(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023000875
(43)【公開日】2023-01-04
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20221222BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20221222BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C14/06 P
C23C14/06 H
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021101939
(22)【出願日】2021-06-18
(71)【出願人】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】中村 崇昭
【テーマコード(参考)】
3C046
4K029
【Fターム(参考)】
3C046FF10
3C046FF13
3C046FF16
3C046FF25
3C046FF27
4K029AA04
4K029BA54
4K029BA58
4K029BA60
4K029BB02
4K029BB07
4K029BC02
4K029BD05
4K029CA04
4K029CA13
4K029DA08
4K029DB14
4K029DD06
4K029EA01
4K029FA05
4K029JA02
(57)【要約】
【課題】耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長い被覆切削工具を提供する。
【解決手段】基材と基材の表面に形成された被覆層とを含み、被覆層は、第1層と第2層とが交互にそれぞれ2層以上積層された交互積層構造を有し、第1層は、Ti(C
aN
1-a)からなる化合物層であり、第2層は、(Ti
xAl
1-x)(C
yN
1-y)からなる化合物層であり、交互積層構造における第1層及び第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さが、3nm以上300nm以下であり、交互積層構造の平均厚さが、1.0μm以上8.0μm以下である、被覆切削工具。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と前記基材の表面に形成された被覆層とを含み、
前記被覆層は、第1層と第2層とが交互にそれぞれ2層以上積層された交互積層構造を有し、
前記第1層は、下記式(1):
Ti(CaN1-a) (1)
[式中、aはC元素とN元素との合計に対するC元素の原子比を表し、0.1≦a≦0.4を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、
前記第2層は、下記式(2):
(TixAl1-x)(CyN1-y) (2)
[式中、xはTi元素とAl元素との合計に対するTi元素の原子比を表し、0.4≦x≦0.8を満足し、yはC元素とN元素との合計に対するC元素の原子比を表し、0.1≦y≦0.4を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、
前記交互積層構造における前記第1層及び前記第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さが、3nm以上300nm以下であり、
前記交互積層構造の平均厚さが、1.0μm以上8.0μm以下である、被覆切削工具。
【請求項2】
前記被覆層における金属元素全体の原子比の合計に対するTi元素の原子比が、0.7以上0.9以下である、請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
前記交互積層構造における結晶粒の平均粒径が、0.1μm以上1.0μm以下である、請求項1又は2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
前記交互積層構造における組織形態が、柱状晶である、請求項1~3のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
前記被覆層は、前記基材と前記交互積層構造との間に、下部層を有し、
前記下部層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、前記式(1)で表される組成からなる化合物及び前記式(2)で表される組成からなる化合物を除く。)の単層又は積層であり、
前記下部層の平均厚さが、0.2μm以上3.0μm以下である、請求項1~4のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
前記被覆層は、前記交互積層構造における前記基材と反対側の表面に、上部層を有し、
前記上部層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、前記式(1)で表される組成からなる化合物及び前記式(2)で表される組成からなる化合物を除く。)の単層又は積層であり、
前記上部層の平均厚さが、0.2μm以上3.0μm以下である、請求項1~5のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【請求項7】
前記被覆層全体の平均厚さが、1.0μm以上10.0μm以下である、請求項1~6のいずれか一項に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆切削工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、鋼などの切削加工には超硬合金や立方晶窒化硼素(cBN)焼結体からなる切削工具が広く用いられている。中でも超硬合金基材の表面にTiN層、TiAlN層などの硬質被覆膜を1又は2以上含む表面被覆切削工具は汎用性の高さから様々な加工に使用されている。
【0003】
例えば、特許文献1では、WC超硬合金、TiCN基サーメット、立方晶型窒化硼素焼結体のいずれかからなる工具基体の表面に硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆切削工具において、(a)前記硬質被覆層は、工具基体表面に形成した第1層と、第1層の上に形成した第2層とからなり、第1層は、組成式:(Ti1-aAla)N(但し、aは原子比で、0.3≦a≦0.7)を満足する0.5~3.0μmの平均層厚を有するTiとAlの窒化物層であり、第2層は、組成式:(Ti1-bAlb)(N1-cCc)(但し、b,cはそれぞれ原子比で、0.3≦b≦0.7、0.01≦c≦0.4)を満足する0.5~2.0μmの平均層厚を有するTiとAlの炭窒化物層であり、(b)第1層と第2層の結晶粒は、第1層と第2層の界面長さ割合で70%以上の界面領域において連続した結晶成長組織からなり、かつ、連続した結晶成長組織は同じ結晶方位を示し、(c)第2層の結晶粒の工具基体表面に平行な平均幅は0.05~1.0μmであり、工具基体表面に垂直な平均高さは0.05~1.5μmであり、かつ、平均アスペクト比(高さ/幅)が1~10であることを特徴とする表面被覆切削工具が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年のステンレス鋼などの難削材旋削加工は高速化及び高送り化の傾向にあり、従来よりも切削条件が厳しくなる傾向の中で、これまでより耐摩耗性及び耐欠損性を向上し、工具寿命を延長することが求められている。