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特開2023-88584ヒト肝癌細胞シート及びヒト肝癌細胞の培養方法
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  • 特開-ヒト肝癌細胞シート及びヒト肝癌細胞の培養方法 図1
  • 特開-ヒト肝癌細胞シート及びヒト肝癌細胞の培養方法 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023088584
(43)【公開日】2023-06-27
(54)【発明の名称】ヒト肝癌細胞シート及びヒト肝癌細胞の培養方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/09 20100101AFI20230620BHJP
【FI】
C12N5/09
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021203405
(22)【出願日】2021-12-15
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 2021年1月、細胞アッセイ研究会2020年シンポジウム細胞アッセイ技術の現状と将来・要旨集 2021年1月26日、細胞アッセイ研究会2020年シンポジウム 2021年3月11日~13日、第20回日本再生医療学会総会 2021年6月3日、第28回HAB研究機構学術年会 プログラム・要旨集 2021年6月3日~4日、第28回HAB研究機構学術年会 2021年9月26日、Toxicology Letters・要旨集 2021年9月27日~10月1日、EUROTOX Congress 2021 2021年10月29日、日本動物実験代替法学会第34回大会プログラム・講演要旨集 2021年11月11日~13日、日本動物実験代替法学会第34回大会
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
2.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】594158150
【氏名又は名称】学校法人君が淵学園
(71)【出願人】
【識別番号】000229542
【氏名又は名称】日本バイリーン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139594
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健次郎
(74)【代理人】
【氏名又は名称】森田 憲一
(72)【発明者】
【氏名】石田 誠一
(72)【発明者】
【氏名】松下 琢
(72)【発明者】
【氏名】古水 雄志
(72)【発明者】
【氏名】親富祖 亮太
(72)【発明者】
【氏名】岩佐 卓哉
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 皓平
(72)【発明者】
【氏名】小島 理恵
(72)【発明者】
【氏名】川部 雅章
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AC14
4B065AC20
4B065BA30
4B065BC42
4B065CA24
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】BSEPを高発現する一般的な肝がん細胞株を用いたモデル肝細胞を提供する。
【解決手段】本発明のヒト肝癌細胞シートは、多孔体の空隙中にPLC/PRF/5細胞が存在し、胆汁酸トランスポーターBSEPが発現している前記PLC/PRF/5細胞が一方の主面側に偏在している。本発明のヒト肝癌細胞の培養方法は、多孔体を細胞培養担体として用い、前記ヒト肝癌細胞がPLC/PRF/5細胞であることを特徴とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔体の空隙中にPLC/PRF/5細胞が存在している、ヒト肝癌細胞シートであって、
胆汁酸トランスポーターBSEPが発現している前記PLC/PRF/5細胞が一方の主面側に偏在している、
ヒト肝癌細胞シート。
【請求項2】
胆汁排泄機能の評価に使用する、請求項1に記載のヒト肝癌細胞シート。
【請求項3】
多孔体を細胞培養担体として用いるヒト肝癌細胞の培養方法であって、
前記ヒト肝癌細胞がPLC/PRF/5細胞であることを特徴とする、
ヒト肝癌細胞の培養方法。
【請求項4】
工程1:ウェルを有する二種類の培養容器(培養容器(A)および培養容器(B))、多孔体、PLC/PRF/5細胞、および、前記PLC/PRF/5細胞の培地を用意する工程、
工程2:培養容器(A)が有するウェルのウェル底面上に設置されている前記多孔体すべてが浸るまで、前記ウェル内に前記培地を満たす工程、
工程3:前記ウェル底面上に設置されている前記多孔体における、前記ウェル底面側と反対側の主面上へ、前記PLC/PRF/5細胞を播種する工程、
工程4:前記ウェル中で、前記PLC/PRF/5細胞を前記多孔体上で培養する工程、
