(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023087254
(43)【公開日】2023-06-23
(54)【発明の名称】動物細胞培養用培養液の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/00 20060101AFI20230616BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20230616BHJP
C25D 5/26 20060101ALI20230616BHJP
【FI】
C12N5/00
C12M3/00 Z
C25D5/26 A
C25D5/26 D
C25D5/26 J
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021201542
(22)【出願日】2021-12-13
(71)【出願人】
【識別番号】000208455
【氏名又は名称】大和製罐株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】516132301
【氏名又は名称】インテグリカルチャー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003708
【氏名又は名称】弁理士法人鈴榮特許綜合事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100108855
【弁理士】
【氏名又は名称】蔵田 昌俊
(74)【代理人】
【識別番号】100179062
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 正
(74)【代理人】
【識別番号】100153051
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 直樹
(74)【代理人】
【識別番号】100199565
【弁理士】
【氏名又は名称】飯野 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100162570
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 早苗
(72)【発明者】
【氏名】堀内 真美
(72)【発明者】
【氏名】赤地 利幸
(72)【発明者】
【氏名】河田 崇
(72)【発明者】
【氏名】藤井 亮児
(72)【発明者】
【氏名】川島 一公
(72)【発明者】
【氏名】田中 啓太
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
4K024
【Fターム(参考)】
4B029AA01
4B029BB11
4B029DF03
4B065AA90X
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4B065CA50
4K024AA02
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4K024AB03
4K024AB08
4K024BA02
4K024BA03
4K024BB28
(57)【要約】
【課題】動物細胞の培養に使用する培養液における鉄濃度の調整を容易にする技術を提供する。
【解決手段】本発明の動物細胞培養用培養液の製造方法は、鉄含有部11とその上に設けられためっき層12a,12bとを備えた鉄供給源1を水系媒体と接触させて、前記鉄供給源1から前記水系媒体へ鉄を供給することを含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄含有部とその上に設けられためっき層とを備えた鉄供給源を水系媒体と接触させて、前記鉄供給源から前記水系媒体へ鉄を供給することを含む動物細胞培養用培養液の製造方法。
【請求項2】
前記鉄供給源は板状である請求項1に記載の動物細胞培養用培養液の製造方法。
【請求項3】
前記鉄含有部は前記鉄供給源の端面で露出した請求項2に記載の動物細胞培養用培養液の製造方法。
【請求項4】
前記鉄含有部は鋼鉄からなる請求項1乃至3の何れか1項に記載の動物細胞培養用培養液の製造方法。
【請求項5】
前記めっき層は、ニッケル又はクロムを含んだ請求項1乃至4の何れか1項に記載の動物細胞培養用培養液の製造方法。
【請求項6】
