、標的細胞を単離する工程を含む、請求項1~13のいずれか1項に記載の分取方法。
【請求項16】
さらに、標的細胞および非標的細胞に影響が少ないホウ素(10B)薬物を評価する工程を含む、請求項1~13のいずれか1項に記載の分取方法。
【請求項17】
非標的細胞に影響が少ない中性子照射場として、ガンマ線などの混入が少なく、高速中性子の影響(特に、中性子が水素と反応して細胞に付与する水素線量など)が小さくなる、最大中性子エネルギーが50eV 以下とすることを特徴とする、請求項3に記載の分取方法。
【請求項18】
非標的細胞に影響が少ない中性子照射場としては、国際原子力機関(IAEA)の基準値(IAEA TECDOC-1223)を満足し、エネルギーの小さな熱外中性子(0.5ev-10keV)を発生できる装置と水ファントムを組合わせて、標的細胞の生存率を減少させる効果を持つ中性子場を特徴とする、請求項3に記載の分取方法。
【請求項19】
非標的細胞に影響が少ない中性子照射場として、半径5cm以上の円柱状の中性子減速体(水、重水、Be、Cなど)軸中心に標的細胞を含む非標的細胞培養物を設置、円柱形状の中性子減速体脇に複数本設置された小型中性子発生装置から出射される高速中性子を50eV以下に減速して標的細胞を含む非標的細胞培養物に中性子を照射することを特徴とする、請求項3に記載の分取方法。
【請求項20】
請求項1~19のいずれか1項に記載の分取方法により得られる非標的細胞。
【請求項21】
請求項20に記載の非標的細胞を含む、医薬組成物。
【請求項22】
請求項20に記載の非標的細胞を含む、がんの予防または治療剤。
【請求項23】
請求項20に記載の非標的細胞を含む、血液がんの予防または治療剤。
【請求項24】
がん患者に対して、請求項21に記載の医薬組成物の有効量を投与することを特徴とする、該がん患者におけるがんの予防または治療方法。
【請求項25】
血液がん患者に対するホウ素中性子捕捉療法(BNCT)による抗がん処置前に、前記患者から造血幹細胞を採取する工程、
採取した造血幹細胞を、請求項1~19のいずれか1項に記載の分取方法により生成する工程、および、
前記分取方法により得られる造血幹細胞を、前記患者に自家移植する工程、
を含む血液がんの治療方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、「幹細胞らしさ(stemness)」を有する放射線高感受性細胞が利用される再生医療、細胞治療分野に関する。特に、骨髄および造血幹細胞の移植のための、これら細胞培養技術に適する。
【背景技術】
【0002】
「幹細胞らしさ(stemness)」を有する放射線高感受性細胞としては、胚性幹細胞および人工多能性幹細胞などの多能性幹細胞、および間葉系幹細胞、骨髄内に存在する造血幹細胞や骨髄移植片そのものが挙げられる。多能性幹細胞は、再生医療に於いて適当な条件下生体器官や組織に分化誘導させ、再生医療や移植医療に活用される。この時未分化の細胞が奇形腫となるリスクがあり、これら細胞の混在を試験するためのガイダンス(独立行政法人医薬品医療機器総合機構:「再生医療等製品のうち、ヒト細 胞加工製品を開発する際の考え方や留意点を記した技術的ガイダンス(平成28年6月) 」は存在するものの、積極的に除去する技術的方法は報告されていない。
【0003】
胚性幹細胞および人工多能性幹細胞などの多能性幹細胞の利用ケースでは、残存している未分化細胞を減らす分化誘導方法の開発に焦点があたっていたことから、「除去」方法は確立していない。一般的に「望ましくない」異種・異形細胞を取り除く方法としては、ガンマ線などの放射線の利用、および抗がん剤など細胞毒性のある薬剤に暴露する方法などが考えられる。しかし、いずれも、有用な多能性幹細胞に強いダメージを与える懸念が残り選択しにくい。
【0004】
骨髄内に存在し「幹細胞らしさ(stemness)」を有する造血幹細胞や骨髄移植片に混在するがん化した細胞など「望ましくない」異種・異形細胞のケースでも、「除去」に導く技術や手法については報告がない。従来は、健康な移植細胞提供者あるいは寛解状態での骨髄あるいは造血幹細胞移植(同種あるいは自家移植)を想定し、「リスクを軽減・回避」しているのみである。
【0005】
ホウ素中性子捕捉反応(BNCR: Boron Neutron Capture Reaction)は、ホウ素原子(10B)に熱中性子あるいは低エネルギーの熱外中性子線を照射して、核反応(α崩壊反応)を惹起させ、ホウ素原子を一定量以上含む細胞のみを、細胞単位で選択的に破壊し殺傷する化学反応であり、これを活用した治療法がBNCTである。本目的には、この方法が利用できる可能性がある。即ち、比較的細胞に与える影響が少ないホウ素薬剤を用い、「望ましくない」異種・異形細胞にホウ素元素(10B)を集積させたのち、正常細胞に影響が少ない「熱中性子」を中心とした低エネルギー中性子線を制御下照射して、「望ましくない」異種・異形細胞内でBNCRと表記される「α崩壊反応(核反応)」を生じさせ、正常細胞には影響を与えることなく、当該細胞のみを内部から破壊させて除去する方法が想定される。しかしながら、そうした目的でのBNCR利用報告は皆無であった。BNCT施設として、2020年3月にサイクロトロン型加速器中性子源(NeuCure)とホウ素薬剤ステボロニン(ボロファランBPAと溶解補助剤D-ソルビトールの点滴静注剤)を組合せた世界初の加速器駆動BNCTシステムが切除不能な局所進行または再発頭頚部がん治療を対象に厚生労働省から認可されている。また、国立がんセンターと江戸川病院に設置されたRFQライナック中性子源(CICS-1)とステボロニンを組合わせたシステムでメラノーマや血管肉腫を対象とした治験が進められている。フィンランドヘルシンキ病院に設置された静電型加速器と回転型Liターゲットを用いた加速器中性子源(nuBeam)の2号機が湘南鎌倉病院に導入されている。筑波大学ではRFQ/DTLライナック中性子源(iBNCT)の開発が進められており、実用化に向けて非臨床試験の準備が進められている。これらBNCT施設で用いられている加速器中性子源は、「陽子線加速器」「中性子生成ターゲット」「中性子を治療に適したエネルギー領域まで減速するモデレーター(BSA)」で構成される。これまで加速器(サイクロトロン、ライナック、静電加速器)とターゲット材(Be, Li)の組合せを変えて複数のシステムが開発されている(図1)が、何れも深部固形がんの治療を目的として、熱外領域(0.5eV~10keV)のエネルギーを持つ中性子を生成するのに適した仕様となっている。
【0006】
その中で、Liターゲットは低エネルギーの陽子ビーム下で効率良く中性子を発生することが可能であり、Beターゲットに比べて生成される中性子エネルギーが低いことから、BNCT治療に適した熱外中性子領域への中性子の減速が容易である特徴を持つ(表1)。
表1 各システムにおける熱外中性子生成に必要な中性子エネルギー減速比
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】BNCT(Boron Neutron Capture Therapy) 発展の経緯、Isotope News, 755, 42-47 (2018)
【非特許文献2】BNCTの将来展望、Isotope News, 756, 24-27 (2018)
【非特許文献3】医療用加速器中性子源の開発と産業・工業分野への応用、Isotope News, 757, 22-25 (2018)
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特願2016-062865
