(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023085962
(43)【公開日】2023-06-21
(54)【発明の名称】双子葉植物苗の生産方法
(51)【国際特許分類】
A01H 4/00 20060101AFI20230614BHJP
A01G 17/02 20060101ALI20230614BHJP
A01H 6/28 20180101ALI20230614BHJP
C12N 5/04 20060101ALI20230614BHJP
【FI】
A01H4/00
A01G17/02
A01H6/28
C12N5/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021200304
(22)【出願日】2021-12-09
(71)【出願人】
【識別番号】000253503
【氏名又は名称】キリンホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】平川 健
(72)【発明者】
【氏名】丹野 星亜
【テーマコード(参考)】
2B030
4B065
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB03
2B030CB01
2B030CD06
2B030CD07
2B030CD15
2B030CD17
4B065AA88X
4B065BB35
4B065CA42
(57)【要約】
【課題】ホップなどの双子葉植物苗を効率的に生産するための組織培養法の提供。
【解決手段】双子葉植物の組織を、ジベレリンを含む培地で培養し腋芽を形成させる工程を含む、双子葉植物苗の生産方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
双子葉植物の組織を、ジベレリンを含む培地で培養し腋芽を形成させる工程を含む、双子葉植物苗の生産方法。
【請求項2】
双子葉植物がアサ科植物である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
アサ科植物がホップである、請求項2に記載の方法
【請求項4】
組織が節または頂芽を有する茎断片である、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
培地が液体である、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
培地中のジベレリンの濃度が0.0001~0.5ppmである、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
培地中にサイトカイニンまたはブラシノステロイドをさらに含み、形成した腋芽を伸長させる工程をも含むものである、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
培地中のサイトカイニンまたはブラシノステロイドの濃度がジベレリンの濃度よりも低いものである、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
培地中のサイトカイニンまたはブラシノステロイドの濃度が0.03ppm以下である、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
組織培養による双子葉植物の腋芽形成促進方法であって、液体培養の培地に有効成分としてジベレリンを含むものである方法。
【請求項11】
ジベレリンを有効成分として含む、双子葉植物の腋芽形成促進用組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
ホップなどの双子葉植物苗を生産するための組織培養法に関する。
【背景技術】
【0002】
組織培養技術は葉や根など植物の一部分から植物ホルモン処理によってクローン個体を新生または増殖する技術である。植物の中には、種子による増殖を介すと遺伝的性質が不安定化する植物や、個体数が少ない希少植物が存在する。こういった植物に対して組織培養技術を活用することで、有用形質をもつクローン植物を維持しつつ増殖することができる。例えば、木本植物のアカシアは種子増殖では遺伝的性質が不安定化するため、これを回避するためのカルスを介した苗の増殖技術が存在する(特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、ホップなどの双子葉植物苗を効率的に生産するための組織培養法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、双子葉植物に属する植物、特にアサ科(Cannabaceae)植物に属する植物、特にホップの苗の効率的な生産方法について鋭意検討を行った。