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特開2023-86675三次元電子密度マップ特定装置、システム、方法およびプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023086675
(43)【公開日】2023-06-22
(54)【発明の名称】三次元電子密度マップ特定装置、システム、方法およびプログラム
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/20 20180101AFI20230615BHJP
【FI】
G01N23/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022174381
(22)【出願日】2022-10-31
(31)【優先権主張番号】P 2021200965
(32)【優先日】2021-12-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000250339
【氏名又は名称】株式会社リガク
(74)【代理人】
【識別番号】100114258
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 武雄
(74)【代理人】
【識別番号】100125391
【弁理士】
【氏名又は名称】白川 洋一
(74)【代理人】
【識別番号】100208605
【弁理士】
【氏名又は名称】早川 龍一
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 孝
(72)【発明者】
【氏名】松本 崇
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 智一
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001BA14
2G001CA01
2G001KA13
2G001LA01
2G001LA05
2G001MA02
(57)【要約】
【課題】動的に揺らぎを持つ構造をとる溶液中の高分子の電子密度マップを正確に再現できる電子密度マップ特定装置、システム、方法およびプログラムを提供する。
【解決手段】溶液中の高分子の電子密度マップを特定する電子密度マップ特定装置200であって、試料を測定して得られた実測のX線散乱プロファイルから複数の電子密度マップを生成する電子密度マップ生成部221と、複数の電子密度マップのそれぞれから算出された計算上のX線散乱プロファイルと実測のX線散乱プロファイルとの一致度を表す指標を算出する指標算出部226と、算出された指標に基づいて複数の電子密度マップから代表の電子密度マップを選択する電子密度マップ選択部258と、を備える。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶液中の高分子の電子密度マップを特定する電子密度マップ特定装置であって、
試料を測定して得られた実測のX線散乱プロファイルから複数の電子密度マップを生成する電子密度マップ生成部と、
前記複数の電子密度マップのそれぞれから算出された計算上のX線散乱プロファイルと前記実測のX線散乱プロファイルとの一致度を表す指標を算出する指標算出部と、
前記算出された指標に基づいて前記複数の電子密度マップから代表の電子密度マップを選択する電子密度マップ選択部と、を備えることを特徴とする電子密度マップ特定装置。
【請求項2】
前記複数の電子密度マップのそれぞれについて、前記算出された指標に対する分子サイズを表すパラメータの第1のプロットを作成し、前記第1のプロットの相関の有無を判定する相関判定部をさらに備え、
前記電子密度マップ選択部は、前記第1のプロットの相関が無い場合には、前記代表の電子密度マップを選択しないことを特徴とする請求項1記載の電子密度マップ特定装置。
【請求項3】
前記第1のプロットの相関が無い場合に、前記第1のプロットの分布を多変量解析する傾向解析部をさらに備え、
前記電子密度マップ生成部は、前記第1のプロットの分布に傾向がある場合には条件を変えて前記複数の電子密度マップを生成することを特徴とする請求項2記載の電子密度マップ特定装置。
【請求項4】
前記相関判定部は、前記第1のプロットの相関が無い場合に、出力可能な第1のプロットを作成し、
前記電子密度マップ生成部は、ユーザの指示に基づく条件で前記複数の電子密度マップを生成することを特徴とする請求項2記載の電子密度マップ特定装置。
【請求項5】
