(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023085192
(43)【公開日】2023-06-20
(54)【発明の名称】キラル化合物の光学分割方法、及びエナンチオマーの製造方法
(51)【国際特許分類】
C07C 269/08 20060101AFI20230613BHJP
C07K 1/30 20060101ALI20230613BHJP
C07D 209/20 20060101ALI20230613BHJP
C07D 233/64 20060101ALI20230613BHJP
C07D 207/16 20060101ALI20230613BHJP
C07C 271/22 20060101ALI20230613BHJP
C07B 57/00 20060101ALN20230613BHJP
【FI】
C07C269/08
C07K1/30
C07D209/20
C07D233/64 106
C07D207/16
C07C271/22
C07B57/00 365
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022131640
(22)【出願日】2022-08-22
(31)【優先権主張番号】P 2021199107
(32)【優先日】2021-12-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2022040030
(32)【優先日】2022-03-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】田代 健太郎
【テーマコード(参考)】
4H006
4H045
【Fターム(参考)】
4H006AA02
4H006AC83
4H006AD15
4H006AD17
4H006RA16
4H006RB34
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045EA60
4H045GA05
(57)【要約】
【課題】工業的応用も期待できる簡便なキラル化合物の光学分割方法を提供する。
【解決手段】キラル化合物の光学分割方法であって、前記キラル化合物の両エナンチオマーの混合物を、第1溶媒に溶解させて第1溶液を調製することと、前記第1溶液中に第1ゲルを析出させることと、前記第1溶液を前記第1ゲルと、第1上澄み液とに分離することとを含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
キラル化合物の光学分割方法であって、
前記キラル化合物の両エナンチオマーの混合物を、第1溶媒に溶解させて第1溶液を調製することと、
前記第1溶液中に第1ゲルを析出させることと、
前記第1溶液を前記第1ゲルと、第1上澄み液とに分離することとを含む、光学分割方法。
【請求項2】
前記両エナンチオマーの混合物がラセミ混合物である、請求項1に記載の光学分割方法。
【請求項3】
前記第1溶液中に前記第1ゲルを析出させる前に、前記第1溶液に一方のエナンチオマーのキセロゲルを添加すること、を更に含む、請求項2に記載の光学分方法。
【請求項4】
前記両エナンチオマーの混合物において、一方のエナンチオマーの含有量が、他方のエナンチオマーの含有量より大きい、請求項1に記載の光学分割方法。
【請求項5】
前記第1ゲルにおいて、前記一方のエナンチオマーの含有量が他方のエナンチオマーの含有量より多く、
前記第1ゲルにおける、前記一方のエナンチオマーの鏡像体過剰率が、前記両エナンチオマーの混合物における、前記一方のエナンチオマーの鏡像体過剰率よりも大きい、請求項3又は4に記載の光学分割方法。
【請求項6】
前記キラル化合物が、アミノ酸又はアミノ酸誘導体である、請求項1~5のいずれか一項に記載の光学分割方法。
【請求項7】
前記キラル化合物が、グルタミン酸、アスパラギン酸、リシン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、ヒスチジン、プロリン及びこれらの誘導体からなる群から選択される1つである請求項6に記載の光学分割方法。
【請求項8】
前記第1溶媒が極性溶媒である、請求項1~7のいずれか一項に記載の光学分割方法。
【請求項9】
前記第1溶媒が非プロトン性極性溶媒である、請求項8に記載の光学分割方法。
【請求項10】
前記第1溶媒がアセトニトリルを含む、請求項9に記載の光学分割方法。
【請求項11】
前記第1溶媒が水を含む、請求項8に記載の光学分割方法。
【請求項12】
前記第1溶媒が、前記キラル化合物の良溶媒と、前記キラル化合物の貧溶媒とを含み、
前記第1溶液の調製が、
前記両エナンチオマーの混合物を前記良溶媒に溶解させて、中間溶液を調製することと、
前記中間溶液に前記貧溶媒を追加して前記第1溶液を得ることとを含む、請求項1~11のいずれか一項に記載の光学分割方法。
【請求項13】
前記第1上澄み液から分離した前記第1ゲルを第2溶媒に溶解させて、第2溶液を調製することと、
前記第2溶液中に第2ゲルを析出させることと、
前記第2溶液を前記第2ゲルと、第2上澄み液とに分離することとを更に含む、請求項1~12のいずれか一項に記載の光学分割方法。
【請求項14】
前記第1ゲルと分離した前記第1上澄み液中に第3ゲルを析出させることと、
前記第1上澄み液を前記第3ゲルと、第3上澄み液とに分離することを更に含む、請求項1~13のいずれか一項に記載の光学分割方法。
【請求項15】
キラル化合物の一方のエナンチオマー及び/又は他方のエナンチオマーを製造する製造方法であって、
前記キラル化合物の両エナンチオマーの混合物を用意することと、
請求項1~14のいずれか一項に記載のキラル化合物の光学分割方法により、前記混合物から前記一方エナンチオマー及び/又は前記他方のエナンチオマーを分離することとを含む製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キラル化合物の光学分割方法、及び該キラル化合物の光学分割方法を用いたエナンチオマーの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