ホップ苗などの双子葉植物の生産には組織培養が有用だが、本発明者らは、組織培養を効率的に行うために、培地にジベレリンを低濃度で含有させることにより腋芽数を増やし、それぞれの腋芽を使用することによりホップ苗を生産し得ることを見出した。さらに、サイトカイニンを併用することで形成された腋芽の伸長が促され、結果として分枝が促進し、より効率的な苗生産が可能となることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0006】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] 双子葉植物の組織を、ジベレリンを含む培地で培養し腋芽を形成させる工程を含む、双子葉植物苗の生産方法。
[2] 双子葉植物がアサ科植物である、[1]の方法。
[3] アサ科植物がホップである、[2]の方法。
[4] 組織が節または頂芽を有する茎断片である、[1]~[3]のいずれかの方法。
[5] 培地が液体である、[1]~[4]のいずれかの方法。
[6] 培地中のジベレリンの濃度が0.0001~0.5ppmである、[1]~[5]のいずれかの方法。
[7] 培地中にサイトカイニンまたはブラシノステロイドをさらに含み、形成した腋芽を伸長させる工程をも含むものである、[1]~[6]のいずれかの方法。
[8] 培地中のサイトカイニンまたはブラシノステロイドの濃度がジベレリンの濃度よりも低いものである、[7]の方法。
[9] 培地中のサイトカイニンまたはブラシノステロイドの濃度が0.03ppm以下である、[7]または[8]の方法。
[10] 組織培養による双子葉植物の腋芽形成促進方法であって、液体培養の培地に有効成分としてジベレリンを含むものである方法。
[11] 双子葉植物がアサ科植物である、[10]の方法。
[12] アサ科植物がホップである、[11]の方法。
[13] 培地中にサイトカイニンまたはブラシノステロイドをさらに含むものである、[11]~[13]のいずれかの方法。
[14] ジベレリンを有効成分として含む、双子葉植物の腋芽形成促進用組成物。
[15] 双子葉植物がアサ科植物である、[14]の組成物。
[16] アサ科植物がホップである、[15]の組成物。
[17] さらに、サイトカイニンまたはブラシノステロイドを有効成分として含む、[14]~[16]のいずれかの組成物。
[18] 培地と組成物の体積比がX:Yとなるように培地に添加して用いる、[14]~[17]のいずれかの組成物であって、ジベレリンの濃度が0.0001×(X+Y)/Y ppm~0.5×(X+Y)/Y ppmである組成物。
[19] サイトカイニンまたはブラシノステロイドの濃度がジベレリンの濃度よりも低い、[18]の組成物。
[20] サイトカイニンまたはブラシノステロイドの濃度が0.03×(X+Y)/Y ppm以下である、[18]または[19]の組成物。
【発明の効果】
【0007】
双子葉植物の組織を、低濃度のジベレリンを含む培地で培養することにより、腋芽数が増え、さらに、サイトカイニンやブラシノステロイド等の他の植物ホルモンを併用して培養することにより、腋芽の伸長が促進され、双子葉植物の苗を効率的に生産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】腋芽の伸長における培地中の糖類(グルコース、スクロースおよびフルクトース)の影響を示す図であり、各糖類を含む寒天培地で3週間培養した外植片を示す図である。
【
図2】腋芽の伸長における培地中の糖類(グルコース、スクロースおよびフルクトース)の影響を示す図であり、培養1、2、3週間目における各糖類での外植片上の腋芽の長さを示す図である。n≧9(nは腋芽の本数。**P < 0.01 vs スクロース、フルクトース)。
【
図3】腋芽形成におけるサイトカイニンの効果を示す図である。
図3AはBA処理した際の外植片あたりの腋芽数を示し、
図3BはtZ処理した際の外植片あたりの腋芽数を示し、
図3CはGA
3処理した際の外植片あたりの腋芽数を示す。N = 3 (3つのフラスコそれぞれに5本の外植片(茎)を植え付け、その5本それぞれから生じた腋芽数の平均値をフラスコごとに求めた。さらに、フラスコ3つの平均値を求め、外植片あたりの腋芽数とした。P < 0.05)
【
図4】分岐の形成と伸長におけるジベレリンとサイトカインの併用処理の効果を示す図であり、GA
3およびBAを処理した外植片を示す図である。矢じりは腋芽を示す(スケールバー 1 cm)。
【
図5】分岐の形成と伸長におけるジベレリンとサイトカインの併用処理の効果を示す図である。