前記電子密度マップ生成部は、前記複数の電子密度マップのそれぞれを設定に応じて繰り返し処理で一つずつ生成することを特徴とする請求項1から請求項4のいずれかに記載の電子密度マップ特定装置。
【請求項6】
前記電子密度マップ生成部は、前記複数の電子密度マップのそれぞれを設定に応じて並列処理で一度に生成することを特徴とする請求項1から請求項4のいずれかに記載の電子密度マップ特定装置。
【請求項7】
各ボクセルサイズに対し、前記複数の電子密度マップに基づいて算出された分子サイズを表すパラメータの第2のプロットを作成し、前記第2のプロットを用いて前記溶液中の高分子の分子サイズを表すパラメータの計算値を算出する理論サイズ算出部と、
前記実測のX線散乱プロファイルから前記溶液中の高分子の分子サイズを表すパラメータを実測値として算出する実測サイズ算出部と、をさらに備え、
前記電子密度マップ選択部は、前記計算値と実測値との差が所定の範囲内になければ、前記代表の電子密度マップを選択しないことを特徴とする請求項1から請求項4のいずれかに記載の電子密度マップ特定装置。
【請求項8】
X線溶液散乱装置と、
請求項1から請求項4のいずれかに記載の電子密度マップ特定装置と、を備え、
前記電子密度マップ特定装置は、前記X線溶液散乱装置で測定された前記溶液中の高分子のX線散乱プロファイルに基づいて前記溶液中の高分子の電子密度マップを特定することを特徴とするシステム。
【請求項9】
溶液中の高分子の電子密度マップを特定する方法であって、
試料を測定して得られた実測のX線散乱プロファイルから複数の電子密度マップを生成するステップと、
前記複数の電子密度マップのそれぞれから算出された計算上のX線散乱プロファイルと前記実測のX線散乱プロファイルとの一致度を表す指標を算出するステップと、
前記算出された指標に基づいて前記複数の電子密度マップから代表の電子密度マップを選択するステップと、を含むことを特徴とする方法。
【請求項10】
溶液中の高分子の電子密度マップを特定するプログラムであって、
試料を測定して得られた実測のX線散乱プロファイルから複数の電子密度マップを生成する処理と、
前記複数の電子密度マップのそれぞれから算出された計算上のX線散乱プロファイルと前記実測のX線散乱プロファイルとの一致度を表す指標を算出する処理と、
前記算出された指標に基づいて前記複数の電子密度マップから代表の電子密度マップを選択する処理と、をコンピュータに実行させることを特徴とするプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶液中の高分子の三次元電子密度マップを特定する三次元電子密度マップ特定装置、システム、方法およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
溶液中の生体高分子の観察方法については、研究が重ねられてきた。溶液中で自由で動いている状態の生体高分子にX線を当てるとスポットではなくリング状の散乱光が生じる。このような散乱光を検出し、得られた実測のX線散乱プロファイルから対象分子の三次元電子密度マップを得る技術が知られている(非特許文献1)。
【0003】
非特許文献1記載の方法は、粒子を含む実空間の立方体の体積を、N×N×Nグリッドに離散化された立方体のボクセルで表し、試料から得られたX線散乱データに基づいて反復して構造因子を探索することで電子密度マップを算出している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Thomas D Grant, "Ab initio electron density determination directly from solution scattering data", Nature Methods volume 15, 29 January 2018, pages191-193
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、非特許文献1記載の方法では、複数の構造を平均化した電子密度マップしか得られない。そのため、リジッドな分子の形態を解析する場合、妥当な電子密度マップが算出されるが、フレキシブルな分子の場合、動的な分子の形態が平均化され本来得られるべき電子密度が算出されない。
【0006】
