(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023088553
(43)【公開日】2023-06-27
(54)【発明の名称】ストレス反応傾向の判定方法および判定試薬
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/68 20180101AFI20230620BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20230620BHJP
C12N 15/12 20060101ALI20230620BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20230620BHJP
C12Q 1/6883 20180101ALI20230620BHJP
【FI】
C12Q1/68
C12Q1/02 ZNA
C12N15/12
C12M1/00 A
C12Q1/6883 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021203358
(22)【出願日】2021-12-15
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り American Society of Human Genetics(ASHG)2021バーチャルミーティング(ウェビナー(ASHG 2021 Virtual Meeting platform)によるオンライン開催)でのポスター発表 開催日 令和3年10月18~22日 American Society of Human Genetics(ASHG)2021バーチャルミーティング予稿集(PrgmNr 2109) https://eventpilotadmin.com/web/planner.php?id=ASHG21 ウェブサイトの掲載日 令和3年9月8日
(71)【出願人】
【識別番号】514137252
【氏名又は名称】株式会社DeNAライフサイエンス
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石田 幸子
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
【Fターム(参考)】
4B029AA23
4B029AA27
4B029BB11
4B029BB20
4B029FA15
4B063QA07
4B063QA13
4B063QA19
4B063QA20
4B063QQ02
4B063QQ42
4B063QR32
4B063QR72
4B063QS25
(57)【要約】
【課題】一塩基多型をタイピングすることでストレス反応の傾向を判定する新規な方法を提供すること。
【解決手段】rs35775177、rs1779644、rs533737、rs10811987およびrs1324092からなる群より選択される一塩基多型または該一塩基多型と連鎖不平衡にある一塩基多型のタイピング結果とストレス反応傾向を関連付けることによりストレス反応傾向を判定することを特徴とする、ストレス反応傾向の判定方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
rs35775177、rs1779644、rs533737、rs10811987およびrs1324092からなる群より選択される一塩基多型または該一塩基多型と連鎖不平衡にある一塩基多型のタイピング結果と、ストレス反応傾向を関連付けることにより、ストレス反応傾向を判定することを特徴とする、ストレス反応傾向の判定方法。
【請求項2】
前記ストレス反応がイライラ感であり、前記一塩基多型がrs35775177または該一塩基多型と連鎖不平衡にある一塩基多型である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ストレス反応が睡眠ストレスであり、前記一塩基多型がrs533737、rs10811987または該一塩基多型と連鎖不平衡にある一塩基多型である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記ストレス反応が食欲低下であり、一塩基多型がrs1779644または該一塩基多型と連鎖不平衡にある一塩基多型である、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記ストレス反応が過食ストレスであり、一塩基多型がrs1324092または該一塩基多型と連鎖不平衡にある一塩基多型である、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
ストレス反応傾向の判定システムであって、
被験試料における一塩基多型のタイピング結果を入力するための手段;
ストレス反応傾向に関連する一塩基多型を設定するための手段;
該入力されたタイピング結果と該設定とに基づいて、ストレス反応傾向の強弱を判定する手段;および
判定結果を表示する手段;
を備え、
前記一塩基多型が、rs35775177、rs1779644、rs533737、rs10811987およびrs1324092からなる群より選択される一塩基多型または該一塩基多型と連鎖不平衡にある一塩基多型であり、
前記ストレス反応傾向に関連する一塩基多型の設定が、rs35775177ではGアレル;rs1779644ではGアレル;rs10811987ではTアレル;rs533737ではAアレル;およびrs1324092ではGアレル;並びに前記一塩基多型と連鎖不均衡の関係にある一塩基多型の対応アレルであり、
前記判定手段は、前記一塩基多型のタイピング結果が、前記ストレス反応傾向に関連する一塩基多型の設定の少なくとも1つに該当する場合にストレス反応傾向が強いと判定し、該当しない場合にストレス反応傾向が弱いと判定する、
前記判定システム。
【請求項7】
配列番号1~5のいずれかに示す塩基配列において、塩基番号51番目の塩基を含む15塩基以上の配列、又はその相補配列を有するポリヌクレオチドを含む、ストレス反応傾向判定用プローブ。