図5AはGA
3およびBA処理した際の外植片あたりの腋芽数を示す。N = 3 (3つのフラスコそれぞれに5本の外植片(茎)を植え付け、その5本それぞれから生じた腋芽数の平均値をフラスコごとに求めた。さらに、フラスコ3つの平均値を求め、外植片あたりの腋芽数とした(a vs.b:P < 0.05)。
図5BはGA
3およびBA処理した際の腋芽の長さを示す。n≧22 (a vs.b、a vs.c、a vs.bc、b vs.c:P<0.05)。
【
図6】カスケードとナゲットにおけるジベレリンとサイトカイニンの併用処理の効果を示す図であり、GA
3およびBAを処理したカスケード(
図6A)とナゲット(
図6B)の外植片を示す図である。矢じりは腋芽を示す(スケールバー 1 cm)。
【
図7】カスケードとナゲットにおけるジベレリンとサイトカイニンの併用処理の効果を示す図である。
図7AはカスケードおよびナゲットにおけるGA
3(図では、GA)とBAを処理した際の外植片あたりの腋芽数を示す。N = 3 (3つのフラスコそれぞれに3~5本の外植片(茎)を植え付け、その3~5本それぞれから生じた腋芽数の平均値をフラスコごとに求めた。さらに、フラスコ3つの平均値を求め、外植片あたりの腋芽数とした。
**P < 0.01)。
図7BはカスケードおよびナゲットにおけるGA
3(図では、GA)とBA処理した際の腋芽の長さを示す。n≧12 (
**P<0.05)。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、双子葉植物の組織を培養することにより、双子葉植物苗を生産する方法である。
本発明の方法においては、腋芽を増やし、伸長させることにより、双子葉植物苗を生産する。
【0010】
1.定義
本発明において、以下のように語句を定義する。
腋芽:茎と葉(葉柄が存在する場合は葉柄)の間に形成される芽。
腋芽(の)形成:腋芽がかたち作られること。腋芽(の)形成の促進とは、腋芽(の)形成が促進されない場合と比較して、形成される腋芽の数が多くなることを意味する。
分枝(Branch): 腋芽が伸長して形成される組織。分枝伸長の過程で生じた節から再び腋芽が形成されるため、この過程が繰り返されることで植物の枝分かれの数が増加する。
芽(BUD):未成熟な段階にあるシュートをbud (芽)という。ここでのシュートは茎頂分裂組織、未熟な葉、そして茎から成る。
茎:葉を側生する器官であり、根から水や無機塩類を、葉から光合成産物を植物体全体に輸送する役割を担う。葉を形成している箇所を節という。主軸から腋芽伸長することで分枝が形成される。
節:茎において葉が形成されている部分。
頂芽:茎の先端部に形成される芽。のちに茎となる。
【0011】
本明細書において、「A~B」(AおよびBは数値)は、特に説明のない限り、「A以上B以下」を表すものとする。本明細書において使用される「%」は、特に説明のない限り、「w/v%」を表すものとする。
【0012】
2.本発明の適用植物
本発明は、双子葉植物に適用される。好ましくはアサ科(Cannabaceae)植物、さらに好ましくはカラハナソウ属(Humulus)植物、さらに好ましくはホップ(Humulus lupulus)に適用される。ホップであれば品種を問わず適用でき、効果が認められるが、好ましくはカスケード、ナゲット、キリン2号、かいこがね、とよみどり、ソラチエース、フラノエース、ふくゆたか、きたみどり、南部早生、イースタンゴールド、イースタン・グリーン、フラノ18号、フラノ6号、フラノベータ、フラノローラ、リトルスター、フラノスペシャル、HU ZH APA1、フラノ ロイヤル グリーン、フラノ ビューティ、フラノ0204A号、フラノ0802D号、フラノ0901B号、フラノ0902D号、フラノK906901060号、フラノ1501U号に適用でき、もっとも好ましくはカスケード、ナゲット、キリン2号に適用できる。
【0013】
3.植物ホルモンの使用
本発明においては、植物ホルモンの存在下で上記植物の組織を培養する。
植物ホルモンは、植物自身が作り出し、低濃度で自身の生理活性・情報伝達を調節する機能を有することが知られている。代表的な植物ホルモンとしてはオーキシン、ジベレリン、サイトカイニン、アブシシン酸、エチレン、ブラシノステロイド、ジャスモン酸類などが知られている。
【0014】
この中でも、本発明の方法においては、腋芽形成の促進のための植物ホルモンを用い、さらに腋芽伸長の促進のための植物ホルモンを併用用植物ホルモンとして用いる。
【0015】
(1) ジベレリン