本発明は、このような事情を鑑みてなされたものであり、動的な揺らぎを持つ構造をとる溶液中の高分子の電子密度マップを再現できる電子密度マップ特定装置、システム、方法およびプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)上記の目的を達成するため、本発明の電子密度マップ特定装置は、溶液中の高分子の電子密度マップを特定する電子密度マップ特定装置であって、試料を測定して得られた実測のX線散乱プロファイルから複数の電子密度マップを生成する電子密度マップ生成部と、前記複数の電子密度マップのそれぞれから算出された計算上のX線散乱プロファイルと前記実測のX線散乱プロファイルとの一致度を表す指標を算出する指標算出部と、前記算出された指標に基づいて前記複数の電子密度マップから代表の電子密度マップを選択する電子密度マップ選択部と、を備えることを特徴としている。
【0008】
(2)また、上記(1)記載の電子密度マップ特定装置においては、前記複数の電子密度マップのそれぞれについて、前記算出された指標に対する分子サイズを表すパラメータの第1のプロットを作成し、前記第1のプロットの相関の有無を判定する相関判定部をさらに備え、前記電子密度マップ選択部は、前記第1のプロットの相関が無い場合には、前記代表の電子密度マップを選択しないことを特徴としている。
【0009】
(3)また、上記(2)記載の電子密度マップ特定装置においては、前記第1のプロットの相関が無い場合に、前記第1のプロットの分布を多変量解析する傾向解析部をさらに備え、前記電子密度マップ生成部は、前記第1のプロットの分布に傾向がある場合には条件を変えて前記複数の電子密度マップを生成することを特徴としている。
【0010】
(4)また、上記(2)記載の電子密度マップ特定装置においては、前記相関判定部が、前記第1のプロットの相関が無い場合に、前記第1のプロットを作成し、前記電子密度マップ生成部は、ユーザの指示に基づく条件で前記複数の電子密度マップを生成することを特徴としている。
【0011】
(5)また、上記(1)から(4)のいずれかに記載の電子密度マップ特定装置においては、前記電子密度マップ生成部が、前記複数の電子密度マップのそれぞれを設定に応じて繰り返し処理で一つずつ生成することを特徴としている。
【0012】
(6)また、上記(1)から(4)のいずれかに記載の電子密度マップ特定装置においては、前記電子密度マップ生成部が、前記複数の電子密度マップのそれぞれを設定に応じて並列処理で一度に生成することを特徴としている。
【0013】
(7)また、上記(1)から(6)のいずれかに記載の電子密度マップ特定装置においては、前記複数の電子密度マップのそれぞれについて、ボクセルサイズに対し、算出された分子サイズを表すパラメータの第2のプロットを作成し、前記第2のプロットを用いて前記溶液中の高分子の分子サイズを表すパラメータの計算値を算出する理論サイズ算出部と、前記実測のX線散乱プロファイルから前記溶液中の高分子の分子サイズを表すパラメータを実測値として算出する実測サイズ算出部と、をさらに備え、前記電子密度マップ選択部は、前記計算値と実測値との差が所定の範囲内になければ、前記代表の電子密度マップを選択しないことを特徴としている。
【0014】
(8)また、本発明のシステムは、X線溶液散乱装置と、上記の(1)から(7)のいずれかに記載の電子密度マップ特定装置と、を備え、前記電子密度マップ特定装置は、前記X線溶液散乱装置で測定された前記溶液中の高分子のX線散乱プロファイルに基づいて前記溶液中の高分子の電子密度マップを特定することを特徴としている。
【0015】
(9)また、本発明の方法は、溶液中の高分子の電子密度マップを特定する方法であって、試料を測定して得られた実測のX線散乱プロファイルから複数の電子密度マップを生成するステップと、前記複数の電子密度マップのそれぞれから算出された計算上のX線散乱プロファイルと前記実測のX線散乱プロファイルとの一致度を表す指標を算出するステップと、前記算出された指標に基づいて前記複数の電子密度マップから代表の電子密度マップを選択するステップと、を含むことを特徴としている。
【0016】
(10)また、本発明のプログラムは、溶液中の高分子の電子密度マップを特定するプログラムであって、試料を測定して得られた実測のX線散乱プロファイルから複数の電子密度マップを生成する処理と、前記複数の電子密度マップのそれぞれから算出された計算上のX線散乱プロファイルと前記実測のX線散乱プロファイルとの一致度を表す指標を算出する処理と、前記算出された指標に基づいて前記複数の電子密度マップから代表の電子密度マップを選択する処理と、をコンピュータに実行させることを特徴としている。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明のシステムを示す概略図である。
図2】X線溶液散乱装置を示す斜視図である。
図3】本発明のシステムを示すブロック図である。
図4】本発明の電子密度マップ特定装置の動作を示すフローチャートである。