工程5:培養容器(B)が有するウェル内に、以後の工程において前記多孔体すべてが浸るように、前記ウェル内に前記培地を満たす工程、
工程6:前記培養容器(A)の前記ウェルから、培養中の前記PLC/PRF/5細胞ごと前記多孔体を取り出す工程、
工程7:工程6で取り出した前記多孔体を、前記多孔体における前記PLC/PRF/5細胞を播種した側が前記ウェル底面側と反対側になるようにして、培養容器(B)が有する前記ウェル底面上に設置する工程、
工程8:培養容器(B)が有する前記ウェル中で、前記PLC/PRF/5細胞を培養する工程、
を備えており、
培養容器(A)の前記ウェル底面上における前記多孔体の設置可能面積よりも、培養容器(B)の前記ウェル底面上における前記多孔体の設置可能面積の方が広いことを特徴とする、
請求項3に記載のヒト肝癌細胞の培養方法。
【請求項5】
前記工程8における前記PLC/PRF/5細胞の培養期間が、5日間より多いことを特徴とする、
請求項4に記載のヒト肝癌細胞の培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト肝癌細胞シート及びヒト肝癌細胞の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
薬物の副作用の一つに薬物性肝障害(DILI;Drug-Induced Liver Injury)がある。そのDILIの最も初期の症状として胆汁うっ滞型肝毒性(胆汁を作る肝細胞から胆汁の排出が阻害され生じる肝毒性、一例として、肝細胞の胆汁酸トランスポーター(BSEP;Bile Salt Export Pump)による胆汁の排出が阻害され生じる)を生ずることが知られている。すなわち、医薬品などの開発の初期段階において胆汁うっ滞型肝毒性を事前に評価・予測できれば、副作用DILIの発生を低減した薬物の開発が促進されると考えられる。
【0003】
一方、胆汁うっ滞型肝毒性のインビトロ(in vitro)評価には、評価標的分子であるBSEPを高発現するモデル肝細胞が必要である。現在最も主流なモデル細胞としてヒト正常肝細胞があるが、提供ドナーの個体差や製造ロットの影響を受けて再現性のある結果が得られない、長期培養ができない、価格が高いという課題があった。また、ヒト肝細胞を移植したキメラマウス由来の肝細胞や正常肝細胞由来不死化株HepaRG(登録商標;非特許文献1)といった新規細胞ソースも登場したが、細胞や専用の特殊培地の価格が高いという課題は解決されていなかった。
【0004】
そのため、安価・簡便で再現性が高く、また長期培養もできる一般的な肝癌細胞株を用いたモデル肝細胞の開発が求められていた。しかしながら、肝癌細胞株は肝機能が減退・消失しているものが多く、従来の培養条件下ではBSEPが高発現し難いものであった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Gripon P et al. Infection of a human hepatoma cell line by hepatitis B virus. Proc Natl Acad Sci U S A., 99, 15655-15660 (2002)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、一般的な肝がん細胞株を用いてBSEPを高発現するモデル肝細胞を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下の発明に関する:
[1]多孔体の空隙中にPLC/PRF/5細胞が存在している、ヒト肝癌細胞シートであって、
胆汁酸トランスポーターBSEPが発現している前記PLC/PRF/5細胞が一方の主面側に偏在している、
ヒト肝癌細胞シート。
[2]胆汁排泄機能の評価に使用する、[1]のヒト肝癌細胞シート。
[3]多孔体を細胞培養担体として用いるヒト肝癌細胞の培養方法であって、
前記ヒト肝癌細胞がPLC/PRF/5細胞であることを特徴とする、
ヒト肝癌細胞の培養方法。
[4]工程1:ウェルを有する二種類の培養容器(培養容器(A)および培養容器(B))、多孔体、PLC/PRF/5細胞、および、前記PLC/PRF/5細胞の培地を用意する工程、
工程2:培養容器(A)が有するウェルのウェル底面上に設置されている前記多孔体すべてが浸るまで、前記ウェル内に前記培地を満たす工程、
工程3:前記ウェル底面上に設置されている前記多孔体における、前記ウェル底面側と反対側の主面上へ、前記PLC/PRF/5細胞を播種する工程、
工程4:前記ウェル中で、前記PLC/PRF/5細胞を前記多孔体上で培養する工程、
工程5:培養容器(B)が有するウェル内に、以後の工程において前記多孔体すべてが浸るように、前記ウェル内に前記培地を満たす工程、
工程6:前記培養容器(A)の前記ウェルから、培養中の前記PLC/PRF/5細胞ごと前記多孔体を取り出す工程、
工程7:工程6で取り出した前記多孔体を、前記多孔体における前記PLC/PRF/5細胞を播種した側が前記ウェル底面側と反対側になるようにして、培養容器(B)が有する前記ウェル底面上に設置する工程、
工程8:培養容器(B)が有する前記ウェル中で、前記PLC/PRF/5細胞を培養する工程、
を備えており、