腋芽形成の促進にはジベレリンを使用することができる。ジベレリン(GA)と称される化合物は数多く知られている。本発明はジベレリンと称される化合物であればいずれを使用してもよいが、使用する液体培地に所望の濃度で可溶な構造であるものが好ましい。たとえば、GA1~GA40を用いることができ、その中でも農薬としても使用されるジベレリンA3 (GA3)(C19H22O6)が好ましい。
【0016】
ジベレリンの培地中濃度の下限は、0.0001、0.0005、0.001、0.005または0.01 ppmとすることができるが、0.005 ppmまたは0.01 ppmがもっとも好ましい。上限は0.5、0.25、0.2、0.1または0.05 ppmと低濃度とすることができるが、0.1 ppmが好ましく、0.05 ppmがもっとも好ましい。すなわち、ジベレリンを、例えば、0.0001 ppm~0.5 ppm、好ましくは0.0005 ppm~0.25 ppm、さらに好ましくは0.001 ppm~0.2 ppm、よりいっそう好ましくは0.005 ppm~0.1 ppm、特に好ましくは0.01 ppm~0.05 ppmの範囲で用いることができる。
【0017】
ジベレリンを上記濃度で使用することで、継代1.5ヶ月後の組織培養苗から一節を含む茎断片を外植片として切り出し培養した場合に、外植片当たりの腋芽数が、ジベレリンを使用しないコントロールに比べて、1.2倍、好ましくは1.5倍、さらに好ましくは1.8倍、特に好ましくは2倍になる。具体的には、外植片当たりの腋芽数が、6~15、好ましくは7~10になる。
【0018】
(2) 併用用植物ホルモン
さらに、別の植物ホルモンをジベレリンと併用することで、形成された腋芽の伸長が促され、分枝が促進される。併用する植物ホルモンには細胞分裂や細胞伸長を促進するサイトカイニン、ブラシノステロイドなどが挙げられるが、サイトカイニンがもっとも好ましい。サイトカイニンとしては、6-ベンジルアデニンやチジアズロン等の合成サイトカイニン、ゼアチン、カイネチン等の天然サイトカイニンを用いることができる。なお、本明細書において、ジベレリンと併用する別の植物ホルモンを併用用植物ホルモンという。
【0019】
併用とは、培養のはじめから培地中に共存させてもよいが、培養途中の任意の時点から、培地に併用用植物ホルモンを追加してもよい。培養のはじめから共存させることが好ましい。
【0020】
ただし、併用用植物ホルモンの濃度が高くなると腋芽形成促進効果が減じられるため、腋芽促進効果と腋芽伸長効果の両方を得るためには、その培地中濃度はジベレリンと同濃度以下若しくは同濃度より低い濃度、または0.03 ppm以下が好ましい。下限は0.00001、0.00005、0.0001、0.005または0.01 ppmとすることができるが、0.005 ppmまたは0.01 ppmがもっとも好ましい。すなわち、併用用植物ホルモンを0.00001 ppm~ジベレリンと同じ濃度、0.00005 ppm~ジベレリンと同じ濃度、0.0001 ppm~ジベレリンと同じ濃度、0.005 pp~ジベレリンと同じ濃度、0.01 ppm~ジベレリンと同じ濃度、0.00001 ppm~0.03 ppm、0.00005 ppm~0.03 ppm、0.0001 ppm~0.03 ppm、0.005 pp~0.03 ppmまたは0.01 ppm~0.03 ppmの範囲で用いることができる。
【0021】
上記の併用用植物ホルモンを上記濃度で併用することで、継代1.5ヶ月後の組織培養苗から一節を含む茎断片を外植片として切り出し培養した場合に、腋芽の長さが植物ホルモンを使用しないコントロールに比べて、1.5倍、好ましくは2倍、さらに好ましくは3倍、特に好ましくは4倍になる。具体的には、腋芽の長さが、0.5~3cm、好ましくは0.6~2cmに伸長する。
【0022】
4.培養条件等
(1) 培養対象
本発明の苗の生産のための組織培養は、植物のいずれかの組織を用いて行えばよいが、茎組織が好ましく、頂芽または節を有する茎組織がより好ましく、節を有する茎組織がもっとも好ましい。例えば、継代0.5ヶ月~3ヶ月後の組織培養苗から一節を含む茎断片を外植片として切り出し培養すればよい。組織は、好ましくは滅菌処理する。滅菌処理は、例えば、20~80(w/v)%エタノール溶液や0.2~5(w/v)%次亜塩素酸水溶液、5~15(w/v)%過酸化水素水溶液等でインキュベーションすることにより行うことができる。
【0023】
(2) 培養条件
原則、ジベレリンや併用用植物ホルモンの有無にかかわらず、培養条件は変わらない。ただし、培地の状態は半固体培地または液体培地である。固体培地では腋芽の形成促進効果が認められないことが確認されているためである。なお、半固体培地とはゲル状であったり、固体培地に比して流動性を有する培地である。
【0024】