上記特許文献1の表面被覆切削工具において、被覆層のTi含有量を増加させることで結晶の粒径が大きくなり、耐摩耗性を改善することができるが、耐欠損性は低下することにより、工具寿命を長くし難い。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長い被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は被覆切削工具の工具寿命の延長について研究を重ねたところ、被覆切削工具を特定の構成にすると、その耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることが可能となり、その結果、被覆切削工具の工具寿命を延長することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
[1]
基材と前記基材の表面に形成された被覆層とを含み、
前記被覆層は、第1層と第2層とが交互にそれぞれ2層以上積層された交互積層構造を有し、
前記第1層は、下記式(1):
Ti(CaN1-a) (1)
[式中、aはC元素とN元素との合計に対するC元素の原子比を表し、0.1≦a≦0.4を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、
前記第2層は、下記式(2):
(TixAl1-x)(CyN1-y) (2)
[式中、xはTi元素とAl元素との合計に対するTi元素の原子比を表し、0.4≦x≦0.8を満足し、yはC元素とN元素との合計に対するC元素の原子比を表し、0.1≦y≦0.4を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、
前記交互積層構造における前記第1層及び前記第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さが、3nm以上300nm以下であり、
前記交互積層構造の平均厚さが、1.0μm以上8.0μm以下である、被覆切削工具。
[2]
前記被覆層における金属元素全体の原子比の合計に対するTi元素の原子比が、0.7以上0.9以下である、[1]に記載の被覆切削工具。
[3]
前記交互積層構造における結晶粒の平均粒径が、0.1μm以上1.0μm以下である、[1]又は[2]に記載の被覆切削工具。
[4]
前記交互積層構造における組織形態が、柱状晶である、[1]~[3]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[5]
前記被覆層は、前記基材と前記交互積層構造との間に、下部層を有し、
前記下部層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、前記式(1)で表される組成からなる化合物及び前記式(2)で表される組成からなる化合物を除く。)の単層又は積層であり、
前記下部層の平均厚さが、0.2μm以上3.0μm以下である、[1]~[4]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[6]
前記被覆層は、前記交互積層構造における前記基材と反対側の表面に、上部層を有し、
前記上部層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、前記式(1)で表される組成からなる化合物及び前記式(2)で表される組成からなる化合物を除く。)の単層又は積層であり、
前記上部層の平均厚さが、0.2μm以上3.0μm以下である、[1]~[5]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[7]
前記被覆層全体の平均厚さが、1.0μm以上10.0μm以下である、[1]~[6]のいずれかに記載の被覆切削工具。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長い被覆切削工具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の被覆切削工具の一例を示す模式図である。
【
図2】本発明の被覆切削工具の別の一例を示す模式図である。
【
図3】交互積層構造における粒子のアスペクト比の求め方を説明するための補足図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。なお、図面中、同一要素には同一符号を付すこととし、重複する説明は省略する。また、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。更に、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0012】
本実施形態の被覆切削工具は、基材と基材の表面に形成された被覆層とを含み、
被覆層は、第1層と第2層とが交互にそれぞれ2層以上積層された交互積層構造を有し、
第1層は、下記式(1):
Ti(CaN1-a) (1)
[式中、aはC元素とN元素との合計に対するC元素の原子比を表し、0.1≦a≦0.4を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、
第2層は、下記式(2):
(TixAl1-x)(CyN1-y) (2)
[式中、xはTi元素とAl元素との合計に対するTi元素の原子比を表し、0.4≦x≦0.8を満足し、yはC元素とN元素との合計に対するC元素の原子比を表し、0.1≦y≦0.4を満足する。]
で表される組成からなる化合物層であり、
交互積層構造における第1層及び第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さが、3nm以上300nm以下であり、
交互積層構造の平均厚さが、1.0μm以上8.0μm以下である。
【0013】
