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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023085407
(43)【公開日】2023-06-20
(54)【発明の名称】溶接継手の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 9/50 20060101AFI20230613BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20230613BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20230613BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20230613BHJP
   B23K 31/00 20060101ALI20230613BHJP
【FI】
C21D9/50 101Z
C22C38/00 301B
C22C38/58
C21D9/00 Z
B23K31/00 B
B23K31/00 F
【審査請求】有
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023054743
(22)【出願日】2023-03-30
(62)【分割の表示】P 2020093900の分割
【原出願日】2020-05-29
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105968
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】森影 康
(72)【発明者】
【氏名】田川 哲哉
(57)【要約】
【課題】溶接部の耐疲労特性に優れた鋼材を用いた溶接継手の製造方法を提供する。
【解決手段】片面もしくは両面の表層部が、ビッカース硬さで90HV以上150HV未満の硬さと、0.10mm以上鋼材全厚の30%以下の厚さとを有する軟質層であり、該表層部と冶金的に接合してなる中央部が、ビッカース硬さで150HV以上の硬さを有し、かつ応力拡大係数範囲15MPa√mのときの疲労き裂伝播速度が1.75×10-8m/cycle以下となる優れた耐疲労き裂伝播特性を有する鋼材同士を、溶接により溶接部を形成して接合し溶接継手とするにあたり、溶接直後に、溶接部近傍に表層の温度が800℃以上となる加熱処理を施し、加熱停止後、表層の温度が約600℃まで低下した時点で、前記溶接部に水、圧縮空気又は液体窒素を0.1~1MPaの圧力で吹きかける急冷処理を、溶接部の表層が100℃以下となるまで施し、その後放冷することを特徴とする溶接継手の製造方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材同士を、溶接により溶接部を形成して接合し溶接継手とするにあたり、
前記鋼材が、片面もしくは両面の表層部と、該表層部と冶金的に接合してなる中央部と、を有する鋼材であって、
前記表層部が、ビッカース硬さで90HV以上150HV未満の硬さと、0.10mm以上鋼材全厚の30%以下の厚さと、を有し、
前記中央部が、ビッカース硬さで150HV以上の硬さを有し、かつ応力拡大係数範囲15MPa√mのときの疲労き裂伝播速度が1.75×10-8m/cycle以下となる優れた耐疲労き裂伝播特性を有する鋼材とし、
前記溶接直後に、溶接部近傍に表層の温度が800℃以上となる加熱処理を施し、加熱停止後、表層の温度が約600℃まで低下した時点で、前記溶接部に水、圧縮空気又は液体窒素を0.1~1MPaの圧力で吹きかける急冷処理を、該溶接部の表層が100℃以下となるまで施し、その後放冷することを特徴とする溶接継手の製造方法。
【請求項2】
前記中央部が、質量%で、
C :0.02~0.25%、 Si:0.01~0.60%、
Mn:0.5~3.0%、 P :0.05%以下、
S :0.02%以下、 Al:0.10%以下
を含み、
あるいはさらに、Cu:1.0%以下、Ni:2.0%以下、Cr:1.0%以下、Mo:1.0%以下、Nb:0.1%以下、V:0.1%以下、Ti:0.1%以下、B:0.005%以下のうちから選ばれた1種以上を、
下記(1)式で定義される炭素当量Ceqが0.45%以下、
および下記(2)式で定義される溶接割れ感受性組成Pcmが0.28%以下、