用いる培地は限定されないが、植物の組織培養に広く用い得る液体培地または半固体培地を用いればよい。液体培地としては、ムラシゲ・スクーグ(MS)培地、Woody Plant(WP)培地、ニッチ・ニッチ培地、リンスマイヤー・スクーグ培地等が挙げられ、半固体培地として、前記液体培地の内容にさらに寒天やゲルライトを含む培地が挙げられる。具体的には、例えば、ムラシゲ・スクーグ培養用混合塩類を添加した寒天培地を好適に用いることができる。半固体培地においては、多糖類、たとえば寒天やガム類(ゲランガム:ゲルライト(登録商標)など、アラビアガムなど)は0.7~1(w/v)%程度添加して調製すればよい。培地には糖源を添加し、糖源としては、単糖が好ましく、とくにグルコースが好ましい。また、スクロースは適さない。糖類とくにグルコースの濃度は、0.5~5(w/v)%、好ましくは1~4(w/v)%、さらに好ましくは1.5~3(w/v)%である。また、ビタミン類やアミノ酸を添加してもよい。培地のpHは、HClやNaOHを用いて5.5~6.5、好ましくは5.6~6.0に調整すればよい。
【0025】
培養期間は、原則として3週間以上、5週間以内が好ましい。また、培養温度は好ましくは15~25℃、さらに好ましくは18~22℃、さらに好ましくは20~22℃、特に好ましくは20℃である。培養は静置培養でも振盪培養でもよく、振盪培養を行う場合の振盪条件は、50~100rpmが好ましい。また、光条件は、明期14~18時間、暗期6~10時間、好ましくは明期16時間、暗期8時間である。光の照度は、1000~5000ルクス、好ましくは2000~4000ルクス、もっとも好ましくは3000ルクスである。
【0026】
表1に適さない培養条件、許容可能な培養条件、および至適な培養条件を示す。表はホップ液体培養時の条件の例である。
【0027】
【0028】
5.苗の生産
4.培養条件等に記載の方法により、培養を行うことにより、形成し伸長した腋芽から、頂芽または節を含む茎断片を回収し、苗床に移植した後に一定期間栽培し生育させることで幼苗を得ることができる。苗床としては、寒天培地や通常用いられるバーミキュライトや赤玉土等の園芸用土を用いることができ、植木鉢やポットに園芸用土を入れ、頂芽または節を含む茎断片を移植すればよい。この際、腋芽は長さが3~5cmに伸長したものを用いることが好ましい。苗床に移植した後の栽培は、1~1.5ヶ月行うことにより幼苗を得ることができる。幼苗は、さらに、通常の方法により、本圃場に移植して栽培すればよい。
【0029】
6.腋芽形成を促進する方法
本発明は、上記4.培養条件等に記載の方法により、培養を行うことにより、双子葉植物の腋芽形成を促進する方法を包含する。
【0030】
7.腋芽形成促進用組成物
本発明は、腋芽形成促進用組成物を包含する。
腋芽形成促進用組成物は、少なくともジベレリンを含む。ジベレリンとしては、GA1~GA40を用いることができ、その中でも農薬としても使用されるジベレリンA3(GA3) (C19H22O6)が好ましい。腋芽形成促進用組成物は、ジベレリンに加え、さらに、別の併用用植物ホルモンを含有させることができる。併用用植物ホルモンとして細胞分裂や細胞伸長を促進するサイトカイニン、ブラシノステロイドなどが挙げられるが、サイトカイニンがもっとも好ましい。サイトカイニンとしては、6-ベンジルアデニンやチジアズロン等の合成サイトカイニン、ゼアチン、カイネチン等の天然サイトカイニンを用いることができる。ジベレリンと併用用植物ホルモンを含有する植物ホルモンは、とくに腋芽形成・伸長促進用組成物といい、腋芽形成促進用組成物と区別することもできる。
【0031】
腋芽形成促進用組成物、腋芽形成・伸長促進用組成物は、植物の組織培養に広く用い得る液体培地または半固体培地に添加して用いるが、あらかじめ腋芽形成促進用組成物、腋芽形成・伸長促進用組成物を含む培地として調製することもできる。植物の組織培養に広く用い得る液体培地として、ムラシゲ・スクーグ(MS)培地、Woody Plant(WP)培地、ニッチ・ニッチ培地、リンスマイヤー・スクーグ培地等が挙げられ、半固体培地として、液体培地の組成に追加して多糖類、たとえば寒天やガム類(ゲランガム:ゲルライト(登録商標)など、アラビアガムなど)をも含む培地が挙げられる。
【0032】