【特許文献2】特願2017-61979
【特許文献3】特願2017-105099
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、移植医療、再生医療分野で用いられる「幹細胞らしさ(stemness)」をもつ放射線高感受性幹細胞に混在した好ましくない細胞、例えば、奇形腫、異形細胞、がん細胞(白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などの血液がん細胞)を除去して、かかる移植医療、再生医療を安全に行うための細胞の分取方法、および該方法により得られる細胞を提供することにある。
【発明が解決するための手段】
【0010】
移植医療、再生医療を行う際に必要な「幹細胞(stemness)」を、幹細胞の機能に影響を与えることなく、幹細胞源に混入している「好ましくない細胞、例えば、奇形腫、異形細胞、がん細胞(白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などの血液がん細胞)」を、「幹細胞の放射線高感受性」に影響が少ないホウ素中性子捕捉反応 ( Boron Neutron Capture reaction、BNCR)を患者の体外で適用することで、これらを除去する手法(Ex. Vivo BNCR)を提供する。
即ち、本発明は、下記の事項に関するものである。
【0011】
(項目1)
(1)標的細胞を含む非標的細胞培養物に、標的細胞に特異的にホウ素(10B)が取り込まれる条件下で培養する工程、および
(2)(1)で得られるホウ素(10B)が取り込まれた標的細胞に、非標的細胞に影響が少ない中性子線を照射して標的細胞を選択的に殺傷する工程で、非標的細胞を分取する方法。
(項目2)
工程(1)で、標的細胞にホウ素(10B)薬物が取り込まれ易く、非標的細胞にホウ素(10B)薬物が取り込みにくい培養条件下で細胞を培養する、項目1に記載の分取方法。
(項目3)
工程(2)で、非標的細胞を選択的に分取するために、照射する中性子線の最大エネルギーが50eV以下となるように構成された中性子照射場を用いたことを特徴とする、項目1または2に記載の分取方法。
(項目4)
工程(2)で得られる細胞培養物が、標的細胞を実質的に含まない、項目1~3のいずれか1項に記載の方法。
(項目5)
前記非標的細胞が、幹細胞である、項目1~4のいずれか1項に記載の分取方法。
(項目6)
前記幹細胞が、多能性幹細胞または造血幹細胞である、項目5に記載の分取方法。
(項目7)
前記多能性幹細胞が、ヒト多能性幹細胞である、項目6に記載の分取方法。
(項目8)
前記多能性幹細胞が、ヒトiPS細胞である、項目6に記載の分取方法。
(項目9)
前記造血幹細胞が、CD34陽性細胞である、項目6に記載の分取方法。
(項目10)
前記標的細胞が、異種細胞、異形細胞およびがん細胞からなる群から選択される1種以上である、項目1~9のいずれか1項に記載の分取方法。
(項目11)
前記標的細胞が、がん細胞である、項目1~9のいずれか1項に記載の分取方法。
(項目12)
前記ホウ素(10B)薬物が、p-ボロノフェニルアラニン(BPA)、メルカプトウンデカハイドロデカボレート(BSH)などクロソ(closo)構造を有する化合物またはこれらの混合物である、項目1~11のいずれか1項に記載の分取方法。
(項目13)
前記ホウ素(10B)薬物が、BSHなどクロソ(closo)構造を有するホウ素化合物と疎水性アミノ酸残基および塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとの複合体であって、前記ペプチドがA6KまたはA6Rである、項目1~11のいずれか1項に記載の分取方法。
(項目14)
さらに、標的細胞および非標的細胞によるホウ素(10B)薬物の取り込みを評価する工程を含む、項目1~13のいずれか1項に記載の分取方法。
(項目15)
さらに、非標的細胞を単離する工程を含む、項目1~13のいずれか1項に記載の分取方法。
(項目16)
さらに、標的細胞および非標的細胞に影響が少ないホウ素(10B)薬物を評価する工程を含む、項目1~13のいずれか1項に記載の分取方法。
(項目17)
非標的細胞に影響が少ない中性子照射場として、ガンマ線などの混入が少なく、高速中性子の影響(特に、中性子が水素と反応して細胞に付与する水素線量など)が小さくなる最大中性子エネルギーが50eV 以下とする中性子減速材を特徴とする、項目3に記載の分取方法。
(項目18)
非標的細胞に影響が少ない中性子照射場としては、国際原子力機関(IAEA)の基準値(IAEA TECDOC-1223)を満足し、エネルギーの小さな熱外中性子(0.5ev-10keV)を発生できる装置と前記水ファントムを組合せて、標的細胞の生存率を減少させる効果をもつ中性子照射場を特徴とする、項目3に記載の分取方法。
(項目19)
非標的細胞に影響が少ない中性子照射場として、半径5cm以上の円柱状の中性子減速体(水、重水、Be,Cなど)軸中心に標的細胞を含む非標的細胞培養物を設置、円柱形状の中性子減速体脇に複数本設置された小型中性子発生装置から出射される高速中性子を50eV以下に減速して標的細胞を含む非標的細胞培養物に中性子を照射することを特徴とする、項目3に記載の分取方法。
(項目20)
項目1~19のいずれか1項に記載の分取方法により得られる非標的細胞。
(項目21)
項目20に記載の非標的細胞を含む、医薬組成物。
(項目22)
項目20に記載の非標的細胞を含む、がんの予防または治療剤。
(項目23)
項目20に記載の非標的細胞を含む、血液がんの予防または治療剤。
(項目24)
がん患者に対して、項目21に記載の医薬組成物の有効量を投与することを特徴とする、該がん患者におけるがんの予防または治療方法。
(項目25)
血液がん患者に対するホウ素中性子捕捉療法(BNCT)による抗がん処置前に、前記患者から造血幹細胞を採取する工程、
採取した造血幹細胞を、項目1~19のいずれか1項に記載の分取方法により生成する工程、および、
前記分取方法により得られる造血幹細胞を、前記患者に自家移植する工程、
を含む血液がんの治療方法。
【発明の効果】
【0012】
ホウ素中性子捕捉反応(BNCR)を再生医療や細胞医療に有用な細胞の分取に活用するものである。
【0013】
胚性幹細胞および人工多能性幹細胞などの多能性幹細胞は、放射線感受性が高いことが知られている。このため、従来から汎用されてきた放射線照射を「除去」目的に、異種・変異細胞に適用することは困難である。この点で、選択性の優れたホウ素薬剤とガンマ線や高エネルギー中性子の混入率が極めて少ない中性子との組み合わせによるBNCRが適用できればほぼ唯一となる実用的方法を提供することになる。
【0014】
骨髄内に存在する造血幹細胞や骨髄移植片そのものから、BNCRで混在する可能性がある「がん細胞」を、選択的に除去できれば、「自家移植」の適用範囲が大幅に拡張される可能性がある。これにより、血液がんに対する全般的な治療法選択肢を増やすことが期待できる。特に、新薬処方等による「移植前処置」の効果改善により患者体内に残存するがん細胞がゼロもしくは大幅に減少したケースでは、処置前の寛解時に採取した自家造血幹細胞中に潜在するがん細胞の多寡が、自家移植後の再発・再燃につながる可能性は排除出来なくなる。自家骨髄移植あるいは自家造血幹細胞移植を有力な治療方法とする骨髄性の血液がんにとっては、本法による移植材料の創出が有効な方法を提供することになる。
【0015】