前記動物細胞培養用培養液における鉄濃度の第1目標値に基づいて、前記鉄供給源による鉄供給後の前記水系媒体における鉄濃度の第2目標値を決定することと、
前記水系媒体における鉄濃度が前記第2目標値と等しい値となる、前記鉄供給源から前記水系媒体への鉄の供給条件を決定することと
を更に含み、
前記鉄供給源から前記水系媒体への鉄の供給は、前記供給条件のもとで行う請求項1乃至5の何れか1項に記載の動物細胞培養用培養液の製造方法。
【請求項7】
前記供給条件の決定は、前記第2目標値が基準値と比較してより低い場合には、前記鉄供給源として、前記めっき層が鉄よりもイオン化傾向が大きい金属を含んだものを選択し、前記第2目標値が前記基準値と比較してより高い場合には、前記鉄供給源として、前記めっき層が鉄よりもイオン化傾向が小さい金属を含んだものを選択することを含む請求項6に記載の動物細胞培養用培養液の製造方法。
【請求項8】
請求項1乃至7の何れか1項に記載の動物細胞培養用培養液の製造方法によって製造される動物細胞培養用培養液。
【請求項9】
請求項1乃至7の何れか1項に記載された製造方法によって前記動物細胞培養用培養液を製造することと、
前記動物細胞培養用培養液で動物細胞を培養することと
を含む培養方法。
【請求項10】
請求項1乃至7の何れか1項に記載された製造方法によって前記動物細胞培養用培養液を製造することと、
前記動物細胞培養用培養液で動物細胞を培養することと
を含む培養物の製造方法。
【請求項11】
請求項10に記載の培養物の製造方法によって製造される培養物。
【請求項12】
請求項1乃至7の何れか1項に記載された製造方法によって前記動物細胞培養用培養液を製造することと、
前記動物細胞培養用培養液で動物細胞を培養することと、
前記動物細胞の培養に伴って前記動物細胞が分泌した成分と、前記動物細胞培養用培養液とを含んだ混合液を、培養した前記動物細胞から分離することと
を含む動物細胞分泌物含有液の製造方法。
【請求項13】
請求項12に記載の動物細胞分泌物含有液の製造方法によって製造される動物細胞分泌物含有液。
【請求項14】
水系媒体と接触させて前記水系媒体へ鉄を供給することを含む動物細胞培養用培養液の製造に使用する鉄供給源であって、鉄含有部とその上に設けられためっき層とを備えた鉄供給源。
【請求項15】
請求項14に記載の鉄供給源と、水系媒体と、容器とを含んだ動物細胞培養用培養液製造キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物細胞の培養技術に関する。
【背景技術】
【0002】
動物細胞の培養は、再生医療や食用肉の製造において必須の技術である。また、動物細胞の培養は、他の物品、例えば、サプリメントなどの食品又は化粧品に使用する原料の製造に利用することもある。
【0003】
ところで、例えば、ヒトは、生命維持のための必須元素として、数グラムの鉄を体内に保有している。それ故、細胞の培養液も、生体内環境と同様に、鉄を含んでいることが望ましい。しかしながら、培養液中に鉄を加えると、鉄が2価の鉄イオンを経て3価の鉄イオンへと酸化する際及び3価の鉄イオンから2価の鉄イオンへと還元される際に、ラジカルが発生する。それ故、鉄イオンが過剰な環境は、細胞にとっては有害である(特許文献1を参照)。
【0004】
なお、培地への鉄の添加は、ユーグレナなどの培養において行うこともある(特許文献2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2020-54764号公報
【特許文献2】特開2016-195579号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
生体は、体内における鉄の量や存在形態を自らが調節する機能を有している。これに対し、細胞の培養環境は、一般に、そのような調節機能を有していない。そして、上記の通り、鉄イオンが過剰な環境は、細胞にとっては有害である。
【0007】
そこで、本発明は、動物細胞の培養に使用する培養液における鉄濃度の調整を容易にする技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一側面によると、鉄含有部とその上に設けられためっき層とを備えた鉄供給源を水系媒体と接触させて、前記鉄供給源から前記水系媒体へ鉄を供給することを含む動物細胞培養用培養液の製造方法が提供される。
【0009】
本発明の他の側面によると、前記鉄供給源は板状である上記側面に係る動物細胞培養用培養液の製造方法が提供される。
【0010】