このような被覆切削工具が、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長いものとなる要因は、詳細には明らかではないが、本発明者はその要因を下記のように考えている。ただし、要因はこれに限定されない。すなわち、被覆層を形成する第1層において、Ti(CaN1-a)中のaが0.1以上であると、第1層の硬さが向上することにより、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。一方、被覆層を形成する第1層において、Ti(CaN1-a)中のaが0.4以下であると、第1層における組織の微細化を抑制することにより、被覆切削工具の耐摩耗性が向上し、また、被覆切削工具の耐欠損性も良好となる。また、被覆層を形成する第2層において、(TixAl1-x)(CyN1-y)中のxが0.4以上であると、Tiを含有することによる効果として、被覆切削工具の耐摩耗性が向上し、さらに第2層における粒子の過度な微粒化を抑制することで、組織が柱状になり、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。一方、被覆層を形成する第2層において、(TixAl1-x)(CyN1-y)中のxが0.8以下であると、第2層における粒子の粗大化を抑制することにより、粒子の脱落を起因とした被覆切削工具の欠損を抑制することができる。また、被覆層を形成する第2層において、(TixAl1-x)(CyN1-y)中のyが0.1以上であると、第2層の硬さが向上することにより、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。一方、被覆層を形成する第2層において、(TixAl1-x)(CyN1-y)中のyが0.4以下であると、第2層における組織の微細化を抑制することにより、被覆切削工具の耐摩耗性が向上し、また、被覆切削工具の耐欠損性も向上する。また、本実施形態の被覆切削工具は、被覆層において、第1層と第2層とが交互にそれぞれ2層以上積層された交互積層構造を有すると、単層で形成するよりも所望の各層の組成における連続的な結晶粒の成長が容易となる。また、本実施形態の被覆切削工具は、被覆層において、第1層の組成がTi(CaN1-a)であり、第2層の組成が(TixAl1-x)(CyN1-y)であることで、交互積層構造全体に炭素(C)を含有しているため、被覆層全体の硬さが向上し、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。さらに、本実施形態の被覆切削工具は、被覆層において、第1層及び第2層を交互にそれぞれ2層以上積層された交互積層構造を有することで、各層における粒子の粗大化を抑制することにより、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。また、交互積層構造における第1層及び第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さが、3nm以上であることで、積層化により被覆層の靭性が向上し、被覆切削工具の耐摩耗性及び耐欠損性が向上する。一方、交互積層構造における第1層及び第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さが、300nm以下であることで、第2層における結晶の核の発生が抑制され、結晶粒成長が良好となり、粒子の微粒化を抑制でき、また、第1層において特定の結晶粒が粗大に成長することを抑制でき、粒子の脱落を起点とした欠損が抑制できる。また、交互積層構造の平均厚さが、1.0μm以上であると、各層の粒子が適度に粗粒化することにより、被覆切削工具の耐摩耗性が向上し、また、被覆切削工具の耐欠損性も良好となる。一方、交互積層構造の平均厚さが、8.0μm以下であると、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して被覆切削工具の耐欠損性が向上し、また、被覆切削工具の耐摩耗性も良好となる。これらの効果が相俟って、本実施形態の被覆切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長いものとなる。
【0014】
本実施形態の被覆切削工具は、基材とその基材の表面に形成された被覆層とを含む。本実施形態に用いる基材は、被覆切削工具の基材として用いられ得るものであれば、特に限定はされない。基材の例として、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体、及び高速度鋼を挙げることができる。それらの中でも、基材が、超硬合金、サーメット、セラミックス及び立方晶窒化硼素焼結体からなる群より選ばれる1種以上であると、被覆切削工具の耐欠損性が一層優れるので、さらに好ましい。
【0015】
本実施形態の被覆切削工具において、被覆層全体の平均厚さは、1.0μm以上10.0μm以下であるであることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具において、被覆層全体の平均厚さが1.0μm以上であると、耐摩耗性が向上する傾向にあり、また、被覆切削工具の耐欠損性も良好となる傾向にある。また、本実施形態の被覆切削工具において、被覆層全体の平均厚さが10.0μm以下であると、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して耐欠損性が向上する傾向にある。同様の観点から、被覆層全体の平均厚さは1.2μm以上9.0μm以下であるとより好ましく、1.4μm以上8.0μm以下であるとさらに好ましい。
【0016】
〔第1層〕
本実施形態の被覆切削工具において、第1層は、下記式(1)で表される組成からなる化合物層である。
Ti(CaN1-a) (1)
[式中、aはC元素とN元素との合計に対するC元素の原子比を表し、0.1≦a≦0.4を満足する。]
【0017】
被覆層を形成する第1層において、Ti(CaN1-a)中のaが0.1以上であると、第1層の硬さが向上することにより、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。一方、被覆層を形成する第1層において、Ti(CaN1-a)中のaが0.4以下であると、第1層における組織の微細化を抑制することにより、被覆切削工具の耐摩耗性が向上し、また、被覆切削工具の耐欠損性も良好となる。同様の観点から、Ti(CaN1-a)中のaが0.2以上0.4以下であることが好ましい。
【0018】
また、本実施形態において、各化合物層の組成を、例えば、Ti(C0.20N0.80)と表記する場合は、C元素とN元素との合計に対するC元素の原子比が0.20、C元素とN元素との合計に対するN元素の原子比が0.80であることを意味する。すなわち、C元素とN元素との合計に対するC元素の量が20原子%、C元素とN元素との合計に対するN元素の量が80原子%であることを意味する。
【0019】
〔第2層〕
本実施形態の被覆切削工具は、第2層が、下記式(2)で表される組成からなる化合物層である。
(TixAl1-x)(CyN1-y) (2)
[式中、xはTi元素とAl元素との合計に対するTi元素の原子比を表し、0.4≦x≦0.8を満足し、yはC元素とN元素との合計に対するC元素の原子比を表し、0.1≦y≦0.4を満足する。]
【0020】
被覆層を形成する第2層において、(TixAl1-x)(CyN1-y)中のxが0.4以上であると、Tiを含有することによる効果として、被覆切削工具の耐摩耗性が向上し、さらに第2層における粒子の過度な微粒化を抑制することで、組織が柱状になり、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。一方、被覆層を形成する第2層において、(TixAl1-x)(CyN1-y)中のxが0.8以下であると、第2層における粒子の粗大化を抑制することにより、粒子の脱落を起因とした被覆切削工具の欠損を抑制することができる。同様の観点から、(TixAl1-x)(CyN1-y)中のxが0.5以上0.8以下であることが好ましく、0.5以上0.7以下であることがより好ましい。また、被覆層を形成する第2層において、(TixAl1-x)(CyN1-y)中のyが0.1以上であると、第2層の硬さが向上することにより、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。一方、被覆層を形成する第2層において、(TixAl1-x)(CyN1-y)中のyが0.4以下であると、第2層における組織の微細化を抑制することにより、被覆切削工具の耐摩耗性が向上し、また、被覆切削工具の耐欠損性も向上する。同様の観点から、(TixAl1-x)(CyN1-y)中のyが0.2以上0.4以下であることが好ましい。
