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特開2023-86366塩基性系フラックス入りワイヤ、塩基性系フラックス入りワイヤを用いて得られる溶着金属、溶接方法及び溶接継手の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023086366
(43)【公開日】2023-06-22
(54)【発明の名称】塩基性系フラックス入りワイヤ、塩基性系フラックス入りワイヤを用いて得られる溶着金属、溶接方法及び溶接継手の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/368 20060101AFI20230615BHJP
   B23K 35/30 20060101ALI20230615BHJP
【FI】
B23K35/368 B
B23K35/30 320A
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021200826
(22)【出願日】2021-12-10
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】古川 尚英
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 孝矩
【テーマコード(参考)】
4E084
【Fターム(参考)】
4E084AA08
4E084AA17
4E084AA18
4E084AA19
4E084AA20
4E084AA21
4E084BA02
4E084BA03
4E084BA04
4E084BA05
4E084BA06
4E084BA08
4E084BA09
4E084BA10
4E084BA11
4E084BA12
4E084BA13
4E084BA14
4E084BA15
4E084BA16
4E084BA17
4E084BA18
4E084BA20
4E084BA29
4E084CA03
4E084CA21
4E084CA23
4E084DA10
4E084DA12
4E084EA02
4E084HA01
4E084HA06
4E084HA11
(57)【要約】
【課題】全姿勢の溶接を可能とし、強度と靱性とのバランスが優れた溶着金属及び溶接金属を得ることができる塩基性系フラックス入りワイヤを提供する。
【解決手段】強脱酸元素を含む塩基性系フラックス入りワイヤであって、ワイヤ全質量に対して、強脱酸元素の合計量は、1.50質量%以上4.00質量%以下、REM:0.030質量%以上0.120質量%以下、B:0.0200質量%以下であり、かつ、フラックス入りワイヤ中のREM、Fe、C、Si、Mn、P、S、Cr、Mo、Al、Zr、Ni及びBの各含有量に関し、例えば、式(1)により算出される値が48.0以下を満足する。式(1):32.1×[Si]-40.6×[Mn]-20.1×[Ni]-19.7×[Mo]-172.6×[C]-408.2×[REM]-5824.4×[B]-38.4×[Cr]-9960×[P]+43793×[S]
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
強脱酸元素を含む塩基性系フラックス入りワイヤであって、
前記強脱酸元素の合計量は、ワイヤ全質量に対して、1.50質量%以上4.00質量%以下であるとともに、
REM:0.030質量%以上0.120質量%以下、
Fe:85.0質量%以上、
を含有し、
C:0.050質量%以下、
Si:0.60質量%以下、
Mn:2.00質量%以下、
P:0.0150質量%以下、
S:0.0150質量%以下、
Cr:1.00質量%以下、
Mo:1.00質量%以下、
Al:3.00質量%以下、
Mg:3.00質量%以下、
Zr:3.000質量%以下、
Ti:3.000質量%以下、
Ca:3.00質量%以下、
Ni:5.00質量%以下、
B:0.0200質量%以下、
Ba:4.00質量%以下、
F:2.00質量%以下、
であり、
下記式(1)により算出される値:48.0以下、
下記式(2)により算出される値:48.0以下、
下記式(3)により算出される値:0.09以上、
下記式(4)により算出される値:0.14以上、
であることを特徴とする、塩基性系フラックス入りワイヤ。
式(1):
32.1×[Si]-40.6×[Mn]-20.1×[Ni]-19.7×[Mo]-172.6×[C]-408.2×[REM]-5824.4×[B]-38.4×[Cr]-9960×[P]+43793×[S]
式(2):
33.9×[Si]-47.0×[Mn]-22.2×[Ni]-11.9×[Mo]-203.9×[C]-443.5×[REM]-4482.2×[B]-36.1×[Cr]-15281×[P]+47868×[S]
式(3):
0.001×[Fe]-0.71×[Si]+0.08×[Mn]-0.08×[Al]+0.69×[Zr]+0.03×[Ni]+0.01×[Mo]+0.32×[C]+2.27×[REM]+9.57×[B]+0.11×[Cr]
式(4):
0.003×[Fe]-0.35×[Si]+0.09×[Mn]-0.13×[Al]+0.22×[Zr]+0.02×[Ni]-0.02×[Mo]-0.11×[C]+1.17×[REM]+4.30×[B]+0.09×[Cr]
ただし、前記式(1)~式(4)中、[REM]、[Fe]、[C]、[Si]、[Mn]、[P]、[S]、[Cr]、[Mo]、[Al]、[Zr]、[Ni]及び[B]は、それぞれ、前記REM、前記Fe、前記C、前記Si、前記Mn、前記P、前記S、前記Cr、前記Mo、前記Al、前記Zr、前記Ni及び前記Bの含有量を、ワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
【請求項2】
ワイヤ全質量に対して、さらに、
Nb:0.50質量%以下、
Cu:2.00質量%以下、
W:1.00質量%以下、
Ta:1.00質量%以下、
V:1.00質量%以下、
Sr:4.00質量%以下、及び、
アルカリ金属元素の合計:3.00質量%以下、
から選択される少なくとも1種を含有し、
残部が、O、N、及び不純物であることを特徴とする請求項1に記載の塩基性系フラックス入りワイヤ。
【請求項3】
前記Bの含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.0020質量%以上0.0150質量%以下、であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の塩基性系フラックス入りワイヤ。
【請求項4】
前記Bの含有量は、B酸化物のB換算値を含み、
ワイヤ全質量に対する前記B酸化物のB換算値を質量%で[B酸化物]と表す場合に、
式(5):[B酸化物]/[B]により算出される値が、0.5以上であることを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の塩基性系フラックス入りワイヤ。
【請求項5】
Ba:4.00質量%以下、
Ca:3.00質量%以下、及び
Sr:4.00質量%以下、から選択される少なくとも1種を含有し、
フラックスは、前記Ba、前記Ca及び前記Srのフッ化物である、BaF、CaF及びSrFから選択される少なくとも1種を含有し、
前記Baの含有量は、前記BaFのBa換算値を含み、
前記Caの含有量は、前記CaFのCa換算値を含み、
前記Srの含有量は、前記SrFのSr換算値を含み、
前記Fの含有量は、前記BaF、前記CaF及び前記SrFのF換算値を含むことを特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載の塩基性系フラックス入りワイヤ。
【請求項6】
前記Fの含有量と、前記フラックス中に含有される全フッ化物のF換算値とは、等しいことを特徴とする、請求項5に記載の塩基性系フラックス入りワイヤ。
【請求項7】
前記ワイヤ中の酸化物の含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.005質量%以上0.100質量%以下であることを特徴とする、請求項1~6のいずれか1項に記載の塩基性系フラックス入りワイヤ。
【請求項8】
前記Crの含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.20質量%以上0.90質量%以下であるとともに、
前記Moの含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.50質量%以下であり、
式(6):[Cr]/([Cr]+[Mo])により算出される値が、0.20以上であることを特徴とする、請求項1~7のいずれか1項に記載の塩基性系フラックス入りワイヤ。
【請求項9】
前記Crの含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.90質量%以下であるとともに、
前記Moの含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.10質量%以上0.80質量%以下であり、
式(7):[Mo]/([Cr]+[Mo])により算出される値が、0.10以上であることを特徴とする、請求項1~7のいずれか1項に記載の塩基性系フラックス入りワイヤ。
【請求項10】
前記強脱酸元素として、ワイヤ全質量に対して、前記Alを1.00質量%以上2.50質量%以下含有するとともに、
前記Mgは、1.00質量%以下であり、
ワイヤ中における前記Mgの含有量を、ワイヤ全質量に対する質量%で[Mg]と表す場合に、
式(8):[Al]/([Al]+[Mg])により算出される値が、0.5以上1.0以下であることを特徴とする、請求項1~9のいずれか1項に記載の塩基性系フラックス入りワイヤ。
【請求項11】
前記REMは、La及びCeからなることを特徴とする、請求項1~10のいずれか1項に記載の塩基性系フラックス入りワイヤ。
【請求項12】
溶着金属全質量に対して、
C:0.020質量%以上0.100質量%以下、
Si:0.05質量%以上0.50質量%以下、
Mn:0.20質量%以上1.80質量%以下、
Al:0.30質量%以上1.50質量%以下、
Ce:0.002質量%以上0.010質量%以下、
Fe:85.0質量%以上、
を含有し、
La:0.008質量%以下、
P:0.0200質量%以下、
S:0.0200質量%以下、
Cr:1.00質量%以下、
Mo:1.00質量%以下、
Mg:0.50質量%以下、
Zr:0.50質量%以下、
Ti:0.05質量%以下、
Ca:0.50質量%以下、
Ni:3.00質量%以下、
B:0.0090質量%以下、
Ba:1.00質量%以下、
Nb:0.001質量%以下、
Cu:0.1質量%以下、
V:0.001質量%以下、
W:0.1質量%以下、
Ta:0.1質量%以下、
Sr:1.00質量%以下、
アルカリ金属元素の合計:0.05質量%以下、
O:0.0250質量%以下、
N:0.0100質量%以下、であり、
残部が不純物であることを特徴とする溶着金属。
【請求項13】
請求項12に記載の溶着金属を得ることを特徴とする、塩基性系フラックス入りワイヤ。
【請求項14】
請求項1~11及び13のいずれか1項に記載の塩基性系フラックス入りワイヤを用いて、ガスシールドアーク溶接することを特徴とする、溶接方法。
【請求項15】
請求項14に記載の溶接方法を用いて製造されることを特徴とする、溶接継手。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、全姿勢の溶接を可能とし、強度と靱性とのバランスが優れた塩基性系フラックス入りワイヤ、上記塩基性系フラックス入りワイヤを用いて得られる溶着金属、並びに上記塩基性系フラックス入りワイヤを用いた溶接方法及び溶接継手に関する。
【背景技術】
【0002】
フラックス入りワイヤは充填しているフラックスの種類によって、ルチール系、塩基性系、メタル系といった区分別けがされている。これらは、用途によって使い分けられるが、この中で塩基性系フラックス入りワイヤは、溶接金属の酸素量を低く抑えることができるため、優れた靱性を得ることができるという長所を有する。しかしながら、塩基性系フラックス入りワイヤは、溶接作業性に劣り、特に立向溶接、横向溶接、上向溶接といった難姿勢の溶接には適用することが困難であるという短所もある。