腋芽形成促進用組成物、腋芽形成・伸長促進用組成物には、該組成物を培地に添加したときまたは該組成物を含む培地として調製したときに、ジベレリンの培地中の最終濃度の下限が0.0001、0.0005、0.001、0.005または0.01 ppmとなるように、また、ジベレリンの最終濃度の上限が0.5、0.25、0.2、0.1または0.05 ppmとなるように、ジベレリンを含ませればよい。すなわち、腋芽形成促進用組成物、腋芽形成・伸長促進用組成物には、該組成物を培地に添加または腋芽形成・伸長促進用組成物(体積X)を含む培地として調製したときに、ジベレリンの培地中の最終濃度が、例えば、0.0001 ppm~0.5 ppm、好ましくは0.0005 ppm~0.25 ppm、さらに好ましくは0.001 ppm~0.2 ppm、さらに好ましくは0.005 ppm~0.1 ppm、さらに好ましくは0.01 ppm~0.05 ppm、さらに好ましくは0.01 ppm~0.04 ppm、特に好ましくは0.01 ppm~0.025 ppmの範囲となる濃度となるように、ジベレリンを含ませればよい。例えば、培地(体積Y)に腋芽形成促進用組成物または腋芽形成・伸長促進用組成物(体積X)を体積比がX:Yとなるように添加または腋芽形成・伸長促進用組成物(体積X)を含む培地として調製する場合、腋芽形成促進用組成物および腋芽形成・伸長促進用組成物中のジベレリンの濃度は、0.0001×(X+Y)/Y ppm~0.5×(X+Y)/Y ppm、好ましくは0.0005×(X+Y)/Y ppm~0.25×(X+Y)/Y ppm、さらに好ましくは0.001×(X+Y)/Y ppm~0.2×(X+Y)/Y ppm、さらに好ましくは0.005×(X+Y)/Y ppm~0.1×(X+Y)/Y ppm、さらに好ましくは0.01×(X+Y)/Y ppm~0.05×(X+Y)/Y ppm、さらに好ましくは0.01×(X+Y)/Y ppm~0.04×(X+Y)/Y ppm、特に好ましくは0.01×(X+Y)/Y ppm~0.025×(X+Y)/Y ppmの範囲である。
【0033】
また、腋芽形成・伸長促進用組成物には、前記組成物を培地に添加または腋芽形成・伸長促進用組成物を含む培地として調製したときに、併用用植物ホルモンの培地中の最終濃度がジベレリンと同濃度以下若しくは同濃度より低い濃度、または0.03 ppm以下となるように、また、前記組成物を培地に添加したときに、別の植物ホルモンの培地中の最終濃度の下限が0.00001、0.00005、0.0001、0.005または0.01 ppmとなるように、別の植物ホルモンを含ませればよい。すなわち、腋芽形成・伸長促進用組成物には、該組成物を培地に添加したときに、併用用植物ホルモンの最終濃度が、0.00001 ppm~ジベレリンと同じ濃度、0.00005 ppm~ジベレリンと同じ濃度、0.0001 ppm~ジベレリンと同じ濃度、0.005 pp~ジベレリンと同じ濃度、0.01 ppm~ジベレリンと同じ濃度、0.00001 ppm~0.03 ppm、0.00005 ppm~0.03 ppm、0.0001 ppm~0.03 ppm、0.005 pp~0.03 ppmまたは0.01 ppm~0.03 ppmの範囲となる濃度となるように、併用用植物ホルモンを含ませればよい。例えば、培地(体積Y)に腋芽形成・伸長促進用組成物(体積X)を体積比がX:Yとなるように添加するまたは腋芽形成・伸長促進用組成物を含む培地として調製する場合、腋芽形成・伸長促進用組成物中の併用用植物ホルモンの濃度は、0.00001×(X+Y)/Y ppm~ジベレリンと同じ濃度、0.00005×(X+Y)/Y ppm~ジベレリンと同じ濃度、0.0001×(X+Y)/Y ppm~ジベレリンと同じ濃度、0.005×(X+Y)/Y pp~ジベレリンと同じ濃度、0.01×(X+Y)/Y ppm~ジベレリンと同じ濃度、0.00001×(X+Y)/Y ppm~0.03×(X+Y)/Y ppm、0.00005×(X+Y)/Y ppm~0.03×(X+Y)/Y ppm、0.0001×(X+Y)/Y ppm~0.03×(X+Y)/Y ppm、0.005×(X+Y)/Y pp~0.03×(X+Y)/Y ppmまたは0.01×(X+Y)/Y ppm~0.03×(X+Y)/Y ppmの範囲である。
【実施例0034】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0035】
実施例1:ホップ組織培養苗の生育における最適な糖類の探索
1.目的
組織培養は植物を無菌的に維持および増殖する手法である。組織培養苗の維持には必須元素やミネラル、ビタミンそしてエネルギー源である糖類を含む培地を使用する。ホップの組織培養苗の維持には糖類にグルコースが使用されているが、多くの植物で使用されているスクロースなど、他の糖類とホップの成長に関する知見はない。そこで、異なる糖類を含む培地上での成長速度を比較し、ホップの組織培養苗の生育に最適な糖類を明らかにすることを目的とした。
【0036】
2.方法
組織培養苗の調製