培養容器(A)の前記ウェル底面上における前記多孔体の設置可能面積よりも、培養容器(B)の前記ウェル底面上における前記多孔体の設置可能面積の方が広いことを特徴とする、[4]のヒト肝癌細胞の培養方法。
[5]前記工程8における前記PLC/PRF/5細胞の培養期間が、5日間より多いことを特徴とする、[4]のヒト肝癌細胞の培養方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明のヒト肝癌細胞シート及びヒト肝癌細胞の培養方法によれば、BSEPを高発現するモデル肝細胞を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】実施例6で調製したヒト肝癌細胞シートの厚さ方向における、PLC/PRF/5細胞核の蛍光量と、BSEPの蛍光量をプロットし作成したグラフ。
図2】実施例6で調製したヒト肝癌細胞シートの厚さ方向における、PLC/PRF/5細胞核の蛍光量に対するBSEPの蛍光量の割合をプロットし作成したグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0010】
(本発明のヒト肝癌細胞シート)
本発明のヒト肝癌細胞シートは、多孔体の空隙中にPLC/PRF/5細胞が存在しており、胆汁酸トランスポーターBSEPが発現している前記PLC/PRF/5細胞が一方の主面側に偏在している。
【0011】
本発明において細胞培養担体として用いる前記多孔体は、細胞を増殖および分化誘導することのできる三次元空間(空隙)を有するシート状の構造体であれば、特に限定されるものではなく、例えば、繊維シート、より具体的には織物、編物、繊維ウェブ、不織布、あるいは、多孔フィルムや発泡体などを挙げることができ、細胞が実在している生体内構造に近いことから、繊維ウェブあるいは不織布を用いるのが好ましい。
【0012】
多孔体として繊維シートを用いる場合、前記繊維シートを構成する繊維は、細胞を増殖および分化誘導するための担体として使用できる繊維シートを形成することができれば限定するものではなく、例えば、有機系繊維または無機系繊維のいずれか、あるいは、有機系繊維および無機系繊維を採用できる。
【0013】
有機系繊維の構成成分としては、例えば、ポリアミドポリマー、ポリアクリロニトリル、ポリ乳酸、ポリ(乳酸-グリコール酸)(PLGA)、ポリカプロラクトン、ポリブリレンサクシネート、あるいはタンパク質(例えば、ゼラチン、コラーゲン)、水溶性ポリマー(例えば、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、ポリ(N-ビニルピロリドン)、ナフィオン)、汎用ポリマー(例えば、ポリスチレン、ポリ(メタクリル酸メチル)(PMMA))などを単独で、あるいは、混合して使用することができる。
【0014】
無機系繊維の構成成分としては、例えば、SiO、Al、B、TiO、ZrO、CeO、FeO、Fe、Fe、VO、V、SnO、CdO、LiO、WO、Nb、Ta、In、GeO、PbTi、LiNbO、BaTiO、PbZrO、KTaO、Li、NiFe、SrTiOなどを挙げることができ、これらの一成分の酸化物から構成されていても、二成分以上の酸化物から構成されていても良い。
【0015】
本発明で挙げる一例の培養方法では、第一の培養容器(培養容器(A))から第二の培養容器(培養容器(B))に、PLC/PRF/5細胞ごと多孔体を移動させる工程を含むため、充分な強度と保形性を示す繊維シートが好ましく、例えば、繊維間が接着や融着された繊維シートが好ましく、更に成分自体に剛性を有する無機系繊維シートが好ましく、具体的には繊維間が接着されたシリカ繊維不織布を挙げることができる。
【0016】
繊維シートが組成の異なる二種類以上の繊維から構成されている場合、各種繊維が混在してなる繊維シートであっても良いし、互いに組成の異なる繊維層を備えた繊維シートであっても良い。また、上述した有機系繊維と無機系繊維が混在してなる繊維シートであっても、有機系繊維層と無機系繊維層を備えた繊維シートであってもよい。
【0017】
本発明では、ヒト肝癌細胞としてPLC/PRF/5細胞を使用する。PLC/PRF/5細胞は、アレキサンダー細胞とも称されるヒト肝癌由来の細胞株であり、胆汁の排出に関与する胆汁酸トランスポーター(BSEP;Bile Salt Export Pump)を発現することが知られている(Tomonari T et al. Oncotarget. 2016; 7:7207-7215.)。各種細胞バンク(例えば、ATCC、JCRB細胞バンク)から入手可能であり、例えば、体積比で10%の牛胎児血清を含むRPMI1640培地またはDMEM培地等を用いて37℃、5%二酸化炭素濃度の条件で培養することができる。
【0018】
本発明のヒト肝癌細胞シートでは、BSEPが発現しているPLC/PRF/5細胞が一方の主面側に偏在している。
本明細書において「一方の主面側に偏在している」とは、本発明にかかるヒト肝癌細胞シートにおけるPLC/PRF/5細胞数の分布態様と比較して、BSEP発現の分布態様が一方の主面側に偏っていることを指す。具体的には、以下の方法で、BSEPが発現しているPLC/PRF/5細胞が一方の主面側に偏在しているヒト肝癌細胞シートか否かを判断できる。