【0003】
特許文献1には、塩基性系フラックス入りワイヤにおいて、上述の短所を克服する技術が開示されている。具体的には、上記特許文献1には、フラックスがMg及びAlを含む強脱酸金属元素とフッ素化合物粉とを含み、強脱酸金属元素に係る強脱酸金属粉とフッ素化合物粉は特定の粒度を有し、フラックス率は10~30質量%であり、かつAl:1.0~3.5質量%、Mg(wire):0.3~0.9質量%、フッ素化合物のフッ素換算値Fの合計:0.30~1.20質量%、強脱酸金属元素の合計:2.2質量%以上、強脱酸金属元素:15~35質量、フッ素化合物粉:10~45質量%等の特定組成を満たすことで、全姿勢溶接が可能であることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2021-000646号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、上記特許文献1に記載のフラックス入りワイヤは、全姿勢溶接を可能とするため、強脱酸元素を添加している。この強脱酸元素としては、溶接中において優れた脱酸作用を起こし、スラグアウトするものと溶接金属に介在物として残存するものがある。
しかし、溶接金属に残存した介在物が、機械的性能、特に、靱性に悪影響を及ぼす。言い換えれば、特許文献1は、全姿勢溶接を可能とする塩基性系フラックス入りワイヤの短所を克服したものの、その一方で、優れた靱性をもつという塩基性系フラックス入りワイヤの長所を最大限活かすことができなくなっている。
【0006】
また、靱性は、強度の値に依存するが、狙う強度によって、強度と靱性とのバランスが異なるという課題もある。例えば、高強度に設計した場合に、靱性が良好であるが、狙いの強度を下げて再度設計した場合に、極端に靱性が悪くなる場合もある。これは、狙う強度によって、添加する元素が変わり、溶着金属組織又は溶接金属組織に影響を与えるためである。
【0007】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであって、全姿勢の溶接を可能とし、強度と靱性とのバランスが優れた溶着金属及び溶接金属(以降、「溶接継手」とも称する。)を得ることができる塩基性系フラックス入りワイヤ及び溶接方法、並びに強度と靱性とのバランスが優れた溶着金属及び溶接継手を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の上記目的は、塩基性系フラックス入りワイヤに係る下記[1]の構成により達成される。
【0009】
[1] 強脱酸元素を含む塩基性系フラックス入りワイヤであって、
前記強脱酸元素の合計量は、ワイヤ全質量に対して、1.50質量%以上4.00質量%以下であるとともに、
REM:0.030質量%以上0.120質量%以下、
Fe:85.0質量%以上、
を含有し、
C:0.050質量%以下、
Si:0.60質量%以下、
Mn:2.00質量%以下、
P:0.0150質量%以下、
S:0.0150質量%以下、
Cr:1.00質量%以下、
Mo:1.00質量%以下、
Al:3.00質量%以下、
Mg:3.00質量%以下、
Zr:3.000質量%以下、
Ti:3.000質量%以下、
Ca:3.00質量%以下、
Ni:5.00質量%以下、
B:0.0200質量%以下、
Ba:4.00質量%以下、
F:2.00質量%以下、
であり、
下記式(1)により算出される値:48.0以下、
下記式(2)により算出される値:48.0以下、
下記式(3)により算出される値:0.09以上、
下記式(4)により算出される値:0.14以上、
であることを特徴とする、塩基性系フラックス入りワイヤ。
式(1):
32.1×[Si]-40.6×[Mn]-20.1×[Ni]-19.7×[Mo]-172.6×[C]-408.2×[REM]-5824.4×[B]-38.4×[Cr]-9960×[P]+43793×[S]
式(2):
33.9×[Si]-47.0×[Mn]-22.2×[Ni]-11.9×[Mo]-203.9×[C]-443.5×[REM]-4482.2×[B]-36.1×[Cr]-15281×[P]+47868×[S]
式(3):
0.001×[Fe]-0.71×[Si]+0.08×[Mn]-0.08×[Al]+0.69×[Zr]+0.03×[Ni]+0.01×[Mo]+0.32×[C]+2.27×[REM]+9.57×[B]+0.11×[Cr]
式(4):
0.003×[Fe]-0.35×[Si]+0.09×[Mn]-0.13×[Al]+0.22×[Zr]+0.02×[Ni]-0.02×[Mo]-0.11×[C]+1.17×[REM]+4.30×[B]+0.09×[Cr]
ただし、前記式(1)~式(4)中、[REM]、[Fe]、[C]、[Si]、[Mn]、[P]、[S]、[Cr]、[Mo]、[Al]、[Zr]、[Ni]及び[B]は、それぞれ、前記REM、前記Fe、前記C、前記Si、前記Mn、前記P、前記S、前記Cr、前記Mo、前記Al、前記Zr、前記Ni及び前記Bの含有量を、ワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
【0010】
また、塩基性系フラックス入りワイヤに係る本発明の好ましい実施形態は、以下の[2]~[11]に関する。
【0011】
[2] ワイヤ全質量に対して、さらに、
ワイヤ全質量に対して、さらに、
Nb:0.50質量%以下、
Cu:2.00質量%以下、
W:1.00質量%以下、
Ta:1.00質量%以下、
V:1.00質量%以下、
Sr:4.00質量%以下、及び、
アルカリ金属元素の合計:3.00質量%以下、
から選択される少なくとも1種を含有し、
残部が、O、N、及び不純物であることを特徴とする[1]に記載の塩基性系フラックス入りワイヤ。
【0012】
[3] 前記Bの含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.0020質量%以上0.0150質量%以下、であることを特徴とする、[1]又は[2]に記載の塩基性系フラックス入りワイヤ。
【0013】
[4] 前記Bの含有量は、B酸化物のB換算値を含み、
ワイヤ全質量に対する前記B酸化物のB換算値を質量%で[B酸化物]と表す場合に、
式(5):[B酸化物]/[B]により算出される値が、0.5以上であることを特徴とする、[1]~[3]のいずれか1つに記載の塩基性系フラックス入りワイヤ。
【0014】
[5] Ba:4.00質量%以下、
Ca:3.00質量%以下、及び
Sr:4.00質量%以下、から選択される少なくとも1種を含有し、
フラックスは、前記Ba、前記Ca及び前記Srのフッ化物である、BaF、CaF及びSrFから選択される少なくとも1種を含有し、
前記Baの含有量は、前記BaFのBa換算値を含み、
前記Caの含有量は、前記CaFのCa換算値を含み、
前記Srの含有量は、前記SrFのSr換算値を含み、
前記Fの含有量は、前記BaF、前記CaF及び前記SrFのF換算値を含むことを特徴とする、[1]~[4]のいずれか1つに記載の塩基性系フラックス入りワイヤ。
【0015】
[6] 前記Fの含有量と、前記フラックス中に含有される全フッ化物のF換算値とは、等しいことを特徴とする、[5]に記載の塩基性系フラックス入りワイヤ。
【0016】
[7] 前記フラックス中の酸化物の含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.005質量%以上0.100質量%以下であることを特徴とする、[1]~[6]のいずれか1つに記載の塩基性系フラックス入りワイヤ。
【0017】
[8] 前記Crの含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.20質量%以上0.90質量%以下であるとともに、
前記Moの含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.50質量%以下であり、
式(6):[Cr]/([Cr]+[Mo])により算出される値が、0.20以上であることを特徴とする、[1]~[7]のいずれか1つに記載の塩基性系フラックス入りワイヤ。
【0018】
[9] 前記Crの含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.90質量%以下であるとともに、
前記Moの含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.10質量%以上0.80質量%以下であり、
式(7):[Mo]/([Cr]+[Mo])により算出される値が、0.10以上であることを特徴とする、[1]~[7]のいずれか1つに記載の塩基性系フラックス入りワイヤ。
【0019】
[10] 前記強脱酸元素として、ワイヤ全質量に対して、前記Alを1.00質量%以上2.50質量%以下含有するとともに、
前記Mgは、1.00質量%以下であり、
ワイヤ中における前記Mgの含有量を、ワイヤ全質量に対する質量%で[Mg]と表す場合に、
式(8):[Al]/([Al]+[Mg])により算出される値が、0.5以上1.0以下であることを特徴とする、[1]~[9]のいずれか1つに記載の塩基性系フラックス入りワイヤ。
【0020】
[11] 前記REMは、La及びCeからなることを特徴とする、[1]~[10]のいずれか1つに記載の塩基性系フラックス入りワイヤ。
【0021】
また、本発明の上記目的は、溶着金属に係る下記[12]に関する。
[12] 溶着金属全質量に対して、
C:0.020質量%以上0.100質量%以下、
Si:0.05質量%以上0.50質量%以下、
Mn:0.20質量%以上1.80質量%以下、
Al:0.30質量%以上1.50質量%以下、
Ce:0.002質量%以上0.010質量%以下、
Fe:85.0質量%以上、
を含有し、
La:0.008質量%以下、
P:0.0200質量%以下、
S:0.0200質量%以下、
Cr:1.00質量%以下、
Mo:1.00質量%以下、
Mg:0.50質量%以下、
Zr:0.50質量%以下、
Ti:0.05質量%以下、
Ca:0.50質量%以下、
Ni:3.00質量%以下、
B:0.0090質量%以下、
Ba:1.00質量%以下、
Nb:0.001質量%以下、
Cu:0.1質量%以下、
V:0.001質量%以下、
W:0.1質量%以下、
Ta:0.1質量%以下、
Sr:1.00質量%以下、
アルカリ金属元素の合計:0.05質量%以下、
O:0.0250質量%以下、
N:0.0100質量%以下、であり、
残部が不純物であることを特徴とする溶着金属。
【0022】
また、本発明の上記目的は、塩基性系フラックス入りワイヤに係る下記[13]に関する。
【0023】
[13] [12]に記載の溶着金属を得ることを特徴とする、塩基性系フラックス入りワイヤ。
【0024】
また、本発明の上記目的は、溶接方法に係る下記[14]に関する。
【0025】
[14] [1]~[11]及び[13]のいずれか1つに記載の塩基性系フラックス入りワイヤを用いて、ガスシールドアーク溶接することを特徴とする、溶接方法。
【0026】
また、本発明の上記目的は、溶接継手に係る下記[15]に関する。
【0027】
[15] [14]に記載の溶接方法を用いて製造されることを特徴とする、溶接継手。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、全姿勢の溶接を可能とし、強度と靱性とのバランスが優れた溶着金属及び溶接金属を得ることができる塩基性系フラックス入りワイヤ及び溶接方法、並びに強度と靱性とのバランスが優れた溶着金属及び溶接継手を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本実施形態においては、塩基性系フラックス入りワイヤに、適切な含有量で強脱酸元素を含有させることによって、溶接作業性を改善し、難姿勢の溶接を可能にしている。ただし、強度調整に用いる元素によっては、溶着金属又は溶接金属の強度と靱性とのバランスがとれないおそれが生じる。