【請求項8】
配列番号1~5のいずれかに示す塩基配列において、塩基番号51番目の塩基を含む領域を増幅することのできるポリヌクレオチドを含む、ストレス反応傾向判定用プライマー。
【請求項9】
MTRF1L遺伝子またはMTRF1L遺伝子のプロモーターに連結されたレポーター遺伝子を発現する細胞に医薬候補物質を添加する工程、MTRF1L遺伝子またはレポーター遺伝子の発現量を測定する工程、及び前記発現量を低下させる物質を選択する工程を含む、入眠障害の予防薬又は治療薬をスクリーニングする方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ストレス反応傾向の判定方法および判定試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
現代社会においては人々は多くのストレスに曝されている。ストレスに対する反応の傾向をあらかじめ予測することができれば、ストレスに対する予防や緩和の措置をとることができるので有用である。
【0003】
ある種のストレスは遺伝的要因の影響を受けることが知られている。例えば、BMP2遺伝子の近傍の一塩基多型(SNP)がストレスに影響することが知られており(例えば、非特許文献1)、SNPの型でストレスに対する反応性を予測できることが知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】J Clin Psychiatry. 2016 Jan;77(1):e29-30.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、一塩基多型をタイピングすることで、ストレス反応の傾向を判定する新規な方法を提供することを課題とする。本発明はまた、遺伝子発現量を測定することで、ストレス反応(入眠障害)を治療又は予防するための薬剤のスクリーニング方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討を行った。その結果、rs35775177、rs1779644、rs533737、rs10811987およびrs1324092からなる群より選択される一塩基多型または該一塩基多型と連鎖不平衡にある一塩基多型がイライラ感や睡眠障害等のストレス反応の傾向に有意に相関することを見出し、これらのSNPをタイピングすることでストレス反応傾向を判定できることを見出した。また、MTRF1L遺伝子の発現量が入眠障害と関連し、MTRF1L遺伝子の発現量を低下させる化合物をスクリーニングすることで入眠障害の治療又は予防薬の候補物質が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
[1]rs35775177、rs1779644、rs533737、rs10811987およびrs1324092からなる群より選択される一塩基多型または該一塩基多型と連鎖不平衡にある一塩基多型のタイピング結果と、ストレス反応傾向を関連付けることにより、ストレス反応傾向を判定することを特徴とする、ストレス反応傾向の判定方法。
[2]前記ストレス反応がイライラ感であり、前記一塩基多型がrs35775177または該一塩基多型と連鎖不平衡にある一塩基多型である、[1]に記載の方法。
[3]前記ストレス反応が睡眠ストレスであり、前記一塩基多型がrs533737、rs10811987または該一塩基多型と連鎖不平衡にある一塩基多型である、[1]に記載の方法。
[4]前記ストレス反応が食欲低下であり、一塩基多型がrs1779644または該一塩基多型と連鎖不平衡にある一塩基多型である、[1]に記載の方法。
[5]前記ストレス反応が過食ストレスであり、一塩基多型がrs1324092または該一塩基多型と連鎖不平衡にある一塩基多型である、[1]に記載の方法。
[6]ストレス反応傾向の判定システムであって、
被験試料における一塩基多型のタイピング結果を入力するための手段;
ストレス反応傾向に関連する一塩基多型を設定するための手段;
該入力されたタイピング結果と該設定とに基づいて、ストレス反応傾向の強弱を判定する手段;および
判定結果を表示する手段;
を備え、
前記SNPが、rs35775177、rs1779644、rs533737、rs10811987およびrs1324092からなる群より選択される一塩基多型または該一塩基多型と連鎖不平衡にある一塩基多型であり、
前記ストレス反応傾向に関連する一塩基多型の設定が、rs35775177ではGアレル;rs1779644ではGアレル;rs10811987ではTアレル;rs533737ではAアレル;およびrs1324092ではGアレル;並びに前記一塩基多型と連鎖不均衡の関係にある一塩基多型の対応アレルであり、
前記判定手段は、前記一塩基多型のタイピング結果が、前記ストレス反応傾向に関連する一塩基多型の設定の少なくとも1つに該当する場合にストレス反応傾向が強いと判定し、該当しない場合にストレス反応傾向が弱いと判定する、
前記判定システム。
[7]配列番号1~5のいずれかに示す塩基配列において、塩基番号51番目の塩基を含む15塩基以上の配列、又はその相補配列を有するポリヌクレオチドを含む、ストレス反応傾向判定用プローブ。
[8]配列番号1~5のいずれかに示す塩基配列において、塩基番号51番目の塩基を含む領域を増幅することのできるポリヌクレオチドを含む、ストレス反応傾向判定用プライマー。
[9]MTRF1L遺伝子またはMTRF1L遺伝子のプロモーターに連結されたレポーター遺伝子を発現する細胞に医薬候補物質を添加する工程、MTRF1L遺伝子またはレポーター遺伝子の発現量を測定する工程、及び前記発現量を低下させる物質を選択する工程を含む、入眠障害の予防薬又は治療薬をスクリーニングする方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、ストレス反応の傾向を判定することができ、個人におけるストレス反応の生じやすさを予測でき、ストレス予防や緩和措置をとることができる。