を満足するように含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる組成を有することを特徴とする請求項1に記載の溶接継手の製造方法。

Ceq(%)=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5・・・(1)
Pcm(%)=C+Si/30+Mn/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+Cu/20+V/10+5B・・・(2)
ここで、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、Cu、V、B:各元素の含有量(質量%)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船舶、海洋構造物、橋梁など、さらには建設機械、建築物、タンクなどの各種溶接構造物用として好適な鋼材、特に、繰返し荷重を受ける部材用として好適な、溶接部の耐疲労特性に優れた鋼材を用いた溶接継手の製造方法に関する。ここでいう「鋼材」とは、主として厚鋼板、さらには形鋼、薄鋼板、鋼管、鋼管用原板等を含むものとする。
【背景技術】
【0002】
近年、溶接構造物の建造にあたっては、設計の合理化や使用する鋼材重量の低減、薄肉化による溶接施工の省力化を図るため、高強度鋼材が適用される事例が多くなってきている。このため、適用される高強度鋼材には、優れた延性、優れた低温靭性を有していることに加えて、優れた溶接性、さらには構造安全性を確保するため、優れた耐疲労特性を有していることが要求されている。溶接構造物では、溶接止端部から疲労き裂が発生し、溶接構造物の鋼材中を伝ぱして、破壊(疲労破壊)する事例が多い。これは、溶接止端部がその形状からも応力集中部となりやすいことに加えて、溶接後に引張の残留応力が生じることなどに起因するとされている。このため、溶接止端部からのき裂発生を抑制する技術として、付加溶接を施して溶接止端部の形状を改善することによって応力集中を低減させる技術、あるいはショットピーニングなどで圧縮の残留応力を導入する技術などが広く知られている。
【0003】
しかし、このような技術を、多数存在する溶接止端部に工業的規模で施すことは、多大な労力と多大な時間とを必要とし、生産性や経済性の観点からも、現実的とは言いがたい。そこで、仮に、疲労き裂が発生したとしても、その後の鋼材中のき裂伝ぱ速度を低減させることができれば、溶接構造物の疲労寿命を延長することができる。このようなことから、鋼材の耐疲労き裂伝ぱ特性を向上させることが強く要望されている。
【0004】
このような要望に対し、例えば特許文献1には、「溶接継手用高疲労強度鋼板」が提案されている。特許文献1に記載された鋼板は、表裏層が板厚内部の硬さより少なくともビッカース硬さで50ポイント以上の硬度を有する高強度鋼板である。特許文献1に記載された技術では、表層組織を板厚内部の硬さより硬くして、疲労き裂の初期過程の伝播を大きく遅延させようとするものである。
【0005】
また、特許文献2には、構造物表面での残留応力を低減させた溶接継手が提案されている。特許文献2に記載された技術では、多層溶接により溶接する際に、最終層に用いる溶接材料を、被溶接材または初層側で用いた溶接材料に比べて、同じひずみ量に対して小さい応力となる応力とひずみの関係をもつ材料とすることが好ましいとしている。これにより、溶接部の残留応力を低減させることができるとしている。
【0006】
また、特許文献3には、高張力鋼の溶接部疲労強度の増進方法が提案されている。特許文献3に記載された技術では、高張力鋼材表面、少なくとも溶接余盛止端相当部分に、予め母材に比して強度の低い軟質の表層を生成させておくことにより、軟質の表層を生成させない場合にくらべて、溶接部の疲労強度が高くなるとしている。
【0007】
また、特許文献4には、表層に硬化領域を有する厚鋼板が提案されている。特許文献4に記載された技術では、鋼板の表裏面から板厚方向に2mmまでの領域の平均ビッカース硬さを、板厚1/4位置から3/4位置までの領域の平均ビッカース硬さの1.20倍以上と、疲労亀裂の起点となる表層を高強度として、溶接部の疲労強度を向上させことができるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平6-49587号公報
【特許文献2】特開平10-146688号公報
【特許文献3】特開昭56-50797号公報