材料品種としてキリン2号を使用した。キリン2号の苗から一節を含む茎断片を外植片として切り出し、70(v/v)%エタノール(FUJIFILM Wako)で1分間、1%次亜塩素酸(FUJIFILM Wako)で5分間インキュベートすることで滅菌処理した。外植片を滅菌水で1分間、3回洗浄してペーパータオルで水気を切った後、1/2ムラシゲ・スクーグ培地用混合塩類(Nacalai)・2(w/v)%グルコース(FUJIFILM Wako)・0.2(w/v)%ゲランガム(FUJIFILM Wako)を含む寒天培地に外植片を置床してインキュベーターで培養を開始した。インキュベーターの設定条件は温度20℃、日長周期 明期16時間・暗期8時間とした。培養2週間後、節から伸長した腋芽を切り出して寒天培地に置床し、順調に生育した個体を組織培養苗とした。組織培養苗は1.5ヶ月の頻度で頂芽を新しい寒天培地に置床することで継代した。
【0037】
ホップ組織培養苗の異なる糖源に対する感受性試験
継代1.5ヶ月後の組織培養苗から一節を含む茎断片を外植片として切り出し、1/2ムラシゲ・スクーグ培養用混合塩類・0.8(w/v)%アガー(FUJIFILM Wako)・2(w/v)%グルコースまたは(w/v)2%スクロース(FUJIFILM Wako)、2(w/v)%フルクトース(FUJIFILM Wako)を含む寒天培地に置床した。培養条件は温度20℃、日長周期 明期16時間・暗期8時間とした。培養1、2、3週間後の腋芽の長さを計測し、成長速度を比較した。
【0038】
3.結果
結果を
図1および2に示す。培養2週間目までは各糖類の間で腋芽の伸長速度に違いは見られなかったが、培養3週間目ではグルコースを用いた培地で腋芽が顕著に伸長した。その一方、フルクトースまたはスクロースを含む培地では、培養2週目から3週目にかけて腋芽はほとんど伸長しなかった(
図1および2)。したがって、ホップ組織培養における腋芽の伸長に使用する糖類はグルコースが適することがわかった。
【0039】
4.結論
ホップの組織培養苗の生育における糖源はグルコースが最適であることが示唆された。
【0040】
実施例2:分枝のもととなる腋芽形成を促進する植物ホルモンの探索
1.目的
組織培養において分枝は苗の元となる頂芽が繰り返し作り出されるため、分枝促進は植物増殖において有効な手法である。植物の成長過程では、分枝は茎の節から腋芽が形成されることから始まる。この腋芽形成は植物ホルモンの一種であるサイトカイニン処理によって促進されることが知られているが、ホップにおける知見は存在しない。そこで、サイトカイニンを含む植物ホルモンをホップに処理し、腋芽形成を促進するホルモンを同定することを目的とした。
【0041】
2.方法
組織培養苗の調製
ホップは、キリン2号を使用した。当該品種はThe International Hop Growers’ Convention (IHGC)に登録されたものである。キリン2号の苗から一節を含む茎断片を外植片として切り出し、70(v/v)%エタノール(FUJIFILM Wako)で1分間、1(w/v)%次亜塩素酸(FUJIFILM Wako)で5分間インキュベートすることで滅菌処理した。外植片を滅菌水で1分間、3回洗浄してペーパータオルで水気を切った後、1/2ムラシゲ・スクーグ培地用混合塩類(Nacalai)・2(w/v)%グルコース(FUJIFILM Wako)・0.2(w/v)%ゲランガム(FUJIFILM Wako)を含む寒天培地に外植片を置床してインキュベーターで培養を開始した。インキュベーターの設定条件は温度20℃、日長周期 明期16時間・暗期8時間とした。培養2週間後、節から伸長した腋芽を切り出して寒天培地に置床し、順調に生育した個体を組織培養苗とした。組織培養苗は1.5ヶ月の頻度で頂芽を新しい寒天培地に置床することで継代した。
【0042】
液体培養におけるホルモン処理
継代1.5ヶ月後の組織培養苗から一節を含む茎断片を外植片として切り出し、1/2ムラシゲ・スクーグ培養用混合塩類・2(w/v)%グルコースを含む液体培地100 mLに植え付けた。培養容器は300 mL三角フラスコである。その後、人工サイトカイニンの6-ベンジルアデニン(BA、FUJIFLIM Wako)、天然サイトカイニンのtrans-ゼアチン(tZ、東京化成工業)、そしてジベレリン(GA3、FUJIFLIM Wako)を培地に添加し、振とう培養を開始した。各植物ホルモンの終濃度はBAとGA3が0、0.01、0.025、0.05 ppm、tZが0、0.125、0.25、0.5μg/mLである。培養条件は温度20℃、日長周期 明期16時間・暗期8時間、回転数 100 rpmとした。培養3週間後、フラスコから植物体を回収し、形成された腋芽の数を測定した。
【0043】
3.結果
結果を
図3に示す。
図3AはBA処理した際の外植片あたりの腋芽数を示し、
図3BはtZ処理した際の外植片あたりの腋芽数を示し、