キラル化合物の光学異性体(エナンチオマー)は、沸点や溶解度等の物理的性質には全く差が見られない一方で、その立体化学の違いにより異なる生理活性を示すことがある。このため、両エナンチオマーの分離(光学分割)は重要であり、様々な方法が提案されている。中でも、工業的なスケールでキラル化合物の光学分割を行う実用的な方法として、結晶化法が用いられている(例えば、非特許文献1及び2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Cryst EngComm,2010,12,1983-1992
【非特許文献2】Cryst. Growth Des. 2011,11,2149-2163
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、結晶化法を用いるためには、原理的に、両エナンチオマーが別々に結晶化する必要がある。一方で、キラル化合物の結晶化では両エナンチオマーが同じ結晶中に等量存在するラセミ結晶が安定である場合が大半である。このため、結晶化法により光学分割可能なキラル化合物は、全体の約5%に過ぎない。このような状況下において、結晶化とは異なる手法であって、且つ工業的応用も期待できる簡便なキラル化合物の光学分割方法が望まれている。
【0005】
本発明は、上記課題を解決するものであり、工業的応用も期待できる簡便なキラル化合物の光学分割方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を達成すべく鋭意検討した結果、以下の構成により上記課題を達成することができることを見出した。
【0007】
[1] キラル化合物の光学分割方法であって、
前記キラル化合物の両エナンチオマーの混合物を、第1溶媒に溶解させて第1溶液を調製することと、
第1溶液中に第1ゲルを析出させることと、
第1溶液を第1ゲルと、第1上澄み液とに分離することとを含む、光学分割方法。
[2] 前記両エナンチオマーの混合物がラセミ混合物である、[1]に記載の光学分割方法。
[3] 第1溶液中に第1ゲルを析出させる前に、第1溶液に一方のエナンチオマーのキセロゲルを添加すること、を更に含む、[2]に記載の光学分方法。
[4] 前記両エナンチオマーの混合物において、一方のエナンチオマーの含有量が、他方のエナンチオマーの含有量より大きい、[1]に記載の光学分割方法。
[5] 第1ゲルにおいて、前記一方のエナンチオマーの含有量が他方のエナンチオマーの含有量より多く、
第1ゲルにおける、前記一方のエナンチオマーの鏡像体過剰率が、前記両エナンチオマーの混合物における、前記一方のエナンチオマーの鏡像体過剰率よりも大きい、[3]又は[4]に記載の光学分割方法。
[6] 前記キラル化合物が、アミノ酸又はアミノ酸誘導体である、[1]~[5]のいずれかに記載の光学分割方法。
[7] 前記キラル化合物が、グルタミン酸、アスパラギン酸、リシン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、ヒスチジン、プロリン及びこれらの誘導体からなる群から選択される1つである[6]に記載の光学分割方法。
[8] 第1溶媒が極性溶媒である、[1]~[7]のいずれかに記載の光学分割方法。
[9] 第1溶媒が非プロトン性極性溶媒である、[8]に記載の光学分割方法。
[10] 第1溶媒がアセトニトリルを含む、[9]に記載の光学分割方法。
[11] 第1溶媒が水を含む、[8]に記載の光学分割方法。
[12] 第1溶媒が、前記キラル化合物の良溶媒と、前記キラル化合物の貧溶媒とを含み、
第1溶液の調製が、
前記両エナンチオマーの混合物を前記良溶媒に溶解させて、中間溶液を調製することと、
前記中間溶液に前記貧溶媒を追加して第1溶液を得ることとを含む、[1]~[11]のいずれかに記載の光学分割方法。
[13] 第1上澄み液から分離した第1ゲルを第2溶媒に溶解させて、第2溶液を調製することと、
第2溶液中に第2ゲルを析出させることと、
第2溶液を第2ゲルと、第2上澄み液とに分離することとを更に含む、[1]~[12]のいずれかに記載の光学分割方法。
[14] 第1ゲルと分離した第1上澄み液中に第3ゲルを析出させることと、
第1上澄み液を第3ゲルと、第3上澄み液とに分離することを更に含む、[1]~[13]のいずれかに記載の光学分割方法。
[15] キラル化合物の一方のエナンチオマー及び/又は他方のエナンチオマーを製造する製造方法であって、
前記キラル化合物の両エナンチオマーの混合物を用意することと、
[1]~[14]のいずれかに記載のキラル化合物の光学分割方法により、前記混合物から前記一方エナンチオマー及び/又は前記他方のエナンチオマーを分離することとを含む製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、工業的応用も期待できる簡便なキラル化合物の光学分割方法を提供する。また、本発明は、該光学分割方法を用いた、キラル化合物の一方のエナンチオマー又は他方のエナンチオマーを製造する製造方法を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、第1実施形態のキラル化合物の光学分割方法を説明するフローチャートである。
【
図2】
図2は、第2及び第3実施形態のキラル化合物の光学分割方法を説明する図である。
【
図3】
図3は、実施例1で用いたキラル化合物の合成スキームである。
【
図4】
図4は、実施例1において、溶液中に析出しているゲルの写真である。
【
図5A】
図5Aは、実施例において、キラルHPLCで得られたラセミ混合物のクロマトグラムである。
【
図5B】
図5Bは、実施例において、キラルHPLCで得られたゲルGのクロマトグラムである。