【0019】
(判断方法1)
(1)ヒト肝癌細胞シートを染色し、細胞核およびBSEPを染色する。このとき、染色された細胞核の発色(例えば、赤色に蛍光)と、染色されたBSEPの発色(例えば、緑色に蛍光)とが異なるものとなるように染色を行う。
(2)染色された前記ヒト肝癌細胞シートを一方の主面からもう一方の主面に向かう厚さ方向(主面と垂直を成す方向)に切断し、染色された細胞核を蛍光させた状態で前記ヒト肝癌細胞シートの断面写真を撮影する。なお、共焦点レーザー顕微鏡などの標本内部を観察可能な装置を使用することで、当該シートを実際には切断せずに断面写真を取得することもできる。次いで、同断面における、染色されたBSEPを蛍光させた状態で前記ヒト肝癌細胞シートの断面写真を撮影する。
(3)撮影された両断面写真を重ね合わせて新たな断面写真を作成し、染色された細胞核の蛍光と染色されたBSEPの蛍光が重なり、異なる蛍光色となっている箇所(例えば、赤色と緑色が重なることで黄色の蛍光色となっている箇所)の態様を目視で確認する。なお、異なる蛍光色となっている箇所が確認できなかった場合、当該ヒト肝癌細胞シートではBSEPが発現しているヒト肝癌細胞が存在していないと判断できる。また、異なる蛍光色となっている箇所が多いほど、当該ヒト肝癌細胞シートではBSEPが多く発現していると判断できる。
前記新たな断面写真において、前記ヒト肝癌細胞シートの一方の主面側よりも、もう一方の主面側に、前記異なる蛍光色となっている箇所が多く存在している場合、当該ヒト肝癌細胞シートでは、BSEPが発現している細胞(PLC/PRF/5細胞など)は、当該もう一方の主面側に偏在していると判断できる。
【0020】
また、BSEPが発現しているPLC/PRF/5細胞の、ヒト肝癌細胞シートにおける偏在の態様をより正確に判断する必要がある場合には、以下の方法を用いることで、BSEPが発現しているPLC/PRF/5細胞が一方の主面側に偏在しているヒト肝癌細胞シートか否かを判断できる。
【0021】
(判断方法2)
(1)ヒト肝癌細胞シートを染色し、細胞核およびBSEPを染色する。このとき、染色された細胞核の発色(例えば、赤色に蛍光)と、染色されたBSEPの発色(例えば、緑色に蛍光)とが異なるものとなるように染色を行う。
(2)染色された前記ヒト肝癌細胞シートを一方の主面からもう一方の主面に向かう厚さ方向(主面と垂直を成す方向)へ向かい、0.5μm間隔ごとに一方の主面と平行を成すように切断してゆき、前記ヒト肝癌細胞シートの薄膜を複数取得する。なお、共焦点レーザー顕微鏡などの標本内部を観察可能な装置を使用することで、当該シートを実際には切断せずに後述する各薄膜の主面写真を取得することもできる。
(3)染色された細胞核を蛍光させた状態で各薄膜の主面写真を、倍率400倍で撮影する。次いで、染色されたBSEPを蛍光させた状態で各薄膜の主面写真を撮影する。
(4)撮影された全ての写真について、各写真に写る細胞核の蛍光値cならびにBSEPの蛍光値bを各々求める。そして、求めた各細胞核の蛍光値cのうち最も小さい蛍光値を基準値(=1)とし、当該基準値に対し各写真に写る細胞核の蛍光値cの相対値を、各写真に写る細胞核の蛍光量として扱う。同様に、求めた各BSEPの蛍光値bのうち最も小さい蛍光値を基準値(=1)とし、当該基準値に対し各写真に写るBSEPの蛍光値bの相対値を、各写真に写るBSEPの蛍光量として扱う。
(5)X軸を前記ヒト肝癌細胞シートの一方の主面からその厚さ方向に向かう長さ(厚み、単位:μm)、Y軸を蛍光量とした座標軸中に、各薄膜において数値化された、細胞核の蛍光量と、BSEPの蛍光量とをプロットしてグラフを作成する(例えば、後述の実施例で作成する図1)。
(6)X軸を前記ヒト肝癌細胞シートの一方の主面からその厚さ方向に向かう長さ(厚み、単位:μm)、Y軸を前記項目(5)で求めた、各薄膜における細胞核の蛍光量に対するBSEPの蛍光量の割合(紙面上の下側の端部が最小値を示し、紙面上の上側に向かい増加すること意味する)をプロットしてグラフを作成する(例えば、後述の実施例で作成する図2)。
このようにして(5)で作成されたグラフでは、細胞核の蛍光量プロットを当該シート厚み方向の細胞数(PLC/PRF/5細胞の数など)の分布と見なし、BSEPの蛍光量プロットを当該シート厚み方向に存在する細胞(PLC/PRF/5細胞など)で発現しているBSEPの発現量と見なすことができる。
そして、前記項目(6)で作成した座標軸中のグラフにおいて、X軸のどちらか一端へ向かうにつれY軸の値が優位に増加している場合、当該ヒト肝癌細胞シートでは、BSEPが発現している細胞(PLC/PRF/5細胞など)が一方の主面側よりももう一方の主面側に偏在していると判断できる。
【0022】
シート中の細胞密度や前記BSEP発現以外の細胞状態は、シート使用時に細胞が健常な状態にあれば特に限定されるものではないが、例えば、シートを境界とした胆汁酸輸送評価が実施できるよう、シート主面方向を細胞が埋め尽くし、隙間がない状態が好ましい。更に、シート全体が膜としての機能を果たす状態が好ましく、具体的には、細胞間にタイトジャンクションの形成に必要なタンパク質(E-cadherin、ZO-1など)が発現しており、シートが経上皮電気抵抗(TEER)を有することが好ましい。また、BSEPが偏在している主面側とは異なる他方の主面側に、胆汁酸の排泄トランスポーターBSEPと対の機能を果たす取り込みトランスポーターNTCP(sodium taurocholate cotransporting polypeptide)などが存在している状態が好ましい。