【特許文献4】特開2012-92419号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1に記載された技術では、疲労き裂の発生に対する抑制効果が少なく、また、特許文献2に記載された技術では、最終層のみに使用する別種の溶接材料を必要とし、溶接作業が複雑となり、また、特許文献3に記載された技術では、溶接部の耐疲労特性の向上に有効な、表層の硬さおよび厚さ範囲が必ずしも明確になっていない。また、特許文献4に記載された技術では、溶接部の引張残留応力も高くなるため、耐疲労特性に対する効果が小さいと考えられる。
【0010】
本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、耐疲労特性に優れた鋼材を用いた溶接継手の製造方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記した目的を達成するため、鋼材の板厚方向の組織変化に着目した。そして、溶接継手部の耐疲労特性向上のために、鋼材の表層部を硬さの低い軟質の層とし、中央部(以下、バルクともいう)を、耐疲労き裂伝播特性に優れた組織とすることに思い至った。鋼材表層部を軟質な層(軟質層)とすることにより、図1に模式的に示すように、疲労亀裂発生位置である溶接止端部において、引張負荷時に軟質な層がまず降伏するため、除荷時に圧縮側に転じ、軟質層には圧縮応力が残留することになり、繰返し応力負荷時に圧縮(σmin)-引張(σmax)の繰返し応力負荷となり、疲労き裂の発生が抑制されると考えた。さらに、中央部を耐疲労き裂伝播特性に優れた鋼材とすれば、発生した疲労き裂の進展(疲労き裂伝播)を抑制することができる。これらにより、溶接構造物の破断までの寿命を飛躍的に向上させることができることを知見した。
【0012】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨はつぎのとおりである。
[1]鋼材同士を、溶接により溶接部を形成して接合し溶接継手とするにあたり、
前記鋼材が、片面もしくは両面の表層部と、該表層部と冶金的に接合してなる中央部と、を有する鋼材であって、
前記表層部が、ビッカース硬さで90HV以上150HV未満の硬さと、0.10mm以上鋼材全厚の30%以下の厚さと、を有し、
前記中央部が、ビッカース硬さで150HV以上の硬さを有し、かつ応力拡大係数範囲15MPa√mのときの疲労き裂伝播速度が1.75×10-8m/cycle以下となる優れた耐疲労き裂伝播特性を有する鋼材とし、
前記溶接直後に、溶接部近傍に表層の温度が800℃以上となる加熱処理を施し、加熱停止後、表層の温度が約600℃まで低下した時点で、前記溶接部に水、圧縮空気又は液体窒素を0.1~1MPaの圧力で吹きかける急冷処理を、該溶接部の表層が100℃以下となるまで施し、その後放冷することを特徴とする溶接継手の製造方法。
[2]前記中央部が、質量%で、
C :0.02~0.25%、 Si:0.01~0.60%、
Mn:0.5~3.0%、 P :0.05%以下、
S :0.02%以下、 Al:0.10%以下
を含み、
あるいはさらに、Cu:1.0%以下、Ni:2.0%以下、Cr:1.0%以下、Mo:1.0%以下、Nb:0.1%以下、V:0.1%以下、Ti:0.1%以下、B:0.005%以下のうちから選ばれた1種以上を、
下記(1)式で定義される炭素当量Ceqが0.45%以下、
および下記(2)式で定義される溶接割れ感受性組成Pcmが0.28%以下、
を満足するように含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる組成を有することを特徴とする[1]に記載の溶接継手の製造方法。

Ceq(%)=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5・・・(1)
Pcm(%)=C+Si/30+Mn/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+Cu/20+V/10+5B・・・(2)
ここで、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、Cu、V、B:各元素の含有量(質量%)
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、溶接継手部(溶接部)の耐疲労特性を向上でき、溶接構造物の破断までの寿命が飛躍的に向上し、産業上格段の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】表層を軟質の層とした鋼材の疲労寿命向上の考え方を示す説明図である。