【0030】
そこで、本発明者らはさらに、工業的に用いられる強度範囲で設計した組成と機械的性能の関係からパラメータ式を導きだした。具体的には、本実施形態の組成と機械的性能として、強度、靱性、脆性破面率の関係を重回帰式でまとめ、以下に説明する4つの式を満たすことによって、優れた強度と靱性バランスをもつワイヤの組成を導出できることを見出した。
【0031】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。
【0032】
[1.塩基性系フラックス入りワイヤ]
本実施形態に係る塩基性系フラックス入りワイヤは、(以下、単に「ワイヤ」と称することがある。)は、コアとなるフラックスと、外皮となるフープとを含む。以下に、本実施形態に係る塩基性系フラックス入りワイヤに含有される成分及びその含有量について、好ましい範囲及びその限定理由を具体的に説明する。
【0033】
明細書中、「~」とは、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。また、本明細書において、元素の直後に「(Wire)」が付与されているものは、その元素がワイヤに含有されていることを示す。
同様に、元素の直後に「(Metal)」が付与されているものは、その元素が溶着金属中に含有されていることを示す。
【0034】
ここで、元素として、仮にMnの例を挙げる。ワイヤ全体の金属Mn(Wire)とすると、フープに含まれるMnやフラックス中に含まれるMnの金属粉等が挙げられ、ワイヤ全体のMn化合物のMn換算値(Wire)とすると、Mnの酸化物等のMn換算値が挙げられる。また、Mn(Wire)の含有量とは、ワイヤ全体の金属Mn(Wire)とMnに係る化合物のMn換算値(Wire)との合計量を、ワイヤ全体のMn含有量として、ワイヤ全質量に対する質量%で表すものとする。なお、この合計量は、ワイヤ全体の金属Mn(Wire)及びワイヤ全体のMn化合物のMn換算値(Wire)のいずれか一方が0でもよい。
【0035】
<強脱酸元素の合計量:1.50質量%以上4.00質量%以下>
本実施形態に係る塩基性系フラックス入りワイヤ(以下、単に「ワイヤ」と称することがある。)は、コアとなるフラックスと、外皮となるフープとを含む。本実施形態においては、強脱酸元素を適量添加することにより、溶接作業性の改善、及び難姿勢の適用化を実現することができる。強脱酸元素としては、例えば、Al、Mg、Ti、Ca、Zr等の元素が挙げられ、合計量として規定する。なお、この合計量はワイヤ全質量に対する質量%であり、例えば、ワイヤ中にAl、Mg、Ti、Ca、Zrを含有する場合に、これらの含有量の合計量である。強脱酸元素の合計量が1.50質量%未満であると、難姿勢への適用が困難となる。したがって、強脱酸元素の合計量は、1.50質量%以上とし、2.00質量%以上であることが好ましい。
一方、強脱酸元素の合計量が4.00質量%を超えると、溶接金属中の介在物数が過度に増加し、靱性の低下が起こる。したがって、本実施形態に係る塩基性系フラックス入りワイヤは、後述する式(1)~式(4)を満足する組成範囲であって、強脱酸元素の合計量は、4.00質量%以下とし、3.20質量%以下とすることが好ましい。なお、後述するが、強脱酸元素としては、Al及びMgを含有することが好ましい。
【0036】
<REM(Wire):0.030質量%以上0.120質量%以下>
REM(Rare Earth Metals)は、希土類元素を意味し、CeやLa等が挙げられる。上述のとおり、ワイヤ中に強脱酸元素を含有させることにより、難姿勢の溶接を実現することができるが、ワイヤ中の強脱酸元素の含有量が過剰であると、溶接金属中に介在物が残るため、靱性が劣化する。本発明者らは、溶接金属中の介在物の個数密度と靱性の関係性から、この個数密度を減少させることにより、靱性を改善できることを見出した。さらに、本発明者らは、ワイヤ中に所定の含有量の範囲でREM(Wire)を含有させることにより、個数密度を減少させることができることを見出した。
【0037】
具体的には、REM(Wire)を0.030以上含有させることにより、REMが、添加した強脱酸元素の酸化物を凝集させる結合剤として作用する。例えば、Al、Mg、REMが添加されたワイヤを用いて作成した溶着金属内の組織を観察すると、REM、Al、Mgの複合酸化物が生成し、溶着金属中の介在物の個数密度が減少していることが確認された。
【0038】
REM(Wire)の含有量が、0.030質量%未満であると、上述の酸化物の凝集作用が発揮できない。したがって、REM(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.030質量%以上とし、0.040質量%以上とすることが好ましい。
一方、REM(Wire)の含有量が、0.120質量%を超えると、凝集作用により、介在物が粗大化し、機械的性能に悪影響を及ぼしたり、許容できない溶接欠陥が発生したりするおそれがある。したがって、REM(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.120質量%以下とし、0.110質量%以下とすることが好ましい。
【0039】
なお、REMは、フラックス中に含有させることが好ましい。その添加形態は特に問わず、金属REMの形態、REMを含む合金の形態、又はREMの化合物の形態など、いずれの形態であってもよい。ここで、REMの化合物形態で、フラックス中に含まれる場合、REM(Wire)の含有量には、REMに係る化合物のREM換算値が含まれることになる。なお、好ましくは、REMを含む合金の形態でフラックス中に含まれているとよく、ワイヤ中のREMの添加はすべて、REMを含む合金の形態でフラックス中に含有させることがより好ましい。なお、本実施形態に係る塩基性系フラックス入りワイヤに含有されるREMとしては、La及びCeであることが好ましい。
【0040】
本実施形態においては、本発明の目的を達成するため、特定の元素の含有量を用いた複数のパラメータを生成し、これらのパラメータの値を規定している。なお、本明細書において、ある成分のワイヤ全質量に対する含有量を、[(成分名)]と表すものとする。具体的には、[REM]、[Fe]、[C]、[Si]、[Mn]、[P]、[S]、[Cr]、[Mo]、[Al]、[Zr]、[Ni]、[B]、及び[Mg]は、それぞれ、ワイヤ中の、REM(Wire)、Fe(Wire)、C(Wire)、Si(Wire)、Mn(Wire)、P(Wire)、S(Wire)、Cr(Wire)、Mo(Wire)、Al(Wire)、Zr(Wire)、Ni(Wire)、B(Wire)、及びMg(Wire)の含有量を、ワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
【0041】
<下記式(1)により算出される値:48.0以下>
式(1)は、強度、靱性等の機械的性能の調整に用いられ、炭素当量や低温割れ感受性に関係する元素と、-46℃における脆性破面率との関係を重回帰分析でパラメータ化した式である。各元素の含有量に基づき、下記式(1)により算出される値が、48.0以下であると、極低温における脆性破面率が低い元素が組み合わされたワイヤ組成となるため、極低温の靱性が優れていると言える。一方、下記式(1)により算出される値が、48.0を超えると、脆性破面率が高く、十分な靱性が確保できない、また、溶接部位によって、靱性のバラツキがでるおそれのある元素が組み合わされたワイヤ組成となる。したがって、下記式(1)により算出される値は、48.0以下であることが好ましく、47.0以下であることがより好ましい。
【0042】
式(1):
32.1×[Si]-40.6×[Mn]-20.1×[Ni]-19.7×[Mo]-172.6×[C]-408.2×[REM]-5824.4×[B]-38.4×[Cr]-9960×[P]+43793×[S]
【0043】
<下記式(2)により算出される値:48.0以下>
式(2)は、強度、靱性等の機械的性能の調整に用いられ、炭素当量や低温割れ感受性に関係する元素と、-20℃における脆性破面率との関係を重回帰分析でパラメータ化した式である。各元素の含有量に基づき、下記式(2)により算出される値が、48.0以下であると、低温における脆性破面率が高い元素が組み合わされたワイヤ組成となるため、低温の靱性が優れていると言える。一方、下記式(2)により算出される値が、48.0を超えると、脆性破面率が高く、十分な靱性が確保できない、また、溶接部位によって、靱性のバラツキがでるおそれのある元素が組み合わされたワイヤ組成となる。したがって、下記式(2)により算出される値は、48.0以下であることが好ましく、40.0以下であることがより好ましい。
【0044】
式(2):
33.9×[Si]-47.0×[Mn]-22.2×[Ni]-11.9×[Mo]-203.9×[C]-443.5×[REM]-4482.2×[B]-36.1×[Cr]-15281×[P]+47868×[S]
【0045】
<下記式(3)により算出される値:0.09以上>
式(3)は、強度、靱性等の機械的性能の調整に用いられ、炭素当量や低温割れ感受性に関係する元素と、「強度及び-46℃における靱性とのバランス」(CVN(-46℃)/TSのパラメータ)との関係を、重回帰分析でパラメータ化した式である。ここで、CVNはシャルピー吸収エネルギー(J)、TSは引張強度(MPa)を指す。各元素の含有量に基づき、下記式(3)により算出される値が、0.09以上であると、強度と靱性とのバランスが良好となる元素が組み合わされたワイヤ組成となる。一方、下記式(3)により算出される値が、0.09未満であると、強度と靱性とのバランスの悪い元素が組み合わされたワイヤ組成となる。したがって、下記式(3)により算出される値は、0.09以上であることが好ましく、0.10以上であることがより好ましい。
【0046】
式(3):
0.001×[Fe]-0.71×[Si]+0.08×[Mn]-0.08×[Al]+0.69×[Zr]+0.03×[Ni]+0.01×[Mo]+0.32×[C]+2.27×[REM]+9.57×[B]+0.11×[Cr]
【0047】
<下記式(4)により算出される値:0.14以上>
式(4)は、強度、靱性等の機械的性能の調整に用いられ、炭素当量や低温割れ感受性に関係する元素と、「強度及び-20℃における靱性とのバランス」(CVN(-20℃)/TSのパラメータ)との関係を、重回帰分析でパラメータ化した式である。ここで、CVNはシャルピーの吸収エネルギー(J)、TSは引張強度(MPa)を指す。各元素の含有量に基づき、下記式(4)により算出される値が、0.14以上であると、強度と靱性とのバランスが良好となる元素が組み合わされたワイヤ組成となる。一方、下記式(4)により算出される値が、0.14未満であると、強度と靱性とのバランスが悪い、元素の組合せとなるワイヤ組成となる。
【0048】
式(4):
0.003×[Fe]-0.35×[Si]+0.09×[Mn]-0.13×[Al]+0.22×[Zr]+0.02×[Ni]-0.02×[Mo]-0.11×[C]+1.17×[REM]+4.30×[B]+0.09×[Cr]
【0049】
次に、作業性改善、機械的性能の調整等を目的に含有される個々の元素について説明する。以下、説明の元素は、上述の式(1)~式(4)を満たせば、良好な強度と靱性とのバランスを得ることが可能であるが、技術常識的に、Feを除くいずれの元素も過剰に添加すれば、溶接割れ等のおそれが発生するため、各元素の上限を定めている。なお、作業性改善、機械的性能の調整等を目的としており、必要に応じて含有すればよいことから、以下の、下限を設けていない元素の規定は0質量%を含むこととする。
【0050】
<Fe(Wire):85.0質量%以上>