【0023】
BSEPの発現の有無は、例えば、後述の実施例に示すように、抗BSEP抗体(一次抗体)と蛍光色素等で標識化した二次抗体を用いる免疫染色により確認することができる。この際、BSEPの発現の有無にかかわらず、全細胞を染色することのできる染色剤(例えば、細胞核染色剤)を併用することにより、BSEPを発現している細胞は、免疫染色および細胞染色(例えば、細胞核染色)の両方で陽性を示す一方、BSEPを発現していない細胞は、細胞染色でのみ陽性を示す。
【0024】
後述の実施例では、シートをシャーレに載置した状態においてシート上面となる主面側(シャーレ底面と接触しない主面側)に、BSEPが発現しているPLC/PRF/5細胞が集中して存在し、一方、該状態においてシート下面となる主面側(シャーレ底面と接触する主面側)に、BSEPが発現していないPLC/PRF/5細胞が集中して存在していた。
つまり、後述の実施例では、BSEPが発現しているPLC/PRF/5細胞が一方の主面側に偏在している、ヒト肝癌細胞シートを提供できた。
【0025】
この構造(すなわち、BSEPの発現に関して偏在を示す構造)は胆汁の取り込み(BSEPが発現していない側の働き)と排泄(BSEPが発現している側の働き)を再現可能な構造であり、本発明のヒト肝癌細胞シートを用いることで、胆汁の取り込みと排泄を評価することが可能となり、薬物の副作用の一つである薬物性肝障害の発生を低減した薬物の開発が促進されることが期待できる。
【0026】
本発明のヒト肝癌細胞シートの利用形態は特に限定されるものではないが、例えば、培養空間を2つに仕切る境界面を覆うように設置し、2空間の間の物質移動を評価することに使用することができる。培養容器のウェルを内外2つの空間に仕切るツールとしてインサート(例えば、トランズウェル(Corning社)、セルカルチャーインサート(Thermo Fisher Scientific社))が知られているが、これらのインサートのメンブレンが設置されている部分に本ヒト肝癌細胞シートを設置して使用できる。本ヒト肝癌細胞シートのBSEPが偏在している側をインサートの内側に向くように設置した場合、胆汁酸を含む培地をインサートの外側に、通常の培地をインサートの内側に添加すると、胆汁酸は本シートのBSEPを介して外から内へ一定の速度で輸送されると考えられる。医薬品評価の一例としては、内外の培地に更に被検物質を添加し、胆汁酸の外から内への輸送速度の変化を測定する方法を挙げることができる。測定の結果、胆汁酸の輸送速度に低下が生じれば、その被検物質はBSEPの機能を阻害して胆汁酸うっ滞型毒性を引き起こす可能性があると評価できる。
【0027】
(本発明のヒト肝癌細胞の培養方法)
本発明のヒト肝癌細胞の培養方法では、ヒト肝癌細胞としてPLC/PRF/5細胞を使用し、細胞培養担体として多孔体を使用する。
また、本発明のヒト肝癌細胞の培養方法の好適態様では、
工程1:ウェルを有する二種類の培養容器(培養容器(A)および培養容器(B))、多孔体、PLC/PRF/5細胞、および、前記PLC/PRF/5細胞の培地を用意する工程、
工程2:培養容器(A)が有するウェルのウェル底面上に設置されている前記多孔体すべてが浸るまで、前記ウェル内に前記培地を満たす工程、
工程3:前記ウェル底面上に設置されている前記多孔体における、前記ウェル底面側と反対側の主面上へ、前記PLC/PRF/5細胞を播種する工程、
工程4:前記ウェル中で、前記PLC/PRF/5細胞を前記多孔体上で培養する工程、
工程5:培養容器(B)が有するウェル内に、以後の工程において前記多孔体すべてが浸るように、前記ウェル内に前記培地を満たす工程、
工程6:前記培養容器(A)の前記ウェルから、培養中の前記PLC/PRF/5細胞ごと前記多孔体を取り出す工程、
工程7:工程6で取り出した前記多孔体を、前記多孔体における前記PLC/PRF/5細胞を播種した側が前記ウェル底面側と反対側になるようにして、培養容器(B)が有する前記ウェル底面上に設置する工程、
工程8:培養容器(B)が有する前記ウェル中で、前記PLC/PRF/5細胞を培養する工程
を実施する。
【0028】
前記工程1では、ウェルを有する二種類のウェルプレート(培養容器(A)および培養容器(B))、多孔体、PLC/PRF/5細胞、および、前記PLC/PRF/5細胞の培地を用意する。
【0029】
工程1で用意する培養容器(A)および培養容器(B)としては、培養容器(A)のウェル底面上における多孔体の設置可能面積(Sa)は多孔体の主面の面積(Sp)よりも広く、かつ、Saよりも培養容器(B)のウェル底面上における多孔体の設置可能面積(Sb)の方が広い限り、特に限定されるものではなく、細胞培養に一般的に使用される培養容器、例えば、24ウェルプレート、12ウェルプレート、8ウェルプレート、6ウェルプレート、4ウェルプレート、シャーレ、ガラスボトムディッシュ等から適宜選択することができる。
【0030】