図5】X線散乱プロファイルの一例を示すグラフである。
図6】電子密度マップを示す概略図である。
図7】(a)、(b)それぞれ理想的な分布および解析できないχ-Rg(ind)分布を示すグラフである。
図8】実施例のχに対するRg(ind)の分布を示すグラフである。
図9】実施例のボクセルサイズに対するRg(sect)の外挿を示すグラフである。
図10】実施例における電子密度マップと処理結果を示すリストである。
図11】(a)~(c)それぞれ選択された電子密度マップを示す正面、平面および右側面図である。なお、得られた電子密度マップの理解を助けるために、別途X線結晶構造解析により得られた構造リボンモデルをスーパーポーズしている。
【発明を実施するための形態】
【0018】
次に、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。説明の理解を容易にするため、各図面において同一の構成要素に対しては同一の参照番号を付し、重複する説明は省略する。
【0019】
[電子密度マップ特定システム]
図1は、電子密度マップ特定システム10を示す概略図である。電子密度マップ特定システム10は、X線溶液散乱装置100および電子密度マップ特定装置200を備えている。X線溶液散乱装置100は、試料S0にX線を照射し、散乱X線を検出することで、X線溶液散乱プロファイルを測定する。試料S0は、溶液中の高分子、特に生体高分子に適している。試料S0は、溶液中の医薬分子、分子複合体または構造体であってもよい。また、X線溶液散乱法を用いることで、凍結や結晶状態では観測不可能な生体高分子の構造のアンサンブルに相当する電子密度を可視化することができる。
【0020】
電子密度マップ特定装置200は、コンピュータ210、入力装置280および出力装置290で構成され、X線溶液散乱装置100の動作を制御するとともにX線溶液散乱装置100から測定データを取得して処理する。
【0021】
X線溶液散乱装置100は、X線生成部110、サンプルローディング機構120、検出器130および制御ユニット140を備えている。X線生成部110は、X線源111を有し、試料S0へX線を照射する。サンプルローディング機構120は、「溶液をともなう試料である高分子または高分子のみを除く溶液」をX線照射位置へと送り出す。検出器130は、試料S0により散乱されたX線を検出し、得られた測定データをコンピュータ210へ送信する。
【0022】
コンピュータ210は、例えばPCであり、処理を実行するプロセッサおよびプログラムやデータを記憶するメモリまたはハードディスク等により構成される。コンピュータ210は、キーボード、マウス等の入力装置280からユーザの入力を受ける。一方で、コンピュータ210は、ディスプレイ等の出力装置290にはプロット、可視化された電子密度マップ、入力画面等を表示する。コンピュータ210は、クラウド上に置かれたサーバ装置であってもよい。また、処理負担の観点で、X線溶液散乱装置100の動作を制御する機能と、測定データを処理する機能とを分離し、制御を現場に設置されたPCで実行し、データ処理をサーバ装置で実行してもよい。
【0023】
[X線溶液散乱装置]
図2は、X線溶液散乱装置100を示す斜視図である。X線溶液散乱装置100は、X線源111、光学系115、クラツキーブロック117、試料保持管125および検出器130を有している。X線源111は、線放射源または点放射源であり、発散ビームを放出する。光学系115は、例えばKB並列型または直列型光学系である。一対のクラツキーブロック117は、それぞれのエッジによりX線と相互作用をしてX線ビームの一方側と他方側を画定する。これにより、照射X線から寄生散乱を取り除くことができる。試料保持管125は、1μlから20μlの溶液試料を送り出し保持する。検出器130は、溶液試料で散乱されたX線を検出する。
【0024】
[電子密度マップ特定装置]
図3は、電子密度マップ特定システム10を示すブロック図である。電子密度マップ特定装置200は、X線溶液散乱装置100で測定されたX線散乱プロファイルのデータを取得し、データに基づいて高分子の電子密度マップを特定する。電子密度マップ特定装置200の機能は、主にコンピュータ210により実現される。
【0025】
コンピュータ210は、入出力制御部211、測定制御部215、測定データ記憶部217、電子密度マップ生成部221、理論散乱強度算出部225、指標算出部226、相関判定部231、傾向解析部232、理論サイズ算出部245、実測サイズ算出部246、総合判定部257、電子密度マップ選択部258を備えている。各部は、制御バスLにより情報を送受できる。
【0026】