軟鋼、高張力鋼、低温鋼等のように、一般的に多用される鋼種において、要求される機械的性能を満足するために含有される元素のうち、Feは主元素となる。Fe(Wire)の含有量が85質量%未満であると、残りの元素の影響が大きくなり、機械的性能が悪化するおそれがある。したがって、Fe(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、85質量%以上とし、87.0質量%以上とすることが好ましい。なお、ワイヤ中のFe源としては、フラックス中に添加されたFeの金属粉、Feに係る合金の金属粉、Feに係る化合物、フープ中に含有されているFe等が挙げられる。フラックス中にFeを含有させる場合に、溶着量を改善することができる観点から、Feの金属粉、Feに係る合金の金属粉の形態で含有させることが好ましい。
【0051】
<C(Wire):0.050質量%以下>
Cは、溶着金属及び溶接金属の強度に影響を及ぼす成分であり、溶着金属又は溶接金属中のC含有量が増加すると、強度が高くなる。軟鋼、高張力鋼、低温鋼等のように、一般的に多用される鋼種において、要求される強度範囲を満足させるために、ワイヤ中にCを含有させることが好ましい。ただし、C(Wire)の含有量が増加すると、溶着金属又は溶接金属中に炭化物が析出しやすくなり、狙いの強度に対して、靱性が低下してしまい、強度と靱性とのバランスがとれなくなるおそれがある。したがって、C(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.050質量%以下とし、0.040質量%以下とすることが好ましい。
一方、強度を調整するため、C(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.001質量%以上であることが好ましい。なお、ワイヤ中のC源としては、フラックス中に添加されたグラファイトや炭化物等、フープに含有されているC等が挙げられる。しかし、炭化物抑制の観点から、C(Wire)の含有量は少ないほど好ましく、フラックスは、Cを含有しないことがより好ましい。
【0052】
<Si(Wire):0.60質量%以下>
Siは、溶接金属の強度、靱性に影響を及ぼす成分である。軟鋼、高張力鋼、低温鋼等のように、一般的に多用される鋼種において、要求される機械的性能を満足させるために、ワイヤ中にSiを含有させることが好ましい。Siは脱酸作用を有し、ワイヤ中にSiが過度に含有されると、介在物が増加し、強度と靱性とのバランスがとれなくなるおそれがある。したがって、Si(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.60質量%以下とし、0.50質量%以下とすることが好ましい。
一方、強度を調整するため、Si(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.01質量%以上であることが好ましい。なお、ワイヤ中のSi源としては、フラックス中に添加されたSiの金属粉、Siに係る合金の金属粉、Siに係る化合物、フープに含有されているSi等が挙げられる。介在物を抑制することを目的として、フラックス中にSiを含有させる場合に、Siの金属粉、Siに係る合金の金属粉の形態で含有させることが好ましい。
【0053】
<B(Wire):0.0200質量%以下>
Bは、溶着金属及び溶接金属の靱性の低下を防止する一方で、耐割れ性を増加させる元素である。したがって、B(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.0200質量%以下とし、0.0150質量%以下とすることが好ましい。また、本実施形態に係るワイヤにBを含有させることにより、脆性破面率の低下が確認された。これは、ワイヤ中にBを含有させることにより、粒界に生成する粗大なフェライト相又はベイナイト相を抑制できるためである。したがって、脆性破面率を低下させる観点から、B(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.0020質量%以上であることが好ましい。また、Zr(Wire)の含有量とB(Wire)の含有量によって、強度と靱性とのバランスが変わるため、Zr(Wire)の含有量によって、B(Wire)の含有量の好ましい範囲が変化する。即ち、Zr(Wire)の含有量が、0.045質量%以下であれば、上述のとおり、B(Wire)の含有量を0.0150質量%以下とすることが好ましいが、Zr(Wire)の含有量が、0.045質量%を超える場合は、B(Wire)の含有量を0.0045質量%以下とすることがより好ましい。
なお、ワイヤ中のB源としては、フラックス中に添加されたBの金属粉、Bに係る合金の金属粉、Bに係る化合物、フープに含有されているB等が挙げられる。
【0054】
なお、フラックス中に酸化物の形態でBを含有させると、Bの酸化物がフラックス中で均一に混じりやすくなり、製造の観点から有意である。よって、フラックス中には、Bを金属粉の形態ではなく、酸化物の形態で含有させることが好ましい。この場合に、B(Wire)の含有量は、B酸化物のB換算値を含み、下記式(5)により算出される値が、0.5以上であることが好ましく、0.7以上であることがより好ましく、1.0であることがさらに好ましい。下記式(5)により算出される値が1.0であるとき、B(Wire)の含有量は、全てB酸化物のB換算値であることを表す。言い換えれば、ワイヤ中にBを含有させる場合に、全てBの酸化物の形態でフラックス中に含有させることが好ましい。
【0055】
式(5):[B酸化物]/[B]
上記式(5)において、[B酸化物]とは、ワイヤ全質量に対するB酸化物のB換算値(Wire)をワイヤ全質量に対する質量%で表した値を表す。
【0056】
<Mn(Wire):2.00質量%以下>
Mnは、Siと同様に溶接金属の強度、靱性に影響を及ぼす成分である。軟鋼、高張力鋼、低温鋼等のように、一般的に多用される鋼種において、要求される機械的性能を満足させるために、ワイヤ中にMnを含有させることが好ましい。Mnは脱酸作用を有し、ワイヤ中にMnが過度に含有されると、介在物が増加し、強度と靱性とのバランスがとれなくなるおそれがある。したがって、Mn(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、2.00質量%以下とし、1.80質量%以下とすることが好ましい。
一方、強度を調整するため、Mn(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.01質量%以上であることが好ましい。なお、ワイヤ中のMn源としては、フラックス中に添加されたMnの金属粉、Mnに係る合金の金属粉、Mnに係る化合物、フープに含有されているMn等が挙げられる。介在物を抑制することを目的として、フラックス中にMnを含有させる場合に、Mnの金属粉、Mnに係る合金の金属粉の形態でフラックス中に含有させることが好ましい。
【0057】
<P(Wire):0.0150質量%以下>
Pは、耐割れ性や溶接金属の機械的性質を低下させる元素である。したがって、P(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.0150質量%以下に抑制するものとし、0.0100質量%以下とすることが好ましい。なお、Pはワイヤ中に強制添加しないことが好ましい。
【0058】
<S(Wire):0.0150質量%以下>
Sは、耐割れ性を低下させる元素である。したがって、S(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.0150質量%以下とし、0.010質量%以下とすることが好ましい。
一方、S(Wire)は、ワイヤが溶融した際の溶滴の粘性や表面張力を低下させ、溶滴移行を円滑にすることによって、スパッタを小粒化させ、溶接作業性を向上させる効果を有する。したがって、溶接作業性の観点から、S(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.0005質量%以上であることが好ましい。なお、ワイヤ中のS源としては、特に問わず、S単体の粉末、Sの化合物の形態でフラックス中に含有させてもよいし、フープに含有させてもよいが、Sはワイヤ中に強制添加しないことがより好ましい。
【0059】
<Cr(Wire):1.00質量%以下>
Crは、溶着金属及び溶接金属の強度、靱性に影響を及ぼす成分である。軟鋼、高張力鋼、低温鋼等のように、一般的に多用される鋼種において、要求される機械的性能を満足させるために、ワイヤ中にCrを含有させることが好ましい。ワイヤ中にCrが過度に含有されると、粒界で炭化物として析出しやすくなり、強度と靱性とのバランスがとれなくなるおそれがある。したがって、Cr(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、1.00質量%以下とし、0.90質量%以下とすることが好ましい。
一方、強度を調整するため、Cr(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.20質量%以上であることが好ましい。なお、ワイヤ中のCr源としては、フラックス中に添加されたCrの金属粉、Crに係る合金の金属粉、Crに係る化合物、フープに含有されているCr等が挙げられる。フラックス中にCrを含有させる場合に、Crの金属粉、Crに係る合金の金属粉の形態でフラックス中に含有させることが好ましい。
【0060】
<Mo(Wire):1.00質量%以下>
Moは、高温強度を向上させる成分である。軟鋼、高張力鋼、低温鋼等のように、一般的に多用される鋼種において、要求される機械的性能を満足させるために、ワイヤ中にMoを含有させることが好ましい。ワイヤ中にMoが過度に含有されると、強度が過剰に上昇し、強度と靱性とのバランスがとれなくなるおそれがある。したがって、Mo(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、1.00質量%以下とし、0.90質量%以下とすることが好ましい。
一方、強度を調整するため、Mo(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.10質量%以上であることが好ましい。なお、ワイヤ中のMo源としては、フラックス中に添加されたMoの金属粉、Moに係る合金の金属粉、Moに係る化合物、フープに含有されているMo等が挙げられる。フラックス中にMoを含有させる場合に、Moの金属粉、Moに係る合金の金属粉の形態でフラックス中に含有させることが好ましい。
【0061】
また、強度と靱性に寄与するCrと、高温強度を向上させる元素として汎用的なMoとの組み合わせは、以下に示すように、強度と靱性とのバランスをとるために、用途に応じて含有量を決定することが好ましい。
【0062】
(靱性を向上させる設計)
例えば、より靱性を向上させたい場合に、強度と靱性に寄与するCrの含有量をMoの含有量よりも多くすることが好ましい。すなわち、Cr(Wire)の含有量を、ワイヤ全質量に対して、0.20質量%以上0.90質量%以下とするとともに、Mo(Wire)の含有量を、ワイヤ全質量に対して、0.50質量%以下とし、下記式(6)により算出される値が、0.20以上であることが好ましく、0.50以上であることがより好ましく、0.75以上であることがさらに好ましく、1.00であることが最も好ましい。
【0063】
式(6):[Cr]/([Cr]+[Mo])
【0064】
(高温強度を向上させる設計)
一方、耐熱鋼の用途で用いたい場合に、高温強度を向上させる元素として汎用的なMoの含有量をCrの含有量よりも多くすることが好ましい、すなわち、Cr(Wire)の含有量を、ワイヤ全質量に対して、0.90質量%以下とするとともに、Mo(Wire)の含有量を、ワイヤ全質量に対して、0.10質量%以上0.80質量%以下とし、下記式(7)により算出される値が、0.10以上であることが好ましく、0.45以上であることがより好ましく、0.70以上であることがさらに好ましく、1.00であることが最も好ましい。
【0065】
式(7):[Mo]/([Cr]+[Mo])
【0066】
<Al(Wire):3.00質量%以下>