【
図5C】
図5Cは、実施例において、キラルHPLCで得られた上澄み液Sのクロマトグラムである。
【
図6A】
図6Aは、実施例において、キラルHPLCで得られたゲルGGのクロマトグラムである。
【
図6B】
図6Bは、実施例において、キラルHPLCで得られたゲルGGGのクロマトグラムである。
【
図7A】
図7Aは、実施例において、キラルHPLCで得られたゲルSGのクロマトグラムである。
【
図7B】
図7Bは、実施例において、キラルHPLCで得られたゲルSGGのクロマトグラムである。
【
図8】
図8は、実施例の各試料における、鏡像体過剰率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施形態に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に制限されるものではない。尚、本明細書において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0011】
[第1実施形態]
図1に示すフローチャートに従って、本実施形態のキラル化合物の光学分割方法について説明する。本実施形態の光学分割方法は、キラル化合物の両エナンチオマーの混合物を溶媒(「第1溶媒」の一例)に溶解させて溶液(「第1溶液」の一例)を調製することと(
図1のステップS1)、溶液中にゲル(「第1ゲル」の一例)を析出させること(
図1のステップS2)とを含む。
【0012】
キラル化合物は、不斉炭素を有し、鏡像関係にある立体異性体(エナンチオマー)が存在する化合物であれば特に限定されない。キラル化合物としては、例えば、アミノ酸(例えば、グリシンを除くα-アミノ酸)又はその誘導体が挙げられる。アミノ酸及びその誘導体は、食品添加物、医薬品、化粧品等の原料として様々な製品に利用可能であり、L体のみ又はD体のみを選択的に得ることは非常に重要である。本実施形態は簡便な手法であるため、アミノ酸及びその誘導体を効率的に光学分割することができ、これら様々な製品の低コスト化に貢献できる。アミノ酸及びその誘導体としては、例えば、グルタミン酸、アスパラギン酸、リシン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、ヒスチジン、プロリン及びこれらの誘導体が挙げられ、中でも、グルタミン酸及びその誘導体は、本実施形態の光学分割方法によってより効率的に分割できる。尚、本実施形態で用いるキラル化合物は、市販品を用いてもよいし、合成してもよい。
【0013】
両エナンチオマーの混合物における、各エナンチオマーの比率は、特に限定されない。両エナンチオマーの混合物は、各エナンチオマーが等量存在するラセミ混合物であってもよい。尚、詳細は後述するが、両エナンチオマーのうち、半分以上(50%以上)を占めるエナンチオマーがゲル内に濃縮される。
【0014】
溶媒は、キラル化合物を溶解する溶媒であれば特に限定されないが、例えば、極性溶媒を用いることができ、非プロトン性極性溶媒、又は水が好ましい。
【0015】
非プロトン性極性溶媒は、溶液中に析出したゲルを安定化させる傾向があり、効率的に光学分割を行うことができる。これは、非プロトン性極性溶媒が、水素結合等によりゲル化しているキラル化合物の会合に影響を与えにくいためだと推測される。非プロトン性極性溶媒としては、アセトニトリル、N-メチルピロリドン、ジクロロメタン、テトラヒドロフラン、酢酸エチル、アセトン、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、炭酸プロピレン等が挙げられ、中でも、よりゲルを安定化させるアセトニトリルが好ましい。
【0016】
溶媒として水を用いた場合、水を含有したゲルが得られる。水は人体に無害であり、環境への負荷が低いため、光学分割プロセスの安全性の担保やコスト抑制にとって重要である。
【0017】
溶媒は、1種類の溶媒を単独で用いてもよいし、2種類以上の溶媒を混合して用いてもよい。2種類以上の溶媒を混合して用いる場合、全溶媒中における、アセトニトリル等の非プロトン性極性溶媒、又は水の占める割合は、80体積%以上、又は90体積%以上が好ましい。
【0018】
キラル化合物の溶液は、キラル化合物と溶媒のみで構成されてもよいし、本実施形態の効果を損なわない範囲で、汎用の添加剤(例えば、バッファー)等の他の化合物を含んでもよい。
【0019】
キラル化合物の溶液の調製方法、及びゲルの析出方法は特に限定されず、汎用の方法により実施できるが、本実施形態では、効率的にゲルを析出させるために以下の方法を用いる。まず、第1温度(例えば、室温)において、キラル化合物を溶媒に懸濁させた懸濁液を調製する。次に、懸濁液を第1温度より高い第2温度に加熱する。これにより、キラル化合物の溶媒に対する溶解度が高まり、第2温度の溶液が調製される(
図1のステップS1)。溶媒へのキラル化合物の溶解を促進するために、懸濁液の加熱前、及び/又は懸濁液の加熱中、懸濁液の攪拌、懸濁液への超音波照射等をおこなってもよい。次に、第2温度の溶液を、第2温度より低い第3温度に冷却し、所定時間、溶液を第3温度で静置する。これにより、溶液中にゲルが析出する(
図1のステップS2)。本実施形態では、溶液全体がゲル化するのではなく、溶液の一部がゲルとなって析出する。即ち、溶液から、ゲルと、上澄み液(「第1上澄み液」の一例)とが生成する。
【0020】
第1温度及び第3温度は、第2温度より低ければ特に限定されないが、作業の効率化の観点から室温でゲルが析出するように、第1温度及び第3温度は室温付近が好ましい。第1温度及び第3温度は、例えば、15~30℃、又は20~25℃である。第2温度も、第1温度及び第3温度以上であれば特に限定されないが、作業に効率化の観点から、例えば、50~100℃、又は60~80℃である。
【0021】