入出力制御部211は、入力装置280からの入力を受け付けるとともに、出力装置290への出力を制御する。入出力制御部211は、例えば、測定条件の入力を受け付けたり、複数の電子密度マップを生成する条件の入力を受け付けたりすることができる。また、入出力制御部211は、各種のプロットを出力させたり、特定された高分子の電子密度マップを出力させたりすることができる。
【0027】
測定制御部215は、X線溶液散乱装置100の動作を制御する。制御には、試料の送り出し、X線の発生、および試料位置と検出器の移動等が挙げられる。制御指示は、X線溶液散乱装置100内の制御ユニット140に送信され、これにより、X線溶液散乱装置100の各部が制御される。
【0028】
測定データ記憶部217は、X線溶液散乱装置100により検出されたX線溶液散乱プロファイルの測定データを記憶する。記憶された測定データは、電子密度マップの生成、指標の算出や高分子の分子サイズの実測値の算出に利用される。
【0029】
電子密度マップ生成部221は、試料S0を測定して得られた実測のX線散乱プロファイルから複数の電子密度マップを生成する。電子密度マップの生成の詳細は後述する。
【0030】
得られた電子密度マップからは、対象分子を表す電子密度マップの動的回転半径の計算値Rg(ind)および各々の電子密度マップについての測定データと算出された散乱曲線との一致度を示す指標χを算出し、それらをプロットして第1のプロットを作成できる(後述の図8参照)。分子の動的回転半径Rgは、分子サイズを表すパラメータの好適な一例であり、その他の分子サイズを表すパラメータであってもよい。
【0031】
電子密度マップ生成部221は、第1のプロットの分布に傾向がある場合には条件を変えて複数の電子密度マップを生成することが好ましい。これにより、いずれの電子密度マップにも妥当性が無い場合に電子密度マップの再生成を試行することができる。電子密度マップ生成部221は、ユーザの指示に基づく条件で複数の電子密度マップを生成することもできる。これにより、いずれの電子密度マップにも妥当性が無い場合に条件を変えて電子密度マップの生成を試行できる。
【0032】
電子密度マップ生成部221は、複数の電子密度マップのそれぞれを設定に応じて繰り返し処理で一つずつ生成することができる。これにより、無駄な処理を抑えて電子密度マップの妥当性を確認しながら、必要な計算資源を割いて処理を進めることができる。また、電子密度マップ生成部221は、複数の電子密度マップのそれぞれを設定に応じて並列処理で一度に生成してもよい。これにより、妥当性の高い生体高分子の電子密度マップを短時間で再現できる。
【0033】
指標算出部226は、複数の電子密度マップのそれぞれから算出された計算上のX線散乱プロファイルと実測のX線散乱プロファイルとの一致度を表す指標を算出する。具体的には統計処理のなされた指標としてχが好ましいが、X線散乱プロファイルとの一致度を表す指標であれば特に限定されない。χ以外では、正規分布またはポアソン分布のパラメータ、実測の回折データから求められた構造因子と解析で得られた電子密度に基づく構造因子の一致度を表す指標のR値、RMS値およびRMD値等が挙げられる。χは、以下の通り算出できる。
【0034】
【数1】
【0035】
相関判定部231は、複数の電子密度マップのそれぞれについて、上記の算出された指標に対する分子サイズを表すパラメータをプロットすることで第1のプロットを作成し、第1のプロットの相関の有無を判定する。相関判定部231は、出力可能な第1のプロットを作成し第1のプロットをディスプレイ上に表示させることが好ましい。これにより、ユーザは第1のプロットの相関の有無を目視でも確認できる。
【0036】
相関判定部231は、繰り返し処理を行う場合には繰り返し処理ごとにプロットの相関の有無を判定することが好ましい。これにより、繰り返し処理ごとに電子密度マップの妥当性を確認しながら処理を進めることができる。その結果、計算資源が限られている場合に効率よく処理できる。
【0037】
傾向解析部232は、第1のプロットの相関が無い場合に、第1のプロットの分布を多変量解析する。多変量解析としては例えばMCA(多重コレスポンデンス分析)やPCA(主成分分析)が挙げられる。これにより、例えば相関は無くても何らかの傾向の有無を判定できる。例えば、全体のデータでは相関が無い場合でも、複数種類の相関するデータを分離することで各種類のデータを相関するデータとして利用できる。
【0038】