Spに対するSaの比(Sa/Sp)は、1を超えれば特に限定されるものではないが、播種した細胞が多孔体の片側の主面に効率良く配置され、接着できるように1に近い方が好ましいことから、2以下であるとより好ましく、1.5以下であると更に好ましい。
また、Saに対するSbの比(Sb/Sa)は、1を超えれば特に限定されるものではないが、好ましくは5以上、より好ましくは10以上、更に好ましくは20以上である。本発明の培養方法によりBSEPが高発現し、且つ、BSEPの発現に関して偏在が生じる理由は、現時点では明らかになっていないが、本発明者の推測によれば、ウェル底面上における多孔体の設置可能面積が広がることにより、培地の豊富な環境へ移動したためと考えている。
なお、Sb/Saの上限は特に限定されるものではないが、例えば、培養容器の載置場所や培地コストの制約などから、現実的には50以下である。
【0031】
前記工程1で用意する多孔体、PLC/PRF/5細胞については、(本発明のヒト肝癌細胞シート)において先述した説明がそのまま適用できる。
PLC/PRF/5細胞の培地としては、例えば、体積比で10%の牛胎児血清を含むRPMI1640培地またはDMEM培地等を用いることができる。
【0032】
前記工程2では、培養容器(A)が有するウェルのウェル底面上に設置されている前記多孔体すべてが浸るまで、前記ウェル内に前記培地を満たす。
工程2において培養容器(A)のウェル内に満たす培地の量は、ウェル底面上に設置する多孔体すべてが浸る量であれば特に限定されるものではないが、培地深さが深すぎると多孔体と気相の距離が離れて酸素供給性が悪くなる恐れがあるため、典型的には、ウェル底面から1~10mmの高さであるのが好ましい。
【0033】
前記工程3では、培養容器(A)のウェル底面上に設置されている前記多孔体における、前記ウェル底面側と反対側の主面上へ、前記PLC/PRF/5細胞を播種する。播種するPLC/PRF/5細胞のウェル底面の単位面積当たりの細胞数は、例えば、ウェル及び多孔体の大きさや培養日数に応じて適宜決定することができ、例えば、1.0×10~3.0×10細胞/cmである。
【0034】
前記工程4では、培養容器(A)のウェル中で、PLC/PRF/5細胞を多孔体上で培養する(以下、一次培養と称する)が、このとき、PLC/PRF/5細胞は多孔体上に接着した状態にあるのが好ましい。PLC/PRF/5細胞は、例えば、体積比で10%の牛胎児血清を含むRPMI1640培地またはDMEM培地等を用いて37℃、5%二酸化炭素濃度の条件で培養することができる。培養日数は、調整できるが、培養容器(A)のまま培養を続けると、播種時に多孔体からこぼれ落ちた不要な細胞も増殖することで培地劣化を早め、多孔体上の細胞に悪影響が生じる恐れがあることから、当該培養日数は、多孔体への細胞接着から培地劣化が開始するまでの時間とするのが好ましい。具体的には、細胞が接着に要する播種後4時間以降から培地に含まれる劣化判定用の指示薬の色が変化し始めるまで(例:フェノールレッド、細胞の酸性老廃物の蓄積により赤紫から黄に変化する)の期間であるのが好ましい。なお、培地交換によって培地劣化が生じない状態を維持できる内は、適宜培地交換を行うことで一次培養期間を延長可能である。
【0035】
前記工程5では、培養容器(B)のウェル内に、以後の工程において前記多孔体すべてが浸るように、前記ウェル内に前記培地を満たす。
工程5において培養容器(B)のウェル内に満たす培地の量は、前記工程2と同様に、ウェル底面上に設置する多孔体すべてが浸る量であれば特に限定されるものではないが、典型的には、ウェル底面から1~10mmの高さであるのが好ましい。
【0036】
前記工程6では、前記培養容器(A)の前記ウェルから、培養中の前記PLC/PRF/5細胞ごと前記多孔体を取り出す。本発明の培養方法では、多孔体として、充分な強度と保形性を示す繊維間が接着された無機繊維シートを用いることが好ましい。
【0037】
前記工程7では、工程6で取り出した前記多孔体を、前記多孔体における前記PLC/PRF/5細胞を播種した側が前記ウェル底面側と反対側になるようにして、培養容器(B)の前記ウェル底面上に設置する。
また、前記工程8では、培養容器(B)の前記ウェル中で、前記PLC/PRF/5細胞を培養する(以下、二次培養と称する)。
【0038】
工程6~工程7における培養容器(A)から培養容器(B)の多孔体の移動は、培養容器(B)に移動させた多孔体の状態が、培養容器(A)に設置した多孔体の状態と変わらないように(すなわち、多孔体の上面と下面との関係が変わらないように)実施する。
【0039】
二次培養は、培養容器(B)のウェル底面上における多孔体の設置可能面積(Sb)が、培養容器(A)のウェル底面上における多孔体の設置可能面積(Sa)より広くなること(すなわち、培地量が多くなること)以外は、工程4の一次培養と同様にして実施することができる。
【0040】
二次培養の培養日数は特に限定されるものではないが、BSEPの発現量が多くなるよう2日以上であるのが好ましく、多孔体中のPLC/PRF/5細胞がBSEPの発現に関して偏在が生じるよう、更に好ましくは5日より多い日数である。上限としては、培養日数に従ってBSEPの発現量が増加するが、ヒト肝癌細胞シートが得られるまでに要する時間を不必要に長期化することが無いよう、また、細胞が増殖し過ぎて内部壊死などの不具合が起きないようにするため、現実的には20日以下である。なお、二次培養中は、培地に含まれる劣化判定用の指示薬の色の変化を注視しながら、適宜培地交換を行うのが好ましい。