Alは、強脱酸成分であり、溶接金属中で酸化反応を起こすことによって、酸化物(以下、「スラグ」とも称する。)を溶融池上に形成し、立向溶接や上向溶接等の難姿勢を含む全姿勢の溶接において、ビード形状の改善や耐溶落ち性を向上させることが可能となる。ワイヤ中にAlが過度に含有されると、溶接金属に残存する介在物が増加し、靱性に悪影響を及ぼす。したがって、Al(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、3.00質量%以下とし、2.50質量%以下とすることが好ましく、1.70質量%以下とすることがより好ましい。
一方、Al(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.50質量%以上であることが好ましく、1.00質量%以上であることがより好ましい。なお、ワイヤ中のAl源としては、フラックス中に添加されたAlの金属粉、Alに係る合金の金属粉、Alに係る化合物、フープに含有されているAl等が挙げられる。溶接金属中の酸素量をより低減することを目的として、フラックス中にAlを含有させる場合に、Alの金属粉、Alに係る合金の金属粉の形態でフラックス中に含有させることが好ましい。
【0067】
<Mg(Wire):3.00質量%以下>
MgはAlと同様に、強脱酸成分であり、溶接金属中で酸化反応を起こすことによって、スラグを溶融池上に形成し、立向溶接や上向溶接等の難姿勢を含む全姿勢の溶接において、耐溶落ち性を向上させることが可能となる。ワイヤ中にMgが過度に含有されると、溶接金属に残存する介在物が増加し、靱性に悪影響を及ぼす。したがって、Mg(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、3.0質量%以下とし、1.50質量%以下とすることが好ましく、1.00質量%以下とすることがより好ましい。
一方、Mg(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.30質量%以上であることが好ましく、0.50質量%以上であることがより好ましい。なお、ワイヤ中のMg源としては、フラックス中に添加されたMgの金属粉、Mgに係る合金の金属粉、Mgに係る化合物、フープに含有されているMg等が挙げられる。溶接金属中の酸素量をより低減することを目的として、フラックス中にMgを含有させる場合に、Mgの金属粉、Mgに係る合金の金属粉の形態でフラックス中に含有させることが好ましい。
【0068】
<Zr(Wire):3.000質量%以下>
ZrはAlと同様に、強脱酸成分であり、溶接金属中で酸化反応を起こすことによって、スラグを溶融池上に形成し、立向溶接や上向溶接等の難姿勢を含む全姿勢の溶接において、耐溶落ち性を向上させることが可能となる。ワイヤ中にZrが過度に含有されると、溶接金属に残存する介在物が増加し、靱性に悪影響を及ぼす。したがって、Zr(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、3.000質量%以下とし、0.500質量%以下とすることが好ましく、B(Wire)の含有量を考慮すると、0.045質量%以下とすることがより好ましい。
一方、Zr(Wire)の下限値を規定する意味は特にない。また、強脱酸元素として、ワイヤ中にMg、Alを主に含有させる場合に、Zr(Wire)の含有量はゼロとすることが好ましい。なお、ワイヤ中のZr源としては、フラックス中に添加されたZrの金属粉、Zrに係る合金の金属粉、Zrに係る化合物、フープに含有されているTi等が挙げられる。溶接金属中の酸素量をより低減することを目的として、フラックス中にZrを含有させる場合に、Zrの金属粉、Zrに係る合金の金属粉の形態でフラックス中に含有させることが好ましい。
【0069】
<Ti(Wire):3.000質量%以下>
TiはAlと同様に、強脱酸成分であり、溶接金属中で酸化反応を起こすことによって、酸化物(スラグ)を溶融池上に形成し、立向溶接や上向溶接等の難姿勢を含む全姿勢の溶接において、耐溶落ち性を向上させることが可能となる。ワイヤ中にTiが過度に含有されると、溶接金属に残存する介在物が増加し、靱性に悪影響を及ぼす。したがって、Ti(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、3.000質量%以下とし、0.500質量%以下とすることが好ましく、0.010質量%以下とすることがより好ましい。
一方、Tiは、Mg及びAlよりも脱酸成分としての作用効果が小さく、靱性を劣化させるTiC等の析出物が生成するおそれもある。したがって、Ti(Wire)の下限値を規定する意味は特になく、ワイヤ中にMg、Alを主に含有させる場合に、Ti(Wire)の含有量はゼロとすることが好ましい。なお、ワイヤ中のTi源としては、フラックス中に添加されたTiの金属粉、Tiに係る合金の金属粉、Tiに係る化合物、フープに含有されているTi等が挙げられる。溶接金属中の酸素量をより低減することを目的として、フラックス中にTiを含有させる場合に、Tiの金属粉、Tiに係る合金の金属粉の形態でフラックス中に含有させることが好ましい。
【0070】
<Ca(Wire):3.00質量%以下>
CaはAlと同様に、強脱酸成分であり、溶接金属中で酸化反応を起こすことによって、酸化物(スラグ)を溶融池上に形成し、立向溶接や上向溶接等の難姿勢を含む全姿勢の溶接において、耐溶落ち性を向上させることが可能となる。しかし、ワイヤ中にCaが過度に含有されると、溶接金属に残存する介在物が増加し、靱性に悪影響を及ぼす。したがって、Ca(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、3.0質量%以下とし、1.00質量%以下とすることが好ましく、0.30質量%以下とすることがより好ましい。
一方、Caは、フッ化物であるCaFとしてフラックス中に含まれることによって、溶接金属の脱酸作用と溶接作業性の改善に寄与する。上記Ca(Wire)の含有量は、フラックス中のCaFのCa換算値を含むが、フラックス中のフッ化物としては、CaFに限定されず、例えばBaF、SrF等のフッ化物を用いることができるため、Ca含有量の下限を設ける必要はない。また、強脱酸成分として、ワイヤ中にMg、Alを主に添加する場合に、Ca(Wire)の含有量を0質量%とすることが好ましい。
【0071】
なお、ワイヤ中のCa源としては、フラックス中に添加されたCaの金属粉、Caに係る合金の金属粉、Caに係る化合物、フープに含有されているCa等が挙げられる。本実施形態において、ワイヤ中にCaが含有される場合に、このCaがフラックス中に含有されたものであると、溶接金属中の酸素量をより低減できる。したがって、ワイヤ中に含有される全てのCaは、フッ化物粉の形態、すなわち、CaFの形態でフラックス中に含有されていることが好ましい。
【0072】
なお、強脱酸元素と呼ばれるものは、上記列挙したAl、Mg、Zr、Ti、Ca以外でも種々存在するが、本実施形態においては、塩基性系フラックス入りワイヤに含有させる元素として、主に金属粉の形態で汎用的にワイヤ中に含有させる上記5つの元素を強脱酸元素とすることが好ましい。
上記5つの元素のうち、特にAl及びMgは、スラグが凝集しやすく、溶融池表面において、早期かつ溶融池表面の全域にスラグを形成するため、塩基性系フラックス入りワイヤを用いた難姿勢での溶接を実現するために有用な元素である。一方、Zr、Ti及びCaはスラグが分散しやすく、溶融池の流れによって、際の方にスラグ形成が集中する傾向もあり、Al及びMgに比べると、その作用効果は劣る。
【0073】
したがって、ワイヤ中にAl、Mg、Ti、Ca及びZrのうち、少なくとも1種の強脱酸元素を含有させることが好ましい。また、各元素の含有量は、Al(Wire)を1.00質量%以上2.50質量%以下、Mg(Wire)を0.30質量%以上0.50質量%以下、Ti(Wire)を0.10質量%以下(0質量%を含む)、Zr(Wire)を0.20質量%以下(0質量%を含む)、Ca(Wire)を0.10質量%以下(0質量%を含む)とし、ワイヤ中に含有させる強脱酸元素の合計量は、1.50質量%以上4.00質量%以下とする。
【0074】
さらに、本実施形態においては、Al及びMgの少なくとも一方を含有させることがより好ましく、少なくともAlを含有させることがさらに好ましい。この場合に、ワイヤ全質量に対して、Al(Wire)を1.00質量%以上2.50質量%以下含有させるとともに、Mg(Wire)を、1.00質量%以下とし、下記式(8)により算出される値が、0.5以上1.0以下であることが特に好ましい。
【0075】
式(8):[Al]/([Al]+[Mg])
【0076】
<Ni(Wire):5.00質量%以下>
Niは、溶接金属のオーステナイト組織を安定化させ、低温での靱性を向上させる成分であり、また、フェライト組成の晶出量を調整できる成分である。軟鋼、高張力鋼、低温鋼等のように、一般的に多用される鋼種において、要求される機械的性能を満足させるために、ワイヤ中にNiを含有させることが好ましい。ワイヤ中にNiが過度に含有されると、強度が過剰に上昇し、強度と靱性とのバランスがとれなくなるおそれがある。したがって、Ni(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、5.0質量%以下とし、3.0質量%以下とすることが好ましい。
一方、低温鋼等の溶接に用いる場合に、Ni(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.20質量%以上であることが好ましい。なお、ワイヤ中のNi源としては、フラックス中に添加されたNiの金属粉、Niに係る合金の金属粉、Niに係る化合物、フープに含有されているNi等が挙げられる。溶接金属中の酸素量をより低減することを目的として、フラックス中にNiを含有させる場合に、Niの金属粉、Niに係る合金の金属粉の形態でフラックス中に含有させることが好ましい。
【0077】
<Ba(Wire):4.00質量%以下>
Baは、主にフッ化物であるBaFの形態でフラックス中に含有されることによって、溶接金属の脱酸作用と溶接作業性の改善に寄与する。フッ化物は、塩基性系フラックス入りワイヤのフラックスとして、一般的に添加されているものであり、種々のフッ化物のうち、BaFが多用されている。しかし、ワイヤ中にBaが過度に含有されると、アーク偏向が起こり、溶接作業性が劣化するおそれがある。したがって、Ba(Wire)の含有量は、4.00質量%以下とし、3.00質量%以下とすることが好ましい。
【0078】
なお、上記Ba(Wire)の含有量は、フラックス中のBaFのBa換算値を含むが、フラックス中のフッ化物としては、BaFに限定されず、例えばCaF、SrF等のフッ化物を用いることができるため、Ba含有量の下限を設ける必要はない。ただし、フラックス中に、BaF又はBaCO等のBa化合物を含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するBa(Wire)の含有量は、1.75質量%以上とすることが好ましい。ワイヤ中のBa源としては、フラックス中に添加されたBaの金属粉、Baに係る合金の金属粉、Baに係る化合物、フープに含有されているBa等が挙げられる。本実施形態において、ワイヤ中にBaを含有させる場合に、全てのBaは、フッ化物であるBaFの形態でフラックス中に含有させることが好ましい。
【0079】
<F(Wire):2.00質量%以下>
(Wire)は主にフッ化物由来のものとなる。上述のCa、Ba又はSr等のフッ化物の形態でフラックス入りワイヤのフラックス中に含まれる。フッ化物は塩基性系フラックス入りワイヤにおいて、一般的に添加されているものであり、溶接作業性の改善に寄与する。ただし、F(Wire)の含有量が、ワイヤ全質量に対して、2.00質量%を超えると、ワイヤ内部でFの過剰な気化現象が起こり、スパッタ発生量が増加する等、溶接作業性が悪化するおそれがある。したがって、Ba(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、2.00質量%以下とし、1.00質量%以下とすることが好ましく、0.80質量%以下とすることがより好ましい。
【0080】