理論サイズ算出部245は、各ボクセルサイズに対し、複数の電子密度マップに基づいて算出された分子サイズを表すパラメータをプロットすることで第2のプロットを作成する。算出された分子サイズを表すパラメータとしては、回転半径の計算値Rg(ind)の回帰直線のχ=1における切片Rg(sect)が好ましい。そして、理論サイズ算出部245は、第2のプロットを用いてボクセルサイズによらない溶液中の高分子の分子サイズを表すパラメータの計算値Rg(calc)を算出する。
【0039】
実測サイズ算出部246は、実測のX線散乱プロファイルから溶液中の高分子の分子サイズを表すパラメータを実測値として算出する。具体的には、ギニエプロットを実行し、分子の動的回転半径の実測値Rg(exp)を算出することができる。なお、試料が溶液中で水和圏を形成する場合には、ギニエプロットから得られる数値から水和圏の分の所定値を引いた数値を実測値Rg(exp)として扱うことが好ましい。
【0040】
総合判定部257は、理論サイズ算出部245で算出された回転半径の計算値Rg(calc)と実測サイズ算出部246で算出された実測値Rg(exp)とに統計的な有意差が無いか否かを判定する。有意差が無いと判定された場合は、複数の電子密度マップから代表の電子密度マップを選択させる。有意差があると判定された場合は、処理を終了させる。
【0041】
電子密度マップ選択部258は、算出された指標に基づいて複数の電子密度マップから代表の電子密度マップを選択する。具体的には、得られた複数の電子密度マップのRg-χ2相関に従い、かつχが1に近い電子密度マップを代表の電子密度マップとして選択する。指標に基づいて代表となる電子密度マップを選択するため、動的に揺らぎを持つ構造をとる溶液中の高分子の電子密度マップを正確に再現できる。その結果、全く事前情報のない溶液中の生体高分子でも正確に可視化できる。
【0042】
電子密度マップ選択部258は、第1のプロットの相関が無い場合には、代表の電子密度マップを選択しないことが好ましい。これにより、いずれの電子密度マップにも妥当性が無い場合には、電子密度マップの特定を停止し、無駄な計算を省略できる。そして、状況に応じて電子密度マップの再生成または再実験を行なうことができる。
【0043】
電子密度マップ選択部258は、計算値と実測値との差が所定の範囲内になければ、代表の電子密度マップを選択しないことが好ましい。これにより、電子密度マップを特定できる場合でも分子サイズの面で電子密度マップに妥当性が担保されない場合に電子密度マップの特定を停止できる。
【0044】
[電子密度マップ特定方法]
(方法全体)
上記のように構成された電子密度マップ特定システム10を用いて、溶液中の高分子の電子密度マップを特定する方法を説明する。図4は、電子密度マップ特定装置200の動作を示すフローチャートである。まず、X線溶液散乱装置100は、試料S0を伴う溶液を所定位置に送り出すとともに、試料S0にX線を照射する。X線溶液散乱装置100は、散乱されたX線を検出し、X線散乱プロファイルのデータとしてコンピュータ210へ送信する。コンピュータ210は、受け取ったX線散乱プロファイルのデータを記憶しておく。
【0045】
コンピュータ210は、ユーザによる指定を受けて、電子密度マップを特定しようとする試料S0から得られたX線散乱プロファイルのデータを読み出す(ステップS1)。そして、ユーザにより指定された境界値サイズ、ボクセルサイズやボクセルサイズごとの試行回数等の電子密度マップの生成条件を取得する(ステップS2)。
【0046】
取得された生成条件に沿って、読み出されたX線散乱プロファイルから導かれる電子密度マップを生成する(ステップS3)。電子密度マップの生成の詳細は後述する。次に、生成された電子密度マップをもとに理論散乱プロファイルを算出する(ステップS4)。読み出された実測のX線散乱プロファイルと算出された理論散乱プロファイルをもとに対象分子の粒子回転半径の電子密度マップごとの計算値Rg(ind)および電子密度マップに基づいた計算上のX線散乱プロファイルと実測のX線散乱プロファイルとの一致度を表す指標χを算出し(ステップS5)、χ-Rg(ind)のプロットを作成する(ステップS6)。
【0047】
次に、繰り返し条件として、特定のボクセルサイズについて電子密度マップの生成を所定回数試行したか否かを判定する(ステップS7)。所定回数試行してないと判定された場合には、ステップS3に戻る。所定回数試行したと判定された場合には、ステップS8に進む。所定回数は例えば50回である。なお、上記の例ではステップS7で特定のボクセルサイズについて繰り返し処理を行っているが、単に所定回数で繰り返し処理を行ってもよい。
【0048】