本発明の更に他の側面によると、前記鉄含有部は前記鉄供給源の端面で露出した上記側面に係る動物細胞培養用培養液の製造方法が提供される。
【0011】
本発明の更に他の側面によると、前記鉄含有部は鋼鉄からなる上記側面の何れかに係る動物細胞培養用培養液の製造方法が提供される。
【0012】
本発明の更に他の側面によると、前記めっき層は、ニッケル又はクロムを含んだ上記側面の何れかに係る動物細胞培養用培養液の製造方法が提供される。
【0013】
本発明の更に他の側面によると、前記動物細胞培養用培養液における鉄濃度の第1目標値に基づいて、前記鉄供給源による鉄供給後の前記水系媒体における鉄濃度の第2目標値を決定することと、前記水系媒体における鉄濃度が前記第2目標値と等しい値となる、前記鉄供給源から前記水系媒体への鉄の供給条件を決定することとを更に含み、前記鉄供給源から前記水系媒体への鉄の供給は、前記供給条件のもとで行う上記側面の何れかに係る動物細胞培養用培養液の製造方法が提供される。
【0014】
本発明の更に他の側面によると、前記供給条件の決定は、前記第2目標値が基準値と比較してより低い場合には、前記鉄供給源として、前記めっき層が鉄よりもイオン化傾向が大きい金属を含んだものを選択し、前記第2目標値が前記基準値と比較してより高い場合には、前記鉄供給源として、前記めっき層が鉄よりもイオン化傾向が小さい金属を含んだものを選択することを含む上記側面に係る動物細胞培養用培養液の製造方法が提供される。
【0015】
本発明の更に他の側面によると、上記側面の何れかに係る動物細胞培養用培養液の製造方法によって製造される動物細胞培養用培養液が提供される。
【0016】
本発明の更に他の側面によると、上記側面の何れかに係る製造方法によって前記動物細胞培養用培養液を製造することと、前記動物細胞培養用培養液で動物細胞を培養することとを含む培養方法が提供される。
【0017】
本発明の更に他の側面によると、上記側面の何れかに係る製造方法によって前記動物細胞培養用培養液を製造することと、前記動物細胞培養用培養液で動物細胞を培養することとを含む培養物の製造方法が提供される。
【0018】
本発明の更に他の側面によると、上記側面に係る培養物の製造方法によって製造される培養物が提供される。
【0019】
本発明の更に他の側面によると、上記側面の何れかに係る製造方法によって前記動物細胞培養用培養液を製造することと、前記動物細胞培養用培養液で動物細胞を培養することと、前記動物細胞の培養に伴って前記動物細胞が分泌した成分と、前記動物細胞培養用培養液とを含んだ混合液を、培養した前記動物細胞から分離することとを含む動物細胞分泌物含有液の製造方法が提供される。
【0020】
本発明の更に他の側面によると、上記側面に係る動物細胞分泌物含有液の製造方法によって製造される動物細胞分泌物含有液が提供される。
【0021】
本発明の更に他の側面によると、水系媒体と接触させて前記水系媒体へ鉄を供給することを含む動物細胞培養用培養液の製造に使用する鉄供給源であって、鉄含有部とその上に設けられためっき層とを備えた鉄供給源が提供される。
【0022】
本発明の更に他の側面によると、上記側面に係る鉄供給源と、水系媒体と、容器とを含んだ動物細胞培養用培養液製造キットが提供される。
【発明の効果】
【0023】
本発明によると、動物細胞の培養に使用する培養液における鉄濃度の調整を容易にする技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態に係る動物細胞培養用培養液の製造方法において使用する鉄供給源の一例を概略的に示す斜視図。
【
図2】
図2は、鉄供給源から水系媒体への鉄の供給にめっき層が及ぼす影響の例を示すグラフ。
【
図3】
図3は、鉄供給源から水系媒体への鉄の供給にめっき層が及ぼす影響の他の例を示すグラフ。
【
図4】
図4は、めっき層を省略した場合における、培養期間に応じた培養液中の鉄濃度の変化の例を示すグラフ。
【
図5】
図5は、めっき層としてニッケルめっき層を設けた場合における、培養期間に応じた培養液中の鉄濃度の変化の例を示すグラフ。
【
図6】
図6は、めっき層としてクロムめっき層を設けた場合における、培養期間に応じた培養液中の鉄濃度の変化の例を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に、本発明の実施形態について、図面を参照しながら説明する。なお、以下に説明する事項は、単独で又は2以上を組み合わせて、上記側面の何れかに係る方法又は物品へ組み入れることができる。