また、本発明によれば、入眠障害の治療又は予防薬の候補物質をスクリーニングすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
<1>ストレス反応傾向判定方法
本発明の方法は、rs35775177、rs1779644、rs533737、rs10811987およびrs1324092から選択される一塩基多型(SNP)または該一塩基多型と連鎖不平衡にあるSNPのタイピング結果とストレス反応傾向を関連付けることにより、ストレス反応傾向を判定することを特徴とする。本発明において、「判定」とはストレス反応の傾向についての情報を提示すること、例えば、ストレス反応を生じやすい傾向にある、またはストレス反応を生じにくい傾向にある、という情報を提示することを意味する。
【0010】
ストレス反応傾向として具体的には、イライラ感、食欲低下、睡眠障害、及び過食ストレスが挙げられる。睡眠障害としては、入眠障害や日中の過度の眠気(熟眠障害)などが挙げられる。過食ストレスとしては、菓子などの買い置き行動などが挙げられる。
【0011】
本発明の方法は、いずれの人種の被験者に対しても適用することができるが、日本人や中国人等のアジア人の被験者や欧米人の被験者に好適に適用することができる。
【0012】
イライラ感を感じやすい傾向にあるかどうかの判定に有用なSNPとしては、rs35775177が挙げられる。ここで、rs番号は、National Center for Biotechnology Informationのd
bSNPデータベース(http//www.ncbi.nlm.nih.gov/projects/SNP/)の登録番号を示す。
【0013】
rs35775177はGRCh38のヒト第19染色体のp13.3領域のBSG遺伝子およびHCN2遺伝子近傍の連鎖不平衡ブロックに位置するSNPであり、GenBank Accession No. NC_000019.10の587919番目の塩基におけるアデニン(A)/グアニン(G)の多型を意味し、この塩基がGである場合はイライラ感を感じやすい傾向が強い。また、遺伝子型を考慮して解析した場合は、GG>GA>AAの順でイライラ感を感じやすい傾向が強い。よって、この塩基がGである被験者には、イライラ感を緩和する癒し製品やサプリメントや積極的に気分転換を促す行動の提案を行うことが考えられる。
【0014】
なお、rs35775177について、SNP塩基及びその前後50bpの領域を含む合計101bpの長さの配列を、配列番号1に示した。配列番号1における51番目の塩基が多型を有し、この塩基がAである場合はストレス反応傾向が強いと判定される。
【0015】
なお、本発明においては、上記塩基に相当する塩基が解析される。「上記塩基に相当する塩基」とは、ヒト染色体上の上記領域における該当塩基を意味する。すなわち、「上記塩基に相当する塩基を解析する」ことには、仮に人種の違いなどによって上記配列がSNP以外の位置で若干変化したとしても、上記領域における該当塩基を解析することが含まれる。
【0016】
また、本発明において解析する塩基は上記のものに限定されず、上記の塩基と連鎖不平衡にある塩基の多型を分析してもよい。ここで「上記の塩基と連鎖不平衡にある塩基」とは、上記の塩基と好ましくはr2>0.8、さらに好ましくはr2>0.9の関係を満たす塩基をいう。r2は連鎖不平衡係数である。連鎖不平衡にある塩基は、例えば、HapMapデータベース(http://www.hapmap.org/index.html.ja)等を用いて同定することができる。
【0017】
rs35775177と連鎖不平衡にある塩基として、具体的には、例えば、rs34144639、rs7507720、rs187882324、rs8107590、rs8104743、rs4552121、rs200235857、rs12611055、rs12609737、rs10413962、rs67945626、rs8259、rs4919812、rs4919864、rs12609751、rs12609750、rs8111125、rs372293671、rs72618586、rs113534512、rs542257702、rs3814894が挙げられる。
【0018】
食欲低下を起こしやすい傾向にあるかどうかの判定に有用なSNPとしては、rs1779644が挙げられる。
【0019】
rs1779644はGRCh38のヒト第10染色体p14領域のPRPF38AP1遺伝子とLINC00708遺伝子の間の領域に位置するSNPであり、GenBank Accession No. NC_000010.11の8191935番目の塩基におけるグアニン(G)/チミン(T)の多型を意味し、この塩基がGである場合は食欲低下を起こしやすい傾向が強い。また、遺伝子型を考慮して解析した場合は、GG>GT>TTの順で食欲低下を起こしやすい傾向が強い。よって、この塩基がGである被験者には、食欲を向上させるサプリメントなどを提案することが考えられる。
【0020】
なお、rs1779644について、SNP塩基及びその前後50bpの領域を含む合計101bpの長さの配列を、配列番号2に示した。配列番号2における51番目の塩基が多型を有し、この塩基がGである場合は食欲低下を起こしやすい傾向が強いと判定される。
【0021】
rs1779644と連鎖不平衡にある塩基として、具体的には、例えば、rs1779645、rs1779647、rs1796872、rs1779643、rs2489248、rs1361313、rs1416563、rs35409436が挙げられる。
【0022】
睡眠障害を起こしやすい傾向にあるかどうかの判定に有用なSNPとしては、rs10811987およびrs533737が挙げられる。睡眠障害のうち、rs10811987は日中に過度の眠気を感じる睡眠障害(熟眠障害)に相関し、rs533737は入眠障害に相関する。
【0023】