このようにして特定のボクセルサイズについて作成されたχ-Rg(ind)のプロットに相関があるか否かを判定する(ステップS8)。相関の判定処理の詳細は後述する。相関が無いと判定された場合には、多変量解析によりプロットに何らかの傾向があるか否かを判定する(ステップS9)。傾向があると判定された場合にはステップS3に戻り、条件を変更して電子密度マップを再度作成する。傾向が無いと判定された場合には、電子密度マップの代表を選択することなく一連の処理を終了する。ステップS7の繰り返し処理を終了した段階で相関の有無を判定して見込みの無い処理を終了することで、計算資源を効率的に利用できる。
【0049】
一方、ステップS8において相関があると判定された場合には、複数あるボクセルサイズのすべてについて電子密度マップの生成を完了するという繰り返し終了の条件を満たすか否かを判定し(ステップS10)、条件を満たさないと判定された場合には、ボクセルサイズを変更しステップS3に戻る。
【0050】
ステップS10で、繰り返し終了の条件を満たした場合には、電子密度マップの集合に応じて、χ-Rg(ind)のプロットから回帰直線を得て、その回帰直線のχ=1における切片Rg(sect)を算出する(ステップS11)。そして、ボクセルサイズに対する切片Rg(sect)のプロットを作成し(ステップS12)、そのプロットから回帰直線を得て、その回帰直線でボクセルサイズがゼロとなる外挿値として分子の回転半径の計算値Rg(calc)を算出する(ステップS13)。一方、読み出されたX線散乱プロファイルに対しギニエプロットを作成し、分子の回転半径の実測値Rg(exp)を算出する(ステップS14)。
【0051】
次に、回転半径の計算値Rg(calc)と実測値Rg(exp)との差が一定の範囲に収まっているか否かを判定することで、計算値Rg(calc)が妥当か否かを判定する(ステップS15)。このとき、試料が溶液中で水和圏を形成する場合には、ギニエプロットから得られる数値から水和圏の分の所定値を引いた数値を実測値Rg(exp)として扱うことが好ましい。水和圏を形成する場合、所定値は1.5Å~2.0Åとすることが好ましい。あるいは、水和圏の存在を明示的に計算することを目的とした、各種計算方法によって推定される水和圏のサイズを用いても良い。
【0052】
ステップS15において、計算値Rg(calc)が妥当であると判定されなかった場合には、電子密度マップの代表を選択することなく一連の処理を終了する。計算値Rg(calc)が妥当であると判定された場合には、一連のχ-Rg相関に従う電子密度マップから、χが1に近いものから代表の電子密度マップを選択し、選択された電子密度マップを出力装置290に出力して(ステップS16)、一連の処理を終了する。
【0053】
代表の電子密度マップは、必ずしも単一ではなく、複数あってもよい。例えばχ-Rg(ind)のプロットに強い一連の相関があり、かつχが1に極めて近い電子密度マップが複数得られている場合には、これらを動的構造アンサンブルのそれぞれのcanonical structure に相当する電子密度マップとして、選択することとしても良い。この場合、最も小さいボクセルサイズの相関より選択することが望ましい。または、様々なボクセルサイズで生成された相関関係のうち最小のボクセルサイズで定義された相関関係を選択することが望ましい。
【0054】
なお、上記の例では、繰り返しごとに複数の電子密度マップのそれぞれを生成しているが、並列処理により一度に生成してもよい。また、一定数の並列処理を繰り返し行うことにしてもよい。いずれの処理を選ぶかは、計算資源と結果の出る速さのいずれを重視するかに応じて決めることができる。
【0055】
(電子密度マップの生成)
次に、電子密度マップの生成の詳細を説明する。図5は、X線溶液散乱プロファイルの一例を示すグラフである。溶液中の生体高分子にX線を照射すると、q≦0.7Å-1程度の範囲に緩やかなリング状の散乱X線強度ピークが生じる。それを円周方向に積算することで図5に示すようなX線溶液散乱プロファイルが得られる。特に、qレンジが、0.7Å-1までの間での散乱強度のデータを高精度で取得し、解析することで、実際の構造に対して意味のある電子密度を直接可視化することができるようになる。
【0056】
図6は、電子密度マップを示す概略図である。電子密度マップの生成では、まず高分子を含む実空間の一辺Hの立方体のボックスの体積を、立方体のボクセルのN×N×Nグリッドに離散化する(図6に示す例ではN=4)。図6の各ボクセルの濃淡が示すように、各ボクセルの電子密度ρ(x,y,z)は、一定範囲の数値がランダムで与えられる。そして、3次元の構造因子から3次元の逆格子空間強度を計算し、散乱ベクトルqの大きさの関数として同心シェルに分割する。
【0057】