図2】鋼板の断面硬さの一例を示すグラフである。
図3】鋼材の溶接方法を示す説明図である。
図4】実施例で用いた疲労試験片の概要を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[本発明に係る溶接継手の製造方法に用いる鋼材]
まず、本発明に係る溶接継手の製造方法に用いる鋼材(以下、単に「本発明鋼材」ともいう。)について説明する。
本発明鋼材は、片面もしくは両面の表層部と、該表層部と冶金的に接合してなる中央部(以下、バルクともいう)と、を有する二層または三層からなる鋼材である。本発明鋼材(鋼板)の断面硬さ分布の一例を図2に示す。
【0016】
表層部は、ビッカース硬さで90HV以上150HV未満の硬さと、0.10mm以上鋼材全厚の30%以下の厚さと、を有する層とする。
【0017】
表層部の硬さがビッカース硬さで90HV未満では、表層が軟化しすぎて、鋼材表面が傷つきやすくなる。一方、150HVを超えて高くなると、表層が硬くなりすぎて、耐疲労き裂発生特性の効果が低下する。このため、鋼材の表層部の硬さはビッカース硬さで90HV以上150HV未満に限定した。なお、好ましくは95~145HVである。また、軟化した表層部の厚さが0.10mm未満では、薄すぎて上記した軟化層による効果が期待できなくなる。一方、全厚の30%を超えて厚くなると、構造物として所定の強度を確保できなくなる。このため、表層部の厚さは0.10mm以上鋼材全厚の30%以下の範囲に限定した。なお、表層部の厚さは好ましくは0.5~3mmである。
【0018】
なお、鋼材の表層部に上記した軟質の層を形成する方法としては、
(イ)中央部(バルク)となる鋼材の片面もしくは両面の全面に所定厚さの軟質の鋼材(軟鋼)を接合し圧延する方法(いわゆるクラッド法)、
(ロ)中央部(バルク)となる鋼材の片面もしくは両面の全面に軟質の溶接金属を所定の厚さに肉盛り(複層溶接)して、圧延する方法、
(ハ)中央部(バルク)となる鋼材に、脱炭雰囲気(酸化雰囲気)中で高温長時間の熱処理を施し、表層を脱炭する方法、
(ニ)鋳型内に静置した中央部相当材のまわりに低炭素鋼(軟鋼)溶湯を鋳込み、凝固させて鋳片とし、圧延する方法(鋳包みクラッド法)、
(ホ)中央部(バルク)となる鋼材を一定温度で加熱したのち、放冷し表層部をフェライト変態させる方法(熱処理法)、
などが、例示できる。しかし、本発明では、上記した方法に限定されないことは言うまでもない。
【0019】
本発明鋼材は、上記した表層部と境界面を介して冶金的に接合した中央部(バルク)とを有する。本発明鋼材の中央部(バルク)は、ビッカース硬さで150HV以上の硬さを有し、かつ応力拡大係数範囲15MPa√mのときの疲労き裂伝播速度が1.75×10-8m/cycle以下となる優れた耐疲労き裂伝播特性を有する層とする。
【0020】
中央部(バルク)の硬さが、ビッカース硬さで150HV未満では、溶接構造物用として所望の高強度を確保できなくなる。中央部の硬さは、板厚方向で表面から上記表層部を除いた位置でかつ板厚の1/4または1/2のいずれか複数点(3点以上)測定し、その平均値を用いるものとする。なお、中央部(バルク)の硬さの上限はとくに限定しないが、350HVを超えて高くなると、強度増加が顕著となり、低温靭性が低下する。このようなことから、中央部(バルク)の硬さは150HV以上、好ましくは350HV以下に限定した。
【0021】
また、中央部(バルク)は、上記した硬さを有し、かつ優れた耐疲労き裂伝播特性を有する層とする。耐疲労き裂伝播特性として、応力拡大係数範囲15MPa√mのときの疲労き裂伝播速度が1.75×10-8m/cycle以下を満足する特性であれば、発生した疲労き裂の伝播を遅延することができ、溶接構造物の破断までの寿命を大きく延長できる。なお、疲労き裂伝播特性は、ASTM E 647に準拠して測定するものとする。このような鋼材としては、例えば特開2014-95145号公報、特開2015-206112号公報等に例示されている。
【0022】
また、上記した特性を有する中央部(バルク)として、好適な鋼組成はつぎのとおりである。組成における質量%は、単に%で記す。
【0023】