図3CはGA
3処理した際の外植片あたりの腋芽数を示す。サイトカイニンであるBAおよびtZを外植片に処理した場合、外植片からの腋芽形成は全く観察されなかった。その一方、ジベレリンGA
3処理をした場合、コントロールと比較して外植片あたりの腋芽数が増加した。なお、腋芽の数について、0.01、0.025、0.05 ppm GA
3の間に有意な差は見られなかった。0.05 ppmの区画では葉の色が若干黄化する傾向が認められた。そのため、これ以上濃度を上げると葉の老化が誘導され、植物体の成長阻害が生じる可能性が考えられた。
【0044】
なお、サンプル数はN = 3 (3つのフラスコそれぞれに5本の外植片(茎)を植え付け、その5本それぞれから生じた腋芽数の平均値をフラスコごとに求めた。さらに、フラスコ3つの平均値を求め、外植片あたりの腋芽数とした)である(a vs.b :P < 0.05)。
【0045】
4.結論
液体培養におけるホップ節からの腋芽形成では、サイトカイニンは人工と天然の形式を問わず抑制的に働くこと、ジベレリンは促進的に機能することが明らかとなった。さらに、ジベレリンの当該効果は比較的低濃度で認められることがわかった。
【0046】
実施例3:ジベレリンとサイトカイニンの併用によるホップ腋芽形成の促進の検討
1.目的
実施例1においてホップの腋芽形成にはジベレリンが有効であることを見出した。そこで、ホップの液体培養系においてもジベレリンとサイトカイニンの併用により腋芽形成の頻度と腋芽の長さが増加するかを検証することにした。
【0047】
2.方法
液体培養におけるホルモン処理
継代1.5ヶ月後のキリン2号組織培養苗から一節を含む茎断片を外植片として切り出し、実施例2と同じ条件で培養した。培養3週間後、フラスコから植物体を回収し、形成された腋芽の数と長さを測定した。
【0048】
3.結果
結果を
図4および5に示す。GA
3単独処理区と比較して、外植片あたりの腋芽数はGA
3 0.05 ppm・BA 0.01 ppm処理区では同程度であり、GA
3 0.05 ppm・BA 0.05 ppm処理区では減少した(
図4および
図5A(a vs.b:P < 0.05))。一方、腋芽の長さはGA
3 0.05 ppm・BA 0.01 ppm処理によってGA
3単独処理よりも増加した(
図5B(a vs.b、a vs.c、a vs.bc、b vs.c:P<0.05))。なお、BA濃度を0.05 ppmに高めると腋芽の長さはGA
3単独処理と同程度になった。
【0049】
4.結論
ホップにおいてサイトカイニンは腋芽形成には機能しないが、腋芽の伸長促進には働くことが示唆された。
【0050】
実施例4:ジベレリンおよびサイトカイニン処理による腋芽の形成と伸長に対する促進作用の品種間差の検証
1.目的
これまでの実施例では材料品種にキリン2号を使用してきたが、ホップの品種は多岐に渡っており、原種だけでなく交雑育種により作出された品種も存在するため、遺伝的背景も多様である。そのため、ジベレリンおよびサイトカイニン処理による腋芽形成と腋芽伸長の促進作用が品種を問わない、すなわち汎用性があることを示すために、キリン2号以外のホップ品種での検証が必要である。そこで、多くのビール銘柄の材料であるメジャー品種のカスケード(Cascade)とナゲット(Nugget)でもキリン2号と同様の知見を得られるかを確認することにした。
【0051】
2.方法
組織培養苗の調製
カスケードとナゲットの苗を花の館(岩手県盛岡市津志田中央3丁目17-2、http://hananoyakata.shop-pro.jp)より購入した。苗から一節を含む茎断片を外植片として切り出し、実施例2と同じ方法で組織培養苗を調製し、継代した。
【0052】
液体培養におけるホルモン処理
継代1.5ヶ月後のカスケードとナゲットの組織培養苗から一節を含む茎断片を外植片として切り出して実施例2と同じ方法で培養し、形成された腋芽の数と長さを測定した。
【0053】
3.結果
結果を
図6および7に示す。
図6はカスケード(
図6A)とナゲット(
図6B)におけるジベレリンとサイトカイニンの併用処理の効果を示し、
図7はカスケードおよびナゲットにおけるGA
3とBAを処理した際の外植片あたりの腋芽数(
図7A)、ならびにカスケードおよびナゲットにおけるGA
3とBA処理した際の腋芽の長さ(
図7B)を示す。コントロールと比較して、カスケードとナゲットの両品種において、GA
3 0.05 ppm・BA 0.01 ppm処理区では外植片あたりの腋芽数と腋芽の長さが増加した。
【0054】
4.結論
ジベレリンおよびサイトカイニン処理による腋芽形成と腋芽伸長の促進作用は品種を問わずホップの液体培養において有効であることが示唆された。