【0041】
本発明の培養方法によれば、ヒト肝癌細胞としてPLC/PRF/5細胞を使用するため、BSEPを高発現するヒト肝癌細胞を担持するヒト肝癌細胞シートを提供することができる。例えば、後述の比較例2、比較例3に示すように、ヒト肝癌由来細胞株であるHepG2細胞を使用した場合、BSEPが発現しない結果となった。
【0042】
また、本発明の培養方法によれば、多孔体を細胞培養担体として使用することによって生体環境を模倣した3次元培養を実現可能であるため、より多くのBSEPを発現するヒト肝癌細胞を担持するヒト肝癌細胞シートを提供することができる。例えば、後述の比較例1に示すように、PLC/PRF/5細胞を使用しても、多孔体を使用せずに直接ウェルに播種した場合、BSEPの発現は確認できなかった。
【0043】
更に、一次培養と二次培養を実施する本発明の培養方法の好適態様によれば、一次培養のみを実施する本発明の培養方法(例えば、後述の実施例1、実施例2)と比べて、より多くのBSEPを発現し、且つ、BSEPの発現に関して偏在を示すヒト肝癌細胞を担持するヒト肝癌細胞シートをより短期間で提供することができる。
【実施例0044】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0045】
《ヒト肝癌細胞シートの調製》
後述の実施例1~6、比較例1~3では、特に断らない限り、基本的に以下の培養手順に従ってヒト肝癌細胞シートを調製した。
体積比で10%の牛胎児血清を含むRPMI1640培地(250μL/ウェル)を満たした24ウェルプレート(円形のウェルの直径:15.6mm)内に、多孔体の細胞培養担体として円形のシリカ繊維不織布(Cellbed(直径:13mm、平均繊維径:約1μm、厚み:250μm、登録商標);日本バイリーン株式会社製)を浸漬させて当該ウェルの底面上に敷き、その上へウェル当たり3.0×10細胞/250μLのヒト肝癌由来細胞株PLC/PRF/5細胞(JCRB細胞バンク、細胞番号IFO50069、培養ロット10252013)の懸濁培地を播種した。37℃、5%二酸化炭素濃度の培養条件で2日、7日または14日間の一次培養を行った。培養日数が2日の場合は、途中培地交換は実施しなかった。培養期間が7日の場合は、播種後2、4、6日目に500μL/ウェルの培地を全て新しいものに交換した。培養期間が14日の場合は、播種後2、4日目に500μL/ウェルの培地を全て新しいものに交換し、更に、6日目以降は毎日500μL/ウェルの培地を全て新しいものに交換した。
【0046】
所定日数の一次培養を行った後に、シリカ繊維不織布ごと、体積比で10%の牛胎児血清を含むRPMI1640培地(10mL)を満たした100mmシャーレへ移動し、所定日数の二次培養を行い、ヒト肝癌細胞シートを調製した。なお、100mmシャーレに移動させた後、培地は3日に1回、全量交換した。
【0047】
《実施例1、2》
本実施例では、シリカ繊維不織布を敷いた24ウェルプレートにおける一次培養のみを行うことによりヒト肝癌細胞シートを調製した。実施例1では7日間、実施例2では14日間の一次培養を行った。
【0048】
《実施例3~6》
本実施例では、シリカ繊維不織布を敷いた24ウェルプレートにおける一次培養を二日間行った後、シリカ繊維不織布ごと、100mmシャーレへ移動し、二次培養を行うことによりヒト肝癌細胞シートを調製した。実施例3では2日間、実施例4では5日間、実施例5では8日間、実施例6では12日間の二次培養を行った。
【0049】
《比較例1》
本比較例では、シリカ繊維不織布を用いることなく、平面底の培養容器を用いた単層培養条件で培養を行うことで、ヒト肝癌由来細胞株PLC/PRF/5細胞のみからなる単層ヒト肝癌細胞シートを調製した。なお、後に蛍光観察を行うにあたり、自家蛍光を有さないガラスボトムディッシュを用いた。また、単層培養条件では、細胞が過密になりすぎると剥離が生じることから、培養日数を実施例1と同じ7日間にした場合に丁度隙間のない単層状の細胞シートが形成されるよう、細胞播種密度等の条件調整を行った。具体的には、直径35mmで円形の平面底を有するガラスボトムディッシュに、2.0×10細胞/2mLの細胞懸濁液を播種し、37℃、5%二酸化炭素濃度の培養条件で7日の培養を行った。培地は実施例1と同じものを使用し、2、4、6日目に、全量新しいものに交換した。
【0050】
《比較例2》
本比較例では、PLC/PRF/5細胞に代えてヒト肝癌由来細胞株HepG2細胞(理研バイオリソースセンター、細胞番号RCB1648)を用いたこと、そして、シリカ繊維不織布を用いることなく、比較例1と同様にして、ガラスボトムディッシュ上にヒト肝癌由来細胞株HepG2細胞のみからなる単層ヒト肝癌細胞シートを調製した。
【0051】
《比較例3》
本比較例では、PLC/PRF/5細胞に代えてヒト肝癌由来細胞株HepG2細胞を用いること以外は、前記実施例1の操作を繰り返し、ヒト肝癌細胞シートを調製した。