【0026】
本発明の一実施形態に係る動物細胞培養用培養液の製造方法は、鉄供給源を水系媒体と接触させて、鉄供給源から水系媒体へ鉄を供給することを含む。
【0027】
図1は、本発明の一実施形態に係る動物細胞培養用培養液の製造方法において使用する鉄供給源の一例を概略的に示す斜視図である。
【0028】
図1に示す鉄供給源1は、板状である。ここでは、鉄供給源1は、平板状であり、厚さ方向に垂直な平面への正射影の形状(以下、平面形状という)が四角形である。鉄含有部11の平面形状は、円形、楕円形、長円形、三角形、及び角の数が5以上の多角形などの他の形状であってもよい。
【0029】
鉄供給源1は、ここでは貫通孔を有していないが、1以上の貫通孔を有していてもよい。貫通孔を設けた場合、貫通孔を設けなかった場合と比較して、上記正射影の輪郭の合計長さが大きくなる。この合計長さを大きくすると、鉄供給源1から水系媒体への鉄の溶出は生じ易くなる。
【0030】
鉄供給源1は、平板状でなくてもよい。鉄供給源1は、波板状のように平板以外の形状に成形されていてもよい。この構造は、水系媒体を収容した容器内に鉄供給源1を設置した場合に、容器内面と鉄供給源1との接触面積を小さくするうえで有利である。また、この構造は、水系媒体を収容した容器内に複数の鉄供給源1を設置した場合に、鉄供給源1同士の接触面積を小さくするうえで有利である。これら接触面積を小さくすると、水系媒体への鉄の溶出量のばらつきが小さくなる。
【0031】
鉄供給源1は、板状でなくてもよい。但し、鉄供給源1が板状でない場合、鉄供給源1が板状である場合と比較して、鉄供給源1における鉄含有部11の露出部の面積の調節が難しくなる。
【0032】
鉄供給源1の寸法は、例えば、鉄供給源1と水系媒体とを収容する容器の容積、この容器へ供給する水系媒体の体積、この容器内に設置する鉄供給源1の数、及び、鉄供給源1の構造及び組成に応じて、適宜設定可能である。鉄供給源1が板状である場合、その一方の主面の面積は、一例によれば1乃至100cm2の範囲内にあり、他の例によれば8100乃至12100cm2の範囲内にある。また、上記正射影の輪郭の合計長さは、一例によれば4乃至20cmの範囲内にあり、他の例によれば360乃至440cmの範囲内にある。
【0033】
鉄供給源1は、鉄含有部11と、その上に設けられためっき層12a及び12bとを含んでいる。
【0034】
鉄含有部11は、鉄を含有した基材である。
鉄含有部11は、鉄からなるものであってもよく、鉄と他の1以上の元素とからなるものであってもよい。後者の場合、鉄含有部11は、鉄と他の1以上の金属とを含むことが好ましく、鉄合金であることがより好ましい。鉄含有部11は、好ましくは鋼鉄からなる。
【0035】
鉄含有部11は、鉄供給源1とほぼ同様の形状を有している。即ち、ここでは、鉄含有部11は、平板状であり、平面形状が四角形である。鉄含有部11の厚さ方向に垂直な平面への正射影の面積を一定としたまま、鉄含有部11の平面形状を変化させると、鉄含有部11の周囲長が変化する。この周囲長を大きくすると、鉄供給源1から水系媒体への鉄の溶出は生じ易くなる。
【0036】
鉄含有部11は、ここでは貫通孔を有していないが、鉄供給源1について上述したように、1以上の貫通孔を有していてもよい。貫通孔を設けた場合、貫通孔を設けなかった場合と比較して、上記正射影の輪郭の合計長さが大きくなる。この合計長さを大きくすると、鉄供給源1から水系媒体への鉄の溶出は生じ易くなる。
【0037】
鉄供給源1から水系媒体への鉄の溶出し易さは、鉄含有部11の厚さを変更することにより変化させることができる。例えば、鉄含有部11を厚くすると、鉄供給源1から水系媒体への鉄の溶出は生じ易くなる。
【0038】
鉄含有部11は、鉄供給源1について上述したように、平板状でなくてもよい。鉄含有部11は、波板状のように平板以外の形状に成形されていてもよい。また、鉄含有部11は、板状でなくてもよい。
【0039】
鉄含有部11が板状である場合、その厚さは、一例によれば0.1乃至0.25mmの範囲内にあり、他の例によれば0.1乃至10mmの範囲内にある。
【0040】
めっき層12a及び12bは、それぞれ、鉄含有部11の一方の主面と他方の主面とを被覆している。めっき層12a及び12bは、鉄含有部11の端面を被覆していない。即ち、めっき層12a及び12bは、鉄供給源1の端面で鉄含有部11を露出させている。
【0041】