一方、溶接作業性の向上を目的としてワイヤ中にFを含有させる場合に、F(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.40質量%以上とすることが好ましい。なお、ワイヤ中のF源としては、全てフッ化物由来であることが好ましく、例えば、BaF、SrF、NaAlF、NaF、CaF、AlF、MgF等が挙げられ、これらを1種又は2種以上含んでいてもよい。これらのフッ化物のうち、BaF、SrF、CaFからなる群より選ばれる少なくとも1種のフッ化物を、上記Ba、Sr及びCaの欄で説明した含有量となるようにワイヤ中に含有させることが、溶接作業性の点から好ましい。また、Baは仕事関数が低く、陰極点をより安定化する効果を有し、溶接作業性の向上に寄与することから、本実施形態においては、Baのフッ化物であるBaFを主としてワイヤ中に含有させることが、より好ましい。なお、本実施形態において、全てのBa(Wire)源は、BaFであることが好ましく、上記F(Wire)の含有量のうち、BaFのF換算値を除いたF(Wire)の含有量の残部は、CaFが供給源であることが好ましい。
【0081】
また、以下の元素は、上述の元素に加えて又は上述の元素に代えて、軟鋼、高張力鋼、低温鋼等のように、一般的に多用される鋼種において、一般技術範囲内で、機械的性能の調整、溶接作業性の改善等を目的として、任意で添加してもよい。以下のNb、Cu、W、Ta、V、Sr、アルカリ元素は、本実施形態においては添加されておらず、特に添加は不要であるが、一般的に知られている各種作用効果を望む場合には、以下説明の最適範囲で添加することが好ましい。
【0082】
<Nb(Wire):0.50質量%以下>
Nbは、強度等の機械的性能に影響を及ぼす成分である。軟鋼、高張力鋼、低温鋼等のように、一般的に多用される鋼種において、要求される機械的性能を満足するために、ワイヤ中にNbを含有させてもよい。この場合に、Nb(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.50質量%以下であることが好ましく、0.30質量%以下であることがより好ましい。なお、ワイヤ中のNb源としては、フラックス中に添加されたNbの金属粉、Nbに係る合金の金属粉、Nbに係る化合物、フープに含有されているNb等が挙げられる。
【0083】
<Cu(Wire):2.0質量%以下>
Cuは、溶接金属の強度や耐候性の向上に寄与する元素である。軟鋼、高張力鋼、低温鋼等のように、一般的に多用される鋼種において、要求される強度及び耐候性を満足するために、ワイヤ中にCuを含有させてもよい。この場合に、Cu(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、2.0質量%以下であることが好ましく、1.0質量%以下であることがより好ましい。
一方、溶接金属の強度や耐候性を確保することを目的として、ワイヤ中にCuを含有させる場合に、Cu(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、0.01質量%以上であることが好ましい。なお、ワイヤ中のCu源としては、フラックス中に添加されたCu金属粉、Cuに係る合金の金属粉、Cuに係る化合物、フープに含有されているCu等に加えて、ワイヤ表面のCuメッキも含む。
【0084】
<W(Wire):1.00質量%以下>
Wは、高温強度及び耐孔食性を向上させる成分である。軟鋼、高張力鋼、低温鋼等のように、一般的に多用される鋼種において、要求される機械的性能を満足するために、ワイヤ中にWを含有させてもよい。この場合に、W(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、1.00質量%以下であることが好ましく、0.5質量%以下であることがより好ましい。なお、ワイヤ中のW源としては、フラックス中に添加されたWの金属粉、Wに係る合金の金属粉、Wに係る化合物、フープに含有されているW等が挙げられる。
【0085】
<Ta(Wire):1.00質量%以下>
Taは、強度等機械的性能に影響を及ぼす元素である。軟鋼、高張力鋼、低温鋼等のように、一般的に多用される鋼種において、要求される機械的性能を満足するために、ワイヤ中にTaを含有させてもよい。この場合に、Ta(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、1.00質量%以下であることが好ましく、0.50質量%以下であることがより好ましい。なお、ワイヤ中のTa源としては、フラックス中に添加されたTaの金属粉、Taに係る合金の金属粉、Taに係る化合物、フープに含有されているTa等が挙げられる。
【0086】
<V(Wire):1.00質量%以下>
Vは、溶接金属の強度を向上させる効果を発揮する一方で、靱性や耐割れ性を低下させる元素である。そのため、ワイヤ中のV(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、1.00質量%以下であることが好ましく、0.50質量%以下であることがより好ましい。なお、ワイヤ中のV源としては、フラックス中に添加されたVの金属粉、Vに係る合金の金属粉、Vに係る化合物、フープに含有されているV等が挙げられる。
【0087】
<Sr(Wire):4.00質量%以下>
Srは、主にフッ化物であるSrFとして、フラックス中に含まれることによって、溶接金属の脱酸作用と溶接作業性の改善に寄与する。しかし、ワイヤ中のSr含有量が4.00質量%以下であれば、アーク偏向を抑制し、良好な溶接作業性を得ることができる。したがって、Sr(Wire)の含有量は、ワイヤ全質量に対して、4.00質量%以下とすることが好ましく、3.00質量%以下とすることがより好ましい。
なお、上記Sr(Wire)の含有量は、フラックス中のSrFのSr換算値を含むが、フラックス中のフッ化物としては、SrFに限定されず、例えばCaF、BaF等のフッ化物を用いることができるため、Sr含有量の下限を設ける必要はない。ただし、フラックス中に、SrF又はSrCO等のSr化合物を含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するSr(Wire)の含有量は、0.05質量%以上とすることが好ましい。ワイヤ中のSr源としては、フラックス中に添加されたSrの金属粉、Srに係る合金の金属粉、Srに係る化合物、フープに含有されているSr等が挙げられる。本実施形態において、ワイヤ中にSrを含有させる場合に、全てのSrは、フッ化物であるSrFの形態でフラックス中に含有させることが好ましい。
【0088】
上述のとおり、本実施形態に係る塩基性系フラックス入りワイヤにおいては、フラックスとして、Ba、Ca及びSrのフッ化物であるBaF、CaF及びSrFから選択される少なくとも1種を含有していることが好ましい。この場合に、Baの含有量は、BaFのBa換算値を含み、Caの含有量は、CaFのCa換算値を含み、Srの含有量は、SrFのSr換算値を含み、Fの含有量は、BaF、CaF及びSrFのF換算値を含むものとする。また、ワイヤ中のF源は、すべてフッ化物由来である、すなわち、ワイヤ中に含有されるFの含有量と、フラックス中に含有される全フッ化物のF換算値とが等しいことが好ましい。
【0089】
<アルカリ金属の合計:3.00質量%以下>
アルカリ金属元素はアーク安定剤として作用する。本実施形態におけるアルカリ金属は、1種又は複数のアルカリ金属元素を含有する金属粉及び化合物に基づくものである。なお、アルカリ金属元素としては、K、Li、Na等が挙げられる。ワイヤ中のアルカリ金属の合計の含有量とは、アルカリ金属元素から構成される金属粉及び化合物から換算されるワイヤ中のアルカリ金属の合計の含有量を表す。すなわち、K(Wire)、Li(Wire)、Na(Wire)等の合計量となる。ワイヤ中のアルカリ金属の合計は、ビード形状の改善に好ましい溶融物性に調整しやすくなるという観点から、ワイヤ全質量に対して、3.00質量%以下であることが好ましく、2.00質量%以下であることがより好ましい。
【0090】
(ワイヤ中の酸化物:0.005質量%以上0.100質量%以下)
酸化物は、粗大な介在物の基となり、靱性に影響を与えることから、酸化物の形態でフラックス中に添加することは極力避けることが好ましい。よって、フラックス中に添加される各元素の酸化物量の合計は、ワイヤ全質量に対する質量%で0.100質量%以下に抑制されることがより好ましい。また、BやREMは製造上の観点から、酸化物の形態で添加されるとよく、0.005質量%以上の酸化物が含まれているとさらに好ましい。
【0091】
(残部:O、N及び不可避的不純物)
本実施形態において、上記元素を除く残部は、O、N及び不可避的不純物であることが好ましく、この残部は、合計で0.50質量%以下であることが好ましい。不純物とは、意図的に添加しないものを意味し、上記以外の元素として、例えばSn、Co、Sb、As等が挙げられる。ワイヤ中の不純物の含有量は、合計で0.45質量%以下であることが好ましく、0.30質量%以下であることがより好ましい。
また、上記元素が酸化物、窒化物の形態としてフラックス中に含まれる場合やフープに固溶している場合のO、Nも残部に含まれることとなる。フラックス入りワイヤでは、明確にO、Nが分析できないため、残部としたが、本実施形態において、フラックス入りワイヤに添加される酸化物量、又はフープに添加されるO、N量から、ワイヤ全質量に対する質量%で、OとNの合計量は、0.05質量%以下に収まるものと推測できる。なお、塩基性系フラック入りワイヤにおいて、O、Nが0.05質量%を超えて入ることは、機械的性能の観点から、技術常識的にありえない。
【0092】
〔フープ〕
本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、フープにフラックスが充填されたものであり、フープは、冷間圧延鋼帯により形成されていることが、入手性、経済性の観点から好ましい。冷間圧延鋼帯として、例えば、JIS G 3141:2017に記載された種類の記号SPCC、SPCD、SPCE、SPCF、SPCG等の鋼帯を使用することが好ましい。
【0093】
本発明の他の実施形態に係る塩基性系フラックス入りワイヤは、以下に示す溶着金属を得るワイヤである。なお、溶着金属とは、溶加材から溶接部に移行した金属を表すため、一般的に使用される溶接条件により得られる溶着金属の組成が規定されていることにより、ワイヤを限定することができる。一般的に使用される溶接条件とは、例えば、JIS Z3184に記載の溶着金属の作製方法に準拠した溶接条件とすることができる。例えば、溶接電流:200~220Aで、溶接電圧は:0~23V、シールドガス:100%COガス、溶接入熱量:0.8~1.1kJ/mmの条件等を使用することができる。
【0094】
[2.溶着金属]
上述のとおり、本実施形態に係る塩基性系フラックス入りワイヤは、強脱酸元素及びREMを含有させることによって、難姿勢での溶接を可能にするとともに、強度と靱性との良好なバランスを得ることができる。同様に、本実施形態に係る溶着金属は、B(Metal)の含有量と、REMとしてLa(Metal)及びCe(Metal)の含有量とが適切に規定されており、これにより、上記効果をより一層高めることができる。以下に、本実施形態に係る溶着金属の組成及び限定理由について、具体的に説明する。
【0095】
<C(Metal):0.020質量%以上0.100質量%以下>
Cは、溶着金属の強度に影響を及ぼす成分であり、溶着金属中のC含有量が増加すると、強度が高くなる。したがって、C(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.020質量%以上とし、0.040質量%以上とすることが好ましい。
一方、C(Metal)の含有量が増加すると、溶着金属中に炭化物が析出しやすくなり、狙いの強度に対して、靱性が低下してしまい、強度と靱性とのバランスがとれなくなるおそれがある。したがって、C(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.100質量%以下とし、0.095質量%以下とすることが好ましい。
【0096】
<Si(Metal):0.05質量%以上0.50質量%以下>