再生医療、細胞医療の拡大、がん治療、例えば血液がん治療での「移植」適用範囲の拡大と選択性の向上による「パラダイムシフト」を実現する。治癒する患者数の増加と同時に、総額医療費の抑制を同時に実現する可能性があり、日本にとって望ましいがん治療の方向性を示すものとなる。
【0016】
Ex. Vivo BNCTは、血液がん(白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫など)では、患者の体内に存在または潜在するがん細胞を、大量の化学療法や放射線療法により完全に駆逐する治療方法(移植前処置)と組み合わせることにより、血液がんの治療のための自家造血幹細胞移植を安全に行うことができることにつながる。もしくは、再生医療において、奇形腫や異形細胞など、将来のがん化のリスクがある細胞を取り除き、再生医療を安全に行うことにつながる。
【0017】
「幹細胞らしさ」(stemness)を有する放射線高感受性細胞は、再生医療や細胞医療にとって重要な生体素材ながら、混在するリスクのある異種・変異細胞等、および未分化の細胞を取り除く方法については効果的な方法が無く、大きな制限要素となっている。本発明は、再生医療や細胞医療の根源的な解決につながる。
【0018】
本発明に示す方法を、血液がん(悪性リンパ腫、多発性骨髄腫など)治療に応用することができる。これにより根治につながる可能性がある「(自家)造血幹細胞」移植に対する安全性向上が期待できる。
【0019】
再生医療や細胞医療、その材料提供に関わる化学分野での発明となることから、これら医療分野での新たな発明や治療法開発につながる。承認までの期間短縮と費用圧縮が見込める。
【0020】
従来から、造血組織(骨髄、造血幹細胞など)の移植は、日本造血細胞移植学会などからガイドラインに示されている通り、化学療法に反応する65歳以下の血液がん(悪性リンパ腫、多発性骨髄腫など)患者に対して実施されている。しかしながら、ガイドラインで示される造血組織移植は、他家移植のみが認められており、患者自身の造血組織を使用する自家移植は想定されていない。これは、自家移植すると、造血組織に存在するがん細胞を患者に移植することになり、がんを再発させる可能性があるためである。したがって、患者を救済できるかどうかは、移植細胞提供者(ドナー)が確保されるかどうかに依存し、治療できる患者数も限られたものとなっている。
【0021】
本発明によれば、抗がん剤治療を行う前に、患者の体外に取り出した骨髄などの造血幹細胞に対して、ホウ素中性子捕捉療法を適用することにより、がん細胞を駆逐し、かつ造血幹細胞機能を維持した造血組織を得ることができる。このような造血組織を使用することにより、がん細胞の再移入を回避することのできる自家移植が可能となる。その結果、前記ドナーの確保が必要な他家移植に制限されることなく血液がんの治療が可能となり、救済される患者数が増加する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】加速器中性子源の特性比較を示す。
図2】限外濾過後のOKD粒子測定結果を示す。
図3】がん細胞培地を用いた際のCD34陽性造血幹細胞と多発性骨髄腫由来細胞株に取り込まれるホウ素濃度計測結果を示す。
図4】BPAとBSHの細胞内移行性評価結果を示す。
図5】がん細胞と正常細胞に付与される線量の概念を示す。
図6】生体組織に対するカーマ係数の中性子エネルギー依存を示す。
図7】γ線カーマ係数のγ線エネルギー依存を示す。
図8】静電加速器システムとビームライン外観写真を示す。
図9】中性子減速照射装置と出射される中性子線質を示す。
図10】BSAノズルから出射される中性子のエネルギー分布を示す。
図11】幹細胞照射用中性子減速体を示す。
図12】幹細胞照射用中性子減速体構造を示す。
図13】幹細胞照射用中性子減速体中の各種線量分布(軽水減速体)を示す。
図14】幹細胞照射用中性子減速体中の各種線量分布(軽水減速体+鉛遮蔽)を示す。
図15】幹細胞照射用中性子減速体中の各種線量分布(重水減速体)を示す。
図16】ホウ素薬剤(OKD)処理後の、がん細胞(MM細胞)と正常細胞(造血幹細胞)の中性子線照射時間と細胞生存率の関係式を示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の一実施態様において、
(1)標的細胞を含む非標的細胞培養物をホウ素(10B)薬物の存在下で培養する工程、および
(2)(1)で得られるホウ素(10B)が取り込まれた標的細胞に中性子線を照射して非標的細胞を選択的に分取する工程を含む、非標的細胞の分取方法を提供する。
工程(1)で、標的細胞にホウ素(10B)薬物が取り込まれ易い培養条件下で細胞を培養することが好ましい。工程(1)で、ホウ素(10B)薬物が標的細胞に取り込まれ易い培養条件として、例えば、ホウ素薬剤、細胞培地の種類、培養温度、炭酸ガス濃度等を最適化することが挙げられる。
また、工程(2)で、非標的細胞を選択的に分取するために、照射する中性子線の最大エネルギーが50eV以下であり、中性子に混入するγ線を抑えるように構成された中性子照射場を用いたことが好ましい。
【0024】
標的細胞とは、除去すべき細胞を意味し、例えば、細胞製剤として用いられる細胞に混在するがん化した細胞など「望ましくない」異種・異形細胞等が挙げられる。
【0025】
非標的細胞とは、分取すべき細胞を意味し、幹細胞性を有し放射線感受性の高い細胞を例示することができる。
【0026】
幹細胞性を有し放射線感受性の高い細胞の例としては、多能性幹細胞(胚性幹細胞および人工多能性幹細胞など)あるいは多分化能幹細胞(分化複能性幹細胞骨:MUSE細胞や間葉系幹細胞および造血幹細胞)あるいは造血幹細胞から分化する正常幹細胞が挙げられる(放射線生物研究 Radiation Biology Research Communications 54(4), 266-280, 2019)。
【0027】
本発明に用いる多能性幹細胞としては、例えば、人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell:iPS細胞)、胚性幹細胞(embryonic stem cell:ES細胞)、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹細胞(nuclear transfer Embryonic stem cell:ntES細胞)、多能性生殖幹細胞(multipotent germline stem cell)(「mGS細胞」)、胚性生殖幹細胞(EG細胞)、Muse細胞(multi-lineage differentiating stress enduring cell)が挙げられるが、好ましくはiPS細胞(より好ましくはヒトiPS細胞)である。上記多能性幹細胞がES細胞又はヒト胚に由来する任意の細胞である場合、その細胞は胚を破壊して作製された細胞であっても、胚を破壊することなく作製された細胞であってもよいが、好ましくは、胚を破壊することなく作製された細胞である。
【0028】
造血幹細胞は基本的には骨髄に存在する。造血幹細胞は骨髄中ですべての血液細胞分化系列に分化し、赤血球、白血球および血小板に成長する。また造血幹細胞は、細胞分裂により増殖し、自己複製することもできる。本発明で使用する自家移植用細胞は、造血幹細胞を含み、がん患者の骨髄から採取することが好ましい。前記がん患者は、造血幹細胞移植の対象となる、白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などの血液がんの患者である。患者からの骨髄の採取は、例えば、日本造血細胞移植学会が公開している骨髄採取の方法にしたがって行われる。