めっき層12a及び12bの少なくとも一方は、鉄供給源1の端面で鉄含有部11を更に被覆していてもよい。但し、めっき層12a及び12bが鉄供給源1の端面で鉄含有部11を露出させている場合、めっき層12a及び12bの少なくとも一方が鉄供給源1の端面で鉄含有部11を更に被覆している場合と比較して、鉄供給源1から水系媒体への鉄の溶出は生じ易い。
【0042】
めっき層12a及び12bは、鉄含有部11から水系媒体への鉄の溶出を抑制する。この効果の少なくとも一部は、めっき層12a及び12bが鉄含有部11と水系媒体との接触面積を小さくすることによって生じる。めっき層12a及び12bの少なくとも一方が、鉄よりもイオン化傾向が大きい金属を含んでいる場合には、上記効果の一部は、この金属を含んだめっき層が犠牲層として振る舞うことによって生じる。即ち、めっき層12a及び12bの少なくとも一方が、鉄よりもイオン化傾向が大きい金属を含んでいる場合、鉄よりもイオン化傾向が高い金属は、鉄と比較して水系媒体中でイオン化し易く、それ故、鉄の溶出を抑制する。
【0043】
めっき層12a及び12bは、鉄以外の金属からなる。めっき層12a及び12bは、鉄よりもイオン化傾向が大きい金属からなるものであってもよく、鉄よりもイオン化傾向が小さい金属からなるものであってもよい。鉄よりもイオン化傾向が大きい金属は、例えば、クロム又は亜鉛である。鉄よりもイオン化傾向が小さい金属は、例えば、ニッケル又は錫である。一例によれば、めっき層12a及び12bは、ニッケル又はクロムを含む。
【0044】
めっき層12a及び12bの各々は、1種の金属のみを含んでいてもよく、2種以上の金属を含んでいてもよい。めっき層12aが含む金属の種類とめっき層12bが含む金属の種類とは、同一であってもよく、異なっていてもよい。
【0045】
めっき層12aが、鉄よりもイオン化傾向が大きい金属からなるものである場合、めっき層12bは、鉄よりもイオン化傾向が大きい金属からなるものであってもよく、鉄よりもイオン化傾向が小さい金属からなるものであってもよい。めっき層12aが、鉄よりもイオン化傾向が小さい金属からなるものである場合、めっき層12bは、鉄よりもイオン化傾向が大きい金属からなるものであってもよく、鉄よりもイオン化傾向が小さい金属からなるものであってもよい。
【0046】
めっき層12a及び12bの各々は、単層構造を有していてもよく、多層構造を有していてもよい。なお、めっき層12a及び12bの各々を、鉄よりもイオン化傾向が大きい金属からなる層と、鉄よりもイオン化傾向が小さい金属からなる最表面層とを含んだ多層構造とした場合、鉄よりもイオン化傾向が大きい金属からなる層は、水系媒体との接触面積が小さいので、犠牲層としての役割を果たさない。
【0047】
なお、鉄供給源1は、単独で流通させることができる。或いは、鉄供給源1は、これと、水系媒体と、水系媒体を収容する容器とを含んだ動物細胞培養用培養液製造キットの形態で流通させることもできる。
【0048】
水系媒体は、例えば、鉄供給源1から鉄を供給されて、動物細胞培養用培養液として使用されるものである。或いは、水系媒体は、鉄供給源1から鉄を供給され、更に、他の1以上の成分又は液と混合され、これによって得られる混合物が動物細胞培養用培養液として使用されるものである。
【0049】
水系媒体としては、例えば、最終的な動物細胞培養用培養液とは、鉄供給源1からの溶出物を含んでいない点でのみ異なる液を使用することができる。或いは、水系媒体としては、最終的な動物細胞培養用培養液とは、鉄供給源1からの溶出物と他の1以上の成分とを含んでいない点でのみ異なる液を使用することができる。他の1以上の成分は、例えば、無機塩;アミノ酸;ビタミン;糖;及び、成長因子、ホルモン、及びサイトカインなどの細胞間でのシグナル伝達に寄与する生理活性蛋白質の1以上である。水系媒体は、水であってもよいが、好ましくは、無機塩を含んだ液であり、より好ましくは、無機塩、アミノ酸及びビタミンを含んだ液である。
【0050】
水系媒体における無機塩濃度は、0乃至20000mg/Lの範囲内にあることが好ましく、600乃至11000mg/Lの範囲内にあることがより好ましい。無機塩は、鉄供給源1から水系媒体への鉄の供給を促進し得る。
【0051】
水系媒体は、様々な方法で鉄供給源1と接触させることができる。
例えば、容器内に収容された水系媒体に鉄供給源1を浸漬させてもよい。この場合、水系媒体は、撹拌してもよく、上記容器を含む循環路内で循環させてもよい。水系媒体の流れを生じさせると、鉄含有部11の露出面に酸化被膜を生じた場合に、水系媒体の流れによって酸化被膜の少なくとも一部を鉄含有部11の露出面から除去することができる。