rs10811987はGRCh38のヒト第9染色体p21.3領域のRP11-321L2.1遺伝子とRP11-321L2.2遺伝子の間の領域に位置するSNPであり、GenBank Accession No. NC_ 000009.12の23871889番目の塩基におけるシトシン(C)/チミン(T)の多型を意味し、この塩基がTである場合は熟眠障害を発症する傾向が強い。また、遺伝子型を考慮して解析した場合は、TT>TC>CCの順で熟眠障害を発症する傾向が強い。よって、この塩基がTである被験者には、熟眠障害を改善するサプリメント等を提案することが考えられる。
【0024】
なお、rs10811987について、SNP塩基及びその前後50bpの領域を含む合計101bpの長さの配列を、配列番号3に示した。配列番号3における51番目の塩基が多型を有し、この塩基がTである場合は熟眠障害を発症する傾向が強いと判定される。
【0025】
rs10811987と連鎖不平衡にある塩基としては、rs528394、rs1626477、rs2383296、rs10811988、rs10811993、rs1376138、rs1817037、rs10738686、rs2122537、rs10811998、rs10811990、rs10811989、rs10738685、rs10966133、rs12683995、rs11515276、rs2027523、rs7044269、rs10812001、rs7875041、rs10812002、rs10812003、rs10966149、rs10966151、rs10811991、rs7467812、rs10966119、rs527885、rs10966120、rs1528049、rs78134254、rs553556、rs7037042、rs10966135、rs7858335が挙げられる。
【0026】
rs533737はGRCh38のヒト第6染色体のq25.2領域のVIP遺伝子とRP1-200K18.1遺伝子の間の領域に位置するSNPであり、GenBank Accession No. NC_000006.12の152787153番目の塩基におけるグアニン(G)/アデニン(A)の多型を意味し、この塩基がAである場合は入眠障害を発症する傾向が強い。また、遺伝子型を考慮して解析した場合は、AA>AG>GGの順で入眠障害を発症する傾向が強い。よって、この塩基がAである被験者には、入眠障害を改善するサプリメント等を提案することが考えられる。
【0027】
なお、rs533737について、SNP塩基及びその前後50bpの領域を含む合計101bpの長さの配列を、配列番号4に示した。配列番号4における51番目の塩基が多型を有し、この塩基がAである場合は睡眠障害を発症する傾向が強いと判定される。
【0028】
rs533737と連鎖不平衡にある塩基として、具体的には、例えば、rs9479392、rs35832525、rs77280203、rs78118301、rs7764723、rs9478360、rs9479396、rs13437576、rs148714252、rs7738925、rs6899558、rs9478358、rs7759363、rs9479402、rs76223855、rs9478361、rs200438260、rs11340348、rs500841、rs500762、rs36085354、rs75284686、rs79213203、rs661461、rs641110が挙げられる。
【0029】
過食ストレスを起こしやすい傾向にあるかどうかの判定に有用なSNPとしては、rs1324092が挙げられる。過食ストレスとしては、お菓子などの買い置き行動が挙げられる。
【0030】
rs1324092はGRCh38のヒト第6染色体のq14.3領域のKIAA1009遺伝子とRP1-90L14.1遺伝子の間の領域に位置するSNPであり、GenBank Accession No. NC_000006.12の84282547番目の塩基におけるグアニン(G)/チミン(T)の多型を意味し、この塩基がGである場合は過食ストレスを感じやすい傾向が強い。また、遺伝子型を考慮して解析した場合は、GG>GT>TTの順で過食ストレスを感じやすい傾向が強い。よって、この塩基がGである被験者には、ストレス緩和の製品や積極的に気分転換を促す行動を提案することが考えられる。
【0031】
なお、rs1324092について、SNP塩基及びその前後50bpの領域を含む合計101bp
の長さの配列を、配列番号5に示した。配列番号5における51番目の塩基が多型を有し、この塩基がGである場合は過食ストレスを感じやすい傾向が強いと判定する。
【0032】
rs1324092と連鎖不平衡にある塩基として、具体的には、例えば、rs7767211、rs34053687、rs13200720、rs79549621、rs59203163が挙げられる。
【0033】
上記SNPをタイピングし、得られたタイピング結果を上記のような基準に基づいてストレス反応傾向と関連付けることにより、ストレス反応傾向を判定することができる。
以下に、各SNPとストレス反応の関連付けの基準をまとめる。
1)rs35775177はアレルがGである場合はイライラ感を感じやすい傾向が強いという基準
2)rs1779644はアレルがGである場合は食欲低下を起こしやすい傾向が強いという基準
3)rs10811987はアレルがTである場合は熟眠障害を発症する傾向が強いという基準
4)rs533737はアレルがAである場合は入眠障害を発症する傾向が強いという基準
5)rs1324092はアレルがGである場合は過食ストレスを生じやすい傾向が強いという基準
【0034】
本発明の方法は、SNPの型(塩基)を調べるタイピング工程を含んでもよい。ただし、あらかじめ決定されたSNPの型に基づいてストレス反応傾向を判定することができるので、SNPの型を調べる工程は必須ではない。
SNPの塩基の型を調べる方法を以下に説明する。
【0035】
上記SNPは単独で解析されてもよいし、複数まとめて解析してもよい。例えば、上記SNPの複数をまとめて解析してもよいし、上記SNPの少なくとも1つと、ストレス反応傾向と関連する既知のSNPや当該既知のSNPと連鎖不平衡にあるSNPsとを組み合わせて解析してもよい。ストレス反応傾向と関連する複数のSNPsをまとめて解析すれば、ストレス反応傾向の検査の精度が向上する。なお、いずれのSNPも、二本鎖DNAのどちらの鎖を解析してもよい。例えば、各配列はセンス鎖を解析してもよいし、アンチセンス鎖を解析してもよい。