【0029】
CD34は細胞膜を貫通する表面抗原であり、骨髄および末梢血の造血幹細胞、血管内皮前駆細胞、骨格筋の衛星細胞、上皮の毛包幹細胞ならびに脂肪組織の間葉系幹細胞などに発現している。すなわち、CD34は様々な体性幹細胞の表面マーカーであり、CD34を発現する細胞は、あらゆる血液細胞と内皮性細胞への分化能を有するが、細胞が成熟し、分化が進むにつれて消失する。したがって、本発明で使用する造血幹細胞は、CD34陽性細胞であることが好ましい。使用する細胞がCD34陽性であるかどうかは、例えば、フローサイトメーターで確認することができる。
【0030】
Ex. Vivo BNCRでは、放射線高感受性細胞へのBNCRの適用に際して、(1)未分化細胞を含む「標的とする異種・異形細胞」等に、ホウ素原子(10B)を選択的・効果的に取り込ませる「ホウ素薬剤」、(2)ガンマ線など放射線の混在が少なく、50eV以下の熱外中性子を安定的に発生させる「中性子線源」を組み合わせることで実施する。
【0031】
ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)は、ホウ素同位体(10B)をがん細胞に導入し、中性子線を照射することによりがん細胞を選択的に殺傷する方法である。本発明において、自家移植用細胞をホウ素(10B)薬物の存在下で培養する工程とは、例えば、がん患者の骨髄から採取された造血幹細胞を含む自家移植用細胞をホウ素(10B)薬物の存在下で培養し、前記細胞に十分量のホウ素薬物を導入する工程である。前記ホウ素(10B)薬物としては、p-ボロノフェニルアラニン(BPA)、メルカプトウンデカハイドロデカボレート(BSH)などcloso構造を有するホウ素化合物およびこれらの混合物を使用することができる。
【0032】
BPAは、分子内にホウ素原子を1個含むアミノ酸誘導体であり、細胞膜に存在するアミノ酸輸送体により細胞内に取り込まれる。一方、BSHは、分子内にホウ素原子を12個含む結晶体である。BPAおよびBSHは公知の化合物である。BSHなどcloso構造を有するホウ素化合物は遊離形態であってもよく、塩の形態であってもよい。BSHなどcloso構造を有するホウ素化合物の塩としては、ナトリウム塩、アンモニウム塩、テトラメチルアンモニウム塩等が挙げられるが、これらに限定されない。また、BSHなどcloso構造を有するホウ素化合物は、修飾または誘導体化されていてもよい。修飾および誘導体化されたBSHは公知であり、ペプチドを結合させたBSH、糖類を結合させたBSH、チオール基、水酸基、カルボキシル基、アミノ基、アミド基、アジド基、ハロゲン基およびリン酸基等を有するBSHなどが例示されるが、これらに限定されない。修飾されたBSHおよび誘導体化されたBSHの製造方法は公知である。
【0033】
BSHなどcloso構造を有するホウ素化合物は、細胞膜の透過性が低いため、そのままでは細胞内に十分取り込まれない場合があるが、リポソームなどに封入して培養液に添加し、細胞に取り込ませることもできる。BSHの細胞内取り込み量が少ない場合には、BSHなどcloso構造を有するホウ素化合物を、疎水性アミノ酸残基および塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとの複合体とすることにより、BSHの細胞への取り込み量を増大させることができる。
【0034】
前記の疎水性アミノ酸残基および塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとしては、AAAAAK、AAAAAAK、AAAAAAAK、AAAAAKK、AAAAAAKK、AAAAAAAKK、AAAAAR、AAAAAAR、AAAAAAAR、AAAAARR、AAAAAARR、AAAAAAARRなどが例示される。前記ペプチドとしてより好ましくは、AAAAAA-ホモアルギニン、AAAAAA-オルニチン、AAAAAA-2,7-ジアミノヘプタン酸、AAAAAA-2,4-ジアミノブタン酸、AAAAAA-2-アミノ-4-グアニジノブタン酸などが挙げられ、さらに好ましくは、AAAAAAK(A6Kと略称)およびAAAAAAR(A6Rと略称)が挙げられるが、これらに限定されない。なお、上記したペプチドは、慣用的な1文字アミノ酸標記で示されている。したがって、Aはアラニン(alanine)、Kはリシン(lysine)、Rはアルギニン(arginine)を示す。
【0035】
本発明で使用する前記ペプチドは遊離形態であってもよく、塩の形態であってもよく、溶媒和物の形態であってもよく、または修飾もしくは誘導体化されていてもよい。ペプチドの塩は様々なものが公知であり、その製法も公知である。ペプチドの塩の例としては、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩、酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩(TFA塩)、クエン酸塩、コハク酸塩、マレイン酸塩、フマル酸塩、リンゴ酸塩、酒石酸塩、p-トルエンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、メタンスルホン酸塩、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩などが挙げられるが、これらに限定されない。ペプチドの溶媒和物も公知であり、その製法も公知である。ペプチドの溶媒和物の例としては、水、メタノール、エタノール、イソプロパノール、テトラヒドロフラン、ジメチルスルホキシド、エチレングリコール、プロピレングリコール、アセトアミドなどの溶媒和物が挙げられるが、これらに限定されない。様々な修飾ペプチドおよびペプチド誘導体が公知である。ペプチドの修飾および誘導体化方法も公知である。ペプチドの修飾および誘導体化の例としては、アセチル化、アミド化、ビオチン化、マレイミド化、メチル化などのアルキル化、マレイミド化、ミリストイル化、エステル化、リン酸化、蛍光標識、放射性標識などでの標識化などが挙げられるがこれらに限定されない。ペプチドのN末端はアセチル化されていることが好ましい。また、ペプチドを構成するアミノ酸は、光学異性体としてL体であってもよく、またはD体であってもよい。さらに、ペプチド1分子中に、L体およびD体のアミノ酸が含まれてもよい。本発明において、ペプチドという場合は、上記のような修飾されたペプチド、誘導体化されたペプチド、塩の形態のペプチド、D-アミノ酸を含むペプチドを包含するものとする。
【0036】
本発明において使用される、BSHなどcloso構造を有するホウ素化合物と疎水性アミノ酸残基および塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとの複合体は、水溶液中でBSHなどcloso構造を有するホウ素化合物と前記ペプチドとを混合することにより調製することができる。混合時には、分散および複合体形成を促進するため、撹拌または超音波処理を行ってもよい。BSHなどcloso構造を有するホウ素化合物と前記ペプチドとを混合する水溶液中において、前記ペプチドの濃度は特に限定されず、一般的には数μM~数mMである。前記水溶液中のBSHの濃度も特に限定されず、一般的には数十μM~数mMである。混合する際の前記ペプチドとBSHとのモル比も特に限定されないが、混合比率は、ペプチド1モルに対してBSH約1モル~約1000モルの比率が好ましく、例えばペプチド1モルに対してBSH約1~約100モルの比率、ペプチド1モルに対してBSH約100~約1000モルの比率などであってもよい。
