(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023086199
(43)【公開日】2023-06-22
(54)【発明の名称】マグネシウムワイヤ
(51)【国際特許分類】
B21C 1/00 20060101AFI20230615BHJP
A61L 31/02 20060101ALI20230615BHJP
B21C 9/00 20060101ALI20230615BHJP
【FI】
B21C1/00 L
A61L31/02
B21C9/00 A
B21C1/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021200550
(22)【出願日】2021-12-10
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 刊行物名 東海大学大学院令和02年度修士論文「純マグネシウム細線の冷間引抜き加工と医療用ステントの開発 Drawing of Magnesium Fine Wire and Development of Medical Stent by Drawn Wire」 公開年月日 令和3年3月31日 〔刊行物等〕 発行者名 一般社団法人 日本塑性加工学会 刊行物名 第72回塑性加工連合講演会講演論文集 公開年月日 令和3年10月15日 掲載頁 119~120頁
(71)【出願人】
【識別番号】000227467
【氏名又は名称】日東精工株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000125369
【氏名又は名称】学校法人東海大学
(72)【発明者】
【氏名】吉田 一也
(72)【発明者】
【氏名】和田 晃
(72)【発明者】
【氏名】ナッティワン ドーイム
(72)【発明者】
【氏名】村田 知明
(72)【発明者】
【氏名】小林 佑輔
【テーマコード(参考)】
4C081
4E096
【Fターム(参考)】
4C081AC09
4C081BA16
4C081CG08
4C081DA03
4C081DA06
4E096EA08
4E096EA12
4E096FA02
4E096FA17
4E096HA22
4E096KA02
4E096KA09
4E096KA13
(57)【要約】
【課題】内部欠損や断線等の伸線上の不具合を生じず、また細線化した場合の耐食性を向上し得るマグネシウムワイヤの提供。
【解決手段】本発明のマグネシウムワイヤは、ダイス半角αが10°未満、好ましくは6°以下に設定された伸線ダイスを用い、1回の引抜き(1パス)当たりの断面減少率R/Pが13%~15%で、2パス以上かつ総断面減少率R
tが50%以下となる所定パス毎に中間焼鈍しを行いながら複数パス繰り返して引抜きを行うことにより、所望の直径に成形したことを特徴とするものである。これにより、内部欠損や断線等の損傷を生じないマグネシウムワイヤを得ることができる。また、マグネシウムワイヤにおいては、引き抜き加工によって所望の直径に成形した後に焼鈍しを行うことが望ましい。焼鈍しを行うことにより、焼鈍しを行わない同径のワイヤよりも耐食性が向上するという腐食試験結果が得られている。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイス半角αが10°未満、好ましくは6°以下に設定された伸線ダイスを用い、1回の引抜き(1パス)当たりの断面減少率13%~15%で、2パス以上かつ総断面減少率が50%以下となる所定パス毎に中間焼鈍しを行いながら複数パス繰り返して引抜きを行うことにより所望の直径に成形したことを特徴とするマグネシウムワイヤ。
【請求項2】
所望の直径に成形した後に焼鈍しを施したことを特徴とする請求項1に記載のマグネシウムワイヤ。
【請求項3】
複数パス繰り返して引抜きを行うことにより所望の直径に成形したマグネシウムワイヤであって、前記所望の直径に成形した後に焼鈍しを施したことを特徴とするマグネシウムワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マグネシウムを主成分とするマグネシウムワイヤに関するものである。
【背景技術】
【0002】
マグネシウム基合金は、アルミニウムよりも軽く、比強度、比剛性が鋼やアルミニウムよりも優れている。このため、航空機部品、自動車部品などの他、各種電気製品のボディーなどにも広く利用されている。また、高純度マグネシウムや生体への安全性の高い元素をマグネシウムに添加して成るマグネシウム合金については、これらを生体内埋設用の医療器具の材料として用いることが検討されている。これらのマグネシウムを主材とする器具は、体組織の治癒や定着に合わせて、もしくは治癒や定着に必要な期間を経過した後、マグネシウムが体液によって腐食溶解することで体内に吸収される。このため、器具を埋設してから一定期間経過後に再度手術を行って器具を取り出す処置などが不要となり、患者の負担が大きく軽減される。このようなマグネシウムの生体適合性および生体吸収性に着目し、高純度マグネシウムおよび生体安全性の高いマグネシウム合金は医療分野での活用が期待されている。