【0036】
SNPの解析に用いる試料は、染色体DNAを含む試料であれば特に制限されない。SNPの解析に用いる試料としては、例えば、血液、尿、髄液等の体液、子宮頸部や口腔粘膜などの細胞、毛髪等の体毛などが挙げられる。SNPの解析にはこれらの試料を直接使用することもできるが、これらの試料から染色体DNAを常法により単離し、これを用いて解析することが好ましい。
【0037】
SNPの解析は、通常の遺伝子多型解析方法によって行うことができる。例えば、シークエンス解析、PCR、ハイブリダイゼーション、インベーダー法などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0038】
シークエンス解析は通常の方法により行うことができる。具体的には、多型を示す塩基の5’側 数十塩基の位置に設定したプライマーを使用してシークエンス反応を行い、その解析結果から、該当する位置がどの種類の塩基であるかを決定することができる。なお、シークエンス反応の前に、あらかじめSNP部位を含む断片をPCRなどによって増幅しておくことが好ましい。
【0039】
また、SNPの解析は、PCRによる増幅の有無を調べることによって行うことができる。例えば、多型を示す塩基を含む領域に対応する配列を有し、かつ、3’末端が各多型に対応するプライマーをそれぞれ用意する。それぞれのプライマーを使用してPCRを行い、増幅産物の有無によってどのタイプの多型であるかを決定することができる。また、LAMP法、などの等温増幅法や単鎖増幅法を用いてもよい。
【0040】
また、ハイブリダイゼーションの有無を調べることによって多型の種類を解析することも可能である。すなわち、各塩基に対応するプローブを用意し、いずれのプローブにハイブリダイズするかを調べることによってSNPがいずれの塩基であるかを調べることもできる。
【0041】
このようにしてSNPがいずれの塩基であるかを決定することで、ストレス反応傾向を検査するためのデータを得ることができる。
本発明の方法により判定された結果は、必要に応じて医師等に提供される。結果を提供された医師等は、ストレスを予防したり緩和する措置をとることができる。また、判定結果は被験者に提供され、ストレスを予防したり緩和したりするためのサプリメントやプログラムなどが提案されてもよい。
【0042】
<2>ストレス反応傾向判定システム
本発明はまた、被験者がストレス反応傾向が強いかどうかについて判定するための、ストレス反応傾向判定システムを提供する。
当該システムは、被験試料におけるSNPのタイピング結果を入力するための手段;
ストレス反応傾向に関連するSNPを設定するための手段;
該入力されたタイピング結果と、あらかじめ記憶されたストレス反応傾向とSNPのタイプの関連付け設定とに基づいて、被験者のストレス反応傾向の強弱を判定する手段;および判定結果を表示する手段を備える。この判定システムは、被験試料においてSNPをタイピングするための手段をさらに含んでもよい。
【0043】
具体的には、ストレス反応傾向の判定システムは、
被験試料における一塩基多型(SNP)のタイピングの結果を入力するための手段;
ストレス反応傾向に関連するSNPを設定するための手段;
該入力されたタイピング結果と該設定とに基づいて、ストレス反応傾向の強弱を判定する手段;および
判定結果を表示する手段;
を備え、
前記SNPが、rs35775177、rs1779644、rs533737、rs10811987およびrs1324092からなる群より選択されるSNPまたは該SNPと連鎖不平衡にあるSNPであり、
前記ストレス反応傾向に関連するSNPの設定が、rs35775177ではGアレル;rs1779644ではGアレル;rs10811987ではTアレル;rs533737ではAアレル;およびrs1324092ではGアレル;並びにこれらの連鎖不均衡の関係にある一塩基多型の対応アレルであり、
前記判定手段は、前記SNPのタイピング結果が、前記ストレス反応傾向に関連するSNPの設定の少なくとも1つに該当する場合にストレス反応傾向が強いと判定し、そして該当しない場合にストレス反応傾向が弱いと判定する。
【0044】
各SNPに対する具体的なストレス反応としては、上述したとおりであるが、下記のようにストレス反応傾向の強弱それぞれのアレルを設定してもよい。
1)rs35775177は塩基がGである場合はイライラ感を感じやすい傾向が強い、Gである場合はイライラ感を感じやすい傾向が弱い(イライラ感を感じにくい)
2)rs1779644は塩基がGである場合は食欲低下を起こしやすい傾向が強い、Tである場合は食欲低下を起こしやすい傾向が弱い(食欲低下を起こしにくい)
3)rs10811987は塩基がTである場合は熟眠障害を発症する傾向が強い、Cである場合は熟眠障害を発症する傾向が弱い(熟眠障害を発症しにくい)
4)rs533737は塩基がAである場合は入眠障害を発症する傾向が強い、Gである場合は入眠障害を発症する傾向が弱い(入眠障害を発症しにくい)
5)rs1324092は塩基がGである場合は過食ストレスを生じやすい傾向が強い、Tである場合は過食ストレスを生じやすい傾向が弱い(過食ストレスを生じにくい)
【0045】
上記のSNPのタイピング手段によって得られた結果は、被験試料におけるSNPのタイピングの結果を入力するための手段によって、コンピュータなどに手動でまたは自動的に入力される。入力された結果は、ストレス反応傾向に関連するSNPを設定するための手段により予め設定されたストレス反応傾向の強いアレルと比較および/または照合する判定手段によって、ストレス反応傾向の強弱について判定され、判定結果が表示される。これらの手段は、例えば、コンピュータやコンピュータで作動するソフトウエアプログラムであり得る。
なお、ストレス反応傾向の判定システムは、さらに、ストレス反応傾向の判定結果に基づき、ストレスを予防したり緩和したりするための情報を提供するための手段を備えてもよい。例えば、イライラ感を感じやすい傾向にあると判定されたときに、イライラ感を予防したり緩和したりするためのサプリメントやアクティビティの情報の提供をする手段が挙げられる。このような情報はあらかじめストレス反応傾向に関連するSNPと関連付けて設定されていてもよい。