【0037】
BSHなどcloso構造を有するホウ素化合物と前記ペプチドとを混合する前記水溶液は、水を媒体とする溶液である。水溶液は水のみであってもよく、緩衝液および塩類などの他の物質が添加されていてもよい。前記混合時の温度、pH、混合時間などの条件は、当業者であれば適切な条件を設定することができる。例えば、BSHとA6KまたはA6Rとを混合する場合は、A6Kのリジン残基またはA6Rのアルギニン残基が正電荷を有し、BSHが負電荷を有するような条件下で混合することが好ましい。リン酸緩衝生理食塩水などの緩衝液を用いて水溶液のpHを所望の値にしてもよい。
【0038】
BSHなどcloso構造を有するホウ素化合物と疎水性アミノ酸残基および塩基性アミノ酸残基を含むペプチドとの前記複合体は、表面に角状突起を有する球形または突起を有さない球形である。球形とは真球のみならずほぼ球形であるものも包含する。具体的には、長径に対する短径の割合が約0.5以上、好ましくは約0.6以上、さらに好ましくは約0.7以上であれば球形ということができる。前記複合体から形成される粒子の粒子径および粒子径分布は、動的光散乱法(Dynamic Light Scattering、DLS)により測定することができる。前記複合体の粒子径は、BSHなどcloso構造を有するホウ素化合物と前記ペプチドとの複合体の調製時における両者の混合比率により調節することができる。混合する前記ペプチドに対するBSHの比率が低いと、得られる複合体の直径はより小さいものが多くなり、前記ペプチドに対するBSHの比率が高いと、得られる複合体の直径はより大きいものが多くなる。
【0039】
本発明の一実施態様において、さらに、標的細胞および非標的細胞によるホウ素(10B)薬物の取り込みを評価する工程を含む、非標的細胞の分取方法を提供する。
【0040】
本発明の一実施態様において、さらに、標的細胞を単離する工程を含む、非標的細胞の分取方法を提供する。
【0041】
本発明の一実施態様において、さらに、標的細胞および非標的細胞に影響が少ないホウ素(10B)薬物を評価する工程を含む、非標的細胞の分取方法を提供する。
【0042】
本発明の一実施態様において、非標的細胞に影響が少ない中性子照射場として、ガンマ線などの混入が少なく、高速中性子の影響(特に、中性子が水素と反応して細胞に付与する水素線量など)が小さくなる最大中性子エネルギーが50eV 以下とすることを特徴とする、非標的細胞の分取方法を提供する。
【0043】
本発明の一実施態様において、非標的細胞に影響が少ない中性子照射場としては、国際原子力機関(IAEA)の基準値(IAEA TECDOC-1223)を満足し、エネルギーの小さな熱外中性子(0.5ev-10keV)を発生できる装置と水ファントムと組合わせて標的細胞の生存率を減少させる効果をもつ中性子照射場を特徴とする、非標的細胞の分取方法を提供する。
【0044】
本発明の一実施態様において、非標的細胞に影響が少ない中性子照射場として、半径5cm以上の円柱状の中性子減速体(水、重水、Be、Cなど)軸中心に標的細胞を含む非標的細胞培養物を設置、円柱形状の中性子減速体脇に複数本設置された小型中性子発生装置から出射される高速中性子を50eV以下に減速して標的細胞を含む非標的細胞培養物に中性子を照射することを特徴とする、非標的細胞の分取方法を提供する。
【0045】
前記自家移植用細胞を前記ホウ素(10B)薬物の存在下で培養する工程において、培養液の種類、培養時間、培養液に添加する前記ホウ素(10B)薬物の濃度、培養液における細胞密度等の培養条件は、前記ホウ素(10B)薬物の細胞内への取り込み量および細胞内分布等で決定することができる。BPA等のホウ素(10B)薬物を取り込んだ前記自家移植用細胞に中性子線を照射すると、細胞内部でホウ素と熱中性子との核反応が生じ、核反応により発生した粒子線(アルファ線および7Li粒子)が細胞を傷害する。したがって、前記ホウ素(10B)薬物の取り込みが高い細胞ほど、中性子線照射による細胞傷害を受けやすい。本発明の分取方法における前記培養条件は、非標的細胞(例えば正常細胞)への前記ホウ素(10B)薬物の取り込みをできるだけ少なくし、一方で、標的細胞(例えばがん細胞)への前記ホウ素(10B)薬物の取り込みをできるだけ多くするものである。
非標的細胞への取り込みを少なくする方法として、
・ホウ素薬剤としてOKD-001を用いる。終濃度をA6K:BSH=0.2 mM/2 mMとする。
・培地の種類は1% ヒト血清アルブミン (HSA)を添加したRPMI1640を用いる。
・培養温度は37℃
・5% CO2条件下での培養
などが挙げられる。
その結果、中性子線照射前に存在する生存可能ながん細胞数と比較して、中性子線照射後に存在する生存可能ながん細胞数は減少する。好ましくは、中性子線照射後は、生存可能ながん細胞は消滅する。一方で、正常細胞は中性子線照射後であっても生存可能な状態で存在し、好ましくは、中性子線照射の前後で、生存可能な正常細胞数にはほとんど変動がない。ホウ素(10B)薬物を取り込んだ前記自家移植用細胞に対する中性子の照射は、原子炉または加速器型中性子発生装置を用い、がん細胞および正常細胞に対する細胞傷害性を調べながら、中性子線量、中性子スペクトル、照射時間、照射角度等の条件を決定することができる。
【0046】
本発明の一実施態様において、本発明の分取方法により得られる非標的細胞を提供する。該細胞は、例えば、自家移植用の細胞であって、培養液等に懸濁された状態または細胞凍結保存液中で凍結した状態で提供される。細胞凍結保存液としては、例えば、10%ジメチルスルホキシドおよび10%血清を含む細胞培養液、セルバンカー(登録商標、タカラバイオ)等が挙げられる。
【0047】
本発明の一実施態様において、本発明の分取方法により得られる非標的細胞を含む、医薬組成物を提供する。
【0048】
本発明の非標的細胞を有効成分として含む医薬組成物は、がん治療対象を処置するために使用することができる。本発明の医薬組成物は、製剤技術分野において慣用の方法、例えば、日本薬局方に記載の方法等により製造することができる。本発明の医薬組成物は、薬学的に許容される添加剤を含んでいてもよい。該添加剤としては、例えば、細胞培養液、生理食塩水や適当な緩衝液(例えば、リン酸系緩衝液)等が挙げられる。
【0049】
本発明の医薬組成物は、非標的細胞を生理食塩水や適当な緩衝液(例えばリン酸系緩衝液)等に懸濁することによって製造することができる。所望の治療効果が発揮されるように、一回投与分の量として、例えば1×10個以上の細胞を含有させることが好ましい。より好ましくは1×108個以上、さらに好ましくは1×109個以上である。細胞の含有量は、適用対象の性別、年齢、体重、患部の状態、細胞の状態等を考慮して適宜調整することができる。本発明の医薬組成物には、非標的細胞の他、細胞を保護する目的でジメチルスルフォキシド(DMSO)および血清アルブミン等を含有させてもよい。また、細菌の混入を阻止する目的で抗生物質等ならびに細胞の活性化および分化を促す目的でビタミン類やサイトカイン等を含有させてもよい。さらに、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水等)を本発明の医薬組成物に含有させてもよい。
【0050】