【0052】
或いは、鉄供給源1へ向けて水系媒体を吐出してもよい。この場合、水系媒体は、水系媒体を吐出するノズルを有するノズルヘッドと、鉄供給源1へ吐出した水系媒体を回収する容器とを含む循環路内で循環させてもよい。
【0053】
水系媒体を鉄供給源1と接触させると、鉄含有部11から水系媒体へ鉄が溶出する。適量の鉄が溶出した水系媒体は、例えば、それ自体を動物細胞培養用培養液として使用可能である。或いは、適量の鉄が溶出した水系媒体は、他の1以上の液と混合する。この場合、これによって得られた混合液を動物細胞培養用培養液として使用することができる。
【0054】
水系媒体における鉄濃度の上昇速度は、例えば、水系媒体の組成と、鉄供給源1の構造及び組成とに応じて変化する。それ故、鉄供給源1から水系媒体への鉄の供給条件は、使用する水系媒体の組成に応じて適宜決定する必要がある。鉄供給源1から水系媒体への鉄の供給条件は、例えば、以下の方法により決定する。
【0055】
先ず、動物細胞培養用培養液における鉄濃度の第1目標値を設定する。例えば、培養すべき動物細胞の培養を、鉄濃度が異なる培養液を使用して行う。そして、その結果から、最も望ましい結果が得られる鉄濃度を求め、これを第1目標値とする。
【0056】
次に、第1目標値に基づいて、鉄供給源1による鉄供給後の水系媒体における鉄濃度の第2目標値を決定する。鉄供給源1による鉄供給後の水系媒体を動物細胞培養用培養液として使用する場合、第2目標値は、例えば、第1目標値とほぼ等しい値とする。鉄供給源1による鉄供給後の水系媒体を他の1以上の液と混合し、これによって得られた混合液を動物細胞培養用培養液として使用する場合、例えば、それら液の混合比と第1目標値とから、培養液において第1目標値を達成する、鉄供給後の水系媒体における鉄濃度を算出し、これによって得られた値とほぼ等しい値を第2目標値とする。
【0057】
次いで、水系媒体における鉄濃度が第2目標値と等しい値となる、鉄供給源1から水系媒体への鉄の供給条件を決定する。
【0058】
例えば、第2目標値が基準値と比較してより低い場合には、鉄供給源1として、めっき層12a及び12bが鉄よりもイオン化傾向が大きい金属を含んだものを選択する。また、第2目標値が上記基準値と比較してより高い場合には、鉄供給源1として、めっき層12a及び12bが鉄よりもイオン化傾向が小さい金属を含んだものを選択する。ここで、基準値は、例えば、めっき層12a及び12bが鉄よりもイオン化傾向が大きい金属を含んだ鉄供給源1を使用した場合に達成される鉄濃度よりも大きく、めっき層12a及び12bが鉄よりもイオン化傾向が小さい金属を含んだ鉄供給源1を使用した場合に達成される鉄濃度よりも小さな値である。
【0059】
上記の通り、鉄供給源1の厚さ方向に垂直な平面への正射影の輪郭の合計長さを大きくすると、鉄供給源1から水系媒体への鉄の溶出は生じ易くなる。また、水系媒体と接触させる鉄供給源1の数を増やすと、水系媒体における鉄濃度は高くなる。従って、例えば、上述した選択の後に、水系媒体における鉄濃度が第2目標値と等しい値となるように、上記合計長さと鉄供給源1の数とを設定してもよい。
【0060】
その後、上述したようにして決定した供給条件のもとで、鉄供給源1から水系媒体への鉄の供給を行う。
以上のようにして、動物細胞培養用培養液を製造する。
【0061】
上記の方法によると、動物細胞の培養に使用する培養液における鉄濃度の調整が容易になる。これについて、以下に説明する。
【0062】
めっき層12a及び12bを省略した場合、水系媒体における鉄濃度は、接触時間の増加に伴って大きく上昇する。最終的な動物細胞培養用培養液において望ましい鉄濃度は、培養すべき動物細胞の種類に応じて異なるが、何れにしても低濃度である。それ故、水系媒体における鉄濃度が接触時間の増加に伴って大きく上昇する場合、例えば、鉄を供給した水系媒体を動物細胞培養用培養液又はその一部として使用する毎に、鉄濃度の測定等が必要になる。
【0063】
これに対し、鉄供給源1はめっき層12a及び12bを含んでいるので、接触時間の増加に伴う水系媒体における鉄濃度の上昇は穏やかである。それ故、鉄供給源1を使用した場合、鉄濃度が許容される範囲内にある上記接触時間の範囲が広い。従って、鉄供給源1を使用した場合、動物細胞の培養に使用する培養液における鉄濃度の調整が容易である。
【0064】