溶液におけるキラル化合物(両エナンチオマーの混合物)の配合量は特に限定されない。例えば、第3温度でのゲルの析出が促進されるように、第3温度での飽和溶解濃度以上、且つ第2温度での飽和溶解度以下が好ましい。溶液におけるキラル化合物の配合量(濃度)は、例えば、5.0~20mM(mol/m3)、又は9.5~13mM(mol/m3)が好ましい。
【0022】
第3温度で溶液を静置する時間は、キラル化合物の種類及び配合量、溶媒の種類等に基づいて適宜調整できる。静止時間が短すぎると十分にゲルを析出できない虞があり、一方、静置時間が長すぎるとエナンチオマーの分割効率が低下する可能性があり、また、ゲル状態が不安定となる虞もある。静置時間は、例えば、5~48時間、又は10~20時間としてもよい。
【0023】
次に、溶液をゲルと、上澄み液とを分離する(
図1のステップS3)。ゲルと上澄み液との分離方法は特に限定されず、デカンテーション、ろ過、遠心分離等、汎用の方法を用いることができる。
【0024】
本願の発明者は、以上説明した方法により、キラル化合物の一方のエナンチオマーがゲル中に濃縮されることを見出した。即ち、一方のエナンチオマーをゲル中に濃縮し、他方のエナンチオマーを上澄み液に濃縮する。これにより、両エナンチオマーの混合物を光学分割できる。本願明細書において、これ以降、ゲル中に濃縮されるエナンチオマーをエナンチオマーEa(「一方のエナンチオマー」の一例)と記載し、上澄み液に濃縮されるエナンチオマーをエナンチオマーEb(「他方のエナンチオマー」の一例)と記載する。更に、本願の発明者は、出発物質である両エナンチオマーの混合物において、半分以上(50%以上)を占めるエナンチオマーが、エナンチオマーEaとしてゲル中に濃縮されることを見出した。例えば、両エナンチオマーの混合物において、エナンチオマーEaの含有量がエナンチオマーEbの含有量より多い場合(エナンチオマーEaが50%を超えて過剰に存在する場合)、ゲル中にエナンチオマーEaが濃縮される。
【0025】
このように、エナンチオマーEaがゲル中に濃縮されて光学分割が可能となるメカニズムは、定かではないが、エナンチオマーのホモキラルな集合化が自己促進的に進行するためと推測される。尚、以上説明したメカニズムは推測であり、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【0026】
尚、出発物質である両エナンチオマーの混合物が、各エナンチオマーを等量含むラセミ混合物である場合は、どちらのエナンチオマーも、それぞれ50%の確率でエナンチオマーEaとしてゲル中に濃縮される可能性があり、また、どちらのエナンチオマーも、エナンチオマーEbとして上澄み液中に濃縮される可能性がある。
【0027】
本実施形態では、ゲル中にエナンチオマーEaが濃縮されるため、ゲルにおいて、エナンチオマーEaの含有量はエナンチオマーEbの含有量より多い。つまり、ゲルにおけるエナンチオマーEaの鏡像体過剰率は、出発物質である両エナンチオマーの混合物におけるエナンチオマーEaの鏡像体過剰率より大きい。例えば、両エナンチオマーの混合物がラセミ混合物である場合、即ち、出発物質におけるエナンチオマーEaの鏡像体過剰率が0%である場合、ゲルにおけるエナンチオマーEaの鏡像体過剰率は、例えば、6~22%、又は18~20%であってよい。
【0028】
本実施形態では、ゲルにエナンチオマーEaが濃縮されるため、上澄み液中のエナンチオマーEaの含有率は少なくなる。換言すれば、上澄み液中にエナンチオマーEbが濃縮される。このため、上澄み液において、エナンチオマーEbの含有量はエナンチオマーEaの含有量より多い。上澄み液におけるエナンチオマーEbの鏡像体過剰率は、出発物質である両エナンチオマーの混合物におけるエナンチオマーEbの鏡像体過剰率より大きい。例えば、両エナンチオマーの混合物がラセミ混合物である場合、即ち、出発物質におけるエナンチオマーEbの鏡像体過剰率が0%である場合、上澄み液におけるエナンチオマーEbの鏡像体過剰率は、例えば、2~10%、又は4~8%であってよい。
【0029】
以上説明した本実施形態の光学分割方法は、複雑な工程を含まない簡便な手法であるため、工業的応用が期待できる。また、従来の結晶法では光学分割が難しかった、ラセミ結晶を形成するキラル化合物も本実施形態の方法により光学分割可能である。
【0030】
<変形例>
尚、本実施形態の光学分割方法は、以上説明した方法に限定されない。例えば、ゲルと上澄み液との分離(
図1のステップS3)の後、必要に応じて、ゲルに含まれる溶媒を除去してエナンチオマーEaを取り出してもよいし、または、ゲルに含まれる溶媒を他の溶媒に置換してもよい。また、以上説明した実施形態では、第1温度で懸濁液を調製してから、懸濁液を加熱して第2温度の溶液をしたが、本発明はこれに限定されない。例えば、第1温度で懸濁液を調製することなく、第2温度の溶媒にキラル化合物を溶解して第2温度の溶液を調製してもよい。調製した第2温度の溶液を第3温度以下に冷却して所定時間静置することで、ゲルを析出させることができる。
【0031】
また、溶液の調製(
図1のステップS1)において、溶媒として、キラル化合物の良溶媒と、貧溶媒とを用いてもよい。例えば、まず、キラル化合物を良溶媒に溶解して中間溶液を調製し、中間溶液に貧溶媒を追加して溶液(第1溶液)を得てもよい。この方法によれば、溶液を加熱せずに室温において、溶液を調製及び静置することで、ゲルの析出が可能となる。加熱が不要であるため、熱に対して不安定な化合物への適用、光学分割の効率化、低コスト化を図れる。
【0032】
また、従来の結晶化を利用した光学分割では、一方のエナンチオマーからなる結晶をラセミ体の溶液にシード(接種)することで、結晶化するエナンチオマーの選択性を制御する手法が用いられている(優先晶出法)。同様の観点から、本実施形態においても、例えば、両エナンチオマーを当量含む溶液に、一方のエナンチオマーからなるキセロゲルを添加して(シード(接種)して)、その後、ゲルを析出させてもよい。この手法によれば、ゲル中に、キセロゲルと同じ一方のエナンチオマーが選択的、且つ効率的に濃縮される。