本発明の非標的細胞を有効成分として含む医薬組成物は、低温凍結保存することができる。低温凍結保存する場合、温度は、細胞の保存に適した温度であれば特に限定されない。例えば、-20℃、-80℃および-120~-196℃が挙げられる。低温凍結保存する場合、細胞は、バイアル等の適切な容器中で保存することができる。非標的細胞の凍結時および解凍時の細胞損傷リスクを最小限にするための操作は、当業者には周知である。
【0051】
非標的細胞の冷凍保存においては、非標的細胞を培養液から回収し、緩衝液または培養液により洗浄し、細胞数を計数し、遠心分離等により濃縮して、凍結媒質(例えば、10% DMSOを含む培養液)中に懸濁した後、低温凍結保存する。非標的細胞は、複数の培養容器で培養した細胞を合わせ、単一ロットにすることができる。本発明の非標的細胞を含む医薬組成物は、バイアル等の容器当たり、例えば、5×104個~9×1010個の非標的細胞を含むが、対象とするがんの種類、投与対象、投与経路等に応じて変更することができる。
【0052】
本発明の非標的細胞を含む医薬組成物の投与経路としては、例えば、輸注、腫瘍内注射、動注、門脈注、腹腔内投与等が挙げられる。但し、本発明の医薬組成物中の有効成分である非標的細胞が患部に送達される限り、投与経路はこれに限られるものではない。投与スケジュールとしては、単回投与または複数回投与とすることができる。複数回投与の期間は例えば、2~4週間に1回投与を繰り返す方法または半年から1年に1回投与を繰り返す方法等を採用することができる。投与スケジュールの作成においては、対象患者の性別、年齢、体重、病態等を考慮することができる。
【0053】
本発明の一実施態様において、本発明の分取方法により得られる非標的細胞を含む、がんの予防または治療剤を提供する。
【0054】
本発明の一実施態様において、本発明の培養方法により得られる非標的細胞を含む、血液がんの予防または治療剤を提供する。血液がんとしては、白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0055】
本発明の一実施態様において、非標的細胞を含む医薬組成物の有効量を投与することを特徴とする、該がん患者におけるがんの予防または治療方法を提供する。
【0056】
本発明の一実施態様において、血液がん患者に対するホウ素中性子捕捉療法(BNCT)による抗がん処置前に、前記患者から造血幹細胞を採取する工程、採取した造血幹細胞を、本発明の分取方法により生成する工程、および、前記分取方法により得られる造血幹細胞を、前記患者に自家移植する工程を含む、血液がんの治療方法を提供する。
【0057】
本発明の一実施態様において、血液がん患者に対するホウ素中性子捕捉療法(BNCT)による抗がん処置前に、前記患者から造血幹細胞を採取する工程、採取した造血幹細胞を、本発明の分取方法により生成する工程、および、前記分取方法により得られる造血幹細胞の有効量を、血液がん治療を必要とする患者に自家移植する工程を含む、血液がんの治療方法を提供する。
【0058】
以下に実施例を示して本発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明の範囲を限定するものと解してはならない。
【実施例0059】
<対象となる細胞とホウ素薬剤>
Ex. Vivo BNCRにより「幹細胞らしさ(stemness)」を有する放射線高感受性細胞、から異種・変異細胞を除去する際に適用が想定されるホウ素薬剤[10B薬剤]の組合せを下表に示す。
異種・変異細胞としては、がん細胞、血液がん(多発性骨髄腫、悪性リンパ腫、骨髄性白血病(AML,CMLなど))、肉腫、奇形腫(teratoma)など腫瘍性の細胞、残存している多能性幹細胞a(胚性幹細胞および人工多能性幹細胞など)および神経変性疾患などの原因となる異形
【0060】
表2 異種・変異細胞を除去する際に適用が想定されるホウ素薬剤[10B薬剤]の組合せ
【実施例0061】
<新ホウ素薬剤OKDの製造>
BSH(テトラメチルアンモニウム塩)およびA6Kを含む複合体の製造
BSH水溶液の調製
秤量したBSHテトラメチルアンモニウム塩を15mL容チューブに移した。そこへ、注射用水(大塚蒸留水、株式会社大塚製薬工場)を加えた。得られた溶液を、超音波洗浄器(CPX1800H-J、BRANSON)を用いて、超音波処理した。その後、ボルテックスにより撹拌して、BSHテトラメチルアンモニウム塩が完全に溶解したことを確認した。
A6K水溶液の調製
秤量したA6K塩酸塩を1.5mL容チューブに移した。そこへ、注射用水(大塚蒸留水、株式会社大塚製薬工場)を加えた。得られた溶液を、超音波洗浄器(AUC-1L、アズワン株式会社)を用いて超音波処理を行った。その後、ボルテックスにより撹拌して、A6K塩酸塩が完全に溶解したことを確認した。
BSHとA6Kとの混合
1.5mL容チューブに、BSHの終濃度は20mM、A6Kの終濃度は2mMとなるように、A6K水溶液とBSH水溶液、および注射用水(大塚蒸留水、株式会社大塚製薬工場)を混合した。
得られた混合液の性状
得られた混合液は、無色透明の水溶液であった。動的光散乱法(DLS)による分析により、水溶液中にBSHおよびA6Kからなる複合体が、粒子として存在していることが確認された。DLSの測定条件は、温度25℃、平衡60秒、173Åで3回測定し、汎用モデルとした(実測定時間70秒、カウントレート192.6kcps、測定位置3.00mm、減衰器7)。ほとんどの複合体の粒子は、粒径が1000~6000nmの範囲にあり、粒径2000nm付近にピークを認めた。
【実施例0062】
がん細胞、正常細胞へのホウ素薬剤処理
<OKDの細胞取込み試験>
【0063】
BSHおよびA6Kを含む複合体の調製と細胞取り込み試験
BSH(ナトリウム塩)水溶液とA6Kペプチド水溶液を用いたBSH複合体の作製
BSH水溶液とA6K水溶液を、それぞれ注射用水(大塚)で溶解して調製した。BSH水溶液、A6K水溶液、および注射用水を混合してBSH複合体(BSH:A6K=20 mM:2 mM)を調整した。動的光散乱法(DLS)により、BSH(テトラメチルアンモニウム塩)およびA6Kから成る複合体が示すものと同様のピークを認めた。
【0064】
BSHとA6KペプチドからなるBSH複合体水溶液に安定化剤を添加した薬剤作製
BSH水溶液とA6K水溶液を、それぞれ注射用水(大塚)で溶解して調製した。BSH水溶液、A6K水溶液、および注射用水を混合してBSH複合体(BSH:A6K=20 mM:2 mM)を調整した。この水溶液に適量の安定化剤あるいは分散剤を添加して薬剤を調製した。
安定化剤あるいは分散剤としては、調製後のOKD-001を1% ヒト血清アルブミン (HSA)で5倍に希釈すると(BSH:A6K=4 mM:0.4 mM、0.8% HSA)、4℃で安定して保存できた。なおこのケースOKD-001とは、BSH複合体(BSH:A6K=20 mM:2 mM)を表す。
また、OKD-001を調製直後に超純水で5倍に希釈し、限外濾過(Amicon Ultra,regenerated
cellulose membrane)によって溶媒の脱塩と希釈液の濃縮を行うことで、4℃で安定して保存できることを確認した。図2には限外濾過を行った後のOKD水溶液をDLSで測定した結果を示した。平均粒子直径は385.9 nmであり、調製から1週間後も4℃下で安定して分散していた。
【0065】
細胞播種と薬剤曝露
薬剤添加当日に各細胞を3×105 cells/well、培地量2.7 ml/wellで6 well plateに播種した。培地はRPMI1640 10% FBS, P/Sを用いた。プレートに播種した細胞に前述のBSH複合体水溶液を300 μl/well(終濃度はBSH:A6K=2 mM:0.2 mM)添加した。