上記の方法によって製造した培養液は、動物細胞培養用の培養液として使用することができる。この動物細胞培養用培養液を用いて培養する細胞は、動物細胞であれば、どのようなものであってもよい。動物細胞は、未分化の細胞であってもよく、分化した細胞であってもよい。動物細胞は、組織又は器官を形成していてもよく、組織又は器官を形成していなくてもよい。
【0065】
上記の動物細胞培養用培養液を用いた動物細胞の培養は、様々な方法で行うことができる。動物細胞の培養は、例えば、浮遊培養であってもよく、接着培養であってもよい。この培養は、足場材料の存在下で行ってもよく、足場材料の非存在下で行ってもよい。また、この培養は、細胞の分裂、分化、及び融合などを伴うものであってもよく、それらを伴わないものであってもよい。
【0066】
動物細胞を培養してなる培養物は、例えば、再生医療に利用可能である。この培養物は、食用肉などの他の物品であってもよい。
【0067】
動物細胞は、その培養に伴って様々な成分を分泌する。これを利用するうえでは、例えば、動物細胞の培養に伴って動物細胞が分泌した成分と、動物細胞培養用培養液とを含んだ混合液を、培養した動物細胞から分離する。この混合液、即ち、動物細胞分泌物含有液は、例えば、他の動物細胞を培養するための培養液又はその一部として利用することができる。或いは、この動物細胞分泌物含有液、又は、この液から、1以上の成分を抽出し、必要に応じて精製してなる抽出物は、例えは、サプリメントなどの食品又は化粧品に使用する原料の製造に利用することができる。
【実施例0068】
以下に、本発明者らが行った試験の結果を記載する。
【0069】
<試験1>
以下の方法により、鉄供給源の構造及び組成に応じた水系媒体中への鉄溶出量の相違を調べた。
【0070】
鉄供給源として、以下の5種の試験片A乃至Eを準備した。
【0071】
試験片A:
めっき層を有していない鋼鉄製の板材(以下、メッキ無と表記することがある。)
試験片B:
ニッケルめっき層を両面に有している鋼鉄製の板材(以下、Niめっき鋼板と表記することがある。)
試験片C:
ニッケル層、錫層、及びクロム層を順次形成してなる多層構造のめっき層を両面に有している鋼鉄製の板材(以下、LTS材と表記することがある。)
試験片D:
錫めっき層を両面に有している鋼鉄製の板材(以下、ブリキ材と表記することがある。)
試験片E:
クロムめっき層を両面に有している鋼鉄製の板材(以下、TFS材と表記することがある。)
試験片A乃至Eの鋼鉄は、同一の組成を有している。試験片Aの厚さ及び試験片B乃至Eの鉄含有部の厚さは同一である。試験片A乃至Eの各々は、厚さ方向に垂直な平面への正射影が、一辺が3cmの正方形状を有している。試験片B乃至Eの各々は、両面にめっき層を設けた板材から切り出すことによって得られたものであり、4つの端面で鉄含有部が露出している。
【0072】
次に、オートクレーブ滅菌した250mL耐熱ガラス瓶に、200mLの水系媒体を入れた。水系媒体としては、富士フイルム和光純薬社製からD-43 30085又はD-41 30081のコード番号で市販されているDMEM(Dulbecco's Modified Eagle Medium)を使用した。試験片Aを、70質量%の濃度でエタノールを含んだエタノール水溶液で洗浄し、表面の溶液を拭き取った後、水系媒体中へ投入した。水系媒体及び試験片Aを収容したガラス瓶を37℃で貯蔵し、試験片Aを投入してから1週間経過時、2週間経過時、3週間経過時、4週間経過時、5週間経過時、8週間経過時、及び12週間経過時の各々の時点で、10mLの水系媒体をサンプリングし、誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析装置を用いて水系媒体中の鉄濃度を測定した。また、試験片Aの代わりに試験片B乃至Eを使用したこと以外は上記と同様の試験及び測定を行った。結果を
図2及び
図3に示す。
【0073】
図2は、鉄供給源から水系媒体への鉄の供給にめっき層が及ぼす影響の例を示すグラフである。
図3は、鉄供給源から水系媒体への鉄の供給にめっき層が及ぼす影響の他の例を示すグラフである。なお、
図2及び
図3において、「貯蔵期間」は、水系媒体中へ試験片を投入してからの経過時間を表している。
【0074】
図2に示すように、めっき層を有していない試験片Aを使用した場合、貯蔵期間の増加に応じて、水系媒体における鉄濃度が大きく上昇した。これに対し、試験片B乃至Eを使用した場合、
図2及び
図3に示すように、水系媒体における鉄濃度は、貯蔵期間の増加に応じて殆ど増加することはなく、試験片Aを使用した場合と比較して遥かに低い値に保たれていた。
【0075】