【0033】
[第2実施形態]
本実施形態では、第1実施形態で説明したゲルの析出(ゲル化)を複数回繰り返すことで、ゲルに濃縮されたエナンチオマーEa(「一方のエナンチオマー」の一例)の純度を更に高める(鏡像体過剰率を更に高める)方法について説明する。
【0034】
まず、
図2に示すように、第1実施形態で説明した方法により、キラル化合物の両エナンチオマーの混合物Mを含む溶液L(「第1溶液」の一例)を調製し、溶液L中にゲルG(「第1ゲル」の一例)を析出させた後、ゲルGと上澄み液S(「第1上澄み液」の一例)とを分離する。1回目のゲル化で得られたゲルGにはエナンチオマーEaが濃縮される。
【0035】
次に、ゲルGに溶媒(「第2溶媒」の一例)を加え、ゲルGを溶媒に溶解させて溶液G-L(「第2溶液」の一例)を調製する。そして、溶液G-L中にゲルGG(「第2ゲル」の一例)を析出させ、その後、ゲルGGと、上澄み液GS(「第2上澄み液」の一例)とを分離する。
【0036】
ゲルG、及びそれを用いて調製した溶液G-Lでは、エナンチオマーEbの濃度より、エナンチオマーEaの濃度が高い(エナンチオマーEaが過剰に存在する)。上述のように、過剰に存在するエナンチオマーがゲルに濃縮される。このため、ゲル化1回目のゲルGにおけるエナンチオマーEaの鏡像体過剰率よりも、ゲル化2回目のゲルGGにおけるエナンチオマーEaの鏡像体過剰率が大きくなる。
【0037】
図2に、更に、ゲルG系統の3回目のゲル化も示す。ゲル化2回目のゲルGGを用いて溶液GG-Lを調製し、溶液GG-L中にゲルGGGを析出させ、その後、ゲルGGGと、上澄み液GGSとを分離する。ゲルGGGではエナンチオマーEaが更に濃縮される。
【0038】
以上説明したように、複数回のゲル化を繰り返す場合、ゲル化を繰り返す毎に、得られるゲル中のエナンチオマーEaの純度を高めることができる。本実施形態では、複雑な工程を含まない簡便な手法により、所望の鏡像体過剰率までエナンチオマーEaの濃縮が可能となる。
【0039】
ゲルG系統の各ゲル中のエナンチオマーEaの鏡像体過剰率は以下の大小関係を有する。
EEa3>EEa2>EEa1>EEa0
EEa0:両エナンチオマーの混合物MにおけるエナンチオマーEaの鏡像体過剰率
EEa1:ゲルGにおけるエナンチオマーEaの鏡像体過剰率
EEa2:ゲルGGにおけるエナンチオマーEaの鏡像体過剰率
EEa3:ゲルGGGにおけるエナンチオマーEaの鏡像体過剰率
【0040】
各ゲル化において、溶液の調製、ゲルの析出、及びゲルと上澄み液との分離は、第1実施形態で説明した方法と同様に実施できる。また、各溶液の調製に用いた各溶媒は同一であっても、異なっていてもよいが、同一である方が好ましい。
【0041】
ゲル化を繰り返す回数は、必要とされる鏡像体過剰率に応じて適宜設定でき、例えば、1~5回、又は2~3回としてもよい。混合物Mがラセミ混合物である場合、即ち、混合物MにおけるエナンチオマーEaの鏡像体過剰率EEa0が0%である場合においても、例えばゲル化を3回繰り返すことで、ゲル中のエナンチオマーEaの鏡像体過剰率を、60~70%程度に高められる。
【0042】
[第3実施形態]
本実施形態では、第2実施形態において、上澄み液S中に濃縮されたエナンチオマーEb(「他方のエナンチオマー」の一例)をゲル化して、エナンチオマーEbの純度を更に高める(鏡像体過剰率を更に高める)方法について説明する。
【0043】
まず、
図2に示すように、第2実施形態で得られた上澄み液S(「第1上澄み液」の一例)中に、ゲルSG(「第3ゲル」の一例)を析出させる。例えば、上澄み液Sを所定温度で所定時間静置することで、上澄み液S中にゲルSGを析出させることができる。所定温度は、例えば、0~15℃、又は、5~10℃とすることができ、所定時間は、例えば8~48時間又は、12~24時間とすることができる。その後、ゲルSGと、上澄み液SS(「第3上澄み液」の一例)とを分離する。
【0044】
上澄み液S中では、エナンチオマーEaの濃度より、エナンチオマーEbの濃度が高い(エナンチオマーEbが過剰に存在する)。上述のように、過剰に存在するエナンチオマーがゲルに濃縮される。このため、ゲル化1回目で得られる上澄み液SにおけるエナンチオマーEbの鏡像体過剰率よりも、ゲル化2回目のゲルSGにおけるエナンチオマーEbの鏡像体過剰率が大きくなる。
【0045】
図2に、更に、上澄み液S系統の3回目のゲル化も示す。ゲル化2回目のゲルSGを用いて溶液SG-Lを調製し、溶液SG-L中にゲルSGGを析出させ、その後、ゲルSGGと、上澄み液SGSとを分離する。ゲルSGGにはエナンチオマーEbが更に濃縮される。
【0046】
以上説明したように、混合物Mにおいて半分以下(50%以下)又は50%未満を占めるエナンチオマーが、ゲル化1回目で上澄み液Sの方にエナンチオマーEbとして濃縮されている。本実施形態では、上澄み液Sの方に濃縮されたエナンチオマーEbを、2回目のゲル化を行うことでゲル中に濃縮できる。ゲル中に濃縮することで、エナンチオマーEbのその後の取り扱いを容易にすることができる。そして、更に複数回のゲル化を繰り返す場合、ゲル化を繰り返す毎に、得られるゲル中のエナンチオマーEbの純度を高めることができる。本実施形態では、複雑な工程を含まない簡便な手法により、所望の鏡像体過剰率までエナンチオマーEbの濃縮が可能となる。
【0047】
上澄み液S系統の各ゲル中のエナンチオマーEbの鏡像体過剰率は以下の大小関係を有する。
EEb3>EEb2>EEb1>EEb0
EEb0:両エナンチオマーの混合物MにおけるエナンチオマーEbの鏡像体過剰率
EEb1:上澄み液SにおけるエナンチオマーEbの鏡像体過剰率
EEb2:ゲルSGにおけるエナンチオマーEbの鏡像体過剰率
EEb3:ゲルSGGにおけるエナンチオマーEbの鏡像体過剰率
【0048】