【0003】
特許文献1には、マグネシウムを主成分とするマグネシウム基合金ワイヤ及びその製造方法が開示されている。また、特許文献2には、合金化することなく優れた強度を有する長尺なマグネシウムワイヤおよびその製造方法が開示されている。さらに、非特許文献1には、マグネシウムワイヤを冷間引き抜きする場合の引き抜き条件についての開示が見られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003-293069号公報
【特許文献2】特許第4160922号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】竹浦玄、吉田一也「純マグネシウム線材の冷間引抜き加工における内部欠陥の抑制」日本塑性加工学会春季講演大会論文集、2017年、p.205~206
【非特許文献2】N. Dodyim, H. Takeura, K. Yoshida, T. Murata, Y. Kobayashi; Proceeding of 12th International Conference on Thailand Metallurgy,(2019).1-6.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、マグネシウムは、その結晶構造が最密六方格子構造であるため一般に延性に乏しいとされ、マグネシウムを主成分とするマグネシウム合金も含め、塑性加工性が極めて悪い。そのため、工業用、医療用といった分野を問わず、細線化されたマグネシウムワイヤの用途は多いが、マグネシウム製あるいはその合金製のワイヤを得ることは困難であった。これに対し、特許文献2に示されたマグネシウムワイヤの製造方法によると、マグネシウムワイヤは得られるものの、前述の延性の乏しさから引き抜き加工における条件によってはワイヤ内部に割れ(カッピング)や伸線途中での断線が生じることがあり、これらの不具合のないマグネシウムワイヤを得ることが困難である等の問題があった。また、上述のとおり、マグネシウムあるいはその合金を医療器具の材料として用いる場合、相当期間、体内で器具の形態を維持しておく必要があることから、マグネシウムワイヤにおいても、できるだけ耐食性に優れたものを開発する必要があった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は上記課題に鑑みて創成されたものであり、内部欠損や断線等の伸線上の不具合を生じないマグネシウムおよびマグネシウム合金製のワイヤを得ることを第一の目的とし、細線化した場合の耐食性を向上したマグネシウムおよびマグネシウム合金製のワイヤを得ることを第二の目的とする。
【0008】
第一の目的を達成するために本発明のマグネシウムワイヤは、ダイス半角αが10°未満、好ましくは6°以下に設定された伸線ダイスを用い、1回の引抜き(1パス)当たりの断面減少率R/Pが13%~15%で、2パス以上かつ総断面減少率R
tが50%以下となる所定パス毎に中間焼鈍しを行いながら複数パス繰り返して引抜きを行うことにより、所望の直径に成形したことを特徴とする。ここで、断面減少率R/P、総断面減少率R
tは次式、数1、数2によって規定される。
【数1】
【数2】
数1および数2における元のワイヤ直径D
0は、R/Pの場合は1パス引き抜く前のワイヤ直径を指し、R
tの場合はnパス引き抜く前のワイヤ直径を指す。これにより、内部欠損や断線等の損傷を生じないマグネシウムを主成分とするマグネシウムワイヤを得ることができる。
【0009】
また、前記マグネシウムワイヤにおいては、引き抜き加工によって所望の直径に成形した後に焼鈍しを行うことが望ましい。焼鈍しを行うことにより、焼鈍しを行わない同径のワイヤよりも耐食性が向上する。
【0010】