【0046】
なお、SNPのタイピングは、1つのSNPのみについて行ってもよく、判定の精度の向上を考慮すると、2以上のSNPについて行われることが好ましい。したがって、ストレス反応傾向に関連するSNPの設定は複数SNPについて設定がなされていることが好ましい。
【0047】
<3>ストレス反応傾向検査用試薬
本発明はまた、ストレス反応傾向を判定するためのプライマーやプローブなどの検査試薬を提供する。このようなプローブとしては、上記SNP部位を含み、ハイブリダイズの有無によってSNP部位の塩基の種類を判定できるプローブが挙げられる。具体的には、配列番号1~5のいずれかに示す塩基配列の51番目の塩基を含む配列、又はその相補配列を有する15塩基以上の長さのポリヌクレオチドからなるプローブや、当該塩基と連鎖不平衡の関係にある塩基を含む配列、又はその相補配列を有する15塩基以上の長さのポリヌクレオチドからなるプローブが挙げられる。なお、「当該塩基と連鎖不平衡の関係にある塩基」及びその前後の領域の塩基配列は、例えば、National Center for Biotechnology InformationのdbSNPデータベース(http//www.ncbi.nlm.nih.gov/projects/SNP/)から取得できる。プローブとしてのポリヌクレオチドの長さは好ましくは、15~35塩基であり、より好ましくは20~35塩基である。
【0048】
また、プライマーとしては、上記SNP部位を増幅するためのPCRに用いることのできるポリヌクレオチドからなるプライマー、又は上記SNP部位を配列解析(シークエンシング)するために用いることのできるポリヌクレオチドからなるプライマーが挙げられる。具体的には、配列番号1~5のいずれかに示す塩基配列の51番目の塩基を含む領域を増幅したりシークエンシングしたりすることのできるポリヌクレオチドからなるプライマーや、当該塩基と連鎖不平衡の関係にある塩基を含む領域を増幅したりシークエンシングしたりすることのできるポリヌクレオチドからなるプライマーが挙げられる。このようなプライマーとしてのポリヌクレオチドの長さは15~50塩基が好ましく、15~35塩基がより好ましく、20~35塩基がさらに好ましい。
【0049】
上記SNP部位をシークエンシングするためのプライマーとしては、上記塩基の5’側領域、好ましくは30~100塩基上流の配列を有するポリヌクレオチドからなるプライマーや、上記塩基の3’側領域、好ましくは30~100塩基下流の領域に相補的な配列を有するポリヌクレオチドからなるプライマーが例示される。PCRによる増幅の有無で多型を判定するために用いるプライマーとしては、上記塩基を含む配列を有し、上記塩基を3’側に含むポリヌクレオチドからなるプライマーや、上記塩基を含む配列の相補配列を有し、上記塩基の相補塩基を3’側に含むポリヌクレオチドからなるプライマーなどが例
示される。
【0050】
なお、本発明の検査用試薬はこれらのプライマーやプローブに加えて、PCR用のポリメラーゼやバッファー、ハイブリダイゼーション用試薬などを含むものであってもよい。
【0051】
<4>入眠障害の予防薬又は治療薬のスクリーニング方法
本発明においては、後述のとおり、rs533737のリスクアレル(A)がMTRF1L発現の増加を引き起こし、MTRF1L 発現の増加が入眠障害に影響する可能性があることが示唆された。したがって、MTRF1Lの発現を低下させる活性を指標にして薬剤をスクリーニングすることにより、入眠障害の予防薬又は治療薬の候補物質を得ることができる。
【0052】
MTRF1Lはミトコンドリアにおける翻訳に関与するタンパク質であり(Mol.Cell.2007. Sep 7;27(5):745-57., Genes to Cells,2008. May;13(5):429-38.)、MTRF1L遺伝子として、具体的には、例えば、GenBank Accession No. NC_000006.12に登録されている152987362~153003439の領域が挙げられる。
【0053】
すなわち、本発明のスクリーニング方法としては、MTRF1L遺伝子またはMTRF1L遺伝子のプロモーターに連結されたレポーター遺伝子を発現する細胞に被検物質を添加する工程、MTRF1L遺伝子またはレポーター遺伝子の発現量を測定する工程、及び前記発現量を低下させる物質を選択する工程を含む、入眠障害の予防薬又は治療薬のスクリーニング方法が挙げられる。
【0054】
例えば、被検物質の存在下の細胞において、MTRF1L遺伝子またはレポーター遺伝子の発現量が被検物質非存在下と比べて低下する場合に、当該被検物質を入眠障害の予防薬又は治療薬の候補物質として選択することができる。
【0055】
MTRF1L遺伝子を発現する細胞としては、マウスやヒトなどの哺乳動物細胞が挙げられ、例えば、組織の細胞であれば上皮細胞や線維芽細胞、培養細胞であればHeLA細胞等の細胞を用いることができる。
【0056】
MTRF1L遺伝子のプロモーターに連結されたレポーター遺伝子を用いる場合、MTRF1L遺伝子のプロモーターとしては、転写開始点の上流約2kbpを含む領域が好ましく、上流約5kbpを含む領域がより好ましい。プロモーターの配列情報はそれぞれGenBank Accession No.NC_000006.12の152987362~153003439のMTRF1L遺伝子の上流領域より入手できる。
【0057】
レポーター遺伝子としては、ルシフェラーゼ遺伝子、GFP遺伝子、クロラムフェニコー
ルアセチルトランスフェラーゼ遺伝子などが例示できる。これらのレポーター遺伝子をMTRF1L遺伝子のプロモーターに連結し、これを哺乳類細胞に遺伝子を導入するために用いられるプラスミドに組み込み、リポフェクションなどの通常の方法にて細胞にトランスフェクションする。
【0058】