各ゲル化において、溶液の調製、ゲルの析出、及びゲルと上澄み液との分離は、第1実施形態で説明した方法と同様に実施できる。また、各溶液の調製に用いた各溶媒は同一であっても、異なっていてもよいが、同一である方が好ましい。
【0049】
ゲル化を繰り返す回数は、必要とされる鏡像体過剰率に応じて適宜設定でき、例えば、1~5回、又は2~3回としてもよい。混合物Mがラセミ混合物である場合、即ち、混合物MにおけるエナンチオマーEbの鏡像体過剰率EEb0が約0%である場合においても、例えばゲル化を2回繰り返すことで、ゲル中のエナンチオマーEbの鏡像体過剰率を例えば、25~35%に高められる。
【0050】
[第4実施形態]
本実施形態では、第1~第3実施形態のいずれかで説明した光学分割方法を用いて、キラル化合物の一方のエナンチオマー(エナンチオマーEa)及び/又は他方のエナンチオマー(エナンチオマーEb)を製造する製造方法について説明する。
【0051】
まず、キラル化合物の両エナンチオマーの混合物Mを用意する。キラル化合物の両エナンチオマーの混合物Mとしては、第1~第3実施形態で用いたものと同様のものを用いることができる。
【0052】
次に、第1~第3実施形態のいずれかで説明した光学分割方法を用いて、両エナンチオマーの混合物Mを光学分割する。これにより、エナンチオマーEa、及び/又はエナンチオマーEbをそれぞれ得ることができる。
【0053】
所望のエナンチオマーを製造する方法としては不斉合成があるが、技術的な困難を伴うことが多く、製造コストも上昇する傾向にある。別法としてキラルカラムを用いたエナンチオマー分割手法も存在するが、大スケールでの利用は現実的ではない。このため、工業的スケールでの所望のエナンチオマーの製造には、光学分割方法が適している。本実施形態の製造方法は、簡便な方法であり、より低コストで所望のエナンチオマーを製造できる。
【0054】
以上説明した実施形態は、互いに相手を排除しない限り、互いに組み合わせてもよい。
【実施例0055】
実施例及び比較例を用いて本発明を更に説明するが、本発明の範囲は、実施例及び比較例により何ら制限されるものではない。
【0056】
[実施例1]
(1)キラル化合物の溶液の調製
(1-1)キラル化合物(ラセミ混合物M)の合成
本実施例では、キラル化合物として、下記式(I)で示される化合物(I)のラセミ混合物を用いた。
【0057】
【0058】
化合物(I)はグルタミン酸誘導体であり、
図3に示す合成スキームに従ってそのラセミ混合物を合成した。まず、下記化合物を含むN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)溶液(1.5mL)を調製した。
N‐[(フルオレン9‐イル)メトキシルカルボニル]‐グルタミン酸1‐tert‐ブチルエステル(Fmoc‐Glu‐OtBu)のラセミ混合物(L体:420mg、1.0mmol、D体:420mg、1.0mmol)
9‐アミノフェナントレン(389mg、2.0mmol)
O‐(1H‐6‐クロロベンゾトリアゾール‐1‐イル)‐1,1,3,3‐テトラメチルウロニウムヘキサフルオロホスフェート(HCTU 827mg、2.0mmol)
2,4,6-トリメチルピリジン(264μL、2.0mmol)
【0059】
調製した溶液を25℃の窒素雰囲気下で20時間攪拌して、
図3に示す化学反応を生じさせた後、減圧下で溶媒、未反応物等を蒸発させた。得られた残留物を、溶離液としてクロロホルムを用いてリサイクル分取SEC(サイズ排除クロマトグラフィー)にかけ、得られた成分を回収して、溶離液等を蒸発させた。残留物をエタノールを用いて再結晶し、沈殿物をろ過して分離した。分離した沈殿物を減圧下で乾燥させて、白色結晶である化合物(I)のラセミ混合物を得た(890mg、1.5mmol、収率:75%)。得られた化合物(I)の化学構造は、元素分析、
1H-NMR、
13C-NMR、質量分析法(MS)、紫外光吸収スペクトル等により同定して確認した。
【0060】
(1-2)溶液の調製
室温(20℃)において、得られた化合物(I)44mgにアセトニトリル7mLを加えて10~20秒間超音波を照射した。得られた懸濁液を65℃まで加熱することにより、化合物(I)はアセトニトリルに完全に溶解し、化合物(I)の溶液が得られた。
【0061】
(2)ゲルの析出、ゲルと上澄み液との分離
得られた65℃の化合物(I)溶液を室温(20℃)まで自然冷却し、そのまま20℃で19時間静置した。これにより、
図4に示すように、溶液中にゲルGを析出させた。
図4に示すように、溶液は全体がゲル化することなく一部がゲル化し、ゲルGと上澄み液Sを生じた。その後、デカンテーションにより、ゲルGと上澄み液Sとを分離した。
【0062】
[実施例2]
本実施例では、実施例1で得られたゲルGを用いて、更に、2回目及び3回目のゲル化を行った(
図2参照)。
【0063】
<ゲルG系統の2回目のゲル化>
実施例1で得られた、約10mgの化合物(I)を含むゲルGにアセトニトリル1mLを加えて65℃まで加熱し、溶液G-Lを調製した。溶液G-Lを室温(20℃)まで冷却してそのまま23時間静置し、溶液G-L中にゲルGGを析出させた。その後、ゲルGGと、上澄み液GSとをデカンテーションにより分離した。
【0064】
<ゲルG系統の3回目のゲル化>
得られたゲルGGにアセトニトリル0.4mLを加えて65℃まで加熱し、溶液GG-Lを調製した。溶液GG-Lを室温(20℃)まで冷却してそのまま23時間静置し、溶液GG-L中にゲルGGGを析出させた。その後、ゲルGGGと、上澄み液GGSとをデカンテーションにより分離した。
【0065】
[実施例3]
本実施例では、実施例1で得られた上澄み液Sを用いて、更に、2回目及び3回目のゲル化を行った(
図2参照)。
【0066】
<上澄み液S系統の2回目のゲル化>
上澄み液Sを5℃で23時間静置し、上澄み液S中にゲルSGを析出させた。その後、ゲルSGと、上澄み液SSとをデカンテーションにより分離した。