【0052】
《ヒト肝癌細胞シートの免疫染色》
実施例1~6、比較例1~3で調製した各ヒト肝癌細胞シートに関して、抗BSEP抗体を用いる免疫染色と、TO-PRO(登録商標)-3(Thermo Fisher Scientific社)を用いる核染色を行った。
【0053】
始めに、シリカ繊維不織布中の培養細胞を固定するために、体積比で4%パラホルムアルデヒドを含むリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を用いて各ヒト肝癌細胞シートを20分間処理した。続いて、抗体および核染色剤が培養細胞の細胞膜を透過して細胞内へ侵入できるように、体積比で1%のTriton-X100を含むPBSを用いて30分間の膜透過処理を行った。更に、抗体および核染色剤の非特異的な反応を抑制するために、いずれも体積比で10%のヤギ血清および0.1%のTween20を含むPBSを用いて30分間のブロッキング処理を行った。
【0054】
これらの前処理を行った後、免疫染色は、一次抗体として抗BSEP抗体(F-6)(Santa Cruz Biotechnology社;カタログ#sc-74500)を、二次抗体として抗マウスIgG(H+L)F(ab’)フラグメント(Alexa Fluor(登録商標)488コンジュゲート(Cell Signaling Technology社;カタログ#4408)を用いて、常法に従って実施した。続いて、添付の説明書に従って、TO-PRO-3染色(核染色)を行った。
そして、このようにして染色したヒト肝癌細胞シートを前述した(判断方法1)へ供した。
また、(判断方法1)へ供した結果、最も、BSEPの発現量が多いと確認できた(BSEP発現量が〇〇〇と評価された)ヒト肝癌細胞シートである、実施例6で調製したヒト肝癌細胞シートを、前述した(判断方法2)へ供した。なお、実施例6で調製したヒト肝癌細胞シートを前述した(判断方法2)へ供することで作成したグラフを、図1および図2として図示する。これらグラフ中では、紙面上の左側が、ヒト肝癌細胞シートにおける培養時に培養容器と接していた側の主面(0μm)であり、紙面上右側が、ヒト肝癌細胞シートにおける培養時に培養容器と接していなかった側の主面(59.5μm)を表している。
【0055】
結果を表1、表2に示す。
表1、表2「BSEP発現量」欄について、「×」は(判断方法1)へ供したところ、異なる蛍光色となっている箇所が確認できなかったことから、BSEPが発現しているヒト肝癌細胞が存在していないヒト肝癌細胞シートであることを意味する。
一方、「△」「〇」「〇〇」「〇〇〇」は、異なる蛍光色となっている箇所が確認できたことから、BSEPが発現したヒト肝癌細胞が存在しているヒト肝癌細胞シートであることを意味する。なお、そのBSEP発現量は、「△」から「〇〇〇」に向かい増量していることを意味する。
表1、表2「偏在有無」欄について、「-」は、BSEPが発現しているヒト肝癌細胞の存在が確認できなかったため、BSEPが発現している細胞の分布態様を確認しなかったことを意味する。
また、「×」は、BSEPが発現している細胞(PLC/PRF/5細胞など)が、一方の主面側に偏在していることが確認できなかったヒト肝癌細胞シートであることを意味する。
一方、「〇」は、BSEPが発現している細胞(PLC/PRF/5細胞など)が、一方の主面側に偏在していることが確認できたヒト肝癌細胞シートであることを意味する。
【0056】
【表1】
【0057】
【表2】
【0058】
比較例と実施例を比較した結果から、多孔体を用いてPLC/PRF/5細胞を培養することにより、BSEPを高発現するモデル肝細胞を提供できることが判明した。
また、実施例1~2と実施例3~6とを比較した結果から、本発明にかかる二段階の培養方法を採用することによって、短時間の培養日数であっても、BSEPを高発現するモデル肝細胞を効率よく培養して提供できることが判明した。そして、二段階目の培養日数(ウェル底面上における多孔体の設置可能面積が広い培養環境下での培養日数)が5日より多い時(具体的には8日以上の時)に、BSEPが発現している前記PLC/PRF/5細胞が一方の主面側に偏在しているヒト肝癌細胞シートを効率よく提供できることが判明した。
また、本発明にかかる培養方法を用いることによって、多孔体の空隙中にPLC/PRF/5細胞が存在しており、BSEPが発現している前記PLC/PRF/5細胞が一方の主面側に偏在しているヒト肝癌細胞シートを提供できることが判明した。
そして、本発明にかかるヒト肝癌細胞シートを構成している一つ一つのヒト肝癌細胞単位でも、細胞極性(頂側膜(apical)側・基底膜(basal)側で発現するタンパク質や生理機能が異なる)も構造的に再現されている可能性があると考えられた。
以上から、本発明にかかるヒト肝癌細胞シートは、胆汁排泄機能の評価に使用することが可能だと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明のヒト肝癌細胞シートは、胆汁排泄機能の評価に用いることができ、例えば、薬物の副作用の一つである薬物性肝障害、特にはその初期症状である胆汁うっ滞型肝毒性のインビトロ評価に用いることができる。
図1
図2