本発明鋼材において、中央部(バルク)として好適な鋼材は、上記した硬さを有し、C:0.02~0.25%、Si:0.01~0.60%、Mn:0.5~3.0%、P:0.05%以下、S:0.02%以下、Al:0.10%以下を含み、あるいはさらにCu:1.0%以下、Ni:2.0%以下、Cr:1.0%以下、Mo:1.0%以下、Nb:0.1%以下、V:0.1%以下、Ti:0.1%以下、B:0.005%以下のうちから選ばれた1種以上を含み、炭素当量Ceqが0.45%以下および溶接割れ感受性組成Pcmが0.28%以下、を満足するように含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる組成を有する鋼材である。
【0024】
ここで、炭素当量Ceqは、次(1)式
Ceq(%)=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5・・・(1)
ここで、C、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、V:各元素の含有量(質量%)
で定義される。また、溶接割れ感受性組成Pcmは、次(2)式
Pcm(%)=C+Si/30+Mn/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+Cu/20+V/10+5B・・・(2)
ここで、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、Cu、V、B:各元素の含有量(質量%)
で定義される。なお、上記した各式に記載された元素が含有されない場合には、0%として扱うものとする。
【0025】
中央部(バルク)として好適な鋼材の組成限定理由はつぎのとおりである。
C:0.02~0.25%
Cは、強度増加に寄与する元素であり、所望の高強度を確保するために、0.02%以上の含有を必要とする。一方、0.25%を超える含有は、延性、靭性や、溶接性を低下させる。このため、Cは0.02~0.25%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.04~0.20%である。
【0026】
Si:0.01~0.60%
Siは、脱酸剤として作用するとともに、固溶して鋼材の強度増加に寄与する元素であり、所望の強度を確保するためには、0.01%以上の含有を必要とする。一方、0.60%を超えて含有すると、溶接性、靭性を低下させる。このため、Siは0.01~0.60%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.02~0.40%である。
【0027】
Mn:0.5~3.0%
Mnは、焼入れ性増加を介して、鋼材の強度増加および靭性向上に寄与する元素であり、所望の強度、靭性を確保するために、0.5%以上の含有を必要とする。一方、3.0%を超える含有は、溶接性、靭性の低下を招く。このため、Mnは0.5~3.0%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.5~2.0%である。
【0028】
P:0.05%以下、S:0.02%以下
P、Sは、不純物として存在し、靭性、延性に悪影響を及ぼす元素であり、できるだけ低減することが望ましいが、Pは0.05%以下、Sは0.02%以下であれば許容できる。このため、Pは0.05%以下、Sは0.02%以下に限定した。なお、好ましくはP:0.035%以下、S:0.015%以下である。
【0029】
Al:0.10%以下
Alは、脱酸剤として作用するとともに、窒化物AlNを形成して、結晶粒の微細化に寄与する元素である。このような効果を得るためには、Alは0.005%以上含有することが好ましいが、0.10%を超えて多量に含有すると、延性、靭性の低下を招く。このため、Alは0.10%以下に限定した。なお、好ましくは0.020~0.050%である。
【0030】
上記した成分が基本の成分であるが、上記した成分に加えてさらに、Cu:1.0%以下、Ni:2.0%以下、Cr:1.0%以下、Mo:1.0%以下、Nb:0.1%以下、V:0.1%以下、Ti:0.1%以下、B:0.005%以下のうちから選ばれた1種以上を含んでもよい。
【0031】
Cu:1.0%以下、Ni:2.0%以下、Cr:1.0%以下、Mo:1.0%以下、Nb:0.1%以下、V:0.1%以下、Ti:0.1%以下、B:0.005%以下のうちから選ばれた1種以上
Cu、Ni、Cr、Mo、Nb、V、Ti、Bはいずれも、鋼材の強度増加に寄与する元素であり、必要に応じて1種以上を選択して含有できる。
【0032】
Cu:1.0%以下