そして、3次元の散乱強度を1次元のプロファイルに変換し、実験的な散乱データと比較する。3次元の構造因子を、各qの同心シェルの実験データに一致するようにスケーリングし、逆フーリエ変換により、実空間に新たな電子密度マップを作成する。マップの外側の密度はゼロに設定する。前方フーリエ変換によって、新しい構造因子を取得し、収束するまでこのサイクルが繰り返される。このようにして試行回ごとに異なる電子密度マップが生成され、それぞれの電子密度マップについて指標χおよび計算値Rg(ind)が算出される。
【0058】
(相関の判定処理)
それぞれの電子密度マップについて算出されたχおよびRg(ind)をプロットし、互いに相関があるか否かを判定することで、実測データに対する電子密度マップの妥当性を判定できる。プロットに相関があるか否かは、例えば相関係数を用いることで客観的に判定できる。さらに、相関が無い場合には、プロットに傾向があるか否かを判定することで、見込みのないデータなのか、測定条件次第では意味のあるものになりうるデータなのかを判定できる。
【0059】
図7(a)および7(b)は、それぞれ理想的な分布および解析できないχ-Rg(ind)分布を示すグラフである。図7(a)に示す理想的な分布では、χ-Rg(ind)のプロットに相関が現れており、複数の電子密度マップが妥当であることが分かる。一方、図7(b)に示す解析できない分布では、χ-Rg(ind)のプロットに相関および傾向が現れず、複数の電子密度マップが妥当でないことが分かる。電子密度マップが妥当である場合には、χが1から所定範囲に含まれる電子密度マップを代表の電子密度マップとして選択できる。
【0060】
[実施例]
実際に溶液中の生体高分子の試料(人血清アルブミン(HSA))を用いて電子密度マップの特定を行った。一辺10Å、5Å、4Å、3Åのそれぞれのボクセルサイズに対して50回の試行により電子密度マップを生成した。そして、生成した電子密度マップのχおよびRg(ind)を算出した。図8は、実施例の指標χに対する分子の回転半径の計算値Rg(ind)の分布を示すグラフである。10Å、5Å、4Å、3Åのボクセルサイズのそれぞれについて相関を確認できた。
【0061】
そして、相関を表す直線に基づき、ボクセルサイズ10Å、5Å、4Å、3ÅのそれぞれのRg(sect)を算出した。図9は、実施例のボクセルサイズに対するRg(sect)の外挿を示すグラフである。ボクセルサイズと得られたRg(sect)でプロットし、複数の電子密度マップ全体に対するRg(calc)を算出した。これらの結果から、生成した電子密度マップは妥当であることが分かった。
【0062】
図10は、実施例における電子密度マップと処理結果を示すリストである。ボクセルサイズを小さくした方がより妥当な電子密度マップを得ることができるため、ボクセルサイズ3Åの各試行回についてχを小さい順に並べた。得られたリストによれば、χの1に対する差分が0.002である第13の試行回の電子密度マップが最も妥当であったので、これを代表の電子密度マップとして選択した。
【0063】
図11(a)~11(c)は、それぞれ選択された電子密度マップを示す正面、平面および右側面図である。上記のようにボクセルサイズ3Åで第13の試行回における電子密度マップを特定し、可視化することができた。
【0064】
可視化された電子密度は、全体としてヒト肝臓様の形状を示している。これは、HSAのX線結晶構造解析から得られる分子表面形状をよく表現している。さらに、図11(a)において、右下最長辺中央部から左上に向かって、5Å程度の凹みと、それに沿った円筒形の膨らみが観察されている。このように可視化された形状は、全体形状のみならず、分子表面構造の微細な特徴についても、X線構造解析から得られる形状とよく一致している。
【符号の説明】
【0065】
10 電子密度マップ特定システム
100 X線溶液散乱装置
110 X線生成部
111 X線源
115 光学系
117 クラツキーブロック
120 サンプルローディング機構
125 試料保持管
130 検出器
140 制御ユニット
200 電子密度マップ特定装置
210 コンピュータ
211 入出力制御部
215 測定制御部
217 測定データ記憶部
221 電子密度マップ生成部
225 理論散乱強度算出部
226 指標算出部
231 相関判定部
232 傾向解析部
245 理論サイズ算出部
246 実測サイズ算出部
257 総合判定部
258 電子密度マップ選択部
280 入力装置
290 出力装置
L 制御バス
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11