【0066】
細胞の回収とエラスターゼ処理、ホウ素定量
薬剤添加24時間後に細胞を15 ml容チューブに回収し、エラスターゼ(Sigma社)の処理を行い、細胞外の複合体を除去した。PBSで洗浄した後、細胞数を計測した。PBS懸濁した細胞を移した2 ml容チューブを遠心し、上清を除去して細胞ペレットとして-20℃で冷凍保存した。冷凍保存した細胞ペレットは300 μlの硝酸で懸濁溶解して、熱硝酸分解を行った後、20倍に希釈してICP-MS(Agilent7500cx)でホウ素濃度の測定を行った。
【0067】
図3に各細胞における、ホウ素取り込み量を細胞数106あたりの測定値(B ng)で示した。各処理区はtriplicate (n=3)で試験を行い、平均値と標準偏差をグラフに示した。
自家造血幹細胞モデル細胞(CD34+細胞)と血液がん細胞株(多発性骨髄腫モデル細胞2種類:IM-9、RPMI8226)への新ホウ素薬剤OKDの取り込み量をICP-MSで計測した結果から、細胞に取り込まれたホウ素(10B)濃度比が大きいことを確認した(図3)。
RPMI8226/CD34+:1700pm/70ppm
IM-9/ CD34+ :3000pm/70ppm
これにより、例えば、多発性骨髄腫治療における自家造血幹細胞移植時に、混入リスクがあるがん細胞をBNCRを活用して除去できることが示唆された。即ち、ホウ素薬剤を曝露した細胞に1~2×1010中性子・cm -2 の中性子を照射することでがん細胞を殺傷できる。
【0068】
<既存ホウ素薬剤BPA,BSHの細胞取込み試験>
BPA水溶液、BSH水溶液による各種細胞へのホウ素取り込み
細胞播種と薬剤曝露
薬剤添加当日に各細胞を3×105 cells/well、培地量2.925 ml/wellで6 well plateに播種した。培地はRPMI1640 10% FBS, P/Sを用いた。プレートに播種した細胞にBPAの終濃度2 mM、BSHの終濃度0.5 mMとなる様に調整した各水溶液を75μl/well添加した。CD34陽性造血幹細胞の培地はX-VIVO 20 (Lonza) 1% ITESを用いた。
【0069】
細胞の回収とホウ素定量
薬剤添加24時間後に細胞を15 ml容チューブに回収し、300×gで5 min行った後、上清を除去した。4 mlのPBSで再懸濁し、再度遠心した。上清のPBSを除去した後、1 mlのPBSで再懸濁し、2 mlチューブに移した。2 ml容チューブに移した細胞懸濁液から各処理区ごとに5 μlずつ1.5 ml容チューブにまとめて回収(各処理区合計15 μlずつ)して混合し、平均の細胞数として計測した。
PBS懸濁した細胞を移した2 ml容チューブを遠心し、上清を除去して細胞ペレットとして-20℃で冷凍保存した。冷凍保存した細胞ペレットは300 μlの硝酸で懸濁溶解して、熱硝酸分解を行った後、20倍に希釈してICP-MS(Agilent7500cx)でホウ素濃度の測定を行った。各処理区のホウ素量は細胞数106あたりの測定値(B ng)で示した。各処理区はtriplicate (n=3)で試験を行い、平均値と標準偏差をグラフに示した。ホウ素薬剤を曝露した細胞に1~2×1011中性子・cm -2 の中性子を照射することでがん細胞を殺傷できる。
【0070】
実験に用いた細胞
RPMI8226細胞:ヒト多発性骨髄腫(multiple myeloma)患者末梢血由来細胞株
IM-9細胞:ヒト多発性骨髄腫およびBリンパ芽球性白血病(myeloma, multiple, B lymphoblastic)患者骨髄由来細胞株
ヒトCD34陽性造血幹細胞:ヒト骨髄由来(Lonza社)
【0071】
図4は、BPAとBSHの細胞内移行性評価結果を示す。ホウ素薬剤BPAおよびBSHは、造血幹細胞(CD34+で示される)に比べ、2種の血液がん(多発性骨髄腫:MM)細胞(RPMI-8226およびIM-9)へのホウ素取り込みが多いことが確認された(図4)。
これにより、例えば、多発性骨髄腫治療における自家造血幹細胞移植時に、混入リスクがあるがん細胞をこれらホウ素薬剤と中性子線の組み合わせから成るBNCRを活用して除去できることが示唆された。即ち、ホウ素薬剤を曝露した細胞に1~2×1010中性子・cm -2 の中性子を照射することでがん細胞を殺傷できる。
【実施例0072】
中性子線照射 (水ファントムを用いたシミュレーション試験)
<中性子照射場>
幹細胞は放射線感受性が高く、骨髄中の「造血幹細胞(幹/前駆細胞)」の場合、放射線感受性D0は「0.8-1.2Gy」と報告されている(下表参照)。この場合、造血幹細胞に1Gy程度の線量が付与されると幹細胞の生存率は0.34まで低下するので、BNCR反応を用いて自家移植用の骨髄に含まれるがん細胞を除去する場合に、造血幹細胞に付与される放射線量が強くならないことが好ましい。
【0073】
表3 骨髄中の各種細胞の放射線感受性
【0074】
Ex. Vivo BNCT 用に適した中性子場を以下検討する。
BNCRで、腫瘍または通常細胞が受ける放射線量D(x)は、中性子線による線量Dn(x)、γ線による線量Dγ(x)、ホウ素が熱中性子で核分裂した際に付与される線量DB(x)の和で表せる(下式)。場所xにおける中性子線量Dnは、中性子のエネルギー分布Φnと、中性子カーマ係数Kn、中性子線質係数RBEの積で求められる。中性子に含まれるγ線によるγ線量Dγは、γ線のエネルギー分布Φγと、γ線カーマ係数Kγ、線質係数RBEγ(=1.0)の積で求められる。ホウ素線量DBは、中性子のエネルギー分布Φnと、ホウ素カーマ係数KB、ホウ素線質係数RBEBの積で求められる。CBは、細胞中に集積されたホウ素濃度(ppm)である。
中性子をがん細胞および幹細胞(通常細胞)に照射すると、中性子線量Dn、γ線線量Dγは両細胞に等量で、ホウ素濃度に比例したホウ素線量DBが付与される。
幹細胞を残してがん細胞を殺傷するためには、(i)がん細胞と幹細胞間のホウ素線量DBの差を大きくすると共に、(ii)中性子線量Dn、γ線線量Dγを極力少なくすることが必須となる。
【0075】
図5はがん細胞と正常細胞に付与される線量の概念を示す。
中性子線量Dnを決定する要素である生体組織に対するカーマ係数Kn(E)*のエネルギー依存をみると、中性子エネルギーが50eV以下で窒素元素の電離による寄与が大きく、50eV以上で水素元素のリコイルによるエネルギー付与が大きいことが分る。このことから、中性子線量Dnを小さくするためには50eV以下のエネルギー分布を持つ中性子を照射することが好ましい。
(*カーマ係数:着目する「単位重量当たりの物質dm」中で「間接電離粒子によって生成された荷電粒子の運動エネルギーdE」。K=dE/dm。)
γ線量Dγの寄与を小さくするためには、BSAから出射されるγ線強度を小さくすることが主要な手段となる。この為には、Liターゲットを用いた加速器中性子源が好ましい。
【0076】
図6は、生体組織に対するカーマ係数の中性子エネルギー依存を示す。
図7は、γ線カーマ係数のγ線エネルギー依存を示す。
【0077】
加速器中性子源として、Liターゲットと静電加速器(陽子エネルギー:2.8MeV~1.9MeV)を組合わせたシステム例を下図に示す。当該システムは、ビーム最大エネルギーが2.8MeVと低いため陽子による加速器本体及びビームラインの放射化は殆ど起こらず、加速器の保守や修理を安全に速やかに行うことが可能であり、加速器運転に係る電力代が安くすむ利点がある。一方、Liは化学的に活性であり,機械的にも弱く,中性子生成に伴い放射性の7BeがLi内に生成されるなどの課題があるが、Liや7Beをチタン薄膜で封入し(Li封入ターゲット)、安定的な運転・保守を可能としている。図8は、静電加速器システムとビームライン外観写真を示す。