【0021】
また、本実施形態の被覆切削工具において、後述する下部層を形成しない場合、第2層を最初に基材の表面に形成することが好ましい。本実施形態の被覆切削工具において、第2層を最初に基材の表面に形成すると、基材と被覆層との密着性が向上する傾向にある。
【0022】
また、被覆層における金属元素全体の原子比の合計に対するTi元素の原子比は、0.7以上0.9以下であることが好ましい。被覆層における金属元素全体の原子比の合計に対するTi元素の原子比が、0.7以上であると、被覆層におけるTi元素の比率が高くなるため、粒子の粒径が大きくなり、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する傾向にある。一方、被覆層における金属元素全体の原子比の合計に対するTi元素の原子比が、0.9以下であると、粒子が粗大化するのを抑制することにより、被覆切削工具の耐欠損性が向上する傾向にある。同様の観点から、被覆層における金属元素全体の原子比の合計に対するTi元素の原子比が0.7以上0.8以下であることが好ましい。
【0023】
[交互積層構造]
本実施形態の被覆切削工具は、被覆層において、第1層と第2層とが交互にそれぞれ2層以上積層された交互積層構造を有する。本実施形態の被覆切削工具は、被覆層において、第1層と第2層とが交互にそれぞれ2層以上積層された交互積層構造を有すると、単層で形成するよりも所望の各層の組成における連続的な結晶粒の成長が容易となる。また、本実施形態の被覆切削工具は、被覆層において、第1層の組成がTi(CaN1-a)であり、第2層の組成が(TixAl1-x)(CyN1-y)であることで、交互積層構造全体に炭素(C)を含有しているため、被覆層全体の硬さが向上し、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。さらに、本実施形態の被覆切削工具は、被覆層において、第1層及び第2層を交互にそれぞれ2層以上積層された交互積層構造を有することで、各層における粒子の粗大化を抑制することにより、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。
【0024】
また、本実施形態の被覆切削工具は、第1層及び第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さが、3nm以上300nm以下である。交互積層構造における第1層及び第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さが、3nm以上であることで、積層化により被覆層の靭性が向上し、被覆切削工具の耐摩耗性及び耐欠損性が向上する。一方、交互積層構造における第1層及び第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さが、300nm以下であることで、第2層における結晶の核の発生が抑制され、結晶粒成長が良好となり、粒子の微粒化を抑制でき、また、第1層において特定の結晶粒が粗大に成長することを抑制でき、粒子の脱落を起点とした欠損が抑制できる。同様の観点から、第1層及び第2層のそれぞれの1層当たりの平均厚さが、5nm以上250nm以下であることが好ましく、10nm以上250nm以下であることがより好ましい。
なお、第1層及び第2層の1層当たりの平均厚さは、同じであってもよく、異なっていてもよい。
【0025】
また、本実施形態の被覆切削工具は、交互積層構造の平均厚さが、1.0μm以上8.0μm以下である。交互積層構造の平均厚さが、1.0μm以上であると、各層の粒子が粗粒化することにより、被覆切削工具の耐摩耗性が向上し、また、被覆切削工具の耐欠損性も良好となる。一方、交互積層構造の平均厚さが、8.0μm以下であると、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して被覆切削工具の耐欠損性が向上し、また、被覆切削工具の耐摩耗性も良好となる。同様の観点から、交互積層構造の平均厚さは1.2μm以上6.0μm以下であることが好ましく、1.4μm以上4.2μm以下であることがより好ましい。
【0026】
また、本実施形態の被覆切削工具は、交互積層構造における結晶粒の平均粒径が、0.1μm以上1.0μm以下であることが好ましい。交互積層構造における結晶粒の平均粒径が、0.1μm以上であると、粒子が粗粒化することにより、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する傾向にある。一方、交互積層構造における結晶粒の平均粒径が、1.0μm以下であると、粒子の脱落を起因とした欠損を抑制することができる。同様の観点から、交互積層構造における結晶粒の平均粒径は0.1μm以上0.9μm以下であることが好ましく、0.2μm以上0.8μm以下であることがより好ましい。
なお、本実施形態において、交互積層構造における結晶粒の平均粒径は、試料の写真において基材の表面と平行な方向に線を引き、この線の長さをこの線上に存在する結晶粒の数で除した値とする。具体的には、交互積層構造における結晶粒の平均粒径は、後述の実施例に記載の方法により測定することができる。また、交互積層構造における結晶粒は、式(1)で表される組成からなる化合物の結晶粒、式(2)で表される組成からなる化合物の結晶粒のいずれかを含むか、式(1)で表される組成からなる化合物の結晶粒及び式(2)で表される組成からなる化合物の結晶粒の両方が含まれる。
【0027】
本実施形態の被覆切削工具は、交互積層構造における組織形態が、柱状晶であることが好ましい。交互積層構造における組織形態が柱状晶であると、すきとり摩耗を抑制することができるため、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する傾向にある。
なお、本実施形態において、交互積層構造における結晶粒子のアスペクト比が1.2以上である場合を柱状晶とする。交互積層構造における結晶粒子のアスペクト比の上限は、特に限定されないが、交互積層の厚さを考慮すると、例えば、4.0以下である。
また、本実施形態において、アスペクト比は後述の実施例に記載の方法により測定することができる。
【0028】
本実施形態の被覆切削工具は、交互積層構造において、第1層と第2層との繰り返し数が、2回以上400回以下が好ましく、5回以上300回以下がより好ましく、7回以上200回以下がさらに好ましい。
なお、本実施形態において、第1層と、第2層とを1層ずつ形成した場合、「繰り返し数」は1回である。