Siは、溶着金属の強度、靱性に影響を及ぼす成分であり、溶着金属中に所定の含有量でSiが含有されることにより、要求される機械的性能を満足させることができる。したがって、Si(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.05質量%以上であることが好ましく、0.10質量%以上であることがより好ましい。
一方、Siは脱酸作用を有し、Siが過度に含有されていると、介在物として溶着金属中にSiが残存している可能性が高く、強度と靱性とのバランスがとれなくなるおそれがある。したがって、Si(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.50質量%以下とし、0.45質量%以下とすることが好ましい。
【0097】
<Mn(Metal):0.20質量%以上1.80質量%以下>
Mnは、Siと同様に溶着金属の強度、靱性に影響を及ぼす成分であり、溶着金属中に所定の含有量でMnが含有されることにより、要求される機械的性能を満足させることができる。したがって、Mn(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.20質量%以上であることが好ましく、0.50質量%以上であることがより好ましい。
一方、Mnは脱酸作用を有し、Mnが過度に含有されていると、介在物として溶着金属中にMnが残存している可能性が高く、強度と靱性とのバランスがとれなくなるおそれがある。したがって、Mn(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、1.80質量%以下とし、1.65質量%以下とすることが好ましい。
【0098】
<Al(Metal):0.30質量%以上1.50質量%以下>
Alは、強脱酸成分であり、溶着金属中で酸化反応を起こすことによって、酸化物(スラグ)を溶融池上に形成し、立向溶接や上向溶接等の難姿勢を含む全姿勢の溶接において、耐溶落ち性を向上させることから、ワイヤ中に含有させることが好ましい元素である。したがって、Al(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.30質量%以上であることが好ましく、0.40質量%以上であることがより好ましい。
一方、Alが過度に含有されていると、介在物として溶着金属中にAlが残存している可能性が高く、靱性に悪影響を及ぼす。したがって、Al(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、1.50質量%以下とし、1.10質量%以下とすることが好ましく、1.00質量%とすることがより好ましい。
【0099】
<La(Metal):0.008質量%以下>
Laは、ワイヤ中に含有させるREMの1種であり、溶着金属内において、強脱酸元素の酸化物を凝集させる結合剤として作用する。本実施形態において、溶着金属中のLa含有量の下限は特に設けないが、上記効果を得るためには、La(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.001質量%以上とすることが好ましい。
一方、La(Metal)の含有量が、0.008質量%を超えると、凝集作用により、介在物が粗大化し、機械的性能に悪影響を及ぼしたり、許容できない溶接欠陥が発生したりするおそれがある。したがって、La(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.008質量%以下とし、0.006質量%以下とすることが好ましい。
【0100】
<Ce(Metal):0.002質量%以上0.010質量%以下>
Ceは、Laと同様に、ワイヤ中に含有させるREMの1種であり、溶着金属内において、強脱酸元素の酸化物を凝集させる結合剤として作用する。したがって、Ce(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.002質量%以上とし、0.003質量%以上とすることが好ましい。
一方、Ce(Metal)の含有量が、0.010質量%を超えると、凝集作用により、介在物が粗大化し、機械的性能に悪影響を及ぼしたり、許容できない溶接欠陥が発生したりするおそれがある。したがって、Ce(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.010質量%以下とし、0.009質量%以下とすることが好ましい。
【0101】
<Fe(Metal):85.0質量%以上>
軟鋼、高張力鋼、低温鋼等のように、一般的に多用される鋼種において、要求される機械的性能を満足するために含有される元素のうち、Feは主元素となる。Fe(Metal)の含有量が85質量%未満であると、残りの元素の影響が大きくなり、機械的性能が悪化するおそれがある。したがって、Fe(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、85質量%以上とし、87.0質量%以上とすることが好ましい。
【0102】
<P(Metal):0.0200質量%以下>
Pは、溶着金属の耐割れ性や機械的性質を低下させる元素である。したがって、P(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.020質量%以下とし、0.0100質量%以下とすることが好ましい。
【0103】
<S(Metal):0.0200質量%以下>
Sは、耐割れ性を低下させる元素である。したがって、S(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.0200質量%以下とし、0.0100質量%以下とすることが好ましい。
【0104】
<Cr(Metal):1.00質量%以下>
Crは、溶着金属の強度、靱性に影響を及ぼす成分であるが、溶着金属中にCrが過度に含有されると、粒界で炭化物として析出しやすくなり、強度と靱性とのバランスがとれなくなるおそれがある。したがって、Cr(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、1.00質量%以下とする。
【0105】
<Mo(Metal):1.00質量%以下>
Moは、高温強度を向上させる成分であるが、溶着金属中にMoが過度に含有されると、強度が過剰に上昇し、強度と靱性とのバランスがとれなくなるおそれがある。したがって、Mo(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、1.00質量%以下する。
【0106】
<Mg(Metal):0.50質量%以下>
MgはAlと同様に、強脱酸成分であり、Mgが過度に含有されていると、介在物として溶着金属中にMgが残存している可能性が高く、靱性に悪影響を及ぼす。したがって、Mg(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.50質量%以下とし、0.30質量%以下とすることが好ましく、0.20質量%以下とすることがより好ましい。
【0107】
<Zr(Metal):0.50質量%以下>
ZrはAlと同様に、強脱酸成分であり、Zrが過度に含有されていると、介在物として溶着金属中にZrが残存している可能性が高く、靱性に悪影響を及ぼす。したがって、Zr(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.50質量%以下とし、0.45質量%以下とすることが好ましい。
【0108】
<Ti(Metal):0.05質量%以下>
TiはAlと同様に、強脱酸成分であり、Tiが過度に含有されていると、介在物として溶着金属中にTiが残存している可能性が高く、靱性に悪影響を及ぼす。したがって、Ti(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.05質量%以下とし、0.03質量%以下とすることが好ましく、0.01質量%以下とすることがより好ましい。
【0109】
<Ca(Metal):0.50質量%以下>
CaはAlと同様に、強脱酸成分であり、Caが過度に含有されていると、介在物として溶着金属中にCaが残存している可能性が高く、靱性に悪影響を及ぼす。したがって、Ca(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.50質量%以下とし、0.45質量%以下とすることが好ましい。
【0110】
<Ni(Metal):3.00質量%以下>
Niは、溶着金属のオーステナイト組織を安定化させ、低温での靱性を向上させる成分であり、また、フェライト組織の晶出量を調整できる成分である。しかし、溶着金属中にNiが過度に含有されると、強度が過剰に上昇し、強度と靱性とのバランスがとれなくなるおそれがある。したがって、Ni(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、3.0質量%以下とし、2.5質量%以下とすることが好ましい。
【0111】
<B(Metal):0.0090質量%以下>
Bは、溶着金属の靱性の低下を防止する一方で、耐割れ性を低下させる元素である。したがって、B(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.0090質量%以下とし、0.0050質量%以下とすることが好ましい。また、Bは脆性破面率を低下させる作用があり、0.0010質量%以上とすることが好ましく、0.0020質量%以上とするとより好ましい。
【0112】
<Ba(Metal):1.00質量%以下>
Baは、溶着金属の脱酸作用と溶接作業性の改善に寄与する元素であるが、溶着金属中にBaが過度に含有されると、アーク偏向が起こり、溶接作業性が劣化するおそれがある。したがって、Ba(Metal)の含有量は、1.00質量%以下とし、0.90質量%以下とすることが好ましい。
【0113】
<Nb(Metal):0.001質量%以下>
Nbは、強度等の機械的性能に影響を及ぼす成分である。軟鋼、高張力鋼、低温鋼等のように、一般的に多用される鋼種において、要求される機械的性能を満足するために、溶着金属中にはNbを含有させてもよい。この場合に、Nb(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.001質量%以下とし、0.0008質量%以下であることが好ましい。
【0114】
<Cu(Metal):0.1質量%以下>
Cuは、溶接金属の強度や耐候性の向上に寄与する元素である。軟鋼、高張力鋼、低温鋼等のように、一般的に多用される鋼種において、要求される強度及び耐候性を満足するために、溶着金属中にCuを含有させてもよい。この場合に、Cu(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.1質量%以下とし、0.08質量%以下であることが好ましい。
【0115】
<V(Metal):0.001質量%以下>
Vは、溶接金属の強度を向上させる効果を発揮する一方で、靱性や耐割れ性を低下させる元素である。そのため、溶着金属中のV(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.001質量%以下とし、0.0006質量%以下であることが好ましい。
【0116】
<W(Metal):0.1質量%以下>
Wは、高温強度及び耐孔食性を向上させる成分である。軟鋼、高張力鋼、低温鋼等のように、一般的に多用される鋼種において、要求される機械的性能を満足するために、溶着金属中にWが含有されていてもよい。この場合に、W(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.1質量%以下とし、0.08質量%以下であることが好ましい。
【0117】
<Ta(Metal):0.1質量%以下>
Taは、強度等機械的性能に影響を及ぼす元素である。軟鋼、高張力鋼、低温鋼等のように、一般的に多用される鋼種において、要求される機械的性能を満足するために、溶着金属中にTaが含有されていてもよい。この場合に、Ta(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.1質量%以下とし、0.08質量%以下であることが好ましい。