【0067】
<上澄み液S系統の3回目のゲル化>
得られたゲルSGにアセトニトリル1.5mLを加えて65℃まで加熱し、溶液SG-Lを調製した。溶液SG-Lを室温(20℃)まで自然冷却してそのまま23時間静置し、溶液SG-L中にゲルSGGを析出させた。その後、ゲルSGGと、上澄み液SGSとをデカンテーションにより分離した。
【0068】
[評価]
実施例1~実施例3で用いた、化合物(I)のラセミ混合物M、ゲルG、上澄み液S、ゲルGG、GGG、SG及びSGGについて、キラル高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により、化合物(I)のL体とD体の比率を測定した。分析装置としては、キラルカラム(株式会社ダイセル製、CHIRALPAK(登録商標)IA-3(250x2.1mm))、及び可変波長UV/Vis検出器UV-2070Plusを備えた日本分光株式会社製、PU-2080Plusを用いた。測定は、ヘキサン/クロロホルム/エタノールの混合液(体積比:86/7/7)を溶離液として、0.2mL/分の流速、検出波長255nmで実施した。
【0069】
図5A~
図7Bに示す各試料のクロマトグラムにおけるL体由来のピーク(ピークL-1)とD体由来のピーク(ピークD-1)の面積比から、各試料におけるL体又はD体の鏡像体過剰率を求めた。結果を
図8に示す。
【0070】
化合物(I)のラセミ混合物は、L体とD体が等量存在するので、クロマトグラムにおけるピークL-1の面積とピークD-1の面積は誤差範囲で等しい(
図5A)。これに対して、実施例1のゲルGではピークL-1の面積がピークD-1の面積より大きく、L体の比率がD体の比率より大きかった(L体が過剰であった、
図5B)。一方、上澄み液SではピークD-1の面積がピークL-1の面積より大きく、D体の比率がL体の比率より大きかった(D体が過剰であった、
図5C)。即ち、ゲル化によって得られたゲルG、上澄み液SにそれぞれL、D体が濃縮され、化合物(I)のL体とD体が部分的に光学分割されたことが確認できた。
図8に示すように、出発試料は化合物(I)のラセミ混合物であるためL体及びD体の鏡像体過剰率(EEa0、EEb0)は共に0(ゼロ)%である。一方、ゲルGにおけるL体の鏡像体過剰率(EEa1)は22%、上澄み液SにおけるD体の鏡像体過剰率(EEb1)は8%であった。尚、
図8の縦軸は、L体の鏡像体過剰率を示す。このため、D体の鏡像体過剰率は、
図8において負の値として示される。
【0071】
図6A、
図6Bに示すように、実施例2のゲルGG、GGGのクロマトグラムでは、ピークL-1のD-1に対する面積比が更に大きくなった。即ち、ゲルGに過剰に含まれていたL体の濃縮がゲル化を繰り返す毎に更に進行することが確認できた。
図8に示すように、ゲルGG及びGGGにおけるL体の鏡像体過剰率(EEa2およびEEa3)は、それぞれ46%、及び66%であった。
【0072】
図7A、
図7Bに示すように、実施例3のゲルSG、SGGのクロマトグラムでは、ピークD-1のL-1に対する面積比が更に大きくなった。即ち、上澄み液Sに過剰に含まれていたD体の濃縮がゲル化を繰り返す毎に更に進行することが確認できた。
図8に示すように、ゲルSG及びSGGにおけるD体の鏡像体過剰率(EEb2およびEEb3)は、それぞれ16%、及び28%であった。
【0073】
[比較例1]
本比較例では、化合物(I)のゲル化ではなく、結晶化を行い、得られた結晶中のL体とD体の比率を分析した。
【0074】
溶媒としてアセトニトリルに代えてエタノールを用いて、実施例1と同様の方法により化合物(I)の溶液を調製した。調製した溶液を室温(20℃)で1週間静置した。溶液中には、まずゲルが析出したが、そのまま静置を続けるとゲルは消失し、入れ替わるように白色粒子が析出した。小角及び広角X線散乱測定(SWAXS)、SEMおよびTEM観察等により、得られた白色粒子が、化合物(I)のテープ状の結晶であることを確認した。
【0075】
得られた化合物(I)の結晶のL体とD体の比率を、実施例1~3と同様にキラルHPLC法を用いて測定した。その結果、得られた結晶は、L体とD体とを当量含むラセミ結晶であり、光学分割は出来なかった。
【0076】
[実施例4]
本実施例では、実施例1~3とは異なるキラル化合物を用いて、該キラル化合物の光学分割を行った。本実施例では、キラル化合物溶液の調製において、キラル化合物の良溶媒と貧溶媒を用いた。
【0077】
(1)キラル化合物の溶液の調製
本実施例では、キラル化合物として、下記式(II)で示される市販の化合物(II)を用いた。化合物(II)はフェニルアラニン誘導体である。
【0078】
【0079】
まず、アセトニトリル中で、下記式(II)で示される化合物(II)のL体とD体の等量混合物(ラセミ混合物)を熱再結晶することにより、化合物(II)のラセミ結晶を得た。得られたラセミ結晶8.3mgを、ジメチルスルホキシド(DMSO)0.138mLに溶解し、リン酸バッファー(50mM)1.245mLを加えて混合・撹拌し、均一な溶液を調製した(化合物(II)の濃度は、6.0mg/mL)。加熱は行わず、溶液の調製は室温で行った。また、DMSOは、化合物(II)の良溶媒であり、リン酸バッファーの主成分である水は、化合物(II)の貧溶媒である。
【0080】
(2)ゲルの析出、ゲルと上澄み液との分離
得られた化合物(II)溶液を室温(20℃)で20時間静置した。これにより、溶液中に透明なゲルを析出させた。溶液は全体がゲル化することなく一部がゲル化し、ゲルと上澄み液を生じた。その後、濾過により、ゲルと上澄み液とを分離した。
【0081】
(3)評価
上述した実施例1~3と同様の方法(キラルHPLC)により、得られたゲルと、上澄み液、それぞれについて、鏡像体過剰率を求めた。測定の結果、ゲルにはD体が濃縮されており、その鏡像体過剰率は、16%であった。一方、上澄み液にはL体が濃縮されており、その鏡像体過剰率は、1%であった。