Cuは、固溶してあるいは析出して、鋼材の強度増加に寄与するとともに、耐食性をも向上させる元素であり、これらの効果を得るために、0.05%以上含有することが好ましい。一方、1.0%を超える含有は、靭性の低下を招くとともに、鋼材製造時の表面疵の発生を招く。このようなことから、含有する場合は、Cuは1.0%の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは、0.1~0.8%である。
【0033】
Ni:2.0%以下
Niは、鋼材の強度増加に寄与するとともに、とくに低温靭性の向上、耐食性の向上、Cu起因の熱間脆性の改善に有効に寄与する元素である。このような効果を得るためには、0.2%以上含有することが好ましい。一方、2.0%を超える含有は、製造コストの高騰を招く。このため、含有する場合には、Niは2.0%以下の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.4~2.0%である。
【0034】
Cr:1.0%以下
Crは、鋼材の強度増加に寄与する元素であり、このような効果を得るためには、0.05%以上含有することが好ましい。一方、1.0%を超える含有は、溶接性および靭性の低下を招く。このため、含有する場合には、Crは1.0%以下の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.05~1.0%である。
【0035】
Mo:1.0%以下
Moは、鋼材の強度増加に有効に寄与する元素であり、このような効果を得るためには、0.1%以上の含有を必要とする。一方、1.0%を超える含有は、溶接性および靭性の低下を招く。このため、含有する場合には、Moは1.0%以下の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは、0.2~0.8%である。
【0036】
Nb:0.1%以下
Nbは、固溶してあるいは炭化物、窒化物等として析出して、鋼材の強度増加に寄与するとともに、結晶粒の細粒化に寄与する元素である。このような効果を得るためには、0.005%以上の含有を必要とする。一方、0.1%を超える多量の含有は、靭性の低下を招く。このため、含有する場合には、Nbは0.1%以下の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは、0.01~0.05%である。
【0037】
V:0.1%以下
Vは、Nbと同様に、炭化物等として析出して、鋼材の強度増加に寄与する元素である。このような効果を得るためには、0.02%以上含有することが好ましい。一方、0.1%を超える含有は、溶接性および靭性の低下を招く。このため、含有する場合には、Vは0.1%以下の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは、0.02~0.8%である。
【0038】
Ti:0.1%以下
Tiは、炭化物、窒化物等の析出物の析出を介して鋼材の強度増加に寄与するとともに、溶接部靭性の向上に寄与する元素である。このような効果を得るためには、0.02%以上含有することが好ましい。一方、0.1%を超える含有は、製造コストの上昇を招く。このため、含有する場合には、Tiは0.1%以下の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは、0.02~0.8%である。
【0039】
B:0.005%以下
Bは、焼入れ性向上を介して鋼材の強度増加に寄与する元素である。このような効果を得るためには、0.0001%以上含有することが好ましい。一方、0.005%を超える多量の含有は、溶接性の低下を招く。このため、含有する場合には、Bは0.005%以下の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは、0.0001~0.001%である。
【0040】
本発明鋼材の中央部では、上記した成分を上記した範囲内で、かつ炭素当量Ceq:0.45%以下、溶接割れ感受性組成Pcm:0.28%以下を満足するように含有する。なお、Ceq、Pcmは、次(1)式、次(2)式
Ceq(%)=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5・・・(1)
Pcm(%)=C+Si/30+Mn/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+Cu/20+V/10+5B・・・(2)