【0029】
図1は、本実施形態の被覆切削工具の一例を示す模式断面図である。被覆切削工具8は、基材1と、その基材1の表面上に形成された被覆層7とを備える。被覆層7は、基材1側から、下部層4、交互積層構造6及び上部層5を有する。また、交互積層構造6において、第2層2と第1層3とをこの順で交互に3回繰り返し形成されている。
また、
図2は、本実施形態の被覆切削工具の別の一例を示す模式断面図である。被覆切削工具8は、基材1と、その基材1の表面上に形成された被覆層7とを備える。被覆層7は、基材1側から第2層2と第1層3とをこの順で交互に6回繰り返し形成した交互積層構造を有する。
【0030】
〔上部層〕
本実施形態に用いる被覆層は、交互積層構造における基材と反対側の表面に上部層を有してもよい。上部層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、式(1)で表される組成からなる化合物及び式(2)で表される組成からなる化合物を除く。)の単層又は積層であることが好ましい。上部層がこのような化合物の単層又は積層であると、耐摩耗性に一層優れるので、さらに好ましい。また、上記と同様の観点から、上部層は、Ti、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、式(1)で表される組成からなる化合物及び式(2)で表される組成からなる化合物を除く。)を含むとより好ましく、Ti、Nb、Ta、Cr、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物を含むとさらに好ましく、Ti、Cr、Al及びSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物を含むと特に好ましい。上部層に含まれる具体的な化合物としては、特に限定されないが、例えば、TiAlN、AlCrN、TiSiNが挙げられる。また、上部層は単層であってもよく2層以上の多層(積層)であってもよい。
【0031】
本実施形態に用いる被覆層において、上部層の平均厚さは、0.2μm以上3.0μm以下であることが好ましい。上部層の平均厚さが0.2μm以上であると、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する傾向にある。一方、上部層の平均厚さが3.0μm以下であると、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して被覆切削工具の耐欠損性が向上する傾向にある。同様の観点から、上部層の平均厚さは、0.3μm以上2.0μm以下であるとより好ましく、0.5μm以上1.5μm以下であるとさらに好ましい。
【0032】
〔下部層〕
本実施形態に用いる被覆層は、基材と、第1層及び第2層の交互積層構造との間に下部層を有すると好ましい。これにより、基材と被覆層との密着性が更に向上する傾向にある。その中でも、下部層は、上記と同様の観点から、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、式(1)で表される組成からなる化合物及び式(2)で表される組成からなる化合物を除く。)を含むと好ましく、Ti、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(ただし、式(1)で表される組成からなる化合物及び式(2)で表される組成からなる化合物を除く。)を含むとより好ましく、Ti、Ta、Cr、W、Al、Si、及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物を含むとさらに好ましく、Ti、Al及びSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物を含むと特に好ましい。下部層に含まれる具体的な化合物としては、特に限定されないが、例えば、TiN、TiAlN、TiAlSiNが挙げられる。また、下部層は単層であってもよく2層以上の多層であってもよい。
【0033】
本実施形態に用いる被覆層において、下部層の平均厚さは、0.2μm以上3.0μm以下であることが好ましい。下部層の平均厚さが0.2μm以上であると、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する傾向にある。一方、下部層の平均厚さが3.0μm以下であると、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して被覆切削工具の耐欠損性が向上する傾向にある。同様の観点から、下部層の平均厚さは、0.3μm以上1.0μm以下であるとより好ましく、0.3μm以上0.5μm以下であるとさらに好ましい。
【0034】
〔被覆層の製造方法〕
本実施形態の被覆切削工具における被覆層の製造方法は、特に限定されるものではないが、例えば、イオンプレーティング法、アークイオンプレーティング法、スパッタ法、及びイオンミキシング法などの物理蒸着法が挙げられる。物理蒸着法を使用して、被覆層を形成すると、シャープエッジを形成することができるので好ましい。その中でも、アークイオンプレーティング法は、被覆層と基材との密着性に一層優れるので、より好ましい。
【0035】
〔被覆切削工具の製造方法〕
本実施形態の被覆切削工具の製造方法について、以下に具体例を用いて説明する。なお、本実施形態の被覆切削工具の製造方法は、当該被覆切削工具の構成を達成し得る限り、特に制限されるものではない。
【0036】
まず、工具形状に加工した基材を物理蒸着装置の反応容器内に収容し、金属蒸発源を反応容器内に設置する。その後、反応容器内をその圧力が1.0×10-2Pa以下の真空になるまで真空引きし、反応容器内のヒーターにより基材をその温度が200℃~700℃になるまで加熱する。加熱後、反応容器内にArガスを導入して、反応容器内の圧力を0.5Pa~5.0Paとする。圧力0.5Pa~5.0PaのArガス雰囲気にて、基材に-500V~-350Vのバイアス電圧を印加し、反応容器内のタングステンフィラメントに40A~50Aの電流を流して、基材の表面にArガスによるイオンボンバードメント処理を施す。基材の表面にイオンボンバードメント処理を施した後、反応容器内をその圧力が1.0×10-2Pa以下の真空になるまで真空引きする。
【0037】
本実施形態に用いる下部層を形成する場合、基材をその温度が400℃~700℃になるまで加熱する。加熱後、反応容器内にガスを導入して、反応容器内の圧力を0.5Pa~5.0Paとする。ガスとしては、例えば、下部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物で構成される場合、N2ガスが挙げられ、下部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、N及びCとからなる化合物で構成される場合、N2ガスとC2H2ガスとの混合ガスが挙げられる。混合ガスの体積比率としては、特に限定されないが、例えば、N2ガス:C2H2ガス=95:5~85:15であってもよい。次いで、基材に-80V~-40Vのバイアス電圧を印加してアーク電流100A~200Aのアーク放電により各層の金属成分に応じた金属蒸発源を蒸発させて下部層を形成するとよい。