上記のようなMTRF1L遺伝子を発現する細胞、又はレポーター遺伝子が導入された細胞に医薬候補物質を添加し、MTRF1L遺伝子またはレポーター遺伝子の発現量を測定する。
【0059】
医薬候補物質としては特に制限はなく、例えば、低分子合成化合物であってもよいし、天然物に含まれる化合物であってもよい。また、ペプチドや核酸であってもよい。スクリーニングには個々の候補物質を用いてもよいが、これらの物質を含む化合物ライブラリーを用いてもよい。候補物質の中から、MTRF1L遺伝子又はレポーター遺伝子の発現量を(非添加時と比べて)低下させるものを選択することにより、入眠障害の予防薬又は治療薬と
なりうる物質を得ることができる。
【0060】
MTRF1L遺伝子の発現量はRT-PCR、定量PCR、ノーザンブロット、ELISA、Western blotting、In situ hybridization、免疫組織染色などの方法により測定することができる。レポーター遺伝子の発現量はレポーター遺伝子の種類にもよるが、蛍光強度や発光強度、放射能強度などによって測定することができる。
【実施例0061】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例の態様には限定されない。
【0062】
<方法>
被験者は、遺伝子検査MYCODE(DeNAライフサイエンス)の会員のうち、遺伝情報やアンケート情報等を用いて実施する研究への参加について書面によるインフォームド・コンセントの得られた者である。MYCODEのページで実施する任意のウェブアンケートによって、ストレス反応や食行動に関する個人の回答を取得した。
【0063】
SNP解析のための試料として唾液を用いた。MagaZorb DNA Mini-Prep Kit(Promega社)を用いて試料からDNAを抽出・精製した。
SNPの遺伝子型の解析は、イルミナ社の、Human OmniExpress-24+ BeadChipおよびInfinium OmniExpress-24+ BeadChipを用いて行った。DNAを増幅・断片化した後に、マイクロアレイ(ビーズチップ)上で断片化DNAとビーズ上のDNAとのハイブリダイゼーションを行い、ビーズチップに結合したDNAを蛍光標識して解析する方法である。
【0064】
SNPのクオリティコントロールとして、コール率(call rate)0.99未満を有するSNP、ハーディー・ワインバーグ平衡(HWE)より逸脱するSNP(p < 10-6)、性染色体上のSNP、およびSNPのminor allele frequency(MAF)が0.01未満のSNPを排除した。
【0065】
SNPクオリティコントロール後の492,209の常染色体上のSNPを用いて、ウェブアンケート回答の得られた61,728名を対象に被験者のクオリティコントロールを行った。identical by descent (IBD)の割合> 0.1875の近縁ペアの内一方の被験者の除去、コール率(call
rate)0.95以下の被検者の除去、自己申告の性別と遺伝子型から判定される性別が一致しなかった被験者の除外を行った。
更に、日本人クラスターに属さない外れ値を有する人を特定するために、1000 Genomes
Project phase 3(1KGP)の東アジアサンプル(N=504)を用いて主成分分析を行い、得られた第1主成分および第2主成分による主成分空間に被験者データを写像した上で、日本人(JPT)クラスターから大きく外れる被験者を除外した。最終的に55,551名が残された。
【0066】
SNPクオリティコントロール後の492,209のSNP は、Eagleを用いてフェージングされた後、minimac3を用いて遺伝子型のインピュテーションを実施した。参照パネルとして1000
Genomes Project phase 3(1KGP; N=2,504)の日本人(JPT; N=104)データに由来する個体を使用した。
【0067】
5つのSNPs(rs35775177、rs1779644、rs533737、rs10811987およびrs1324092)は、インピュテーションのクオリティコントロールである精度基準(Rsq≧0.7)を満たしていた。更に、日本人集団の遺伝子多型の最大の公開データベースである東北メディカル・メガバンク機構の8.3KJPTサンプルとのアレル頻度の違いは認められず(p≧0.05, Chi-Square
test)、高品質のデータであることが確認された。
【0068】
常染色体上にあり、MAFが0.05以上の最大5,164,043 SNPを用いて、ウェブアンケートにより各表現型データの得られた被験者数を対象に、各表現型のゲノムワイド関連解析(Genome Wide Association Study; GWAS)を実施した。PLINKを用いて、マイナーアレルに対する相加モデルを仮定したロジスティック回帰解析により、各SNPと表現型の相関を解析した。共変量として、性別、年齢、遺伝情報の主成分分析に基づく第1および第2主成分を指定した。
【0069】
ストレス反応_イライラ感
イライラ感に関しては、「怒りを感じる」、「内心腹立たしい」、「イライラしている」の3つの項目について、ほとんどなかった、ときどきあった、しばしばあった、ほとんどいつもあった、の4段階でアンケートを取り、これら3つの項目から統合スコアを算出し、スコアの低い方から10%までの者をcaseとして、それ以外をcontrolの二値データに変換したロジスティック回帰解析を実施した。
全体31,162人のうち、7,351 case対23,811 controlで合計5,163,271SNPsを解析したところ、rs35775177がP値4.63E-09、オッズ比1.13でイライラ感と有意に相関した(リスクアレルA)。
【0070】
ストレス反応_食欲低下
食欲低下について、ほとんどなかった、ときどきあった、しばしばあった、ほとんどいつもあったの4段階でアンケートを取り、「しばしばあった」「ほとんどいつもあった」と回答した者をcaseとして、それ以外をcontrolの二値データに変換したロジスティック回帰解析を実施した。