ここで、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、Cu、V、B:各元素の含有量(質量%)
で、それぞれ定義される。
【0041】
Ceqが0.45%を、Pcmが0.28%を、それぞれ超えると、溶接硬化性、溶接割れ感受性が高くなりすぎて、溶接部の硬さが高くなり、溶接割れの発生傾向が高くなる。
【0042】
上記した構成の本発明鋼材を溶接して溶接構造物とすれば、繰返し応力負荷に際し、図1に示すように、軟質な表層部の存在により、引張負荷時に軟質な表層部がまず降伏するため、除荷時に圧縮側に転じ、圧縮-引張の繰返し応力負荷となる。そのため、軟質の表層部がない場合に比べ、疲労き裂の発生が抑制され、中央部が耐疲労き裂伝播特性に優れた特性を有していれば、き裂の伝播速度が低くなり、耐疲労特性が向上した溶接構造物となる。
【0043】
[本発明に係る溶接継手の製造方法]
次に、耐疲労特性が向上した溶接構造物とするための好ましい本発明に係る溶接継手の製造方法について説明する。
【0044】
鋼材同士を、溶接により溶接部を形成して接合して、溶接構造物(溶接継手)を製造するにあたり、鋼材同士の溶接は、とくにその溶接条件を限定する必要はないが、鋼材の強度に対応した溶接材料を用いて、当該溶接材料の標準の溶接条件で溶接することが望ましい。そして、溶接直後に、溶接部に急冷処理を、該溶接部の表層が100℃以下となるまで施し、その後放冷する。溶接直後に、溶接部に急冷処理を施すと、溶接部とその近傍の表層だけが先に冷却され収縮するため、溶接止端部には一時的に引張の残留応力が発生する。その後の冷却で、中心部も収縮するため、溶接止端部の引張の残留応力が低下するか、圧縮の残留応力が発生する。これにより、き裂発生位置である溶接止端部の耐疲労き裂発生特性が向上することになる。この状況を図3(a)に模式的に示す。なお、溶接後に、溶接部近傍(溶接止端部近傍)の表層のみに急冷処理を施す方法として、水、圧縮空気や液体窒素等を、ノズル等を介して、吹きかける方法が例示できる。また、圧縮空気を吹き付ける場合、吹き付ける圧縮空気の圧力は、0.1~1MPaとすることが好ましい。圧縮空気の圧力が0.1MPa未満では冷却が不十分となり、一方、1MPaを超えて大きくなると、機器の安全上の問題がある。
【0045】
また、上記した溶接後で上記した溶接部への急冷処理の前に、溶接部に加熱処理を施し、しかる後に該溶接部に前記急冷処理を施してもよい。溶接部への加熱処理により、溶接部全体が膨張し、その後の急冷処理による中心部の収縮により、溶接止端部の引張の残留応力の低下量が大きくなり、溶接部止端部の耐疲労き裂発生特性はさらに改善される。この状況を図3(b)に模式的に示す。なお、溶接後に、溶接部近傍全体を加熱するには、ガスバーナー、高周波加熱炉等を用いることができる。なお、加熱は、表層の温度が800℃以上になる加熱とすることが好ましい。
【0046】
このような溶接を、ビッカース硬さで150HV以上の硬さを有し、かつ応力拡大係数範囲15MPa√mのときの疲労き裂伝播速度が1.75×10-8m/cycle以下となる優れた耐疲労き裂伝播特性を有する鋼材同士の溶接に適用すれば、溶接止端部の耐疲労き裂発生特性がさらに向上し、しかも発生した疲労き裂の伝播も遅くなり、溶接構造物の破断までの寿命が延長されることになる。
【0047】
さらに、上記した溶接を、本発明鋼材である、片面もしくは両面の表層部と、該表層部と冶金的に接合してなる中央部と、を有し、かつ前記表層部が、ビッカース硬さで90HV以上150HV未満の硬さと、0.10mm以上鋼材全厚の30%以下の厚さと、を有し、前記中央部が、ビッカース硬さで150HV以上の硬さを有し、かつ応力拡大係数範囲15MPa√mのときの疲労き裂伝播速度が1.75×10-8m/cycle以下となる優れた耐疲労き裂伝播特性を有する鋼材に適用することが、溶接構造物の耐疲労特性の更なる向上のために好ましい。軟質な表層部と優れた耐疲労き裂伝播特性を有する中央部との組合せにより、溶接部止端部の耐疲労き裂発生特性が向上するとともに、発生した疲労き裂の伝播速度も遅くなって、全体として、溶接構造物の破断までの寿命が大きく延長されることになる。
【0048】
以下、実施例に基づき、さらに本発明について説明する。
【実施例0049】
(実施例1)