【0038】
本実施形態に用いる第1層を形成する場合、基材をその温度が300℃~800℃になるように制御し、C2H2ガスとN2ガスとの混合ガスを反応容器内に導入し、反応容器内の圧力を1.0Pa~10.0Paにする。混合ガスの体積比率としては、特に限定されないが、例えば、C2H2ガス:N2ガス=3:97~25:75であってもよい。その後、基材に-200V~-40Vのバイアス電圧を印加し、Ti蒸発源を80A~200Aとするアーク放電により蒸発させて、第1層を形成するとよい。
【0039】
本実施形態に用いる第2層を形成する場合、基材をその温度が300℃~800℃になるように制御する。なお、その基材の温度を、第1層を形成する際の基材の温度と同じにすると、第1層と第2層とを連続して形成することができるので好ましい。温度を制御した後、C2H2ガスとN2ガスとの混合ガスを反応容器内に導入し、反応容器内の圧力を1.0Pa~10.0Paにする。混合ガスの体積比率としては、特に限定されないが、例えば、C2H2ガス:N2ガス=3:97~25:75であってもよい。次いで、基材に-200V~-40Vのバイアス電圧を印加し、アーク電流80A~200Aのアーク放電により第2層の金属成分に応じた金属蒸発源を蒸発させて、第2層を形成するとよい。
【0040】
第1層と第2層とが交互にそれぞれ2層以上積層された交互積層構造を形成するには、Ti蒸発源及び金属蒸発源を上述した条件にて、交互にアーク放電により蒸発させることによって、各層を交互に形成するとよい。Ti蒸発源及び金属蒸発源のアーク放電時間をそれぞれ調整することによって、交互積層構造を構成する各層の厚さを制御することができる。
【0041】
第1層を形成する際、C2H2ガスの割合を大きくすると、式(1)で表される組成において、N元素の割合が小さくなり、C元素の割合(a)を大きくすることができる。また、第2層を形成する際、C2H2ガスの割合を大きくすると、式(2)で表される組成において、N元素の割合が小さくなり、C元素の割合(y)を大きくすることができる。
【0042】
本実施形態に用いる交互積層構造における結晶粒の平均粒径を所定の値にするには、上述の交互積層構造を形成する過程において、交互積層構造における各層の厚さ、交互積層構造におけるTi元素の比率、第1層及び/又は第2層におけるC元素の比率、第2層の厚さ、負のバイアス電圧を調整するとよい。より具体的には、交互積層構造における各層の厚さを小さくすると、交互積層構造における結晶粒の平均粒径が小さくなる傾向がある。また、交互積層構造におけるTi元素の比率を小さくすると、交互積層構造における結晶粒の平均粒径が小さくなる傾向がある。また、第1層及び/又は第2層におけるC元素の比率を大きくすると、交互積層構造における結晶粒の平均粒径が小さくなる傾向がある。また、第2層の厚さを大きくすると、交互積層構造における結晶粒の平均粒径が小さくなる傾向がある。また、負のバイアス電圧を高く(ゼロから遠い側)すると、交互積層構造における結晶粒の平均粒径が小さくなる傾向がある。
【0043】
本実施形態に用いる被覆層における金属元素全体の原子比の合計に対するTi元素の原子比を所定の値にするには、上述の交互積層構造を形成する過程において、交互積層構造における各層の厚さ、第2層におけるTi元素の比率を調整するとよい。より具体的には、交互積層構造における第1層の厚さを大きくする(第1層の占める割合を高くする)と、被覆層における金属元素全体の原子比の合計に対するTi元素の原子比が大きくなる傾向にある。また、第2層におけるTi元素の比率を大きくすると、被覆層における金属元素全体の原子比の合計に対するTi元素の原子比が大きくなる傾向にある。
【0044】
本実施形態に用いる交互積層構造における組織形態を柱状晶にする、すなわち、交互積層構造における結晶粒子のアスペクト比を1.2以上にするには、上述の交互積層構造を形成する過程において、交互積層構造における結晶粒の平均粒径、交互積層構造における平均厚さを調整するとよい。より具体的には、交互積層構造における結晶粒の平均粒径を小さくすると、交互積層構造における結晶粒子のアスペクト比が大きくなる傾向にある。また、交互積層構造における平均厚さを大きくすると、交互積層構造における結晶粒子のアスペクト比が大きくなる傾向にある。
【0045】
本実施形態に用いる上部層を形成する場合、上述した下部層と同様の製造条件により形成するとよい。すなわち、まず、基材をその温度が400℃~700℃になるまで加熱する。加熱後、反応容器内にガスを導入して、反応容器内の圧力を0.5Pa~5.0Paとする。ガスとしては、例えば、上部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物で構成される場合、N2ガスが挙げられ、上部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、N及びCとからなる化合物で構成される場合、N2ガスとC2H2ガスとの混合ガスが挙げられる。混合ガスの体積比率としては、特に限定されないが、例えば、N2ガス:C2H2ガス=95:5~85:15であってもよい。次いで、基材に-80V~-40Vのバイアス電圧を印加してアーク電流100A~200Aのアーク放電により各層の金属成分に応じた金属蒸発源を蒸発させて、上部層を形成するとよい。
【0046】
本実施形態の被覆切削工具における被覆層を構成する各層の厚さは、被覆切削工具の断面組織から、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)などを用いて測定することができる。なお、本実施形態の被覆切削工具における各層の平均厚さは、金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から、当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍における3箇所以上の断面から各層の厚さを測定して、その平均値(相加平均値)を計算することで求めることができる。
【0047】
また、本実施形態の被覆切削工具における被覆層を構成する各層の組成は、本実施形態の被覆切削工具の断面組織から、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)や波長分散型X線分析装置(WDS)などを用いて測定することができる。
【0048】
本実施形態の被覆切削工具は、少なくとも耐摩耗性及び耐欠損性に優れていることに起因して、従来よりも工具寿命を延長できるという効果を奏すると考えられる(ただし、工具寿命を延長できる要因は上記に限定されない)。本実施形態の被覆切削工具の種類として具体的には、フライス加工用又は旋削加工用刃先交換型切削インサート、ドリル、及びエンドミルなどを挙げることができる。
【実施例0049】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0050】
(実施例1)