また、
図3に示すように、水系媒体における鉄濃度は、試験片C乃至Eを使用した場合、試験片Bを使用した場合と比較して低かった。即ち、最表面層が鉄よりもイオン化傾向が大きい金属を含んだ試験片を使用した場合、最表面層が鉄よりもイオン化傾向が小さい金属を含んだ試験片を使用した場合と比較して、水系媒体における鉄濃度を低くすることができた。
【0076】
<試験2>
以下の方法により、鉄供給源の構造及び組成と水系媒体の組成とに応じた水系媒体中への鉄溶出量の相違を調べた。
【0077】
オートクレーブ滅菌した250mL耐熱ガラス瓶に、100mLの水系媒体を入れた。水系媒体としては、試験1において使用したのと同様のDMEMを使用した。試験片Aを、70質量%の濃度でエタノールを含んだエタノール水溶液で洗浄し、表面の溶液を拭き取った後、水系媒体中へ投入した。水系媒体及び試験片Aを収容したガラス瓶を37℃で貯蔵し、試験片Aを投入してから1週間経過時、2週間経過時、3週間経過時、4週間経過時、8週間経過時、及び12週間経過時の各々の時点で、10mLの水系媒体をサンプリングし、ICP発光分光分析装置を用いて水系媒体中の鉄濃度を測定した。
【0078】
また、水系媒体として、DMEMを使用する代わりに、DMEMとウシ胎児血清(FBS)との混合液を使用したこと以外は上記と同様の試験及び測定を行った。このDMEMとしては、試験1において使用したのと同様のDMEMを使用した。この混合液におけるFBS濃度は10質量%とした(以下、この混合液を、「DMED+10%FBS」と表記することがある)。
【0079】
更に、水系媒体として、富士フイルム和光純薬社製のDMEMを使用する代わりに、インテグリカルチャー社製のCulNet(登録商標) Systemを用いて製造した培地(以下、「Culnet CM」と表記することがある)を使用したこと以外は上記と同様の試験及び測定を行った。なお、CulNet(登録商標) Systemは、生体内環境を模した培養液製造システムであって、臓器が分泌する物質を、培養技術を利用して産生して、血清を使用することなしに、上記物質を含んだ培地の製造を可能とするものである。
【0080】
また、試験片Aの代わりに試験片B及びEを使用したこと以外は上記と同様の試験及び測定を行った。
結果を
図4乃至
図6に示す。
【0081】
図4は、めっき層を省略した場合における、培養期間に応じた培養液中の鉄濃度の変化の例を示すグラフである。
図5は、めっき層としてニッケルめっき層を設けた場合における、培養期間に応じた培養液中の鉄濃度の変化の例を示すグラフである。
図6は、めっき層としてクロムめっき層を設けた場合における、培養期間に応じた培養液中の鉄濃度の変化の例を示すグラフである。なお、
図4乃至
図6において、「培養期間」は、水系媒体中へ試験片を投入してからの経過時間を表している。
【0082】
図4乃至
図6に示すように、水系媒体の組成が鉄濃度へ大きな影響を及ぼすことはなかった。また、
図5及び
図6に示すように、鉄供給源に設けるめっき層の組成を変更することにより、水系媒体における鉄濃度を大きく異ならしめることができた。
【0083】
なお、水系媒体に試験片Bを浸漬させた場合、水系媒体における鉄濃度は、
図5に示すように、試験片Bを投入してから12週間経過時において、100乃至500ppmであった。この濃度は、ヒトの血液における鉄濃度に近い値である。一方、水系媒体としてDMEMとFBSとの混合液を使用し、この水系媒体に試験片Eを浸漬させた場合、水系媒体における鉄濃度は、
図6に示すように、試験片Eを投入してから8週間経過時まで、血清を使用した培養に好ましいとされる3ppm(0.05mM)以下であり、試験片Eを投入してから12週間経過時でも5ppm以下に維持された。
【0084】
以上から、血液と類似した組成の培養液を製造する場合、鉄よりもイオン化傾向が小さい金属からなる層を最表面層として備えた鉄供給源が適していることを確認できた。また、血清と類似した組成の培養液を製造する場合には、鉄よりもイオン化傾向が大きい金属からなる層を最表面層として備えた鉄供給源が適していることを確認できた。
【0085】
また、水系媒体を収容したガラス瓶へ試験片Aを投入してから8週間経過時及び12週間経過時の各々の時点で、ICP発光分光分析装置を用いて水系媒体中の重金属濃度を測定した。その結果、何れの試験片及び何れの水系媒体を使用した場合であっても、ヒ素、鉛、カドミウム、錫、銅及びクロム(VI)は、食品衛生法において定められている基準値未満であった。