【0078】
ターゲットで生成された高速の中性子を脳腫瘍や頭頚部などのがん治療に適した熱外エネルギー領域(0.5eV~10keV)まで減速するために,中性子減速照射装置(Beam Shaping Assembly: BSA)を用いている。出射される中性子のエネルギースペクトルを下図に示す。このBSAから出射される熱外中性子の線質はIAEAが推奨する特性に準拠しているので、正常組織に影響が大きい10keV以上の高速中性子、および、中性子中に含まれるγ線混入率が小さい特徴を持つが、幹細胞照射に適する中性子エネルギー「50eV以下」を満足し
ていない。図9は、中性子減速照射装置と出射される中性子線質を示す。
【0079】
造血幹細胞への中性子照射に適した低エネルギー中性子を得るために、BSAの出口に細胞照射用中性子減速体を設置、その減速体体系として2種を選択、造血幹細胞の照射に適した体系をモンテカルロシミュレーション解析PHITS(核データJENDEL-4)で評価した結果を下図に示す。(減速体寸法:20cm x 20cmx20cm、アクリル壁厚さ3mm)
(1) 軽水減速体
軽水(H2O)は中性子と同じ質量をもつHが含まれているために、中性子の減速に最も適する。一方、γ線が生成される。
(2) 軽水減速体とガンマ線鉛遮蔽
(1)の体系で、γ線を鉛で遮蔽する構造。
(参考) 重水減速体
減速に際してγ線を発生しない重水(D2O)を用いて中性子を減速できるが、重水素Dと中性子の質量比が2倍となり中性子の減速が迅速に進まない。
【0080】
図11は幹細胞照射用中性子減速体を示す。
図12は幹細胞照射用中性子減速体構造を示す。
【0081】
幹細胞照射用中性子減速体内の線量分布例を図13に示す。縦軸は、PHITS解析で求めた線量(Gy-eq/mA/秒)で、ビーム電流(最大2mA)と照射時間をかけると細胞に与えられる予想線量(Gy-eq)が評価できる。BSA出口から熱外中性子が減速体に入射すると、生体中の窒素や水素と反応して「窒素線量」「水素線量」、γ線により「γ線線量」が、生体内の細胞全てに付与される。がん細胞に集積されたB-10は熱中性子で核分裂するのでがん細胞のみに「ホウ素線量」を付与する。Ex. Vivo BNCR でがん細胞のみを除去する際には、造血幹細胞への線量を一定以下(1Gy-Eq以下)に留めながら、がん患部における線量が一定基準以上(例えば30Gy以上)となるように中性子照射条件を設定することが好ましい。
【0082】
幹細胞照射用中性子減速体として軽水を用いた場合、50eV以上の中性子成分は4cm程度軽水を通過すると十分低減され「水素線量DH」が小さくなることが分る。BSA出射口からの「γ線線量」は小さいが、中性子が軽水(H)と衝突するとγ線を放出するためにγ線による線量付与が大きくなる。陽子ビーム電流2mAで40分運転した場合、減速体表面から4cmで、窒素線量(3.8E-5 Gy-Eq/mA/s x 2 mA x 40x60秒)、水素線量(4E-6 Gy-Eq/mA/s x 2 mA x 40x60秒)、γ線線量(6.5E-5 Gy-Eq/mA/s x 2 mA x 40x60秒)と予想され、ホウ素線量以外の線量は合計0.5Gy-eqと評価される。がん細胞に集積されるホウ素の濃度は、用いるホウ素薬剤やがん細胞の種類によって変わるが、体表面から4cmにある細胞にホウ素が1500ppm取り込まれた場合、「ホウ素線量」は165 Gy-eqと評価される(ホウ素濃度87.5ppmの時9.6Gy-eqからの外挿)。造血幹細胞にもホウ素薬剤が一定割合取り込まれる可能性があり、造血幹細胞に5ppmあるいは50ppmのホウ素が取り込まれた場合「ホウ素線量」は、それぞれ0.5Gy-Eq、5Gy-eqとなる。がん細胞に比して造血幹細胞に取り込まれにくいホウ素薬剤を用いることができると、軽水を用いた中性子減速体と組合わせることで、造血幹細胞への影響を少なくしてがん細胞を除去できることが期待される。
【0083】
造血幹細胞を入れた容器の周りにγ線遮蔽用の鉛(厚さ1cm)を設置すると、γ線線量を約半分に低減できるが、同時にホウ素線量も低下するために、非ホウ素線量とホウ素線量の比(図13、図14の右図)は大きな改善は得られない。ただ、ホウ素線量が2~6cmの間で鉛遮蔽体が無い場合に比べ均一に出来るので、厚めの骨髄バッグに均一なホウ素線量を付与できるメリットがある。更に、軽水の厚さを20cmから10cmに薄くすることでγ線線量を低減することが出来る。
【0084】
中性子の減速に重水を用いた場合、Hとの衝突で生成されるγ線を低減できるが、中性子の減速に長い距離が必要となり熱中性子のピーク強度が下がり、照射時間が大幅に伸びる課題がある。これらはホウ素線量計算を実施すれば解決できる。即ち、ホウ素薬剤をあまり含まない細胞(非標的細胞)で、本特許で示す加速器型中性子発生装置からの中性子(熱中性子、熱外中性子)とのホウ素線量が限定的影響と計算される場合は、こうした減速材を用いることなく、直接照射することができる。照射された中性子線に起因して発生するガンマ線の影響も限定的とみなすことができると考えられる。ホウ素薬剤を多く含む細胞(標的細胞)でも、ホウ素線量より、その影響を推測出来る。このように標的細胞と非標的細胞の組み合わせ等に応じて、照射などの条件を適切に選択することで解決につながる。
【実施例0085】
ホウ素薬剤OKD処理後のがん細胞と正常造血幹細胞への中性子線照射試験
【0086】
<BNCR効果の確認>
中性子照射によるBNCR効果を確認した結果を以下に纏める。
自家造血幹細胞モデル細胞(CD34+細胞)と血液がん細胞(多発性骨髄腫モデル細胞2種類:IM-9、RPMI8226)への新ホウ素薬剤OKD-001の取り込み量をICP-MSで計測、細胞に取り込まれたホウ素(10B)濃度比が大きいことから、がん細胞集積性が高いことを確認した。
RPMI8226/CD34+:1700pm/70ppm
IM-9/ CD34+ :3000pm/70ppm
【0087】
図3で示す濃度でホウ素が取り込まれた細胞を「幹細胞照射用中性子減速体」内に設置して中性子(熱中性子束:1x108 n/cm2/s)を40分間照射、照射後3日目の細胞生存率を吸光計(WST-8)計測で評価した。軽水血液がん細胞(MMモデル細胞IM-9:用いたホウ素薬剤(OKDと表記)を取り込む機構が高発現))では中性子照射でBNCR(α崩壊反応)が起こり、がん細胞が著しく損耗したことは判明した。これにより、標的細胞(このケースではMMモデル細胞)を除去して、非標的細胞(ここでは自家造血幹細胞のモデル細胞)を分取することが実現できた。
【0088】
図16には、ホウ素薬剤(OKD)処理後の、標的細胞であるがん細胞(MM細胞)と非標的細胞の正常細胞(造血幹細胞)の中性子線照射時間と細胞生存率の関係式が示されている。両関係式は大きく乖離しており本特許概念が証明されている。
図16は薬剤(OKD-001)存在下での中性子線照射による標的細胞(MM細胞)と非標的細胞(造血幹細胞)の中性子線照射時間と細胞生存率推移を示す。
標的細胞と非標的細胞のそれぞれの細胞生存率は照射時間に応じて乖離の増加を認めた。
OKD-001はBSHとペプチドA6Kとの複合体であるホウ素薬剤を表す。


図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16