【0118】
<Sr(Metal):1.00質量%以下>
Srは、溶接金属の脱酸作用と溶接作業性の改善に寄与することから、フラックス中に含まれることが好ましい元素であるため、溶着金属中にSrが含有されていてもよい。この場合に、Sr(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、1.00質量%以下とし、0.90質量%以下であることが好ましい。
【0119】
<O(Metal):0.0250質量%以下>
Oは、溶接金属中に固溶、又は酸化物の形態で存在する。Oが過剰に含有されると、溶接金属中に、酸化物系の介在物が多量に残存している可能性が高く、靱性に悪影響を及ぼす。したがって、O(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.0250質量%以下とし、0.0200質量%以下とすることが好ましい。
【0120】
<N(Metal):0.0100質量%以下>
Nは、溶接金属中に固溶、又は窒化物の形態で存在する。Nが過剰に含有されると、その固溶強化により、強度が過剰に上昇し、強度と靱性とのバランスがとれなくなるおそれがある。したがって、N(Metal)の含有量は、溶着金属全質量に対して、0.0100質量%以下とし、0.0050質量%以下とすることが好ましい。
【0121】
(残部:不純物)
本実施形態において、上記元素を除く残部は、不純物であることが好ましい。不純物とは、意図的に添加されていないものを意味し、上記以外の元素として、例えばSn、Co、Sb、As等が挙げられる。溶着金属中の不純物の含有量は、合計で0.010質量%以下であることが好ましく、0.005質量%以下であることがより好ましい。
【0122】
なお、本実施形態に係る溶着金属は、例えば、上記[1.塩基性系フラックス入りワイヤ]を用いて、ガスシールドアーク溶接することにより、製造することができる。
【0123】
[3.溶接方法]
本実施形態に係る溶接方法は、上記[1.塩基性系フラックス入りワイヤ]で説明した塩基性系フラックス入りワイヤを用いて、ガスシールドアーク溶接する方法である。
具体的には、種々のガスシールドアーク溶接方法のうち、電極側を-(マイナス)、母材側を+(プラス)とする正極性を用いてガスシールドアーク溶接を採用することが好ましい。溶接に用いられるガスの種類は特に制限されないが、例えば、100体積%のArガス、100体積%のCOガス、100体積%のOガスの他、これらの混合ガス等が挙げられる。Arガスを用いる場合には、Arを70体積%以上含むシールドガスを用いることが好ましく、COガスを用いる場合には、COを70体積%以上含むシールドガスを用いることが好ましく、100体積%のCOガス(以降、「炭酸ガス」とも称する)を用いることがより好ましい。また、ArガスとCOガスの混合ガスを用いる場合には、80体積%のArガスと20体積%のCOガスとの混合ガスであることが好ましい。ガスの流量も特に制限されないが、例えば15~30L/min程度とすることができる。
【0124】
設定する溶接電流波形の形状は、直線であってもパルス形状であってもよい。なお、ここでいう直線とは、特殊な波形形状にしないという意味である。溶接電流範囲は特に限定されず、例えば、下向姿勢の場合、200~300A、立向・横向溶接の場合、150~250A、固定管などの円周溶接の場合にはこれら条件を複合した範囲でも使用される。とすることができる。また、アーク電圧も特に限定されず、例えば、15~35Vとすることができる。溶接速度も特に限定されないが、例えば、10~50cm/分とすることができる。その他、ワイヤ突出し長さについても特に制限されず、例えば、10~30mmに設定することができる。ただし、全ての溶接条件は、上記の範囲に限定されるものではなく、用途に応じて適宜決定することができる。
【0125】
[4.溶接継手]
本実施形態に係る溶接継手は、上記[3.溶接方法]で説明した溶接方法を用いて製造されるものである。本実施形態に係る溶接継手において、溶着金属に係る部分は、上記[2.溶着金属]で説明した組成を有することが好ましい。
【実施例0126】
以下に、発明例及び比較例を挙げて、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することが可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。また、ここで説明する溶接条件は一例であり、本実施の形態では、以下の溶接条件に限定されるものではない。
【0127】
下記表1~4に示す種々の組成を有するワイヤを使用して、以下に示す溶接条件で溶着金属を作成し、引張試験により強度(TS)を測定するとともに、衝撃試験により、-20℃及び-46℃でのシャルピー吸収エネルギー(CVN)を測定した。
【0128】
<溶接条件>
溶接電流:210A
アーク電圧:21V
極性:DCEN
シールドガス:100体積%CO
積層方法:7層14パス
入熱:0.8~1.0kJ/mm
【0129】
<測定方法>
(引張試験)
得られた溶着金属から、JIS Z 3111:2005のA1号の引張試験片を採取して、JIS Z 3111:2005に規定される「溶着金属の引張及び衝撃試験方法」に準拠した引張試験により溶接金属の引張強度(TS)及び0.2%耐力(降伏応力:PS)を測定した。
【0130】
(衝撃試験)
得られた溶着金属から、JIS Z 3111:2005の2mmのVノッチ衝撃試験片を採取して、JIS Z 3111:2005に規定される「溶着金属の引張及び衝撃試験方法」に準拠した衝撃試験により溶接金属の-20℃及び-46℃での吸収エネルギー(CVN)を3点測定し、その平均値をCVN(-46℃)、CVN(-20℃)の値として用いた。
【0131】
<評価方法>
次に、強度と靱性とのバランス、及び脆性破面率において評価を行った。具体的には、下記式(a)、式(b)により得られる値を算出し、強度と靱性とのバランスの評価を実施した。
式(a):CVN(-46℃)/TS
式(b):CVN(-20℃)/TS
【0132】
式(a)、式(b)により得られる値は、1に近づくほど、強度と靱性とのバランスがよいと判断することができる。具体的に、式(a)については、0.100以上であれば、強度と靱性とのバランスが良好であるとし、0.150以上であればより良好であり、0.180以上であれば優良であるとして、良好以上のものを合格と判断した。また、式(b)については、0.150以上であれば、強度と靱性とのバランスが良好であるとし、0.200以上であればより良好であり、0.220以上であれば優良であるとして、良好以上のものを合格と判断した。
【0133】
また、-20℃及び-46℃における脆性破面率についても評価した。脆性破面率は、シャルピー衝撃試験後の試験片の破断面を観察し、試験前の規定断面積に対し脆性破面を呈する領域が占める面積割合として算出される。脆性破面率は-20℃及び-46℃において、40%以下であれば良好であるとし、30%以下であれば優良であるとして、良好以上のものを合格と判断した。得られた溶着金属の組成を下記表5及び6に示し、評価結果を下記表7及び8に示す。なお、下記表1、3、5及び6において、「-」と記載されているものは、検出限界以下であったことを表す。また、表4において「-」と記載されているものは、計算不能であることを表す。また、下記表1及び3で示しているワイヤの組成の残部はO、N及び不純物となり、下記表5及び6で示している溶着金属の組成の残部はFe及び不純物となる。
【0134】
さらに、表2及び表4において、式(1)~式(8)は、以下の式を表す。
式(1):
32.1×[Si]-40.6×[Mn]-20.1×[Ni]-19.7×[Mo]-172.6×[C]-408.2×[REM]-5824.4×[B]-38.4×[Cr]-9960×[P]+43793×[S]
【0135】
式(2):
33.9×[Si]-47.0×[Mn]-22.2×[Ni]-11.9×[Mo]-203.9×[C]-443.5×[REM]-4482.2×[B]-36.1×[Cr]-15281×[P]+47868×[S]
【0136】
式(3):
0.001×[Fe]-0.71×[Si]+0.08×[Mn]-0.08×[Al]+0.69×[Zr]+0.03×[Ni]+0.01×[Mo]+0.32×[C]+2.27×[REM]+9.57×[B]+0.11×[Cr]
【0137】
式(4):
0.003×[Fe]-0.35×[Si]+0.09×[Mn]-0.13×[Al]+0.22×[Zr]+0.02×[Ni]-0.02×[Mo]-0.11×[C]+1.17×[REM]+4.30×[B]+0.09×[Cr]
【0138】
式(5):[B酸化物]/[B]
【0139】
式(6):[Cr]/([Cr]+[Mo])
【0140】
式(7):[Mo]/([Cr]+[Mo])
【0141】
式(8):[Al]/([Al]+[Mg])
【0142】
ただし、[REM]、[Fe]、[C]、[Si]、[Mn]、[P]、[S]、[Cr]、[Mo]、[Al]、[Zr]、[Ni]、[B]及び[Mg]は、それぞれ、REM(Wire)、Fe(Wire)、C(Wire)、Si(Wire)、Mn(Wire)、P(Wire)、S(Wire)、Cr(Wire)、Mo(Wire)、Al(Wire)、Zr(Wire)、Ni(Wire)、B(Wire)、及びMg(Wire)の含有量を、ワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。また、[B酸化物]は、ワイヤ中のB酸化物のB換算値を、ワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。本実施例では、Bのみ、酸化物の形態で添加した。言い換えれば、本実施形態のワイヤ中の酸化物量は、B(Wire)の値のB換算値となる。
【0143】
【表1】
【0144】
【表2】
【0145】
【表3】
【0146】
【表4】
【0147】
【表5】
【0148】
【表6】
【0149】
【表7】
【0150】
【表8】
【0151】
表1~4、表7、8に示すように、発明例No.1~16は、塩基性系フラックス入りワイヤに含有される各成分及び式(1)~式(8)により得られる値が、本発明で規定する範囲内であったため、溶落ち性が向上し、全姿勢での溶接が可能になったとともに、強度と靱性とのバランスが優れた溶着金属を得ることができた。なお、発明例No.5~7を比較すると、ワイヤ中のZr含有量が0.045質量%以下である場合に、B含有量の増加にともなって、強度と靱性とのバランスが優れたものとなった。また、発明例No.5、11、14を比較すると、B含有量を0.0046~0.0055質量%とした状態で、ワイヤ中のZr含有量を、0.045質量%を超えて増加させると、Zr含有量の増加にともなって、強度と靱性とのバランスを示す式(a)及び式(b)の少なくとも一方が低下する傾向がみられた。すなわち、B含有量とZr含有量のいずれもが、本発明で規定する範囲の上限に近づくと、強度と靱性とのバランスが低下することが分かった。
【0152】
特に、発明例No.9、10、12、13、15及び16は、ワイヤ中のZr含有量及びB含有量が本発明で規定する好ましい範囲内であったため、脆性破面率及び強度と靱性とのバランスがいずれも優良な結果となった。
【0153】
一方、比較例No.1~19は、ワイヤ中のREM含有量、C含有量及び式(1)~式(4)により得られる値の少なくとも1種が本発明で規定する範囲から外れていたため、脆性破面率及び強度と靱性とのバランスのうち、少なくとも1種が不良となった。
【0154】
また、表5~表8に示すように、発明例No.1~16は、溶着金属に含有される各成分の含有量が、本発明で規定する範囲内であったため、強度と靱性とのバランスが優れたものとなった。溶着金属を得ることができた。
【0155】
このように、本発明に係る塩基性系フラックス入りワイヤ、溶接方法及び溶接継手の製造方法によれば、全姿勢の溶接を可能とし、強度と靱性とのバランスとが優れた溶着金属及び溶接継手を得ることができる。