全体31,195人のうち、1,354 case対29,841 controlで合計5,163,271 SNPsを解析したところ、rs1779644がP値1.14E-09、オッズ比1.48で食欲低下と有意に相関した(リスクアレルG)。
【0071】
ストレス反応_睡眠愁訴_日中の過度の眠気(熟眠障害)
熟眠障害に関して、「日中激しい眠気に襲われる」という設問に「Yes」、「No」でアンケートを取り、Yesをcaseとして、Noをcontrolの二値データに変換したロジスティック回帰解析を実施した。
全体30,422人のうち、7,637case対22,785controlで合計5,163,271 SNPsを解析したところ、rs10811987がP値3.20E-08、オッズ比0.894で熟眠障害と有意に相関した(リスクアレルT)。
【0072】
ストレス反応_睡眠愁訴_入眠障害
入眠障害に関して、「布団に入ってもなかなか寝付けない」という設問に「Yes」、「No」でアンケートを取り、Yesをcaseとして、Noをcontrolの二値データに変換したロジスティック回帰解析を実施した。
全体30,422人のうち、5,431case対24,991controlで合計5,163,271 SNPsを解析したところ、rs533737がP値2.25E-10、オッズ比0.864で入眠障害と有意に相関した(リスクアレルA)。
【0073】
ストレス反応_菓子などの買い置き行動
過食ストレスに関して、「お菓子などを買い置きしてしまう」という設問に「Yes」、「No」でアンケートを取り、Yesをcaseとして、Noをcontrolの二値データに変換したロジスティック回帰解析を実施した。
全体26,739人のうち、10,177case対16,562controlで合計5,163,271 SNPsを解析したところ、rs1324092がP値4.04E-08、オッズ比1.24で過食ストレスと有意に相関した(リスクアレルG)。
【0074】
考察
ストレス反応_イライラ感
19p13.3領域がイライラ感に関連したが、この領域は、BSG遺伝子の下流およびHCN2遺伝子の上流に位置する。
リードSNP; rs35775177と連鎖不平衡状態にあるSNPの中には、HCN2遺伝子のミスセンス変異SNP;rs113534512(連鎖不平衡係数R2 = 0.733, LDproxy Tool)が含まれ、イライラ感と関連傾向を示した(P=1.75E-06)。rs113534512によるHCN2の機能的な変化については不明である。
HCN2は静止膜電位の調整に関わっており、神経の興奮性に重要な役割を担う(Ludwig A, et al., Absence epilepsy and sinus dysrhythmia in mice lacking the pacemaker channel HCN2. EMBO J 22: 216-224. 2003.).
また、HCN2の変異は熱性けいれんや全般てんかんへの関与が報告されている(Online Mendelian Inheritance in Man (OMIM), *613542, https://www.omim.org/)。
“イライラは、特に認知症の症状として研究が行われてきた。攻撃性は、大脳辺縁系において抑制系であるγアミノ酪酸(GABA)神経系の低下、興奮系であるグルタミン酸系やアセチルコリン系の亢進、前頭葉皮質におけるセロトニン系の低下、ドパミン、ノルアドレナリン系の亢進などが関わっていると考えられている(高橋智、老年精神医学雑誌 2011;22:115-20.)”
idiopathic generalized epilepsy の患者において、HCN2の機能喪失型の変異が、神経の興奮性を亢進することが報告されている(Jacopo C DiFrancesco, et al., Recessive loss-of-function mutation in the pacemaker HCN2 channel causing increased neuronal excitability in a patient with idiopathic generalized epilepsy, J Neurosci. 2011. 31(48):17327-37.)
以上から、rs35775177のGアレルを保有することが、HCN2の機能低下をもたらし、イライラ感を有する可能性を高めていることが推測される。
【0075】
ストレス反応_睡眠愁訴_入眠障害
入眠障害に関連する領域として6q25.2(p = 2.3E-10)の関連が認められた。
リードSNP(rs533737)をeQTL検索したところ(GTEx Analysis Release V8)、多くの組織でMTRF1Lの発現量を制御することが示唆された。
Knockdown of MTRF1L reportedly increased mitochondrial production of reactive oxygen species (ROS)(Soleimanpour-Lichaei, H. R. et al., mtRF1a is a human mitochondrial translation release factor decoding the major termination codons UAA and UAG. Molec. Cell 27: 745-757, 2007).
以上から、rs533737のGアレルを有することで、MTRF1Lの発現低下をもたらし、定常状態でミトコンドリアでのROS産生能を亢進することが、入眠障害を有することに対して保護的に働くことが推測される。
MTRF1Lは、欧米人を対象としたGWASから睡眠とも深く関わる概日リズムとの関連が報告されており(Youna Hu, et al., GWAS of 89,283 individuals identifies genetic variants associated with self-reporting of being a morning person. Nat Commun.7: 10448. 2016.)、rs533737のMTRF1Lを介した入眠障害との関連をサポートする。