【0082】
[実施例5]
本実施例では、キラル化合物(化合物(I)のラセミ混合物)の溶液に、一方のエナンチオマー(L体)からなるキセロゲルを添加した(シード(接種)した)。それ以外は、実施例1と同様にラセミ混合物の光学分割を実施した。
【0083】
(1)キラル化合物の溶液の調製、ゲルの析出、及び分離
まず、実施例1と同様に、化合物(I)44mg、アセトニトリル7mLを用いて加温された(65℃)溶液を調製した。溶液を室温付近(25℃~40℃)まで自然冷却した後、別途作製した化合物(I)のL体のキセロゲル(0.6mg)を溶液に添加した。その後、室温(20℃)で19時間静置した。これにより、溶液中にゲルを析出させた。溶液は全体がゲル化することなく一部がゲル化し、ゲルと上澄み液を生じた。その後、デカンテーションにより、ゲルと上澄み液とを分離した。
【0084】
(2)評価
上述した実施例1~3と同様の方法(キラルHPLC)により、得られたゲルについて、鏡像体過剰率を求めた。測定の結果、ゲルにはL体が濃縮されており、L体の鏡像体過剰率は50%であった。この結果は、キセロゲルをシード(接種)しなかった実施例1の虚像体過剰率(22%)の2倍以上であった。以上の結果から、一方のエナンチオマーからなるキセロゲルを少量シード(接種)することにより、光学分割の方向性の制御が可能となり、更に、光学分割の効率も向上することが実証された。
【0085】
[実施例6]
本実施例では、実施例4で使用したキラル化合物(化合物(II)のラセミ混合物)を用いて、該キラル化合物の光学分割を行った。本実施例では、キラル化合物溶液の調製において、キラル化合物の良溶媒と貧溶媒を用いた。また、キラル化合物溶液に、L体のエナンチオマーからなるキセロゲルを添加した(シード(接種)した)。
【0086】
(1)キラル化合物の溶液の調製
実施例4と同様の方法により、化合物(II)のラセミ結晶を合成した。得られたラセミ結晶179.5mgを、ジメチルスルホキシド(DMSO)3.26mLに溶解し、リン酸バッファー29.34mLを加えて混合・撹拌し、均一な溶液を調製した(化合物(II)の濃度は5.5mg/mL)。加熱は行わず、溶液の調製は室温で行った。DMSOは、化合物(II)の良溶媒であり、リン酸バッファーの主成分である水は、化合物(II)の貧溶媒である。
【0087】
(2)ゲルの析出、ゲルと上澄み液との分離
得られた化合物(II)の溶液8mLに対して、別途作製した化合物(II)のL体のキセロゲル(化合物(II)0.5mg相当)を添加(接種)した。その後、室温(20℃)で16時間静置した。これにより、溶液中にゲルを析出させた。溶液は全体がゲル化することなく一部がゲル化し、ゲルと上澄み液を生じた。その後、濾過により、ゲルと上澄み液とを分離した。
【0088】
尚、L体のキセロゲルは、市販の化合物(II)のL体をリン酸バッファーに分散、加熱、及び冷却してヒドロゲルを調製し、それを凍結乾燥することにより作製した。
【0089】
[実施例7]
本実施例では、キラル化合物溶液に、L体に代えて、D体のエナンチオマーからなるキセロゲルを添加した(シード(接種)した)。それ以外は、実施例6と同様にラセミ混合物の光学分割を実施した。
【0090】
[評価]
上述した実施例1~3と同様の方法(キラルHPLC)により、実施例6及び7で得られたゲルについて、鏡像体過剰率を求めた。測定の結果、L体のキセロゲルを添加した実施例6のゲルにはL体が濃縮されており、L体の鏡像体過剰率は58%であった(過剰なエナンチオマーの量は1.28mg)。また、D体のキセロゲルを添加した実施例7のゲルにはD体が濃縮されており、D体の鏡像体過剰率は56%であった(過剰なエナンチオマーの量は1.56mg)。これらの結果は、キセロゲルをシード(接種)しなかった実施例4の鏡像体過剰率(16%)の3.5倍以上であった。以上の結果から、一方のエナンチオマーからなるキセロゲルを少量シード(接種)することにより、光学分割の方向性の制御が可能となり、更に、光学分割の効率も向上することが実証された。
【0091】
[比較例2]
本比較例では、キセロゲルに代えて、キセロゲルを溶媒に溶解してゲルとしての構造を消失させた溶液(キセロゲル溶液)をキラル化合物溶液に添加した。それ以外は、実施例6及び7と同様の方法により、キラル化合物の溶液の調製及び静置を行った。以下に詳細を説明する。
【0092】
まず、実施例6で用いた、化合物(II)のラセミ結晶を溶解したDMSO溶液(0.8mL)を用意した。そこに、実施例6と同量のL体キセロゲル(化合物(II)0.5mg相当)を溶解し、次に、リン酸バッファー7.2mLを加えて混合・撹拌し、均一な溶液(8mL)を調製した。その後、実施例6と同様に、室温(20℃)で16時間静置した。
【0093】
しかし、本比較例では、実施例6及び7とは異なり、静置後の溶液中にゲルは析出しなかった。実施例6及び7と、本比較例との比較から、キセロゲル構造が光学分割(L体の化合物(II)のゲル化)の促進に寄与していることが確認できた。
【0094】
尚、実施例4においてキセロゲルの接種がなくとも光学分割(D体の化合物(II)のゲル化)が生じたのは、実施例4は、実施例6、7及び比較例2と比較して、キラル化合物溶液の濃度が高く(前者:6.0mg/mL>5.5mg/mL)、且つ溶液静置時間が長い(20時間>16時間)ため、ゲルを生成し易い条件だったためと推測される。換言すれば、実施例6及び7では、実施例4よりもゲルを生成し難い条件下において、キセロゲルの接種によりL体又はD体のゲル化が促進され、実施例4よりも高い鏡像体過剰率が得られた。
本発明のキラル化合物の光学分割方法によれば、食品添加物、医薬品、化粧品等の原料となり得る様々なキラル化合物の一方のエナンチオマー及び/又は他方のエナンチオマーを得ることができる。本発明は、簡便な方法であるため工業的利用が期待でき、上記様々な製品の低コスト化に貢献できる。