基材として、CNMG120408-TSF(株式会社タンガロイ製)のインサート(54.0%Ti(C,N)-22.5%WC-6.8%NbC-1.0%Mo2C-0.7%ZrC-7.5%Co-7.5%Ni(以上質量%)の組成を有する超硬合金)を用意した。アークイオンプレーティング装置の反応容器内に、表1に示す各層の組成になるようTi蒸発源及び金属蒸発源を配置した。用意した基材を、反応容器内の回転テーブルの固定金具に固定した。
【0051】
その後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下の真空になるまで真空引きした。真空引き後、反応容器内のヒーターにより、基材をその温度が450℃になるまで加熱した。加熱後、反応容器内にその圧力が2.7PaになるようにArガスを導入した。
【0052】
圧力2.7PaのArガス雰囲気にて、基材に-400Vのバイアス電圧を印加して、反応容器内のタングステンフィラメントに40Aの電流を流して、基材の表面にArガスによるイオンボンバードメント処理を30分間施した。イオンボンバードメント処理終了後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下の真空になるまで真空引きした。
【0053】
発明品1~21については、真空引き後、基材をその温度が表2に示す温度(成膜開始時の温度)になるように制御し、C2H2ガスとN2ガスとの混合ガスを表2に示す体積比率で混合して反応容器内に導入し、反応容器内を表2に示す圧力に調整した。その後、基材に表2に示すバイアス電圧を印加して、表1に示す組成になるような第1層のTi蒸発源と、表1に示す組成になるような第2層の金属蒸発源とを表1に示す最下層が最初に基材の表面に形成されるような順序で交互に、表2に示すアーク電流のアーク放電により蒸発させて、第1層と第2層とを交互に形成し、交互積層構造を形成した。このとき表2に示す反応容器内の圧力になるよう制御した。また、第1層の厚さ及び第2層の厚さ、並びに交互積層構造の厚さは、表1に示す厚さとなるように、それぞれのアーク放電時間を調整して制御した。
【0054】
比較品1~12については、真空引き後、基材をその温度が表2に示す温度(成膜開始時の温度)になるように制御し、反応容器内を表2に示す圧力に調整し、ガスを反応容器内に導入した。ここで、比較品1、3~12については、C2H2ガスとN2ガスとの混合ガスを表2に示す体積比率で混合して反応容器内に導入し、比較品2については、N2ガスを反応容器内に導入した。その後、基材に表2に示すバイアス電圧を印加して、表1に示す組成になるような第1層のTi蒸発源と、表1に示す組成になるような第2層の金属蒸発源とを表1に示す最下層が最初に基材の表面に形成されるような順序で交互に、表2に示すアーク電流のアーク放電により蒸発させて、第1層と第2層とを交互に形成し、交互積層構造を形成した。このとき表2に示す反応容器内の圧力になるよう制御した。また、第1層の厚さ及び第2層の厚さ、並びに交互積層構造の厚さは、表1に示す厚さとなるように、それぞれのアーク放電時間を調整して制御した。
【0055】
基材の表面に表1に示す所定の平均厚さまで各層及び交互積層構造を形成した後に、ヒーターの電源を切り、試料温度が100℃以下になった後で、反応容器内から試料を取り出した。
【0056】
【0057】
【0058】
〔平均厚さ〕
得られた試料の各層の平均厚さは、被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、3箇所の断面をTEM観察し、各層の厚さを測定し、その平均値(相加平均値)を計算することで求めた。それらの結果を、表1に併せて示す。
【0059】
〔各層の組成〕
得られた試料の各層の組成は、被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から中心部に向かって50μmまでの位置の近傍の断面において、TEMに付属するEDSを用いて測定した。測定結果を、表1に示す。なお、表1の各層の金属元素の組成比は、各層を構成する金属化合物における金属元素全体に対する各金属元素の原子比を示す。また、各層の組成の測定結果から、被覆層における金属元素全体の原子比の合計に対するTi元素の原子比を算出した。結果を表3に示す。
【0060】
〔平均粒径、組織形態及びアスペクト比〕
得られた試料について、以下のとおり、市販の透過型顕微鏡(TEM)を用いて、交互積層構造における結晶粒の平均粒径を測定した。まず、集束イオンビーム(FIB)加工機を用いて、被覆層の交互積層構造における断面(被覆層の厚さを観察するときと同じ方向の断面:基材表面に対して垂直方向)を観察面とする薄膜の試料を作製した。作製した試料の観察面について走査透過電子像(STEM像)の写真を撮影した。撮影した写真の基材側から表面側に向かって交互積層構造の厚さの80%の位置において、基材の表面と平行な方向に直線を引き、この線上に存在する結晶粒の数を測定した。この直線の長さをこの線上に存在する結晶粒の数で除し、得られた値を交互積層構造における結晶粒の平均粒径とした。このとき、直線の長さを10μm以上とした。
また、交互積層構造における粒子のアスペクト比は、以下のとおり求めた。まず、
図3に示すとおり、平均粒径の測定に使用した結晶粒のうちの1つ結晶粒10において、直線20から表面側に向かって垂直方向の最大距離30と、直線20から基材側に向かって垂直方法の最大距離40との合計を長軸の長さ50とした。平均粒径の測定に使用した各結晶粒の長軸の長さを同様に求めて、これらの長軸の長さの平均値を平均粒径で除した値を交互積層構造における粒子のアスペクト比とした。
また、撮影した観察面の写真から、交互積層構造における組織形態を特定した。これらの測定結果を、表3に示す。
【0061】
【0062】
得られた試料を用いて、以下の切削試験1及び2を行い、評価した。
【0063】
[切削試験1(耐摩耗性試験)]
被削材:S45C
被削材形状:S45Cの丸棒
切削速度:250m/min
1刃あたりの送り:1.0mm/rev
切り込み深さ:0.2mm
クーラント:使用
評価項目:試料の逃げ面摩耗幅が0.2mmに至ったとき、又は試料が欠損(試料の切れ刃部に欠けが生じる)したときを工具寿命とし、工具寿命までの加工時間を測定した。工具寿命までの加工時間が長いほど耐摩耗性に優れると評価した。
【0064】
[切削試験2(耐欠損性試験)]
被削材:S45C
被削材形状:S45Cの側面に1本の溝が入っている丸棒
切削速度:150m/min
1刃あたりの送り:1.0mm/rev
切り込み深さ:0.1mm
クーラント:使用
評価項目:試料が欠損に至ったときを工具寿命とし、工具寿命までの衝撃回数を測定した。なお、衝撃回数は、試料と被削材とが接触した回数とし、試料が欠損に至った時点で試験を終了した。工具寿命までの衝撃回数が多いほど耐欠損性に優れると評価した。
【0065】
切削試験1(耐摩耗性試験)の工具寿命に至るまでの加工時間について、40分以上を「A」、30分以上40分未満を「B」、30分未満を「C」として評価した。また、切削試験2(耐欠損性試験)の工具寿命に至るまでの衝撃回数について、3000回以上を「A」、2000回以上3000回未満を「B」、2000回未満を「C」として評価した。この評価では、「A」が最も優れており、次に「B」が優れており、「C」が最も劣っていることを意味し、A又はBを多く有するほど切削性能に優れることを意味する。得られた評価の結果を表4に示す。