表1に示す組成の鋼板A2の両面に、軟鋼用溶接材料を用い溶接金属を多層盛溶接で形成し、熱間圧延したのち、さらに大気雰囲気中で熱処理(900℃×48時間保持)を施して表面を脱炭させたのち、水冷して、両面の表層に軟質層を有する鋼板(板厚25mm)Aとした。表層部A1は表1に示す組成を有し、硬さが122HV、厚さが平均で3.2mmの軟質な層となっている。なお、中心部(バルク)用の鋼板A2は、590MPa級の高張力鋼板であり、平均硬さ(板厚中央位置付近で測定)が195HVで、ASTM E 647の規定に準拠して測定した、応力拡大係数範囲15MPa√mのときの疲労き裂伝播速度da/dNが、1.75×10-8m/cycle以下の1.27×10-8m/cycleの耐疲労き裂伝播特性に優れた鋼板である。
【0050】
また、表1に示す組成の鋼板C2の両面に、表1に示す組成の鋼板C1を張り合わせたのち、熱間圧延を施し、鋼板(板厚23mm)Cとした。鋼板Cは、両面の表層に軟質層を有するクラッド鋼板である。表層部は表1に示す組成を有し、硬さが116HV、厚さが平均で3.0mmの軟質な層となっている。なお、中心部(バルク)用の鋼板C1は、590MPa級の高張力鋼板であり、表1に示すように、平均硬さ(板厚中央位置付近で測定)が220HVで、ASTM E 647の規定に準拠して測定した、応力拡大係数範囲15MPa√mのときの疲労き裂伝播速度da/dNが、1.33×10-8m/cycleの耐疲労き裂伝播特性に優れた鋼板である。
【0051】
得られた鋼板A、鋼板Cから、試験材(幅80mm×長さ600mm)を採取し、該試験材の両面に鋼板(板厚10mm×幅60mm×長さ100mm)を図4に示すように、回し溶接によって接合し面外ガセット継手を作製した。回し溶接の溶接条件は、平均で、電流:240A、電圧:31V、溶接速度:20cm/minとした。なお、溶接材料はフラックス入りワイヤ(JIS Z3313 T 49J 0 T1-0C A-U相当)を用いた。なお、シールドガスは80%Ar-20%CO2とした。
【0052】
得られた面外ガセット継手について、疲労試験を実施し、破断までの寿命(cycle)を測定した。疲労試験は、試験片長手方向を負荷方向とし、表2に示す負荷応力範囲(応力比0.1)で実施した。
【0053】
なお、表層部に軟質の層を有しない鋼板Bについて、上記したと同様の面外ガセット継手を作製し、同様の疲労試験を実施し、破断までの寿命(cycle)を測定し、比較例とした。得られた結果を表2に示す。
【0054】
【表1】
【0055】
【表2】
【0056】
本発明例(試験No.1~3、No.7~8)は、表層部が軟質でない鋼板Bを用いた溶接継手(比較例:試験No.4~6)の場合に比べて、破断寿命は向上している。
(実施例2)
表1に示す鋼板A、B、D、Eからそれぞれ、試験材(幅80mm×長さ600mm)を採取し、実施例1と同様に、該試験材の両面に鋼板(板厚10mm×幅60mm×長さ100mm)を図4に示すように、回し溶接によって接合し、面外ガセット継手を作製した。なお、回し溶接の溶接条件は、実施例1と同様に、平均で、電流:240A、電圧:31V、溶接速度:20cm/minとした。なお、溶接材料はフラックス入りワイヤ(JIS Z3313 T 49J 0 T1-0C A-U相当)を用いた。なお、シールドガスは80%Ar-20%CO2とした。
【0057】
そして、上記した溶接直後に、ガスバーナーで溶接部近傍を表面温度が900℃程度になるまで加熱し、加熱停止後、表面温度が約600℃まで低下した時点で、溶接部近傍に圧縮空気(圧力:0.9MPa)を吹きかける急冷処理を施し、表層が97℃に低下した時点で、急冷処理を終了し、室温まで放冷した。
【0058】
得られた面外ガセット継手を試験片として、実施例1と同様に、疲労試験を実施し、破断までの寿命(cycle)を測定した。なお、疲労試験条件は、表3に示す負荷応力範囲(応力比0.1)とした。
【0059】
得られた結果を表3に示す。
【0060】
【表3】
【0061】
鋼板Bを用いた溶接継手(面外ガセット継手)の溶接後に、溶接部に加熱、急冷処理を施した本発明例(試験No.11、No.12)はいずれも、溶接部への急冷を行わない例(試験No.5、No.6参照:表2)に比べて、継手の破断寿命が向上している。また、表層部に軟質の層を有する鋼板Aを用いた溶接継手(試験No.9、No.10)においても、溶接後の溶接部への急冷処理により、継手の破断寿命が向上している(試験No.2、No.3参照)。また、鋼板D、Eを用いた溶接継手(試験No.13~16)についても、継手の破断寿命が向上し、優れた耐疲労特性を有する溶接継手となっている。
図1
図2
図3
図4