第二の目的を達成するために本発明のマグネシウムワイヤは、複数パス繰り返して引抜きを行うことにより所望の直径に成形したマグネシウムワイヤであって、前記所望の直径に成形した後に焼鈍しを施したことを特徴とする。このように所望の直径に成形した後に焼鈍しを行うことにより、焼鈍しを行わない同径のマグネシウムワイヤよりも耐食性が向上する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、伸線ダイスのダイス半角と引抜き時の1パス当たりの断面減少率とを最適化しているため、所望の直径に細線化する場合にあっても内部欠損や断線等の伸線上の不具合を生じない高品質のマグネシウムワイヤを得ることができる。また、所望の直径まで引抜きを行った後に焼鈍しを行うことにより、より耐食性に優れたマグネシウムワイヤを得ることができる。これらの結果、マグネシウムワイヤの各用途における信頼性を向上することができる。特にマグネシウムワイヤの使用が期待される医療分野において品質・耐食性の向上は重要であり、本発明は同分野におけるマグネシウムワイヤの将来性を高めることにも繋がるものである。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】マグネシウムワイヤの引抜き加工のFEM解析結果を示す説明図である。
【
図2】本発明に係るマグネシウムワイヤによって製作した医療用マグネシウムステントのSEM撮影画像を示す説明図である。
【
図3】マグネシウムワイヤの腐食試験の工程を示す説明図である。
【
図4】マグネシウムワイヤの腐食試験の結果を示す説明図である。
【
図5】マグネシウムワイヤの引張試験の結果を示す説明図である。
【
図6】腐食試験後のマグネシウムワイヤ表面のSEM撮影画像を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に係るマグネシウムワイヤの実施の形態を説明する。マグネシウムワイヤは、マグネシウムを主成分とする高純度マグネシウム、あるいはマグネシウムを主成分とするマグネシウム合金から成る。高純度マグネシウムである場合には、Mgを99質量%以上含有し、残部が不純物から成る。不純物には不可避的なものを含む。不純物としては、例えば、Al、Si、Mn、Fe、Zn、Zr、Cu、Ni、Crなどが挙げられる。医療用マグネシウムワイヤとする場合には、マグネシウムの純度を高め、前記不純物を含有しないか、もしくは不可避的な含有量に減らすことが望まれる。特に生体に対する安全性が低い元素成分については、含有しないことが好ましい。また、マグネシウム合金である場合には、主成分として99質量%未満のMgを含有し、これに例えばAl、Si、Mn、Fe、Zn、Zr、Cu、Ni、Cr、Ca等の各種元素、あるいはこれらの化合物を添加して構成される。本実施形態では、Mgを99.9質量%含有し、残部を不可避不純物で構成した高純度マグネシウムのワイヤについて説明する。
【0014】
前記マグネシウムワイヤは、素線を引抜き加工で引き抜いて伸線することによって得られ、その直径は1.2mm以下に構成される。具体的に引抜き加工は、丸孔ダイスであるダイヤモンドダイス(以下、伸線ダイスという)を用い、この伸線ダイスによりマグネシウムワイヤ素線の引き抜きを繰り返すことにより、同素線を所望の線径に成形していくものである。
【0015】
長尺でかつ表面疵、内部割れ等のないマグネシウムワイヤを得るため、伸線ダイスの伸線穴入口側の角度であるダイス半角α、引き抜き1回(1パス)当たりのマグネシウムワイヤ断面の断面減少率R/P、中間焼鈍し等の引抜き条件について検討した。また、牛の血清を用いてマグネシウムワイヤの腐食試験を行った。
【0016】
(引抜き条件の検討)
マグネシウムワイヤは、焼鈍し処理を施してもワイヤ自身に十分なじん性がないため、これまでから引き抜き時に1パスの断面減少率R/Pを15%以上にすることはできなかった。逆にR/Pが小さい条件では、引き抜き時に内部割れ(カッピング)が生じることが心配される。そのため、市販のFEMソフトウェアSIMUFACTを利用し、内部割れ防止のための引抜き条件(ダイス半角αと断面減少率R/P)の最適化を考察した。
図1は、αを6°と10°、R/Pを10%、摩擦係数μを0.06として引抜き解析を行い、その結果得られた材料ダメージ値Cの分布と内部割れ発生状況を示したものである。
【0017】
図1に示すように、ダイス半角αが10°の引抜きでは、ワイヤ中心部の材料ダメージ値Cは非常に高く、内部割れdが生じることを予測した。一方αが6°の条件ではα=10°の結果に比べ、線材中心のC値は小さく内部割れdが生じない結果となった。また、上記以外の条件でも解析を行い、R/Pを大きくすると内部割れ発生を防止することができるが、R/Pを大きくしすぎると、引抜き応力が大きくなり断線を引き起こす結果が得られた。R/Pについては、非特許文献1に示されるとおり、13~15%の範囲で選択することが最適であると考えられる。これらにより、マグネシウムワイヤの引き抜きにおいて、ダイス半角αは6°~10°、R/Pは13%~15%が最適引抜き条件と判断できる。
【0018】
マグネシウムワイヤの引抜き性がよい最適焼鈍し温度については、すでに本発明の発明者らが非特許文献2において報告しているとおり、250℃であった。上述のFEM解析の結果を踏まえ、焼鈍した直径1.2mmの素線を用い、α=6°、R/P=13%の条件で伸線機により次々と引き抜きを行い、直径0.2mmで約100mの長尺マグネシウムワイヤを得ることができた。マグネシウムワイヤの冷間伸線における引抜き限界は、総断面減少率R