【0066】
【0067】
表4に示す結果より、発明品の切削試験1(耐摩耗性試験)及び切削試験2(耐欠損性試験)の評価は、どちらも「B」以上の評価であった。一方、比較品の評価は、切削試験1(耐摩耗性試験)及び切削試験2(耐欠損性試験)の両方又はいずれかが、「C」であった。よって、発明品の耐摩耗性及び耐欠損性は、比較品と比べて、総じて、より優れていることが分かる。
【0068】
以上の結果より、発明品は、耐摩耗性及び耐欠損性に優れる結果、工具寿命が長いことが分かった。
【0069】
(実施例2)
基材として、CNMG120408-TSF(株式会社タンガロイ製)のインサート(54.0%Ti(C,N)-22.5%WC-6.8%NbC-1.0%Mo2C-0.7%ZrC-7.5%Co-7.5%Ni(以上質量%)の組成を有する超硬合金)を用意した。アークイオンプレーティング装置の反応容器内に、表5に示す各層の組成になるようTi蒸発源及び金属蒸発源を配置した。用意した基材を、反応容器内の回転テーブルの固定金具に固定した。
【0070】
その後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下の真空になるまで真空引きした。真空引き後、反応容器内のヒーターにより、基材をその温度が450℃になるまで加熱した。加熱後、反応容器内にその圧力が2.7PaになるようにArガスを導入した。
【0071】
圧力2.7PaのArガス雰囲気にて、基材に-400Vのバイアス電圧を印加して、反応容器内のタングステンフィラメントに40Aの電流を流して、基材の表面にArガスによるイオンボンバードメント処理を30分間施した。イオンボンバードメント処理終了後、反応容器内をその圧力が5.0×10-3Pa以下の真空になるまで真空引きした。
【0072】
発明品21~25については、真空引き後、基材をその温度が表6に示す温度(成膜開始時の温度)になるまで加熱し、N2ガスを反応容器内に導入し、反応容器内を表6に示す圧力に調整した。その後、基材に表6に示すバイアス電圧を印加して、表6に示すアーク電流のアーク放電により表5に示す組成の金属蒸発源を蒸発させて、下部層を形成した。
【0073】
次いで、発明品21については、発明品1の交互積層構造の製造条件と同様にし、発明品22については、発明品16の交互積層構造の製造条件と同様にし、発明品23については、発明品17の交互積層構造の製造条件と同様にし、発明品24については、発明品18の交互積層構造の製造条件と同様にし、発明品25については、発明品19の交互積層構造の製造条件と同様にし、下部層の表面に第1層と第2層とを交互に形成し、交互積層構造を形成した。
【0074】
次いで、発明品21~25については、真空引き後、基材をその温度が表6に示す温度(成膜開始時の温度)になるまで加熱し、N2ガスを反応容器内に導入し、反応容器内を表6に示す圧力に調整した。その後、基材に表6に示すバイアス電圧を印加して、表6に示すアーク電流のアーク放電により表5に示す組成の金属蒸発源を蒸発させて、上部層を形成した。
【0075】
基材の表面に表5に示す所定の平均厚さまで各層を形成した後に、ヒーターの電源を切り、試料温度が100℃以下になった後で、反応容器内から試料を取り出した。
【0076】
【0077】
【0078】
【0079】
〔平均厚さ〕
得られた試料の各層の平均厚さは、被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、3箇所の断面をTEM観察し、各層の厚さを測定し、その平均値(相加平均値)を計算することで求めた。それらの結果を、表5に併せて示す。
【0080】
〔各層の組成〕
得られた試料の各層の組成は、被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から中心部に向かって50μmまでの位置の近傍の断面において、TEMに付属するEDSを用いて測定した。測定結果を、表5に示す。なお、表1の各層の金属元素の組成比は、各層を構成する金属化合物における金属元素全体に対する各金属元素の原子比を示す。また、各層の組成の測定結果から、被覆層における金属元素全体の原子比の合計に対するTi元素の原子比を算出した。結果を表8に示す。
【0081】
〔平均粒径、組織形態及びアスペクト比〕
得られた試料について、以下のとおり、市販の透過型顕微鏡(TEM)を用いて、交互積層構造における結晶粒の平均粒径を測定した。まず、集束イオンビーム(FIB)加工機を用いて、被覆層の交互積層構造における断面(被覆層の厚さを観察するときと同じ方向の断面:基材表面に対して垂直方向)を観察面とする薄膜の試料を作製した。作製した試料の観察面について走査透過電子像(STEM像)の写真を撮影した。撮影した写真の基材側から表面側に向かって交互積層構造の厚さの80%の位置において、基材の表面と平行な方向に直線を引き、この線上に存在する結晶粒の数を測定した。この直線の長さをこの線上に存在する結晶粒の数で除し、得られた値を交互積層構造における結晶粒の平均粒径とした。このとき、直線の長さを10μm以上とした。
また、交互積層構造における粒子のアスペクト比は、以下のとおり求めた。まず、
図3に示すとおり、平均粒径の測定に使用した結晶粒のうちの1つ結晶粒10において、直線20から表面側に向かって垂直方向の最大距離30と、直線20から基材側に向かって垂直方法の最大距離40との合計を長軸の長さ50とした。平均粒径の測定に使用した各結晶粒の長軸の長さを同様に求めて、これらの長軸の長さの平均値を平均粒径で除した値を交互積層構造における粒子のアスペクト比とした。
また、撮影した観察面の写真から、交互積層構造における組織形態を特定した。これらの測定結果を、表8示す。
【0082】
【0083】
得られた試料を用いて、実施例1と同じ切削試験1及び2を行い、評価した。
【0084】
切削試験1(耐摩耗性試験)の工具寿命に至るまでの加工時間について、40分以上を「A」、30分以上40分未満を「B」、30分未満を「C」として評価した。また、切削試験2(耐欠損性試験)の工具寿命に至るまでの衝撃回数について、3000回以上を「A」、2000回以上3000回未満を「B」、2000回未満を「C」として評価した。この評価では、「A」が最も優れており、次に「B」が優れており、「C」が最も劣っていることを意味し、A又はBを多く有するほど切削性能に優れることを意味する。得られた評価の結果を表9に示す。
【0085】
【0086】
表9に示す結果より、発明品の切削試験1(耐摩耗性試験)及び切削試験2(耐欠損性試験)の評価は、どちらも「B」以上の評価であった。したがって、発明品は、上部層及び/又は下部層を有したとしても、耐摩耗性及び耐欠損性に優れ、工具寿命が長くなっていることが分かる。
1…基材、2…第2層、3…第1層、4…下部層、5…上部層、6…交互積層構造、7…被覆層、8…被覆切削工具、10…平均粒径の測定に使用した結晶粒のうちの1つの結晶粒、20…平均粒径の測定に使用した直線の一部、30…結晶粒10における直線20から表面側に向かって垂直方向の最大距離、40…結晶粒10における直線20から基材側に向かって垂直方向の最大距離、50…長軸の長さ、60…基材。