tが約50%であり、本例の引抜き条件であれば4パス程度は中間焼鈍し等を行うことなく引き抜きが可能であるが、細い長尺線を得るために安全を見て2パス引き抜きを行う都度、250℃で中間焼なましを施した。得られたワイヤを用いて網加工(網状にワイヤを編む加工)により、直径4mmの医療用マグネシウムステントSを試作した。その写真を
図2に示す。網加工では多くの曲げひずみが生じるが、マグネシウムワイヤの断線のない健全なステントを得ることができた。
【0019】
(マグネシウムワイヤの腐食試験)
図3に示すように牛の血清4mlを入れた試験管に長さ50mmのマグネシウムワイヤを漬し、腐食試験を12週間(84日間)行った。腐食試験に供したマグネシウムワイヤ(試料)は、直径1.2mmのワイヤ(焼鈍し処理済み)、同ワイヤを直径0.42mmまで引抜き伸線して得られたワイヤ(焼鈍し処理なし)、同じく直径0.42mmまで引抜き伸線した後に焼鈍し処理を施したワイヤの3種類であり、それぞれ5本ずつを用意した。
図4に腐食期間と溶出Mgイオン濃度の関係を示す。溶出イオン濃度の測定には、Molecular Devices, LLC製のVersaMax ELISAを用いた。また、
図4に示した溶出Mgイオン濃度は、各試料の平均値である。3種類の線材とも、溶出Mgイオン濃度は腐食期間にほぼ比例的に増加することがわかる。ワイヤ直径が大きい直径1.2mmの腐食試験時の溶出Mgイオン濃度は、ワイヤ直径が0.42mmのワイヤ2種類に比べて高くなっているが、これは腐食される線材の表面積が大きいためである。また、同じ直径0.42mmのマグネシウムワイヤ同士でも、焼鈍し処理を行ったワイヤの方が溶出Mgイオン濃度は低くなっており、このことから、焼鈍し処理を施すことにより腐食を抑制する効果があることがわかる。
【0020】
なお、腐食試験の結果は1dl当たりに含まれるMgイオンの質量を示すものであることから、上述のとおり、表面積の大きい1.2mmのワイヤの方がMgの溶出量が多くなる。これを是正して同じ指標で評価するため、実験開始から80日目の濃度を各試料表面積(便宜的に腐食前の表面積を使用)で除したデータ、すなわち単位面積当たりの溶出Mgイオン濃度(以下、正規化Mg濃度という)を求めてみると、表1のとおりであった。
【表1】
腐食試験の全期間を通じて、正規化Mg濃度も
図4のグラフと同じ傾向を示すことになるため、直径に関係なく、焼鈍しを行ったワイヤの方が焼鈍しを行わないワイヤよりもマグネシウムの腐食が少なくなることが判明した。
【0021】
(マグネシウムワイヤの引張試験)
次に、腐食試験を行ったマグネシウムワイヤの引張試験を行い、引張強さの算出と腐食後の線材直径も調べた。その結果を
図5に示す。試験に供したワイヤは、直径0.42mmまで伸線した後に焼鈍し処理を施したワイヤである。
【0022】
図5によれば、腐食時間が長くなるほどみかけの引張強さTSは低下し、9週間(63日間)腐食試験を行ったワイヤの引張強さTSは約1/3に低下することがわかった。
【0023】
腐食試験を行ったマグネシウムワイヤの表面を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察した。観察したのは、腐食試験に供した前記3種類のマグネシウムワイヤであり、腐食1日目と12週間目のワイヤ表面を観察した。それぞれの観察においてSEMにより撮影した写真を
図6に示す。腐食初期の1日目(腐食試験開始から24時間経過後)には、表面に多くの腐食割れが起こって小さな亀甲紋様が無数に現れ、腐食期間が長くなっていくと前述の小さな亀甲紋様はなくなり、替わって腐食割れの成長に伴って大きな亀甲紋様が出現することが判明した。
【0024】
以上の条件設定および試験結果により、本発明に係るマグネシウムワイヤは、これを得るための引抜き加工において伸線ダイスのダイス半角αを10°未満、好ましくは6°とし、引き抜き1回(1パス)当たりのワイヤの断面減少率R/Pを13~15%、好ましくは13%として引き抜きを行うことにより、内部欠損等の不良が生じないことが明らかとなった。また、同条件によって引抜き加工を行うことにより、得られたマグネシウムワイヤは網加工を行える程度に柔軟性を持ったものとなることがわかった。さらに、所望の直径に成形したワイヤに焼鈍しを行うと、焼鈍しを行わないワイヤよりも耐食性が向上することが判明した。
【符号の説明】
【0025】
α ダイス半角
D0 元のマグネシウムワイヤの直径
D1 引き抜いた後のマグネシウムワイヤの直径
d 内部割れ
S 医療用マグネシウムステント
TS 引張強さ